説明

血中コレステロール濃度低下作用物質

【課題】 IL-10を含むHMG CoA還元酵素抑制剤、該HMG CoA還元酵素抑制剤を含む血中コレステロール濃度低下剤および該HMG CoA還元酵素抑制剤を含む動脈硬化の予防または治療剤の提供、ならびにIL-10を含む動脈硬化の治療に用い得るステントの提供。
【解決手段】 IL-10またはIL-10をコードするDNAを有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制およびMCP-1産生抑制剤および該抑制剤を含む動脈硬化または難治性高脂血症の予防剤または治療剤ならびにIL-10を含む血管拡張術施行後の再狭窄予防用ステント。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、IL-10のHMG CoA還元酵素抑制によるコレステロール産生低下作用および/またはMCP-1の発現抑制作用により、動脈硬化を予防、治療することに関する。
【背景技術】
【0002】
炎症性反応は、炎症細胞(リンパ球とマクロファージ)と血管内皮および平滑筋細胞の間の複雑な相互作用が関与している。炎症による血管壁の傷害は、動脈硬化の主要因であると思われる。
【0003】
動脈硬化形成の初期には、内皮細胞が種々の因子により活性化され、内皮細胞表面に単球及びリンパ球が接着し、単球走化因子(MCP-1)などのケモカインの誘導下に内皮下に侵入する。これらの初期変化は動脈硬化の形成に重要であり、この過程を抑制することができれば、動脈硬化さらには虚血性心疾患や閉塞性動脈硬化症などが予防できると考えられる。
【0004】
従って、抗炎症戦略は、動脈硬化性疾患の予防および治療への有望なアプローチである可能性がある。動脈硬化形成の他の重要な特徴は、脂質の蓄積である。大規模な臨床治験により、HMG CoA還元酵素抑制剤(スタチン:statin)が関与する脂質減少治療が、虚血性心疾患等の動脈硬化性障害に有用であることが示された(非特許文献1および2を参照)。最近の研究において、スタチンが抗炎症性効果を含む動脈硬化形成過程における多面的効果を有することが示された(非特許文献3参照)。他方で、腫瘍壊死因子(TNF)α、インターロイキン(IL)-1およびIL-6等の炎症促進性のサイトカインが、脂質代謝に重大な影響を及ぼす(非特許文献4参照)。これらの知見は、炎症と脂質代謝の間に複雑な相互作用があることを示唆する。
【0005】
リンパ球およびマクロファージのような多種多様な細胞によって分泌されるIL-10は、炎症促進性のサイトカインやケモカインの産生および内皮接着分子の発現を含む多くの炎症性反応の重要な抑制剤である(非特許文献5参照)。IL-10は炎症抑制性サイトカインとして1989年に同定された。現在までに、炎症性腸疾患、慢性関節リウマチ等の動物モデルでその炎症抑制効果が報告され、クローン病においては臨床試験も行われている。IL-10発現は、早期および進展した動脈硬化性プラークで確認され(非特許文献6および7を参照)、潜在的な動脈硬化進展抑制効果を有すると考えられている。実際、最近の研究により、高脂肪食を与えられたIL-10トランスジェニックマウスにおける動脈硬化発生が減少することが示された(非特許文献8参照)。反対に、IL-10欠損マウスにおいて、より重篤な動脈硬化が生じることがわかった。これらのマウスの動脈硬化形成傾向はプラスミドによるIL-10の遺伝子導入によって改善された(非特許文献9参照)。IL-10は、同様にヒトの動脈硬化性疾患で保護的役割があると考えられる(非特許文献10および11を参照)。
【0006】
サイトカインの炎症およびリポ蛋白代謝への効果に対する大きな関心にかかわらず、in vivoにおけるこれらのプロセスでのIL-10の影響を調べた研究は非常に少ない(非特許文献12および13を参照)。
【0007】
【非特許文献1】Lancet 1994; 344: 1383-1389
【非特許文献2】Shepherd J et al. N Engl J Med 1995; 333: 1301-1307
【非特許文献3】Chen H, Ikeda U, Shimpo M, Shimada K. Hypertens Res 2000; 23: 187-192
【非特許文献4】Feingold KR, Grunfeld C. Diabetes 1992; 41 Suppl 2: 97-101
【非特許文献5】Fiorentino DF, Bond MW, Mosmann TR. J Exp Med 1989; 170: 2081-2095
【非特許文献6】Uyemura K et al. J Clin Invest 1996; 97: 2130-2138
【非特許文献7】Mallat Z et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 1999; 19: 611-616
【非特許文献8】Pinderski Oslund LJ et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 1999; 19: 2847-2853
【非特許文献9】Mallat Z et al. Circ Res 1999; 85: e17-24
【非特許文献10】Smith DA et al. Circulation 2001; 104: 746-749
【非特許文献11】Anguera I et al. Am Heart J 2002; 144: 811-817
【非特許文献12】van Exel E et al. Diabetes 2002; 51: 1088-1092
【非特許文献13】Von Der Thusen JH et al. Faseb J 2001; 15: 2730-2732
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、IL-10を含むHMG CoA還元酵素抑制剤、該HMG CoA還元酵素抑制剤を含む血中コレステロール濃度低下剤および該HMG CoA還元酵素抑制剤を含む動脈硬化の予防または治療剤の提供を目的とし、さらに本発明は血管形成術後の再狭窄の防止に用い得るIL-10溶出ステントの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、in vivoにおいて、従来研究されていなかった炎症および脂質代謝に対するIL-10の効果について検討を行った。動脈硬化発生は慢性プロセスであるので、この疾患に対する効果を評価するためには、IL-10の長期的発現が必要である。そこで、本発明者らは、IL-10遺伝子導入のためにアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて、in vivo におけるIL-10の動脈硬化抑制作用を調べた。ここで、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは骨格筋を形質転換し、1回の投与後に持続性の発現と治療タンパク質の全身性デリバリーを可能にする(Kessler PD et al. Proc Natl Acad Sci U S A 1996; 93:14082-14087)。
