説明

耐熱性樹脂ワニス、耐熱樹脂フィルム、及び耐熱樹脂複合体

【課題】加熱、冷却等の煩雑な工程を設けなくても高粘度化せず、基材上への塗布が容易であるとともに、ポリイミド樹脂に匹敵する優れた強度と伸び(靭性)を有する硬化物を形成でき、さらに低価格である耐熱性樹脂ワニス、並びに該耐熱性樹脂ワニスの硬化物よりなり優れた靭性を有する耐熱樹脂フィルム、及び該耐熱樹脂フィルムを有する耐熱樹脂複合体を提供する。
【解決手段】分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止したポリアミドイミド樹脂、及びポリアミド酸を含有することを特徴とする耐熱性樹脂ワニス、並びに該耐熱性樹脂ワニスを焼き付け処理した硬化物からなり、膜状又はチューブ状であることを特徴とする耐熱樹脂フィルム、及び該耐熱樹脂フィルムを有する耐熱樹脂複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低価格で、かつ靭性に優れた硬化物を形成する耐熱性樹脂ワニス、並びに、この耐熱性樹脂ワニスを用いて形成される耐熱樹脂フィルム、及び耐熱樹脂複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用の高出力モーター等に使用される絶縁電線の絶縁被覆、小型化・省電力化が求められている各種電気機器やフレキシブルプリント配線板に使用される絶縁フィルム等については、近年、高い耐熱性とともに、より高い伸びと強度、すなわちより優れた靭性が求められている。
【0003】
例えば、高出力モーターでは、小型化、高効率化(高出力化)を高占積率により達成するため、コイルにプレス加工を加えたり、モーターのステータコアスロットへの絶縁電線の挿入本数を増やしたり、コイルを形成する絶縁電線の断面形状を、円形状から六角形状や矩形状等にする加工が考えられているが、これらの場合は、加工に伴う絶縁被覆の割れ等を防ぐために優れた靭性を有する絶縁材料が求められる。また、携帯電話やプリンタ等の駆動部分に使用される耐熱樹脂フィルムには、高い耐熱性とともに、屈曲等の駆動に耐える優れた靭性等の機械的特性が求められる。
【0004】
高い耐熱性とともに優れた靭性を有する耐熱樹脂材料としては、ポリイミド樹脂が知られている。しかし、ポリイミド樹脂は高価である。そこで、低価格であって、加工性に優れた高靭性耐熱樹脂材料が求められている。
【0005】
ポリイミド樹脂よりも低価格でかつ加工性に優れた耐熱樹脂材料としては、ポリアミドイミド樹脂とポリイミド樹脂との混合物が提案されており、例えば、特開2005−78934号公報(特許文献1)や特開2005−302597号公報(特許文献2)等に記載されている。
【特許文献1】特開2005−78934号公報
【特許文献2】特開2005−302597号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の段落0010において、「一般的にポリアミドイミドワニスとポリアミド酸(ポリイミド樹脂の前駆体)ワニスは単純に混合させることが困難であるが、混合しながら60〜80℃に加熱し、室温まで冷却することによりその混合物は安定化する。」と記載されているように、ポリアミドイミド樹脂とポリアミド酸を普通に混合すると、高粘度化(ゲル化)して塗装困難となる問題が生じる。この問題を防ぐためには、加熱混合した後冷却して安定化させる等の煩雑な工程を設ける必要があり、またこのような工程を設けても実際には混合が困難となる場合が多い。
【0007】
本発明は上記の問題点に鑑みてなされたもので、加熱、冷却等の煩雑な工程を設けなくても高粘度化せず、導体線等の基材上への塗布が容易であるとともに、ポリイミド樹脂を用いた場合に匹敵する優れた強度と伸び(靭性)を有する硬化物を形成でき、さらにポリイミド樹脂ワニスと比べて低価格である耐熱性樹脂ワニスを提供することを課題とする。本発明はさらに、該耐熱性樹脂ワニスの硬化物よりなり、優れた靭性を有する耐熱樹脂フィルム、及び該耐熱樹脂フィルムを構成要素とする耐熱樹脂複合体を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究を行った結果、ポリアミドイミド樹脂の分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止した後にポリアミド酸と混合することにより、混合に伴う高粘度化(ゲル化)が抑制でき、塗布が可能な低粘度の混合物を、加熱、冷却等を行わずに得ることができることを見いだした。本発明者はさらに、このようにして得られた混合物を焼き付けして得られる硬化物は、ポリイミド樹脂に近い又はポリイミド樹脂に匹敵する優れた靭性を有することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は、分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止したポリアミドイミド樹脂、及びポリアミド酸を含有することを特徴とする耐熱性樹脂ワニスを提供する(請求項1)。
