説明

芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する新規微生物及び該微生物又は該微生物が産生するタンパク質を用いた芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法

【課題】フェノールおよびポリフェノールなどの芳香族ヒドロキシ化合物のベンゼン環への二酸化炭素固定反応を触媒する好気性の微生物を見出し、これを利用した常温、常圧の環境調和型プロセスによって芳香族ヒドロキシカルボン酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】フェノールおよびポリフェノールなどの芳香族ヒドロキシ化合物のC2位へのカルボキシル基導入反応を触媒する新規な好気性の微生物としてトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401を用いる。さらに、当該反応を触媒する酵素および当該遺伝子を用いる。これらを用いることにより、常温、常圧の環境調和型プロセスによってサリチル酸を初めとする、広範な芳香族ヒドロキシカルボン酸を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族ヒドロキシ化合物への二酸化炭素固定反応により芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する新規微生物および酵素・遺伝子、ならびにそれを利用した芳香族ヒドロキシカルボン酸の新規合成プロセスに関する。さらに詳しくは、二酸化炭素の存在下で芳香族ヒドロキシ化合物の分子内に位置選択的にカルボキシル基を導入する特異的な反応を触媒する微生物および酵素・遺伝子と、そのような微生物により変換生成され選択的に生産された芳香族ヒドロキシカルボン酸を採取することよりなる芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族ヒドロキシ化合物へのカルボキシル基導入反応に関して、最も一般的なものとしてはフェノ−ル化合物へのカルボキシル基導入反応であるコルベ−シュミット反応が利用されている。この反応は多くのフェノ−ル誘導体や縮合多環芳香族ヒドロキシ化合物、複素環化合物で広く利用されているが、通常180〜200℃の高温条件を必要とし、さらに高収率を得るためには高圧の反応条件を必要とする場合が多い。たとえば血行改善作用やがん細胞の抑制作用を有するサリチル酸はフェノールを原料として下記反応式によって表される所謂コルベ−シュミット反応により合成されるが、反応は通常100〜200℃の温度範囲、常圧または30kg/cm程度までの炭酸ガス圧下において行なわれる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【化1】

【0004】
さらにこのような方法においては、カルボキシル基の導入部位により位置異性体(p-ヒドロキシ安息香酸)が生成し、高純度の製品を得るためには合成後に分離、精製工程を必要とする。さらに、これらの既存の化学プロセスは一般に高温、高圧を必要とする環境負荷の高いプロセスであり、副生成物の生産を避けられないことも欠点である。
【0005】
一方、微生物による酵素反応を利用した物質変換プロセスは、常温、常圧下で進行する環境負荷の少ない環境調和型のプロセスである。
【0006】
微生物反応を用いた芳香族ヒドロキシ化合物へのカルボキシル基の導入に関しては、クロストリジウム・ヒドロキシベンゾイカムによる、1価のアルコ−ルであるフェノ−ル系化合物に対するカルボキシル化反応が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、当該方法は反応効率が低く、また嫌気的条件での反応を必要するため工業的な芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造には不適当である。また、プロピオニバクテリウム属に属する細菌を用いた多価アルコール芳香族カルボン酸の製造方法も報告されている(例えば、特許文献2参照)。しかし、当該方法も気相部を100%二酸化炭素で置換する嫌気的条件下反応であり工業的に不適当であるとともに、位置異性体との判別に十分な反応生成物の同定がなされていない。他方、嫌気的条件を必要としない二酸化炭素固定反応としては、含窒素へテロ環式化合物に対するピロ−ル環のC2位へのカルボキシル基の導入が報告されているが(例えば、特許文献3参照)、これは本発明が目的とする芳香族環、厳密にはベンゼン環へのカルボキシル化反応を触媒するものではない。
【0007】
また、これらの炭酸固定反応に関する酵素であるタンパク質をコードする遺伝子については、クロストリジウム・ヒドロキシベンゾイカム(Clostridium hydroxybenzoicum)の4−ヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子が報告されている(例えば、非特許文献2参照)。しかし、この酵素は前述の通り、工業的な芳香族ヒドロキシカルボン酸およびサリチル酸の製造には不適当であった。
【0008】
一方、フェノール化合物のC2位へのカルボキシル基導入反応を触媒する新規な好気性の微生物としてリゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter(旧名:アグロバクテリウム・ツメフェイシェンス(Agrobacterium tumefaciens))WU−0108(FERM P−18961)を用いて、効率良く芳香族ヒドロキシカルボン酸を製造する方法が報告されている(例えば、特許文献4参照)。さらに当該反応を触媒する酵素を見出し、分離精製し、当該酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を単離し、その構造を特定したことも報告されている(例えば、特許文献5参照)。しかしながら、この微生物あるいは酵素は、レゾルシノールやカテコールに対する炭酸固定反応は効率的であるものの、フェノールに対する炭酸固定能力は非常に低く、工業的な芳香族ヒドロキシカルボン酸とくにサリチル酸の製造には不適当であった。
【0009】
【特許文献1】特開平5−194313号公報
【特許文献2】特開2001−46093号公報
【特許文献3】特開2000−197495号公報
【特許文献4】特開2004−089132号公報
【特許文献5】特開2005−118002号公報
【非特許文献1】J. Bacteriol., vol.178, 3539−3548 (1996)
【非特許文献2】J. Bacteriol., vol.181, 5119−5122 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
すなわち、本発明の解決すべき課題は、芳香族ヒドロキシ化合物のベンゼン環への二酸化炭素固定反応を触媒する新規な好気性の微生物を見出し、これを利用した常温、常圧の環境調和型プロセスによって芳香族ヒドロキシカルボン酸を製造する新規な方法を提供することにある。
【0011】
さらに、芳香族ヒドロキシ化合物のベンゼン環への炭酸固定反応を触媒し、選択的に芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する酵素を分離し、この酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を単離して、その構造(特に塩基配列)を特定し、また、これらの遺伝子をそれが単離されたのとは異なる微生物に導入し、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を賦与することにより、新規な芳香族ヒドロキシカルボン酸合成微生物を創製することである。
また、このような微生物を実際に芳香族ヒドロキシ化合物のベンゼン環に作用させて、これらの化合物への炭酸固定反応を触媒することにより、これを利用した常温、常圧の環境調和型プロセス及び酸素存在下で芳香族ヒドロキシカルボン酸を製造する新規な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、芳香族ヒドロキシ化合物のC2位へのカルボキシル基導入反応を触媒する新規な好気性の微生物としてトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401(寄託番号:NITE AP−288)を取得した。
当該菌株は、とくにベンゼン環に1つ−OH基を有するフェノールのC2位へのカルボキシル基導入反応に効率よく作用し、変換生成物としてサリチル酸を反応溶液中に蓄積させることを見出し、本発明を完成した。なお、トリコスポロン属の微生物が二酸化炭素を固定する作用を有することは従来知られていなかった。
さらに、芳香族ヒドロキシ化合物のC2位へのカルボキシル基導入反応を触媒する新規な好気性の微生物としてトリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401を用いて酵素を産生させ、効率良く芳香族ヒドロキシカルボン酸を製造する酵素を見出し、分離精製し、当該酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を単離し、その構造を特定することにより、本発明を完成した。
本発明は、具体的には以下のとおりである。
【0013】
第1番目の発明は芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関するものであり、芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する好気性の微生物又は該微生物が産生する酵素を用いて前記芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することを特徴とする。
【0014】
第2番目の発明は芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関するものであり、前記第1番目の発明において、前記微生物がトリコスポロン属に属する微生物であることを特徴とする。
【0015】
第3番目の発明は芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関するものであり、前記第2番目の発明において、前記微生物がトリコスポロン・モニリイフォルメに属する微生物或いはそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異体であることを特徴とする。
【0016】
第4番目の発明は芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関するものであり、前記第3番目の発明において、前記微生物がトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異株であることを特徴とする。
【0017】
第5番目の発明は芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関するものであり、前記第1乃至第4番目の発明のいずれか1の発明において、前記芳香族ヒドロキシ化合物がフェノールであり、前記芳香族ヒドロキシカルボン酸がサリチル酸であって、前記フェノールから選択的に前記サリチル酸を合成することを特徴とする。
【0018】
