脳腫瘍幹細胞の検出方法
【課題】新たな脳腫瘍マーカー、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出する方法、及び脳腫瘍を簡易かつ正確に診断する方法等を提供する。
【解決手段】生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法及び脳腫瘍の診断方法であって、脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階、得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階、CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆する段階を含む診断方法。
【解決手段】生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法及び脳腫瘍の診断方法であって、脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階、得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階、CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆する段階を含む診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍幹細胞の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳腫瘍の発生頻度は、人口10万人に対し12人程度といわれている。このうち、最も多い腫瘍は、脳に発生する悪性腫瘍である神経膠腫(glioma)であり、脳腫瘍の約25〜30%を占める。
【0003】
神経膠腫(グリオーマ)は、脳及び脊髄において、神経細胞及び神経線維の間を埋めている神経膠細胞から発生する腫瘍の総称である。神経膠細胞には星状膠細胞、稀突起膠細胞、上衣細胞などがあり、これらから発生する腫瘍はそれぞれ、星状細胞腫、稀突起神経膠腫、上衣腫などと称される。
【0004】
これらの病名は病理組織学的な所見に基づいた病名であるが、WHOでは、臨床的悪性度も併せて、神経膠腫を、最も良性のグレードIから最も悪性のグレードIVまでのグレードで評価している。グレードIII及びIVの腫瘍が悪性神経膠腫と称される。グレードIVである膠芽腫(Glioblastoma, GBM)は、中枢神経系における頻度の高い悪性腫瘍の一つである。その予後は極めて不良であり、外科療法、放射線療法、化学療法などの積極的な治療を施した場合でも、膠芽腫の生存期間中央値は12〜15ヵ月に過ぎない。
【0005】
脳腫瘍の治療方針は、その悪性度によって異なる。例えば、原則的には全ての神経膠腫で外科的切除が必要とされるが、一般的には、悪性神経膠腫(グレードIII及びIV)に対しては、外科的切除後、放射線外照射、及びニトロソウレア系抗がん剤、インターフェロンなどの化学療法又は免疫療法が行われる。一方、グレードIの腫瘍は、手術のみの治癒が期待できる。
【0006】
このように、予後の予測、及び術後の治療方針の決定には、悪性度評価(malignancy grading)が重要である。悪性度評価を含む脳腫瘍の診断は、術前に行われる臨床症状、画像CT(コンピュータ断層撮影)及びMRI(磁気共鳴画像)等のみでは不確実であり、外科的手術時に得られる組織標本を病理学的に検討して初めて正確な診断が可能になる。しかし、この診断には、高い専門知識及び豊富な経験が必要とされるので、脳腫瘍の病理診断を行える専門家は不足している。
【0007】
一方、近年、腫瘍全体は未熟な「幹細胞」的な性質をもつ少数の腫瘍細胞(腫瘍幹細胞)が分化した腫瘍細胞を産み出すことによって構成されていると考えられるようになった。腫瘍幹細胞は、分化能、腫瘍形成能を有し、また、培養によって浮遊細胞塊(スフィア)を形成することができる。また、グレードIVの膠芽腫において、従来の治療法が奏効しない原因として、膠芽腫幹細胞の存在が考えられている。従って、腫瘍幹細胞は、がんの悪性度に深く関連していると考えられている。
【0008】
従って、脳腫瘍の診断、特に神経膠腫の悪性度評価に用いることができる腫瘍マーカー、及び脳腫瘍幹細胞の検出に用いることができる腫瘍マーカーが求められている。
【0009】
Singhらは、CD133+を発現する細胞画分を用いて脳腫瘍幹細胞を単離し、同定した(非特許文献1)。従って、CD133は、脳腫瘍(特に、膠芽腫)のマーカーとして知られている。また、膠芽腫のその他のマーカーとして、L1CAM(非特許文献2)、A2B5(非特許文献3)、CD15(非特許文献4)、及びインテグリンα6(非特許文献5)が提案されている。
【0010】
ところで、活性化白血球細胞接着分子(Activated leukocyte cell adhesion molecule, ALCAM)は免疫グロブリンスーパーファミリーに属し、神経細胞、線維芽細胞、内皮細胞及びケラチノサイトなど様々な組織で広く発現している。また、ALCAMは接着分子であり、胚形成、神経発生、血管新生、造血、免疫応答に関係する。さらに、ALCAMは、間葉系細胞、及び造血前駆細胞の細胞表面マーカーと考えられており、骨髄ニッチにおける造血幹細胞メンテナンスに関与する。ALCAMは、同種親和性(ALCAM-ALCAM)相互作用及び異種親和性(ALCAM-CD6)相互作用を介して、同種細胞間及び異種細胞間のクラスター形成を調節する。
【0011】
ALCAMであるCD166は、いくつかの癌において、がん幹細胞(腫瘍幹細胞)抗原の一つとして知られている(特許文献1、特許文献2、特許文献3など)。
【0012】
なお、本明細書中、用語"ALCAM"と用語"CD166"は、場合により、相互互換的に用いられる。
【0013】
これまでの報告により、ALCAMは、がん幹細胞マーカーとして使用可能であることが示唆されている。例えば、直腸結腸がんにおいて、Dalerba Pらは直腸結腸がんの腫瘍原性細胞はEpCAM+/CD44+/CD166+細胞に限られ、ALCAMは結腸直腸がんの新規のがん幹細胞マーカーとして使用できることを示した(非特許文献6)。さらに、異型髄膜腫(非特許文献8)及び前立腺がん(非特許文献9)で、がん幹細胞の存在はCD166陽性細胞に限られる。また、Ikedaらは可溶型ALCAMを精製し、可溶型ALCAMが内皮細胞の移動を促進させALCAM-ALCAM間の同種親和性相互作用を阻害することを報告している(非特許文献9)。また、van Kilsdonkらは、可溶型ALCAMがMMP活性を阻害することによって黒色腫細胞株の浸潤を抑制することを示している(非特許文献10)。しかし、CD166の脳腫瘍における発現は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開第2007−053648号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2008−091908号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2009−148488号パンフレット
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Singhら, Cancer Res., 2003, 63(18), pp.5821-8
【非特許文献2】Baoら, Cancer Res. 2008, 68(15), pp.6043-8
【非特許文献3】Ogdenら, Neurosurgery, 2008, 62(2), pp.505-14
【非特許文献4】Sonら, Cell Stem Cell, 2009, 4(5), pp.440-52
【非特許文献5】Lathiaら, Cell Stem Cell, 2010, 6(5), pp.421-32
【非特許文献6】Dalerba Pら, Proc Natl Acad Sci U S A., 2007 Jun 12, 104(24), pp.10158-63
【非特許文献7】Rathら, Exp Mol Pathol., 2010, Epub ahead of print
【非特許文献8】Rajasekharら, Nat Commun., 2011, 2(1), 162.
【非特許文献9】Ikedaら, J Biol Chem., 2004, 279(53), pp.55315-23
【非特許文献10】van Kilsdonkら, Cancer Res., 2008, 68(10), pp.3671-9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
膠芽腫幹細胞はCD133陽性膠芽腫細胞のサブポピュレーションに存在すると報告されており(上記非特許文献1)、脳腫瘍マーカー(特に膠芽腫マーカー)として使用され得る。しかし、膠芽腫の一部にはCD133発現細胞を有さない検体も認められる。また、Wangら(Wangら, Int J Cancer. 2008, 122(4), pp.761-8)はこのCD133陰性細胞からも膠芽腫が発生することを報告している。
【0017】
本発明は、新たな脳腫瘍マーカー、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出する方法、及び脳腫瘍を簡易かつ正確に診断する方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本明細書に記載する研究において、本発明者らはCD133陽性膠芽腫細胞ではCD133陰性細胞と比較してALCAM(CD166)の発現量が極めて高いことを見出した。また、CD133+/CD166+細胞は腫瘍スフィア(tumor sphere)-源細胞(initiating cell)で多く認められることを見出した。さらに、CD133陰性膠芽腫検体においてもALCAMは腫瘍スフィア-源細胞の良好なマーカーであることを見出した。更にALCAMノックダウン細胞では、イン・ビトロにおける腫瘍浸潤が促進されることを見出した。同様に、ALCAMの可溶型アイソフォーム(本明細書中、可溶型CD166または可溶型ALCAMと称する場合がある)を過剰発現させた膠芽腫細胞でも、イン・ビトロにおける腫瘍浸潤及びイン・ビボでの腫瘍形成が促進されることを見出した。また、膠芽腫検体におけるCD166陽性細胞の頻度は、膠芽腫の病期及び予後と高い相関性が認められることを見出した。
【0019】
更に、本発明者らは、前述のように、ALCAMは膠芽腫幹細胞に発現して膠芽腫細胞浸潤に関与し、かつ、ALCAMの可溶型アイソフォームは膠芽腫形成を促進することから、CD166(特に可溶型CD166)は、膠芽腫に代表される脳腫瘍に対する新規の治療標的となることに想到した。
【0020】
本発明は、以下の各項に記載の態様を有する。
項1.
生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法であって、
CD166発現量を測定することを含む方法。
項2.
CD166又はそれをコードするポリヌクレオチドからなる脳腫瘍マーカー。
項3.
CD166発現量が脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい脳由来の単離細胞を含有する細胞集団。
項4.
脳腫瘍の診断方法であって、
脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階、
得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階、
CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆する段階
を含む診断方法。
項5.
脳腫瘍の悪性度評価方法である、前記項4に記載の診断方法。
項6.
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、
被検物質に曝された細胞における可溶性CD166の発現量を測定する段階、及び
可溶型CD166を減少させる質被験物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
項7.
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、及び
可溶型CD166に結合する被検物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
項8.
可溶型CD166に結合する化合物を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
項9.
CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
項10.
CD166に対する抗体を含有する脳腫瘍幹細胞検出用のプロテインアレイ。
項11.
CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の核酸アレイ。
項12.
(1)CD166に対する抗体、又は(2)CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の検出キット。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出することができる。その結果、脳腫瘍を簡易かつ正確に診断すること等が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】CD133陽性細胞およびCD133陰性細胞におけるALCAM mRNA発現(CD133陰性細胞を基準とする)を示すグラフ。
【図2】CD133+脳腫瘍幹細胞分画およびCD133-脳腫瘍幹細胞分画におけるCD166の発現を示すフローサイトメトリー解析の結果。
【図3A】CD166+ CD133+およびCD166- CD133+画分中の細胞の腫瘍スフィア形成能を示すグラフ。
【図3B】腫瘍スフィアの一例の写真。
【図3C】CD133陽性細胞を有さない膠芽腫検体におけるCD166+ およびCD166- 画分中の細胞の腫瘍スフィア形成能を示すグラフ。
【図4】CD166抗体にて免疫染色した膠芽腫の凍結切片の写真。
【図5】脳腫瘍切除標本におけるCD166陽性細胞の頻度と組織学的悪性度の相関を示すグラフ。
【図6】膠芽腫患者の無増悪生存率とCD166陽性細胞の割合の関連を示すグラフ。
【図7A】siRNA ALCAMノックダウンU87MGのイン・ビトロ細胞増殖試験のグラフ。
【図7B】siRNA ALCAMノックダウンU87MGのマトリゲル浸潤実験の結果を示すグラフ。
【図8A】ALCAMおよび可溶型ALCAMの遺伝子の模式図。
【図8B】可溶型ALCAM発現レベルを示すグラフ。
【図9A】U87MG-sALCAM細胞のイン・ビトロ細胞増殖試験のグラフ。
【図9B】U87MG-sALCAM細胞のマトリゲル浸潤実験の結果を示すグラフ。
【図10A】ウェスタンブロット分析の写真。
【図10B】可溶型ALCAMを添加した細胞のマトリゲル浸潤実験の結果を示すグラフ。
【図11A】U87MG-sALCAM細胞を移植したマウスの累積生存率を示すグラフ。
【図11B】U87MG-sALCAM細胞を移植したマウスの脳の写真。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
1.本発明で使用する用語の定義
本明細書において、「脳腫瘍」は、頭蓋内に発生する、あらゆる腫瘍を包含する。
【0024】
本明細書において、「神経膠腫」は、あらゆる神経膠の腫瘍を包含する。
【0025】
本明細書において、「神経膠腫」の例としては、グレードIの毛様性星細胞腫、グレードIIのびまん性星細胞腫、グレードIIIの退形成性星細胞腫、グレードIVの膠芽腫が挙げられる。
【0026】
本発明において、「脳腫瘍」は、好ましくは原発性脳腫瘍、より好ましくは神経膠腫更に好ましくは悪性神経膠腫、特に好ましくは膠芽腫である。
【0027】
本明細書において、「脳腫瘍マーカー」とは、脳腫瘍細胞が産生し、又は有する物質であって、脳腫瘍細胞を判別する目印となる物質をいう。
【0028】
本明細書において、「定量」(すなわち、量の測定)は、必要に応じた精度を有するものであればよい。すなわち、対照との区別が可能な精度であれば十分であり、対照の量が検出限界以下である場合、単なる検出で十分である。すなわち、本明細書において、定量とは、特に言及しない限り、検出を包含するものとする。
【0029】
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)や核酸又はアミノ酸などの略号による表示は、IUPAC-IUBの規定〔IUPAC-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138; 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0030】
本明細書において「遺伝子」は、特に言及しない限り、2本鎖DNA、及び1本鎖DNA(センス鎖)、並びに当該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、及びそれらの断片のいずれもが包含される、また、本明細書で「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0031】
本明細書において、「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)は、核酸と同義であって、DNA及びRNAの両方を包含するものとする。また、これらは2本鎖であっても1本鎖であってもよい。本明細書中、ある配列を有する「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)は、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。
【0032】
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、特に言及しない限り、「オリゴヌクレオチド」を包含するものとする。
【0033】
また、「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)は、特に言及しない限り、修飾された核酸又は核酸類似体(例、PNA、LNA)を包含するものとする。
【0034】
なお、「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)がRNAである場合、配列表に示される塩基記号「T」は「U」と読み替えられるものとする。
【0035】
本明細書において、「cDNA」は、特に言及しない限り、mRNAに相補的な塩基配列を有する一本鎖DNA(一本鎖cDNA)、並びに当該一本鎖cDNA及びその相補鎖からなる二本鎖DNA(二本鎖cDNA)の両方を包含するものとする。
【0036】
本明細書において、「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbour Laboratory Press, New York, USA、第2版、1989に記載の条件)において、生物学的試料中の他のポリヌクレオチドとのクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。
【0037】
本明細書において、「タンパク質」は、特に言及しない限り、糖鎖などによって修飾されているタンパク質及び非修飾のタンパク質の両方を包含するものとする。このことは、タンパク質であることが明記されていないタンパク質についても同様である。
【0038】
本明細書中、「単離」とは、本来の環境から分離されていることを意味する。単離されたものとしては、例えば、細胞から抽出された細胞構成成分、及び生体から得られた組織等が挙げられる。
2.脳腫瘍幹細胞を検出する方法
本発明の一態様は、生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法である。
【0039】
本発明の、生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法は、CD166発現量を測定することを含む。
【0040】
脳腫瘍幹細胞の検出は、定性的であってもよく、定量的であってもよい。
【0041】
生物学的試料のCD166発現量が脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料のCD166発現量に比べて大きいことは、当該生物学的試料中に、CD166を発現している細胞の数が多い場合を含む。このことは、被験試料中に脳腫瘍幹細胞が含まれていることを示唆する。また、生物学的試料のCD166発現量が大きいほど、被験試料中により多くの脳腫瘍幹細胞が含まれていることを示唆する。
