説明

蒸着装置

【課題】 電極構造が簡単で、蒸発材料の安定したイオン化が可能なプラズマを利用した蒸着装置を提供すること。
【解決手段】 密封型蒸発源31のノズル311の出口付近に、フィラメント331から放出される熱電子を照射する。密封型蒸発源31のノズル311から真空チャンバー32内に噴出した蒸発材料(Cu)34の蒸気342は、フィラメント331によって放出された熱電子によりノズル311の出口付近でイオン化し、電子なだれが起きてプラズマ状態になり、逆円錐状(蒸着材料の飛翔形状)344になって基板(ステンレス板)333へ向かい、蒸着材料(Cu)の蒸着膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、プラズマを利用した蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンを利用する真空蒸着法として、真空チャンバー内にプラズマを生成させてイオンを引き出す方法と、プラズマの生成を避ける方法がある。前者では、所謂「イオンプレーティング法」であり、後者ではクラスターイオンビーム法である。
【0003】
まず図6によって、プラズマを生成する蒸着装置について説明する。
真空チャンバー12内には開放型の蒸発源(るつぼないしボート)11があり、蒸発材料14が置かれている。また、真空チャンバー12内にプラズマ状態を生成するために、プラズマ生成ガスを供給するためのガス供給部122、電離作用を起こさせるための高周波コイル131が配置されている。真空チャンバー12の上部には、蒸着基板133を固定する基板支持部132がある。
【0004】
一般的に、供給される補助ガスにはアルゴンが用いられ、供給量が制御されると共に、不要なガスは排気口121から真空チャンバー12外に出て、適正な量が真空チャンバー12に残るようになっている。
高周波コイル131には、高周波電源152が接続され、プラズマ化に適する周波数、電圧が印加できるようになっている。
蒸発源11と基板133・基板支持部132には直流電源151が接続され、基板133・基板支持部132は負に印加されている。
【0005】
真空チャンバー12では、一旦高真空状態にした後、ガス供給部122からプラズマ生成ガスを導入して、プラズマを生成し易い圧力(目安として、10-1Pa水準)まで真空度を低める。この状態で高周波コイル131に高周波電圧を印加すると、プラズマ生成ガスは、グロー放電してプラズマ化してプラズマ発生領域142に広がる。
一方、開放型の蒸発源11に置いた蒸発材料14を加熱して蒸発させると、蒸発気体(蒸気)が発生し、真空チャンバー12内の蒸発源11の上方(概ね線141より上方)に拡散する。拡散した蒸気は、プラズマ発生領域142においてプラズマ生成ガスの電子やラジカル(電離原子)と衝突して正イオンに変わり、負の電圧を印加されている基板支持部132に誘引・加速されて、基板133に入射して蒸着膜を形成する。このとき中性状態の蒸気も共に入射して、イオン化した蒸気とともに蒸着膜を形成する。
【0006】
この方法による蒸着では、基板に対する蒸着物質の密着度が通常蒸着に比較して遥かに強く、また複雑な形状の基板に対してもつきまわりが良い。蒸着物質の基板に対する密着度が向上するのは、プラズマ生成ガスのイオンによって基板表面を清浄化するとともに、蒸発物のイオンが加速されて入射されることによる。またつきまわりの良さは基板周辺にプラズマ生成ガスに混合した蒸気が充満していることによる。
【0007】
しかし、プラズマ生成ガスに蒸気が混合している状態とは、蒸気分子の平均自由行程が小さいことであり、蒸気分子の散乱によって著しく基板への蒸気の到達率が小さくなることであるから、蒸発材料の利用効率は低下を余儀なくされる。蒸気の運動状態から見ると、熱エネルギーに依存し基板に並進する蒸気の運動が、プラズマ生成ガスとの衝突によって分散し、並進性が失われることである。イオンプレーティングでは、イオンの力を利用するにはプラズマ生成ガスが必要であるが、プラズマ生成ガスはつきまわりの良さや密着力の向上に寄与する半面、蒸発材料の利用効率を下げ、結果的に蒸着速度を引き上げることが難しくなる。したがって、この方法ではプラズマ生成ガスの量を極力減らしてもプラズマを生成できるようにすることが重要であり、そのために大エネルギーの電離作用を持つ高周波電界が手段として採用されている。
