表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法
【課題】
特に軟らかい試料を針とびがなく、かつ変形が少ない最適の条件で測定できるようにする触針式段差計の針飛び抑制方法を提供すること。
【解決手段】
本発明の針飛び抑制方法は、試料の段差、探針の走査速度、探針先の曲率半径、探針先の形状、探針を試料に押し付ける力、変位センサを支える支点周りの慣性モーメント、及び支点と探針間の距離のパラメーターで決まる探針の飛びの大きさすなわち飛びの高さ、飛び時間、飛び時間中に進む距離を、前記パラメーターの関数として算出して、飛びが起きない条件を予め求め、前記パラメーターに基く測定条件に応じて探針を試料に押し付ける最小限の力を設定することを特徴としている。
特に軟らかい試料を針とびがなく、かつ変形が少ない最適の条件で測定できるようにする触針式段差計の針飛び抑制方法を提供すること。
【解決手段】
本発明の針飛び抑制方法は、試料の段差、探針の走査速度、探針先の曲率半径、探針先の形状、探針を試料に押し付ける力、変位センサを支える支点周りの慣性モーメント、及び支点と探針間の距離のパラメーターで決まる探針の飛びの大きさすなわち飛びの高さ、飛び時間、飛び時間中に進む距離を、前記パラメーターの関数として算出して、飛びが起きない条件を予め求め、前記パラメーターに基く測定条件に応じて探針を試料に押し付ける最小限の力を設定することを特徴としている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の表面形状を測定する触針式段差計における針飛び抑制方法に関するものである。
【0002】
本明細書において、用語“試料の表面形状”は試料の段差、膜厚、表面粗さの概念を包含して意味するものとする。
【背景技術】
【0003】
この種の段差計としては従来、先端が試料表面に接触する探針と、探針を試料表面に一定の負荷で接触させる針圧発生装置と、その負荷方向と直交する方向に振動して探針を試料表面に対して平行運動で往復動させる装置と、振動付加時の探針の試料に対する摩擦力に対応する振動の大きさを検出する検出装置とを備えた構造のものが知られている。
【0004】
特許文献1において、本発明者は、先に、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサを成す差動トランスの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計を提案した。
【0005】
すなわち添付図面の図1〜図5に示すように、棒状の第1の支持部材1を有し、この第1の支持部材1はその中間部位に左右両横方向にのびる支点用針取付け部材2を備え、支点用針取付け部材2の両端には二つの支点用針3が取付けられている。これら二つの支点用針3は二つの支点受け部材4(図5)で支持され、それにより第1の支持部材1は支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持される。第1の支持部材1の一端には、変位センサ5の測定子すなわちコア6が取付けられている。この変位センサ5は探針の垂直方向変位に応じて電気信号を発生する差動トランスから成り、コイル7を備えている。
【0006】
第1の支持部材1の他端には、探針に針圧を加える針圧発生装置8のコア9が設けられ、針圧発生装置8はコイル10を備えている。コア9は、コイル10の中心から軸方向にずれた位置に配置した高透磁率部材から成っている。
【0007】
第1の支持部材1における支点用針取付け部材2の両端の二つの支点用針3を結ぶ線上を中心として、第1の支持部材1の下面には、二つの磁石11を埋め込んだホルダー12が取付けられている。ホルダー12は図3に示すように断面台形の長手方向溝13を備え、この長手方向溝13の両側壁は下方へ向ってテーパー状に開いており、水平平面に対して傾斜面を構成している。ホルダー12に埋め込まれた二つの磁石11は、図1に示すように極性が互いに逆向きになるように配置されている。二つの磁石11を内蔵したホルダー12は軽くするためにカーボンで構成されている。
【0008】
また図1、図2及び図4において、14は棒状の第2の支持部材でありその先端には探針15が下向きに取付けられ、他端は高透磁率部材16で構成されている。高透磁率部材16の長手方向の両端には上向きにのびるガイド突起17が形成され、これらガイド突起17の対向側面は上方に向って開いた傾斜面として形成される。この高透磁率部材16の傾斜面はホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と共に、第1の支持部材に第2の支持部材を取付ける際の互いの位置決めを確保すると共にガイドの役割を果たしている。第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16は第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に嵌るようにされ、その際に第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16はホルダー12の溝の底面に接触し、二つの磁石11には接触しないように構成されている。また溝と高透磁率材部品には図3に示したような傾斜面を設け、互いの位置決めの確保と取付け時のガイドの役割を果たしている。
【0009】
第1の支持部材1及び第2支持部材14は慣性モーメントを小さくするために軽いカーボンで構成されている。一方、密度が高く質量が大きい第2支持部材14における高透磁率部材16及び第1の支持部材1におけるホルダー12内の磁石11は、支点まわりの慣性モーメントを小さくするために、支点の近くに配置している。
【0010】
さらに図3に示すように、第2支持部材14における高透磁率部材16の下側には板状部材18が設けられ、この板状部材18は磁場遮蔽効果を高めるため、高透磁率の材料で構成され、この板状部材18により交換部品を第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に傾けて近づけても正しい位置に収まるようにしている。
【0011】
上述のように第1の支持部材1におけるホルダー12に埋め込まれた磁石11は極性が逆になるように配置したことにより、磁気双極子が離れた場所に作る磁場が小さくなるので、差動トランス5、針圧発生装置8及び試料での磁場を小さくできる。また、この配置により磁石11の下部では磁力線が第2の支持部材14における高透磁率部材16の中を通るので、その下方及び探針位置の試料での磁場が小さくなる。
【0012】
図5には、支点用針3を受ける支点受け部材4の構造を拡大して示している。支点受け部材4は図示したように支点用針3を受ける凹面4aを備え、この凹面は逆円錐形状に構成され、支点用針3を精度よく位置決めして受けるようにされている。
【0013】
