説明

耐摩耗鋼の連続鋳造方法、およびそれによって得られる耐摩耗鋼

【課題】Tiを含有する耐摩耗鋼を連続鋳造するにあたり、溶鋼中のTiによるモールドパウダー中のSiO2の還元反応が進行してモールドパウダー中のSiO2が減少しても、モールドパウダーが溶融した後の粘度の上昇を抑えて鋳型と凝固シェルとの間に流入し易くすることによって、縦割れ,ノロカミ,捕捉ガス気泡等の表面欠陥を防止できる耐摩耗鋼の連続鋳造方法、およびそれによって得られる耐摩耗鋼を提供する。
【解決手段】C,Tiを所定量含有する組成を有する耐摩耗鋼の溶鋼の連続鋳造を行なう連続鋳造方法において、連続鋳造を行なう鋳型を振幅3.0〜9.0mm,振動数60回/分以上120回/分未満で振動させ、かつ脂肪酸を0.1〜0.5質量%含有するモールドパウダーを鋳型に投入し、鋳造速度を0.6〜1.0m/分として連続鋳造を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業機械や輸送機器等に使用される耐摩耗鋼の連続鋳造方法、およびそれによって得られる耐摩耗鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
産業機械や輸送機器等の摩擦を受ける部材には、その寿命を延長するために耐摩耗性に優れる鋼材(すなわち耐摩耗鋼)が使用される。鋼材の硬さを高めると耐摩耗性が向上することは知られており、Cr,Mo等の合金元素を多量に添加した鋼材に、焼入れ等の熱処理を施して硬さを高めた耐摩耗鋼が開発されている。
たとえば特許文献1には、Cを0.10〜0.19質量%含有し、さらにSi,Mnを所定量含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、かつCeqを0.35〜0.44とした鋼材に熱間圧延を施した後、直接焼入れまたは900〜950℃に再加熱して焼入れを行ない、引き続き焼戻しを行なって表面硬さ300HV(ビッカース硬さ)以上の耐摩耗鋼を得る技術が開示されている。
【0003】
特許文献2には、Cを0.10〜0.20質量%含有し、さらにSi,Mn,P,S,N,Al,Oを所定量含有し、あるいはさらにCu,Ni,Cr,Mo,Bのうちの1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼材に熱間圧延を施した後、直接焼入れまたは放冷した後に再加熱して焼入れを行なって、表面硬さ340HB(ブリネル硬さ)以上の耐摩耗鋼を得る技術が開示されている。
【0004】
特許文献3には、Cを0.07〜0.17質量%含有し、さらにSi,Mn,V,B,Alを所定量含有し、あるいはさらにCu,Ni,Cr,Moのうちの1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼材に熱間圧延を施した後、直接焼入れまたは空冷した後に再加熱して焼入れを行なって、表面硬さ321HB(ブリネル硬さ)以上の耐摩耗鋼を得る技術が開示されている。
【0005】
これら特許文献1〜3に開示された技術は、鋼材に合金元素を多量に添加して、固溶硬化,変態硬化,析出硬化等を活用することによって硬さを高め、その結果、鋼材の耐摩耗性を向上させるものである。しかし合金元素を多量に添加すれば、溶接性および加工性が著しく低下するので、産業機械や輸送機器等の様々な形状を有する部材の製作が困難になる。
【0006】
これに対して特許文献4には、Cを0.10〜0.45質量%,Tiを0.10〜1.0質量%含有し、さらにSi,Mn,P,S,N,Alを所定量含有し、あるいはさらにCu,Ni,Cr,Mo,Bのうちの1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である溶鋼に、連続鋳造を施して、粒径0.5μm以上のTiCを主体とする析出物を単位面積1mm2あたり400個以上析出させた耐摩耗鋼を得る技術が開示されている。この技術では、連続鋳造の凝固時に硬質のTiCを析出させて耐摩耗性を向上させるので、鋼材のマトリックスの硬さを過度に高める必要はなく、溶接性や加工性の低下を抑制できる。
【0007】
ところが高濃度のTiを含有する鋼材は、炭素鋼に比べて表面欠陥(たとえば縦割れ,ノロカミ等)が生じ易いという問題がある。
そこで特許文献5には、高濃度のTiを含有する鋼材の表面欠陥を低減するために、Tiを0.05〜1.5質量%含有する溶鋼を連続鋳造するにあたって、鋳型の振幅Sを2〜5mm,振動数fを120回/分以上とし、かつf×S≦600を満たす範囲で、鋳造速度を0.8〜1.2m/分として連続鋳造を行なう技術が開示されている。この技術では、鋳型を低振幅かつ高振動数とすることによって、通常のモールドパウダーを使用してもオシレーションマークを浅くするとともに、ノロカミ等の表面欠陥を防止する。