プラズマ生成ガスとして使われるアルゴンガスの価格は高いので、蒸着速度の遅さと相俟って、イオンプレーティングによる蒸着膜形成のコストは高く、生産量を大きくすることも難しい。
【0008】
次に図7によりプラズマの生成を避けるクラスターイオンビーム蒸着(例えば特許文献1参照)を説明する。
真空チャンバー22内には、蒸発材料24を充填した密封型の蒸発源21、その近辺に熱電子放出用のフィラメント231、熱電子引き出し用のグリッド(引き出し電極)232、フィラメントと基板の中間に加速電極233、更にその上部に基板235を固定する基板支持部234が配置されている。
密封型蒸発源21と基板235・基板支持部234には直流電源252が接続され、基板235・基板支持部234は負に印加されている。フィラメント231とグリッド232の間には直流電源251、グリッド232と加速電極233も直流電源252に接続されている。加速電極233と基板235・基板支持部234の間は同電位である。
【0009】
密封型蒸発源21内の蒸発材料24は、加熱によって蒸発気体(蒸気)241となるが、開口(ノズル)211が極めて小さいので、密封型蒸発源21内部で熱擾乱運動を起こし蒸気圧力が上昇する。蒸発源21内部の蒸気圧力は加熱温度に応じて高くなるが、例えば銅(Cu)を1600℃強まで加熱すると蒸気圧は蒸発源21内部で1.33×102Pa前後まで上昇する。真空チャンバー22の内部の真空度を1.33×10-3Paであるとすると、密封型蒸発源21内部の圧力は外部の圧力の105倍であるから、蒸気は極めて高い速度で開口211から噴射される。
【0010】
噴射した蒸気242は断熱膨張するが、その過程で個々の分子は加熱によって得た温度と運動エネルギーを失い、その分ファンデルワールス力が作用して相互に引き合い、いくつもの分子クラスターが生成する。クラスターは熱電子の中を通過して基板235に向かうが、この行程でクラスターに熱電子が衝突することによってクラスターイオン243(正イオン)に変わる。クラスターイオン243は加速電極233、基板235・基板支持部234の電位(負)によって噴射速度を更に加速されて、基板235に入射する。
【0011】
クラスターイオンはクラスターの中の1個の分子のみが正イオンであり、他の分子は中性である。加速のための電位は1個の正イオンのみに作用し、中性分子には作用しない。従って、基板への入射速度は、1個のイオンの速度をクラスターの分子数で除した値になるが、質量の点から見るとクラスター全体が作用するので、入射エネルギーは通常の蒸着に比べて遥かに大きい。クラスターは基板入射と同時に崩壊し、マイグレーションを起こして優れた結晶性の蒸着膜が得られる。また入射する分子の大部分は中性であるので、イオンによる静電気のチャージ量が極めて小さい。
【0012】
しかし、クラスターイオンを生成するには、蒸発量の制御、イオン化フィラメント及びグリッドの構造や配置が適正でなければならない。イオンプレーティングを説明する際、気体がプラズマに変わるときの圧力を10-1Pa前後の水準と示したが、一方、蒸発源内部の圧力を先に示した1.33×102Pa前後であるとすると、噴射した瞬間ではその気体密度に近いから、受け取る熱電子によって容易にプラズマ状態に変わり得る状態にある。この場合イオンの数は極めて多いから、クラスターの多くは単分子状態に分かれるか小さな数の分子集団になる。従って、クラスター形成による質量の増大やその崩壊に伴うマイグレーション効果は期待できなくなり、また形成される蒸着膜の静電位が小さくなることもない。
【0013】
また電気絶縁物の蒸着、例えばSiOの蒸着では、SiOの蒸発物がグリッドや加速電極に付着すると、短時間のうちに機能しなくなる。また蒸着膜に静電位が生まれると、入射するイオンを跳ね返す作用をする。クラスターイオンビームの蒸着では、蒸発材料の選択や条件設定が極めて難しい。
