説明

耐脆性き裂発生特性に優れた大入熱溶接継手

【課題】大入熱溶接により作製される溶接構造体の溶接部にスリット状の未溶着が存在する場合でも、耐脆性き裂発生特性が高い溶接継手を提供する。
【解決手段】溶接構造体を形成する溶接継手において、JIS Z 2244に準拠して測定した溶接金属の硬さHV(WM)、溶接熱影響部の硬さHV(HAZ)、母材の硬さHV(BM)が次式の関係を満足することを特徴とする耐脆性き裂発生特性に優れた溶接継手。
HV(WM)+HV(BM)−2・HV(HAZ)<90、かつ
HV(WM)≧0.9・HV(BM)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入熱20〜100kJ/mmの大入熱溶接により作製される溶接構造体における耐脆性き裂発生特性に優れる溶接継手に関する。特に、建築・土木構造物、船舶・海洋構造物、低温貯蔵タンク、およびラインパイプ等における溶接構造体の大入熱溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接構造体において、溶接継手部は最も破壊発生の可能性が高い部位である。その理由は、溶接時に未溶着などの溶接欠陥が生じ、この欠陥がき裂の起点となる応力集中部となり得ること、さらに、溶接熱の影響により鋼組織が変化し、溶接継手部の耐破壊特性が低下し得ること等が挙げられる。
【0003】
それ故、溶接構造体に外力が作用した際に溶接継手部に変形や歪が集中するのを防止するため、溶接金属の硬さが母材のそれよりも高い“オーバーマッチ継手”とすることが継手設計の基本とされている。
【0004】
さらに、大型タンカーやコンテナー船などの船体溶接構造を主たる対象とした場合、ディープノッチ破壊試験の知見に基づき、オーバーマッチ継手の基本にとらわれない継手設計技術も開発されている。例えば、アンダーマッチ継手でも溶接金属幅を限定することで継手強度低下を防止したもの(特許文献1、2)や、オーバーマッチ継手の溶接熱影響部を軟化させて局所応力を下げることで継手靭性確保を狙ったもの(特許文献3)がある。
【0005】
【特許文献1】特開2005−125348号公報
【特許文献2】特開2005−144552号公報
【特許文献3】特開2005−279743号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1〜3で評価対象とした継手構造とは異なり、建築四面ボックス柱のスキンプレートと内ダイアフラムのエレクトロスラグ溶接(ESW)部では、スキンプレートと当金の間にスリット状の未溶着が必ず生じ、この未溶着スリットの先端は溶接金属と溶接熱影響部に接する(図1(a)、(b))。また、ESWのような大入熱溶接では、大きな溶接熱の作用により溶接熱影響部に軟化領域が生じると、その領域内の局所変形抵抗も低下する。そして、大地震により柱梁に大きな外力が加わると、この未溶着スリットの先端に接する溶接熱影響部軟化領域では高い拘束条件下で歪が集中するため、脆性き裂が発生し、構造物としての機能が失われる場合がある。このような破壊を防止するためには、特許文献1〜3で開示された発明では不十分である。建築四面ボックス柱のESW部では、未溶着スリットの先端を起点とする脆性破壊を防止することが切望されている。
【0007】
そこで、本発明は、大入熱溶接により作製される溶接構造体の溶接部にスリット状の未溶着が存在する場合でも、耐脆性き裂発生特性が十分に高い溶接継手を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、大入熱溶接による溶接構造体の溶接継手部において、溶接金属、溶接熱影響部軟化領域、母材の各硬度の差、および溶接熱影響部軟化領域の幅を制限することによって、溶接継手の脆性破壊を未然に防止することができることを見出し本発明を完成したものであり、その要旨とするところは、下記のとおりである。
(1)溶接構造体を形成する溶接継手において、JIS Z 2244に準拠して測定した溶接金属の硬さHV(WM)、溶接熱影響部軟化領域の硬さHV(HAZ)、母材の硬さHV(BM)が次式の関係を満足することを特徴とする耐脆性き裂発生特性に優れた溶接継手。
【0009】
HV(WM)+HV(BM)−2・HV(HAZ)<90、かつ
HV(WM)≧0.9・HV(BM)
(2)溶接熱影響部軟化領域の幅が2mm以上であることを特徴とする上記(1)に記載の耐脆性き裂発生特性に優れた溶接継手。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、入熱20〜100kJ/mmの大入熱溶接により作製される溶接構造体の溶接部にスリット状の未溶着が存在する場合であっても、溶接部の脆性き裂の発生を防止して溶接構造体の破断を阻止することができ、産業上有用な著しい効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
