説明

緑色植物の脱緑抑制方法

【課題】
本発明は、室温条件下における緑色植物の長期保存において、クロロフィルの分解に起因する脱緑現象を抑制するために利用可能で、かつ食品に用いても安全な物質を用いた、緑色植物保存のための処理方法を提供することをその課題とする。
【解決手段】
上記課題の解決のため、本発明は、緑色植物に対する脂肪酸の一種ラウリン酸又はその薬理学上許容される誘導体の存在下に40−55℃で処理を行うことにより、脱緑現象を効果的に抑制する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、収穫後の緑色植物の室温貯蔵における脱緑の抑制方法に関し、より詳しくは、
ライムやスダチなどの緑色香酸柑橘類その他の緑色野菜や青果物の室温貯蔵において、炭
素数12の飽和脂肪酸であるラウリン酸又はその誘導体の存在下に特定の温度範囲下に短時間処理することによって、クロロフィルの分解に起因する脱緑現象を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
果実・野菜を含む園芸作物など生きた状態にある緑色植物の貯蔵、特に常温貯蔵においては、種々の分解酵素が活性を保持しているため細胞内の葉緑体が崩壊し、クロロフィルが分解されて黄色や橙色に退色する「脱緑」と呼ばれる現象が知られている。脱緑した青果物は商品価値が著しく低下するなど、農業分野において大きな問題となっていた。
【0003】
この脱緑を抑制するために、従来、収穫後の保存時におけるクロロフィルの分解を防ぐための方法として、90−105℃で加熱処理(ブランチング)を行う方法や、加熱処理前後または加熱処理時に加える種々の緑色保持のための物質を用いる方法が開示されている。かかる方法に用いられる物質の例としては、酢酸ナトリウム、桂皮酸などの有機酸や炭酸水素塩、ポリリジン、プロタミン、リジンやアルギニンなどのアミノ酸類、糖アルコール、サイクロデキストリンなどの糖類が知られている。またその他にも、生鮮青果物をそのまま保存するにあたり、弱光照射、炭酸ガスによるエチレン抑制など様々なクロロフィル(緑色)保持方法とそのために用いられる物質が開示されている。しかしながら従来の技術においては、植物を生鮮状態で緑色に保持する方法では常温条件下における長期間(数日〜数週間)の保存には適しておらず、またブランチング処理を行うものの多くは植物そのものが死滅するため、生鮮物としての野菜や果実の保存には向かないなどの問題点があった。
【特許文献1】特開2006−158293 緑色野菜の加工方法
【特許文献2】特開2006−183999 冷蔵庫
【特許文献3】特開2005−160471 植物の緑色を復元しあるいは緑色に保持する方法
【特許文献4】特開2005−304507 農産物・園芸産物の鮮度保持方法
【特許文献5】特開2004−033083 乾燥緑色野菜又は乾燥ハーブの製造方法、及び該製造方法によって得られた乾燥緑色野菜又は乾燥ハーブ
【特許文献6】特開2003−038146 食品保存剤、それを含有する食品、および野菜の調製方法
【特許文献7】特開2003−210130 緑色野菜の加工方法
【特許文献8】特開2002−080301 農産物・園芸産物の鮮度保持剤及び鮮度保持方法
【特許文献9】特開2001−269112 緑色野菜の鮮度保持方法
【特許文献10】特開2000−116319 植物体の鮮度保持方法及び鮮度保持剤
【特許文献11】特開2000−270765 退色を防止した緑色野菜の製造法
【特許文献12】特開2000−333598 食品の鮮度保持剤及びそれを用いた食品の鮮度保持方法
【特許文献13】特開平8−051951 緑色野菜添加練製品
【特許文献14】特開平8−112073 クロロフィル含有野菜の搾汁液製造方法
【特許文献15】特許第2677487号公報 緑色野菜の変色防止方法
【非特許文献1】山内ら(2002),園芸学雑誌71号別冊2,212.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの状況に鑑み、本発明は、室温条件下における緑色植物の長期保存のために利用可能で、かつ食品に用いても安全な物質を用いた、緑色植物保存のための処理方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題の解決のため、本発明者らは、緑色香酸柑橘類の一品種「長門ユズキチ」を材料に用い、これを室温条件下において長期保存するにあたって脱緑を抑制するための手段を検討した。柑橘類の保存用としては、果実表面をコーティングするためにシュガーエステルによる浸漬処理が有効であることをこれまでに見いだしている。更に本発明者らは、緑色香酸柑橘類に含まれるクロロフィルの分解酵素の活性阻害剤の探索を行い、ラウリン酸エステルがクロロフィルの分解酵素の活性抑制作用を有することを見出した(非特許文献1)。