【0014】
【特許文献1】特公平5−41698号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
図6に示す従来のイオンプレーティングでは、イオンの作用を有効に活用しつつも、蒸着効率の低さや高周波電源に関わる制約という問題を持っている。蒸着効率の低さは、プラズマ生成ガスを使用しなければプラズマ生成に必要な気体圧力を得ることができない、という開放型蒸発源に伴う本質的問題である。高周波電源はプラズマ生成ガスを少なくするための手段ではあるが、装置価格が高価で且つ使用上でも法律的に制約を受けているので、みだりに使用することはできない。
【0016】
一方、図7に示す従来のクラスターイオンビームでは、その基本に立って膜形成をするには技術的制約が多く、実用において適正条件を継続することはほぼ不可能に近い。即ち、蒸気密度が一定の状態を保つとは限らないから、イオン化装置の構造や配置の関係が一定しないということになる。また電気絶縁物の蒸着がほぼ不可能であることも大きな技術的制約である。
【0017】
そこで本願発明では、従来のイオンプレーティングで立証されているプラズマ内のイオン効果に着眼し、且つクラスターイオンビームが避けてきたプラズマ現象を逆に利用し、従来のイオンプレーティング法以上にイオンを効率的に利用することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本願発明は、その目的を達成するため、請求項1に記載の蒸着装置は、密封型蒸発源の噴射開口から噴射する蒸気を基板に入射して蒸着膜を形成する蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段を有することを特徴とする。
請求項2に記載の蒸着装置は、請求項1に記載の蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段は、密封型蒸発源と基板との間に接続する電源であることを特徴とする。
請求項3に記載の蒸着装置は、請求項1に記載の蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段は、密封型蒸発源の近傍に配置した熱電子発生用フィラメントであることを特徴とする。
請求項4に記載の蒸着装置は、請求項1に記載の蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段は、密封型蒸発源の近傍に配置した高周波コイルであることを特徴とする。
請求項5に記載の蒸着装置は、請求項2に記載の蒸着装置において、電源はパルス電源であることを特徴とする。
請求項6に記載の蒸着装置は、請求項1から請求項5のいずれかの請求項に記載の蒸着装置において、密封型蒸発源の噴射開口近傍に反応ガスの噴射開口を配置してあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
イオンプレーティングではプラズマ生成ガスは欠かせないが、本願発明は、プラズマ生成ガスを必要としない。従来のクラスターイオンビーム法では、イオン化部の構造や配置が複雑であるが、本願発明のプラズマ化手段は、極めて簡潔になる。また本願発明によって得られる蒸着膜は、基板との密着力が強く、生産性も高い。
本願発明は、密封型蒸発源の蒸気の高密度の特性を活かし、極めて簡単にプラズマを生成した。また、プラズマからイオンを取り出して、優れた密着力のある蒸着膜を、高い生産性の下で低いコストで製造することに成功した。本願発明は、イオンプレーティングのようにプラズマ生成ガスを必要とせず、また従来のクラスターイオンビーム技術のような、複雑な構造を必要としない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
図1〜図5により本願発明の実施例を示す。なお各図に共通の部分は、同じ符号を使用している。
【実施例1】