先ず、本発明において、大入熱溶接継手の各部位の硬さの関係を規定する理由を以下に説明する。
【0012】
これまでの溶接継手の設計では、溶接継手部に変形や歪が集中することを阻止するために、溶接金属の硬さを母材よりも高くするオーバーマッチ継手が基本であり、溶接材料は母材よりも硬くなるよう選定されている。そこで、引張強さの下限値が490N/mm2の溶接構造用鋼を母材とし、それよりも高硬度となる溶接材料を選定して、建築四面ボックス柱のスキンプレートと内ダイアフラムのESWを想定した大入熱溶接による溶接継手試験体を製作した。そして、JIS Z 2244に従って当該溶接継手の各所の硬度を測定したところ、溶接熱影響部の内部に母材よりも硬さが低下している領域が存在することが判明した。続いて、−20℃の低温で継手引張試験を行い、脆性き裂の発生特性を評価した。
【0013】
その結果、試験体は未溶着スリット先端の開口変位(CTOD)が低い値で脆性破壊した。脆性破壊の起点は、図1(a)、(b)と同様にスキンプレートと当金の間の未溶着スリットの先端で、溶接熱影響部側であった。これらの実験結果から、建築四面ボックス柱のスキンプレートと内ダイアフラムのESWでは溶接熱影響部の硬さの低下が耐脆性破壊特性を著しく低下させることを見出し、溶接熱影響部の硬度低下を抑制することで耐脆性き裂発生特性の低下を防止できることを予見した。
【0014】
そこで、様々な溶接構造用鋼を母材とし、また、母材板厚に依存して入熱を様々に変化させ、さらに強度水準の異なる種々の溶接材料を用いて複数のESW継手を製作した。これらの継手の各部位の硬さを、JIS Z 2244に準拠し、図2に示す位置で測定した。硬度測定線は、溶接融合線の接線と垂直な線とした。ここで、硬度測定位置はき裂発生部、すなわち未溶着スリット先端の近傍が好ましく、未溶着スリット面と平行な方向に測定した未溶着スリット先端から硬度測定線までの距離を1mmとした。硬度測定線に沿った硬さの測定は、3d以上(dはビッカースくぼみの2方向の対角線長さの平均)のピッチで行い、硬さの分布を整理したところ、溶接熱影響部内に分布硬度の最低値が認められた。この最低硬度から+15%以内の硬度の範囲で、かつ溶接熱影響部の内部に位置を限定することで、溶接熱影響部軟化領域を定義し、その幅を測定した。溶接金属内、溶接熱影響部軟化領域内、母材内で、それぞれ3点以上の硬度測定値の平均値から、溶接金属の硬さHV(WM)、溶接熱影響部軟化領域の硬さHV(HAZ)、母材の硬さHV(BM)を決定した。
【0015】
これらの種々の溶接継手試験体を用いて、−20℃で継手引張試験を行った。その結果、図3に示すように、溶接金属の硬さHV(WM)と溶接熱影響部軟化領域の硬さHV(HAZ)の差が、HV(WM)と母材の硬さHV(BM)の差と、次式の関係を満足する時のみ限界CTODは十分に高く、耐脆性き裂発生特性に優れることを発見した。
【0016】
HV(WM)+HV(BM)−2・HV(HAZ)<90
本発明は、硬さの要件さえ満足すれば良く、母材に用いる鋼板は公知のものを使用することができる。例えば、特開2005−320624号公報や特開2005−336602号公報に記載された発明による鋼板が該当する。また、溶接材料や溶接条件も公知のものでよい。例えばJIS Z 3353に準拠するYES 50〜52やYES 60〜62などの溶接材料による標準溶接条件が該当する。
【0017】
また、溶接継手の強度を確保する上では、設計の基本となるオーバーマッチ継手を踏襲する必要がある。しかし、溶接金属の硬さが母材のそれと同程度の“イーブンマッチ継手”でも継手強度の著しい低下は生じないことがあり、また、硬さの測定値にはある程度のばらつきと誤差がある。よって、本発明ではオーバーマッチ継手とイーブンマッチ継手を対象とし、かつ、母材硬度の1割に相当する誤差を許容した。
【0018】
HV(WM)≧0.9・HV(BM)
ところで、溶接熱影響部の軟化領域は、その幅が狭いと、狭い領域に変形が集中することになり、局所歪の増加を助長する。この増加した局所歪は脆性き裂の発生を促し、溶接継手の耐脆性破壊特性の低下を招く。溶接熱影響部軟化領域の幅が2mm以上存在した場合に、上記の局所歪の増加は顕著ではなく、溶接継手の耐脆性破壊特性が十分に確保されるので、溶接熱影響部軟化領域の幅は2mm以上とすることが好ましい。
【0019】
なお、本発明では、溶接金属、柱スキンプレートの溶接熱影響部軟化領域、柱スキンプレート母材の硬さを規定しており、内ダイアフラムや当金の硬さには言及していない。これは、図1に示すように、脆性き裂発生部が柱スキンプレート母材、柱スキンプレートの溶接熱影響部、溶接金属に囲まれているからであり、内ダイアフラムや当金の硬さの影響は小さい。
【0020】
また、本発明では、大入熱溶接の種類を限定しない。建築四面ボックス柱のスキンプレートと内ダイアフラムのESW部を主たる対象とするが、溶接欠陥を含む大入熱溶接部では本発明による耐脆性き裂発生特性の改善がもたらされるため、例えばエレクトロガスアーク溶接(EGW)、炭酸ガスアーク溶接(CO2溶接)などの大入熱溶接も本発明の対象となる。
