説明

線材コイルの浸漬処理装置

【課題】設備コストおよびエネルギーコストの面で優れた、むらなく浸漬処理を施すことが可能な線材コイルの浸漬処理装置を提供する。
【解決手段】線材コイル2をつり下げるためのフック1と処理液4で満たされた処理槽3とで構成される線材コイルの浸漬処理装置であって、フック1が、線材コイル2をフック1から分離させる一つ以上の分離用部材5を有し、フック1を処理槽3内に下降させることにより線材コイル2を処理液4に浸漬する線材コイルの浸漬処理装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線材コイルの浸漬処理装置に係り、特に、酸洗処理および表面潤滑処理に好適な線材コイルの浸漬処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
線材コイルを伸線加工する前には、脱スケール処理および表面潤滑処理を行うのが一般的である。脱スケール処理は、表面潤滑処理に支障をきたすことがある線材表面のスケールを除去するものである。スケール除去の方法としては、酸洗等の化学的方法、またはショットブラスト、ベンディング等の機械的方法がある。その中でも、酸洗処理は、生産性の面から最も有利な方法である。
【0003】
表面潤滑処理には、リン酸亜鉛、金属石鹸、石灰石鹸等を用いるのが一般的である。その際に、線材コイルへの潤滑剤の浸漬が不十分であると、潤滑皮膜の形成が不完全なものとなり、伸線加工時に焼き付き、疵等の不具合が発生する。以下、酸洗処理および表面潤滑処理をあわせて浸漬処理と言う。
【0004】
線材コイルの浸漬処理を行う場合、図1に示すように、フック1につり下げた線材コイル2を搬送し、処理槽3内で処理液4に浸漬する方法が一般的である。しかしながら、フック1と線材コイル2との接触部およびその近傍では、線材が重なり合い密になる。このため、酸洗処理の場合には、スケールが残存し、表面潤滑処理の場合には、皮膜の形成が不十分になるという問題がある。
【0005】
フック接触部およびその近傍における上記の問題の改善方法として、例えば、特許文献1では、コイルに振動を与え、フック上でコイルを回転させながら浸漬処理を行う方法が開示されている。
【0006】
特許文献2では、駆動ローラーまたは酸洗槽内の架台によりコイルを回転させながら酸洗を行う方法が開示されている。
【0007】
特許文献3では、酸洗槽内に配置された一対のパイプ体を上下動させることによってコイルを回転させながら酸洗を行う方法が開示されている。
【0008】
特許文献4では、ガスを吹込みながらコイルを酸洗することによる脱スケール性の改善方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭54−114438号公報
【特許文献2】特開平3−68789号公報
【特許文献3】実開平5−81274号公報
【特許文献4】特開平8−269758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載された方法では、コイルをフック上で回転させる際に、接触疵が発生するおそれがある。また、振動で回転させるためには、強力な振動装置が必要であるだけでなく、設備全体を振動に耐えうる構造にしなければならない。
【0011】
特許文献2に記載の駆動ローラーを用いる方法では、酸溶液の外の部位では、脱スケール中に新たに黄錆が発生し、外観品質を損なう恐れがある。一方、酸洗槽内の架台を用いる方法では、架台とコイルとの接触部において、疵が発生するおそれがある。また、架台は酸溶液の中にあるため、コイル接触部の手入れ等のメンテナンスが困難になる。
【0012】
特許文献3に記載された方法では、大がかりな装置が必要となるため、広大なスペースを確保せねばならず、設備コストがかかる。また、フックとは別に、酸洗槽内に配置された一対のパイプ体を上下動させるための動力も必要となるため、エネルギーコスト面においても好ましくない。
【0013】
特許文献4に記載された方法では、コイルとフックとの接触部において、ガスの効果が十分に得られないおそれがある。また、コンプレッサー等の圧空を作るための装置およびエアラインが必要となり、エアラインはフックと共に移動できるように設置せねばならないため、複数の槽で処理を行う自動連続ラインには不向きである。
【0014】
以上のように、従来技術では、線材コイルの浸漬処理時に、処理液との接触が不十分なために生じる品質上の問題、または設備上の問題が残されていた。
【0015】
そこで、本発明は、上述のような従来技術の問題点を解決し、むらなく浸漬処理を施すことが可能な線材コイルの浸漬処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、品質上の問題も、設備上の問題も起きることのない浸漬処理装置について、種々の検討を行った結果、以下の(A)〜(D)の知見を得た。
【0017】
(A)線材コイルの浸漬処理を行うに際し、液体と満遍なく接触させるためには、線材コイルとそれをつり下げるフックとの接触部を浸漬処理の途中で移動させる必要がある。
【0018】
(B)設備コストおよびエネルギーコストの面から、線材コイルとフックとの接触部を移動させるための動力源として、フックの上下動および搬送の動力のみとするのが良い。
【0019】
(C)装置は、メンテナンスの面から極力単純な仕組みとする必要がある。特に、処理槽内の部材は、メンテナンスが困難であることから、極力使用しないことにするか、破損のおそれの少ない単純な部材に限るのが望ましい。
【0020】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、下記の(1)〜(5)に示す線材コイルの浸漬処理装置を要旨とする。
【0021】
(1)線材コイルをつり下げるためのフックと処理液で満たされた処理槽とで構成される線材コイルの浸漬処理装置であって、該フックが、該線材コイルを該フックから分離させる一つ以上の分離用部材を有し、該フックを処理槽内に下降させることにより該線材コイルを処理液に浸漬することを特徴とする線材コイルの浸漬処理装置。
