説明

血液のpH特定のための装置および方法

本発明は、血液の非侵襲的な生体内分析のための分光分析装置および対応の分析方法、とりわけ血液のpH値を直接特定するための分光分析装置および対応の分析方法に関するものである。血液を含む励起されたターゲット領域より検出されたラマン信号から、pHに敏感な予め決められた少なくとも1つの信号部分が特定される。そのpHに敏感な少なくとも1つの信号部分から、pH値と、血液中に存在する少なくとも1つの分子または分子部分の、pHに敏感な振動(とりわけヘモグロビンのヘム振動)の1つ以上のバンドパラメータとの間の関係を用いて、ターゲット領域内の血液のpH値が特定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液の非侵襲的な生体内分析、とりわけ血液のpH値特定のための分光分析装置、および対応の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、分光分析装置のような分析装置は、検査対象体の組成の調査、たとえば生体内における血液の様々な分析成分の濃度の測定に用いられる。いくつかの分析装置は特に、検査対象物質と入射電磁放射(たとえば可視光、赤外放射、または紫外放射)との間の相互作用に基づく、分光分解等の分析を行う。
【0003】
励起系とモニタリング系とを含むある分光分析装置が、国際公開公報WO02/057759A2号より知られている。この国際公開公報の内容は、参照により本明細書に含まれているものとする。励起系は、励起期間中において、ターゲット領域を励起するための励起ビームを発する。モニタリング系は、モニタリング期間中において、ターゲット領域を撮像するためのモニタリングビームを発する。励起期間とモニタリング期間とは、実質的に重複する。したがって、ターゲット領域は、励起と並行して撮像され、ターゲット領域と励起領域との両方を表示する画像が形成される。この画像に基づいて、励起ビームの照準を極めて精確にターゲット領域に合わせることができる。
【0004】
この国際公開公報WO02/057759A2号より知られている、撮像と局所的な組成の分光分析とを同時に行う分析方法は、共焦点のビデオ撮像用およびラマン励起用の別個のレーザー、または撮像用とラマン分析用とを兼ねる単一のレーザーを用いて行われる。やはり国際公開公報WO02/057759A2号に記載されている直交偏光スペクトル撮像(orthogonal polarized spectral imaging;OPS IMAGING)は、器官の表面に近い血管を画像化するための単純で低コストかつロバストな方法であり、この方法は、人間の皮膚中の毛細血管を画像化するのにも用いることができる。
【0005】
人間の血液内の通常のpH範囲は、7.25から7.45である。この範囲外では、人間は具合が悪くなる。病院内の集中治療室では、医師は、pHを用いて、酸に基づく患者の様態と、換気系に対する酸素供給とを監視する。通常、これらのパラメータは、いわゆる血液ガス測定で測定される。したがって、迅速かつ精確なpH値の特定への関心が高い。しかしながら、血液のpH値を特定する既知の方法はすべて、間接的な測定である。すなわち、既知の方法はすべて、pHと重炭酸塩とpCOとの間の関係に基づいており、これらのパラメータのうちの2つを測定することで、3つ目のパラメータの計算を可能としている。
【0006】
米国特許第5355880号には、信頼性の高い非侵襲的な血液ガス測定が記載されている。しかしながら、この方法は、2つ以上の波長における吸収性の違いに基づいている。さらには、この方法は、血液中以外の測定も行う。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の1つの目的は、患者の血液の非侵襲的な生体内分析のための分析装置および対応の分析方法であって、患者の血液のpH値の、直接的で迅速かつ精確な特定、すなわち重炭酸塩またはpCOの特定を必要としない特定を可能とする分析装置および方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、上記の目的は、請求項1に記載の、
− 血液を含むターゲット領域を励起するための励起ビームを発する励起系と、
− 上記の励起ビームによって発生させられたターゲット領域からの散乱放射を検出して、ラマン信号を取得するための検出系と、
− 上記のラマン信号から、pHに敏感な予め決められた少なくとも1つの信号部分を抽出し、pH値と、血液中に存在する少なくとも1つの分子または分子部分の、pHに敏感な振動の1つ以上のバンドパラメータとの間の関係を用いて、上記のpHに敏感な少なくとも1つの信号部分から、上記のターゲット領域内の血液のpH値を特定する信号処理系とを含む分析装置によって達成される。