第6番目の発明は新種株に関するものであり、芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有するトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異株であることを特徴とする。
【0019】
第7番目の発明は遺伝子に関するものであり、以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする。
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質。
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質。
【0020】
第8番目の発明はベクターに関するものであり、第7番目の発明の遺伝子を含むベクターであることを特徴とする。
【0021】
第9番目の発明は形質転換体に関するものであり、第8番目の発明のベクターを含有する形質転換体であることを特徴とする。
【0022】
第10番目の発明はタンパク質に関するものであり、以下の(a)又は(b)に示すタンパク質であることを特徴とする。
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質
【0023】
第11番目の本発明はタンパク質に関するものであり、以下の性質を有するタンパク質であることを特徴とする。
(1)作用:炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する
(2)至適温度:30℃、安定温度:30℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない
【0024】
第12番目の発明はタンパク質に関するものであり、以下の性質を有するタンパク質であることを特徴とする。
(1)作用:脱炭酸反応により芳香族ヒドロキシカルボン酸から芳香族ヒドロキシ化合物を選択的に合成する
(2)至適温度:40℃、安定温度:40℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない
【0025】
第13番目の発明は芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関するものであり、配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、該タンパク質をコードする遺伝子、又は前記遺伝子を含有するベクター若しくはその形質転換体を用いて芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することを特徴とする芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法である。
【発明の効果】
【0026】
第1番目の芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法に関する発明は、芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する好気性の微生物又は該微生物が産生する酵素を用いて前記芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することを特徴とするものであり、常温、常圧の穏和な反応条件で芳香族カルボン酸を極めて効率よく合成することができる。また、該好気性の微生物又は該微生物が産生する酵素を用いることにより、微生物の培養が容易かつ増殖が早く、また、嫌気性の微生物とは異なり合成反応において気相中を炭酸ガスで置換するなどして酸素濃度を極めて低くした嫌気状態にする必要がないなど、実用上の取り扱いが極めて容易になる。
【0027】
第2番目の発明は、前記第1番目の発明において、前記微生物がトリコスポロン属に属する微生物であることを特徴とするものであり、第3番目の発明は、前記第2番目の発明において、前記微生物がトリコスポロン・モニリイフォルメに属する微生物或いはそれらの変異体であることを特徴とするものであり、第4番目の発明は、前記第3番目の発明において、前記微生物がトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異株であることを特徴とするものであるので、目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的にかつ高収率で合成することが可能である。
【0028】
第5番目の発明は、前記第1乃至第4番目の発明のいずれか1の発明において、前記芳香族ヒドロキシ化合物がフェノールであり、前記芳香族ヒドロキシカルボン酸がサリチル酸であって、前記フェノールから選択的に前記サリチル酸を合成することを特徴とするものであり、特に反応選択性に優れておりサリチル酸を高収率で合成することが可能である。
【0029】
第6番目の発明は、芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する新規なトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異株であることを特徴とするものであり、高選択的かつ高収率で特定の芳香族ヒドロキシ化合物から目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することが可能である。
【0030】
第7番目の発明は、下記タンパク質(a)又は(b)
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質;、
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質;
をコードする遺伝子であることを特徴とするものであり、この遺伝子を利用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を高選択的にかつ高収率に合成することができる。
【0031】
第8番目の発明は、第7番目の発明の遺伝子を含むベクターであることを特徴とするものであり、このベクターを利用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を高選択的にかつ高収率に合成することができる。
【0032】
第9番目の発明は、第8番目の発明のベクターを含有する形質転換体であることを特徴とするものであり、この形質転換体を利用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を高選択的にかつ高収率に合成することができる。
【0033】
第10番目の発明は、下記(a)又は(b)
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質;
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質;
であることを特徴とするもののであり、このタンパク質(酵素)を利用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することができ、また酵素反応の特徴である基質特異性及び反応特異性により位置選択的なカルボキシル基導入反応が可能となり、高選択的かつ高収率で特定の基質から目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することができる。
【0034】
第11番目の本発明は、下記(1)〜(5)の性質を有するタンパク質であることを特徴とするものであり、
(1)作用:炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する
(2)至適温度:30℃、安定温度:30℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない
このタンパク質(酵素)を利用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を高選択的かつ高収率に合成することができる。
【0035】
第12番目の発明は、
下記(1)〜(5)の性質を有するタンパク質であることを特徴とするものであり、
(1)作用:脱炭酸反応により芳香族ヒドロキシカルボン酸から芳香族ヒドロキシ化合物を選択的に合成する
(2)至適温度:40℃、安定温度:40℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない
このタンパク質(酵素)を利用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で芳香族ヒドロキシ化合物を合成することができる。
【0036】
第13番目の発明は、配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、該タンパク質をコードする遺伝子、又は前記遺伝子を含有するベクター若しくはその形質転換体を用いて芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することを特徴とするものであり、これらタンパク質(酵素)、遺伝子、ベクターあるいはその形質転換体を使用することにより常温、常圧の穏和な反応条件及び酸素存在下で芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することができ、また酵素反応の特徴である基質特異性及び反応特異性により位置選択的なカルボキシル基導入反応が可能となり、高選択的かつ高収率で特定の基質から目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0038】
1.芳香族ヒドロキシ化合物への二酸化炭素固定反応による芳香族ヒドロキシカルボン酸の合成
本発明にかかる芳香族ヒドロキシ化合物への二酸化炭素固定反応は、芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環、すなわちベンゼン環にカルボキシル基を導入し、芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する微生物又は当該微生物が産生する酵素を作用させることを特徴とするものである。
【0039】
本発明に使用する微生物は、芳香族ヒドロキシ化合物のベンゼン環に対してカルボキシル基を導入し、芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有するものであれば特に限定されないが、可逆的脱炭酸反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を生成する微生物であることが好ましい。
また、前記微生物はトリコスポロン属に属する微生物が好ましく、トリコスポロン・モニリイフォルメに属する菌株がより好ましく、特にトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株が最も好ましい。
