説明

芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法

【課題】取り扱い上で問題となる重金属酸化剤や過酸化物系酸化剤、及び有機溶媒を用いることなく、安全な酸素を酸化剤として用い、芳香族置換脂肪族化合物から芳香族置換脂肪族ケトン化合物を製造する方法を提供する。
【解決手段】テトラリンなどの芳香族置換脂肪族化合物から1−テトラロンなどの芳香族置換脂肪族ケトン化合物を製造するに当たり、担持金ナノ粒子触媒を用い、分子状酸素を含む反応場にて酸素酸化反応を行うことからなる、芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【効果】分子状酸素並びに担持金ナノ粒子触媒のみを用い、穏和な反応条件下、芳香族置換脂肪族化合物から芳香族置換脂肪族ケトン化合物を、高い反応転化率並びに反応選択性で製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法に関するものであり、更に詳しくは、テトラリン、インダン及びアルキルベンゼンなどの芳香族置換脂肪族化合物を出発物質とし、分子状酸素並びに担持金ナノ粒子触媒を用いて、酸素酸化又は空気酸化反応を行うことにより芳香族置換脂肪族ケトン化合物を合成する方法であって、光学材料、耐熱材料、有機伝導体、生理活性物質、医薬品中間体、機能性有機材料、有機液晶材料として有用な1−テトラロン、1−インダノン、フェノンなど、工業的に極めて重要な芳香族置換脂肪族ケトン化合物を高選択率で製造する方法に関するものである。
【0002】
本発明は、芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造技術の分野において、爆発の危険性を伴う有機過酸化物及び厳密な廃棄物処理が必要な重金属酸化物といった酸化剤を用いることなく、分子状酸素並びに担持金ナノ粒子触媒を用いて、穏和な反応条件下、芳香族置換脂肪族化合物から相当する芳香族置換脂肪族ケトン化合物を、高い反応転化率並びに反応選択性で製造することを可能とする芳香族置換脂肪族ケトン化合物の新規製造方法を提供するものである。
【背景技術】
【0003】
従来、テトラロンに代表される芳香族置換脂肪族ケトン化合物の工業的合成方法として、例えば、ヒドロキシル基を有する芳香族化合物を貴金属触媒を用い水素化還元する方法、芳香族アルキルカルボン酸類を用いる分子内フリーデルクラフト反応による方法、芳香族化合物とラクトン化合物を用いる分子間フリーデルクラフト反応による方法、並びに芳香族置換脂肪族化合物を重金属酸化剤や酸素を用いて直接酸化する方法、などが知られている。
【0004】
先行技術として、具体的には、例えば、水素化還元による方法として、超臨界二酸化炭素中において、貴金属を担持した触媒を用いてヒドロキシナフタレン類を水素により還元し、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を合成する方法が知られている(特許文献1参照)。しかしながら、この方法では、目的物である1−テトラロン以外に、5,6,7,8−テトラヒドロ−1−ナフトールや1,2,3,4−テトラヒドロ−1−ナフトールが大量に副生し、1−テトラロンに対する反応選択性が7%程度と低い値に留まっている。
【0005】
また、他の先行技術として、古典的な1−テトラロンの合成方法であって、分子内フリーデルクラフト反応を利用し、フェニル酪酸をルイス酸である塩化アルミニウムや塩化亜鉛と反応させる方法が知られている(非特許文献1参照)、しかしながら、この方法では、発煙性、腐食性、毒性などを有するルイス酸を大量に使用する必要があること、ルイス酸を溶解するために大量の溶媒が必要になること、また、反応終了後には、ルイス酸が加水分解され、分離が困難な金属水酸化物が大量に発生すること、などの問題がある。
【0006】
分子内フリーデルクラフト反応は、上記した問題があることから、最近では、僅かな量の触媒を用いる分子間フリーデルクラフト反応を利用し、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物を合成する方法が提案されており、例えば、芳香族化合物とラクトン類をヘテロポリ酸含有固体酸触媒(特許文献2参照)、トリフルオロメタンスルホン酸の希土類金属塩及びシリカ系無機材料を含む固体酸触媒(特許文献3参照)、あるいは、トリフルオロメタンスルホン酸系のビスマス金属塩触媒(特許文献4参照)、の存在下で、それぞれ反応させる方法がある。
【0007】
