説明

蛍光分析方法および装置

【課題】
本発明の目的は、DNAやタンパク質等の標的物質を標識する蛍光色素へは影響を与えずに、標的物質のごく近傍の基板表面に付着したノイズ原因物質由来のバックグラウンドノイズを低減することに関する。
【解決手段】
本発明は、標的物質と相互作用できるプローブを備えた基板に対し、基材表面にエバネッセント場が発生する様に、ノイズ除去光を照射することに関する。基板表面に非特異吸着した標的物質やゴミは、ノイズ除去光のエバネッセン場により分解されるが、到達距離の短いエバネッセン場は、プローブへはほとんど影響を与えない。本発明によれば、プローブ近傍の基板表面に付着したノイズ原因物質由来のバックグラウンドノイズを低減しつつ、プローブや、プローブと相互作用している標的物質への影響を抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光分析技術に関する。例えば、単分子または小数分子の微弱な蛍光を検出する際のSN比を向上するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAやタンパク質等の標的物質を検出する手段として、標的物質に蛍光標識を施し、レーザ等所定の励起光を照射して発生する蛍光を検出する方法が広く用いられている。例えば、核酸分析デバイスとして、DNAやRNAの塩基配列を決定する新しい技術が開発されてきている。
【0003】
現在、通常用いられている電気泳動を利用した方法においては、予め配列決定用のDNA断片又はRNA試料から逆転写反応を行い合成したcDNA断片試料を調製し、周知のサンガー法によるジデオキシ反応を実行した後、電気泳動を行い、分子量分離展開パターンを計測して解析する。
【0004】
これに対し、近年、P.N.A.S. 2003, Vol. 100, pp. 3960-3964.(非特許文献1)にあるように、基板にDNAなどを固定してその塩基配列を決定する方法が提案されている。この方法は一般にSequencing by synthesisと呼ばれ、基板表面にランダムに分析すべき試料DNA断片を1分子ずつ捕捉し、ほぼ1塩基ずつ伸長させて、その結果を蛍光計測より検出することにより塩基配列を決定するものである。本方式では、単一DNA分子毎に塩基配列が決定できる可能性があるため、従来技術の問題であったクローニングやPCR等での試料DNAの精製,増幅が不要にできる可能性があり、ゲノム解析や遺伝子診断の迅速化が期待できる。非特許文献1では、バックグラウンドノイズを低減しSN比を向上させるため、溶液の交換による洗浄することが開示されている。
【0005】
PNAS 2005、Vol. 102、pp. 5932-5937(非特許文献2)では、段階的伸長反応を用いたDNAの配列決定法が開示されている。
【0006】
『光応用技術・材料事典』2章1節8項「光洗浄」産業技術サービスセンター(2006)(非特許文献3)では、他分野で行われている洗浄の方法として、液晶製造プロセスにおける基板表面に付着した有機物のエキシマUV洗浄が開示されている。エキシマランプによって生じる波長172nm程度の光は、有機物中の多くの共有結合の結合エネルギーを上回るフォトンエネルギーを持っているため、有機物を分解・気化し、基板表面を洗浄できる。
【0007】
また、特開2006−153639号公報(特許文献1)では、基板上のプローブの存在しない領域のみに向けて光を照射することで、プローブに捕捉されていない蛍光色素の蛍光を消去する方法が開示されている。
【0008】
また、USP7329492(特許文献2)では、基板上に酵素を固定し、エネルギー移動(FRET)を利用したDNAの配列決定法が開示されている。
【0009】
エバネッセント光については、現代光化学Ipp.48-49 朝倉書店 大津元一 (1994)(非特許文献4)に開示されている。入射側媒質の屈折率n1、出射側媒質の屈折率n2である界面に対し、入射角θで波長λの電磁波(光)を入射する際、θc=sin-1(n2/n1)で与えられるθcを臨界角と呼ぶ(ただし、sin-1はsinの逆関数)。入射角がθ≧θcであるときに電磁波は全反射し、このとき界面の出射側近傍には界面からの距離に従い指数関数的に減衰する電磁場が生じる。この電磁場はエバネッセント場(光)と呼ばれる。エバネッセント場相対強度(E)は界面からの距離(z)の関数で、界面上(z=0)の時に1で最大となり、波長,入射角,屈折率で決まる値dを用いて、E=exp(−z/d)と表される。この値dを染み出し距離と呼ぶ。dは、屈折率n1,出射側媒質の屈折率n2,入射角θ,波長λを用いて、d=λ/(4π(n12・sin2θ−n22)1/2)で与えられることが知られている。
【0010】
【特許文献1】特開2006−153639号公報
【特許文献2】USP7329492
【非特許文献1】P.N.A.S. 2003, Vol. 100, pp. 3960-3964.
