説明

血栓の溶解を制御するペプチドおよびその利用

【課題】血栓の溶解を制御するペプチドおよびその利用方法を提供する。
【解決手段】血栓の溶解を制御するポリペプチドは、以下の(c)または(d)で示される。(c)特定のアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。(d)特定のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品、バイオテクノロジーに属し、血栓の溶解を制御するポリペプチドに関し、より詳細には、プラスミン酵素活性を効率的に向上または抑制することにより、血栓の溶解を制御するポリペプチドおよびその利用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
通常、正常血管の内膜とは異なる表面(例えば、出血傾向にある異物面)と血液とが接触した場合、血液凝固反応が引き起こされる。生体内では、微量の組織トロンボプラスチンの存在下で、障害血管に粘着・凝集した血小板の表面に血液凝固因子が濃縮され、タンパク分解を繰り返す血液凝固過程が進行し、最終的にフィブリン(線維素)を生じて血栓を形成し血液凝固が起こる。
【0003】
止血のためであっても血管内に血栓が生ずることは、血液循環を障害する可能性があり、好ましいことではない。しかし、生体内には不要となったフィブリン(血栓)を溶解する作用(いわゆる、線維素溶解現象(線溶現象))が存在する。この線溶現象について簡単に説明すると、生体内にフィブリンが生じると、血流中のプラスミノゲンはフィブリンに吸着される。一方、血管壁の細胞中には、組織プラスミノゲンアクチベータ(t−PA)が含まれていて、血管の障害、拡張、収縮などに伴いこれが放出され、同様にフィブリンに吸着される。こうして、t−PA、プラスミノゲン、フィブリンの三量体を形成した後、プラスミノゲンはフィブリン上でt−PAによってプラスミンに活性化される。そして、このプラスミンがフィブリンを分解して可溶性のFDP(fibrin degradation products)とし、血栓が溶解されるのである。
【0004】
このように、生体内では、線溶現象のバランスをとることによって、血栓の形成と溶解とが制御されている。そして、線溶現象を制御する医薬品は、血栓の溶解を促進する血栓溶解薬、血栓の溶解を抑制する抗線溶薬(抗プラスミン薬)として使用されている。
【0005】
血栓溶解薬の代表的なものとしては、ウロキナーゼおよびt−PAが知られている。これらの薬物の作用機序は、不活性のプラスミノゲンを活性のプラスミンとする反応を促進してプラスミンをより多く生成させ、フィブリンに対する溶解率を向上させるものである。すなわち、生成されるプラスミン量の増加により、線溶現象を亢進して、血栓の溶解が促進されるものである。ところが、ウロキナーゼやt−PAはいずれも生体由来のものであり、これらを製造するためには高精度の技術および人員を必要としている。
【0006】
一方、抗線溶薬(抗プラスミン薬)の代表的なものとしては、イプシロンアミノカプロン酸、その誘導体であるトラネキサム酸が知られている。これらの薬物の作用機序は、プラスミノゲンに存在しフィブリンに結合する部位であるリジン結合部位(Lysine‐Binding‐Site)にこれらの薬物が結合することにより、プラスミノゲンのフィブリンへの結合が阻害される結果、プラスミンを減少させ、フィブリンに対する溶解率を低下させるものである。すなわち、フィブリンに結合するプラスミン量の減少することにより、線溶現象を抑制して、血栓の溶解が抑制されるものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、プラスミンによる線溶現象は血栓の溶解を制御する上で極めて重要な役割を果たしており、プラスミン活性を制御することができれば、血栓溶解薬や抗線溶薬として利用可能と考えられる。ところが、現在医薬品として使用されている血栓溶解薬や抗線溶薬は、プラスミンの量を増減させるものであり、プラスミン活性を制御するものではない。
【0008】
それゆえ、もし、プラスミン活性を制御することができれば、血栓の溶解を促進または抑制して、従来とは全く異なる作用機序をもった、新しいタイプの血栓溶解薬または抗線溶薬の開発が期待される。
【0009】
本発明は、上記の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、これまでのようにプラスミンの量を増減させるのではなく、プラスミン自身の酵素活性を効率的に亢進または抑制することによって、血栓の溶解を制御する物質を提供するとともに、その利用方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題に鑑みて鋭意に検討した結果、血栓溶解酵素であるプラスミンに、動物の赤血球を加えると線溶現象が格段に亢進されることを発見し、その作用を発揮する物質がウシ・ヘモグロビンのβ鎖にあることを確認した。そして、ウシ・ヘモグロビンの中に、血栓溶解を亢進する構造と抑制する構造とが組み込まれていること見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明にかかるポリペプチドは、上記の課題を解決するために、プラスミン活性を制御することにより、血栓の溶解を制御することを特徴としている。
【0012】
すなわち、本発明にかかるポリペプチドは、プラスミン活性を制御することにより、血栓の溶解を制御するポリペプチドであって、以下の(a)〜(d)の少なくとも1つを含むポリペプチドである。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
【0013】
ここで、「プラスミン活性を制御」とは、プラスミンの酵素活性を亢進または抑制することを意味し、「血栓の溶解を制御」とは、血栓の溶解を促進または抑制することを意味する。