このように構成した図示触針式段差計においては、両端にそれぞれ変位センサ5及び針圧発生装置8を備え、二つの支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持された第1の支持部材1のホルダー12に、両端にそれぞれ探針15及び高透磁率部材16を備えた第2の支持部材14を磁石の吸着力によって固定する。この場合、ホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と第2の支持部材14の高透磁率部材16におけるガイド突起17の対向傾斜面とにより、第2の支持部材14は第1の支持部材1のホルダー12に対して予定の位置に正確に位置決めして簡単に固定できる。
【0014】
そして、針圧発生装置8のコイル10に所定の電流を流すことにより、その電流の大きさに応じて力が発生され、この力により針圧発生装置8のコア9はコイル10の中心へ引き込まれる。それにより第1及び第2の支持部材1、14は支点用針3を介して揺動し、探針15を試料に押し当てる。試料又は検出系を走査することにより、探針15は試料表面をなぞり、その表面形状に応じて、固定された支点のまわりに第1及び第2の支持部材1、14が微小に回転運動し、差動トランス5のコア6の変位が検出される。
【0015】
このコア6の変位を探針15の針先の変位に換算することにより試料の表面形状や段差が測定される。かかる処理を行なう処理回路装置の一例を図6にブロック線図で示し、20は触針式段差計の変位センサであり、21は前置増幅器であり、22はデジタルシグナル処理回路(DSP)であり、23はアナログ入力ボードであり、24は設定、表示用のコンピュータである。デジタルシグナル処理回路(DSP)22は、前置増幅器21を介して触針式段差計の変位センサ20に接続され、変位センサ20を構成している差動トランスの二次コイルからの測定信号を受けるようにされている。またデジタルシグナル処理回路(DSP)22は、図示していないがデジタル−アナログ変換器及び電圧−電流変換回路を介して針圧付加手段の力発生用コイルに接続される。さらにデジタルシグナル処理回路(DSP)22は、RS−232Cシリアル通信系を介して設定、表示用のコンピュータ24に接続されている。またアナログ入力ボード23はデジタルシグナル処理回路(DSP)22におけるデジタル−アナログ変換器(図示していない)からアナログ電圧を受け、そして設定、表示用のコンピュータ24に接続されている。
【0016】
デジタルシグナル処理回路(DSP)22では、デジタルロックインアンプの手法により変位センサのコアの位置を算出し、コアと探針の支点からの距離の比を用いて探針の位置を算出する。デジタルシグナル処理回路(DSP)22を用いて構成したデジタルロックインアンプにより低雑音で高精度にその変位が測定される。
【0017】
試料の段差を測定するには、図7のように「探針や変位センサなどからなるセンサヘッド」または試料が走査され、その際の探針の上下方向の動きが変位センサで測定され、段差が算出される。
【0018】
ところで、探針15を試料の表面に接触させるために、図1の針圧発生装置8のコイル10に電流を流し、探針15を試料に押し付ける。その力が大きいと軟らかい試料では変形が起き、段差が小さく出る場合があるので、力は小さい方が望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2006-226964
【特許文献2】特開2009-20050
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
図7のように探針は先が細くなる形状であり、その先端は曲率を持ち、段差部で上段に上がる際に上方向に速度を持つので、探針を下に押さえる力が小さいと「探針のとび」が起きる。走査速度が大きいほど段差部での上方向の速度が大きくなるので、とびは大きくなる。とびの例を図8に示す。約2μmの段差を力0.03mgf、走査速度100μm/sで測定した結果で、5回の測定結果を重ねてプロットしてある。探針のとびにより、段差形状が不明瞭になり、段差の算出が正確にできない。この例での力0.03mgfは、この種の段差計としては最も小さい力であり、走査速度100μm/sは一般的な値である。
【0021】
軟らかい試料の変形を小さくするには、力は小さい方がよいが、そうすると針がとび易くなる。走査速度を小さくすれば針はとび難いが、測定に時間がかかり効率的ではない。針のとびについては、針先の形状、段差の大きさ、力や走査速度の他に、センサヘッド自体の特性も複雑に絡んでいる。
【0022】
変位をリアルタイムでモニターして「飛び」を検知したら力を増すことで、飛びを小さくする方法も提案されている(特許文献1、2参照)。しかし、かかる方法では、リアルタイムでの「変位及び上方向の速度の監視」と力の制御を行うために、応答性のよい専用の計測制御器及び力発生機構の他、複雑なプログラムから成るソフトウェアが必要となり、コストアップとなる。
【0023】
そこで、本発明では、「高価なリアルタイムでの力の制御」を行わない、安価で使用方法が簡便な触針式段差計において、針とびが起きない範囲での最小の力及び最大の走査速度で、試料の変形を最小かつ、最高の効率(最小の測定時間)で段差を測定できるようにすることを解決すべき課題としている。すなわち、本発明は、試料の段差部分での探針のとびに関して、「とびが起きない最小限の力」をあらかじめ算出して、適用することで、特に軟らかい試料を針とびがなく、かつ変形が少ない最適の条件で測定できるようにする触針式段差計の針飛び抑制方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計における針飛びを抑制する方法において、
試料の段差、探針の走査速度、探針先の曲率半径、探針先の形状、探針を試料に押し付ける力、変位センサを支える支点周りの慣性モーメント、及び支点と探針間の距離のパラメーターで決まる探針の飛びの大きさすなわち飛びの高さ、飛び時間、飛び時間中に進む距離を、前記パラメーターの関数として算出して、飛びが起きない条件を予め求め、前記パラメーターに基く測定条件に応じて探針を試料に押し付ける最小限の力を設定することを特徴としている。
【0025】
本発明による方法においては、好ましくは、探針を試料に押し付ける最小限の力は、試料の変形が十分に小さくなるように選定され得る。また、探針を試料に押し付ける最小限の力は探針の走査速度の2乗に比例するように選定され得る。
この場合には、探針の飛びが起きない最大の走査速度が選択され得る。これにより、効率よくすなわち速く測定することができるようになる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の方法によれば、針飛びが起きない最小限の力、最大限の走査速度を選択して測定することにより、軟らかい試料の変形は最小限で済み、最大の効率(最大の速さ)で軟らかい試料の表面形状を測定できることになる。
また、本発明の方法によれば、飛びが起きない最適条件を段差や走査速度などをパラメーターとして予め計算で求めておくので、従来のように、測定時に複雑に絡み合う条件を変えながら、飛びが小さくなる条件を、測定を繰り返して経験的に探す必要がなくなり、測定の効率がよくなる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】先行技術による触針式段差計の構成を示す概略図。
【図2】図1における触針式段差計の要部を下から見た概略線図。