この事実から本発明者らは、ラウリン酸処理が緑色植物のクロロフィル分解を抑制し、ひいては脱緑を抑制する効果を持つと予測し、実験を行ったが、柑橘類の脱緑防止という観点からは、十分な効果は得られなかった。そこで、更に保存効果を高めるための処理条件を検討し、植物の細胞死につながらない程度の特定の温度条件を見いだして、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち本発明の第1の態様は、緑色植物の収穫物を、ラウリン酸またはその薬理学上許容可能な誘導体の存在下に40−55℃の温度で処理することを特徴とする、緑色植物の収穫物の脱緑抑制方法である。
【0007】
本発明の第2の態様は、ラウリン酸の誘導体が、ラウリン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩である、第1の態様に記載の脱緑抑制方法である。
【0008】
本発明の第3の態様は、ラウリン酸またはその薬理学上許容可能な誘導体を100μMから10mMの濃度で含有する媒体と接触させて処理することを特徴とする、第1または第2の態様に記載の脱緑抑制方法である。
【0009】
本発明の第4の態様は、媒体と接触させる時間が1−5分間の範囲内である、第3の態様に記載の脱緑抑制方法である。
【0010】
本発明の第5の態様は、緑色植物の収穫物が緑色香酸柑橘類である、第1から第4の態様のうちいずれか1つに記載の脱緑抑制方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の提供する緑色植物の脱緑抑制方法を利用することにより、室温条件下における緑色野菜・果実を含む園芸作物の脱緑現象を効果的に抑制することが可能となり、これらの作物の商品価値をこれまでより長い時間保持することが可能となる。また本発明において用いられるラウリン酸は、ココナツ油やヤシ油に含まれる安全で安価な成分であり、果実や野菜など直接口に入るものに対しても問題なく使用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明を実施するための最良の形態を述べる。本発明の第1の態様は、室温条件下において保存される収穫後の緑色植物に対する脱緑抑制方法であって、40−55℃の温度下において、ラウリン酸またはその誘導体による処理を行うことを特徴とする、脱緑抑制方法を提供する。
【0013】
ここでいう室温条件下とは、通常、「常温」で表される25℃内外の気温はもとより、春秋季の平均的な室温である18℃内外の気温から、夏季の30℃内外の気温まで含むものであり、より本質的には冷蔵庫などの設備によらない収穫後の園芸作物の保存を念頭に置いたものである。
【0014】
本発明においては、特にラウリン酸又はその誘導体が用いられる。これは、多くの高級脂肪酸、例えばラウリン酸(炭素数12)に近い炭素数を有するカプリル酸、カプリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸などとは全く異なる作用効果を有する。
【0015】
本発明において用いられるラウリン酸誘導体は、ヒトが食する緑色植物の処理を目的とするものであるため、薬理学上許容可能な誘導体でなければならない。それらの例は、ラウリン酸のナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩などである。中でも、安価で入手が容易なナトリウム塩が好適である。
【0016】
ラウリン酸又はその誘導体による処理は、緑色植物を、該ラウリン酸又はその誘導体が500μM乃至10mMの濃度で含まれる媒体と接触させることで達成される。
【0017】
一般には、ラウリン酸又はその誘導体を前記濃度で含有する水溶液中に浸漬するか、或いは緑色植物に噴霧又は灌液することにより行なわれる。また、別の方法としては、密閉された室などの閉鎖された空間中に緑色植物を置き、該空間内にラウリン酸又はその誘導体の蒸気を導入し、空間内の気相中の濃度を前記範囲とする方法も採用される。
【0018】
本発明の処理において、ラウリン酸又はその誘導体の濃度が500μM以下であれば、脱緑抑制効果が期待できず、また10mM以上の濃度としても、より高い効果を得ることはできず、ラウリン酸又はその誘導体の損失となりかねないし、対象となる緑色植物によっては、味に影響を及ぼすおそれもあるので好ましくない場合がある。
【0019】
ラウリン酸又はその誘導体による処理温度は40−55℃、好ましくは45−50℃の範囲である。40℃以下の温度では、脱緑抑制効果が十分でなく、また55℃以上の温度では対象物である緑色植物によっては、細胞死などを来たし、植物自体の劣化を生ずるおそれがある。そこで本発明にあっては、55℃以下、特に好ましくは50℃以下で処理を行なうべきである。
