説明

表面処理鋼材

【課題】 本発明は、亜鉛系めっき鋼材において、広い環境条件においても、あるいは、環境条件が広く変動するような場合においても、耐食性の優れた亜鉛系めっき鋼材を低目付量で提供することにある。
【解決手段】鋼材あるいは亜鉛系めっき鋼材からなる基材と、該基材の表面に形成される亜鉛を主とする金属層である表面処理層とを有し、前記表面処理層が、酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と、アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素とを含有する表面処理鋼材、あるいは、鋼材あるいは亜鉛系めっき鋼材からなる基材と、該基材の表面に、酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と亜鉛とを含有する金属層である表面処理層と、アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素を含有する表面処理層と、を有することを特徴とする表面処理鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理鋼材、特に高耐食性の表面処理鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の腐食を防止する手段として、鋼材の表面をめっきする方法があり、例えば、亜鉛系めっき鋼材は、自動車、家電、建材等、幅広い分野で使用されている。防錆効果を長期間に亘って確保するためには、一般に、厚目付けのめっきを行うことが有効であり、多用されている。これは、亜鉛めっきの腐食速度が鋼材の腐食速度に対して遅いことに加えて、地鉄が露出した場所でも腐食電位の低い亜鉛が鋼材に対して犠牲防食能を有し、これらによる耐食効果が亜鉛の消費によって得られるために、単位面積当たりの亜鉛量が多い程、より長期間に亘って効果を保持できるという理由による。
ところが、亜鉛付着量が多くなると、鋼材の加工性や溶接性等の必要特性が劣化する傾向にあり、可能な限り、より低目付量で高耐食性を発揮することが求められている。
また、亜鉛自体が低腐食速度であるのは一般的な中性環境に限られており、環境が酸性またはアルカリ性に偏ると、亜鉛の溶解速度は上昇し、必ずしも防錆効果が十分ではなくなる。
【0003】
一方、低目付量のめっきで十分な耐食性を与えるためには、めっき層に合金元素を添加する方法があり、亜鉛めっきの耐食性を高めることが多く試みられている。実際に、Zn−Ni、Zn−Fe等のめっきが自動車用鋼板を中心に広く使用されており、Zn−Al系めっきも建材を中心に広く使われている。
例えば、特許文献1には、耐食性に優れた溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼材が開示されている。この溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼材においては、元々の合金成分にMgを含有し、かつ追加して添加して良い元素の選択枝の中に、WやSi、Bが含まれている。また、特許文献2や特許文献3には、合金化溶融亜鉛めっきの上層に、Mg、W、Siを含む選択肢の中から選んだ一種以上の元素を含有するめっき層を設けためっき鋼板が開示されている。
【0004】
しかし、特許文献1の溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼材においては、塗装後における耐食性の向上を目的としてWやSi、Bなどを添加しているが、それらの元素の添加量が不十分であり、他の添加元素と比較して、その添加効果は著しいものではなく、強酸性の腐食環境では十分な耐食性を得ることができない。
また、特許文献2や特許文献3のめっき鋼板においては、その上層として、Mg、W、Siを含む選択肢の中から選んだ一種以上の元素を含有するめっき層を設けためっき鋼板が開示されているが、それぞれの元素を組み合わせる思想がなく、両者を組み合わせた実施例の開示もない。そのため、上述の元素の単独の添加では、一方の環境では耐食性を示しても、他方の環境では耐食性を示すことができない。
【0005】
このように、上述のめっきにおいては、ある特定の環境条件・使用方法では高い耐食性を示すものの、広い環境条件、特に強アルカリから強酸に至る広範囲のpH条件において高耐食性を発揮することは困難であった。
【特許文献1】特開2002−332555号公報
【特許文献2】特開平6−272011号公報
【特許文献3】特開平6−136565号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、広い環境条件あるいは広く変動するような環境条件においても、低目付量の亜鉛系めっきによって、耐食性の優れた表面処理鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明者らは、亜鉛系めっき鋼材の耐食性を高める方法について、腐食機構と耐食性発現機構に関する考察を元に種々の検討と実験を続け、ついに広い環境条件において高耐食を示す表面処理鋼材を実現する合理的な方法を見出した。
本発明は、こうした知見に基づいてなされたもので、その要旨とするところは、以下のとおりである。