【非特許文献2】PNAS 2005、Vol. 102、pp. 5932-5937
【非特許文献3】『光応用技術・材料事典』2章1節8項「光洗浄」産業技術サービスセンター(2006)
【非特許文献4】現代光化学Ipp.48-49 朝倉書店 大津元一 (1994)
【非特許文献5】J. Appl. Phys. 2008、Vol. 103、034301
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明者が、単分子または小数分子の微弱蛍光検出について鋭意検討した結果、次の知見を得るに至った。
【0012】
一般に、多くのゴミ(有機物)は微弱な蛍光を発している。単分子または少数分子の蛍光分析では、このような極微量のゴミでさえ、致命的なノイズとなる。
【0013】
単分子または少数分子の蛍光分析では蛍光シグナルが非常に微弱であるため、ノイズ原因物質によるバックグラウンドノイズの影響が非常に大きくなり、従来の多分子の蛍光分析では問題とならなかった単分子または少数分子レベルのノイズ原因物質が致命的となる。例え、ただ1つのノイズ原因物質であっても、プローブに捕捉された標的物質の光と、プローブのごく近傍の基板表面に付着したノイズ原因物質の光と、を識別することはできない。
【0014】
ここで、バックグラウンドノイズとは、測定対象となるプローブに捕捉された標的物質以外に由来する信号を指す。ノイズ原因物質とは、発光(蛍光)や散乱によってバックグラウンドノイズとなる光を発生する原因となる物質である。このような物質には、各種の有機物が含まれる。特に、蛍光の強いものでは、各種生体物質(チロシンやトリプトファン等のアミノ酸,NADH,FAD,コラーゲンやエラスチン等各種の蛋白質など)や、ちりや埃の類が含まれる。さらには、分析に用いる標的物質そのものも、プローブに捕捉されていなければノイズ原因物質に含まれる。これらのノイズ原因物質は、空気中や水の中を多数浮遊しており、測定デバイスの製造,サンプル調製,測定時などあらゆる工程で混入する危険性がある。各種フィルタを通過してしまうほど小さいものもあるため、これらの混入を単分子の蛍光分析に影響ないレベルに抑えることは不可能に近い。また、標的物質は分析に必要な要素であるため、これの混入を回避することは不可能である。
【0015】
よって、バックグラウンドノイズを低減するために基板表面に存在するこれらのノイズ原因物質を除去する操作が必要となるが、従来は蛍光分析に用いることのできる技術はなかった。溶液の交換による洗浄では、プローブに捕捉されている標的物質がはがれてしまう可能性がある。単一または少数分子の解析において、これは致命的である。さらに、溶液の交換によりトータルの解析必要な試薬や時間が増大するデメリットもある。
【0016】
エキシマUV洗浄では、バックグラウンドノイズの原因物質だけでなくプローブDNAまで分解してしまう危険があるため、使用できない。
【0017】
また、特許文献1に示されているようなプローブDNAの存在する領域を避けてUV光を照射する方法では、プローブDNA近傍のノイズ原因物質を除去できないため、バックグラウンドノイズの低減には寄与しない。
【0018】
本発明の目的は、DNAやタンパク質等の標的物質を標識する蛍光色素へは影響を与えずに、標的物質のごく近傍の基板表面に付着したノイズ原因物質由来のバックグラウンドノイズを低減することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、標的物質と相互作用できるプローブを備えた基板に対し、基材表面にエバネッセント場が発生する様に、ノイズ除去光を照射することに関する。基板表面に非特異吸着した標的物質やゴミは、ノイズ除去光のエバネッセン場により分解されるが、到達距離の短いエバネッセン場は、プローブへはほとんど影響を与えない。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、プローブ近傍の基板表面に付着したノイズ原因物質由来のバックグラウンドノイズを低減しつつ、プローブや、プローブと相互作用している標的物質への影響を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下の実施例では、標的物質と相互作用できるプローブが配置されている基板と、前記標的物質又は前記プローブに向けて励起光を照射する励起光照射光学系と、前記励起光により生じた蛍光を検出する蛍光検出光学系と、前記基板表面に非特異吸着した前記標的物質やゴミを分解できるノイズ除去光を、前記基材表面にエバネッセント場が発生する条件で、前記基板に照射するノイズ除去用光学系を備え、前記エバネッセント場の範囲外に、前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0022】
また、前記励起光照射光学系が、前記基材表面にエバネッセント場が発生する条件で、前記基板に励起光を照射することを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0023】
また、励起光のエバネッセント場の染み出し距離が、ノイズ除去光のエバネッセント場の染み出し距離よりも長いことを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0024】
また、前記励起光が可視光であり、前記ノイズ除去光がUV光であることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0025】
また、前記基板表面にスペーサが存在し、当該スペーサに前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0026】
また、前記基板表面にスペーサが存在し、当該スペーサに前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0027】
また、前記基板表面に対向する位置に支持体が存在し、当該支持体に前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0028】
また、前記ノイズ除去用光学系が、前記基板の界面にて全反射するようにノイズ除去光を照射し、前記基材表面にエバネッセント場を発生させることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0029】
また、前記基板が、ナノ開口を備え、前記ノイズ除去用光学系が、前記ナノ開口にノイズ除去光を照射し、前記基材表面にエバネッセント場を発生させることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0030】
また、前記プローブが、DNA,RNA,アプタマー,遺伝子,ヌクレオソーム,クロマチン,染色体,核様体,細胞膜,細胞壁,ウイルス,抗原,抗体,レクチン,ハプテン,レセプター,酵素,ペプチド,スフィンゴ糖、又はスフィンゴ脂質であることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0031】
また、前記標的物質が、DNA,RNA,アプタマー,抗原,抗体,デオキシリボヌクレオシド3リン酸、又はリボヌクレオシド3リン酸であることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0032】