【0020】
本発明における処理は、ラウリン酸又はその誘導体の存在下に40−55℃で処理すればよいのであって、対象となる緑色植物を、あらかじめ所定濃度のラウリン酸又はその誘導体と接触させ、その後所定温度で処理してもよいし、また所定温度下にラウリン酸又はその誘導体処理を行ってもよい。
【0021】
更に本発明においては、ラウリン酸又はその誘導体の存在下に40−55℃の温度で処理する時間は1分間以上、好ましくは3分間以上であれば十分に効果が期待される。
【0022】
また、あまりに長時間加熱処理することは、無意味であるだけでなく、植物体自体の劣化を来たすので好ましくない。
そこで、5分程度以下とするべきである。
本発明は、このように短時間で処理が行い得るというメリットを有する。
【0023】
本発明の提供する脱緑抑制方法は、クロロフィルによる緑色を示す植物の収穫物であれば、特に対象となる植物の種類は限定されない。ピーマン、グリンピースなどの野菜類、青ユズ、スダチ、カボス、ライム、シークワーサーなどの緑色香酸柑橘類、切り花などの花弁類、観葉植物類など収穫物がクロロフィルの分解により脱緑し、黄色に退色するものに有効である。特に、収穫後急速に脱緑が進み品質の低下が大きい柑橘類に対して有効である。
以下に実施例を示す。
【実施例】
【0024】
山口県萩柑きつ試験場において収穫された長門ユズキチ(Citrus nagato−yuzukichi hort.ex Tanaka)果実について、ラウリン酸ナトリウム0.1%(5mM)濃度の水溶液を50℃に保持し3分間浸漬処理したものをA、比較のため、ラウリン酸ナトリウム0.1%(5mM)濃度の水溶液(約25℃)で3分間浸漬したものをB、及び未処理(3分間25℃の水に浸漬)のものをCとした。その後、各溶液で処理した果実を風乾し、更にポリエチレン袋詰とし、20℃の温度条件下で貯蔵を行い、経時的脱緑状況を測定した。
【0025】
すなわち、ポリエチレン袋に入った4個のそれぞれ処理した長門ユズキチ果実のうち無作為に3個を取り出し、果実表面の赤道部分を3回、色差計(日本電色 NF777)を用いて測定し、色調の指標としてHue angleを算出した。Hue angleの90°、180°は、それぞれ黄色、青緑色を示している。結果を図1に示す。
【0026】
図1はHue angleで表される長門ユズキチ表面色の経時変化である。グラフ縦軸はHue angleを表し、また横軸は20℃における貯蔵期間を表す。
【0027】
図1から理解されるとおり、本発明の処理によるもの(A)は貯蔵6日目まではほぼ変化がないのに対し、比較例(B、C)は、いずれも脱緑の徴候が現れ、9日後にはHue angle値で110を切り、脱緑が認められるに至った。しかるに本発明の処理を施した場合、12日後においても、ほとんど脱緑は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】長門ユズキチの常温保存下で生じる脱緑に対する、本発明の処理の影響を示す。
【符号の説明】
【0029】
Aは、本発明の処理を施した場合を示す。
Bは、常温下にラウリン酸ナトリウム処理を施した場合を示す。
Cは、未処理の場合を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
緑色植物の収穫物を、ラウリン酸またはその薬理学上許容可能な誘導体の存在下40−55℃の温度で処理することを特徴とする、緑色植物の収穫物の脱緑抑制方法。
【請求項2】
ラウリン酸の誘導体が、ラウリン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩である、請求項1に記載の脱緑抑制方法。
【請求項3】
ラウリン酸またはその薬理学上許容可能な誘導体を100μMから10mMの濃度で含有する媒体と接触させて処理することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の脱緑抑制方法。
【請求項4】
媒体と接触させる時間が1−5分間の範囲内である、請求項3に記載の脱緑抑制方法。
【請求項5】
緑色植物の収穫物が緑色香酸柑橘類である、請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の脱緑抑制方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−118924(P2008−118924A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−306634(P2006−306634)
【出願日】平成18年11月13日(2006.11.13)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】