説明

膵癌に対する選択的膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法との併用療法、およびそれに使用する膵癌治療薬

【課題】膵癌に対して有効な療法、特に切除不能と診断された進行膵癌(切除不能進行膵癌)症例に対して有効で、生命予後の延長が可能な治療法およびそれに使用する治療薬を提供する。
【解決手段】制癌剤および造影剤を含有する膵動脈注入剤と全身投与用の抗膵癌剤との組合せからなる。下記(1)〜(3)の投薬スケジュールによる投与を、少なくとも2クール行う:(1)抗膵癌剤の全身投与を少なくとも3週間行う、
(2)膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤の注入を1回行う、
(3)少なくとも1週間投薬休止。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌に対して有効な療法、特に切除不能と診断された進行膵癌(切除不能進行膵癌)症例に対して有効で、生命予後の延長が可能な治療法およびそれに使用する治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
膵癌は消化器癌のなかでも最も予後不良な疾患であり、最近10年間の報告においてもその切除率は9-37%と低く、かつ切除後再発率も高く、切除後5年生存率は10-27%と低い(非特許文献1〜6参照)。切除不能と診断された進行膵癌症例では、ジェムサイタビン(Gemcitabine)〔(商品名:Gemzar(ジェムザール)〕 を主体とした全身化学療法が施されることが一般的となっているが、その治療成績は切除不能進行膵癌全体で、生存期間中央値はわずか5−9ヶ月程度であり、また転移のない局所進行癌に限定しても生存期間中央値は7.5−12ヶ月程度であり、未だ満足のいく治療成績にはほど遠いのが現状である(非特許文献7〜16等参照)。
【0003】
本発明者は、かねてより切除不能進行膵癌症例〔UICC 2002年分類(非特許文献17参照), stage IV〕に対して膵動脈内への選択的制癌剤注入療法の開発に着手してきた。その結果、動注直後のCTにおいて制癌剤に造影剤を混和した薬剤が膵癌組織内に十分停滞すれば局所制御効果は極めて良好であることがわかり、さらに癌性疼痛の早期軽減効果にも寄与することが判明した(非特許文献18)。
【0004】
しかしながら、局所進行膵癌患者の多くは既に腸間膜・腹膜や膵外神経叢・膵周囲リンパ系に癌浸潤を伴っている場合が多く、選択的制癌剤注入療法単独では十分な生命予後の延長を得るには至っていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sener SF, Fremgen A, Menck HR, et al., J Am Coll Surg 1999; 189:129-130
【非特許文献2】Colon KC, et al., Ann Surg 1996; 223:273-279
【非特許文献3】Nagakawa T, Nagamori M, Futakami F, et al.,Cancer 1996; 77:640-645
【非特許文献4】Sperti C, Pasquali C, Piccoli A, et al., Br J Surg 1996; 83:625-631
【非特許文献5】Ni Ox, Zhang QH, Fu DL, et al., Hepatobiliary Pancreat Dis Int 2002; 1:126-128
【非特許文献6】Ishikawa O, Ohigashi H, Yamada T, et al., Acta Gastroenterol Belg 2002; 65:166-170
【非特許文献7】Burris HA 3rd, Moore MJ, Anderson J, et al., J Clin Oncol 1997; 15: 2403-2413
【非特許文献8】Bramhall SR, Rosemurgy A, Brown PD, et al., J Clin Oncol 2001; 19: 3477-3455
【非特許文献9】Moore MJ, Hamm J, Dancey J, et al., J Clin Oncol 2003; 21: 3296-3302
【非特許文献10】Louvet C, Labianca R, Hammel, et al., J Clin Oncol 2005; 23: 3509-3516
【非特許文献11】Colucci G, Giuliani F, Gebbia V, et al., Cancer 2002; 94:902-910
【非特許文献12】Berlin JD, Catalano P, Thomas JP, et al., J Clin Oncol 2002; 20: 3270-3275
【非特許文献13】Rocha Lima CM, Green MR, Rotche R, et al., J Clin Oncol 2004; 22: 3776-3783
【非特許文献14】Van Cutsem E, Van de Velde H, Karasek P, et al., J Clin Oncol 2004; 22: 1430-1438
【非特許文献15】Sakamoto H, Kitano M, Suetomi Y, et al., J Gastroenterol 2006; 41:70-76
【非特許文献16】Sezgin C, Karabulut B, Uslu R, et al., Scand J Gastroenterol 2006; 41:70-76
【非特許文献17】International Union Against Cancer (UICC): TNM classification of malignant tumors. 6th ed. Sobin LH and Witterkind Ch. Weiley-Liss, New York, 2002
【非特許文献18】清末一路、森 宣. 膵癌に対する動注療法 消化器病セミナー[へるす出版]. 1998; 70:183-190
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来の膵癌治療の現状に鑑みて、膵癌に対して有効な療法、特に切除不能進行膵癌症例に対しても有効で生命予後延長が可能な療法、ならびに治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討を重ねていたところ、制癌剤と造影剤を含有する膵動脈注入剤を用いた選択的膵動脈制癌剤注入療法に、抗膵癌剤を主体とした全身化学療法を併用することによって、切除不能進行膵癌症例に対しても有効で生命予後延長が可能であることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、下記の態様を包含する:
I.進行膵癌の治療方法
項I-1.制癌剤および造影剤を選択的に膵動脈に注入する膵動脈制癌剤注入療法と、抗膵癌剤を投与する全身化学療法とを組み合わせて行う、膵癌の治療方法。
項I-2.上記膵動脈制癌剤注入療法が膵周囲小動脈へのカテーテリゼーションにより造影剤とともに制癌剤を膵動脈に選択的に注入する方法であり、上記全身化学療法が抗膵癌剤を静脈または経口投与する方法であって、これらを交互に行うことを特徴とする、項I-1に記載する膵癌の治療方法。
項I-3.下記(1)〜(3)のスケジュールによる投薬を、少なくとも2クール行うことを特徴とする項I-1またはI-2に記載する膵癌の治療方法:
(1)抗膵癌剤の全身投与(静脈または経口投与)を少なくとも3週間行う、
(2)制癌剤および造影剤を選択的に膵動脈に注入する膵動脈制癌剤注入療法を1回、好ましくは膵動脈注入剤の膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤の投与を1回行う、
(3)少なくとも1週間投薬休止。
項I-4.膵周囲小動脈に狭窄を有する進行膵癌患者を治療するための方法である、項I-1乃至I-3のいずれかに記載する膵癌の治療方法。
項I-5.癌転移を伴わない進行膵癌患者を治療するための方法である、項I-1乃至I-3のいずれかに記載する膵癌の治療方法。
