説明

脂肪族ニトリル化合物を含む電気化学素子

本発明は、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成された正極、および前記正極を備えた電気化学素子を提供する。
また、本発明は、(1)正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成された正極、(2)ビニレンカーボネート、その誘導体、エーテル系化合物からなる群から選ばれた化合物により不動態膜が形成された負極、および(3)リチウム塩および溶媒を含む電解液を備えた電気化学素子を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成された正極および前記正極を備えた電気化学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器のワイヤレス化およびポータブル化が急速に進むに伴い、これらの駆動用の電源として、高容量および高エネルギー密度を有する非水電解質2次電池の実用化が盛んになっている。しかし、かかる非水電解質2次電池は、充放電サイクルの繰り返しに伴い、下記の如き場合に電池の容量が下がるという不都合があった。とりわけ、高温環境下に置かれた場合にはその容量の減少が一層目立つという不都合があった。
(1)正極をなす複合酸化物に含まれる遷移金属が非水電解質に溶出されて負極上に析出されることにより、正極の複合酸化物の型崩れが招かれたり、界面抵抗が高まる場合
(2)溶出された正極の遷移金属が成長を続けて正極と負極との間に僅かな短絡を引き起こす場合
(3)負極に析出された正極の遷移金属が非水電解質の分解を促進する触媒として働き、電池の内部にガスを生じさせる場合
(4)負極におけるSEI膜(固体解界面膜)の充放電が行われることにより厚膜化が進み、これがLiの移動の妨げとなる場合
(5)負極活物質の膨縮により徐々にSEI膜の崩れが見られる場合
【0003】
通常、非水電解質の2次電池は、特に高温下で(1)リチウム及び/又はリチウムイオンが吸蔵 、放出可能なリチウム含有金属酸化物などの正極活物質とカーボネート系溶媒およびリチウム塩からなる電解液との反応により電極の抵抗が高まり、(2)リチウム及び/又はリチウムイオンが吸蔵 、放出可能な負極活物質の表面におけるSEI膜の充放電の持続的な繰り返しにより高温にて徐々に破壊される結果、カーボネート系溶媒による粗末なSEI膜が生成され、これが、Li腐食を始めとして非可逆反応を促進することにより、電池の性能および効率性を大幅に劣化させるという不都合もあった。
【0004】
一方、非水電解質2次電池における過充電時に電池の安定性に不都合を引き起こす要因としては、リチウム及び/又はリチウムイオンが吸蔵 、放出可能なリチウム含有金属酸化物などの正極活物質が過充電時にリチウムの脱落によりその物性が熱的に不安定に変わり、電池の温度がしきい値温度に達する時点において、不安定であった正極活物質から型崩れによる酸素が放出され、この酸素と電解液溶媒などが反応を引き起こして熱による連鎖的な発熱反応が起こる結果、熱曝走が招かれることが挙げられる。
【0005】
一般的に、過充電時に電池の安定性に悪影響を及ぼしうる要因としては、1)電解液の酸化反応による発熱、および2)正極の型崩れによる発熱が挙げられる。
【0006】
過充電が進むに伴って単独または複合的に起こるこの発熱は、電池の内温を高め、かつ、電池の発火または爆発を招くことにより、過充電時にその安全性を脅かす結果となる。
【0007】
一方、リチウム2次電池が充電または過充電の状態で外部からの物理的な衝撃(例えば、加熱による高温露出時など)によって局部的な短絡が生じる場合、高温下で可燃性の電解液と正極活物質との反応による発熱により電池の過熱が見られる場合、そして、電極(特に、正極)からの酸素により電解液の燃焼が促進される場合に、熱曝走による電池の発火および破裂現象が起こってしまう。
【発明の開示】
【0008】
本発明者らは、サクシノニトリルなどの脂肪族ニトリル化合物が正極活物質の表面と錯物を形成して正極上に保護膜を形成すれば、過充電時に及び/又は電池の外部からの物理的な衝撃(例えば、加熱による高温露出時)時に電池の安全性を高めうるということを知見した。
【0009】