【0008】
(1)鋼材あるいは亜鉛系めっき鋼材からなる基材と、該基材の表面に形成される亜鉛を主とする金属層である表面処理層とを有し、前記表面処理層が、酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と、アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と、を含有することを特徴とする表面処理鋼材。
(2)鋼材あるいは亜鉛系めっき鋼材からなる基材と、該基材の表面に、酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と亜鉛とを含有する金属層である表面処理層と、アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素を含有する表面処理層と、を有することを特徴とする表面処理鋼材。
(3)前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、W、Ta、Nb、B、Siの中から選択される一種以上の元素を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の表面処理鋼材。
(4)前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、Ca、Mg、Sr、Ba、Sc、Y、Hf、ランタノイド元素、アクチノイド元素の中から選択される一種以上の元素を含有することを特徴とする(1)〜(3)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(5)前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を、該元素を含有する前記表面処理層中に2質量%超含有することを特徴とする(1)〜(4)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(6)前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、少なくともWを含有することを特徴とする(1)〜(5)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(7)前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、該元素を含有する前記表面処理層中に1質量%超のWを含有することを特徴とする(1)〜(6)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(8)前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、該元素を含有する前記表面処理層中に10質量%以下のWを含有することを特徴とする(1)〜(7)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(9)前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を含有する前記表面処理層が、付着量が3g/m以上の亜鉛系めっき層であることを特徴とする(1)〜(8)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(10)前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を含有する前記表面処理層が、MgまたはCa、あるいは、その両方を含有する金属めっき層であることを特徴とする(1)〜(9)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(11)前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を含有する前記表面処理層が、MgまたはCa、あるいは、その両方を含有する、有機化合物若しくは無機化合物からなる被覆層であることを特徴とする(1)〜(9)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(12)前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を、該元素を含有する前記表面処理層に0.02g/m以上含有することを特徴とする(1)〜(11)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(13)鋼板上の皮膜の全ての厚みの合計が10μm以下であることを特徴とする(1)〜(12)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