【0014】
本発明にかかるプラスミン活性を亢進するポリペプチドは、以下の(a)または(b)のポリペプチドである。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
(b) 配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
【0015】
本発明にかかる血栓の溶解を抑制するペプチドは、以下の(c)または(d)のポリペプチドである。
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
【0016】
また、本発明にかかるプラスミン活性を抑制するポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、13番目のアラニンからアスパラギンへ置換、および、15番目のリジンからメチオニンへ置換されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。すなわち、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。換言すれば、上記(d)のポリペプチドは、例えば、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0017】
上記配列番号1ないし配列番号3に示される血栓の溶解を制御するポリペプチドのアミノ酸配列は、例えば、ヘモグロビン、より詳細にはウシ・ヘモグロビンβ鎖のアミノ酸配列に基づいて製造することができる。
【0018】
本発明にかかる抗体は、上記ポリペプチドを特異的に認識することを特徴としている。
【0019】
本発明にかかる血栓の溶解を制御するポリペプチドの検出方法は、試料と上記抗体とを反応させることを特徴としている。
【0020】
すなわち、本発明にかかるプラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチドの検出方法は、試料と上記プラスミン活性を亢進するポリペプチドを特異的に認識する抗体とを反応させることを特徴としている。
【0021】
同様に、本発明にかかるプラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチドの検出方法は、試料と上記プラスミン活性を抑制するポリペプチドを特異的に認識する抗体とを反応させることを特徴としている。
【0022】
上記抗体は、血栓の溶解を制御するポリペプチドを特異的に認識するため、試料と反応させることにより、試料中の上記ポリペプチドを検出することができる。
【0023】
本発明にかかる血栓の溶解を制御するポリペプチドのスクリーニング方法は、試料となるポリペプチドのフィブリン溶解率を、フィブリン平板法によって評価することを特徴としている。
【0024】
すなわち、本発明にかかるプラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチドのスクリーニング方法は、上記プラスミン活性を亢進するポリペプチド、または、上記プラスミン活性を亢進するポリペプチドの検出方法によって得られたポリペプチドのフィブリン溶解率を、フィブリン平板法によって評価することを特徴としている。
【0025】
同様に、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチドのスクリーニング方法は、上記プラスミン活性を抑制するポリペプチド、または、上記プラスミン活性を抑制するポリペプチドの検出方法によって得られたポリペプチドのフィブリン溶解率を、フィブリン平板法によって評価することを特徴としている。
【0026】
本発明には、上記スクリーニング方法によって得られる血栓の溶解を制御するポリペプチドが含まれる。
【0027】
本発明にかかる血栓溶解薬は、プラスミン活性を亢進して血栓溶解を促進することを特徴としている。
【0028】
上記血栓溶解薬は、例えば、上記(a)または(b)のポリペプチド、または、上記プラスミン活性を亢進するポリペプチドのスクリーニング方法によって得られるポリペプチドを含んでいればよい。
【0029】
本発明にかかる抗線溶薬は、プラスミン活性を抑制して血栓溶解を抑制することを特徴としている。
【0030】
上記抗線溶薬は、例えば、上記(c)または(d)のポリペプチド、または、上記プラスミン活性を抑制するポリペプチドのスクリーニング方法によって得られるポリペプチドを含んでいればよい。
【0031】
最後に、本発明にかかる遺伝子は、上記ポリペプチド、または、上記スクリーニング方法によって得られるポリペプチドをコードする遺伝子である。
【0032】
本発明によれば、これまでのようにプラスミンの量を増減させるのではなく、プラスミン自身の酵素活性を効率的に亢進または抑制することによって、血栓の溶解を制御するポリペプチド、およびその利用方法を提供することができる。
【発明の効果】
【0033】
以上のように、本発明のポリペプチドは、プラスミン自身の酵素活性を効率的に亢進または抑制することによって血栓の溶解を制御するという、これまでに全く知られていない作用をもったポリペプチドである。それゆえ、これまでの作用機序とは全く異なる、新しいタイプの血栓溶解薬または抗線溶薬を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
本発明の実施の一形態について、図1ないし図4に基づいて説明すれば、以下の通りである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0035】
(1)本発明の経緯
まず、本発明の説明に先立ち、本発明に至った経緯について説明する。
【0036】
