説明

絶縁診断装置

【課題】回転機の固定子巻線の絶縁性能を高い精度で評価できるとともに、適切な補修タイミングを決定することが可能な絶縁診断装置および絶縁診断方法を提供する。
【解決手段】配置位置が異なる2つ以上のサーチコイルを介してそれぞれ測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd)について、その値が互いに近似している場合には、主として、内部放電InFが発生していると判断することができる。これに対して、その値の有意な差がある場合には、外部放電OuFが発生していると判断することができる。したがって、複数のサーチコイルを介してそれぞれ測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd)の間の相対関係に基づいて、部分放電の発生部位を特定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、回転機の固定子巻線の絶縁性能を評価するための絶縁診断装置および絶縁診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発電機や電動機などを安定的に連続稼動させるためには、継続的な設備診断が必要である。発電機や電動機といった回転機の設備診断項目の一つとして、巻線の絶縁性能の評価が含まれる。たとえば、同期回転機(同期発電機および同期電動機)では、それぞれ巻線が設けられた回転子(ロータ)および固定子(ステータ)を含む。以下の説明では、回転子に設けられた巻線を回転子巻線と称し、固定子に設けられた巻線を固定子巻線とも称す。このような巻線は、導体の周囲に絶縁体を配置した構成となっている。
【0003】
巻線の絶縁性能とは、この絶縁体の性能を意味する。絶縁性能が低下すると、導体間もしくは導体と接地との間で放電現象(部分放電)が生じ、この部分放電によって周囲の絶縁体が損傷し、その絶縁劣化がさらに進行するという悪循環をもたらす。そのため、絶縁性能を評価および管理する必要がある。
【0004】
同期発電機では、回転子巻線には界磁を生じさせるための界磁電流が印加され、固定子巻線には運動エネルギーから変換される電力が流れる。回転子巻線に印加される電圧は、400V程度と相対的に低く、かつ、それを流れる電流も相対的に小さい。これに対して、大規模な発電所で使用される同期発電機の固定子巻線には、数1000〜数10000アンペアもの電流が流れ、かつ、発生する起電圧も1万ボルトを超えるものもある。そのため、特に固定子巻線の絶縁性能を評価することは重要である。
【0005】
たとえば、原子力発電所や火力発電所においては、原子炉やボイラーの定期検査が義務付けられているため、この定期検査時において、絶縁診断を含む、各種のメンテナンスが行なわれる。これに対して、水力発電所においては、河川を流れる水やダムから放流される水の運動エネルギーを利用して発電するため、理想的には、連続稼動が要求される。
【0006】
このような水力発電所において使用される同期発電機は、駆動源である水車の回転数に適合するように、定格回転速度が低く(すなわち、極数が多く)設計されている。その結果、固定子巻線のコイルエレメント数が相対的に多く、部分放電が発生し易い傾向にある。また、同期発電機自体が大型化するので、万が一の故障には、その交換作業に多大な時間およびコストを要する。
【0007】
以上のような理由から、特に、水力発電所で使用される同期発電機の固定子巻線の絶縁診断を効率的かつ高精度に行なうことが要望されている。このような、固定子巻線の絶縁診断の方法としては、診断対象の回転機の運転停止中に行なわれるオフライン絶縁診断法と、回転機の運転中に行なわれるオンライン絶縁診断法とが知られている。
【0008】
このような回転機のオフライン絶縁診断方法としては、EIC(Electric Insulation Checker)法が知られている。このEIC法では、回転機の運転を停止した状態(オフライン状態)において、固定子巻線の絶縁体での部分放電の発生量、直流抵抗、交流抵抗、損失角(tanδ)等を測定した結果に基づいて、絶縁性能が評価される。より具体的には、特開2001−013225号公報(特許文献1)に示すように、固定子巻線における部分放電の発生量は、運転停止状態の発電機の固定子巻線に対し試験電圧を課電するとともに、標準電荷を注入した場合に得られる信号強度に基づいて、測定される。なお、オフライン診断では、非特許文献1に示されるように、発電機共通の診断基準が確立されており、この診断基準に従って、絶縁性能を定量的に評価できる。
【0009】
これに対して、回転機のオンライン絶縁診断方法としては、非特許文献2に開示されるように、トレンド管理が中心である。このトレンド管理では、発電機個別の相対的な劣化傾向を評価することしかできず、絶縁性能を定量的に評価することができない。そのため、発電機の絶縁性能を客観的に評価することができないため、オンライン珍断は普及が進んでいない。しかしながら、上述のような水力発電所において使用される同期発電機における固定子巻線の絶縁診断には、運転を停止することなく診断ができる、オンライン絶縁診断方法の適用が要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−013225号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】電気学会、電力・エネルギー部門大会論文集、1996年08月、Vol.7th2,p.852−853
【非特許文献2】電気評論、株式会社電気評論社、2003年8月10日、Vol.88,No.8,p.73−77
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、上述のような絶縁診断法を用いて、固定子巻線の絶縁性能が劣化していると判断された場合、どのような対処をとるべきかを決定することも重要となる。
【0013】
上述のような回転機の絶縁材料としては、一般的にエポキシマイカ絶縁が採用される。このエポキシマイカ絶縁は、部分放電が発生している場所やその種類によって絶縁強度が異なる。より具体的には、コイルスロット内などにおける、絶縁体内部の放電(ボイド放電)に対しては、絶縁劣化の進行が相対的に遅い。これに対して、コイルエンドなどにおける、絶縁体外部の放電(沿面放電やスロット放電)に対しては、劣化の進行が相対的に早い。
【0014】
そのため、このような部分放電の発生部位を識別できれば、補修タイミングを適切に決定することができる。すなわち、部分放電が絶縁体内部において発生していると特定できる場合には、絶縁劣化の進行が比較的緩やかであると判定できるので、たとえば、渇水期などに補修を行ない、溢水を少なくするという対処が可能となる。これに対して、部分放電が絶縁体外部において発生していると特定できる場合には、固定子巻線の損傷の危険性があるので、迅速に補修を行なう必要がある。
【0015】
しかしながら、従来の絶縁診断方法では、部分放電の発生量を評価することはできても、いずれの部位で部分放電が生じているのかを評価することはできなかった。
【0016】
