説明

膜状組織移送器具及び膜状組織移送方法

【課題】簡素な構成で、シート状細胞培養物等の膜状組織を確実且つ簡便に保持して所望位置に移送することができる膜状組織移送器具及び膜状組織移送方法を提供する。
【解決手段】膜状組織移送器具10は、生体由来の細胞からなる膜状組織12を移送するための器具である。膜状組織移送器具10は、湿潤状態の膜状組織12の一面側に配置されたシート状の第1支持部材14と、湿潤状態の膜状組織12の他面側に配置されたシート状の第2支持部材16とを備える。第1支持部材14と第2支持部材19とにより膜状組織12の全体が保持される。第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力は、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力よりも大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治療に用いられる膜状組織を所望位置に移送可能な膜状組織移送器具及び膜状組織移送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、心筋梗塞等の治療において、患者自身の細胞を培養して組織化したシート状細胞培養物(細胞シート)を患部へと移植する治療方法が広く知られている。このような細胞シートは、薄膜状のため脆弱であり、しかも、水分を含んでいるため自己密着性が高く、培養された培養容器から取り出して患部へと移送させる際に高度な手技を要する。そこで、このようなシート状細胞培養物の移送を行うための移送器具が用いられる。
【0003】
この種の移送器具の一従来例として、下記特許文献1には、細胞シート吸着部と減圧部とを有し、且つ細胞シート吸着部が多孔体によって構成される構造を有し、細胞シートを、細胞シート吸着部に減圧吸引により吸着させて搬送するように構成された細胞シート搬送治具が開示されている。
【0004】
また、移送器具の他の従来例として、下記特許文献2には、シート状の治療用物質(細胞シート)を支持するシート支持体と、このシート支持体を変形させる手段と、シート支持体に細胞シートを吸着保持させる陰圧と細胞シートを離脱させる陽圧を選択的に付与するシート着脱手段とを備えた治療用物質の運搬投与器具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−75081号公報
【特許文献2】特開2008−173333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はシート状細胞培養物の移送における課題を考慮してなされたものであり、簡素な構成で、細胞シート等の膜状組織を確実且つ簡便に保持して所望位置に移送することが可能な膜状組織移送器具及び膜状組織移送方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明は、生体由来の細胞からなる膜状組織を移送するための膜状組織移送器具であって、湿潤状態の前記膜状組織の一面側に配置されたシート状の第1支持部材と、湿潤状態の前記膜状組織の他面側に配置されたシート状の第2支持部材と、を備え、前記第1支持部材と前記第2支持部材とにより前記膜状組織の全体が保持され、前記第1支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力は、前記第2支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力よりも大きいことを特徴とする。
【0008】
上記のように膜状組織移送器具が構成されているので、当該膜状組織移送器具を、移送対象部位(臓器等)上に配置し、第2支持部材だけを膜状組織と移送対象部位との間から除去し、その後、膜状組織を移送対象部位上に残したまま第1支持部材を膜状組織上から除去することにより、膜状組織を破損させることなく確実且つ簡単に移送対象部位へ移送することができる。
【0009】
上記の膜状組織移送器具において、前記第1支持部材は、前記第2支持部材よりも薄く形成されていると、第1支持部材の膜状組織に対する凝着力を、第2支持部材の膜状組織に対する凝着力よりも高くすることができる。2つの要素間の凝着力が大きいほど、当該2つの要素間の摩擦力も大きくなる。従って、前記第1支持部材を、前記第2支持部材よりも薄く形成することで、簡単に、第1支持部材と膜状組織との間の摩擦力を、第2支持部材と膜状組織との間の摩擦力よりも大きくすることができる。
【0010】
上記の膜状組織移送器具において、前記第1支持部材は、前記第2支持部材よりも柔軟に形成されていると、移送対象部位が拍動する臓器である場合でも、第1支持部材の拍動への追従性を向上させ、膜状組織の破損を防止することができる。また、第1支持部材を折り返すように膜状組織から剥がす際に、折り返し部の曲率半径を小さくできるため、第1支持部材を剥がし易い。
【0011】
上記の膜状組織移送器具において、前記第1支持部材と前記第2支持部材との間に前記膜状組織を保持してなる保持ユニットを載置可能であり、前記第2支持部材よりも剛性の高い第3支持部材をさらに備えるとよい。比較的剛性の高い第3支持部材に保持ユニットを載置して搬送するため、保持ユニットを安定した状態で簡単に移送対象部位へと運ぶことができる。
【0012】
上記の膜状組織移送器具において、前記第1支持部材と前記第2支持部材の少なくとも一方の縁部の少なくとも一部に、他の部分よりも剛性が高い把持部が設けられると、把持部を把持することで、第1支持部材と第2支持部材の一方又は両方を除去する際の操作性を向上できる。
【0013】
また、本発明は、生体由来の細胞からなる膜状組織を移送するための膜状組織移送方法であって、湿潤状態の前記膜状組織の一面側に配置されたシート状の第1支持部材と、湿潤状態の前記膜状組織の他面側に配置されたシート状の第2支持部材と、を備え、前記第1支持部材と前記第2支持部材とにより前記膜状組織の全体が保持され、前記第1支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力が前記第2支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力よりも大きい、膜状組織移送器具を用意する工程と、前記膜状組織移送器具を移送対象部位上に配置する工程と、前記第2支持部材を前記膜状組織に対してスライドさせることで、前記膜状組織と前記移送対象部位との間から前記第2支持部材を除去する工程と、前記膜状組織を前記移送対象部位上に残したまま前記第1支持部材を前記膜状組織上から除去する工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