【図3】図1における触針式段差計のホルダー部分の構成を示すA−B線に沿った拡大部分断面図。
【図4】図1における触針式段差計のホルダー部分を下から見た図。
【図5】図1における触針式段差計の支点部の構造を示す拡大断面図。
【図6】本発明における変位測定用計測回路装置の一例を示すブロック線図。
【図7】探針で試料の段差部分を走査する様子を示す概略線図。
【図8】探針が試料の段差部分で飛んでいる様子を示すグラフ。
【図9】探針の先が試料の段差部分の角部に接触している様子を示す図。
【図10】探針の先端の運動に関する座標系(x、z)及び変数r、θ、dの定義を示す図。
【図11】試料の段差部分での探針の先端の軌道の例を示すグラフ。
【図12】試料の段差部分における探針の先端の加速度の例を示すグラフ。
【図13】図12に示す運動をするために必要な、探針の先端に加える力を示すグラフ。
【図14】0.26mgfでの試料の段差部分の走査例を示すグラフ。
【図15】高さ1μmの試料の段差部分における力を種々変えた場合の探針の先端の軌道を示すグラフ。
【図16】高さ0.1μmの試料の段差部分における探針の先端の軌道を示すグラフ。
【図17】試料の段差部分における段差dとz方向の初速vzi の関係を示すグラフ。
【図18】試料の段差部分における段差dと段差角部に探針の先端が接触する際の角度θの関係を示すグラフ。
【図19】試料の段差部分における段差dと、針が上昇し始める地点と段差部分の間の距離x0の関係を示すグラフ。
【図20】探針が飛ばないための最小の力Fを段差dに対してプロットしたグラフ。
【図21】探針が飛ばないための最小の力Fを走査速度vsに対してプロットしたグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図9には、探針30と試料31の段差部分31aが触れている例を示す。探針30の先端の曲率半径rは2.5μmであり、探針30の先端の上方部の開度は60度であり、探針30は試料31における1μmの段差部分31aの角部に触れており、角度θを図示したように定義する。また図9には、0.1μmの段差部分31bの角部に探針30が触れている例も示している。1μmの段差部分31aでは、実際の段差部分31aの2μm手前から探針30が上昇し始め、また0.1μmの段差部分31bでは、実際の段差部分31bの0.7μm手前から探針30が上昇し始める。以下では、探針30の先端の曲率半径rは2.5μm、探針30の先端の上方部の角度は60度とした場合の結果を例として示すが、それら値を変えても同じ考え方が成り立つ。
【0029】
図10には変数の定義を示す。探針30の先端の曲率部分のみを円として表わし、探針30の先端が試料31における段差部分31a又は31bに接触しながら上昇する様子を、上昇し始める時点(上昇開始時点)と、上昇が完了した時点(上昇完了時点)と、それらの間の中間時点の3つの時点で表わした。探針30が上昇し始める位置の空間座標を(x、 z)=(0、0)とし、xとzの座標軸は図10に示すように定義する。探針30の先端の曲率半径r、試料31の段差部分の段差d、並びに試料31の段差部分における段差dと段差角部に探針30の先端が接触する際の角度θはそれぞれ図示したとおりに定義する。また、探針30の上昇開始から完了までのx方向の距離をx0と定義する。
【0030】
図10に示すように、探針30が試料31に接触しながら段差部分を上がるとき、幾何学的考察から探針30の上昇開始から完了までのx方向の距離x0に関する式(1)、試料31の段差部分における段差dと段差角部に探針30の先端が接触する際の角度θに関する式(2)、及びxとzの関係式(3)が得られる。
x0={d(2r - d)} 0.5 (1)
cosθ=(r-d)/r (2)
z=[r2 - { (d (2r-d))0.5 - x }2 ]0.5 - r + d (3)
【0031】
図11には例としてr=2.5μm、d=1μmでのxとzの関係を示す。走査速度vsを用いると、時間をtとしてx=vs t なので(3)式は次式のように表される。
z = [r 2 - { (d (2r-d)) 0.5 - vs t } 2 ]0.5 - r + d (4)
式(4)のzをtで二階微分した結果は図12に示され、探針30の先端が式(4)の動きをする際の探針30の先端の加速度である。つまり、探針30が飛ばずに試料31の段差部分の角部に接触しながら上昇する場合の探針30の先端の加速度である。
【0032】
センサに関しては以下の関係が成り立つ(特許文献1、2参照)。探針30の先端での力をF、探針30の先端のz方向位置をz、支点のまわりの慣性モーメントをI、支点から探針30の先端までの距離をrstとして、支点のまわりの運動方程式を変形すると次の式が得られる(例えば特許文献1参照)。
F = I/rst2 d2z/dt2 (5)
即ち、力Fが働く場合の、質量が I/rst2 の質点の運動とみなすことができる。探針30が飛んでいる間は、力発生コイルにより一定の力が発生しているので、一定の重力場での質点の自由落下運動と同じとみなすことができ、Fが一定ならd2z/dt2も一定になる。このような場合、探針30の先端のz方向の初速(探針30の先端が試料31の表面から離れるときの速さ)をv0とし、支点で支えられた可動部分の重心が支点に近いと仮定すると、飛びの到達高さh、探針30の先端が飛んでいる時間(探針30の先端が試料31の表面を離れた後、再び同じ高さの表面に戻るまでの時間)2t0はそれぞれ次式で表せる。
h = I v02/2rst2 F (6)
2t0 = 2 I v0 /rst2 F (7)
【0033】
図12の加速度は、式(5)を用いて力Fに書き変えると図13に示すようになる。つまり、図11に示すように探針30がとばずに、探針30の先端が試料31の段差部分の角部に接触しながら上昇する軌道をとるのに必要な下向きの力を表わす(力の符号は上方向を正としている)。質点の運動に例えれば、質点の軌道を曲げるのに必要な下向きの力と言える。よって、図13から分かるように、絶対値が0.21mgf以上の力が下向きにかかっていれば、探針30はとばないことになる。
【0034】
図14には、例として探針の先端の曲率半径rが2.5μm、試料31の段差部分の段差dが約2μm、走査速度vsが100μm/sの場合に、上記より若干大きめの力0.26mgf(下向きの力で、その絶対値)をかけて測定した結果を示す。段差が先の計算とは異なるが、段差が2μmであっても計算結果に大きな差は生じない(後述の計算結果を参照)。図14のように実際の測定でも、この計算のとおりに探針のとびが起きないことが確認できた。
【0035】
図13は、探針30が上昇中に試料31の段差部分の角部から離れないための条件であるが、例え角部から離れても探針30のとびの高さが段差より小さければ、実質的には問題がない。それを図15に示す。探針30先の先端の曲率半径r、試料31の段差部分における段差d、走査速度vsは図13の場合と同じで、この条件では、幾何学的考察からz方向の初速度vziは133.3μm/sになるが、それら条件の下で下向きの力の大きさを0.05mgfから0.2mgfまで変えて探針30の先端の軌道を、式(5)を用いて計算した結果を示している。支点のまわりの慣性モーメントI、支点から探針30の先端までの距離rstとしてI/rst2 = 0.114gとした。これは実際に試作したセンサヘッドでの値である。なお、そのヘッドでのrst は40mmである。
