耐溶損性鋳物および金属溶湯接触部材
【課題】耐溶損性が従来のものより極めて優れ、さらに製造する際の設備コストやランニングコストに優れる耐溶損性鋳物および鋳物からなる金属溶湯接触部材を提供する。
【解決手段】本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層と、該母材金属層表面に形成された酸化物層と、を備え、前記酸化物層の一部は、該母材金属の結晶粒界に繊毛状に伸長している。
【解決手段】本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層と、該母材金属層表面に形成された酸化物層と、を備え、前記酸化物層の一部は、該母材金属の結晶粒界に繊毛状に伸長している。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造品の表面に耐溶損性を有する酸化物層を備える耐溶損性鋳物および該鋳物からなる金属溶湯接触部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルミニウムやアルミニウム合金は軽量で加工性・耐食性・機械的性質に優れることから、航空機・鉄道車両・自動車の部品やサッシなどの家庭用品に広く用いられている。アルミニウムは多様な方法によって成形可能であり、アルミニウム溶湯を用いた鋳造方法が広く採用されている。
【0003】
従来から、アルミニウム溶湯と接触する部材は鋳鉄から構成されている。しかしながら、アルミニウムの融点は660℃と高いため、当該部材は常時600〜700℃程度の温度に曝されて早期に劣化しアルミニウムと反応して一部が消失する、所謂、溶損してしまう問題点を有していた。
そのような問題点を解決するために、メルティングポット等の高い耐溶損性を要求される部品の構造部材は、耐溶損性を向上させるための表面処理を施すことが一般的に行われている。
鋼材の耐溶損性を向上させる表面処理として一般的なものは、窒化物層を形成する窒化処理と酸化物層を形成する酸化処理が挙げられる。
【0004】
窒化処理は鋼材を炉内で500℃程度に加熱しアンモニアガスを供給することで表面に窒化物層を形成するが、窒化物層の表層は窒化鉄(Fe−N)を主体とした所謂白層と呼ばれるものであり、脆く剥がれ落ち易いため好ましくない。窒化鉄を形成しないようにアンモニアガスと水素ガスを供給することで窒素元素を鋼材内部に浸透・固溶させ窒素拡散層なる層を形成することも提案されているが、この窒素拡散層は脆さに改善が認められるものの耐溶損性は満足できるものではない。
【0005】
一方の酸化処理であるが、鋼材を炉内で加熱することで表面に酸化物層を形成することができるが、酸化物層自体の耐溶損性は非常に高いものの熱膨張によって損傷して母材金属から剥がれ落ち易いという問題がある。
【0006】
そこで、特許文献1には、鋳造用金型の素材として一般的なSKD61(JIS規格)を炉内で500℃程度に加熱しアンモニアガスと水素ガスを供給することで表面に窒素拡散層を形成し、引き続き、炉内に酸素ガスと水素ガスを供給することで酸化鉄のみからなる酸化物層を窒素拡散層の上に形成することで鋳造品の表面に複合層構造を形成した鋳造用金型部材が開示されている。
【0007】
この特許文献1の技術によれば、最表層の酸化物層はアルミニウムに対して耐溶損性を発揮し、その下層に位置する窒素拡散層は母材金属が熱応力により変形するのを抑制することで酸化物層が剥離することを防ぐ働きがある。
【0008】
しかしながら、特許文献1の技術は窒素拡散層と酸化鉄のみからなる酸化物層を積層させるためにアンモニアガス、水素ガス、および酸素ガスを供給可能な専用の熱処理炉を設備する必要があり設備コストが嵩み、また、熱処理中に各種ガスを供給し続ける必要があるためランニングコストが嵩む。
【0009】
また、窒素拡散層と酸化鉄のみからなる酸化物層の結合は、PVD法等による異種材料の被覆層と母材金属の結合と比べて大きな強度は有するものの、物理的な特性が変化する界面が存在し、この界面においては白層と呼ばれる窒化鉄が形成される可能性があることから、そこから剥離が発生するおそれがあるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−237301公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来技術の上記問題を解決するものであり、耐溶損性が従来のものより極めて優れ、さらに製造する際の設備コストやランニングコストに優れる耐溶損性鋳物を提供し、さらに該鋳物からなる金属溶湯接触部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層と、該母材金属層表面に形成された酸化物層と、を備え、前記酸化物層の一部が、該母材金属層の結晶粒界に繊毛状に伸長している。
【0013】
酸化物層を構成する繊毛状の酸化物は母材金属層の結晶粒界に伸長しており、いわば、大地に根を張るような様相を呈していることから、酸化物層と母材金属層との結合は非常に強固となる。したがって、本発明の耐溶損性鋳物は、耐溶損性の非常に高い酸化物層が繊毛状の酸化物よって母材金属層に非常に強固に保持されていることから、耐溶損性が飛躍的に向上することになる。
【0014】
また、本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層がSKD61にタングステンとコバルトを添加した合金から構成される。これにより、母材金属層の結晶粒界に繊毛状に伸びる酸化物層を安定して形成することができる。
【0015】
また、本発明の金属溶湯接触部材は、上記のような耐溶損性鋳物からなる。本発明の耐溶損性鋳物は、従来の鋳物に比べて耐溶損性に極めて優れているため、アルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯に接触する金属溶湯接触部材として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐溶損性が極めて優れ、さらに製造する際の設備コストやランニングコストに優れる耐溶損性鋳物を提供することができ、さらに該鋳物からなる金属溶湯接触部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の耐溶損性鋳物の部分断面顕微鏡写真である。(a)が倍率100倍、(b)が倍率200倍、(c)が倍率500倍である。
