説明

経皮吸収シートの製造方法

【課題】必要十分な量の薬剤を針状凸部だけに選択的に、かつ、定量的に添加可能な経皮吸収シートの製造方法を提供する。
【解決手段】針状凹部12を有するモールド10に、ゲル化性がある生分解性ポリマーを含むポリマー溶解液20を注型した後、ポリマー溶解液20を固化することで、マイクロニードル24を有するポリマーシート22を得る。そして、ポリマーシート22のマイクロニードル24だけを薬剤液28に浸漬して、マイクロニードル24内部の薬剤含有量域24aに薬剤を浸透させた後、ポリマーシート22を乾燥することにより、経皮吸収シート30が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤を含む針状凸部がシート部上に形成された経皮吸収シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロニードルやマイクロピラーなどの高アスペクト比の針状凸部が表面に形成された高アスペクト比構造シートは、機能性膜として様々な分野で応用されている。例えば、高アスペクト比構造シートに機能性物質を添加すれば、高アスペクト比構造の特性を生かした様々な機能が発現する。
【0003】
特に、医療技術分野では、機能性物質としての薬剤が添加された高アスペクト比構造シートを用いることで、患者の皮膚表面又は皮膚角質層を介して、薬剤を患者に効率的に投与する経皮吸収システムが注目を集めている。この経皮吸収システム用の高アスペクト比構造シートは、一般に、経皮吸収シートと称される。
【0004】
経皮吸収シートの製造方法として、例えば、針状凹部を有するモールド(型)を用いたキャスト成形法が知られている。図5は従来のキャスト成形法により経皮吸収シートが製造される様子を示す図である。この方法では、針状凹部212を有するモールド210に、薬剤を含むポリマー溶解液220を充填した状態で(図5(a)参照)、ポリマー溶解液220を乾燥固化して(図5(b)参照)、モールド210から剥離することで、マイクロニードル224がシート部226上に形成された経皮吸収シート230が製造される(図5(c)参照)。
【0005】
しかし、この方法では、患者体内に挿入され、薬剤投与に直接関与するマイクロニードル224だけでなく、薬剤投与にあまり寄与しないシート部226にも高価な薬剤が添加されてしまうことになり、経皮吸収シート230の製造コストがかさんでしまう。そこで、マイクロニードルへの選択的な薬剤添加が可能な方法として、次の方法が提案されている。
【0006】
特許文献1及び2は、薬剤を含む液状材料を基材に付着させて、当該液状材料を基材上でニードル形状に成形・固化することにより経皮吸収シートを製造する方法を開示している。この方法では、マイクロニードルが基材の別体(別材料)として形成されるので、液状材料だけに薬剤を添加することで、マイクロニードルへの選択的な薬剤添加が可能になる。これにより、薬剤投与に直接関与するマイクロニードルだけに薬剤が添加されることになり、薬剤の添加量を最小限にすることができる。
【0007】
しかし、特許文献1及び2の方法では、マイクロニードルと基材とが別体として構成されるため、両者の界面での剥離が起こりやすく、マイクロニードルの根元の強度が十分でない場合がある。そこで、マイクロニードルと基材とを一体的に形成した後、マイクロニードルに選択的に薬剤を添加する方法が考えられる。
【0008】
例えば、特許文献3乃至5は、ポリエステル樹脂やポリカーボネート樹脂等により構成されるマイクロニードルを基材上に形成した後、当該マイクロニードルの表面に薬剤をコーティングすることにより、経皮吸収シートに薬剤を添加する方法を開示している。この方法によれば、マイクロニードルへの選択的な薬剤添加が可能になり、薬剤の添加量を最小限にすることができる。
【特許文献1】特開2003−238347号公報
【特許文献2】特開2006−346008号公報
【特許文献3】特表2004−504120号公報
【特許文献4】特開2007−190112号公報
【特許文献5】特表2008−520433号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献3乃至5の方法では、マイクロニードルの構成材料であるポリエステル樹脂やポリカーボネート樹脂等の薬剤浸透性が低いため、薬剤は、マイクロニードルの表面だけに添加されることになる。ところが、マイクロニードル表面に添加可能な薬剤量には限界があることから、この方法では、必要十分な量の薬剤を添加することが難しい場合がある。