項I-6.制癌剤が抗癌性抗生物質、アルキル化剤およびプラチナ系抗がん剤からなる群から選択される制癌剤であり、抗膵癌剤がジェムサイタビンまたはその塩、プラチナ系抗癌剤およびフッ化ピリミジン系抗癌剤からなる群から選択される抗癌剤である、項I-1乃至I-5のいずれかに記載する膵癌の治療方法。
項I-7.切除不能進行膵癌を対象とした治療方法である、項I-1乃至I-6のいずれかに記載する進行膵癌の治療方法。
【0009】
なお、これらの治療方法によれば、進行膵癌患者の生命予後を延長することができる。よって上記の項I-1〜I-7に記載する進行膵癌の治療方法は、進行膵癌患者の生命予後延長方法と位置づけることもできる。
【0010】
II.進行膵癌の治療薬
項II-1.制癌剤および造影剤を含有する膵動脈注入剤と、全身投与用の抗膵癌剤との組合せからなることを特徴とする、膵癌治療薬。
項II-2.上記膵動脈注入剤が膵周囲小動脈へのカテーテリゼーションにより、また上記抗膵癌剤が静脈または経口投与により、交互に投与されることを特徴とする、項II-1に記載する膵癌の治療薬。
項II-3.下記(1)〜(3)の投薬スケジュールによる投与を、少なくとも2クール行うことを特徴とする項II-2に記載する膵癌の治療薬:
(1)抗癌剤の全身投与(静脈または経口投与)を3週間行う、
(2)制癌剤および造影剤を選択的に膵動脈に注入する膵動脈制癌剤注入療法を1回、好ましくは膵動脈注入剤の膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤の投与を1回行う、
(3)少なくとも1週間投薬休止。
項II-4.膵周囲小動脈に狭窄を有する進行膵癌患者を治療するための医薬品である、項II-1乃至II-3のいずれかに記載する膵癌治療薬。
項II-5.癌転移を伴わない進行膵癌患者を治療するための医薬品である、項II-1乃至II-3のいずれかに記載する膵癌治療薬。
項II-6.制癌剤が抗癌性抗生物質、アルキル化剤およびプラチナ系抗がん剤からなる群から選択される制癌剤であり、抗膵癌剤がジェムサイタビンまたはその塩、プラチナ系抗癌剤およびフッ化ピリミジン系抗癌剤からなる群から選択される抗癌剤である、項II-1乃至II-5のいずれかに記載する進行膵癌の治療薬。
項II-7.切除不能進行膵癌を対象とした治療薬である、項II-1乃至II-6のいずれかに記載する膵癌の治療薬。
【0011】
なお、これらの治療薬によれば、進行膵癌患者の生命予後を延長することができる。よって上記の項II-1〜II-7に記載する膵癌治療薬は、進行膵癌患者の生命予後延長薬と位置づけることもできる。
【発明の効果】
【0012】
切除不能進行膵癌症例の生存期間中央値(MST)は、Gemcitabine投与を主体とする全身化学療法のみでは6ヶ月前後と報告されており、また選択的膵動脈制癌剤注入療法単独でも6.0ヶ月であったが、後述する実施例で示すように、選択的膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法とを併用することによってMSTを 23.0ヶ月にまで延長させることができた。治療対象を遠隔転移のない局所進行癌症例に限定すると、全身化学療法のみではMSTは7.5−12ヶ月、選択的膵動脈制癌剤注入療法単独でも7.0ヶ月であるのに対し、本発明の併用療法ではMST 34ヶ月と良好な延命効果が得られた。これらのことからわかるように、選択的膵動脈制癌剤注入療法と抗癌剤投与による全身化学療法との併用は、切除不能な進行膵癌の非侵襲的治療法として有用であり、しかも進行膵癌患者の延命に大きく寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の選択的膵動脈制癌剤注入療法におけるカテーテリゼーションに使用する4Fカテーテルの形状の一態様を示す図面である(Oita-Mori-Pancreas type:メディキット(株))。
【図2】実施例1において、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法との併用群〔化学療法継続・動注群(A群:A1+A2)+化学療法不継続・動注群(B群:B1+B2)〕、および動注単独群(C群:C1+C2)の生存曲線を示す。
【図3】実施例1において、化学療法継続・動注群(A群:A1+A2)、化学療法不継続・動注群(B群:B1+B2)および動注単独群(C群:C1+C2)の生存曲線を示す。
【図4】実施例1において、遠隔転移を伴わない局所進行癌群(第1群)を対象とした場合の、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法併用群(A1+B1)、および動注単独群(C1)の生存曲線を示す。
【図5】実施例1において、遠隔転移を伴なう転移性進行癌群(第2群)を対象とした場合の、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法併用群(A2+B2)、および動注単独群(C2)の生存曲線を示す。
【図6】実施例1において、遠隔転移を伴わない局所進行癌群(第1群)のうち、化学療法継続・動注群(A1)、化学療法不継続・動注群(B1)および動注単独群(C1)の各生存曲線を示す。
【図7】実施例1において、化学療法継続・動注群(A2)、化学療法不継続・動注群(B2)および動注単独群(C2)の各生存曲線を示す。
【図8】症例1(43歳男性)(化学療法継続・動注群A1)の所見を示す。図AとBは入院時のCT画像、図Cは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法後の下膵十二指腸動脈からの造影画像、図Dは第2回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法後の下膵十二指腸動脈からの造影画像、図EおよびFは、第2回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法から16日目のCT画像を示す。
【図9】症例2(68歳男性)(化学療法継続・動注群A1)の所見を示す。図AとBは受診時のCT画像、図Cは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法後の背側膵動脈からの造影画像、図Dは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法後の下膵十二指腸動脈からの造影画像、図EおよびFは、第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法から3ヶ月目のCT画像を示す。
【図10】症例3(76歳女性)(化学療法継続・動注群A1)の所見を示す。図AとBは受診時のCT画像、図Cは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法時における後上膵十二指腸動脈からの造影画像、図Dは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法終了時のCT画像、図EおよびFは、選択的膵動脈制癌剤注入療法を計5回、Gemzar 600mgの経静脈投与を計16回, S-1を計3クール行い撮像したCTを示す。
【図11】症例4(61歳男性)(化学療法不継続・動注群/遠隔転移ありB1)の所見を示す。図AとBは初診時のCT画像、図Cは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法時における大膵動脈紀部起始部からの造影画像、図Dは第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法終了時のCT画像、図EおよびFは、4回の選択的膵動脈制癌剤注入療法終了後の2ヶ月目に撮像したCTを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
I.膵癌の治療方法
本発明の膵癌治療方法は、造影剤のもとで制癌剤を膵動脈に選択的に注入する選択的膵動脈制癌剤注入療法と、抗膵癌剤投与による全身化学療法とを組み合わせてなることを特徴とする。
【0015】
(1) 選択的膵動脈制癌剤注入療法(選択的膵動注療法)