(14)前記表面処理層と前記被覆層の金属中の亜鉛含有量と、前記基材中の亜鉛含有量との合計が50g/m2以下であることを特徴とする(11)〜(13)の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、広い環境条件で耐食性を示すことから、時間的に酸性やアルカリ性等の環境条件が大きく変動するような場所においても使用でき、あるいは、塗装や隙間構造等によって、腐食性元素や腐食生成物の流動が滞り、局部的に強酸性になったり強アルカリ性になったりと、場所によって大きく環境条件が変動するような部材においても使用可能な耐食性の優れた表面処理鋼材を提供することができる。これは、自動車、建築・住宅、家電等に広く適用することが可能で、使用環境条件や構造の制約に殆どとらわれず使用できることから、産業の発展に大きく寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
発明者らは、亜鉛めっき鋼材の腐食に対する種々の元素の添加効果を詳細に検討し、特に複数の元素の添加効果において、著しい効果を見出した。つまり、酸性環境で難溶性の化合物を生成する元素と、アルカリ性環境で難溶性の化合物を生成する元素とを複合して亜鉛を主とするめっきに添加することで、種々の環境において、また、環境が経時的に著しく変化するような条件においても、耐食性が向上することを見出した。
ここで、亜鉛を主とするめっきとは、亜鉛を質量%で60%(以下、指示のない限り質量%を表す)以上含有する金属めっきであり、合金元素としてCr、Mn、Fe、Co、Ni等の遷移金属を含んでいてもよい。
【0011】
酸性環境で難溶性の化合物を生成する元素とは、W、Ta、Nb、B、Si等、水溶液環境での電位−pH図のpHが7以下の酸性側の水の安定領域に、酸化物、水酸化物あるいはその他の化合物の安定領域が存在する元素である。特に、本発明では亜鉛を主とする耐食性の被膜において酸性環境での亜鉛の耐食性を補完するという思想から、酸性環境において亜鉛の溶解が著しくなる、pHが5以下の水の安定領域においてイオン化する領域を持たない元素が望ましい。また、酸性環境はアノード溶解時に生じ易いため、これらの元素は亜鉛を主とする金属めっきである表面処理層に直接添加されている必要がある。
尚、生成される難溶性化合物としては、これらの元素の酸化物、水酸化物、窒化物などの化合物が挙げられる。
【0012】
これらの元素が十分な耐食効果を発揮するためには、これらの元素を含有する表面処理層中の質量%の合計で1〜10%の範囲で含有させることが好ましい。また、2〜10%であることが、より好ましい。含有量が1%未満では、酸性環境で生成される難溶性の化合物の割合が少なく、酸性環境における耐食効果が小さい。また、含有量が10%を超えると、めっき層が脆くなるので、特にめっき層に延性が必要な場合には好ましくない。
薄目付けで高耐食性を実現するという観点から、亜鉛系めっき層の付着量は少ない方がよいが、厳しい腐食環境で十分な耐食性を得るためには、酸性環境で難溶性の化合物を生成する元素を含有する亜鉛系めっき層の付着量は3g/m以上であることが望ましい。
【0013】
酸性環境で難溶性の化合物を形成する元素は、上述の元素の中でも、W、Ta、Nb等の金属性元素が好ましく、その中でも、Wのように、アルカリ性環境では溶解性があって、溶解−再析出により、難溶性の化合物を生成し易い元素がより好ましい。
さらに、電気めっきによってZnめっき中へ容易に導入できる点から、Wが好ましい。この場合、電気Zn−Wめっきとして用いてもよいし、遷移金属とともに用いて、例えば、Zn−Ni−W、Zn−Co−W等とするとよい。
【0014】
アルカリ性環境で難溶性の化合物を形成する元素とは、Ca、Mg、Sr、Ba、Sc、Y、Hfやランタノイド元素、アクチノイド元素等、水溶液環境での電位−pH図のpHが7以上のアルカリ性側の水の安定領域に、酸化物、水酸化物あるいはその他の化合物の安定領域を有する元素である。これらの元素の中でも、アルカリ性において、水の安定領域中にイオンの安定領域のない元素がより好ましい。そうした元素の中でも、CaやMgの溶解−析出の限界pHは、亜鉛による耐食性被膜がアルカリ性環境中で不安定になり始めるpH(pH=10〜15)の範囲に存在するので、Znを補完する成分として特に好ましい。
尚、生成される難溶性化合物としては、これらの元素の酸化物、水酸化物、窒化物などの化合物が挙げられる。
【0015】
これらのアルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素は、表面処理層中に添加してもよいし、あるいは、表面処理層の上に形成された無機化合物あるいは有機化合物の被覆層中に添加しても良い。例えば、MgやCaは、Zn系めっき上層に形成されたりん酸塩中に存在しても良いし、Zn系めっき上層に形成された有機皮膜中にCa吸着シリカ等の形態で添加しても良い。Mgは溶融Znめっきに容易に添加することができ、特にZn−Al−Mgめっきとして製造可能であり、また、Zn−Al−Mg合金は市販・使用されており、製造方法も確立しているので、使用に好ましい。
【0016】
アルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素は、それらの元素の総量として0.02g/m以上付着することが好ましい。また、0.03g/m以上付着していれば、さらに好ましい。付着量が0.02g/m未満では、アルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素の量が少なく、アルカリ性環境における耐食効果が小さい。これらのアルカリ性環境で難溶性の化合物を生成する元素の添加量は、特に上限を定めないが、安定した犠牲防食効果を持続させるために、表面処理層中の亜鉛の質量以下である事が好ましい。