本願発明者等は、血栓溶解酵素であるプラスミンに、動物(ウシ、マウス、ニワトリで試験した)の赤血球を加えると、血液凝固因子の1つであり血栓となるフィブリンを溶解する機能が格段に亢進することを発見した。赤血球中には血栓の溶解を亢進する酵素は認められず、赤血球内の水溶性成分とプラスミンを混合した時にのみ上記の機能が認められたことから、赤血球中の水溶性成分中にあるプラスミン活性を増強する機能を発揮する物質の特定を試みた。
【0037】
具体的には、赤血球の水溶性成分を、ハイドロキシアパタイトによる親和性クロマトグラフィ、リジン−セファロース親和性クロマトグラフィによるプラスミン関連物質の除去、逆相クロマトグラフィによる分子サイズによる分画、等によって、プラスミンの作用を増強する画分を得た。そして、この画分中に含まれる成分のアミノ酸配列を検討した結果、分子量が1万前後のウシ・ヘモグロビンのβ鎖であることが確認された。なお、ウシ・ヘモグロビンは2本のα鎖と2本のβ鎖とからなる4量体で形成されている。
【0038】
そこで、本願発明者等は、なぜ、血栓の溶解に、酸素を運搬する役割しか知られていないヘモグロビンが関与しているのかを解明すべく、プラスミンとヘモグロビンとが会合したときの分子的な変化を調べることとした。種々検討した結果、ウシ・ヘモグロビンにプラスミンを加え、37℃で1時間加温するとヘモグロビンは分解され、Sephacryl G-200 ゲルクロマトグラフィによる分画ではいくつかのプラスミン活性を亢進する画分と、プラスミン活性を抑制する画分とが認められた。この結果は、(i)ヘモグロビンがプラスミンによって分解されること、(ii)ヘモグロビン分子中に血栓の溶解を亢進する構造と抑制する構造とが組み込まれており、プラスミンによる分解作用を受けてそれらの機能が顕性化することを意味している。
【0039】
そこで、本願発明者は、ウシ・ヘモグロビンに存在する、プラスミン血栓の溶解を促進するペプチドと、血栓の溶解を抑制するペプチドとを解明するために、ウシ・ヘモグロビンのβ鎖を構成するアミノ酸配列の中から、リジンを含む領域に着目してペプチドを合成して、プラスミンに対する溶解率のスクリーニング試験を行ったのである。なお、今回リジンを含む領域に着目したのは、リジンとプラスミンとの親和性が高いことが知られているためである。
【0040】
(2)本発明のポリペプチド
本発明にかかるポリペプチドは、プラスミン活性を亢進または抑制することにより、血栓の溶解を制御するものであって、以下の(a)〜(d)の少なくとも1つを含むポリペプチドである。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
【0041】
ここで、「プラスミン活性を亢進」とは、プラスミンの酵素活性を亢進することを意味する。
【0042】
また、「プラスミン活性を抑制」とは、プラスミンの酵素活性を抑制することを意味する。これは、例えば、ポリペプチド自身がプラスミンよりもフィブリンと容易に結合し、その結果プラスミンの機能が抑制されることによるものである。
【0043】
そして、「血栓の溶解を制御」とは、血栓の溶解を促進または抑制することを意味する。
【0044】
すなわち、本発明にかかるポリペプチドは、(i)プラスミン活性を亢進して血栓の溶解を促進するポリペプチド(便宜上、「第1のペプチド」という)と(ii)プラスミン活性を抑制して血栓の溶解を抑制するポリペプチド(便宜上、「第2のペプチド」という)とを含んでいる。
【0045】
上記第1のペプチドは、例えば、以下の(a)または(b)のポリペプチドである。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチド。
【0046】
第1のペプチドは、プラスミン活性を亢進する機能を有し、血栓の溶解を促進する。それゆえ、第1のペプチドは、血栓の予防および/または治療のための血栓溶解薬として有用であるばかりでなく、心筋梗塞や脳梗塞、あるいは動脈硬化や糖尿病などの成人病の予防または治療に有効利用できる可能性がある。また、線溶抑制が関与すると考えられる疾患の予防または治療に有効利用できる可能性がある。
【0047】
上記第2のペプチドは、例えば、以下の(c)または(d)のポリペプチドである。
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
【0048】
第2のペプチドは、プラスミン活性を抑制する機能を有し、血栓の溶解を抑制する。それゆえ、第2のペプチドは、抗線溶薬として有用であるばかりでなく、線溶亢進が関与すると考えられる疾患の予防または治療に有効利用できる可能性がある。
【0049】
ここで、上記「ポリペプチド」は、化学合成されたものであってもよいし、細胞、組織などから単離精製された状態であってもよいし、ポリペプチドをコードする遺伝子を宿主細胞に導入して、そのポリペプチドを細胞内発現させた状態であってもよい。また、本発明にかかるポリペプチドは、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。このようなポリペプチドが付加される場合としては、例えば、HAやFLAG等によって本発明のポリペプチドがエピトープ標識されるような場合が挙げられる。また、本発明にかかるポリペプチドは、プラスミン活性を亢進または抑制する機能を失わない限り、主鎖または側鎖に置換基または官能基が導入されていてもよいし、当該官能基が保護されていてもよいし、アミノ基が保護されていてもよいし、カルボキシル基が金属塩などの塩となっていてもよい。すなわち、上記ポリペプチドには、それらの誘導体も含まれる。
【0050】
また、上記「1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加」とは、例えば、配列番号3のアミノ酸配列に示されるように、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち、13番目のグリシンをアスパラギンに、15番目のリジンをメチオニンに置換したポリペプチドを作製することなどを意味する。