【0010】
ここで使用できるポリアミドイミド樹脂は、例えば、有機溶媒中で、トリカルボン酸無水物と、1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価イソシアネート類とを直接反応させる方法により、あるいは、極性溶媒中で、トリカルボン酸無水物と1分子中に2個以上のアミン基を有する多価アミン類を先に反応させて先ずイミド結合を導入し、次いで1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価ソシアネート類でアミド化する方法等により製造することができる。
【0011】
トリカルボン酸無水物としては、例えば、トリメリット酸無水物(TMA)、2−(3,4−ジカルボキシフェニル)−2−(3−カルボキシフェニル)プロパン無水物、(3,4−ジカルボキシフェニル)(3−カルボキシフェニル)メタン無水物、(3,4−ジカルボキシフェニル)(3−カルボキシフェニル)エーテル無水物、3,3’,4−トリカルボキシベンゾフェノン無水物、1,2,4−ブタントリカルボン酸無水物、2,3,5−ナフタレントリカルボン酸無水物、2,3,6−ナフタレントリカルボン酸無水物、1,2,4−ナフタレントリカルボン酸無水物、2,2’,3−ビフェニルトリカルボン酸無水物等から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。耐熱性、コストの観点から、TMAを用いることが好ましい。
【0012】
必要に応じて、上記のトリカルボン酸無水物以外の多塩基酸、又はその機能誘導体を併用することができる。多塩基酸としては、トリメシン酸、トリス(2−カルボキシエチル)イソシアヌレート等の3塩基酸、テレフタル酸、イソフタル酸、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、ドデカンジカルボン酸等の2塩基酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸、シクロペンタンテトラカルボン酸、エチレンテトラカルボン酸等の脂肪族系及び脂環族系4塩基酸、ピロメリット酸、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エーテル、2,3,6,7−ナフタレンテトラカルボン酸、1,2,5,6−ナフタレンテトラカルボン酸、2,2’−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン、2,2’,3,3’−ジフェニルテトラカルボン酸、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)スルホン、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)メタン等の芳香族4塩基酸等から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。
【0013】
1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価イソシアネート類としては、脂肪族、脂環族、芳香脂肪族、芳香族、及び複素環ポリイソシアネートを挙げることができ、より具体的な例としては、エチレンジイソシアネート、1,4−テトラメチレンジイソシアネート、1,6−ヘキサメチレンジイソシアネート、1,12−ドデカンジイソシアネート、シクロブテン−1,3−ジイソシアネート、シクロヘキサン−1,3−ジイソシアネート、シクロヘキサン−1,4−ジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、1,3−フェニレンジイソシアネート、1,4−フェニレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−2,4’−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルエーテル−4,4’−ジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ナフタレン−1,5−ジイソシアネート、1−メトキシベンゼン−2,4−ジイソシアネート、1−メトキシベンゼン−2,4−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4’−ジイソシアネート、及びこれらのジイソシアネート類を多量化して得られる1分子中に3個以上のイソシアネート基を有する化合物、ポリフェニルメチレンポリイソシアネート等から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。
【0014】