選択的膵動脈制癌剤注入療法(以下、「選択的膵動注療法」ともいう。)は、標的となる腫瘍の栄養血管であると予想される膵周囲小動脈にカテーテリゼーションし、標的腫瘍の近傍にまでカテーテルを進めて制癌剤を注入する療法である。かかる選択的膵動注療法は、膵臓にできた原発巣の腫瘍を選択的かつ直接攻撃する療法であって、これにより原発巣腫瘍を壊死させ縮小させることが可能になる。
【0016】
選択的膵動注療法の施術に際しては、CTなどの画像診断による膵癌(腫瘍)の存在部位の確認とともに、膵癌の動脈および門脈浸潤、並びに膵周囲小動脈の分岐形式を確認する必要がある。当該確認は、通常大腿動脈穿刺にてカテーテルを挿入し、カテーテルに造影剤を注入しながらCT撮像して腹腔動脈造影および上腸間膜動脈造影を行うことによって実施することができる。具体的には、事前に撮像された 膵臓のdynamic CTの画像を参考に、膵周囲小動脈による膵の血管支配領域に基づいて選択的な膵周囲小動脈へのカテーテリゼーションを行い、その選択的膵動脈造影画像から癌浸潤による小動脈の変化を確認する(これらの工程を、以下「選択的膵動脈造影」ともいう。)。
【0017】
膵周囲小動脈による膵の血管支配領域は、若干の個人差はあるものの、概ね以下のように分けることができる(非特許文献18参照)。
i) 膵頭下部腹側2/3の領域:前膵十二指腸アーケードにより供血される
ii) 膵頭下部背側1/3の領域:後膵十二指腸アーケードにより供血される
iii) 膵頭上部背側:後上膵十二指腸動脈および背側膵動脈の内側枝より供血される
iv) 膵体部:背側膵動脈および大膵動脈から供血される
v) 膵尾部:下1/2の領域は主として横行膵動脈から供血され、上1/2および膵尾端は脾動脈から直接分岐する膵尾動脈により供血される
vi)腹側:主として前上膵十二指腸動脈の分枝と背側膵動脈の内側枝より供血されるが、胃十二指腸動脈や総肝動脈から直接分岐する小血管の供血も一部関与しているものと思われる。
【0018】
なお、膵の動脈系は腹腔動脈または脾動脈から背側膵動脈、大膵動脈、膵尾動脈が分岐し、背側膵動脈と大膵動脈の吻合から横行膵動脈が形成され、主に膵体尾部の動脈系を構成する。一方、胃十二指腸動脈からは前および後上膵十二指腸動脈が分岐し、それぞれ膵頭部の前後外側を走行した後に上腸間膜動脈から分岐する前・後下膵十二指腸動脈と吻合し、前後の膵十二指腸アーケードを形成している。
【0019】
カテーテリゼーションは、基本的には4Fのカテーテルを血管分岐形状に合わせて選択して用いることができる。但し、背側膵動脈および下膵十二指腸動脈は分岐形式が複雑であるため、図1に示すような形状を有する、数種類の4Fカテーテル(OMP-1 [Oita-Mori-Pancreas type-1]〜OMP-6:メディキット(株)製)を用いることが好ましい。また、目的とする動脈そのものが細い場合や4Fカテーテルにてカテーテリゼーションができない場合は、4Fカテーテルの内腔にマイクロカテーテルを挿入してカテーテリゼーションすることができる。
【0020】
上記の選択的膵動脈造影にて膵周囲小動脈に癌浸潤による狭窄が認められた場合は、狭窄部の近傍までカテーテルを進め、制癌剤の注入を行う。
【0021】
ここで使用される制癌剤としては、特に制限されないが、濃度が濃いほどに制癌作用を強く発揮する濃度依存性の制癌剤を用いることが好ましい。本発明の選択的膵動注療法によれば、標的病巣に対して制癌剤を注入することができ、且つ当該標的病巣に制癌剤を停滞させることができる。このため、濃度依存性の制癌剤によれば、標的病巣の大きさや状態に応じて、その濃度を調整することで当該病巣に対する抗癌作用をコントロールすることができる。
【0022】
かかる制癌剤としては、濃度依存的に殺細胞効果を発揮する薬物であればよく、例えば、エピルビシン(エピルビシン塩酸塩、ファモルビシン)、アクラルビシン(アクラシノン)、ダウノルビシン(ダウノマイシン)、ドキソルビシン(アドリアシン)、ビラルビシン(ピノルビン、テラルビシン)、ブレオマイシン(ブレオ)、ペプロマイシン(ペプレオ)、マイトマイシンC(マイトマイシン)、およびミトキサントロン(ノバントロン)などの抗癌性抗生物質;シクロホスファミド(エンドキサン)、ダカルバジン(ダカルバジン)、テモゾロミド(テモダール)、ニムスチン(ニドラン)、ブスルファン(ブスルフェクス、マブリン)、プロカルバジン(塩酸プロカルバジン)、メルファラン(アルケラン)、およびラニムスチン(サイメリン)等のアルキル化剤;シスプラチンなどのプラチナ系抗癌剤を挙げることができる。
【0023】
好ましくは、エピルビシンまたはその塩(例えば塩酸エピルビシン)などの癌細胞増殖抑制作用を有する薬物、マイトマイシンやシスプラチンなどのDNA合成阻害作用を有する薬物である。なお、これらの制癌剤は1種単独で使用してもよいし、また2種以上を任意に組み合わせて使用することもできる。好ましくは、骨髄抑制等の副作用の点からエピルビシンまたはその塩とマイトマイシンとの組み合わせである。
【0024】
かかる選択的膵動注療法は、患部に制癌剤だけを注入して行うこともできるが、狭細化している目的とする動脈に間違いなく制癌剤を注入できているかをX線透視下に確認するとともに、動注後腫瘍内にどの程度制癌剤が停留しているかをCTにて確認しながら治療を進めるうえでは、制癌剤に加えて造影剤を含有する組成物を膵動脈注入剤として用いることが好ましい。なお、かかる膵動脈注入剤は、簡便には、前述する制癌剤と造影剤とを動脈または静脈注射用の生理食塩水に溶解して調製することができる。
【0025】
ここで造影剤は、CTに使用され、動脈や静脈に注入して用いられる造影剤、つまり非イオン性のヨード含有水性造影剤であれば特に制限されない。制限されないが、具体的には、イオパミド−ル(例えば、シェーリングから商品名「イオパミロン」として販売)、イオヘキソール(例えば、第一製薬から商品名「オムニパーク」として販売)、イオベルソール(例えば、タイコヘルスケアジャパンから商品名「オプチレイ」として販売)、イオメプロール(例えば、エーザイから商品名「イオメロン」として販売)、イオプロミド(例えば、田辺製薬から商品名「プロスコープ」として販売)、およびイオキシラン(例えば、協和醗酵から商品名「イマジニール」として販売)の非イオン性のヨード含有水性造影剤などを例示することができる。
【0026】
膵動脈注入剤の注入容量は、腫瘍を養う血管(栄養動脈、腫瘍血管、支配血管)の数と、各々の栄養する体積の割合に応じて決定することができる。一例を挙げると、膵動脈注入剤として、例えばマイトマイシン20mgとエピルビシン30mgを10ml生理食塩水に溶解させ、これに造影剤10mlを混和したもの(総量20ml)を作製した場合、標的腫瘍の大きさや患者の骨髄機能等を考慮して、患部(標的腫瘍)1箇所あたり、一回当たり10−20ml容量を注入することができる。好ましくは10−15ml容量を用いることが好ましい。かかる一注入あたりに含まれる制癌剤および造影剤の割合としては、制癌剤については通常マイトマイシン10−20mg、エピルビシン15−30mg;好ましくはマイトマイシン10−15mg、エピルビシン15−22.5mgであり;造影剤については5−10ml、好ましくは5−7.5mlを挙げることができる。制癌剤として他のものを使用する場合も、上記に従って設定することができる。
【0027】
膵動脈注入剤の注入は、通常、カテーテルを用いた用手的なパルス方法にて、一症例、通常5〜15分、好ましくは平均10分程度かけてX線透視下にて行なわれる。また、腫瘍が複数の血管支配領域に存在する場合には、それぞれの支配血管に対し同様の方法で膵動脈注入剤を分割注入することが好ましい。なお、膵周囲小動脈が閉塞に近く著しく狭細化している場合、またはカテーテリゼーションが不可能な細い動脈分枝が腫瘍血管として多数関与する場合には、親動脈の末梢を細径バルーンカテーテルで閉塞し、選択的膵動脈造影によって腫瘍内への造影剤の移行および停留を確認した後に、近位部から膵動脈注入剤を注入することが好ましい。
【0028】
(2) 全身化学療法
全身化学療法は、膵癌に対する抗癌剤(抗膵癌剤)を、静脈内投与(静注)または経口投与する治療方法である。抗膵癌剤は、静注または経口投与すると血液に入り、全身に運ばれて体内に潜む癌細胞を攻撃する。かかる全身化学療法は、膵臓にできた癌細胞はもちろん、膵周囲組織への癌浸潤や転移病巣に対して有効な治療方法である。
【0029】