【0009】
上記の目的はまた、請求項11に記載の対応の分析方法によっても解決される。本発明のいくつかの好ましい実施形態は、従属請求項で規定されている。
【0010】
本発明は、pH値と、血液分子の振動のバンドパラメータとの間の関係を利用するという思想に基づいている。この関係を利用するため、生体内の血液のラマン信号が、非侵襲的に測定される。このラマン信号から、所与の関係の利用が可能な、pHに敏感な少なくとも1つの信号部分が選択される。そうして、血液サンプルの、pHに敏感なスペクトル特性であって、その特性からpH値を直接導出できるような特性が特定される。
【0011】
本発明によれば、血液中のpH値の直接的かつ非侵襲的な測定が、集中治療状態における常時の速やかなモニタリングを可能とする。そのようなモニタリングは、たとえば、患者の様態が急変し得るICU内において、呼吸障害または代謝障害を有する患者に対して有用である。さらに、この方法は、少量の血液しか有さない新生児にも適用することができる。間接的な方法に代えて直接的な方法を用いることにより、コストの低減も可能であり、さらには感染リスクの低減も実現可能である。
【0012】
本発明の1つの好ましい実施形態によれば、信号処理手段は、pH値と、バンド位置、バンド強度、バンド偏光比、バンド幅および/またはバンド形状との間の所与の関係を用いて、pH値を特定するようにされる。このことは、最良の場合、これらのパラメータのうち1つのみを、検出されたラマン信号のpHに敏感な信号部分から特定すればよいことを意味する。種々のラマン信号波長において、pH値と種々のバンドパラメータとの間の関係が存在するので、血液のpH値を得るために本発明によりどのバンドパラメータおよびどの関係を利用すべきかということは、取得されたラマン信号の強度、pHに対する敏感さの度合い、および測定ボリューム内における他の分子からの干渉信号にも依存する。pHに対する敏感さは、励起波長を適切に選択することにより、さらに最適化することができる。そうすることにより、pHに敏感なヘモグロビン帯を、他の信号寄与成分に対して強調することが可能である。
【0013】
1つの好ましい実施形態によれば、ヘモグロビンのラマン信号のpHに対する敏感さが最も高いため、pH値と、ヘモグロビンのヘム振動の1つ以上のバンドパラメータとの間の関係を利用して、血液のpHが特定される。ただし、血液内には、同様に利用可能な、pHに対する敏感さを有する他の分子も存在する。たとえば、水素架橋を形成することのできる分子は、pHに対して敏感であり得ることが知られている。
【0014】
好ましくは、広バンドのラマン信号を検出した後に、pHに敏感な予め決められた信号部分をその広バンドのラマン信号から抽出する代わりに、ヘモグロビンのヘム振動の1つ以上のラマン信号部分のみが実際に検出される。このことは、数個のみの光学測定チャネルを含む、より単純で低コストな測定装置へと繋がる。
【0015】
さらに好ましくは、ヘモグロビンを含有する赤血球または全血を基本的に含むターゲット領域からの散乱放射のみが検出される。この形態は、pH値とバンドパラメータとの間の所与の関係の適用を、最も良く可能とする。しかしながら、全般的には、血漿または血清について測定を行うことも可能である。
【0016】
さらなる1つの実施形態によれば、ターゲット領域を撮像するためのモニタリング系と、励起系、検出系およびモニタリング系の焦点を、ターゲット領域上、特に血管上に合わせるための焦点調整系とが設けられる。この焦点調整系を用いることにより、励起ビームの照準を厳密に関心対象体(すなわち血管)に合わせることができる。手動の焦点調整技術を用いてもよいし、自動焦点調整(オートフォーカス)技術を用いてもよい。全分析中に亘って、患者の動きをも補償する常時の焦点調整を可能とするためには、自動焦点調整技術が好ましい。
【0017】
さらに有利な形態では、信号処理系は、pHに敏感な少なくとも1つの信号部分が、他の分析成分(たとえば、乳酸塩、乳酸アシドーシス、酸素供給等)からの干渉を含んでいるか否かをチェックし、そのような干渉を除去するようにされる。この形態は、分析に用いる波数領域の選択により、または、たとえばスペクトル処理(たとえばフィルタリングおよび多変量スペクトル解析)による、pHに敏感な信号部分と、上記の分析成分に敏感な信号部分との数学的なモデリングにより実現可能である。干渉を除去することは、pH値の特定精度を向上させてより少ない誤差を有する値とし、pHに対するより高い敏感さを結果としてもたらす。
【0018】
