説明

繊維状浮きタイル繋止材及びタイル剥落防止工法

【課題】優れた耐久性と強度及び高い靭性を発揮でき、可とう性または柔軟性に優れた屈曲自在の繊維状浮きタイル繋止材及びタイル剥落防止工法。
【解決手段】浮きタイルの目地部に浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設ける。溝条の両端に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する断面円弧状の窪み部を形成する。接着・固定材を溝条と窪み部に充填する。複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を溝条及び窪み部に埋設し、あるいは合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を溝条及び窪み部に埋設する。接着・固定材を繊維束あるいは紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化することにより、繊維束と接着・固定材とで、あるいは紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維状浮きタイル繋止材及びタイル剥落防止工法に関する。特に、鉄筋コンクリート・プレキャストコンクリート・ALCパネル・各種サイディング等の建物躯体または下地への外壁タイル仕上層等の浮きタイルの剥落事故防止に適した既存外壁タイルの前記建物躯体または下地への接着・固定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の外壁タイル仕上層は、気温の日変化や乾湿等繰り返しによる膨張と収縮でタイルが浮いて剥落に至る。また地震力、風圧、車の走行振動等による外力で建物躯体からタイルが剥落するという問題が多い。今までにも通行人の人命や車の破損という大事故を招いた経緯がある。また、タイル等、仕上層の剥落で、構造躯体が露出、建物の耐久性能を損なう原因ともなる。
【0003】
そこで、今までにこれらの問題に一部対処する方法が種々提案されているが適用範囲の広い、効果的、的確な手法はなかなか見出せない。
【0004】
従来の一般的な方法では、コンクリートの外壁で既存の浮きタイルの目地モルタル部分に表面側からドリルで穴開けし、その穴にアンカーピンを挿入、またエポキシ樹脂注入穴から樹脂注入して、タイル仕上層、下地モルタル層とコンクリート躯体との一体化を求める方法がある。しかし、工事期間は長く、費用も嵩む。またこの方法は、コンクリート躯体にタイル下地として下地モルタル層を予め鏝塗りした場合で、タイル直か張り仕上げの場合には適用不可能である。
【0005】
他方、タイル直か張り仕上げでは、例えば、(1)既存のタイル浮き仕上層を含めて撤去し、新たにタイル張りする全面タイル張り補修、(2)タイル外壁全面をネットやシート状の被覆層で覆い、アンカーピンニングで留め、その上に新たに別の仕上層を設ける方法、(3)浮きタイルの各陶片表面の中心部にドリルで穴を開け、アンカーピンを挿入、陶片を躯体に直接固定する方法、(4)浮きタイル周辺の目地に沿ってステンレス鋼のプレートを埋設、エポキシ樹脂でタイルと躯体を接着・固定する方法等がある。
【0006】
(4)について、特開2001−323638号公報には、既存タイル張りの目地表面よりコンクリート躯体に向って連続して穿設したピンニング穴、並びに該ピンニング穴を中心に既存目地モルタルをタイルの木口が露出するまで横一文字状に溝を刻設し、該ピンニング穴と横一文字溝部位に納まる形状、すなわちフレキシビリティを有するステンレス鋼等の鋼板材からなるピンセット状に二股に折り曲げ、その折り曲げた張り出し部の形状を角おとしの長方形状に成形するタイル剥落防止用連結材及び既存浮きタイルの剥落防止工法が提案されている。
【0007】
また特開2008−63848号公報には、既存タイル張りの目地表面よりコンクリート躯体に向って既存目地モルタルをタイルの木口を露出し、コンクリート躯体に達する縦穴と、略半円形状の横一文字状または縦一文字状に溝を刻設し、該横または縦一文字溝部位に納まる形状、すなわちステンレス鋼等の鋼板材を直径の長さの半分以下の高さを有する略半円形板に形成し、その略半円形部の略中心にピン部を略T字形状になるように一体に形成する構成からなるタイル剥落防止用連結材が提案されている。
【0008】
類似の方法で、対象がタイル仕上げではなくモルタル仕上げの場合で、特開平8−199830号公報には、フレキシビリティを有するヘアピン状の二股形状軸体と、該軸体の円弧状に折曲げた膨出部に連結した棒状係止部材を有する剥落防止連結材の挿入に伴う既存モルタルのコンクリート躯体への部分結束及び有機仕上材の部分除去による湿分の透湿抵抗を緩和させる既存モルタルの剥落防止材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−323638号公報
【特許文献2】特開2008−63848号公報
【特許文献3】特開平8−199830号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1、2、3記載の発明は金属製プレート状のタイル剥落防止用連結材を使用するので、タイル剥落防止用連結材が金属製であることに起因する特有の問題があった。
【0011】
外壁タイル周辺では気温の上昇と太陽光の直射による吸熱で昼間は膨張し、夜間は冷えて収縮する日変化、夏期は酷暑で熱膨張、冬期には凍結を含めて冷却収縮する年変化の繰り返し作用(サーマルムーブメント)が発生する。
【0012】
このようなサーマルムーブメントの環境下で、ステンレス鋼等の金属製プレートはヤング率と熱膨張率が大きく、該金属プレート・タイル・モルタル・コンクリート及びエポキシ樹脂等の接着・固定材の各異種材料間の異なる伸縮の繰り返し作用はその各界面での正負の応力の発生と応力集中に至り、接着・固定材と金属プレート間の界面での経年変化による接着力の低減、ノッチ効果ほかによるマイクロクラックの発生等、種々の不具合を惹起するおそれがある。
【0013】
そこで、この発明は、従来の金属製プレートのタイル剥落防止用連結材を使用することに起因する問題が生じるおそれがなく、その一方で優れた耐久性と強度及び高い靭性を発揮でき、可とう性(フレキシビリティ)または柔軟性に優れ、使い勝手が良好で、建物の外壁タイル仕上層等の剥落事故防止に適した、屈曲自在の繊維状浮きタイル繋止材及びタイル剥落防止工法すなわち、繊維状繋止材及び接着・固定材による既存浮きタイルと建物躯体または下地との接着・固定方法を提案することを目的にしている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記目的を達成するため、この発明が提案する繊維状浮きタイル繋止材及びタイル剥落防止工法は以下の通りのものである。