なお、トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株については後段にて詳述する。使用する微生物はどのような形態のものであってもよいが、休止菌体を用いるのが好ましい。休止菌体は、例えば、以下のようにして調製することができる。まず、新鮮な培地に対して適当量、例えば1〜2%容量の種菌を接種し、30℃で往復あるいは回転振とう培養を行なう。この際、種菌としては対数増殖期後期のものが好適であるが、対数増殖期初期から定常期のいずれの状態の菌でも構わない。また、接種量も必要に応じて増減できる。培地としては微生物の二酸化炭素固定能を誘導する無機塩培地が好適であるが他の培地でも構わない。培地の栄養源としては通常用いられているものが広く用いられるが、炭素源としては二酸化炭素固定能を誘導する芳香族ヒドロキシ化合物が好適である。窒素源としては硫酸アンモニウムや硝酸ナトリウムなどの無機塩類が用いられるが、利用可能な窒素化合物であれば構わない。その他、リン酸、マグネシウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム、鉄、コバルト、マンガン、亜鉛、ホウ酸、モリブデン、ニッケル、銅、ビタミン類などが必要に応じて用いられる。通常の培養は、約30℃において振とう又は通気条件下で好気的に2日ないし3日行なう。培養により得られた菌体を遠心分離などの手段により分離集菌することにより休止菌体を得ることができるが、一度集菌した菌体を洗浄した後に再度集菌することが望ましい。この際に菌体は対数増殖期の中期から後期で集菌するのが好適であるが、対数増殖初期から定常期のいずれの状態の菌体でも構わない。分離集菌の手段としては遠心分離の他、ろ過や沈降分離などいかなる方法を用いても構わない。菌体の洗浄には、生理食塩水、リン酸緩衝液などのいかなる緩衝液も使用でき、また水を使用して菌体の洗浄を行っても構わない。
【0040】
本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成反応は、上記微生物に代えて当該微生物が産生する酵素を用いてもよい。当該酵素は芳香族ヒドロキシ化合物のベンゼン環にカルボキシル基を導入する反応を触媒するものであれば特に限定されないが、可逆的脱炭酸反応を触媒する酵素であることが好ましい。このような酵素は、上記微生物の菌体を含む培養産物から、その酵素活性を指標としてクロマトグラフィー等を利用して単離精製することができ、一旦精製されれば公知の方法により当該酵素の遺伝子を単離して、これを導入した形質転換体を作成することにより大量生産して使用することも可能である。また、当該微生物の休止菌体より粗酵素抽出液を調製してこれを反応に用いることもできる。菌体の破砕の手段としては、超音波処理などいかなる方法を用いても構わない。
【0041】
本発明で対象となる芳香族ヒドロキシ化合物は、上記微生物が変換可能な(当該芳香族ヒドロキシ化合物にカルボキシル基を導入することができる)ものであれば特に限定されない。
また当該芳香族ヒドロキシ化合物との接触も、微生物や酵素の物質変換能力が発揮され得る態様であれば特に限定されない。具体的な接触方法としては、上記微生物等を緩衝液等に懸濁し、これに芳香族ヒドロキシ化合物を添加して二酸化炭素の存在下で反応させる方法などを例示することができる。
【0042】
以下、その方法について詳述する。微生物の菌体(休止菌体が好ましい)を懸濁させる緩衝液としてはpH7.0程度のものが好適であるが、他のpHでも構わない。また、緩衝液の代わりに水や培地などを使用しても構わない。菌体懸濁液の濃度は、培養液の10倍濃縮程度が好適であるが、必要に応じて増減できる。
基質としては、当該微生物が変換可能な芳香族ヒドロキシ化合物を用いてこれを菌体懸濁液に添加する。濃度は10〜100mM程度が好適であるが、必要に応じて増減できる。反応は二酸化炭素の存在下において30℃で行なうのが好適であるが、反応温度は25〜37℃の任意の温度でもよい。反応液における二酸化炭素濃度は500mM程度が好適であり、炭酸イオンとして反応液に添加することができるが、その濃度は必要に応じて増減でき、また反応液に供給する二酸化炭素の形態も炭酸イオンに限定されるものではない。反応は通常12〜24時間が好適であるが、必要に応じて増減できる。この際、反応容器の気相は好気的あるいは嫌気的条件のどちらでもかまわない。
【0043】
上記反応は、菌体に替えて前述の当該菌体が産生する酵素を用いてもよい。
反応後の生成物である芳香族ヒドロキシカルボン酸の抽出は以下のようにして行なうことができる。反応液を6規定の塩酸を用いてpH2.0程度に調整した後、酢酸エチルを用いて攪拌抽出する。ここで抽出に使用する溶媒は酢酸エチルに限定されるものではなく、目的とする反応生成物が抽出できるものであればいずれの溶媒を用いても構わない。酢酸エチルの量は反応液に対して等量が好適であるが、必要に応じて増減できる。反応生成物の分離は順相シリカカラムや逆相C18カラムを用いて行うことができるが、必要に応じて他のカラムを使用しても構わない。また、分離に使用する方法はこれらの方法に限定されるものではなく、反応生成物が分離できる方法であればいかなる方法でも構わない。反応生成物の分析は、薄相クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴法などを使用して行なうことができるが、必要に応じて他の分析方法を併せて利用することもできる。さらに、分析に使用する方法はこれらの方法に限定されるものではなく、反応生成物が分析できる方法であればいずれの方法を使用しても構わない。
【0044】
次に、本発明に用いられる微生物の好適な一例である、前記トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株について説明する。
WU−0401株は、本発明者らが日本各地から採取した多種類の土壌を分離源としてスクリーニングを実施して見出したものであり、ベンゼン環に1つ−OH基を有する芳香族ヒドロキシ化合物であるフェノールのC2位にカルボキシル基を導入する能力を有している。
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株は、特許生物寄託センター(NPMD)にNITE AP−288(受領日;平成18年12月5日。受託証明日:平成18年12月18日)として寄託されている。
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株の培養は微生物の通常の培養法に従って行なえばよいが、培養の形態は液体培養が好ましい。培地の栄養源としては通常用いられているものが広く利用できるが、炭素源としては目的とする二酸化炭素固定能を誘導可能な炭素化合物として、芳香族ヒドロキシ化合物を使用するのが好適である。窒素源としては硫酸アンモニウムや硝酸ナトリウムなどの無機塩類が用いられるが、利用可能な窒素化合物であれば構わない。その他、リン酸、マグネシウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム、鉄、コバルト、マンガン、亜鉛、ホウ酸、モリブデン、ニッケル、銅、ビタミン類などを必要に応じて用いることができる。培養は、pH6〜8、温度30℃付近において振とう又は通気条件下で好気的に2〜3日間行なうことが好ましい。
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株は、前述のようにフェノールを基質として二酸化炭素の存在下でこれを変換し、単一の反応生成物としてC2位にカルボキシル基が付加した化合物であるサリチル酸を合成する能力を有している。反応における二酸化炭素の供給源としては炭酸水素カリウムが好適であり、例えば本微生物トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株の休止菌体懸濁液にフェノールと炭酸水素カリウムを基質として添加して反応を行なったところ、その反応生成物としてサリチル酸が反応液中に著量蓄積した。
前記反応生成物の構造解析は、例えば本微生物の休止菌体懸濁液にフェノールと炭酸水素カリウムを添加して約30℃で振とうし、得られた反応液のpHを約2.0に調整後酢酸エチル抽出した抽出物について行なうことができる。抽出物をカラムクロマトグラフィーなどに供して反応生成物を分離した後、核磁気共鳴スペクトル分析により分析すればよい。その結果、フェノールは二酸化炭素固定反応によりサリチル酸に変換されていることが確認されている。
【0045】
以上詳述したとおり、本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法は、芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する好気性の微生物又は該微生物が産生する酵素を用いて前記芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成するものであり、前記微生物としては、トリコスポロン属に属する微生物、好ましくはトリコスポロン・モニリイフォルメに属する微生物或いはそれらの変異株、さらに好ましくは、トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はその変異株を用いるものである。そして、前記芳香族ヒドロキシ化合物としては、フェノールなどが含まれ、前記芳香族ヒドロキシカルボン酸としては、サリチル酸などであり、前記フェノールからは選択的に前記サリチル酸を合成するものである。
芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸の合成反応、例えば、フェノールからサリチル酸の合成反応は下記式で示される。
【0046】
【化2】

【0047】
「芳香族ヒドロキシ化合物」は、特に限定されるものではないが、例えば、一価フェノール誘導体として、フェノール、o-クレゾール,m-,クレゾールp-クレゾール、3,5-キシレノール、カルバクロール、チモール、α―ナフトール又はβ―ナフトールを、二価フェノール誘導体として、カテコール、レゾルシン又はヒロキノンを、三価フェノール誘導体として、ピロガロール、フルログルシンを挙げることができる。好ましくはフェノールである。
本発明に従えば、例えば、フェノールからサリチル酸、m−オキシ安息香酸、p−オキシ安息香酸を、カテコールからプロトカテチュ酸を、レゾルシンからゲンチシン酸、α‐レゾルシン酸、β‐レゾルシン酸、γレゾルシン酸を、3−メチルレゾルシンからオルセリン酸を、ピロガロールから没食子酸を得ることができる。しかし、好ましくは、反応選択性、収率の観点からすると、レゾルシンからレゾルシン酸、アミノフェノールからアミノサリチル酸の製造、特にフェノールからサリチル酸の製造である。
【0048】
したがって、従来の高温、高圧の反応条件を必要とした化学合成法に代わり、常温、常圧の穏和な反応条件で芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することができる。そして、化学合成法よりも省エネルギー的な環境調和型の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成プロセスの構築が可能になるものと期待できる。また、好気性の微生物又は当該微生物が産生する酵素を用いることにより、微生物の培養が容易かつ増殖が早く、また、嫌気性の微生物とは異なり合成反応において気相中を炭酸ガスで置換するなどして酸素濃度を極めて低くした嫌気状態にする必要がないなど、実用上の取り扱いが極めて容易になる。これらの特長は工業的利用で優位性を示す。また、微生物反応の特徴である基質特異性及び反応特異性により位置選択的なカルボキシル基導入反応が可能となり、高選択的かつ高収率で特定の基質から目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸合成を可能とすることができる。また、フェノールからは選択的にサリチル酸を合成するものであるから、合成後の分離、精製工程を簡略化できる。さらに、広範な芳香族ヒドロキシ化合物にも適用できる。
