説明

衝突エネルギー吸収能に優れた自動車用衝突エネルギー吸収部材およびその製造方法

【課題】衝突時の軸方向衝突エネルギー吸収能に優れた自動車用衝突エネルギー吸収部材を提供する。
【解決手段】980MPa以上のTSを有し、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、Rc≦1.31×ln(n)+5.21を満足する高強度薄鋼板を成形加工して、自動車用衝突エネルギー吸収部材とする。このような特性を有する高強度薄鋼板を使用することにより、TSが980MPa以上である場合でも、自動車衝突時に部材を軸方向に安定座屈させ蛇腹状に圧潰変形させることができる。なお、使用する高強度薄鋼板は、質量%で、C:0.14%〜0.30%、Si:0.0.1〜1.6%、Mn:3.5〜10%、N:0.0060%以下、Nb:0.01〜0.10%を含有する組成と、組
織全体に対する体積率で30〜70%のフェライト相が平均粒径1.0μm以下であり、第二相が少なくとも組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含み、かつ残留オーステナイト相の平均間隔が1.5μm以下である組織と、を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の衝突時に軸方向に圧潰して衝突エネルギーを吸収する自動車用衝突エネルギー吸収部材(自動車用軸圧潰部材ともいう)に係り、とくに、衝突エネルギー吸収能の安定向上に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が望まれている。最近では、自動車車体、とくに客室(キャビン)まわりの部品には、高強度鋼板が広く使われ、薄肉化による車体軽量化に寄与している。これに対し、エンジンルームやトランクのフレーム(フロントフレーム、リアフレーム)等では、高強度鋼板の使用による高強度化は780MPa級鋼板の使用に留まっている。というのは、フロントフレーム、リアフレームは、衝突時に大変形して、衝突エネルギーを吸収する役割を持つ衝突エネルギー吸収部材であるが、素材である鋼板を高強度化すると、延性が低下し破断が顕著になったり、衝突時の変形形状が不安定となり安定座屈が困難なことから、局所的な折れが発生し易くなり、高強度化したわりには、衝撃エネルギー吸収量が高くならないという問題があるためである。
【0003】
このようなことから、フロントフレームやリアフレーム等の衝突エネルギー吸収部材の高強度化を進め、更なる自動車車体の軽量化を達成するために、高強度化され、かつ衝突時のエネルギーを効率よく吸収できる特性を有する衝突エネルギー吸収部材が要望されている。
このような要望に対し、例えば特許文献1には、オーステナイトが面積比で60%以上の組織からなる鋼板を用いて構成されてなる衝突エネルギー吸収部材が記載されている。そして、特許文献1には、オーステナイトが面積比で60%以上の組織からなる鋼板の例として、18〜19%Cr−8〜12%Niを含有するオーステナイト系ステンレス鋼板が記載され、このような鋼板を用いた衝突エネルギー吸収部材では、衝突時の変形伝搬特性が向上し、所望の衝突エネルギーの吸収性能が確保できるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、高い動的変形抵抗を有する良加工性高強度鋼板が記載されている。特許文献2に記載された高強度鋼板は、フェライトおよび/またはベイナイトを含み、このいずれかを主相とし、体積分率で3〜50%の残留オーステナイトを含む第三相との複合組織で、0%超10%以下の予変形後、5×10−4〜5×10−3(1/s)の歪速度で変形した準静的変形強度σsと、5×10〜5×10(1/s)の歪速度で変形した動的変形強度σdとの差:(σd−σs)が60MPa以上を満足し、歪5〜10%の加工硬化指数が0.130以上を満足する、高い動的変形抵抗を有する鋼板である。特許文献2に記載された技術によれば、(σd−σs)が60MPa以上である鋼板を用いて製造された部材では、素材鋼板強度から予測される値に比べて、衝撃時の部材吸収エネルギーが高くなるとしている。
【0005】
また、特許文献3には、フェライト相と、組織全体に対する面積率で30〜70%の硬質第二相を分散させた複合組織を有し、フェライト相中の結晶粒径1.2μm以下のフェライトの面積率が15〜90%で、結晶粒径1.2μm以下のフェライトの平均粒径dsと結晶粒径1.2μm超えのフェライトの平均粒径dLとの関係が、dL/ds≧3、を満足する高強度鋼板が記載されている。特許文献3に記載された技術によれば、プレス成形時に重要となる強度−延性バランスが向上し、高速変形時のエネルギー吸収性に優れた高強度鋼板が得られ、このような高強度鋼板を、高い衝撃エネルギー吸収性能が要求される自動車車体に適用することができるとしている。
【0006】
さらに、特許文献4および5には、凹部導入矩形筒型部材を用いて軸圧潰変形時に崩れや割れなく変形できる鋼板について検討した結果、フェライト、ベイナイト、オーステナイト、析出物の量およびサイズを制御することによって、衝突時の変形モードの崩れや割れをまねくことなく変形できるとしている。
【0007】
また、非特許文献1には、衝撃圧潰時に、蛇腹状に安定圧潰するハット型部材の例が示されている。この部材は、引張強さ1155MPaで、超微細結晶粒複相組織を有し、真歪5〜10%でのn値が0.205である薄鋼板製である。非特許文献1に記載された薄鋼板は、C:0.15%C−1.4%Si−4.0%Mn−0.05Nb系の組成を有し、サブミクロンサイズのフェライトと第二相からなるミクロ組織を有し、第二相として12〜35%の残留オーステナイトを含み、n値が高く大きな加工硬化能を有する鋼板であるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−130444号公報
【特許文献2】特開平11−193439号公報
【特許文献3】特開2007−321207号公報
【特許文献4】特開2008−214645号公報
【特許文献5】特開2008−231541号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Y.Okitsu and N.Tsuji ; Proceedings of the 2nd International Symposium on Steel Science (ISSS 2009) , pp.253-256, Oct. 21-24, 2009, Kyoto, Japan:The Iron and Steel Institute of Japan.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載された技術では、オーステナイトを多量に含む鋼板を用いて衝突エネルギー吸収部材を構成している。オーステナイトは、結晶構造が面心立方(fcc)構造であるため、脆化しにくく破断しづらいという特性があり、衝突時の吸収エネルギー量をある程度高くすることができる。しかし、特許文献1に記載されたオーステナイトを多量に含む鋼板の引張強さは、780MPa程度と低く、さらには衝突時のような高い歪速度で変形した場合には、その強度は体心立方(bcc)構造の組織を有する鋼板と比較して低く、自動車の衝撃エネルギー吸収部材用としては強度が不十分となる。さらに加えて、オーステナイトを多量に含有する鋼板とするには、多量のNi, Crを含有する組成とする必要があり、製造コストが高くなる。この点からも、自動車車体用部材としては、不向きであるという問題がある。
