説明

蛍光相関分光による複数成分相互作用の分析方法及び相互作用制御化合物のスクリーニング方法

【課題】蛍光相関分光法を用いて、複数成分相互作用を高感度で分析する。
【解決手段】相互作用する複数成分のうち少なくとも1つを蛍光物質により標識する工程と、当該複数成分を含む溶液を蛍光相関分光法により分析し、前記蛍光物質の粒子の数及び/又は流体力学的半径を検出する工程とを含む。前記複数成分を含む溶液は、当該溶液の粘度が5〜100mPa・sとなるように分子量3350以上の粘度調節剤を含む。この分析方法は、複数成分相互作用を制御する化合物、例えば阻害剤の効率的なスクリーニングに用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光相関分光法を用いる複数成分の相互作用の分析方法に関し、より詳細には、分子間相互作用等を蛍光相関分光法により高感度に分析する方法に関する。さらに、本発明は、当該分析方法を用いて複数成分相互作用の制御化合物をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光相関分光法(FCS:Fluorescence Correlation Spectroscopy)は、微小領域の蛍光強度の時間変化を解析し、その蛍光ゆらぎに関わる蛍光粒子の数と形状、大きさに関する物理量を得ようとする方法である(非特許文献1及び2参照)。一般に、蛍光相関分光法で得られる情報の範囲は広く、サブフェムトリットル程度の微小領域の中でのブラウン運動に起因する情報以外に、例えば分子の構造的なゆらぎや化学反応の情報などにも及ぶ。この解析方法は、1分子計測の原理に基づいており、1サンプルの容量は微量でよく、タンパク質の生産が困難である高難度タンパク質試料を用いて、計測を行うのに適している。また、従来の測定法であるELISAや表面プラズモン共鳴法では、測定試料を固相化する必要があるが、蛍光相関分光法では、試料溶液を混合してプレートに分注するだけでよく、サンプル調製が簡便で迅速に行えるという利点がある。
【0003】
蛍光相関分光法は、1分子蛍光分析により蛍光標識した試料の並進拡散時間(Diffusion time)を解析するシステムである。共焦点レーザーにより、1000兆分の1リットル程度という超微少領域中で、数分子程度の高感度で蛍光強度の時間変化を計測することが可能である。したがって、測定領域を分子がブラウン運動によって出入りすることによって生じる蛍光強度の揺らぎを観測する。このとき、小さな分子は速い揺らぎとなり並進拡散時間が小さくなり、大きな分子は遅い揺らぎとなり並進拡散時間は大きくなる。並進拡散時間は分子量の3乗根に比例することが知られている。
【0004】
この原理を用いて、タンパク質間の相互作用や、タンパク質と核酸分子との相互作用といった2成分相互作用を解析することができる。例えば、核酸分子及びタンパク質のいずれか一方に蛍光物質を結合させて標識し、その後、溶液中で核酸分子とタンパク質とを相互作用させる。そして、溶液中の微小領域を測定領域として、当該領域における蛍光を測定する。核酸分子とタンパク質とが相互作用している場合と、相互作用していない場合とで、検出される蛍光強度のゆらぎが異なることとなり、蛍光強度のゆらぎに基づいて核酸分子とタンパク質との相互作用の有無を検出することができる。このような原理に基づく2成分相互作用を分析する方法は、本出願人により例えば、特開2005−98876号公報(特許文献1)として報告されており、その内容は引用により本書に繰り込むものとする。上記特許文献1にも開示されているように、大きい分子の蛍光強度のゆらぎ(並進拡散時間)の値をより大きく測定することができれば、測定対象の2成分が相互作用したときと、単独で存在する場合との測定値の差が大きくなり、相互作用の有無をより高感度に検出することができると考えられる。
【0005】
一方、タンパク質間の相互作用を阻害する化合物は、タンパク質ネットワークを1つのパスウエイに限って特異的に阻害することができるために、近年、分子標的薬として注目されている。その一例として、癌抑制因子であるp53とMDM2の相互作用を阻害するNutlin3がある(例えば、非特許文献3参照)。MDM2タンパク質(ACCESSION:Q00987)はp53タンパク質と結合し、p53の分解を促進することが知られている。この相互作用は、MDM2のN末端(17−125)のSWIBドメインに対して、p53のN末端ペプチド(15−29)が結合することが知られ、その複合体構造も報告されている(PDB:1YCR)。多くのヒト腫瘍で、p53機能を増強することが抗腫瘍効果を与えると考えられる。Nutlin3はMDM2のp53結合ポケットに結合してこれらの相互作用を阻害し、p53の分解を防ぐことで、腫瘍細胞におけるp53パスウェイを活性化することが示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2005−98876号公報