この方法により、膜状組織を破損させることなく確実且つ簡単に移送対象部位へ移送することができる。
【0015】
また、本発明は、生体由来の細胞からなる膜状組織を移送するための膜状組織移送方法であって、湿潤状態の前記膜状組織の一面側に配置されたシート状の第1支持部材と、湿潤状態の前記膜状組織の他面側に配置されたシート状の第2支持部材と、を備え、前記第1支持部材と前記第2支持部材とにより前記膜状組織の全体が保持され、前記第1支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力が前記第2支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力よりも大きい、膜状組織移送器具を用意する工程と、前記膜状組織移送器具を、移送対象部位の近傍に配置する工程と、前記第1支持部材及び前記膜状組織を前記第2支持部材に対してスライドさせることで、前記第1支持部材及び前記膜状組織を前記移送対象部位上に配置する工程と、前記膜状組織を前記移送対象部位上に残したまま前記第1支持部材を前記膜状組織上から除去する工程と、を含むことを特徴とする。
【0016】
この方法により、膜状組織を破損させることなく確実且つ簡単に移送対象部位へ移送することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の膜状組織移送器具及び膜状組織移送方法によれば、簡素な構成で、シート状細胞培養物等の膜状組織を確実且つ簡便に保持して所望位置に移送することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1Aは、本発明の第1実施形態に係る膜状組織移送器具の分解斜視図であり、図1Bは、図1Aに示した膜状組織移送器具の断面図であり、図1Cは、図1Bを簡略化した模式的断面図である。
【図2】図2Aは、図1に示した膜状組織移送器具を使用して膜状組織を移送対象部位に移植する方法の第1ステップの説明図であり、図2Bは、同方法の第2ステップの説明図であり、図2Cは、同方法の第3ステップの説明図であり、図2Dは、同方法の第3ステップの変形例の説明図である。
【図3】図3Aは、図1に示した膜状組織移送器具を使用して膜状組織を移送対象部位に移植する別の方法の第1ステップの説明図であり、図3Bは、同方法の第2ステップの説明図であり、図3Cは、同方法の第3ステップの説明図である。
【図4】本発明の第2実施形態に係る膜状組織移送器具の分解斜視図である。
【図5】図5Aは、図4に示した膜状組織移送器具を使用して膜状組織を移送対象部位に移植する方法の第1ステップの説明図であり、図5Bは、同方法の第2ステップの説明図であり、図5Cは、同方法の第3ステップの説明図である。
【図6】図6Aは、第1構成例に係る支持部材を示す平面図であり、図6Bは、第2構成例に係る支持部材を示す平面図であり、図6Cは、第3構成例に係る支持部材を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る膜状組織移送器具について好適な実施形態を挙げ、添付の図面を参照しながら説明する。
【0020】
[第1実施形態]
図1Aは、本発明の第1実施形態に係る膜状組織移送器具10(以下、「移送器具10」という)の構成を示す分解斜視図である。図1Bは、移送器具10の断面図である。図1Cは、移送器具10の模式的断面図である。なお、図1Bは、実際の状態を誇張した図であり、各構成要素の厚さ、間隔、凹凸等を誇張して示している。また、図1Cでは、理解を容易にするため、図1Bに示した移送器具10をさらに簡略化して模式的に示している。
【0021】
図1A〜図1Cに示すように、この移送器具10は、被移送対象物である膜状組織12と、膜状組織12の一面側(図1Aで上面側)に配置された第1支持部材14と、膜状組織12の他面側(図1Aで下面側)に配置された第2支持部材16とを備え、生体における治療が必要な部位(移送対象部位)へ膜状組織12を移送(移植)するために用いられる。膜状組織12が適用される移送対象部位は、例えば、培養容器、臓器(心臓、食道、肺、角膜等)、皮膚等である。
【0022】
膜状組織12は、心臓、角膜、網膜、血管、神経、表皮、真皮、軟骨、歯等の臓器、組織の一部又は全体、又は複数の臓器の、疾患、疾病、欠損に対し再生、治療、治癒促進を目的として用いられたり、臓器、組織に対する薬品の刺激性、感作性、毒性、薬物の効果、組織への反応等を調べたりするために用いられたりする、ある程度の厚みを有する生体由来構造物であり、例えば、皮膚組織、粘膜上皮組織、角膜上皮組織、培養皮膚、培養真皮、培養表皮、培養上皮組織、培養角膜組織、軟骨組織、網膜組織、神経フィラメント、人工血管、筋芽細胞組織、前述の生体組織由来細胞から作製されたシート状細胞培養物等が挙げられ、好ましくは筋芽細胞からなるシート状細胞培養物が挙げられる。膜状組織12は、細胞や細胞分泌物のみから構成されていてもよいし、さらに、支持体等の生体に由来しない物質を含んでもよい。膜状組織12は、薄く、脆弱である。
【0023】
膜状組織12は、第1支持部材14と第2支持部材16との間に、湿潤状態で配置されている。すなわち、膜状組織12は、保存液18によって湿潤状態とされ、生物学的な特性を損なわないように保たれている。保存液18としては、液体培地、生理食塩水、等張液、緩衝液、ハンクス平衡塩液等が挙げられる。
【0024】
なお、図1Cでは、第1支持部材14と第2支持部材16との間で膜状組織12が保存液18中に浮いているように見えるが、実際は、図1Bに示すように、膜状組織12、第1支持部材14、第2支持部材16には、いずれも表面に微細な凹凸があり、それらが接触している。第1支持部材14と膜状組織12とは、少なくとも一部が接触しており、他の一部が保存液18が介在する分だけ僅かに離間していることもある。第2支持部材16と膜状組織12との関係についても同様である。また、図1Bに示すように、第1支持部材14と第2支持部材16の両端は閉じている(封止されている)。図2、図3及び図5においても、図1Cと同程度に模式化した図を示している。
【0025】
第1支持部材14は、膜状組織12の一面(上面)側に配置されて膜状組織12の一面側の全体を覆うシート状の部材であり、膜状組織12よりも大きく形成されている。