【0008】
また特許文献6には、ステンレス鋼の連続鋳造にて、高粘性のモールドパウダーを鋳型に投入すると同時に、鋳型の湯面下における鋳型と凝固シェルとの間に、植物油,脂肪酸エステル類,鉱物油あるいはこれらの混合物等からなる液体潤滑剤を流し込んで、鋳型と凝固シェルとの潤滑不良を防止しつつ連続鋳造を行なう技術が開示されている。なお、ステンレス鋼は、Ti含有鋼と同様に、連続鋳造によって表面欠陥を生じ易いことが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭62-142726号公報
【特許文献2】特開昭63-169359号公報
【特許文献3】特開平1-142023号公報
【特許文献4】特開平6-256896号公報
【特許文献5】特開平7-251251号公報
【特許文献6】特開昭61-165253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
高濃度のTiを含有する溶鋼の連続鋳造では、溶鋼中のTiがモールドパウダー中のSiO2を還元してTiO2を生成する。その結果、モールドパウダー中のSiO2が減少して、その特性が変化するので、連続鋳造を安定して行なうことが困難になる。特にSiO2が減少すれば、モールドパウダーが溶融した後の粘度が上昇して、鋳型と凝固シェルとの間に流入し難くなる。その結果、鋼材の表面に縦割れが発生する、あるいは鋳型と凝固シェルとの焼付きによる拘束性ブレークアウトが発生する等の問題が生じる。また、溶融したモールドパウダーの粘度が上昇すれば、ノズル閉塞防止のために浸漬ノズル内孔に吹き込んだ不活性ガス(たとえばArガス等)がモールドパウダー溶融層へ離脱するのを妨げるので、凝固シェルに捕捉される不活性ガスの気泡が増加する。さらに、溶融したモールドパウダーと凝固シェルとの界面張力や濡れ角等の物性値も変化するので、ノロカミが発生し易くなる。
【0011】
また、溶融したモールドパウダーが鋳型と凝固シェルとの間に流入し難くなることによって、鋳型の湯面上の溶融した層状のモールドパウダー(以下、モールドパウダー溶融層という)が厚くなる。そのため、モールドパウダー溶融層の上部では温度が低下し、モールドパウダーの一部が再度凝固して浮遊する。そして鋳型内の湯面変動によって、溶鋼中に凝固したモールドパウダーが巻き込まれる現象(いわゆるディッケル)が発生し易くなる。
【0012】
ディッケルが発生すると、凝固したモールドパウダーが凝固シェルに付着してノロカミを誘発する、あるいは溶融したモールドパウダーが鋳型と凝固シェルとの間に流入し難くなるという問題が生じる。
このようなTi含有鋼の連続鋳造における問題点に対して、特許文献5に開示された技術は、鋳型を低振幅かつ高振動数に制御するのみで解決を図るものであり、溶鋼中のTiがモールドパウダー中のSiO2を還元してTiO2を生成することによって、モールドパウダー中のSiO2が減少して、その特性が変化するという化学反応に起因する問題を解消するには十分とは言えない。しかも、鋳型を低振幅かつ高振動数として連続鋳造を行なうので、溶融したモールドパウダーが鋳型と凝固シェルとの間に流入し難くなり、拘束性ブレークアウトを防止するためには不利となる。
【0013】
特許文献6に開示された技術では、液体潤滑剤による鋳型と凝固シェルとの潤滑効果が向上して、ディッケルを抑制することが期待できる。しかし鋳型の湯面下で鋳型と凝固シェルとの間に液体潤滑剤を流し込むので、鋳型の構造が複雑になる。また、鋳型の壁面に液体潤滑剤の供給孔が開口しているので、連続鋳造の開始時に溶鋼がその供給孔に浸入して閉塞させる。その結果、液体潤滑剤を供給できない、あるいは凝固シェルの引抜き抵抗となってブレークアウトが発生する等の問題が生じる惧れがある。