【図2】本発明の耐溶損性鋳物の母材金属の表面に形成された耐溶損性の被覆層を形成する工程における温度条件である。
【図3】本発明の耐溶損性鋳物の母材金属層の表面に形成された耐溶損性の酸化物層のうち繊毛状酸化物の部分を拡大した断面顕微鏡写真(倍率1500倍)である。
【図4】本発明の耐溶損性鋳物(実施例1)と、従来の金型鋼(比較例1)における、溶損試験の結果を示す写真である。(a)が浸漬前、(b)が浸漬後である。
【図5】比較例1の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真である。(a)が倍率100倍、(b)が倍率200倍、(c)が倍率400倍である。
【図6】比較例2の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図7】比較例3の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図8】比較例4の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図9】比較例5の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図10】比較例6の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図11】比較例7の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図12】比較例8の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0019】
本実施形態の耐溶損性鋳物の断面顕微鏡写真を図1に示す。図1(a)は耐溶損性鋳物の部分断面顕微鏡写真を示し(倍率100倍)、図1(b)は、図1(a)において円で囲まれた部分の部分拡大写真であり、第1領域22を拡大して示している(倍率200倍)。図1(c)は、図1(b)において円で囲まれた部分の部分拡大写真であり、第1領域22をさらに拡大して示している(倍率500倍)。
【0020】
図1(a)の断面図(断面顕微鏡写真)に示すように、本実施形態における耐溶損性鋳物1は、母材金属層10と、母材金属層10表面に形成された酸化物層20と、を備える。母材金属層10は、表層部側に結晶構造がフェライト構造であるフェライト領域12を備え、フェライト領域12の下(内部側)に結晶構造がパーライト構造であるパーライト領域14を備える。
【0021】
母材金属層10は、熱間金型の素材として一般的な合金工具鋼のSKD61をベースとして、タングステンとコバルトを添加した合金から構成される。その組成は表1の通りである。
【0022】
【表1】
【0023】
上記の組成によれば、耐溶損性を担う、繊毛状酸化物22aを備える酸化物層20の形成に好適であるばかりでなく、SKD61本来の機械的強度も備える。母材金属がSKD61にタングステンとコバルトを添加した合金であると、第2領域と第1領域を安定して形成することができる。
【0024】
酸化物層20は、その一部である繊毛状酸化物22aが、図1(b)および(c)に示す部分拡大断面図に示すように、母材金属層20の結晶粒界(フェライト結晶粒界16)に繊毛状に伸びている。図3は、他の箇所に形成された繊毛状酸化物22aの断面顕微鏡写真(倍率1500倍)であるが、これによると繊毛状酸化物22aがフェライト結晶粒界16に植物の根のように侵入している様子を確認することができる。
【0025】
このように繊毛状酸化物22aがフェライト結晶粒界16に伸びているので、耐溶損性に優れる酸化物層20は母材金属層10と強固に結合しており剥離が抑制されている。したがって、耐溶損性が飛躍的に向上するとともに、かかる特性の劣化が抑制されている。
【0026】
図1によれば、酸化物層20は、第1領域22、第2領域24および第3領域26から構成されている。組成の違いにより、便宜的に酸化物層20を3つの領域に区別しているが、これら3つの領域は共に主体が酸化物であり、これら3つの領域間、特に第1領域22と第2領域24との間には、光学顕微鏡写真において物理的な界面は存在していないといえる。そのため、これらの領域間において剥離することはなく、特に第2領域24が第1領域22から剥離することはない。なお、電子線マイクロアナライザ(EPMA)等で定性分析すると、組成の違いによる界面の存在を確認することができる。図1(a)では、EPMAの分析結果に基づいて便宜的に界面を表示している。第1領域22は繊毛状酸化物22aを有しており、この繊毛状酸化物22aが母材金属10のフェライト結晶粒界16に伸長しており、アンカー効果を発揮する。そのため、酸化物層20と母材金属層10を非常に強固に結合し、本実施形態の耐溶損性鋳物は耐溶損性に優れる。
【0027】
本実施形態における耐溶損性鋳物1は、以下のように製造することができる。
まず、上記の組成を有する母材金属を所定の形状に鋳造した後、酸化物層20を形成する。
【0028】
酸化物層20を形成する工程は、母材金属を通常雰囲気の炉内で所定の温度に昇温・保持する第一の工程と、降温速度を制御しながら炉内で徐冷する第二の工程とからなり、その昇温〜保持〜降温条件は図2の通りである。使用する熱処理炉は一般的な焼鈍炉で、特別な雰囲気制御は必要としない。
【0029】
母材金属を2時間かけて780〜980℃まで昇温し、そのままの温度で所定の時間保持する。昇温後に保持する温度範囲は、780〜980℃であるがより好ましくは900±30℃にすると良い。保持時間は母材金属の厚みに応じ調節するが、例えば、部材の厚みが25mmに対して保持時間を1時間と規定することができる。
【0030】
この昇温・保持が本実施形態の第一の工程に相当し、母材金属の表層部に酸化物層20が生成・成長するとともに脱炭層(フェライトトリム)が形成され、遊離した炭素元素が母材金属層10の構成元素と反応して複炭化物28を形成すると考えられる。複炭化物28は母材金属層10側の第1領域22に多く分布し、第2領域24上には複炭化物がほとんど存在しない第3領域26が形成される。そのため、第3領域26は耐溶損性により優れる。