【0026】
第2支持部材16は、膜状組織12の他面(下面)側に配置されて膜状組織12の他面側の全体を覆うシート状の部材であり、膜状組織12よりも大きく形成されている。第1支持部材14と第2支持部材16は、ともに略薄いシート状であり、柔軟な材料で形成されている。
【0027】
本実施形態に係る移送器具10において、第1支持部材14は、その本体部を構成する第1シート体15と、第1シート体15の一端部に設けられた把持部20とを有する。把持部20は、第1シート体15よりも剛性が高く、図示例では、第1シート体15の一端側の縁部15aに直線状の補強シート21が貼り付けられることで構成されている。すなわち、把持部20は、第1シート体15の縁部15aと、補強シート21により構成されている。補強シート21は、第1シート体15と同種又は異種の材料で、所定厚さのフィルムにより構成し得る。
【0028】
第2支持部材16は、その本体部を構成する第2シート体17と、第2シート体17の一端部に設けられた把持部22とを有する。把持部22は、第2シート体17よりも剛性が高く、図示例では、第2シート体17の一端側の縁部17aに直線状の補強シート23が貼り付けられることで構成されている。すなわち、把持部22は、第2シート体17の縁部17aと、補強シート23により構成されている。補強シート23は、第2シート体17と同種又は異種の材料で、所定厚さのフィルムにより構成し得る。
【0029】
第1支持部材14と第2支持部材16とは、端部をずらして配置されている。すなわち、第1支持部材14の端部(図示例では、把持部20が設けられた側の端部)は、第2支持部材16よりも突出し、第2支持部材16の端部(図示例では、把持部22が設けられた側の端部)は、第1支持部材14よりも突出している。
【0030】
なお、図示した構成例では、第1支持部材14と第2支持部材16とで把持部20、22が設けられた側が逆側であるが、同じ側であってもよい。
【0031】
図示した構成例では、第1支持部材14と第2支持部材16は、互いに略同じ大きさ及び形状であり、平面視で4隅部が丸い略長方形状に形成されている。なお、第1支持部材14と第2支持部材16は、図1に示す形状に限らず、円形、楕円形等のその他の形状を採り得ることは勿論である。
【0032】
上述したように膜状組織12は、保存液18によって湿潤状態とされており、この湿潤状態の膜状組織12が第1支持部材14と第2支持部材16との間に挟まれることにより保持されている。膜状組織12は薄く、第1支持部材14と第2支持部材16との間が狭いため、保存液18は、表面張力によって第1支持部材14と第2支持部材16との間に保持される。第1支持部材14と第2支持部材16は、それらの間に保持された膜状組織12の状態を視認できるように、透明性を有するとよい。
【0033】
第1シート体15と第2シート体17の構成材料としては、上述した柔軟性と、膜状組織12の破損を防止して安定して保持できる適度の強度を有し、且つ生体適合性を有するものが好ましい。そこで、第1シート体15と第2シート体17の構成材料としては、例えば、ポリオレフィン(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体、アイオノマー、或いはこれら二種以上の混合物等)、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリアミドエラストマー、ポリウレタン、ポリウレタンエラストマー、ポリイミド、フッ素樹脂等の高分子材料或いはこれらの混合物が挙げられる。
【0034】
移送器具10において、第1支持部材14(具体的には、第1シート体15)と膜状組織12との間の摩擦力P1は、第2支持部材16(具体的には、第2シート体17)と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きい。本実施形態では、第1支持部材14の厚さ(具体的には、第1シート体15の厚さ)を第2支持部材16の厚さ(具体的には、第2シート体17の厚さ)よりも薄くすることで、第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力を、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力よりも大きくしている。第1支持部材14と第2支持部材16の厚さの設定により、上記摩擦力P1、P2の調整が可能であるのは、以下の理由による。
【0035】
2つの物体の接触面の間に水分が介在している場合、当該2つの物体同士が接着して摩擦力が発生する。この接着は、「表面張力による圧力低下(ラプラス圧力)」及び「表面張力による直接的作用」により発生する凝着力によって説明できる。ラプラス圧力とは、2つの面の間にある水滴(液架橋)によって発生する圧力(陰圧)であり、下記(1)式で表される。表面張力の直接的作用は、下記(2)式で表される。
=πrs/(h/2)…(1)
=πds…(2)
【0036】
上記(1)及び(2)式において、rは水滴の半径、dは水滴の直径、sは表面張力、hは2面間の距離である。上記(1)式及び(2)式から、2つの面の距離が小さいほどラプラス圧力が大きく、また、水滴の直径が大きいほど表面張力の直接的作用及びラプラス圧力が強くなることが分かる。摩擦力=摩擦係数×垂直抗力で表されるが、微小加重下では凝着力の垂直抗力としての作用であるため、摩擦力=摩擦係数×(凝着力+垂直抗力)となる。よって、凝着力をコントロールすることで、摩擦力をコントロールすることができる。
【0037】
一方、K. Kendall. “The adhesion and surfase energy of elasic solids” J. Phys. D:Appl. Phys., 1971,Vol.4の論文では、フィルムの厚みと凝着力との関係について、下記(3)式が報告されている。
=2πKγa/t…(3)
【0038】
ここで、Pは凝着力、Kは体積弾性率、γは界面自由エネルギー、aは接触面の半径、tはフィルムの厚さである。上記(3)式から、フィルムの厚さを薄くすることで、凝着力が強くなることが分かる。上述したように、摩擦力=摩擦係数×(凝着力+垂直抗力)である。よって、フィルムの厚さが、摩擦力の大きさに影響を与えると言える。
【0039】
