説明

表面処理金属板及び電子機器用筐体

【課題】良好な耐食性を持ち、30〜1000MHzの周波数範囲で良好な電磁波シールド性を示す表面処理金属板及び電子機器用筐体を得ることを目的とする。
【解決手段】Zn含有率92〜100mass%で、且つ片面あたりの付着量が0.5〜50g/mであるZn系下層めっき層と、d/n(dは結晶格子の面間隔、nは自然数)が0.1125nm以上0.1145nm未満に対応する位置に存するピークのX線回折強度をd/nが0.1120nm以上0.1125nm未満に対応する位置に存するピークのX線回折強度で割った値が0.5以上で、且つ片面あたりの付着量が0.5〜50g/mであるZn−Ni系上層めっき層、及び上層めっき層上の少なくとも一部に平均膜厚が0.4〜4.0μmである化成処理皮膜を有することを特徴とする電磁波シールド性に優れた表面処理金属板である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子機器の筐体に好適に用いることができ、接合部の電磁波シールド性に優れた金属板及び該金属板を少なくとも一部に用いて製造された電子機器用筐体に関する。特に、放射ノイズによる電子機器の誤動作を効果的に抑制可能な金属板及び筐体に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁波は、以前より、放送、レーダー、船舶通信、電子レンジ等に利用されてきたが、近年、情報通信技術のめざましい発展により、その利用は飛躍的に拡大している。中でも、大容量情報の伝送が可能となるGHz帯の利用が急増し、携帯電話(1.5GHz)、ETC(5.8GHz)、衛星放送(12GHz)、無線LAN(2.45〜60.0GHz)、車載追突防止レーダー(76GHz)等で用いられるようになってきた。
【0003】
一方、一般家庭においても、従来のケーブル配線に加え、マイクロ波、ミリ波を用いた無線通信でパソコンやテレビ、各種情報家電をネットワーク化して、いつでもコンピュータに繋がるユビキタス社会の到来が始まっている。
【0004】
このように、数多くの電磁波発生源が我々の周囲を取り巻き、通信デバイスの小型化、高速化、薄肉化と相まって、不要電磁波の放射とそれによる誤動作の危険性は格段に高まっているものと考えられる。
【0005】
不要な電磁波の放射(Emission)を抑制したり、不要電磁波の放射を受けても誤動作し難くする(Immunity)手段として、金属材料による電磁波シールド技術がある。電磁波シールド材として金属材料が適することは、例えば、非特許文献1に記載がある。本発明で述べる電磁波シールドとは、非特許文献1で言う「電磁シールド」のことであって、「静電シールド」や「磁気シールド」とは区別されるべきものである。即ち、周波数が凡そ1MHz以上の電磁波が、材料を貫通して漏洩するのを防止する効果を言う。この意味で、金属材料は、例えば、プラスチック等と比較して、格段に優れた電磁波シールド効果を有する。不要電磁波の発生源を金属板で囲うことにより、Emissionは抑制され、また、電子回路を金属板で囲うことにより、外部からの不要輻射から回路を守るImmunityの手段となる。したがって、金属板により隙間や接合部の無い電子機器筐体を作成できれば、良好な電磁波シールドが得られ、電磁波漏洩は殆ど問題にならない。
【0006】
しかしながら、電子機器用筐体には、ビス止め、スポット溶接、はぜ折り等による何らかの接合部がある。また、金属板の表面は、耐食性や耐指紋性を付与する目的で、有機樹脂を含有する被膜で被覆されていることがある。このような場合には、電磁波は接合部から漏洩する可能性があり、筐体の電磁波シールド性は接合部からの漏洩の大小によって決まる。したがって、金属板といえども、電磁波シールド性を改善する技術が必要となる。
【0007】
金属板の電磁波シールド性改善を意図した従来技術を例示する。特許文献1には、亜鉛系又はアルミニウム系めっき鋼板の表面に、クロムを含有しない有機及び/又は無機皮膜を形成させた表面処理鋼板において、中心線平均粗さRaが大きい、即ち、凹凸があるめっき鋼板の上に皮膜を形成させることにより、皮膜厚の分布を不均一にして、電磁波シールド性と耐食性に優れた表面処理鋼板を提供する方法が開示されている。皮膜の導電性は凸部の皮膜厚が薄い部分で決定されるため、上記の構成は電磁波シールド性に優れること、また、皮膜の不均一があっても良好な耐食性が得られることが述べられている。
【0008】