【0010】
また、特許文献3乃至5の方法では、マイクロニードル表面への薬剤付与量のばらつきが大きく、薬剤を定量的に経皮吸収シートに添加することが難しい。一方で、薬剤によっては、患者への投薬量を厳密に調節しなければ所望の効能が得られないものも存在するため、薬剤を定量的に添加可能な方法の開発が望まれている。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、必要十分な量の薬剤を針状凸部だけに選択的に、かつ、定量的に添加可能な経皮吸収シートの製造方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載された発明は、ゲル化性がある生分解性ポリマーを固形成分として含むポリマー溶解液を、針状凹部を有するモールドに付与する付与工程と、前記針状凹部の反転形状である針状凸部を有するポリマーシートが形成されるように前記ポリマー溶解液を固化する固化工程と、前記固化工程で形成された前記ポリマーシートを前記モールドから剥離する剥離工程と、前記剥離工程で剥離された前記ポリマーシートの前記針状凸部の内部に薬剤が浸透するように、前記薬剤を含む薬剤液に前記ポリマーシートの前記針状凸部のみを浸漬する薬剤浸透工程とを含むことを特徴とする経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0013】
請求項1に係る製造方法によれば、薬剤浸透工程において、ポリマーシートの針状凸部だけが薬剤液に浸漬されるため、ポリマーシートの針状凸部への選択的な薬剤添加が可能になる。
【0014】
また、ゲル化性がある生分解性ポリマーを用いてポリマーシートを形成するため、ポリマーシートは、薬剤液中に浸漬されると、薬剤液を吸収し膨潤する。このポリマーシートの膨潤に伴って、薬剤は、ポリマーシートの針状凸部の表面だけでなく内部にも浸透する。このように、ポリマーシートの針状凸部の内部に薬剤を浸透させることができるため、必要十分な量の薬剤を容易に添加することができる。
【0015】
さらに、薬剤液への浸漬条件(薬剤液温度や浸漬時間など)を適宜変更することで、薬剤添加量を定量的に調節することができる。
【0016】
なお、本明細書において、ポリマー溶解液の「固形成分」とは、ポリマー溶解液が固化した後に、固体(ポリマーシート)としてモールド上に残存する成分をいう。また、本明細書において、針状凸部に薬剤を「選択的に」添加するとの表現は、ポリマーシートの針状凸部のみに薬剤の全てが添加される場合だけでなく、薬剤が主として針状凸部に添加される場合をも指す。
【0017】
請求項2に記載された発明は、前記生分解性ポリマーはゼラチンであることを特徴とする請求項1に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0018】
請求項2に係る製造方法によれば、ポリマー溶解液中の固形成分として、ゲル化しやすいゼラチンを用いることで、ポリマーシートを迅速に成形することが可能になる。また、ゼラチンは固化する際に収縮する性質を有するため、ポリマーシート内部に発生する収縮応力の働きで、ポリマーシートをモールドから容易に剥離することが可能になる。
【0019】
請求項3に記載された発明は、前記ポリマー溶解液は、固形成分として、前記ゼラチンと糖類とを含むことを特徴とする請求項2に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0020】
請求項3に係る製造方法によれば、ポリマー溶解液中の固形成分として、ゼラチン及び糖類を用いることにより、ゼラチン成分と糖類成分とが混在するポリマーシートを形成することができる。糖類成分は薬剤液に比較的溶出しやすいため、ポリマーシートが薬剤液に浸漬されると、ポリマーシートの針状凸部に多数の微細孔が形成されるとともに、当該多数の微細孔に薬剤液が浸透する拡散現象が起こる。これにより、ポリマーシートの針状凸部への薬剤浸透を加速することができる。
【0021】
請求項4に記載された発明は、前記針状凸部の内部に前記薬剤が浸透した前記ポリマーシートを乾燥する乾燥工程を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0022】
請求項4に係る製造方法によれば、膨潤に伴う変形により針状凸部の形状が劣化したポリマーシートを乾燥することで、針状凸部の形状を改善することができる。
【0023】