以上の理論に基づき、本実施形態では、第1シート体15の厚さを第2シート体17の厚さよりも薄くすることで、第1シート体15と膜状組織12との間の摩擦力P1を、第2シート体17と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きくしている。また、第1シート体15の厚さは、第2シート体17の厚さよりも薄いため、第1シート体15は、第2シート体17よりも柔軟に形成されている。
【0040】
後述するように、本実施形態では、摩擦力P1>摩擦力P2とすることで、第1支持部材14に対して膜状組織12を静止させたまま第2支持部材16を膜状組織12と移送対象部位との間から引き抜くことができるように構成されている。このため、摩擦力P1は、摩擦力P2に対して、例えば、125%以上に設定され、好ましくは、200%以上に設定される。また、第1シート体15の厚さは、第2シート体17の厚さに対して、例えば、80%以下に設定され、好ましくは、50%以下に設定される。
【0041】
第1シート体15と第2シート体17は、移送器具10を移送対象部位(培養容器、臓器等)の曲面状の表面に載置した際に、当該表面の形状に沿って適切に変形する柔軟性を有するのがよい。このため、第1シート体15の厚さは、例えば、0.01〜200μmに設定され、好ましくは、1〜100μmに設定される。第2シート体17の厚さは、例えば、10〜500μmに設定され、好ましくは、50〜200μmに設定される。第1シート体15と第2シート体17の厚さが薄過ぎると、膜状組織12を適切に安定して保持できる程度の強度を確保しにくくなる。第1シート体15と第2シート体17の厚さが厚過ぎると、移送器具10を移送対象部位(培養容器、臓器等)の曲面状の表面に載置した際に、当該表面の形状に沿って適切に変形する柔軟性を確保しにくくなる。
【0042】
本実施形態に係る移送器具10は、基本的には以上のように構成されるものであり、以下、その作用及び効果について説明する。
【0043】
移送器具10を用いて膜状組織12を所望の移送対象部位に移送(移植)するには、先ず、図2Aに示すように、移送器具10を移送対象部位S上に配置する。移送対象部位Sは、例えば、培養容器、生体(ヒトその他の哺乳類等)の臓器、皮膚等である。
【0044】
次に、図2Bに示すように、第2支持部材16を膜状組織12に対してスライドさせることで膜状組織12と移送対象部位Sとの間から第2支持部材16を除去する。この場合、第2支持部材16の一端部には、剛性を高めた把持部22が設けられているので、把持部22を把持器具等で把持して引っ張ることにより、第2支持部材16をスライドする操作を容易に行うことができる。なお、把持部22は第2支持部材16の両端部に設けてもよく、このように構成した場合、両端部のいずれの側からも把持することができ、手技に対する制約を少なくできる。
【0045】
上述したように、第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力P1は、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きいので、第1支持部材14の位置を保持したまま、第2支持部材16をスライドさせても、膜状組織12と第1支持部材14との間の摩擦力P1によって膜状組織12の位置が保持される。よって、膜状組織12の位置はそのままに、第2支持部材16だけが除去される。
【0046】
次に、図2Cに示すように、膜状組織12を移送対象部位S上に残したまま第1支持部材14を膜状組織12上から除去する。具体的には、第1支持部材14の一端部を把持して折り返すように剥がしていくことにより、第1支持部材14を除去する。この場合、第1支持部材14の一端部には、剛性を高めた把持部20が設けられているので、把持部20を把持器具等で把持することにより、第1支持部材14を剥がす操作を容易に行うことができる。このように第1支持部材14が除去されることにより、膜状組織12の移送対象部位Sへの移送が完了する。なお、把持部20は第1支持部材14の両端部に設けてもよく、このように構成した場合、両端部のいずれの側からも把持することができ、手技に対する制約を少なくできる。
【0047】
図2Cでは、第2支持部材16をスライドさせる方向とは逆側(図2Cで左側)から第1支持部材14を剥がすことを示しているが、第2支持部材16をスライドさせる方向と同じ側(図2Cで右側)から第1支持部材14を剥がしてもよい。この場合、把持部20は、第2支持部材16をスライドさせる方向と同じ側の端部に設けられるとよい。
【0048】
図2Cに示した方法に代えて、図2Dに示すように、膜状組織12を移送対象部位S上に残したまま、第1支持部材14をスライドさせて膜状組織12上から除去してもよい。図2Dでは、第2支持部材16をスライドさせる方向とは逆方向(図2Dで左方向)に第1支持部材14をスライドさせることを示しているが、第2支持部材16をスライドさせる方向と同じ方向(図2Dで右方向)に第1支持部材14をスライドさせてもよい。
【0049】
上述した本実施形態に係る移送器具10によれば、当該移送器具10を、移送対象部位S(臓器等)上に配置し、第2支持部材16だけを膜状組織12と移送対象部位Sとの間から除去し、その後、膜状組織12を移送対象部位S上に残したまま第1支持部材14を膜状組織12上から除去することにより、膜状組織12を破損させることなく確実且つ簡単に移送対象部位Sへ移送することができる。
【0050】
本実施形態の場合、第1支持部材14(第1シート体15)の厚さを第2支持部材16(第2シート体17)の厚さよりも薄くすることで、第1支持部材14の膜状組織12に対する凝着力を、第2支持部材16の膜状組織12に対する凝着力よりも高くしているので、第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力P1が、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きく設定された構成が得られる。
【0051】
また、本実施形態の場合、第1支持部材14は、第2支持部材16よりも柔軟に形成されているので、移送対象部位Sが拍動する臓器(例えば、心臓)である場合でも、第1支持部材14の拍動への追従性を向上させ、膜状組織12の破損を防止することができる。
【0052】
さらに、第1支持部材14を柔軟に形成しておくことにより、図2Cに示したように、第1支持部材14を折り返すように膜状組織12から剥がす場合、折り返し部の曲率半径を小さくでき、従って折り返し部の表面張力を小さくできるため、第1支持部材14を剥がし易い。よって、膜状組織12からの第1支持部材14の剥離を促進させ、膜状組織12を移送対象部位S上に確実に残すことができる。