【0021】
図1は、本願発明の実施例1の蒸着装置の構成を示す。
真空チャンバー32内に置かれた密封型蒸発源31に蒸発材料34のCuを容れ、排気口321からチャンバー内の気体を排気した後、蒸発源31を加熱する。Cuは、蒸発して密封型蒸発源31内に蒸気341が充満する。加熱方法は特に問わない。図示していないが、電子衝撃法でも抵抗加熱であってもよい。Cuは導電体であるが、密封型蒸発源内31を絶縁しなくとも、十分蒸気を得ることができる。加熱温度が1600℃に達すると、密封型蒸発源蒸発源31内部の圧力は概ね1.33×102Paに達する。噴射開口は直径1mm、内外の壁面距離を1mmであるノズル(噴射開口)311を1個設ける。
【0022】
ノズル311から真空チャンバー32内へ噴射した蒸気342は、ノズル311から基板支持部(基板ホルダー)332に取り付けた基板(蒸着用基板)333に向かって噴射される。ノズル311と基板間の距離は600mmとする。ここで密封型蒸発源31と基板333の間にプラズマ化手段として直流電源351の電圧1KVを印加すると、蒸気342は、プラズマ状態になり、逆円錐状(蒸気342の飛翔形状)344になって基板333へ向かう。この方法によって得たCu蒸着膜は、密着度が極めて高い。印加した1KVの電圧は、プラズマ生成のエネルギーであり、且つ加速電圧でもある。蒸発前真空度は3.5×10-3Paであり、蒸着中の真空度は5.5×10-3Paであった。この真空度は十分な高真空であり、プラズマ領域が限定されていることを示している。
この実施例でのステンレス基板333へのCuの密着強度は極めて強く、高粘着性テープを含む各種のテープでの引き剥がし試験で、剥がれが発生しなかった。
【実施例2】
【0023】
図2は、本願発明の実施例2の蒸着装置の構成を示す。
図1との相違点は、ノズル(噴射開口)311の近傍に、プラズマ化手段としてフィラメント331が追加されたことである。したがって、印加される電圧は2つに分かれ、1つはフィラメント331に対して直流電源351から、別の1つは基板333に対して直流電源351から独立して印加される。図示してない電源によってフィラメント331を加熱すると、フィラメント331から熱電子が放出され、その熱電子は、密封型蒸発源蒸発源31に向かって入る。直流電源351の電圧は、0.2KVあれば、蒸気342はプラズマ状態に変わる。直流電源352はプラズマ中のイオンの加速に使われる。
その他は、実施例1と同様である。
この実施例でのステンレス基板333へのCuの密着強度は極めて強く、高粘着性テープを含む各種のテープでの引き剥がし試験で、剥がれが発生しなかった。
【実施例3】
【0024】
図3は、本願発明の実施例3の蒸着装置の構成を示す。
図2との相違点は、のずる1の近傍に、プラズマ化手段としてフィラメントではなく高周波コイル61が噴射した蒸気342を囲むように配置されたことである。高周波電源353では高周波コイル61に対して所定周波数が与えられる。実施例では13.56MHzの周波数を与えてプラズマを得た。直流電源352は基板333に対して加速電圧を印加する。その他の説明は、実施例1と同様である。
この実施例でのステンレス基板333へのCuの密着強度は極めて強く、高粘着性テープを含む各種のテープでの引き剥がし試験で、剥がれが発生しなかった。
【実施例4】
【0025】
図4は、本願発明の実施例4の蒸着装置の構成を示す。
基板433は電気絶縁体のポリエステルフィルムであり、蒸発材料441はSiOガスである。熱エネルギーのみによる蒸着では、ポリエステルフィルムに静電気をチャージしないが、実施例1ないし3の方法でイオン化したSiOを蒸着すると、基板433は+に帯電する。その結果、入射してくるSiO+は基板433から跳ね返されることになり、プラズマを生成した意味を失う。しかし、実施例1における電界が正/負または負/0のパルス電界である場合、基板433の帯電は中和されてSiO+の入射は継続する。
蒸発源411と基板433には、プラズマ化手段であるパルス電源452によって、パルス電圧が印加される。