また、本発明者らは、ビニレンカーボネート(VC)およびその誘導体、またはエーテル系化合物により負極の表面上に不動態膜が形成されると共に、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成されれば、充放電中に両電極(負極/正極)における安定した保護層から得られる相乗効果により、電池の性能の低下無しに高温における寿命特性が高められるということを知見した。加えて、負極/正極の型崩れを防ぐと共に、電解液との反応による副反応および抵抗の上昇を調節することにより、電池の高温への露出時に生じる各種の安全性の問題(例えば、爆発、破裂など)が改善可能であるということを知見した。さらに、本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0010】
本発明は、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成された正極、および前記正極を備えた電気化学素子を提供する。
【0011】
また、本発明は、(1)正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成された正極と、(2)ビニレンカーボネート、その誘導体およびエーテル系化合物からなる群から選ばれた化合物により不動態膜が形成された負極、および(3)リチウム塩および溶媒を含む電解液を備えた電気化学素子を提供する。
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0013】
本発明において、正極の表面上に錯物を形成する化合物は、脂肪族ニトリル化合物である。脂肪族ニトリル化合物の例としては、下記式1の化合物が挙げられる。
【化1】

【0014】
脂肪族ニトリル化合物は、高い双極子モーメントを有する極性のシアノ作用基が正極のコバルトなどの遷移金属と結合され、特に、高温下ではシアノ作用基が正極の表面と一層堅固に結合して錯物構造(あるいは、リガンド)を形成する(図1、図2、図12参照)。
【0015】
図1におけるXPS(X線光電子分光装置)データは、コバルト金属酸化物とジニトリル化合物のシアノ作用基が結合して錯物を形成していることを示すものである。
【0016】
前記錯物により正極の表面に保護膜が形成されれば、充放電が行われる間に遷移金属の一部が溶出されて負極に析出されることを防ぐたけではなく、電解液と正極間の反応による副反応およびガスの発生を抑えることにより、高温下でもリチウムを円滑に吸蔵/放出させて寿命の特性が下がることを防止できる。特に、脂肪族ニトリル化合物は実温よりも高温にて電極の表面を一層強く保護するため、熱的に安定した電極が提供できるというメリットがある。
【0017】
また、前記脂肪族ニトリル化合物により正極の表面上に形成された錯物は、電解液と正極間の反応による熱と正極の型崩れによる熱の発生を抑え、これによる発熱量を減らすことにより、過充電時や内部短絡時または高温への露出時に正極の型崩れにより放出される酸素のために電解液の燃焼が促進されて熱曝走が起こり、これが発火や破裂につながることを防止できる。
【0018】
また、3V〜4.2V以内に商用化するリチウム2次電池で過充電の防止剤として使われるシクロヘキシルベンゼン(CHB)、ビフェニル(BP)、アニソールなどの電解液添加剤は、過充電時に正極の表面において不動態膜を形成するが、脂肪族ニトリル化合物と併用しても、不動態膜の形成に当たり互いに競争的に反応を起こすことなく、それぞれ別々に働くため、3V〜4.2V以内に商用化するリチウム2次電池の性能が保持可能になる(図10)。
【0019】
一方、前記式1で表わされる化合物中のアルカンは反応性がないため、前記式1の化合物を用いるときに非可逆反応が起こる可能性が低く、これにより、前記式1の化合物を用いても電池性能の劣化が抑えられる。特に、前記式1の化合物のうちサクシノニトリルが望ましい。
【0020】
本発明では、脂肪族ニトリル化合物として前記式1で表わされる化合物を例示しているが、前記式1の脂肪族ニトリル化合物のうちニトリル基が片方にのみあるものも前記式1と同様の安全性及び/又は電池の寿命特性の向上が図れる可能性が大きいため、本発明の範ちゅうに属すると認められる。
【0021】
電池の製造プロセスを単純化させるために、脂肪族ニトリル化合物を電解液に導入した後、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物を形成させることが望ましいが、錯物が表面に形成された正極を別に製造して電池を組み立てても良い。
【0022】