請求項5に記載された発明は、前記モールドに付与された前記ポリマー溶解液を前記針状凹部に充填する充填工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0024】
請求項5に係る製造方法によれば、モールドの凹部にポリマー溶解液を充填することにより、高アスペクト比の針状凸部を有する経皮吸収シートを製造することができる。
【0025】
請求項6に記載された発明は、前記モールドがシリコーン樹脂を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0026】
請求項6に係る製造方法によれば、剥離性に優れたシリコーン樹脂を用いることで、ポリマーシートをモールドから容易に剥離することが可能になる。
【0027】
請求項7に記載された発明は、前記薬剤液は、アルコール及び水の少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0028】
請求項7に係る製造方法によれば、ポリマーシートを膨潤させやすいアルコール及び/又は水を含む薬剤液を用いることで、ポリマーシートの針状凸部への薬剤浸透を加速することができる。
【0029】
請求項8に記載された発明は、前記針状凹部の直径が50μm以上300μm以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0030】
請求項9に記載された発明は、前記針状凹部の深さが200μm以上2000μm以下であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0031】
請求項10に記載された発明は、前記モールドは、前記針状凹部が形成されたモールドユニットを複数個含むことを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法に関する。
【0032】
請求項10に係る製造方法によれば、モールドユニットを複数個含む大面積のモールドを用いることで、経皮吸収シートを効率的に製造することができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、ゲル化性があるポリマーによりポリマーシートを形成した後、ポリマーシートの針状凸部だけを薬剤液に浸漬することにより、必要十分な量の薬剤が針状凸部だけに選択的に、かつ、定量的に添加された経皮吸収シートを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、添付図面に従って本発明の実施形態について説明する。まず本発明の一実施形態に係る経皮吸収シートの製造方法を説明し、次に当該方法により製造される経皮吸収シートの構造例について説明する。
【0035】
図1は、本発明の一実施形態に係る経皮吸収シートの製造方法を示す図である。
【0036】
まず、図1(a)に示すように、針状凹部12を有するモールド10を準備する。針状凹部12は、モールド10の平坦面16に比べてくぼんだ領域であり、針状凹部12の形状は、所望の形状のマイクロニードルが得られるように決定されることが好ましい。例えば、先端が鋭く尖った高アスペクト比のマイクロニードルを形成する観点から、針状凹部12の幅(直径)を50〜300μmにして、最深部14の曲率半径を10μm以下にすることが好ましい。また、針状凹部12の深さは、200〜2000μmであることが好ましい。
【0037】
モールド10の材質は特に限定されないが、ポリマーシートの剥離時の損傷を防止する観点から、シリコーン樹脂等の剥離性が良好な樹脂を用いることができる。
【0038】
次に、図1(b)に示すように、モールド10にポリマー溶解液20を付与する。このとき、モールド10への注型を容易にする目的で、モールド10の針状凹部12が配列した領域の周りに枠を設けて、当該枠の中にポリマー溶解液20を付与してもよい。
【0039】
ポリマー溶解液20の付与方法として、バー塗布、スピン塗布、スプレー塗布、ディスペンサを用いた滴下などの方法が挙げられる。中でも、ディスペンサを用いてポリマー溶解液20を滴下する態様は、ポリマー溶解液20の粘度を問わず、高精度に滴下量を制御できるため好ましい。
【0040】
ポリマー溶解液20の付与量(膜厚)は、所望の膜厚の経皮吸収シートが得られるように、ポリマー溶解液20中の固形成分の濃度を考慮して、適宜調節されることが好ましい。例えば、ポリマー溶解液20の付与量(膜厚)を、0.1〜10mmの範囲で調節することができる。
【0041】
ポリマー溶解液20は、固形成分を構成するゲル化性があるポリマー(ゲル化性ポリマー)と、当該ゲル化性ポリマーを溶解する溶媒とを含む。