【0022】
(2)前記処理槽内で前記フックを下降させる途中で、前記分離用部材の下降を止めることによって、前記分離用部材を前記フックに対して相対的に上昇させ、前記線材コイルを前記フックから分離させることを特徴とする上記(1)に記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【0023】
(3)前記処理槽内に、前記分離用部材を支持するための架台を有していることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【0024】
(4)前記フックの側面の片側に前記分離用部材が備え付けられていることを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【0025】
(5)前記フックの側面の両側に前記分離用部材が備え付けられていることを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、線材コイルとフックとの接触部においても線材コイルがむらなく処理液と接触し、品質上の問題を発生させない。本発明は、また、フックの上下動および搬送の動力以外に特別な動力源を必要としないため、メンテナンスが容易であり、かつ、設備コストおよびエネルギーコストの面において優れる。本発明に係る線材コイルの浸漬処理装置は、特に、線材コイルの伸線加工前に行うスケール除去のための酸洗処理および表面潤滑処理に最適である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】従来の浸漬処理装置を模式的に示した(a)側面図および(b)正面図である。
【図2】本発明に係る浸漬処理装置の浸漬前の状態を概略的に示した(a)側面図および(b)正面図である。
【図3】本発明に係る浸漬処理装置のフックによって線材コイルがつり下げられた浸漬処理中の状態を概略的に示した(a)側面図および(b)正面図である。
【図4】本発明に係る浸漬処理装置の分離用部材によって線材コイルがつり下げられた浸漬処理中の状態を概略的に示した(a)側面図および(b)正面図である。
【図5】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を処理槽の側面部に設置した場合の一例を示した側面図である。
【図6】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を処理槽の側面部に設置した場合の他の一例を示した側面図である。
【図7】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を処理槽の側面部に設置し、受型取付金具を使用した場合の一例を示した(a)側面図および(b)C−C断面図である。
【図8】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を使用せずにL字形の分離用部材を用いた場合の一例を示した側面図である。
【図9】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を使用せずにT字形の分離用部材を用いた場合の一例を示した側面図である。
【図10】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を使用せずにT字形の分離用部材を用いた場合の他の一例を示した側面図である。
【図11】本発明に係る浸漬処理装置において、支持架台を使用せずにC字形の分離用部材を用いた場合の一例を示した側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図2は、本発明に係る浸漬処理装置の浸漬前の状態を概略的に示した図である。本発明の浸漬処理装置には、線材コイル2をつり下げるためのフック1および処理液4で満たされた処理槽3が含まれる。
【0029】
図2においては、フック1の側面の片側に線材コイル2をフック1から分離させるために用いられる分離用部材5が上下にスライド移動できる状態で備え付けられている。分離用部材5は、フック1の側面の片側にだけ備え付けても良いし、両側に備え付けても良い。
【0030】
分離用部材5の材質については、特に制限はないが、耐候性鋼(SMA400AWなど)、ステンレス鋼等を用いることができる。また、線材コイル2の接触疵を防止するため、分離用部材5の線材コイル2と接触する上面部分には、グラインダー等で面取りしてR形状にすること、または樹脂コーティング等を行うことが好ましい。
【0031】
分離用部材5は、例えば、取付金具6によってフックに取り付けることができる。取付金具6は、分離用部材5が上方向にのみ動くことができるような構造でフック1に取り付けることができればどのような形状でも良い。取付金具6をフック1に固定する方法については特に制限はなく、溶接でもボルト止めでも良い。取付金具部分は、耐食性を確保するために、FRP処理を施すのが好ましい。
【0032】
処理槽3には、処理液4が入っている。処理液の種類については特に制限はなく、塩酸、硫酸等の酸洗液またはリン酸亜鉛、金属石鹸、石灰石鹸等の表面潤滑剤を用いることができる。
【0033】
必要に応じて処理槽3内には、分離用部材5の脚部5a、5bを支持するための架台7を設置することができる。支持架台7は、耐酸性に優れる材質のものであれば特に制限はなく、コンクリートブロック、耐酸性のステンレス鋼、FRP処理を施した鉄鋼材等を用いることができる。支持架台7は、処理槽3の底部に設置しても良いし、側面部に設置しても良い。支持架台7を処理槽3の底部に設置する場合、倒れ防止、移動防止等のための処理を施すことが好ましい。
【0034】
図3に示すように、線材コイル2が完全に処理液4に浸漬するように、フック1を処理槽3内に下降させる。この際に、処理槽3内に支持架台7を設置する場合、分離用部材5の脚部5a、5bの真下に配置しておく。分離用部材5の脚部5a、5bの下端が支持架台7の上端に接触したときに下降を停止させ、この状態で浸漬処理を開始する。
【0035】
図3のAで示した線材コイル2とフック1との接触部において、浸漬が不十分となるおそれがある。そのため、図3の状態で一定時間浸漬処理を行った後、フックをさらに下降させる。このとき、図4に示すように、分離用部材5の脚部5a、5bは、支持架台7に当接しているため、フック1のみが下降し、分離用部材5の胴体部5cの位置がフック1に対して相対的に上昇する。それによって、線材コイル2は、上昇した分離用部材5の胴体部5cによってつり下げられるようになる。
【0036】
図3の状態での線材コイル2とフック1との接触部Aは、図4に示す状態になると、Bの位置へと移動するため、処理液4が浸透しやすい状態となる。
【0037】
以上、支持架台7を処理槽3の底部に設置する場合について詳しく説明したが、本発明に係る線材コイルの浸漬処理装置はこれに限定されることなく、例えば、図5〜7に示すように、支持架台7を処理槽3の側面部に設置する構成としても良い。これらの例においても、フック1をさらに下げることにより、支持架台7に当接した分離用部材5の相対的位置が上昇し、線材コイル2のフック1との接触部分に処理液4が浸透しやすい状態となるのは、上述の例と同様である。なお、図5および6では、支持架台7を2つ設けているが、どちらか1つでも良い。図7の例においては、断面図に示すように、分離用部材5を受型取付金具6aを使って、上方向にのみ自由に動くようにフック1に取り付けている。このような構成でも上述の例と同様に、フック1を下げることにより、支持架台7に当接した分離用部材5の相対位置を上昇させ、線材コイル2をフック1から分離することが可能となる。
【0038】
また、図8〜11に示すように、支持架台7を使用せずに、分離用部材5の脚部5aを処理槽3の底部まで届くように長くする構成とすることもできる。これらの場合において、線材コイルをフックにつり下げる際に分離用部材5に引っかからないようにするためには、分離用部材5の長くすることのできるのは、線材コイルを挿入する反対側の脚部5aに限られる。
【0039】
図8は、L字形の分離用部材5を用いた場合の一例を示した図である。分離用部材5の脚部5aが処理槽3の底部に当接しているため、フック1を下げたときに分離用部材5の相対的位置が上昇し、線材コイル2をフック1から分離することができる。図8に示すように、分離用部材5の脚部5aを支持するための溝を有する支持基台8を、必要に応じて処理槽3の底部に設置しても良い。
【0040】
図9は、T字形の分離用部材5を用いた場合の一例を示した図である。L字形を用いた場合と比較して、取付金具6を分離用部材5の胴体部5cの上下2か所に設置することができるため、取付金具部分にかかる負荷を分散することが可能となる。
【0041】
図10は、T字形の分離用部材5を用いた場合の他の一例を示した図である。取付金具部分にかかる負荷は大きくなるが、取付金具6を分離用部材5の胴体部5cの上のみに設置することもできる。ただし、この場合、分離用部材5が落下しないように、取付金具6の上に落下防止部5dを設ける必要がある。
【0042】
図11は、C字形の分離用部材5を用いた場合の一例を示した図である。このような構成にすることで、取付金具6を分離用部材5の脚部5aおよび5bの双方に設置することができるため、取付金具部分にかかる負荷を分散し、分離用部材5の上下移動をしやすくすることができる。
【0043】
図9〜11の例においても、図8に示した支持基台8を処理槽3の底部に設置しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、線材コイルとフックとの接触部においても線材コイルがむらなく処理液と接触し、品質上の問題を発生させない。本発明は、また、フックの上下動および搬送の動力以外に特別な動力源を必要としないため、メンテナンスが容易であり、かつ、設備コストおよびエネルギーコストの面において優れる。本発明に係る線材コイルの浸漬処理装置は、特に、線材コイルの伸線加工前に行うスケール除去のための酸洗処理および表面潤滑処理に最適である。
【符号の説明】
【0045】
1.フック
2.線材コイル
3.処理槽
4.処理液
5.分離用部材
5a,5b.脚部
5c.胴体部
5d.落下防止部
6.取付金具
6a.受型取付金具
7.支持架台
8.支持基台

【特許請求の範囲】
【請求項1】
線材コイルをつり下げるためのフックと処理液で満たされた処理槽とで構成される線材コイルの浸漬処理装置であって、該フックが、該線材コイルを該フックから分離させる一つ以上の分離用部材を有し、該フックを処理槽内に下降させることにより該線材コイルを処理液に浸漬することを特徴とする線材コイルの浸漬処理装置。
【請求項2】
前記処理槽内で前記フックを下降させる途中で、前記分離用部材の下降を止めることによって、前記分離用部材を前記フックに対して相対的に上昇させ、前記線材コイルを前記フックから分離させることを特徴とする請求項1に記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【請求項3】
前記処理槽内に、前記分離用部材を支持するための架台を有していることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【請求項4】
前記フックの側面の片側に前記分離用部材が備え付けられていることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の線材コイルの浸漬処理装置。
【請求項5】
前記フックの側面の両側に前記分離用部材が備え付けられていることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の線材コイルの浸漬処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−23716(P2013−23716A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157773(P2011−157773)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】