この種の方法は、原料ラクトン基準に対して40〜70%と高い反応収率が得られる、反応段数が一段階と短い、触媒の回収再利用が可能である、などの利点を有するが、一方、ラクトン類に対し、大過剰の芳香族化合物(50−60重量比)を添加させる必要があるという問題がある。また。このような分子間フリーデルクラフト反応を用いるフルオレノンの合成では、原料ラクトンの合成が困難であるため、上記した方法を適用することはできないという問題があり、上記方法は、必ずしも芳香族置換脂肪族ケトン化合物の合成法として汎用性があるものではない。
【0008】
更に、芳香族置換脂肪族環式化合物を重金属酸化剤や酸素を用いて直接酸化する方法も知られている(特許文献5、特許文献6参照)。これらの酸化反応では、爆発性を有する過酸化物がまず反応中間体として生成し、次いで、熱分解反応などにより、芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物や芳香族置換脂肪族環式アルコール化合物へと変化することが知られている。しかしながら、基本的に、爆発性を有するペルオキシラジカルが、反応系内に徐々に蓄積されていく危険性が有ることに変わりはない。
【0009】
この種の問題を解決するため、コバルト化合物(非特許文献2参照)やクロム化合物(非特許文献3参照)を用いる酸素酸化反応では、ジメチルホルムアミド溶媒を用いることにより、酸素酸化反応で生じるヒドロキシペルオキシド化合物を速やかに分解し、高い選択性で芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物が得る方法が提案されている。しかしながら、これらの金属化合物を溶解させるためには、大量の有機溶媒が必要であること、過剰酸化を防ぐため、反応転化率を20〜30%に抑制する必要があること、などの問題がある。
【0010】
また、このような、芳香族置換脂肪族環式化合物の酸素酸化反応では、目的とするケトン体とともにアルコール体も同時に生成される。例えば、テトラリンの酸素酸化反応においては、目的物である1−テトラロンと副生成物である1,2,3,4−テトラヒドロナフタレンが得られるが、両化合物の沸点が極めて近接していることから、分離精製を容易に行うためにも、1−テトラロンに対する高い反応選択性をもたらす製造法が望まれている。
【0011】
ベンジル化合物の酸化は、医薬品からファインケミカルの合成の広い応用により、工業的には、重要なプロセスである。従来、酸化マンガン、酸化セレン又は酸化クロムのような、化学量論的な量の強化化性物質及び均質触媒法が、これらの変換に使用される。しかし、これらの試薬の過剰な使用は、危険な金属残渣のゴミや均質触媒系の再利用性の欠如により、環境負荷的な方法である。
【0012】
その結果、ベンジル化合物の液相による酸化のために、各種の効果的で、リサイクル可能な遷移金属系の均一触媒系について研究されている。しかしながら、これらの触媒系は、一般に、ジクロロメタン、クロロベンゼン、メタン等のような揮発性及び/又は毒性の有機溶媒中でヒドロペルオキシド系オキシダントとの組み合わせで反応が行われ、均質プロセスに導く金属イオンの浸出につながることがある。生成物の分離及び触媒の回収も困難である。
【0013】
このようなことから、これらの酸化反応をより環境にやさしいものにするためには、反応を有機溶媒なしで行うことが基本になる。これは、収率、選択性、反応方法の最も重要な単純性について顕著な合成の利点を提供するというエコロジカルな観点からのベストのアプローチがなると考えられる。更に、ヒドロペルオキシド系のオキシダントをH又は分子酸素で代替することは、非常に利点がある。溶媒なし/分子酸素系は、浸出を抑えることを助けることができる。
【0014】
Harutaら及びHutchingsの先駆的な仕事は、水素化、CO酸化、アルコール酸化、シクロヘキサン、シス−シクロオクタンの酸化などの炭化水素酸化、シクロヘキサンの酸化、及びプロパンのエポキシ化のような各種の均質反応のための金の触媒特性における急速な成長を刺激した。
【0015】
多くの反応の中で、担持金ナノ粒子で、溶媒有り又はなしで、アルコールの選択的酸化は、その高選択性及び浸出に対する低い感受性によって注意を引きつけた。更に、担体として好適な金属酸化物の選択は、金触媒の触媒活性及び選択性を決定する決定的な役割をはたすことが示された。
【0016】
最近、本発明者らは、超臨界二酸化炭素溶媒中での各種アルコール酸化のための担持金ナノ粒子(Au/TiO)触媒の触媒特性について報告した(非特許文献4参照)。担持金ナノ粒子触媒は、ベンジルメチレン化合物のベンジルケトンへの選択的酸化は知られていない。したがって、本発明では、1気圧のOで、無溶媒条件下で、ベンジル化合物の酸化のための担持金ナノ粒子触媒を応用することを検討した。