【0014】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、Tiを含有する耐摩耗鋼を連続鋳造するにあたり、溶鋼中のTiによるモールドパウダー中のSiO2の還元反応が進行してモールドパウダー中のSiO2が減少しても、モールドパウダーが溶融した後の粘度の上昇を抑えて鋳型と凝固シェルとの間に流入し易くすることによって、縦割れ,ノロカミ,捕捉ガス気泡等の表面欠陥を防止できる耐摩耗鋼の連続鋳造方法、およびそれによって得られる耐摩耗鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、耐摩耗鋼の溶鋼の連続鋳造を行なう連続鋳造方法において、耐摩耗鋼がC:0.05〜0.35質量%,Ti:0.1〜1.0質量%を含有する組成を有し、連続鋳造を行なう鋳型を振幅3.0〜9.0mm,振動数60回/分以上120回/分未満で振動させ、かつ脂肪酸を0.1〜5.0質量%含有するモールドパウダーを鋳型に投入し、鋳造速度を0.6〜1.0m/分として連続鋳造を行なう耐摩耗鋼の連続鋳造方法である。
【0016】
本発明の耐摩耗鋼の連続鋳造方法においては、耐摩耗鋼が、前記した組成に加えて、Si:0.05〜1.0質量%,Mn:0.1〜2.0質量%,B:0.0003〜0.0030質量%,Al:0.002〜0.1質量%, Cr:0.1〜1.0質量%,Mo:0.05〜1.0質量%,W:0.05〜1.0質量%を含有し、さらに、Nb:0.005〜1.0質量%,V:0.005〜1.0質量%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有することが好ましい。
【0017】
また本発明は、上記した溶鋼の連続鋳造によって得られた鋳片に熱間圧延を施した耐摩耗鋼材である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、耐摩耗鋼の連続鋳造にて、モールドパウダーに配合された脂肪酸が鋳型内で燃焼するので、その燃焼熱によって、溶鋼と溶融したモールドパウダーとの界面温度が上昇し、ひいては、溶融したモールドパウダーの粘度の上昇を抑えて鋳型と凝固シェルとの間に流入し易くすることが可能である。その結果、縦割れ,ノロカミ,捕捉ガス気泡等の表面欠陥を防止して耐摩耗鋼を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明で得られる耐摩耗鋼は、硬質のTiCを主体とする析出物(粒径0.5μm以上)を連続鋳造における凝固シェルの凝固時に析出させ、かつその析出物を熱間加工における加熱,圧延の際に可能な限り固溶させずに残留させて、鋼材の耐摩耗性を向上させるものである。したがって、鋼材のマトリックスの硬さを過度に高める必要はないので、溶接性や加工性は損なわれない。なお、TiCを主体とする析出物とは、TiC単体からなる析出物、あるいはTiCとTiNやTiSとの複合析出物等を指す。
【0020】
以下に、耐摩耗鋼の成分を限定した理由を説明する。
C:0.05〜0.35質量%
Cは、耐摩耗鋼のマトリックスの硬さを高めて耐摩耗性を向上する作用を有するとともに、硬質な第2相としてのTiCを析出させて耐摩耗性のさらなる向上を可能とする元素である。このような効果を得るためには、Cを0.05質量%以上含有する必要がある。一方、0.35質量%を超えると、TiCが粗大になり、曲げ加工を施す際にそのTiCが起点となって割れが発生し易くなる。したがって、C含有量は0.05〜0.35質量%の範囲内とする。好ましくは0.15〜0.30質量%である。
【0021】
Si:0.05〜1.0質量%
Siは、溶鋼の脱酸を行なうために必要な元素であり、かつ耐摩耗鋼のマトリックスに固溶して硬さを高める(すなわち固溶硬化)ことによって耐摩耗性を向上する作用も有する。Si含有量が0.05質量%未満では、溶鋼の脱酸が十分に進行しない。一方、1.0質量%を超えると、マトリックスの固溶硬化が著しく促進されて延性,靭性が低下するばかりでなく、介在物が増加するので、加工性が損なわれる。したがって、Si含有量は0.05〜1.0質量%の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.40質量%である。
【0022】
Mn:0.1〜2.0質量%
Mnは、耐摩耗鋼のマトリックスに固溶硬化を発現させて耐摩耗鋼の耐摩耗性を向上する作用を有する元素である。その効果を得るためには、Mnを0.1質量%以上含有する必要がある。一方、2.0質量%を超えると、溶接性が劣化する。したがって、Mn含有量は0.1〜2.0質量%の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは0.1〜1.60質量%である。
【0023】
B:0.0003〜0.0030質量%
Bは、耐摩耗鋼のマトリックスの粒界に偏析し、粒界を強化して靭性の向上に寄与する元素である。その効果を得るためには、Bを0.0003質量%以上含有する必要がある。一方、0.0030質量%を超えると、溶接性が劣化する。したがって、B含有量は0.0003〜0.0030質量%の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは0.0003〜0.0015質量%である。
