説明

臭素化合物の分析方法および分析装置

【課題】測定試料中の臭素化合物の同定を高精度、非破壊で迅速に行なうための臭素化合物の分析方法および分析装置を提供する。
【解決手段】測定試料のX線吸収スペクトルを測定し、Br−K吸収端近傍での吸収端の立ち上がりピークAと該立ち上がりピークAよりも高エネルギー側に現れるピークBとのエネルギー間隔ΔEならびに該立ち上がりピークAおよび該ピークBの強度比A/Bを検出する測定ステップと、エネルギー間隔ΔEの値と強度比A/Bの値との組み合わせで測定試料に含まれる臭素化合物の構成元素の結合状態を特定する解析ステップとを含む臭素化合物の分析方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、微量の臭素化合物の存在とその化合形態を非破壊且つ迅速に同定するための臭素化合物の分析方法および分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体のエッチングプロセスではエッチング後の残渣除去が常に大きい課題となるが、残渣を構成する化合物の状態が一定でなく、残渣除去のためには該化合物の同定が重要である。エッチングにはハロゲン系ガスが広く用いられており、従って残渣は主にレジスト構成元素とハロゲンとの反応物である。一方で、このような反応物を含む残渣は量が少ないため、化合物の同定に至っていない場合が多く、化合物を同定するための分析技術の向上が課題となっている。
【0003】
ハロゲン化合物の同定には赤外吸収スペクトル測定が広く用いられるが、この方法ではプローブである赤外光が対象物を透過するか対象物にて反射する必要があるため、赤外光が反射しない基板の上に付着した微量化合物の同定ができない等の問題点がある。また、表面分析に用いられるX線光電子分光法によれば、基板の存在による影響を受けず、ハロゲンと結合した元素の推定が可能であるが、化合物の構成元素および結合状態を特定することは難しいのが現状である。
【0004】
このようなハロゲン化合物の構成元素および結合状態を高精度に特定する方法として、化合物を熱により気化し、得られた気体をガスクロマトグラム−質量分析(GC−MS)で分析する方法が知られている。しかしこの方法では、複雑に表れる質量分析スペクトルから結合状態を特定する必要があることから、結合状態の特定には知識と熟練が必要となる。また、この方法では、加熱により化合物を気化させる工程を必要とするため操作が煩雑であり、更に、加熱によって化合物の結合状態が変化する可能性があることが考慮されていないという問題がある。
【0005】
また、EU(欧州連合)により施行される特定有害物質使用制限指令(RoHS:Restriction of the use of certain Hazardous Substances)などによって規制対象となっている臭素化合物の同定方法としては、臭素化合物を一旦溶解させてからGC-MSで同定する方法が標準となっているが、1検体の分析に数十時間を要するという問題がある。また、臭素化合物の溶液をTOF−SIMS法で分析する方法は、分析時間が数十分と短い点で有利であるが、TOF−SIMSのスペクトル解析にはノウハウが必要であり、簡便な方法とは言えないのが現状である。
【0006】
非特許文献1には、環境への負荷から規制対象物質となっている6価クロムについて、X線吸収スペクトルにCr−K吸収端の特徴的な吸収ピークが現れることを利用した3価クロムとの区別が可能であることが報告されている。吸収端近傍のスペクトル形状に着目したX線吸収スペクトル分析は、X線が透過しない物質でも可能であるため、塊、粉砕物、液体、気体等の試料に対しても適用可能であり、また結晶質、非晶質などの物質の状態に関係なく評価が可能である。さらに吸収端近傍のスペクトル形状による評価は、試料が数原子層レベルの厚みしかないような場合にも可能であり、たとえばエッチング残渣等の微量化合物の特定に対しても有効と考えられる。入射X線のエネルギー走査を行ない、検出される蛍光X線などの強度変化をモニタすることによって構成元素の結合状態を非破壊で迅速に評価することができる。
【0007】