本発明の別の1つの側面によれば、pHに敏感な少なくとも1つの信号部分がpHに対して最適な敏感さを示すように最適化された波長で、励起ビームを発するようにするという意味において、励起系が最適化される。そのような最適な励起波長は、種々のpHおよび種々の波長における血液のスペクトルを収集して、pHに敏感な信号部分を分析することにより見出すことができる。励起波長の最適値は、血液のスペクトルの別個の試験の組におけるpHの予測においてもたらす誤差が最小であるということにより、特徴付けられる。
【0019】
ラマン信号がpHに対する敏感さを示す好ましいバンド位置は、請求項9で規定されている。これらのバンド位置では、ラマン信号から波数が特定されれば、pH値を精確に特定することを可能とする、pH値と波数との関係が分かっている。当然ながら、必ずしもこれらのバンド位置に限られるものではなく、他のバンド位置も見出され得る。
【0020】
ラマンスペクトルに対するpHの影響は、ヘム基の振動帯の偏光特性にも現れる。偏光解消比、すなわち入射偏光方向に対して垂直なアナライザ設定に伴うラマン強度と平行なアナライザ設定に伴う強度との比が、励起波長の関数として測定された。これらのいわゆる偏光解消比励起プロファイルは、種々のバンド位置、とりわけ請求項9で規定されているのと同様のバンド位置において、pHに対する敏感さを明確に示す。多くの励起波長の測定を行うのはあまり現実的ではないため、偏光解消比は、好ましくは適当に選択された(1つ以上の)励起波長において測定される。本発明に係る分析装置の1つの適当な実施形態が、請求項10で規定されている。この実施形態は、偏光解消比を用いて血液のpH値を特定する形態である。
【0021】
血液のラマンスペクトルのpH依存性は、部分的最小二乗法(Partial Least Squares;PLS)のような、多変量統計解析による較正技術の適用によっても特定することができる。PLSでは、参照分析法により特定された、既知のpH値を有する選択された血液サンプルの、スペクトルモデルのデータセットを用いる。有効なモデルを導出するため、このモデルのデータセットは、実際に生じ得る、可能性のあるあらゆるスペクトル変動(pHに起因する変動と、他の分析成分の干渉の寄与に起因する変動との両方)を含むものとされるべきである。pH値と相関関係を有するスペクトル回帰ベクトルを見つけるため、スペクトルと参照値との間の共変性の多変量解析が用いられる。新たなスペクトルを回帰ベクトル上に投射すると、その新たなスペクトルに対する予測pH値が導出される。ここで、非線形PLS技術を用いると有利である。また、人工ニューラルネットワークを設計して、モデルデータによる学習を行わせて、新たな血液サンプルのpHを予測することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照して、本発明をより詳細に説明する。
【0023】
図1は、本発明に係る分析システムの1つの好ましい実施形態を示した図である。この分析システムは、検査対象体(obj)の光学画像を形成するためのモニタリング光学系(lso)を含んでいる。この例では、対象体(obj)は、検査患者の前腕皮膚の一部である。この分析システムはまた、多光子散乱、非線形散乱、または弾性散乱もしくは非弾性散乱を光検出する検出系(ods)を含んでおり、これにより、多光子光学過程または非線形光学過程により対象体(obj)内で発生させられる光の、分光分析を行う。図1に示された例は、ラマン分光装置の形態を有する非弾性ラマン散乱検出系(dsy)を、特に用いている。ここで、光または光学との語は、可視光のみならず、紫外放射および赤外放射(とりわけ近赤外放射)も包含するものとする。
【0024】
モニタリング系(lso)は、モニタリングビーム(irb)を発するモニタリングビーム源(ls)と、ターゲット領域(たとえば患者の前腕(obj)の真皮上層(D)内の血管(V))を撮像するための撮像系(img)とを含んでいる。モニタリングビーム源(ls)は、この例では、白色光源(las)と、レンズ(l1)と、560−570nmの波長領域内の光を生成するための干渉フィルタ(図示せず)とを含んでいる。さらに、モニタリングビーム(irb)を偏光させるための偏光子(p)が設けられている。これにより、モニタリングビーム源(ls)は、直交偏光スペクトル撮像(OPS撮像)に適したものとされている。
【0025】
OPS撮像では、偏光させられた光が、偏光ビームスプリッタ(pbs)を通過して、顕微鏡対物レンズ(mo)により、皮膚(obj)上に投射される。この光の一部は、表面から直接反射(正反射)する。別の一部は、皮膚内に侵入し、そこで1回以上散乱した後、吸収または皮膚表面から再放射(乱反射)される。これらの散乱が起こるたびに、入射光の偏光状態がわずかに変更される。直接反射した光または皮膚内にわずかだけ侵入した光は、再放射前に1回または数回散乱するのみであり、ほぼ当初の偏光状態を維持する。一方、皮膚内により深く侵入した光は、多数回の散乱を経て、完全に偏光解消された後に、表面に向けて再放射される。