実験では正/負のパルス波を用い、デューティ1/5、10KHz,1KVを与え、安定したプラズマが得られた。SiOのポリエステルフィルム面に対する密着力は極めて強く、高粘着性テープを含む各種のテープでの引き剥がし試験で、剥がれが発生しなかった。
なお4111,4112は、噴射開口、42は、真空チャンバー、421は、排気口、432は、基板支持部(基板ホルダー)、442は、逆円錐状(蒸着材料の飛翔形状)である。
【実施例5】
【0026】
図5は、本願発明の実施例5の蒸着装置の構成を示す。
基板433は電気絶縁体のポリエステルフィルムであり、蒸発材料441はSiOガスである。元々セピアを帯びた黒色であるSiOは、蒸着膜ではセピア色を示す。これを酸化することによって透明に変え、包装用ガスバリアフィルムに用いることができる。
パルス電源452のパルス電圧を印加してSiOをプラズマ状態にしながら、蒸発源411の噴射開口部4111,4112の近傍に配置した反応ガス供給管511から反応ガス521のO2を加熱しつつSiOプラズマ中に噴射開口5111から噴射させた。この状態ではO2はプラズマ状態に変わり、極めて良くSiOに対する酸化反応を起こす。O2の量は十分絞れるように制御されるが、この方法ではチャンバー42内の真空度を悪くすることがない。
この実施例で得た概ね透明なSiOx蒸着膜は、実施例4と同様の強い密着力を有し、良好なガスバリア性を得た。
なお542は、逆円錐状(蒸着材料の飛翔形状)である。
【0027】
ここで本願発明の蒸着装置の特徴、作用について説明する。
本願発明は、密封型蒸発源の開口から出る蒸気の密度に着眼し、プラズマ生成ガスを用いることなく、密封型蒸発源から噴射された蒸発材料の蒸気をプラズマ化している。密封型蒸発源の場合、密封型蒸発源内の蒸気は、加熱温度に応じて熱擾乱状態になり、密封型蒸発源内の圧力を高めている。一般に気体がプラズマ化するには、圧力が概ね10-1Pa水準(10-1Pa以上)必要である。密封型蒸発源は、内部にその水準の圧力を生み出すことは極めて容易であり、1.33×102Paになるまでの温度を与えることが通常行われている。
【0028】
密封型蒸発源の内部圧力は、蒸気が開口部から噴射される瞬間まで維持されているので、この噴射される位置にプラズマ化手段によって電離エネルギーを与えると、噴射蒸気は容易にプラズマ状態になる。特に密封型蒸発源の開口付近は、蒸気密度が高いので電離エネルギー自体も小さくてよい。またプラズマ生成ガスを全く必要としないから、蒸発物質が基板に進む過程では他の気体分子と衝突することがなく、熱エネルギーによって得た運動エネルギーが失われることがない。したがって基板への入射エネルギーは、通常のイオンプレーティングよりも遥かに大きい。また蒸発材料の蒸気は、他の気体分子と衝突することがないから、蒸気の散乱がなく、蒸発材料の利用効率が大きい。
【0029】
本願発明のプラズマ化手段は、噴射蒸気に電離エネルギーを与える上で、クラスターイオンビームのように電極等の構造や位置が複雑になることはない。密封型蒸発源と基板の間に電源、例えば直流電源を接続して所定の電位差を与えれば、噴射蒸気は、密封型蒸発源の開口付近で強くグロー放電してプラズマ状態になる。またプラズマ化手段として熱電子発生用のフィラメントを用い、蒸気の噴射領域ないしその周辺にそのフィラメントを張り、密封型蒸発源を正電位にすれば熱電子は密封型蒸発源の表面に入り、その過程で噴射蒸気はプラズマ状態になる。プラズマ化手段として高周波コイルやパルス電源を用いることもできるが、高周波コイルは、既にイオンプレーティングに使われており、電離エネルギーを熱電子よりも大きくすることができるから、噴射蒸気をプラズマ化にすることは極めて容易である。また密封型蒸発源と基板にパルス電源を接続してパルス電位を与えても、噴射蒸気はプラズマ化する。
【0030】