また、前記標的物質が、蛍光標識されたヌクレオチドのモノマー又はオリゴマーであり、前記プローブが、核酸合成酵素、又は核酸分子であり、前記標的物質と前記プローブが相互作用することにより生成される核酸鎖中に取り込まれた前記ヌクレオチドの蛍光を検出することにより、核酸の配列情報を取得することを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0033】
また、前記ノイズ除去用光学系が、励起光が照射されない領域にノイズ除去光を照射できることを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0034】
また、プローブを配置できるスペーサを有する光透過性基板と、プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記光透過性基板の表面に保持できる反応槽と、前記光透過性基板と直接又は間接的に接触するプリズムと、レーザ光である励起光を生じる光源と、レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、前記プリズムに入射した励起光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、前記プリズムに入射したUV光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0035】
また、光透過性基板と、光透過性基板の基板表面と対向する位置に存在し、プローブを配置できる支持体と、プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記光透過性基板の表面に保持できる反応槽と、前記光透過性基板と直接又は間接的に接触するプリズムと、レーザ光である励起光を生じる光源と、レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、前記プリズムに入射した励起光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、前記プリズムに入射したUV光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0036】
また、プローブを配置できるスペーサと、ナノ開口を備えた基板と、プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記基板の表面に保持できる反応槽と、レーザ光である励起光を生じる光源と、レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、前記ナノ開口に励起光が照射され、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、前記ナノ開口にUV光が照射され、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0037】
また、光透過性基板と、光透過性基板の基板表面と対向する位置に存在し、プローブを配置できる支持体と、プローブを配置できるスペーサと、ナノ開口を備えた基板と、プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記基板の表面に保持できる反応槽と、レーザ光である励起光を生じる光源と、レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、前記ナノ開口に励起光が照射され、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、前記ナノ開口にUV光が照射され、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置を開示する。
【0038】
また、標的物質と相互作用できるプローブが配置されている基板と、前記基板の表面に溶液を保持できる第1の反応槽と、前記第1の反応槽に配置された前記基板に対し、当該基材表面にエバネッセント場が発生する条件で、ノイズ除去光照射するノイズ除去用光学系と、前記基板の表面に溶液を保持できる第1の反応槽と、プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記光透過性基板の表面に保持できる第2の反応槽と、前記第2の反応槽に配置された前記基板に対し、励起光を照射する励起光照射光学系と、前記励起光により生じた蛍光を検出する蛍光検出光学系と、を備える蛍光分析装置を開示する。
【0039】
以下、上記及びその他、本発明の新規な特徴と効果について、図面を参酌して説明する。図面は発明の理解のために用いるものであり、権利範囲を限定するものではない。また、各実施例は適宜組併せることができる。
【実施例1】
【0040】
本実施例では、図1等を参照しながら、蛍光分析におけるノイズ除去方法、及びそれに利用する装置について説明する。
【0041】
本実施例においては、デバイス基板101上にスペーサ103を介してプローブ104を固定し、デバイス基板101に接するよう反応溶液102を保持する。反応溶液102中には蛍光標識した未反応の標的物質106が含まれる。標的物質の一部はプローブ104に特異的に捕捉され、一部はデバイス基板101表面に非特異的に付着している。プローブ104に特異的に捕捉された標的物質105に向け、励起光113を照射することで蛍光を発生させる。蛍光は広く用いられている標識手法であり、既存の検出方法を広く用いることができる。例えば、適当な光学系で2次元CCD上に結像することで検出できる。ノイズ除去光109を臨界角より大きな入射角111で、デバイス基板101と反応溶液102の界面110へ向けて照射し全反射させることで、界面の反応溶液側にエバネッセント場112を発生させる。
【0042】
一般に、デバイス基板表面にはさまざまな理由により、標的物質以外のノイズ原因物質であるゴミ108が付着しており、有機物からなるゴミはしばしば蛍光や散乱によりノイズの原因となる。また、前述のように、デバイス基板101表面に非特異的に付着している標的物質も存在し、同じくノイズの原因となる。特異的に捕捉されている標的物質105のみを残し、デバイス基板に付着した物質を除去することが望まれる。より好ましくは、プローブ104、およびこれから反応し蛍光シグナルの発生に寄与するであろう未反応の標的物質106への影響を最低限に抑える必要がある。
【0043】
本実施例においては、デバイス基板101表面に非特異吸着した標的物質物質107やゴミ108は、ノイズ除去光のエネルギーで分解されるため、これらの物質に由来する蛍光は大幅に低減、または除去される。一方、全反射が生じる界面110とプローブ104までの距離によって、ノイズ除去光によるエバネッセント場の光強度を大きく低減することができるため、特異的に捕捉された標的物質105や溶液中に浮遊する未反応の標的物質106はノイズ除去光の影響を受けない。本実施例によれば所望の標的物質に由来する蛍光のみを分析することができる。
【0044】
