説明

自動変速機の制御装置

【課題】 ロックアップクラッチの初期圧を学習制御により設定するにあたり、誤学習を防止することが可能な自動変速機の制御装置を提供すること。
【解決手段】 自動変速機のロックアップ制御装置において、自動変速機の変速の開始時に、ロックアップクラッチの油圧を所定の初期圧に制御する初期圧制御手段と、自動変速機がイナーシャフェーズ中となったことを判断するイナーシャフェーズ開始判断手段と、イナーシャフェーズ中となったことが判断されたときのロックアップクラッチの初期スリップ量を検出するイナーシャフェーズ初期スリップ量検出手段と、検出される初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となるように次回変速時の初期圧を補正する初期圧補正手段と、を設け、初期圧を設定するにあたり、目標初期スリップ量は、初期圧補正制御処理によって、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って大きくなるように設定することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1に開示されているように、イナーシャフェーズが開始されるまでのスリップ量に基づいてロックアップクラッチの初期圧を学習制御する技術が知られている。また、例えば、イナーシャフェーズが開始したことを判断する方法として、特許文献2に開示されているように、ギア比に基づいて判断することが知られている。一般に、イナーシャフェーズの開始を判断するにあたり、イナーシャフェーズが開始した後に変化するパラメータの変化を検出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−343068号公報
【特許文献2】特開昭60−9771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
イナーシャフェーズ中に変化するパラメータに基づいてイナーシャフェーズの開始を判断する構成において、イナーシャフェーズ開始時のスリップ量に基づいてロックアップクラッチの初期圧を学習制御した場合、イナーシャフェーズ中のタービン回転数の変化率が異なるときに誤学習してしまうという課題があった。
本発明は、上記課題に着目してなされたもので、ロックアップクラッチの初期圧を学習制御により設定するにあたり、誤学習を防止することが可能な自動変速機の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明では、自動変速機のロックアップ制御装置において、自動変速機の変速の開始時に、ロックアップクラッチの油圧を所定の初期圧に制御する初期圧制御手段と、自動変速機がイナーシャフェーズ中となったことを判断するイナーシャフェーズ開始判断手段と、イナーシャフェーズ中となったことが判断されたときのロックアップクラッチの初期スリップ量を検出するイナーシャフェーズ初期スリップ量検出手段と、検出される初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となるように次回変速時の初期圧を補正する初期圧補正手段と、を設け、初期圧を設定するにあたり、目標初期スリップ量は、初期圧補正制御処理によって、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って大きくなるように設定することとした。
【発明の効果】
【0006】
すなわち、イナーシャフェーズ中となったことが判断されたときの初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となるように次回変速時の初期圧を補正する際に、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って、目標初期スリップ量を大きく設定することにより、変速速度が大きいためにイナーシャフェーズ開始判断時点の初期スリップ量が大きくなっていた場合であっても初期圧を増加補正することなく、適正な初期圧を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1のパワートレーンを表す概略図である。
【図2】実施例1のコントローラ内で実行される変速中ロックアップ制御処理を表すフローチャートである。
【図3】実施例1のコントローラ内で実行される初期圧学習補正制御処理を表すフローチャートである。
【図4】実施例1の初期圧補正量算出マップである。
【図5】実施例1の初期圧補正量マップである。
【図6】実施例1のパワーオンアップシフト時におけるロックアップ制御処理を表すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0008】