望ましくは、前記正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物は、脂肪族ニトリル化合物含有電解液に集電体上に正極活物質が塗布された正極を浸漬した後、高温処理を施すことで形成される。このとき、高温処理は、電極活物質および結合剤に悪影響を及ぼさない温度範囲、例えば、通常180℃以下にて、あるいは、脂肪族ニトリル化合物の種類によって異なるが、脂肪族ニトリル化合物の蒸発が見られない範囲である120℃以下にて行うことができる。通常、望ましくは、高温処理は60〜90℃の温度範囲が適正し、さらに、望ましくは、60℃の温度条件下では12時間以上、80℃以上の温度条件下では6時間以上行う。高温処理を行う理由は、高温処理によりシアノ基が効率良くコバルト金属、あるいは金属酸化物に堅固に錯体構造を形成するためであり、図11と図13からこれが確認できる。
【0023】
脂肪族ニトリル化合物は、非水電解液中に使われる溶媒に対する溶解度に応じて最大の使用量が決められるが、通常、その使用量が多過ぎると電解液の粘度があまりにも上がり過ぎ、かつ、イオン伝導度も下がる可能性があるため、望ましくは、電解液の100重量%を基準として20重量%以内、さらに望ましくは、5重量%以内に使用する。一方、使用量の下限値は、特に限定されることなく、安全性の向上目標に応じて異なる。通常、望ましくは、0.1重量%以上を使用する。
【0024】
本発明において、負極上に不動態膜を形成する化合物は、下記式2で表わされるビニレンカーボネート(VC)、その誘導体およびエーテル系化合物からなる群から選ばれた化合物である。
【化2】

【0025】
前記式2において、VCの誘導体としては、前記式2の環にC〜Cのアルキルなどの非極性側鎖が結合されている誘導体などが挙げられる。
【0026】
前記エーテル系化合物の例としては、ベンジルメチルエーテル(下記式3)、テトラエチレングリコールジメチルエーテル(下記式4)が挙げられる。
【化3】

【化4】

【0027】
エーテル系化合物は、VCのように負極上に不動態膜を形成することで、VCと同レベルの効果を示すことから、脂肪族ニトリル系化合物との併用により相乗効果が得られる(表1)。
【0028】
下記表1は、負極を不動態化させる添加剤のうちエーテル系添加剤の電池内における性能を示している。
【表1】

【0029】
カーボネート系溶媒により負極の表面上に形成された保護膜は多孔性でかつ稠密ではないために充放電による非可逆反応を増やし、これにより、Liの損失および樹状突起の生成を引き起こす結果、電池の性能を格段に劣化させてしまう。
【0030】
ビニレンカーボネート(VC)、その誘導体、エーテル系化合物のように負極を不動態化させる化合物は、初期充電時に(通常は、フォーメーションという)緻密な保護層を形成することで、カーボネート系溶剤の層状構造を呈する活物質膜内にコインターカレーションおよび分解反応を防いで電池の非可逆を減らさせ、かつ、形成された保護層を介してLiだけを吸蔵 および放出させることで、電池の寿命特性を高めるなど重要な役割を果たす(図3参照)。しかし、前記化合物により形成された不動態膜(SEI膜)も、高温下での充放電による活物質の膨縮により徐々に破壊が進むに伴い、カーボネート系溶媒による粗末なSEI膜が破壊個所に生成されてLiの腐食を始めとする非可逆反応を促進させ、経時的に電池の寿命特性を格段に劣化させるということが分かる(図6参照)。結局、負極を不動態化させるだけでは、電池の寿命特性の向上が図れないということが分かる。
【0031】
一方、脂肪族ニトリル化合物により正極だけを保護する場合には、ニトリル化合物と正極との間の結合により正極の表面の安定化は得られるものの、カーボネート溶剤系による粗末なSEI膜によりLiイオンの移動が円滑に行われず、電池内におけるバランスが崩れてしまう結果、負極の表面にLi金属が析出されて実温および高温における寿命特性が大幅に下がるという不都合がある。
【0032】
結局、電池の高温寿命特性は、正極および負極のうちどちらか一方を保護するだけでは、その性能および効率性が保持できない。このため、本発明は、電池の高温寿命特性の向上を図るために、正極および負極が両方ともに不動態化により保護された2次電池を提供しようとする。
【0033】
電池の製造プロセスを単純化させるために、両電極がそれぞれ不動態化可能な添加剤を電解液に導入することが望ましいが、本発明はこれに限定されることなく、不動態化済み正極および負極をそれぞれ別々に製造して電池を組み立てても良い。
【0034】