【0011】
また、特許文献2に記載された技術は、ハット型部材の評価を引張強さが780MPa程度までしか実施していない。引張強さ980MPa未満の鋼板を素材とする部材では、衝突変形時に、破断、折れを生じることなく容易に蛇腹状に変形するため、素材特性から部材の衝突変形時の吸収エネルギーを予想できる。これに対し、引張強さ980MPa以上の鋼板を素材とする部材では、衝突変形時に破断や折れが生じ部材の衝突変形時や吸収エネルギーは、素材特性から予想されるよりも低い値を示す場合が多い。特許文献2で記載された技術では、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板製の部材の高速圧潰時の破断や折れを抑制して、高速圧潰時の吸収エネルギーを安定時に向上させることは困難である。
【0012】
また、特許文献3に記載された技術によれば、ナノ結晶粒とミクロ結晶粒との混合組織とし、さらに硬質第二相の種類、組織分率の適正化により、高強度でありながら、高い延性を有する高強度鋼板が得られるとしている。しかし、特許文献3には、この鋼板を用いて衝突エネルギー吸収部材を構成することについての記載がなく、引張強さ980MPa以上の鋼板を用いて作製した部材の場合に問題となる、衝突時の部材破断や折れを抑制し、軸方向に蛇腹状に安定座屈して、衝突エネルギーを効率高く吸収できるまでの言及はなく、不明のままである。
【0013】
さらに、特許文献4および5に記載の技術によれば、C、Si、Mn、ならびにTiおよびNbの1種または2種を適切な量で添加し、鋼板組織のフェライト、ベイナイトおよび残留オーステナイトの量とそれらの粒径や、残留オーステナイト中のC濃度、そして析出物のサイズおよび個数を適切に制御することにより、上記した崩れや割れのない軸圧潰変形が実現できる、としている。しかし、これら技術では、特に引張強さ980MPa以上の鋼板において、崩れや割れのない軸圧潰変形を安定して達成することが困難な場合があり、軸圧潰変形による安定的なエネルギー吸収を達成する保証は、上記の成分組成と組織の組み合わせを有する鋼板に限られていることから、TS980MPa以上の鋼板で作製された高速圧潰時の破断や折れを抑制して安定的に蛇腹状に圧潰する部材が望まれていた。
【0014】
さらに、非特許文献1に記載された技術では、材料の加工硬化の指標であるn値を向上させた鋼板製の部材とすることにより、衝突時に軸方向に蛇腹状に圧潰する衝突エネルギー吸収部材とすることが可能であるとしている。しかし、本発明者らの更なる検討によれば、n値が0.205よりも高い鋼板を用いて衝突(衝撃)エネルギー吸収部材を作製し、軸方向に衝撃変形させても、蛇腹状に安定座屈(圧潰)しない場合があることを知見した。
【0015】
本発明は、上記した従来技術の問題に鑑みてなされたもので、引張強さTSが980MPa以上である高強度薄鋼板製で、しかも衝突時の軸方向衝突エネルギー吸収能に優れた自動車用衝突エネルギー吸収部材およびその製造方法を提供することを目的とする。なお、ここでいう「衝突時の軸方向衝突エネルギー吸収能に優れた」とは、部材が自動車の衝突時に軸方向に安定座屈し蛇腹状に圧潰変形して、衝突エネルギーを効率よく吸収できる特性を有することを意味し、「軸圧潰安定性に優れた」ともいう。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、高強度薄鋼板製のハット型断面の部材を作製し、該部材を軸方向に衝突変形させた際の、部材の変形挙動について鋭意研究した。その結果、部材を軸方向に安定座屈させ、蛇腹状に圧潰変形させるためには、素材として用いる高強度鋼板のn値に加えて、さらに高強度鋼板の曲げ特性とりわけ180°U曲げ特性が重要な要因となることに想到した。本発明者らは、高強度鋼板のn値が高くても、180°U曲げ特性が低い場合には、衝突時に変形を受けた箇所に亀裂や不均一変形が発生するため、部材が軸方向に、蛇腹状に圧潰変形することができなくなることを知見した。
【0017】
部材を、軸方向に圧潰した際に生じる割れは、主に最初の座屈部で生じており、この座屈部での割れ発生を回避しないと、部材の安定座屈の進展が望めず、蛇腹状に圧潰変形しないことを見出した。そして、部材座屈部での割れ発生は、座屈部での曲率半径が、素材である鋼板の180°U曲げでの限界曲げ半径と同じか、それより大きければ、回避できることを見出した。なお、「限界曲げ半径」とは、鋼板表面で割れが発生しない最小の曲率半径をいう。以降、180°U曲げを、単に「曲げ」と表記する。座屈部での曲率半径は、素材鋼板の板厚が同じであればn値によりほぼ決まり、n値が大きければ座屈部での曲率半径は大きくなる。
【0018】
すなわち、n値が高く座屈部の曲率半径が大きくなる場合であっても、鋼板の限界曲げ半径が座屈部の曲率半径より大きい場合は、部材座屈部に割れが発生する。一方、n値が低く座屈部の曲率半径が小さくなる場合であっても、鋼板の曲げ特性が良好で限界曲げ半径が座屈部の曲率半径と同じか、それよりも小さければ部材座屈部での割れ発生を回避できる。
【0019】
このようなことから、部材を軸方向に安定座屈させるためには、鋼板の限界曲げ半径を部材の座屈部の曲率半径と同じか、それよりも小さくすることが重要であり、鋼板のn値と限界曲げ半径とのバランスが重要な要因となることを知見した。
本発明の基本的考え(概念)を模式的に図1に示す。
図1中に示された曲線は、素材である鋼板のn値と部材の座屈部の曲率半径との関係を示
す曲線であり、板厚が一定の場合には、n値により定まる座屈部の曲率半径を示す。素材とする鋼板について、得られた限界曲げ半径が、図1中に示す曲線よりも大きい場合(折れ、裂け発生領域)、すなわち、限界曲げ半径が、n値から求まる座屈部の曲率半径よりも大きい場合には、部材を衝突変形すると、部材に折れ、裂けが発生し、軸方向に蛇腹状に圧潰変形しなくなる。
【0020】
一方、素材となる鋼板について得られた限界曲げ半径が、図1中に示す曲線と同じか、それよりも小さい場合(蛇腹状の軸圧潰領域)、すなわち限界曲げ半径が、n値から求まる座屈部の曲率半径と同じか、それより小さい場合には、部材を衝突変形すると所定の曲率半径に変形し、部材は軸方向に安定座屈し、蛇腹状に圧潰変形する。
すなわち、素材である鋼板のn値が同等であっても、限界曲げ半径が大きくなり曲げ特性が低下した鋼板製の部材は、折れ、裂けが発生し蛇腹状に安定座屈しなくなる。鋼板のn値が大きくなると、n値で定まる座屈部の曲率半径が大きくなり、曲げ特性が少々低下し限界曲げ半径が大きくなっても、部材は蛇腹状に安定座屈する。
【0021】
本発明は、部材を軸方向に衝突変形させた際に、部材を蛇腹状に安定座屈させるためには、部材を構成する鋼板をn値と曲げ特性との関係が所定の関係式を満足する鋼板とすることが重要となることを見出したことに基づくものである。