【0053】
移送器具10を用いて膜状組織12を移送対象部位Sに移送する場合、図2A〜図2Dに示した移送方法(第1の移送方法)に代えて、図3A〜図3Cに示す別の移送方法(第2の移送方法)を採用してもよい。第2の移送方法では、先ず、膜状組織移送器具10を、移送対象部位Sの近傍に配置する。次に、図3Aに示すように、第1支持部材14及び膜状組織12を第2支持部材16に対してスライドさせる。この場合、第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力P1は、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きいので、第1支持部材14を把持してスライドさせると、第1支持部材14と一緒に膜状組織12もスライドする。
【0054】
このように第1支持部材14及び膜状組織12をスライドさせることで、図3Bに示すように、第1支持部材14及び膜状組織12を移送対象部位S上に配置する。次に、図3Cに示すように、膜状組織12を移送対象部位S上に残したまま第1支持部材14を膜状組織12上から除去する。図3Cに示した工程は、図2Cに示した工程と同じである。なお、図3Cの工程に代えて、図2Dに示した工程を採用してもよい。
【0055】
上述した第2の移送方法によっても、膜状組織12を破損させることなく確実且つ簡単に移送対象部位Sへ移送することができる。
【0056】
以下、実験例及び実施例を説明する。
【0057】
[実験例] 膜状組織の作製
[実験例1] ヒト筋芽細胞からなるシート状細胞増養物の作製
ヒト骨格筋芽細胞(Lonza製)を、20%のヒト血清を含有するDMEM/F12培地(Invitrogen製)を入れた温度応答性培養皿(UpCell(R)3.5cmディッシュ又は10.0cmディッシュ、セルシード製)に10個/cmの密度で播種し、37℃、5%COで24時間培養し、単層のシートを形成させた。その後、培養皿の温度を20℃に降下させてシート状培養細胞物を培養皿から剥離した。得られたシート状細胞培養物の寸法は、直径15mm程度又は45mm程度、厚さ30〜60μm程度であった。
【0058】
[実験例2] ブタ筋芽細胞からなるシート状培養細胞物の作製
ブタ骨格筋芽細胞を、特開2007−89442号公報に記載の方法で単離した。すなわち、ミニブタ(日生研株式会社より購入)の下肢より骨格筋を採取し、組織輸送液(HBSS(GIBCO製)、1.45mg/mLのグルコース(大塚製薬製)、0.1mg/mLのゲンタマイシン(富士製薬製)、2.5μg/mLのファンギゾン(GIBCO製))に浸漬して、洗浄した。
【0059】
次いで、採取した骨格筋を、酵素溶液(TrypLE Select(Invitrogen製)、0.5mg/mLのコラゲナーゼA(日本ロシュ製)、50μg/mLのゲンタマイシン(富士製薬製)、0.25μg/mLのファンギゾン(GIBCO製))中で、一辺2mm以下の大きさの断片になるまで細断した。この中から白色組織(結合組織)を取り除いた。得られた組織を細断し、前記酵素溶液中で攪拌し、恒温槽にて、37℃で60分酵素処理した。酵素処理後、細胞が浮遊している酵素処理液を吸引し、得られた酵素処理液を遠心分離して上清を捨て、細胞を回収した。この酵素処理を数回繰り返すことにより、ブタ骨格筋芽細胞を回収した。
【0060】
得られたブタ骨格筋芽細胞を、20%のウシ胎仔血清(Invitrogen製)、4%のL−グルタミン(Invitrogen製)、0.01μg/mLの上皮成長因子(Invitrogen製)、4μg/mLのリン酸デキサメタゾンナトリウム(シェリング・プラウ製)を含有するMCDB131培地(Invitrogen製)を入れた温度応答性培養皿(UpCell(R)6cmディッシュ又は10.0cmディッシュ、セルシード製)に10個/cmの密度で播種し、37℃、5%COで24時間培養し、シートを形成させた。その後、培養皿の温度を20℃に降下させてシート状培養細胞物を培養皿から剥離した。得られたシート状細胞培養物の寸法は、直径25mm程度又は45mm程度、厚さ30〜60μm程度であった。
【0061】
[実験例3] マウス繊維芽細胞(NIH3T3)からなるシート状培養細胞物の作製
マウス繊維筋芽細胞(NIH3T3細胞)を、20%のウシ胎仔血清(Invitrogen製)を含有するDMEM培地(Invitrogen製)を入れた温度応答性培養皿(UpCell(R)10.0cmディッシュ、セルシード製)に10個/cmの密度で播種し、37℃、5%COで24時間培養し、単層のシートを形成させた後、培養皿の温度を20℃に降下させてシート状培養細胞物を培養皿から剥離した。得られたシート状細胞培養物の寸法は、直径45mm程度、厚さ30〜60μm程度であった。
【0062】
[実施例]
以下、本発明の効果を確認する試験結果を実施例として説明する。
【0063】
[実施例1] 同じ素材のフィルムを用いた実験
[実施例1−1]
第1支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
第2支持部材:厚さ168μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状培養細胞物
移送対象部位:培養容器
方法:水で湿潤状態にある膜状組織を第1支持部材と第2支持部材との間に挟み込んだ移送器具を作製し、図2Bに示した方法と同様に、第1支持部材の位置を保持し、第2支持部材をスライドさせた。
結果:第2支持部材をスライドさせても、膜状組織が移動せず第1支持部材側の位置を保持した。よって、第1支持部材と膜状組織との間の摩擦力は、第2支持部材と膜状組織との間の摩擦力よりも大きいことが示された。
【0064】
[実施例1−2]
第1支持部材:厚さ10μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ110μmのポリウレタン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状培養細胞物
移送対象部位:培養容器
方法:実施例1−1と同じ。
【0065】
結果:第2支持部材をスライドさせても、膜状組織が移動せず第1支持部材側の位置を保持した。よって、第1支持部材と膜状組織との間の摩擦力は、第2支持部材と膜状組織との間の摩擦力よりも大きいことが示された。