2.1.生物学的試料
「生物学的試料」としては、例えば、脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から得られる生物学的試料である。
【0042】
このような生物学的試料は、脳組織、血液、リンパ液、血漿、髄液、組織洗液等のような、細胞を含有したあらゆる試料であり得る。
【0043】
脳組織は、正常脳組織、腫瘍組織、又は腫瘍の隣接組織であり得る。
【0044】
生物学的試料は、例えば、脳腫瘍に罹患している可能性がある患者の外科的手術における切除組織から得られる。
【0045】
「対象」は、ヒト、サル、イヌ、マウス、ラット等の哺乳類であり、好ましくはヒトである。
【0046】
「脳腫瘍に罹患している可能性がある対象」は、例えば、臨床症状、画像CT(コンピュータ断層撮影)、又はMRI(磁気共鳴画像)等の手段によって、脳腫瘍に罹患している可能性があると診断された患者であり得る。
【0047】
あるいは、生物学的試料は、培養細胞、又は培養細胞液であってもよい。
【0048】
生物学的試料は、検出を実施するまで、生物学的試料中のポリヌクレオチド、又はタンパク質を検出又は分析可能な状態で維持できる公知の保存方法によって、保存しておいてもよい。
2.2.CD166発現量の測定
本発明において、脳腫瘍幹細胞の検出は、CD166発現量の測定によって行われる。
【0049】
CD166発現量の測定は、タンパク質であるCD166又はそのmRNAを定量することによって行うことができる。
【0050】
「定量」は、後記で詳細に説明する判定段階において、脳腫瘍に閾値との区別が可能な精度であれば十分であり、対照の発現が検出されない場合、発現の単なる検出で十分である。これは、実際に採用される、CD166発現量の具体的な測定方法の特徴によって定まる。
【0051】
本発明において「CD166」とは、活性化白血球細胞接着分子(Activated leukocyte cell adhesion molecule, ALCAM)としても知られる細胞表面タンパク質である。そのアミノ酸配列はNCBIのタンパク質データ−ベースに、GenBank: AAI37097.1として登録されている(本明細書中、配列番号1、およびSEQUENCE LISTING <210> 1に当該配列を示す)。当該アミノ酸配列において、突然変異や遺伝子多型などによって、1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個、1〜2個、1個)のアミノ酸残基の置換、欠失、及び/又は付加などを有するタンパク質も、本発明におけるCD166に包含される。
【0052】
ここで、アミノ酸残基の置換は、アスパラギン酸とグルタミン酸の間での置換、アルギニンとリジンとヒスチジンとの間での置換、トリプトファンとフェニルアラニンとの間での置換、フェニルアラニンとバリンとの間での置換、ロイシンとイソロイシンとアラニンとの間での置換、グリシンとアラニンとの間での置換等の保存的置換であることができる。
【0053】
本発明において「CD166のmRNA」とは、CD166遺伝子の転写産物である。その塩基配列は、NCBIの遺伝子データ−ベースに、NCBI Reference Sequence: NM_001627.2として登録されている(本明細書中、配列番号2、およびSEQUENCE LISTING <210> 2に当該配列を示す)。当該塩基配列において、突然変異や遺伝子多型などによって、1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個)の塩基の置換、欠失、及び/又は付加などを有するmRNAも、本発明におけるCD166のmRNAに包含される。
【0054】
ALCAM又はCD166には、可溶型のアイソフォームが存在する。本発明において「ALCAM」又は「CD166」とは、特に言及しない限り、可溶型CD166又は可溶型ALCAM(sALCAM)を包含する。但し、実施例の試験では、通常(すなわち非可溶型)のALCAM又はCD166を、単にALCAM又はCD166と称する場合がある。
【0055】
タンパク質であるCD166を定量する場合は、前記の生物学的試料から通常の方法によりタンパク質を抽出又は調製し、下記に例示する方法などによって定量する。タンパク質の抽出又は調製は、例えば、市販のキットを用いて実施することができる。
【0056】
CD166の定量方法としては、特定のタンパク質を定量できる方法であれば、特に制限されないが、例えば、ウエスタンブロット法、ELISA法、蛍光抗体法、プロテインアレイ(プロテインチップ)法などが挙げられる。
【0057】
可溶型CD166の定量は、特定のタンパク質を定量できる方法であれば、特に制限されないが、ウエスタンブロット法、ELISA法、プロテインアレイ(プロテインチップ)法などが挙げられる。可溶型CD166を含有する試料としては、例えば、血清、脳脊髄液等が挙げられる。
【0058】
ELISA法では、例えば、前記の生物学的試料から抽出又は調製したタンパク質を含有する溶液を、マイクロプレートのウェルの固相表面に吸着させた後、CD166に対する抗体をアプライし、酵素反応により検出/定量する。
【0059】
プロテインアレイ法では、例えば、CD166に対する抗体を有するプロテインアレイ(例、抗体アレイ(抗体チップ))を準備し、当該プロテインアレイに、前記の生物学的試料から抽出したタンパク質をアプライし、抗体抗原反応をさせた後、前記抗体に結合したCD166を、ELISA法等を用いて検出する。
【0060】
このようなプロテインアレイもまた本発明の一態様である。本発明のプロテインアレイについては、下記で説明する。
【0061】
CD166の定量に用いられる抗体は、例えば、ポリクローナル抗体、又はモノクローナル抗体であり得る。
【0062】
また、CD166の定量に用いられる抗体は、例えば、Fabフラグメント、F(ab’)2フラグメント等の、抗原に特異的に結合し得る抗体フラグメントであってもよい。
【0063】
CD166の定量に用いられる抗体は、公知の方法により製造できる。
【0064】
例えば、抗体がポリクローナル抗体の場合は、公知の方法により大腸菌などで発現させて調製したCD166、又は公知の方法により合成したCD166の部分アミノ酸配列を有するペプチドを用いて、ウサギなどの非ヒト哺乳動物を免疫し、当該免疫動物の血清から通常の方法により調製できる。一方、モノクローナル抗体の場合は、公知の方法により大腸菌などで発現させて調製したCD166、又は公知の方法により合成したCD166の部分アミノ酸配列を有するペプチドを用いて、マウスなどの非ヒト哺乳動物を免疫し、得られた抗体産生細胞をミエローマと細胞融合させて調製したハイブリドーマから調製できる。
【0065】
ここで免疫抗原として使用されるCD166は、例えば、CD166遺伝子の塩基配列情報に基づくDNAのクローニング、プラスミド構築、宿主へのトランスフェクション、形質転換体の培養及び培養物からのタンパク質の回収などの操作を含む方法により調製できる。
【0066】
また、CD166の定量に用いられる抗体は、商業的にも入手可能である。
【0067】
CD166の定量に用いられる抗体は、例えば、酵素標識、放射標識、及び蛍光標識などの公知の標識方法で標識されていてもよく、ビオチンなどにより修飾されていてもよい。
【0068】
CD166のmRNAを定量する場合は、前記の生物学的試料から通常の方法によりmRNAを抽出又は調製し、下記に例示する方法などによって定量する。mRNAの抽出又は調製は、例えば、市販のキットを用いて実施することができる。
【0069】
CD166のmRNAの定量は、特定のmRNAを定量できる方法であれば、特に制限されないが、例えば、CD166のmRNA又はそれに対応するcDNAに特異的に結合するプローブ又はプライマーを用いた、サザンブロット法、in situ ハイブリダイゼーション法、比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH))、定量PCR(例、リアルタイムPCR)、又はインベーダー(商品名、HOLOGIC社、米国)法等の公知の方法を採用して行うことができる。
【0070】
マイクロアレイ法では、例えば、CD166のmRNAに特異的に結合するプローブが配置された核酸アレイ(核酸チップ)を準備し、当該核酸アレイに、前記の生物学的試料から抽出し、及び蛍光標識等で標識したmRNA試料をアプライし、前記プローブに結合したCD166のmRNAの標識シグナルを測定して解析する。
【0071】
このような核酸アレイもまた本発明の一態様である。本発明の核酸アレイについては、下記で説明する。
【0072】
リアルタイムPCRでは、例えば、前記の生物学的試料から抽出又は調製したmRNAを、逆転写酵素を用いてcDNAに逆転写し、そのcDNAを鋳型として用い、CD166のcDNAに特異的に結合するプライマーを用いて、所定の領域をPCRで増幅し、増幅産物の生成をリアルタイムでモニタリングする。
【0073】
mRNAの定量に用いられるプローブは、CD166のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするように設計される。
【0074】
プローブとしてのポリヌクレオチドは、好ましくは、例えば、CD166 mRNAの塩基配列の全体配列、部分配列、及びそれらの相補配列からなるポリヌクレオチド、並びに、前記ポリヌクレオチドにおいて1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個)の塩基が、欠失、置換若しくは付加されたポリヌクレオチドからなる群から選択されるポリヌクレオチドなどである。プローブとしてのポリヌクレオチドの長さは、通常、15〜500塩基長、好ましくは20〜200塩基長、より好ましくは20〜50塩基長である。
【0075】
このようなポリヌクレオチドは、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0076】
プローブとしてのポリヌクレオチドは、CD166のmRNAの定量を可能とするために、適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質等が付加されていてもよい。
【0077】
定量PCRなどによるmRNAの定量に用いられるプライマーは、CD166のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするように設計される。プライマーの設計は、特に制限されないが、公知の方法、例えば、プライマー設計用アルゴリズムやソフトウエアなどを利用して行なうことができる。プライマーは通常、フォワードプライマー及びリバースプライマーの一対からなるプライマーセットとして使用される。プライマーの長さとしては、特に限定されないが、例えば、15〜30ヌクレオチドである。
【0078】
プライマーとしてのポリヌクレオチドは、好ましくは、例えば、CD166のmRNAの塩基配列の全体配列、部分配列、及びそれらの相補配列からなるポリヌクレオチド、並びに、前記ポリヌクレオチドにおいて1〜数個の塩基が、欠失、置換若しくは付加されたポリヌクレオチドからなる群から選択されるポリヌクレオチドなどである。プライマーとしてのポリヌクレオチドの長さは、通常、15〜30塩基長である。
【0079】
このようなポリヌクレオチドは、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0080】
プライマーとしてのポリヌクレオチドは、CD166のmRNAの定量を可能とするために、適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質等が付加されていてもよい。
【0081】
生物学的試料中に、CD166を発現している細胞が多いことは、生物学的試料の形態に応じして、蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質等で標識した抗CD166抗体を用いて、免疫組織染色した組織試料中のCD166発現細胞を観察すること、又は細胞集団試料中のCD166発現細胞の数を計測することなどの方法によっても知ることができる。
3.脳腫瘍マーカー
本発明の一態様は、CD166からなる脳腫瘍マーカーである。
【0082】
本発明の脳腫瘍マーカーは、例えば、脳腫瘍の診断、脳腫瘍の治療に有効な物質のスクリーニング、被験物質の脳腫瘍治療における有用性の評価、及び被験物質が脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性の評価等に好適に用いられる。
【0083】
このような使用は、例えば、被験物質を、CD166発現量が脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい単離細胞を含有する細胞集団と接触させる段階を含む。
【0084】
このような細胞集団もまた、本発明の一態様であり、本明細書中、本発明の細胞集団と称する場合がある。本発明の細胞集団は、例えば、脳腫瘍の外科的手術時等によって得られた切除組織から、脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量又は当該発現量に基づいて定められた閾値よりも大きいことを指標にして単離又は濃縮された細胞の集団であり得る。
【0085】
あるいは、本発明の細胞集団は、前記単離又は濃縮された細胞を培養して得られる細胞集団であり得る。
【0086】
更に、あるいは、本発明の細胞集団は、前記単離された細胞に由来する、遺伝的に改変された細胞を培養して得られる細胞集団であり得る。
【0087】
細胞の単離、遺伝的改変、及び細胞の培養は、それぞれ細胞工学分野で慣用の方法を用いて実施すればよい。細胞の単離又は濃縮は、例えば、市販のフローサイトメトリー(FCM)(FACS)装置を利用して行うことができる。
【0088】
本発明の細胞集団は、好ましくは、脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい細胞から主としてなる。
【0089】
前記閾値は、脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料(例えば、脳腫瘍に罹患していない対象から得た生物学的試料)のCD166発現量、及び/又は脳腫瘍細胞を含有することが明らかな生物学的試料のCD166発現量を前記測定段階で説明したCD166発現量の測定方法によって測定し、統計学的手法(例えば、student t検定、Kaplan-Meier法)を利用して定めることができる。
【0090】
閾値は、例えば、脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料のCD166発現量の平均値の2倍、3倍、4倍、5倍、又はそれ以上の値、あるいは脳腫瘍細胞を含有することが明らかな生物学的試料のCD166発現量の平均値、などに設定することができる。但し、閾値は、CD166発現量を区別できるように設定すれば十分である。すなわち、例えば、脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料ではCD166発現が検出されない測定方法の場合は、「CD166発現量が閾値以上である」とは、CD166発現が検出されることを意味する。
【0091】
以下に、本発明の脳腫瘍マーカーの使用の態様を更に詳しく説明する。
4.脳腫瘍の診断方法
CD166を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、脳腫瘍を診断することができる。
【0092】
本発明の診断方法は、
脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階(試料調製段階)、
得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階(測定段階)、及び
CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆される段階(判定段階)
を含む。
4.1.試料調製段階
試料調製段階では、脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る。
【0093】
当該生物学的試料は、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明したものと同じであり、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」において説明した方法で得られる。
4.2.測定段階
測定段階では、前記試料調整段階で得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する。
【0094】
当該測定は、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」の「CD166発現量の測定」のセクションにおいて説明した測定方法で実施される。
4.3.判定段階
判定段階では、前記試料調整段階で測定されたCD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆される。
【0095】
閾値は、前記「脳腫瘍マーカー」ついて説明した方法で定めることができる。閾値は、予め定められたものであってもよく、当該診断方法の実施時に求めてもよい。
【0096】
被験者から得た生物学的試料のCD166発現量が閾値以上である場合は、当該被験者が脳腫瘍(特に、原発性脳腫瘍)に罹患していると示唆される。
【0097】
また、被験者から得た生物学的試料のCD166発現量が閾値以上である場合は、当該被験者が神経膠腫(特に、悪性神経膠腫、とりわけ、膠芽腫)に罹患していると示唆される。
【0098】
また、被験者から得た生物学的試料のCD166発現量が高いほど、被験者が罹患している脳腫瘍のグレードが高いことが示唆される。
【0099】
なお、本明細書において、脳腫瘍の「グレード」は、代表的には、WHO2000年改定のグレードである。但し、本発明の脳腫瘍の診断方法で実施できる悪性度評価は、これに限定されるものではない。
【0100】
本発明の脳腫瘍の診断方法は、術前に行われる臨床症状、画像CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)、外科的手術時に得られる組織標本の病理学的検討、脳腫瘍マーカーとしてCD133等の他の脳腫瘍マーカーを使用した検査等と組み合わせて、実施することができる。
5.脳腫瘍の予防または治療に有効な物質のスクリーニング方法
前述のように、ALCAMは膠芽腫幹細胞に発現して膠芽腫細胞浸潤に関与し、かつ、ALCAMの可溶型アイソフォームは膠芽腫形成を促進することから、CD166(特に可溶型CD166)は、膠芽腫に代表される脳腫瘍に対する治療標的となる。更に、本明細書に記載する研究において、可溶型CD166が脳腫瘍進行を促進することが確認された。従って、CD166(特に、可溶型CD166)を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、脳腫瘍の予防または治療に有効な物質(化合物)、すなわち抗脳腫瘍剤として有用な物質(化合物)をスクリーニングすることができる。
【0101】
更に、本明細書に記載する研究において、可溶型CD166が脳腫瘍進行を促進することが確認された。従って、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)は、脳腫瘍の予防または治療に有効、すなわち抗脳腫瘍剤として有用であると考え得る。
【0102】
従って、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)を選択することによっても、脳腫瘍の予防または治療に有効な物質(化合物)、すなわち抗脳腫瘍剤として有用な物質(化合物)をスクリーニングすることができる。
【0103】
本発明のスクリーニング方法の一態様は、例えば、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階(暴露段階)、
被検物質に曝された細胞における前記脳腫瘍マーカーの発現量を測定する段階(測定段階)、
及び
可溶型CD166発現量を減少させる被検物質を選択する段階(選択段階)
を含む。
5.1.暴露段階
暴露段階では、可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す。