【0026】
第1の偏光子(p)に対して精確に垂直に配向された、第2の偏光子またはアナライザ(a)を通して対象体(obj)を観察すると、皮膚の表面または上層部から反射された光は大幅に抑制される。一方、皮膚内に深く侵入した光は、大部分が検出される。結果として、画像は、背面照射されたかのように見える。590nm未満の波長は血液により強く吸収されるので、OPS画像内では、血管は暗く見える。
【0027】
一般的には、画像はモノクロCCDカメラを用いて取得される。血管は、サイズ、形状、および血球の動きによって、他の吸収組織と区別されて識別される。本実施形態で用いられる撮像系(img)は、対象体(obj)から反射され偏光ビームスプリッタ(pbs)を通って戻ってきた、偏光させられたモニタリングビーム(irb)の光に対して垂直な偏光状態を有する光のみを通過させるため、上記で説明したアナライザ(a)を含んでいる。この光はその後、レンズ(l2)によりCCDカメラ(CCD)上に集光される。
【0028】
ラマン分光装置(ods)は、励起ビーム(exb)を発する励起系(exs)と、ターゲット領域からのラマン散乱信号を検出する検出系(dsy)とを含んでいる。この励起系(exs)は、785nm赤外ビームの形態の励起ビーム(exb)を発生させる、ダイオードレーザーとして構成されてもよい。当然ながら、他のレーザーを励起系として用いることもできる。励起ビーム(exb)をモニタリングビーム(irb)と共に顕微鏡対物レンズ(mo)へと導き、それら両方のビームを対象体(obj)上に集光するため、ミラー系とたとえば光ファイバーとが、励起ビーム(exb)をダイクロイックミラー(f1)へと導く。
【0029】
ダイクロイックミラー(f1)はまた、戻ってきた(モニタリング)ビームを、散乱ラマン信号から分離する。反射されたモニタリングビームが撮像系(img)へと導かれる一方、対象体からの弾性散乱光および非弾性散乱(ラマン)光は、ダイクロイックミラー(f1)において反射され、励起ビームの光路に沿って戻るように導かれる。その後、非弾性散乱されたラマン光は、適当なフィルタ(f2)によって反射され、検出系(dsy)内のラマン検出光路に沿って、CCD検出器を有する分光計の入力部へと導かれる。CCD検出器を有する分光計は、検出系(dsy)内に組み込まれており、この検出系(dsy)は、約1050nmよりも短い波長についてラマンスペクトルを記録する。ここで、この制限は、CCDカメラのこの赤外スペクトル側における、限られた量子効率のために存在するものである点に留意されたい。CCDカメラの技術的な進歩に伴い、おそらくはこの1050nmという数字をより高い波長に伸ばすことができるであろう。
【0030】
CCD検出器を有する分光計の出力信号は、ラマン散乱された赤外光のラマンスペクトルを表す。実際には、このラマンスペクトルは、励起波長に応じて、800nmを超える波長範囲内で生じる。CCD検出器の信号出力部は、スペクトル表示ユニット(たとえば、記録されたラマンスペクトルをモニタ上に表示するワークステーション)に接続されている。また、ラマンスペクトルを分析して1つ以上の分析成分の濃度を計算する、計算ユニット(たとえばワークステーション)も設けられている。
【0031】
一般的な分析装置およびその機能のさらなる詳細については、上記の国際公開公報WO02/057759A1号を参照されたい。
【0032】
共焦点ラマン系(ods)を血管(V)内に常時オートフォーカスするため、オートフォーカス手段(afm)が設けられている。患者は血液分析中において交差方向(x,y)のみならず横方向(z)にも動き得るので、かかるオートフォーカスが必要とされる。したがって、共焦点検出中心の最適位置を、常時検出および調整する必要がある。交差方向の動きは、撮像系により簡単に検出することができるが、軸方向の動きの検出は、それよりずっと難しい。これらのオートフォーカス手段(afm)は、光検出系(ods)およびモニタリング系(lso)の焦点が、血液のスペクトルの記録の間、関心対象体(たとえば選択された血管(V))上に常時最適に合わせられるよう保障する。ここでは詳細に説明しないが、この保障のため、多くの異なる技術が用いられ得る。あるいは、これに代えて、ユーザーが手動で顕微鏡対物レンズ(mo)の合焦状態を変更して最良の焦点位置を見つけることができる、手動のオートフォーカス手段を用いてもよい。
【0033】