なお、曲げ性の評価方法としては、180°U曲げと90°V曲げが一般的であるが、本発明では、180°U曲げ試験により曲げ性を評価した。すなわち、180°U曲げは90°V曲げよりも曲げ割れ限界を示す、限界曲げ半径が大きい場合が多く、より厳しい変形に対する指標であり、軸圧潰変形の指標として良い相関を示す。一方、90°V曲げの限界曲げ半径はハット型部材等の90°程度の曲げ成形時に用いられる指標であり,軸圧潰変形において90°V曲げでは、この関係は成り立たない。ここに、90°V曲げではなく180°U曲げが重要であるのは、蛇腹上に圧潰変形する際の座屈変形部が180°U曲げに近い変形状態であるためと、考えられる。
【0022】
まず、本発明の基礎となった実験結果について説明する。
一般的には、サイドフレーム等の衝突エネルギーの吸収部材の軸方向圧潰性能は、正方形断面の部材で評価される。そこで引張強さ980 MPa級〜1180MPa級の各種高強度薄鋼板を用いて成形された、図2(c)に示す断面の衝突エネルギー吸収部材(軸高さ:230mm)を作製し、該部材の軸方向に、110kgfの錘を50km/h相当の速度で衝突させ160mm圧潰変形し、蛇腹状に安定座屈した部材を選択し、圧潰後の変形状況を観察した。
【0023】
なお、使用した薄鋼板については、引張特性以外に、予め、n値を調査した。n値は、真歪:5〜10%の範囲で計算した。なお引張試験時に均一伸びが10%に満たず、真歪10%での応力が計算できない場合には、真歪5%から、計算可能な最大の真歪の範囲内で求めた。n値は次式を用いて算出した。
n値=(lnσ10−lnσ5)/(ln0.1−ln0.05)
(ここでσ10:真歪10%での真応力、σ5:真歪5%での真応力)
ただし、真歪10%でのデータ採取が不可能である場合には、求められる最大の真歪およびそれに対応する真応力で計算するものとする。
【0024】
上記した圧潰変形後の蛇腹状に潰れた部分、すなわち座屈部の曲げ半径R(J)を測定し、得られた結果をn値との関係で、図3に示す。なお、図3では、板厚tで規格化し、R(J)/tとして示している。なお、座屈部の半径は、次のようにして求めた。
すなわち、部材座屈部を曲率半径測定用のRゲージを用いて測定した曲率半径から板厚を減じて、座屈部の曲げ半径とした。
【0025】
図3に示した、図2(c)に示す断面形状の部材Jの座屈部の曲率半径R(J)とn値との結果を、R(J)/tと ln(n)との関係で整理すると、下記(a)式で
R(J)/t=1.31×ln(n)+5.21 ・・・(a)
(ここでt:鋼板板厚(mm))
整理できる。上記したように、n値により座屈部の曲げ半径がほぼ決まるため、限界曲げ半径/板厚が(a)式の下側の領域、すなわち、1.31×ln(n)+5.21と同じか、それより小さい領域となる鋼板では、部材Jが蛇腹状に安定座屈する。一方、限界曲げ半径/板厚が(a)式の上側の領域、すなわち1.31×ln(n)+5.21 より大きい領域となる鋼板では、安定座屈することが難しい。
【0026】
つぎに、部材形状の影響を排除するため、使用する鋼板を成形せずに、平板形状で圧縮座屈させた場合を考えた。これは、座屈の評価としては、最も厳しい状態で圧縮座屈させた場合である。これは座屈の評価としては、最も厳しい状態を想定するもので、図4に示すモデルを用いて、有限要素解析により座屈部で到達しうる最小曲率半径R(P)を求めた。有限要素解析としては、動的陽解析法解析ソルバーを用いた。板材(25×40×1.2mm)をシェルモデルで表現し、一端を固定し、一端に変位を与えて、板材がU字状になるまで曲げ変形させ、板材の内側における最小の曲率半径を測定した。この結果を、R(P)/tとln(n)の関係で整理すると、下記(b)式
R(P)/t=1.31×ln(n)+4.21 ・・・(b)
で整理できる。この(b)式の関係を図3に併記した。
【0027】
ここで、限界曲げ半径/板厚が(b)式の下側の領域すなわち、1.31×ln(n)+4.21と同じか、それより小さい領域が、部材形状が平板により近い安定座屈しづらい扁平な断面形状であっても蛇腹状に安定座屈する領域である。
R(J)/tとR(P)/tとを同じn値で比較すると、R(P)/tは、R(J)/tより小さい。これは、部材断面の縦壁部の拘束等の影響によるものと考えられ、縦壁のない平板では、座屈部の限界曲率半径R(J)は最も小さくなると考えられる。
【0028】
このようなことから、素材鋼板の限界曲げ半径Rc/tが図3に示す(a)式の曲線と同じか、それより下側の領域、すなわち限界曲げ半径Rc/tが正方形断面の部材座屈部のR(J)/tと同じか、それより小さくなる領域である、下記(1)式を満足する領域
Rc/t≦1.31×ln(n)+5.21 ・・・(1)
(ここでRc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で求めたn値)
では、部材を軸方向に蛇腹状に安定座屈させることがわかる。
【0029】
また、図3に示す(b)式の曲線と同じか、それより下側の領域、すなわち、限界曲げ半径Rc/tが、平板を座屈させたときの曲率半径R(P)/tと同じか、それより小さくなる領域である、下記(2)式を満足する領域
Rc/t≦1.31×ln(n)+4.21 ・・・(2)
(ここでRc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で求めたn値)
では、平板により近い安定座屈しづらい扁平な断面形状であっても、軸方向に蛇腹状に安定座屈させることができる。なお、限界曲げ半径、n値と部材の圧潰状況との関係は、後述する図5に示すように、種々の形状の部材、種々の素材鋼板について、検討し、上記した(1)式、(2)式で整理したように、n値がほぼ同等であっても、限界曲げ半径Rcが大きくなり曲げ特性が低下した鋼板を用いて製造された部材では、蛇腹状に安定座屈しないこと、一方、n値が大きくなると曲げ特性が低下していても部材は安定座屈することを確認した。
【0030】
本発明は、かかる知見に基いて、さらに検討を加えて完成されたものである。
すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
(1)高強度薄鋼板を成形加工してなる自動車用衝突エネルギー吸収部材であって、前記高強度薄鋼板が、980MPa以上の引張強さTSを有し、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、次(1)式
Rc/t≦1.31×ln(n)+5.21 ・・・(1)
(ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で求めたn値)
を満足する薄鋼板であることを特徴とする、自動車用衝突エネルギー吸収部材。
(2)高強度薄鋼板を成形加工してなる自動車用衝突エネルギー吸収部材であって、前記高強度薄鋼板が、980MPa以上の引張強さTSを有し、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、次(2)式
Rc/t≦1.31×ln(n)+4.21 ・・・(2)
(ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で求めたn値)
を満足する薄鋼板であることを特徴とする、自動車用衝突エネルギー吸収部材。