【0010】
その結果、本発明者らは、IL-10がMCP-1の発現を抑制して炎症を抑えるとともに、HMG CoA還元酵素の発現を抑制することにより、血中のコレステロール濃度を低下させ動脈硬化の進展を遅らせることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] IL-10を有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制剤、
[2] IL-10を有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制およびMCP-1産生抑制剤、
[3] IL-10をコードするDNAを有効成分として含むHMG CoA還元酵素抑制剤、
[4] IL-10をコードするDNAを有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制およびMCP-1産生抑制剤、
[5] IL-10をコードするDNAがベクターに導入されている[3]または[4]の抑制剤、
[6] ベクターがアデノ随伴ウイルスベクターである[5]の抑制剤、
[7] 局所的投与剤である[1]から[6]のいずれかの抑制剤、
[8] [1]から[7]のいずれかの抑制剤を含むコレステロール産生抑制剤、
[9] [1]から[7]のいずれかの抑制剤を含む血中コレステロール濃度低下剤、
[10] [1]から[7]のいずれかの抑制剤を含む動脈硬化または難治性高脂血症の予防剤または治療剤、
[11] さらにスタチンを含む[10]の予防剤または治療剤、
[12] IL-10を含む血管拡張術施行後の再狭窄予防用ステント、ならびに
[13] 局所的に血管壁の炎症を抑制し、血中コレステロール産生を抑制し得る[12]の再狭窄予防ステント。
【発明の効果】
【0012】
実施例に示すように、IL-10を被験体に投与することにより、MCP-1発現が抑制され、さらにHMG CoA還元酵素の発現が抑制され、血中のコレステロールレベルが低下し、動脈硬化性病変の形成が抑えられる。この結果、本発明のIL-10またはIL-10をコードするDNAを含むHMG CoA還元酵素抑制剤である医薬組成物は、血中コレステロール濃度を低減し、および動脈硬化を予防または治療することが可能であることを示す。特に、本発明の医薬組成物は局所的にMCP-1発現を抑制し得るので、局所的に投与して、局所的な炎症抑制および動脈硬化進展抑制に効果を発揮し得る。
【0013】
さらに、IL-10を含むステントを動脈硬化病変部に留置することにより、該ステントから病変部周辺にIL-10が供給され、局所的に血管形成術後の再狭窄を防止することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のHMG CoA還元酵素抑制剤は、IL-10(インターロイキン10)を有効成分として含む。
【0015】
本発明で用いるIL-10のアミノ酸配列およびIL-10をコードするDNAの塩基配列は公知である(Mosman, T.R. Immunol.Res., 10:183-188, 1991、Moore, K.W. et al. Annu. Rev. Immunol., 11: 165-190, 1993、Moore, K.W. et al. Science, 248: 1230-1234, 1990、Viera, P. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88: 1172-1176, 1991、塩基配列のデータベースアクセッション番号(EMBL/GenBank)は、M57627、X73536(以上ヒト)、M37897、M83340(以上、マウス)。本発明で用いるIL-10は前記アミノ酸配列を有するIL-10または該配列と実質的に同一のアミノ酸配列を有し、IL-10活性を有するタンパク質を用いることができる。ここで、実質的に同一のアミノ酸配列としては、当該アミノ酸配列に対して1若しくは複数(1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1個若しくは2個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列と、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを用いて)を用いて計算したときに、少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の相同性を有しているものが挙げられる。
【0016】
またIL-10には、IL-10のフラグメント、アナログ、およびホモログであって、IL-10の活性を有するものが含まれる。IL-10の活性として、IL-2、リンホトキシン、IL-3、またはGM-CSFのレベルの阻害または実質的な減少等が挙げられる。IL-10活性はまた、活性化された単球/マクロファージによるサイトカイン産生(例えば、IL-1、IL-6、およびTNF-α)の阻害を含む。IL-10の由来動物種は限定されないが、ヒトに投与する場合ヒト由来のIL-10が好ましい。
【0017】
さらに、本発明はIL-10をコードするDNAを有効成分として含む医薬組成物も含む。該DNAを被験体に投与することにより、被験体内でIL-10が長期間にわたって発現、産生され、効果を発揮する。IL-10タンパク質を体内に投与した場合の、血中半減期は1.1〜26時間と極めて短いので、長期間にわたる効果を望む場合は、IL-10をコードするDNAを投与して、被験体内で発現させるのが望ましい。IL-10をコードするDNAの塩基配列は、前記文献に記載されている他 Gen Bank 等のデータベースにも登録されている。従ってこれらの配列情報に基づき適当なDNA部分をPCRのプライマーとして用い、例えば肝臓や白血球由来のmRNAに対してRT-PCR反応を行うことなどにより、IL-10のcDNAをクローニングすることができる。これらのクローニングは、例えばMolecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)等の基本書に従い、当業者ならば容易に行うことができる。さらに、本発明のIL-10をコードするDNAは前述のものに限定されず、発現されるタンパク質がIL-10の有する活性を有するDNAである限り、本発明のIL-10をコードするDNAに含まれる。例えば、1)前記DNAの塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAや、2)前記DNAによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1若しくは複数(1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1個若しくは2個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAなどのうち、IL-10の活性を有するタンパクをコードするものであれば、本発明のIL-10をコードするDNAに含まれる。さらに、本発明はIL-10をコードするDNAを含むベクターをも含む。該ベクターを被験体に導入することにより、被験体体内でIL-10が発現し治療効果を発揮し得る。このような、遺伝子治療における目的の遺伝子の被験体への導入は公知の方法により行うことができる。被験体への導入方法として、ウイルスベクターを用いた場合と、非ウイルスベクターを用いた場合の二つに大別され、種々の方法が公知である(別冊実験医学、遺伝子治療の基礎技術、羊土社、1996;別冊実験医学、遺伝子導入&発現解析実験法、羊土社、1997;日本遺伝子治療学会編、遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス、1999)。