特許文献2には、表面が粗面化された鋼板と、その表層にNi、Cu、Al、Zn、Snから選ばれる金属を主成分とする膜厚2μm以下のめっきを形成させた鋼板が、電磁波シールド性に優れていることが開示されている。鋼板表面の凹凸で電磁波は反射され、また凹凸により行路長を大きくすることで電磁波が減衰されること、めっき層を形成させることで、めっき/鋼板界面における電磁波の反射によっても電磁波が減衰されることが開示されている。
【0009】
特許文献3には、めっき鋼板表面にクロメート皮膜を介して、樹脂からなる不連続皮膜を形成させた導電性表面処理鋼板が開示されている。
【0010】
特許文献4には、鋼板表面にAg、Cu、Au、Al等からなる導電性被覆層とNi、Fe等からなる透磁性被覆層を交互に積層した電磁波シールド材が開示されている。電磁波は電界成分及び磁界成分から構成されるため、導電性被覆層により電界成分を、透磁性被覆層により磁界成分をシールドするというのが技術思想である。同様の技術は特許文献5にも見られる。
【0011】
金属板以外での電磁波シールドの従来技術を例示する。特許文献6には、フレーク状導電性粉末とバインダー樹脂からなる電磁波シールド膜及び電磁波シールド塗料が開示されている。導電性粉末として、アスペクト比が10〜250の銀、銅、ニッケル、コバルト、ケイ素鋼が好ましいこと、電磁波シールド膜の膜厚は10〜100μmとすべきことが述べられている。
【0012】
特許文献7には、電磁波を吸収する吸収材を含み、その隙間に電磁波反射材を配置した電磁波遮断材が開示されている。電磁波吸収材は、黒鉛又はカーボンブラック、架橋型高分子、線状高分子とアルカン系直鎖低分子からなること、電磁波反射材はNi等の金属粉体を用いることが述べられている。
【0013】
特許文献8、特許文献9には、コイル状炭素繊維をマイクロカプセルに封入してマトリクス中に分散させた電磁波シールド材が開示されている。コイル状炭素繊維として、C、SiC、TiC等種々のコイル状炭素繊維を用いることができ、繊維直径が0.05〜5μmが好ましいことが述べられている。
【0014】
特許文献10には、ニッケル微粉末とアルミニウム微粉末を変成シリコーン樹脂に分散した電磁波シールド塗料が開示されている。アドバンテスト法(近接界)にて電磁波シールド効果SEが認められると述べられている。
【0015】
特許文献11には、鉄系金属シート又は鉄系金属粉末と結合材とからなる導電層に絶縁性を有する磁性体層を設けた磁気シールドシートが開示されている。KEC法又はアドバンテスト法における磁気シールド効果が0.5MHz〜10MHzにて15dB以上であることが述べられている。
【0016】
【特許文献1】特開2004−156081号公報
【特許文献2】特開2002−232184号公報
【特許文献3】特開昭63−114635号公報
【特許文献4】特開2002−353685号公報
【特許文献5】特開2004−169091号公報
【特許文献6】特開2000−357893号公報
【特許文献7】特開2002−246785号公報
【特許文献8】特開2000−31688号公報
【特許文献9】特開2000−124658号公報
【特許文献10】特開2004−168986号公報
【特許文献11】特開2005−142551号公報
【非特許文献1】清水康敬 「最新 電磁波の吸収と遮断」p205〜223 日経技術図書株式会社 (1999)
【非特許文献2】工藤敏夫、EMCJ89−96(1990)p.51〜54
【非特許文献3】工藤敏夫、三菱電線工業時報、第79号(1990)p.21〜27
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、これらの従来技術にはいずれも課題がある。
特許文献1は、金属板表面に凹凸を付与することで電磁波シールド性を改善するとの技術内容である。しかし、発明者らの検討によると、このような構成のめっき鋼板を連続式電気めっき装置で製造する場合は、凸部の皮膜が薄くなるべき部分にてめっき結晶が金属性の通電ロールにおしつぶされてしまうことで平坦になり、充分な皮膜の薄さを確保しにくいという問題が懸念される。
【0018】
特許文献2は、化成処理皮膜層を有しておらず、耐食性や耐指紋性は不良である。また、特許文献3においては、樹脂被覆が無い部分での耐食性や耐指紋性が不良である。
【0019】
特許文献4及び5は、導電性皮膜/透磁性皮膜を交互に積層したものであるが、それぞれの厚みが一旦決定されてしまえば、有効にシールドできる周波数も決定されてしまい、国際規格で定める幅広い周波数範囲に1種類の金属材で対応することはできない。そもそも平面波においては、電界、磁界のいずれかをシールドすれば電磁波はシールドされるので、導電性皮膜と透磁性皮膜を交互に積層する必然性が無い。
【0020】