この発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、その目的は、回転機の固定子巻線の絶縁性能を高い精度で評価できるとともに、適切な補修タイミングを決定することが可能な絶縁診断装置および絶縁診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
この発明のある局面に従えば、回転機の回転子を構成する回転子巻線の絶縁性能を診断するための絶縁診断装置を提供する。本絶縁診断装置は、回転子巻線に近接して配置された複数のサーチコイルと電気的に接続される測定回路と、測定回路と電気的に接続され、回転子巻線に所定の交流電圧が印加された場合に発生する部分放電による電圧変動値を測定するための測定手段とを含む。測定手段は、複数のサーチコイルを介してそれぞれ測定される信号に基づいて、複数の電圧変動値を取得する。さらに、本絶縁診断装置は、電圧変動値が第1しきい値を超えるか否かを判断するための第1判断手段と、電圧変動値が第1しきい値を超える場合に、複数の電圧変動値が互いに近似した値を示しているか否かを判断する第2判断手段と、複数の電圧変動値が互いに近似した値を示している場合に、回転子巻線で内部放電が発生していると決定する一方で、複数の電圧変動値が互いに近似した値を示していない場合に、回転子巻線で外部放電が発生していると決定する第1決定手段とを含む。
【0018】
好ましくは、第2判断手段は、複数の電圧変動値の平均値を算出する手段と、複数の電圧変動値の各々と平均値との差が所定値を超えるか否かを判断する手段とを含む。
【0019】
好ましくは、本絶縁診断装置は、電圧変動値が第1しきい値を超えない場合に、電圧変動値が第1しきい値より小さい第2しきい値を超えるか否かを判断するための第3判断手段と、電圧変動値が第2しきい値を超えない場合に、回転子巻線の絶縁性能が良好であると決定し、電圧変動値が第2しきい値を超える場合に、回転子巻線の絶縁性能が要注意であると決定する第2決定手段とをさらに備える。
【0020】
さらに好ましくは、本絶縁診断装置は、固定子巻線の対地静電容量を測定するための静電容量測定回路と、静電容量測定回路によって測定された対地静電容量に基づいて、第1しきい値および第2しきい値を算出するための算出手段とをさらに含む。
【0021】
好ましくは、測定手段は、測定される電圧信号に含まれる、回転子巻線に印加される交流電圧と同じ周波数成分の振幅値に基づいて、電圧変動値を測定する。
【0022】
この発明の別の局面に従えば、回転機の回転子を構成する回転子巻線の絶縁性能を診断するための絶縁診断方法を提供する。本絶縁診断方法は、回転子巻線に近接して配置された複数のサーチコイルを介してそれぞれ測定される信号に基づいて、回転子巻線に所定の交流電圧が印加された場合に発生する部分放電による複数の電圧変動値を測定するステップと、電圧変動値が第1しきい値を超えるか否かを判断するステップと、電圧変動値が第1しきい値を超える場合に、複数の電圧変動値が互いに近似した値を示しているか否かを判断するステップと、複数の電圧変動値が互いに近似した値を示している場合に、回転子巻線で内部放電が発生していると決定するステップと、複数の電圧変動値が互いに近似した値を示していない場合に、回転子巻線で外部放電が発生していると決定するステップとを含む。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、回転機の固定子巻線の絶縁性能を高い精度で評価できるとともに、適切な補修タイミングを決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機の構成を示す模式図である。
【図2】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機の固定子巻線の配置を示す模式図である。
【図3】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機の断面を示す模式図である。
【図4】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機のコイルスロットを示す模式図である。
【図5】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法を適用した回転機の保全手順を示すフローチャートである。
【図6】この発明の実施の形態に従う絶縁診断装置の構成を示す模式図である。
【図7】この発明に関連するオフライン絶縁診断法を提供する絶縁診断装置の構成を示す模式図である。
【図8】図7に示すオフライン絶縁診断法における診断基準を示すグラフである。
【図9】固定子巻線の絶縁体中に存在するボイドによって部分放電が生じる場合の等価回路を示す図である。
【図10】実験によって得られた測定結果とPD値(理論値)との比較を示す図である。
【図11】この発明の実施の形態に従うPD値の測定および評価のより詳細な手順を示すフローチャートである。
【図12】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法によって検出される内部放電を示す模式図である。
【図13】この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法によって検出される外部放電を示す模式図である。
【図14】図12に示す内部放電の伝搬モードを示す模式図である。
【図15】図13に示す外部放電の伝搬モードを示す模式図である。
【図16】外部放電が生じている場合に各相のサーチコイルを介して測定されるPD値の変化を示す図である。
【図17】固定子巻線に電荷パルスを印加した場合に測定されるPD値を示す図である。
【図18】サーチコイルを介して測定されるPD値の間に差が生じている実験結果を示す図である。
【図19】この発明の実施の形態に従う絶縁診断装置によって測定された結果を示す図である。
【図20】この発明の実施の形態に従う絶縁診断装置によって測定された結果を示す図である。
【図21】この発明の実施の形態に従う部分放電の発生部位判別のより詳細な手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
この発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中の同一または相当部分については、同一符号を付してその説明は繰返さない。
【0026】
<回転機の構造>
図1は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機の構成を示す模式図である。図2は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機の固定子巻線の配置を示す模式図である。図3は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機の断面を示す模式図である。図4は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機のコイルスロットを示す模式図である。
【0027】