引き続き、母材金属を所定の降温速度で降温するが、降温速度は毎時30±10℃の範囲を維持する。
【0031】
この降温が本発明の第二の工程に相当し、母材金属層10の表層側はパーライトからフェライトへと結晶構造が変化する。そして、前工程から引き続き成長を続ける酸化物がフェライト結晶粒界16に繊毛状に伸長する。第1領域22の一部である繊毛状酸化物22aは酸化物層20と母材金属層10を非常に強固に結合する。
本発明の最大の特徴である第1領域22は、降温速度を前述の範囲内に維持することで初めて形成されるため、降温制御は厳に行う必要がある。
このような工程を経て、母材金属層10の表面に耐溶損性に優れた酸化物層20が形成される。
【0032】
本実施形態における耐溶損性鋳物の製造方法によれば、同一の炉内で前記工程を行うことができ、各種ガスを供給可能な専用の熱処理炉を設ける必要がないので、設備コストを低減することができる。さらに、熱処理中に各種ガスを供給し続ける必要もなく、製造する際のランニングコストも低減することができる。
本実施形態の耐溶損性鋳物の製造方法における第2領域24および第1領域22の形成メカニズムの詳細は不明ではあるが、以下の通りであると推測できる。
【0033】
第一の工程において、母材金属層10の表層部に酸化物層が生成・成長するとともに脱炭層(フェライトトリム)が形成され、遊離した炭素元素が母材金属の構成元素と反応して複炭化物28を含む第2領域24を形成する。複炭化物28は母材金属層10側の第1領域22に多く分布し、第2領域24の表面側には複炭化物が存在しない第3領域26が形成される。
【0034】
第二の工程において、母材金属の表層側はパーライトからフェライトへと結晶構造を変化させ、前工程から引き続き成長を続ける酸化物がフェライト結晶粒界に繊毛状に伸長する。
【0035】
このように、本実施形態の耐溶損性鋳物の製造方法は、従来の表面処理のように熱処理工程で反応ガスを供給することはなく、昇温温度と保持時間、および降温速度を制御するだけであり、一般的な焼鈍炉を使用することが可能である。
本実施形態の耐溶損性鋳物は、ダイカストマシン、金属溶湯処理装置、金属溶解炉、金型鋳造法に用いられる金型等において、アルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯と接触する部材(金属溶湯接触部材)に用いることができる。
ダイカストマシンとしては、ホットチャンバー型ダイカストマシンやコールドチャンバー型ダイカストマシンを挙げることができる。本実施形態の耐溶損性鋳物は、ホットチャンバー型ダイカストマシンにおける、グースネック、ポット、ノズル、スリーブ、プランジャ等の金属溶湯接触部材として用いることができる。また、本実施形態の耐溶損性鋳物は、コールドチャンバー型ダイカストマシンにおける、ラドル、インゴットケース、ストーク撹拌羽根、熱電対保護管、スキムドア等の金属溶湯接触部材として用いることができる。
【0036】
金属溶湯処理装置としては、金属溶湯密閉容器、金属溶湯ポンプ、金属溶湯注湯機、金属溶湯脱ガス装置、金属溶湯へのフラックス分散装置等が挙げられ、本実施形態の耐溶損性鋳物は、これらの装置において金属溶湯と接触する部材に好適に用いることができる。
本実施形態の耐溶損性鋳物は耐溶損性に極めて優れており、当該鋳物をアルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯が接触する部材に用いることにより、当該部材を備える各種装置の製品信頼性が向上する。
また、本実施形態の金属溶湯接触部材は、耐溶損性に極めて優れた耐溶損性鋳物から構成されているので、高価なセラミックス製の部材(あるいはセラミックスを鋳包んだ部材)を用いる必要がなく、設備コストや製造コストを低減することができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例において、本発明を説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0038】
[実施例1]
(浸漬試験)
組成(wt%)が、C 0.50、Si 0.45、Mn 0.70、P 0.02、S 0.01、Cr 5.50、Mo 0.65、Co 0.85、V 0.20、W 0.60、Nb 0.05、Al 0.05、残部がFeおよび不可避的不純物元素からなる母材金属をφ20.1×100.5mmに鋳造した。
この母材金属を焼鈍炉内で900℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度30℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
【0039】
この浸漬用テストピースは、図1に示すように母材金属層10の表面には第1領域22、第2領域24および第3領域26からなる酸化物層20が形成されていた。テストピースの重量は240gであった。
浸漬用テストピースを700℃に溶融したアルミニウムに102時間浸漬した。アルミニウムから引き上げた浸漬用テストピースの重量を測定したところ240gであり、残存率(浸漬後の重量÷浸漬前の重量×100)は100%であった。表面の様子も浸漬前と比べて特に変化はなく、溶損は全く認められなかった。図4(a)は、浸漬前の浸漬用テストピースを示し、図4(b)は、浸漬後の浸漬用テストピースを示す。
【0040】
(強度試験)
前述の母材金属をJIS−14A号試験片(標点距離50mm)に鋳造し、同様の熱処理を施した後に切削加工して機械強度用テストピースを得た。
機械強度用テストピース3個を引張試験機にかけて、引張試験を実施したところ引張強さの平均は250N/mm2であり、標準的なSDK61と略同じ引張強度を有していることを確認した。
【0041】
(熱衝撃試験)
前述の母材金属を100×150×12mmに鋳造し、同様の熱処理を施して熱衝撃用テストピースを得た。
熱衝撃用テストピースを、850〜1050℃に加熱→水冷を3回繰り返したところ、多少の歪みが認められたが表面状態に変化はなかった。このことから、実施例1の耐溶損性鋳物を、アルミニウム等の金属溶湯の接触部材として用いた場合においても、割れやひび等の劣化を生じないことが推測された。
【0042】
[比較例1]