特許文献6及び7の電磁波シールド膜は、いずれもバインダー樹脂中に金属粉やカーボンブラック等の導電性物質を含有するものであるが、電磁波シールド膜の膜厚が10〜100μmと厚いので、工業的に高コストとなることが懸念される。
【0021】
特許文献6,7,8,9、及び10の電磁波シールド膜は、いずれもバインダー樹脂中に金属粉やカーボンブラック等の導電性物質を含有する塗料を用いるものである。これを金属板に適用した場合を考えると、バインダー樹脂を表面に塗工するさいに金属粉やカーボンブラックの凝集、沈降、及び浮きあがりなどによる分離を防止しつつ均一に塗布する困難が懸念される。
【0022】
特許文献8及び9は、コイル状炭素繊維を用いているために、工業的に高コストとなることが懸念される。
【0023】
特許文献11は、その磁気シールド効果を0.5〜10MHzで確認しており、国際規格(CISPR)で求められる30MHzから1GHzまでの電界波の漏洩抑制に対して、これらの方法は必ずしも有効ではない。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、筐体接合部からの電磁波漏洩に対する電磁波シールド特性について鋭意検討した。
【0025】
その結果、92mass%以上のZnを含有するめっき層の上層に、さらにめっき層を有するようにし、これら2層のめっきの結晶同士にエピタキシーの不整合を生じせしめれば、それらのめっき層の上層に設けた化成処理皮膜の表面は、伝達インピーダンスが低く、筐体接合部における電磁波シールド特性に優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0026】
本発明は、以下の(1)〜(3)を要旨とする。
(1)Zn系下層めっき層、Zn−Ni系上層めっき層、及び上層めっき層上の少なくとも一部に化成処理皮膜を有する表面処理金属板であって、前記Zn系下層めっき層がZnを含有率92〜100mass%で、片面あたりの付着量が0.5〜50g/mであり、前記Zn−Ni系上層めっき層が、d/n(dは結晶格子の面間隔、nは自然数)が0.1125nm以上0.1145nm未満に対応する位置に存するピークのX線回折強度を、d/nが0.1120nm以上0.1125nm未満に対応する位置に存するピークのX線回折強度で割った値が0.5以上で、片面あたりの付着量が0.5〜50g/mであり、前記化成処理皮膜の平均付着量が0.4〜4.0μmであることを特徴とする電磁波シールド性に優れた表面処理金属板。
(2)前記Zn−Ni系合金めっき層が、84.9〜91mass%のZn、8.9〜15mass%のNi、及び原子半径が0.14nm以上である1種類又は2種類以上の金属元素を0.1〜10mass%含有することを特徴とする上記(1)に記載の電磁波シールド性に優れた表面処理金属板。
(3)電子機器用筐体の形成及び電磁波を遮蔽するために必要な接合部において、接合に関与する部材の少なくとも一方が(1)〜(2)のいずれかに記載の表面処理金属板であり、かつ、当該接合面に該表面処理金属板の前記化成処理皮膜を有する部分が用いられていることを特徴とする、電磁波シールド性に優れた電子機器用筐体。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、接合部の電磁波シールド性及び耐食性に優れた表面処理金属板を提供でき、これを電子機器筐体に用いることで、国際規格(CISPR)で求められる30MHz〜1GHzの放射ノイズはもちろん、動作周波数の高速化に伴って今後発生が予想される10GHzまでの放射ノイズに対しても、これを効果的にシールドし、電子機器の誤動作を抑制可能である。
【0028】
したがって、従来行われてきた接合部の電磁波シールド対策、即ち、ガスケットの多用やスポット溶接やビス止め等を省略もしくは簡素化でき、生産性、経済性に優れた電子機器筐体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を詳述する。
電磁波シールド性の指標であるシールド効率SEは、伝達インピーダンスZtrにより式(I)のごとく表記されるので(非特許文献2参照)、電子機器筐体の接合部における伝達インピーダンスを小さくすることで電磁波シールド性を向上するべく、この伝達インピーダンスを小さくする手法について発明者らは鋭意検討した。
SE=k・Z/Ztr ・・・(I)
SE:電磁波シールド効率、k:比例定数、
:空間インピーダンス、Ztr:伝達インピーダンス
【0030】