図1は実施例1のパワートレーンを示す概略図である。動力源であるエンジン1は、エンジン出力軸1aから駆動力を出力する。エンジン出力軸1aには、トルク増幅作用を行うトルクコンバータ2が接続され、トルクコンバータ2から変速機入力軸2aには複数の変速段を達成する自動変速機3が接続されている。
【0009】
トルクコンバータ2は、エンジン出力軸1aと一体に回転するコンバータカバー20内に溶接されたポンプインペラ21と、ワンウェイクラッチOWCを介して変速機ケースに固定支持されたステータ22と、変速機入力軸2aと一体に回転するタービンランナ23と、変速機入力軸2aと一体に回転しつつ軸方向移動を許容して嵌合したロックアップクラッチ24とを有する。
【0010】
ロックアップクラッチ24は、軸方向前方エンジン側に配置されたリリース圧室24aと、軸方向後方自動変速機側に配置されたアプライ圧室24bとを有し、これらリリース圧室24aとアプライ圧室24bとの差圧によって軸方向にストロークする。これにより、ロックアップクラッチ24とコンバータカバー20との間に摩擦力を発生させ、完全締結状態、スリップ締結状態、完全解放状態の三つの状態を達成する。
【0011】
完全締結状態のときは、エンジン出力軸1aと変速機入力軸2aとが直結され、エンジン1から出力される駆動力がそのまま自動変速機3に入力される。スリップ締結状態のときは、トルクコンバータ2のトルク増幅作用によってタービンランナ23から変速機入力軸2aに駆動力が伝達されるルートと、ロックアップクラッチ24の摩擦締結力によって変速機入力軸2aに駆動力が伝達されるルートとの二つをルートから所定駆動力が伝達される。完全解放状態のときは、トルクコンバータ2のトルク増幅作用のみが機能し、全ての駆動力がタービンランナ23から変速機入力軸2aに駆動力が伝達される。
【0012】
自動変速機3は、有段式自動変速機であり、複数の摩擦締結要素の締結・解放により複数変速段を達成可能に構成されている。ある変速段を達成するときは、第1摩擦締結要素が締結され、第2摩擦締結要素が解放される。そして、変速指令が出力されたときは、第1摩擦締結要素が解放され、第2摩擦締結要素が締結される所謂掛け換え変速を行うことで複数の変速段を達成する。尚、これら第1摩擦締結要素や第2摩擦締結要素は一つでも、複数でもよく、達成される変速段は、2種類以上であれば構わない。自動変速機3から出力された駆動力は出力軸3aからデファレンシャル機構DEFを介して駆動輪4を駆動する。
【0013】
自動変速機3の下方には、コントローラ100の指令信号に基づいて制御圧を調圧するコントロールバルブユニット5が設けられている。コントロールバルブユニット5内には、プレッシャレギュレータバルブ,シフトバルブ,マニュアルバルブ,締結圧調圧バルブ等が複数備えられ、ライン圧を適宜調圧して必要な箇所へ制御圧を供給する。より具体的には、コントローラ100からロックアップクラッチ24の締結指令が出力された場合には、リリース圧室24aへ供給するリリース圧PRを低下させ、アプライ圧室24bへ供給するアプライ圧PAを上昇させることでロックアップクラッチ24を解放する。また、変速指令が出力された場合には、自動変速機3内の第1摩擦締結要素の油圧を低下させ、第2摩擦締結要素の油圧を上昇させる。
【0014】
コントローラ100には、運転者のアクセルペダル操作量であるアクセルペダル開度を検出するアクセルペダル開度センサ11と、エンジン1のスロットル開度を検出するスロットル開度センサ12と、変速機出力軸3aの回転数を検出し、所定の終減速比とタイヤ半径を掛け合わせて車速を検出する車速センサ13と、運転者の操作するシフトレバー位置を検出するインヒビタスイッチ14と、タービンランナ23の回転数を検出するタービン回転数センサ15と、エンジン1側から供給されるエンジントルク情報、エンジン回転数情報が入力される。コントローラ100内では、これら入力されたセンサ信号に基づいてロックアップクラッチ24の締結状態、自動変速機3の変速状態等を制御する(ロックアップクラッチ制御手段に相当)。
【0015】
実施例1の自動変速機3は、完全ロックアップ状態の変速前変速段から完全ロックアップ状態の変速後変速段への変速時において、完全ロックアップ状態からスリップロックアップ状態に移行し、変速を実行し、その後、完全ロックアップ状態に移行する。これにより、変速ショック等を抑制する。ここで、変速が開始するイナーシャフェーズ開始タイミングにおいて、ロックアップクラッチ24はスリップしている必要は無い。この時点でスリップ量が大きいと、エンジン空吹き感が生じてしまい、運転者に違和感を与えるからである。しかし、イナーシャフェーズ終了時には、ある程度のスリップ量を持つことが好ましい。エンジン回転数の変化には遅れがあり、スリップ量が小さいと、このタイミングでエンジンイナーシャトルクによって変速ショックが生じるからである。