【0104】
「可溶型CD166を発現している細胞」としては、本発明の細胞集団であって、CD166が可溶型CD166である細胞集団が好適に用いられる。
【0105】
被検物質は、特に限定されない。なお、被検物質に換えて、刺激(例、光照射、加熱)等に暴露すれば、脳腫瘍の治療に有効な刺激をスクリーニングすることができる。
【0106】
暴露条件は、被験物質に応じて、適宜設定することができる。
5.2.測定段階
測定段階では、被験物質に曝された細胞(細胞集団)の可溶型CD166発現量を測定する。
【0107】
当該測定は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した測定方法で実施される。
5.3.選択段階
選択段階では、可溶型CD166発現量を減少させる被検物質を選択する。当該物質は脳腫瘍の治療に有効である可能性があり、この減少の程度が大きいほど、脳腫瘍の治療における有効性が高いことが示唆される。可溶型CD166発現量の減少の程度は、前記暴露段階前に測定した発現量との比較で決定してもよく、被験物質に曝していない対照との比較で決定してもよい。
【0108】
また、本発明のスクリーニング方法の別の一態様は、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、及び
可溶型CD166に結合する被検物質(好ましくは、可溶型CD166に特異的に結合する被検物質)を選択する段階
を含む。
【0109】
「可溶型CD166に特異的に結合する」とは、当該物質(化合物)の、可溶型ではないCD166との結合定数に対して、可溶型CD166との結合定数が10倍以上、好ましくは100倍以上、より好ましくは1000倍以上であることを意味する。
6.被験物質の脳腫瘍治療における有用性の評価
CD166を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、被験物質の脳腫瘍治療における有用性を評価することができる。
【0110】
本発明の評価方法は、例えば、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階(暴露段階)、
被検物質に曝された細胞における前記脳腫瘍マーカーの発現量を測定する段階(測定段階)、
及び
可溶型CD166発現量の減少の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍の治療における有効性が高いことを示唆される段階(評価段階)
を含む。
6.1.暴露段階
暴露段階では、可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す。
【0111】
「可溶型CD166を発現している細胞」としては、本発明の細胞集団であって、CD166が可溶型CD166である細胞集団が好適に用いられる。
【0112】
被検物質は、特に限定されない。なお、被検物質に換えて、刺激(例、光照射、加熱)等に暴露すれば、脳腫瘍の治療における刺激の有用性を評価することができる。
【0113】
暴露条件は、被験物質に応じて、適宜設定することができる。
6.2.測定段階
測定段階では、被験物質に曝された細胞(細胞集団)の可溶型CD166発現量を測定する。
【0114】
当該測定は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した測定方法で実施される。
6.3.評価段階
評価段階では、可溶型CD166発現量の減少の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍の治療における有効性が高いことを示唆される。この減少の程度が大きいほど、脳腫瘍の治療における有効性が高いことが示唆される。可溶型CD166発現量の減少の程度は、前記暴露段階前に測定した発現量との比較で決定してもよく、被験物質に曝していない対照との比較で決定してもよい。
7.被験物質が脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性の評価
CD166(特に可溶型CD166)を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、被験物質の脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性を評価することができる。
【0115】
本発明の評価方法は、例えば、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階(暴露段階)、
被検物質に曝された細胞における前記脳腫瘍マーカーの発現量を測定する段階(測定段階)、
及び
可溶型CD166発現量の増加の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性が高いことが示唆される段階(評価段階)
を含む。
7.1.暴露段階
暴露段階では、可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す。
【0116】
「可溶型CD166を発現している細胞」としては、本発明の細胞集団であってCD166が可溶型CD166である細胞集団が好適に用いられる。
【0117】
被検物質は、特に限定されない。なお、被検物質に換えて、刺激(例、光照射、加熱)等に暴露すれば、脳腫瘍の治療に有効な刺激をスクリーニングすることができる。
【0118】
暴露条件は、被験物質に応じて、適宜設定することができる。
7.2.測定段階
測定段階では、被験物質に曝された細胞(細胞集団)の可溶型CD166発現量を測定する。
【0119】
当該測定は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した測定方法で実施される。
7.3.評価段階
評価段階では、可溶型CD166発現量の増加の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性が高いことを示唆される。この増加の程度が大きいほど、脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性がより高いことが示唆される。可溶型CD166発現量の増加の程度は、前記暴露段階前に測定した発現量との比較で決定してもよく、被験物質に曝していない対照との比較で決定してもよい。
8.脳腫瘍の予防または治療用組成物
前述のように、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)は、脳腫瘍の予防または治療に有効、すなわち抗脳腫瘍剤として有用であると考え得る。
【0120】
本発明の予防または治療用組成物は、その一態様として、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)を含有する。
【0121】
可溶型CD166に特異的に結合する化合物としては、可溶型CD166に特異的な抗体が挙げられる。このような抗体は、例えば、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」の「CD166発現量の測定」のセクションにおいて説明した方法で、可溶型CD166を抗原として調製された抗体のうち、可溶型ではないCD166との結合定数が小さい抗体を選択することによって得られる。
【0122】
また、本明細書に示す通り、CD166は、膠芽腫幹細胞(特にその細胞表面に)に発現することから、CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体は、膠芽腫に代表される脳腫瘍の免疫原として用いることができる。
【0123】
本発明の予防または治療用組成物は、別の一態様として、このような、CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有する。
【0124】
かかる予防または治療用組成物は、脳腫瘍ワクチンであることができる。
【0125】
ここで、CD166、その部分ペプチド、又はそれらの類似体は、樹状細胞ワクチン療法等において、抗原提示細胞によって提示されている場合を含む。
【0126】
免疫原として用いられるCD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体は、1個以上の抗原決定基を有する。
【0127】
当該CD166の部分ペプチドは、上記で説明した、本発明におけるCD166の部分ペプチドである。
【0128】
当該部分ペプチドの長さは、例えば、500アミノ酸残基、400アミノ酸残基、300アミノ酸残基、200アミノ酸残基、150アミノ酸残基、100アミノ酸残基、80アミノ酸残基、60アミノ酸残基、50アミノ酸残基、40アミノ酸残基、30アミノ酸残基、20アミノ酸残基、15アミノ酸残基、10アミノ酸残基、6アミノ酸残基であり、その長さの下限は、例えば、6アミノ酸残基、10アミノ酸残基、20アミノ酸残基、30アミノ酸残基である。
【0129】
当該CD166の部分ペプチドの類似体は、当該CD166の部分ペプチドが、1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個、1〜2個、1個)のアミノ酸残基の置換、欠失、及び/又は付加などを有するペプチドであることができる。
【0130】
ここで、アミノ酸残基の置換は、アスパラギン酸とグルタミン酸の間での置換、アルギニンとリジンとヒスチジンとの間での置換、トリプトファンとフェニルアラニンとの間での置換、フェニルアラニンとバリンとの間での置換、ロイシンとイソロイシンとアラニンとの間での置換、グリシンとアラニンとの間での置換等の保存的置換であることができる。
【0131】
CD166、その部分ペプチド、それらの類似体(以下、単にポリペプチドと称する場合がある。)は、天然に由来するものであってもよく、当業者に公知の、組換えDNA技術もしくは化学合成法によって製造されたものであってもよい。
【0132】
組換えDNA技術では、当業者に公知の任意の種々の発現ベクターを使用して、DNA配列に基づき、ポリペプチドを調製する。ポリペプチドの発現は、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターで形質転換またはトランスフェクトされた、適当な宿主細胞を培養することによって達成され得る。適当な宿主細胞としては、原核生物、酵母、高等真核生物の細胞および植物細胞が挙げられる。好ましくは、使用される宿主細胞は、E.coli、酵母または哺乳動物細胞株(例えば、COSまたはCHO)である。
【0133】
化学合成法は、例えば、市販のペプチド合成装置を使用して実施することができる。
【0134】
別法として、前記部分ペプチドは、本発明におけるCD166を、プロテアーゼ処理等によって断片化する方法によって製造することもできる。
【0135】
得られたポリペプチドは、HPLC等によって、精製することができる。
【0136】
前記ポリペプチドの誘導体としては、例えば、シアン酸を用いたアミノ基のカルバモイル化などによって側鎖が修飾されたポリペプチドが挙げられる。
【0137】
前記ポリペプチドの誘導体、特に、前記ポリペプチド自体は免疫応答を引き起こすことができない場合、前記ポリペプチドと免疫原性の担体とのコンジュゲートであることができる。このような担体としては、例えば、ヒト血清アルブミンなどのアルブミン等が挙げられる。
【0138】
本発明の予防または治療用組成物は、薬学的に許容される添加剤を含有してもよい。
【0139】
本発明の予防または治療用組成物が、CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有し、免疫原として用いられる場合、本発明の予防または治療用組成物は、アジュバントを含有してもよい。このようなアジュバントしては、例えば、フロイントアジュバントが挙げられる。
9.プロテインアレイ
本発明の脳腫瘍幹細胞検出用のプロテインアレイ(例、抗体アレイ(抗体チップ))は、CD166に対する抗体を含有する。本発明のプロテインアレイは、基板及び前記抗体を有し、前記抗体は基板上に配置されている。
【0140】
前記CD166に対する抗体は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した抗体であり得る。
【0141】
前記基板としては、タンパク質をその上に配置できるものであれば特に制限されないが、例えば、ガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、及びキャピラリー等を挙げることができる。
【0142】
プロテインアレイ(抗体チップ)は、例えば、インクジェット技術を利用する方法等の慣用の方法を用いて前記抗体を基板上に固定することによって製造できる。
10.核酸アレイ
本発明の脳腫瘍幹細胞検出用の核酸アレイ(マイクロアレイ)は、CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを有する。本発明のマイクロアレイは、基板及び前記ポリヌクレオチドを有し、当該ポリヌクレオチドは基板上に配置されている。
【0143】
前記ポリヌクレオチドとしては、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明したプローブ又はプライマーが挙げられる。
【0144】
前記基板としては、核酸をその上に配置できるものであれば特に制限されないが、例えば、ガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、及びキャピラリー等を挙げることができる。
【0145】
核酸アレイは、例えば、市販のスポッターを利用する方法、又はインクジェット技術を利用する方法等の慣用の方法を用いて前記プローブ又はプライマーを基板上に固定することによって製造できる。
11.キット
本発明の脳腫瘍幹細胞検出用のキットは、(1)CD166に対する抗体、又は(2)CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを有する。
【0146】
前記CD166に対する抗体は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した抗体であり得る。
【0147】
前記ポリヌクレオチドとしては、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明したプローブ又はプライマーが挙げられる。
【0148】
前記CD166に対する抗体は、本発明のプロテインアレイの形態であってもよい。
【0149】
前記ポリヌクレオチドは、本発明の核酸アレイの形態であってもよい。
【0150】
当該キットは、その目的及び形態に応じて、酵素、緩衝液、若しくは試薬、又は取り扱い説明書などを含有してもよい。
【実施例】
【0151】
以下に、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0152】
本発明の実施例は、以下に説明する材料及び方法によって実施した。
1.材料及び方法
(1)膠芽腫検体、CD133陽性細胞及びCD133陰性細胞の単離
2007年から2008年の期間に大阪大学医学部附属病院で外科手術を施行した患者から、膠芽腫の21個の一次検体を得た。膠芽腫の一次検体をメスで細切し、パパイン(Worthington社)緩衝液(165 U/8.5 mL)で処理し単一細胞とした。
【0153】
一次検体から得た膠芽腫細胞を、50倍希釈したPE標識抗CD133抗体(Miltenyi Biotec社)で染色した。氷上に30分間置いた後、FACS(FACS Aria、Becton Dickinson社)によってCD133陽性(CD133+)細胞及び陰性(CD133−)細胞を単離した。単離した細胞は、EGF(20 ng/mL)、塩基性FGF(20 ng/mL)及びB27サプリメントを添加した無血清培地を使用し、12穴プレートを用いて100000/mL濃度の細胞を5% CO2濃度のインキュベーターで1週間培養した。
(2)マイクロアレイ解析
RNAは、CD133陽性細胞及びCD133陰性細胞より、Trizol(Invitrogen社)を用いて、取扱説明書に従って抽出した。cDNAは逆転写酵素反応によって合成した。cDNAの合成後、それぞれの細胞で合成したcDNAをマイクロアレイ(Affymetrix社)によって解析した。
(3)腫瘍スフィア形成実験
膠芽腫から分離した初代培養細胞から、CD133+/CD166+細胞、CD133+/CD166−細胞、CD133−/CD166+細胞、及びCD133−/CD166+細胞を単離した。各サブポピュレーションの細胞を12穴プレートに500個ずつ播種し、EGF(20 ng/mL)、塩基性FGF(20 ng/mL)及びB-27サプリメント(Invitrogen社)を添加した無血清培地で培養した。その後、各細胞サブポピュレーションより形成された腫瘍スフィア数を計測した。
(4)リアルタイムPCR
膠芽腫細胞株であるU87MG、T98G、A172及びU251、ならびに膠芽腫手術検体からRNAを抽出した。これらの細胞株は、American Type Culture Collection(ATCC)から購入した。RNAの抽出には、TRIzol(invitrogen社)を取扱説明書に従って使用した。次に、膠芽腫細胞株及び手術検体における可溶型ALCAM及びALCAMの発現の有無を検討するために、RNAを逆転写してcDNAを作成し、リアルタイムPCRを行った。可溶型ALCAMのプライマーの配列として、センスプライマーはAGACAGATTGAACCTCTCTCAGAAAAC(配列番号3)、アンチセンスプライマーはGCTGCAGACTACTTACTGAACACC(配列番号4)を使用した。また、ALCAM/CD166のプライマーの配列として、センスプライマーはCGTGAATTCCACCAAGAAGGAGGAGGA(配列番号5)、アンチセンスプライマーはTCTGTCTTTGTATTCTGGTACATCG(配列番号6)を使用した。cDNA濃度を、SYBR green蛍光を用いABI-7900 HT(Applied Biosystems社)によって解析した。
(5)ALCAMノックダウンモデル
U87MGを用いてALCAMノックダウンモデルを構築した。Stealth RNAi(invitrogen社)を用い、取扱説明書に従って、siRNAによる一過性ALCAMノックダウンモデルを構築した。siRNAによるALCAMノックダウンモデルをイン・ビトロ実験に用いた。Mission shRNA(Sigma Aldrich社)を用い、取扱説明書に従って、shRNAによる恒常的ALCAMノックダウンモデル(ALCAMノックダウンU87MG細胞)を構築した。用いたshRNAの配列は、CCGGCAGCCATGATAATAGGTCATACTCGAGTATGACCTATTATCATGGCTGTTTTTG(配列番号7)である。
(6)可溶型ALCAM過剰発現モデル
U87MGを用いて可溶型ALCAM-FLAG発現モデルを構築した。具体的には、可溶性ALCAM-FLAG発現ベクターをエレクトロポレーションにてU87MG脳腫瘍細胞に導入した後、G418添加培地で遺伝子が導入されたものを選択した。当該ベクターは、pFLAG-CMV5.1(Sigma-Aldrich社)に可溶性ALCAM cDNAが挿入されたものである。当該ベクターは、京都府立医科大学循環器内科 池田 宏二先生から供与頂いた。
【0154】
コントロールのU87MG細胞には、pFLAG-CMV5.1を導入した。
(7)マトリゲル浸潤実験
24穴マトリゲルインベージョンチャンバー(Becton Dickinson bioscience社)を使用した。各ウェルに5×10000個の細胞を播種し、5% CO2濃度のインキュベーターで24時間培養した。培養後、浸潤した細胞数を計測した。同実験を3回繰り返し、平均浸潤細胞数を算出した。可溶型ALCAMが膠芽腫細胞浸潤を促進させるかどうかを検討するために、可溶型ALCAMを発現させたU87MGから可溶型ALCAM-FLAGを精製した。可溶型ALCAM-FLAGの精製には、抗FLAG抗体アフィニティーゲル(Sigma社)を取扱説明書に従って使用した。精製した可溶型ALCAM-FLAGを、200 μg/mL及び1000 μg/mLの濃度でマトリゲルインベージョンチャンバー上層の培地に添加した。
(8)ウェスタンブロット分析