【0015】
請求項1記載の発明は、
浮きタイルの目地部に前記浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに、前記溝条の両端に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する断面円弧状の窪み部をそれぞれ形成し、
接着・固定材を前記溝条と前記窪み部に充填するとともに、
前記溝条の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を前記溝条及び前記窪み部に埋設し、あるいは
前記溝条の長手方向長さより長い合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を前記溝条及び前記窪み部に埋設し、
接着・固定材を前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化することにより、前記繊維束と接着・固定材とで、あるいは前記紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する
ことを特徴とするタイル剥落防止工法。
【0016】
請求項2記載の発明は、
浮きタイルの目地部に前記浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに、前記溝条の両端に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する挿入穴をそれぞれ形成し、
接着・固定材を前記溝条と前記挿入穴に充填、注入するとともに、
前記溝条の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を前記溝条及び前記挿入穴に埋設及び挿入し、あるいは
前記溝条の長手方向長さより長い合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を前記溝条及び前記挿入穴に埋設及び挿入し、
接着・固定材を前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化することにより、前記繊維束と接着・固定材とで、あるいは前記紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する
ことを特徴とするタイル剥落防止工法。
【0017】
請求項3記載の発明は、
浮きタイルの目地部に前記浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに、前記溝条の所定箇所に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する挿入穴を形成し、
接着・固定材を前記溝条及び前記挿入穴に充填、注入するとともに、
前記溝条の長手方向長さを有する複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を前記溝条に埋設し、あるいは
前記溝条の長手方向長さを有する合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を前記溝条に埋設し、
前記接着・固定材を前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化するとともに、
先端挿入部と後端フック部とを有するアンカーピンを、前記後端フック部で前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束を掛止するように前記先端挿入部から前記挿入穴に挿入し、
前記繊維束と、前記接着・固定材とで、あるいは前記紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する
ことを特徴とするタイル剥落防止工法。
【0018】
請求項4記載の発明は、
前記繊維束及び前記紐状体または紐状体束が、それぞれ、
複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた前記繊維束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤繊維束および、
前記紐状体または紐状体束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤紐状体または紐状体束
であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項記載のタイル剥落防止工法。
【0019】
請求項5記載の発明は、
前記繊維が、ナイロン繊維、ポリプロピレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、塩化ビニリデン繊維、ガラス繊維、炭素繊維、ステンレス鋼繊維のいずれか一種または複数種であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項記載のタイル剥落防止工法。
【0020】
請求項6記載の発明は、
前記接着・固定材が、ポリマーセメントペースト、ポリマーセメントモルタル、エポキシ樹脂、構造用シーラントの中の一種または複数種であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項記載のタイル剥落防止工法。
【0021】
請求項7記載の発明は、
一方向性に揃えた複数本の繊維状素材が束ねられた繊維束に接着・固定材が浸潤し一体化されてなる、あるいは、
合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤し一体化されてなる
ことを特徴とする繊維状浮きタイル繋止材。
【0022】
請求項8記載の発明は、
前記繊維束及び前記紐状体または紐状体束が、それぞれ、
複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた前記繊維束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤繊維束および、
前記紐状体または紐状体束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤紐状体または紐状体束