図1を参照して、本実施の形態に従う絶縁診断方法が適用される回転機SYMは、典型的には、同期発電機である。図1には、水力発電所などにおいて使用される縦軸型の同期発電機の構造を示す。この回転機SYMは、固定子(ステータ)STと、回転子(ロータ)RTとからなる。回転子RTは、固定子STの中心軸上に組込まれ、図示しない水車(ランナ)による駆動力を受けて固定子STの中で回転運動する。回転子RTの表面には、回転子巻線FCが配置されており、この回転子巻線FCには、図示しない励磁装置から界磁電流が供給される。回転運動する回転子RTは、この界磁電流によって固定子ST内に回転磁界を発生する。この磁束の時間的および空間的な変化を受けて、固定子STには起電力が発生し、発生した電流(電力)が固定子巻線2を通じて、回転機SYMの外部へ取出される。以下の説明では、固定子巻線2を固定子コイルとも称す。
【0028】
本実施の形態に従う絶縁診断方法では、回転機SYMの固定子STを構成する固定子巻線2の絶縁性能を診断する。
【0029】
図2および図3に示すように、固定子巻線2は、(基本的に)固定子STの軸方向と平行な複数のコイルからなる。これらの固定子STの軸方向と平行なコイルは、固定子STの内面に形成されたコイルスロットに納められ、固定子STの軸を中心に放射状に配置されている。一般的な同期発電機は、三相(U相、V相、W相)交流電力を発生するので、固定子巻線2は、三相分のコイルを含む。
【0030】
なお、固定子巻線2は、巻線方法によって波巻と重ね巻とに分類されるが、図2および図3には波巻の構造を示す。すなわち、図3には、固定子STの内面に複数のコイルスロット4が形成されている状態を示し、各コイルスロット4には、2つのコイルが配置されているとする。なお、各コイルスロット4のより内側の部分に配置されている巻線を「上コイル」とも称し、各コイルスロット4のより外側の部分に配置されている巻線を「下コイル」とも称す。
【0031】
図2および図3に示す固定子STでは、一例として、3本のコイルで主極(1相1極)を形成しており、各コイルスロット4には、同じ相のコイルが配置される。すなわち、各コイルスロットにおいて、上コイルを流れる固定子電流と下コイルを流れる固定子電流とは、同一の相である。なお、図3において、十字(+)に示す記号は、固定子電流が紙面奥側に流れるコイルを示し、丸(●)に示す記号は、固定子電流が紙面手前側に流れるコイルを示す。
【0032】
図4を参照して、各コイルスロット4に挿入される固定子巻線2は、上コイルに対応する導体2aと、下コイルに対応する導体2bとを含む。導体2aおよび導体2bは、絶縁体2cによって被覆される。また、導体2aと導体2bとの間には、スペーサ2dが介挿される。この絶縁体2cは、典型的には、エポキシマイカからなる。
【0033】
なお、後述するように、固定子STには、固定子巻線2の温度を監視するために、サーチコイル5と称される温度検出素子が埋め込まれている。典型的には、固定子ST全体として、各相あたり2個(合計6個)のサーチコイル5が埋め込まれる。このサーチコイル5は、図4に示すように、スペーサ2dの一部として埋め込まれる。すなわち、複数のサーチコイル5が固定子巻線2に近接して配置される。このようなサーチコイル5は、測温抵抗体(RTD:Resistance Temperature Detector)、もしくは、熱電対が採用される。なお、測音抵抗体としては、0℃において約100Ωを示すPt100と称される白金抵抗体が一般的に採用される。
【0034】
<全体処理手順>
図5は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法を適用した回転機の保全手順を示すフローチャートである。
【0035】
図5を参照して、まず、任意のタイミングで、診断対象の回転機が運転中に発生する部分放電による電圧変動値(PD値:Partial Discharge Value;以下、「PD値」または「Vpd」と称す。)を測定する(ステップS2)。このPD値は、オンライン絶縁診断法に従って測定されるので、回転機の運転中であれば、任意のタイミングでPD値を測定することができる。
【0036】
続いて、所定の診断基準に基づいて、測定されたPD値を評価する(ステップS4)。より具体的には、測定されたPD値に基づいて、「良好」「要注意」「不良」のいずれであるかを判断する。
【0037】
「良好」であると判断された場合(ステップS4において「良好」)には、現在の絶縁診断周期を維持する(ステップS6)。そして、診断対象の回転機に対する絶縁診断は終了する。
【0038】
また、「要注意」であると判断された場合(ステップS4において「要注意」)には、現在の絶縁診断周期をより短く変更する(ステップS8)。すなわち、診断対象の回転機での絶縁性能が劣化傾向にあると判断できるので、絶縁性能を評価する間隔をより短くすることで絶縁性能の監視レベルを高める。そして、診断対象の回転機に対する絶縁診断は終了する。
【0039】
また、「不良」であると判断された場合(ステップS4において「不良」)には、後述する手順によって、部分放電の発生部位を判別する(ステップS10)。部分放電が内部放電である場合(ステップS10において「内部放電」)には、現在の絶縁診断周期をより短く変更する(ステップS8)。これに対して、部分放電が外部放電である場合(ステップS10において「外部放電」)には、早急な補修が必要であると判断し、補修スケジュールを策定する(ステップS12)。
【0040】
<PD値の測定および評価>
次に、図5に示すフローチャート中のステップS2およびS4に示すPD値の測定および評価手順について詳述する。本実施の形態に絶縁診断方法は、基本的には、回転機の運転中に行なわれるオンライン絶縁診断法を採用する。これは、以下のような理由によるものである。
【0041】
上述したようなオフライン絶縁診断法は、そもそも、発電機が運転を停止した状態でなければ行なうことができない。また、オフライン絶縁診断方法では、回転子巻線(コイル)に所定の電荷注入および/または電圧印加を行なう必要があるので、固定子巻線2の口出部の絶縁体を剥ぎ取って、固定子巻線の導体を露出させる必要がある。そのため、オフライン絶縁診断法を実施する際には、多大の時間、作業工数、およびコストを必要とした。また、水力発電所における発電機に対してオフライン絶縁診断法を実施する場合には、数日間にわたって運転が停止するため、流込式の水力発電所などでは、溢水が発生する。すなわち、貴重な自然エネルギーを未使用のまま放流してしまうことになり、経済的な損失が膨大となる。
【0042】
ところで、従来からの研究によって、オフライン絶縁診断法に用いられる共通の診断基準が確立されている。そのため、オンライン絶縁診断法においても、この確立された診断基準に沿った判断ができることが好ましい。すなわち、オンライン絶縁診断法による診断基準とオフライン絶縁診断法の診断基準とが整合していれば、オフライン絶縁診断法による過去の診断結果とオンライン絶縁診断法による診断結果とを一貫して管理でき、回転機を管理する上で、非常に有益である。
【0043】