一方、非特許文献2には、塩素化合物に含まれる元素のX線吸収スペクトルについて、該元素のX線吸収端には結合状態に特有の構造が現れることが報告されている。非特許文献2には、同一の構成元素からなるCF3Cl、CF2Cl2およびCFCl3の3つの分子について、Cl(塩素)のK吸収端近傍のX線吸収スペクトルが発光スペクトルと合わせて示されている。非特許文献2において、X線吸収スペクトルは理論計算から得られる軌道間遷移に基づく複数のピークに分離されているが、この中でEと記されたピークが特にCFCl3において明確に現れてくることがわかる。非特許文献2では、塩素化合物について塩素のX線吸収スペクトルに現れる特定ピークの強度を調べることにより結合状態の推定が可能であることが示唆されるものの、各分子の区別については言及されておらず、X線吸収スペクトルに見られる特徴と塩素化合物の化合形態との関係については何も述べられていない。また他のハロゲン化合物のX線吸収スペクトルについては考慮されておらず、半導体分野において特に近年塩素に代わって使用が広まっている臭素系ガスを用いたときのエッチング残渣に含まれる臭素化合物の分析に関しての有用な知見はない。
【非特許文献1】第40回X線分析討論会講演要旨集(2004.11)p.91−92
【非特許文献2】Physical Review A 43,3609(1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、たとえば半導体分野において特に近年塩素に代わって使用が広まっている臭素系ガスを用いたときのエッチング残渣等、微量の臭素化合物を含む測定試料において、測定試料の構成元素および該構成元素の結合状態を非破壊で迅速に明らかにするための、臭素化合物の分析方法および分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る臭素化合物の分析方法は、測定試料のX線吸収スペクトルを測定し、Br−K吸収端近傍での吸収端の立ち上がりピークAと該立ち上がりピークAよりも高エネルギー側に現れるピークBとのエネルギー間隔ΔEならびに該立ち上がりピークAおよび該ピークBの強度比A/Bを検出する測定ステップと、エネルギー間隔ΔEの値と強度比A/Bの値との組み合わせで測定試料に含まれる臭素化合物の構成元素の結合状態を特定する解析ステップと、を含む臭素化合物の分析方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、Br−K吸収端近傍の比較的狭いエネルギー範囲のX線吸収スペクトルを測定し、所定のスペクトル解析を行なうことで臭素化合物の同定が可能であるため、測定試料に含まれる臭素化合物の同定を高感度、非破壊で迅速に行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明においては、測定試料のX線吸収スペクトルをBr−K吸収端近傍で測定し、Br−K吸収端近傍での吸収端の立ち上がりピークA(以下単にピークAとも称する)とピークAよりも高エネルギー側に現れるピークB(以下単にピークBとも称する)とのエネルギー間隔ΔE(以下単にエネルギー間隔ΔEとも称する)ならびにピークAおよびピークBの強度比A/B(以下単に強度比A/Bとも称する)の組み合わせにより、臭素化合物の同定を行なうことを特徴とする。
【0012】
臭素のK軌道を励起するのに必要なBr−K吸収端エネルギーは13.474keV近傍にあることが知られており、該Br−K吸収端エネルギーからX線吸収が急激に大きくなる。Br-K吸収端エネルギー近傍の約13.46〜13.49KeVのエネルギー範囲内において、X線吸収スペクトルは、Br−K吸収端近傍のピークAおよび該ピークAよりも高エネルギー側のピークBの2つのピークを有する。臭素化合物においてはピークBの位置近傍の吸収が最も強いが、ピークBの位置は試料間で微妙に異なる。
【0013】
X線吸収度合いの評価としては、真のX線吸収を見る吸収法以外に、X線吸収の結果放出される電子を測定する電子収量法や、蛍光X線を測定する蛍光収量法などが挙げられる。測定されるX線吸収スペクトルの横軸である光エネルギーは、通常各測定の前に何らかの方法で較正されるが、測定ごとにばらつきがあることも多い。しかし、1つの吸収スペクトルにおけるエネルギー間隔には測定条件によるばらつきが少なく、臭素のX線吸収スペクトルにおけるBr−K吸収端近傍では0.1eVを越えることはない。すなわち本発明においては、1つのスペクトルにおける2つのピークのエネルギー間隔を求めることにより、測定条件に依存しないエネルギー精度を得ることができる。
【0014】
また、X線吸収スペクトルの絶対強度は、測定試料に含まれる臭素の量および測定条件によって変化するが、スペクトルの中に現れる複数のピークの強度比は、吸収端近傍の狭いエネルギー領域に限定すれば、測定条件や測定試料のマクロな形態には依存せずに、臭素の結合状態のみに依存する。すなわち本発明においては、Br−K吸収端近傍で最大吸収強度を示すピークBに対して全体を規格化することにより、測定条件に依存しない吸収ピークの強度比を得ることができる。