【0066】
[実施例2] 異なる素材のフィルムを用いた移送対象部位が曲面である実験
[実施例2−1]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:粘土を食品用ラップフィルムで包んだ擬似臓器(移植面の形状は曲面)
方法:水で湿潤状態にある上記の膜状組織を第1支持部材と第2支持部材との間に挟み込んだ移送器具を作製し、図2A〜図2Cに示した方法を実施した。
結果:図2Bの工程において、膜状組織は静止したままで第2支持部材だけを除去することができた。膜状組織は、破損することなく移植することができた。擬似臓器の表面の屈曲の大きい部分でも、移送器具が変形してよく密着した。ポリウレタンとポリエチレンは、体積弾性係数及び界面自由エネルギーが近いことから、第1支持部材と膜状組織との間の摩擦力と、第2支持部材と膜状組織との間の摩擦力との差は、主として、第1支持部材と第2支持部材の厚さの違いに起因するものである。
【0067】
[実施例2−2]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ195μmのポリプロピレン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:粘土を食品用ラップフィルムで包んだ擬似臓器(移植面の形状は曲面)
方法:水で湿潤状態にある膜状組織を第1支持部材と第2支持部材との間に挟み込んだ移送器具を作製し、図3A〜図3Cに示した方法を実施した。
結果:図3Aの工程において、第1支持部材を把持して第1支持部材を第2支持部材に対してスライドさせると、第1支持部材と一緒に膜状組織も第2支持部材に対してスライドさせ、移送対象部位上に第1支持部材と膜状組織を配置することができた。ポリウレタンとポリプロピレンは、体積弾性係数及び界面自由エネルギーが近いことから、第1支持部材と膜状組織との間の摩擦力と、第2支持部材と膜状組織との間の摩擦力との差は、主として、第1支持部材と第2支持部材の厚さの違いに起因するものである。膜状組織は、破損することなく移植することができた。なお、擬似臓器の表面の屈曲の大きい部分では、第2支持部材の厚みのため擬似臓器の表面に密着しにくかった。
【0068】
[実施例3] 異なる素材のフィルムを用いた移送対象部位が拍動しないウシ心臓である実験
[実施例3−1]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:ウシ摘出心臓(拍動なし)
方法:水で湿潤状態にある膜状組織を第1支持部材と第2支持部材との間に挟み込んだ移送器具を作製し、図2A〜図2Cに示した方法を実施した。
結果:図2Bの工程において、膜状組織は静止したままで第2支持部材だけを除去することができた。膜状組織は、破損することなく移植することができた。ウシ摘出心臓の表面の屈曲の大きい部分でも、移送器具が変形してよく密着した。
【0069】
[実施例4] 異なる素材のフィルムを用いた移送対象部位が拍動するブタ心臓である実験
[実施例4−1]
第1支持部材:厚さ10μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ30μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:マウス繊維芽細胞(NIH3T3細胞)から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:ブタ心臓(拍動あり)
方法:水で湿潤状態にある膜状組織を第1支持部材と第2支持部材との間に挟み込んだ移送器具を作製し、図2A〜図2Cに示した方法を実施した。
結果:図2Bの工程において、膜状組織は静止したままで第2支持部材だけを除去することができた。膜状組織は、破損することなく移植することができた。
【0070】
[実施例4−2]
第1支持部材:厚さ10μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:マウス繊維芽細胞(NIH3T3細胞)から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:ブタ心臓(拍動あり)
方法及び結果:実施例4−1と同じ。
【0071】
[実施例4−3]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:マウス繊維芽細胞(NIH3T3細胞)から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:ブタ心臓(拍動あり)
方法及び結果:実施例4−1と同じ。なお、第2支持部材を除去した後、第1支持部材を速やかに除去することにより、拍動の影響によってマウス繊維芽細胞から作製されたシート状細胞培養物が破損することを防止することができた。
【0072】
[実施例4−4]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:ブタ筋芽細胞から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:ブタ心臓(拍動あり)
方法及び結果:実施例4−1と同じ。
【0073】
[実施例4−5]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:ブタ心臓(拍動あり)
方法及び結果:実施例4−1と同じ。
【0074】
実施例4−1〜5における操作性及び曲面への密着性を下記表1に示す。+の数が多いほど操作性又は曲面への密着性が高く、+の数が少ないほど操作性又は密着性は低い。支持部材の操作性が高いということは、支持部材による膜状組織のハンドリング性が供されるということである。例えば、膜状組織の持ち運びを含め、膜状組織の支持部材による移送対象部位への送達と膜状組織からの支持部材の除去が容易であることを意味する。支持部材の曲面への密着性が高いということは、移送対象部位の表面の凹凸や動きに支持部材が対応して追従することを意味する。
【0075】
【表1】

【0076】
[第2実施形態]
図4は、本発明の第2実施形態に係る膜状組織移送器具10a(以下、「移送器具10a」という)の分解斜視図である。なお、第2実施形態に係る移送器具10aにおいて、第1実施形態に係る移送器具10と同一又は同様な機能及び効果を奏する要素には同一の参照符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0077】