であることを特徴とする請求項7記載の繊維状浮きタイル繋止材。
【0023】
請求項9記載の発明は、
前記繊維が、ナイロン繊維、ポリプロピレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、塩化ビニリデン繊維、ガラス繊維、炭素繊維、ステンレス鋼繊維のいずれか一種または複数種であることを特徴とする請求項7又は8記載の繊維状浮きタイル繋止材。
【0024】
請求項10記載の発明は、
前記接着・固定材が、ポリマーセメントペースト、ポリマーセメントモルタル、エポキシ樹脂、構造用シーラントの中の一種または複数種であることを特徴とする請求項7乃至9のいずれか一項記載の繊維状浮きタイル繋止材。
【発明の効果】
【0025】
この発明によれば、優れた耐久性と強度及び高い靭性を発揮でき、可とう性(フレキシビリティ)または柔軟性に優れ、使い勝手が良好で、建物の外壁タイル仕上層等の剥落事故防止に適した、屈曲自在の繊維状浮きタイル繋止材及びタイル剥落防止工法すなわち、繊維状繋止材及び接着・固定材による既存浮きタイルと建物躯体または下地との接着・固定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】(a)浮きタイルの目地部に浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに溝条の長手方向両端にそれぞれ挿入穴を形成した状態の一例を表す正面図、(b)本発明の工法が適用された状態の一例を表す正面図。
【図2】(a)本発明の工法が適用される前の既存外壁タイルの目地部断面の一例を表わす図、(b)本発明の工法で目地部に溝条が形成された状態の一例を説明する断面図、(c)図2(b)図示の状態から溝条の両端に挿入穴が形成された状態を説明する断面図、(d)本発明の工法が適用された状態の一例を表す断面図、(e)目地部に溝条が形成されるとともに既存外壁タイル壁面に直角に挿入穴が形成された状態を説明する断面図。
【図3】本発明の工法が適用される既存外壁タイルの目地部断面の一例を表わす図であって、(a)は本発明の工法が適用される前の断面図、(b)は目地部に溝条が形成された状態の一例を説明する断面図、(c)は本発明の工法が適用された状態の一例を説明する断面図、(d)は図3(c)図示の状態から表面側に表面仕上げ用の目地モルタル等が塗り付けられた状態の一例を説明する断面図。
【図4】(a)〜(d)は、この発明による工法に使用する、複数本の繊維状素材を束ねた繊維束の両端側を省略した一例を説明する図、(e)は他の繊維束の一例を説明する図。
【図5】(a)〜(d)は、この発明による工法の例を説明する斜視図。
【図6】(a)は直か張りタイル仕上げに対してこの発明による工法が実施された状態を説明する一部断面図、(b)は図6(a)の一部拡大図、(c)は他のタイル仕上げで下塗りモルタル層が構成されている壁断面に対してこの発明による工法が実施された状態を説明する一部断面図。
【図7】(a)〜(e)は、この発明の工法に使用する、複数本の繊維状素材を束ねた繊維束の前記複数本の繊維状素材が溝条あるいは挿入穴の断面形状に合わせて、接着・固定材で一体化された状態を説明する断面図。
【図8】(a)本発明の工法が施工される前の目地部の一例を説明する図、(b)目地部にディスクカッターによる溝条が形成されるとともに溝条の両端にディスクカッターによる断面円弧状の窪み部が形成された状態の一例を説明する図、(c)は本発明の工法が適用された状態の一例を説明する断面図。
【図9】(a)〜(e)は、この発明による工法の他の例を説明する斜視図、(f)はアンカーピンの一例を説明する図。
【図10】(a)は馬目地のタイル仕上げにこの発明の工法が適用された状態の一例を説明する正面図、(b)は芋目地のタイル仕上げにこの発明の工法が適用された状態の一例を説明する正面図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、添付図面を参照して本発明の好ましい実施例を説明する。
【実施例1】
【0028】
図1(a)中、タイル20b、20e、20c、20fが浮きタイルであった場合、これらの浮きタイルの目地部21に、ディスクカッター等を用いて、タイル20b、20e、20c、20fの端部側面が露出するように溝条13を設ける(図1(a)、図2(b)、図3(b))。
【0029】
また、図1(a)、図2(c)図示のように、溝条13の両端に、ドリルを用いて、少なくともコンクリート躯体30の所定の深さに到達する挿入穴13a、13bをそれぞれ形成する。
【0030】
なお、以下、本明細書においてタイル20a、20b、20c、20d、20e、20fを総称してタイル20と表すことがある。
【0031】
次いで、接着・固定材を溝条13と挿入穴13a、13bに充填、注入する。また、溝条13の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材28(図4(a))を一方向性に揃えて束ねた繊維束23a(図4(a))を溝条13に埋設し、挿入穴13a、13bに挿入する。
【0032】
こうして接着・固定材を繊維束23aに浸潤させて一体化することにより、複数本の繊維状素材28と接着・固定材とで、浮きタイルであったタイル20b、20e、20c、20fと、コンクリート躯体30とを接着・固定する(図1(b)、図2(d)、図3(c))。
【0033】
ここで、接着・固定材を繊維束23aに浸潤させて一体化するにあたり、接着・固定材を繊維束23aに摺り込むように浸潤させて一体化すると、後述するように、この一体化された構造をして、あたかも繊維強化プラスチック(FRP:Fiber Reinforced Plastics)のように、合成樹脂の中に繊維を入れて強度が向上された複合材料のようにする上で有利である。
【0034】
例えば、溝条13の部分では、ヘラのような目地部21の幅を有する治具を用い、溝条13に充填されている接着・固定材に一方向性に揃えて束ねた繊維束23aを強く押し付け、押し延ばすようにすることによって、接着・固定材を繊維束23aに摺り込むように浸潤させて一体化することができる。
【0035】
このように、図3(c)、(d)に符号24で示す、複数本の繊維状素材28が一方向性に揃えて束ねられている繊維束23aに接着・固定材が浸潤し、一体化した構造が本発明における繊維状浮きタイル繋止材となる。
【0036】
なお、この後、この箇所に、表面側から表面仕上げ用の目地モルタル24a等を塗り付け、符号24で示す本発明の繊維状浮きタイル繋止材が外側から見えなくなるようにすることができる(図3(d))。