【0018】
ウイルスベクターとしては、アデノ随伴ウイルス、アデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスベクターを用いた方法が代表的なものである。より具体的には、例えば、無毒化したレトロウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)等のDNAウイルスまたはRNAウイルスに目的とする遺伝子を導入し、細胞に組換えウイルスを感染させることによって、細胞内に遺伝子を導入することが可能である。
【0019】
また、上記ウイルスを用いることなく、慣用の遺伝子発現ベクターが組み込まれた組換え発現ベクターを用いて、目的遺伝子を細胞や組織に導入することができる。例えば、リポフェクション法、リン酸-カルシウム共沈法、DEAE-デキストラン法、微小ガラス管を用いたDNAの直接注入法などにより細胞内へ遺伝子を導入することができる。
【0020】
また、内包型リポソーム(internal liposome)による遺伝子導入法、静電気型リポソーム(electorostatic type liposome)による遺伝子導入法、HVJ-リポソーム法、改良型HVJ-リポソーム法(HVJ-AVEリポソーム法)、HVJ-E(エンベロープ)ベクターを用いた方法、レセプター介在性遺伝子導入法、パーティクル銃で担体(金属粒子)とともにDNA分子を細胞に移入する方法、naked-DNAの直接導入法、正電荷ポリマーによる導入法等によっても、組換え発現ベクターを細胞内に取り込ませることが可能である。
【0021】
発現ベクターとしては、生体内で目的遺伝子を発現させることのできるベクターであれば如何なる発現ベクターも用いることができるが、例えばpCAGGS(Gene 108, 193-200(1991))や、pBK-CMV、pcDNA3、1、pZeoSV(インビトロゲン社、ストラタジーン社)、pVAX1などの発現ベクターを用いることができる。
【0022】
本発明のIL-10をコードするDNAを含む医薬組成物を被験体へ導入するには、遺伝子治療剤を直接体内に導入するin vivo法、及び、ヒトからある種の細胞を取り出して体外で遺伝子治療剤を該細胞に導入し、その細胞を体内に戻すex vivo法等を用いればよい(日経サイエンス、1994年4月号、20-45頁;月刊薬事、36(1), 23-48 (1994); 実験医学増刊、12(15)、(1994); 日本遺伝子治療学会編、遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス、1999)。本発明のIL-10をコードする遺伝子を導入する細胞は被験体内でIL-10が発現される限り限定されず、例えば、骨格筋細胞、肝臓細胞等が挙げられる。
【0023】
本発明のIL-10またはIL-10をコードするDNAを含む医薬組成物は、体内でHMG-CoA還元酵素の発現を抑制し、血中コレステロール濃度を低下させ得る。また、本発明のIL-10またはIL-10をコードするDNAを含む医薬組成物は、単球走化因子(MCP-1)の発現を抑制し、炎症を抑える。本発明の医薬組成物は、MCP-1の発現を抑制し、血中コレステロール濃度を低下させることにより動脈硬化を予防し、治療することができる。
【0024】
また、高脂血症、特に家族性高脂血症を含む難治性の高脂血症の治療をすることができる。
【0025】
本発明の医薬組成物は、IL-10またはIL-10をコードするDNAもしくは該DNAを含むベクターならびに薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤を含む。
【0026】
本発明の医薬組成物は、種々の形態で投与することができ、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等による経口投与、あるいは注射剤、点滴剤、座薬、スプレー剤、点眼剤、経鼻投与剤などによる非経口投与を挙げることができる。
【0027】
本発明の医薬組成物は、局所投与することも可能であり、例えば局所炎症部位に注射したり、スプレー剤として投与することによりその効果を発揮し得る。局所的な炎症として例えばアトピー性皮膚炎や結膜炎が挙げられる。
【0028】
本発明の医薬組成物は、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤、賦形剤を含む。たとえば、錠剤用の担体、賦形剤としては、乳糖、ステアリン酸マグネシウムなどが使用される。注射剤は、IL-10またはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製する。注射用の水性液としては、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液などが使用され、適当な溶解補助剤、たとえばアルコール、プロピレングリコールなどのポリアルコール、非イオン界面活性剤などと併用しても良い。油性液としては、ゴマ油、大豆油などが使用され、溶解補助剤としては安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用しても良い。
【0029】
その投与量は、症状、年齢、体重などによって異なるが、通常経口投与では、1日約0.001mg〜100mgであり、1回または数回に分けて投与すればよい。また、非経口投与では、1回あたり、0.001mg〜100mgを皮下注射、筋肉注射、または静脈注射によって投与すればよい。また、被験体内で翻訳させる発現ベクター等に挿入されたIL-10をコードするDNAは、数日または数週間または数ヶ月おきに1回あたり、0.001mg〜100mgを皮下注射、筋肉注射、または静脈注射によって投与すればよい。
【0030】
本発明の医薬組成物は、コレステロール低下剤として知られるスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)と併用投与してもよい。上述のように本発明のIL-10はHMG-CoA還元酵素の発現を抑制することによる脂質代謝改善作用を有し、HMG-CoA還元酵素の活性を抑制するスタチンと作用が異なる。従って、作用機序の異なるスタチンと本発明の医薬組成物を併用投与することにより、より高い動脈硬化予防および治療効果を期待することができる。すなわち、本発明はアトルバスタチン、ブラバスタチン、シンバスタチン等のスタチンおよびIL-10を含む医薬組成物も包含する。