市販のSKD61(すなわち、実施例1の組成のうちタングステンとコバルトを添加しない組成の母材金属)の圧延引き抜き材で、寸法がφ18.7×101mmの鋼材を浸漬用テストピースとして用意した。
この浸漬用テストピースは、加熱条件下において圧延されるため図5に示すように、母材金属層10の表面には第3領域26が形成されているが、繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。テストピースの重量は220gであった。
浸漬用テストピースを700℃に溶融したアルミニウムに102時間浸漬した。アルミニウムから引き上げた浸漬用テストピースは著しく溶損しており、重量を測定したところ140gであり、残存率は63.6%であった。図4(a)は、浸漬前の浸漬用テストピースを示し、図4(b)は、浸漬後の浸漬用テストピースを示す。
【0043】
[比較例2]
実施例1と同じ組成の母材金属を□20×300mmに鋳造した。この母材金属を焼鈍炉内で900℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度10℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図6に示すように、繊毛状酸化物は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0044】
[比較例3]
実施例1と同じ組成の母材金属を□20×300mmに鋳造した。この母材金属を焼鈍炉内で760℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度30℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
【0045】
この浸漬用テストピースは、図7に示すように、母材金属層10の表面には第3領域26のみが形成されており、繊毛状酸化物は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0046】
[比較例4]
実施例1と同じ組成の母材金属を□20×300mmに鋳造した。この母材金属を焼鈍炉内で1000℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度30℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
【0047】
この浸漬用テストピースは、図8に示すように、繊毛状酸化物22aが認められなかった。このことは、フェライト領域12のフェライト粒が粗大化したため、第1領域22から結晶粒界に伸長できず繊毛状酸化物が形成されなかったと考えられる。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。また、最表面の第3領域26は容易に剥離してしまった。
【0048】
[比較例5]
比較例1の組成に対し、タングステン0.80wt%、コバルト0.85wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図9に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0049】
[比較例6]
比較例1の組成に対し、タングステン0.40wt%、コバルト0.85wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図10に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0050】
[比較例7]
比較例1の組成に対し、タングステン0.60wt%、コバルト1.00wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図11に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を含む第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0051】
[比較例8]
比較例1の組成に対し、タングステン0.60wt%、コバルト0.60wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図12に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0052】
以上の結果から、本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層10のフェライト結晶粒界16に伸長する繊毛状酸化物22aを備えており、アンカー効果を発揮するため、繊毛状酸化物を備えない耐溶損性鋳物(比較例)と比較して、酸化物層20と母材金属層10とを非常に強固に結合することができ、耐溶損性が向上していると考えられる。
【0053】
このように、本発明の耐溶損性鋳物は耐溶損性に極めて優れており、さらに引張強度は標準的なSDK61と略同等であり、熱衝撃試験においても優れた特性を有していることが明らかとなった。したがって、本発明の溶損性鋳物からなる金属溶湯接触部材を備える各種装置は、耐溶損性等に優れ、製品信頼性が向上することが推測された。
【符号の説明】
【0054】
1 耐溶損性鋳物
10 母材金属層
12 フェライト領域(脱炭層;フェライトトリム)
14 パーライト領域
16 フェライト結晶粒界
20 酸化物層
22 第1領域
22a 繊毛状酸化物
24 第2領域
26 第3領域
28 複炭化物
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造品の表面に耐溶損性を有する酸化物層を備える耐溶損性鋳物および該鋳物からなる金属溶湯接触部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルミニウムやアルミニウム合金は軽量で加工性・耐食性・機械的性質に優れることから、航空機・鉄道車両・自動車の部品やサッシなどの家庭用品に広く用いられている。アルミニウムは多様な方法によって成形可能であり、アルミニウム溶湯を用いた鋳造方法が広く採用されている。
【0003】