8% ポリアクリルアミドゲルで電気泳動を行い、タンパク質をポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜(Immobilon P、Millipore社)に転写した。スキムミルクで2時間ブロッキングした後、一次抗体としてマウス抗FLAG M2抗体(Sigma Aldrich社)を1000倍希釈で使用して一晩インキュベーションを行った。二次抗体としてAP標識抗マウスIgG抗体(Santa Cruz社)を1000倍希釈で使用し、BCIT/NBTキット(ナカライテスク社)によって視覚化した。
(9)頭蓋内異種移植モデル
rag−/−マウスの新生仔を使用した。rag−/−マウスの新生仔を氷上で麻酔し、定位注入装置に固定した。腫瘍の移植部位は、ブレグマより前方2 mm、右側1 mm、深さ2 mmとした。2×100000個の細胞を100000/μLの濃度で移植した。移植したマウスは、神経学的症状が出現した時点、又は移植後40日が経過した時点で屠殺した。
(10)免疫組織化学的解析
2003年から2009年の期間に大阪大学医学部附属病院で外科手術を施行した患者から、パラフィン包埋又は凍結したヒト神経膠腫の手術検体を得た。ミクロトーム(Leica社)を用いて検体の6 μm切片を作成した。抗原賦活化はマイクロウェーブ照射により行った。一次抗体としてマウス抗マウスCD166モノクローナル抗体(Abcam社)を使用し、二次抗体としてヒストファインシンプルステインMAX-PO(MULTI)(ニチレイバイオサイエンス社)を使用した。結合した抗体はDAB(同仁化学研究所社)によって視覚化した。ALCAM陽性腫瘍細胞の割合は、200倍視野の顕微鏡下で計測した。
(11)臨床データ解析
2007年から2009年の期間に大阪大学医学部附属病院で外科手術を施行した膠芽腫患者の、無増悪生存率及び全生存率に関する臨床データを得た。解析対象とした全患者が、膠芽腫に対して同様の標準的治療(最大限の外科的切除、放射線治療、テモゾロミド投与)を受けた。
(12)統計解析
本明細書で示すイン・ビトロ実験の解析に関しては、すべて、student t検定による解析を行った。臨床データの解析(無増悪生存率、全生存率)に関しては、Kaplan-Meier法を行った。検定はすべて、有意水準をp=0.05として実施した。
2.試験及び結果
(1)CD166(ALCAM)の膠芽腫前駆細胞における特異的発現
膠芽腫初代培養細胞のCD133陽性(CD133+)細胞及びCD133陰性(CD133-)細胞からRNAを抽出し、RNAよりcDNAを合成した。上記で説明したマイクロアレイ解析により、CD133陽性細胞に特異的に発現する分子を検索した。その結果、CD133陽性である膠芽腫初代培養細胞で、CD166が、CD133陰性である細胞よりも高いレベルで発現することが分かった。(図1)
更に、CD31- CD45- CD133+ GBM(多型膠芽腫)細胞(以下、CD133+ GBM細胞と称する場合がある)におけるCD166タンパク質発現をFACS分析によって分析した。CD133+ GBM細胞におけるCD166+ 細胞の頻度(37.0±35.1%(1.9-95.4%))は、CD133-GBM細胞におけるCD166+ 細胞の頻度(17.4±21.5% (0- 57.6%))よりも、有意に高かった(p<0.05, n=12)。
【0155】
また更に、脳腫瘍細胞由来の単一細胞懸濁物をPBSに浮遊させ、そこにヒトAB型血清を容積比1:10で加え5分間4℃で静置することにより非特異的抗体の結合をブロックした。次に、抗CD166−PE(BD pharmingen社)、抗CD133-Biotin(Mylteni Biotech社)、抗CD45-FITC(BD pharmingen社)、それぞれ容積比1:50で加え30分4℃で静置した。その後、PBSを加えて遠心分離することにより、細胞を洗浄したのち、上清を除き、PBSにストレプトアビジン-APC(BD pharmingen社)を容積比1:200で加えたものを加え、さらに30分4℃で静置した。その後、PBSを加えて遠心分離することにより、細胞を洗浄したのち、上清を除き、最後に1mg/mlのヨウ化プロピジウム(これは、死細胞を染色する)を加えたPBSに浮遊させて、FACSARIA(BD社)を用いて解析した。図2に、3例(GBM2、GBM3、GBM4)の代表的な症例の解析結果を示した。上方にCD133+CD45- 分画のゲートを示し、下方にそれぞれCD133+脳腫瘍幹細胞分画およびCD133-脳腫瘍幹細胞分画におけるALCAM(CD166)の発現をアイソタイプコントロールとともに示している。いずれのCD133+脳腫瘍幹細胞分画においてもALCAMが発現している。。
【0156】
次に、CD166陽性(CD166+)細胞が腫瘍幹細胞の特性を有するかどうかについて検討した。
【0157】
CD166+ CD133+ GBM細胞中にBM前駆細胞が濃縮されているかどうかを確かめるために、FACSでソートしたGBM細胞を用いて、上記で説明した腫瘍スフィア形成分析を実施した。5個のGBM試料を試験した結果、腫瘍スフィア形成細胞は、CD166+ CD133+ 画分では500細胞あたり4.6+/-0.4であり、一方、CD166+ CD133+ 画分では、0.6+/-0.6であった(図3A)。なお、腫瘍スフィアの一例の写真を図3Bに示す。
【0158】
CD133陰性検体でも同様の結果が認められた。すなわち、CD133−/CD166+細胞はCD133−/CD166−細胞と比較して、腫瘍スフィア形成能が高い傾向を示した。(図3C)
したがって、CD166陽性細胞は腫瘍スフィア形成能が高い傾向を有することが確認された。
【0159】
以上の結果はCD166陽性膠芽腫細胞が腫瘍幹細胞の特性を有することを示している。
【0160】
CD133+細胞を全く持たない脳腫瘍は比較的高頻度に存在する、がそのような症例においても、脳腫瘍中のCD166陽性細胞は脳腫瘍前駆細胞を多く含んでいると考えられる。
【0161】
さらに、CD166陽性細胞がヒト膠芽腫に存在するかどうかを確認するため、膠芽腫患者の凍結切片を用いて、上記で説明した免疫組織化学的解析を実施した。
【0162】
その結果、膠芽腫の凍結切片を免疫染色することにより、CD166陽性脳腫瘍細胞の検出が可能であった(図4)。これに対し、CD133の免疫組織化学染色では、染色条件を調整して複数の異なる抗体を使用したが染色されなかった(図示せず)。
(2)ALCAMの発現と、神経膠腫のWHO分類及び膠芽腫患者の無増悪生存率との関連性
ALCAMが臨床的に意義のあるマーカーであるかどうかを検討するため、上記で説明した免疫組織化学的解析を実施した。
【0163】
まず、ALCAMが神経膠腫のWHO分類と相関するかどうかを検討した。
【0164】
神経膠腫のWHO分類がグレードII、III、IVである手術検体に関して、CD166陽性細胞の割合を測定した。その結果、CD166陽性率はWHO分類のグレードII、III間では関連しないが、グレードIVでは陽性率が有意に高かった(図5)。
【0165】
これらの結果は、CD166発現が神経膠腫のWHO分類と相関することを示す。
【0166】
さらに、ALCAMが予後マーカーであるかどうかを検討するため、上記で説明した臨床データ解析を実施した。
【0167】
膠芽腫(WHO分類のグレードIV)患者の臨床転帰とCD166陽性細胞の割合の関連性について評価した。その結果、CD166発現と初回診断からの全生存率との間に顕著な相関は認められないが、CD166陽性率が膠芽腫患者の無増悪生存率と負の相関関係を示す傾向が認められた(図6)。
【0168】
これらの結果は、ALCAMが膠芽腫患者の予後マーカーとなる可能性を示す。
(3)膠芽腫におけるALCAM(CD166)の機能的役割
膠芽腫におけるALCAM(CD166)の機能的役割を調べた。
【0169】
まず、ALCAMが細胞増殖に関与するかどうかをイン・ビトロの細胞増殖試験で評価した。
【0170】
その結果、対照U87MGとsiRNA ALCAMノックダウンU87MG(2クローン)の細胞増殖には差が無かった。(図7A)
次に、上記で説明したマトリゲル浸潤実験により、ALCAMが膠芽腫の浸潤に関与するかどうかを検討した。
【0171】
その結果、U87MGのALCAMノックダウンモデル(2クローン)では膠芽腫細胞浸潤が有意に促進されることを見出した。(図7B)
これらの結果は、ALCAMが細胞増殖には関与しないが、膠芽腫細胞浸潤の調節に関与することを示す。
(4)可溶型ALCAMの膠芽腫細胞における発現及びその機能的役割
まず、リアルタイムPCRにより、膠芽腫初代培養細胞及び神経膠腫細胞株における可溶型ALCAMの内因性発現の有無を検討した。(図8)
初代培養細胞と細胞株のすべてにおいてALCAMの可溶型アイソフォームが内因性に発現していた。
【0172】
次に、膠芽腫細胞における可溶型ALCAMの機能的な役割を検討した。
【0173】
まず、ALCAMの可溶型アイソフォームがイン・ビトロで細胞増殖に関与するかどうかを調べるため、細胞増殖実験を実施した。
【0174】
その結果、対照U87MG細胞(U87MG)とU87MG-sALCAM細胞(2クローン)の細胞増殖には有意差が無かった。(図9A)
次に、可溶型ALCAMが膠芽腫細胞浸潤に関与しているかどうかを検討した。試験は、12穴マトリゲルインベージョンチャンバーを使用し、その取扱説明書に従って実施した。その結果、U87MG-sALCAMでは膠芽腫細胞浸潤が有意に促進された。(図9B)
次に、神経膠腫細胞による可溶型ALCAMの分泌の有無を検討した。U87MG培養細胞の培養上清における可溶性ALCAMの有無を、ウェスタンブロット法で分析した。膠芽腫細胞U87MGの馴化培地中に可溶型ALCAMが分泌されることが確認された(図10A)。さらに、抗FLAG抗体アフィニティーゲルを用いて、可溶型ALCAM-FLAGを精製した。
【0175】
その後、マトリゲルインベージョンチャンバーを使用してALCAMの可溶型アイソフォームが膠芽腫細胞浸潤を促進させるかどうかを検討した。
【0176】
その結果、精製した可溶型ALCAMを添加したU87MGではイン・ビトロにおける浸潤能が有意に増強されることが明らかになった(図10B)。
【0177】
これらの結果は、可溶型ALCAMがイン・ビトロにおける膠芽腫細胞浸潤を促進することを示す。
【0178】
上記で説明した頭蓋内異種移植モデルにより、可溶型ALCAMがイン・ビボで膠芽腫細胞浸潤を促進するかどうかを検討した。対照U87MG細胞又は可溶型ALCAMを過剰発現させたU87MG-sALCAM細胞をrag−/−マウス新生仔の頭蓋内に移植した。対照U87MGを移植したマウスでは移植後40日において腫瘍形成を認めなかったが、U87MG-sALCAMを移植したマウスでは移植後35日以内に全例で膠芽腫が形成されることを見出した。図11Aに移植後の累積生存率を示す。U87MG-sALCAMを移植したマウスで形成された腫瘍を組織学的に評価し、マウスの脳組織への明らかな浸潤は認められなかったが、腫瘍形成は明確に認められた(図11B)。
3.考察
以下に、前述の試験結果をまとめ、かつ考察を行う。
【0179】
前述の試験結果の通り、本発明者らは、CD166/ALCAMがCD133陽性細胞特異的に発現し、CD166/ALCAM陽性細胞が幹細胞培養条件下で腫瘍スフィアを形成する特性を有することを示した。更に、CD166陽性細胞はCD133が陰性の検体でも腫瘍スフィアを形成する特性を有すること示した。これから明らかなように、CD166はCD133陽性及び陰性細胞のいずれにおいても使用可能な新規の脳腫瘍マーカーであり、及び脳腫瘍幹細胞(特に、膠芽腫幹細胞マーカー)である。
【0180】
前述の試験結果から、ALCAMがイン・ビトロ及びイン・ビボで膠芽腫の細胞浸潤の制御に関与することが示された。
【0181】
本発明者らは、可溶型ALCAMが膠芽腫細胞株及びヒトの膠芽腫初代培養細胞において内因性に発現し、膠芽腫細胞から分泌されることを示した。本発明者らは、さらに、可溶型ALCAMはイン・ビトロで膠芽腫細胞浸潤を促進し、イン・ビボで腫瘍形成を促進する。本発明者らは可溶型ALCAMがALCAM-ALCAM間の同種親和性相互作用を阻害することによって膠芽腫細胞浸潤を促進すると推察する。
【0182】
ところで、van Kilsdonkらは、可溶型ALCAMがMMP活性を阻害することによって黒色腫細胞株の浸潤を抑制することを示している(van Kilsdonkら, Cancer Res. 2008 May 15, 68(10), pp.3671-9)。彼らの観察結果は、可溶型ALCAMが膠芽腫細胞浸潤を促進するという本発明者らの研究結果と正反対である。この黒色腫と膠芽腫におけるALCAMの機能の違いは、それぞれのがんにおけるALCAMの機能の違いに起因する可能性がある。
【0183】
膠芽腫はもともと浸潤傾向を呈することから、腫瘍浸潤の調節に関与するいずれの分子でも治療標的となりうる。本明細書に記載する研究において、可溶型ALCAMはイン・ビトロでは細胞浸潤に関与し、イン・ビボでは腫瘍形成を促進することが示された。したがって、可溶型ALCAMは治療標的となる可能性がある。
【0184】
ALCAMはがんの種類によって予後不良因子又は予後良好因子のいずれかに関連し得る。前述の試験結果から、ALCAMが膠芽腫の予後因子であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0185】
本発明によれば、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出することができる。その結果、脳腫瘍を簡易の悪性度および患者の予後等をかつ正確に診断すること等が可能になる。
【配列表フリーテキスト】
【0186】
配列番号3:可溶型ALCAMのPCR用の合成フォワードプライマー
配列番号4:可溶型ALCAMのPCR用の合成PCR用リバースプライマー
配列番号5:可溶型ALCAMのPCR用の合成フォワードプライマー
配列番号6:可溶型ALCAMのPCR用の合成PCR用リバースプライマー
配列番号7:siRNA
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍幹細胞の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳腫瘍の発生頻度は、人口10万人に対し12人程度といわれている。このうち、最も多い腫瘍は、脳に発生する悪性腫瘍である神経膠腫(glioma)であり、脳腫瘍の約25〜30%を占める。
【0003】
神経膠腫(グリオーマ)は、脳及び脊髄において、神経細胞及び神経線維の間を埋めている神経膠細胞から発生する腫瘍の総称である。神経膠細胞には星状膠細胞、稀突起膠細胞、上衣細胞などがあり、これらから発生する腫瘍はそれぞれ、星状細胞腫、稀突起神経膠腫、上衣腫などと称される。
【0004】
これらの病名は病理組織学的な所見に基づいた病名であるが、WHOでは、臨床的悪性度も併せて、神経膠腫を、最も良性のグレードIから最も悪性のグレードIVまでのグレードで評価している。グレードIII及びIVの腫瘍が悪性神経膠腫と称される。グレードIVである膠芽腫(Glioblastoma, GBM)は、中枢神経系における頻度の高い悪性腫瘍の一つである。その予後は極めて不良であり、外科療法、放射線療法、化学療法などの積極的な治療を施した場合でも、膠芽腫の生存期間中央値は12〜15ヵ月に過ぎない。
【0005】
脳腫瘍の治療方針は、その悪性度によって異なる。例えば、原則的には全ての神経膠腫で外科的切除が必要とされるが、一般的には、悪性神経膠腫(グレードIII及びIV)に対しては、外科的切除後、放射線外照射、及びニトロソウレア系抗がん剤、インターフェロンなどの化学療法又は免疫療法が行われる。一方、グレードIの腫瘍は、手術のみの治癒が期待できる。
【0006】
このように、予後の予測、及び術後の治療方針の決定には、悪性度評価(malignancy grading)が重要である。悪性度評価を含む脳腫瘍の診断は、術前に行われる臨床症状、画像CT(コンピュータ断層撮影)及びMRI(磁気共鳴画像)等のみでは不確実であり、外科的手術時に得られる組織標本を病理学的に検討して初めて正確な診断が可能になる。しかし、この診断には、高い専門知識及び豊富な経験が必要とされるので、脳腫瘍の病理診断を行える専門家は不足している。
【0007】
一方、近年、腫瘍全体は未熟な「幹細胞」的な性質をもつ少数の腫瘍細胞(腫瘍幹細胞)が分化した腫瘍細胞を産み出すことによって構成されていると考えられるようになった。腫瘍幹細胞は、分化能、腫瘍形成能を有し、また、培養によって浮遊細胞塊(スフィア)を形成することができる。また、グレードIVの膠芽腫において、従来の治療法が奏効しない原因として、膠芽腫幹細胞の存在が考えられている。従って、腫瘍幹細胞は、がんの悪性度に深く関連していると考えられている。
【0008】
従って、脳腫瘍の診断、特に神経膠腫の悪性度評価に用いることができる腫瘍マーカー、及び脳腫瘍幹細胞の検出に用いることができる腫瘍マーカーが求められている。
【0009】
Singhらは、CD133+を発現する細胞画分を用いて脳腫瘍幹細胞を単離し、同定した(非特許文献1)。従って、CD133は、脳腫瘍(特に、膠芽腫)のマーカーとして知られている。また、膠芽腫のその他のマーカーとして、L1CAM(非特許文献2)、A2B5(非特許文献3)、CD15(非特許文献4)、及びインテグリンα6(非特許文献5)が提案されている。
【0010】
ところで、活性化白血球細胞接着分子(Activated leukocyte cell adhesion molecule, ALCAM)は免疫グロブリンスーパーファミリーに属し、神経細胞、線維芽細胞、内皮細胞及びケラチノサイトなど様々な組織で広く発現している。また、ALCAMは接着分子であり、胚形成、神経発生、血管新生、造血、免疫応答に関係する。さらに、ALCAMは、間葉系細胞、及び造血前駆細胞の細胞表面マーカーと考えられており、骨髄ニッチにおける造血幹細胞メンテナンスに関与する。ALCAMは、同種親和性(ALCAM-ALCAM)相互作用及び異種親和性(ALCAM-CD6)相互作用を介して、同種細胞間及び異種細胞間のクラスター形成を調節する。
【0011】
ALCAMであるCD166は、いくつかの癌において、がん幹細胞(腫瘍幹細胞)抗原の一つとして知られている(特許文献1、特許文献2、特許文献3など)。
【0012】
なお、本明細書中、用語"ALCAM"と用語"CD166"は、場合により、相互互換的に用いられる。
【0013】
これまでの報告により、ALCAMは、がん幹細胞マーカーとして使用可能であることが示唆されている。例えば、直腸結腸がんにおいて、Dalerba Pらは直腸結腸がんの腫瘍原性細胞はEpCAM+/CD44+/CD166+細胞に限られ、ALCAMは結腸直腸がんの新規のがん幹細胞マーカーとして使用できることを示した(非特許文献6)。さらに、異型髄膜腫(非特許文献8)及び前立腺がん(非特許文献9)で、がん幹細胞の存在はCD166陽性細胞に限られる。また、Ikedaらは可溶型ALCAMを精製し、可溶型ALCAMが内皮細胞の移動を促進させALCAM-ALCAM間の同種親和性相互作用を阻害することを報告している(非特許文献9)。また、van Kilsdonkらは、可溶型ALCAMがMMP活性を阻害することによって黒色腫細胞株の浸潤を抑制することを示している(非特許文献10)。しかし、CD166の脳腫瘍における発現は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開第2007−053648号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2008−091908号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2009−148488号パンフレット
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Singhら, Cancer Res., 2003, 63(18), pp.5821-8
【非特許文献2】Baoら, Cancer Res. 2008, 68(15), pp.6043-8
【非特許文献3】Ogdenら, Neurosurgery, 2008, 62(2), pp.505-14
【非特許文献4】Sonら, Cell Stem Cell, 2009, 4(5), pp.440-52
【非特許文献5】Lathiaら, Cell Stem Cell, 2010, 6(5), pp.421-32
【非特許文献6】Dalerba Pら, Proc Natl Acad Sci U S A., 2007 Jun 12, 104(24), pp.10158-63
【非特許文献7】Rathら, Exp Mol Pathol., 2010, Epub ahead of print
【非特許文献8】Rajasekharら, Nat Commun., 2011, 2(1), 162.