【0031】
さらに、本発明はIL-10を含むステントをも包含する。動脈硬化により生じる冠状動脈などの狭窄は、主にバルーンカテーテルを用いた血管拡張術等により狭窄部位を広げて治療している。しかし、この方法においては、40%前後の症例において、再狭窄が生じていた。現在、再狭窄を防止するために血管拡張術施行後に、金属等でできた筒状の治療器具であるステントを留置しているがステントを用いても少なからずの症例において再狭窄が認められる。本発明のIL-10を含むステントは、ステント留置の際の再狭窄を防止することができる。ステントにIL-10を含ませるには、ステント表面をIL-10で被覆すればよい。また、IL-10を染み込ませた繊維性材料等でステントを被覆してもよい。さらに、ステントにIL-10を貯蔵するための溝や孔部を設けその中にIL-10を含ませてもよい。本発明のステントから、ステントを留置した血管内周囲に局所的にIL-10が供給され、MCP-1の発現、産生を抑制し、局所的に炎症を抑え、動脈硬化病変治療効果を発揮することができる。
【0032】
本発明はさらに、IL-10またはIL-10をコードするDNAを被験体に投与して被験体におけるHMG CoA還元酵素の発現を抑制する方法、コレステロール産生を抑制し、血中コレステロール濃度を低下させる方法および動脈硬化を予防、治療する方法を包含する。また、IL-10を有効成分として含むHMG CoA還元酵素抑制剤を製造するためのIL-10の使用を包含する。
【実施例】
【0033】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0034】
材料と方法
AAVベクターの産生
本実施例において、2種類のリコンビナントAAV血清型、2型および5型を用いた。サイトメガロウイルスプロモーターの調節下で大腸菌のβガラクトシダーゼ遺伝子を発現するAAV2およびAAV5をそれぞれプロウイルスプラスミドであるpAAV-LacZおよびpAAV5-RNLを用いて作製した(AAV2-LacZおよびAAV5-LacZ)。マウスIL-10を発現するAAV2およびAAV5の誘導体(AAV2-mIL10およびAAV5-mIL10)を作製するために、マウスIL-10cDNA(RIKEN DNA バンク、RDB-1476)をpCMVのBamHI部位にクローニングし、pCMVmIL10を作製した。pCMVmIL10のIL-10発現カセットをNotI部位で消化したpAAV-LacZおよびpAAV5-RNLにNot I フラグメントとして連結し、それぞれプロウイルスプラスミドpAAV2-mIL10およびpAAV5-mIL10を作製した。
【0035】
AAVウイルスストックを先に報告したthree-plasmid transfection adenovirus-free protocolにより調製した(Matsushita T et al. Gene Ther 1998; 5: 938-945)。簡潔に説明すると、60%コンフルエントの293細胞をプロウイルスプラスミド、AAVヘルパープラスミド(AAV2に対してはpHLP19(Okada T et al. Biochem Biophys Res Commun 2001; 288: 62-68)、AAV5に対してはpAAV5RepCap(Chiorini JA, Kim F, Yang L, Kotin RM. J Virol 1999; 73: 1309-1319)およびアデノウイルスヘルパープラスミドであるpAadenoを用いて同時トランスフェクトした。クルードなウイルスライセートを2回のCsCl2層遠心分離により精製した(Okada T et al. Methods Enzymol 2002; 346: 378-393)。ウイルスストックをプラスミド標準を用いたドットブロットハイブリダイゼーションにより力価測定した。
【0036】
pAAV5-RNLおよびpAAV5RepCap(5RepCapBと同じ)は、J.A.Chiorini博士より提供を受け、pAAV-LacZ、pHLP19およびpAadenoはAvigen,Inc(Alameda, CA)より入手した。
【0037】
in vitroにおけるIL-10遺伝子導入
C2C12細胞は、5%ウマ血清を含むDulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)2mlを用いて6ウェルプレート中で培養した。播種8日後に、分化したC2C12細胞に対し、種々のベクター量のAAV2-mIL10を用いて遺伝子導入した。IL-10の発現は培養上清と細胞ライセートの免疫沈降を行った後にウエスタンブロット分析により検出した。IL-10濃度はELISA(R&D Systems)により測定した。IL-10の生物学的活性を調べるために、遺伝子導入したC2C12細胞の培養上清を培養J774細胞に30分間添加した(最終IL-10濃度は、10ng/ml)。J774細胞を次いで100ng/mlのLPSで処理し、さらに24時間インキュベートした。上清を回収しIL-6、TNF-αおよびMCP-1の濃度をELISA(R&D Systems)により定量した。
【0038】
in vivoでのIL-10遺伝子導入
すべての動物実験は自治医科大学実験動物指針 1993を遵守して行った。C57BL/6J由来の雄のApoE欠損マウス(N.Maeda博士より譲受(Zhang SH, Reddick RL, Piedrahita JA, Maeda N. . Science 1992; 258: 468-471, Ishibashi S et al. Proc Natl Acad Sci U S A 1994; 91: 4431-4435))に、8週齢目から21%の脂肪と0.15%のコレステロール(Harlan Teklad)を含むウエスタンダイエットを与えた。水と食物は自由に与えられ、12時間の明暗サイクルを維持した。8週齢目で、ApoE欠損マウスに、前脛骨筋の2つの異なった部位に、トータル50μlのAAV2-mIL10(1×1013ゲノムコピー/個体)、AAV5-mIL10(1×1011〜1013ゲノムコピー/個体)またはAAV5-LacZ(1×1013ゲノムコピー/個体)を注射した。IL-10とMCP-1の血清濃度は、先に述べたようにELISAで測定した。総コレステロールの血清濃度は、HDAOS法(和光純薬)を用いて測定した。
【0039】
形態分析
AAV5-mIL10または-LacZを接種した8週間後に、生理的圧力における4%のパラホルムアルデヒドを用いた灌流固定の後で、上行大動脈を取り、OCT化合物(Tissue-Tek)に包埋し、液体窒素中で凍結した。大動脈洞の動脈硬化性病変は、大動脈弁が最初に現れる部位の最も近い部位において80μm離れた5つの位置で調べられ、oil red-Oで染色した。大動脈病変を定量化するために、顕微鏡下の各々のイメージは、デジタル化されて、NIH Imageソフトウェア(ver.1.61)を用いて、分析した。oil red-O陽性の領域は、全体の横断面の血管壁域と比較分析した。各々の動物の5つの位置の平均値を測定した。
【0040】