【非特許文献1】「蛋白質 核酸 酵素」、vol. 44、no. 9(1999)、p1431-1438
【非特許文献2】Eggeling C, Fries JR, Brand L, Guenther R, and Seidel CAM, Proc.Natl.Acad.Sci. USA 95, 1556-1561, 1998
【非特許文献3】Vassilev LT、 Vu BT、 Graves B、 Carvajal D、 Podlaski F、 Filipovic Z、 Kong N、 Kammlott U、 Lukacs C、 Klein C、 Fotouhi N、 Liu EA、 Science 2004、 303(5659): 844-8
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
蛍光相関分光で決定される並進拡散時間は、原則的に標識試料の分子量の3乗根に比例する。従って、例えば上記MDM2タンパク質ドメイン(分子量:13.4kDa)と、これに結合する16残基の蛍光標識ペプチド(分子量:2347)の結合を検出する場合を想定すると、並進拡散時間の実測値は、100%結合で約2倍であり、阻害剤スクリーニングを50%結合の条件で実施すると、実測値の差は1.4倍しかない。この時、並進拡散時間の測定には大きな測定誤差を伴うために、測定時間や測定回数を増やすことによって測定精度を確保しなければ阻害剤のスクリーニングは困難である。
【0008】
しかしながら、阻害剤のスクリーニングを効率的に行なうためには、1つの候補化合物の測定に要する時間を短縮する必要がある。このため、短い測定時間でも誤差の少ない並進拡散時間の検出方法が求められる。蛍光相関分光法を用いたスクリーニングを効率的に実施するためには、上記タンパク質間相互作用のような複数成分相互作用を高感度で測定できる技術が必須である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであって、蛍光相関分光法による蛍光物質の並進拡散時間を測定するときに、測定溶液中の粘度を調節することによって、高分子蛍光粒子の並進拡散時間と小分子蛍光粒子の並進拡散時間との差を、より大きな値として再現性よく検出できることを見出した。本来、並進拡散時間は、溶媒の粘性に比例することが、アインシュタイン・ストークスの式から予測できる。しかしながら、実際に検討をしてみると、用いる粘性高分子(粘度調節剤)の分子量や、蛍光粒子の分子量が、並進拡散時間に対して非常に複雑な影響を与えることを見いだした。また、粘度が高すぎると溶液の分注誤差が大きくなったり、複数成分相互作用の結合親和性に影響を与えたりする場合もある。本発明は、これらの知見に基づいて、完成されたものである。
【0010】
すなわち、第一の視点において、本発明の複数成分相互作用分析方法は、相互作用する複数成分のうち少なくとも1つを蛍光物質により標識する工程と、当該複数成分を含む溶液を蛍光相関分光法により分析し、前記蛍光物質の粒子の数及び/又は流体力学的半径を検出する工程と、を含む。ここで、前記複数成分を含む溶液は、当該溶液の粘度が5〜100mPa・sとなるように分子量3350以上の粘度調節剤を含むことを特徴とする。好ましい実施形態において、前記粘度調節剤は、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、及びポリビニルピロリドンから選択される何れかを含む。さらに好ましくは、前記ポリアルキレングリコールが、平均分子量約6000〜約600000のポリエチレングリコールであることを特徴とする。ポリエチレングリコールの平均分子量としてさらに好ましい範囲は、約6000〜約35000であり、さらになお好ましい範囲は約6000〜約20000である。
【0011】