デバイス基板101としては、少なくともノイズ除去光に対して実質的に透明である物質を用いることができる。この様な物としては、プラスチック,無機高分子,金属,天然高分子及びセラミックから選ばれる1種又は2種以上が挙げられる。プラスチックとしては、ポリエチレン,ポリスチレン,ポリカーボネート,ポリプロピレン,ポリアミド,フェノール樹脂,エポキシ樹脂,ポリカルボジイミド樹脂,ポリ塩化ビニル,ポリフッ化ビニリデン,ポリフッ化エチレン,ポリイミド及びアクリル樹脂などが例示できる。無機高分子としては、ガラス,水晶,カーボン,シリカゲル、及びグラファイトが例示できる。 金属としては、金,白金,銀,銅,鉄,アルミニウム,磁石等の常温固体金属が例示できる。天然高分子及びセラミックとしては、ダイアモンド,サファイア,アルミナ,シリカ,炭化ケイ素,窒化ケイ素、及び炭化ホウ素等を例示できる。ただし、励起光をデバイス基板側から照射する場合には、励起光に対しても実質的に透明な物質を用いることが望ましい。また、反応溶液102との界面110での全反射を用いてエバネッセント場を発生させる場合には、ノイズ除去光に対する屈折率が反応溶液102よりも大きい物質である必要があり、具体的には合成石英,水晶,サファイア,各種光学ガラス等が望ましい。
【0045】
ノイズ除去光109としては、各種の光を用いることができるが、UV光はノイズ原因物質を分解する能力が高く、可視光域の光はプローブや標的物質を損傷する危険性が小さい。例えば、波長200nm以下のUV光のフォトンエネルギーは比較的高く、C=C二重結合、O=O二重結合,C−H結合,O−H結合等の結合エネルギーを上回るため、有機物に存在する大半の共有結合を直接切断できる。波長400nm以上の光のフォトンエネルギーはこれに比較して低く、前記の各結合の他、C−C結合,C−O結合等、比較的不安定な結合の結合エネルギーを下回るため、プローブや標的物質を損傷する危険性をより小さくできる。ただし、波長400nm以上の光はノイズ原因物質を直接分解する作用は弱いものの、ノイズ原因物質に吸収されてノイズ原因物質を励起し、その反応性を高めることは可能なため、間接的にノイズ原因物質を分解できる。また、より望ましくは、レーザ等のエネルギー量の大きい光を用いることでより、効率的にノイズ原因物質を分解できる。
【0046】
励起光113は、標的物質の蛍光体を励起可能であれば波長や照射方法を問わないが、界面110で全反射する条件で照射することで生じるエバネッセント場114を用いて蛍光体を励起することもできる。エバネッセント場を用いることで、溶液中の未反応の標的物質106の発する蛍光を抑えることができる。
【0047】
未反応の標的物質106は、プローブ104と相互作用するものであれば特に制限はない。この様なものとしては、核酸,タンパク質,糖鎖,脂質及びそれらの複合体や化学反応や酵素反応などによりこれらの分子を構成することが可能な化合物が挙げられる。より具体的には、DNA,RNA,アプタマー,抗原,抗体や、DNA合成に用いられるデオキシリボヌクレオシド3リン酸や、RNA合成に用いられるリボヌクレオシド3リン酸などを蛍光体で標識したものが挙げられる。標識に用いられる蛍光体についても、蛍光を発光する原子団であれば特に制限はない。
【0048】
プローブ104は、未反応の標的物質106と相互作用するものであれば特に制限はない。この様なものとしては、核酸,タンパク質,糖鎖,脂質及びそれらの複合体が挙げられる。より具体的には、DNA,RNA,アプタマー,遺伝子,ヌクレオソーム,クロマチン,染色体,核様体,細胞膜,細胞壁,ウイルス,抗原,抗体,レクチン,ハプテン,レセプター,酵素,ペプチド,スフィンゴ糖,スフィンゴ脂質などを挙げることができる。
【0049】
例えば、未反応の標的物質106として前記のように蛍光標識したデオキシリボヌクレオシド3リン酸を用いた場合に望ましいプローブは、分析の対象となる一本鎖鋳型DNA、またはこの一本鎖DNAと相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドとの複合体、またはこの一本鎖DNAと相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドとDNA合成酵素との複合体である。
【0050】
また、プローブ104にドナーとなる蛍光体を持たせることで、未反応の標的物質106をアクセプターとしたFRETを発生させることもできる。また、言うまでもなく、ドナーを未反応の標的物質106,アクセプターをプローブ104としても良い。
【0051】
また、核酸分析装置で用いるプローブ104としては、測定対象である核酸を特異的に認識,補足できるものが望ましい。この様なものとしては、DNAや酵素が上げられる。例えば、チミンが連続する様な内部配列を持つDNAを用いれば、polyA配列を持つRNAを補足できる。核酸を補足,合成できる様な各種のDNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼを用いれば、プローブ104上で核酸を合成することができ、合成時に取り込まれる基質を蛍光体などでラベル化,検出することで核酸の配列を分析することができる。
【0052】
スペーサ103としては、デバイス基板101と、プローブ104および補足された標的物質105と、の距離を保つことができるものであれば、形状,材質を問わない。材質としては各種の金属,樹脂,光学ガラスや石英等を用いることができる。また、図2に示したように、基材表面以外の支持体203を用いてプローブ104を固定し、プローブ104および補足された標的物質105の距離を保ってもよい。支持体203としては、基材に相対する面や側面、これらの面に固定された構造体等を用いることができる。また、スペーサ103は、図1のように1つのプローブ104に1つを用いても、複数のプローブに対して1つ、または全てのプローブに対して1つの一体化したスペーサを用いても良い。
【0053】
また、図3に示したように、スペーサ−プローブ304を一体としてもよい。この場合は、スペーサ−プローブ304が、デバイス基板101と補足された標的物質105の距離を保つ機能と、標的物質105と相互作用する機能の両方を担う構造であれば特に制限はない。この場合、スペーサ機能を担う部分を2本鎖とし、先端のプローブ機能を担う部分を一本鎖としたDNAが、スペーサ−プローブ304として望ましい。また、金構造体もスペーサ−プローブ304として好ましい。この場合、標的物質105にSH基を設けることで、固定が容易になる。
【0054】
また、スペーサ103を、サンドイッチ構造や四角推等の適当な材質と形状を持つ金属構造体とし、ここから生じる局在型表面プラズモンによる蛍光増強を用いることにより、溶液中の未反応の標的物質106の発する蛍光に由来するバックグラウンドノイズを低減することができる。金属構造体は、マスクを通した蒸着・スパッタリング、あるいは蒸着・スパッタリングにより薄膜を形成した後、ドライあるいはウエットエッチングにより製造することができる。金属,絶縁物,金属を連続的に蒸着及び/又はスパッタリングで製膜した後、エッチング等で形状を所望のものに作ることもできる。また、マスクを通して、金属,絶縁物,金属を蒸着及び/又はスパッタリングで積層することでも製造できる。あるいは、金属箔を絶縁物で挟んで接着したあと平滑基板に積層物を接着し、エッチング等で成形することで所望の金属積層体を製造することも可能である。金属構造体の適切な大きさは、照射する光の波長によって異なる。すなわち、表面プラズモンの発生に適する共鳴周波数は、金属構造体表面の自由電子群と光との相互作用によるものである。励起光を可視光とすると、金属構造体の大きさは、幅・高さともに、30から1000nm程度が適しているが、この条件に縛られるものではない。金属としては、光がもたらす電場によって金属中により大きな反分極場(光による印加電場とは反対の位相を持つ電場)ができることが強力な局在型表面プラズモン形成につながるため、より大きな負の誘電率を持つ金属が好ましく、金,銀,白金等の貴金属が望ましい。