本発明の全身化学療法に使用される抗膵癌剤としては、膵癌の治療に用いられる静脈内投与用または経口投与用の抗癌剤であれば特に制限されないが、好ましくは時間依存性の抗癌剤である。当該時間依存性の抗癌剤は、濃度が低くても接触時間が長ければ効力が出るもの、つまり少量または低濃度で継続して投与することによって、副作用の発現を低減しながら制癌作用が発揮されるものである。
【0030】
好適に用いられる抗膵癌剤として、ジェムサイタビンまたはその塩(塩酸ジェムサイタビン)(例えば、日本イーライリリーの 商品名「ジェムザール」)を挙げることができるが、これ以外にも、プラチナ系抗癌剤(例えばシスプラチン、オキサリプラチンなど)、フッ化ピリミジン系抗癌剤〔例えば、5-フルオロウラシル(5-FU)、5-FUのプロドラッグ(例えばテガフール)、カペシタビン(capecitabine)、TS-1(S-1ともいう。テガフールにモジュレーターを併用した配合剤)〕、トポイソメラーゼI阻害剤(irinotecan、rubitecan、exatecan)、分子標的薬剤〔上皮成長因子受容体(EGFR)tyosine kinase阻害剤(erlotinib)、抗EGFR抗体(cetuximab)、血管内皮細胞成長因子(VEGF)阻害剤(bevacizumab)〕などを挙げることができる。
【0031】
これらの抗膵癌剤は単独、好ましくはジェムサイタビンまたはその塩(以下、これを総称して「GEM」ともいう)単独で全身化学療法に使用できるが、2以上の抗膵癌剤を併用して用いることもできる。併用の態様としては、例えば、GEMと、上記プラチナ系抗癌剤、フッ化ピリミジン系抗癌剤、トポイソメラーゼI阻害剤、および分子標的薬剤からなる群から選択される少なくとも1種の抗膵癌剤との併用を挙げることができる。なお、患者の状況に応じて、まずGEMで全身療法を開始し、副作用が発現したらイリノテカンに変更、あるいは経口でTS-1に変更することもできる。
【0032】
これらの抗膵癌剤の投与量および投薬スケジュールは、使用する抗膵癌剤の種類や、患者の腫瘍の状態、年齢および体重などによって異なるが、例えば抗膵癌剤としてGEMを用いる場合は、下記の投与量および投薬スケジュールを採用することが好ましい。
【0033】
<1回投与量>
体重60kgの成人に対する静脈投与を基準として、1回あたり通常200〜1200mg、好ましくは400〜800mgを挙げることができる。また、最初1回あたり600〜1200mg、好ましくは600〜800mg程度の投与量で開始し、骨髄抑制等の副作用が認められた場合には、200〜400mg程度に減量する方法を用いることもできる。
【0034】
<投薬スケジュール>
週1回投与を3回実施し1週間休止する投与形態(3投1休)を1クールとして、これを少なくとも2クール、好ましくは3クール以上、例えば3〜6クール程度実施する。
【0035】
(3) 選択的膵動注療法と全身化学療法の併用(投薬スケジュール)
本発明の膵癌、特に進行膵癌の治療方法は、上記(1)の選択的膵動注療法と(2)の全身化学療法とを交互に継続して行うことを特徴とする。選択的膵動注療法と全身化学療法とを交互にしかも継続的に行うことにより、有意に優れた治療効果を得ることができる。加えて、かかる療法により、選択的膵動注療法の単独療法、全身化学療法の単独療法、および選択的膵動注療法と全身化学療法との非継続的な交互療法と比較して、治療後の生命予後を格段に延長することができる。
【0036】
選択的膵動注療法と全身化学療法との交互併用方法としては、前述するように選択的膵動注療法と全身化学療法とを交互にしかも継続的に行う限り、特に制限されないが、例えば、(i)全身化学療法、(ii) 選択的膵動注療法、および(iii)少なくとも1週間の投薬休止からなる3工程を1クールとして、これを2クール以上繰り返すことが好ましい。
【0037】
ここで1クールあたり(i)全身化学療法は、週1回の抗膵癌剤投与(静脈または経口投与)が3回、合計3週間かけて実施される。次いで、(ii) 選択的膵動注療法、具体的には膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤の注入が1回行われる。次いで、(iii)骨髄機能回復期間として少なくとも1週間程度、好ましくは1−3週間程度の休薬期間が設けられる。なお、ここで休薬期間の上限は特に制限されず、患者の状態、特に骨髄機能低下や間質性肺炎等の副作用の発現に応じて、適宜延長することができる。
【0038】
かかる治療は、上記3工程を1クールとして、前述するように2クール以上複数回繰り返して実施することが、予後の点からは好ましい。腫瘍の大きさ、進行度、支配動脈の多さにも依るが、膵動脈注入で原発巣を抑え、全身化学療法で遠隔転移と原発巣周囲の浸潤を抑えるという本発明のコンセプトから、好ましくは3クール以上、より好ましくは5〜10クールである。
【0039】
(4) 対象患者
以上説明する本発明の膵癌の治療方法は、膵癌患者、特に進行膵癌患者を対象として好適に施術される。
【0040】
UICC2002年分類(International Union Against Cancer (UICC): TNM classification of malignant tumors. 6thed. Sobin LH and Witterkind Ch.Weiley-Liss, New York, 2002)によると、膵癌はその病態の程度で下記のように分類される。
【0041】
【表1】

【0042】
本発明の治療方法が対象とする膵癌患者は、好ましくはUICC2002年分類のstage II, IIIないし IV に分類される腹腔動脈幹・上腸間膜動脈浸潤や門脈浸潤などを伴う局所進行膵癌・切除不能進行膵癌の患者である。但し、切除可能な stage Iの膵癌患者にも、本発明の治療方法が切除術に代わる治療法になり得るという意味においては有用である。また、本発明の治療方法は、全身化学療法とカテーテルを用いた選択的膵動注療法を併用することから、膵周囲小動脈に狭窄を有する進行膵癌患者を治療するためにも有用である。さらに、患者を制限するものではないが、本発明の治療方法が特徴とする治療後の生命予後の延長効果がより十分に発揮できるという意味からは、転移のない進行膵癌の患者であることが好ましい(stage II, III)。
【0043】
II.膵癌の治療薬
本発明の膵癌治療薬は、前述する治療方法に使用される組合せ薬であって、制癌剤および造影剤を含有する膵動脈注入剤と、全身投与用の抗膵癌剤との組み合わせからなることを特徴とする。
【0044】
ここで膵動脈注入剤は、前述する選択的膵動注療法に使用される制癌剤と造影剤との組み合わせであり、制癌剤としては前述するように濃度依存的に殺細胞効果を発揮する薬物を、また造影剤としては前述するように非イオン性のヨード含有水性造影剤を、それぞれ制限なく挙げることができる。制癌剤および造影剤の具体例は前述する通りであるが、より好ましい制癌剤は、エピルビシンまたはその塩(例えば塩酸エピルビシン)などの癌細胞増殖抑制作用を有する薬物、マイトマイシンやシスプラチンなどのDNA合成阻害作用を有する薬物である。これらの制癌剤は1種単独で使用してもよいし、また2種以上を任意に組み合わせて使用することもできる。好ましくは、骨髄抑制等の副作用の点からエピルビシンまたはその塩とマイトマイシンとの組み合わせである。
【0045】
かかる制癌剤は必要に応じて生理食塩水に溶解し、これを造影剤と混和して液状の膵動脈注入剤として調製される。膵動脈注入剤中に配合する制癌剤および造影剤の割合、ならびに膵動脈注入剤の投与方法は、前述の通りである。
【0046】
抗膵癌剤は、前述するように全身化学療法に使用される抗膵癌剤、すなわち膵癌の治療に用いられる静脈内投与用または経口投与用の抗癌剤であればよいが、好ましくは時間依存性の抗癌剤である。抗膵癌剤の具体例は前述する通りであるが、好ましくは抗膵癌剤はGEM、プラチナ系抗癌剤、フッ化ピリミジン系抗がん剤であり、より好ましくはGEMである。かかる抗膵癌剤の投与量ならびに投与方法は、前述の通りである。
【0047】
これらの抗膵癌剤と膵動脈注入剤は、(3)で説明する投薬スケジュールに従って、それぞれ(i)全身化学療法と(ii)選択的膵動注療法において、交互に使用される。具体的には (i)全身化学療法、(ii) 選択的膵動注療法、および(iii)少なくとも1週間の投薬休止からなる工程を1クールとする治療スケジュールにおいて、抗膵癌剤は(i)全身化学療法に、また膵動脈注入剤は(ii) 選択的膵動注療法に用いられる。