【0036】
図15の太い線は、探針30が試料31の段差部分における角部に接触しながら上昇する場合の探針30の先端の「時間−z空間」での軌跡である。探針30の先端にかける力の大きさが0.1034mgfでは、試料31の段差部分における角部を探針30の先端が上昇していく途中で一時的にわずかに探針30の先端が角部から離れるが、とびの高さは段差と同じ1μmであり、その後また角部に接触する。そのとびの頂点と角部とのずれは5ms、0.5μmと極小さく、実際の段差測定での段差算出では、そのような角部での上昇中のデータ及び角部に近い領域のデータは用いないので、段差測定に影響はない。従って、この条件では探針30の先端にかける力の大きさが0.1034mgfでは実質的には、探針30のとびのない段差測定ができる。
【0037】
この例で探針30の先端にかける力の大きさが0.1034mgfのときに、一時的にとんだ後の再接触時に、また探針30が弾み、とぶことが考えられるが、そのとびは小さいので無視してよい。その理由は、図15から分かるように再着地時のz方向の速度等が小さいので、再びとぶときの初速が小さく、とびの高さが初速の2乗で効く(式(6))ことから、2度目のとびが十分小さいことが推測できるからである。
【0038】
図16は、段差dが0.1μmのときの例である。その他条件の探針30の先端の曲率半径r、走査速度vsは図15と同じである。この条件では図10で示したθが45度以下であり、探針30の先端が試料31の段差部分における角部にあたった後、弾性衝突のように上方に弾み、幾何学的考察から初速度vzi は53.76μm/sとなる。これは、探針30が試料31の段差部分における角部に接触しながら上昇する際の初速29μm/sよりも大きい。図16の太い線は、探針30が試料31の段差部分における角部に接触しながら上昇する場合であり、また下向きの力の大きさが0.05mgfと0.1681mgfの場合の軌道も示している。力の大きさが0.1681mgfではとびの高さが試料31の段差部分に一致し、前述のように「実質的にはとびがない」と言える。
【0039】
θが45度以上では、弾性的に跳ね上げられたときの探針30の先端の速度のz成分よりも、接触しながら上昇する際のz方向の初速の方が大きく、それが実際の初速となる。これは、θが45度を境に起きる。z方向の初速vziは幾何学的考察からθの値に応じて以下の式で表される。
θ≦45度以下の場合
vzi = vs sin2θ
= 2 vs (r-d) {d(2r-d)} 0.5 / r 2 (8)
θ>45度の場合
vzi = vs tanθ
=vs {d(2r-d)} 0.5 /(r-d) (9)
【0040】
針先曲率半径r=2.5μmの場合の段差dと針先のz方向の初速vziの関係を図17に示す。図9のように針が細くなる部分の角度が60度の場合にはθが60度以上に相当するような大きいdでは、vzi = 30.5 vsとなる。
【0041】
r=2.5μmの場合の、dとθの関係を図18に、dとx0の関係を図19に示す。これらの関係は式(1)、(2)などから導出できる。
【0042】
探針30の先端の曲率半径r=2.5μmの場合に、図15及び図16に示す例で説明したのと同様に「探針が実質的にとばない」力の条件を、試料31の段差dと走査速度vsを変えて計算した結果を図20に示す。図示した力Fの値以上なら探針30はとばない。この図では、下向きの力の絶対値を縦軸にしている。z方向の初速度vziを求める際、θが45度以下では探針が弾性的に弾むとした、つまり、探針の先端を質点の運動とみなしたときの運動エネルギーが保存するとした。しかし、実際には探針の先端が試料の段差部分における角部に衝突する際に、探針を支える棒状部分に振動が起きたり、試料の変形などで運動エネルギーが失われるので、弾性的に弾むわけではない。つまり、実際の初速度は、弾性的と仮定した計算結果より小さいと考えられる。従って、実際の探針のとびの高さは、例えば図16で求めたよりも小さいと考えられる。同様にして考えると、図20のθが45度以下である場合の探針がとばないための力Fの値は、実際にはもう少し小さいと考えられる。実際に初速が小さいので、弱い力で探針のとびを押さえられる。
【0043】
計算例として用いたI/rst2 = 0.114gの試作センサヘッドにおいて、標準的な走査速度である100μm/sでは、0.14mgf程度あれば探針はとばないことが図20から分かる。通常、数mgfから10mgfの力で段差測定がなされることが多いが、このセンサヘッドでは、その1/10以下の力でも探針のとびがなく測定できることが分かる。式(6)からとびの高さはz方向の初速の2乗に比例し、力に反比例する。そしてz方向の初速は走査速度vs に比例する。これらのことから、とびを起こさないための力(=とびの高さが段差に等しくなる力)Fはvs の2乗に比例する。このことは図20に表れている。また、図20において力Fの段差dへの依存性は、図17に示した初速vziの段差dへの依存性を反映している。標準的な走査速度100μm/sの半分の50μm/sでは、探針がとばないための力は1/4になり、0.03mgf程度のこの種の段差計での最も小さい力でも探針がとばないことが分かる。
【0044】
図21には、図20と同様の内容のデータを、横軸を走査速度vs として、幾つかの段差dでの探針がとばないための力Fを縦軸にプロットしたグラフを示している。力Fが走査速度vsの2乗に比例することが分かる。「その力では試料の変形が小さい」として力Fを決定し、段差dの大きさが大体分かっているとき、探針がとばない範囲での最大の走査速度vs が図21から分かる。これにより最大の効率(針がとばない範囲での最速の走査速度)での測定が可能になる。
【0045】
図20及び図21に示すようなグラフは、任意のセンサヘッド(任意のI/rst2)、任意の探針の先端形状(任意のr)に対して計算で算出できる。このようなグラフをあらかじめ作っておけば、任意の段差d、走査速度vs に応じて、探針がとばないための最小限の力Fが分かり、試料の変形を最小限に、最高の効率(すなわち最速の走査速度)で段差の測定ができる。
【符号の説明】
【0046】
30:探針
31:試料
31a、31b:試料の段差部分
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の表面形状を測定する触針式段差計における針飛び抑制方法に関するものである。
【0002】
本明細書において、用語“試料の表面形状”は試料の段差、膜厚、表面粗さの概念を包含して意味するものとする。
【背景技術】
【0003】
この種の段差計としては従来、先端が試料表面に接触する探針と、探針を試料表面に一定の負荷で接触させる針圧発生装置と、その負荷方向と直交する方向に振動して探針を試料表面に対して平行運動で往復動させる装置と、振動付加時の探針の試料に対する摩擦力に対応する振動の大きさを検出する検出装置とを備えた構造のものが知られている。
【0004】