(3)(1)または(2)において、前記高強度薄鋼板が、質量%で、C:0.14%〜0.30%、Si:0.01〜1.6%、Mn:3.5〜10%、P:0.060%以下、S:0.0050%以下、Al:0.01〜1.5%、N:0.0060%以下、Nb:0.01〜0.10%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成と、組織全体に対する体積率で30〜70%のフェライト相とフェライト相以外の第二相とからなり、該フェライト相が平均粒径1.0μm以下のフェライト相であり、前記第二相が、少なくとも組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含み、該残留オーステナイト相の平均間隔が1.5μm以下である組織と、を有することを特徴とする自動車用衝突エネルギー吸収部材。
(4)(3)において、前記組成がさらに、質量%で、SiとAlの合計(Si+Al)が、0.5%以上を満足する組成であることを特徴とする自動車用衝突エネルギー吸収部材。
(5)高強度薄鋼板を素材として、該素材に成形を施し所定形状の自動車用衝突エネルギー吸収部材とする自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法であって、前記素材として、引張強さTS が980MPa以上であり、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、次(1)式
Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+5.21 ・・・(1)
(ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で測定したn値)
を満足する高強度薄鋼板を選択して使用する、自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。
(6)高強度薄鋼板を素材として、該素材に成形を施し所定形状の自動車用衝突エネルギー吸収部材とする自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法であって、前記素材として、引張強さTSが980MPa以上であり、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、次(2)式
Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+4.21 ・・・(2)
(ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で求めたn値を満足する高強度薄鋼板を選択して使用する、自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。
(7)(5)または(6)において、前記高強度薄鋼板が、質量%で、C:0.14%〜0.30%、Si:0.01〜1.6%、Mn:3.5〜10%、P:0.060%以下、S:0.0050%以下、Al:0.01〜1.5%、N:0.0060%以下、Nb:0.01〜0.1%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成と、組織全体に対する体積率で30〜70%のフェライト相とフェライト相以外の第二相とからなり、該フェライト相が平均粒径1.0μm以下のフェライト相であり、前記第二相が、少なくとも組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含み、該残留オーステナイト相の平均間隔が1.5μm以下である組織と、を有する薄鋼板であることを特徴とする自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。
(8)(7)において、前記組成がさらに、質量%で、SiとAlの合計(Si+Al)が、0.5%以上を満足する組成であることを特徴とする自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、引張強さTSが980MPa以上である高強度薄鋼板を成形してなり、軸方向の衝突エネルギー吸収能に優れる自動車用衝突エネルギー吸収部材を、容易にしかも安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、引張強さTS:980MPa以上の高強度薄鋼板を素材として使用できるため、フロントフレームやリアフレーム等の衝突エネルギー吸収部材の高強度化が達成でき、自動車車体の軽量化に繋がるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】自動車用衝突エネルギー吸収部材における、衝突時の軸方向の圧潰変形挙動に及ぼす限界曲げ半径(Rc)とn値との関係を模式的に示す説明図である。
【図2】実施例で使用した自動車用衝突エネルギー吸収部材の形状を模式的に示す説明図である。
【図3】正方形断面形状を有する部材Jおよび平板状部材Pの座屈時の曲率半径とn値との関係を示すグラフである。
【図4】平板状部材の圧縮圧屈の限界要素解析モデルを模式的に示す説明図である。
【図5】実施例で得られた限界曲げ半径Rc/tとn値の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
まず、本発明の自動車用衝突エネルギー吸収部材の構成について説明する。本発明になる自動車用衝突エネルギー吸収部材は、高強度薄鋼板を素材とし、該素材を所定形状に成形加工を施してなる部材である。ここでいう「所定形状」は、とくに限定する必要はないが、軸方向に衝突時のエネルギーを効率的に吸収することが可能なような、円筒形状もしくは多角形断面形状とすることが好ましい。また、成形加工方法は、とくに限定する必要はなく、プレス成形、曲げ成形等、通常使用する加工方法がいずれも適用できる。
【0034】
そして、本発明部材の素材となる高強度薄鋼板は、980MPa以上の引張強さTSを有し、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、次(1)式
Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+5.21 ・・・(1)
(ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で測定したn値)
または次(2)式
Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+4.21 ・・・(2)
(ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)、t:板厚(mm)、n:真歪5〜10%間で求めたn値)
を満足する薄鋼板とする。なお、ここでいう「薄鋼板」とは、板厚3.2mm以下の鋼板を言うものとする。
【0035】
n値と、限界曲げ半径Rcとが、上記した(1)式を満足する高強度薄鋼板を素材として部材を構成することにより、素材とする鋼板が980MPa以上の引張強さTSを有する高強度鋼板であっても、自動車の衝突時に、部材が軸方向に、安定座屈して蛇腹状に圧潰変形し、衝突エネルギーを効率的に吸収できる部材となる。素材とする鋼板のn値と、限界曲げ半径Rcとが、上記した(1)式を満足しない場合には、部材を軸方向に圧潰するに際し、最初の座屈時に曲げ変形部に割れ(亀裂)を生じ、その後に座屈が蛇腹状に進展しないため、部材の安定座屈を確保できなくなり、衝突エネルギーを効率高く吸収する所望の部材特性を確保できなくなる。