【0015】
エネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bの組み合わせは化合物に固有のものであるため、該組み合わせにより化合物が特定される。本発明においては、典型的には、測定試料のX線吸収スペクトルから求められるエネルギー間隔ΔEと強度比A/Bとを、既知の臭素化合物のエネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bと照合することによって測定試料中の臭素化合物の同定を行なうことができる。この場合精度の良い分析をより迅速に行なうことができる。
【0016】
X線吸収スペクトルは、測定試料にX線を照射して臭素のK軌道の電子を励起させ、励起の緩和時に発生する蛍光X線、放出電子の信号強度を検出することにより得ることができ、たとえば単色X線のエネルギーを変化させながら該単色X線を測定試料の任意の測定位置に照射し、該測定位置からの蛍光X線、放出電子の信号強度をモニタすることによりX線吸収スペクトルを得ることができる。単色X線は、連続X線を分光器に通して単色化する方法等により得られる。
【0017】
本発明におけるX線吸収スペクトルの測定は、典型的には放射光を用いて行なわれる。放射光を用いる場合、測定試料中の臭素濃度がたとえば100ppmレベルの微量であっても測定時間は通常数分程度であるため、分析時間の大幅な短縮が可能である。また、環境規制物質の含有が疑われる物質の評価においては、まず蛍光X線分析により環境規制物質の有無をスクリーニングするのが一般的である。よって、X線吸収スペクトルの吸収端近傍のスペクトル形状から化合物の同定を行なう本発明の方法においては、蛍光X線分析によるスクリーニングで臭素の有無を評価し、臭素が検出された試料について、そのまま励起X線エネルギーを走査させてK殻の吸収端近傍のスペクトルを得る本測定を行なうことにより、臭素化合物の状態のままでの特殊な技能を必要としない同定が可能である。またこの場合、蛍光X線の検出によってスクリーニングおよび本測定を行なうため、分析を一連の動作として行なうことができ好ましい。上記のスクリーニングとK殻の吸収端近傍の本測定とを合わせても測定時間は通常約10分程度と短く、臭素化合物の同定の高精度化とともに、大幅な迅速化が可能である。
【0018】
本発明はまた、上述したような臭素化合物の分析方法を行なうための分析装置であって、連続X線を発生させるためのX線源と、該連続X線を単色化して単色X線を発生させるための分光器と、測定位置におけるX線の吸収または測定位置から発生する蛍光X線、放出電子のうち少なくともいずれかの信号を検出するための検出器と、Br−K吸収端近傍の立ち上がりピークAおよびピークAよりも高エネルギー側に現れるピークBを検出するためのピーク自動検出装置と、を少なくとも備え、分光器は、単色X線のエネルギーを変化させるための機構を有する臭素化合物の分析装置に関する。以下典型的な臭素化合物の分析方法および分析装置について例を挙げて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0019】
<実施の形態1>
図1は、本発明の実施の形態1における臭素化合物の分析に用いられる分析装置の構成を示す概略図である。なお図1に示す分析装置の構成自体は一般的なX線吸収スペクトル測定装置と同様であり特別なものではない。本実施の形態においては、図1に示される検出器7として蛍光X線検出器を用いる場合について説明する。
【0020】
(測定ステップ)
まず、X線源1から発生したX線2は、分光器3により単色化され、任意のエネルギーを有する単色X線として、入射X線強度モニタ4を経て試料ステージ6に取り付けられた測定試料5に入射する。ここで用いられるX線源1は、臭素のK吸収端エネルギー近傍で十分な強度を有し且つ分光器による強度減衰を補うため、放射光あるいは回転対陰極型のものが望ましい。回転対陰極型のものを用いる場合、ターゲット材料としてタングステンやモリブデンなどの重い元素が望ましい。分光器3の分光結晶にはSi(311)面、Si(111)面などの通常用いられるものを目的に応じて選択することができる。
【0021】