特許文献1において、本発明者は、先に、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサを成す差動トランスの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計を提案した。
【0005】
すなわち添付図面の図1〜図5に示すように、棒状の第1の支持部材1を有し、この第1の支持部材1はその中間部位に左右両横方向にのびる支点用針取付け部材2を備え、支点用針取付け部材2の両端には二つの支点用針3が取付けられている。これら二つの支点用針3は二つの支点受け部材4(図5)で支持され、それにより第1の支持部材1は支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持される。第1の支持部材1の一端には、変位センサ5の測定子すなわちコア6が取付けられている。この変位センサ5は探針の垂直方向変位に応じて電気信号を発生する差動トランスから成り、コイル7を備えている。
【0006】
第1の支持部材1の他端には、探針に針圧を加える針圧発生装置8のコア9が設けられ、針圧発生装置8はコイル10を備えている。コア9は、コイル10の中心から軸方向にずれた位置に配置した高透磁率部材から成っている。
【0007】
第1の支持部材1における支点用針取付け部材2の両端の二つの支点用針3を結ぶ線上を中心として、第1の支持部材1の下面には、二つの磁石11を埋め込んだホルダー12が取付けられている。ホルダー12は図3に示すように断面台形の長手方向溝13を備え、この長手方向溝13の両側壁は下方へ向ってテーパー状に開いており、水平平面に対して傾斜面を構成している。ホルダー12に埋め込まれた二つの磁石11は、図1に示すように極性が互いに逆向きになるように配置されている。二つの磁石11を内蔵したホルダー12は軽くするためにカーボンで構成されている。
【0008】
また図1、図2及び図4において、14は棒状の第2の支持部材でありその先端には探針15が下向きに取付けられ、他端は高透磁率部材16で構成されている。高透磁率部材16の長手方向の両端には上向きにのびるガイド突起17が形成され、これらガイド突起17の対向側面は上方に向って開いた傾斜面として形成される。この高透磁率部材16の傾斜面はホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と共に、第1の支持部材に第2の支持部材を取付ける際の互いの位置決めを確保すると共にガイドの役割を果たしている。第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16は第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に嵌るようにされ、その際に第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16はホルダー12の溝の底面に接触し、二つの磁石11には接触しないように構成されている。また溝と高透磁率材部品には図3に示したような傾斜面を設け、互いの位置決めの確保と取付け時のガイドの役割を果たしている。
【0009】
第1の支持部材1及び第2支持部材14は慣性モーメントを小さくするために軽いカーボンで構成されている。一方、密度が高く質量が大きい第2支持部材14における高透磁率部材16及び第1の支持部材1におけるホルダー12内の磁石11は、支点まわりの慣性モーメントを小さくするために、支点の近くに配置している。
【0010】
さらに図3に示すように、第2支持部材14における高透磁率部材16の下側には板状部材18が設けられ、この板状部材18は磁場遮蔽効果を高めるため、高透磁率の材料で構成され、この板状部材18により交換部品を第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に傾けて近づけても正しい位置に収まるようにしている。
【0011】
上述のように第1の支持部材1におけるホルダー12に埋め込まれた磁石11は極性が逆になるように配置したことにより、磁気双極子が離れた場所に作る磁場が小さくなるので、差動トランス5、針圧発生装置8及び試料での磁場を小さくできる。また、この配置により磁石11の下部では磁力線が第2の支持部材14における高透磁率部材16の中を通るので、その下方及び探針位置の試料での磁場が小さくなる。
【0012】
図5には、支点用針3を受ける支点受け部材4の構造を拡大して示している。支点受け部材4は図示したように支点用針3を受ける凹面4aを備え、この凹面は逆円錐形状に構成され、支点用針3を精度よく位置決めして受けるようにされている。
【0013】
このように構成した図示触針式段差計においては、両端にそれぞれ変位センサ5及び針圧発生装置8を備え、二つの支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持された第1の支持部材1のホルダー12に、両端にそれぞれ探針15及び高透磁率部材16を備えた第2の支持部材14を磁石の吸着力によって固定する。この場合、ホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と第2の支持部材14の高透磁率部材16におけるガイド突起17の対向傾斜面とにより、第2の支持部材14は第1の支持部材1のホルダー12に対して予定の位置に正確に位置決めして簡単に固定できる。
【0014】
そして、針圧発生装置8のコイル10に所定の電流を流すことにより、その電流の大きさに応じて力が発生され、この力により針圧発生装置8のコア9はコイル10の中心へ引き込まれる。それにより第1及び第2の支持部材1、14は支点用針3を介して揺動し、探針15を試料に押し当てる。試料又は検出系を走査することにより、探針15は試料表面をなぞり、その表面形状に応じて、固定された支点のまわりに第1及び第2の支持部材1、14が微小に回転運動し、差動トランス5のコア6の変位が検出される。
【0015】
このコア6の変位を探針15の針先の変位に換算することにより試料の表面形状や段差が測定される。かかる処理を行なう処理回路装置の一例を図6にブロック線図で示し、20は触針式段差計の変位センサであり、21は前置増幅器であり、22はデジタルシグナル処理回路(DSP)であり、23はアナログ入力ボードであり、24は設定、表示用のコンピュータである。デジタルシグナル処理回路(DSP)22は、前置増幅器21を介して触針式段差計の変位センサ20に接続され、変位センサ20を構成している差動トランスの二次コイルからの測定信号を受けるようにされている。またデジタルシグナル処理回路(DSP)22は、図示していないがデジタル−アナログ変換器及び電圧−電流変換回路を介して針圧付加手段の力発生用コイルに接続される。さらにデジタルシグナル処理回路(DSP)22は、RS−232Cシリアル通信系を介して設定、表示用のコンピュータ24に接続されている。またアナログ入力ボード23はデジタルシグナル処理回路(DSP)22におけるデジタル−アナログ変換器(図示していない)からアナログ電圧を受け、そして設定、表示用のコンピュータ24に接続されている。
【0016】