【0016】
従来、イナーシャフェーズ開始タイミングにおけるロックアップクラッチスリップ量を適正な値とするために、学習補正制御処理を行っていた。具体的には、イナーシャフェーズ開始タイミングにおけるロックアップクラッチ24の実スリップ量を検出し、このスリップ量に基づいてロックアップクラッチスリップ制御開始時の初期圧を適正な値に学習するものである。しかし、イナーシャフェーズ中に変化するイナーシャフェーズ開始時スリップ量に基づいて初期圧を学習すると、イナーシャフェーズ中のタービン回転数の変化率が異なるときに、誤学習してしまうという問題があった。
【0017】
まず、イナーシャフェーズの開始を誤検知することなく確実に判断するためには、例えば実ギア比などのイナーシャフェーズ開始後に変化するパラメータの「変化」を検出することで判断することになる。このように、パラメータの「変化」に基づいてイナーシャフェーズが開始したことを判断すると、実際のイナーシャフェーズ開始時点を判断するのではなく、実際のイナーシャフェーズの開始時点よりも遅れたタイミングにおいて初めて開始判断が可能となる。
【0018】
イナーシャフェーズ中のタービン回転数は、例えば変速開始時のスロットル開度が大きいときに、変速レスポンスを優先して変速時間を短く設定している場合や、同じ変速時間でもタービン回転数が高回転のときの変速においては、イナーシャフェーズ中のタービン回転数の変化率は大きくなる。一方、イナーシャフェーズ中のエンジン回転数は、タービン回転数の変化に対して遅れを伴うため、例え、実際のイナーシャフェーズ開始時点においてロックアップクラッチのスリップ量は同じであったとしても、イナーシャフェーズ中のタービン回転数が変化し始めた後は、タービン回転数の変化率によってスリップ量は異なったものとなるのである。
【0019】
従来、このようなイナーシャフェーズ開始判断時点のスリップ量は、タービン回転数の変化率によって異なる量となることを見出せていなかった。よって、イナーシャフェーズ判断時点のスリップ量に基づいて初期圧を学習すると、タービン回転数の変化率が大きいことでイナーシャフェーズ開始判断時点のスリップ量が大きくなっていた場合、実際のイナーシャフェーズ開始時点のスリップ量が適正であったとしても、初期圧を増加補正してしまうという問題があった。
【0020】
上記のような課題に基づいて、実施例1では、イナーシャフェーズ開始に関連して生じる自動変速機3の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って大きくなるように設定される所定の目標初期スリップ量に基づいて、初期圧を補正することとした。以下、変速中ロックアップ制御処理、及び初期圧補正制御処理について説明する。
【0021】
(変速中ロックアップ制御処理)
図2は実施例1のコントローラ内で実行される変速中ロックアップ制御処理を表すフローチャートである。
ステップ201では、完全ロックアップ状態の変速前変速段から完全ロックアップ状態での変速後変速段への変速指令か否かを判断し、NOのときは本制御フローを終了し、YESのときはロックアップクラッチ24の制御が必要であると判断してステップ202へ進む。すなわち、現在のエンジン回転数と変速後変速段のギア比に基づいて変速後に運転点が完全ロックアップ領域にいるか否かを判断する。
ここで、運転点とは車速とアクセルペダル開度によって規定される2次元平面内のポイントを表す。そして、この2次元平面内に各種変速段領域が設定されると共に、完全ロックアップ領域、スリップロックアップ領域、ロックアップクラッチ開放領域とが設定され、これによりシフトマップを構成する。
【0022】
尚、実施例1では、完全ロックアップ状態の変速前変速段から完全ロックアップ状態の変速後変速段への変速について説明するが、例えば、完全ロックアップ状態の変速前変速段からスリップロックアップ状態の変速後変速段に変速するときは、イナーシャフェーズ終了後は、所定のスリップ量となるようにフィードバック制御による定常スリップ制御を行い、初期圧補正量の算出については完全ロックアップ状態から完全ロックアップ状態への変速時と同様に行う。
【0023】
ステップ202では、変速判断時のエンジントルクに基づいて初期圧マップから初期圧基準値を算出する。この初期圧マップとは、変速種によらずエンジントルクに基づいて設定されたものである。
ステップ203では、変速開始変速段及び変速判断時のエンジントルクに基づいて図5に示す初期圧補正量マップから、記憶した初期圧補正量を算出する。尚、初期圧補正量算出処理の詳細については後述する。
【0024】
ステップ204では、ロックアップクラッチ24への指令圧を、