【0051】
また、遺伝子工学的手法を用いる場合、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異タンパク質作製法により置換、欠失、挿入、および/または付加できる程度の数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されるものであってもよい。このように、遺伝子工学的手法を用いた場合、上記(b)のポリペプチドは、換言すれば、上記(a)のポリペプチドの変異体であり、上記(d)のポリペプチドは、換言すれば、上記(c)のポリペプチドの変異体である。例えば、上記(d)のポリペプチドの1つである配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、配列番号2に示される上記(c)のポリペプチドの変異体である。ここにいう「変異」は、主として、公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異体を単離精製したものであってもよい。
【0052】
このように、本発明のポリペプチドは、(1)化学合成する方法(いわゆるペプチド合成)、(2)生体または培養細胞から精製単離する方法、または(3)遺伝子組み換え技術を用いて生産する方法、などによって取得することができる。
【0053】
なお、配列番号1ないし配列番号3に示されるような、20アミノ酸程度の比較的短鎖のアミノ酸からなるポリペプチドであれば、ペプチド合成により容易かつ簡便に取得することができる。また、ペプチド合成としては、ある担体に、アミノ基が保護されたアミノ酸を順次導入してペプチドを形成させる固相法を好適に用いることができる。
【0054】
また、多数のアミノ酸からなる長鎖のポリペプチドであれば、遺伝子組換え技術を用いて取得することが、工業的には好ましい。遺伝子組み換え技術を用いてポリペプチドを生産するための発現系(宿主−ベクター系)としては、例えば、細菌、酵母、昆虫細胞および哺乳動物細胞の発現系が挙げられる。
【0055】
なお、上記第1のペプチドおよび第2のペプチドの由来は、特に限定されるものではないが、例えば、ヘモグロビンに含まれるアミノ酸配列に含まれており、より詳細には、ウシ・ヘモグロビンβ鎖におけるリジンを含む領域に由来するポリペプチドである。
【0056】
具体的には、配列番号1に示される第1のペプチドは、本願発明者がウシ・ヘモグロビンβ鎖をモデルに合成し、FO152−1と名付けられたポリペプチドである。なお、配列番号1に示されるアミノ酸配列は、配列番号4に示されるウシ・ヘモグロビンβ鎖のアミノ酸配列における、N末端のメチオニンから20番目のアスパラギン酸までの領域に相当する。
【0057】
また、配列番号2に示される第2のペプチドのアミノ酸配列は、配列番号4に示されるウシ・ヘモグロビンβ鎖のN末端側から61番目のアラニンから75番目のリジンまでの領域のアミノ酸配列に相当する。
【0058】
さらに、配列番号3に示される第2のペプチドは、本願発明者がウシ・ヘモグロビンβ鎖をモデルに合成し、FO152−2と名付けられたポリペプチドである。すなわち、配列番号3に示される第2のペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、13番目のグリシンがアスパラギンに、15番目のリジンがメチオニンに置換されたポリペプチドである。換言すれば、配列番号3に示される第2のポリペプチドは、配列番号4に示されるウシ・ヘモグロビンβ鎖の61番目のグリシンから75番目のリジンまでのアミノ酸配列において、73番目のグリシンがアスパラギンに、75番目のリジンがメチオニンに置換されたポリペプチドである。
【0059】
なお、配列番号1ないし配列番号3に示されるポリペプチド以外にも、ウシ・ヘモグロビンβ鎖におけるアミノ酸配列に基づいて、第1のペプチドおよび第2のペプチドと同様に、血栓の溶解を制御するポリペプチドが得られる可能性がある。この場合、ウシ・ヘモグロビンβ鎖のアミノ酸配列のうち、リジンを含む領域が、血栓の溶解を制御する可能性が高い。
【0060】
(3)本発明にかかる抗体
次に、本発明にかかる抗体について説明する。
【0061】
本発明にかかる抗体は、プラスミン活性を亢進または抑制することにより、血栓の溶解を制御するポリペプチドを特異的に認識する抗体である。換言すれば、上記(1)で説明したポリペプチドを特異的に認識する抗体である。
【0062】
すなわち、本発明にかかる抗体は、(i)血栓の溶解を促進する第1のペプチドを特異的に認識する抗体(便宜上、「第1の抗体」という)または(ii)血栓の溶解を抑制するポリペプチド(第2のペプチド)を特異的に認識する抗体(便宜上、「第2の抗体」という)である。換言すれば、本発明にかかる抗体は、上記第1のペプチドまたは第2のペプチドを抗原とする抗体である。なお、当該抗体は、第1のペプチドまたは第2のペプチド、あるいはその断片を特異的に認識すればよい。
【0063】
ここで、上記「抗体」は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよい。なお、モノクローナル抗体は、抗原として第1のペプチドまたは第2のペプチド、あるいはそのフラグメントを用いて、常法のハイブリドーマ技術によって製造することができる。また、ポリクローナル抗体は、宿主動物、例えばラットまたはウサギに、第1のペプチドまたは第2のペプチド、あるいは、そのフラグメントを接種し、感作された血清を回収することからなる常法によって製造することができる。
【0064】
上記第1の抗体は、プラスミン活性を亢進する機能を有するポリペプチドを特異的に認識することができ、第2の抗体は、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチドを特異的に認識することができる。