【0049】
2.芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質をコードする遺伝子
第7番目の発明に係る遺伝子は、(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質又は(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個、好適には1乃至10、更に好適には1乃至5のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質をコードするものである。
【0050】
上記芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素をコードする遺伝子は、今までに報告のない新規な遺伝子である。アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来の2,3−ジヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子(Biochim. Biophys. Acta 1293 (2), 191-200 (1996))と全長1050bpのうち670bpで61%の相同性を示すが、この2,3−ジヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素は脱炭酸活性については示すが炭酸固定活性の報告はなく、本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素とはその性質において異なる。また、リゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter)由来のγ―レゾルシン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子とは全長1050bpのうち670bpで56%の相同性を示し、この遺伝子がコードするγレゾルシン酸脱炭酸酵素はフェノールの二位に炭酸固定しサリチル酸を合成する能力を有するが、この酵素は前述の通り、工業的なサリチル酸の製造には不適当である。さらに、FASTA及びBLASTプログラムによりデータベース検索を行ったが、機能が確認されている酵素の中で、上記2種の脱炭酸酵素以外には、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素をコードする遺伝子の塩基配列と30%以上の相同性を示す塩基配列は検出されなかった。
第7番目の発明に係る遺伝子のうち、配列番号1記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子については、後述する実施例5に記載された方法により得ることができる。また、これらの遺伝子の塩基配列は、配列番号2に示すように、既に決定されているので、これらの配列を基に適当なプライマーを合成し、たとえば、トリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株から調製されたDNAを鋳型としてPCRを行うことによっても得ることができる。
配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列をコードする遺伝子は、本願の出願時において常用される技術、例えば、部位特異的変異誘発法(Zoller et al., Nucleic Acids Res.10 6487-6500, 1982)により配列番号1記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子を改変することにより得ることができる。本発明の遺伝子は、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成に関与する酵素をコードするので、芳香族ヒドロキシカルボン酸の生産に利用することができる。
【0051】
3.芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を含むベクター:
第8番目の発明に係るベクターは、上記2の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を含む。このようなベクターは、本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片を、公知のベクターに挿入することにより作製することができる。
DNA断片を挿入するベクターは、形質転換する宿主に応じて決めればよい。例えば、本発明に係るベクターとしては、プラスミド、ベクター、ファージミドベクター、コスミドベクター及び酵母ベクターなどが挙げられる。宿主として大腸菌を使用するのであれば、以下のようなベクターを使用するのが好ましい。強力なプロモーターとして、例えば、lac、lacUV5、trp、tac、trc、λpL、T7、rrnBなどを含むpUR系、pGEX系、pUC系、pET系、pT7系、pBluescript系、pKK系、pBS系、pBC系、pCAL系などのベクターを使用するのが好ましい。
【0052】
4.芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを含有する形質転換体:
第9番目の発明に係る形質転換体は、上記3のベクターを含有する。形質転換体の宿主とする細胞は、植物細胞や動物細胞などであってもよいが、大腸菌などの微生物が好ましい。代表的な菌株としては、Sambrookらの成書Molecular Cloning Laboratory Mannual
2nd ed.に記載されている、71/18、BB4、BHB2668、BHB2690、BL21(DE3)、BNNl02(C600hflA)、C-1a、C600(BNN93)、CES200、CES201、CJ236、CSH18、DH1、DH5、DH5α、DP50supF、ED8654、ED8767、HB101、HMS174、JM101、JM105、JM107、JM109、JM110、K802、KK2186、LE392、LG90、M5219、MBM7014.5、MC1061、MM294、MV1184、MV1193、MZ-1、NM531、NM538、NM539、Q358、Q359、R594、RB791、RR1、SMR10、TAP90、TG1、TG2、XL1-Blue、XS101、XS127、Y1089、Y1090hsdR、YK537などが挙げられる。
本発明の形質転換体は、電気パルス法、コンピテントセル法、接合伝達法、プロトプラスト法など当技術分野において公知の技術を用いて宿主細胞を形質転換又は形質導入することにより取得することができる。これらの方法は、例えば、Sambrookらの成書(前掲)に記載されている。
【0053】
5.芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質:
第10番目の発明に係る酵素であるタンパク質には、以下の(a)又は(b)のタンパク質が含まれる。
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個、好適には1乃至10、更に好適には1乃至5のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質
上記芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素は、今までに報告のない新規な酵素である。アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来の2,3−ジヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子(Biochim. Biophys. Acta 1293 (2), 191-200 (1996))のから推定されるアミノ酸配列と50%の相同性を示すが、この2,3−ジヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素は脱炭酸活性については示すが炭酸固定活性の報告はなく、本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素とはその性質において異なる。また、リゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter)由来のγ―レゾルシン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子から推定されるアミノ酸配列とは40%の相同性を示し、この遺伝子がコードするγレゾルシン酸脱炭酸酵素はフェノールの二位に炭酸固定しサリチル酸を合成する能力を有するが、この酵素は前述の通り、工業的なサリチル酸の製造には不適当である。さらに、FASTA及びBLASTプログラムによりデータベース検索を行ったが、機能が確認されている酵素の中で、上記2種の脱炭酸酵素以外には、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素のアミノ酸配列と30%以上の相同性を示すアミノ酸配列は検出されなかった。
本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素(sdc)は、上述の本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質をコードする遺伝子を利用して製造することができる。また、配列番号1に記載のアミノ酸配列により表される芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素であるタンパク質は、トリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株から常法に従って調製することも可能である。
【0054】
6.第11番目の発明に係る芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素に包含されるタンパク質の性質
第11番目の発明に係るタンパク質の性質は下記(1)〜(5)に示すとおりである。
(1)作用:炭酸固定反応により芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する。
(2)至適温度:30℃、安定温度:30℃以下。
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体。
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される。
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない。
【0055】
7.第12番目の発明に係る芳香族ヒドロキシ化合物合成酵素に包含されるタンパク質の性質
第12番目の発明に係るタンパク質の性質は以下(1)〜(5)に示すおりである。
(1)作用:脱炭酸反応により芳香族ヒドロキシカルボン酸から芳香族ヒドロキシ化合物を選択的に合成する。
(2)至適温度:40℃、安定温度:40℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体。