負極のついては、緻密でかつ堅固なSEI膜が形成可能な化合物により保護層を形成する必要があり、且つ、正極については、遷移金属の溶出を防ぐと共に、遷移金属および金属酸化物と堅固に錯物が形成可能な脂肪族ニトリル系添加剤により保護する必要がある。そうでなければ、相乗効果が得られない。
【0035】
一方、芳香族ジニトリル系化合物は、VCよりも先に還元分解されてむしろ粗末なSEI膜を形成してしまう結果、VCによる緻密な保護膜の形成を妨げるが、脂肪族ニトリル系はこのような不都合を引き起こさない。
【0036】
電解液添加剤として、ビニレンカーボネート(VC)、その誘導体、エーテル系化合物のように負極を不動態化させる化合物を用いる場合、その最大の使用量は、非水電解液中に使われる溶媒の種類とは無関係に決められる。通常、その使用量があまりにも多過ぎると、高温下でガスを生成してしまい、電池の膨らみを来たす可能性がある。望ましくは、電解液100重量%を基準として5重量%以内にて用いるのが効果的である。使用量の下限値は、特に限定されることなく、電池の高温寿命特性の向上目標に応じて決められるが、好ましくは、通常0.1重量%以上を使用する。
【0037】
非水電解液は、通常、可燃性非水系の有機溶媒を用い、環状のカーボネート、直鎖状カーボネート、またはこれらの組み合わせからなる。ここで、使用できる環状のカーボネートとしては、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、γ-ブチロラクトン(GBL)などがある。また、使用できる直鎖状カーボネートの代表例としては、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)などがある。
【0038】
非水電解液にはリチウム塩が含まれるが、その例としては、LiClO,LiCFSO,LiPF,LiBF,LiAsF,およびLiN(CFSOなどが挙げられる
本発明に従い製造可能な電気化学素子の代表例は、リチウム2次電池である。ここで、リチウム2次電池は、下記を含むことができる。
[1]リチウムイオンが吸蔵、放出可能な正極;
[2]リチウムイオンが吸蔵、放出可能な負極;
[3]多孔性分離膜;および
[4]a)リチウム塩;
b)電解液溶媒
【0039】
通常、リチウム2次電池は、正極活物質としてリチウム含有遷移金属酸化物を使用し、例えば、LiCoO,LiNiO,LiMn,LiMnOおよびLiNi1−XCo(ここで、0<X<1)からなる群から何れか1種以上選ばれる。また、負極活物質としては炭素、リチウム金属または合金を使用し、その以外に、リチウムが吸蔵、放出可能であり、リチウムに対する電位が2V未満であるTiO,SnOなどの金属酸化物も採用可能である。
本発明によるリチウム2次電池の外観は、管状缶または角型缶、パウチ状などを含みうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明を一層詳細に説明する。但し、後述する実施例は本発明を例示するためのものであり、本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0041】
実施例1
EC:PC:DEC=3:2:5の組成比を有する1M LiPF溶液を電解液として、前記電解液にVC 1重量%、サクシノニトリル(SN)を3重量%添加した。負極としては人造黒鉛を使用し、正極としてはLiCoOを使用した。その後、通常の方法により323456型リチウムポリマー電池を製造し、アルミニウムラミネート包装材を用いて電池を製造した。
【0042】
実施例2
EC:EMC=1:2の組成比を有する1M LiPF溶液を電解液として、前記電解液にVC 1重量%、サクシノニトリルを3重量%添加した。負極としては人造黒鉛を使用し、正極としてはLiCoOを使用した。その後、通常の方法により423450型の角型電池を製造した。
【0043】
実施例3〜5
負極電解液の添加剤としてVCを1重量%添加したことは同じであり、正極電解液の添加剤としてサクシノニトリルに代えてセバコニトリル、ジシアノペンタン、ジシアノヘキサンをそれぞれ3重量%用いた以外は、前記実施例1の方法と同様にしてリチウム2次電池を製造した。
【0044】
実施例6
シアノヘキシルベンゼン(CHB)3重量%、ビフェニル(BP)1重量%をさらに添加した以外は、前記実施例1の方法と同様にしてリチウム2次ポリマー電池を製造した。
【0045】
実施例7
VC 1重量%添加したことは同じであり、サクシノニトリルを3重量%に代えて1重量%添加した以外は、前記実施例2の方法と同様にしてリチウム角型電池を製造した。