【非特許文献9】Ikedaら, J Biol Chem., 2004, 279(53), pp.55315-23
【非特許文献10】van Kilsdonkら, Cancer Res., 2008, 68(10), pp.3671-9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
膠芽腫幹細胞はCD133陽性膠芽腫細胞のサブポピュレーションに存在すると報告されており(上記非特許文献1)、脳腫瘍マーカー(特に膠芽腫マーカー)として使用され得る。しかし、膠芽腫の一部にはCD133発現細胞を有さない検体も認められる。また、Wangら(Wangら, Int J Cancer. 2008, 122(4), pp.761-8)はこのCD133陰性細胞からも膠芽腫が発生することを報告している。
【0017】
本発明は、新たな脳腫瘍マーカー、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出する方法、及び脳腫瘍を簡易かつ正確に診断する方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本明細書に記載する研究において、本発明者らはCD133陽性膠芽腫細胞ではCD133陰性細胞と比較してALCAM(CD166)の発現量が極めて高いことを見出した。また、CD133+/CD166+細胞は腫瘍スフィア(tumor sphere)-源細胞(initiating cell)で多く認められることを見出した。さらに、CD133陰性膠芽腫検体においてもALCAMは腫瘍スフィア-源細胞の良好なマーカーであることを見出した。更にALCAMノックダウン細胞では、イン・ビトロにおける腫瘍浸潤が促進されることを見出した。同様に、ALCAMの可溶型アイソフォーム(本明細書中、可溶型CD166または可溶型ALCAMと称する場合がある)を過剰発現させた膠芽腫細胞でも、イン・ビトロにおける腫瘍浸潤及びイン・ビボでの腫瘍形成が促進されることを見出した。また、膠芽腫検体におけるCD166陽性細胞の頻度は、膠芽腫の病期及び予後と高い相関性が認められることを見出した。
【0019】
更に、本発明者らは、前述のように、ALCAMは膠芽腫幹細胞に発現して膠芽腫細胞浸潤に関与し、かつ、ALCAMの可溶型アイソフォームは膠芽腫形成を促進することから、CD166(特に可溶型CD166)は、膠芽腫に代表される脳腫瘍に対する新規の治療標的となることに想到した。
【0020】
本発明は、以下の各項に記載の態様を有する。
項1.
生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法であって、
CD166発現量を測定することを含む方法。
項2.
CD166又はそれをコードするポリヌクレオチドからなる脳腫瘍マーカー。
項3.
CD166発現量が脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい脳由来の単離細胞を含有する細胞集団。
項4.
脳腫瘍の診断方法であって、
脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階、
得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階、
CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆する段階
を含む診断方法。
項5.
脳腫瘍の悪性度評価方法である、前記項4に記載の診断方法。
項6.
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、
被検物質に曝された細胞における可溶性CD166の発現量を測定する段階、及び
可溶型CD166を減少させる質被験物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
項7.
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、及び
可溶型CD166に結合する被検物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
項8.
可溶型CD166に結合する化合物を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
項9.
CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
項10.
CD166に対する抗体を含有する脳腫瘍幹細胞検出用のプロテインアレイ。
項11.
CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の核酸アレイ。
項12.
(1)CD166に対する抗体、又は(2)CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の検出キット。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出することができる。その結果、脳腫瘍を簡易かつ正確に診断すること等が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】CD133陽性細胞およびCD133陰性細胞におけるALCAM mRNA発現(CD133陰性細胞を基準とする)を示すグラフ。
【図2】CD133+脳腫瘍幹細胞分画およびCD133-脳腫瘍幹細胞分画におけるCD166の発現を示すフローサイトメトリー解析の結果。
【図3A】CD166+ CD133+およびCD166- CD133+画分中の細胞の腫瘍スフィア形成能を示すグラフ。
【図3B】腫瘍スフィアの一例の写真。
【図3C】CD133陽性細胞を有さない膠芽腫検体におけるCD166+ およびCD166- 画分中の細胞の腫瘍スフィア形成能を示すグラフ。
【図4】CD166抗体にて免疫染色した膠芽腫の凍結切片の写真。
【図5】脳腫瘍切除標本におけるCD166陽性細胞の頻度と組織学的悪性度の相関を示すグラフ。
【図6】膠芽腫患者の無増悪生存率とCD166陽性細胞の割合の関連を示すグラフ。
【図7A】siRNA ALCAMノックダウンU87MGのイン・ビトロ細胞増殖試験のグラフ。
【図7B】siRNA ALCAMノックダウンU87MGのマトリゲル浸潤実験の結果を示すグラフ。
【図8A】ALCAMおよび可溶型ALCAMの遺伝子の模式図。
【図8B】可溶型ALCAM発現レベルを示すグラフ。
【図9A】U87MG-sALCAM細胞のイン・ビトロ細胞増殖試験のグラフ。
【図9B】U87MG-sALCAM細胞のマトリゲル浸潤実験の結果を示すグラフ。
【図10A】ウェスタンブロット分析の写真。
【図10B】可溶型ALCAMを添加した細胞のマトリゲル浸潤実験の結果を示すグラフ。
【図11A】U87MG-sALCAM細胞を移植したマウスの累積生存率を示すグラフ。
【図11B】U87MG-sALCAM細胞を移植したマウスの脳の写真。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
1.本発明で使用する用語の定義
本明細書において、「脳腫瘍」は、頭蓋内に発生する、あらゆる腫瘍を包含する。
【0024】
本明細書において、「神経膠腫」は、あらゆる神経膠の腫瘍を包含する。
【0025】
本明細書において、「神経膠腫」の例としては、グレードIの毛様性星細胞腫、グレードIIのびまん性星細胞腫、グレードIIIの退形成性星細胞腫、グレードIVの膠芽腫が挙げられる。
【0026】
本発明において、「脳腫瘍」は、好ましくは原発性脳腫瘍、より好ましくは神経膠腫更に好ましくは悪性神経膠腫、特に好ましくは膠芽腫である。
【0027】
本明細書において、「脳腫瘍マーカー」とは、脳腫瘍細胞が産生し、又は有する物質であって、脳腫瘍細胞を判別する目印となる物質をいう。
【0028】
本明細書において、「定量」(すなわち、量の測定)は、必要に応じた精度を有するものであればよい。すなわち、対照との区別が可能な精度であれば十分であり、対照の量が検出限界以下である場合、単なる検出で十分である。すなわち、本明細書において、定量とは、特に言及しない限り、検出を包含するものとする。
【0029】
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)や核酸又はアミノ酸などの略号による表示は、IUPAC-IUBの規定〔IUPAC-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138; 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0030】
本明細書において「遺伝子」は、特に言及しない限り、2本鎖DNA、及び1本鎖DNA(センス鎖)、並びに当該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、及びそれらの断片のいずれもが包含される、また、本明細書で「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0031】
本明細書において、「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)は、核酸と同義であって、DNA及びRNAの両方を包含するものとする。また、これらは2本鎖であっても1本鎖であってもよい。本明細書中、ある配列を有する「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)は、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。
【0032】
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、特に言及しない限り、「オリゴヌクレオチド」を包含するものとする。
【0033】
また、「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)は、特に言及しない限り、修飾された核酸又は核酸類似体(例、PNA、LNA)を包含するものとする。
【0034】
なお、「ヌクレオチド」(又は「ポリヌクレオチド」)がRNAである場合、配列表に示される塩基記号「T」は「U」と読み替えられるものとする。
【0035】
本明細書において、「cDNA」は、特に言及しない限り、mRNAに相補的な塩基配列を有する一本鎖DNA(一本鎖cDNA)、並びに当該一本鎖cDNA及びその相補鎖からなる二本鎖DNA(二本鎖cDNA)の両方を包含するものとする。
【0036】
本明細書において、「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbour Laboratory Press, New York, USA、第2版、1989に記載の条件)において、生物学的試料中の他のポリヌクレオチドとのクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。
【0037】
本明細書において、「タンパク質」は、特に言及しない限り、糖鎖などによって修飾されているタンパク質及び非修飾のタンパク質の両方を包含するものとする。このことは、タンパク質であることが明記されていないタンパク質についても同様である。
【0038】
本明細書中、「単離」とは、本来の環境から分離されていることを意味する。単離されたものとしては、例えば、細胞から抽出された細胞構成成分、及び生体から得られた組織等が挙げられる。
2.脳腫瘍幹細胞を検出する方法
本発明の一態様は、生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法である。
【0039】
本発明の、生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法は、CD166発現量を測定することを含む。
【0040】
脳腫瘍幹細胞の検出は、定性的であってもよく、定量的であってもよい。
【0041】
生物学的試料のCD166発現量が脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料のCD166発現量に比べて大きいことは、当該生物学的試料中に、CD166を発現している細胞の数が多い場合を含む。このことは、被験試料中に脳腫瘍幹細胞が含まれていることを示唆する。また、生物学的試料のCD166発現量が大きいほど、被験試料中により多くの脳腫瘍幹細胞が含まれていることを示唆する。
2.1.生物学的試料
「生物学的試料」としては、例えば、脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から得られる生物学的試料である。
【0042】
このような生物学的試料は、脳組織、血液、リンパ液、血漿、髄液、組織洗液等のような、細胞を含有したあらゆる試料であり得る。
【0043】
脳組織は、正常脳組織、腫瘍組織、又は腫瘍の隣接組織であり得る。
【0044】
生物学的試料は、例えば、脳腫瘍に罹患している可能性がある患者の外科的手術における切除組織から得られる。
【0045】
「対象」は、ヒト、サル、イヌ、マウス、ラット等の哺乳類であり、好ましくはヒトである。
【0046】
「脳腫瘍に罹患している可能性がある対象」は、例えば、臨床症状、画像CT(コンピュータ断層撮影)、又はMRI(磁気共鳴画像)等の手段によって、脳腫瘍に罹患している可能性があると診断された患者であり得る。
【0047】
あるいは、生物学的試料は、培養細胞、又は培養細胞液であってもよい。
【0048】
生物学的試料は、検出を実施するまで、生物学的試料中のポリヌクレオチド、又はタンパク質を検出又は分析可能な状態で維持できる公知の保存方法によって、保存しておいてもよい。
2.2.CD166発現量の測定
本発明において、脳腫瘍幹細胞の検出は、CD166発現量の測定によって行われる。
【0049】
CD166発現量の測定は、タンパク質であるCD166又はそのmRNAを定量することによって行うことができる。
【0050】
「定量」は、後記で詳細に説明する判定段階において、脳腫瘍に閾値との区別が可能な精度であれば十分であり、対照の発現が検出されない場合、発現の単なる検出で十分である。これは、実際に採用される、CD166発現量の具体的な測定方法の特徴によって定まる。
【0051】
本発明において「CD166」とは、活性化白血球細胞接着分子(Activated leukocyte cell adhesion molecule, ALCAM)としても知られる細胞表面タンパク質である。そのアミノ酸配列はNCBIのタンパク質データ−ベースに、GenBank: AAI37097.1として登録されている(本明細書中、配列番号1、およびSEQUENCE LISTING <210> 1に当該配列を示す)。当該アミノ酸配列において、突然変異や遺伝子多型などによって、1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個、1〜2個、1個)のアミノ酸残基の置換、欠失、及び/又は付加などを有するタンパク質も、本発明におけるCD166に包含される。
【0052】
ここで、アミノ酸残基の置換は、アスパラギン酸とグルタミン酸の間での置換、アルギニンとリジンとヒスチジンとの間での置換、トリプトファンとフェニルアラニンとの間での置換、フェニルアラニンとバリンとの間での置換、ロイシンとイソロイシンとアラニンとの間での置換、グリシンとアラニンとの間での置換等の保存的置換であることができる。
【0053】
本発明において「CD166のmRNA」とは、CD166遺伝子の転写産物である。その塩基配列は、NCBIの遺伝子データ−ベースに、NCBI Reference Sequence: NM_001627.2として登録されている(本明細書中、配列番号2、およびSEQUENCE LISTING <210> 2に当該配列を示す)。当該塩基配列において、突然変異や遺伝子多型などによって、1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個)の塩基の置換、欠失、及び/又は付加などを有するmRNAも、本発明におけるCD166のmRNAに包含される。
【0054】
ALCAM又はCD166には、可溶型のアイソフォームが存在する。本発明において「ALCAM」又は「CD166」とは、特に言及しない限り、可溶型CD166又は可溶型ALCAM(sALCAM)を包含する。但し、実施例の試験では、通常(すなわち非可溶型)のALCAM又はCD166を、単にALCAM又はCD166と称する場合がある。
【0055】
タンパク質であるCD166を定量する場合は、前記の生物学的試料から通常の方法によりタンパク質を抽出又は調製し、下記に例示する方法などによって定量する。タンパク質の抽出又は調製は、例えば、市販のキットを用いて実施することができる。
【0056】
CD166の定量方法としては、特定のタンパク質を定量できる方法であれば、特に制限されないが、例えば、ウエスタンブロット法、ELISA法、蛍光抗体法、プロテインアレイ(プロテインチップ)法などが挙げられる。
【0057】
可溶型CD166の定量は、特定のタンパク質を定量できる方法であれば、特に制限されないが、ウエスタンブロット法、ELISA法、プロテインアレイ(プロテインチップ)法などが挙げられる。可溶型CD166を含有する試料としては、例えば、血清、脳脊髄液等が挙げられる。
【0058】
ELISA法では、例えば、前記の生物学的試料から抽出又は調製したタンパク質を含有する溶液を、マイクロプレートのウェルの固相表面に吸着させた後、CD166に対する抗体をアプライし、酵素反応により検出/定量する。
【0059】
プロテインアレイ法では、例えば、CD166に対する抗体を有するプロテインアレイ(例、抗体アレイ(抗体チップ))を準備し、当該プロテインアレイに、前記の生物学的試料から抽出したタンパク質をアプライし、抗体抗原反応をさせた後、前記抗体に結合したCD166を、ELISA法等を用いて検出する。
【0060】
このようなプロテインアレイもまた本発明の一態様である。本発明のプロテインアレイについては、下記で説明する。
【0061】