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される。
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない。
【0056】
本明細書において、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の「至適温度」とは、特定のpH(例えば、pH8.0)において酵素活性を測定したときに、最も高い活性レベルを100%として、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、最も好ましくは80%以上の活性レベルを示す温度範囲を指す。
【0057】
また、本明細書において、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の「安定温度」とは、該酵素溶液を種々の温度に一定時間(例えば、30分間)放置した後、特定の温度(例えば、50℃)に再調整し、特定のpH(例えば、pH8.0)において残存する酵素活性を測定したときに、最も高い活性レベルを100%として、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、最も好ましくは80%以上の活性レベルを示す温度範囲を指す。
【0058】
8.芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法
第13番目の発明である芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法は、炭酸イオンの存在下で、芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質(酵素)、該タンパク質をコードする遺伝子、又は前記遺伝子を含有するベクター若しくはその形質転換体を用いて芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成するものである。
したがって、本発明の実施の形態の芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する機能を有する酵素、それをコードする遺伝子、又は前記遺伝子を含むベクター若しくはその形質転換体を利用することによって、従来の高温、高圧の反応条件を必要とした化学合成法に代わり、常温、常圧の穏和な反応条件下で芳香族ヒドロキシカルボン酸と国好ましくはサリチル酸を合成することができる。さらに、酸素存在下で芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成できるため、嫌気的条件下の反応と比べ二酸化炭素等で置換する必要がなく製造工程を簡略化できる。また、化学合成法よりも省エネルギー的な環境調和型の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成プロセスの構築が可能になるものと期待できる。さらに、酵素反応の特徴である基質特異性及び反応特異性により位置選択的なカルボキシル基導入反応が可能となり、高選択的かつ高収率で特定の基質から目的とする芳香族ヒドロキシカルボン酸合成を可能とすることができる。
【0059】
[実施例]
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0060】
二酸化炭素固定反応によりサリチル酸を合成する細菌の分離
【0061】
1.微生物の分離
二酸化炭素固定反応によりサリチル酸を合成する微生物のスクリーニングは、先ずサリチル酸を資化する微生物を探索し、さらに炭酸固定反応によるサリチル酸合成能力を検討することによって行った。
目的とする微生物の分離には、フェノールへの二酸化炭素固定反応の生成物として期待されるサリチル酸を唯一の炭素源として含む表1のSA培地を使用した。
【0062】
【表1】

【0063】
日本各地より採取した土壌サンプルをリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁させた後の上清約50μlを、SA培地を1mlずつ分注したエッペンドルフチューブ(容量2ml)に接種して、30℃にて約一週間振とう(120rpm)して集積培養を行なった。
培地に濁度の増大を確認した試料については、培養液中へのフェノールの蓄積を高速液体クロマトグラフィーにより分析し、フェノールが検出されたものについてその培養液50μlを新鮮な同培地1mlに接種して集積培養を3〜4回繰り返した。
これらの集積培養により濁度の増大が認められた試料について、その培養液をリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)にて希釈し、同培地に終濃度1.5%となるように寒天を加えて作成したプレート上に塗布して30℃で静置培養した。出現した集落の一部をSA培地に再度接種して培養し、生育したものを再度このプレート上で単離して純化した。
【0064】
次に、このようにして得られた微生物のサンプルをSA培地にて培養し、遠心分離により分離集菌して休止菌体を調製した。休止菌体をpH7.0のリン酸カリウム緩衝液に懸濁した後にフェノール20mM及び炭酸水素カリウム500mMを添加して、30℃にて約24時間の振とう反応を行なった。反応後の休止菌体懸濁液について、高速液体クロマトグラフィーおよび薄相クロマトグラフィーによりサリチル酸の生成の有無を分析した。サリチル酸の生成が確認されたサンプルを選択してこれを再度プレート上に塗布して培養し、出現した集落より目的とする菌株を単離した。
【0065】
2.微生物の同定
休止菌体反応によりサリチル酸の合成活性が認められたサンプルから1株、WU−0401株を分離した。その形態学的、生理性状学的性質および28S rDNAの塩基配列の相同性を調べた結果、WU−0401株はトリコスポロン・モニリイフォルメと同定された。
WU−0401株の微視的特徴を観察した結果、球形、楕円形の栄養細胞の形成が認められ、栄養増殖は出芽によって増殖する様子が認められた。また真菌糸の形成が認められた。さらに菌糸のいたるところで分節が見られ、そこから分節型分生子の形成が認められた。一方、仮性菌糸(偽菌糸)の形成は認められなかった。1ヶ月近く培養寒天平板上に有性生殖器官の形成は認められなかった
【0066】
1.微生物による反応生成物
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株の休止菌体をリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁し、フェノールと炭酸水素カリウムを添加して30℃にて約24時間振とう反応を行なった。反応液のpHを約2.0に調整した後に酢酸エチル抽出により反応生成物を回収し、シリカゲルを充填したカラムクロマトグラフィーにより反応生成物を分離精製した。この反応生成物を核磁気共鳴スペクトル(HMQC)分析に供してその構造解析を行なった結果、これがフェノールのC2位に二酸化炭素が付加した化合物、すなわちサリチル酸であることを確認することができた。
【実施例2】
【0067】
休止菌体によるサリチル酸の合成
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株を用いて、休止菌体によるサリチル酸の合成反応を以下のように実施した。
【0068】
1.反応用菌体の調製
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株の培養は、SA培地を200mlずつ分注した500ml容坂口フラスコにあらかじめ同培地で培養した培養液5mlを接種し、30℃にて2〜3日間振とう(120rpm)して行なわれた。この培養液を遠心分離(4℃、8000×g、20〜25分)して分離集菌し、さらにpH7.0のリン酸カリウム緩衝液にて洗浄を行い、同緩衝液に再度懸濁してこれを休止菌体懸濁液とした。菌体濃度は培養液のおおよそ10倍濃縮とした。
【0069】
2.粗酵素抽出液の調製
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株の休止菌体懸濁液を−80℃で凍結させた後、液体窒素、乳鉢、乳棒を用いて菌体を粉末状にすることにより菌体の破砕を行った。この溶液を遠心分離(4℃、15000×g、15分)した後の上清を粗酵素抽出液として以下に使用した。
【0070】
3.サリチル酸の合成
サリチル酸の合成反応は、2ml容エッペンドルフチューブにWU−0401株の休止菌体懸濁液又は粗酵素抽出液1mlを分注し、これにフェノール20mM、炭酸水素カリウム500mMを添加して120rpm、30℃にて行なった。反応後、反応液に塩酸を加えて酸性とした後遠心分離(12000×g、5分)により不溶物を分離し、孔径0.2μmのメンブランフィルターによりろ過した後のろ液を高速液体クロマトグラフィーに供することでサリチル酸の合成量を定量した。その結果、図1に示すように、明らかなサリチル酸の生成蓄積が確認された。20mMのフェノールから選択的に3.3mM(収率16%)のサリチル酸を得ることができた。合成反応生成物のTLC分析結果を図2に示す。なお、生成化合物の同定はNMRを用いて行った。
【実施例3】
【0071】
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)から分譲を受けたトリコスポロン・アステロイズNBRC0173、トリコスポロン・クタネウムNBRC1198、トリコスポロン・モニリイフォルメNBRC1527を供試菌として、フェノールを基質とした二酸化炭素固定反応によるサリチル酸合成能力の検討を休止菌体反応により以下に実施した。
【0072】
1.反応用菌体の調製
各トリコスポロン属の菌株の培養は、サリチル酸を唯一の炭素源として含むSA培地を200mlずつ分注した500ml容坂口フラスコにあらかじめ栄養培地で培養した培養液1mlを接種し、30℃にて3〜4日間振とう(120rpm)して行なわれた。接種した三種類のトリコスポロン属の菌株は、いずれもサリチル酸を資化して生育を示した。これらの培養液を遠心分離(4℃、10000×g、20〜25分)して分離集菌し、さらにpH7.0のリン酸カリウム緩衝液にて洗浄を行い、同緩衝液に再度懸濁して休止菌体懸濁液を調製した。菌体濃度は培養液のおおよそ10倍濃縮とした。
【0073】
2.サリチル酸合成活性の検討
サリチル酸の合成反応は、2ml容エッペンドルフチューブに各菌株の休止菌体懸濁液1mlを分注し、これにフェノール20mM、炭酸水素カリウム500mMを添加して湯浴30℃にて行なった。1日間の反応を行なった後の各反応液について、HPLC分析を行ない、サリチル酸に相当するピークの出現の有無から各トリコスポロン属の菌株のサリチル酸合成活性を検討した。
その結果、三種類のトリコスポロン属の菌株のいずれの反応液からも、サリチル酸の生成を示すピークが検出された。
以上、実施例1〜2の結果から、ベンゼン環に1つの−OH基を有する芳香族ヒドロキシ化合物であるフェノールへの二酸化炭素固定反応を触媒する新規な微生物トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株を用いることで、常温、常圧といった穏和な反応条件下において芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成できることがわかった。