デジタルシグナル処理回路(DSP)22では、デジタルロックインアンプの手法により変位センサのコアの位置を算出し、コアと探針の支点からの距離の比を用いて探針の位置を算出する。デジタルシグナル処理回路(DSP)22を用いて構成したデジタルロックインアンプにより低雑音で高精度にその変位が測定される。
【0017】
試料の段差を測定するには、図7のように「探針や変位センサなどからなるセンサヘッド」または試料が走査され、その際の探針の上下方向の動きが変位センサで測定され、段差が算出される。
【0018】
ところで、探針15を試料の表面に接触させるために、図1の針圧発生装置8のコイル10に電流を流し、探針15を試料に押し付ける。その力が大きいと軟らかい試料では変形が起き、段差が小さく出る場合があるので、力は小さい方が望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2006-226964
【特許文献2】特開2009-20050
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
図7のように探針は先が細くなる形状であり、その先端は曲率を持ち、段差部で上段に上がる際に上方向に速度を持つので、探針を下に押さえる力が小さいと「探針のとび」が起きる。走査速度が大きいほど段差部での上方向の速度が大きくなるので、とびは大きくなる。とびの例を図8に示す。約2μmの段差を力0.03mgf、走査速度100μm/sで測定した結果で、5回の測定結果を重ねてプロットしてある。探針のとびにより、段差形状が不明瞭になり、段差の算出が正確にできない。この例での力0.03mgfは、この種の段差計としては最も小さい力であり、走査速度100μm/sは一般的な値である。
【0021】
軟らかい試料の変形を小さくするには、力は小さい方がよいが、そうすると針がとび易くなる。走査速度を小さくすれば針はとび難いが、測定に時間がかかり効率的ではない。針のとびについては、針先の形状、段差の大きさ、力や走査速度の他に、センサヘッド自体の特性も複雑に絡んでいる。
【0022】
変位をリアルタイムでモニターして「飛び」を検知したら力を増すことで、飛びを小さくする方法も提案されている(特許文献1、2参照)。しかし、かかる方法では、リアルタイムでの「変位及び上方向の速度の監視」と力の制御を行うために、応答性のよい専用の計測制御器及び力発生機構の他、複雑なプログラムから成るソフトウェアが必要となり、コストアップとなる。
【0023】
そこで、本発明では、「高価なリアルタイムでの力の制御」を行わない、安価で使用方法が簡便な触針式段差計において、針とびが起きない範囲での最小の力及び最大の走査速度で、試料の変形を最小かつ、最高の効率(最小の測定時間)で段差を測定できるようにすることを解決すべき課題としている。すなわち、本発明は、試料の段差部分での探針のとびに関して、「とびが起きない最小限の力」をあらかじめ算出して、適用することで、特に軟らかい試料を針とびがなく、かつ変形が少ない最適の条件で測定できるようにする触針式段差計の針飛び抑制方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計における針飛びを抑制する方法において、
試料の段差、探針の走査速度、探針先の曲率半径、探針先の形状、探針を試料に押し付ける力、変位センサを支える支点周りの慣性モーメント、及び支点と探針間の距離のパラメーターで決まる探針の飛びの大きさすなわち飛びの高さ、飛び時間、飛び時間中に進む距離を、前記パラメーターの関数として算出して、飛びが起きない条件を予め求め、前記パラメーターに基く測定条件に応じて探針を試料に押し付ける最小限の力を設定することを特徴としている。
【0025】
本発明による方法においては、好ましくは、探針を試料に押し付ける最小限の力は、試料の変形が十分に小さくなるように選定され得る。また、探針を試料に押し付ける最小限の力は探針の走査速度の2乗に比例するように選定され得る。
この場合には、探針の飛びが起きない最大の走査速度が選択され得る。これにより、効率よくすなわち速く測定することができるようになる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の方法によれば、針飛びが起きない最小限の力、最大限の走査速度を選択して測定することにより、軟らかい試料の変形は最小限で済み、最大の効率(最大の速さ)で軟らかい試料の表面形状を測定できることになる。
また、本発明の方法によれば、飛びが起きない最適条件を段差や走査速度などをパラメーターとして予め計算で求めておくので、従来のように、測定時に複雑に絡み合う条件を変えながら、飛びが小さくなる条件を、測定を繰り返して経験的に探す必要がなくなり、測定の効率がよくなる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】先行技術による触針式段差計の構成を示す概略図。
【図2】図1における触針式段差計の要部を下から見た概略線図。
【図3】図1における触針式段差計のホルダー部分の構成を示すA−B線に沿った拡大部分断面図。
【図4】図1における触針式段差計のホルダー部分を下から見た図。
【図5】図1における触針式段差計の支点部の構造を示す拡大断面図。
【図6】本発明における変位測定用計測回路装置の一例を示すブロック線図。
【図7】探針で試料の段差部分を走査する様子を示す概略線図。
【図8】探針が試料の段差部分で飛んでいる様子を示すグラフ。
【図9】探針の先が試料の段差部分の角部に接触している様子を示す図。
【図10】探針の先端の運動に関する座標系(x、z)及び変数r、θ、dの定義を示す図。
【図11】試料の段差部分での探針の先端の軌道の例を示すグラフ。
【図12】試料の段差部分における探針の先端の加速度の例を示すグラフ。
【図13】図12に示す運動をするために必要な、探針の先端に加える力を示すグラフ。
【図14】0.26mgfでの試料の段差部分の走査例を示すグラフ。
【図15】高さ1μmの試料の段差部分における力を種々変えた場合の探針の先端の軌道を示すグラフ。
【図16】高さ0.1μmの試料の段差部分における探針の先端の軌道を示すグラフ。
【図17】試料の段差部分における段差dとz方向の初速vzi の関係を示すグラフ。
【図18】試料の段差部分における段差dと段差角部に探針の先端が接触する際の角度θの関係を示すグラフ。
【図19】試料の段差部分における段差dと、針が上昇し始める地点と段差部分の間の距離x0の関係を示すグラフ。
【図20】探針が飛ばないための最小の力Fを段差dに対してプロットしたグラフ。
【図21】探針が飛ばないための最小の力Fを走査速度vsに対してプロットしたグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図9には、探針30と試料31の段差部分31aが触れている例を示す。探針30の先端の曲率半径rは2.5μmであり、探針30の先端の上方部の開度は60度であり、探針30は試料31における1μmの段差部分31aの角部に触れており、角度θを図示したように定義する。また図9には、0.1μmの段差部分31bの角部に探針30が触れている例も示している。1μmの段差部分31aでは、実際の段差部分31aの2μm手前から探針30が上昇し始め、また0.1μmの段差部分31bでは、実際の段差部分31bの0.7μm手前から探針30が上昇し始める。以下では、探針30の先端の曲率半径rは2.5μm、探針30の先端の上方部の角度は60度とした場合の結果を例として示すが、それら値を変えても同じ考え方が成り立つ。