【0042】
ポリマー溶解液20中のゲル化性ポリマーは、患者に負担をかけず、効率的に薬剤を投与する観点から、生体内で分解されやすい材料(生分解性材料)であるとともに、生体適合性を有する材料(生体適合材料)であることが好ましい。具体的には、ゼラチン、アガロース、ペクチン、ジェランガム、カラギナン、キサンタンガム、アルギン酸、でんぷん、セルロースなどのポリマーを用いることができる。中でも、ゼラチンには、比較的ゲル化しやすい性質があるため、ポリマーシートを迅速に形成する観点から好ましい。また、ゼラチンは乾燥固化時に収縮する性質を有するため、ポリマーシート内部に発生する収縮応力の働きにより、ポリマーシートのモールドからの剥離性が改善される。
【0043】
本実施形態において、ゲル化性ポリマーを固形成分として用いるのは、マイクロニードルの表面だけでなく内部にも薬剤を浸透させることができるからであり、その理由は次のように考えられる。
【0044】
ポリマー溶解液20を固化して得られるマイクロニードルは、化学的又は物理的なポリマー架橋により構成される三次元的な網目構造を有しており、薬剤液に浸漬されると、網目構造内部に薬剤液を吸収し膨潤する。このマイクロニードルの膨潤の際に、薬剤は、マイクロニードルの表面だけでなく内部にも浸透する。
【0045】
一方で、ゲル化性がないポリマーを固形成分として用いる場合には、上述の効果は得られず、薬剤液への浸漬により、マイクロニードル自体が薬剤液に溶解してしまい、所望のニードル形状を維持することが難しい。そのうえ、薬剤液への浸漬時にマイクロニードルが膨潤しないため、マイクロニードル内部への薬剤浸透も起こらない。
【0046】
次に、図1(c)に示すように、モールド10に付与されたポリマー溶解液20を乾燥固化する。ポリマー溶解液20を乾燥固化する方法として、ポリマー溶解液20を自然乾燥する方法に加えて、加熱、送風、減圧などにより、ポリマー溶解液20の溶媒を強制的に揮発させる方法が挙げられる。
【0047】
次に、モールド10から剥離することで、図1(d)に示すような、マイクロニードル24を有するポリマーシート22が得られる。
【0048】
ポリマーシート22の剥離の態様として、例えば、片面に接着層を有するシートをポリマーシート22の裏面に付着させて当該シートごと剥離する方法や、ポリマーシート22の裏面に吸盤を吸着させて剥離する方法などが挙げられる。
【0049】
次に、図1(e)に示すように、ポリマーシート22のマイクロニードル24だけを薬剤液28に浸漬することで、マイクロニードル24内部の薬剤浸透領域24aに薬剤を浸透させる。
【0050】
マイクロニードル24の浸漬態様として、例えば、マイクロニードル24だけが薬剤液28に浸漬されるようにポリマーシート22を吊り下げる方法や、マイクロニードル24以外の部分がマスクで覆われたポリマーシート22を薬剤液28に浸漬する方法が挙げられる。前者の方法では、マイクロニードル24の先端のみを薬剤液28に浸漬してもよいし、マイクロニードル24の全体を薬剤液28に浸漬してもよい。
【0051】
マイクロニードル24内部の薬剤浸透領域24aの範囲(薬剤添加量)は、薬剤液28への浸漬時間、薬剤液28の温度、薬剤液28中の薬剤濃度により調節することができる。
【0052】
薬剤液28は、薬剤が溶媒中に分散もしくは溶解した溶液である。本明細書において、「薬剤」とは、人体に対して何らかの有利な作用を及ぼす効能がある物質を総称するものであり、例えば、インシュリン、ニトログリセリン、ワクチン、抗生物質、喘息薬、鎮痛剤・医療用麻薬、局所麻酔剤、抗アナフェラキシー薬、皮膚疾患用薬、睡眠導入薬、ビタミン剤、禁煙補助剤、美容薬等を指す。
【0053】
薬剤液28中の溶媒は、マイクロニードル24に薬剤を迅速に浸透させる観点から、ポリマーシート22を膨潤させやすいものであることが好ましく、例えば、水、アルコール、又はこれらの混合液を用いることができる。
【0054】
薬剤液28は、薬剤及び溶媒以外にも種々の添加剤を含んでいてもよい。例えば、患者体内に薬剤をより効率的に吸収させる観点から、薬剤と併せてアジュバンドを薬剤液28に添加してもよい。
【0055】
この後、図1(f)に示すように、ポリマーシート22を薬剤液28から引き上げて乾燥することで、マイクロニードル24の薬剤浸透領域24aに薬剤が添加された経皮吸収シート30を得る。このように、薬剤を添加した後にポリマーシート22を乾燥することで、膨潤により変形したマイクロニードル24を、膨潤前の高アスペクト比形状に戻すことができる。
【0056】