検出系(dsy)によりラマン信号が検出された血液の、pH値を特定するため、信号処理系(sps)が光検出系(ods)内に設けられている。この信号処理系(sps)内では、pH値の特定を可能とするような、pHに対して顕著な敏感さを示す少なくとも1つの信号部分が、全体のラマン信号から抽出される。この少なくとも1つの信号部分から、予め決められた少なくとも1つのバンドパラメータが特定される。このバンドパラメータとしては、たとえばバンド位置、バンド強度、バンド偏光比、バンド幅ならびに/もしくはバンド形状、またはこれらの組合せが用いられ得る。実際にどのバンドパラメータが特定されるかは、抽出されたラマン信号の信号部分に関して、特定されるべきpH値とどのバンドパラメータとの間の関係が分かっているかに依存する。
【0034】
たとえば、ヘム基の敏感なラマン帯は、ヘム蛋白質であるヘモグロビンのヒスチジン基に結合された中心鉄原子の振動帯μFe−Hisと関連付けられた、1378cm−1、1506cm−1および1638cm−1であることが分かった。pHの変化がポルフィリン帯のバンド位置に及ぼす影響も、過去に測定されており、その測定結果は、鉄を含むアルキル化されたシトクロムcの波数の、pH依存性を示している(Parker、「Biological applications of IR and Raman(赤外およびラマンの生物学的応用)」、第6章、Porphyrins and Hemoproteins(ポルフィリンおよびヘム蛋白質)、第276頁、1982年参照)。人間の血液も、上記のバンド位置において類似の波数のpH依存性を示し、好ましい実施形態では、バンド位置(より具体的には波数)が、ラマン信号の抽出された信号部分から特定され、さらに所与の関係を用いることにより、pH値が特定され得ることが分かった。かかる波数のpH依存性、および血液に関する1535cm−1周辺のバンド位置が、図2に概略的に示されている。
【0035】
pHに敏感なヘム振動のバンドパラメータの測定に加えて、検出されたラマン信号を用いることにより血液のpH値を直接特定するには、他の方法も可能である。たとえば、pHに敏感なヘム振動の偏光特性を測定してもよい。さらには、血液のスペクトル全体の多変量解析を実行してもよく、pHが分かっている血液サンプルのトレイン予測モデル(train predeiction model)を上記のように用いてもよい。また、図1に示された分析装置の実施形態は、特定のレイアウトの一例に過ぎず、当然ながら、分析装置の他の実施形態も可能である。たとえば、モノクロ撮像、二色撮像、またはマルチカラー撮像に適合化されたモニタリング系の他の実施形態を有する、分析装置の他の実施形態を用いることも可能である。
【0036】
要約すると、血液の非侵襲的な生体内分析を実行してpH値を特定するため、以下の重要な施策、工程、または考慮事項を採る必要がある。
1.特定のヘム帯のバンド位置が、pHに依存してシフトすることを認識する。
2.血液中のヘム振動帯の(シフトされた)バンド位置Ωから、pHを導出する必要がある。
3.したがって、Ω=Ω(pH)の関係を逆に解いて、pH=pH(Ω)を求める必要がある。
4.健康な人間の血液のpH範囲は狭く(pH=7.25から7.45)、pH<7.25の状態は細胞の代謝が変化するので危険であり、医療処置が必要である。
5.この範囲で変化を示す、pHに敏感なヘム振動帯のバンド位置を探索する。
6.このバンド位置の変化が、実際上測定可能な波数範囲内(1−2cm−1)の変化であることを認識する。
7.十分高い精度(0.02から0.1cm−1)を有するヘム帯のバンド位置を測定して、pHの変化について対応の高い精度を得る必要がある。
8.生体内の血液について、測定を行う。すなわち、生体内の血液中のヘモグロビンのヘム振動について、ラマン測定を行う。
9.この測定を行う理想的な手法は、非侵襲的な手法である。皮膚中の血管を探索し、その血管を直接測定する。
10.他の分析成分(たとえば、乳酸塩、乳酸アシドーシス、酸素供給等)からの干渉があるか否かを確認し、かかる干渉があればそれを除去する。
11.測定を行うのに適した励起波長を探索することにより、信号を最適化する。
【0037】
本発明は、血液のpH値の、直接的、迅速、精確、かつ非侵襲的な特定であって、pCOまたは重炭酸塩を別個に特定することを要しない特定を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明に係る分析システムの1つの好ましい実施形態を示した図
【図2】特定のバンド位置におけるpH値と波数との関係を示したグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液の非侵襲的な生体内分析のための分光分析装置であって、
− 血液を含むターゲット領域を励起するための励起ビームを発する励起系と、
− 前記励起ビームによって発生させられた前記ターゲット領域からの散乱放射を検出して、ラマン信号を取得するための検出系と、