従来から、アルミニウム溶湯と接触する部材は鋳鉄から構成されている。しかしながら、アルミニウムの融点は660℃と高いため、当該部材は常時600〜700℃程度の温度に曝されて早期に劣化しアルミニウムと反応して一部が消失する、所謂、溶損してしまう問題点を有していた。
そのような問題点を解決するために、メルティングポット等の高い耐溶損性を要求される部品の構造部材は、耐溶損性を向上させるための表面処理を施すことが一般的に行われている。
鋼材の耐溶損性を向上させる表面処理として一般的なものは、窒化物層を形成する窒化処理と酸化物層を形成する酸化処理が挙げられる。
【0004】
窒化処理は鋼材を炉内で500℃程度に加熱しアンモニアガスを供給することで表面に窒化物層を形成するが、窒化物層の表層は窒化鉄(Fe−N)を主体とした所謂白層と呼ばれるものであり、脆く剥がれ落ち易いため好ましくない。窒化鉄を形成しないようにアンモニアガスと水素ガスを供給することで窒素元素を鋼材内部に浸透・固溶させ窒素拡散層なる層を形成することも提案されているが、この窒素拡散層は脆さに改善が認められるものの耐溶損性は満足できるものではない。
【0005】
一方の酸化処理であるが、鋼材を炉内で加熱することで表面に酸化物層を形成することができるが、酸化物層自体の耐溶損性は非常に高いものの熱膨張によって損傷して母材金属から剥がれ落ち易いという問題がある。
【0006】
そこで、特許文献1には、鋳造用金型の素材として一般的なSKD61(JIS規格)を炉内で500℃程度に加熱しアンモニアガスと水素ガスを供給することで表面に窒素拡散層を形成し、引き続き、炉内に酸素ガスと水素ガスを供給することで酸化鉄のみからなる酸化物層を窒素拡散層の上に形成することで鋳造品の表面に複合層構造を形成した鋳造用金型部材が開示されている。
【0007】
この特許文献1の技術によれば、最表層の酸化物層はアルミニウムに対して耐溶損性を発揮し、その下層に位置する窒素拡散層は母材金属が熱応力により変形するのを抑制することで酸化物層が剥離することを防ぐ働きがある。
【0008】
しかしながら、特許文献1の技術は窒素拡散層と酸化鉄のみからなる酸化物層を積層させるためにアンモニアガス、水素ガス、および酸素ガスを供給可能な専用の熱処理炉を設備する必要があり設備コストが嵩み、また、熱処理中に各種ガスを供給し続ける必要があるためランニングコストが嵩む。
【0009】
また、窒素拡散層と酸化鉄のみからなる酸化物層の結合は、PVD法等による異種材料の被覆層と母材金属の結合と比べて大きな強度は有するものの、物理的な特性が変化する界面が存在し、この界面においては白層と呼ばれる窒化鉄が形成される可能性があることから、そこから剥離が発生するおそれがあるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−237301公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来技術の上記問題を解決するものであり、耐溶損性が従来のものより極めて優れ、さらに製造する際の設備コストやランニングコストに優れる耐溶損性鋳物を提供し、さらに該鋳物からなる金属溶湯接触部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層と、該母材金属層表面に形成された酸化物層と、を備え、前記酸化物層の一部が、該母材金属層の結晶粒界に繊毛状に伸長している。
【0013】
酸化物層を構成する繊毛状の酸化物は母材金属層の結晶粒界に伸長しており、いわば、大地に根を張るような様相を呈していることから、酸化物層と母材金属層との結合は非常に強固となる。したがって、本発明の耐溶損性鋳物は、耐溶損性の非常に高い酸化物層が繊毛状の酸化物よって母材金属層に非常に強固に保持されていることから、耐溶損性が飛躍的に向上することになる。
【0014】
また、本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層がSKD61にタングステンとコバルトを添加した合金から構成される。これにより、母材金属層の結晶粒界に繊毛状に伸びる酸化物層を安定して形成することができる。
【0015】
また、本発明の金属溶湯接触部材は、上記のような耐溶損性鋳物からなる。本発明の耐溶損性鋳物は、従来の鋳物に比べて耐溶損性に極めて優れているため、アルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯に接触する金属溶湯接触部材として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐溶損性が極めて優れ、さらに製造する際の設備コストやランニングコストに優れる耐溶損性鋳物を提供することができ、さらに該鋳物からなる金属溶湯接触部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の耐溶損性鋳物の部分断面顕微鏡写真である。(a)が倍率100倍、(b)が倍率200倍、(c)が倍率500倍である。
【図2】本発明の耐溶損性鋳物の母材金属の表面に形成された耐溶損性の被覆層を形成する工程における温度条件である。
【図3】本発明の耐溶損性鋳物の母材金属層の表面に形成された耐溶損性の酸化物層のうち繊毛状酸化物の部分を拡大した断面顕微鏡写真(倍率1500倍)である。
【図4】本発明の耐溶損性鋳物(実施例1)と、従来の金型鋼(比較例1)における、溶損試験の結果を示す写真である。(a)が浸漬前、(b)が浸漬後である。
【図5】比較例1の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真である。(a)が倍率100倍、(b)が倍率200倍、(c)が倍率400倍である。
【図6】比較例2の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図7】比較例3の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図8】比較例4の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図9】比較例5の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図10】比較例6の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図11】比較例7の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図12】比較例8の浸漬用テストピースの部分断面顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0019】