【0029】
図10には変数の定義を示す。探針30の先端の曲率部分のみを円として表わし、探針30の先端が試料31における段差部分31a又は31bに接触しながら上昇する様子を、上昇し始める時点(上昇開始時点)と、上昇が完了した時点(上昇完了時点)と、それらの間の中間時点の3つの時点で表わした。探針30が上昇し始める位置の空間座標を(x、 z)=(0、0)とし、xとzの座標軸は図10に示すように定義する。探針30の先端の曲率半径r、試料31の段差部分の段差d、並びに試料31の段差部分における段差dと段差角部に探針30の先端が接触する際の角度θはそれぞれ図示したとおりに定義する。また、探針30の上昇開始から完了までのx方向の距離をx0と定義する。
【0030】
図10に示すように、探針30が試料31に接触しながら段差部分を上がるとき、幾何学的考察から探針30の上昇開始から完了までのx方向の距離x0に関する式(1)、試料31の段差部分における段差dと段差角部に探針30の先端が接触する際の角度θに関する式(2)、及びxとzの関係式(3)が得られる。
x0={d(2r - d)} 0.5 (1)
cosθ=(r-d)/r (2)
z=[r2 - { (d (2r-d))0.5 - x }2 ]0.5 - r + d (3)
【0031】
図11には例としてr=2.5μm、d=1μmでのxとzの関係を示す。走査速度vsを用いると、時間をtとしてx=vs t なので(3)式は次式のように表される。
z = [r 2 - { (d (2r-d)) 0.5 - vs t } 2 ]0.5 - r + d (4)
式(4)のzをtで二階微分した結果は図12に示され、探針30の先端が式(4)の動きをする際の探針30の先端の加速度である。つまり、探針30が飛ばずに試料31の段差部分の角部に接触しながら上昇する場合の探針30の先端の加速度である。
【0032】
センサに関しては以下の関係が成り立つ(特許文献1、2参照)。探針30の先端での力をF、探針30の先端のz方向位置をz、支点のまわりの慣性モーメントをI、支点から探針30の先端までの距離をrstとして、支点のまわりの運動方程式を変形すると次の式が得られる(例えば特許文献1参照)。
F = I/rst2 d2z/dt2 (5)
即ち、力Fが働く場合の、質量が I/rst2 の質点の運動とみなすことができる。探針30が飛んでいる間は、力発生コイルにより一定の力が発生しているので、一定の重力場での質点の自由落下運動と同じとみなすことができ、Fが一定ならd2z/dt2も一定になる。このような場合、探針30の先端のz方向の初速(探針30の先端が試料31の表面から離れるときの速さ)をv0とし、支点で支えられた可動部分の重心が支点に近いと仮定すると、飛びの到達高さh、探針30の先端が飛んでいる時間(探針30の先端が試料31の表面を離れた後、再び同じ高さの表面に戻るまでの時間)2t0はそれぞれ次式で表せる。
h = I v02/2rst2 F (6)
2t0 = 2 I v0 /rst2 F (7)
【0033】
図12の加速度は、式(5)を用いて力Fに書き変えると図13に示すようになる。つまり、図11に示すように探針30がとばずに、探針30の先端が試料31の段差部分の角部に接触しながら上昇する軌道をとるのに必要な下向きの力を表わす(力の符号は上方向を正としている)。質点の運動に例えれば、質点の軌道を曲げるのに必要な下向きの力と言える。よって、図13から分かるように、絶対値が0.21mgf以上の力が下向きにかかっていれば、探針30はとばないことになる。
【0034】
図14には、例として探針の先端の曲率半径rが2.5μm、試料31の段差部分の段差dが約2μm、走査速度vsが100μm/sの場合に、上記より若干大きめの力0.26mgf(下向きの力で、その絶対値)をかけて測定した結果を示す。段差が先の計算とは異なるが、段差が2μmであっても計算結果に大きな差は生じない(後述の計算結果を参照)。図14のように実際の測定でも、この計算のとおりに探針のとびが起きないことが確認できた。
【0035】
図13は、探針30が上昇中に試料31の段差部分の角部から離れないための条件であるが、例え角部から離れても探針30のとびの高さが段差より小さければ、実質的には問題がない。それを図15に示す。探針30先の先端の曲率半径r、試料31の段差部分における段差d、走査速度vsは図13の場合と同じで、この条件では、幾何学的考察からz方向の初速度vziは133.3μm/sになるが、それら条件の下で下向きの力の大きさを0.05mgfから0.2mgfまで変えて探針30の先端の軌道を、式(5)を用いて計算した結果を示している。支点のまわりの慣性モーメントI、支点から探針30の先端までの距離rstとしてI/rst2 = 0.114gとした。これは実際に試作したセンサヘッドでの値である。なお、そのヘッドでのrst は40mmである。
【0036】
図15の太い線は、探針30が試料31の段差部分における角部に接触しながら上昇する場合の探針30の先端の「時間−z空間」での軌跡である。探針30の先端にかける力の大きさが0.1034mgfでは、試料31の段差部分における角部を探針30の先端が上昇していく途中で一時的にわずかに探針30の先端が角部から離れるが、とびの高さは段差と同じ1μmであり、その後また角部に接触する。そのとびの頂点と角部とのずれは5ms、0.5μmと極小さく、実際の段差測定での段差算出では、そのような角部での上昇中のデータ及び角部に近い領域のデータは用いないので、段差測定に影響はない。従って、この条件では探針30の先端にかける力の大きさが0.1034mgfでは実質的には、探針30のとびのない段差測定ができる。
【0037】
この例で探針30の先端にかける力の大きさが0.1034mgfのときに、一時的にとんだ後の再接触時に、また探針30が弾み、とぶことが考えられるが、そのとびは小さいので無視してよい。その理由は、図15から分かるように再着地時のz方向の速度等が小さいので、再びとぶときの初速が小さく、とびの高さが初速の2乗で効く(式(6))ことから、2度目のとびが十分小さいことが推測できるからである。
【0038】
図16は、段差dが0.1μmのときの例である。その他条件の探針30の先端の曲率半径r、走査速度vsは図15と同じである。この条件では図10で示したθが45度以下であり、探針30の先端が試料31の段差部分における角部にあたった後、弾性衝突のように上方に弾み、幾何学的考察から初速度vzi は53.76μm/sとなる。これは、探針30が試料31の段差部分における角部に接触しながら上昇する際の初速29μm/sよりも大きい。図16の太い線は、探針30が試料31の段差部分における角部に接触しながら上昇する場合であり、また下向きの力の大きさが0.05mgfと0.1681mgfの場合の軌道も示している。力の大きさが0.1681mgfではとびの高さが試料31の段差部分に一致し、前述のように「実質的にはとびがない」と言える。