【0046】
実施例8
VC 1重量%添加したことは同じであり、サクシノニトリルを3重量%に代えて5重量%添加した以外は、前記実施例1の方法と同様にしてリチウムポリマー電池を製造した。
【0047】
実施例9
VC 1重量%添加したことは同じであり、サクシノニトリルを3重量%に代えて5重量%添加した以外は、前記実施例2の方法と同様にしてリチウム角型電池を製造した。
【0048】
実施例10
サクシノニトリル3重量%を添加したことは同じであり、VCだけを電解液に添加しなかった以外は、前記実施例1の方法と同様にしてリチウムポリマー電池を製造した。
【0049】
比較例1
VCおよびサクシノニトリルの両方を電解液に添加しなかった以外は、前記実施例1の方法と同様にしてリチウムポリマー電池を製造した。
【0050】
比較例2
VC 1重量%を添加したことは同じであり、サクシノニトリルだけを電解液に添加しなかった以外は、前記実施例1の方法と同様にしてリチウムポリマー電池を製造した。
【0051】
比較例3
VC 1重量%を添加したことは同じであり、サクシノニトリルを電解液に添加しなかった以外は、前記実施例2の方法と同様にしてリチウム角型電池を製造した。
【0052】
<実験の結果>
1.正極表面におけるリガンド形成の確認試験
実施例1および比較例1、2に従い製造された各電池を4.2Vにフル充電した後、実施例1と比較例1、2の電池から1cm×1cmの寸法に正極を切り取った。加えて、表面に残存している不純物を除去するために、ジメチルカーボネート(DMC)により洗浄を行い、通常の表面分析装備であるXPSを用いてリガンドの形成確認試験を行った。分析に用いたXPS(ESCALAB 250)は、原子固有の結合エネルギーと運動エネルギーを検出して表面から数nmの深さの原子情報を読み込むことで表面の構成成分を分析する装備であって、リガンドの形成は窒素原子の生成ピークから確認した。図1から、サクシノニトリル無しに製造された電池(比較例1、2、図1における下グラフ)は正極の表面に窒素原子が検出されないのに対し、サクシノニトリル含有電池(実施例1、図1における上グラフ)は、サクシノニトリルがコバルトの遷移金属あるいは金属酸化物と堅固に結合(リガンド)して窒素原子がはっきり検出されるということが確認できた。この結果から、脂肪族ニトリル添加剤が正極活物質の表面と堅固に錯物を形成することで、充放電が進むに伴い、電池からの各種の副反応が抑えられるということが予測可能である。
【0053】
2.負極表面におけるSEI成膜の確認試験
実施例1および比較例1、2の電池に対し、0.2C電流、50分間定電流方式により初期充電を行った。人造黒鉛からなる負極における、カーボネート系溶媒の分解反応によるSEI膜の形成有無を確認するために、初期の充電過程中に得られる容量を電圧で微分したグラフを得た。図3において、前記グラフに示すピークは分解反応による非可逆反応、すなわち、SEI膜の形成時におけるリチウムの消耗反応を意味し、この図から、VC含有電解液により製造された電池(実施例1、比較例2)がリチウムの消耗反応によるピークを生じさせないことから、VCによる不動態膜が確認された。
【0054】
3.リガンド形成による正極の高温安全性および発熱制御有無の試験
実施例1および比較例1、比較例2に従い製造された各電池を4.2Vに充電した。通常の熱分析測定機器であるDSC(示差走査熱量計)を使用し、且つ、電解液の蒸気圧に耐えうる2枚の高圧ファンを測定ファンとして使用した。ここで、一方のファンには4.2Vに充電された実施例1、比較例1、比較例2の各電池から正極を5mgないし10mgに切り取って入れ、他方側のファンは空き状態にして、1分当たり5℃にて400℃まで昇温しつつ、両ファン間の熱量差を分析し、発熱温度のピークを測定した。
【0055】
図4に示すように、サクシノニトリル無しに製造された電池(比較例1あるいは比較例2)は、200℃および240℃の近くにて発熱ピークが見られた。200℃におけるピークは、電解液と正極間の反応による発熱があることを意味し、240℃近くにおけるピークは、電解液と正極間の反応による発熱、正極の破壊による発熱など、複合的な要因による発熱があることを意味する。これに対し、サクシノニトリルを非水電解液に添加して得られた電池(実施例1)は、前記2種類の温度ピークが存在しないことから、サクシノニトリルが正極の表面に堅固に結合して保護膜を形成することにより、電解液と正極間の反応による発熱などが抑えられていることが分かる。