プラズマ中のイオンが蒸着膜として形成された場合、蒸発材料の蒸気が電気絶縁物の場合、蒸着膜にはプラスの静電気がたまり、入射してくるイオンを跳ね返すようになる。この場合には、イオンを利用する蒸着が成り立たないから、静電気を中和しなければならない。中和することによって、基板へのイオンの入射が継続する。中和には、熱電子を利用することができる。基板の近くでフィラメントを加熱すると、フィラメントから熱電子が基板に向かいプラスの静電気を中和する。なお静電気の中和は、後述するように密封型蒸発源と基板にパルス電源を接続してパルス電位を与えて行うこともできる。
以上のように本願発明の基本的な特徴は、蒸発源が密封型であり、密封型蒸発源の内部に圧力が発生することである。密封型蒸発源の内部に圧力が発生しなければ、密封型蒸発源の開口から蒸気は噴射しない。噴射現象により噴射蒸気のプラズマ領域は、真空チャンバー全体に広がらずに、噴射蒸気の範囲(逆円錐状の飛翔範囲)に留まっている。
【0031】
密封型蒸発源の開口の形状は、ノズルが一般的であるが、ノズルにこだわるものではない。スリットであってもよい。噴射蒸気の噴射速度は、開口の中心位置で最も速く、他の位置では開口部壁面との接触抵抗によって遅くなる。噴射蒸気は、最も速度の速い流れで静圧が最も低くなり、他の流れは速い流れに収斂するので、ノズルでなくともスリットでもよい。
プラズマ化手段は、従来色々あり、真空蒸着において利用し易い手段であれば何れであってもよいが、プラズマ中のイオンを基板に強く入射させるには、基板を負電位にしなければならないから、構造上は、前記のように蒸発源と基板の間に電源を接続して電位差を与える方式がよい。
【0032】
密封型蒸発源の噴射開口の近傍にフィラメントを配置し、熱電子が噴射蒸気に入るようにすれば、前記のようにプラズマを得ることができる。この場合、クラスターイオンビーム方式のように電子引き出し用のグリッドを設ける必要がなく、密封型蒸発源がグリッドと同様の機能も備えている。グリッドを設けると、前記のように電気絶縁物の蒸着の場合、グリッドに蒸気が付着してグリッドの電子の引き出し機能が失われるが、密封型蒸発源自体をグリッドとして使えば、仮に密封型蒸発源に蒸気が届いても密封型蒸発源の熱によって付着を防止できる。なお本願発明は、グリッドを設けてもプラズマを発生することはできる。この場合には、基板と密封型蒸発源の電位差はプラズマ中のイオンの加速量を決定する。
【0033】
高周波コイルは、プラズマ生成手段として、いわゆるイオンプレーティングに広く使用されているが、本願発明は、前記のようにこれを使うことも可能である。この場合、本願発明は、イオンプレーティングの場合よりも、電離エネルギーは少なくて済む。
基板と密封型蒸発源の間に直流電源を接続して電位差を与える代わりに、前記のようにパルス電源を用いてパルスを与えてもよい。この場合、特にパルス形状を問わない。パルス電圧を印加することによって、噴射蒸気をプラズマ状態にすることができる。また正負のパルスないし負/0のパルスを与えることによって、基板上にイオンによる静電界が生まれても、これを中和することができる。こうすることによって、正イオンは静電界の影響を受けずに、基板に定常的に入射する。
【0034】
ところで、蒸着では酸素や窒素などを蒸気と反応させて、酸化膜や窒化膜を作ることがある。従来酸素や窒素などの反応ガスは、基板に非常に近い位置に微量拡散させていた。この場合、酸化等の反応現象は基板上で進行することが多い。また一方で、蒸発材料(蒸着材料)の蒸気は、反応ガスとの衝突によって運動エネルギーをある程度失うことを免れない。したがって反応ガスは、蒸発源の近傍に与えるのが好ましいが、蒸発源が解放型の場合には、蒸気の立ち上がり面積が広いから、反応ガスを与える位置を蒸発源近傍に配置することが難しい。そのため従来運動エネルギーの損失は止むを得ないものとされていた。
これに対して本願発明が用いている密封型蒸発源は、噴射開口は非常に小さいから、その近傍に反応ガスの出口を配置することができる。またその配置により反応ガス供給管(反応ガス供給源)は、密封型蒸発源の熱によって加熱されるので、反応ガスに噴射現象を与えることもできる。蒸発材料(蒸着材料)の蒸気と反応ガスは基板に到達する前に化合するが、その化合する領域はプラズマ状態にあるので反応は極めて順調に進行する。