【0048】
より具体的には、1クールあたり(i)全身化学療法は、週1回の抗膵癌剤投与(静脈または経口投与)が3回、合計3週間かけて実施される。次いで、(ii) 選択的膵動注療法、具体的には膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤の注入が1回行われる。次いで、(iii)骨髄機能回復期間として少なくとも1週間程度、好ましくは1−3週間程度の休薬期間が設けられる。かかる治療は、上記3工程を1クールとして、予後の点から、2クール以上複数回繰り返して実施することが好ましい。より好ましくは3クール以上、特に好ましくは5〜10クールである。
【0049】
本発明の膵癌治療薬は、前述するように膵癌患者、特に進行膵癌患者の治療薬として好適に用いられる。好ましくはUICC2002年分類のstage II, IIIないし IV に分類される腹腔動脈幹・上腸間膜動脈浸潤や門脈浸潤などを伴う局所進行膵癌・切除不能進行膵癌の患者である。また、本発明の治療薬は、全身化学療法とカテーテルを用いた選択的膵動注療法を併用することから、膵周囲小動脈に狭窄を有する進行膵癌患者の治療にも有効に用いることができる。さらに、治療後の生命予後の延長効果がより十分に発揮できるという意味からは、転移のない進行膵癌の患者に対する治療薬としても有用である。
【実施例】
【0050】
以下に、本発明の構成およびその効果を明らかにするために実施例を挙げる。しかし、本発明はかかる実施例に何ら制限されるものではない。
【0051】
実施例1
局所進行または転移を有する進行膵癌39例を対象に、下記の方法に従って膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法との併用療法を行った。膵癌の診断は生検およびCT所見、さらにCA19-9 を主とする腫瘍マーカーの上昇をもとに行った。上記進行膵癌39例のうち18例は動脈や門脈浸潤などの局所進行癌群であり、21例は肝転移や遠隔リンパ節転移、腹膜播種などを有する、いわゆる転移性進行癌群である。
【0052】
(1)膵動脈制癌剤注入療法(動注療法)
本来膵癌は乏血性腫瘍として位置づけられるが、血管造影(angiography)の際に、選択的に膵周囲小動脈にカテーテルを挿入し、カテーテルに造影剤を注入しながらCT撮像(以下、「angio-CT」という)を行うと、腫瘍内に強い造影剤の移行と停留が見られる(非特許文献18)。このことから、乏血性腫瘍である膵癌においても選択的に膵周囲小動脈から制癌剤を注入することにより高濃度の制癌剤が腫瘍内に移行・停留し、それにより高い抗腫瘍効果が得られるものと考えられる。
【0053】
<動脈制癌剤注入療法(動注療法)の手技>
大腿動脈穿刺にてカテーテルを挿入し、最初に腹腔動脈造影および上腸間膜動脈造影を行い、膵癌の動脈および門脈浸潤、ならびに膵周囲小動脈の分岐形式を確認する。事前に撮像された dynamic CTの画像を参考に、膵血管支配領域に基づき選択的な膵周囲小動脈へのカテーテリゼーションを行い、その選択的膵動脈造影画像から癌浸潤による小動脈の変化を確認した。カテーテリゼーションに関しては、基本的には4Fの親カテーテルを血管分岐形状に合わせ選択して用いたが、背側膵動脈および下膵十二指腸動脈は分岐形式が複雑なため、図1に示すような数種類の4Fカテーテル(OMP-1 [Oita-Mori-Pancreas-1]〜OMP-6;メディキット(株)製)を使用した。選択的膵動脈造影にて膵周囲小動脈に癌浸潤による狭窄が認められた場合は、狭窄部の近傍までカテーテルを進め、制癌剤の注入を行った。ここで、制癌剤としては、Farmorubicin (Epirubicin Hydrochloride,協和発酵工業株式会社、東京、分子量579.98) 40mg、Mitomicin (Mitomycin C、協和発酵工業株式会社、東京、分子量334.33)20mgを標準とし、これを生理的食塩水10mlと造影剤(Iopamilon 370, Iopamidol、日本シェーリング株式会社、大阪、分子量777.09)10mlに混和して使用したが、骨髄抑制を有する患者等には使用量を減じた。
【0054】
注入方法としては、用手的なパルス法にて1症例につき約15分間かけて行った。また、腫瘍が複数の血管支配領域に存在する場合には、それぞれの支配血管に対して同様の手技で制癌剤を分割注入した。膵周囲小動脈が閉塞している場合と、あるいはカテーテリゼーションが不可能な細い動脈分枝が腫瘍血管として多数関与する場合には、親動脈の末梢を細径 (2.7F−3F)バルーンカテーテルで閉塞し、angio-CTで腫瘍内への造影剤の移行・停留を確認した後に、近位部から制癌剤の注入を行った。
【0055】
(2)全身化学療法
上記の膵動脈制癌剤注入療法(動注療法)を行う前に、まずGemzar(塩酸ジェムサイタビン、日本イーライリリー(株)、東京、分子量299.66)による全身化学療法を3週間(週1回投与)実施した。次いで1週間休薬し、その後、膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤(制癌剤)注入(膵動注療法)を行い、次いで、骨髄機能回復期間として1−3週間休薬しながら観察する(全身化学療法休止)。その後は、動注療法時とその前後の休薬期間をのぞき、継続してGEMによる全身化学療法を行うことを原則とし、上記投与スケジュールを2クール以上繰り返し実施した。なお、Gemzarの投与量は、39症例のうち15例は、通常投与量(1000mg/m2)を原則としたが、残りの24例は、骨髄抑制を軽減するため通常投与量の50〜75%に変更した。
【0056】
動注療法のタイミングは外来での定期的なCTでの経過観察と腫瘍マーカーの変動をもとに、随時全身化学療法の合間に組み入れるように計画した。なお、上記膵動注療法後(全身化学療法休止後)は3週から1ヶ月の間隔をあけ、Gemzar による全身化学療法を再開した。但し、Gemzar による全身化学療法による副作用が強い患者に関しては、CPT-11 (塩酸イリノテカン、第一製薬株式会社、東京)やTS-1 カプセル(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合カプセル剤、大鵬薬品工業株式会社、東京)をsecond-lineおよびthird-lineの全身化学療法として使用した。
【0057】
(3)治療効果の評価
a)評価対象症例の分類
上記の治療効果を評価するために、上記治療を行った進行膵癌62例(第1群:局所進行癌群25例、第2群:転移性進行癌群37例)を、さらに実際の治療方法に従って下記の亜分類に分けた。
A群(化学療法継続・動注群):膵動脈制癌剤注入療法(動注)前後を含め1ヶ月以上の間隔を開けずに、全経過を通じて定期的に全身化学療法を継続した群、
B群(化学療法不継続・動注群):全身化学療法が継続されるも何らかの理由で全身化学療法が1ヶ月以上行われなかった群、あるいは全身化学療法の継続実行が途中で完全に途絶えた群、
C群(動注単独群):膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法との併用治療法を遂行する以前に、膵動脈制癌剤注入療法の単独治療を行った群。12例。
【0058】
すなわち、局所進行癌群(第1群)および転移性進行癌群(第2群)を、それぞれ上記分類に従ってA、BおよびC群に分けて、それぞれA1、B1、C1群とA2、B2、C2群の6グループに分けて、治療効果を評価した。各群の症例数、年齢、性別、膵癌の局在および膵動脈制癌剤注入療法の回数を纏めた結果を表2に示す。
【0059】
【表2】

【0060】
これらの群(A1,B1,C1,A2,B2,C2)はいずれも、膵動脈制癌剤注入療法後、約1ヶ月目には必ず造影CTにて、抗腫瘍効果を判定し、骨髄抑制の度合いなどの全身状態と腫瘍マーカーの推移を観察しながら、原則として先の膵動脈制癌剤注入療法から1−2ヶ月間の間隔をおいて(その間は全身化学療法を行う)、再び膵動脈制癌剤注入療法を繰り返した。CT上腫瘍像の消失あるいは腫瘍の完全壊死(腫瘍は消失していないが、造影されない)が得られ、腫瘍マーカーが正常化した時点を、膵動脈制癌剤注入療法のエンドポイントとした。
【0061】
b)評価方法
膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法を併用したA群(化学療法継続・動注群)およびB群(化学療法不継続・動注群)、ならびに膵動脈制癌剤注入療法だけを単独で行ったC群(動注単独群)の累積生存曲線(以下、「生存曲線」という)をKaplan-Meier法にて作成した。
【0062】
また、A群およびB群の生存期間〔生存期間中央値(median survival time, MST)、平均生存期間(mean survival period, MSP)〕 とC群の生存期間を、long-rank検定を用いて対比した。
【0063】
c)結果
膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法との併用群〔化学療法継続・動注群(A群:A1+A2)+化学療法不継続・動注群(B群:B1+B2)〕と動注単独群(C群:C1+C2)の生存曲線を図2に示す。これからわかるように、併用群(A群+B群)の生存期間中央値(MST)および平均生存期間(MSP)はそれぞれ約14.0ヶ月および約19.3ヶ月であり、動注単独群(C群)の約6.0ヶ月および約7.58ヶ月と比較して有意な生存期間の延長効果が認められた(表3)。
【0064】
また、化学療法継続・動注群(A群:A1+A2)、化学療法不継続・動注群(B群:B1+B2)および動注単独群(C群:C1+C2)の生存曲線を図3に示す。これからわかるように、化学療法継続・動注群(A群:A1+A2)および化学療法不継続・動注群(B群:B1+B2)の生存期間中央値(MST)はそれぞれ約23.0ヶ月および約11.0ヶ月であり、動注単独群(C群:C1+C2)の約6.0ヶ月と比較して、いずれも有意な生存期間の延長効果が認められた(表4)。特に、化学療法継続・動注群(A群:A1+A2)のMSTは約23.0ヶ月と良好であり、化学療法不継続・動注群(B群:B1+B2)の MST 約11.0ヶ月に対しても有意な生存期間の延長効果が認められた(表4)。
【0065】
遠隔転移を伴わない局所進行癌群(第1群)を対象とした場合の、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法併用群(A1+B1)、および動注単独群(C1)の生存曲線を図4に示す。これからわかるように、動注単独群(C1)の生存期間中央値(MST)は約7.0ヶ月、平均生存期間(MSP)は10.3ヶ月であるのに対して、併用群(A1+B1)の生存期間中央値(MST)は約33.3ヶ月、平均生存期間(MSP)は23.4ヶ月といずれも良好であり、有意な生存期間の延長効果が認められた(表3)。
【0066】
また、遠隔転移を伴わない局所進行癌群(第1群)のうち、化学療法継続・動注群(A1)、化学療法不継続・動注群(B1)および動注単独群(C1)の各生存曲線を図6に示す。これからわかるように、化学療法継続・動注群(A1)の生存期間中央値(MST)は約33.0ヶ月および平均生存期間(MSP)は31.6ヶ月であり、化学療法不継続・動注群(B1)の約10.0ヶ月および9.09ヶ月、並びに動注単独群(C1)の約7.0ヶ月および10.3ヶ月と、有意な差が認められた(表4)。
【0067】
遠隔転移を伴なう転移性進行癌群(第2群)を対象とした場合の、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法併用群(A2+B2)、および動注単独群(C2)の生存曲線を図5に示す。これからわかるように、動注単独群(C2)の生存期間中央値(MST)は約5.0ヶ月、平均生存期間(MSP)は6.25ヶ月であるのに対して、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法併用群(A2+B2)のMSTおよびMSPはそれぞれ約14.0ヶ月および14.3ヶ月であり、局所進行癌群(第1群)と同様、有意な生存期間の延長効果を認めた(表3)。また、当該群のうち、化学療法継続・動注群(A2)、化学療法不継続・動注群(B2)および動注単独群(C2)の各生存曲線を図7に示す。これからわかるように、化学療法継続・動注群(A2)の生存期間中央値(MST)は約19.0ヶ月および平均生存期間(MSP)は15.6ヶ月であり、化学療法不継続・動注群(B2)の約11.0ヶ月および11.9ヶ月とは有意な差は認められなかったものの、動注単独群(C2)の約5.0ヶ月および6.25ヶ月とは、有意な差が認められた(表4)。また、投薬スケジュールのクール数が2回以下の場合と3回以上の場合の生存期間中央値(MST)はそれぞれ12ヶ月と22ヶ月(P=0.0085)、3回以下の場合と4回以上の場合の生存期間中央値(MST)はそれぞれ13ヶ月と30ヶ月(P=0.0051)であり、投薬スケジュールを2クール以上、好ましくは3クール以上、より好ましくは4クール以上、複数回繰り返すことで、生存率が延長することが確認された。
【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
以下、具体的な症例を4例挙げて、本発明の効果を明らかにする。
【0071】
〔症例1〕 43歳 男性 (化学療法継続・動注群A1) (図8参照)
(1) 現病歴:
3月に食欲不振を主訴に近医を受診し、CTにて膵癌の診断を受けた。その後、内視鏡的逆行性胆管ステント留置が施行され、治療目的で新別府病院消化器内科に同年5月19日に紹介入院となった。入院時のCT(図8A,B)では、膵頭部を主座に4×3cmの腫瘤(矢印)を認め、前方組織(腹膜)浸潤や門脈、膵頭部膵外神経叢への癌浸潤を示唆する所見(矢頭)を認めた。経皮的針生検にて中分化型腺癌の確定診断が得られ、また治療前の血清CA19-9値は7560U/mlと高値であった。
【0072】
(2) 治療経過:
Gemzar 1gを1クール(3投1休:週1回投与を3回実施し1週間休止する投与形態)経静脈的に投与した後、第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法を同年7月8日に行った。下膵十二指腸動脈からの造影(図8C)ではposterior arcadeの分枝に癌によるencasementを認めたため、posterior arcadeを中心にepirubicin 40mg、mitomicin 20mgを注入した。3週間後、さらにGemzar 1gの全身化学療法1クールをはさみ、同年8月27日に第2回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法を行った。下膵十二指腸動脈から、癌によるencasementの変化が強い後下膵十二指腸動脈(図8D)までマイクロカテーテルをすすめ、前回と同様、epirubicin 40mg、mitomicin 20mgをposterior arcadeを中心に注入した。同年9月12日の効果判定のCT (図8E,F)では膵頭部の腫瘤(矢印)は著明に縮小し、腫瘍マーカーである血清CA19-9値も6.2と正常化した。
【0073】
3年後の6月現在(経過観察38ヶ月)まで、選択的膵動脈制癌剤注入療法を計6回、Gemzar 1 gの経静脈投与(週1回投与)を計92回行ってきたが、腫瘍の増大傾向は見られていない。
【0074】
〔症例2〕 68歳 男性 (化学療法継続・動注群A1)(図9参照)
(1) 現病歴:
2週間前より心窩部痛を自覚し、症状が改善しないため2002年12月27日に新別府病院を受診した。CT(図9A,B)にて膵頭部の鉤部を主座に3cm大の腫瘤(矢印)を認め、上腸間膜動脈への癌浸潤が示唆された。血清CA19-9値は26.3と正常値であったが、CT所見より局所進行性膵癌と診断した。
【0075】
(2) 治療経過:
Gemzar 1g経静脈投与による全身化学療法を4回行った後、第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法を2003年2月26日に施行した。背側膵動脈(図9C)および下膵十二指腸動脈(図9D)からの造影にて膵動脈のencasement(矢印)とcontrast blushを認めたため、同膵動脈からepirubicin 40mg、mitomicin 20mgを注入した。その後Gemzar 1g経静脈投与による全身化学療法を8回行い、2003年5月12日に撮像したCT(図9E,F)では、上腸間膜動脈を取り囲んでいた膵腫瘤の著明な縮小(矢印)を認めた。