【0024】
Al:0.002〜0.1質量%
Alは、溶鋼の脱酸を行なうために必要な元素である。その効果を得るためには、Alを0.002質量%以上含有する必要がある。一方、0.1質量%を超えると、Al酸化物を析出して溶鋼の清浄性を低下させる。したがって、Al含有量は0.002〜0.1質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0025】
Ti:0.1〜1.0質量%
Tiは、硬質な第2相としてのTiCを析出させて耐摩耗性を向上する元素である。このような効果を得るためには、Tiを0.1質量%以上含有する必要がある。一方、1.0質量%を超えると、TiCが粗大になり、曲げ加工を施す際にそのTiCが起点となって割れが発生し易くなる。さらには、高価なTiを多量に添加することによって、耐摩耗鋼の製造コストの上昇を招く。したがって、Ti含有量は0.1〜1.0質量%の範囲内とする。好ましくは0.1〜0.5質量%である。
【0026】
Cr:0.1〜1.0質量%
Crは、焼入れ性を高める作用を有する元素である。この効果を得るためにはCrを0.1質量%以上含有する必要がある。一方、1.0質量%を超えると、溶接性が低下する。したがって、Cr含有量は0.1〜1.0質量%の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは0.1〜0.4質量%である。
【0027】
Mo:0.05〜1.0質量%
Moは、焼入れ性を高めるとともに、硬質な第2相としてのTiCに固溶して硬さを高める(すなわち固溶硬化)ことによって耐摩耗性を向上する作用も有する元素である。これらの効果を得るためにはMoを0.05質量%以上含有する必要がある。一方、1.0質量%を超えると、溶接性が低下する。したがって、Mo含有量は0.05〜1.0質量%の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.4質量%である。
【0028】
W:0.05〜1.0質量%
Wは、耐摩耗鋼のマトリックスに固溶して焼入れ性を高めるとともに、硬質な第2相としてのTiCに固溶して硬さを高める(すなわち固溶硬化)ことによって耐摩耗性を向上する作用も有する元素である。これらの効果を得るためにはWを0.05質量%以上含有する必要がある。一方、1.0質量%を超えると、溶接性が低下する。したがって、W含有量は0.05〜1.0質量%の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.40質量%である。
【0029】
本発明では、上記した組成に加えてNbおよびVから選ばれた1種または2種を含有することが好ましい。
Nb:0.005〜1.0質量%
Nbは、Tiと複合して含有することによってTi,Nbの複合炭化物(すなわち(NbTi)C)を形成して硬質な第2相としてのTiCに分散することによって、耐摩耗性を向上する作用も有する元素である。この効果を得るためにはNbを0.005質量%以上含有する必要がある。一方、1.0質量%を超えると、TiCが粗大になり、曲げ加工を施す際にそのTiCが起点となって割れが発生し易くなる。したがってNbを含有する場合は、Nb含有量は0.005〜1.0質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは0.1〜0.5質量%である。
【0030】
V:0.005〜1.0質量%
Vは、Tiと複合して含有することによってTi,Vの複合炭化物(すなわち(VTi)C)を形成して硬質な第2相としてのTiCに分散することによって、耐摩耗性を向上する作用も有する元素である。この効果を得るためにはVを0.005質量%以上含有する必要がある。一方、1.0質量%を超えると、TiCが粗大になり、曲げ加工を施す際にそのTiCが起点となって割れが発生し易くなる。したがってVを含有する場合は、V含有量は0.005〜1.0質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは0.1〜0.5質量%である。
【0031】
本発明の耐摩耗鋼の上記した成分以外は、Feおよび不可避的不純物である。
本発明では、転炉およびRH真空脱ガス装置等の精錬設備を用いて、溶鋼を上記した成分に調整した後、スラブ連続鋳造機やブルーム連続鋳造機で連続鋳造を行なう。