初期圧=初期圧基準値+初期圧補正量
に設定する(初期圧制御手段に相当)。ここで、初期圧基準値とは、予めマップに設定された値であり、変速種によらずエンジントルクに基づいて設定されるものである。この初期圧によって目標初期スリップ量を達成する。目標初期スリップ量とは、イナーシャフェーズ開始時にエンジンの空吹き感が運転者にとって違和感とならない程度のスリップ量に設定されたものである。すなわち、目標初期スリップ量となるように初期圧を設定する必要があり、そのために、後述する初期圧補正制御処理が実行される。
【0025】
ステップ205では、ロックアップクラッチ24への指令圧をエンジントルクに応じた所定割合で低下させる。
ステップ206では、ロックアップクラッチスリップ量がF/B開始所定値以上か否かを判断し、F/B開始所定値以上のときはステップ207へ進み、F/B開始所定値未満のときはステップ205へ戻り、ロックアップクラッチ24への指令圧の低下を継続する。
ステップ207では、ロックアップクラッチ24への指令圧をロックアップクラッチスリップ量がF/B開始所定値となるようにフィードバック制御する。尚、このF/B開始所定値は、後述する初期圧補正量算出処理において補正された後に達成されるべき目標初期スリップ量よりも大きな値に設定されている。これにより、初期圧補正量算出処理が機能する前にフィードバック制御を開始してしまうといった問題を回避する。
【0026】
ステップ208では、イナーシャフェーズが終了したか否かを判断し、終了したと判断したときはステップ209へ進み、それ以外のときはステップ207へ戻り、ロックアップクラッチ圧のフィードバック制御を継続する。イナーシャフェーズ終了判断は、現在の実ギア比が変速後変速段のギア比+αになったか否かによって判断する。
ステップ209では、ロックアップクラッチへの指令圧をエンジントルクに応じた所定割合で増加させる。
ステップ210では、ロックアップクラッチスリップ量が所定値以下の状態が所定時間継続したか否かを判断し、この条件を満たしていないときはステップ209へ戻り、ロックアップクラッチ指令圧の増加を継続し、条件を満たしたときはステップ211へ進む。
ステップ211では、ロックアップクラッチ24への指令圧をロックアップクラッチ24がスリップしない圧に増加させる。
【0027】
(初期圧学習補正制御処理)
図3は実施例1のコントローラ内で実行される初期圧学習補正制御処理を表すフローチャートである。本フローでは、パワーオンアップシフト時について説明するが、他の変速時に実行しても構わない。また、初期圧学習補正制御とは、変速時における所望のスリップ量特性となるように、次回の変速時に設定する初期圧を適切な値に補正する制御をいう。
【0028】
ステップ301では、ロックアップクラッチ24が滑っていないと判断できる状態で、パワーオンアップシフト変速判断を行ったか否かを判断し、YESのときはステップ302へ進み、NOのときは本制御フローを終了する。ロックアップクラッチ24が滑っていないとの判断は、具体的には現在のロックアップクラッチ差圧が変速開始時に設定される初期圧よりも所定割合大きいか否かで判断する。尚、他の判断方法としては、運転点が完全ロックアップ領域にあるときにおける変速か否かで判断してもよい。
【0029】
ステップ302では、変速判断時のスロットル開度を記憶する。
ステップ303では、ロックアップクラッチスリップ量を検知し、その最大値を更新・記憶する。尚、このタイミングは、図2のステップ204から206においてロックアップクラッチ24への指令圧を低下させていったときに生じるスリップ量を検知するものである。
ステップ304では、イナーシャフェーズ開始判断を行い、イナーシャフェーズが開始したと判断したときはステップ305へ進み、開始していないときはステップ303へ戻る(イナーシャフェーズ開始判断手段)。
ステップ305では、変速判断後における最大のロックアップクラッチスリップ量をスリップ量Aとして記憶する。これにより、ステップ303において記憶されたロックアップクラッチスリップ量最大値は、変速判断後からイナーシャフェーズ開始と判断されるまでの間に生じたスリップ量最大値が記憶されることになる(イナーシャフェーズ初期スリップ量検出手段)。これは、実施例1では変速開始時に指令油圧を初期圧まで低下させた後に所定勾配で油圧を低下させているため、変速開始時よりもイナーシャフェーズ開始判断時のほうがスリップ量は大きくなっているものと判断できるからである。
【0030】
ステップ306では、ロックアップクラッチスリップ量を検知し、その最大値を更新・記憶する。
ステップ307では、イナーシャフェーズ終了判断を行い、終了したと判断したときはステップ308へ進み、それ以外の時はステップ306に戻って最大値の更新・記憶を継続する。言い換えると、イナーシャフェーズ開始からイナーシャフェーズ終了までの間をイナーシャフェーズ中と判断する(イナーシャフェーズ中判断手段)。