他の視点において、上記分析方法を用いて複数成分相互作用を制御する化合物のスクリーニング方法が提供される。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、相互作用する複数成分のうち少なくとも1つを蛍光物質により標識する工程と、前記相互作用を制御するための候補化合物の存在又は非存在下において前記複数成分を含む溶液の蛍光相関分光法による分析を行って前記蛍光物質の粒子の数及び/又は並進拡散時間を測定する工程と、を含む。ここで、前記複数成分を含む溶液は、平均分子量3350以上のポリエチレングリコールを含むことによって、当該溶液の粘度が5〜100mPa・sに調整される。ポリエチレングリコールの平均分子量は約6000〜約600000であることが好ましい。そして候補化合物の存在下における前記並進拡散時間が、候補化合物の非存在下における前記並進拡散時間よりも小さいときに、前記候補化合物が少なくとも2成分の相互作用を阻害することを示す。好ましい実施形態において、前記複数成分の少なくとも1つがタンパク質若しくは核酸又はその相互作用領域であり、他の1つが前記タンパク質若しくは核酸又はその相互作用領域と結合する他のタンパク質、ペプチド、化合物又は核酸であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、蛍光相関分光による並進拡散時間の蛍光粒子分子量への依存性を増強することができるため、例えばタンパク質間相互作用のような複数成分相互作用の検出感度を向上することができる。従って、この方法を用いて複数成分相互作用を定量的に解析することができると共に、測定時間を短縮して、上記相互作用を阻害する化合物のスクリーニングを有効に実施することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明による複数成分の相互作用解析は、蛍光相関分光法を利用して当該各成分同士の相互作用を解析するものである。本方法において「複数成分」とは、相互作用する2以上の成分を意味しており、各成分自体が単一の分子でなくても良い。すなわち、複数成分における各成分は、複数の構成要素からなる複合体であっても良い。したがって、本方法において、「複数成分の相互作用」と表現する場合には、2又はそれ以上の構成要素からなる相互作用を含む意味である。また、3成分以上が相互作用する場合は、1つの成分の同一の部位又は領域において他の成分が競合的に相互作用してもよいし、或いは1つの成分の異なる部位又は領域において他の成分がそれぞれ相互作用してもよい。さらに相互作用する部位又は領域が部分的に重なり合っていてもよい。
【0014】
ここで、相互作用に寄与する構成要素としては、タンパク質、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、ペプチド核酸(PNA)及びそれらの相互作用領域(ドメイン)、並びにペプチド、核酸類似体を含む核酸分子、低分子化合物、核酸分子及びタンパク質を除く他の高分子化合物を例示することができる。したがって、本方法において、複数成分の相互作用としては、これらの構成要素が寄与するものであれば、特に限定されないが、例えば、タンパク質とタンパク質の相互作用、タンパク質とペプチドの相互作用、核酸と核酸の相互作用、核酸とタンパク質の相互作用、リガンドとリセプタータンパク質の相互作用等を挙げることができる。
【0015】
本方法においては、先ず、少なくとも1つが蛍光物質で標識された複数成分を含む溶液を調製する。ここで、使用可能な蛍光物質としては、特に限定されないが、蛋白質として存在し、レーザー照射または自身のエネルギーによって、蛍光、発光を始めとする光シグナルを発する物質等を挙げることができる。例えば、オワンクラゲから抽出された緑色蛍光タンパク質(以下、GFPと称する;Green Fluorescent Protein)、CFP(Cyan Fluorescent Protein)、YFP(Yellow Fluorescent Protein)およびRFP(Red Fluorescent Protein)等を挙げることができる。更に、ウミシイタケ由来の同様の蛍光タンパク質であってもよい。
【0016】
また、使用可能な蛍光物質としては、ペプチドのN末端及び/又はC末端、核酸分子の5'末端及び/又は3'末端、並びに特定化合物の一部分等に結合して当該分子を標識することができる、例えば、TAMRA、Alexa488、Alexa633、Cy3、Cy5、FITC、Rhodamine、Texas Red、Rhodamine Green、GFP、YOYO1、TMR、EVOblue、Alexa647等を挙げることができる。