【0036】
すなわち、部材を軸方向に圧潰する際に、n値が同等でn値により定まる座屈時の部材曲げ部の曲率半径が同等となる鋼板でも、限界曲げ半径Rcがより小さく、上記した(1)式もしくは(2)式を満足する高強度鋼板を素材とすれば、軸方向圧潰に際して、座屈部での割れが生じず、安定して座屈を生じ、部材を蛇腹状に圧潰変形させることが可能となる。また、n値がそれほど大きくない、例えばn値が0.20以下である鋼板であっても、限界曲げ半径が十分に小さく、上記した(1)式を満足する高強度鋼板を素材とすれば、軸方向の圧潰に際して、座屈部で割れが生じず、安定して座屈を生じ、部材を蛇腹状に圧潰変形させることが可能となる。
【0037】
さらに、部材の素材となる高強度鋼板が上記した(2)式を満足する場合には、部材形状が平板により近い扁平形状であっても良好な圧潰特性を得ることができる。
なお、n値は、当該高強度薄鋼板から採取した試験片(JIS 5号引張試験片:GL 50mm)を用いて、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施し、JIS Z 2253で2点法として規定される、次式により真歪:5〜10%の範囲で求めた値を使用するものとする。
n値=(lnσ10−lnσ5)/(ln0.1−ln0.05)
(ここでσ10:真歪10%での真応力、σ5:真歪5%での真応力)
ただし、真歪10%でのデータ採取が不可能な時は、求められる最大の真歪およびそれに対応する真応力を用いるものとする。
【0038】
また、限界曲げ半径Rcは、当該高強度薄鋼板(板厚:tmm)について、JIS Z 2248の規定に準拠して、当該薄鋼板から採取した試験片を用いて、先端曲率半径Rを0.5mmピッチで変化させた金型に沿わせて180°U曲げ試験を実施し、得られた曲げ外側に目視で確認できる程度の線状亀裂が発生しない最小の曲げ半径とする。ここでいう亀裂は、介在物等に起因した微細な割れは含まないものとする。通常、1mm以下の長さの割れは介在物起因である。
【0039】
また、本発明部材の素材となる高強度薄鋼板は、n値と、限界曲げ半径Rcとが、上記した(1)式もしくは(2)式を満足する鋼板であればよく、その組成、組織等をとくに限定する必要はない。
なお、とくに(1)式、(2)式を満足する鋼板とするうえでは、質量%で、C:0.14%〜0.30%、Si:0.01〜1.6%、Mn:3.5〜10%、P:0.060%以下、S:0.0050%以下、Al:0.01〜1.5%、N:0.0060%以下、Nb:0.01〜0.10%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成と、組織全体に対する体積率で、30〜70%のフェライト相とフェライト相以外の第二相とからなり、該フェライト相が平均粒径1.0μm以下のフェライト相であり、前記第二相が、少なくとも組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含み、該残留オーステナイト相の平均間隔が1.5μm以下である組織と、を有する薄鋼板とすることが好ましい。
【0040】
本発明部材の素材として好ましい高強度薄鋼板の組成限定理由についてまず説明する。
以下、組成における質量%は、単に%で記す。
C:0.14%〜0.30%
Cは、焼入れ性向上を介して硬質相の分率を増加させることにより、鋼の強度を増加させるとともに、オーステナイト中に濃化してオーステナイトを安定化させ、室温でオーステナイトを安定化させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.14%以上の含有を必要とする。一方、0.30%を超える含有は、スポット溶接性の著しい劣化や、曲げ特性の著しい低下を招く傾向となる。このため、Cは0.14〜0.30%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.23%以下である。
【0041】
Si:0.01〜1.6%
Siは、固溶強化により強度向上に寄与するとともに、延性を向上させる元素である。このような効果を得るためには0.01%以上の含有を必要とする。一方、1.6%を超えて含有すると、鋼板表面にSi酸化物が濃化し、化成処理不良や不めっきの原因ともなる。このため、Siは0.01〜1.6%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.1〜1.0%である。
【0042】
Mn:3.5〜10%
Mnは、強度向上に有効に寄与するとともに、オーステナイトを安定化して、伸び、n値を向上させる作用を有する。このような効果を得るためには、3.5%以上の含有を必要とする。一方、10%を超えて過度に含有すると、偏析が著しくなり、Mnの偏析などに起因して部分的に変態点が異なる組織となり、結果としてフェライト相とマルテンサイト相がバンド状で存在する不均一な組織となりやすい。このため、曲げ特性が低下する。また、Mnは、鋼板表面に酸化物として濃化し、不めっきの原因ともなる。このようなことから、Mnは3.5〜10%の範囲に限定した。なお、好ましくは4.0〜7.0%である。
【0043】
P:0.060%以下
Pは、強度向上に寄与する一方で、溶接性を劣化させる。このような悪影響は、0.060%を超える含有で顕著となる。このため、Pは0.060%以下に限定した。なお、過度のP低減は、製鋼工程におけるコストの増加を伴うため、Pは0.001%以上とすることが好ましい。なお、好ましくは0.025%以下、より好ましくは0.015%以下である。
【0044】
S:0.0050%以下
Sは、赤熱脆性を引き起こす元素であり、多量に含有すると、製造工程上不具合を生じる場合がある。また、SはMnSを形成し、冷間圧延後に板状の介在物として存在するため、特に材料の極限変形能を低下させ、曲げ特性を低下させる。このようなSの悪影響は0.0050%を超える含有で顕著となる。このため、Sは0.0050%以下に限定した。なお、過度の低減は、製鋼工程における脱硫コストの増加を伴うため、Sは0.0001%以上とすることが好ましい。なお、好ましくは、0.0030%以下である。
【0045】
Al:0.01〜1.5%
Alは、製鋼工程において脱酸剤として有効に作用し、また曲げ特性を低下させる非金属介在物をスラグ中に分離する点からも有用な元素である。さらに、Alは、オーステナイト中にCを濃化させ、オーステナイトを安定化させる作用を有し、これにより、伸びおよびn値を向上させる。このような効果を得るには、0.01%以上の含有を必要とする。一方、1.5%を超える含有は、材料コストの増大を招くだけでなく、溶接性を著しく低下させる。このため、Alは0.01〜1.5%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.02〜1.0%である。
【0046】
N:0.0060%以下