ステップ308では、変速開始判断時のスロットル開度と終了判断時のスロットル開度との差が所定値以上か否かを判断し、所定値以上でないと判断したときはステップ309へ進み、差が大きいときは本制御フローを終了する(禁止手段)。スロットル開度の変化が大きいとき、すなわち「駆動力の変動量が所定量以上のとき」は、変速途中におけるエンジントルク変化によってスリップ量がばらつき、初期圧の設定に影響を与える可能性がある。この場合には、補正を禁止することで誤学習を防止する。
【0031】
ステップ309では、イナーシャフェーズ開始判断後における最大のロックアップクラッチスリップ量をスリップ量Bとして記憶する(イナーシャフェーズ中最大スリップ量検出手段)。これにより、ステップ307において記憶されたロックアップクラッチスリップ量最大値は、イナーシャフェーズ中に生じたスリップ量最大値が記憶されることになる。このスリップ量Bが目標最大スリップ量となることが望ましく、目標最大スリップ量となるように、以下の初期圧補正量が算出される。この目標最大スリップ量は、イナーシャフェーズ終了時に変速ショックが許容できる程度のスリップ量に設定される。
【0032】
ステップ310では、スリップ量A,B及び変速判断時のスロットル開度に基づいて、マップから初期圧補正量を算出する。図4は実施例1の初期圧補正量算出マップ、図5は実施例1の初期圧補正量マップである。まず、スロットル開度THnに基づいてスリップ量Aマップのデータを初期圧補正量算出マップの縦軸として読み込む。次に、スロットル開度THnに基づいてスリップ量Bマップのデータを初期圧補正量算出マップの横軸として読み込む。初期圧補正量算出マップ内には、予め設定された補正量データが記録されており、スロットル開度に応じて設定された縦軸及び横軸の値に予め設定された補正量が対応する。そして、記憶されたスリップ量Aとスリップ量Bに基づいて補正量Cmmが選択される。ここで、スリップ量Aマップのデータa11よりも右側に位置するa1mのほうが大きな値であり、a11よりも下側に位置するan1のほうが大きな値である。更に、a1mよりも下側に位置するanmのほうが大きな値であり、an1よりも右側に位置するanmのほうが大きな値である。
【0033】
これらの関係は、スリップ量Bマップにおいても同様に、b11<b1m,b11<bn1,b1m<bnm,bn1<bnmとなっており、初期圧補正量算出マップにおいても同様に、C11<C1m,C11<Cm1,C1m<Cmm,Cm1<Cmmとなるように設定されている。言い換えると、スロットル開度が大きいほど、初期圧補正量算出マップの縦軸及び横軸には大きな値が設定され、イナーシャフェーズ中に大きなスリップ量が発生し記憶されていたとしても、小さめの初期圧補正量が選択される。尚、C値には、負値と0と正値とから構成されており、補正が必要なければ0が選択されるように設定されている。
【0034】
すなわち、「イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機3の回転速度変化率が大きいと判断できるとき」とは、スロットル開度が大きいときはレスポンス優先で変速は早いと判断できるときでもある。よって、実施例1では、「スロットル開度が大きいとき」を、「イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きいと判断できるとき」、として初期圧補正量算出マップの縦軸と横軸の設定をスロットル開度に応じて変更する。スロットル開度が大きいときは、縦軸と横軸の値も大きめに設定され、ある程度のスリップを許容し、結果として回転速度変化率が大きくなった場合には、さほど初期圧補正量を大きくしないのである。
【0035】
例えば、スロットル開度がTH2で、スリップ量Aがa23,スリップ量Bがb2mのときは、まず、初期圧補正量算出マップの縦軸にa21,a22,・・・,a2mのデータが書き込まれ、初期圧補正量算出マップの横軸にb21,b22,・・・,b2mのデータが書き込まれる。そして、スリップ量Aがa23,スリップ量Bがb2mであるため、補正量C3mが算出される。
【0036】
ステップ311では、算出した初期圧補正量を変速開始変速段及び変速判断時のエンジントルク毎に記憶する。すなわち、ステップ310で選択された補正量Cxxは、図5の初期圧補正量マップに新たに書き込まれる。例えば、2−3速アップシフト変速で、変速判断時のエンジントルクがTE2のときは、上段のTE2に相当する箇所にCxxが書き込まれる。
【0037】
(変速中ロックアップ制御処理の作用)