【0017】
例えば、解析対象の複数成分のうち1つがタンパク質であって、当該タンパク質に蛍光物質を結合させる際には、解析対象のタンパク質と上述した蛍光タンパク質との融合タンパク質をコードする組換え遺伝子を有する発現ベクターを構築し、当該発現ベクターを用いて上記タンパク質に標識物質を結合させることができる。
【0018】
また、解析対象の複数成分のうち他の1つがペプチドの場合は、そのN末端アミノ基やC末端カルボキシル基を特異的に蛍光標識する技術が知られている。例えば、N末端のαアミノ基は、N−ヒドロスクシンイミドエステル等を用いて種々の蛍光色素で標識することができる。
【0019】
本発明の方法において、蛍光相関分光法による分析とは、微小領域内における蛍光粒子の数と流体力学的な半径等の情報を検出することをいう。得られた情報に基づいて、典型的には並進拡散時間(Diffusion time)が測定される。蛍光相関分光で測定される並進拡散時間τは、以下の(1)式にもとづいている。
τ=ω/4D ・・・(1)
この式は蛍光強度測定領域(コンフォーカル領域)の横軸ωと分子の拡散定数Dが基になっている。分子の拡散定数Dは(2)式であらわされる。
D=KT/6πηr ・・・(2)
ボルツマン定数K、絶対温度T、溶液の粘度(粘性係数)ηや、分子を球状と仮定した場合の分子半径(流体力学的半径)rがパラメーターとなる。
【0020】
これらの式から、並進拡散時間τは、ほぼ分子量の3乗根に比例することが分かる。一方、実測された並進拡散時間が、本明細書の以下の実施例のように、異なる並進拡散時間を持つ2つ以上の蛍光粒子の並進拡散時間の加重平均値となっている場合には、蛍光相関分光法では、蛍光の自己相関関数の分析から、これらを2成分に分解し、それぞれの成分(以下の実施例では、タンパク質−標識ペプチド複合体と、解離した標識ペプチド単体)の存在比を分析することができる。
【0021】
蛍光相関分光法の感度を増強させるために、上記複数成分を含む溶液に分子量3350以上の粘度調節剤を添加し、当該溶液の粘度が5〜100mPa・s、好ましくは5〜50mPa・sとなるように調整する。粘度調節剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレンオキシドのホモポリマー、ポリオキシエチレン化されたポリオール、これらのコポリマー、及びこれらのブロックコポリマーが含まれる。あるいは、ポリビニルアルコール、及びポリビニルピロリドン等の親水性ポリビニルポリマーを含むがこれらに限定されない。好ましい粘度調節剤としては、ポリエチレングリコールが挙げられ、より好ましくは平均分子量が約6000以上のポリエチレングルコールである。さらに好ましくは、ポリエチレングリコールの平均分子量は、約6000〜約600000の範囲内である。ポリエチレングリコールとしては、他に、分子量35000、100000、200000、300000、及び400000のもの等が市販されており利用できる。分子量100000以上のものについては、ポリエチレンオキサイドと呼ばれる。さらになお好ましい実施形態において、前記PEGの平均分子量は約10000〜約20000であり、且つ前記2成分を含む溶液の粘度が7.5〜25mPa・sである。例えば、PEG10000を用いる場合は、当該溶液中の濃度を約10%以上となるように調製する。また、PEG20000を用いる場合は、約5%〜約20%である。高分子量のポリエチレングリコールや、ポリビニルアルコール及びポリビニルピロリドン等の親水性のポリビニルポリマーは、分子量が10000以上等、高分子量になるほど溶液に対して低濃度で高い粘性を付与することができ、溶質分子への付加的な効果を減弱することができ有用である。一方、分子量900000、1000000、2000000、4000000、5000000、7000000、8000000等のポリエチレングルコール/ポリエチレンオキサイド等も市販されているが、水溶性が悪い、市販品の純度が低いなどの問題点が生じる。
【0022】
本発明の方法に用いられるポリエチレングリコール(PEG)とは、2つの末端ヒドロキシル基をもつエチレングリコールが重合した、直鎖の水溶性ポリマーであり、PEGはそれらの分子量によって分類される。例えば、PEG5000は約5000ダルトンの平均分子量を有し、PEG10000は、約10000ダルトンの平均分子量を有する。