その結果、電子機器筐体に用いる金属板のめっき工程において、エピタキシー特性が異なる組み合わせの2層めっきを施すことでその表面に微細なめっき結晶の凹凸を設け、この凹凸により、めっき層の上層に施した化成皮膜に局部的な薄膜部を設けるようにすると、伝達インピーダンスを小さくすることが出来ることを見出した。
【0031】
即ち、電子機器筐体に用いるめっき金属板において、少なくともその接合部に用いられる部位では、めっき層の上層に化成処理皮膜を有すること、そのめっき層構造が、下層に92〜100mass%のZnを有するめっき層、上層にd/n(dは結晶格子の面間隔、nは自然数)が0.1125nm以上0.1145nm未満に対応する位置にピークを有するX線回折強度が、d/nが0.1120nm以上0.1125nm未満に対応する位置にピークを有する対応するX線回折強度の1/2以上と大きいZn−Ni系めっき層となる二層構造を有することを特徴とするものである。
【0032】
γ相を主体とする一般的なZn−Niめっき結晶では、d/nが0.1120nm以上0.1125nm未満(411,330面)に対応する位置にX線回折ピークを示すが、このようなめっき層が上層にある場合はめっき層表面が平滑化することで、通常0〜0.3μm程度である下層めっき層表面の高低差よりも滑らかな表面になる。
【0033】
一方で、結晶面間隔が変化してd/nが0.1125nm以上0.1145nm未満に対応するX線回折ピーク強度が増加し、とくにそのピークの強度がd/nが0.1120nm以上0.1125nm未満に対応する位置のX線回折ピークの1/2以上となる場合には、下層めっきとのエピタキシーが変化することで、めっき層表面の凹凸が増加する。
【0034】
この凹凸は、下層めっき表面の、めっき結晶の段差による通常0〜0.3μm程度である高低差よりも大きい凹凸となる。この凹凸の凸部は、化成処理皮膜を塗工した際にめっき結晶の一部が露出する箇所、乃至は化成処理皮膜がとくに薄い箇所となり、当該部分の伝達インピーダンスが低い値を示す。
【0035】
又、前述の観点で選定したZn−Ni系の上層めっきは、Zn主体の下層めっきに比し硬度が高いため、本発明のめっき金属板を連続式めっき装置で製造する際にめっき表面が金属性通電ロールやその他金属ロール及び硬質ロールと接触しても、その凹凸は潰されることなく残存し、伝達インピーダンスを十分に低く保つ事が出来る、という観点からも好適である。
【0036】
以上を基に、本発明の内容について説明する。
前記(1)は、上記の電磁波シ−ルド性を実現するための、金属板表面のめっき付着量、めっき結晶格子の面間隔、及び、化成処理皮膜の平均付着量に関するものである。
【0037】
本発明に適用可能な金属板としては、電子機器の筐体もしくは筐体内の部材に適する形状、寸法、強度、加工性を備え、電析によりその表面にZn又はZn系合金めっきを析出し得る表面を有するものであれば、特にその種類は制限されず、鋼やアルミニウム、マグネシウム、銅、亜鉛、ニッケル、チタン等の金属板及び合金板、さらには、これらの金属板を異種金属で被覆しためっき金属板等が例示できる。筐体を構成する金属板は通常、板厚3mm以下である。金属板を筐体の構造部材として用いる場合の板厚の下限値は通常0.1mmである。
【0038】
金属板表面のめっき付着量は、下層めっきは0.5〜50g/mとする。0.5g/mより少なければ耐食性、特に、下地金属が鉄の場合の赤錆発生の防止の機能が低い。又、50g/mよりも多ければ、前記の耐食性を確保するための工業的に妥当な付着量を超えて、コストが増加する。
【0039】
下層めっきの組成は、Zn比率が92〜100mass%からなるものとする。この場合、下層めっきの結晶はη相のみとなり、後述する上層めっきとの間にエピタキシーの不整合が発生しやすい。Zn比率が92mass%未満では、η相とγ相の2相が共存し、上層めっきとのエピタキシーの不整合が生じにくくなる。
【0040】
また、Zn比率が92mass%未満ということは、その分他の成分がめっき層中に含有することとなる。一般的にZn以外の含有成分はZnよりも価格が高価なので、製品コストを増加させないためには、そのような成分の含有は好ましくない。そのような含有成分として、Cr,Co,Ni,Mnなどの金属元素やSi,V,Cr,Pの酸化物などの無機化合物、タンニン酸などの有機化合物が挙げられる。これらの添加により耐食性などの性能が向上する場合、効果とコストの兼合いにより添加しても良い。
【0041】