接着・固定材としては、ポリマーセメントペースト、ポリマーセメントモルタル、エポキシ樹脂、構造用シーラント(SSGS:Structural Sealant Grazing System)の中の一種または複数種を使用できる。
【0037】
複数種使用する場合、例えば、挿入穴13a、13bに注入する接着・固定材にエポキシ樹脂を、溝条13に充填する接着・固定材にポリマーセメントペーストまたはポリマーセメントモルタルを用い、繊維束23aを溝条13、挿入穴13a、13bに埋設・挿入し、溝条13に埋設されている繊維束23aに対してポリマーセメントペーストまたはポリマーセメントモルタルを摺り込むように浸潤させて一体化する使用方法等を採用できる。
【0038】
繊維束23aは、図4(a)に示すように、繊維状素材28が一方向性に揃えて複数本束ねられているものである。
【0039】
繊維状素材28としては、ナイロン繊維、ポリプロピレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、塩化ビニリデン繊維、ガラス繊維、炭素繊維、ステンレス鋼繊維の中の一種または複数種を使用できる。複数種を使用する場合、例えば、ナイロン繊維の複数本と、ポリプロピレン繊維の複数本とを組み合わせ一方向性に揃えて束ねる等、各繊維の特質が最も効果的に発揮される組み合わせを考慮して使用することができる。
【0040】
繊維束としては、図4(a)に符号23aで示すように一方向性に揃えている繊維状素材28が複数本束ねられているもの、図4(b)に符号23bで示すように一方向性に揃えている複数本の繊維状素材28が撚り合わされているもの、図4(c)、図4(d)に符号23c、23dで示すように、前記の繊維束23aや繊維束23bが複数撚り合わされているもの等を使用できる。
【0041】
なお、本明細書、特許請求の範囲、図面において、一方向性に揃えている複数本の繊維状素材28が束ねられている繊維束23a(図4(a))、一方向性に揃えている複数本の繊維状素材28が撚り合わされている繊維束23b(図4(b))、前記の繊維束23aや繊維束23bが複数撚り合わされている繊維束23c(図4(c))、23d(図4(d))等を総称して「繊維束」あるいは「繊維束23」と表すことがある。
【0042】
また、複数本の繊維状素材28を一方向性に揃えて束ねた繊維束23に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態の接着・固定材浸潤繊維束33(図4e)を使用することもできる。この、所定量の接着・固定材が繊維束23に浸潤し、当該浸潤した所定量の接着・固定材がまだ固まらない状態の接着・固定材浸潤繊維束33は柔軟性を有する。
【0043】
このような接着・固定材浸潤繊維束33の場合、繊維束23に浸潤している接着・固定材の量は、前述したように接着・固定材が繊維束23に浸潤して一体化するに足りる量には満たないもので、固化していない状態であって、このような量の接着・固定材が浸潤した状態の接着・固定材浸潤繊維束33は柔軟性を有し、例えば、図4(e)図示のように両端部33a、33bをある程度の形状に屈曲させることができる。そして、この場合、両端部33a、33bは接着・固定材が部分的に混在していることにより、複数本の繊維状素材28がばらばらに解繊されず、棒状の形態を維持しており、挿入穴13a〜13dに容易に挿入できる。
【0044】
なお、図4(a)〜(d)にそれぞれ図示した形態の繊維束23においても、繊維束23の両端にあらかじめ接着・固定材を浸潤させて、両端がある程度棒状の形態を維持できる状態にして挿入穴13a、13bに挿入したり、あらかじめ繊維束23の両端にリングを嵌めて結束させておく等することによって、繊維束23の両端において複数本の繊維状素材28がばらばらに解繊されず、棒状の形態を維持して容易に挿入穴13a、13bに挿入できるようにすることができる。
【0045】
いずれにしても、挿入穴13a、13bに繊維束23の両端を挿入する場合には、挿入穴13a、13bに入る細い押し込み用棒状体を用い、あらかじめ接着・固定材を浸潤させることによりある程度一体化されている状態の繊維束23の端部、あるいは、リングを嵌めて結束させておく等することによってばらばらに解繊せず一体化している状態の繊維束23の端部を挿入穴13a、13bに押し入れることができる。
【0046】
また、図示していないが、前述した繊維束23に替えて、ナイロン、ポリプロピレン、ビニロン等の合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を使用することもできる。
【0047】
合成高分子の紐状体としては、一方向性の荷造り紐のような、断面が扁平であるが、縮緬状に紐状に圧縮された一本の合成高分子の紐状体を使用できる。このような合成高分子の紐状体を溝条13の長手方向長さにあて、溝条13の長手方向長さより長い長さに切断して、挿入穴13a、13b、溝条13に挿入及び埋設する。
【0048】
あるいは、このような合成高分子の紐状体を溝条13の長手方向長さにあてがいながら、溝条13の長手方向長さ及び挿入穴13a、13bの深さを考慮して幾重にも折り畳み、一本の連続している合成高分子の紐状体から当該紐状体が複数本一方向性に揃えて束ねられた紐状体束にして使用することもできる。
【0049】
このような紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束の場合にも前述した接着・固定材浸潤繊維束33と同じく、紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に所定量の接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の接着・固定材がまだ固まらない状態で柔軟性を有する接着・固定材浸潤紐紐状体または接着・固定材浸潤状体束として使用することができる。
【0050】
溝条13の両端に形成する挿入穴は図2(c)、(d)のように傾斜させて穿設することもできるし、図2(e)図示のようにタイル壁面から直角に穿設することもできる。
【0051】
繊維束23として前述した接着・固定材含浸繊維束33(図4(e))を使用した場合、柔軟性を有する接着・固定材含浸繊維束33を溝条13、挿入穴13a〜13dの形状に合わせて図4(e)図示のように任意に変形させながら、溝条13、挿入穴13a〜13d内に簡単に埋設、挿入することができる。
【0052】