本発明における連続鋳造で使用するモールドパウダーは、一般的に用いられているモールドパウダーに脂肪酸を配合したものを鋳型に投入する。すなわち一般的に用いられているモールドパウダーは、酸化物(CaO,SiO2,Al23,Fe23,MgO,MnO,BaO,B23等)を基材として、これらの基材にアルカリ金属の酸化物(Na2O,K2O,Li2O等)、フッ化物(NaF,KF,LiF,CaF2,MgF2,AlF3,Na3AlF3等)、およびこれらの金属の炭酸化物や硝酸化物等の基材の物性を調整するための物性調整材に加えて、カーボンブラックや人造黒鉛等のモールドパウダーの溶融速度を調整するための溶融速度調整材を添加したものであり、溶融状態(1300〜1400℃)の粘度は4.0〜0.1 Poiseである。本発明では、さらに脂肪酸を配合したモールドパウダーを使用する。脂肪酸としては、ステアリン酸(融点69〜70℃),パルミチン酸(融点63〜64℃)が好ましい。
【0032】
モールドパウダー中の脂肪酸の含有量が、0.1質量%未満では、脂肪酸の燃焼による発熱効果を十分に得られない。一方、脂肪酸の含有量が5.0質量%を超えると、モールドパウダーが溶解し難くなり、鋳型と凝固シェルとの間に流入し難くなる。その結果、縦割れ,ノロカミ等の表面欠陥の発生を招く。したがって、モールドパウダー中の脂肪酸の含有量は0.1〜5.0質量%の範囲内とする。好ましくは1.0〜3.0質量%である。
【0033】
脂肪酸を配合したモールドパウダーを鋳型内の溶鋼湯面に投入すると、モールドパウダーが溶融する際に、脂肪酸が燃焼する。したがって、溶融したモールドパウダーと溶鋼との界面の温度が、脂肪酸の燃焼によって上昇する。
本発明においても、溶融したモールドパウダー中のSiO2は、溶鋼中のTiによって還元されるので、溶融したモールドパウダー中のSiO2が減少し、その粘度が上昇する。しかし溶融すればその粘度は温度上昇とともに低下するので、溶融したモールドパウダーの粘度の上昇は、脂肪酸の燃焼によって抑制される。
【0034】
このようにして、Tiを高濃度で含有する耐摩耗鋼の連続鋳造においても、溶融したモールドパウダーの粘度の上昇を抑えて鋳型と凝固シェルとの間に流入し易くすることが可能である。その結果、縦割れ,ノロカミ,捕捉ガス気泡等の表面欠陥を防止して耐摩耗鋼を得ることができる。また、鋳型と凝固シェルとの潤滑が維持されるので、拘束性ブレークアウトは発生せず、連続鋳造を安定して操業できる。
【0035】
なおスラブ連続鋳造機では、鋳型と凝固シェルとの潤滑を維持して拘束性ブレークアウトを防止するためのモールドパウダーの消費量は、凝固シェルの単位表面積あたり0.20kg/m2以上、好ましくは0.25 kg/m2以上必要であることが知られている。
本発明では、耐摩耗鋼が高合金鋼であることから、高温での凝固シェルの脆化を考慮して、鋳造速度を近年の操業に比べて比較的遅くして0.6〜1.0m/分の範囲内とする。鋳造速度が0.6m/分未満では、連続鋳造の生産性が低下する。一方、1.0m/分を超えると、凝固シェルの亀裂や割れが生じ易くなる。
【0036】
鋳型は、振動波形を正弦波あるいは偏移正弦波として、振幅3.0〜9.0mm,振動数60回/分以上120回/分未満で振動させる。このような条件で鋳型を振動させることによって、鋳型と凝固シェルとの間に溶融したモールドパウダーが流入し易くなり、縦割れ,ノロカミ,捕捉ガス気泡等の表面欠陥を防止するとともに、拘束性ブレークアウトを防止することが可能となる。なお鋳型の振幅は、鋳型の変位の上限位置から下限位置までの距離(すなわち鋳型の振動ストローク)の1/2の値を指す。
【0037】
このようにして耐摩耗鋼の連続鋳造を行なって得た鋳片は、必要に応じて表面手入れを施した後、次工程の熱間圧延設備にて熱間圧延されて厚鋼板,薄鋼板,形鋼等の鋼材となる。
以上に説明したように、本発明によれば、モールドパウダー中の脂肪酸の燃焼熱によって、溶融したモールドパウダーの粘度の上昇が抑制される。その結果、鋳型と凝固シェルとの間に溶融したモールドパウダーが流入し易くなり、表面欠陥を防止するとともに、拘束性ブレークアウトを防止することが可能となる。
【実施例】
【0038】
垂直曲げ型スラブ連続鋳造機(機長26m)を用いて、表1に示す成分の耐摩耗鋼の連続鋳造を行なって、厚み250mm,幅1500〜1900mmのスラブを製造した。モールドパウダーは、脂肪酸としてステアリン酸を含有する脂肪酸含有パウダーと、脂肪酸を含有しない通常パウダーを使用した。モールドパウダーの脂肪酸の含有量は表2に示す通りである。鋳造速度は0.6〜1.0m/分とし、鋳型の振幅,振動数は表2に示すように設定した。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