本実施形態の耐溶損性鋳物の断面顕微鏡写真を図1に示す。図1(a)は耐溶損性鋳物の部分断面顕微鏡写真を示し(倍率100倍)、図1(b)は、図1(a)において円で囲まれた部分の部分拡大写真であり、第1領域22を拡大して示している(倍率200倍)。図1(c)は、図1(b)において円で囲まれた部分の部分拡大写真であり、第1領域22をさらに拡大して示している(倍率500倍)。
【0020】
図1(a)の断面図(断面顕微鏡写真)に示すように、本実施形態における耐溶損性鋳物1は、母材金属層10と、母材金属層10表面に形成された酸化物層20と、を備える。母材金属層10は、表層部側に結晶構造がフェライト構造であるフェライト領域12を備え、フェライト領域12の下(内部側)に結晶構造がパーライト構造であるパーライト領域14を備える。
【0021】
母材金属層10は、熱間金型の素材として一般的な合金工具鋼のSKD61をベースとして、タングステンとコバルトを添加した合金から構成される。その組成は表1の通りである。
【0022】
【表1】
【0023】
上記の組成によれば、耐溶損性を担う、繊毛状酸化物22aを備える酸化物層20の形成に好適であるばかりでなく、SKD61本来の機械的強度も備える。母材金属がSKD61にタングステンとコバルトを添加した合金であると、第2領域と第1領域を安定して形成することができる。
【0024】
酸化物層20は、その一部である繊毛状酸化物22aが、図1(b)および(c)に示す部分拡大断面図に示すように、母材金属層20の結晶粒界(フェライト結晶粒界16)に繊毛状に伸びている。図3は、他の箇所に形成された繊毛状酸化物22aの断面顕微鏡写真(倍率1500倍)であるが、これによると繊毛状酸化物22aがフェライト結晶粒界16に植物の根のように侵入している様子を確認することができる。
【0025】
このように繊毛状酸化物22aがフェライト結晶粒界16に伸びているので、耐溶損性に優れる酸化物層20は母材金属層10と強固に結合しており剥離が抑制されている。したがって、耐溶損性が飛躍的に向上するとともに、かかる特性の劣化が抑制されている。
【0026】
図1によれば、酸化物層20は、第1領域22、第2領域24および第3領域26から構成されている。組成の違いにより、便宜的に酸化物層20を3つの領域に区別しているが、これら3つの領域は共に主体が酸化物であり、これら3つの領域間、特に第1領域22と第2領域24との間には、光学顕微鏡写真において物理的な界面は存在していないといえる。そのため、これらの領域間において剥離することはなく、特に第2領域24が第1領域22から剥離することはない。なお、電子線マイクロアナライザ(EPMA)等で定性分析すると、組成の違いによる界面の存在を確認することができる。図1(a)では、EPMAの分析結果に基づいて便宜的に界面を表示している。第1領域22は繊毛状酸化物22aを有しており、この繊毛状酸化物22aが母材金属10のフェライト結晶粒界16に伸長しており、アンカー効果を発揮する。そのため、酸化物層20と母材金属層10を非常に強固に結合し、本実施形態の耐溶損性鋳物は耐溶損性に優れる。
【0027】
本実施形態における耐溶損性鋳物1は、以下のように製造することができる。
まず、上記の組成を有する母材金属を所定の形状に鋳造した後、酸化物層20を形成する。
【0028】
酸化物層20を形成する工程は、母材金属を通常雰囲気の炉内で所定の温度に昇温・保持する第一の工程と、降温速度を制御しながら炉内で徐冷する第二の工程とからなり、その昇温〜保持〜降温条件は図2の通りである。使用する熱処理炉は一般的な焼鈍炉で、特別な雰囲気制御は必要としない。
【0029】
母材金属を2時間かけて780〜980℃まで昇温し、そのままの温度で所定の時間保持する。昇温後に保持する温度範囲は、780〜980℃であるがより好ましくは900±30℃にすると良い。保持時間は母材金属の厚みに応じ調節するが、例えば、部材の厚みが25mmに対して保持時間を1時間と規定することができる。
【0030】
この昇温・保持が本実施形態の第一の工程に相当し、母材金属の表層部に酸化物層20が生成・成長するとともに脱炭層(フェライトトリム)が形成され、遊離した炭素元素が母材金属層10の構成元素と反応して複炭化物28を形成すると考えられる。複炭化物28は母材金属層10側の第1領域22に多く分布し、第2領域24上には複炭化物がほとんど存在しない第3領域26が形成される。そのため、第3領域26は耐溶損性により優れる。
引き続き、母材金属を所定の降温速度で降温するが、降温速度は毎時30±10℃の範囲を維持する。
【0031】
この降温が本発明の第二の工程に相当し、母材金属層10の表層側はパーライトからフェライトへと結晶構造が変化する。そして、前工程から引き続き成長を続ける酸化物がフェライト結晶粒界16に繊毛状に伸長する。第1領域22の一部である繊毛状酸化物22aは酸化物層20と母材金属層10を非常に強固に結合する。
本発明の最大の特徴である第1領域22は、降温速度を前述の範囲内に維持することで初めて形成されるため、降温制御は厳に行う必要がある。
このような工程を経て、母材金属層10の表面に耐溶損性に優れた酸化物層20が形成される。
【0032】
本実施形態における耐溶損性鋳物の製造方法によれば、同一の炉内で前記工程を行うことができ、各種ガスを供給可能な専用の熱処理炉を設ける必要がないので、設備コストを低減することができる。さらに、熱処理中に各種ガスを供給し続ける必要もなく、製造する際のランニングコストも低減することができる。
本実施形態の耐溶損性鋳物の製造方法における第2領域24および第1領域22の形成メカニズムの詳細は不明ではあるが、以下の通りであると推測できる。
【0033】
第一の工程において、母材金属層10の表層部に酸化物層が生成・成長するとともに脱炭層(フェライトトリム)が形成され、遊離した炭素元素が母材金属の構成元素と反応して複炭化物28を含む第2領域24を形成する。複炭化物28は母材金属層10側の第1領域22に多く分布し、第2領域24の表面側には複炭化物が存在しない第3領域26が形成される。