【0017】
以上述べたように、これまでに提案されている先行技術は、何れも多くの問題点を有することから、当技術分野においては、芳香族置換脂肪族ケトン化合物の工業的合成方法として、上述のような問題を確実に解決することが可能で低環境負荷型の新しい製造技術を開発することが強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2005−097231号公報
【特許文献2】特開2004−59572号公報
【特許文献3】特開2004−337819号公報
【特許文献4】特開2005−112725号公報
【特許文献5】特開昭51−48643号公報
【特許文献6】特開昭52−10248号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Cram等,“ORGANIC CHEMISTRY”,668頁,1970年
【非特許文献2】Mizukami等、Bull.Chem.Soc.Jpn.,51巻,1404頁,1978年
【非特許文献3】Mizukami等、Bull.Chem.Soc.Jpn.,52巻,2869頁,1978年
【非特許文献4】Wang X,Kawanami H,Dapurkar SE,Venkataramanan NS,Chatterjee M,Yokoyama T,Ikushima Y(2008)Appl Catal A:Gen 349:86
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記した従来技術の課題を解決するために、出発原料である芳香族置換脂肪族化合物、並びに反応生成物である芳香族置換脂肪族ケトン化合物を容易に吸脱着できること、芳香族置換脂肪族化合物1−ヒドロペルオキシド体を反応中間体として生成するとともに、爆発の危険性を有する該過酸化物を反応系内に蓄積することなく、速やかに分解させ、芳香族置換脂肪族ケトン化合物へと誘導することを可能とする、新しい反応触媒及び反応手法を開発することを目標として鋭意研究を重ねた結果、担持金ナノ粒子触媒並びに分子状酸素を含む反応場を用いて反応を行うことにより、高い原料転化率並びに反応選択性を可能とする、穏和な反応条件及び方法を確立できることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0021】
本発明は、上述した従来の合成法が持つ欠点を克服し、芳香族置換脂肪族ケトン化合物を簡便かつ安価に合成する工業的製造方法を提供すること、すなわち、芳香族置換脂肪族化合物から目的物である芳香族置換脂肪族ケトン化合物を高選択的に製造するに当たり、担持金ナノ粒子触媒並びに分子状酸素のみを用い、有機溶媒などの他の第三物質を添加することなく、穏和な反応条件下で芳香族置換脂肪族化合物を酸素酸化し、芳香族置換脂肪族ケトン化合物を選択的に合成する方法を提供することを目的とするものである。
【0022】
更に、本発明は、爆発という危険性を持つ過酸化物を反応系内に蓄積することなく、極めて簡単な装置並びに操作を用い、穏和な反応条件下で、目的物を得ることができ、また、触媒の繰り返し使用や無溶媒条件下での反応も可能とすることにより、工業産廃や工業廃液などの後処理を不要とした、著しく低コストかつ極めて工業的利用価値の高い芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)基質の芳香族置換脂肪族化合物を酸化反応により芳香族置換脂肪族ケトン化合物に変換する酸化反応方法において、担持金ナノ粒子触媒によって当該基質を酸素で酸化することにより相当するケトン化合物に変換することを特徴とする芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
(2)芳香族置換脂肪族化合物が、芳香族置換脂肪族環式化合物又は芳香族置換低級アルキル化合物である、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
(3)芳香族置換脂肪族ケトン化合物が、インダノン、テトラロン、又はフェノンである、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
(4)担持金ナノ粒子触媒が、Au/TiO、Au/MgO、Au/Al、又はAu/CeOである、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