【0076】
その後2006年6月現在(経過観察41ヶ月)まで、選択的膵動脈制癌剤注入療法を計6回、Gemzar 600mg-1gの経静脈投与を計76回行ってきたが、腫瘍の増大傾向は見られていない。
【0077】
〔症例3〕 76歳 女性 (化学療法継続・動注群A1)(図10)
(1) 現病歴:
近医にて膵嚢胞を指摘され経過観察していた。翌年2月上旬の近医でのCTにて嚢胞の増大と充実性腫瘤の出現を指摘されたため、同年2月25日に大分大学医学部附属病院放射線科に紹介となった。紹介時の当院でのCT(図10A,B)では、膵頭部および膵体部に多発する多房性の嚢胞性病変(矢印)を認め、膵頭部では2.7×1.8cmの不整な充実性腫瘤(矢頭)を伴っていた。充実性腫瘤は総胆管を取り囲み、膵周囲組織への浸潤傾向を呈していた。以上より、膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary-mucinous neoplasms [IPMN])由来の浸潤癌と診断し、プロトコールに沿って治療を行う予定であったが、黄疸の進行(T-bil 4.8mg/dl)がみられため経皮経肝的胆嚢ドレナージによる減黄術を先行した。経皮的経胆管的針生検にて腺癌の確定診断が得られ、また減黄が図られた後に測定された血清CA19-9値も374U/mlと高値を示した。
【0078】
(2) 治療経過:
Gemzar 600mgの経静脈投与による全身化学療法を4回行った後、第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法を同年5月17日に施行した。後上膵十二指腸動脈からの造影(図10C)にてposterior arcadeにencasement(矢印)を認めたため、同動脈からepirubicin 40mg、mitomicin 20mgの半量を注入した。また、後下膵十二指腸動脈および前上膵十二指腸動脈からも残り半量を2:1に分け、注入した。治療終了時のCT(図10D)では、制癌剤に混入した造影剤が浸潤癌の部位に一致し比較的良好に集積(矢頭)していた。その後、翌年6月現在(経過観察16ヶ月)まで、選択的膵動脈制癌剤注入療法を計5回、Gemzar 600mgの経静脈投与を計16回, S-1を計3クール行い撮像したCT(図10E,F)では、浸潤癌を反映する充実腫瘤(矢頭)は著明に縮小し、また癌発生母地であるIPMNの嚢胞性病変(矢印)も縮小傾向を示した。
【0079】
〔症例4〕 61歳 男性 (化学療法不継続・動注群/遠隔転移ありB2)(図11)
(1) 現病歴:
8月9日に膵体尾部癌の診断にて前医で開腹手術が施行されたが、腹膜播種を多数認めたため、試験開腹のみとなった。膵癌に対する選択的動注療法の希望があり、新別府病院消化器内科に紹介となった。初診時のCT(図11A,B)では、膵体尾部に5.7×3cmの腫瘤性病変(矢頭)を認め、前方および後方膵周囲組織への癌浸潤の所見を伴っていた。また、大網には最大径2cmの結節(矢印)が多発して認められ、腹膜播種を反映しているものと考えられた。初診時の血清CA19-9値も5810U/mlと高値であった。
【0080】
(2) 治療経過:
外来にてGemzar 1.6gの経静脈投与(3投1休)を4クール行ったものの腫瘍マーカーは低下せず、翌年4月19日に第1回目の選択的膵動脈制癌剤注入療法を施行した。腹腔動脈造影では脾動脈にencasementを認め、また脾動脈の分枝である大膵動脈起始部からの造影(図11C)では、大膵動脈にもencasementの所見を認めた。epirubicin 40mg、mitomicin 20mgを生食10mlと造影剤20mlで溶解した制癌剤含有水溶液30mlを用い、大膵動脈から14ml、脾動脈近位部から11ml、さらに癌によるencasementを認めた背側膵動脈にも残りの5mlを注入した。治療終了時のCT(図11D)では、膵体尾部癌の右半分に強い薬剤の集積を認めた。その後、同年5月、7月、10月に選択的膵動脈制癌剤注入療法を行ったが、骨髄抑制のためその5ヶ月の期間中Gemzarは600mgを1回しか投与できなかった。全身化学療法の併用が不完全ながら、同年12月12日のCT(図11E,F)では、膵体尾部の癌(矢頭)は縮小し、また腹膜播種巣にも縮小傾向(矢印)が見られた。その後も骨髄抑制が強いためGemzar 800mgが1回しか投与できず、腹膜播種巣を対象に翌年2月と4月に動注を2回行ったが、同年6月のCT(経過観察21ヶ月)では膵体尾部の原発巣の再増大はなく、腹膜播種巣にも壊死効果が見られている。
【0081】
考察:
進行膵癌に対する全身化学療法としてGemcitabineは第一選択薬として位置づけられている。Burrisらは非切除進行膵癌(UICC stage IVを72%含有)を対象に、Gemcitabine単独使用群と5-FU単独使用群との無作為化比較試験 (randomized control trial: RCT)を行い、Gemcitabine単独使用群の方が5-FU単独使用群に比べ延命効果に優れていたと報告しているが、その生存期間中央値(MST)は5.7ヶ月であり、決して満足の行く成績ではない(参考文献1)。その後も局所進行または転移性進行膵癌を対象にGemcitabine単独での全身化学療法の成績が数多く報告されているが、いずれもMSTはわずか5ヶ月から最高で9ヶ月程度であり、転移のない局所進行癌のみを対象としてもその生存期間中央値は7.5~12ヶ月程度に留まっている(参考文献2−11) 。そのため、より良好な延命効果を図るためGEMと他の制癌剤との併用療法が試みられているが、最も成績がよかったものでOxaliplatinのMST 9ヶ月であり(参考文献5)、その他CDDPとの併用でMST 7.5ヶ月(参考文献6)、5-FUとの併用でMST 6.7ヶ月であった(参考文献7)。また、Gemcitabineに変わる新規制癌剤の単独投与の成績に関しては、Topoisomerase I阻害剤であるirinotecanが膵癌の遠隔転移症例でMST 7.3ヶ月(参考文献8)、経口のフッ化ピリミジン系制癌剤であるS-1がMST 8.8ヶ月と比較的良好な成績を示すが、膵癌患者の延命に寄与するかは明確になっていない(参考文献12)
【0082】
一方、制癌剤動注療法に関しては、HommaらがUICCのstage IV症例に対する膵周囲小動脈塞栓術と肝脾動注療法の成績を報告している(参考文献13,14)。使用薬剤は、5-FUとGemcitabineであり、投与量は5-FUが500mg/m2 (肝、脾動注それぞれに250mg/ m2)、Gemcitabineが1000mg/m2 (肝、脾動注それぞれに250mg/ m2)であった(参考文献13)。投与方法は1コースを4週とし、5-FUを第1と3週に24時間持続で7日間、GMRを第1、8、15日に30分で動注を行い、さらに肝脾動注療法と同等量を全身化学療法として併用している。その結果、MSTは17ヶ月、平均生存期間(mean survival period)は13ヶ月と良好な延命効果を得ている。また、Ikedaらも膵周囲小動脈塞栓術による血流改変術を用い、動注リザーバーシステムから5-FU250mg/dayを週5回投与とGemcitabineの全身化学療法(3投1休を1クール)の併用療法を行っているが、平均生存期間8.8ヶ月に留まっている(参考文献15)。膵周囲小動脈を塞栓し血流改変を図る方法は手技が煩雑であり、また塞栓用金属コイルも多く使用せねばならずコストの面でも問題となる。
【0083】