【0023】
本発明の1つの実施形態において、上記複数成分相互作用の分析方法を用いて当該相互作用の阻害剤をスクリーニングする方法が提供される。図1は、その典型的な実施形態を示す模式図である。このスクリーニング方法は、タンパク質の相互作用ドメインと、そこに結合する相手側タンパク質の結合領域ペプチドの複合体形成/解離反応を測定するアッセイ系である。タンパク質の結合領域ペプチドを蛍光標識して、標識ペプチド単体とタンパク質−標識ペプチド複合体の並進拡散時間を比較する。そして、このアッセイ系に候補化合物を共存させることによって上記タンパク質−標識ペプチド複合体が解離するか否かを検出する。1つの候補化合物が上記タンパク質の相互作用ドメインに結合する場合、すなわち阻害剤であるときは当該結合部位から標識ペプチドが解離するため蛍光物質の分子量が低下し、これによって並進拡散時間が小さくなる。従って、候補化合物の存在又は非存在下においてこの並進拡散時間を測定することで阻害剤をスクリーニングすることができる。
【0024】
本発明のスクリーニング方法に用いることのできる相互作用を制御するための候補化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアルケミストリー技術、又は通常の合成技術によって得られた化合物群、あるいは、ファージディスプレイ法などを応用して作成されたランダムペプチド群を用いることができる。また、微生物の培養上清、植物若しくは海洋生物由来の天然物質又は動物組織抽出物などもスクリーニングの候補化合物として用いることができる。さらには、本発明のスクリーニング方法により得られた化合物を化学的又は生物学的に修飾した化合物も用いることができる。
【0025】
生体内における複数成分の相互作用を制御する化合物としては、典型的にはこれらの相互作用の阻害剤が挙げられる。例えば、リセプタータンパク質である種々のチロシンキナーゼについて、その基質やATPとの相互作用の阻害剤が癌の分子標的薬として開発され、すでに慢性骨髄性白血病の治療薬であるイマチニブや肺癌の治療薬であるゲフィチニブといった分子標的薬が上市されている。従って、本発明の方法によりスクリーニングされた相互作用制御化合物は、例えば、生体内のシグナル伝達系の阻害剤として、医薬品や診断薬として利用できる可能性がある。
【実施例1】
【0026】
[試薬と方法]
蛍光相関分光測定用バッファー(FCSバッファー)として0.05Mのトリス塩酸(pH8)、0.05%Tween20を用いた。ここに加えるPEGとしては、Hampton Research社製のPEG1000(50%、w/v)、PEG3350(50%、w/v)、PEG6000(50%、w/v)、PEG8000(50%、w/v)、PEG10000(50%、w/v)、PEG20000(30%、w/v)を購入した。購入した原液を、終濃度1.25、2.5、6.25、12.5、18.75、25%(v/v)にFCSバッファーで希釈し、1.25倍PEGバッファーを調製した。
【0027】
蛍光色素としては、TAMRA(分子量は528Da)(MF20用標準試薬)をFCSバッファーで溶解し使用した。10merのペプチド(分子量:1.5kDa)は、カークらの方法(Kirk D. Beebe, P. Wang, G. Arabaci, D. Pei: Determination of the Binding Specificity of the SH2 Domains of Protein Tyrosine Phosphatase SHP-1 through the Screening of a Combinatorial Phosphotyrosyl Peptide Library. Biochemistry., 39: 13251-13260, 2000)に基づいて選択したSHP−1結合ペプチド配列のC末側にTAMRA標識したもの(ITpYSLLKGGK−TAMRA)、16merのペプチド(分子量:2.3kDa)はC末側にTAMRA標識したp53N末ペプチド(SQETFSDLWKLLPENK−TAMRA)を購入した。
【0028】
[MDM2タンパク質試料の調製]