【0055】
デバイス基板101とプローブ104の距離は、前述のように、より長いほうが、プローブ104およびプローブに捕捉された標的物質105に対するノイズ除去光の影響がより小さくなるため好ましい。ただし、励起光113として前記のエバネッセント場114を用いる場合は同時に励起光の強度を弱めてしまうため、両者のバランスを取ることが求められる。具体的には、デバイス基板101とプローブ104の距離は、励起光のエバネッセント場114の染み出し距離より短く、ノイズ除去光のエバネッセント場112の染み出し距離よりも長いことが望ましい。
【0056】
前記2つの光によるエバネッセント場の染み出し距離は、前記2つの光の波長と、界面を構成する物質の2つの波長に対する屈折率、および2つの光の入射角によって決まるため、これらの条件(デバイス基板101の材質,スペーサ103によって保たれる距離,反応溶液102の溶媒,ノイズ除去光109と励起光113それぞれの波長と入射角)は相互の関係に基づいて決定する必要がある。ここで、波長193nm,532nmの光に対する合成石英の屈折率を、それぞれ1.56,1.46とする。また、同様に、水の屈折率を、それぞれ1.44,1.33とする。この合成石英と水の界面に合成石英側から照射した場合を考える。波長193nmのUV光をノイズ除去光109として、臨界角より大きい75°の入射角で照射すると、界面の溶液側に生じるノイズ除去光のエバネッセント場112の染み出し距離は34.3nmで、基板表面から100nm離れた位置での強度は基板表面の5.4%程度となる。一方、波長532nmの光を励起光113として、臨界角より大きい65.7°の入射角で照射すると、界面の溶液側に生じる励起光のエバネッセント場114の染み出し距離は1019nmで、基板表面から100nm離れた位置での強度は基板表面の91%程度となる。
【0057】
以上のように、前記2つの光によるエバネッセント場の基板表面から100nm離れた位置での強度は前記のように大きくことなるため、本実施例によれば、デバイス基板表面に付着したノイズ原因物質(非特異吸着した標的物質107やゴミ108)をノイズ除去光で分解しつつ、プローブ104やプローブに捕捉された標的物質105へのノイズ除去光による影響を最低限に抑え、なおかつプローブに捕捉された標的物質105に由来する蛍光強度を十分に得ることが可能となる。プローブ104やプローブに捕捉された標的物質105へのノイズ除去光による影響を抑えることは、標的物質105が、特に、単分子または少数分子(2〜数十個)の場合に重要な課題となる。これは、多分子に由来する蛍光の分析においては、ノイズ除去光の影響によってプローブ104やプローブに捕捉された標的物質105が分解されたとしても、蛍光強度が弱まるだけで済むが、単分子に由来する蛍光の分析においてこれは単に蛍光強度が弱まるだけでなく蛍光シグナルそのものが消失することを意味するためである。
【0058】
例えば、ある光強度と蛍光分子種において、蛍光分子の消光の時定数が1秒であるとき、1秒×loge10=2.3秒後には平均して90%の蛍光分子が消光し、もともとの蛍光分子数が10個程度であれば2.3秒後には多くの場合に全ての蛍光分子が消光してしまう。
【0059】
また、図4に示したように、反応溶液102を取り除いて蛍光色素を含まない媒質402で満たされた状態で、ノイズ除去光109を照射してもよい。この場合、反応溶液102と異なる屈折率をノイズ除去光および励起光に対して持つ物質を媒質402として用いることができ、前記の屈折率,波長,入射角の組み合わせの自由度を大きくすることができる。具体的には、媒質402として空気等気体を用いても、水等の液体を用いてもよい。例えば、空気の屈折率は水の屈折率より小さいため、媒質402として空気を用いるとノイズ除去光109に対する臨界角をより小さくできるので、より小さい入射角での照射が可能となる。また、同じ入射角を用いて媒質402としてより屈折率の高い物質を用いることで、染み出し距離を短くできる。
【0060】
また、図5に示したように、未反応の標的物質106や反応溶液102を導入する前にノイズ除去光を照射してもよい。この場合にも、デバイス基板101の表面には、製造,運搬,プローブ104の固定等の工程で付着したノイズ原因物質が存在するが、ノイズ除去光によるエバネッセント場112によって、これを分解することができる。本実施例によれば、この場合にもプローブ104に損傷を与えることなく、目的を達することができる。また、プローブ固定前にノイズ除去光を照射しても、当然、ノイズ原因物質を分解,除去することにより、蛍光分析のノイズを低減することができる。未反応の標的物質106や反応溶液102を導入する前や、プローブ固定前でノイズ除去光を照射する際も、蛍光検出を行う際に用いる反応溶液102と異なる媒質402を用いることができる。
【0061】
また、未反応の標的物質106や反応溶液102を導入する前や、プローブ固定前でノイズ除去光を照射した後に、図1や図3に示したように反応溶液102や溶液302を導入した後でのノイズ除去光照射を組み合わせてもよい。また、ノイズ除去光を照射するタイミングと、励起光を照射して蛍光を検出するタイミングは、同時並行でも、ノイズ除去光を照射した後に励起光を照射しても良い。同時並行であればノイズ除去から蛍光検出にかかる工程を削減できるため、装置の簡略化とスループット向上が実現できる。ノイズ除去光を照射した後に励起光を照射する際には、事前に多数のデバイス基板101に対して同時にノイズ除去光を照射しておき、蛍光検出のみ1枚ずつ行うことにより、ノイズ除去光を1枚ずつ照射する場合に比較してスループットを向上できる。
【0062】
図6は、ノイズ除去光のエバネッセント場612をナノ開口614を用いて発生させる方法を示したものである。デバイス基板601の反応溶液との界面610と接する側の面に、ノイズ除去光609に対して遮光性薄膜613を設ける。遮光性薄膜613にはノイズ除去光609の波長より短い口径をもつナノ開口614を設ける。ナノ開口部分はノイズ除去光609に対して実質的に透明媒質615で満たす。透明媒質615は反応溶液102またはデバイス基板601と同じ材質を用いてよく、望ましくは石英,サファイア,光学ガラス等である。
【0063】
前記ナノ開口614は、以下の工程で作製する。まず、デバイス基板101の表面にアルミニウムを200nmの厚さになるよう蒸着して遮光性薄膜613とする。アルミニウム以外の材質として、銀,金,クロム,炭化シリコンなどを用いて遮光性薄膜としても良い。遮光性薄膜613上に、Electron beam lithography技術により径50nmのナノ開口614を1μmの間隔で複数形成する。前記ナノ開口は、貫通穴でも良いし、デバイス基板101にわずかな厚さの膜が残った状態であっても良い。ナノ開口の作製方法としては、J. Appl. Phys. 2008、Vol. 103、034301(非特許文献5)に開示されている方法を用いても良い。