トリカルボン酸無水物又はその機能誘導体、必要に応じて併用される多塩基酸又はその機能誘導体と、1分子中に2個以上のイソシアネート基を有する多価イソシアネート類とを反応させる際は、有機溶媒中で行うことが好ましく、有機溶媒の例としては、N−メチル−2−ピロリドン(NM2P)、N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。反応性や合成される樹脂の性能の観点から、NM2Pを合成溶媒とすることが好ましい。
【0015】
ポリアミドイミド樹脂は、例えば、TMAとMDIを、NM2P溶剤中で等モル反応させることによって製造することができる。前記ポリアミドイミド樹脂としては、その数平均分子量(以下、数平均分子量を、分子量と言うことがある。)が10000以上であるものが好ましい。分子量が10000未満であると、ポリアミドイミド分子鎖同士、あるいはポリアミドイミド分子鎖とポリイミド分子鎖間の絡み合いが不十分となる結果、耐熱性樹脂ワニスを焼き付けして得られる耐熱樹脂フィルムの靱性が低下する傾向がある。請求項2は、この好ましい態様に該当する。このポリアミドイミド樹脂としては、市販のポリアミドイミド樹脂ワニス(例えば、田岡化学工業社製 商品名:AE2等)を用いることも可能である。なお、ここで数平均分子量は、GPCによりポリスチレン換算で測定した値である。以下においても同じである。
【0016】
ポリアミド酸は、例えば、極性溶媒中でテトラカルボン酸二無水物とジアミンを低温で反応させることにより製造することができる。
【0017】
ここで使用可能なテトラカルボン酸二無水物としては、例えば、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’−ビフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物(OPDA)、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、ビシクロ(2,2,2)−オクト−7−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物(BCD)、1,2,4,5−シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物(H−PMDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、2,2−ビス(3,4−ジカルボンキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物(6FDA)、5−(2,5−ジオキソテトラヒドロフリル)−3−メチル−3−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物(CP)等から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。
【0018】
ここで使用可能なジアミンとしては、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、シリコーンジアミン、ビス(3−アミノプロピル)エーテルエタン、3,3’−ジアミノ−4,4’ジヒドロキシジフェニルスルホン(SO−HOAB)、4,4’ジアミノ−3,3’ジヒドロキシビフェニル(HOAB)、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン(HOCFAB)、シロキサンジアミン、ビス(3−アミノプロピル)エーテルエタン、N,N−ビス(3−アミノプロピル)エーテル、1,4−ビス(3−アミノプロピル)ピペラジン、イソホロンジアミン、1,3’−ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノジシクロヘキシルメタン、4,4’−メチレンビス(シクロヘキシルアミン)、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(DDE)、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル(m−DDE)、3,3’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジアミノ−ジフェニルスルホン(p−DDS)、3,4’−ジアミノ−ジフェニルスルホン、3,3’−ジアミノ−ジフェニルスルホン、2,4’−ジアミノジフェニルエーテル、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(m−TPE)、1,3−ビス(3−アミノフェノキシ)ベンゼン(APB)、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン(BAPP)、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン(HF−BAPP)、ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン(p−BAPS)、ビス〔4−(3−アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン(m−BAPS)、4,4’ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(p−TPE)、4,4’−ジアミノジフェニルスルフィド(ASD)、3,4’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’ジアミノ−4,4’ジヒドロキシジフェニルスルホン、2,4−ジアミノトルエン(DAT)、2,5−ジアミノトルエン,3,5−ジアミノ安息香酸(DABz),2,6−ジアミノピリジン(DAPy)、4,4’ジアミノ−3,3’ジメトキシビフェニル(CHOAB)、4,4’ジアミノ−3,3’ジメチルビフェニル(CHAB)、9,9’−ビス(4−アミノフェニル)フルオレン(FDA)等から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。
【0019】
テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させる際においては、有機溶媒中で行うことが好ましく、有機溶媒の例としては、NM2P、N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。反応性や合成される樹脂の性能の観点から、NM2Pを用いることが好ましい。
【0020】
一般的には、PMDAとDDEの、NM2P中おける等モル反応により製造したポリイミド樹脂が最も安価で使い勝手が良く、広く使用されている。ポリアミド酸としては、数平均分子量が、30000以上であるものが好ましい。このポリアミド酸としては、市販のポリアミド酸ワニス(例えばI.S.T.社製 商品名:Pyre ML等)を用いることも可能である。
【0021】
本発明の耐熱性樹脂ワニスには、必要に応じて、その他の配合剤を添加してもよい。一例として、ポリエチレン等の潤滑剤、カップリング剤等の密着向上剤や、金属、半導体、及びその酸化物、窒化物、炭化物や、カーボンブラック等のフィラー等が挙げられる。
【0022】
本発明は、その分子末端イソシアネート官能基を、ブロック剤で処理、封止したポリアミドイミド樹脂を用いることを特徴とする。封止の処理をせず単純にポリアミド酸(ポリイミド樹脂ワニス等)とポリアミドイミド樹脂とを混合したときには、ポリアミド酸量が全樹脂量(ポリアミド酸とポリアミドイミド樹脂との合計)の20重量%以上になると、混合物が著しく高粘度となり被覆塗装が困難になるのに対し、この封止の処理を施せば、ポリイミド樹脂ワニス(ポリアミド酸)とポリアミドイミド樹脂との反応が抑制されて、混合による粘度の上昇を防ぐことが可能となる。
【0023】
ポリアミドイミド樹脂の分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止することは、特開平6−65540号公報においても提案されている。しかし、これは、絶縁電線表面の潤滑性を改良する手段としての提案であり、ポリシロキサン官能基を有するポリマーを対象とするので、本発明における課題解決手段とは異なるものである。
【0024】
ブロック剤としては、アルコール類、フェノール類を挙げることができる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、メチルカルビトール、ベンジルアルコール、シクロヘキサノール等が挙げられ、フェノール類としては、フェノール、クレゾール、キシレノール等が挙げられる。ワニス焼き付け後の硬化物の物性の観点からアルコール類が好ましい。
【0025】
所定量のポリアミドイミド樹脂とブロック剤とを、例えば、約70℃にて2時間程度攪拌混合すると、末端イソシアネート官能基がブロック剤で封止されたポリアミドイミド樹脂を得ることができる。
【0026】
本発明の耐熱性樹脂ワニスは、前記のようにして得られた分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止したポリアミドイミド樹脂とポリアミド酸を混合することにより得ることができる。前記のように、混合による粘度上昇は抑制されている。又、本発明の耐熱性樹脂ワニスは優れた靭性を有する硬化物を与え、ポリアミド酸の配合比が50wt%以上の場合は、高価なポリイミド樹脂ワニスより得られた硬化物と同等の靭性を示し、ポリアミド酸の配合比が50wt%未満の場合においても、ポリイミド樹脂ワニスより得られた硬化物の靭性とポリアミドイミド樹脂のみのワニスより得られた硬化物の靭性とを、配合比率に基づき按分して得られる靭性の予測値をはるかに上回る、良好な靭性を示す。
【0027】