【0065】
したがって、上記の抗体によれば、上記第1の抗体を用いて第1のペプチドを、第2の抗体を用いて第2のペプチドを定量することができる。また、後述のように、本発明にかかる血栓の溶解を制御するポリペプチドの検出方法に使用する検出試薬として利用することができる。
【0066】
また、上記抗体は、上記第1のペプチドまたは第2のペプチドの関係するヒトや動物の疾患を治療する抗体医薬品、診断薬(すなわち検出試薬)として利用できる可能性がある。なお、診断薬として用いる場合の診断方法は、上記ペプチドの関係する疾患を発症していると思われる動物の血液などの試料と上記抗体とを免疫反応することにより、容易に上記ペプチドを検出することができ、当該疾患を発症しているか否かを判定することができる。すなわち、試料と抗体とが免疫反応をしていれば、試料中に上記ペプチドが存在することを意味するので上記ペプチドの関係する疾患を発症していると判定できる。一方、免疫反応をしていなければ、試料中に上記ペプチドが存在しないことを意味するので上記ペプチドの関係する疾患を発症していないと判定できる。
【0067】
なお、上記免疫反応を判定する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、蛍光抗体法、免疫沈降法、ウェスタンブロット法、アフィニティークロマトグラフィー法、コロニーブロット法などを用いることができる。これら方法を用いることで、本発明にかかる検出方法の精度や信頼性をより一層向上させることができる。
【0068】
さらに、上記抗体は、後述のように、機能が不明である多くのタンパク質(ポリペプチド)を含む試料から、本発明にかかるポリペプチドと同様の性質を有する可能性のあるポリペプチドを検出するための試薬(検出試薬)として利用することができる。すなわち、本発明には、第1のペプチドまたは第2のペプチド、およびそれらと同様の性質を有する可能性のあるペプチドを検出するために、上記第1抗体または第2の抗体を含んでいることを特徴とする検出試薬も含まれる。
【0069】
(4)本発明にかかる検出方法およびスクリーニング方法
次に、本発明にかかる検出方法およびスクリーニング方法について説明する。
【0070】
本発明にかかる検出方法は、試料とプラスミン活性を亢進または抑制することにより、血栓の溶解を制御するポリペプチドを特異的に認識する抗体とを免疫反応させることにより、試料中から血栓の溶解を制御するポリペプチドを検出する方法である。すなわち、試料と上記(3)で説明した抗体とを免疫反応させるものである。
【0071】
したがって、上記検出方法は、第1の抗体、または、第2の抗体を用いることを特徴としている。換言すれば、上記検出方法は、(i)第1の抗体を用いて血栓の溶解を亢進する第1のペプチドを検出する方法、または、(ii)第2の抗体を用いて血栓の溶解を抑制する第2のペプチドを検出する方法である。
【0072】
前述のように、第1の抗体および第2の抗体は、第1のペプチドおよび第2のペプチドを特異的に認識する。したがって、例えば、この抗体と、多数のポリペプチドおよびタンパク質試料とを反応させれば、上記(1)のポリペプチドと血栓の溶解を制御するポリペプチドを、容易に検出することができる。すなわち、試料と、検出試薬としての上記抗体との免疫反応有無を調べることにより、試料中に第1のペプチドまたは第2のペプチドが含まれているか否かを検出することができる。なお、免疫反応の判定は、上記(2)で説明した方法によって行うことができる。
【0073】
上記の検出方法によれば、第1のペプチドまたは第2のペプチドを含むポリペプチドの関係するヒトや動物の疾患の診断に利用することができる。上記抗体が診断薬として利用される場合、上記第1の抗体または第2の抗体を担体に固定して、キット化されていることが好ましい。これにより、血液などの試料から、容易に第1のペプチドまたは第2のペプチドを検出することができる。したがって、本発明には検出試薬として上記抗体を含むことを特徴とする検出キットが含まれる。
【0074】
なお、上記検出キットは、試料と検出試薬としての上記抗体との反応の精度を挙げるための試薬、検出用試薬の利便性や保存性等を向上させるための試薬が、さらに添加されていてもよい。例えば、試料の保存のために、防腐剤が添加されていてもよい。
【0075】
本発明にかかるスクリーニング方法は、試料のフィブリン溶解率をフィブリン平板法によって活性評価する方法である。
【0076】
すなわち、上記スクリーニング方法は、(i)プラスミン活性を亢進することにより血栓の溶解を促進するポリペプチドをスクリーニングする方法、または、(ii)プラスミン活性を抑制することにより血栓の溶解を抑制するポリペプチドの活性を評価する方法である。
【0077】
本発明のスクリーニング方法に用いる試料としては、特に限定されるものではないが、例えば、上記第1のペプチドおよび第2のペプチド、上記検出方法によって得られたポリペプチド、などを用いることができる。
【0078】
上記フィブリン平板法は、後述の実施例のように、フィブリノーゲンとトロンビンとからフィブリン膜を作製したシャーレに、プラスミンと試料となるペプチドとを混合して加え、フィブリンの溶解部を観察してプラスミン活性を評価するものである。すなわち、プラスミンのみをフィブリン膜に加えた場合のフィブリン溶解部と、試料とプラスミンの混合物を加えた場合のフィブリン溶解部とを比較することより、プラスミンのみの場合よりも溶解部が大きくなっていれば、試料のペプチドにプラスミン活性を亢進する機能があると評価し、反対に、溶解部が小さくなっていれば、試料のペプチドにプラスミン活性を抑制する機能があると評価するものである。
【0079】
なお、本発明には、上記スクリーニング方法によって得られるポリペプチドも含まれる。すなわち、上記スクリーニング方法によって得られるプラスミン活性を亢進または抑制する機能を有するポリペプチドが含まれる。