【0035】
以上のように本願発明は、密封型蒸発源を使うことによって、プラズマを得ることが極めて簡単になる。真空チャンバーの内部は、高真空領域と噴射蒸気の存在領域(逆円錐状の飛翔領域)に分かれ、プラズマは噴射蒸気の存在領域のみである。蒸気は全体として小さな角度内で基板に向かい、またイオンが基板の電位に誘引加速されて速い速度で入射するので、マイグレーションエネルギーも高く平滑な蒸着膜を得易い。基板に対する蒸着膜の密着力も、印加する電圧によって極めて強いものになる。酸化や窒化反応についても、高い真空度をできるだけ維持しながら蒸着することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本願発明の実施例1に係る蒸着装置の構成を示す。
【図2】本願発明の実施例2に係る蒸着装置の構成を示す。
【図3】本願発明の実施例3に係る蒸着装置の構成を示す。
【図4】本願発明の実施例4に係る蒸着装置の構成を示す。
【図5】本願発明の実施例5に係る蒸着装置の構成を示す。
【図6】従来のプラズマを利用した蒸着装置の構成を示す。
【図7】従来のクラスターイオンビーム蒸着装置の構成を示す。
【符号の説明】
【0037】
31 密封型蒸発源
311 ノズル(噴射開口)
32 真空チャンバー
321 排気口
331 フィラメント
332 基板支持部(基板ホルダー)
333 基板(ステンレス板)
34 蒸発材料(Cu)
341,342 蒸気
344 逆円錐状(蒸着材料の飛翔形状)
351,352 直流電源
353 高周波電源
411 密封型蒸発源
4111,4112 噴射開口
421 排気口
432 基板支持部(基板ホルダー)
433 基板
441 蒸発材料(SiO)
442 逆円錐状(蒸着材料の飛翔形状)
452 パルス電源
511 反応ガス(O2)の供給管
5111 噴射開口
521 反応ガス(O2
542 逆円錐状(蒸着材料の飛翔形状)
61 高周波コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
密封型蒸発源の噴射開口から噴射する蒸気を基板に入射して蒸着膜を形成する蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段を有することを特徴とする蒸着装置。
【請求項2】
請求項1に記載の蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段は、密封型蒸発源と基板との間に接続する電源であることを特徴とする蒸着装置。
【請求項3】
請求項1に記載の蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段は、密封型蒸発源の近傍に配置した熱電子発生用フィラメントであることを特徴とする蒸着装置。
【請求項4】
請求項1に記載の蒸着装置において、噴射した蒸気をプラズマ化する手段は、密封型蒸発源の近傍に配置した高周波コイルであることを特徴とする蒸着装置。
【請求項5】
請求項2に記載の蒸着装置において、電源はパルス電源であることを特徴とする蒸着装置。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかの請求項に記載の蒸着装置において、密封型蒸発源の噴射開口近傍に反応ガスの噴射開口を配置してあることを特徴とする蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−63590(P2008−63590A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−124315(P2005−124315)
【出願日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【出願人】(000201814)双葉電子工業株式会社 (201)
【出願人】(592166218)
【出願人】(505150648)
【Fターム(参考)】