上層めっきのめっき付着量は、0.5〜50g/mとする。0.5g/m以下では、上層めっきと下層めっきのエピタキシー不整合によるめっき表面の凹凸が十分確保できない。めっき表面の凹凸確保の観点からは、2.5g/m以上とすることが好ましい。上層めっきは下層めっきよりも硬く、めっき金属板を連続式めっき装置で製造する際にめっき表面の凹凸が金属性通電ロールと接触して潰れるのを防止する。又、50g/mよりも多ければ、前記の耐食性を確保するための工業的に妥当な付着量を超えて、コストが増加する。上層めっきが下層めっきよりも硬いために潰れにくい特性を、さらに十分に発揮するには付着量が2.5g/m以上であることが好ましい。また、この上層めっきを連続ラインで製造する場合、製造ラインの長さは短いほど設備コストは少ない。そのような事情を考慮する場合は上層めっき付着量を10g/m以下、さらには5g/m以下とすれば短い製造ラインでも製造しやすい。
【0042】
次に、下層めっきとのエピタキシー不整合による表面凹凸を生成するための上層めっきの構成について述べる。
【0043】
本めっき相の特徴を記述するためにd/nなる指標を用いる。これは、X線回折における結晶面間隔に関するBraggの式(ブラッグの式(2d sinθ=nλ))に基づいて、d/n=λ/2sinθと定義するものである。ここで、dはめっき相の結晶格子の面間隔、nは自然数、λはX線の波長、θは回折スペクトルのピーク検出角度である。
【0044】
必要なエピタキシーの不整合を得るために、d/nが0.1125nm以上0.1145nm未満に対応する位置(位置a)のピーク強度[d/n]を、d/nが0.1120nm以上0.1125nm未満に対応する位置(位置b)のピーク強度[d/n]で割った値を1/2以上とする。数式で表せば、下記式(II)の通りである。
[d/n] / [d/n] ≧ 0.5 ・・・(II)
【0045】
上記式(II)の[d/n]/[d/n]が1/2未満では、前述したエピタキシーの不整合が不十分で、望んだ凹凸が得られない。エピタキシー不整合の効果を充分に得ようとするならば、式(II)の[d/n]/[d/n]は0.65以上であることがさらに望ましい。
【0046】
なお、上記の、d/nが0.1120以上0.1125nm未満及び0.1125nm以上0.1145nmであるX線回折ピークは、いずれもめっき層がγ相であることにより検出されるものであり、η相が主体である下層めっき層の付着量によってピークの大小関係が変化するものではないため、特に測定条件の制約は無く、一般的なX線回折測定方法により測定すればよい。
【0047】
化成処理皮膜を有する部分の化成処理皮膜の平均厚みは、0.4μm以上4.0μm以下とする。0.4μm未満では耐食性が不十分であり、4.0μm超になると本発明の技術をもってしても電磁波シールド性が不十分となる。
【0048】
化成処理皮膜が厚いことによるコスト増加を考慮すれば、その厚みを2.0μm以下にすることが好ましい。一方で、化成処理皮膜による耐食性を高めたい場合は厚みを1.0μm以上にすることが好ましい。
【0049】
本発明に用いる化成処理皮膜は、耐食性、耐指紋性、耐傷つき性、加工性等の観点から有機樹脂又は酸化金属などの無機物を、いずれか1種類以上含有する化成処理皮膜の中から適切なものを選定して用いればよい。
【0050】
本発明に用いる有機樹脂としては、特に制限が無く、水溶性有機樹脂、エマルジョン型有機樹脂、溶剤系有機樹脂のいずれもが使用可能である。例えば、オレフィン系樹脂、アクリル系樹脂、アイオノマー系樹脂、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、フェノール系樹脂、酢酸ビニル系樹脂、ポリテトラフルオロエチレンやポリフッ化ビニリデン等のフッ素系樹脂あるいはポリスチレン、ポリエーテルサルホン、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニルスルフィド、ポリアミドイミド、シクロオレフィンポリマー、液晶ポリマー等が例示される。これらを単独で用いても良いし、2種類以上を混合して用いたり、共重合体を用いたり(例えば、エチレン−(メタ)アクリル酸共重合体、(メタ)アクリル酸−(メタ)アクリル酸エステル共重合体、等)、互いに変性したり(例えば、エポキシ変性ウレタン樹脂、アクリル変性アイオノマー樹脂、等)、あるいは別の有機物で変性したもの(例えば、アミン変性エポキシ樹脂、等)を用いても良い。
【0051】
本発明に用いる無機物としては、シラノール等の金属アルコキシドを脱水縮合したものやメタチタン酸、金属燐酸塩を下層金属表面に析出させたもの等を用いても良い。シランカップリング剤等の有機物と無機物のハイブリッド皮膜や、有機樹脂皮膜の特性を向上させるためにSi,V,Cr,Pの酸化物、塩、錯体などの無機化合物、タンニン酸などの有機化合物を分散させたものを用いても良い。
【0052】