ピークAとピークBとのエネルギー間隔ΔEを明瞭に区別するため、分光器3は臭素のK殻吸収端(Br−K吸収端)エネルギーの近傍で約0.1eVのエネルギー分解能を有することが望ましい。また、X線の入射方向を一定に保つために、分光器3は図に示したような2結晶型であることが望ましい。入射X線強度モニタ4としては、入射X線の10〜20%を吸収できるような電離箱型のものが適当である。さらに、試料ステージ6は、測定試料5の任意の表面位置にX線2が当たるように測定試料5の位置を調整できる機能を備えていることが望ましく、また表面感度を上げるため、すなわち測定試料5の表面近傍からの情報のみを得るため、X線2が測定試料5の面方向に対してすれすれの角度、たとえば測定面に対して5°以内で入射するように調整できる機能を備えていることが望ましい。
【0022】
X線は、検出器7の感度等に応じ該検出器7による蛍光X線の検出が可能な程度の強度で測定試料5に照射される必要があるが、測定試料において検出されるべき元素の濃度が高い場合、X線強度が強すぎると検出器が飽和して分析精度がかえって低下する場合があるため、照射X線強度は測定試料の状態に応じて適宜設定されることが望ましい。なお図1は反射法により測定試料5にX線が照射される場合について示しているが本発明はこれに限定されず、測定試料の形状に応じ透過法が採用されても良い。
【0023】
測定試料5に入射したX線は試料表面に存在する臭素化合物のBr−K殻を励起し、その結果として臭素のK殻に由来する蛍光X線が発生する。この蛍光X線の信号を検出器7としての蛍光X線検出器によって検出する。X線の照射によって、測定試料からは臭素の蛍光X線以外のX線も放出されることから、検出器は目的の蛍光X線を選択的に検出できるようなエネルギー選択性を有することが望ましく、例えば半導体検出器などが適している。入射X線モニタ4および検出器7としての蛍光X線検出器からの信号は、検出器信号処理装置10を経て中央制御装置11に取り込まれる。
【0024】
図1に示される分光器制御装置8は、単色X線のエネルギーを変化させるための機構として備えられる。該分光器制御装置8を介して分光器3を制御し、X線2のエネルギーを変化させながら臭素の蛍光X線強度を測定すると、吸収スペクトルと等価のスペクトルを得ることができる。なお、測定試料の状態や測定条件によって上下があるものの、臭素化合物の分析において本発明に定義されるピークAは約13.474KeV近傍に、ピークBは約13.480〜13.484KeV近傍にそれぞれ見られるため、エネルギーの走査範囲をたとえば13.46〜13.49KeVの範囲内に設定すれば、ピークAおよびピークBの検出を確実に行ないかつ測定時間を比較的短くすることができる。これらの操作は、中央制御装置11により、スペクトル測定の一連の動作として行なわれる。また、中央制御装置11は、試料位置制御装置9を介して試料ステージ6の位置を精密に制御することができる。
【0025】
中央制御装置11はまた、測定試料5のX線吸収スペクトルからピークAとピークBとを自動的に検出し、ピークAとピークBとのエネルギー間隔ΔEおよびピークAとピークBとの強度比A/Bをそれぞれ自動的に算出する自動検出装置としての機能を有し、これにより、測定試料中の臭素化合物についてのエネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bに関する情報が得られる。自動検出装置としては、X線吸収スペクトル分析装置にあらかじめ内蔵されるピーク検出・計算ソフトを適宜採用することができる。
【0026】
(解析ステップ)
次に、上記で得られた測定試料中の臭素化合物についてのエネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bの値の組み合わせから、該臭素化合物の構成元素および該構成元素の結合状態を特定する。図1に示される中央制御装置11は、様々な既知の臭素化合物についてのエネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bのテーブルを収納し、これらのテーブルを測定試料のデータと照合することにより、測定試料5に存在する臭素化合物が特定される。既知の臭素化合物のエネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bは、分析装置にあらかじめ収納されている既知の臭素化合物のX線吸収スペクトルのライブラリ機能と、中央制御装置11の自動検出装置としての機能とを用いて算出することもできる。測定試料のX線吸収スペクトルから算出されたエネルギー間隔ΔE、強度比A/Bのいずれもが、既知の臭素化合物のエネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bと合致する場合、その既知の臭素化合物と同一の化合物が測定試料中に含まれているものと判断する。以上のような方法により測定試料に含まれる臭素化合物を同定することができる。