今回我々が試みた膵動脈制癌剤注入療法は、技術的には高度なinterventional radiology(IVR)テクニックが必要であるものの手技時間は通常2~3時間程度で終了し、動注用リザーバーの留置を必要としない点でメリットがあると思われる。また、治療成績も遠隔転移の有無、全身化学療法併用の継続・不継続にもかかわらず、全体で14.0ヶ月のMST が得られており、選択的制癌剤注入療法単独群(MST=6.0ヶ月)やこれまで文献で報告されているGemcitabine単独の全身化学療法(MST=5〜9ヶ月)に比べ明らかに良好な延命効果が得られた。特に、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法の併用が継続して行えたA群ではMST 23.0ヶ月と良好な成績であった。また、遠隔転移のない局所進行膵癌に対象を絞ると、膵動脈制癌剤注入療法とGemcitabine主体の全身化学療法併用群(A1+B1)のMSTは33ヶ月と特に良好であった。なかでも、膵動脈制癌剤注入療法と全身化学療法の併用が継続して行えた群(A1)は継続して治療が行えなかった群(B1)と比較して、それぞれMSTが34ヶ月、10ヶ月と大差があり、併用療法の継続性が重要なことを裏付ける。一方、遠隔転移を伴う進行膵癌群では、化学療法継続・動注群(A2)と化学療法不継続・動注群(B2)との間に生存曲線の有意差は証明されなかったものの、MSTはそれぞれ16.0ヶ月、12.0ヶ月であり、化学療法継続・動注群(A2)でMST の延長がみられた。したがって、制癌剤による骨髄抑制が出現した場合でも、granulocyte colony-stimulating factor (GCSF)を積極的に使用して、可能な限り膵動脈制癌剤注入療法前後の全身化学療法を継続して行うことが重要になると思われる。
【0084】
選択的膵動脈制癌剤注入療法単独(C群)では腫瘍の縮小や壊死効果、さらに疼痛緩和効果は得られるものの、MSTは全体で6ヶ月であり、過去に報告されているGemcitabine単独の全身化学療法の成績(MST=5〜9ヶ月)との差はみられなかった。しかしながら、今回我々は両者の治療法を併用することにより、特に化学療法継続・動注群(A1, A2)では全体でMST 23.0ヶ月、遠隔転移のない局所進行癌症例に対象を限定するとMST 34ヶ月と良好な延命効果が得られた。このことは、切除不能な進行膵癌に対して、膵動脈制癌剤注入療法により原発巣の制御を図りながら、膵周囲組織への癌浸潤もしくは転移病巣に対してはGemcitabineを主体とした全身化学療法での制御を目指す我々の治療方針が意義あるものであることを示している。
参考文献:
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3.Bramhall SR, Rosemurgy A, Brown PD, et al. Marimastat Pancreatic Cancer Study Group. Marimastat as first-line therapy for patients with unresectable pancreatic cancer: a randomized trial. J Clin Oncol 2001; 19: 3477-3455
4.Moore MJ, Hamm J, Dancey J, et al. Comparison of gemcutabine versus the matrix Metalloproteinase inhibitor BAY12-9566 in patients with advanced or metastatic adenocarcinoma of the pancreas: a phase III trial of the National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group. J Clin Oncol 2003; 21: 3296-3302
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9.Van Cutsem E, Van de Velde H, Karasek P, et al. Phase III trials of gemcitabine plus tipifarnib compared with gemcitabine plus placebo in advanced pancreatic cancer. J Clin Oncol 2004; 22: 1430-1438
10.Sakamoto H, Kitano M, Suetomi Y, et al. Comparison of standard-dose and low-dose gemcitabine regimens in pancreatic adenocarcinoma patients: a prospective randomized trial. J Gastroenterol 2006; 41:70-76
11.Sezgin C, Karabulut B, Uslu R, et al. Gemcitabine treatment in patients with inoperable locally advanced/metastatic pancreatic cancer and prognostic factors. Scand J Gastroenterol 2006; 41:70-76
12.Fruse J, Okusaka T, Funakoshi A, et al. A phase II study of oral capecitabine in patients with advanced or metastatic pancreas cancer [abstract]: Proc ASCO 2005:#4104
13.本間久登、高橋 洋、秋山剛英、他. 進行膵癌に対する膵周囲動脈塞栓術後の動注化学療法. 消化器画像 2005; 7:673-684
14.Homma H, Doi T, Mezawa S, et al. A novel arterial infusion chemotherapy for the treatment of patients with advanced pancreatic carcinoma after vascular supply distribution via superselective embolization. Cancer 2000; 89:303-313
15.Ikeda O, Kusunoki S, Kudoh K, et al. Evaluation of the efficacy of combained continuous arterial infusion and systemic chemotherapy for the treatment of advanced pancreatic carcinoma. Cardiovasc Intervent Radiol 2006; 29:362-370

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制癌剤および造影剤を含有する膵動脈注入剤と全身投与用の抗膵癌剤との組合せからなることを特徴とする、膵癌治療薬。
【請求項2】
上記膵動脈注入剤が膵周囲小動脈へのカテーテリゼーションにより、また、上記抗膵癌剤が静脈または経口投与により、交互に投与されるものであることを特徴とする、請求項1記載の膵癌治療薬。
【請求項3】
下記(1)〜(3)の投薬スケジュールによる投与を、少なくとも2クール行うことを特徴とする請求項2に記載する膵癌治療薬:
(1)抗膵癌剤の全身投与を少なくとも3週間行う、
(2)膵周囲小動脈へのカテーテリゼーション下での膵動脈注入剤の注入を1回行う、
(3)少なくとも1週間投薬休止。
【請求項4】
膵周囲小動脈に狭窄を有する進行膵癌患者を治療するための医薬品である、請求項1乃至3のいずれかに記載する膵癌の治療薬。
【請求項5】
癌転移を伴わない進行膵癌患者を治療するための医薬品である、請求項1乃至3のいずれかに記載する進行膵癌の治療薬。
【請求項6】
制癌剤が抗癌性抗生物質、アルキル化剤およびプラチナ系抗がん剤からなる群から選択される制癌剤であり、抗膵癌剤がジェムサイタビンまたはその塩、プラチナ系抗癌剤およびフッ化ピリミジン系抗癌剤からなる群から選択される抗癌剤である、請求項1乃至5のいずれかに記載する進行膵癌の治療薬。
【請求項7】
切除不能進行膵癌の治療薬である請求項1乃至6のいずれかに記載する進行膵癌の治療薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−79788(P2011−79788A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−234569(P2009−234569)
【出願日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【Fターム(参考)】