【実施例】
【0021】
JIS G 3136 SN490Cに準拠する下限引張強さが490N/mm2の建築構造用鋼を数種類、あるいは建設大臣認定SA440Cに準拠する下限引張強さが590N/mm2の建築構造用鋼板を数種類用いて、四面ボックス柱のスキンプレートと内ダイアフラムの接合を想定したESW溶接で継手試験体を製作した。スキンプレートのESW側の逆側にはCO2溶接による多層盛りで荷重伝達板との仕口を設け、スキンプレート長手方向と垂直に試験体を引っ張ることを可能とした(図4)。
【0022】
各継手から試料を採取し、断面を研磨した後、3%硝酸のエタノール溶液(ナイタール)でエッチングした。現出した金属組織よりESW部を溶接金属、溶接熱影響部、母材に区分し、JIS Z 2244に従って図2に示す測定線上の硬さを測定した。硬さ測定時の荷重は1kgfで、溶接金属、溶接熱影響部軟化領域、母材のそれぞれ3点平均値からHV(WM)、HV(HAZ)、HV(BM)を決定した。また、溶接熱影響部軟化領域の幅を測定した。
【0023】
−20℃で継手引張試験を行い、脆性破壊発生時の未溶着スリット先端の開口変位(限界CTOD、記号:CTODc)を評価した結果を表1に示す。
【0024】
表1のNo.1〜No.8は本発明例であって、いずれの実施例でも高い限界CTODを示し、耐脆性き裂発生特性は良好であった。ここで、高い限界CTODとしては、例えば、−20℃で0.05mm以上が望ましい。
【0025】
一方、表1のNo.9〜No.15は比較例であり、No.9とNo.13は、HV(WM)<0.9・HV(BM)となり、顕著なアンダーマッチ継手のため、未溶着スリット先端近傍の溶接金属部が著しくひずみ、容易に脆性き裂が発生し、試験体が破断した。No.10〜No.12、No.15は、HV(WM)+HV(BM)−2・HV(HAZ)≧90だったため、未溶着スリット先端近傍の溶接熱影響部軟化領域が著しくひずみ、やはり容易に脆性き裂が発生し、試験体が破断した。No.14は、HV(WM)+HV(BM)−2・HV(HAZ)≧90であることに加え、溶接熱影響部軟化領域の幅が2mm未満だったため、未溶着スリット先端近傍の狭い溶接熱影響部軟化領域がいっそう著しくひずみ、極めて容易に脆性き裂が発生し、試験体が破断した。
【0026】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】(a)建築四面ボックス柱と内ダイアフラムのエレクトロスラグ溶接部の脆性き裂の発生部を説明するための図であり、(b)はその拡大図である。
【図2】建築四面ボックス柱と内ダイアフラムのエレクトロスラグ溶接部の硬度測定位置と溶接熱影響部軟化領域を示す図である。
【図3】溶接金属、溶接熱影響部、母材の硬さと関連し、耐脆性き裂発生特性に優れる領域を示す図である。
【図4】エレクトロスラグ溶接継手試験体を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 柱スキンプレート母材
2 内ダイアフラム母材
3 当金母材
4 エレクトロスラグ溶接部の溶接金属
5 エレクトロスラグ溶接部の溶接熱影響部
6 未溶着スリット
7 エレクトロスラグ溶接部の溶接融合線
8 エレクトロスラグ溶接部の溶接熱影響部内の軟化領域
9 CO2溶接による仕口
10 荷重伝達板
A 脆性き裂の発生箇所と伝播方向を示す矢印
L0 硬度測定線
L1 エレクトロスラグ溶接部の溶接融合線に接する硬度測定線の垂線
W エレクトロスラグ溶接部の溶接熱影響部内の軟化領域の幅
t 柱スキンプレートの厚さ
P 荷重伝達方向を示す矢印

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接構造体を形成する溶接継手において、JIS Z 2244に準拠して測定した溶接金属の硬さHV(WM)、溶接熱影響部軟化領域の硬さHV(HAZ)、母材の硬さHV(BM)が次式の関係を満足することを特徴とする耐脆性き裂発生特性に優れた溶接継手。
HV(WM)+HV(BM)−2・HV(HAZ)<90、かつ
HV(WM)≧0.9・HV(BM)
【請求項2】
溶接熱影響部軟化領域の幅が2mm以上であることを特徴とする請求項1に記載の耐脆性き裂発生特性に優れた溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−275922(P2007−275922A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−104344(P2006−104344)
【出願日】平成18年4月5日(2006.4.5)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】