【0027】
なお、測定試料中の臭素の有無を調べるスクリーニングは通常蛍光X線分析により行なわれるため、まず測定試料中の臭素の有無を判断するための蛍光X線分析によるスクリーニングを行ない、続いて、そのまま励起X線エネルギーを走査させて臭素のK殻の吸収端近傍の蛍光X線の検出によりX線吸収スペクトルを測定することができる。この場合測定条件の設定がより簡易になるため、臭素化合物の同定をより効率良く行なうことができる。
【0028】
本発明において蛍光X線検出器を用いる場合には、ピークAおよびピークBを検出するための本測定におけるX線の照射領域を、スクリーニング時におけるX線の照射領域よりも小さくしても良い。この場合、スクリーニングにおいて測定試料の広い範囲における元素の存在状態を評価できるとともに、本測定時に測定試料上の所望の位置における臭素化合物の状態をより詳細に評価することができる。
【0029】
<実施の形態2>
実施の形態1では、図1に示される検出器7として蛍光X線検出器を用い、測定試料に含まれる臭素から発生する蛍光X線を検出する場合について説明したが、本発明においては、たとえばX線を透過法により測定試料に入射させ、測定位置における臭素のK殻の励起による真のX線吸収を検出することによって臭素化合物を同定しても良い。具体的には、図1に示すような反射型の試料ステージ6に代えて透過型の試料ステージを用いるとともに、検出器7に代えて、測定位置におけるX線の吸収を検出するための検出器を用いる。該検出器としては、たとえば電離箱式検出器の一種である、比例計数管を備えた検出器等が使用でき、測定試料を透過したX線のエネルギーを該検出器で検出することにより、入射X線エネルギーとの関係から測定位置におけるX線の吸収を検出することができる。なお実施の形態2においても、試料ステージ6および検出器7の配置を変える他は図1に示すような構成を採用でき、実施の形態2におけるその他の操作は実施の形態1と同様の手順で行なうことができる。
【0030】
<実施の形態3>
実施の形態1および2では、臭素のK殻の励起による蛍光X線の発生または真のX線の吸収を検出する場合について説明したが、本発明においては、図1に示される検出器7として、電離箱式検出器の一種である電子収量検出器を用い、臭素のK殻の励起により放出される電子の検出によって臭素化合物を同定しても良い。この場合、放出された電子は空気によって容易に吸収されるため、測定試料5と検出器7とを真空容器の中に設置することが望ましい。あるいは、図1に示される検出器7に代えて、測定試料を内部に設置可能な検出器も好ましく採用され得る。実施の形態3におけるその他の操作は実施の形態1と同様の手順で行なうことができる。
【0031】
[実施例]
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
(実施例1〜7)
図1に示すような構成の分析装置を用い、表1に示すような、ベンゼン環を含む7種の臭素化合物の粉末試料につきX線吸収スペクトル測定を行なった。測定は放射光施設SPring−8にて放射光を用いて行なった。分光器3の分光結晶にはSi(311)を使用し、検出器7として蛍光X線検出器を使用した。粉末試料の約10mgをペレット状に成形し、測定試料5として試料ステージ6上に載置した。X線源1から発生させた連続X線を分光器3に通して単色化し、各試料に入射角45°で入射させた。測定エネルギー範囲を13.46〜13.49KeVとしてエネルギー走査し、Br−K吸収端エネルギー近傍で発生した蛍光X線を検出器7にて検出し、検出された信号を検出器信号処理装置10を経て中央制御装置11に送り、X線吸収スペクトルを得た。得られたX線吸収スペクトルについては、それぞれの物質で得られたスペクトルの最大吸収強度、すなわちピークBの吸収強度に対して規格化処理が行なわれている。図2は、Br−K吸収端近傍における臭素化合物のX線吸収スペクトルを示す図である。表1に、図2のX線吸収スペクトルから検出、計算したピークAとピークBとのエネルギー間隔ΔE、およびピークAとピークBとの強度比A/Bを示す。
【0033】
【表1】

【0034】
注1:DeBDEは、デカブロモジフェニルエーテルである。
注2:DiBBは、4、4’−ジブロモビフェニルである。
注3:DiBDEは、4、4’−ジブロモビフェニルエーテルである。
注4:FG2000は、テトラビスフェノールAである。
注5:FG3100は、テトラビスフェノールA−ビス[2、3−ジブロモプロピルエーテル]である。
注6:HBB−Sは、ヘキサブロモベンゼンである。