尚、亜鉛自体が、酸性環境よりもアルカリ性環境には強いため、酸性環境で難溶性の化合物を形成する元素に比較して、少量の添加でも十分に効果がある。
【0017】
本発明で重要なことは、酸性で難溶性化合物を生成する元素と、アルカリ性で難溶性化合物を生成する元素とを組み合わせて添加することである。この実施態様として、鋼材上あるいは従来の亜鉛系めっき鋼材上に、単一層の被覆で両者を共存させる方法があり、有効である。また、別の実施態様として、酸性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層を1層とし、アルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層を他の1層として、両層を2層に分けて共に鋼材あるいは従来の亜鉛系めっき鋼材の基材上に形成する方法があり、有効である。この場合、製造時に真空装置が必要な蒸着などの製造方法を用いることが不要であり、比較的安価に製造することができる。
【0018】
両層を2層に分けて形成する場合には、基材上に下層として酸性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層、その上層にアルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層を形成しても良く、あるいはその逆に、下層としてアルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層、その上層に酸性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層としても良く、表層に持たせたい機能や製造上の利点等から選択すればよい。
尚、下層は、亜鉛を主とした金属めっき層とすることが望ましい。また、アルカリ性環境で難溶性化合物を生成する元素を含有する層として、りん酸塩皮膜や有機被膜を用いる場合には、これらを上層として用いることが望ましい。
【0019】
表面処理層は、耐食性の観点から厚い方が好ましいが、0.3〜10μmの範囲であることがさらに好ましい。厚さが(下限値)以下であると、耐食の効果が乏しくなるので好ましくない。また、厚さが10μmを超えると、溶接性に悪影響が現れてくるので、溶接性が必要な部材には好ましくない。さらに、基材中の亜鉛量も含めた全亜鉛付着量が50g/mを越えた場合も、溶接性に悪影響が現れてくるので、溶接性が必要な部材には、好ましくない。
【0020】
尚、基材における亜鉛系めっき鋼材としては、例えば、溶融亜鉛めっき鋼材、合金化溶融亜鉛めっき鋼材、溶融亜鉛-アルミニウム合金めっき鋼材、電気亜鉛めっき鋼材、電気亜鉛系合金めっき鋼材などがある。本明細書における合金めっきとは、亜鉛を40%以上含有する合金めっき鋼材を指す。また、鋼材についての制限は特に設けないが、耐食性の観点から表面処理を施す必要のある鋼材が対象となるので、ステンレス鋼材は対象外である。鋼材としては、例えば、通常の炭素鋼や、5%Cr程度までの低合金鋼、一般に耐候性鋼と呼ばれる低合金鋼が好適に利用できる。鋼材の形状としては、シート状の冷延板、熱延板などの鋼板、厚板、形鋼、棒鋼、ボルト、各種金具等の全ての鋼材が利用できる。
【0021】
尚、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、表面処理鋼材の表面処理層の上層にさらに有機被覆や無機被覆等の被覆層を設けてもよい。また、二層以上からなる表面処理層により機能を分担してなる表面処理鋼材の場合においては、その複数層の間に他の層を設けてもよい。
【実施例】
【0022】
基材として、冷延鋼板(表1中では「鋼板」と表示)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(Fe10%、目付量で40g/m、表1中では「GA40」と表示)、溶融亜鉛めっき鋼板(目付量60g/mあるいは100g/m、表1中では「GI60」あるいは「GI100」と表示)、溶融Zn-Alめっき鋼板(Al5%、目付量で60g/m、表1中では「SZ60」と表示)、電気亜鉛めっき鋼板(目付量20g/m、表1中では「EG20」と表示)、電気Zn-Niめっき鋼板(Ni12%、目付量20g/mあるいは30g/m、表1中では「ZL20」あるいは「ZL30」と表示)を使用した。
【0023】
Zn−Wめっき、Zn−Ni-Wめっき、Zn−Co−Wめっきは、酸性めっき浴での電気めっきにより作製した。めっき浴は、1Lのめっき浴中に、硫酸亜鉛7水和物を250g、硫酸アンモニウムを15g、タングステン酸アンモニウム5水和物を2.5g溶解する組成を基本とし、Niを添加する場合は硫酸ニッケル6水和物を150g、Coを添加する場合は硫酸コバルト7水和物を30g、それぞれ添加し、pHが2.5〜3.0の間になるように、アンモニアあるいは硫酸を添加して調整した。浴温が50℃、電流密度が20〜100A/dm、平均流速が0.5〜1.5m/sの条件で、循環式の電気めっきセルを用いた。めっき層中のタングステンの濃度は、電流密度と流速により変化するので、所望のタングステン濃度となるように電流密度と平均流速を調整した。付着量は通電時間で調整した。
【0024】