実施例2ないし6に従い製造された電池の場合にも、実施例1と同様に、発熱が抑えられた温度グラフが得られる。
【0056】
4.高温寿命特性の向上度測定実験
実施例1ないし実施例6に従い製造された電池(負極と正極が同時に不動態化された電池)と、比較例1ないし比較例3、実施例10に従い製造された電池(負極と正極のどちらか一方だけが不動態化されるか、あるいは、どちらも不動態化されていない電池)を45℃の高温チャンバに放置し、このチャンバに一定の電流(1C/1C)を流して充放電を行った。
【0057】
(1)図5は、比較例1(添加剤無し)と実施例10(SNだけ添加した場合)に対するサイクル寿命を示しており、この図から、SNが単独で存在する場合およびVC+SNが共存しない場合共に、高温の寿命特性が格段に低下していることが分かる。但し、SNにより正極だけを保護した場合に特に高温寿命特性の低下が見られるのは、正極の表面に形成された保護膜が電池の内部にて抵抗体として働き、電池の内部のバランスを崩してしまうからである。
【0058】
(2)図6は、比較例3と実施例2、7に対するサイクル寿命を示しており、この図から、VCとSNが共存する場合(実施例2、7)はVCだけが存在する場合(比較例3)よりも、正極における副反応(ガスの発生)を抑えて電池の膨らみが減り、高温におけるサイクル寿命の向上が見られるということが分かる。
【0059】
図6から明らかなように、実施例2と実施例7を比較すれば、SNの使用量が小さくなるほど、一層高い電池の寿命特性および電池の薄型化効果が得られる。SNと正極の表面が形成する保護膜は電池内において抵抗体として働くため、望ましくは、5重量%以下に使用することが望ましい。
【0060】
また、図5および図6から、電池の高温寿命特性は、負極と正極の各表面をそれぞれカーボネート系電解液の溶媒による副反応を抑える保護膜およびガス発生を抑える保護膜によりマスクした電池と、負極あるいは正極のどちらか一方だけを不動態化させた電池との間に大差を示すということが分かる。代表的に、比較例3と実施例7における電池の寿命特性を比較すれば、比較例3からは充放電サイクルが行われるに伴い、放電容量の著しい減少が見られるのに対し、実施例7は、円滑な寿命特性を保持している。
【0061】
(3)図7ないし図9は、SNに代えて、脂肪族ジニトリルのうちセバコニトリル(実施例3)、ジシアノペンタン(実施例4)、ジシアノヘキサン(実施例5)を電解液の添加剤として用いた電池における、45℃におけるサイクル特性を示すものである。これから明らかなように、各実施例による電池は何れも45℃におけるサイクル特性には優れているものの、SNよりはやや容量の減少が見られる。
【0062】
(4)図10は、過充電時に正極を不動態化させる添加剤であるシクロヘキシルベンゼン(CHB)とビフェニル(BP)がSNと同時に添加された電池(実施例6)における、45℃におけるサイクル特性を示すグラフである。図10から、過充電時に正極の表面にて不動態膜を形成するシクロヘキシルベンゼン(CHB)、ビフェニル(BP)、アニソールなどの添加剤は、脂肪族ニトリル化合物と電解液に対して併用しても、リチウム2次電池の性能が保持可能になるということが分かる。
【0063】
5.電池の性能試験
実施例1(図12)、比較例2(図11)に従い製造された電池を放電状態で60℃、それぞれ1日、2日、3日間保存後、EISを行った。その結果、高温保存によりSNが正極の表面と堅固な錯物を形成していた。さらに、60℃、3日間保存時に抵抗サイクルが最高となり、その効果が極大化可能になることも分かった。
【0064】
6.高温露出試験
(1)実施例1(図14)、比較例2(図13)に従い製造された電池を放電状態で60℃、3日間保存後、フル充電の状態にした。高温露出試験は、フル充電状態の電池を対流機能付きオーブンに入れ、実温から1分当たり5℃(5℃/分)に昇温させ、160℃にて1時間露出させた後、電池の発火有無を観察することにより行った。
【0065】
前記比較例2の場合、160℃への到達直後に発火が見られるのに対し(図13)、実施例1の場合、同じ条件下でも発火が見られなかった(図14参照)。
【0066】
(2)実施例1および8、実施例2および9、比較例1に従い製造された電池をフル充電の状態にした。高温露出試験は、フル充電状態の電池を対流機能付きオーブンに入れ、実温から1分当たり5℃(5℃/分)に昇温させ、150℃、160℃にて1時間露出させた後、電池の発火有無を観察することにより行った。