− 前記ラマン信号から、pHに敏感な予め決められた少なくとも1つの信号部分を抽出し、pH値と、血液中に存在する少なくとも1つの分子または分子部分の、pHに敏感な振動の1つ以上のバンドパラメータとの間の関係を用いて、前記pHに敏感な少なくとも1つの信号部分から、前記ターゲット領域内の血液のpH値を特定する信号処理系とを含むことを特徴とする分光分析装置。
【請求項2】
前記信号処理系が、pH値と、バンド位置、バンド強度、バンド偏光比、バンド幅および/またはバンド形状との間の所与の関係を用いて、前記pH値を特定するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項3】
前記信号処理系が、pH値と、pHに敏感なヘモグロビンのヘム振動の1つ以上のバンドパラメータとの間の関係を用いて、前記pH値を特定するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項4】
前記検出系が、ヘモグロビンのヘム振動の、1つ以上のラマン信号部分のみを検出するようにされていることを特徴とする請求項3記載の分光分析装置。
【請求項5】
前記検出系が、全血または赤血球を基本的に含むターゲット領域からの散乱放射を検出するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項6】
前記ターゲット領域を撮像するためのモニタリング系と、
前記励起系、前記検出系および前記モニタリング系の焦点を、前記ターゲット領域上、特に血管上に合わせるための焦点調整系とをさらに含むことを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項7】
前記信号処理系はさらに、前記pHに敏感な少なくとも1つの信号部分が、他の分析成分からの干渉を含んでいるか否かをチェックし、該pHに敏感な少なくとも1つの信号部分から、前記干渉を除去するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項8】
前記励起系は、前記pHに敏感な少なくとも1つの信号部分がpHに対して最適な敏感さを示すように最適化された波長で、励起ビームを発するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項9】
前記信号処理系は、実質的に1378cm−1、1506cm−1または1638cm−1のバンド位置において、前記ラマン信号から、pHに敏感な予め決められた少なくとも1つの信号部分を抽出するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項10】
前記励起系が、予め決められた偏光方向を有する励起ビームを発するようにされており、
前記信号処理系が、前記ラマン信号の前記pHに敏感な少なくとも1つの信号部分から偏光解消比を特定し、pH値と、前記pHに敏感な少なくとも1つの信号部分に含まれる励起波長における、1つ以上の分子の振動の偏光解消比との間の関係を用いて、特定された前記偏光解消比から、前記ターゲット領域内の前記血液の前記pH値を特定するようにされていることを特徴とする請求項1記載の分光分析装置。
【請求項11】
血液の非侵襲的な生体内分析のための分光分析方法であって、
− 血液を含むターゲット領域を励起するための励起ビームを発する工程と、
− 前記励起ビームによって発生させられた前記ターゲット領域からの散乱放射を検出して、ラマン信号を取得する工程と、
− 前記ラマン信号から、pHに敏感な予め決められた少なくとも1つの信号部分を抽出する工程と、
− pH値と、血液中に存在する少なくとも1つの分子または分子部分の、pHに敏感な振動の1つ以上のバンドパラメータとの間の関係を用いて、前記pHに敏感な少なくとも1つの信号部分から、前記ターゲット領域内の血液のpH値を特定する工程とを含むことを特徴とする分光分析方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2006−527018(P2006−527018A)
【公表日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−508464(P2006−508464)
【出願日】平成16年5月27日(2004.5.27)
【国際出願番号】PCT/IB2004/050784
【国際公開番号】WO2004/109267
【国際公開日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(590000248)コーニンクレッカ フィリップス エレクトロニクス エヌ ヴィ (12,071)
【氏名又は名称原語表記】Koninklijke Philips Electronics N.V.
【住所又は居所原語表記】Groenewoudseweg 1,5621 BA Eindhoven, The Netherlands
【Fターム(参考)】