Nは、固溶して鋼の強度を増加させる元素であるが、多量の含有は延性を低下させる。フェライトを清浄化して延性を向上させるという観点から、Nは、できるだけ少ないほうが望ましいが、0.0060%以下であれば本発明の効果を損なわないため、Nは0.0060%以下に限定した。なお、過度の低減は製鋼コストの高騰を招くため、0.0001%以上とすることが好ましい。
【0047】
Nb:0.01〜0.10%
Nbは、鋼中でCまたはNと結合し、微細炭化物や微細窒化物を形成する元素であり、冷間圧延−焼鈍後のフェライト粒の細粒化、硬質相としてのオーステナイトの均一微細分散および強度上昇に有効に寄与する。とくに、焼鈍時の加熱速度の適正な制御により、フェライトおよび硬質相の微細化が可能となり、曲げ特性を向上させ、部材の軸方向圧潰に際して、安定座屈して蛇腹状に圧潰変形することができるようになる。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方、0.10%を超えて含有すると、効果が飽和するうえ、熱延板が硬質化し、熱間圧延、冷間圧延時の圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。また、過度のNb含有は、フェライト中に過度に析出物が生成し、フェライトの延性を低下させ、伸びや曲げ特性が低下する。このため、Nbは0.01〜0.10%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.03〜0.07%の範囲である。
【0048】
上記した成分が基本の成分であるが、Si、Alは上記した範囲内でかつ、(Si+Al):0.5%以上とすることが好ましい。
Si、Alはいずれも、セメンタイトの析出を抑制する元素であり、オーステナイト中にCを濃化させやすい元素である。鋼板中に、より効率的に10%以上のオーステナイトを残留させるために、SiとAlの合計を0.5%以上とすることが好ましい。なお、より好ましくは0.7%以上である。
【0049】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避不純物からなる。
本発明部材の素材となる高強度薄鋼板は、上記した組成を有し、さらに体積率で30〜70%のフェライト相とフェライト相以外の第二相とからなる組織(複合組織)を有する鋼板である。なお、フェライト相は、平均粒径1.0μm以下の微細粒から構成される。フェライト相を平均粒径で1.0μm以下と微細化することにより、所望の高強度(TS:980MPa以上)を確保でき、しかも曲げ特性を向上させることができるようになる。フェライト相の平均粒径が1.0μmを超えると、上記した効果が期待できなくなる。このため、フェライト相の平均粒径は1.0μm以下に限定した。なお、好ましくは0.8μm以下である。
【0050】
また、フェライト相以外の第二相は、少なくとも、組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含む硬質第二相とする。硬質第二相を含むことにより、強度、延性が向上する。残留オーステナイト相を、体積率で10%以上で、かつ該残留オーステナイト相の領域の平均間隔が1.5μm以下と、微細分散させることにより、n値が向上するとともに、優れた曲げ特性を確保でき、n値と限界曲げ半径の関係が所望の範囲内となるように調整することができる。また、上記したような組織に調整することにより、部材を圧潰するに際して、蛇腹状に安定座屈する変形形態とすることができるようになる。残留オーステナイト相が10%未満であるか、平均間隔が1.5μmを超えて粗い分散となると、とくに所望の曲げ特性を確保できなくなる。なお、残留オーステナイト相は、好ましくは体積率で15%以上、平均間隔が1μm以下である。なお、残留オーステナイト相の平均粒径は0.1〜1μmとすることが好ましい。
【0051】
なお、硬質第二相としては、残留オーステナイト相以外に、ベイナイト(焼戻ベイナイト含む)、マルテンサイト(焼戻マルテンサイト含む)、セメンタイト等を含んでもよい。残留オーステナイト相以外の硬質第二相も、残留オーステナイト相と同様に、微細分散させることが好ましいことは言うまでもない。
つぎに、本発明部材の素材である、上記した高強度薄鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0052】
上記した組成の鋼素材に、熱間圧延工程、酸洗工程、冷間圧延工程、焼鈍工程をこの順に施し、高強度薄鋼板とすることが好ましい。
鋼素材の製造方法は、とくに限定することはなく、転炉等の常用の溶製法を用いて上記した組成の溶鋼を溶製し、連続鋳造法、造塊−分塊圧延等により所望の肉厚のスラブ(鋼素材)とすることが好ましい。
【0053】
得られたスラブ(鋼素材)を、冷却後、再加熱したのち、あるいは鋳造後加熱処理を経ずにそのまま、熱間圧延工程を施すことが好ましい。
熱間圧延工程における加熱温度は、1150〜1400℃とすることが好ましい。加熱温度が1150℃未満では、均質化が不十分となる一方、1400℃を超えて高温となると、酸化ロスが顕著となり歩留り低下を招く。Mn偏析の影響を低滅し、曲げ特性を向上させるためには、1250℃以上とすることが好ましい。
【0054】
熱間圧延工程では、粗圧延、仕上圧延を施して熱延板とし、コイル状に巻き取る。
粗圧延の条件は、所望の寸法形状のシートバーとすることができればよく、とくに限定する必要はない。また、仕上圧延は、仕上圧延終了温度を850〜950℃とする圧延とする。仕上圧延終了温度が、上記した範囲を外れると、熱延板組織の均一化ができなくなり、伸び、曲げ特性などの加工性が低下する。
【0055】
仕上圧延終了後、750℃までの温度範囲の平均冷却速度を5〜200℃/sとする冷却を施す。これにより、フェライト相とパーライト相の2相からなるバンド状組織の生成が抑制できる。また、巻取温度は、350〜650℃の範囲の温度とする。巻取温度が350℃未満では、鋼板強度が高くなりすぎて、次工程への通板や冷間圧延が困難となる。一方、650℃を超えると、鋼板表面に内部酸化層が過度に生成し、耐疲労特性が顕著に低下する。
【0056】
ついで、熱延板に酸洗を施した後、冷間圧延を行い、冷延板とする冷間圧延工程を施す。
冷間圧延における冷延圧下率は、組織の微細化のために、30%以上とすることが望ましい。なお、熱延板が硬質な場合には、冷間圧延のかわりに熱延板を500℃程度に加熱して温間圧延を行うことも考えられるが、本発明では、冷間圧延中のひずみ蓄積が組織微細化に重要であるため、歪回復が生じる温度での温間圧延は行なわず、室温での圧延とする。
なお、熱延板を焼鈍して軟質化してもよい。また、冷延圧下率は、大きすぎる圧延荷重が大きくなり冷間圧延が困難となりやすいため、60%以下とすることが好ましい。
【0057】
ついで、冷延板に、焼鈍を施し、冷延焼鈍板とする焼鈍工程を施す。
焼鈍工程では、焼鈍加熱時の鋼板組織を制御したのち、冷却して、最終的に得られるフェライト分率と粒径を最適化させる。本発明では、300〜600℃までの1次加熱を、平均昇温速度:1〜50℃/sと急速加熱し、また、600℃から焼鈍温度までの二次加熱を、平均昇温速度:0.1〜10℃/sとして、焼鈍温度:650〜750℃まで加熱する。
【0058】