次に、以上で説明した製造方法により製造される経皮吸収シート30の構造について説明する。
【0057】
図2は本実施形態に係る方法により製造される経皮吸収シートの構造例を示す断面図である。
【0058】
同図に示すように、経皮吸収シート30は、シート部26上にマイクロニードル24が形成された構成を有し、マイクロニードル24内部の薬剤浸透領域24aに薬剤が添加されている。このような構成の経皮吸収シート30は、患者皮膚への貼り付け時に、患者体内に挿入されたマイクロニードル24が溶解して、薬剤浸透領域24aに添加された薬剤が患者体内に放出される。
【0059】
薬剤浸透領域24aは、マイクロニードル24の先端部のみに形成されてもよいし、図2に例示するように、マイクロニードル24の全体にわたって形成されてもよい。
【0060】
シート部26の膜厚tは、患者皮膚の形状に合わせて柔軟に変形可能なフレキシブルな経皮吸収シート30を形成する観点から、200μm以下であることが好ましく、100μm以下であることがさらに好ましい。
【0061】
マイクロニードル24の形状は、例えば、円柱や角柱などの柱形状や、円錐または角錐などの錐形状や、柱形状と錐形状とを組み合わせた形状(「錐柱形状」と呼ぶ。)や、これらに準ずる形状であってもよい。図2には、錐形状の先端部と、柱形状の根元部とを有する錐柱形状のマイクロニードル24を例示している。
【0062】
マイクロニードル24は、患者に与える痛みを軽減する観点から、先端が鋭く尖った高アスペクト比の構造体であることが好ましい。例えば、マイクロニードル24の幅(直径)は50〜300μmであることが好ましく、マイクロニードル24の先端の曲率半径は10μm以下であることが好ましい。マイクロニードル24の高さは200〜2000μmであることが好ましい。また、マイクロニードル24のアスペクト比は、1以上であることが好ましく、2以上であることがさらに好ましい。ここで、マイクロニードル24の高さはシート部26の表面からの突起長さHを意味し、マイクロニードル24のアスペクト比Aは、マイクロニードル24の高さ(突起長さ)Hと幅(直径)Dを用いて、A=H/Dにより定義される。
【0063】
以上、本発明の一実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変形を行ってもよいのはもちろんである。
【0064】
例えば、上述の実施形態では、ゼラチンを固形成分として含むポリマー溶解液20を固化することにより経皮吸収シート30を製造する例について説明したが、ポリマー溶解液20の固形成分としてゼラチン及び糖類を用いてもよい。
【0065】
ポリマー溶解液20が固形成分としてゼラチン及び糖類を含む場合には、ポリマー溶解液20を固化して得られるポリマーシート22は、ゼラチン成分と糖類成分とが混在する構造を有する。マイクロニードル24が薬剤液28に浸漬されると、マイクロニードル24中の糖類成分が薬剤液に溶出するので、マイクロニードル24に多数の微細孔が形成されるとともに、当該多数の微細孔に薬剤液28が浸透する拡散現象が起こる。このように、ポリマー溶解液20が固形成分としてゼラチン及び糖類を用いることにより、マイクロニードル24への薬剤浸透を加速することができる。
【0066】
ポリマー溶解液20中の糖類として、グルコース、フルクトース、ガラクトース等の単糖類や、マルトース、スクロース、トレハロース等の二糖類や、プルラン等の多糖類を使用することができる。中でも、溶媒に対する溶解度が高い糖類は、ポリマー溶解液20の溶媒量を減らすことで、ポリマー溶解液20の乾燥固化時間を短縮できる点で好ましい。
【0067】
ポリマー溶解液20中の糖類として多糖類を用いる場合は、マイクロニードル24への薬剤浸透を確実に加速する観点から、薬剤液28への溶解度が高い平均分子量1000以上100万以下の多糖類を使用することが好ましい。
【0068】
ポリマー溶解液20中のゼラチンと糖類との含有比率(重量基準)は、シート成形性と薬剤浸透加速とを両立する観点から、15:1〜3:1であることが好ましく、10:1〜4:1であることがより好ましく、8:1〜5:1であることがさらに好ましい。
【0069】
また、上述の実施形態では、一個のモールド10を用いて経皮吸収シートを製造する例について説明したが、複数のモールドユニットを含む大面積モールドを用いて経皮吸収シートを製造してもよい。図3は、複数のモールドユニットを含む大面積モールドを示す図である。
【0070】