表2に示すように、鋳型の振動数60回/分未満で連続鋳造を行なっていない。これは、振動数が60回/分未満では、溶融したモールドパウダーが鋳型と凝固シェルとの間に流入し難いので、拘束性ブレークアウトの発生頻度が高くなるからである。また、鋳型の振動数を180回/分とした比較例6では、連続鋳造機全体が異常な振動を起こしたため、連続鋳造を停止した。
【0042】
このようにして連続鋳造を行なった後、得られたスラブの表面を手入れせず、長辺面と短辺面の全ての面から面積1.95m2を対象として目視で観察し、直径0.5mm以上の気泡の個数を測定した。そして、気泡の密度が200個/m2未満のものを良(○),200個/m2以上のものを不可(×)として評価した。その結果を、スラブの気泡欠陥評価として表2に示す。ここで気泡の密度200個/m2を閾値として評価した理由は、200個/m2以上では、熱間圧延した後の表面性状が著しく悪化するからである。
【0043】
また、得られたスラブの表面を手入れせず、熱間圧延を行なって厚鋼板とした。その厚鋼板を目視で観察して深さ0.2mm以上の表面欠陥を調査し、さらにその表面欠陥の面積を測定した。そして、表面欠陥の合計面積が、厚鋼板の単位面積当たり25cm2/m2未満のものを良(○),25cm2/m2以上のものを不可(×)として評価した。その結果を厚鋼板の表面性状評価として表2に示す。
【0044】
さらに、パワーショベル,ブルドーザー,ホッパー,バケット等の産業機械や輸送機器等に求められる耐摩耗性を調査した。摩耗砂として100質量%SiO2砂を使用し、ASTM G−65に準拠して摩耗試験を行なって得た耐摩耗性を、SS400(軟鋼)の耐摩耗性に対する比率(以下、耐摩耗比という)で評価した。耐摩耗比は、数値が大きいほど耐摩耗性に優れていることを意味する。表2の厚鋼板の耐摩耗性評価には、SS400(軟鋼)の耐摩耗性を1.0として、耐摩耗比が5.0を超えるものを良(○),5.0未満のものを不可(×)として示す。
【0045】
表2から明らかなように、発明例では、スラブの気泡欠陥評価,厚鋼板の表面性状評価,厚鋼板の耐摩耗性評価がいずれも良と評価されており、材料特性の優れた耐摩耗鋼を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、耐摩耗鋼の連続鋳造にて、縦割れ,ノロカミ,捕捉ガス気泡等の表面欠陥を防止して耐摩耗鋼を得ることができるので、産業上格段の効果を奏する。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐摩耗鋼の溶鋼の連続鋳造を行なう連続鋳造方法において、前記耐摩耗鋼がC:0.05〜0.35質量%、Ti:0.1〜1.0質量%を含有する組成を有し、前記連続鋳造を行なう鋳型を振幅3.0〜9.0mm、振動数60回/分以上120回/分未満で振動させ、かつ脂肪酸を0.1〜5.0質量%含有するモールドパウダーを前記鋳型に投入し、鋳造速度を0.6〜1.0m/分として連続鋳造を行なうことを特徴とする耐摩耗鋼の連続鋳造方法。
【請求項2】
前記耐摩耗鋼が、前記組成に加えて、Si:0.05〜1.0質量%、Mn:0.1〜2.0質量%、B:0.0003〜0.0030質量%、Al:0.002〜0.1質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.05〜1.0質量%、W:0.05〜1.0質量%を含有し、さらに、Nb:0.005〜1.0質量%、V:0.005〜1.0質量%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有することを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗鋼の連続鋳造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の溶鋼の連続鋳造によって得られた鋳片に熱間圧延を施したことを特徴とする耐摩耗鋼材。


【公開番号】特開2012−223807(P2012−223807A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95268(P2011−95268)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】