一次加熱の昇温速度を平均で1〜50℃/sと急速加熱することにより、フェライト粒の粒成長が抑制され、オーステナイト相をフェライト中に微細分散させることができ、その結果、フェライト粒および硬質第二相を微細に分散させることができる。また、二次加熱の昇温速度を0.1〜10℃/sとすることにより、焼鈍温度の精度よいコントロールが可能となる。
【0059】
焼鈍温度は、650〜750℃の範囲内の温度とする。焼鈍温度が650℃未満では、冷延時の歪が残留して曲げ性が低下する。一方、750℃を超える高温では、結晶粒が粗大化し、所望の微細な組織とすることができない。
なお、上記した焼鈍温度域に、10〜500s保持することが好ましい。保持時間が10s未満では、冷延時の歪が残留し、曲げ性が低下する。一方、500sを超える長時間焼鈍しても組織の変化はほとんど認められないので、この値を上限することが好ましい。
【0060】
上記した焼鈍温度に保持したのち、200℃以下の温度域まで、1〜30℃/sの平均冷却速度で冷却する。冷却速度が1℃/s未満では、冷却に長時間を要しコスト上昇を招く。一方、30℃/sを超えて急速冷却となると、鋼板内の冷却が不均一となり、材質が不安定となる。なお、焼鈍温度からの冷却を350〜500℃の温度域まで行い、ついで、350〜500℃の温度域で10s以上、好ましくは120s以上保持したのち、室温まで冷却しても良い。
【0061】
なお、焼鈍工程の冷却中に、鋼板を溶融亜鉛浴に浸漬し、ガスワイピング等により亜鉛めっき付着量を調整したのち、あるいはさらに所定温度に加熱する合金化処理を行ってもよい。また、焼鈍工程後に、鋼板に亜鉛やニッケル等、自動車用鋼板に通常使用される電気めっきやスキンパス圧延を施してもなんら問題ない。
【実施例】
【0062】
(実施例1)
表1に示す組成の溶鋼を溶製し、鋳造して肉厚:300mmのスラブ(鋼素材)とした。ついで、これらスラブを、表2に示す温度に加熱したのち、表2に示す条件で仕上圧延を含む熱間圧延を施したのち、表2に示す条件で冷却し、表2に示す巻取温度で巻き取り、熱延板(板厚:2.4mm)とした。
【0063】
ついで、得られた熱延板に、表2に示す冷延圧下率で冷間圧延を施し冷延板(板厚:1.2mm)とした。ついで、これら冷延板に表2に示す条件で焼鈍処理を施した。
得られた鋼板(冷延焼鈍板)について、組織観察、引張試験、曲げ試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
(1)組織観察
得られた鋼板から、組織観察用試験片を採取し、圧延方向に平行な板厚方向断面を研磨し、3%ナイタール液で腐食し、走査型電子顕微鏡(倍率:1000〜5000倍)を用いて、板厚1/4位置の組織を観察し、組織の同定、および撮像した組織写真を用いて切断法で、フェライト相の結晶粒径を測定した。なお、切断法は、垂直方向と水平方向に写真のスケールで20μm相当の長さの直線をそれぞれ引き、その切片を平均して、フェライトの平均粒径を算出した。なお、フェライト相の組織分率は、撮像した組織写真を用い市販の画像処理ソフト(Paint Shop Pro Ver.9( 商品名)(コーレルコーポレーション製)により、フェライト相と第二相を二値化し、フェライト相分率を測定し、これをフェライト相の体積率とした。
【0064】
また、残留オーステナイト相の組織分率(体積率)は、X線回折法を用いて測定した。鋼板を板厚1/4位置まで研削した後、化学研磨によりさらに0.1mm研磨した面について、X線回折装置でMoのKα線を用いて、fcc鉄の(200)、(220)、(311)面とbcc鉄の(200)、(211)、(220)面の積分強度を測定し、これらから、残留オーステナイトの組織分率(体積率)を求めた。また、残留オーステナイト相の分布状態は、板厚1/4位置において、EBSPにより、fcc相を同定し、得られたデータから、各fcc相の平均粒径および平均間隔を算出した。残留オーステナイトの平均粒径は、EBSPのマップから垂直方向と水平方向にマップのスケールで20μm相当長さの直線をそれぞれ引き、その切片を平均する、切断法により算出した。また、残留オーステナイトの平均間隔は、EBSPのマップで、ランダムな方向に10本の直線を引き、残留オーステナイト粒に挟まれたフェライト粒の切片を測定し、その平均を残留オーステナイトの平均間隔とした。
(2) 引張試験
得られた鋼板から、JIS Z 2201に準拠して、圧延方向と90°の方向を長手方向(引張方向)とするJIS 5号試験片を採取し、JIS Z 2241に準拠して、引張試験を実施し、引張特性(引張強さTS)を測定した。また、n値は、引張試験により得られた応力一歪データにより、真歪5〜10%間で、JIS Z 2253で2点法として規定される次式を基に、計算した。
n値=(lnσ10−lnσ5)/(ln0.1−ln0.05)
(ここでσ10:真歪10%での真応力、σ5:真歪5%での真応力)
なお、真歪10%でのデータ採取ができない場合には、求められる最大の真歪およびそれに対応する真応力を用いて計算した。
(3)曲げ試験
得られた鋼板から、JIS Z 2248の規定に準拠して曲げ試験片(幅30mm×長さ100mm)を採取し、先端曲率半径Rを0.5mmピッチで変化させた金型に沿って180°U曲げ試験を実施し、曲げ部外側を目視で、亀裂発生の有無を観察し、亀裂が発生していない最小の曲げ半径Rc(mm)を求め、限界曲げ半径(mm)とした。なお、1mm以下の介在物起因の亀裂は除外した。
【0065】
得られた結果を表3に示す。
ついで、上記した特性を有する高強度薄鋼板から試験材を採取し、曲げ成形により、図2に示す断面形状の部材を作製し、該部材に、590MPa級高強度鋼板を背板として取付け、高さ:420mm(W)、260mm(X)の2種の圧潰用部材とした。なお、部材断面における背板に平行な辺と垂直な辺のうち、もっとも短い辺の幅bと板厚tとの比、b/tは部材Xで33.3、部材Wで33.3である。これら圧潰用部材を用いて、圧潰試験を実施した。試験方法はつぎのとおりとした。
(4) 圧潰試験
圧潰用部材に、軸方向に時速50km相当の速度で、部材によって変化させた110〜190kgfの錘を衝突させ、200mm、あるいは240mmまで圧潰した。圧潰後、部材の変形状態を目視で確認するとともに、所定の圧潰量までの吸収エネルギーを算出した。
【0066】
得られた結果を表4に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

【0069】
【表3】

【0070】
【表4】

【0071】
本発明例はいずれも、引張強さTSが980MPa以上の高強度を有し、かつn値と限界曲げ半径が、(1)式、(2)式を満足する場合には、部材が軸方向に安定座屈し、蛇腹状に圧潰変形している。そして、その場合には、衝突時の吸収エネルギーも11.5kJ以上と高くなっており、衝突エネルギー吸収能が優れた部材となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、部材の軸方向の圧潰に際し、亀裂が発生し、不均一な変形が生じており、衝突時の吸収エネルギーも11.5kJ未満と、蛇腹状に安定座屈した部材と比較した衝突エネルギー吸収能が低下した部材となっている。
(実施例2)