分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止したポリアミドイミド樹脂とポリアミド酸との配合比は、ポリアミド酸の含有量が、両者の合計含有量に対し、5〜50wt%であることが好ましい(請求項3)。
【0028】
ポリアミド酸の配合比率が、5wt%より小さいと、得られた耐熱性樹脂ワニスの硬化物の靭性が不十分になる傾向があり、逆に、50wt%より大きくなっても、更なる靭性の向上はほとんど見られず、逆に材料コストの上昇を招く。
【0029】
ポリアミドイミド樹脂とポリアミド酸を含有する本発明の耐熱性樹脂ワニスは、その粘度が、200000mPa・s(30℃、B型粘度計)以下であることが好ましい(請求項4)。200000mPa・sを超えると、基材への均一な被覆塗装が困難となる。又は、均一塗装の実現のために溶剤希釈が必要となり、コスト上昇を招く。また、NM2P等の溶剤は吸湿性が高いため、ポリイミド前駆体の加水分解が生じやすくなり、ワニスの安定性が低下する。加えて、溶剤希釈によってワニスの固形分が低下するため、厚膜のフィルムを得にくくなり、好ましくない。より好ましい粘度は、1000〜100000mPa・sの範囲である。
【0030】
本発明は、前記耐熱性樹脂ワニスに加えて、この耐熱性樹脂ワニスを焼き付け処理した硬化物からなり、膜状又はチューブ状であることを特徴とする耐熱樹脂フィルムを提供する(請求項5)。
【0031】
耐熱性樹脂ワニスの焼き付け処理は、例えば、耐熱性樹脂ワニスを基材上に塗布し、基材上に塗膜を形成した後、該塗膜を加熱して、耐熱性樹脂ワニスを硬化させる方法で行われる。この焼き付け処理により硬化物が得られるが、この際、ポリアミド酸が熱イミド化反応しイミド環が形成される。従って、焼き付け処理の温度は、イミド環の形成に要する以上の温度である。基材上への耐熱性樹脂ワニスの塗布、焼き付けは常法により行うことができる。耐熱性樹脂ワニスの塗布、焼き付け処理を2回以上繰り返してもよい。
【0032】
ここで用いられる基材としては、金属棒、金属線、金属板等の金属基材や、プラスチック板、プラスチック棒、ガラス板等が挙げられる。基材上に本発明の耐熱樹脂フィルムを形成した場合は、該耐熱樹脂フィルムを、該基材から剥離して使用することができる。一方、そのまま、すなわち、該耐熱樹脂フィルムが該基材上に接合し一体化した状態で使用することもできるし、剥離した後他の基材と一体化して使用することもできる。これらの場合は、基材及び耐熱樹脂フィルムを有することを特徴とする耐熱樹脂複合体となるが、本発明は、この耐熱樹脂複合体も提供するものである(請求項6)。
【0033】
本発明の耐熱樹脂フィルムの形態は、膜状(平板状)に限定されず、チューブ状(管状)のフィルムも本発明の耐熱樹脂フィルムに含まれる。例えば、金属棒、金属線、プラスチック棒等の上に、本発明の耐熱性樹脂ワニスを塗布して形成された耐熱樹脂フィルムは、チューブ状である。
【0034】
前記耐熱性樹脂ワニスによる硬化物は、耐熱性に優れるとともに優れた強度と伸び、すなわち高い靱性を有しているので、この耐熱性樹脂ワニスの硬化物からなる本発明の耐熱樹脂フィルムも、耐熱性に優れるとともに、高い強度と伸びすなわち優れた靱性を有し、駆動による破損等が抑制され優れた機械的物性を示し、各種電気機器の駆動部や絶縁皮膜等に好適に用いられる。
【発明の効果】
【0035】
本発明の耐熱性樹脂ワニスは、低価格であるとともに、このワニスに高温イミド化反応を施して得られる硬化物は、ポリイミド樹脂に匹敵する強度と伸び、すなわち優れた靭性を有している。また、この耐熱性樹脂ワニスは、高粘度化の問題もないので塗装(耐熱樹脂フィルムの形成)が容易である。
【0036】
本発明の耐熱樹脂フィルムは、優れた強度と伸びすなわち高い靱性を有するので、駆動による破損等が抑制されるものであり、該耐熱樹脂フィルム単独で、又本発明の耐熱樹脂複合体との構成要素として、各種電気機器の駆動部や絶縁皮膜等に好適に用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
次に、本発明を実施するための最良の形態を以下に実施例に基づき説明するが、本発明の範囲はこの実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
実施例1〜6
(耐熱性樹脂ワニスの作製)
分子量16500、固形分27%、粘度3600mPa・sのポリアミドイミド樹脂ワニス(田岡化学工業社製 商品名:AE2)600gに、ブロック剤として、メタノール3gを加え、70℃で2時間反応させて、末端イソシアネート官能基が封止されたポリアミドイミド樹脂603gを得た。
【0039】
なお、樹脂ワニスの樹脂の分子量は、樹脂ワニスをNMPで希釈した1wt%溶液を用い、GPC(東ソー製、HLC−8220GPC)により求めた。キャリア溶媒は、NM2PにLiBrを溶解したものを用いた。
【0040】