図3に示す大面積モールド100は、針状凹部112を有する複数のモールドユニット110が、接着剤層114を介して基板116上に固定された構成を有する。大面積モールド100を用いて経皮吸収シートを製造すれば、生産効率が大幅に向上する。
【0071】
また、上述の実施形態では、モールド10にポリマー溶解液20を付与した後、続けて、ポリマー溶解液20を乾燥固化する例について説明したが、ポリマー溶解液20を乾燥固化する前に、ポリマー溶解液20の針状凹部12への充填を促進してもよい。ポリマー溶解液20の針状凹部12への充填を促進する方法として、ポリマー溶解液20をモールド10に注型した後にポリマー溶解液20を加圧する方法や、ポリマー溶解液20を減圧下でモールド10に注型した後に大気圧に戻す方法などが挙げられる。
【0072】
図4はポリマー溶解液の針状凹部への充填を促進する加圧充填装置を示す図である。
【0073】
図4に示す加圧充填装置50は、流入口58及び排出口60を備える耐圧容器52と、耐圧容器52の内部に設けられた台座54と、耐圧容器52に加圧流体を送り込むコンプレッサー56とを含む。以下で、加圧充填装置50の動作について説明する。
【0074】
ポリマー溶解液20を注型したモールド10が台座54に載置された状態で、コンプレッサー56により、流入口58を介して耐圧容器52に加圧流体を送り込む。
【0075】
加圧流体は、気体又は液体を用いることができる。加圧流体として使用可能な気体には、空気を挙げることができるが、ポリマー溶解液20への加圧流体の溶解を防止する観点から、ポリマー溶解液20に対する溶解率が低い気体を選択することが好ましい。
【0076】
ポリマー溶解液20の揮発による粘度上昇を防止する観点から、ポリマー溶解液20の溶媒と同種の液体を耐圧容器52の内部に予め溜めておき、耐圧容器52の内部が当該液体の蒸気で飽和した状態にすることが好ましい。
【0077】
上述のようにして、ポリマー溶解液20の針状凹部12への充填を促進することで、最深部14を含む針状凹部12の全域にポリマー溶解液20を迅速に充填することが可能となる。これにより、先端が鋭く尖ったマイクロニードル24を確実に形成することが可能になる。
【実施例】
【0078】
上述の実施形態に係る方法により、以下に示すように経皮吸収シートを作製して、針状凸部への薬剤添加の選択性を評価した。本実施例では、薬剤添加の選択性の評価を簡便な手法で行うために、染料を薬剤に見立てて評価実験を行った。
【0079】
<モールドの作製>
まず、直径200μmの円柱状の金属線の先端100μmの部分を先端曲率半径5μmの円錐形状に切削加工した。そして、40mm×40mmの平滑な銅板の中央部に穴をあけて、当該穴から、先端加工を施した金属線の先端が600μmだけ突出するように、ピッチ500μmにて10本×10本を配列固定することにより、原版を作製した。この原版を用いて、シリコーンゴム(信越化学工業株式会社製、信越シリコーン型取り用RTVゴム)の転写品を作製し、厚さが5mmであって、サイズが45mm×45mmのモールドを得た。モールドの中央部には、10個×10個の円錐柱状の凹部が形成された。
【0080】
<ポリマー溶解液の調製>
ゼラチン(新田ゼラチン株式会社製、新田ゼラチン732)を40℃の温水に溶解し、ゼラチン濃度が20重量%の水溶液を調製し、これを40℃で保温した。
【0081】
<ポリマー溶解液の注型>
サイズが40mm×40mm、厚さが3mmのシリコーンシート(信越ファインテック株式会社製、シンエツシリコシートBAグレード)の中央部分に、30mm×30mmの開口部を設けた。モールドの円錐柱状孔パターン部がシリコーンシートの開口部から露出するように位置合わせした状態で、シリコーンシートをモールドに積層・接着した。この後、ディスペンサを用いて、シリコーンシートが接着されたモールド(シリコーンシートの開口部)に、ポリマー溶解液を1ml滴下した。
【0082】
<ポリマー溶解液の加圧充填>
ポリマー溶解液の溶媒である水の揮発を防止するため、耐圧容器内の底部に、高さ40mmまで温水を溜めた。加熱ジャケットにより耐圧容器の内部を40℃まで加熱した後、コンプレッサーから耐圧容器内に圧縮空気を注入した。これにより、耐圧容器内の圧力を0.5MPaで、5分間保持した。
【0083】
<固化工程>
モールドを耐圧容器から取り出し、オーブンに投入して、50℃、1時間の乾燥処理を行った。乾燥処理により、ポリマー溶解液が固化して、円錐柱状ニードルを有するポリマーシートが得られた。
【0084】
<剥離工程>
モールドに積層・接着したシリコーンシートを取り外した後、ポリマーシートの裏面に粘着テープを貼りつけて、当該粘着テープごとモールドから剥離して、針状アレイシートを得た。