前述したように、繊維状素材28には、ナイロン繊維やポリプロピレン繊維等が使用されており、合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束の場合にも合成高分子として、ナイロン、ポリプロピレン、ビニロン等が使用されている。また、接着・固定材としては、エポキシ樹脂等が使用されている。
【0053】
そこで、複数本の繊維状素材28が一方向性に揃えて束ねられている繊維束23あるいは、合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤し一体化した構造は、あたかも繊維強化プラスチック(FRP)と同じように、合成樹脂の中に繊維を入れて強度が向上された複合材料のようになる。
【0054】
主として接着・固定材のエポキシ樹脂や構造シーラントは有機質の材料であり、合成繊維を主とする繊維状素材28や、合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束とはなじみ(相性)が良く、両者は一体化できる。
【0055】
本発明の工法によれば、浮きタイルであったタイル20b、20e、20c、20fの端部側面と、コンクリート躯体30との間は、このように、あたかも繊維強化プラスチック(FRP)と同じように、合成樹脂の中に繊維を入れて強度が向上された複合材料が硬化したものに相当する、一方向性の複数本の繊維状素材28が揃えて束ねられている繊維束23に接着・固定材が浸潤し一体化した構造によって、あるいは、合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤し一体化した構造によって接着・固定される。
【0056】
これによって、優れた耐久性と強度及び高い靭性を発揮でき、接着強度が低下してタイルが剥がれてもタイル仕上層は中吊り状態を維持し落下しない。タイル等の落下防止に優れた効果を発揮できる。
【0057】
すなわち、前述したように、複数本の繊維状素材28が一方向性に揃えて束ねられている繊維束23に接着・固定材が浸潤し一体化した構造、あるいは、合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤し一体化した構造が本発明における繊維状浮きタイル繋止材となり、優れた耐久性と強度及び高い靭性を発揮できるのである。
【0058】
図5は、この実施例の実施形態を斜め上方向から見た状態で説明するものである。
【0059】
図5(a)中、タイル20a〜20fが浮きタイルであった場合、これらの浮きタイルの目地部21に、ディスクカッター等を用いて、タイル20a〜20fの端部側面が露出するように溝条22を設ける(図5(b))。
【0060】
また、図5(b)図示のように、溝条22の両端に、ドリルを用いて、少なくともコンクリート躯体の所定の深さに到達する挿入穴26a、26bをそれぞれ穿設する。
【0061】
次いで、接着・固定材を溝条22と挿入穴26a、26bに充填、注入する。また、溝条22の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材28を、一方向性に揃えて束ねた繊維束23を溝条22に埋設し、挿入穴26a、26bに挿入する(図5(c))。こうして、接着・固定材を繊維束23に浸潤させて一体化し、複数本の繊維状素材28と接着・固定材とで、浮きタイルであったタイル20a〜20fと、コンクリート躯体30とを接着・固定する。
【0062】
なお、溝条22の部位では、前述したように、ヘラのような目地部21の幅を有する治具を用い、溝条22に充填されている接着・固定材に一方向性に揃えて束ねた繊維束23を強く押し付け、押し延ばすようにすることによって、接着・固定材を繊維束23に摺り込むように浸潤させて一体化する。
【0063】
図5(d)において符号24、24c、24dで示されている部分は、溝条22、挿入穴26a、26b内において、前述したように、複数本の繊維状素材28が一方向性に揃えて束ねられている繊維束23に接着・固定材が浸潤し一体化することによって、あたかも繊維強化プラスチック(FRP)と同じように、合成樹脂の中に繊維を入れて強度が向上された複合材料が硬化した構造になった部分である。このような構造によってタイル20a〜20fの端部側面とコンクリート躯体30との間が接着・固定されることによって、優れた耐久性と強度及び高い靭性を発揮できる。
【0064】
図6(a)は直か張りタイル仕上げに対してこの発明による工法が実施された状態を説明する一部断面図、図6(b)は図6(a)の一部拡大図である。図6(c)は他のタイル仕上げで下塗りモルタル層31が構成されている壁断面に対してこの発明による工法が実施された状態を説明する一部断面図である。
【0065】
図6(a)、(b)の直か張りタイル仕上げの断面では、コンクリート躯体30にタイル張り付けモルタル層21aを介してタイル20b、20eが張り付けられている。浮きタイルであるタイル20b、20eの目地部に、ディスクカッター等を用いて、タイル20b、20eの端部側面が露出するように形成された溝条13は、コンクリート躯体30に到達する深さになっている。
【0066】
この溝条13に接着・固定材が充填され、一方向性の複数本の繊維状素材28を束ねた繊維束が埋設され、接着・固定材が繊維束に摺り込まれるように浸潤して一体化し、符号24で示す本発明の繊維状浮きタイル繋止材の構法となる。これによって、一方向性の複数本の繊維状素材28と接着・固定材とで、タイル20b、20eの端部側面と、コンクリート躯体30との間を接着・固定して一体化している。
【0067】
図6(c)図示のタイル仕上げでは、コンクリート躯体30に下地モルタル層31、タイル張り付けモルタル層21aを介してタイル20b、20eが張り付けられている。浮きタイルであるタイル20b、20eの目地部に、ディスクカッター等を用いて、タイル20b、20eの端部側面が露出するように形成された溝条13は、下地モルタル層31にまで到達する深さになっている。
【0068】
この溝条13に接着・固定材が充填され、一方向性の複数本の繊維状素材28を束ねた繊維束が埋設され、接着・固定材が繊維束に摺り込まれるように浸潤して一体化し、符号24で示す本発明の繊維状浮きタイル繋止材の構法となる。これによって、一方向性の複数本の繊維状素材28と接着・固定材とで、タイル20b、20eの端部側面と、下地モルタル層31を介したコンクリート躯体30との間を接着・固定して一体化している。
【0069】
外壁タイル周辺では気温の上昇と太陽光の直射による吸熱で昼間は膨張し、夜間は冷えて収縮する日変化、夏期は酷暑で熱膨張、冬期には凍結を含めて冷却収縮する年変化の繰り返し作用(サーマルムーブメント)が発生する。
【0070】