このようにして得られたポリアミドイミド樹脂(末端イソシアネート官能基が封止されている。)と、分子量35000、粘度4200mPa・sのポリイミド樹脂ワニス(I.S.T.社製のポリアミド酸のワニス 商品名:Pyre m.l.)を、焼き付け後のポリアミドイミド樹脂と(ポリアミド酸の閉環により形成された)ポリイミド樹脂の重量比が、表1のPAI、PIの行に示す各数値の比(PAI:PI)となるような配合比率で、25℃で2時間混合して、ポリアミドイミド樹脂とポリアミド酸の配合比率が異なる6種の耐熱性樹脂ワニスを得た。
【0041】
(耐熱性樹脂ワニスの粘度の測定)
ポリアミドイミド樹脂とポリアミド酸の配合比率(重量比)が50:50の場合(実施例6の配合比率)について、このようにして得られた混合後の耐熱性樹脂ワニスの粘度を、B型粘度計(ローターNo.3、回転数12rpm)を用いて測定したところ、6210mPa・s(測定温度:30℃)であり、塗装可能とされる粘度(200000mPa・s)を下回り、十分塗装可能な粘度であった。
【0042】
一方、前記と同じポリアミドイミド樹脂ワニス、ポリイミド樹脂ワニスを用い、末端イソシアネート官能基の封止を施さないまま、50:50の重量比で同様に混合して、その粘度を測定したところ、結果は533000mPa・sであり、塗装可能とされる粘度(200000mPa・s)を大きく上回るものであった。尚、ワニスの粘度が200000mPa・s以上であっても、溶剤で希釈すれば塗装可能となるが、高価な溶剤を使用するため高コストとなる。また、NM2P等の希釈溶剤は吸湿性が高いため、ポリイミド前駆体の加水分解を生じやすくなり、ワニスの安定性が低下する。加えて、溶剤希釈によってワニスの固形分が低下するため、厚膜のフィルムを得ることが困難となり、フィルムの用途が制限される。
【0043】
(耐熱樹脂フィルムの作製)
得られた耐熱性樹脂ワニスを、径1.0mmの金属線の外周に塗布し、焼き付け炉を用いて焼き付けした後、金属線から取りはずして厚さ32〜34μmのチューブ状フィルム(耐熱樹脂フィルム)を得た。
【0044】
(耐熱樹脂フィルムの物性評価)
得られたチューブ状のフィルムを用いて、表1に示す項目につき下記に示す方法で測定、評価した。結果を表1に併せて示す。
【0045】
1.破断強度、破断伸び:引っ張り試験機(島津製作所製、AG−IS)を用い、チューブ状フィルムをチャック間距離20mmにセットし、10mm/分の速度で引っ張り、破断したときの強度と伸びを測定した。
【0046】
2.耐熱性:動的粘弾性測定装置(セイコーインスツルメンツ製,DMS6100)を用い、窒素雰囲気中、昇温速度10℃/分で測定を行い、樹脂の軟化温度(動的貯蔵弾性率が低下する外挿温度)を評価した。
【0047】
実施例7〜12
TMAとMDIをNM2P中で反応させて得られたポリアミドイミド樹脂ワニス(分子量22000、固形分23%、粘度4300mPa・s)600gに、ブロック剤として、メタノール3gを加え、70℃で2時間反応させて、末端イソシアネート官能基が封止されたポリアミドイミド樹脂603gを得た。この末端イソシアネート官能基が封止されたポリアミドイミド樹脂を用いた以外は、実施例1〜6と同様な方法によりチューブ状フィルム(耐熱樹脂フィルム)を作製し、同じ項目について測定、評価を行った。結果を表2に示す。
【0048】
実施例13〜18
TMAとMDIをNM2P中で反応させて得られたポリアミドイミド樹脂ワニス(分子量5500、固形分30%)600gに、ブロック剤として、メタノール3gを加え、70℃で2時間反応させて、末端イソシアネート官能基が封止されたポリアミドイミド樹脂603gを得た。この末端イソシアネート官能基が封止されたポリアミドイミド樹脂を用いた以外は、実施例1〜6と同様な方法によりチューブ状フィルム(耐熱樹脂フィルム)を作製し、同じ項目について測定、評価を行った。結果を、表3に示す。
【0049】
比較例1、2
実施例1〜6に用いたものと同一のポリアミドイミド樹脂(比較例1)又はポリイミド樹脂ワニス(比較例2)の一方のみを用いて、実施例1〜6と同様な方法によりチューブ状フィルム(耐熱樹脂フィルム)を作製し、同じ項目について測定、評価を行った。これらを比較例1、2として結果を表1に併せて示す。
【0050】
比較例3
実施例7〜12に用いたものと同一のポリアミドイミド樹脂を用い、ポリイミド樹脂ワニスを用いないで、実施例1〜6と同様な手法によりチューブ状フィルム(耐熱樹脂フィルム)を作製し、同じ項目について測定、評価を行った。これらを比較例3として結果を表2に併せて示す。
【0051】
比較例4
実施例13〜18に用いたものと同一のポリアミドイミド樹脂を用い、ポリイミド樹脂ワニスを用いないで、実施例1〜6と同様な手法によりチューブ状フィルム(耐熱樹脂フィルム)を作製し、同じ項目について測定、評価を行った。結果を表3に併せて示す。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【0055】