しかしながら、オフライン絶縁診断法を適用する場合には、三相分の固定子巻線に電圧が均等に印加されるのに対して、オフライン絶縁診断法を適用する場合には、1相の固定子巻線の一方を接地した上で電圧が印加される。このような測定方法の相違から、共通の診断基準を採用することは困難であった。
【0044】
このような状況に鑑みて、本願発明者は、オフライン絶縁診断法とオンライン絶縁診断法との関係について実験的な研究を行なって、オンライン絶縁診断法によって測定される部分放電による電圧変動と、オフライン絶縁診断法によって測定される最大放電電荷量との間に所定の相関があることを見出した。そして、この相関関係に基づいて、従来のオフライン絶縁診断法で用いられていた診断基準に従って、絶縁性能を評価する。
【0045】
(1.装置構成)
図6は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断装置の構成を示す模式図である。
【0046】
図6を参照して、本実施の形態に従う絶縁診断装置100は、絶縁増幅器22と、信号測定回路20と、静電容量測定装置40と、処理装置10とを含む。
【0047】
絶縁増幅器22は、固定子STに埋め込まれた1つ以上のサーチコイル5と電気的に接続され、サーチコイル5を介して、固定子ST内で生じる部分放電による電圧値を検出する。すなわち、サーチコイル5は、絶縁体を介して固定子巻線2と隣接して配置されているので、固定子巻線2との間に静電容量を生じる(コンデンサ結合)。そのため、固定子巻線2に生じる部分放電に起因する発生する電圧信号が、この静電容量を介して絶縁増幅器22へ与えられる。なお、絶縁増幅器22が複数のサーチコイル5と接続されている場合には、信号を出力するサーチコイル5を選択するための回路を付加してもよい。
【0048】
信号測定回路20は、フィルタ回路241,242と、A/D変換器261,262とを含む。フィルタ回路241および242は、通過周波数の異なる低域通過フィルタであり、典型的には、それぞれ10MHzおよび20MHzに設定される。すなわち、通過周波数が10MHzに設定されるフィルタ回路241は、サーチコイル5を介して検出されたPD値(電圧変動値Vpd)の基本信号を出力し、通過周波数が20MHzに設定されるフィルタ回路242は、サーチコイル5を介して検出されたPD値(電圧変動値Vpd)に含まれるノイズ成分を区別するための参照信号を出力する。A/D変換器261および262は、それぞれフィルタ回路241および242と接続され、フィルタ回路241および242から出力されるアナログ信号をデジタル値に変換した結果を処理装置10へ出力する。
【0049】
静電容量測定装置40は、固定子巻線2の対地静電容量Caを測定する。なお、静電容量測定装置40は、基本的には、診断対象の回転機の運転停止中に対地静電容量Caを測定する。静電容量測定装置40は、測定結果である対地静電容量Caの値を処理装置10へ出力する。静電容量測定装置40は、典型的には、シェーリングブリッジ回路で構成される。
【0050】
処理装置10は、典型的には、パーソナルコンピュータなどによって実現される。処理装置10は、信号測定回路20によって測定される電圧信号に含まれる、固定子巻線2に印加される交流電圧と同じ周波数成分の振幅値に基づいて、PD値(電圧変動値Vpd)を測定する。たとえば、60[Hz]の交流電圧を印加した場合には、信号測定回路20からの測定結果に含まれる、60pps(pulse per second)の成分が部分放電によるPD値(電圧変動値Vpd)として測定される。なお、A/D変換器261(フィルタ回路241)から出力される基本信号から、A/D変換器262(フィルタ回路242)から出力される参照信号を取り除くことで、10MHz〜20MHzの間の信号成分からPD値(電圧変動値Vpd)を測定することができる。
【0051】
また、処理装置10は、静電容量測定装置40によって測定された対地静電容量Caを用いて、測定されたPD値(電圧変動値Vpd)を評価するための基準値(しきい値)を算出する。そして、処理装置10は、この算出した基準値(しきい値)と測定されたPD値(電圧変動値Vpd)とを比較することで、診断対象の回転機の絶縁性能を評価する。なお、基準値(しきい値)は、例えば、上述の非特許文献1に開示されているように、固定子巻線について予め設定されている放電電荷量が用いられる。この放電電荷量は、固定子巻線2の絶縁性能を生じる内部放電の大きさ(電荷量)によって区分するものである。後述するように、典型的には、絶縁性能についての良好と要注意との境界を定義する放電電荷しきい量Q1と、絶縁性能についての要注意と不良との境界を定義する放電電荷量Q2とが定義される。
【0052】
そして、処理装置10は、これらの放電電荷しきい量Q1,Q2を静電容量測定装置40によって測定された対地静電容量Caで除算して、PD値(電圧変動値Vpd)を評価するための基準値(しきい値)V1,V2をそれぞれ算出する。さらに、処理装置10は、測定されたPD値(電圧変動値Vpd)と、算出した基準値(しきい値)V1およびV2とを比較して、診断対象の回転機の絶縁性能がいずれの状態であるかを判断する。
【0053】
(2.理論および検証結果)
上述のように、オフライン絶縁診断法における診断基準(放電電荷しきい量Q1およびQ2など)を、オンライン絶縁診断法の診断基準として適用できる理論およびその検証結果について以下説明する。
【0054】
図7は、この発明に関連するオフライン絶縁診断法を提供する絶縁診断装置の構成を示す模式図である。図8は、図7に示すオフライン絶縁診断法における診断基準を示すグラフである。
【0055】
図7を参照して、オフライン絶縁診断法を提供する絶縁診断装置は、固定子巻線を各相に分離した上で、各相に所定の電圧を印加した際に生じる部分放電による最大放電電荷量を測定するものである。より具体的には、この絶縁診断装置は、処理装置10Aと、測定回路30とを含む。
【0056】
測定回路30は、電圧発生器36と、カップリングコンデンサCk,C1と、制動抵抗Rsと、信号検出用コンデンサCdと、信号検出用抵抗Rdと、校正用電荷発生器38と、カップリングコンデンサCと、同軸ケーブル34と、検出器32とを含む。
【0057】
固定子巻線2のある相の口出部に接続された端子Tmと接地との間に、電圧発生器36が接続される。この電圧発生器36は、試験対象の固定子巻線2に所定の電圧を印加して、固定子巻線2に部分放電を生じさせる。この固定子巻線2で生じた部分放電による信号は、カップリングコンデンサCkを介して、信号検出用コンデンサCdおよび信号検出用抵抗Rdへ伝搬する。
【0058】
カップリングコンデンサCkと、信号検出用コンデンサCdおよび信号検出用抵抗Rdとの間には、制動抵抗Rsが直列に挿入されている。この制動抵抗Rsは、放電パルスの共振現象を抑制する。信号検出用コンデンサCdおよび信号検出用抵抗Rdは、固定子巻線2で生じた部分放電による信号を検出可能な電圧信号に変換するためのインピーダンスである。
【0059】
さらに、信号検出用コンデンサCdおよび信号検出用抵抗Rdは、カップリングコンデンサC1を介して、同軸ケーブル34に接続されている。そのため、信号検出用コンデンサCdおよび信号検出用抵抗Rdに表われる電圧信号は、カップリングコンデンサC1および同軸ケーブル34を介して、検出器32へ伝えられる。検出器32は、受信した電圧信号の電圧値を検出し、その検出結果を処理装置10へ出力する。なお、検出器32としては、オシロスコープなどを利用することもできる。