【0039】
θが45度以上では、弾性的に跳ね上げられたときの探針30の先端の速度のz成分よりも、接触しながら上昇する際のz方向の初速の方が大きく、それが実際の初速となる。これは、θが45度を境に起きる。z方向の初速vziは幾何学的考察からθの値に応じて以下の式で表される。
θ≦45度以下の場合
vzi = vs sin2θ
= 2 vs (r-d) {d(2r-d)} 0.5 / r 2 (8)
θ>45度の場合
vzi = vs tanθ
=vs {d(2r-d)} 0.5 /(r-d) (9)
【0040】
針先曲率半径r=2.5μmの場合の段差dと針先のz方向の初速vziの関係を図17に示す。図9のように針が細くなる部分の角度が60度の場合にはθが60度以上に相当するような大きいdでは、vzi = 30.5 vsとなる。
【0041】
r=2.5μmの場合の、dとθの関係を図18に、dとx0の関係を図19に示す。これらの関係は式(1)、(2)などから導出できる。
【0042】
探針30の先端の曲率半径r=2.5μmの場合に、図15及び図16に示す例で説明したのと同様に「探針が実質的にとばない」力の条件を、試料31の段差dと走査速度vsを変えて計算した結果を図20に示す。図示した力Fの値以上なら探針30はとばない。この図では、下向きの力の絶対値を縦軸にしている。z方向の初速度vziを求める際、θが45度以下では探針が弾性的に弾むとした、つまり、探針の先端を質点の運動とみなしたときの運動エネルギーが保存するとした。しかし、実際には探針の先端が試料の段差部分における角部に衝突する際に、探針を支える棒状部分に振動が起きたり、試料の変形などで運動エネルギーが失われるので、弾性的に弾むわけではない。つまり、実際の初速度は、弾性的と仮定した計算結果より小さいと考えられる。従って、実際の探針のとびの高さは、例えば図16で求めたよりも小さいと考えられる。同様にして考えると、図20のθが45度以下である場合の探針がとばないための力Fの値は、実際にはもう少し小さいと考えられる。実際に初速が小さいので、弱い力で探針のとびを押さえられる。
【0043】
計算例として用いたI/rst2 = 0.114gの試作センサヘッドにおいて、標準的な走査速度である100μm/sでは、0.14mgf程度あれば探針はとばないことが図20から分かる。通常、数mgfから10mgfの力で段差測定がなされることが多いが、このセンサヘッドでは、その1/10以下の力でも探針のとびがなく測定できることが分かる。式(6)からとびの高さはz方向の初速の2乗に比例し、力に反比例する。そしてz方向の初速は走査速度vs に比例する。これらのことから、とびを起こさないための力(=とびの高さが段差に等しくなる力)Fはvs の2乗に比例する。このことは図20に表れている。また、図20において力Fの段差dへの依存性は、図17に示した初速vziの段差dへの依存性を反映している。標準的な走査速度100μm/sの半分の50μm/sでは、探針がとばないための力は1/4になり、0.03mgf程度のこの種の段差計での最も小さい力でも探針がとばないことが分かる。
【0044】
図21には、図20と同様の内容のデータを、横軸を走査速度vs として、幾つかの段差dでの探針がとばないための力Fを縦軸にプロットしたグラフを示している。力Fが走査速度vsの2乗に比例することが分かる。「その力では試料の変形が小さい」として力Fを決定し、段差dの大きさが大体分かっているとき、探針がとばない範囲での最大の走査速度vs が図21から分かる。これにより最大の効率(針がとばない範囲での最速の走査速度)での測定が可能になる。
【0045】
図20及び図21に示すようなグラフは、任意のセンサヘッド(任意のI/rst2)、任意の探針の先端形状(任意のr)に対して計算で算出できる。このようなグラフをあらかじめ作っておけば、任意の段差d、走査速度vs に応じて、探針がとばないための最小限の力Fが分かり、試料の変形を最小限に、最高の効率(すなわち最速の走査速度)で段差の測定ができる。
【符号の説明】
【0046】
30:探針
31:試料
31a、31b:試料の段差部分
【特許請求の範囲】
【請求項1】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法において、
試料の段差、探針の走査速度、探針先の曲率半径、探針先の形状、探針を試料に押し付ける力、変位センサを支える支点周りの慣性モーメント、及び支点と探針間の距離のパラメーターで決まる探針の飛びの大きさすなわち飛びの高さ、飛び時間、飛び時間中に進む距離を、前記パラメーターの関数として算出して、飛びが起きない条件を予め求め、前記パラメーターに基く測定条件に応じて探針を試料に押し付ける最小限の力を設定することを特徴とする表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法。
【請求項2】
探針を試料に押し付ける最小限の力は試料の変形が十分に小さくなるように選定されることを特徴とする請求項1記載の表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法。
【請求項3】
探針を試料に押し付ける最小限の力は探針の走査速度の2乗に比例するように選定されることを特徴とする請求項1記載の表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法。
【請求項1】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法において、
試料の段差、探針の走査速度、探針先の曲率半径、探針先の形状、探針を試料に押し付ける力、変位センサを支える支点周りの慣性モーメント、及び支点と探針間の距離のパラメーターで決まる探針の飛びの大きさすなわち飛びの高さ、飛び時間、飛び時間中に進む距離を、前記パラメーターの関数として算出して、飛びが起きない条件を予め求め、前記パラメーターに基く測定条件に応じて探針を試料に押し付ける最小限の力を設定することを特徴とする表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法。
【請求項2】
探針を試料に押し付ける最小限の力は試料の変形が十分に小さくなるように選定されることを特徴とする請求項1記載の表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法。
【請求項3】
探針を試料に押し付ける最小限の力は探針の走査速度の2乗に比例するように選定されることを特徴とする請求項1記載の表面形状測定用触針式段差計における針飛び抑制方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2013−7669(P2013−7669A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−140921(P2011−140921)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】
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