MDM2(17−124)(13.4kDa)試料の調製は、以下の方法によった。大腸菌無細胞タンパク質合成系(Kigawa et al., FEBS Lett., 442-1: 15-19、 1999)(内液9ml/外液90ml)を用いて30℃、4時間の反応によりタンパク質を発現させた。発現させたタンパク質は、4%PEG8000を含む20mMトリス塩酸(pH8.0)、100mMのNaCl、20mMイミダゾールに対して4℃、一晩透析を行なった。
【0029】
得られたサンプルには、TEVプロテアーゼによる切断部位、及びヒスチジンタグが付加されているため、タグを利用してアフィニティー精製を行なった。サンプルをHisTrapカラムに通し、20mMトリス塩酸(pH8.0)、100mMのNaCl、500mMイミダゾールで溶出した。溶出したサンプルは脱塩カラムにかけ、イミダゾールの除去と、20mMトリス塩酸(pH8.0)、150mMのNaCl、2mMのDTTへのバッファー交換を行なった。このサンプルにTEVプロテアーゼを4000ユニット加え、4℃、一晩、転倒混和し、ヒスチジンタグを切断した。タグを切断したサンプルは、再びHisTrapによるアフィニティー精製を行なうことで、切断したタグと目的のタンパク質に分離した。得られた目的タンパク質は、限外ろ過(Amicon Ultra-15 MWCO 5000)により濃縮した。濃縮した最終サンプルをブラッドフォードの方法を用いて定量した結果、36mg/mlであった。タンパク質液量としては350μl得られた。
【0030】
[PEGと粘性]
粘度計は、株式会社エー・アンド・デイ社製SV型粘度計を使用した。粘度計校正用標準液JS10とJS100(日本グリース株式会社)で2点校正を行い、粘性値を補正した(測定温度22℃)。調製した1.25倍PEGバッファーをFCSバッファーで1倍濃度に希釈した。希釈したPEGバッファー10mlをサンプル容器にいれ、振動子のくびれ中央に試料の液面がくるように調整し、振動子をPEGバッファー中に入れて測定を行った(下記表1参照)。表1に示したように、PEG%濃度が大きくなると粘性は大きくなった。PEG分子量が大きくなると粘性は大きくなり、PEG分子量が大きいほどPEG%濃度の大きさが粘性の大きさに影響していた。
【0031】
【表1】

【0032】
[粘性と見かけの並進拡散時間]
並進拡散時間の測定には、1.25倍PEGバッファーとFCSバッファーを混合した溶液に、10倍濃度の蛍光標識サンプルを加えた。TAMRAとTAMRA標識ペプチドは最終濃度1nMで添加した。測定には、1分子蛍光分析システム(MF20)(OLYMPUS社製)を使用した。これら調製サンプルをMF20測定用384プレートに30μlずつ分注し測定を行った。MF20の測定は励起波長543nmで10秒、5回行った。測定用のPEGバッファーを粘性に換算し、グラフを作成した(図2及び3参照)。図2は、分子量が異なる3種の蛍光物質について、粘性と並進拡散時間を示した。縦軸は実測値を標準標識試薬で、校正した後、PEG無添加の並進拡散時間を100とした相対値をプロットしたものである。図3は、PEGの分子量の違いによる粘性と並進拡散時間の違いを比較した。実測値を標準標識試薬で校正した後、PEG無添加の並進拡散速度を100とした相対値をプロットしたものである。いずれの分子量のPEGを用いた場合にも、粘性と並進拡散時間には正の相関が見られた。しかしながら、両者は理論値と異なり、1)並進拡散時間は、粘性に対する比例値より、小さい値をとった。2)この異常効果は、PEGの分子量が大きいほど顕著であった。3)また、PEGの分子量が大きいほど、両者の関係を直線で近似した場合の比例定数も小さい。4)両者を近似した直線の比例定数は、溶媒が同一であれば、溶質の分子量が大きいほど大きい。図2及び3から推定すると、PEG分子量6000以上、粘性10mPa・s以上の溶媒を用いると、溶質の分子量差は、より大きく並進拡散時間に反映される。
【0033】
そこで、より大きな溶質分子に対する粘性の効果を検討するために、Alexa Fluor 647標識Goat anti-human IgG(分子量:約150kDa)を購入して、PEGバッファー中での並進拡散時間を、励起波長633nmで測定した結果を図3のグラフに追加して示した。この結果から、PEG分子量10000以上、粘性15mPa・s以上程度の溶媒を用いて、並進拡散時間を測定すると、大きな分子量の溶質分子の並進拡散時間が大きく測定できることが予想された。
【0034】
[解離定数へのPEGの効果]