【0060】
なお、端子Tmと接地との間には、カップリングコンデンサCを介して、校正用電荷発生器38が接続される。この校正用電荷発生器38は、基準の電荷量を固定子巻線2へ注入する。基準の電荷量が固定子巻線2へ注入されたときに検出器32で検出される電圧値で、固定子巻線2で生じる部分放電の最大放電電荷量が校正される。より具体的には、検出器32で検出される単位電圧あたりの電荷量を示す変換係数が算出され、検出器32で検出される電圧値にこの変換係数を乗じることで、固定子巻線2で発生する部分放電の最大放電電荷量Qmが測定される。
【0061】
このように測定された最大放電電荷量Qmに基づく絶縁診断を行なうために用いられる放電電荷しきい量は、次のように決定される。すなわち、上述のオフライン絶縁診断法に従って、部分放電の最大放電電荷量Qmを測定する。そして、固定子巻線の絶縁耐力試験を実施した結果に基づいて、50%の破壊確率のときに運転に必要な絶縁耐力と関連付けて、放電電荷しきい量を決定する。
【0062】
なお、固定子巻線2の吸湿を考慮した絶縁耐力の推定式と、吸湿を考慮しない推定式とが存在するが、常時運転している発電機は、絶縁体の異常劣化や発電機の水没といった状況がない限り吸湿の影響を無視できることから、吸湿を考慮しない推定式を使用すればよい。このような推定式をグラフ化したものが図8である。
【0063】
図8には、オフライン絶縁診断法により測定される最大放電電荷量Qmaxと絶縁耐力VBD/Eとの関係を示す。この関係によれば、最大放電電荷量Qmaxが10,000[pC]未満であれば、固定子巻線2の絶縁性能は「良好」であり、最大放電電荷量Qmaxが10,000[pC]から30,000[pC]の範囲にあれば、固定子巻線2の絶縁性能は「要注意」であり、最大放電電荷量Qmaxが30,000[pC]より大きければ、固定子巻線2の絶縁性能は「不良」であると、判断できる。
【0064】
したがって、放電電荷しきい量Q1およびQ2は、一例として、それぞれ10,000[pC]および30,000[pC]に設定される。
【0065】
次に、固定子巻線2における部分放電の発生原理および部分放電の伝搬モードについて説明する。
【0066】
図9は、固定子巻線の絶縁体中に存在するボイドによって部分放電が生じる場合の等価回路を示す図である。絶縁体は、電界が繰り返し印加されることによって、その内部にボイド(気泡)が発生し、このボイドに電界が集中することで、部分放電を生じ易い。
【0067】
図9を参照して、コイルスロット4に納められた導体2aと導体2bとの間に設けられる絶縁体2c内にボイド6が発生しているとする。そして、このボイド6内部で部分放電が発生するものと考える。
【0068】
このとき、絶縁体2cの対地静電容量はCaであり、ボイド6の静電容量はCgであるとする。絶縁体2cのボイド6の両端にある部分の静電容量はCbであるとする。
【0069】
この固定子巻線2に試験電圧Vtを印加したときに、ボイド6内部で生じる部分放電によって、ボイド6を通過する真の電荷量qrは、以下の(1)式のように表わすことができる。
【0070】
qr={Cg+(Ca×Cb)/(Ca+Cb)}×(Vs−Vr)・・・(1)
但し、Vsはボイドに印加される電圧値を示し、Vrは部分放電後にボイドに印加される電圧値を示す
ここで、ボイド6の静電容量Cgがその両端に存在する絶縁体2cの静電容量Cbより十分に大きいとすると、ボイド6内部の部分放電で誘起される電圧変動により外部から測
定される電圧変動値Vpdは、以下の(2)式のように表わすことができる。
【0071】
Vpd=Qaap/Ca {Ca≫Cg,Cb}・・・(2)
但し、Qappは測定される(見かけの)放電電荷量を示す
(2)式に含まれる放電電荷量Qappは、上述のオフライン絶縁診断法によって測定される最大放電電荷量に相当するので、上述のオフライン絶縁診断法における診断基準(放電電荷しきい量)を代入することで、オフライン絶縁診断法と同じ診断基準に従う、PD値(電圧変動値Vpd)についてのしきい値を決定することができる。
【0072】
より具体的には、放電電荷量Qappに、上述の固定子巻線2の絶縁性能が「良好」であると判断される最大放電電荷量Qmaxである10,000[pC]を代入し、絶縁体2cの対地静電容量Caに、変数X[μF]を代入すると、(2)式は、以下に示す(3)式にように整理できる。
【0073】
Vpd=10X−1・・・(3)
以上のような関係を検証するために、本願発明者は、複数の同期発電機の各々に対して、上述のオフライン絶縁診断法およびオンライン絶縁診断法を同時に実施する実験を行なった。その結果を以下の表に示す。
【0074】
より具体的には、オンライン絶縁診断法については、図6に示す絶縁診断装置を採用して、発生する部分放電によるPD値(電圧変動値Vpd)を測定した。なお、本来のオンライン絶縁診断法は、それぞれの相の固定子巻線2に対して三相交流電力が印加された状態で行なわれるが、本実験においては、固定子巻線3を相別に切り離して1相分の固定子巻線3に、運転電圧であるE/√3(E:定格電圧)を中心に印加して測定した。また、1相分の固定子巻線2の対地静電容量Caを測定した。一方、オフライン絶縁診断法については、図8に示す絶縁診断装置を採用して、最大放電電荷量を測定した。
【0075】
なお、実験の対象とした同期発電機は、以下の表に示す8台の水車発電所で使用されている同期発電機である。なお、表中のUnit欄に記載されている番号は、製造メーカを示すアルファベットと、製造メーカ別の識別番号との組み合わせである。
【0076】
【表1】

【0077】
次に、上表に示す測定結果と、上述の理論によって得られたPD値(電圧変動値Vpd)とを比較する。
【0078】
図10は、実験によって得られた測定結果とPD値(理論値)との比較を示す図である。
【0079】
図10に示すグラフには、上述の(3)式に示す固定子巻線2の対地静電容量Caである変数Xを含むPD値の理論値が示されている。また、図10に示すグラフには、上表に示す8台の回転機についての実験結果を示す(各実験結果を黒丸で示す)。図10に示すグラフを見れば、実験対象とした8台の回転機のすべての測定結果と(3)式に示すPD値の理論値とが極めてよく一致していることが分かる。したがって、オンライン絶縁診断法によって測定されるPD値(電圧変動値Vpd)は、従来のオンライン絶縁診断法による測定結果との間に強い相関があることがわかる。すなわち、オンライン絶縁診断法についても、従来の診断基準に従って、絶縁性能を診断できることがわかった。
【0080】
以上の内容をまとめると、以下のようになる。
図6に示す絶縁診断装置100に含まれる静電容量測定装置40によって測定される固定子巻線2の対地静電容量Caを用いて、処理装置10は、予め設定されている診断基準に含まれる放電電荷しきい量Q1およびQ2から、PD値(電圧変動値Vpd)を評価するための基準値(しきい値)V1,V2を以下の(4)式および(5)式に従って算出する。