CD166の定量に用いられる抗体は、例えば、ポリクローナル抗体、又はモノクローナル抗体であり得る。
【0062】
また、CD166の定量に用いられる抗体は、例えば、Fabフラグメント、F(ab’)2フラグメント等の、抗原に特異的に結合し得る抗体フラグメントであってもよい。
【0063】
CD166の定量に用いられる抗体は、公知の方法により製造できる。
【0064】
例えば、抗体がポリクローナル抗体の場合は、公知の方法により大腸菌などで発現させて調製したCD166、又は公知の方法により合成したCD166の部分アミノ酸配列を有するペプチドを用いて、ウサギなどの非ヒト哺乳動物を免疫し、当該免疫動物の血清から通常の方法により調製できる。一方、モノクローナル抗体の場合は、公知の方法により大腸菌などで発現させて調製したCD166、又は公知の方法により合成したCD166の部分アミノ酸配列を有するペプチドを用いて、マウスなどの非ヒト哺乳動物を免疫し、得られた抗体産生細胞をミエローマと細胞融合させて調製したハイブリドーマから調製できる。
【0065】
ここで免疫抗原として使用されるCD166は、例えば、CD166遺伝子の塩基配列情報に基づくDNAのクローニング、プラスミド構築、宿主へのトランスフェクション、形質転換体の培養及び培養物からのタンパク質の回収などの操作を含む方法により調製できる。
【0066】
また、CD166の定量に用いられる抗体は、商業的にも入手可能である。
【0067】
CD166の定量に用いられる抗体は、例えば、酵素標識、放射標識、及び蛍光標識などの公知の標識方法で標識されていてもよく、ビオチンなどにより修飾されていてもよい。
【0068】
CD166のmRNAを定量する場合は、前記の生物学的試料から通常の方法によりmRNAを抽出又は調製し、下記に例示する方法などによって定量する。mRNAの抽出又は調製は、例えば、市販のキットを用いて実施することができる。
【0069】
CD166のmRNAの定量は、特定のmRNAを定量できる方法であれば、特に制限されないが、例えば、CD166のmRNA又はそれに対応するcDNAに特異的に結合するプローブ又はプライマーを用いた、サザンブロット法、in situ ハイブリダイゼーション法、比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH))、定量PCR(例、リアルタイムPCR)、又はインベーダー(商品名、HOLOGIC社、米国)法等の公知の方法を採用して行うことができる。
【0070】
マイクロアレイ法では、例えば、CD166のmRNAに特異的に結合するプローブが配置された核酸アレイ(核酸チップ)を準備し、当該核酸アレイに、前記の生物学的試料から抽出し、及び蛍光標識等で標識したmRNA試料をアプライし、前記プローブに結合したCD166のmRNAの標識シグナルを測定して解析する。
【0071】
このような核酸アレイもまた本発明の一態様である。本発明の核酸アレイについては、下記で説明する。
【0072】
リアルタイムPCRでは、例えば、前記の生物学的試料から抽出又は調製したmRNAを、逆転写酵素を用いてcDNAに逆転写し、そのcDNAを鋳型として用い、CD166のcDNAに特異的に結合するプライマーを用いて、所定の領域をPCRで増幅し、増幅産物の生成をリアルタイムでモニタリングする。
【0073】
mRNAの定量に用いられるプローブは、CD166のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするように設計される。
【0074】
プローブとしてのポリヌクレオチドは、好ましくは、例えば、CD166 mRNAの塩基配列の全体配列、部分配列、及びそれらの相補配列からなるポリヌクレオチド、並びに、前記ポリヌクレオチドにおいて1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個)の塩基が、欠失、置換若しくは付加されたポリヌクレオチドからなる群から選択されるポリヌクレオチドなどである。プローブとしてのポリヌクレオチドの長さは、通常、15〜500塩基長、好ましくは20〜200塩基長、より好ましくは20〜50塩基長である。
【0075】
このようなポリヌクレオチドは、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0076】
プローブとしてのポリヌクレオチドは、CD166のmRNAの定量を可能とするために、適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質等が付加されていてもよい。
【0077】
定量PCRなどによるmRNAの定量に用いられるプライマーは、CD166のmRNA又はcDNAと特異的にハイブリダイズするように設計される。プライマーの設計は、特に制限されないが、公知の方法、例えば、プライマー設計用アルゴリズムやソフトウエアなどを利用して行なうことができる。プライマーは通常、フォワードプライマー及びリバースプライマーの一対からなるプライマーセットとして使用される。プライマーの長さとしては、特に限定されないが、例えば、15〜30ヌクレオチドである。
【0078】
プライマーとしてのポリヌクレオチドは、好ましくは、例えば、CD166のmRNAの塩基配列の全体配列、部分配列、及びそれらの相補配列からなるポリヌクレオチド、並びに、前記ポリヌクレオチドにおいて1〜数個の塩基が、欠失、置換若しくは付加されたポリヌクレオチドからなる群から選択されるポリヌクレオチドなどである。プライマーとしてのポリヌクレオチドの長さは、通常、15〜30塩基長である。
【0079】
このようなポリヌクレオチドは、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0080】
プライマーとしてのポリヌクレオチドは、CD166のmRNAの定量を可能とするために、適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質等が付加されていてもよい。
【0081】
生物学的試料中に、CD166を発現している細胞が多いことは、生物学的試料の形態に応じして、蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質等で標識した抗CD166抗体を用いて、免疫組織染色した組織試料中のCD166発現細胞を観察すること、又は細胞集団試料中のCD166発現細胞の数を計測することなどの方法によっても知ることができる。
3.脳腫瘍マーカー
本発明の一態様は、CD166からなる脳腫瘍マーカーである。
【0082】
本発明の脳腫瘍マーカーは、例えば、脳腫瘍の診断、脳腫瘍の治療に有効な物質のスクリーニング、被験物質の脳腫瘍治療における有用性の評価、及び被験物質が脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性の評価等に好適に用いられる。
【0083】
このような使用は、例えば、被験物質を、CD166発現量が脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい単離細胞を含有する細胞集団と接触させる段階を含む。
【0084】
このような細胞集団もまた、本発明の一態様であり、本明細書中、本発明の細胞集団と称する場合がある。本発明の細胞集団は、例えば、脳腫瘍の外科的手術時等によって得られた切除組織から、脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量又は当該発現量に基づいて定められた閾値よりも大きいことを指標にして単離又は濃縮された細胞の集団であり得る。
【0085】
あるいは、本発明の細胞集団は、前記単離又は濃縮された細胞を培養して得られる細胞集団であり得る。
【0086】
更に、あるいは、本発明の細胞集団は、前記単離された細胞に由来する、遺伝的に改変された細胞を培養して得られる細胞集団であり得る。
【0087】
細胞の単離、遺伝的改変、及び細胞の培養は、それぞれ細胞工学分野で慣用の方法を用いて実施すればよい。細胞の単離又は濃縮は、例えば、市販のフローサイトメトリー(FCM)(FACS)装置を利用して行うことができる。
【0088】
本発明の細胞集団は、好ましくは、脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい細胞から主としてなる。
【0089】
前記閾値は、脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料(例えば、脳腫瘍に罹患していない対象から得た生物学的試料)のCD166発現量、及び/又は脳腫瘍細胞を含有することが明らかな生物学的試料のCD166発現量を前記測定段階で説明したCD166発現量の測定方法によって測定し、統計学的手法(例えば、student t検定、Kaplan-Meier法)を利用して定めることができる。
【0090】
閾値は、例えば、脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料のCD166発現量の平均値の2倍、3倍、4倍、5倍、又はそれ以上の値、あるいは脳腫瘍細胞を含有することが明らかな生物学的試料のCD166発現量の平均値、などに設定することができる。但し、閾値は、CD166発現量を区別できるように設定すれば十分である。すなわち、例えば、脳腫瘍細胞を含有しない生物学的試料ではCD166発現が検出されない測定方法の場合は、「CD166発現量が閾値以上である」とは、CD166発現が検出されることを意味する。
【0091】
以下に、本発明の脳腫瘍マーカーの使用の態様を更に詳しく説明する。
4.脳腫瘍の診断方法
CD166を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、脳腫瘍を診断することができる。
【0092】
本発明の診断方法は、
脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階(試料調製段階)、
得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階(測定段階)、及び
CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆される段階(判定段階)
を含む。
4.1.試料調製段階
試料調製段階では、脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る。
【0093】
当該生物学的試料は、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明したものと同じであり、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」において説明した方法で得られる。
4.2.測定段階
測定段階では、前記試料調整段階で得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する。
【0094】
当該測定は、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」の「CD166発現量の測定」のセクションにおいて説明した測定方法で実施される。
4.3.判定段階
判定段階では、前記試料調整段階で測定されたCD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆される。
【0095】
閾値は、前記「脳腫瘍マーカー」ついて説明した方法で定めることができる。閾値は、予め定められたものであってもよく、当該診断方法の実施時に求めてもよい。
【0096】
被験者から得た生物学的試料のCD166発現量が閾値以上である場合は、当該被験者が脳腫瘍(特に、原発性脳腫瘍)に罹患していると示唆される。
【0097】
また、被験者から得た生物学的試料のCD166発現量が閾値以上である場合は、当該被験者が神経膠腫(特に、悪性神経膠腫、とりわけ、膠芽腫)に罹患していると示唆される。
【0098】
また、被験者から得た生物学的試料のCD166発現量が高いほど、被験者が罹患している脳腫瘍のグレードが高いことが示唆される。
【0099】
なお、本明細書において、脳腫瘍の「グレード」は、代表的には、WHO2000年改定のグレードである。但し、本発明の脳腫瘍の診断方法で実施できる悪性度評価は、これに限定されるものではない。
【0100】
本発明の脳腫瘍の診断方法は、術前に行われる臨床症状、画像CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)、外科的手術時に得られる組織標本の病理学的検討、脳腫瘍マーカーとしてCD133等の他の脳腫瘍マーカーを使用した検査等と組み合わせて、実施することができる。
5.脳腫瘍の予防または治療に有効な物質のスクリーニング方法
前述のように、ALCAMは膠芽腫幹細胞に発現して膠芽腫細胞浸潤に関与し、かつ、ALCAMの可溶型アイソフォームは膠芽腫形成を促進することから、CD166(特に可溶型CD166)は、膠芽腫に代表される脳腫瘍に対する治療標的となる。更に、本明細書に記載する研究において、可溶型CD166が脳腫瘍進行を促進することが確認された。従って、CD166(特に、可溶型CD166)を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、脳腫瘍の予防または治療に有効な物質(化合物)、すなわち抗脳腫瘍剤として有用な物質(化合物)をスクリーニングすることができる。
【0101】
更に、本明細書に記載する研究において、可溶型CD166が脳腫瘍進行を促進することが確認された。従って、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)は、脳腫瘍の予防または治療に有効、すなわち抗脳腫瘍剤として有用であると考え得る。
【0102】
従って、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)を選択することによっても、脳腫瘍の予防または治療に有効な物質(化合物)、すなわち抗脳腫瘍剤として有用な物質(化合物)をスクリーニングすることができる。
【0103】
本発明のスクリーニング方法の一態様は、例えば、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階(暴露段階)、
被検物質に曝された細胞における前記脳腫瘍マーカーの発現量を測定する段階(測定段階)、
及び
可溶型CD166発現量を減少させる被検物質を選択する段階(選択段階)
を含む。
5.1.暴露段階
暴露段階では、可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す。
【0104】
「可溶型CD166を発現している細胞」としては、本発明の細胞集団であって、CD166が可溶型CD166である細胞集団が好適に用いられる。
【0105】
被検物質は、特に限定されない。なお、被検物質に換えて、刺激(例、光照射、加熱)等に暴露すれば、脳腫瘍の治療に有効な刺激をスクリーニングすることができる。
【0106】
暴露条件は、被験物質に応じて、適宜設定することができる。
5.2.測定段階
測定段階では、被験物質に曝された細胞(細胞集団)の可溶型CD166発現量を測定する。
【0107】
当該測定は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した測定方法で実施される。
5.3.選択段階
選択段階では、可溶型CD166発現量を減少させる被検物質を選択する。当該物質は脳腫瘍の治療に有効である可能性があり、この減少の程度が大きいほど、脳腫瘍の治療における有効性が高いことが示唆される。可溶型CD166発現量の減少の程度は、前記暴露段階前に測定した発現量との比較で決定してもよく、被験物質に曝していない対照との比較で決定してもよい。
【0108】
また、本発明のスクリーニング方法の別の一態様は、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、及び
可溶型CD166に結合する被検物質(好ましくは、可溶型CD166に特異的に結合する被検物質)を選択する段階
を含む。
【0109】
「可溶型CD166に特異的に結合する」とは、当該物質(化合物)の、可溶型ではないCD166との結合定数に対して、可溶型CD166との結合定数が10倍以上、好ましくは100倍以上、より好ましくは1000倍以上であることを意味する。
6.被験物質の脳腫瘍治療における有用性の評価
CD166を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、被験物質の脳腫瘍治療における有用性を評価することができる。
【0110】
本発明の評価方法は、例えば、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階(暴露段階)、
被検物質に曝された細胞における前記脳腫瘍マーカーの発現量を測定する段階(測定段階)、
及び
可溶型CD166発現量の減少の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍の治療における有効性が高いことを示唆される段階(評価段階)
を含む。
6.1.暴露段階
暴露段階では、可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す。
【0111】
「可溶型CD166を発現している細胞」としては、本発明の細胞集団であって、CD166が可溶型CD166である細胞集団が好適に用いられる。
【0112】
被検物質は、特に限定されない。なお、被検物質に換えて、刺激(例、光照射、加熱)等に暴露すれば、脳腫瘍の治療における刺激の有用性を評価することができる。
【0113】
暴露条件は、被験物質に応じて、適宜設定することができる。
6.2.測定段階
測定段階では、被験物質に曝された細胞(細胞集団)の可溶型CD166発現量を測定する。
【0114】
当該測定は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した測定方法で実施される。
6.3.評価段階