図6は実施例1のパワーオンアップシフト時におけるロックアップ制御処理を表すタイムチャートである。初期条件として、ロックアップクラッチ24は完全締結状態であり、第2速の変速段が選択されているものとする。
時刻t1において、2−3アップシフト変速指令が出力されると、ロックアップクラッチ24の指令圧が初期圧まで低下され、スリップが発生しないギリギリの締結容量とされる。その後、ロックアップクラッチ指令圧が徐々に低下されるに伴ってスリップ量が増大する。
【0038】
時刻t2において、イナーシャフェーズが開始し、実ギア比が所定量変化すると、イナーシャフェーズ開始と判断される。このとき、時刻t1から時刻t2までの間における最大スリップ量がスリップ量Aとして記憶される。
時刻t3において、スリップ量がF/B開始所定値以上になると、F/B開始所定値を目標値とするフィードバック制御が開始される。
時刻t4において、イナーシャフェーズの終了と判断されると、フィードバック制御が終了する。尚、イナーシャフェーズ開始判断時からイナーシャフェーズ終了判断時までの間の最大スリップ量がスリップ量Bとして記憶される。そして、ロックアップクラッチ指令値を徐々に増大し、これにより、スリップ量を徐々に減少させる。
時刻t5において、スリップ量が所定値以下の状態が所定時間継続したと判断され、ロックアップクラッチ24を完全締結状態とする。
【0039】
上述のような変速中ロックアップ制御処理が実行される間、初期圧補正制御処理が実行される。まず、時刻t1から時刻t2までの間に記憶されるスリップ量Aが大きいときは、基本的には初期圧を高めに設定する必要があり、スリップ量Aが小さいときは、さほど初期圧を高める必要が無い。次に、時刻t3から時刻t4までの間に記憶されるスリップ量Bが小さいときは、初期圧を低めに設定する必要があり、一方、スリップ量Bが大きいときは、更に初期圧を高める必要がある。これら、スリップ量A,Bの大小関係及びスロットル開度の大きさを考慮して、適正な初期圧補正量が初期圧補正量マップより選択される。これにより、次回の変速中ロックアップ制御処理においては、適正な初期圧補正量が設定されるため、スリップ量Aは小さめに、スリップ量Bは適正な大きさで生じることになる。よって、変速ショックを低減することができるものである。
【0040】
以上説明したように、実施例1にあっては下記に列挙する作用効果を得ることができる。
(1)複数の摩擦締結要素を選択的に締結して複数の変速段を成立させる自動変速機3と車両の駆動源との間に介装されるトルクコンバータ2に設けられ、トルクコンバータ2の入出力要素間を締結可能なロックアップクラッチ24と、該ロックアップクラッチ24の油圧を制御するコントローラ100(ロックアップクラッチ制御手段)と、を備えた自動変速機のロックアップ制御装置において、自動変速機3の変速の開始時に、ロックアップクラッチ24の油圧を所定の初期圧に制御するステップ204(初期圧制御手段)と、自動変速機3がイナーシャフェーズ中となったことを判断するステップ304(イナーシャフェーズ開始判断手段)と、ステップ304によりイナーシャフェーズ中となったことが判断されたときの前記ロックアップクラッチの初期スリップ量を検出するステップ305(イナーシャフェーズ初期スリップ量検出手段)と、ステップ305により検出される初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となるように次回変速時の初期圧を補正するステップ310及びステップ311(初期圧補正手段)と、を設け、ステップ205で初期圧を設定するにあたり、目標初期スリップ量は、初期圧補正制御処理によって、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って大きくなるように設定される。
【0041】
すなわち、イナーシャフェーズ中となったことが判断されたときの初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となるように次回変速時の初期圧を補正する際に、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って、目標初期スリップ量を大きく設定することにより、変速速度が大きいためにイナーシャフェーズ開始判断時点の初期スリップ量が大きくなっていた場合であっても初期圧を増加補正することなく、適正な初期圧を得ることができる。
【0042】
(2)自動変速機3がイナーシャフェーズ中であることを判断するステップ307(イナーシャフェーズ中判断手段)と、イナーシャフェーズ中であると判断されたときのロックアップクラッチ24の最大スリップ量を検出するステップ309(イナーシャフェーズ中最大スリップ量検出手段)と、を設け、ステップ310及びステップ311(初期圧補正手段)は、スリップ量A(初期スリップ量)が所定の目標初期スリップ量となり、かつ、スリップ量B(最大スリップ量)が所定の目標最大スリップ量となるように、次回変速時の初期圧を補正する。