【0081】
V1=Q1[pC]/Ca[μF]=10/Ca[mV]・・・(4)
V2=Q2[pC]/Ca[μF]=30/Ca[mV]・・・(5)
但し、Q1=10,000[pC]であり、Q2=30,000[pC]である
そして、処理装置10は、これらの算出した基準値(しきい値)V1およびV2と、測定されたPD値(電圧変動値Vpd)とを比較して、診断対象の回転機の絶縁性能がいずれの状態であるか、すなわち、「良好」「要注意」「不良」のいずれに該当するかを判断する。
【0082】
(3.処理手順)
図11は、この発明の実施の形態に従うPD値の測定および評価のより詳細な手順を示すフローチャートである。図11に示す各ステップは、図5に示すフローチャートのステップS2およびS4に対応する。
【0083】
図11を参照して、まず、静電容量測定装置40(図6)を用いて、診断対象の回転機における固定子巻線2の対地静電容量Caを測定する(ステップS100)。なお、固定子巻線2の対地静電容量Caは、診断対象の回転機が運転停止中に測定されるので、予め測定しておいた測定値を記憶しておき、これを読出して使用するようにしてもよい。
【0084】
続いて、処理装置10(図6)は、運転中の回転機からサーチコイル5を介して取出される信号に基づいて、PD値(電圧変動値Vpd)を測定する(ステップS102)。
【0085】
その後、処理装置10は、ステップS100において取得された固定子巻線2の対地静電容量Caに基づいて、上述の(4)式および(5)式に従って、基準値(しきい値)V1およびV2をそれぞれ算出する(ステップS104)。
【0086】
続いて、処理装置10は、ステップS102において測定したPD値(電圧変動値Vpd)が基準値(しきい値)V1未満であるか否かを判断する(ステップS106)。PD値(電圧変動値Vpd)が基準値(しきい値)V1未満である場合(ステップS106においてYESの場合)には、処理装置10は、診断対象の回転機を「良好」と判断する(ステップS108)。
【0087】
これに対して、PD値(電圧変動値Vpd)が基準値(しきい値)V1以上である場合(ステップS106においてNOの場合)には、処理装置10は、PD値(電圧変動値Vpd)が基準値(しきい値)V2未満であるか否かを判断する(ステップS110)。PD値(電圧変動値Vpd)が基準値(しきい値)V2未満である場合(ステップS110においてYESの場合)には、処理装置10は、診断対象の回転機を「要注意」と判断する(ステップS112)。これに対して、PD値(電圧変動値Vpd)が基準値(しきい値)V2以上である場合(ステップS110においてNOの場合)には、処理装置10は、診断対象の回転機を「不良」と判断する(ステップS114)。
【0088】
<部分放電の発生部位特定>
(1.概要)
図12は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法によって検出される内部放電を示す模式図である。図13は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断方法によって検出される外部放電を示す模式図である。
【0089】
本明細書において「内部放電」とは、コイルスロット4内などにおける絶縁体2c内部の放電(典型的には、図9に示すボイド放電)を意味する。より具体的には、図12に示すように、内部放電InFは、回転機の内部に位置する固定子巻線2で発生する部分放電である。なお、図12には、上述したサーチコイル5が一相あたり2個ずつ配置されている例を示す。より具体的には、図12に示す回転機には、その円周方向に沿って、6つのサーチコイル5u1,5v1,5w1,5u2,5v2,5w2が配置されている。
【0090】
一方、本明細書において「外部放電」とは、コイルエンド(コイルスロット4の外側で、あるコイルスロットから次のコイルスロットまでの経路にあるコイル)などにおける放電を意味する。より具体的には、図13に示すように、外部放電OuFは、回転子の外部に位置する固定子巻線2で発生する部分放電である。
【0091】
本願発明者は、後述するような実験の結果、診断対象の回転機に生じている部分放電が、内部放電InFおよび外部放電OuFのいずれであるかによって、それぞれのサーチコイル5を介して測定される複数のPD値(電圧変動値Vpd)の値に相対的な変化が生じることを見出した。
【0092】
概略すると、配置位置が異なる2つ以上のサーチコイルを介してそれぞれ測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd)について、その値が互いに近似している場合には、主として、内部放電InFが発生していると判断することができる。これに対して、その値の有意な差がある場合には、外部放電OuFが発生していると判断することができる。したがって、複数のサーチコイルを介してそれぞれ測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd)の間の相対関係に基づいて、部分放電の発生部位を特定することができる。
【0093】
(2.理論および検証結果)
図14は、図12に示す内部放電の伝搬モードを示す模式図である。図15は、図13に示す外部放電の伝搬モードを示す模式図である。
【0094】
図14を参照して、回転機の内部には、多数の固定子巻線が配置されているため、電磁的/静電的な結合が強くなっていると考えられる。そのため、回転機の内部にある固定子巻線と各サーチコイル5との間は、コンデンサ結合(静電結合)されているとみなすことができる。そのため、回転機の内部で発生した内部放電InFによる電磁界変動の影響は、コンデンサ結合によって、各サーチコイル5へ伝えられる。
【0095】
図15を参照して、これに対して、回転子の外部にある固定子巻線は、回転機自体や周囲との間に静電容量を有していると考えられる。そのため、回転子の外部で発生した外部放電OuFによる電磁界変動の影響は、主として、接地GNDへ伝えられる。また、当該外部放電OuFが生じた位置に近接したサーチコイル5との間には、相対的に強いコンデンサ結合があるので、外部放電OuFによる電磁界変動の影響は、近接したサーチコイル5へは伝えられる。しかしながら、他のサーチコイル5へは伝えられにくい。
【0096】
図15に示す例では、U相の固定子巻線に外部放電OuFが生じ、この外部放電OuFの影響は、近接しているサーチコイル5u1へは伝えられるが、他のサーチコイル5v1,5w1へは伝えられにくい。
【0097】
その結果、内部放電InFが生じた場合には、いずれのサーチコイル5を介して測定されたPD値(電圧変動値Vpd)であっても、ほぼ同じ値を示すが、外部放電OuFが生じた場合には、その外部放電OuFが生じた相のサーチコイル5を介して測定されたPD値(電圧変動値Vpd)の値は、他の相のサーチコイル5を介して測定されたPD値(電圧変動値Vpd)の値より相対的に大きくなる。
【0098】
図16は、外部放電が生じている場合に各相のサーチコイルを介して測定されるPD値の変化を示す図である。図17は、固定子巻線に電荷パルスを印加した場合に測定されるPD値を示す図である。図18は、サーチコイルを介して測定されるPD値の間に差が生じている実験結果を示す図である。