注7:EB400−Sは、ブロモビスフェノールAである。
【0035】
図2および表1に示すいずれの物質においても、Br−K吸収端近傍においてピークBにおけるX線吸収が最も強いが、ピークBの位置は物質ごとに異なっている。またピークAのX線吸収強度は、特に実施例3のDiBDEにおいて他の物質より相対的に弱い傾向がある。図2および表1の結果から、エネルギー間隔ΔEの値のみまたは強度比A/Bの値のみの比較では、互いに数値の近似するものが存在するため、上記の7物質全てを区別することは難しい。一方、ピークAとピークBとのエネルギー間隔ΔEおよびピークAとピークBとの強度比A/Bの両方の値が互いに近似するものはなく,エネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bの組み合わせに着目することにより、上記の7物質を区別することが可能であることが分かる。すなわち、本発明の分析方法によれば、エネルギー間隔ΔEおよび強度比A/Bの値の組み合わせに基づいて解析を行なうことにより測定試料中の臭素化合物の同定が可能であることが分かる。
【0036】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の臭素化合物の分析方法および分析装置によれば、試料中に含まれる微量の臭素化合物の無破壊での同定を精度良く迅速に行なうことができるため、該分析方法は、半導体のエッチング残渣に限らず他の試料中の臭素化合物の特定にも適用されることができ、たとえば最近問題となっている半導体封止樹脂などに含まれる臭素系難燃剤の特定に対しても有効である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の実施の形態1における臭素化合物の分析に用いられる分析装置の構成を示す概略図である。
【図2】Br−K吸収端近傍における臭素化合物のX線吸収スペクトルを示す図である。
【符号の説明】
【0039】
1 X線源、2 X線、3 分光器、4 入射X線強度モニタ、5 測定試料、6 試料ステージ、7 検出器、8 分光器制御装置、9 試料位置制御装置、10 検出器信号処理装置、11 中央制御装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臭素化合物を含む測定試料における前記臭素化合物の構成元素の結合状態を特定するための分析方法であって、
前記測定試料のX線吸収スペクトルを測定し、Br−K吸収端近傍での吸収端の立ち上がりピークAと前記立ち上がりピークAよりも高エネルギー側に現れるピークBとのエネルギー間隔ΔEならびに前記立ち上がりピークAおよび前記ピークBの強度比A/Bを検出する測定ステップと、
前記エネルギー間隔ΔEの値と前記強度比A/Bの値との組み合わせで前記臭素化合物における前記構成元素の結合状態を特定する解析ステップと、
を含む、臭素化合物の分析方法。
【請求項2】
前記解析ステップにおける前記特定が、既知の臭素化合物の前記エネルギー間隔ΔEおよび前記強度比A/Bの値との照合により行なわれる、請求項1に記載の臭素化合物の分析方法。
【請求項3】
前記測定ステップの前に、蛍光X線分析により前記測定試料中の前記臭素化合物の含有の有無を判定するスクリーニングステップをさらに含み、かつ、
前記測定ステップが蛍光収量法により行なわれる、請求項1に記載の臭素化合物の分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載の臭素化合物の分析方法を実施するための分析装置であって、
連続X線を発生させるためのX線源と、前記連続X線を単色化して単色X線を発生させるための分光器と、測定位置におけるX線の吸収または測定位置から発生する蛍光X線、放出電子のうち少なくともいずれかの信号を検出するための検出器と、前記信号からBr−K吸収端近傍の立ち上がりピークAおよび前記立ち上がりピークAよりも高エネルギー側に現れるピークBを検出するためのピーク自動検出装置と、を少なくとも備え、
前記分光器は、単色X線のエネルギーを変化させるための機構を有する、臭素化合物の分析装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−218683(P2007−218683A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−38352(P2006−38352)
【出願日】平成18年2月15日(2006.2.15)
【出願人】(503121103)株式会社ルネサステクノロジ (4,790)
【Fターム(参考)】