このようなサーマルムーブメントの環境下で、ステンレス鋼等の金属製プレートはヤング率と熱膨張率が大きく、該金属プレート・タイル・モルタル・コンクリート及びエポキシ樹脂等の接着・固定材の各異種材料間の異なる伸縮の繰り返し作用は、その界面での正負の応力の発生と応力集中に至り、接着・固定材と金属プレート間の界面での経年変化による接着力の低減、ノッチ効果ほかによるマイクロクラックの発生等、種々の不具合を惹起するおそれがある。
【0071】
これに対し、本発明の工法に採用される繊維状浮きタイル繋止材(複数本の繊維状素材28が一方向性に揃えて束ねられている繊維束23に接着・固定材が浸潤し一体化した構造、あるいは合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤し一体化した構造)は繊維束、合成高分子の紐状体、合成高分子の紐状体束から構成されており、一方向性で、接着・固定材が浸潤して一体となった線状の形態で、あたかも繊維強化プラスチック(FRP)のような特徴を示す。
【0072】
すなわち、本発明の繊維状浮きタイル繋止材では、ヤング率と熱膨張率は金属に比して小さく、繊維・紐状体の素材も合成繊維、合成高分子を主としたもので、接着・固定材である合成樹脂系のエポキシ樹脂注入材や接着剤、合成ゴム系構造シーラント、有機系・無機系混合のポリマーセメントペーストまたはポリマーセメントモルタルで既存の目地材等とも相性(なじみ)が良い。
【0073】
また、本発明の繊維状浮きタイル繋止材は伸び率も金属に比べてはるかに大きく、力学的性質において、高靭性(タフネス)であり、応力緩和、変形能を有するので、前記サーマルムーブメントの影響を受けにくい。優れた耐久性能と強度及び高い靭性を発揮できるのである。
【0074】
図7(a)〜(e)は、繊維束23を構成する複数本の繊維状素材28が溝条13、22あるいは挿入穴13a〜13dの断面形状に合わせて、接着・固定材で一体化された状態の一例を説明する断面図である。断面形状の自由度は非常に高い。
【0075】
図3(c)、図5(d)、図6(a)〜(c)において符号24で示される部分は、コンクリート躯体30、下地モルタル層31、タイル張り付けモルタル層21a等に形成された溝条22、あるいは挿入穴の中に繊維束23が挿入され、接着・固定材(エポキシ樹脂等)によって一方向性の複数本の繊維状素材28が溝条22内、挿入穴内で一体化され接着・固定されるものである。そこで、図5(d)、図6(a)〜(c)において符号24で示される部分の断面形状は溝条22、あるいは挿入穴の断面形状に柔軟に対応した断面形状になる。
【0076】
図7(a)は円形断面の挿入穴が形成され、ここに埋設された繊維束23に接着・固定材が浸潤して一体化が行われ、挿入穴内への接着・固定が行なわれる場合を説明するものである。
【0077】
図7(b)、(d)は長方形断面の溝条、あるいは挿入穴が形成され、ここに埋設された繊維束23に接着・固定材が浸潤して一体化が行われ、溝条内、挿入穴内への接着・固定が行なわれる場合を説明するものである。
【0078】
図7(c)は正方形断面の溝条、あるいは挿入穴が形成され、ここに埋設された繊維束23に接着・固定材が浸潤して一体化が行われ、溝条内、挿入穴内への接着・固定が行なわれる場合を説明するものである。
【0079】
図7(e)は楕円形断面の挿入穴が形成され、ここに埋設された繊維束23に接着・固定材が浸潤して一体化が行われ、挿入穴内への接着・固定が行なわれる場合を説明するものである。
【0080】
従来の金属製プレートのタイル剥落防止用連結材を使用する場合、金属製であるため、躯体等に形成する溝条、あるいは挿入穴の形状は当該金属製の剥落防止連結材の形状に対応するものである必要がある。また薄いプレート状のため、エポキシ樹脂と金属はその断面で凝集状に一体化せず、典型的な異種材料間の界面接着によるものとなり、接着界面においてのみ強度を依存している。ここに応力集中のおそれがある。
【0081】
一方、本発明によれば、コンクリート躯体やモルタル下地等に形成された溝条や挿入穴の中に埋設、挿入された繊維束23あるいは合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤して一体化が行われるものであるので、建物躯体や下地に形成する溝条、あるいは挿入穴の形状には厳密な限定がなく、どのような形状・寸法の溝条、挿入穴の中にも、繊維状素材28あるいは合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束と接着・固定材とからなる一体化した複合材(FRP)で接着・固定することができる。
【実施例2】
【0082】
図8(a)〜(c)は前述した実施例1の変形例を説明するものである。図8(a)〜(c)において実施例1で説明した要素については共通する符号を用いてその説明を省略する。また、実施例1で説明した部分に関しては説明を省略し、図8(a)〜(c)図示の実施例において実施例1と相違する点のみ説明する。
【0083】
実施例1では、浮きタイルの目地部21に、ディスクカッター等を用いて、浮きタイルの端部側面が露出するように溝条13を設け、溝条13の両端に、ドリルを用いて、少なくともコンクリート躯体30の所定の深さに到達する挿入穴をそれぞれ形成していた。
【0084】
これに対して、この実施例では、目地部21の張り付けモルタル層21aをコンクリート躯体まで貫通するように溝条13を切削し、その両端にディスクカッターによって少なくともコンクリート躯体30の所定の深さにまで到達する断面円弧状の窪み部13e、13fを形成するものである。
【0085】
そして、前述した接着・固定材を溝条13と窪み部13e、13fに前もって充填するとともに、溝条13の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材28を一方向性に揃えて束ねた繊維束23aで溝条13及び窪み部13e、13fを埋め込み、接着・固定材を当該繊維束23aに摺り込むように浸潤させて一体化する(図8(c))。
【0086】
こうして、実施例1の場合と同様に、複数本の繊維状素材28と接着・固定材とで浮きタイルとコンクリート躯体30とを接着・固定するものである。
【0087】
実施例1の実施形態においては溝条13の両端に挿入穴13a〜13dを形成していたが、この実施例では溝条13の両端に円弧状の窪み部13e、13fを形成するだけである。ディスクカッターにより溝条13を形成する開始時と終了時にディスクカッターをより強く壁に押し付け、深く切り込むだけで簡単に定着用の窪み部13e、13fを形成することができる。またディスクカッターの使用する径によってはより深い円弧状の溝を容易に設けることができる。