【0099】
本願発明者が本発明に係る固定子巻線の絶縁診断技術について実験を進めていたところ、電機子巻線に対して段階的に電圧を同様に印加した場合であっても、図16に示すように、相ごとに異なる変化を生じるものがあった。
【0100】
図16に示す実験結果は、固定子巻線に印加するテスト電圧を段階的に変化(4.5kV,6.35kV,7.93kV)させた場合に測定されたPD値とそのときの最大放電電荷量Qmaxとの関係をプロットしたものである。図16に示すように、このように印加電圧を段階的に増加させた場合に、PD値が最大放電電荷量Qmaxに比例して増大するものと、PD値が最大放電電荷量Qmaxに対して指数的に増大するものとが存在する。
【0101】
図16に示す結果から、ある最大放電電荷量の部分放電が発生した場合に、より大きなPD値が測定される場合があることが示されている。
【0102】
そこで、本願発明者は、図16に示す実験と同じ固定子巻線に対して、既知の電荷パルスを印加した際に測定されるPD値について調べた。この結果を図17に示す。なお、図17に示す実験結果では、固定子巻線に印加する電荷パルスは、10,000[pC]から30,000[pC]まで変化させた。
【0103】
図17に示す実験結果によれば、測定されるPD値は、固定子巻線に注入された電荷パルスの大きさに比例することがわかる。このように、固定子巻線に電荷パルスを印加することは、固定子巻線に内部放電が生じている状態を模擬しているとみなすことができるため、PD値が最大放電電荷量Qmaxに比例関係にある場合には、内部放電が主として発生していると判断できる。
【0104】
一方、PD値が最大放電電荷量Qmaxとは比例関係にない(指数的な関係にある)場合には、内部放電以外の事象が発生していると判断できる。すなわち、回転子の外部などにおける、沿面放電やスロット放電といった外部放電が主として発生していると判断できる。
【0105】
また、図18に示すように、複数のサーチコイル5が回転機の内部で位置的に離れた位置に設けられている場合には、それぞれのサーチコイル5を介して測定されるPD値の間に差が生じる場合があった。なお、図18に示す実験結果は、直径13[m]程度の固定子を有する回転機を対象としたものである。
【0106】
図19および図20は、この発明の実施の形態に従う絶縁診断装置によって測定された結果を示す図である。なお、図19および図20は、診断対象の回転機を構成する回転子の回転軸を挟んで対称位置にある2つのサーチコイル(「サーチコイルA」および「サーチコイルB」と称す。)をそれぞれ介して測定された結果を示す。
【0107】
図19(a)および図20(a)は、診断対象の回転機の固定子巻線に外部放電を生じさせた場合に得られた、PD値の位相特性を示す図である。一方、図19(c)および図20(c)は、診断対象の回転機の固定子巻線に内部放電を生じさせた場合に得られた、PD値の位相特性を示す図である。
【0108】
この図19(a),(c)および図20(a),(c)に示す位相特性は、電機子巻線に印加する交流電圧の位相に関連付けて、測定されたPD値の分布を示す図である。なお、これらの実験結果では、ノイズ成分を除去してある。
【0109】
また、図19(b),(c)および図20(b),(c)は、それぞれ、図19(a),(c)および図20(a),(c)に示すPD値の位相特性に含まれるPD値の大きさの累積頻度を示す図である。
【0110】
固定子巻線に外部放電が発生している場合についてみると、図19(a)と図20(a)に示す位相特性を比較してわかるように、サーチコイルAを介して検出されるPD値の方が、サーチコイルBを介して検出されるPD値に比較してより大きくなっているのがわかる。より具体的には、図19(b)に示す累積頻度の関係から、外部放電が発生している場合にサーチコイルAを介して測定されるPD値は26.19[mV]であり、図20(b)に示す累積頻度の関係から、外部放電が発生している場合にサーチコイルBを介して測定されるPD値は14.60[mV]である。
【0111】
これに対して、固定子巻線に内部放電が発生している場合についてみると、図19(c)と図20(c)に示す位相特性を比較してわかるように、サーチコイルAを介して検出されるPD値は、サーチコイルBを介して検出されるPD値とほぼ同様の傾向を示しているのがわかる。より具体的には、図19(d)に示す累積頻度の関係から、内部部放電が発生している場合にサーチコイルAを介して測定されるPD値は10.64[mV]であり、図20(d)に示す累積頻度の関係から、内部放電が発生している場合にサーチコイルBを介して測定されるPD値は11.48[mV]である。
【0112】
以上の検証結果より、配置位置が異なる2つ以上のサーチコイルを介してそれぞれ測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd)について、その値が互いに近似している場合には、主として、内部放電InFが発生していると判断することができる。これに対して、その値の有意な差がある場合には、外部放電OuFが発生していると判断することができる。
【0113】
なお、複数のPD値(電圧変動値Vpd)が互いに近似しているか否かについては、公知の統計的手法を用いることができる。
【0114】
(3.処理手順)
図21は、この発明の実施の形態に従う部分放電の発生部位判別のより詳細な手順を示すフローチャートである。図21に示す各ステップは、図5に示すフローチャートのステップS10に対応する。
【0115】
図21を参照して、まず、診断対象の回転機に設けられている複数のサーチコイルを介して測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd_i{1≦i≦N})を取得する(ステップS200)。
【0116】
続いて、ステップS200において取得した複数のPD値の平均値Aveを算出する(ステップS202)。より具体的には、平均値Ave=Σ(Vpd_i)/N{1≦i≦N}に従って、平均値Aveが算出される。
【0117】
続いて、ステップS202において取得された複数のPD値(電圧変動値Vpd_i{1≦i≦N})のうち、その値が最も大きいPD値を選択する(ステップS204)。そして、ステップS204において選択したPD値とステップS202において算出した平均値Aveとの差分(絶対値)を算出する(ステップS206)。さらに、ステップS206において算出した差分(絶対値)が予め定められたしきい値より大きいか否かが判断される(ステップS208)。
【0118】
ステップS206において算出した差分(絶対値)が予め定められたしきい値より小さい場合(ステップS208においてNOの場合)には、ステップS202において取得された複数のPD値(電圧変動値Vpd_i{1≦i≦N})のうち、その値が最も小さいPD値を選択する(ステップS210)。そして、ステップS210において選択したPD値とステップS202において算出した平均値Aveとの差分(絶対値)を算出する(ステップS212)。さらに、ステップS212において算出した差分(絶対値)が予め定められたしきい値より大きいか否かが判断される(ステップS214)。