(5)金の含有率が、0.29〜2.42重量%である担持金ナノ粒子触媒を用いる、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
(6)担持金ナノ粒子触媒の金の粒子サイズが、2.6〜7.0nmである、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
(7)反応温度が70〜120℃で、反応時間が4〜48時間である、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
(8)分子状酸素の存在下で反応を行う、前記(1)に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【0024】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、芳香族置換脂肪族化合物から芳香族置換脂肪族ケトン化合物を製造する方法であって、分子状酸素並びに担持金ナノ粒子触媒を用いて酸素酸化することを特徴とするものである。本発明は、担持金ナノ粒子触媒が、Au/TiO、Au/MgO、Au/Al、又はAu/CeOであること、金の含有率が、0.29〜2.42重量%である担持金ナノ粒子触媒を用いること、担持金ナノ粒子触媒の金の粒子サイズが、2.6〜7.0nmであること、反応温度が70〜120℃で、反応時間が4〜48時間であること、を好ましい実施の態様としている。
【0025】
金を担持する担体の種類については、TiO、MgO、Al、CeOが用いられ、特に好ましくは、TiOが用いられる。これらの担体に担持する金の仕込み量は、担体に対して0.2〜20重量%が用いられる。仕込み量を調整することにより、最終的に得られる触媒原料中の金含有量は、0.01〜20重量%の間で任意に調整することが可能である。仕込み量として、好ましくは、0.1〜5重量%のものが使用される。
【0026】
担持金ナノ粒子触媒は、高温条件下において焼成し、担持された金ナノ粒子をより活性化する必要がある。この焼成処理を行うことにより、担持金ナノ粒子触媒は、分子状酸素並びに芳香族置換脂肪族化合物と接触した際に、1−ヒドロペルオキシドの生成や分解を進行させる活性触媒へと誘導される。その焼成温度条件としては、酸素雰囲気下で200〜400℃、好ましくは、250〜350℃が用いられる。
【0027】
このようにして得られた担持金ナノ粒子触媒は、粉末のまま、あるいは第三物質とともに混練し、造粒成型したものも利用可能である。また、別の担体上に薄膜を形成させ、これを触媒として用いることも可能である。用いられる触媒の金含有量としては、0.29〜2.42重量%のものが使用される。
【0028】
反応時間は、触媒の添加量によっても変化するが、通常、4〜48時間の範囲が適当である。しかしながら、過剰な酸素酸化反応の進行を抑制するために、好ましくは、1〜36時間が望ましい。長時間連続的に反応を行い、反応転化率を向上させることも可能であるが、その場合、生成した目的物が更に酸化反応受け、目的外の芳香族置換脂肪族ジケトン化合物が副生するため、目的とする芳香族置換脂肪族ケトン化合物の反応選択性が低下する。
【0029】
本発明の反応は、分子状酸素と担持金ナノ粒子触媒が反応することにより得られる活性種が、芳香族置換脂肪族化合物と反応することにより生成する1−ヒドロペルオキシ化合物を利用するものである。本発明の方法では、無溶媒条件下において、良好に反応が促進されることから、無溶媒条件下が用いられる。しかし、本発明の反応においては、ペルオキサイドを生成しない、酸素酸化反応を受けて変質しない、また、ラジカルトラップ剤を含有しないもので有れば、例えば、ベンゼン、n−ヘキサン、n−オクタンなどを添加しても問題はない。
【0030】
以上の方法により得られた反応混合物は、担持金ナノ粒子触媒を濾過分別し、蒸留することにより、目的とする芳香族置換脂肪族ケトン化合物を単離することが可能である。尚、濾過分別された担持金ナノ粒子触媒、並びに回収された芳香族置換脂肪族化合物は、そのまま再利用が可能である。
【0031】
本発明の方法に用いられる担持金ナノ粒子触媒は、分子状酸素ガスを吸着することにより、芳香族置換脂肪族化合物の酸素酸化を可能とする触媒活性種を発現する。この触媒活性種は、芳香族置換脂肪族化合物と反応し、ペルオキシラジカルを生成する。
【0032】
しかしながら、本発明の方法によれば、生成したペルオキシラジカルは、速やかな分解反応を受け、速やかに芳香族置換脂肪族ケトン化合物に変化する。したがって、担持金ナノ粒子触媒は、芳香族置換脂肪族ケトン化合物に対する反応選択性が著しく高いという特徴を有する。