【0067】
前記比較例1の場合、160℃への到達直後に発火が見られるのに対し(図17)、実施例1および8(図15)、実施例2および9(図16)の場合、同じ条件下でも発火が見られなかった。
【0068】
さらに、高温露出試験の結果を下記表2に示す。
【表2】

【0069】
7.過充電試験
(1)実施例8、9および比較例2、3に従い製造された電池に対し、6V 1A、6V 2A、12V 1C、20V 1Cの条件下でCCCV(定電流且つ定電圧)方式によりそれぞれ過充電試験を行い、そのときの温度の変化を図18(20V 1Cの条件下)、図19(6V 1Aの条件下)にそれぞれ示した。図18および図19から明らかなように、実施例8、9(図18)の場合が、比較例2、3(図19)よりも過充電時における安全性に優れていた。すなわち、図19(比較例2、3)を参照すれば、電池の内部の電解液の酸化反応および正極の型崩れによる発熱反応により200℃以上の最高温度が計測され、これにより、電池に発火および短絡が見られるのに対し、サクシノニトリル添加剤含有電解液を有する2次電池(実施例8、9)は、電池内部の発熱反応が抑えられ、最高温度が略100℃に抑えられていることが分かる。
【0070】
(2)過充電試験を多数回に亘って繰り返し行い、その平均値を表3にまとめて示す。
【表3】

【0071】
産業上の利用可能性
以上述べたように、本発明により得られる、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成される正極を含む電気化学素子は、電池の加熱時における電解液と正極間の反応熱と正極の型崩れによる熱を抑えて発熱量を下げることで、過充電時における過度な発熱により内部短絡が起こり、その結果として電池が発火することが防止可能になる。
【0072】
本発明による、VCまたはその誘導体、エーテル系化合物により表面上に不動態膜が形成された負極と、正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成される正極と、を含む電気化学素子は、高温(45℃以上)におけるサイクル進行に当たり、電解液と正極間の反応および負極の保護膜の型崩れによる副反応が原因となって電池の性能が劣化すること(例えば、容量の減少およびガスの発生による厚さの変化)と、前記反応による発熱のために電池の内温が昇温して電池が発火・破裂することを防ぎ、相乗効果を誘導して高容量および高効率を保持することで電池の寿命を延ばすと共に、優れた高温安全性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】脂肪族ジニトリル中のサクシノニトリル(SN)を電解液添加剤として用いたときにおける、正極の表面とSN添加剤との反応を示す表面分析(XPS)グラフ。
【図2】脂肪族ニトリル化合物中のシアノ作用基と正極のコバルトとの結合により形成される錯物構造の模式図。
【図3】初期の充電時に、ビニレンカーボネート(VC)添加剤の存否による非可逆性および負極との反応性を調べるために、得られた容量を電圧で微分した結果を示すグラフ。
【図4】脂肪族ジニトリル含有電池(実施例)と脂肪族ジニトリルを含有しない電池(比較例)の熱的安定性を調べるために、熱分析装備(示差走査熱量計(DSC))にて発熱量を分析して示すグラフ。
【図5】電解液がカーボネート溶剤と1M LiPF塩からなる電池と、同じ組成を有するが、電解液にSNがさらに添加された電池の45℃におけるサイクル特性を相互比較して示すグラフ。
【図6】VCとSNが同時に不動態膜を形成している電池と、SN添加剤を使用せずにVCのみが不動態膜を形成している電池の45℃におけるサイクル特性を相互比較して示すグラフ。
【図7】脂肪族ジニトリルのうちセバコニトリルを電解液添加剤として用いた電池(実施例4)の45℃におけるサイクル特性をSNの場合と比較して示すグラフ。
【図8】脂肪族ジニトリルのうちジシアノペンタンを電解液添加剤として用いた電池(実施例5)の45℃におけるサイクル特性をSNの場合と比較して示すグラフ。
【図9】脂肪族ジニトリルのうちジシアノヘキサンを電解液添加剤として用いた電池(実施例6)の45℃におけるサイクル特性をSNの場合と比較して示すグラフ。
【図10】過充電時に正極を不動態化させる添加剤となるシクロヘキシルベンゼン(CHB)とビフェニル(BP)がSNと同時に添加された電池(実施例6)の45℃におけるサイクル特性を示すグラフ。