【0080】
したがって、本発明のスクリーニング方法によれば、プラスミン活性を亢進または抑制する機能を有することが分かっていない試料から、当該機能を有する試料のみを取り出すことができる。このスクリーニング方法によって得られたペプチドは、血栓溶解薬または抗線溶薬として利用することができる。
【0081】
(5)本発明にかかる血栓溶解薬および抗線溶薬
上記(1)で説明したポリペプチド、および、上記(4)で説明したスクリーニング方法によって得られたポリペプチドは、いずれも血栓の溶解を制御するポリペプチドである。それゆえ、血栓溶解薬または抗線溶薬として利用することができる。
【0082】
すなわち、本発明には、(i)プラスミン活性を亢進することにより血栓の溶解を促進する血栓溶解薬、(ii)プラスミン活性を抑制することにより血栓の溶解を抑制する抗線溶薬、が含まれる。
【0083】
上記血栓溶解薬は、上記(1)で説明したプラスミン活性を亢進するポリペプチド、または、上記(5)で説明したプラスミン活性を促進するポリペプチドのスクリーニング方法によって得られたポリペプチドが含まれていればよい。
【0084】
また、上記抗線溶薬は、上記(1)で説明したプラスミン活性を抑制するポリペプチド、または、上記(5)で説明したプラスミン活性を抑制するポリペプチドのスクリーニング方法によって得られたポリペプチドが含まれていればよい。
【0085】
本発明の血栓溶解薬または抗線溶薬の作用機序は、プラスミンの酵素活性を亢進または抑制するものである。それゆえ、従来のように、プラスミンの量を増減させるのとは全く作用機序の異なる、新しいタイプの血栓溶解薬または抗線溶薬を提供することができる。
【0086】
なお、本発明の血栓溶解薬または抗線溶薬は、体内でその効果を発揮すればよいので、例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを投与してもよいし、プロドラッグ化して体内で代謝されて当該ポリペプチドが発現されてもよい。すなわち、本発明の血栓溶解薬または抗線溶薬は、上記本発明のポリペプチドがプロドラッグ化されていてもよい。
【0087】
また、本発明の血栓溶解薬または抗線溶薬には、1種類以上の賦形剤、1種類以上の結合剤、1種類以上の崩壊剤、1種類以上の滑沢剤、1種類以上の緩衝剤、のように、医薬品として許容される添加物が含まれていてもよい。
【0088】
(6)本発明にかかる遺伝子
本発明にかかる遺伝子は、上記(1)で説明したポリペプチド、上記(4)で説明したスクリーニング方法によって得られたポリペプチド、上記(6)で説明した血栓溶解薬または抗線溶薬をコードする遺伝子である。
【0089】
上記の遺伝子は、本発明のポリペプチドをコードしているので、適当な宿主(例えば細菌、酵母)に導入して、本発明のポリペプチドを発現させることができる。
【0090】
なお、上記「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。さらに、上記「遺伝子」は、上記本発明のポリペプチドをコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。例えば、上記(a)または(b)のポリペプチドをコードする配列をベクター配列につないで本発明の遺伝子を構成し、これを適当な宿主で増幅させることにより、本発明の遺伝子を所望に増幅させることができる。また、本発明の遺伝子の一部配列をプローブに用いてもよい。
【0091】
(7)本発明の有用性
以上のように、上記第1のペプチドおよび第2のペプチドは、プラスミン活性を亢進または抑制することにより、血栓の溶解を制御することができる。それゆえ、本発明は、以下に示すような有用性がある。
【0092】
A.第1のペプチドに関連する有用性
(i)これまでに例のない、全く新しい作用機序をもった血栓溶解薬を提供することができる。血栓の溶解(フィブリン分解)を亢進する医薬品はこれまで例がない。フィブリン分解産物に同様な作用が認められたが、この場合は、臨床検査キットの中で酵素作用補助剤として用いられており、今日では使われていない。
【0093】
(ii)第1ペプチドは、血栓の治療・予防薬、プラスミンの臨床診断薬としての応用が期待される。
【0094】
(iii)第1のペプチドを認識する抗体を用いて、第1のペプチドの検出、第1のペプチドと同様の作用を有する可能性の高いポリペプチドを検出することができる。
【0095】
(iv)第1のペプチドを認識する抗体を用いて得られるポリペプチドから、特に、プラスミン活性を亢進する機能が高いポリペプチドをスクリーニングすることができる。これにより得られたポリペプチドは、特に血栓溶解薬として有用である。
【0096】
B.第2のペプチドに関連する有用性
(i)第2のペプチドは、抗線溶薬として利用可能である。適応症としては、作用が類似する抗線溶薬として市販されているイプシロンアミノカプロン酸(第一製薬、イプシロン(登録商標))、トラネキサム酸(バソラミンおよびトランサミン(いずれも登録商標))と同様の症状に適応可能と考えられる。すなわち、第2のペプチドの効能・効果は、抗プラスミン作用、止血作用、抗アレルギー・抗炎症作用にあり、適応症としては、全身性線溶亢進が関与すると考えられる出血傾向(白血病、再生不良性貧血、紫斑病など、および手術中・術後の異常出血)、局所線溶亢進が関与すると考えられる異常出血(肺出血、鼻出血、性器出血、腎出血、前立腺手術中・術後の異常出血)、紅斑・腫脹・掻痒を伴う以下の疾患(湿疹およびその類症、蕁麻疹、薬疹、中毒疹)、咽頭痛・発赤・充血・腫脹などの症状を伴う以下の疾患(扁桃炎、咽喉頭炎)、口内炎における口内痛および口内粘膜アフターなどが挙げられる。
【0097】