【0033】
また、本発明で用いられる担持金ナノ粒子触媒は、無溶媒条件下において、目的とする芳香族置換脂肪族ケトン化合物への酸素酸化反応が円滑に進行する。また、上記反応触媒活性種の発現は、低温、定圧条件下で可能であるとともに、触媒の繰り返し使用が可能であるという利点を有する。
【0034】
本発明の方法は、酸素酸化方法として汎用性が広く、芳香族置換脂肪族環式化合物のみならず、ジフェニルメタン、エチルベンゼン、トルエンなどの芳香族置換脂肪族化合物の酸化反応にも適用可能であり、収率はやや低いものの、それぞれベンジル位が酸化されたケトン類やアルデヒド類が選択的に得られる。
【0035】
本発明では、例えば、担持金ナノ粒子触媒(Au/TiO)により、温和な反応条件(≦100℃)下で、1気圧のOで、有機溶媒を使用することなく、ベンジル化合物を相当するケトンに酸化することができる。例えば、インダンを、90℃、24時間の条件で、46%の変換で、90%の選択性で1−インダノンに酸化することができる。
【0036】
インダンの酸化について、各種の反応パラメーターとして、温度、時間、及び担体の範囲の効果を検討した結果、再利用した触媒に対して、インダンの変換及び1−インダノンの選択性は、ほとんど同様に維持された。
【発明の効果】
【0037】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)芳香族置換脂肪族化合物を出発物質とし、酸素酸化反応を行うことにより、芳香族置換脂肪族ケトン化合物を高選択率で製造することができる。
(2)従来法のような、爆発の危険性を有する重金属酸化剤や有機過酸化物を用いることなく、分子状酸素並びに担持金ナノ粒子触媒のみを用い、穏和な反応条件下、芳香族置換脂肪族化合物から芳香族置換脂肪族ケトン化合物を、高い反応転化率並びに反応選択性で製造することができる。
(3)工業的利用価値の高い芳香族置換脂肪族ケトン化合物の新規製造方法を提供することができる。
(4)有機溶媒を用いることなく、100℃以下の温和な条件で酸化することにより、ベンジル化合物を相当するケトンに変換することができる。
(5)例えば、インダンを分子状酸素で酸化して、1−インダノール及び1−インダノンに85%ないし100%の高選択率で変換することができる。
(6)揮発性及び/又は毒性の有機溶媒を使用しない低環境負荷型の反応系を提供することができる。
(7)従来用いられていたヒドロペルオキサイド系オキシダントを分子状酸素に置き換えることができる。
(8)触媒のリサイクル性が良く、触媒を反復使用しても触媒活性が維持される。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】Au/TiOのリサイクルを示す。反応条件は、m(インダン)=1g;m(Au/TiO)=50mg;T=90℃である。Fresh:新しい触媒、1stcycle:1サイクル、2ndcycle:2サイクル、3rdcycle:3サイクル。
【図2】1気圧のOでのAu/TiOによるインダンの無溶媒条件化での酸化に対する反応時間の影響を示す。反応条件は、m(インダン)=1g;m(Au/TiO)=50mg;T=90℃である。
【図3】1気圧のOでのAu/TiOによるインダンの無溶媒条件化での酸化に対する反応温度の影響を示す。反応条件は、m(インダン)=1g;m(Au/TiO)=50mg;T=24時間である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら制約を受けるものではない。
【実施例1】
【0040】
(1)触媒の調製及びキャラクタリゼーション
担持金触媒を、析出沈殿法(DP法)によって調製した。代表的な調製において、チタニアP25(Nippon Aerosil)をTiO担体として使用し、HAuCl(99.9% Aldrich)を金(Au)の前駆体として使用した。800mlのHAuCl水溶液(2.1×10−3M)を、70℃まで加熱した。完全析出沈澱した場合、溶液の全濃度は、理論的な4wt%の金の担持に相当する。
【0041】
pHを、0.5M NaOH水溶液を滴下する方法によって、所望の値に調整し、次いで、8gのTiO担体を、70℃で、2時間、激しく撹拌しながら加えた。pHの値は、NaOH溶液によって維持した。室温に冷却した後、懸濁液を濾過した。
【0042】
得られた固体を、脱イオン水で数回洗浄して、残りの塩素イオン及び担体に担持されなかった金(Au)を除去した。固体は、一夜、100℃で乾燥し、300℃で、4時間焼成した。比較として、他の担体(Al、CeO、MgO、及び活性炭)を、pH=8で調製し、300℃で、4時間焼成した。焼成の後、すぐに、全ての触媒は、触媒実験に使用した。