【0085】
<染料液への浸漬工程>
針状アレイシートのニードル部を染料液に20秒間浸漬した。染料液は、水とアルコールを1:1の割合で混合した液体に、染料を添加したものを用いた。
【0086】
<乾燥工程>
その後、針状アレイシートを染料液から引き上げて、50℃、30分間の乾燥処理を行った。これにより、ニードル部のみに染料が染み込んだ針状アレイシートを作製することができた。
【0087】
このことから、上述の実施形態に係る方法によれば、ニードル部に薬剤が選択的に添加された経皮吸収シートを作製可能であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の一実施形態に係る経皮吸収シートの製造方法を示す図である。
【図2】本実施形態に係る方法により製造される経皮吸収シートの構造例を示す断面図である。
【図3】複数のモールドユニットを含む大面積モールドを示す図である。
【図4】ポリマー溶解液の針状凹部への充填を促進する加圧充填装置を示す図である。
【図5】従来のキャスト成形法により経皮吸収シートが製造される様子を示す図である。
【符号の説明】
【0089】
10…モールド、12…針状凹部、14…最深部、16…平坦面、20…ポリマー溶解液、22…ポリマーシート、24…マイクロニードル、26…シート部、100…大面積モールド、110…モールドユニット、112…針状凹部、114…接着剤層、116…基板、50…加圧充填装置、52…耐圧容器、54…台座、56…コンプレッサー、58…流入口、60…排出口、210…モールド、212…針状凹部、220…ポリマー溶解液、224…マイクロニードル、226…シート部、230…経皮吸収シート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル化性がある生分解性ポリマーを固形成分として含むポリマー溶解液を、針状凹部を有するモールドに付与する付与工程と、
前記針状凹部の反転形状である針状凸部を有するポリマーシートが形成されるように前記ポリマー溶解液を固化する固化工程と、
前記固化工程で形成された前記ポリマーシートを前記モールドから剥離する剥離工程と、
前記剥離工程で剥離された前記ポリマーシートの前記針状凸部の内部に薬剤が浸透するように、前記薬剤を含む薬剤液に前記ポリマーシートの前記針状凸部のみを浸漬する薬剤浸透工程とを含むことを特徴とする経皮吸収シートの製造方法。
【請求項2】
前記生分解性ポリマーはゼラチンであることを特徴とする請求項1に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項3】
前記ポリマー溶解液は、固形成分として、前記ゼラチンと糖類とを含むことを特徴とする請求項2に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項4】
前記針状凸部の内部に前記薬剤が浸透した前記ポリマーシートを乾燥する乾燥工程を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項5】
前記モールドに付与された前記ポリマー溶解液を前記針状凹部に充填する充填工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項6】
前記モールドがシリコーン樹脂を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項7】
前記薬剤液は、アルコール及び水の少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項8】
前記針状凹部の直径が50μm以上300μm以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項9】
前記針状凹部の深さが200μm以上2000μm以下であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。
【請求項10】
前記モールドは、前記針状凹部が形成されたモールドユニットを複数個含むことを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の経皮吸収シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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