免疫組織化学的分析
動脈断片は、4週齢目でAAV5-IL-10またはAAV5-LacZを用いて遺伝子導入した8週齢のマウスから調製した。これらの断片は、マウスMCP-1(希釈1/250(Santa Cruz Biotechnology))に対する1次ヤギポリクローナル抗体とともにインキュベートした。非特異的なIgGを、陰性対照として用いた。断片は、ビオチン化抗マウス2次抗体とともにインキュベートしペルオキシダーゼ結合ストレプトアビジンで処理し、3’,3’ジアミノベンジジンテトラハイドロクロライドを酵素基質として用い、ヘマトキシリンで対比染色した。
【0041】
細胞コレステロールの測定
HepG2細胞(ヒト肝ガン細胞株)を、10%のウシ胎児血清、1%の非必須アミノ酸(NEAA;ICN)および1mmol/lのピルビン酸ナトリウムを含む1mlのMEMを用いて、12ウェルプレート中で、5%のCO2インキュベーター中37℃で5日間維持した。次いで、培地を10%のリポ蛋白欠乏血清(LPDS;ICN)、1%のNEAAおよび1mmol/lのピルビン酸ナトリウムを含む1mlのMEMと交換した。2日後に、細胞を10%のLPDS、1%のNEAAおよび1mmol/lのピルビン酸ナトリウムを含む1mlのMEMを用いてインキュベートし、種々の濃度(0〜100ng/ml)のリコンビナントヒトIL-10(PeproTech)または10-5mol/lのfluvastatin(田辺)を培地に添加した。処理の2日後に、細胞を10%のLPDS、1%のNEAA、1mmol/lのピルビン酸ナトリウムおよび2mmol/lの酢酸を含んでいる0.5mlのMEMを用いて16時間インキュベートした。細胞コレステロール濃度は、Determiner TC-555(協和メディックス)を用いて酵素法で測定した。
【0042】
HMG CoA還元酵素のmRNA分析
HepG2細胞を24時間の10%のLPDS培地中で、リコンビナントヒトIL-10(10ng/ml)またはfluvastatin(10-5mol/l)のいずれかとともにインキュベートした。mRNAをRneasy Mini kit(QIAGEN)を用いて細胞培養物から単離し、SuperScript Preamplification System(GIBCO BRL)を用いて一本鎖cDNAに逆転写した。HepG2におけるHMG CoA還元酵素の発現を評価するために、定量的PCR分析を、ABI PRISM 7700 Sequence Detection System(アプライドバイオシステム)を用いて行った。反応は、HMG CoA還元酵素に特異的なプライマー対(HMGCR-5’:GGCCCAGTTGTGCGTCTTCC (配列番号1)および HMGCR-3’:GTTTGCTGCATGGGCGTTGTAG(配列番号2))、GAPDHに特異的なプライマー対(GAPDH-5’:CGCGGGGCTCTCCAGAACATCAT(配列番号3)およびGAPDH-3’:CCAGCCCCAGCGTCAAAGGTG(配列番号4))を用いて実施した。
【0043】
定量値は、PCR製品の指数的増幅を示す閾値サイクル(Ct)数から得られた。各々のサンプルを標準化するために、GAPDH遺伝子の発現も定量した。相対的な標的遺伝子の発現もキャリブレータ(IL-10またはfluvastatin未処理HepG2細胞)で標準化した。最終結果は、GAPDH遺伝子とキャリブレータに対する標的遺伝子発現のN倍差として表され、式、Ntarget=2A(A=correctedΔCt(GAPDH-標的遺伝子))で決定した。サンプルのCt値は、GAPDH遺伝子の平均Ct値から、標的遺伝子の平均Ct値を減ずることで決定した。
【0044】
統計解析
StatView(Abacus Concepts, Inc)を用いてシェッフェの試験とともにスチューデントt検定またはANOVAを用いて個々のグループを比較した。そして、2つの変数の間の線形関係を測定するために、ピアソンの相関試験を使用した。データは、平均±SEMで表された。p<0.05の値は、有意であるとされた。
【0045】
結果
C1C12細胞におけるIL-10の発現
最初に用いたベクターの完全性を検証した。マウス筋芽細胞である分化したC2C12細胞を種々の量のAAV2-mIL10を用いて遺伝子導入し、48時間培養した。IL-10濃度は、細胞あたり示されたゲノムコピー数(g.c./細胞)で遺伝子導入し、48時間後にELISAで測定した。培養上清中のIL-10濃度はベクター量依存的に増加した(図1A)。次いでウエスタンブロット分析を行った。ウエスタンブロットは、AAV2-mIL10とAAV2-LacZを用いて遺伝子導入されたC2C12細胞の培養上清の免疫沈降の後で行った。リコンビナントマウスIL-10(rIL-10)を陽性対照として用いた。ウエスタンブロット分析により、AAV2-mIL10遺伝子導入C2C12細胞の培養上清中にマウスIL-10の分子量である18kDaの産物の存在が認められた。しかし、AAV2-LacZ導入細胞の培地中には認められなかった(図1B)。
【0046】
分泌されたIL-10の生物学的活性を評価するために、AAV2-mIL10遺伝子導入C2C12細胞の培養上清のマウスマクロファージであるJ774細胞のサイトカイン産生に対する影響を調べた。LPSにより刺激されたJ774細胞をAAV2-mIL10(黒色バー)またはAAV2-LacZ(白色バー)を用いて遺伝子導入したC2C12細胞の培養上清と抗IL-10抗体(1μg/ml)の存在または非存在下で24時間インキュベートし、IL-6、TNF-αおよびMCP-1濃度を、ELISAによって分析した。結果を図1Cに示す。図1Cのデータは、平均値±SEM(n=4)で示す。図1Cに示すように、リポポリサッカライド(LPS)処理により、J774細胞からのIL-6、TNF-αおよびMCP-1の各サイトカインの産生が増大した。この増大は、AAV2-mIL10遺伝子導入C2C12細胞の培養上清の添加により著しく抑制され、これらのサイトカインの産生は抗mIL-10抗体(1μg/ml)の存在下で完全に回復した。未刺激J774細胞は、培養上清にさらされても、サイトカイン発現について少しの変化も示さなかった。
【0047】
アポリポ蛋白質E(ApoE)欠損マウスにおけるIL-10の発現
次いで、AAV2-mIL10とAAV5-mIL10をApoE欠損マウスの前脛骨筋に注射した。8週齢のApoE欠損マウスに、前脛骨筋への注射によってAAV2-mIL10(1×1013g.c./個体)、AAV5-mIL10(1×1011〜1×1013g.c./個体)またはAAV5-LacZ(1×1013g.c./個体)を接種した。注射2、4および8週後に、血清IL-10濃度を測定した。結果を図2に示す。図2中、データは、平均値±SEM(n=3〜7)で示す。IL-10の血清濃度はベクター量依存的に増加した。そして、遺伝子導入効率は、AAV5-mIL10処理マウスで同じベクター量(1×1013ゲノムコピー/個体)(図2)を用いてのAAV2-mIL10処理マウスにおいてよりも高かった。AAV5-mIL10の1x1012ゲノムコピー/個体を投与した場合、8週の間、血清IL-10レベルが生理的範囲(最高160pg/ml)より高く(1.2〜4.9ng/mL)維持された。さらに、14ヶ月目における血清IL-10のレベルは、398.3±146.6pg/mlであった。