Zn−0.1Caめっきは、酸性の電気めっきにより作製した。めっき浴組成は、1Lのめっき浴中に、硫酸亜鉛7水和物を300g、硫酸ナトリウムを50g、硫酸を25g、Ca吸着シリカ(GRACE−Davison社製:シールデックスAC−3)を50g、界面活性剤(第一工業製薬株式会社製:シャロールDC−303P)を1g溶解・分散する組成を用い、浴温が50℃、電流密度が100A/dm、平均流速が1m/sの条件で、循環式の電気めっきセルを用いた。
【0025】
Zn−Hf系、Zn−Ta−Hf系やZn−W−Mg系及び純Mgの被覆は、それぞれを構成する複数の元素の純金属板をターゲットにして、EB蒸着によりコーティングした。
【0026】
Zn−Al−Mg系めっきは、溶融めっきで作製した。めっき組成の金属を溶解した溶融めっき浴に、鋼材あるいは下地めっき処理した供試材を浸漬し、窒素ガス吹きつけによるワイピングにより付着量を調整した。
【0027】
各めっきの付着量は、酸溶解による質量法で測定・確認し、めっき中の合金成分は、酸溶解した溶液を使用したICP分析により定量した。
【0028】
Mg含有化成皮膜は、表面調整液で表面調整した後、リン酸亜鉛処理浴(Znイオン:0.7g/L、Niイオン:2.0g/L、リン酸イオン:6.5g/L、硝酸イオン:6g/L、フッ化物:0.2g/L)をベースに、硝酸マグネシウム6水和物をMgイオン濃度として30g/Lになるように添加した浴を使用して処理を行った。処理は、スプレー法で、処理時間により付着量を調整した。
尚、表面調整液としては、日本パーカライジング社製の「Pl−Zn」を用い、リン酸亜鉛処理浴のベースとしては、日本パーカライジング社製の「パルボンド」を使用した。
【0029】
有機皮膜は、ビニル変性エポキシエステル樹脂に、ブロックイソシアネート硬化剤、変性ポリエチレンワックス、縮合アゾ系の赤色顔料を配合(それぞれの固形分質量比は、100:10:5:3)した水性樹脂を100質量部に対して、コロイダルシリカを20質量部、Ca吸着シリカを80質量部の比で添加した塗料を用い、ロールコータで回転数を制御しながら、乾燥皮膜質量が片面当り0.7〜0.9g/mになるように塗布し、その後、到達板温度で150℃になるように焼き付け、水冷した。
尚、コロイダルシリカとしては、日産化学工業(株)製の「ST−NS」を用い、Ca吸着シリカとしては、GRACE−Davison社製のシールデックスAC−3を使用した。
【0030】
上述のような基材、表面処理層としての下層めっきおよび上層めっき、被覆層としてのMg含有化成皮膜および有機皮膜を用いて、表面処理鋼材を作成し、腐食試験および溶接性試験を行った結果を表1および表2に示す。
尚、表1および表2中のめっき種類欄における元素名の前に記載されている数字は、その元素の質量割合を示し、残部はZnの質量割合を示す。例えば、Zn−3Ta−5Hfは、Taが3質量%、Hfが5質量%、Znが残部(92質量%)であることを示す。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
腐食試験は、塩水噴霧(5%NaCl、35℃、pH調整)を1時間行った後、さらに塩水噴霧(5%NaCl、35℃、pH無調整)を5時間行い、乾燥(50℃、45%RH、3時間)、湿潤(50℃、95%RH、14時間)、乾燥(50℃、45%RH、1時間)を1サイクルとして、10サイクル後の外観評価を行った。
赤錆発生面積が0〜0.1%のものを非常に良好:◎、0.1%〜2%を良好:○、2%〜5%を軽度の腐食:△、5%以上を重度の腐食:×で表した。
尚、pHを調整した塩水を用いて塩水噴霧を行う場合は、強酸性腐食試験においては塩酸によりpHを1.5に調整し、強アルカリ性腐食試験においては水酸化ナトリウムにより12.5に調整して、試験を実施した。
【0034】
また、溶接性試験は、電気抵抗スポット溶接によって、Cu−CrのCF型電極チップ(5mmφ)を用い、加圧力が1960N、通電時間が13サイクルで適性電流範囲を測定した。評価基準は、◎;1.5kA超、○;1.0〜1.5kA、△;0.3〜1.0kA、×;0.3kA未満として、△以上を実用性能ありと判断した。
めっき層の加工性は、めっき試験片のめっき層を外側にして、半径が試験片板厚の5倍の90度曲げを実施し、そのコーナー部の外側のめっき層の割れによる剥離の有無で評価した。加工後もめっき層の剥離の見られなかったものは○、加工後にめっき層の剥離が見られたものを△とした。
評価結果を表4に示す。
【0035】
(比較例)
また、上述のような基材、表面処理層としての下層めっきおよび上層めっき、被覆層としてのMg含有化成皮膜および有機皮膜を用いて、表3に記載のとおり表面処理鋼材を作成し、比較例とした。実施例と同様に、腐食試験および溶接性試験を行った。評価結果を表4に示す。
【0036】
【表3】

【0037】
【表4】

【0038】