(ii)抗線溶薬は、一般向け市販薬の中でも、風邪薬、美白・シミ取り薬、歯磨き粉に配合されているものがある。したがって、第2のペプチドも、これらにも適応可能である。
【0098】
(iii)抗線溶薬は、研究報告として、マウスすい臓癌に対する抑制効果があるとする報告がある。したがって、第2ペプチドも、これにも適応可能である。
【実施例】
【0099】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施例の記載に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変更が可能である。
【0100】
〔実施例1〕ウシ・ヘモグロビンのβ鎖のアミノ酸配列に基づく、血栓の溶解を制御するポリペプチド(候補化合物)の合成
ウシ・ヘモグロビンのβ鎖のアミノ酸配列に基づいて、リジンを含む領域を合常法に従って、ポリペプチドを合成した。すなわち、配列番号4に示されるウシ・ヘモグロビンのβ鎖のアミノ酸配列のうち、第1のペプチド(FO152−1)として、N末端のメチオニンから20番目のアスパラギン酸までの20merからなるペプチド(配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)を、第2のペプチド(FO152−2)として、配列番号4に示されるウシ・ヘモグロビンのβ鎖アミノ酸配列における61番目のアラニンから75番目のリジンまでの配列のうち、73番目のグリシンをアスパラギンに、75番目のリジンをメチオニンに置換した15merからなるペプチド(配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)を合成した。図3にはウシ・ヘモグロビンβ鎖構造内における第1のペプチド(FO152−1)に相当する部位(図中M1〜D20)がリボン状で示される。同様に、図4には第2のペプチド(FO152−2)に相当する部位(図中A61〜K75)がリボン状で示される。ただし図4には示されないが、前述のようにFO152−2は、73番目のグリシンがアスパラギンに、75番目のリジンがメチオニンに置換されている。なお、図4に示されるリボン状の部分は、配列番号2に示されるアミノ酸からなるポリペプチドに相当する部分でもある。
【0101】
なお、合成方法はアミノ基をFmoc基で保護した、固相合成で行った。
【0102】
〔実施例2〕プラスミンに対する溶解率の評価
実施例1で製造したポリペプチドのフィブリンに対する溶解率を常法にしたがって、フィブリン平板法によって検討した。
ウシ・フィブリノーゲン(Fibrinogen from bovine plasma, lot.309-03663, Ito Ham Foods, 大阪)を凝固タンパクとして0.4%となるよう1%NaCl加1/15Mリン酸緩衝液(pH7.4)に溶解した。このフィブリノーゲン液8mlを9cm径のプラスチック製シャーレに取り、200IU/mLのヒト・トロンビン(トロンビン−ヨシトミ 500単位、吉富製薬、大阪)0.1M CaCl溶液を100μL加えて、水平面上に室温下で60分放置して凝固させ、フィブリン平板を作製した。
0.5IU/mLのヒト・プラスミン(Plasmin from human plasma, P4895, lot. 89H7614, SIGMA, USA)0.85%生理食塩水溶液に、等容量のサンプルを混合し、直ちにこの混合液20μLをフィブリン平板上に静置、水平を保った37℃の恒温室内でインキュベートした。18時間後にフィブリン膜の溶解部の長径と短径を測定(mm)、長径×短径を溶解面積(mm)とした。測定は2回行い、両者の平均値を当該検体の活性値とした。また対照にはサンプルの代わりに0.85%生理食塩水を用い、サンプルに対して行ったと同様に測定した。
【0103】
なお、インキュベート処理(37℃で1時間の加熱処理)は、サンプル(実施例1で合成したポリペプチド)とヒト・プラスミンとの反応を進行させるためのものである。すなわち、例えば、FO151−1とプラスミンとを混合して37℃で1時間加温することは、両者が反応して得られる生成物(この場合、両者の複合体の形成と推測される)を形成させるための条件を十分に与えるためのものである。
【0104】
溶解率は、サンプルの変わりに生食を加えた対照の溶解面積−(サンプル+プラスミンの溶解面積)/サンプルの変わりに生食を加えた対照の溶解面積 × 100 (%)で表した。
【0105】
この試験において得られた結果は以下のようである。まずFO152−1についてであるが、プラスミンとFO152−1とを混合後直ちに、平板上に置いた場合と、混合後の1時間を37℃でインキュベートしてからフィブリン膜上に静置した場合の2つの条件を変えた試験を行った(図1)。
【0106】
本試験の結果、FO152−1とヒト・プラスミンとの関係には2つの特徴が示された。第1は至適濃度のあることで、プラスミンに対して適当な濃度範囲を越えると、濃くても薄くても反応は低下することである。第2はプラスミンと予め加温することで、反応が強調されることである。十分な反応(1時間の加温下で)なしに基質(フィブリン)と会合した場合、プラスミンの反応は抑制気味であることから、FO152−1はフィブリンとの反応性がプラスミンに対する反応性よりも強いと考えられる。
【0107】
具体的には、FO152−1は酵素プラスミンと基質フィブリンとの結合を仲介する役割を果たしていると考えられる。しかしながら、FO152−1は、プラスミンよりもフィブリンと容易に結合し、FO152−1がフィブリンとプラスミンとの両者にほぼ同時に会合した場合にはフィブリンを選択して結合し、FO152−1−フィブリン複合体を生成すると推定される。この複合体生成のため、FO152−1はプラスミンとの結合の仲介する役割を果たさなくなり、フィブリン側のプラスミン結合部位をブロックすると推測される。上記した「十分な反応(1時間の加温下で)なしに基質(フィブリン)と会合した場合、プラスミンの反応は抑制気味である」というのは、この結果から推測したものである。