【0043】
仮に、イナーシャフェーズ開始時のスリップ量Aが、空吹き感が違和感とならない程度のスリップ量だったとしても、初期圧が大きすぎるとイナーシャフェーズ終了時のスリップ量Bが小さくなり変速ショックが大きくなる可能性があるため、イナーシャフェーズ中の最大スリップ量であるスリップ量Bが変速ショックを許容できる程度のスリップ量となるように初期圧を補正することにより、イナーシャフェーズ終了時の変速ショックを抑制することができる。
【0044】
(3)ステップ310及びステップ311(初期圧補正手段)は、回転速度変化率が大きくなるに従って所定の目標最大スリップ量を大きく設定し、大きく設定された所定の目標スリップ量及び大きく設定された所定の目標最大スリップ量に基づいて初期圧を補正する。言い換えると、初期圧補正量算出マップの縦軸及び横軸をスロットル開度に応じて変更することとした。
【0045】
イナーシャフェーズ中であるときの最大スリップ量であるスリップ量Bについても、タービン回転数の変化率が大きいときは大きくなるため、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って大きくなるように設定された所定の目標スリップ量及び目標最大スリップ量に基づいて初期圧を補正することにより、変速速度が大きいためにイナーシャフェーズ中の最大スリップ量が大きくなっていた場合であっても初期圧を増加補正することなく、適正な初期圧を得ることができる。
【0046】
(4)変速中における駆動源の駆動力の変動量が所定量以上のときは、ステップ310及びステップ311(初期圧補正手段)による初期圧の補正を禁止するステップ308(禁止手段)を設けた。
【0047】
例えば、変速開始指令からイナーシャフェーズ開始までの間にアクセルが大きく踏み込まれた場合は、初期圧の不足によりスリップ量が大きくなったのかエンジントルクの増大によりスリップ量が大きくなったのか、を判断できないため、不適切な初期圧の補正をしてしまう可能性がある。そこで、変速中のエンジントルク(駆動源の駆動力)の変動が大きいときは初期圧の補正を禁止することで、不適切な初期圧の補正を防止することができる。
【0048】
以上、実施例1について説明したが、本発明は上記実施例に限られず、適宜他の構成を取ることができる。実施例1では、初期圧補正量算出用マップのスリップ量Aの縦軸をスロットル開度に応じて変更することによって、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きいと判断できるときにイナーシャフェーズ開始時の目標スリップ量を大きく設定して初期圧を補正したが、これに限定されるものではなく、例えば、初期圧補正量の算出マップの補正量そのものをスロットル開度に応じて変更するものであってもよい。
すなわち、Cの値をスロットル開度に応じて変更する。これにより、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きいと判断できるときにイナーシャフェーズ開始時の目標スリップ量を大きく設定したことと実質的に同様の作用を得ることができる。ただし、Cそのものをスロットル開度に応じて変更する場合は、データ量が多くなってしまうため、実施例においては初期圧補正量算出マップの縦軸や横軸の値を変更することとしている。言い換えると、縦軸や横軸のデータをスロットル開度に応じて変更することで、少ないデータ量で適切な初期圧補正量を設定できる。
【0049】
実施例1では、変速指令時からイナーシャフェーズ開始判断時までの最大のスリップ量を更新・記憶することによってイナーシャフェーズ中となったことが判断されたときのスリップ量を検出することとしたが、これに限定されるものではなく、イナーシャフェーズ中となったことが判断された時点のスリップ量を検出する構成としてもよい。
【0050】
実施例1では、スロットル開度が大きいときを、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きいと判断できるとき、とするものを示したが、これに限定されるものではなく、例えば、変速開始時のタービン回転数が大きいときは、変速開始時のタービン回転数が小さいときと同じイナーシャフェーズ時間だとすると、イナーシャフェーズ中のタービン回転数の変化率は大きくなるため、変速開始のタービン回転数が大きいときを、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きいと判断できるとき、としてもよい。また、変速開始時のエンジントルクが同じであっても変速速度が異なる状態を判断できるパラメータを用いてイナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きいと判断すればよい。