表4の結果から、本実施例は、いずれも、酸性およびアルカリ性の両環境において耐食性に優れ、また、その中でも、全亜鉛付着量が50g/m以下かつ被覆層の厚み10μm以下の実施例は、溶接性が優れていることがわかる。これに対して、本願発明の要件を満足しない比較例では、少なくとも酸性またはアルカリ性のどちらかの環境での耐食性が劣っていることが分かる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材あるいは亜鉛系めっき鋼材からなる基材と、該基材の表面に形成される亜鉛を主とする金属層である表面処理層とを有し、前記表面処理層が、酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と、アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と、を含有することを特徴とする表面処理鋼材。
【請求項2】
鋼材あるいは亜鉛系めっき鋼材からなる基材と、該基材の表面に、酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素と亜鉛とを含有する金属層である表面処理層と、アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する1種以上の元素を含有する表面処理層と、を有することを特徴とする表面処理鋼材。
【請求項3】
前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、W、Ta、Nb、B、Siの中から選択される一種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の
表面処理鋼材。
【請求項4】
前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、Ca、Mg、Sr、Ba、Sc、Y、Hf、ランタノイド元素、アクチノイド元素の中から選択される一種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項5】
前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を、該元素を含有する前記表面処理層中に2質量%超含有することを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項6】
前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、少なくともWを含有することを特徴とする請求項1〜5の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項7】
前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、該元素を含有する前記表面処理層中に1質量%超のWを含有することを特徴とする請求項1〜6の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項8】
前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素として、該元素を含有する前記表面処理層中に10質量%以下のWを含有することを特徴とする請求項1〜7の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項9】
前記酸性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を含有する前記表面処理層が、付着量が3g/m以上の亜鉛系めっき層であることを特徴とする請求項1〜8の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項10】
前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を含有する前記表面処理層が、MgまたはCa、あるいは、その両方を含有する金属めっき層であることを特徴とする請求項1〜9の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項11】
前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を含有する前記表面処理層が、MgまたはCa、あるいは、その両方を含有する、有機化合物若しくは無機化合物からなる被覆層であることを特徴とする請求項1〜9の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項12】
前記アルカリ性水溶液中で難溶性化合物を生成する元素を、該元素を含有する前記表面処理層に0.02g/m以上含有することを特徴とする請求項1〜11の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項13】
鋼板上の皮膜の全ての厚みの合計が10μm以下であることを特徴とする請求項1〜12の何れか一項に記載の表面処理鋼材。
【請求項14】
前記表面処理層と前記被覆層の金属中の亜鉛含有量と、前記基材中の亜鉛含有量との合計が50g/m2以下であることを特徴とする請求項11〜13の何れか一項に記載の表面処理鋼材。

【公開番号】特開2006−336088(P2006−336088A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−164273(P2005−164273)
【出願日】平成17年6月3日(2005.6.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】