【0108】
これに対して、FO152−1とプラスミンとを37℃で1時間インキュベーションして、FO152−1−プラスミン複合体を形成させると、この複合体のFO152−1はフィブリンと結合しやすいためフィブリンに結合しようとする。その結果、FO152−1−プラスミン複合体とフィブリンとの距離が近くなり、プラスミンの酵素活性が亢進されていると推測される。
【0109】
なお、FO152−1にフィブリンを分解する酵素作用は全くなく、フィブリンとプラスミンとの間に介在することにより、プラスミン活性を亢進しているので、FO152−1は「線溶増強作用:accelerating activity」を有するということもできる。
【0110】
このことは治療目的で本物質を用いる場合の投与量、投与の順序あるいは混合剤の組み合わせを考えるうえで重要となる。本実験の結果では、ヒト・プラスミン(0.5IU/mL)と62.5μg/mLのFO152−1の等容量混合液を、37℃、1時間の加温をした後にフィブリン膜上に置いたとき、プラスミン活性は最も高く現われ、対照に比べ22.3%の溶解率の増加(Accelerating activity)を示した。
【0111】
次に、フィブリン平板法で測定したFO152−2濃度と溶解率との関係は、図2に示した。
【0112】
前述のFO152−1の場合と同様、37℃、1時間の加温を行った場合にFO152−2のプラスミン抑制効果は顕著に出現した。本実験結果では、0.5IU/mLのヒト・プラスミンと等容量の250μg/mL FO152−2生理食塩水溶液に混合後、37℃で1時間加温したものが最もプラスミンに対する抑制効果が高く、対照に比べ83%の溶解率抑制が認められた。
【0113】
なお、FO152−2については、以下の実験により、プラスミンの酵素活性を抑制することが確認された。すなわち、第1に電気泳動(SDS−PAGE)の結果である。図示しないが、プラスミンとヘモグロビンとを混ぜ合わせると、ヘモグロビンが分解され、プラスミンのバンドも移動するため、プラスミンとヘモグロビンあるいはヘモグロビンの一部とが結合していると考えられる。フィブリンは固体のため電気泳動ができないので、フィブリンの代わりにフィブリノーゲンを使用したが、フィブリノーゲンとヘモグロビンとを混ぜ合わせた場合も、ヘモグロビンのバンドが薄くなることから、フィブリノーゲンとヘモグロビンとが結合していると考えられる。
【0114】
第2に、図2に示されるグラフの結果である。Non incubationの場合(プラスミンとFO152−2とを混ぜ合わせ、直ちにフィブリン膜に接触させた場合)は、どの濃度においても30%〜40%の溶解率の減少(すなわちプラスミンの抑制効果)を示している。これに対して、Incubationの場合(プラスミンとFO152−2とを混ぜ合わせ、その混合液を37℃で1時間置き、両者をよく反応させた後、フィブリン膜に接触させた場合)は、250μg/mLのFO152−2に対し、0.5IU/mLのヒト・プラスミンを当量混ぜ合わせたときに(全て同条件で測定)、Non incubationの場合の約2倍と最も抑制効果が強く現われている。
【0115】
これらの結果より、プラスミンとFO152−2との結合性が高くなる条件において、プラスミンの酵素活性を抑制する効果が顕著になると判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】ヒト・プラスミンのフィブリン溶解能に対する本発明のポリペプチドであるFO152−1ペプチドの濃度の影響を示したグラフである。
【図2】ヒト・プラスミンのフィブリン溶解能に対する本発明のポリペプチドであるFO152−2ペプチドの濃度の影響を示したグラフである。
【図3】ウシ・ヘモグロビンβ鎖構造内におけるFO152−1に相当する部位(N末端のメチオニン(M1)〜20番目のアスパラギン酸(D20))の模式図である。
【図4】ウシ・ヘモグロビンβ鎖構造内におけるFO152−2に相当する部位(N末端側から61番目のアラニン(A61)〜75番目のリジン(K75))の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスミン活性を抑制するポリペプチドであって、以下の(c)または(d)のポリペプチド。
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、プラスミン活性を抑制する機能を有するポリペプチド。
【請求項2】
配列番号2に示されるアミノ酸配列において、13番目のアラニンがアスパラギンに置換、および、15番目のリジンがメチオニンに置換されたアミノ酸配列からなる請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
ヘモグロビンに由来する請求項1または2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリペプチドを特異的に認識する抗体。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリペプチドをコードする遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−283967(P2008−283967A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−110220(P2008−110220)
【出願日】平成20年4月21日(2008.4.21)
【分割の表示】特願2002−206225(P2002−206225)の分割
【原出願日】平成14年7月15日(2002.7.15)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】