【0051】
実施例1では、変速機出力回転数に対する変速機入力回転数の比で表されるギア比が変速前の変速段のギア比から変速後の変速段のギア比に向かって所定割合変化したときにイナーシャフェーズ中となったことを判断するものを示したが、これに限定されるものではなく、例えば、ギア比またはタービン回転数が所定量変化したことをもってイナーシャフェーズ中となったことを判断するものなど、イナーシャフェーズが開始した後に変化するパラメータの変化を検出することでイナーシャフェーズ中となったことを判断するものであればよい。
【0052】
実施例1では、自動変速機がアップシフトする際にロックアップクラッチの初期圧の補正量を算出するものを示したが、これに限定されるものではなく、例えば、ダウンシフトする際にロックアップクラッチの初期圧の補正量を算出するものであってもよい。
【符号の説明】
【0053】
1 エンジン
2 トルクコンバータ
3 自動変速機
5 コントロールバルブユニット
11 アクセルペダル開度センサ
12 スロットル開度センサ
13 車速センサ
14 インヒビタスイッチ
15 タービン回転数センサ
24 ロックアップクラッチ
100 コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の摩擦締結要素を選択的に締結して複数の変速段を成立させる自動変速機と車両の駆動源との間に介装されるトルクコンバータに設けられ、前記トルクコンバータの入出力要素間を締結可能なロックアップクラッチと、
該ロックアップクラッチの油圧を制御するロックアップクラッチ制御手段と、
を備えた自動変速機のロックアップ制御装置において、
前記自動変速機の変速の開始時に、前記ロックアップクラッチの油圧を所定の初期圧に制御する初期圧制御手段と、
前記自動変速機がイナーシャフェーズ中となったことを判断するイナーシャフェーズ開始判断手段と、
該イナーシャフェーズ開始判断手段によりイナーシャフェーズ中となったことが判断されたときの前記ロックアップクラッチの初期スリップ量を検出するイナーシャフェーズ初期スリップ量検出手段と、
該イナーシャフェーズ初期スリップ量検出手段により検出される初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となるように次回変速時の前記初期圧を補正する初期圧補正手段と、
を設け、
前記目標初期スリップ量は、イナーシャフェーズに関連して生じる自動変速機の回転部材の回転速度変化率が大きくなるに従って大きくなるように設定されることを特徴とする自動変速機の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の自動変速機の制御装置において、
前記自動変速機がイナーシャフェーズ中であることを判断するイナーシャフェーズ中判断手段と、
該イナーシャフェーズ中判断手段によりイナーシャフェーズ中であると判断されたときの前記ロックアップクラッチの最大スリップ量を検出するイナーシャフェーズ中最大スリップ量検出手段と、
を設け、
前記初期圧補正手段は、前記初期スリップ量が所定の目標初期スリップ量となり、かつ、前記最大スリップ量が所定の目標最大スリップ量となるように、次回変速時の前記初期圧を補正することを特徴とする自動変速機の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の自動変速機の制御装置において、
前記初期圧補正手段は、前記回転速度変化率が大きくなるに従って前記所定の目標最大スリップ量を大きく設定し、前記大きく設定された所定の目標スリップ量及び前記大きく設定された所定の目標最大スリップ量に基づいて前記初期圧を補正することを特徴とする自動変速機のロックアップ制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし3いずれか1つに記載の自動変速機の制御装置において、
変速中における前記駆動源の駆動力の変動量が所定量以上のときは、前記初期圧補正手段による初期圧の補正を禁止する禁止手段を設けることを特徴とする自動変速機のロックアップ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−190893(P2011−190893A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−58646(P2010−58646)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】