化成処理皮膜の平均厚みは、供試材の断面を適正な倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)又は光学顕微鏡で観察することにより決定する。金属板の十分離れた位置から最低10サンプルを採取し、化成処理皮膜表面への金蒸着、埋め込み・研磨の後、各サンプルとも特異でない3〜5箇所について断面観察により厚みの測定を行って、得られた合計30〜50測定の平均値を化成処理皮膜厚とする。
【0053】
前記(2)は、上層めっき層が含有する金属元素の種類と量に関するものである。Znの含有量は84.9〜91mass%とする。Zn含有量が84.9mass%未満では、下地金属に鉄を用いる場合には犠牲防食性に劣る。Zn含有量が91mass%超では、前述した下層めっきとのエピタキシー不整合が生じにくい。
【0054】
Niの含有率は8.9〜15mass%とする。Ni含有量が15mass%超では、下地金属に鉄を用いる場合には犠牲防食性に劣る。Ni含有量が8.9mass%未満では、前述のエピタキシー不整合が生じにくい。めっき層の品質を安定させるには、その含有率は10〜14%とすることが望ましい。
【0055】
原子半径0.14nm以上の元素の例としては、Ti、Ag、Cd、In、Sn、Hg、Tl、Pb、Biなどが挙げられる。これらのうちで、その硫酸塩が水に易溶で、かつ、イオン化傾向がZn及びNiよりも小さく電析し易いものとしては、Sn,Agなどが挙げられる。この金属元素は単独でめっき層に含有されてもよいし、2種類以上が含有されてもよい。
【0056】
これらの金属原子の原子半径は、亜鉛(原子半径0.137nm)及びニッケル(原子半径0.125nm)よりも大きいので、亜鉛−ニッケル合金めっき結晶格子中に含有されると、結晶面間隔を拡大する。これにより、下層のめっき層に対するエピタキシーが通常の亜鉛−ニッケルめっきとは異なるので、結晶表面の凹凸の程度が大きくなると思われる。
【0057】
尚、適用する元素の原子半径に特に上限はないが、亜鉛−ニッケル合金めっき結晶格子中に無理なく含有されることが必要なことから、適用する元素の原子半径は0.2nm未満が好適である。
【0058】
これらの元素の上層めっき層への含有率は、合計で0.1〜10mass%とする。0.1mass%未満では、微量過ぎてエピタキシー不整合の効果が小さい。10mass%超ではエピタキシー不整合の効果が飽和してしまい、工業的なコスト面で不経済である。さらに好適な含有率は、元素の種類により異なるため、それぞれの元素に対して最適量を見出せばよい。例として、Snでは2〜10mass%、Agでは5〜20mass%が、より好適な含有率である。
【0059】
前記(3)は、前記(1)〜(2)の表面処理金属板を少なくとも接合部に用いてなる電子機器用筐体である。本発明の金属板を少なくとも接合部に適用可能な電子機器筐体としては、例えば、デスクトップPC、デジタルテレビ等のデジタル家電製品、複写機、さらにはカーナビゲーション、カーAV、エンジンルーム用電子機器、車載レーダー用筐体等のカーエレクトロニクス機器等が挙げられる。また、ノートPC、携帯電話等のモバイル製品用筐体の接合部に本発明の金属板を用いてもよい。
【0060】
本発明の金属板を筐体の接合部に用いる場合には、ビス止め、スポット溶接、はぜ折等による接合部への適用が好ましい。ただし、接合部がシーム溶接のように金属板を溶融して隙間無く接合している部位には適用しなくても問題ない。
【実施例】
【0061】
以下に、本発明の一実施の形態を実施例を用いて説明する。なお、以下の例は、本発明の実施可能性や効果を確認するための一例であり、本発明はこの例に限定されるものではない。
【0062】
(実施例1)
(1)供試した金属板
以下の3種類の金属板を用いた。
【0063】
鋼板:板厚0.8mmの軟鋼板
SUS(ステンレス鋼板):板厚1.2mmのSUS304
Cu(銅板):板厚0.6mmの銅板
【0064】
(2)めっき層
上記金属板に、下記のように下層めっき層と上層めっき層を順次積層した。
【0065】
(a)下層めっき層
浴組成として、硫酸亜鉛400g/l、硫酸ナトリウム70g/l、硫酸マグネシウム60g/lであり、浴温度55℃のめっき浴にて、電流密度を4kA/mとし、通電時間を変化させることにより所定の付着量の亜鉛めっき層を電析させた。一部の実施例では、めっき浴に硫酸ニッケルを添加することでNiを含有する下層めっきを得た。
【0066】
(b)上層めっき層