【0048】
MCP-1発現に対するIL-10の効果
次いで、動脈硬化発生に関係した強力なケモカインであるMCP-1(単球走化因子)の発現に着目することによって、ApoE欠損マウスにおけるIL-10の抗炎症性効果を調べた。4週齢目でAAV5-mIL-10を用いて遺伝子導入したApoE欠損マウスを8週齢目で評価した。図3Aおよび図3Bに結果を示す。ApoE欠損マウスの大動脈洞部分の免疫組織化学的染色は、AAV5-mIL10(1×1012g.c./個体)の接種の4週後に行った。増強されたMCP-1発現は、AAV5-LacZマウスの血管壁で観察されたが、AAV5-mIL10を用いて遺伝子導入したマウスでは抑制された。図3A中、Iは内膜を、Aは外膜を示す。動脈硬化性病変は、この時点ではoil red-O染色によってほとんど見出されなかった。さらに、ApoE欠損マウスの血清MCP-1濃度lを、AAV5-mIL10またはAAV5-LacZの接種の8週後に、測定した。結果を図3Bに示す。図3B中、各群の平均値およびSEMは、ヒストグラムにより示す(LacZに対してn=6、IL-10に対してn=13)。遺伝子導入の8週後に、AAV5-mIL10を用いて遺伝子導入されたマウスのMCP-1の血清濃度は、AAV5-LacZを用いて遺伝子導入されたマウスと比較して著しく減少した(図3B)。
【0049】
動脈硬化発生に対するIL-10の効果
動脈硬化誘発食を与えたApoE欠損マウスにおける病変域を、遺伝子導入の8週間後に評価した。AAV5-mIL10の接種(1×1012g.c./個体)の8週後に、近位大動脈を取り出し、切片を作成し、oil red-Oを用いて染色した。さらに、oil red-O陽性の領域を、全体の横断面の血管壁域と比較分析した。染色した写真を図4Aに、病変面積を図4Bに示す。図4Bの面積測定において、各々の動物からの5つの部位の平均値を分析のために用いた。各群の平均値およびSEMは、ヒストグラムにより示す(LacZに対してn=5、IL-10に対してn=9)。結果を図4に示す。図4に示すように、AAV5-mIL10を導入したマウスの大動脈洞は、AAV5-LacZを導入したマウスと比較して、oil red-O陽性の面積が著しく減少した。IL-10の全身過剰発現は、プラーク表面積の31%の減少をもたらした(AAV5-IL-10で全体の横断面の血管壁面積の26.5±1.9%、AAV5-LacZで37.7±2.2%(p<0.01))。血清MCP-1濃度と動脈硬化の病変形成の程度との相関を図5に示す。AAV5-mIL10の接種の8週間後の血清MCP-1濃度は、ApoE欠損マウスにおけるoil red-O陽性の表面積と相関した(r=0.737、p=0.0076)。図5は、血清MCP-1濃度が、動脈硬化性病変形成の範囲と関連することを示し、このことは、MCP-1発現の減少が動脈硬化性病変形成の減少に関連があることを示唆する。
【0050】
脂質に対するIL-10の効果
血清脂質レベルに対するIL-10発現の効果を調べた。総コレステロールレベルは、AAV5-LacZを用いて遺伝子導入されたマウス(遺伝子導入後4週および8週でそれぞれ、2212±640、1840±421mg/dL)と比較して、AAV5-mIL10を用いて遺伝子導入されたマウス(931±432および1074±419mg/dL)で著しく減少した。遺伝子導入8週間後のAAV5-IL10を用いて遺伝子導入したマウスのトリグリセリドレベル(171.7±67.3mg/dL)も、また、AAV5-LacZを用いて遺伝子導入したマウス(291.6±172.4mg/dL)と比較して低下した(P<0.05)。
【0051】
シグモイド曲線への非線形回帰フィッティングにより、5.3ng/mlの推定EC50で、血清コレステロールレベルとIL-10濃度間の高い相関(r=0.857)が明らかになった(図6A)。加えて、血清コレステロール濃度は、AAV5-mIL10の接種の8週間後の動脈硬化性病変域と正の相関を有していた(r=0.728、p<0.01(0.0022))(図6B)。IL-10遺伝子導入は、体重、食物摂取、血糖濃度または血圧には影響を及ぼさなかった(データは示さない)。
【0052】
IL-10がApoE欠損マウスのリポ蛋白プロファイルの変化を引き起こすかどうか評価するために、血清リポ蛋白をアガロースゲル電気泳動に供した。AAV5-mIL10導入されたマウスとAAV5-LacZ導入されたマウス間で、リポ蛋白発現のパターンの違いは観察されなかった(データは示さない)。
【0053】
更に血清コレステロールレベルがAAV5-mIL10を用いて遺伝子導入されたマウスで減少する機構をより理解するために、リポ蛋白非存在下でインキュベートしたヒト肝細胞であるHepG2細胞のコレステロールレベルを評価した。リコンビナントヒトIL-10(1〜100ng/ml)またはfluvastatin(10-5mol/l)を、48時間の培養に添加した。結果を図7に示す。図7中、データは、平均値±SEMで示す(n=4)。図7に示すように、HepG2細胞中のコレステロールレベルは、IL-10の追加によって用量依存的に著しく減少した。細胞内のコレステロールのレベルは、また、HMG CoA還元酵素阻害剤(fluvastatin)の細胞への添加によって著しく減少した。HepG2細胞をリポ蛋白存在下でインキュベートしたとき、培養上清中のコレステロールレベルはIL-10添加によって減少しなかった(データは示さない)。これらのデータは、IL-10がde novoでのコレステロール合成を減らすが、肝細胞によるコレステロール取り込みを刺激しないことを示唆する。さらに、HMG CoA還元酵素の発現に対するIL-10の効果を評価した。HMG CoA還元酵素mRNAの相対的発現が、通常の方法でインキュベートしたHepG2(対照)に対するIL-10またはFluvastatinを用いて処理したHepG2中の発現の比として測定した。結果を図8に示す。図8中、データは、平均値±SEMで示す(n=3〜5)。興味あることに、IL-10はHMG CoA還元酵素のmRNAレベルを著しく低下させたが(P<0.01)、fluvastatin(酵素阻害剤)は酵素自体の発現を変化させなかった(図8)。
【0054】
考察
Th2-タイプT細胞、B細胞、単球およびマクロファージによって産生される多面的サイトカインであるIL-10は、強力な抗炎症性を有する。本発明における主知見は、1回の筋内投与後のApoE欠損マウスへのAAVベクターを仲介したL-10の遺伝子導入が、MCP-1発現および血清コレステロールレベルの減少を介して、動脈硬化性病変形成を阻害するということである。
【0055】