MDM2のp53ペプチド複合体の解離定数を蛍光相関分光法により測定した。p53ペプチドは、p53とMDM2との相互作用部位であるN末端から15〜29番目の残基に相当するペプチド鎖のC末端にTAMRA標識したSQETFSDLWKLLPENK−(TAMRA)(16mer)を合成し、4mMでDMSOに溶解したものをストック溶液とした。FCSバッファーに最終濃度が0.5%になるようにDMSOを加え、150mMのNaClを加えたものと加えないものを調製した。PEG20000はFCSバッファーで2.5倍の濃度に調製し、最終濃度が10%になるように反応液に加えた。この溶液にTAMRA標識p53ペプチドを最終濃度が1nMになるように加え、タンパク質溶液を最終濃度0、0.1、0.3、1、3、10、30μMになるように加え、25℃で1時間反応させた。反応させた溶液をMF20測定用384プレートに30μlずつ分注し、励起波長543nmで10秒、5回測定した。得られた結果をプロットしデータ分析・グラフ作成ソフトOrigin(OriginLab社)によりフィッティングを行なった。
【0035】
まず、FCSバッファーにPEG20000が入っている場合と入っていない場合を比較した(図4参照)。MDM2ではKD値はいずれも約2μMでPEGが入っている場合と入っていない場合でKD値にほとんど差は見られなかった。
【0036】
そこで、MDM2でFCSバッファーにNaClが入っている場合と入っていない場合を比較した(図5参照)。p53ペプチド/MDM2の相互作用では、NaClが入っている場合ではKD値が約250nMでNaClが入っていない場合ではKD値は約1.5μMとなった。PEGの添加は、タンパク質/ペプチド複合体の解離定数にわずかに影響を与えるが、これは、溶媒に塩を添加した場合の効果より小さな程度であり、スクリーニングには大きな問題がないと考えられた。
【0037】
[MF20での測定の高速化]
MF20の測定は10秒5回で行っているが、この条件では384プレートの計測時間が約7時間となる。スクリーニングを行うには測定の迅速化が必要である。しかし、測定時間と回数を少なくするとデータの信頼性が薄れてくるという問題がある。そこで、測定の高速化を図るために、バッファーにPEGを入れた条件と入れない条件での測定誤差の検討を行った。この場合に、溶液の粘度が52mPa・sを超えると、溶液の取扱いがやや困難となり、100mPa・sを超えると、大変困難となった。
【0038】
NaClが入っていない条件のもとで、PEGが入っていないバッファーと、PEG20000添加(12.2mPa・s)のバッファーの2条件で10秒5回、5秒5回、5秒3回の測定を4回繰り返した。測定では、スクリーニング時のコントロール値である、Free(1nMのTAMRA標識p53ぺプチド)と、Complex(1nMのTAMRA標識p53ぺプチド、PEGなし時200nM、PEG20000添加時2μMのMDM2)の並進拡散速度を測定した。FreeであるTAMRA標識p53ペプチドの測定値集団とComplexであるTAMRA標識p53ペプチド/MDM2複合体の測定値集団の差が有意であるかどうかを、ANOVAにより両側検定をおこない検討した(表2参照)。
【0039】
【表2】

【0040】
この結果、PEGが入っている条件では5秒5回まで高速化してもFreeとComplexで有意差があった。PEGが入っている条件の方が高速化した場合に信頼性が持てることがわかった。
【0041】
[スクリーニング高速化への可能性]
PEGが入っているバッファーでのスクリーニングへの可能性を調べるためにPEGが入っている条件と入っていない条件での競合阻害実験を行った。TAMRA標識p53ペプチドとMDM2を使用し、阻害剤にはNutlin3aを用いた。サンプルの調製は前述と同様に行った。PEGは分子量20000、12.2mPa・sと分子量10000、7.53mPa・sの条件とした。励起波長543nmで10秒5回測定した(表3参照)。
【0042】
【表3】

【0043】
結果、PEGの添加は、阻害剤によるペプチドとタンパク質の結合阻害に影響を与えなかった。PEGが入っていることによりFreeとComplexの並進拡散時間の差が大きくなり阻害の差を大きく測定できるようになった。

【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】蛍光相関分光法による相互作用阻害剤のスクリーニング方法の概略を示した模式図である。
【図2】PEGバッファーの粘性と見かけの並進拡散時間の関係を示したグラフである。