評価段階では、可溶型CD166発現量の減少の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍の治療における有効性が高いことを示唆される。この減少の程度が大きいほど、脳腫瘍の治療における有効性が高いことが示唆される。可溶型CD166発現量の減少の程度は、前記暴露段階前に測定した発現量との比較で決定してもよく、被験物質に曝していない対照との比較で決定してもよい。
7.被験物質が脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性の評価
CD166(特に可溶型CD166)を脳腫瘍マーカーとして使用することにより、被験物質の脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性を評価することができる。
【0115】
本発明の評価方法は、例えば、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階(暴露段階)、
被検物質に曝された細胞における前記脳腫瘍マーカーの発現量を測定する段階(測定段階)、
及び
可溶型CD166発現量の増加の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性が高いことが示唆される段階(評価段階)
を含む。
7.1.暴露段階
暴露段階では、可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す。
【0116】
「可溶型CD166を発現している細胞」としては、本発明の細胞集団であってCD166が可溶型CD166である細胞集団が好適に用いられる。
【0117】
被検物質は、特に限定されない。なお、被検物質に換えて、刺激(例、光照射、加熱)等に暴露すれば、脳腫瘍の治療に有効な刺激をスクリーニングすることができる。
【0118】
暴露条件は、被験物質に応じて、適宜設定することができる。
7.2.測定段階
測定段階では、被験物質に曝された細胞(細胞集団)の可溶型CD166発現量を測定する。
【0119】
当該測定は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した測定方法で実施される。
7.3.評価段階
評価段階では、可溶型CD166発現量の増加の程度が大きい被検物質が、脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性が高いことを示唆される。この増加の程度が大きいほど、脳腫瘍を誘発又は増悪する危険性がより高いことが示唆される。可溶型CD166発現量の増加の程度は、前記暴露段階前に測定した発現量との比較で決定してもよく、被験物質に曝していない対照との比較で決定してもよい。
8.脳腫瘍の予防または治療用組成物
前述のように、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)は、脳腫瘍の予防または治療に有効、すなわち抗脳腫瘍剤として有用であると考え得る。
【0120】
本発明の予防または治療用組成物は、その一態様として、可溶型CD166に結合する化合物(好ましくは可溶型CD166に特異的に結合する化合物)を含有する。
【0121】
可溶型CD166に特異的に結合する化合物としては、可溶型CD166に特異的な抗体が挙げられる。このような抗体は、例えば、前記「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」の「CD166発現量の測定」のセクションにおいて説明した方法で、可溶型CD166を抗原として調製された抗体のうち、可溶型ではないCD166との結合定数が小さい抗体を選択することによって得られる。
【0122】
また、本明細書に示す通り、CD166は、膠芽腫幹細胞(特にその細胞表面に)に発現することから、CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体は、膠芽腫に代表される脳腫瘍の免疫原として用いることができる。
【0123】
本発明の予防または治療用組成物は、別の一態様として、このような、CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有する。
【0124】
かかる予防または治療用組成物は、脳腫瘍ワクチンであることができる。
【0125】
ここで、CD166、その部分ペプチド、又はそれらの類似体は、樹状細胞ワクチン療法等において、抗原提示細胞によって提示されている場合を含む。
【0126】
免疫原として用いられるCD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体は、1個以上の抗原決定基を有する。
【0127】
当該CD166の部分ペプチドは、上記で説明した、本発明におけるCD166の部分ペプチドである。
【0128】
当該部分ペプチドの長さは、例えば、500アミノ酸残基、400アミノ酸残基、300アミノ酸残基、200アミノ酸残基、150アミノ酸残基、100アミノ酸残基、80アミノ酸残基、60アミノ酸残基、50アミノ酸残基、40アミノ酸残基、30アミノ酸残基、20アミノ酸残基、15アミノ酸残基、10アミノ酸残基、6アミノ酸残基であり、その長さの下限は、例えば、6アミノ酸残基、10アミノ酸残基、20アミノ酸残基、30アミノ酸残基である。
【0129】
当該CD166の部分ペプチドの類似体は、当該CD166の部分ペプチドが、1〜数個(例、1〜10個、1〜5個、1〜3個、1〜2個、1個)のアミノ酸残基の置換、欠失、及び/又は付加などを有するペプチドであることができる。
【0130】
ここで、アミノ酸残基の置換は、アスパラギン酸とグルタミン酸の間での置換、アルギニンとリジンとヒスチジンとの間での置換、トリプトファンとフェニルアラニンとの間での置換、フェニルアラニンとバリンとの間での置換、ロイシンとイソロイシンとアラニンとの間での置換、グリシンとアラニンとの間での置換等の保存的置換であることができる。
【0131】
CD166、その部分ペプチド、それらの類似体(以下、単にポリペプチドと称する場合がある。)は、天然に由来するものであってもよく、当業者に公知の、組換えDNA技術もしくは化学合成法によって製造されたものであってもよい。
【0132】
組換えDNA技術では、当業者に公知の任意の種々の発現ベクターを使用して、DNA配列に基づき、ポリペプチドを調製する。ポリペプチドの発現は、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターで形質転換またはトランスフェクトされた、適当な宿主細胞を培養することによって達成され得る。適当な宿主細胞としては、原核生物、酵母、高等真核生物の細胞および植物細胞が挙げられる。好ましくは、使用される宿主細胞は、E.coli、酵母または哺乳動物細胞株(例えば、COSまたはCHO)である。
【0133】
化学合成法は、例えば、市販のペプチド合成装置を使用して実施することができる。
【0134】
別法として、前記部分ペプチドは、本発明におけるCD166を、プロテアーゼ処理等によって断片化する方法によって製造することもできる。
【0135】
得られたポリペプチドは、HPLC等によって、精製することができる。
【0136】
前記ポリペプチドの誘導体としては、例えば、シアン酸を用いたアミノ基のカルバモイル化などによって側鎖が修飾されたポリペプチドが挙げられる。
【0137】
前記ポリペプチドの誘導体、特に、前記ポリペプチド自体は免疫応答を引き起こすことができない場合、前記ポリペプチドと免疫原性の担体とのコンジュゲートであることができる。このような担体としては、例えば、ヒト血清アルブミンなどのアルブミン等が挙げられる。
【0138】
本発明の予防または治療用組成物は、薬学的に許容される添加剤を含有してもよい。
【0139】
本発明の予防または治療用組成物が、CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有し、免疫原として用いられる場合、本発明の予防または治療用組成物は、アジュバントを含有してもよい。このようなアジュバントしては、例えば、フロイントアジュバントが挙げられる。
9.プロテインアレイ
本発明の脳腫瘍幹細胞検出用のプロテインアレイ(例、抗体アレイ(抗体チップ))は、CD166に対する抗体を含有する。本発明のプロテインアレイは、基板及び前記抗体を有し、前記抗体は基板上に配置されている。
【0140】
前記CD166に対する抗体は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した抗体であり得る。
【0141】
前記基板としては、タンパク質をその上に配置できるものであれば特に制限されないが、例えば、ガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、及びキャピラリー等を挙げることができる。
【0142】
プロテインアレイ(抗体チップ)は、例えば、インクジェット技術を利用する方法等の慣用の方法を用いて前記抗体を基板上に固定することによって製造できる。
10.核酸アレイ
本発明の脳腫瘍幹細胞検出用の核酸アレイ(マイクロアレイ)は、CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを有する。本発明のマイクロアレイは、基板及び前記ポリヌクレオチドを有し、当該ポリヌクレオチドは基板上に配置されている。
【0143】
前記ポリヌクレオチドとしては、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明したプローブ又はプライマーが挙げられる。
【0144】
前記基板としては、核酸をその上に配置できるものであれば特に制限されないが、例えば、ガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、及びキャピラリー等を挙げることができる。
【0145】
核酸アレイは、例えば、市販のスポッターを利用する方法、又はインクジェット技術を利用する方法等の慣用の方法を用いて前記プローブ又はプライマーを基板上に固定することによって製造できる。
11.キット
本発明の脳腫瘍幹細胞検出用のキットは、(1)CD166に対する抗体、又は(2)CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを有する。
【0146】
前記CD166に対する抗体は、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明した抗体であり得る。
【0147】
前記ポリヌクレオチドとしては、「脳腫瘍幹細胞を検出する方法」について説明したプローブ又はプライマーが挙げられる。
【0148】
前記CD166に対する抗体は、本発明のプロテインアレイの形態であってもよい。
【0149】
前記ポリヌクレオチドは、本発明の核酸アレイの形態であってもよい。
【0150】
当該キットは、その目的及び形態に応じて、酵素、緩衝液、若しくは試薬、又は取り扱い説明書などを含有してもよい。
【実施例】
【0151】
以下に、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0152】
本発明の実施例は、以下に説明する材料及び方法によって実施した。
1.材料及び方法
(1)膠芽腫検体、CD133陽性細胞及びCD133陰性細胞の単離
2007年から2008年の期間に大阪大学医学部附属病院で外科手術を施行した患者から、膠芽腫の21個の一次検体を得た。膠芽腫の一次検体をメスで細切し、パパイン(Worthington社)緩衝液(165 U/8.5 mL)で処理し単一細胞とした。
【0153】
一次検体から得た膠芽腫細胞を、50倍希釈したPE標識抗CD133抗体(Miltenyi Biotec社)で染色した。氷上に30分間置いた後、FACS(FACS Aria、Becton Dickinson社)によってCD133陽性(CD133+)細胞及び陰性(CD133−)細胞を単離した。単離した細胞は、EGF(20 ng/mL)、塩基性FGF(20 ng/mL)及びB27サプリメントを添加した無血清培地を使用し、12穴プレートを用いて100000/mL濃度の細胞を5% CO2濃度のインキュベーターで1週間培養した。
(2)マイクロアレイ解析
RNAは、CD133陽性細胞及びCD133陰性細胞より、Trizol(Invitrogen社)を用いて、取扱説明書に従って抽出した。cDNAは逆転写酵素反応によって合成した。cDNAの合成後、それぞれの細胞で合成したcDNAをマイクロアレイ(Affymetrix社)によって解析した。
(3)腫瘍スフィア形成実験
膠芽腫から分離した初代培養細胞から、CD133+/CD166+細胞、CD133+/CD166−細胞、CD133−/CD166+細胞、及びCD133−/CD166+細胞を単離した。各サブポピュレーションの細胞を12穴プレートに500個ずつ播種し、EGF(20 ng/mL)、塩基性FGF(20 ng/mL)及びB-27サプリメント(Invitrogen社)を添加した無血清培地で培養した。その後、各細胞サブポピュレーションより形成された腫瘍スフィア数を計測した。
(4)リアルタイムPCR
膠芽腫細胞株であるU87MG、T98G、A172及びU251、ならびに膠芽腫手術検体からRNAを抽出した。これらの細胞株は、American Type Culture Collection(ATCC)から購入した。RNAの抽出には、TRIzol(invitrogen社)を取扱説明書に従って使用した。次に、膠芽腫細胞株及び手術検体における可溶型ALCAM及びALCAMの発現の有無を検討するために、RNAを逆転写してcDNAを作成し、リアルタイムPCRを行った。可溶型ALCAMのプライマーの配列として、センスプライマーはAGACAGATTGAACCTCTCTCAGAAAAC(配列番号3)、アンチセンスプライマーはGCTGCAGACTACTTACTGAACACC(配列番号4)を使用した。また、ALCAM/CD166のプライマーの配列として、センスプライマーはCGTGAATTCCACCAAGAAGGAGGAGGA(配列番号5)、アンチセンスプライマーはTCTGTCTTTGTATTCTGGTACATCG(配列番号6)を使用した。cDNA濃度を、SYBR green蛍光を用いABI-7900 HT(Applied Biosystems社)によって解析した。
(5)ALCAMノックダウンモデル
U87MGを用いてALCAMノックダウンモデルを構築した。Stealth RNAi(invitrogen社)を用い、取扱説明書に従って、siRNAによる一過性ALCAMノックダウンモデルを構築した。siRNAによるALCAMノックダウンモデルをイン・ビトロ実験に用いた。Mission shRNA(Sigma Aldrich社)を用い、取扱説明書に従って、shRNAによる恒常的ALCAMノックダウンモデル(ALCAMノックダウンU87MG細胞)を構築した。用いたshRNAの配列は、CCGGCAGCCATGATAATAGGTCATACTCGAGTATGACCTATTATCATGGCTGTTTTTG(配列番号7)である。
(6)可溶型ALCAM過剰発現モデル
U87MGを用いて可溶型ALCAM-FLAG発現モデルを構築した。具体的には、可溶性ALCAM-FLAG発現ベクターをエレクトロポレーションにてU87MG脳腫瘍細胞に導入した後、G418添加培地で遺伝子が導入されたものを選択した。当該ベクターは、pFLAG-CMV5.1(Sigma-Aldrich社)に可溶性ALCAM cDNAが挿入されたものである。当該ベクターは、京都府立医科大学循環器内科 池田 宏二先生から供与頂いた。
【0154】
コントロールのU87MG細胞には、pFLAG-CMV5.1を導入した。
(7)マトリゲル浸潤実験
24穴マトリゲルインベージョンチャンバー(Becton Dickinson bioscience社)を使用した。各ウェルに5×10000個の細胞を播種し、5% CO2濃度のインキュベーターで24時間培養した。培養後、浸潤した細胞数を計測した。同実験を3回繰り返し、平均浸潤細胞数を算出した。可溶型ALCAMが膠芽腫細胞浸潤を促進させるかどうかを検討するために、可溶型ALCAMを発現させたU87MGから可溶型ALCAM-FLAGを精製した。可溶型ALCAM-FLAGの精製には、抗FLAG抗体アフィニティーゲル(Sigma社)を取扱説明書に従って使用した。精製した可溶型ALCAM-FLAGを、200 μg/mL及び1000 μg/mLの濃度でマトリゲルインベージョンチャンバー上層の培地に添加した。
(8)ウェスタンブロット分析
8% ポリアクリルアミドゲルで電気泳動を行い、タンパク質をポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜(Immobilon P、Millipore社)に転写した。スキムミルクで2時間ブロッキングした後、一次抗体としてマウス抗FLAG M2抗体(Sigma Aldrich社)を1000倍希釈で使用して一晩インキュベーションを行った。二次抗体としてAP標識抗マウスIgG抗体(Santa Cruz社)を1000倍希釈で使用し、BCIT/NBTキット(ナカライテスク社)によって視覚化した。
(9)頭蓋内異種移植モデル
rag−/−マウスの新生仔を使用した。rag−/−マウスの新生仔を氷上で麻酔し、定位注入装置に固定した。腫瘍の移植部位は、ブレグマより前方2 mm、右側1 mm、深さ2 mmとした。2×100000個の細胞を100000/μLの濃度で移植した。移植したマウスは、神経学的症状が出現した時点、又は移植後40日が経過した時点で屠殺した。
(10)免疫組織化学的解析
2003年から2009年の期間に大阪大学医学部附属病院で外科手術を施行した患者から、パラフィン包埋又は凍結したヒト神経膠腫の手術検体を得た。ミクロトーム(Leica社)を用いて検体の6 μm切片を作成した。抗原賦活化はマイクロウェーブ照射により行った。一次抗体としてマウス抗マウスCD166モノクローナル抗体(Abcam社)を使用し、二次抗体としてヒストファインシンプルステインMAX-PO(MULTI)(ニチレイバイオサイエンス社)を使用した。結合した抗体はDAB(同仁化学研究所社)によって視覚化した。ALCAM陽性腫瘍細胞の割合は、200倍視野の顕微鏡下で計測した。