浴組成として、硫酸亜鉛200g/l、硫酸ニッケル200g/l、硫酸ナトリウム70g/l、硫酸マグネシウム60g/lであり、浴温度55℃のめっき浴にて、電流密度を4kA/mとし、通電時間を変化させることにより所定の付着量の亜鉛−ニッケル合金めっき層を電析させた。このめっき層に亜鉛、ニッケル以外の金属元素を添加する場合には、めっき浴に種々の金属塩を所定量添加した。
【0067】
(3)めっき層のX線回折測定(XRD測定)
上層めっき層のX線回折スペクトルは株式会社リガク製RINT1000にて測定した。設定は次の通りとした。X線源:Cu−Kα(40kV/150mA)、広角ゴニオメーター、発散スリット:1°、散乱スリット:1°、受光スリット:0.15mm、モノクロ受光スリット:0.8mm
測定したスペクトルから、前記の位置aと位置bのピーク強度を求めた。
【0068】
(4)化成処理
(塗布薬剤)
有機物又は無機物からなる化成処理皮膜には、エマルジョン系、溶剤系、水系である、下記のU,A,M,PE,Siの5種類から選んで用いた。
【0069】
U:エマルジョン系ウレタン樹脂
(大日本インキ製、ハイドランHW)
A:エマルジョン系アクリル樹脂
(三井化学製、アルマテックス)
M:溶剤系メラミン樹脂
(日本ペイント製、オルガセレクト100)
PE:溶剤系ポリエステル樹脂
(日本ペイント製、ユニポン400)
これら4種類の有機樹脂には、防錆顔料として下記のコロイダルシリカを10mass%添加した。
【0070】
コロイダルシリカ(日産化学製、スノーテックスシリーズ)
コロイダルシリカの種類は、樹脂の種類に応じて適したものを選んだ。平均粒子径は20nmのものを選んだ。
Si:3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−グリシド
キシプロピルトリメトキシシラン、オキシ硫酸バナジウム、
チタン弗化水素酸、りん酸を、0.9:0.9:0.07:
0.05:0.07の質量比で混合したもの
【0071】
化成処理皮膜は、次のように塗布、乾燥した。すなわち、処理皮膜成分を混合し、ロールコーターで金属板に塗布し、直火型の乾燥炉で乾燥した。乾燥条件(温度、時間)は、皮膜成分の種類と膜厚に応じて、それぞれ適切に調整した。
【0072】
(5)伝達インピーダンスの測定
伝達インピーダンスは、測定治具として三菱電線工業製ZTR39Dを用いて測定した。本治具の詳細説明は非特許文献3にある。供試材1は、内径11mm、外径63mmの円盤状に打ち抜いて、治具に装着する。装着後の治具の断面図を図1に示す。
【0073】
ZTR39Dは、元々上下の外部導体2,3と中心にある上下の内部導体4,5を用いて、円盤状の供試材1を挟み込む構造となっているが、本検討では、化成処理皮膜を有する表面の伝達インピーダンスをより正確に測定するために、内径20mm、外径60mmのリング状の導体(金めっきした銅製)6を作製して、供試材の上面に配置し、供試材と導体の接触面積を広くした。また、供試材の裏面には厚さ3mmのテフロン(登録商標)製の絶縁板7を配置し、裏面からの導通を防いだ。測定の再現性を高めるために、上下の外部導体をビス止めせずに、上側外部導体の自重のみで供試材を圧下した。このときの供試材表面における平均面圧は0.06MPaであった。
【0074】
治具を同軸ケーブルによりスペクトラムアナライザー(アドバンテスト社製R3361A、図示せず。)に接続し、入力側電圧の周波数を1MHz〜1000MHzで掃引させ、出力側の電力を測定した。治具の代わりに特性インピーダンス50Ωのアダプタ(同軸ケーブルがN型コネクタを有する場合は、N型JJアダプタ)を装着して測定された出力側電圧V1を基準として、供試材をセットした治具を装着した場合の電圧V2から、下式(III)により、各周波数における伝達インピーダンスZtrを算出した。
tr=2×50×(V2/V1) ・・・(III)
【0075】
測定は、1サンプルにつき5回行い、最高、最低を除く3データの平均を求めた。30〜1000MHzにおける、各々の平均値と標準サンプル(金めっきを施した銅板)の伝達インピーダンスとの差分により、以下のように評価した。
【0076】
評点1:標準サンプルとの伝達インピーダンスの差が、30〜1000MHzの全範囲で0.2Ω以下
評点2:標準サンプルとの伝達インピーダンスの差が、30〜1000MHzの全範囲で0.2Ω超、1.0Ω以下
評点3:標準サンプルとの伝達インピーダンスの差が、30〜1000MHzの範囲で1.0Ωを超えることがある
【0077】
(6)電磁波シールド性の評価