【0034】
第二の工程において、母材金属の表層側はパーライトからフェライトへと結晶構造を変化させ、前工程から引き続き成長を続ける酸化物がフェライト結晶粒界に繊毛状に伸長する。
【0035】
このように、本実施形態の耐溶損性鋳物の製造方法は、従来の表面処理のように熱処理工程で反応ガスを供給することはなく、昇温温度と保持時間、および降温速度を制御するだけであり、一般的な焼鈍炉を使用することが可能である。
本実施形態の耐溶損性鋳物は、ダイカストマシン、金属溶湯処理装置、金属溶解炉、金型鋳造法に用いられる金型等において、アルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯と接触する部材(金属溶湯接触部材)に用いることができる。
ダイカストマシンとしては、ホットチャンバー型ダイカストマシンやコールドチャンバー型ダイカストマシンを挙げることができる。本実施形態の耐溶損性鋳物は、ホットチャンバー型ダイカストマシンにおける、グースネック、ポット、ノズル、スリーブ、プランジャ等の金属溶湯接触部材として用いることができる。また、本実施形態の耐溶損性鋳物は、コールドチャンバー型ダイカストマシンにおける、ラドル、インゴットケース、ストーク撹拌羽根、熱電対保護管、スキムドア等の金属溶湯接触部材として用いることができる。
【0036】
金属溶湯処理装置としては、金属溶湯密閉容器、金属溶湯ポンプ、金属溶湯注湯機、金属溶湯脱ガス装置、金属溶湯へのフラックス分散装置等が挙げられ、本実施形態の耐溶損性鋳物は、これらの装置において金属溶湯と接触する部材に好適に用いることができる。
本実施形態の耐溶損性鋳物は耐溶損性に極めて優れており、当該鋳物をアルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯が接触する部材に用いることにより、当該部材を備える各種装置の製品信頼性が向上する。
また、本実施形態の金属溶湯接触部材は、耐溶損性に極めて優れた耐溶損性鋳物から構成されているので、高価なセラミックス製の部材(あるいはセラミックスを鋳包んだ部材)を用いる必要がなく、設備コストや製造コストを低減することができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例において、本発明を説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0038】
[実施例1]
(浸漬試験)
組成(wt%)が、C 0.50、Si 0.45、Mn 0.70、P 0.02、S 0.01、Cr 5.50、Mo 0.65、Co 0.85、V 0.20、W 0.60、Nb 0.05、Al 0.05、残部がFeおよび不可避的不純物元素からなる母材金属をφ20.1×100.5mmに鋳造した。
この母材金属を焼鈍炉内で900℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度30℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
【0039】
この浸漬用テストピースは、図1に示すように母材金属層10の表面には第1領域22、第2領域24および第3領域26からなる酸化物層20が形成されていた。テストピースの重量は240gであった。
浸漬用テストピースを700℃に溶融したアルミニウムに102時間浸漬した。アルミニウムから引き上げた浸漬用テストピースの重量を測定したところ240gであり、残存率(浸漬後の重量÷浸漬前の重量×100)は100%であった。表面の様子も浸漬前と比べて特に変化はなく、溶損は全く認められなかった。図4(a)は、浸漬前の浸漬用テストピースを示し、図4(b)は、浸漬後の浸漬用テストピースを示す。
【0040】
(強度試験)
前述の母材金属をJIS−14A号試験片(標点距離50mm)に鋳造し、同様の熱処理を施した後に切削加工して機械強度用テストピースを得た。
機械強度用テストピース3個を引張試験機にかけて、引張試験を実施したところ引張強さの平均は250N/mm2であり、標準的なSDK61と略同じ引張強度を有していることを確認した。
【0041】
(熱衝撃試験)
前述の母材金属を100×150×12mmに鋳造し、同様の熱処理を施して熱衝撃用テストピースを得た。
熱衝撃用テストピースを、850〜1050℃に加熱→水冷を3回繰り返したところ、多少の歪みが認められたが表面状態に変化はなかった。このことから、実施例1の耐溶損性鋳物を、アルミニウム等の金属溶湯の接触部材として用いた場合においても、割れやひび等の劣化を生じないことが推測された。
【0042】
[比較例1]
市販のSKD61(すなわち、実施例1の組成のうちタングステンとコバルトを添加しない組成の母材金属)の圧延引き抜き材で、寸法がφ18.7×101mmの鋼材を浸漬用テストピースとして用意した。
この浸漬用テストピースは、加熱条件下において圧延されるため図5に示すように、母材金属層10の表面には第3領域26が形成されているが、繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。テストピースの重量は220gであった。
浸漬用テストピースを700℃に溶融したアルミニウムに102時間浸漬した。アルミニウムから引き上げた浸漬用テストピースは著しく溶損しており、重量を測定したところ140gであり、残存率は63.6%であった。図4(a)は、浸漬前の浸漬用テストピースを示し、図4(b)は、浸漬後の浸漬用テストピースを示す。
【0043】
[比較例2]
実施例1と同じ組成の母材金属を□20×300mmに鋳造した。この母材金属を焼鈍炉内で900℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度10℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図6に示すように、繊毛状酸化物は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0044】
[比較例3]