【0043】
平均金ナノ粒子サイズを、透過電子顕微鏡(TEM、TECNAI−20ST、200kVで操作)によって決定した。金含有量は、Inductive coupled plasma−atomic emission spectroscopy (ICP−AES、SPC 7800 Plasma spectrometer、Seiko instruments 日本)によって分析した。
【0044】
(2)ベンジル化合物の酸化方法
触媒実験を、分子状酸素のフラスコを備えたガラス反応器(HIPER GLASTOR Taiatsu Techno社、容量=50cm、最大圧1MPa)中で行った。代表的な実験で、1gの基質及び50mgの触媒を、ガラス反応器中に配置した。反応器を閉じ、分子状酸素を2回流した。反応器を油槽中で一定に撹拌しながら所望の反応温度に加熱した。撹拌は、マグネチックスターラーで行った。反応が終了した後、反応器を室温に冷却し、反応生成物をMillipore(注射器操作)フィルターユニットを介して濾別した。第1回の反応に続いて、触媒を取り出し、80℃で、2時間乾燥した。回収した触媒は、リサイクルの実験に用いた。
【0045】
(3)生成物の分析
反応生成物を、FIDを用いたキャピラリーガスクロマトグラフィー(クロマトグラフ:Varian CP 3800、カラム:HP−5、30m(長さ)×0.32mm(内径)×0.5μm(フィルム厚))によって分析した。
【0046】
生成物の同定は、最初、信頼性のある標準を用いて確立し、個別の反応のファクターは、目盛測定法によって、適当な内部標準のベンゾニトリルを用いて決定した。反応生成物は、また、GC−MS(Varian CP 3800、1200L Quadrupole MS/MS、カラム:HP−1)によって同定した。
【0047】
アルキルヒドロペルオキシドは、ベンジル化合物の酸化のはじめの中間体であることが知られている。しかし、その収率は、熱に不安定の理由により、GC分析により直接的に決定することができない。本発明者らは、その濃度を、H−NMPによって測定した。反応混合物(精製なし)のH−NMRは、Varian Unity INNOVA−500で測定した。
【0048】
(4)担持金ナノ粒子触媒の物理的パラメーター及び平均粒子サイズ
表1に、pH値、金含有量、担持効率、及び担持金ナノ粒子触媒の平均粒子サイズを示す。金の担持効率に対する溶液のpHの影響を明らかにするために、Au/TiO触媒を、6、8及び9の3つの異なったpH値で、それぞれ調製した。
【0049】
予備試験の結果は、pHを6から9に増加することで、金の担持効率は、60から20%に減少することを示している。Moreauらは、TiOへの金の担持に対するpHの影響を研究しており、pH9で、約60−70%の高い金の担持効率を達成しているが、彼らの研究において、同様の観察結果を報告している。
【0050】
更に、平均金粒子サイズは、3.6から2.6nmに減少する。他の担持体の、Al、CeO、MgO及びCでは、金の担持効率は、pH8で決定した。非常に低い量の金が、Al担体に担持された。しかし、MgO、C、CeO担体では、それぞれ15、20、40%の金の担持が得られた。Al、CeO、MgO及びC担体への担持された金粒子の平均サイズは、それぞれ、5−10nmの範囲で、Au/TiOより高い。
【0051】
【表1】

【0052】
(5)担体の影響
ベンジル化合物の酸化生成物の分布を調べるために、はじめに、1気圧のOで、インダンの溶媒なしの酸化を検討した。また、表2に、インダンの酸化に対する金ナノ粒子を含む各種金属酸化物担体の影響について検討した結果を示す。
【0053】
【表2】

【0054】
インダンの触媒酸化により、はじめに、1−インダンヒドロペルオキシド(1−InHP)の生成物が得られ、これは、更に、1−インダノン(1−InOne)及び1−インダノール(1−InOl)(スキームI)に分解することが知られている。
【0055】
【化1】

【0056】
表2から、触媒なしでは、変換はわずか5%であり、1−インダンヒドロペルオキシドは、主要生成物(エントリー1)であった。Au/TiO触媒が存在すると、インダンの変換は、1−インダノンの選択率90%、1−インダノールの選択率10%と高く(エントリー2)、46%に著しく増加した。
【0057】
Au/TiOは、1−インダンヒドロペルオキシドを1−インダノン及び1−インダノール(スキーム1、ステップII及びIII)に分解するのに効果的であり、しかも、1−インダノールの1−インダノンへの脱水素酸化(スキームI、ステップIV)にも効果的であることを示す。