板厚3mmのAl板を溶接して一辺550mmの筐体を作成し、上面にのみ137mm×137mmの開口部を設けた。これを電波半無響室内に設置し、電磁波の基準発信源として、Schaffner社製コムジェネレーターを筐体内部に固定した後、周波数10MHz〜1000MHzまで10MHz間隔でパルス波を発信した。開口部周囲に、幅5mmのソフトガスケット(森宮電機製SGK5−1)を置いた。この上に150mm×150mmの供試金属板を載せた。筐体から水平方向に3m離れた地点に受信アンテナを配置し、これをスペクトラムアナライザーに接続することにより、筐体からの漏洩電磁波の信号強度を測定し、電界強度1μV/mを0dB(基準値)としてdBで表示した。
【0078】
測定は3回行い、得られた結果を平均して、VCCI規格値(情報技術装置クラスBの規格:30MHz〜230MHzでは40dB以下、230MHz〜1000MHzでは47dB以下)と比較した。
評点1 : 30〜1000MHzにてVCCI規格値適合
評点2 : 30〜1000MHzにてVCCI規格値不適合な測定値を認めた
【0079】
(7)耐食性の評価
供試材を150mm(L)×70mm(W)に切り出し、JIS−Z−2371に規定する塩水噴霧試験を20時間行った。腐食面積率により、以下のように評価した。
評点1 : 腐食面積率0.5%未満
評点2 : 腐食面積率0.5%以上、3%未満
評点3 : 腐食面積率3%以上、または、赤さびの発生あり
【0080】
供試材の条件及び得られた測定結果を表1に示す。
【0081】
【表1】

【0082】
本発明による実施例は、いずれも比較例に対して、耐食性を損なうことなく、電磁波シ−ルド性が改善されている。また、表1の通り、本発明の好適範囲内では、さらに優れた電磁波シールド性を得ることができる。
【0083】
(実施例2)
表1の実施例No.4,8,10,27及び比較例No.1の金属板をデスクトップPCの筐体に用いた。電波半無響室内で3m離れた地点での周波数30MHz〜1000MHzの放射ノイズを測定し、VCCI規格値(情報技術装置クラスBの規格:30MHz〜230MHzでは40dB以下、230MHz〜1000MHzでは47dB以下)と比較した。この結果、実施例No.4,8,10,27の金属板を用いたデスクトップPCは規格を満足し、一方、No.1からは規格値以上の放射ノイズが検出された。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】伝達インピーダンス測定治具の断面を模式的に表す図である。
【符号の説明】
【0085】
1 供試材
2,3 外部導体
4,5 内部導体
6 リング状導体
7 絶縁板
8,9 抵抗(50Ω)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zn系下層めっき層、Zn−Ni系上層めっき層、及び上層めっき層上の少なくとも一部に化成処理皮膜を有する表面処理金属板であって、
前記Zn系下層めっき層は、Znの含有率が92〜100mass%で、片面あたりの付着量が0.5〜50g/mであり、
前記Zn−Ni系上層めっき層は、d/n(dは結晶格子の面間隔、nは自然数)が0.1125nm以上0.1145nm未満に対応する位置に存するピークのX線回折強度を、d/nが0.1120nm以上0.1125nm未満に対応する位置に存するピークのX線回折強度で割った値が0.5以上で、片面あたりの付着量が0.5〜50g/mであり、
前記化成処理皮膜の平均付着量が0.4〜4.0μmであることを特徴とする電磁波シールド性に優れた表面処理金属板。
【請求項2】
前記Zn−Ni系上層めっき層が、84.9〜91mass%のZn、8.9〜15mass%のNi、及び原子半径が0.14nm以上である1種類又は2種類以上の金属元素を0.1〜10mass%含有することを特徴とする請求項1に記載の電磁波シールド性に優れた表面処理金属板。
【請求項3】
電子機器用筐体の形成及び電磁波をシールドするために必要な接合部において、接合に関与する部材の少なくとも一方が請求項1〜2のいずれかに記載の表面処理金属板であり、かつ、当該接合面に該表面処理金属板の前記化成処理皮膜を有する部分が用いられていることを特徴とする、電磁波シールド性に優れた電子機器用筐体。

【図1】
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【公開番号】特開2009−275277(P2009−275277A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−130013(P2008−130013)
【出願日】平成20年5月16日(2008.5.16)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】