実施例1と同じ組成の母材金属を□20×300mmに鋳造した。この母材金属を焼鈍炉内で760℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度30℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
【0045】
この浸漬用テストピースは、図7に示すように、母材金属層10の表面には第3領域26のみが形成されており、繊毛状酸化物は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0046】
[比較例4]
実施例1と同じ組成の母材金属を□20×300mmに鋳造した。この母材金属を焼鈍炉内で1000℃まで2時間掛けて昇温し、その温度で一時間保持してから降温速度30℃/時間で200℃まで炉冷し、炉から取り出して浸漬用テストピースを得た。
【0047】
この浸漬用テストピースは、図8に示すように、繊毛状酸化物22aが認められなかった。このことは、フェライト領域12のフェライト粒が粗大化したため、第1領域22から結晶粒界に伸長できず繊毛状酸化物が形成されなかったと考えられる。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。また、最表面の第3領域26は容易に剥離してしまった。
【0048】
[比較例5]
比較例1の組成に対し、タングステン0.80wt%、コバルト0.85wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図9に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0049】
[比較例6]
比較例1の組成に対し、タングステン0.40wt%、コバルト0.85wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図10に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0050】
[比較例7]
比較例1の組成に対し、タングステン0.60wt%、コバルト1.00wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図11に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を含む第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0051】
[比較例8]
比較例1の組成に対し、タングステン0.60wt%、コバルト0.60wt%を添加した組成の母材金属を□20×300mmに鋳造する。
この母材金属を実施例1と同じ条件で熱処理し浸漬用テストピースを得た。
この浸漬用テストピースは、図12に示すように、母材金属層10の表面に第2領域24が形成され、最表面に第3領域26が形成されていたが、母材金属層10と第2領域24の間に繊毛状酸化物を有する第1領域は認められなかった。このことから、浸漬試験において、浸漬用テストピースが溶損することが推察された。
【0052】
以上の結果から、本発明の耐溶損性鋳物は、母材金属層10のフェライト結晶粒界16に伸長する繊毛状酸化物22aを備えており、アンカー効果を発揮するため、繊毛状酸化物を備えない耐溶損性鋳物(比較例)と比較して、酸化物層20と母材金属層10とを非常に強固に結合することができ、耐溶損性が向上していると考えられる。
【0053】
このように、本発明の耐溶損性鋳物は耐溶損性に極めて優れており、さらに引張強度は標準的なSDK61と略同等であり、熱衝撃試験においても優れた特性を有していることが明らかとなった。したがって、本発明の溶損性鋳物からなる金属溶湯接触部材を備える各種装置は、耐溶損性等に優れ、製品信頼性が向上することが推測された。
【符号の説明】
【0054】
1 耐溶損性鋳物
10 母材金属層
12 フェライト領域(脱炭層;フェライトトリム)
14 パーライト領域
16 フェライト結晶粒界
20 酸化物層
22 第1領域
22a 繊毛状酸化物
24 第2領域
26 第3領域
28 複炭化物
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材金属層と、該母材金属層表面に形成された酸化物層と、を備え、
前記酸化物層の一部が、該母材金属層の結晶粒界に繊毛状に伸長していることを特徴とする耐溶損性鋳物。
【請求項2】
請求項1の耐溶損性鋳物において、
前記母材金属層がSKD61にタングステンとコバルトを添加した合金から構成されていることを特徴とする耐溶損性鋳物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の耐溶損性鋳物からなる金属溶湯接触部材。
【請求項1】
母材金属層と、該母材金属層表面に形成された酸化物層と、を備え、
前記酸化物層の一部が、該母材金属層の結晶粒界に繊毛状に伸長していることを特徴とする耐溶損性鋳物。
【請求項2】
請求項1の耐溶損性鋳物において、
前記母材金属層がSKD61にタングステンとコバルトを添加した合金から構成されていることを特徴とする耐溶損性鋳物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の耐溶損性鋳物からなる金属溶湯接触部材。
【図2】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−157880(P2012−157880A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18891(P2011−18891)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(591100563)栃木県 (33)
【出願人】(505292030)古河キャステック株式会社 (3)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(591100563)栃木県 (33)
【出願人】(505292030)古河キャステック株式会社 (3)
【Fターム(参考)】
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