【実施例2】
【0064】
本実施例では、図7等を参照しながら、実施例1のノイズ除去方法を利用するに好適な核酸分析装置について説明する。以下、実施例1との相違点を中心に説明する。
【0065】
本実施例では、核酸分析デバイスに対して、蛍光色素を有するヌクレオチド,核酸合成酵素、及び核酸試料を供給する手段と、核酸分析デバイスに光を照射する手段と、核酸分析デバイス上においてヌクレオチド,核酸合成酵素、及び核酸試料が共存することにより起きる核酸伸長反応により核酸鎖中に取り込まれた蛍光色素の蛍光を測定する発光検出手段と、ノイズ除去用光照射手段と、を備える。
【0066】
より具体的には、核酸分析デバイス705として、合成石英(シグマ光機社製、193nmのUV光に対する屈折率1.561、350〜700nmに対する屈折率1.45〜1.48)のデバイス基板101の表面に、高さ100nmの金構造体をスペーサ103として配置し、プローブ104としてビオチン−アビジン−ビオチン標識一本鎖鋳型DNAの複合体を形成し、スペーサ103上に固定する。プローブの複合体形成と固定方法については後述する。
【0067】
また、本実施例では、カバープレート701と検出窓702と溶液交換用口である流路703と排出口704から構成される反応チャンバーに、前記のデバイス705を設置する。なお、カバープレート701と検出窓702の材質として、PDMS(Polydimethylsiloxane)を使用する。また、検出窓702の厚さは0.17mmとする。YAGレーザ光源(波長532nm,出力20mW)707およびYAGレーザ光源(波長355nm,出力20mW)708から発振するレーザ光710および709を、レーザ光709のみをλ/4板711によって円偏光し、ダイクロイックミラー712(410nm以下を反射)によって、前記2つのレーザ光を同軸になるよう調整した後、レンズ713によって集光し、その後、プリズム714を介してデバイス705へ臨界角以上で照射する。本実施例によれば、YAGレーザ照射により、デバイス705表面上にYAGレーザ由来のエバネッセント場が発生し、デバイス表面に結合したプローブDNAにより捕捉された標的物質の蛍光体は、YAGレーザ由来のエバネッセント場内に存在することになる。蛍光体はYAGレーザ光で励起され、その増強された蛍光の一部は検出窓702を介して出射される。また、検出窓702より出射される蛍光は、対物レンズ715(×60,NA1.35,作動距離0.15mm)により平行光束とされ、光学フィルタ716により背景光及び励起光が遮断され、結像レンズ717により2次元CCDカメラ718上に結像される。
【0068】
また、本実施例では、ノイズ除去用光照射手段としてノイズ除去用光学系を備える。ノイズ除去用光学系は図7の714および721〜725から構成される。UVレーザ光源であるArFエキシマレーザ721(波長193nm,出力30mW)から発振するノイズ消去用のUVレーザ光722を、レンズ724によって集光し、その後、プリズム714を介してデバイス705へ入射角75°で照射し、デバイスとデバイスに接する溶液の界面で全反射させる。なお、前記のUVレーザ光用の光学系を含む領域であるN2パージエリア725は、光学系からUVを吸収する酸素を排除するため窒素ガスを導入しているが、Arガスを導入するか、真空にしてもよい。または石英等のUV透過性のよい素材による光ファイバ等を用いてもよく、この場合は光路の自由度が上がるため装置レイアウトがしやすい。また、714および721〜725の配置としてエバネッセント場を発生可能な光学系配置一般を用いることができる。全反射条件で照射可能なレイアウトであればよい。例えば、707〜714と対向している必要は無く、並行または直行していてもよい。また、ナノ開口によるエバネッセント場を発生可能な光学系配置でもよい。
【0069】
本実施例によれば、UVレーザ照射により、デバイス705表面上にエバネッセント場が発生し、デバイス表面上のノイズ原因物質はUVレーザに由来するエバネッセント場内に存在するが、デバイス表面に結合したスペーサ上のプローブDNA、およびプローブDNAにより捕捉された標的物質の蛍光体は実質的にUVレーザに由来するエバネッセント場の外に存在することになる。デバイス表面上のノイズ原因物質をUVレーザ光により分解しノイズを除去できるが、スペーサ上のプローブDNA、およびプローブDNAにより捕捉された標的物質の蛍光体は保護される。よって、高いSN比で蛍光を検出できる。
【0070】
以下、図8を用いて段階的伸長反応の工程を説明する。反応工程は非特許文献2および非特許文献1に則って行う。ストレプトアビジンを加えたバッファを流路703より反応槽706に導入し、ストレプトアビジン801をデバイス705の金構造体810上のビオチン811に結合させ、ビオチン−アビジン複合体を形成させる(図8(a))。ビオチン修飾したターゲットである一本鎖鋳型DNA802にプライマ803をハイブリさせ、前記鋳型DNA−プライマ複合体と大過剰のビオチン804を加えたバッファを注入口である流路703へ導入し、ビオチン−アビジン結合を介して、単分子の前記鋳型DNA−プライマ複合体を固定する(図8(b))。固定反応後に、余剰な鋳型DNA−プライマ複合体およびビオチンを洗浄用バッファにて洗い流す。次に、蛍光体R6Gで標識された3′末端がアリル基で修飾されたdATP(3′−O−allyl−dATP−PC−R6G)805およびThermo Sequenaseポリメラーゼ806を加えたThermo Sequenase Reactionバッファを流路703より反応槽706へ導入し、伸長反応を行う。この時、プライマ803の3′末端の塩基の次に位置するところの相補的な位置にある一本鎖鋳型DNA802の配列上の塩基がTであった場合、前記dATP805はポリメラーゼ伸長反応によって前記鋳型DNA−プライマ複合体に取り込まれる。また、dATP805の3′末端はアリル基で修飾されているため、前記鋳型DNA−プライマ複合体に1塩基以上取り込まれることはない。伸長反応後、未反応のdATP805とポリメラーゼ806を洗浄用バッファで反応槽706から洗い流し、YAGレーザ光源707より発振するレーザ光709をチップへ照射し、蛍光検出を行う(図8(d))。この時、所定の位置における蛍光の有無によりdATPが鋳型DNA−プライマ複合体に取り込まれたかを判断する。次に、YAGレーザ光源708より発振するレーザ光710をチップへ照射し、前記複合体に取り込まれたdATP805に標識された蛍光体807を光切断により取り除く(図8(e))。次いで、パラジウムを含んだ溶液808を反応槽706内に導入し、パラジウム触媒反応により、前記複合体に取り込まれたdATPの3′末端のアリル基を水酸基に変える(図8(f))。前記3′末端のアリル基を水酸基に変えることにより、前記鋳型DNA−プライマ複合体の伸長反応が再開可能となる。前記触媒反応後に、洗浄用バッファにて反応槽706を洗浄する。図8(c)から前記洗浄までのプロセスを各dNTP、つまり、A→C→G→T→A→と繰返すことにより、固定された一本鎖鋳型DNA802の配列を決定する。
【0071】
本装置では、複数の金構造体810上での蛍光を同時計測できるため、複数の異なる鋳型DNA−プライマ複合体に取り込まれたdNTPの塩基種を、つまり複数の鋳型DNAの配列を同時に決定できる。また、本実施例のデバイスを用いれば、デバイス基板809上に非特異的に吸着している標的物質107からのノイズを低減することができる。以上より、本実施例によれば、一度に数多くの標的物質を高いコントラストで検出することができる。