【図11】比較例2に従い製造された電池を放電状態で60℃、1日、2日、および3日間それぞれ保存後、充電状態でEIS(電子的化学的インピーダンス分光学)法による結果を示すグラフ。
【図12】実施例1に従い製造された電池を放電状態で60℃、1日、2日、および3日間それぞれ保存後、充電状態でEIS法による結果を示すグラフ。
【図13】比較例2に従い製造された電池を放電状態で60℃、3日間保存後、フル充電された状態で高温露出試験を行った結果を示すグラフ。
【図14】実施例1に従い製造された電池を放電状態で60℃、3日間保存後、フル充電された状態で高温露出試験を行った結果を示すグラフ。
【図15】実施例1または実施例8における160℃の高温露出試験の結果を示すグラフ。
【図16】実施例2または実施例9における160℃の高温露出試験の結果を示すグラフ。
【図17】比較例1における160℃の高温露出試験の結果を示すグラフ。
【図18】実施例8および9に従い製造された電池の20V 1C過充電結果を示すグラフ。
【図19】比較例2および3に従い製造された電池の6V 1A過充電結果を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物により保護膜が形成された正極。
【請求項2】
前記脂肪族ニトリル化合物は、下記式1で表わされる化合物であることを特徴とする請求項1に記載の正極。
【化1】

(ここで、RはC〜C15のアルカンである。)
【請求項3】
前記脂肪族ニトリル化合物は、サクシノニトリルであることを特徴とする請求項2に記載の正極。
【請求項4】
前記正極活物質の表面と脂肪族ニトリル化合物との間の錯物は、脂肪族ニトリル化合物含有電解液に集電体上に正極活物質が塗布された正極を浸漬した後、高温処理を行うことにより形成されることを特徴とする請求項1に記載の正極。
【請求項5】
高温処理は、電池の組立て前、または電池の組立て後に60〜90℃の温度条件下で行うことを特徴とする請求項4に記載の正極。
【請求項6】
請求項1から5の何れかに記載の正極と、負極、およびリチウム塩と溶媒を含む電解液を備えた電気化学素子。
【請求項7】
前記負極は、下記式2で表わされるビニレンカーボネート、その誘導体、およびエーテル系化合物からなる群から選ばれた化合物により不動態膜が形成されたことを特徴とする請求項6に記載の電気化学素子。
【化2】

【請求項8】
エーテル系化合物は、ベンジルメチルエーテルまたはテトラエチレングリコールジメチルエーテルであることを特徴とする請求項7に記載の電気化学素子。
【請求項9】
前記溶媒がエチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、およびγ-ブチロラクトン(GBL)からなる群から何れか1種以上選ばれる還状のカーボネートと、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)およびメチルプロピルカーボネート(MPC)からなる群から何れか1種以上選ばれる線形カーボネート、または前記環状のカーボネートおよび線形カーボネートの両方を含む請求項6に記載の非水電解液。
【請求項10】
前記電解液は、ビニレンカーボネート、その誘導体およびエーテル系化合物からなる群から選ばれた化合物と脂肪族ニトリル化合物を添加剤として含むことを特徴とする請求項7に記載の電気化学素子。
【請求項11】
正極上の錯物または負極上の不動態膜は、電解液中の添加剤により形成されたことを特徴とする請求項10に記載の電気化学素子。
【請求項12】
正極上の錯物を形成する添加剤は電解液中に0.1重量%以上20重量%以下に含まれ、負極上の不動態膜を形成する添加剤は0.1重量%以上5重量%以下に含まれることを特徴とする請求項10に記載の電気化学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公表番号】特表2007−510270(P2007−510270A)
【公表日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−537904(P2006−537904)
【出願日】平成17年1月14日(2005.1.14)
【国際出願番号】PCT/KR2005/000145
【国際公開番号】WO2005/069423
【国際公開日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【出願人】(502202007)エルジー・ケム・リミテッド (224)
【Fターム(参考)】