(11)臨床データ解析
2007年から2009年の期間に大阪大学医学部附属病院で外科手術を施行した膠芽腫患者の、無増悪生存率及び全生存率に関する臨床データを得た。解析対象とした全患者が、膠芽腫に対して同様の標準的治療(最大限の外科的切除、放射線治療、テモゾロミド投与)を受けた。
(12)統計解析
本明細書で示すイン・ビトロ実験の解析に関しては、すべて、student t検定による解析を行った。臨床データの解析(無増悪生存率、全生存率)に関しては、Kaplan-Meier法を行った。検定はすべて、有意水準をp=0.05として実施した。
2.試験及び結果
(1)CD166(ALCAM)の膠芽腫前駆細胞における特異的発現
膠芽腫初代培養細胞のCD133陽性(CD133+)細胞及びCD133陰性(CD133-)細胞からRNAを抽出し、RNAよりcDNAを合成した。上記で説明したマイクロアレイ解析により、CD133陽性細胞に特異的に発現する分子を検索した。その結果、CD133陽性である膠芽腫初代培養細胞で、CD166が、CD133陰性である細胞よりも高いレベルで発現することが分かった。(図1)
更に、CD31- CD45- CD133+ GBM(多型膠芽腫)細胞(以下、CD133+ GBM細胞と称する場合がある)におけるCD166タンパク質発現をFACS分析によって分析した。CD133+ GBM細胞におけるCD166+ 細胞の頻度(37.0±35.1%(1.9-95.4%))は、CD133-GBM細胞におけるCD166+ 細胞の頻度(17.4±21.5% (0- 57.6%))よりも、有意に高かった(p<0.05, n=12)。
【0155】
また更に、脳腫瘍細胞由来の単一細胞懸濁物をPBSに浮遊させ、そこにヒトAB型血清を容積比1:10で加え5分間4℃で静置することにより非特異的抗体の結合をブロックした。次に、抗CD166−PE(BD pharmingen社)、抗CD133-Biotin(Mylteni Biotech社)、抗CD45-FITC(BD pharmingen社)、それぞれ容積比1:50で加え30分4℃で静置した。その後、PBSを加えて遠心分離することにより、細胞を洗浄したのち、上清を除き、PBSにストレプトアビジン-APC(BD pharmingen社)を容積比1:200で加えたものを加え、さらに30分4℃で静置した。その後、PBSを加えて遠心分離することにより、細胞を洗浄したのち、上清を除き、最後に1mg/mlのヨウ化プロピジウム(これは、死細胞を染色する)を加えたPBSに浮遊させて、FACSARIA(BD社)を用いて解析した。図2に、3例(GBM2、GBM3、GBM4)の代表的な症例の解析結果を示した。上方にCD133+CD45- 分画のゲートを示し、下方にそれぞれCD133+脳腫瘍幹細胞分画およびCD133-脳腫瘍幹細胞分画におけるALCAM(CD166)の発現をアイソタイプコントロールとともに示している。いずれのCD133+脳腫瘍幹細胞分画においてもALCAMが発現している。。
【0156】
次に、CD166陽性(CD166+)細胞が腫瘍幹細胞の特性を有するかどうかについて検討した。
【0157】
CD166+ CD133+ GBM細胞中にBM前駆細胞が濃縮されているかどうかを確かめるために、FACSでソートしたGBM細胞を用いて、上記で説明した腫瘍スフィア形成分析を実施した。5個のGBM試料を試験した結果、腫瘍スフィア形成細胞は、CD166+ CD133+ 画分では500細胞あたり4.6+/-0.4であり、一方、CD166+ CD133+ 画分では、0.6+/-0.6であった(図3A)。なお、腫瘍スフィアの一例の写真を図3Bに示す。
【0158】
CD133陰性検体でも同様の結果が認められた。すなわち、CD133−/CD166+細胞はCD133−/CD166−細胞と比較して、腫瘍スフィア形成能が高い傾向を示した。(図3C)
したがって、CD166陽性細胞は腫瘍スフィア形成能が高い傾向を有することが確認された。
【0159】
以上の結果はCD166陽性膠芽腫細胞が腫瘍幹細胞の特性を有することを示している。
【0160】
CD133+細胞を全く持たない脳腫瘍は比較的高頻度に存在する、がそのような症例においても、脳腫瘍中のCD166陽性細胞は脳腫瘍前駆細胞を多く含んでいると考えられる。
【0161】
さらに、CD166陽性細胞がヒト膠芽腫に存在するかどうかを確認するため、膠芽腫患者の凍結切片を用いて、上記で説明した免疫組織化学的解析を実施した。
【0162】
その結果、膠芽腫の凍結切片を免疫染色することにより、CD166陽性脳腫瘍細胞の検出が可能であった(図4)。これに対し、CD133の免疫組織化学染色では、染色条件を調整して複数の異なる抗体を使用したが染色されなかった(図示せず)。
(2)ALCAMの発現と、神経膠腫のWHO分類及び膠芽腫患者の無増悪生存率との関連性
ALCAMが臨床的に意義のあるマーカーであるかどうかを検討するため、上記で説明した免疫組織化学的解析を実施した。
【0163】
まず、ALCAMが神経膠腫のWHO分類と相関するかどうかを検討した。
【0164】
神経膠腫のWHO分類がグレードII、III、IVである手術検体に関して、CD166陽性細胞の割合を測定した。その結果、CD166陽性率はWHO分類のグレードII、III間では関連しないが、グレードIVでは陽性率が有意に高かった(図5)。
【0165】
これらの結果は、CD166発現が神経膠腫のWHO分類と相関することを示す。
【0166】
さらに、ALCAMが予後マーカーであるかどうかを検討するため、上記で説明した臨床データ解析を実施した。
【0167】
膠芽腫(WHO分類のグレードIV)患者の臨床転帰とCD166陽性細胞の割合の関連性について評価した。その結果、CD166発現と初回診断からの全生存率との間に顕著な相関は認められないが、CD166陽性率が膠芽腫患者の無増悪生存率と負の相関関係を示す傾向が認められた(図6)。
【0168】
これらの結果は、ALCAMが膠芽腫患者の予後マーカーとなる可能性を示す。
(3)膠芽腫におけるALCAM(CD166)の機能的役割
膠芽腫におけるALCAM(CD166)の機能的役割を調べた。
【0169】
まず、ALCAMが細胞増殖に関与するかどうかをイン・ビトロの細胞増殖試験で評価した。
【0170】
その結果、対照U87MGとsiRNA ALCAMノックダウンU87MG(2クローン)の細胞増殖には差が無かった。(図7A)
次に、上記で説明したマトリゲル浸潤実験により、ALCAMが膠芽腫の浸潤に関与するかどうかを検討した。
【0171】
その結果、U87MGのALCAMノックダウンモデル(2クローン)では膠芽腫細胞浸潤が有意に促進されることを見出した。(図7B)
これらの結果は、ALCAMが細胞増殖には関与しないが、膠芽腫細胞浸潤の調節に関与することを示す。
(4)可溶型ALCAMの膠芽腫細胞における発現及びその機能的役割
まず、リアルタイムPCRにより、膠芽腫初代培養細胞及び神経膠腫細胞株における可溶型ALCAMの内因性発現の有無を検討した。(図8)
初代培養細胞と細胞株のすべてにおいてALCAMの可溶型アイソフォームが内因性に発現していた。
【0172】
次に、膠芽腫細胞における可溶型ALCAMの機能的な役割を検討した。
【0173】
まず、ALCAMの可溶型アイソフォームがイン・ビトロで細胞増殖に関与するかどうかを調べるため、細胞増殖実験を実施した。
【0174】
その結果、対照U87MG細胞(U87MG)とU87MG-sALCAM細胞(2クローン)の細胞増殖には有意差が無かった。(図9A)
次に、可溶型ALCAMが膠芽腫細胞浸潤に関与しているかどうかを検討した。試験は、12穴マトリゲルインベージョンチャンバーを使用し、その取扱説明書に従って実施した。その結果、U87MG-sALCAMでは膠芽腫細胞浸潤が有意に促進された。(図9B)
次に、神経膠腫細胞による可溶型ALCAMの分泌の有無を検討した。U87MG培養細胞の培養上清における可溶性ALCAMの有無を、ウェスタンブロット法で分析した。膠芽腫細胞U87MGの馴化培地中に可溶型ALCAMが分泌されることが確認された(図10A)。さらに、抗FLAG抗体アフィニティーゲルを用いて、可溶型ALCAM-FLAGを精製した。
【0175】
その後、マトリゲルインベージョンチャンバーを使用してALCAMの可溶型アイソフォームが膠芽腫細胞浸潤を促進させるかどうかを検討した。
【0176】
その結果、精製した可溶型ALCAMを添加したU87MGではイン・ビトロにおける浸潤能が有意に増強されることが明らかになった(図10B)。
【0177】
これらの結果は、可溶型ALCAMがイン・ビトロにおける膠芽腫細胞浸潤を促進することを示す。
【0178】
上記で説明した頭蓋内異種移植モデルにより、可溶型ALCAMがイン・ビボで膠芽腫細胞浸潤を促進するかどうかを検討した。対照U87MG細胞又は可溶型ALCAMを過剰発現させたU87MG-sALCAM細胞をrag−/−マウス新生仔の頭蓋内に移植した。対照U87MGを移植したマウスでは移植後40日において腫瘍形成を認めなかったが、U87MG-sALCAMを移植したマウスでは移植後35日以内に全例で膠芽腫が形成されることを見出した。図11Aに移植後の累積生存率を示す。U87MG-sALCAMを移植したマウスで形成された腫瘍を組織学的に評価し、マウスの脳組織への明らかな浸潤は認められなかったが、腫瘍形成は明確に認められた(図11B)。
3.考察
以下に、前述の試験結果をまとめ、かつ考察を行う。
【0179】
前述の試験結果の通り、本発明者らは、CD166/ALCAMがCD133陽性細胞特異的に発現し、CD166/ALCAM陽性細胞が幹細胞培養条件下で腫瘍スフィアを形成する特性を有することを示した。更に、CD166陽性細胞はCD133が陰性の検体でも腫瘍スフィアを形成する特性を有すること示した。これから明らかなように、CD166はCD133陽性及び陰性細胞のいずれにおいても使用可能な新規の脳腫瘍マーカーであり、及び脳腫瘍幹細胞(特に、膠芽腫幹細胞マーカー)である。
【0180】
前述の試験結果から、ALCAMがイン・ビトロ及びイン・ビボで膠芽腫の細胞浸潤の制御に関与することが示された。
【0181】
本発明者らは、可溶型ALCAMが膠芽腫細胞株及びヒトの膠芽腫初代培養細胞において内因性に発現し、膠芽腫細胞から分泌されることを示した。本発明者らは、さらに、可溶型ALCAMはイン・ビトロで膠芽腫細胞浸潤を促進し、イン・ビボで腫瘍形成を促進する。本発明者らは可溶型ALCAMがALCAM-ALCAM間の同種親和性相互作用を阻害することによって膠芽腫細胞浸潤を促進すると推察する。
【0182】
ところで、van Kilsdonkらは、可溶型ALCAMがMMP活性を阻害することによって黒色腫細胞株の浸潤を抑制することを示している(van Kilsdonkら, Cancer Res. 2008 May 15, 68(10), pp.3671-9)。彼らの観察結果は、可溶型ALCAMが膠芽腫細胞浸潤を促進するという本発明者らの研究結果と正反対である。この黒色腫と膠芽腫におけるALCAMの機能の違いは、それぞれのがんにおけるALCAMの機能の違いに起因する可能性がある。
【0183】
膠芽腫はもともと浸潤傾向を呈することから、腫瘍浸潤の調節に関与するいずれの分子でも治療標的となりうる。本明細書に記載する研究において、可溶型ALCAMはイン・ビトロでは細胞浸潤に関与し、イン・ビボでは腫瘍形成を促進することが示された。したがって、可溶型ALCAMは治療標的となる可能性がある。
【0184】
ALCAMはがんの種類によって予後不良因子又は予後良好因子のいずれかに関連し得る。前述の試験結果から、ALCAMが膠芽腫の予後因子であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0185】
本発明によれば、脳腫瘍幹細胞を簡易かつ正確に検出することができる。その結果、脳腫瘍を簡易の悪性度および患者の予後等をかつ正確に診断すること等が可能になる。
【配列表フリーテキスト】
【0186】
配列番号3:可溶型ALCAMのPCR用の合成フォワードプライマー
配列番号4:可溶型ALCAMのPCR用の合成PCR用リバースプライマー
配列番号5:可溶型ALCAMのPCR用の合成フォワードプライマー
配列番号6:可溶型ALCAMのPCR用の合成PCR用リバースプライマー
配列番号7:siRNA
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法であって、
CD166発現量を測定することを含む方法。
【請求項2】
CD166又はそれをコードするポリヌクレオチドからなる脳腫瘍マーカー。
【請求項3】
CD166発現量が脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい脳由来の単離細胞を含有する細胞集団。
【請求項4】
脳腫瘍の診断方法であって、
脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階、
得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階、
CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆する段階
を含む診断方法。
【請求項5】
脳腫瘍の悪性度評価方法である、請求項4に記載の診断方法。
【請求項6】
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、
被検物質に曝された細胞における可溶性CD166の発現量を測定する段階、及び
可溶型CD166を減少させる質被験物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
【請求項7】
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、及び
可溶型CD166に結合する被検物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
【請求項8】
可溶型CD166に結合する化合物を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
【請求項9】
CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
【請求項10】
CD166に対する抗体を含有する脳腫瘍幹細胞検出用のプロテインアレイ。
【請求項11】
CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の核酸アレイ。
【請求項12】
(1)CD166に対する抗体、又は(2)CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の検出キット。
【請求項1】
生物学的試料中の脳腫瘍幹細胞を検出する方法であって、
CD166発現量を測定することを含む方法。
【請求項2】
CD166又はそれをコードするポリヌクレオチドからなる脳腫瘍マーカー。
【請求項3】
CD166発現量が脳腫瘍に罹患していない生物学的試料のCD166発現量よりも大きい脳由来の単離細胞を含有する細胞集団。
【請求項4】
脳腫瘍の診断方法であって、
脳腫瘍に罹患している可能性がある対象の脳から生物学的試料を得る段階、
得られた生物学的試料中のCD166発現量を測定する段階、
CD166発現量を閾値と比較し、CD166発現量が閾値よりも大きい場合に対象が脳腫瘍に罹患していると示唆する段階
を含む診断方法。
【請求項5】
脳腫瘍の悪性度評価方法である、請求項4に記載の診断方法。
【請求項6】
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、
被検物質に曝された細胞における可溶性CD166の発現量を測定する段階、及び
可溶型CD166を減少させる質被験物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
【請求項7】
抗脳腫瘍剤のスクリーニング方法であって、
可溶型CD166を発現している細胞を被検物質に曝す段階、及び
可溶型CD166に結合する被検物質を選択する段階、
を含むスクリーニング方法。
【請求項8】
可溶型CD166に結合する化合物を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
【請求項9】
CD166、その部分ペプチド、それらの類似体、又はそれらの誘導体を含有する、脳腫瘍の予防または治療用組成物。
【請求項10】
CD166に対する抗体を含有する脳腫瘍幹細胞検出用のプロテインアレイ。
【請求項11】
CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の核酸アレイ。
【請求項12】
(1)CD166に対する抗体、又は(2)CD166をコードするポリヌクレオチド又はその相補鎖にストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含有する脳腫瘍幹細胞検出用の検出キット。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8A】
【図8B】
【図9A】
【図9B】
【図10A】
【図10B】
【図11A】
【図11B】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8A】
【図8B】
【図9A】
【図9B】
【図10A】
【図10B】
【図11A】
【図11B】
【公開番号】特開2013−2831(P2013−2831A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−131050(P2011−131050)
【出願日】平成23年6月13日(2011.6.13)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月13日(2011.6.13)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
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