第2実施形態に係る移送器具10aは、第1実施形態に係る移送器具10に対して、第3支持部材26を追加したものである。すなわち、移送器具10aは、第1支持部材14と第2支持部材16との間に膜状組織12を保持してなる保持ユニット24に加え、当該保持ユニット24を載置可能な第3支持部材26を備える。
【0078】
第3支持部材26は、当該第3支持部材26上に保持ユニット24を載置した状態で、当該保持ユニット24が載置された部分以外の箇所を把持できるように、第1支持部材14及び第2支持部材16よりも大きく構成されている。具体的には、第3支持部材26は、平面視で略長方形のシート状であり、第1支持部材14及び第2支持部材16よりも長く、一端部寄りの箇所に保持ユニット24を載置した場合に、他端寄りの箇所を把持できるようになっている。なお、第3支持部材26は、略長方形状に限らず、円形、楕円形等の他の形状に形成されてもよい。
【0079】
また、第3支持部材26は、上述した第1支持部材14及び第2支持部材16の構成材料として例示したものから選択した少なくとも一種以上の材料及び金属から構成し得るが、当該第3支持部材26上の一端部寄りに保持ユニット24を載置し、且つ他端部寄りの箇所を把持した状態で、大きく撓まない程度の剛性を有することが好ましい。このため、第3支持部材26の厚さは、第1支持部材14及び第2支持部材16の厚さよりも厚く設定されるのがよく、例えば、100〜2000μmに設定され、好ましくは、200〜1000μmに設定される。
【0080】
このように構成された移送器具10aを用いて膜状組織12を移送対象部位に移送する場合、先ず、図5Aに示すように、上側から順に、第1支持部材14、膜状組織12、第2支持部材16及び第3支持部材26を積層した状態の移送器具10aを運ぶ。この場合、比較的剛性の高い第3支持部材26に保持ユニット24を載置して搬送するため、保持ユニット24を安定した状態で簡単に移送対象部位Sへと運ぶことができる。
【0081】
次に、図5Bに示すように、第3支持部材26の先端部を移送対象部位Sに接触させた状態で、保持ユニット24を第3支持部材26に対してスライドさせる。このように保持ユニット24をスライドさせることで、図5Cに示すように、保持ユニット24を移送対象部位S上に配置する。保持ユニット24を移送対象部位S上に配置したら、第3支持部材26を除去する。
【0082】
なお、第3支持部材26における保持ユニット24を載置する面又は第2支持部材16の下面の一方又は両方の面に、親水性処理又は摩擦低減処理が施されていると、第2支持部材16と第3支持部材26との接触面での摩擦力を小さくできるため、第3支持部材26のスライド操作を容易且つスムーズに行うことができ、好ましい。
【0083】
第3支持部材26を除去した後は、図2Bに示した方法と同様の方法により、膜状組織12と移送対象部位Sとの間から第2支持部材16を除去する。次に、図2C又は図2Dに示した方法と同様の方法により、膜状組織12上から第1支持部材14を除去する。これにより、膜状組織12の移送対象部位Sへの移送が完了する。従って、本実施形態に係る移送器具10aによっても、膜状組織12を破損させることなく確実且つ簡単に移送対象部位Sへ移送することができる。
【0084】
なお、第2実施形態において、第1実施形態と共通する各構成部分については、第1実施形態における当該共通の各構成部分がもたらす作用及び効果と同一又は同様の作用及び効果が得られることは勿論である。
【0085】
以下、第2実施形態に係る実施例を、実施例5として説明する。
【0086】
[実施例5] 異なる素材のフィルムを用いた移送対象部位が曲面である実験
[実施例5−1]
第1支持部材:厚さ25μmのポリウレタン製のフィルム
第2支持部材:厚さ68μmのポリエチレン製のフィルム
第3支持部材:厚さ195μmのポリプロピレン製のフィルム
膜状組織:ヒト筋芽細胞から作製されたシート状細胞培養物
移送対象部位:粘土を食品用ラップフィルムで包んだ擬似心臓(移植面の形状は曲面)
方法:水で湿潤状態にある膜状組織を第1支持部材と第2支持部材との間に挟み込み、さらにそれらを第3支持部材上に配置した移送器具を作製し、図5A、5B及び図2A〜図2Cに示した方法を実施した。
結果:第3支持部材は剛性があるため、膜状組織を含むフィルムの対象部位への移送が容易であった。また、図5Bに示す第3支持部材の、第1支持部材、膜状組織及び第2支持部材に対するスライド、及び図2Bに示す第1支持部材と膜状組織に対する第2支持部材のスライドでも膜状組織が移動せず、膜状組織は第1支持部材側の位置を保持した。最後に膜状組織を移送対象部位に残したまま、膜状組織から第1支持部材を剥がすことができた。
【0087】
[その他の実施形態]
上述した第1及び第2実施形態では、第1支持部材14の厚さを第2支持部材16の厚さよりも薄く設定することで、第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力P1を、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きくしたが、他の手段により、摩擦力の設定を行ってもよい。他の手段としては、体積弾性率の違いを利用したものや、吸水率の違いを利用したものが考えられる。
【0088】
体積弾性率の違いを利用したものに関し、上述した(3)式によれば、体積弾性率が大きいほど、凝着力も大きくなる。そこで、体積弾性率について、第1支持部材14のほうが第2支持部材16よりも大きくなるように各部材の材質を選定することで、第1支持部材14と膜状組織12との間の摩擦力P1を、第2支持部材16と膜状組織12との間の摩擦力P2よりも大きくした構成としてもよい。
【0089】
また、上述した第1支持部材14又は第2支持部材16に代えて、図6A〜図6Cに示す形状の支持部材30、40、46を採用してもよい。
【0090】
図6Aに示す支持部材30は、本体部を構成するシート体31と、シート体31の一端部に設けられた把持部32とを有する。シート体31は、一端側を構成する方形部30aと、他端側を構成する半円部30bとを有する。把持部32は、シート体31よりも剛性が高く、図示例では、直線状であり、方形部30aの縁部に直線状の補強シート33が貼り付けられることで構成されている。把持部32に代えて、或いは、把持部32に加えて、半円部30bの縁部に円弧状の把持部34を設けてもよい。
【0091】