【実施例3】
【0088】
図9は他の実施例を説明するものである。実施例1で説明した部分に関しては説明を省略し、図9において実施例1で説明した要素については共通する符号を用いてその説明を省略する。
【0089】
図9(a)図示の状態でタイル20a〜20fが浮きタイルであった場合、これらの浮きタイルの目地部21に、ディスクカッター等を用いて、タイル20a〜20fの端部側面が露出するように溝条22を形成する。
【0090】
また、ドリルを用いて、溝条22の所定箇所に少なくともコンクリート躯体面より所用の深さに到達する深さの挿入穴25a、25bを形成する。
【0091】
次に、接着・固定材を溝条22と挿入穴25a、25bに充填、注入するとともに、溝条22の長手方向長さを有する複数本の繊維状素材28を一方向性に揃えて束ねた繊維束23で溝条22を埋め込み、接着・固定材を繊維束23に浸潤させて一体化する。
【0092】
また、先端挿入部27bと後端フック部27aとを有する金属製のアンカーピン27を、後端フック部27aで繊維束23を掛止するように先端挿入部27bから挿入穴25a、25bに挿入する。
【0093】
これによって、複数本の繊維状素材28と、接着・固定材とで浮きタイルであるタイル20a〜20fとコンクリート躯体30を接着・固定するものである。
【0094】
この実施例でも、実施例1、2と同じく複数本の繊維状素材28が一方向性に揃えて束ねられている繊維束23に接着・固定材が浸潤し一体化した構法による本発明の繊維状浮きタイル繋止材によって、浮きタイルであるタイル20a〜20fの端部側面と、コンクリート躯体30との間が接着・固定され、優れた耐久性と強度及び高い靭性が発揮される。
【0095】
更に、挿入穴25a、25bに接着・固定材を介して固定されるアンカーピン27が前記の繊維束23に接着・固定材が浸潤し一体化した構造を強固に保持するので、優れたタイル剥落防止効果が発揮される。
【0096】
なお、図示していないが、図9図示のこの実施例において、実施例1、実施例2で説明したように、溝条22の両端に挿入穴、あるいは窪み部を設け、ここに繊維束23の両端を挿入、埋設し、接着・固定材を浸潤させて一体化させ、接着・固定する工法を併用することもできる。
【0097】
前述したようにアンカーピン27としてはステンレス鋼製のものを使用するが、挿入穴25a、25bに挿入された後の該アンカーピンの断面は小さく、躯体深部に挿入され、前述したサーマルムーブメントの影響は受けにくい。
【0098】
アンカーピン27は図9(f)図示の形態に限られるものではなく、先端挿入部27bと後端フック部27aとを有し、先端挿入部27bを挿入穴25aに挿入した際に後端フック部27aで繊維束23を掛止できる構造を有するものであれば種々の形態のものを利用できる。例えば、二股釘のようなアンカーピンも使用できる。
【0099】
図10(a)は馬目地のタイル仕上げにこの発明による工法が適用された状態を説明する正面図、図10(b)は芋目地のタイル仕上げにこの発明による工法が適用された状態を説明する正面図である。
【0100】
本発明の工法では、浮きタイルが存在する場合、浮きタイルの目地部にディスクカッター等を用いて浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を形成する。そして、溝条に接着・固定材を充填し、次に繊維束23を溝条に埋設し、更に接着・固定材を繊維束23に摺り込むように浸潤させ、一体化させる。
【0101】
そこで、溝条は目地部に沿って自由に形成できる。例えば、符号21a、符号21eで示すように直線状に延びる溝条を形成することも、符号21b、符号21c、21dで示すように屈曲させて溝条を形成することもできる。符号21f、21gで示すように直線状に延びる二本の溝条を直交させて十文字状及び網目状に配置することもできる。
【0102】
いずれにしても、繊維束23は任意に屈曲できるので、溝条に接着・固定材(エポキシ樹脂等)を充填するとともに繊維束23を埋設し、好ましくは、接着・固定材を繊維束23に摺り込むように浸潤させ、一体化することによって、任意の形状の溝条内に本発明の繊維状浮きタイル繋止材の構法を形成できる。
【0103】
そこで、本発明の工法によれば、既存外壁タイル剥落防止処置を施す必要のある箇所に適切に対応させて所定の長さ、所定の屈曲形状の溝条を目地部に形成し、この任意長さの、また、任意に屈曲している溝条の形状に合わせて接着・固定材を充填し、繊維束23を埋め込み、浸潤、一体化させることにより、既存外壁タイル剥落防止処置を施す必要のある箇所に適切対応させて処理を施すことができる。
【0104】
このように本発明の方法は、建物躯体または種々の下地への種々のタイル仕上げ、例えば、タイル後張り及びタイル先付け工法等に対して使い勝手のよいものとなる。また、タイルの形状については、全ての形状・寸法のタイル仕上げ壁に適用でき、45角、45二丁のモザイクタイルから、小口平、二丁掛け、三丁掛け以上、陶板まで応用範囲は広い。また、タイル・陶板に限らず、各種石材の目地での接着・固定も可能である。
【0105】
以上、本発明の好ましい実施形態について添付図面を参照して説明したが、本発明はかかる実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載から把握される技術的範囲において種々の形態に変更可能である。
【符号の説明】
【0106】
13、22 溝条
13a、13b、13c、13d 挿入穴
13e、13f 窪み部
20、20a、20b、20c、20d、20e、20f タイル
21 目地部
21a タイル張り付けモルタル層
23、23a、23b、23c、23d 繊維束
25a、25b 挿入穴
26a、26b 挿入穴
27b 先端挿入部
27a 後端フック部
27 アンカーピン
28 繊維状素材
30 コンクリート躯体
31 下地モルタル層
33 接着・固定材含浸繊維束

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮きタイルの目地部に前記浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに、前記溝条の両端に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する断面円弧状の窪み部をそれぞれ形成し、
接着・固定材を前記溝条と前記窪み部に充填するとともに、