また、WU−0401株の触媒する二酸化炭素固定反応はフェノールのC2位に対して特異的であり、選択的にサリチル酸を合成することができると考えられた。さらに、実施例3の結果から、このような二酸化炭素固定反応によるサリチル酸の合成能力がトリコスポロン属に共通して広く存在している可能性を示すことができた。
【実施例4】
【0074】
芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の精製
芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の産生にはトリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株を用いた。本株を、以下のようにして培養し、産生酵素をTOYOPEARL DEAE 650S、Q-sepharose FF、Superdex200、Bio−Scale CHT−1で分画して、約14倍に精製した。
【0075】
1.培養操作
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株の培養は、SA培地を200mlずつ分注した500ml容坂口フラスコにあらかじめ同培地で培養した培養液5mlを接種し、30℃にて2〜3日間振とう(120rpm)して行なわれた。この培養液を遠心分離(4℃、8000×g、20〜25分)し、さらにpH7.0のリン酸カリウム緩衝液にて洗浄を行い、同緩衝液に再度懸濁して菌体懸濁液を調整した。
【0076】
2.酵素の精製
タンパク質(酵素)の精製を行うために、菌体懸濁液を−80℃で凍結させた後、液体窒素、乳鉢、乳棒を用いて菌体を粉末状にすることにより菌体の破砕を行った。この溶液を遠心分離(4℃、15000×g、15分)した後の上清を粗酵素抽出液として以下に使用した。得られた粗酵素抽出液をフィルター濾過(0.22μm孔径)し、緩衝液A(25mM Tris−塩酸、pH8.0)で平衡化した陰イオン交換カラム(東ソー社 TOYOPEARL DEAE 650S)に供した。緩衝液Aで洗浄後、1.0M塩化カリウムを含む緩衝液Aまでの塩化カリウムによる直線濃度勾配により溶出を行った。活性画分(0.14−0.15M塩化カリウム溶出画分)を集めて、緩衝液Aで平衡化した陰イオン交換カラム(GEヘルスケア社Q-sepharose FF)に供した。緩衝液Aで洗浄後、1.0M塩化カリウムを含む緩衝液Aまでの塩化カリウムによる直線濃度勾配により溶出を行った。活性画分(0.22−0.26M塩化カリウム溶出画分)を集めた後、緩衝液Aで平衡化したゲルろ過クロマトカラム(ファルマシア社、Superdex200)に供し、緩衝液Aで溶出した。活性画分(108−114分溶出画分)を集めて、緩衝液B(10mM リン酸塩、pH7.0)で平衡化した陰イオン交換カラム(BIO−RAD社 Bio−Scale CHT−1)に供した。緩衝液Bで洗浄後、緩衝液C(500mM リン酸塩、pH7.0)による直線濃度勾配により溶出を行い、活性画分(0.09M−0.10Mリン酸塩溶出画分)を集めた。この結果、活性画分は電気泳動的に均一であることが確認された。
【0077】
3.酵素活性の測定
フェノールからサリチル酸の合成反応については0.6ml用エッペンドルフチューブに20mMフェノール、2.5M炭酸水素カリウム、酵素溶液0.02mg/mlとなるように50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を用いて調整した。37℃恒温槽にて(全溶液量0.1ml)18時間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、下記の条件で各画分領域を薄層クロマトグラフィーによりサリチル酸の生成について定性分析を行った。また、サリチル酸からフェノールの合成反応については0.6ml用エッペンドルフチューブに20mMサリチル酸、酵素溶液0.02mg/mlとなるように50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を用いて調整した。37℃恒温槽にて(全溶液量0.1ml)18時間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、下記の条件で各画分領域を薄層クロマトグラフィーによりフェノールの生成について定性分析を行った。
【0078】
展開液;メタノール:クロロホルム(1:10)
呈色液;N,2,6−トリクロロ−p−ベンゾキノンモノイミン100mg−エタノール400ml溶液
【0079】
4.比活性の測定
比活性についてはサリチル酸からのフェノールの合成反応についてのみ測定を行った。0.6ml用エッペンドルフチューブに20mMサリチル酸、酵素溶液0.1mg/mlとなるように50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を用いて調整した。37℃恒温槽にて(全溶液量0.1ml)1時間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、反応溶液をフィルター濾過(0.22μm孔径)し、高速液体クロマトグラフィーによりサリチル酸の生成量について定量分析を行った。各精製段階における酵素活性を表2に示す。なお、高速液体クロマトグラフィーの条件は、カラム:Puresil C18(MILLIPORE社製)、移動相:メタノール:リン酸カリウムバッファー(1:3)、送液:0.8ml/min、カラム温度:35℃、検出方法:UV吸収波長270nmである。表中のUは、サリチル酸から1分当たり1mモルのフェノールを合成する酵素総量で定義される。
【0080】
【表2】

【0081】
5.分子量の測定
得られた精製酵素タンパクをMicrocon
YM−30(Amicon社)を用いて濃縮し、緩衝液A(25mM Tris−塩酸、pH7.2)で平衡化したゲル濾過クロマトカラム(ファルマシア社、Superdex200)にアプライした。標準タンパク質として、チログロブリン(667,000)、フェリチン(395,000)、カタラーゼ(215,000)アドラーゼ(191,000)、アルブミン(69,800)、オブアルブミン(49,400)、キモトリプシノゲン(21,200)、リボヌクレアーゼ(15,800)を緩衝液Aで平衡化したゲル濾過クロマトカラム(ファルマシア社、Superdex200)に供し、その溶出時間との比較により本酵素の分子量を約140kDaと決定した。また、SDS−PAGEによれば、分子量は約40kDaの4量体であった。
さらに阻害活性について確認したところ、本発明のタンパク質はSH阻害剤、His阻害剤によって阻害された。さらに補酵素の要求性については、補酵素を必要としないことが確認された。
【0082】
6.SDSポリアクリルアミド電気泳動
Laemmliの方法に従い、12.5%アクリルアミドゲルを用いて行った。標準タンパク質として、ミオシン(200,000)、β−ガラクトシダーゼ(116,250)、ホスホリラーゼ B(97,400)、血清アルブミン(66,200)、オボアルブミン(45,000)、脱炭酸酵素(31,000)、トリプシン阻害剤(21,500)、リゾチーム(14,400)およびアプロニチン(6,500)を電気泳動し、その泳動位置との比較により本酵素の分子量を約40kDaと決定した。各精製過程における芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素のSDS−PAGEの結果を図3に示す。

【0083】
7.アミノ酸配列の決定
最終クロマトグラフィー分画の酵素を、島津製作所株式会社に依頼分析を行い、2箇所の内部アミノ酸配列を分析し、計22個のアミノ酸配列を決定した。タンパク質の内部アミノ酸配列決定の結果は下記のとおりである。(アミノ酸は一文字記号により示してある。)
VKAELYIAPNVGIGYTIYLIY(配列番号:3)
【実施例5】
【0084】
芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素をコードする遺伝子断片のクローニング
芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素をコードする遺伝子のクローニングには、トリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株を用いた。本株から、以下のようにしてTotal RNAを抽出し、トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株から精製された炭酸固定反応によりフェノールからサリチル酸を選択的に合成する機能を有する酵素すなわち芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の内部アミノ酸配列情報をもとにRT−PCRおよび5’−RACE法(Rapid amplification of 5’
-complementary DNA ends)および3’−RACE法(Rapid amplification of
3’-complementary DNA ends)を利用して当該遺伝子をクローニングした。当該遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。なお、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素のアミノ酸配列は、配列番号1に示す。
【0085】
1.部分断片の取得
トリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株から精製された炭酸固定反応によりフェノールからサリチル酸を選択的に合成する機能を有する酵素すなわち芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の内部アミノ酸配列を上記実施例5で決定した。このアミノ酸配列から考えられる塩基配列のうち、トリコスポロン族において使用頻度の高いコドンを使った塩基配列をもとに、以下に示すようなPCR用プライマーを作製した。
【0086】
センスプライマー
5’−CTC TAC ATC GCC CCC AA−3’(配列番号:4)
アンチセンスプライマー
5’ −GTA GAT GGT GTA GCC GAT GCC−3’(配列番号:5)
【0087】
これらのセンスプライマーとアンチセンスプライマーを用いて、トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株から抽出したTotal RNAから逆転写反応により作成したcDNAを鋳型としたRT-PCRを行い、炭酸固定反応によりフェノールからサリチル酸を選択的に合成する機能を有する酵素すなわち芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の内部塩基配列を取得した。トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株からのTotal RNAの調製を以下のように行った。トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株のグリセロールストックをYM培地に接種し30℃で48時間培養した。その培養液5mlを、新鮮な5mlのSAM培地に接種し、30℃で48時間培養し、さらにその培養液を新鮮なSAM培地800mlに接種し培養した。培養後、菌体を遠心分離により回収し、得られた菌体を液体窒素で凍結させ、乳鉢と乳棒を用いて破砕を行った。その後、セパゾールRNA I Super(ナカライテスク社製)5mlおよびクロロホルム1mlを添加してTotal RNAを抽出し、RNA溶液に同量のイソプロパノールを添加してRNAを沈殿させたのち、RNAを500μl