【図3】PEGバッファーの粘性と見かけの並進拡散時間の関係を示したグラフである。
【図4】MDM2とp53ペプチドの解離定数に与えるPEGの添加効果を示したグラフである。
【図5】MDM2とp53ペプチドの解離定数に与えるNaClの添加効果を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互作用する複数成分のうち少なくとも1つを蛍光物質により標識する工程と、
当該複数成分を含む溶液を蛍光相関分光法により分析し、前記蛍光物質の粒子の数及び/又は流体力学的半径を検出する工程と、を含む前記複数成分の相互作用を分析する方法であって、
前記複数成分を含む溶液は、当該溶液の粘度が5〜100mPa・sとなるように分子量3350以上の粘度調節剤を含むことを特徴とする、複数成分相互作用分析方法。
【請求項2】
前記粘度調節剤が、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、及びポリビニルピロリドンから選択される何れかを含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ポリアルキレングリコールが、平均分子量約6000〜約600000のポリエチレングリコールである請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記粘度調節剤が、平均分子量約10000〜約20000のポリエチレングリコールを含み、且つ前記複数成分を含む溶液の粘度が7.5〜25mPa・sに調整されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記複数成分の少なくとも1つがタンパク質若しくは核酸又はその相互作用領域であり、他の1つが前記タンパク質若しくは核酸又はその相互作用領域と結合する他のタンパク質、ペプチド、化合物又は核酸である請求項1〜4何れか記載の方法。
【請求項6】
相互作用する複数成分のうち少なくとも1つを蛍光物質により標識する工程と、
前記相互作用を制御するための候補化合物の存在又は非存在下において前記複数成分を含む溶液の蛍光相関分光法による分析を行って前記蛍光物質の粒子の数及び/又は並進拡散時間を測定する工程と、を含み、
ここで、前記複数成分を含む溶液は、平均分子量3350以上のポリエチレングリコールを含むことによって、当該溶液の粘度が5〜100mPa・sに調整され、そして
候補化合物の存在下における前記並進拡散時間が、候補化合物の非存在下における前記並進拡散時間よりも小さいときに、前記候補化合物が少なくとも2成分の相互作用を阻害することを示す、相互作用制御化合物のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記複数成分を含む溶液が、平均分子量約6000〜約600000のポリエチレングリコールを含む請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記複数成分を含む溶液が、平均分子量約10000〜約20000のポリエチレングリコールを含み、且つ前記複数成分を含む溶液の粘度が7.5〜25mPa・sに調整されることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記複数成分の少なくとも1つがタンパク質若しくは核酸又はその相互作用領域であり、他の1つが前記タンパク質若しくは核酸又はその相互作用領域と結合する他のタンパク質、ペプチド、化合物又は核酸である請求項6〜8何れか記載の方法。
【請求項10】
前記複数成分を含む溶液中の各成分の濃度が、当該溶液中に存在する粘度調節剤の分子量と濃度に合わせて最適化されることを特徴とする請求項6〜9何れか記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−292371(P2008−292371A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−139452(P2007−139452)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度、文部科学省、委託研究「タンパク質解析基盤技術開発(化合物ライブラリーを基盤としたタンパク質制御技術の開発)」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】