【0119】
ステップS212において算出した差分(絶対値)が予め定められたしきい値より小さい場合(ステップS214においてNOの場合)には、部分放電が内部放電であると判断する(ステップS216)。
【0120】
これに対して、ステップS206において算出した差分(絶対値)が予め定められたしきい値より大きい場合(ステップS208においてYESの場合)、または、ステップS212において算出した差分(絶対値)が予め定められたしきい値より大きい場合(ステップS214においてYESの場合)、部分放電が外部放電であると判断する(ステップS218)。
【0121】
すなわち、上述の部分放電の発生部位判別に係る処理においては、測定されたPD値(電圧変動値Vpd)の平均値から大きくずれた場合には、複数のPD値(電圧変動値Vpd)が互いに近似していないと判断する方法を採用する。なお、この例示した方法に代えて、測定された複数のPD値(電圧変動値Vpd)の標準偏差などを用いて、複数のPD値(電圧変動値Vpd)が互いに近似した値を有しているか否かを判断してもよい。
【0122】
<作用効果>
本実施の形態に従う絶縁診断方法によれば、固定子巻線に備えられたサーチコイルを介して測定された電圧変動値(PD値)に基づいて、発生している内部放電の大きさを知ることができる。さらに、比較的大きな内部放電が発生していると判断された場合において、内部放電の発生部位(発生状態)を判定することができる。これにより、回転機の固定子巻線の絶縁性能を高い精度で評価できるとともに、適切な補修タイミングを決定することが可能となる。その結果、たとえば、水力発電所などにおいては、突発的な発電機の運転停止などによる、溢水の発生などの損失を極力なくすことができる。
【0123】
また、本実施の形態に従う絶縁診断方法によれば、回転機の運転中に電圧変動値(PD値)を測定できる。そのため、回転機を運転停止することなく、任意のタイミングで、回転機の固定子巻線の絶縁性能を診断することができる。
【0124】
上述の実施の形態においては、主として、水力発電所において使用される同期発電機の固定子巻線の絶縁性能を診断する場合について例示したが、本発明に係る絶縁診断方法および絶縁診断装置は、同期電動機、誘導電動機、誘導発電機などの各種の回転機に適用が可能である。また、固定子巻線についても、波巻に加えて、重ね巻の構成について適用可能である。
【0125】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0126】
C,Ck,C1 カップリングコンデンサ、Ca 対地静電容量、Cb 静電容量、Cd 信号検出用コンデンサ、Cg 静電容量、FC 回転子巻線、InF 内部放電、OuF 外部放電、Rd 信号検出用抵抗、Rs 制動抵抗、RT 回転子、ST 固定子、SYM 回転機、Tm 端子、2 固定子巻線、2a,2b 導体、2c 絶縁体、2d スペーサ、3 固定子巻線、4 コイルスロット、5,5u1,5v1,5w1,5u2,5v2,5w2 サーチコイル、6 ボイド、10,10A 処理装置、20 信号測定回路、22 絶縁増幅器、30 測定回路、32 検出器、34 同軸ケーブル、36 電圧発生器、38 校正用電荷発生器、40 静電容量測定装置、100 絶縁診断装置、241,242 フィルタ回路、261,262 A/D変換器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機の回転子を構成する回転子巻線の絶縁性能を診断するための絶縁診断装置であって、
前記回転子巻線に近接して配置された複数のサーチコイルと電気的に接続される測定回路と、
前記測定回路と電気的に接続され、前記回転子巻線に所定の交流電圧が印加された場合に発生する部分放電による電圧変動値を測定するための測定手段とを備え、前記測定手段は、前記複数のサーチコイルを介してそれぞれ測定される信号に基づいて、複数の電圧変動値を取得し、さらに
前記電圧変動値が第1しきい値を超えるか否かを判断するための第1判断手段と、
前記電圧変動値が前記第1しきい値を超える場合に、前記複数の電圧変動値が互いに近似した値を示しているか否かを判断する第2判断手段と、
前記複数の電圧変動値が互いに近似した値を示している場合に、前記回転子巻線で内部放電が発生していると決定する一方で、前記複数の電圧変動値が互いに近似した値を示していない場合に、前記回転子巻線で外部放電が発生していると決定する第1決定手段とを備える、絶縁診断装置。
【請求項2】
前記第2判断手段は、
前記複数の電圧変動値の平均値を算出する手段と、
前記複数の電圧変動値の各々と前記平均値との差が所定値を超えるか否かを判断する手段とを含む、請求項1に記載の絶縁診断装置。
【請求項3】
前記電圧変動値が前記第1しきい値を超えない場合に、前記電圧変動値が前記第1しきい値より小さい第2しきい値を超えるか否かを判断するための第3判断手段と、
前記電圧変動値が前記第2しきい値を超えない場合に、前記回転子巻線の絶縁性能が良好であると決定し、前記電圧変動値が前記第2しきい値を超える場合に、前記回転子巻線の絶縁性能が要注意であると決定する第2決定手段とをさらに備える、請求項1または2に記載の絶縁診断装置。
【請求項4】
前記固定子巻線の対地静電容量を測定するための静電容量測定回路と、
前記静電容量測定回路によって測定された対地静電容量に基づいて、前記第1しきい値および前記第2しきい値を算出するための算出手段とをさらに備える、請求項3に記載の絶縁診断装置。
【請求項5】
前記測定手段は、測定される電圧信号に含まれる、前記回転子巻線に印加される交流電圧と同じ周波数成分の振幅値に基づいて、前記電圧変動値を測定する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の絶縁診断装置。
【請求項6】
回転機の回転子を構成する回転子巻線の絶縁性能を診断するための絶縁診断方法であって、
前記回転子巻線に近接して配置された複数のサーチコイルを介してそれぞれ測定される信号に基づいて、前記回転子巻線に所定の交流電圧が印加された場合に発生する部分放電による複数の電圧変動値を測定するステップと、
前記電圧変動値が第1しきい値を超えるか否かを判断するステップと、
前記電圧変動値が前記第1しきい値を超える場合に、前記複数の電圧変動値が互いに近似した値を示しているか否かを判断するステップと、
前記複数の電圧変動値が互いに近似した値を示している場合に、前記回転子巻線で内部放電が発生していると決定するステップと、
前記複数の電圧変動値が互いに近似した値を示していない場合に、前記回転子巻線で外部放電が発生していると決定するステップとを備える、絶縁診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2011−117844(P2011−117844A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−275767(P2009−275767)
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】