のDEPC処理済みTE緩衝液(10mM Tris-HCl、1mM EDTA、pH8.0)に溶解した。
このRNA溶液400μlにCloned DNase I10U、RNase Inhibitor100U、10×Cloned DNase I Buffer II(100mM Tris-HCl、pH7.5、25mM MgCl2、5mM CaCl)50μl(TaKaRa社製)を加えてDNAを分解させたのち、同量のフェノール/クロロホルム(1:1)溶液およびクロロホルムを加えてRNAを抽出し、エタノール1mlと2M酢酸ナトリウム75μlによって沈殿させた。このRNAを200μlのRNase free水に溶解し、Total RNA溶液を調整した。
【0088】
調製したトリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401のTotal RNAから逆転写反応により作製したcDNAを鋳型として用いたPCRを行った。
逆転写反応はReverTra-Plus-TMキット(TOYOBO社製)を用い、キット付属の手順書に従って行った。PCRの条件を表3に示す。なお、DNA増幅機は、iCycler(BIO-RAD社製)を用いた。
【0089】
【表3】

【0090】
上記表3の条件でPCRを行った結果、約100bpの増幅断片を得た。
【0091】
2.増幅断片に対する5’−RACEおよび3’−RACEによる周辺領域の決定
得られた約100bpの増幅断片について、DYEnamic
ET Terminator Cycle Sequencing Kit(GEヘルスケア社)を利用し、ABI Prism310(アプライドバイオシステムズ)により塩基配列を決定した。得られた塩基配列データは、GENETYX-MAC/ATSQ v 3.0およびGENETYX-Win v 6.0を用いて解析した。決定された配列をもとに、以下に示すような5’−RACEおよび3’−RACEに利用するプライマーを作製した。
【0092】
センスプライマー1
5’− GAG ATT CTC AAC CCG TGC GGC AA−3’’ (配列番号:6)
アンチセンスプライマー1
5’−TTG CCG CAC GGG TTG AGA ATC TC−3’ (配列番号:7)
【0093】
調製したトリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401のTotal RNAからのmRNAの抽出をPoly(A)+ Isolation Kit from Total RNA(ニッポンジーン社)を用いてキット付属の手順書に従って行い、10μlのRNase free水に溶解し、mRNA溶液を調整した。5’−RACEおよび3’−RACEについてはBD SMARTTM RACE cDNA
Amplification Kit(タカラバイオ社)を利用し、調整したmRNAを鋳型としてそれぞれアンチセンスプライマー1、センスプライマー1を用いてキット付属の手順書に従って行った。なお、DNA増幅機は、iCycler(BIO-RAD社製)を用いた。
5’−RACEおよび3’−RACEを行った結果、5’−RACEより約400bpおよび3’−RACEより約1kbpの増幅断片を得た。得られた両増幅断片をDYEnamic ET Terminator Cycle Sequencing Kit(アマシャムバイオサイエンス)を用いて、ABI Prism310(アプライドバイオシステムズ)により塩基配列を決定した。得られた塩基配列データは、GENETYX-MAC/ATSQ v 3.0およびGENETYX-Win v 6.0を用いて解析した。
両断片の決定された配列中には共通する芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の内部アミノ酸配列と一致する配列が存在し、その共通部分をもとに両断片を連結した塩基配列中のORFを検索した結果、1050bpのORF(終止コドンを含む)が見つかった。このORFは349個のアミノ酸をコードし推定分子量は約39.7kDaであった。このORFを含む塩基配列を配列番号2に、その塩基配列から推定されるアミノ酸配列を配列番号1に示す。さらに、相同性検索の結果、このORFの塩基配列全長1050bpのうち670bpで、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来の2,3−ジヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子(Biochim. Biophys. Acta 1293 (2), 191-200 (1996))と61%の相同性を示し、また、リゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter)由来のγ―レゾルシン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子とは56%の相同性を示した。さらに、FASTA及びBLASTプログラムによりデータベース検索を行ったが、機能が確認されている酵素の中で、上記2種の脱炭酸酵素以外には、芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素をコードする遺伝子の塩基配列と30%以上の相同性を示す塩基配列は検出されなかった。また、このORFの塩基配列から推定されるアミノ酸配列はアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来の2,3−ジヒドロキシ安息香酸脱炭酸酵素と50%の相同性を示し、リゾビウム・ラジオバクター由来のγ―レゾルシン酸脱炭酸酵素と40%の相同性を示したが、他に30%以上の相同性を示すタンパク質は検出されなかった。
【実施例6】
【0094】
組換え大腸菌でのサリチル酸合成活性の確認
芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素をコードする遺伝子の供与体にはトリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株を、当該酵素発現のための宿主には大腸菌BL21株を使用した。トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株から、以下のようにして当該遺伝子をPCRにより増幅し、組換え大腸菌によるサリチル酸合成活性を確認した。以下にその詳細を説明する。
【0095】
1.発現プラスミドおよび組換え大腸菌の作製
トリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401株から取得されたORFの塩基配列情報をもとに、以下に示すような開始コドン及び終止コドン付近でのPCR用プライマーを作製した。
【0096】
センスプライマー
5’−TTA AAA CAC ATC CAT
CCA TAT GCG−3’ (配列番号:8)
アンチセンスプライマー
5’−TTC ATT ACT AAG CTT CTA AGC CTC CGA G−3’ (配列番号:9)
【0097】
調製したトリコスポロン・モニリイフォルメ(Torichosporon moniliiforme)WU−0401のTotal RNAから逆転写反応により合成したcDNAを鋳型として用いてPCRを行った。PCRの条件を表4に示す。なお、DNA増幅機は、iCycler(BIO-RAD社製)を用いた。
【0098】
【表4】

【0099】
RT−PCRによって取得された増幅断片を10ユニットのHindIIIおよびNdeIを用いて37℃で2時間消化した後、同じくHindIIIおよびNdeIにより消化した後BAP処理したpET21-a(+)ベクター1μgと3weissUのT4DNAリガーゼ存在下に4℃18時間反応させた。反応混合物を用いて大腸菌JM109株を形質転換した。その組換え大腸菌をLB培地において30℃18時間培養し、プラスミドを産生させGFXTM Micro Plasmid Prep Kit(GEヘルスケア社)により抽出し、抽出したプラスミドを用いて大腸菌BL21株を形質転換した。
【0100】
2.サリチル酸合成活性の確認
得られた形質転換体(組換え大腸菌)のサリチル酸合成活性を確認した。組換え大腸菌のコロニーを白金耳にて2mlのLB培地に植菌し30℃で24時間培養し、得られた組換え大腸菌の培養液を1mM ITPGを含む新鮮な200mlのLB培地に接種し、20℃で18時間培養した。培養後、菌体を遠心分離により回収し、得られた菌体を緩衝液A(50mM リン酸塩、pH7.0)に懸濁し、菌体懸濁液を超音波破砕機(TOMY社 Ultrasonic disruptor UD-200)を用いて4℃で15分間破砕を行った。10000rpmで30分間遠心を行い、得られた上清を粗酵素抽出液として活性測定に使用した。また、対照としてベクターpET-21d(+)のみを保持する組換え大腸菌を用いた。フェノール30mM、2.5M炭酸水素カリウム、50mMリン酸緩衝液(pH7.0)900μlに実施例3の方法に従い調整した粗酵素抽出液100μlを加え、30℃の恒温槽にて(全溶液量1ml)40分間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、下記の条件で薄層クロマトグラフィーによりフェノールの生成について定性分析を行った。
【0101】
展開液;
メタノール:クロロホルム(1:10)
呈色液;
N,2,6−トリクロロ−p−ベンゾキノンモノイミン100mg−エタノール400ml溶液
【0102】
また、反応溶液をフィルター濾過(0.22μm孔径)し、高速液体クロマトグラフィーによりフェノールの生成量について定量分析を行った。なお、高速液体クロマトグラフィーの条件は、カラム:Puresil C18(MILLIPORE社製)、移動相:メタノール:リン酸カリウムバッファー(1:3)、送液:0.8ml/min、カラム温度:35℃、検出方法:UV吸収波長270nmである。
酵素活性測定結果を図4に示す。精製は、TOYOPEARL DEAE 650S、Q-Sepharose FFで2回の合計3段階のクロマトグラフィーで行った。図中Uは、サリチル酸から1分当たり1mモルのフェノールを合成する酵素総量で定義される。
ベクターのみを保持した組換え大腸菌ではサリチル酸の生成が確認されなかったが、PCR増幅断片を含む組換えプラスミドを保持する大腸菌ではサリチル酸の生成が確認された。以上から本酵素はサリチル酸合成活性を示すことが確認された。
最終的に0.043mMのサリチル酸が生成された。

【実施例7】
【0103】
サリチル酸からフェノールの選択的合成
サリチル酸30mM、100mMMES緩衝液(pH5.5)900μlに実施例6の方法に従い調製した粗酵素抽出液100μlを加え、40℃の恒温槽にて(全溶液量1ml)1時間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、下記の条件で薄層クロマトグラフィーによりフェノールの生成について定性分析を行った。
展開液;
メタノール:クロロホルム(1:10)
呈色液;