なお、表1、表2、表3において、PAIはポリアミドイミド樹脂を示し、また、PIはポリイミド樹脂を示す。
【0056】
表1、表2は、分子量が10000以上のポリアミドイミド樹脂を用いた場合の(実施例及び比較例)の結果を示す。表1、表2より明らかなように、各実施例で得られた耐熱樹脂フィルムは、ポリアミドイミド樹脂のみを用いて得られた耐熱樹脂フィルム(比較例1、比較例3)と比べて、耐熱性が優れている。又、破断強度及び/又は破断伸びにおいて優れており、靭性も優れている。
【0057】
表3は、分子量が10000未満のポリアミドイミド樹脂を用いた場合の実施例(及び比較例)の結果を示す。この結果と、表1、表2に示される結果との比較より明らかなように、分子量が10000未満のポリアミドイミド樹脂を用いた場合は、分子量が10000以上のポリアミドイミド樹脂を用いた場合と比べて、靭性、特に破断伸びが低く、ポリアミドイミド樹脂の分子量は10000以上が好ましいことが示されている。
【0058】
しかし、分子量が10000未満のポリアミドイミド樹脂を用いた場合であっても、各実施例で得られた耐熱樹脂フィルムは、ポリアミドイミド樹脂のみを用いて得られた耐熱樹脂フィルム(比較例4)と比べて、破断強度及び/又は破断伸びにおいて優れており、従って靭性も優れている。
【0059】
表1、表2に示された結果をもとに、ポリアミド酸(ポリイミド樹脂ワニス)の配合比と、破断強度及び破断伸びとの関係を、図1〜図4に示す。図1〜図4中の横軸は、ポリアミド酸の配合比を表し(図中ではPI(wt%)と表す。)、縦軸は破断強度(単位MPa)又は破断伸び(%)を表す。
【0060】
図1〜図4に示すように、ポリアミド酸を50wt%程度配合すれば、ポリアミド酸単体(100wt%:比較例1)の示す値と比べ、何ら遜色のない優れた破断強度及び破断伸びが得られている。さらに、50wt%以下においても、配合比率よりの按分により予測される値(図中の点線で示される。)をはるかに上回る、良好な値を示している。
【0061】
得られた耐熱樹脂フィルムを走査型プローブ顕微鏡で分析したところ、海島構造が確認され、この海島の分離構造が、本発明による高靱性化を発揮させているものと推測された。その模式構造を図5に示す。
【0062】
すなわち、図5に示すように、延伸時には、海相(ポリイミドがリッチな相)が大きく変形して破断伸びを向上させ、また、島相(ポリアミドイミドがリッチな相)が補強効果を示して、破断強度を向上させているものと推測される。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例1〜6、比較例1、2におけるポリアミド酸の配合比率と破断強度との関係を示すグラフ図である。
【図2】実施例1〜6、比較例1、2におけるポリアミド酸の配合比率と破断伸びとの関係を示すグラフ図である。
【図3】実施例7〜12、比較例2、3におけるポリアミド酸の配合比率と破断強度との関係を示すグラフ図である。
【図4】実施例7〜12、比較例2、3におけるポリアミド酸の配合比率と破断伸びとの関係を示すグラフ図である。
【図5】本発明により得られた樹脂組成物における海島構造を説明する模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子末端イソシアネート官能基をブロック剤で封止したポリアミドイミド樹脂、及びポリアミド酸を含有することを特徴とする耐熱性樹脂ワニス。
【請求項2】
前記ポリアミドイミド樹脂の数平均分子量が、10000以上であることを特徴とする請求項1に記載の耐熱性樹脂ワニス。
【請求項3】
前記ポリアミド酸の含有量が、前記ポリアミドイミド樹脂と前記ポリアミド酸の合計含有量に対し、5〜50wt%であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の耐熱性樹脂ワニス。
【請求項4】
30℃における粘度が200000mPa・s以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の耐熱性樹脂ワニス。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の耐熱性樹脂ワニスを焼き付け処理した硬化物からなり、膜状又はチューブ状であることを特徴とする耐熱樹脂フィルム。
【請求項6】
基材及び請求項5に記載の耐熱樹脂フィルムを有することを特徴とする耐熱樹脂複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−13635(P2008−13635A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−184960(P2006−184960)
【出願日】平成18年7月4日(2006.7.4)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】