図6Bに示す支持部材40は、その本体部を構成する円形のシート体41と、シート体41の周縁部の一部(図6Bでは約180度の角度範囲)に設けられた円弧状の把持部42とを有する。把持部42は、シート体41よりも剛性が高く、図示例では、シート体41の周縁部に円弧状の補強シート43が貼り付けられることで構成されている。支持部材40は、円形に代えて、楕円形であってもよい。円弧状の把持部42は、周方向に複数に分割された構成であってもよい。
【0092】
図6Cに示す支持部材46は、その本体部を構成するシート体47と、シート体47の周縁部の略半分ずつの範囲にそれぞれ設けられた円弧状の把持部48、50とを有する。把持部48、50は、シート体47よりも剛性が高く、図示例では、シート体47の周縁部に補強シート49、51が貼り付けられることで構成されている。把持部48、50の端部同士の間には、非補強部52が僅かに設けられている。このように、把持部48、50が広範囲に設けられることにより、支持部材46を把持する際の方向の制約が少なく、手技を円滑に進めることができる。また、非補強部52が設けられていることで、例えば、支持部材46が第1支持部材14に適用された場合に、第1支持部材14を折り返して剥がす際(図2C参照)に、半分まで折り返したときに折り返し部の曲率半径が小さくなり、表面張力を緩和できる。よって、図6Cの構成のように把持部48、50間に非補強部52を設けた構成は、全周に把持部が設けられる構成(図示せず)と比較して、膜状組織12から第1支持部材14を剥がし易い。なお、支持部材46は、円形に代えて、楕円形であってもよい。
【0093】
なお、図6A〜図6Cの構成例において、補強シート33、43、49は使用中に所望に応じてシート体31、41、47から剥がすことができる。
【0094】
上記において、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改変が可能なことは言うまでもない。
【符号の説明】
【0095】
10、10a…膜状組織移送器具 12…膜状組織
14…第1支持部材 16…第2支持部材
18…保存液
20、22、32、34、42、48、50…把持部
24…保持ユニット 26…第3支持部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体由来の細胞からなる膜状組織を移送するための膜状組織移送器具であって、
湿潤状態の前記膜状組織の一面側に配置されたシート状の第1支持部材と、
湿潤状態の前記膜状組織の他面側に配置されたシート状の第2支持部材と、を備え、
前記第1支持部材と前記第2支持部材とにより前記膜状組織の全体が保持され、
前記第1支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力は、前記第2支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力よりも大きい、
ことを特徴とする膜状組織移送器具。
【請求項2】
請求項1記載の膜状組織移送器具において、
前記第1支持部材は、前記第2支持部材よりも薄く形成されている、
ことを特徴とする膜状組織移送器具。
【請求項3】
請求項1又は2記載の膜状組織移送器具において、
前記第1支持部材は、前記第2支持部材よりも柔軟に形成されている、
ことを特徴とする膜状組織移送器具。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の膜状組織移送器具において、
前記第1支持部材と前記第2支持部材との間に前記膜状組織を保持してなる保持ユニットを載置可能であり、前記第2支持部材よりも剛性の高い第3支持部材をさらに備える、
ことを特徴とする膜状組織移送器具。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の膜状組織移送器具において、
前記第1支持部材と前記第2支持部材の少なくとも一方の縁部の少なくとも一部に、他の部分よりも剛性が高い把持部が設けられる、
ことを特徴とする膜状組織移送器具。
【請求項6】
生体由来の細胞からなる膜状組織を移送するための膜状組織移送方法であって、
湿潤状態の前記膜状組織の一面側に配置されたシート状の第1支持部材と、湿潤状態の前記膜状組織の他面側に配置されたシート状の第2支持部材と、を備え、前記第1支持部材と前記第2支持部材とにより前記膜状組織の全体が保持され、前記第1支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力が前記第2支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力よりも大きい、膜状組織移送器具を用意する工程と、
前記膜状組織移送器具を移送対象部位上に配置する工程と、
前記第2支持部材を前記膜状組織に対してスライドさせることで、前記膜状組織と前記移送対象部位との間から前記第2支持部材を除去する工程と、
前記膜状組織を前記移送対象部位上に残したまま前記第1支持部材を前記膜状組織上から除去する工程と、を含む、
ことを特徴とする膜状組織移送方法。
【請求項7】
生体由来の細胞からなる膜状組織を移送するための膜状組織移送方法であって、
湿潤状態の前記膜状組織の一面側に配置されたシート状の第1支持部材と、湿潤状態の前記膜状組織の他面側に配置されたシート状の第2支持部材と、を備え、前記第1支持部材と前記第2支持部材とにより前記膜状組織の全体が保持され、前記第1支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力が前記第2支持部材と前記膜状組織との間の摩擦力よりも大きい、膜状組織移送器具を用意する工程と、
前記膜状組織移送器具を、移送対象部位の近傍に配置する工程と、
前記第1支持部材及び前記膜状組織を前記第2支持部材に対してスライドさせることで、前記第1支持部材及び前記膜状組織を前記移送対象部位上に配置する工程と、
前記膜状組織を前記移送対象部位上に残したまま前記第1支持部材を前記膜状組織上から除去する工程と、を含む、
ことを特徴とする膜状組織移送方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−42734(P2013−42734A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184760(P2011−184760)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】