【0072】
また、本実施例のノイズ除去用光学系を用いて、デバイス705以外の部位にノイズ除去光を照射しても良く、流路703や、バッファ等反応に必要な溶液を保持するタンクにおいて照射することで、バッファ等に含まれるノイズ原因物質によるノイズを除去することができる。デバイス705表面でノイズ除去光を照射する構成では溶液中に浮遊するノイズ原因物質を除去することはできないが、前記流路703やタンクにおいて照射することで前記溶液中に浮遊するノイズ原因物質を除去することが可能である。また、この際、ノイズ原因物質に分解されると後に続く反応または蛍光検出に影響を及ぼす物質(例えば未反応の標的物質106や鋳型DNA等)を含まない溶液のみにノイズ除去光をあててよく、これによって蛍光検出への影響を避けることができる。
【実施例3】
【0073】
本実施例では、図9を参照しながら、核酸分析装置の装置構成の好ましい構成の別の一例について説明する。以下、実施例1及び2との相違点を中心に説明する。
【0074】
本実施例は、ノイズ除去装置(図9(a))と、蛍光検出装置(図9(b))からなる。まず、図9(a)を参照して、本実施例を構成するノイズ除去装置について説明する。
【0075】
標的物質を含む溶液を低屈折率層側に保持できるチャンバーであるノイズ除去チャンバーに前記デバイス705を設置する。ノイズ除去チャンバーは、カバープレート901と溶液交換用口である注入口903と排出口904から構成される。図9(a)に示したノイズ除去装置の構成のうち、ノイズ除去用光学系の721〜725は図7と実質的に同等であり、UVレーザ光722は、プリズム914を介してデバイス705へ入射角75°で照射し、デバイスとデバイスに接する溶液の界面で全反射し、デバイス表面にノイズ除去光のエバネッセント場112を発生させる。また、図9(b)に示した蛍光検出装置は、ノイズ除去用光学系を除いた図7の蛍光分析装置の構成と同等である。
【0076】
また、本実施例ではチャンバーはノイズ除去装置と蛍光検出装置のそれぞれに含まれているが、チャンバーとデバイス705とを一体とし、図9(a)のノイズ除去チャンバーと図9(b)の反応チャンバーを共通のものとしてもよい。
【0077】
本実施例では、ノイズ除去用光学系を蛍光検出装置と分離することで、ノイズ除去用光照射と蛍光検出の工程を並行して行うことが可能となる。実施例2において複数のデバイス705を処理する際には、「ノイズ除去用光照射→蛍光検出」の工程をデバイスの個数だけ繰返す必要があるが、一般に蛍光検出にかかる時間のほうが長い。本実施例ではノイズ除去用光照射を予め済ませておくことで、連続して蛍光検出を行うことが可能となり、解析全体のスループットが向上する。また、ノイズ除去装置に複数デバイスを保持するよう構成することで、事前に多数のデバイス基板101に対して同時にノイズ除去光を照射しておき、蛍光検出のみ1枚ずつ行うことで、ノイズ除去光を1枚ずつ照射する場合に比較してスループットを向上できる。また、反応槽906中の媒質を反応槽706中の媒質と異なる屈折率を持つ、異なる物質にすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】核酸分析デバイスの概要。
【図2】核酸分析デバイスの変形例1。
【図3】核酸分析デバイスの変形例2。
【図4】核酸分析方法の概要。
【図5】核酸分析方法デバイスの変形例。
【図6】核酸分析デバイスの変形例3。
【図7】核酸分析装置の概要。
【図8】段階的伸長反応の概要。
【図9】(a)ノイズ除去装置の概要、(b)蛍光検出装置の概要。
【符号の説明】
【0079】
101,601,809 デバイス基板
102,602 反応溶液
103,603 スペーサ
104,604 プローブ
105 捕捉された標的物質
106 未反応の標的物質
107 非特異吸着した標的物質
108 ゴミ
109,609 ノイズ除去光
110 デバイスと反応溶液の界面
111 ノイズ除去光の入射角
112,612 ノイズ除去光のエバネッセント場
113 励起光
114 励起光のエバネッセント場
203 支持体
304 スペーサ−プローブ
402 媒質
605 プローブに捕捉された標的物質
606 反応溶液中に浮遊する標的物質
607 デバイス基板表面に非特異吸着した標的物質
608 ゴミ等の標的物質以外のノイズ原因物質
613 非導光性媒質
614 ナノ開口
615 導光性媒質
701,901 カバープレート
702 検出窓
703,903 注入口
704,904 排出口
705 デバイス
706,906 反応槽
707,708 YAGレーザ光源
709,710 レーザ光
711 λ/4板
712 ダイクロイックミラー
713,724 レンズ
714 プリズム
715 対物レンズ
716 光学フィルタ
717 結像レンズ
718 2次元CCDカメラ
721 UVレーザ光源
722 UVレーザ光
725 N2パージエリア
801 ストレプトアビジン
802 一本鎖鋳型DNA
803 プライマ
804,811 ビオチン
805 dATP(3′−O−allyl−dATP−PC−R6G)
806 Thermo Sequenaseポリメラーゼ
807 蛍光体
808 パラジウムを含んだ溶液
810 金構造体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的物質と相互作用できるプローブが配置されている基板と、
前記標的物質又は前記プローブに向けて励起光を照射する励起光照射光学系と、
前記励起光により生じた蛍光を検出する蛍光検出光学系と、
前記基板表面に非特異吸着した前記標的物質やゴミを分解できるノイズ除去光を、前記基材表面にエバネッセント場が発生する条件で、前記基板に照射するノイズ除去用光学系を備え、
前記エバネッセント場の範囲外に、前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項2】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記励起光照射光学系が、前記基材表面にエバネッセント場が発生する条件で、前記基板に励起光を照射することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項3】
請求項2記載の蛍光分析装置において、
励起光のエバネッセント場の染み出し距離が、ノイズ除去光のエバネッセント場の染み出し距離よりも長いことを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項4】
請求項2記載の蛍光分析装置において、