AAV2-mIL10を用いて遺伝子導入された分化型のC2C12細胞は、ウエスタンブロット分析とELISAによりIL-10を発現することが確認された。分泌されたIL-10の生物的活性も確認された。AAV2-mIL10を用いて遺伝子導入されたC2C12細胞からの培養上清は、J774細胞によるLPS処理に反応してのIL-6、TNF-α、MCP-1の産生を抑制した。これらのin vitroにおける観察に基づいて、リコンビナントAAV構築物を使用してApoE欠損マウスにおける動脈硬化発生に対するIL-10の効果を評価した。AAV5-mIL10のApoE欠損マウスへの筋内注射は、長期の全身性のIL-10発現をもたらした。血清IL-10濃度は、遺伝子導入(1×1012ゲノムコピー/個体)14ヶ月後まで398.3±146.6pg/ml(n=6)を超えるレベルを維持した。
【0056】
2本鎖のAAVゲノムはおそらくマウス筋繊維内で、染色体外に残っているであろうが、それらと染色質との密接な会合が数カ月の期間にわたる持続と安定した発現を許す(Duan D et al. J Virol 1998; 72: 8568-8577、Bohl D et al. Blood 2000; 95: 2793-2798、Shimpo M et al. Cardiovasc Res 2002; 53: 993-1001)。AAVベクターのこの特性は、慢性疾患の経過に対する導入遺伝子の効果を調べる上で有利になるであろう。以前の報告は、齧歯類筋肉に遺伝子導入される種々のAAV血清型により導入遺伝子の発現は著しく差があることを示していた(Chao H et al. Mol Ther 2000; 2: 619-623、Duan D et al. J Virol 2001; 75: 7662-7671、Rabinowitz JE et al. J Virol 2002; 76: 791-801)。AAV1とAAV5血清型は、AAV2と比較すると、導入遺伝子産物を100〜1000倍高い血清レベルで産生することが示された。AAV5を用いた遺伝子導入が、AAV2によって仲介されるトランスファーと比較すると、IL-10の発現をはるかに高いレベルに促進することが観察されたので(図2)、in vivo 実験のために、AAV5の使用を選択した。しかしながら、AAV1はAAV5より効率的に筋肉を遺伝子導入することが報告される。従って、将来においては、AAV1の使用により最小のベクター用量が達成されると予測できる。
【0057】
本発明者らは、in vivo におけるMCP-1発現に対するIL-10の効果に着目した。ケモカインのC-Cファミリーで最も研究されているメンバーの一つであるMCP-1は、多数の炎症性状況下で、血管内皮細胞、平滑筋細胞および単球/マクロファージを含む動脈壁中の種々のタイプの細胞中で発現する。従って、MCP-1は、単球-マクロファージを継続的に補充してin vivo における病変の発展に重要な役割を果たすと考えられる(Yla-Herttuala S et al. Proc Natl Acad Sci U S A 1991; 88: 5252-5256)。先に、本発明者らは、実験的なヒト動脈硬化性病変におけるMCP-1の促進された発現について報告した(Seino Y et al. Cytokine 1995; 7: 575-579、Yla-Herttuala S et al. Proc Natl Acad Sci U S A 1991; 88: 5252-5256、Nelken NA, Coughlin SR, Gordon D, Wilcox JN. J Clin Invest 1991; 88: 1121-1127)。動脈硬化発生におけるMCP-1の役割が、MCP-1遺伝子自体またはそのレセプターであるCCR2が失活させられたノックアウトマウスを用いて示された(Gu L et al. Mol Cell 1998; 2: 275-281、Boring L, Gosling J, Cleary M, Charo IF. Nature 1998; 394: 894-897)。本発明者らの研究において、血清MCP-1濃度がIL-10が遺伝子導入されたマウスにおいて、対照マウスより著しく低いことが示された。さらに、本発明者らは、ApoE欠損マウスの血管壁における促進されたMCP-1発現が、IL-10遺伝子導入によって著しく阻害されることを報告した(Rayner K, Van Eersel S, Groot PH, Reape TJ. J Vasc Res 2000; 37: 93-102)。さらに、動脈硬化性病変形成の程度が、AAV5-mIL10を用いて遺伝子導入されたマウスで著しく減少し、血清MCP-1濃度と正の相関を有していた。これらの結果は、観察されたIL-10の動脈硬化進展抑制効果が、部分的に全身および局所的なMCP-1発現の抑制によることを示唆する。
【0058】
本発明者らは、また血清コレステロールレベルに対するIL-10の効果を調べた。血清IL-10のレベルに対する血清コレステロールレベルの非線形回帰により、EC50(5.3ng/ml)における用量効果モデルとの密接な相関があることがわかった。高コレステロールレベルは、ヒトとマウスの両方で動脈硬化発生をもたらすことはよく知られている。動脈硬化性病変表面積も、本発明者らの研究において、血清コレステロール濃度と相関していた。Van Exelらは、最近、全血における低いIL-10生産能力とヒトでの総コレステロールレベルの間に負の相関があることを見出した(van Exel E et al. Diabetes 2002; 51: 1088-1092)。Van Exelらは、高レベルのIL-10が脂質代謝におけるTNF-αおよびIL-6の効果を弱めると推測した。この臨床的観察は、血清IL-10濃度が血清コレステロールの減少に対して負の相関を有するという本発明者らの観察と一致する。
【0059】
Pinderskiらは、IL-10トランスジェニックマウスが対照マウスと比較して動脈硬化性病変の減少を示すことを見出した(Pinderski Oslund LJ et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 1999; 19: 2847-2853)。しかしながら、Pinderskiらは、血漿コレステロールレベルについては、トランスジェニックマウスと対照マウスの間で差違を見出さなかった。他方で、von der Thusenらは、LDL受容体欠損マウスへのアデノウイルスによって仲介されるIL-10遺伝子の静脈内への導入により、IL-10の長期にわたる肝での発現が達成できることを示した(Von Der Thusen JH et al. Faseb J 2001; 15: 2730-2732)。コレステロールを低くする機構が明らかにされなかったにもかかわらず、IL-10の投与は動脈硬化性内腔狭窄症の、そして、血清コレステロールの減少をもたらした。
【0060】