【0058】
脱水素酸化ルートに対するAu/TiOの効果を確認するために、同様の反応条件で、Au/TiOによる1−インダノールの酸化を行った。表3に、1気圧のOでのAu/TiOによる各種ベンジル化合物の溶媒なしでの酸化の結果を示す。触媒は活性であり、ケトン生成物に対して高い選択的であることが見出された(表3、エントリー2)。この触媒系の存在で、1−インダノンの高い選択性が得られた。ここでは、これらの反応条件下で、1−インダヒドロペルオキシド以外は観察されなかったことは、注目に値する。
【0059】
【表3】

【0060】
続いて、1−インダンヒドロペルオキシドの分解に対する影響を知るために、各種の担体に担持された金触媒でインダンの酸化を行った。Au/TiOと同様に、Au/MgO及びAu/Alも1−インダンヒドロペルオキシドの1−インダノン及び1−インダノール(エントリー3及び4)への分解に効果的であった。しかしながら、1−インダノンの選択性は、より多くの1−インダノールの形成によって、Au/TiOに比べて、約10−14%かった。
【0061】
更に、Au/CeOは、インダンの変換が32%と良好で、1−インダノンの選択性は88%を示した(エントリー5)。しかしながら、Au/Cは、金属酸化物に担持された金ナノ粒子触媒に比べて、同様の1−インダノン選択性で、低いインダンの変換を示した。
【0062】
活性炭の異なった構成と金ナノ粒子の大きい結晶サイズ(dAU=10nm)は、低い触媒活性による。検討した全ての担体は、1−インダノン及び1−インダノールの選択性と同様に、インダンの変換に影響を有する。一方、触媒活性に対する金含有量及び/又は金担持効率は影響が小さい(表1、2参照)。
【0063】
図1に、同様の反応条件下におけるAu/TiO触媒のリサイクル実験の結果を示す。図から、新しい触媒から、はじめのサイクルで、46から44%の変換の低下が見られる。しかし、はじめのサイクルから3回目のサイクルで、変換は、ほとんど同様に維持される。ICP−AESによる溶液の分析は、触媒は、反応条件下で安定であることを示している。
【0064】
循環使用により、1−インダノンの選択性は、90から94%に増加した。1−インダノールの選択性は、10から6%へ減少する。1−インダンヒドロペルオキシドが、より選択的に1−インダノンへ分解し、及び/又は1−インダノールの更なる酸化が循環使用の間に起こる、2つの理由があり得る(スキーム1、ステップII及びIV)。更に、平均金粒子サイズは、反応後に、同様の範囲(dAu=3nm)内に維持される。
【0065】
(6)反応時間の影響
反応経路を知るために、インダンの変換及び生成物の選択性に対する反応時間の影響を検討した。図2に、1気圧のOでのAu/TiOによるインダンの変換及び生成物選択性についての反応時間の影響を示す。反応時間が4から48時間に増加すると、変換は、15から50%へ増加する。反応のはじめの間は、1−インダノン及び1−インダノールの混合物が得られた。
【0066】
反応時間が、4から48時間に増加すると、1−インダノンの選択性も、53から92%へ増加し、同時に1−インダノールの選択性は、47から8%へ減少する。これは、1−インダンヒドロペルオキシドの分解及び1−インダノールの脱水素酸化が、触媒の存在下で起こることを示している(スキームI、ステップIV)。
【0067】
(7)反応時間の影響
図3に、インダンの変換及び1気圧のOでのAu/TiOによる生成物の選択性に対する反応温度の影響を示す。反応温度が70から120℃へ増加すると、変換は、25から75%へ増加する。更に、1−インダノンの選択性も、81から95%へ増加し、1−インダノールの選択性は、減少する。これは、1−インダノールの1−インダノンへの脱水素酸化を示す(スキーム1、ステップIV)。
【0068】
120℃で、1−インダノンの71%の収率が得られた。しかしながら、ここで、高い反応温度では、金の浸出が観察されたことは、重要である。70℃以下では、1−インダノン及び1−インダノールと共に、未分解の1−インダンヒドロペルオキシドが観察された。したがって、1−インダンヒドロペルオキシドの完全分解が起こり、金の浸出が分からない、90℃の反応温度で触媒実験を行った。
【0069】
(8)各種ベンジルリック化合物の溶媒なしによる酸化
表3に、1気圧のOで、Au/TiOで、各種ベンジル化合物の溶媒なしでの酸化を検討した結果を示す。インダン、1−インダノールのベンジルアルコールは、45%の変換で、相当する1−インダノンへ、効果的に酸化された(エントリー2)。