前記励起光が可視光であり、前記ノイズ除去光がUV光であることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項5】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記基板表面にスペーサが存在し、当該スペーサに前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項6】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記基板表面にスペーサが存在し、当該スペーサに前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項7】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記基板表面に対向する位置に支持体が存在し、当該支持体に前記プローブが配置されていることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項8】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記ノイズ除去用光学系が、前記基板の界面にて全反射するようにノイズ除去光を照射し、前記基材表面にエバネッセント場を発生させることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項9】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記基板が、ナノ開口を備え、
前記ノイズ除去用光学系が、前記ナノ開口にノイズ除去光を照射し、前記基材表面にエバネッセント場を発生させることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項10】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記プローブが、DNA,RNA,アプタマー,遺伝子,ヌクレオソーム,クロマチン,染色体,核様体、細胞膜,細胞壁、ウイルス,抗原,抗体,レクチン,ハプテン,レセプター,酵素,ペプチド,スフィンゴ糖、又はスフィンゴ脂質であることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項11】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記標的物質が、DNA,RNA,アプタマー,抗原,抗体,デオキシリボヌクレオシド3リン酸、又はリボヌクレオシド3リン酸であることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項12】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記標的物質が、蛍光標識されたヌクレオチドのモノマー又はオリゴマーであり、
前記プローブが、核酸合成酵素、又は核酸分子であり、
前記標的物質と前記プローブが相互作用することにより生成される核酸鎖中に取り込まれた前記ヌクレオチドの蛍光を検出することにより、核酸の配列情報を取得することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項13】
請求項1記載の蛍光分析装置において、
前記ノイズ除去用光学系が、励起光が照射されない領域にノイズ除去光を照射できることを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項14】
プローブを配置できるスペーサを有する光透過性基板と、
プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記光透過性基板の表面に保持できる反応槽と、
前記光透過性基板と直接又は間接的に接触するプリズムと、
レーザ光である励起光を生じる光源と、
レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、
前記プリズムに入射した励起光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、
前記プリズムに入射したUV光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項15】
光透過性基板と、
光透過性基板の基板表面と対向する位置に存在し、プローブを配置できる支持体と、
プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記光透過性基板の表面に保持できる反応槽と、
前記光透過性基板と直接又は間接的に接触するプリズムと、
レーザ光である励起光を生じる光源と、
レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、
前記プリズムに入射した励起光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、
前記プリズムに入射したUV光が、前記光透過性基板の表面で全反射し、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項16】
プローブを配置できるスペーサと、ナノ開口を備えた基板と、
プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記基板の表面に保持できる反応槽と、
レーザ光である励起光を生じる光源と、
レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、
前記ナノ開口に励起光が照射され、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、
前記ナノ開口にUV光が照射され、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項17】
光透過性基板と、
光透過性基板の基板表面と対向する位置に存在し、プローブを配置できる支持体と、
プローブを配置できるスペーサと、ナノ開口を備えた基板と、
プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記基板の表面に保持できる反応槽と、
レーザ光である励起光を生じる光源と、
レーザ光であるUV光を生じる光源と、を備え、
前記ナノ開口に励起光が照射され、前記プローブを含む領域にエバネッセント場が発生し、
前記ナノ開口にUV光が照射され、前記プローブを含まない領域にエバネッセント場が発生することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項18】
標的物質と相互作用できるプローブが配置されている基板と、
前記基板の表面に溶液を保持できる第1の反応槽と、
前記第1の反応槽に配置された前記基板に対し、当該基材表面にエバネッセント場が発生する条件で、ノイズ除去光照射するノイズ除去用光学系と、
前記基板の表面に溶液を保持できる第1の反応槽と、
プローブと相互作用できる標的物質を含む溶液を、前記光透過性基板の表面に保持できる第2の反応槽と、
前記第2の反応槽に配置された前記基板に対し、励起光を照射する励起光照射光学系と、
前記励起光により生じた蛍光を検出する蛍光検出光学系と、
を備える蛍光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−244000(P2009−244000A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89174(P2008−89174)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】