表5に示す、引張特性、n値、曲げ特性(限界曲げ半径Rc)を有する薄鋼板(引張強さ:980〜1300MPa級)を素材として、衝突エネルギー吸収部材を作製した。なお、衝突エネルギー吸収部材の形状は、図2に示す部材X、W、Jとした。背板は実施例1と同様に、590MPa級高強度鋼板とした。
【0072】
これら衝突エネルギー吸収部材を用いて、圧潰試験を実施した。試験方法は実施例1と同様とした。
得られた結果を表5に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
本発明例はいずれも、軸方向に安定座屈し蛇腹状に圧潰変形した。
また、実施例1および実施例2で得られた結果をまとめ、限界曲げ半径とn値の関係で図5に示す。図5において、部材が蛇腹状に安定座屈した場合を○と表し、裂けが発生して安定して蛇腹状につぶれなかった場合を●と表した。
図5から、限界曲げ半径/板厚が式(1)、(2)を満足する場合は、部材が蛇腹状に安定座屈し、衝突時の軸方向衝突エネルギー吸収能に優れることがわかる。例えば、素材鋼板のn値が大きな場合、部材は蛇腹状に安定圧潰するが、n値がある程度小さい、例えば、0.20以下の場合であっても、限界曲げ半径板厚が式(1)、(2)を満足する場合は、部材が安定圧潰することがわかる。なお、(1)式を満足しない鋼板製部材では、いずれの形状でも裂けが発生して、安定した圧潰変形することができない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度薄鋼板を成形加工してなる自動車用衝突エネルギー吸収部材であって、
前記高強度薄鋼板が、980MPa以上の引張強さTSを有し、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、下記(1)式を満足する薄鋼板であることを特徴とする、自動車用衝突エネルギー吸収部材。

Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+5.21 ‥‥(1)
ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)
t:板厚(mm)
n:真歪5〜10%間で求めたn値
【請求項2】
高強度薄鋼板を成形加工してなる自動車用衝突エネルギー吸収部材であって、
前記高強度薄鋼板が、980MPa以上の引張強さTSを有し、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、下記(2)式を満足する薄鋼板であることを特徴とする、自動車用衝突エネルギー吸収部材。

Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+4.21 ‥‥(2)
ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)
t:板厚(mm)
n:真歪5〜10%間で求めたn値
【請求項3】
前記高強度薄鋼板が、質量%で、
C:0.14%〜0.30%、
Si:0.01〜1.6%、
Mn:3.5〜10%、
P:0.060%以下、
S:0.0050%以下、
Al:0.01〜1.5%、
N:0.0060%以下および
Nb:0.01〜0.10%
を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成と、
組織全体に対する体積率で30〜70%のフェライト相とフェライト相以外の第二相とからなり、該フェライト相が平均粒径1.0μm以下のフェライト相であり、前記第二相が、少なくとも組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含み、該残留オーステナイト相の平均間隔が1.5μm以下である組織と、
を有することを特徴とする請求項1または2に記載の自動車用衝突エネルギー吸収部材。
【請求項4】
前記組成がさらに、質量%で、SiとAlの合計(Si+Al)が、0.5%以上を満足する組成であることを特徴とする請求項3に記載の自動車用衝突エネルギー吸収部材。
【請求項5】
高強度薄鋼板を素材として、該素材に成形を施し所定形状の自動車用衝突エネルギー吸収部材とする自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法であって、
前記素材として、引張強さTS が980MPa以上であり、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、下記(1)式を満足する高強度薄鋼板を選択して使用することを特徴とする、自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。

Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+5.21 ‥‥(1)
ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)
t:板厚(mm)
n:真歪5〜10%間で求めたn値
【請求項6】
高強度薄鋼板を素材として、該素材に成形を施し所定形状の自動車用衝突エネルギー吸収部材とする自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法であって、
前記素材として、引張強さTS が980MPa以上であり、かつn値と、限界曲げ半径Rcとが、下記(2)式を満足する高強度薄鋼板を選択して使用することを特徴とする、自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。

Rc/t ≦ 1.31×ln(n)+4.21 ‥‥(2)
ここで、Rc:限界曲げ半径(mm)
t:板厚(mm)
n:真歪5〜10%間で求めたn値
【請求項7】
前記高強度薄鋼板が、質量%で、
C:0.14%〜0.30%、
Si:0.01〜1.6%、
Mn:3.5〜10%、
P:0.060%以下、
S:0.0050%以下、
Al:0.01〜1.5%、
N:0.0060%以下および
Nb:0.01〜0.10%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成と、
組織全体に対する体積率で30〜70%のフェライト相とフェライト相以外の第二相とからなり、該フェライト相が平均粒径1.0μm以下のフェライト相であり、前記第二相が、少なくとも組織全体に対する体積率で10%以上の残留オーステナイト相を含み、該残留オーステナイト相の平均間隔が1.5μm以下である組織と、
を有する薄鋼板であることを特徴とする請求項5または6に記載の自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。
【請求項8】
前記組成がさらに、質量%で、SiとAlの合計(Si+Al)が、0.5%以上を満足する組成であることを特徴とする請求項7に記載の自動車用衝突エネルギー吸収部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−251239(P2012−251239A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−95957(P2012−95957)
【出願日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】