【0070】
テトラリンは、同様に、32%の変換で、85%の選択性で1−テトラロンに酸化された(エントリー3)。同様に、1−テトラロールは、65%の変換で、100%の選択性で、1−テトラロンへ酸化された(エントリー4)。一方、ジフェニルメタンは、25%の変換で、95%の選択性で、ベンゾフェノンに酸化された(エントリー5)。
【0071】
アルキルベンゼン(CからC)は、それらの相当するフェノンにわずかな収率で酸化された(エントリー6−8)。例えば、エチルベンゼン及びプロピルベンゼンは、26及び18%の変換で、85及び90%の選択性で、それぞれアセトフェノン及びプロピオフェノンを与えた。同様に、ブチルベンゼンは、12%の変換で92%の選択性でブチルフェノンにわずかに酸化された。
【0072】
ベンジル化合物のアルキル鎖が増加すると、酸化割合は、減少することが観察された。その理由は、長いアルキル鎖により、触媒への吸着が弱くなることによるものと考えられる。全てのケースで、高い選択性(85−100%)及び良好なケトン収率(11−65%)が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上詳述したように、本発明は、芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法に係るものであり、本発明により、爆発という危険性を持つヒドロペルオキシド化合物の生成も抑制され、極めて簡単な装置並びに操作を用い、穏和な反応条件下で、有用な工業製品中間体である芳香族置換脂肪族ケトン化合物を選択的に製造する方法を提供することが可能となる。また、本発明は、触媒の繰り返し使用が可能で、無溶媒条件下での反応であることから、工業産廃や工業廃液などの処理も不要であり、著しく低コストであるなどの利点を有し、極めて工業的利用価値の高い芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法を提供することを可能とするものとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質の芳香族置換脂肪族化合物を酸化反応により芳香族置換脂肪族ケトン化合物に変換する酸化反応方法において、担持金ナノ粒子触媒によって当該基質を酸素で酸化することにより相当するケトン化合物に変換することを特徴とする芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【請求項2】
芳香族置換脂肪族化合物が、芳香族置換脂肪族環式化合物又は芳香族置換低級アルキル化合物である、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【請求項3】
芳香族置換脂肪族ケトン化合物が、インダノン、テトラロン、又はフェノンである、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【請求項4】
担持金ナノ粒子触媒が、Au/TiO、Au/MgO、Au/Al、又はAu/CeOである、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【請求項5】
金の含有率が、0.29〜2.42重量%である担持金ナノ粒子触媒を用いる、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【請求項6】
担持金ナノ粒子触媒の金の粒子サイズが、2.6〜7.0nmである、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。
【請求項7】
反応温度が70〜120℃で、反応時間が4〜48時間である、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族環式ケトン化合物の製造方法。
【請求項8】
分子状酸素の存在下で反応を行う、請求項1に記載の芳香族置換脂肪族ケトン化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−32241(P2011−32241A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181973(P2009−181973)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年2月4日 「Catal Lett(2009) 130:42−47」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】