本発明者らは、リポプロテインの非存在下でコレステロール基質である酢酸を用いて培養されたHepG2細胞の細胞内のコレステロールレベルを分析した。このアッセイは、これらの細胞においてde novoにおけるコレステロール合成(コレステロール取り込みではない)を測定することができる。本発明者らは、また新規のコレステロール合成をほぼ完全に阻害するために、10-5mol/lの量で、fluvastatinを使用した(Mascaro C et al. Arch Biochem Biophys 2000; 374: 286-292)。この実験によりIL-10は、fluvastatinと同様に、肝臓におけるコレステロールの産生を著しく阻害することが示唆された。TNF-αおよびIL-1は、LDL受容体mRNAレベルに影響を及ぼすことなく、HMG CoA還元酵素mRNAレベルを増加させることが報告された(Hardardottir I et al. Lymphokine Cytokine Res 1994; 13: 161-166)。言い換えれば、TNF-αおよびIL-1投与の後で観察される血清コレステロールレベルの増加は、循環しているコレステロールのクリアランスの減少よりむしろ肝コレステロール合成の増加に起因する。これらの観察は、IL-10がHMG CoA還元酵素経路を通してコレステロール代謝に直接的な影響を及ぼしているかもしれないことを示唆する。本発明者らは、定量的PCRを用いて、HMG CoA還元酵素の発現を評価した。予想されるように、IL-10はHMG CoA還元酵素の発現をモジュレートしたのに対して、fluvastatinはモジュレートしなかった。これらのデータは、IL-10とstatinの併用が、コレステロール低減効果を改善し、動脈硬化性疾患患者にとって有用である可能性があることを示唆する。
【0061】
本発明者らは、最後にMCP-1のダウンレギュレーションがIL-10のコレステロール低減効果に影響を受けるかどうか評価した。段階的な回帰分析により、血清コレステロールだけでなくMCP-1濃度も動脈硬化性病変域の重要な独立予測因子であることが分かった。従って、本発明者らは、IL-10の抗炎症性効果が、コレステロール低減効果と同様に、動脈硬化進展抑制効果においても重要な役割を果たしていると推測した。
【0062】
要約すると、骨格筋へのAAV5によって仲介されるIL-10遺伝子導入は、効率的で安定したIL-10発現を誘起し、ApoE欠損マウスにおいて動脈硬化進展抑制効果をもたらした。この効果がIL-10の抗炎症性およびコレステロール低減効果を通して達成されることが示唆された。これらの結果は、動脈硬化性疾患の治療におけるIL-10を用いた抗サイトカイン治療の有効性ばかりでなく炎症と脂質代謝の間の複雑な相互作用の存在を示している。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1A】AAV2-mIL10によるC2C12細胞へのIL-10遺伝子の遺伝子導入の結果を示す図であり、AAV2-mIL10を用いて遺伝子導入されたC2C12細胞の培養上清のIL-10濃度を示す図である。
【図1B】AAV2-mIL10によるC2C12細胞へのIL-10遺伝子の遺伝子導入の結果を示す図であり、抗IL-10抗体を用いたウエスタンブロットの結果を示す図である。
【図1C】AAV2-mIL10によるC2C12細胞へのIL-10遺伝子の遺伝子導入の結果を示す図であり、LPSにより刺激されたJ774細胞をAAV2-mIL10(黒色バー)またはAAV2-LacZ(白色バー)を用いて遺伝子導入したC2C12細胞の培養上清と抗IL-10抗体(1μg/ml)の存在または非存在下で24時間インキュベートしたときのIL-6、TNF-αおよびMCP-1濃度を示す図である。
【図2】ApoE欠損マウスの前脛骨筋へのAAV-mIL10の遺伝子導入の後のIL-10の血清濃度を示す図である。
【図3A】ApoE欠損マウスにおける全身および局所的なMCP-1発現を示す図であり、ApoE欠損マウスの大動脈洞部分の免疫組織化学的染色の結果を示す図である。
【図3B】ApoE欠損マウスにおける全身および局所的なMCP-1発現を示す図であり、ApoE欠損マウスの血清MCP-1濃度を示す図である。
【図4A】ApoE欠損マウスの動脈硬化発生に対するIL-10の抑制効果を示す図であり、AAV5-mIL10の接種(1×1012g.c./個体)の8週後に、近位大動脈を取り出し、切片を作成し、oil red-Oを用いて染色した結果を示す図である。
【図4B】ApoE欠損マウスの動脈硬化発生に対するIL-10の抑制効果を示す図であり、oil red-O陽性の領域を、全体の横断面の血管壁域と比較分析した結果を示す図である。
【図5】血清MCP-1濃度と動脈硬化の病変形成の程度との相関を示す図である。
【図6A】AAV5-mIL10の接種の8週間後の血清IL-10濃度と血清コレステロール濃度のシグモイド曲線への非線形回帰フィッティングの結果を示す図である。
【図6B】血清コレステロールレベルと動脈硬化病変面積との関係を示す図である。
【図7】LDLコレステロール非存在下でインキュベートしたHepG2細胞の細胞コレステロールレベルを示す図である。
【図8】定量的PCRによって分析したリコンビナントIL-10を用いて処理したHepG2中の相対的なHMG CoA還元酵素発現を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0064】
配列番号1から4 プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
IL-10を有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制剤。
【請求項2】
IL-10を有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制およびMCP-1産生抑制剤。
【請求項3】
IL-10をコードするDNAを有効成分として含むHMG CoA還元酵素抑制剤。
【請求項4】
IL-10をコードするDNAを有効成分として含むHMG CoA還元酵素産生抑制およびMCP-1産生抑制剤。
【請求項5】
IL-10をコードするDNAがベクターに導入されている請求項3または4に記載の抑制剤。
【請求項6】
ベクターがアデノ随伴ウイルスベクターである請求項5記載の抑制剤。
【請求項7】
局所的投与剤である請求項1から6のいずれか1項に記載の抑制剤。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の抑制剤を含むコレステロール産生抑制剤。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか1項に記載の抑制剤を含む血中コレステロール濃度低下剤。
【請求項10】
請求項1から7のいずれか1項に記載の抑制剤を含む動脈硬化または難治性高脂血症の予防剤または治療剤。
【請求項11】
さらにスタチンを含む請求項10記載の予防剤または治療剤。
【請求項12】
IL-10を含む血管拡張術施行後の再狭窄予防用ステント。
【請求項13】
局所的に血管壁の炎症を抑制し、血中コレステロール産生を抑制し得る請求項12記載の再狭窄予防ステント。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−28085(P2006−28085A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−209126(P2004−209126)
【出願日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】