N,2,6−トリクロロ−p−ベンゾキノンモノイミン100mg−エタノール400ml溶液
また、反応溶液をフィルター濾過(0.22μm孔径)し、高速液体クロマトグラフィーによりフェノールの生成量について定量分析を行った。なお、高速液体クロマトグラフィーの条件は、カラム:Puresil C18(MILLIPORE社製)、移動相:メタノール:リン酸カリウムバッファー(1:3)、送液:0.8ml/min、カラム温度:35℃、検出方法:UV吸収波長270nmである。
最終的に0.050mMのフェノールが生成された。
【実施例8】
【0104】
芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素の基質特異性
精製した芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素(Sdc)を用いて基質特異性の検討を行った。脱炭酸反応についてはサリチル酸の他にm-ヒドロキシ安息香酸、p-ヒドロキシ安息香酸、2,3-ジヒドロキシ安息香酸、プロトカテク酸、a-レゾルシン酸、g-レゾルシン酸、3-メチルサリチル酸、4-メチルサリチル酸、バニリン酸、4-アミノサリチル酸の脱炭酸活性の検討を行った。2.0ml容エッペンドルフチューブに各基質20mM、酵素溶液0.1mg/mlとなるように100mMMES緩衝液(pH5.5)を用いて調整し、40℃恒温槽にて(全溶液量1ml)24時間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、HPLC分析により各基質より脱炭酸された化合物の生成について定性分析を行った。
結果は、下表のとおりであった。
【0105】
【表5】

【0106】
上記表から明らかなとおり、サリチル酸からフェノール、a-レゾルシン酸からレゾルシノール、g-レゾルシン酸からレゾルシノール、4-アミノサリチル酸からm-アミノフェノールの脱炭酸反応を触媒した。また、炭酸固定反応についてはフェノールの他にカテコール、レゾルシノール、o-クレゾール、m-クレゾール、o-メトキシフェノール、m-アミノフェノールについて炭酸固定活性の検討を行った。2.0ml容エッペンドルフチューブに各基質20mM、炭酸水素カリウム2.5M、酵素溶液0.1mg/mlとなるように50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を用いて調整し、30℃恒温槽にて(全溶液量1ml)24時間反応させた。反応終了後、熱湯を用いて反応を停止させ、HPLC分析により各基質に炭酸固定された化合物の生成について定性分析を行った。その結果、フェノールからサリチル酸、レゾルシノールからa-レゾルシン酸、レゾルシノールからg-レゾルシン酸、m-アミノフェノールから4-アミノサリチル酸の炭酸固定反応を触媒した。
【実施例9】
【0107】
カルボキシ化反応におけるpH、温度等の効果
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株由来のタンパク質(カルボキシ化/脱炭酸可逆的酵素)について、フェノールからサリチル酸を合成する際の所謂カルボキシ化反応における、活性と安定性に対する温度の効果、活性に対するpHの効果、サリチル酸濃度の効果について、公知の方法に従って試験を行なった。結果は図5、図6のとおりであった。
以上のことから、カルボキシ化反応における至適温度は20℃乃至35℃、好適には25℃乃至35℃、更に好適には30℃、安定温度は30℃以下であることが確認された。原料としてのフェノールの好適濃度は20乃至60mM/Lである。また好適なKHCO3濃度は2M/L以上、最適には2.5M/L以上であった。
【実施例10】
【0108】
デカルボキシ化反応(脱炭酸反応)におけるpH、温度等の効果
トリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株由来のタンパク質(カルボキシ化/脱炭酸可逆的酵素)について、サリチル酸からフェノールを脱炭酸合成する際の活性と安定性に対する温度の効果、活性に対するpHの効果、サリチル酸濃度の効果について、公知の方法に従って試験を行なった。結果は図7、図8のとおりであった。
以上のことから、カルボキシ化反応における至適温度は40℃乃至60℃、好適には45℃乃至55℃、更に好適には50℃、安定温度は40℃以下であることが確認された。原料としてのサリチル酸の好適濃度は、特に限定はないが、200mM/L以下、好適には100mM/L以下である。好適なpHは5〜7、最適には5.5であった。
【産業上の利用可能性】
【0109】
フェノールのベンゼン環への炭酸固定反応を触媒する酵素を分離し、この酵素をコードする遺伝子を単離して、これを利用した常温、常圧の環境調和型プロセス及び酸素存在下でサリチル酸を製造することができ、且つ、酵素反応の特徴である基質特異性及び反応特異性により位置選択的なカルボキシル基導入反応が可能となり、高選択的かつ高収率でフェノールから目的とするサリチル酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1】図1は、実施例2におけるサリチル酸合成を示すHLPC分析に関する図である。
【図2】図2は、実施例2におけるサリチル酸合成生成物のTLC分析結果を示す図である。
【図3】図3は、実施例4における芳香族ヒドロキシカルボン酸合成酵素のSDS−PAGEの結果を示す図である。
【図4】図4は、実施例6における酵素活性測定結果(薄層クロマトグラフィー)を示す図である。
【図5】図5は、実施例9における活性と安定性に対する温度の効果に関する試験結果を示す図である。このうち(5A)は、温度と活性の関係、(5B)は、温度と安定性の関係を試験した結果を示す図である。
【図6】図6は、実施例9における活性に対するpHの効果、サリチル酸濃度の効果に関する試験結果を示す図である。このうち(5C)は、フェノール濃度と活性の関係、(5D)は、炭酸水素カリウム濃度と活性の関係を試験した結果を示す図である。
【図7】図7は、実施例10におけるサリチル酸からフェノールを脱炭酸合成する際の活性と安定性に対する温度の効果についての試験結果を示す図である。このうち(A)は、温度と活性の関係、(B)は、温度と安定性の関係を示す図である。
【図8】図8は、実施例10におけるサリチル酸からフェノールを脱炭酸合成する際の活性に対するpHの効果、サリチル酸濃度の効果についての試験結果を示す図である。このうち(C)は、pHと活性の関係、(D)は、サリチル酸濃度と活性の関係を試験した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有する好気性の微生物又は該微生物が産生する酵素を用いて前記芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することを特徴とする芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法。
【請求項2】
前記微生物がトリコスポロン属に属する微生物であることを特徴とする請求項1記載の芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法。
【請求項3】
前記微生物がトリコスポロン・モニリイフォルメに属する微生物或いはそれらの変異体であることを特徴とする請求項2記載の芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法。
【請求項4】
前記微生物がトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異株であることを特徴とする請求項3記載の芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法。
【請求項5】
前記芳香族ヒドロキシ化合物がフェノールであり、前記芳香族ヒドロキシカルボン酸がサリチル酸であって、前記フェノールから選択的に前記サリチル酸を合成することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法。
【請求項6】
芳香族ヒドロキシ化合物から芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成する能力を有するトリコスポロン・モニリイフォルメWU−0401株又はそれと同等の芳香族ヒドロキシカルボン酸合成能を有する変異株。
【請求項7】
以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質
【請求項8】
請求項7記載の遺伝子を含むベクター。
【請求項9】
請求項8記載のベクターを含有する形質転換体。
【請求項10】
以下の(a)又は(b)に示すタンパク質。
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する機能を有するタンパク質
【請求項11】
以下の性質を有するタンパク質。
(1)作用:芳香族ヒドロキシ化合物の芳香族環にカルボキシル基を導入して芳香族ヒドロキシカルボン酸を選択的に合成する
(2)至適温度:30℃、安定温度:30℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される
(5)補酵素の要求性:補酵素は必要としない
【請求項12】
以下の性質を有するタンパク質。
(1)作用:脱炭酸反応により芳香族ヒドロキシカルボン酸から芳香族ヒドロキシ化合物を選択的に合成する
(2)至適温度:40℃、安定温度:40℃以下
(3)分子量:約140kDa(ゲルろ過クロマトグラフィーによる)、かつ約40kDa(SDS−PAGEによる)の4量体
(4)活性阻害:SH阻害剤、His阻害剤によって阻害される
(5)補酵素の要求性:補酵素の添加を必要としない
【請求項13】
配列番号1記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、該タンパク質をコードする遺伝子、又は前記遺伝子を含有するベクター若しくはその形質転換体を用いて芳香族ヒドロキシカルボン酸を合成することを特徴とする芳香族ヒドロキシカルボン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−200010(P2008−200010A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−42770(P2007−42770)
【出願日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名 平成18年度日本生物工学会大会 主催者名 社団法人日本生物工学会 開催日 平成18年9月11日 開催場所 大阪大学豊中キャンパス 文書の種類 スライド 発表者名 若山瑠美子、郡司裕朗、岩崎勇一郎、石井義孝、木野邦器、桐村光太郎 文書に表現されている発明の内容 新規な可逆的サリチル酸脱炭酸酵素の精製と遺伝子クローニング [刊行物等] 研究集会名 平成18年度日本生物工学会大会 主催者名 社団法人日本生物工学会 開催日 平成18年9月11日 開催場所 大阪大学豊中キャンパス 文書の種類 スライド 発表者名 郡司裕朗、岩崎勇一郎、石井義孝、木野邦器、桐村光太郎 文書に表現されている発明の内容 微生物変換によるフェノールからのサリチル酸の選択的合成
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】