前記溝条の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を前記溝条及び前記窪み部に埋設し、あるいは
前記溝条の長手方向長さより長い合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を前記溝条及び前記窪み部に埋設し、
接着・固定材を前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化することにより、前記繊維束と接着・固定材とで、あるいは前記紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する
ことを特徴とするタイル剥落防止工法。
【請求項2】
浮きタイルの目地部に前記浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに、前記溝条の両端に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する挿入穴をそれぞれ形成し、
接着・固定材を前記溝条と前記挿入穴に充填、注入するとともに、
前記溝条の長手方向長さより長い複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を前記溝条及び前記挿入穴に埋設及び挿入し、あるいは
前記溝条の長手方向長さより長い合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を前記溝条及び前記挿入穴に埋設及び挿入し、
接着・固定材を前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化することにより、前記繊維束と接着・固定材とで、あるいは前記紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する
ことを特徴とするタイル剥落防止工法。
【請求項3】
浮きタイルの目地部に前記浮きタイルの端部側面が露出するように溝条を設けるとともに、前記溝条の所定箇所に少なくとも建物躯体または下地の所定の深さに到達する挿入穴を形成し、
接着・固定材を前記溝条及び前記挿入穴に充填、注入するとともに、
前記溝条の長手方向長さを有する複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた繊維束を前記溝条に埋設し、あるいは
前記溝条の長手方向長さを有する合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束を前記溝条に埋設し、
前記接着・固定材を前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束に浸潤させて一体化するとともに、
先端挿入部と後端フック部とを有するアンカーピンを、前記後端フック部で前記繊維束あるいは前記紐状体または紐状体束を掛止するように前記先端挿入部から前記挿入穴に挿入し、
前記繊維束と、前記接着・固定材とで、あるいは前記紐状体または紐状体束と接着・固定材とで、浮きタイルと建物躯体または下地とを接着・固定する
ことを特徴とするタイル剥落防止工法。
【請求項4】
前記繊維束及び前記紐状体または紐状体束が、それぞれ、
複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた前記繊維束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤繊維束および、
前記紐状体または紐状体束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤紐状体または紐状体束
であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一項記載のタイル剥落防止工法。
【請求項5】
前記繊維が、ナイロン繊維、ポリプロピレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、塩化ビニリデン繊維、ガラス繊維、炭素繊維、ステンレス鋼繊維のいずれか一種または複数種であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項記載のタイル剥落防止工法。
【請求項6】
前記接着・固定材が、ポリマーセメントペースト、ポリマーセメントモルタル、エポキシ樹脂、構造用シーラントの中の一種または複数種であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項記載のタイル剥落防止工法。
【請求項7】
一方向性に揃えた複数本の繊維状素材が束ねられた繊維束に接着・固定材が浸潤し一体化されてなる、あるいは、
合成高分子の紐状体または当該紐状体を複数本一方向性に揃えて束ねた紐状体束に接着・固定材が浸潤し一体化されてなる
ことを特徴とする繊維状浮きタイル繋止材。
【請求項8】
前記繊維束及び前記紐状体または紐状体束が、それぞれ、
複数本の繊維状素材を一方向性に揃えて束ねた前記繊維束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤繊維束および、
前記紐状体または紐状体束に所定量の前記接着・固定材が浸潤し、当該浸潤した所定量の前記接着・固定材がまだ固まらない状態で、柔軟性を有する接着・固定材浸潤紐状体または紐状体束
であることを特徴とする請求項7記載の繊維状浮きタイル繋止材。
【請求項9】
前記繊維が、ナイロン繊維、ポリプロピレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、塩化ビニリデン繊維、ガラス繊維、炭素繊維、ステンレス鋼繊維のいずれか一種または複数種であることを特徴とする請求項7又は8記載の繊維状浮きタイル繋止材。
【請求項10】
前記接着・固定材が、ポリマーセメントペースト、ポリマーセメントモルタル、エポキシ樹脂、構造用シーラントの中の一種または複数種であることを特徴とする請求項7乃至9のいずれか一項記載の繊維状浮きタイル繋止材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−275769(P2010−275769A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129285(P2009−129285)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(501017752)有限会社難波建築研究室 (1)
【Fターム(参考)】