説明

表面形状測定用触針式段差計の性能改善方法及び該方法を実施した表面形状測定用触針式段差計

【課題】支点上でバランスする探針と変位センサで構成される触針式段差計の感度と変位分解能を向上させる方法及び該方法を実施している表面形状測定用触針式段差計を提供する。
【解決手段】Fを探針に加える力、Iを支点回りの慣性モーメント、rを支点−探針間の距離、zを探針の先端の変位、tを時間としたときに成り立つ、探針の先端の運動方程式F=I/rz/dtに基づき、探針に加える力に応じて支点−探針間の距離rを決め、支点と探針の先端とを結ぶ線を水平より45度傾け、探針の先端を下げる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の表面形状を測定する触針式段差計の性能改善方法及び該方法を実施した表面形状測定用触針式段差計に関するものであり、特に、本発明は、支点上でバランスする探針と変位センサで構成される触針式段差計の感度と変位分解能を向上させる方法に関する。
【0002】
本明細書において、用語“試料の表面形状”は試料の段差、膜厚、表面粗さの概念を包含して意味するものとする。
【背景技術】
【0003】
本発明が適用される先に提案した触針式段差計の一例を添付図面の図1〜図5に示し、図示触針式段差計は、棒状の第1の支持部材1を有し、この第1の支持部材1はその中間部位に左右両横方向にのびる支点用針取付け部材2を備え、支点用針取付け部材2の両端には二つの支点用針3が取付けられている。これら二つの支点用針3は二つの支点受け部材4(図5)で支持され、それにより第1の支持部材1は支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持される。第1の支持部材1の一端には、変位センサ5の測定子すなわちコア6が取付けられている。この変位センサ5は探針の垂直方向変位に応じて電気信号を発生する差動トランスから成り、コイル7を備えている。
【0004】
第1の支持部材1の他端には、探針に針圧を加える針圧発生装置8のコア9が設けられ、針圧発生装置8はコイル10を備えている。コア9は、コイル10の中心から軸方向にずれた位置に配置した高透磁率部材から成っている。第1の支持部材1における支点用針取付け部材2の両端の二つの支点用針3を結ぶ線上を中心として、第1の支持部材1の下面には、二つの磁石11を埋め込んだホルダー12が取付けられている。ホルダー12は図3に示すように断面台形の長手方向溝13を備え、この長手方向溝13の両側壁は下方へ向ってテーパー状に開いており、水平平面に対して傾斜面を構成している。ホルダー12に埋め込まれた二つの磁石11は、図1に示すように極性が互いに逆向きになるように配置されている。二つの磁石11を内蔵したホルダー12は軽くするためにカーボンで構成されている。
【0005】
また図1、図2及び図4において、14は棒状の第2の支持部材でありその先端には探針15が下向きに取付けられ、他端は高透磁率部材16で構成されている。高透磁率部材16の長手方向の両端には上向きにのびるガイド突起17が形成され、これらガイド突起17の対向側面は上方に向って開いた傾斜面として形成される。この高透磁率部材16の傾斜面はホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と共に、第1の支持部材に第2の支持部材を取付ける際の互いの位置決めを確保すると共にガイドの役割を果たしている。第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16は第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に嵌るようにされ、その際に第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16はホルダー12の溝の底面に接触し、二つの磁石11には接触しないように構成されている。また溝と高透磁率材部品には図3に示したような傾斜面を設け、互いの位置決めの確保と取付け時のガイドの役割を果たしている。
【0006】
さらに図3に示すように、第2支持部材14における高透磁率部材16の下側には板状部材18が設けられ、この板状部材18は磁場遮蔽効果を高めるため、高透磁率の材料で構成され、この板状部材18により交換部品を第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に傾けて近づけても正しい位置に収まるようにしている。図5には、支点用針3を受ける支点受け部材4の構造を拡大して示している。支点受け部材4は図示したように支点用針3を受ける凹面4aを備え、この凹面は逆円錐形状に構成され、支点用針3を精度よく位置決めして受けるようにされている。
【0007】
このように構成した図示触針式段差計においては、両端にそれぞれ変位センサ5及び針圧発生装置8を備え、二つの支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持された第1の支持部材1のホルダー12に、両端にそれぞれ探針15及び高透磁率部材16を備えた第2の支持部材14を磁石の吸着力によって固定する。この場合、ホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と第2の支持部材14の高透磁率部材16におけるガイド突起17の対向傾斜面とにより、第2の支持部材14は第1の支持部材1のホルダー12に対して予定の位置に正確に位置決めして簡単に固定できる。そして、針圧発生装置8のコイル10に所定の電流を流すことにより、その電流の大きさに応じて力が発生され、この力により針圧発生装置8のコア9はコイル10の中心へ引き込まれる。それにより第1及び第2の支持部材1、14は支点用針3を介して揺動し、探針15を試料に押し当てる。試料又は検出系を走査することにより、探針15は試料表面をなぞり、その表面形状に応じて、固定された支点のまわりに第1及び第2の支持部材1、14が微小に回転運動し、差動トランス5のコア6の変位が検出され、このコア6の変位は例えば、デジタルシグナルプロセッサDSPを用いたデジタルロックインアンプにより低雑音で高精度に測定され、探針15の針先の変位に換算することにより試料の表面形状や段差が測定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献5】特開2006-226964
【特許文献6】特開2009-20050
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
先に提案した構造では、試料の段差部での針とびを小さくするために、支点と探針の間の距離は大きくされているが、かかる触針式段差計の感度は、変位センサの感度に「支点と変位センサのコアとの間の距離/支点と探針の間の距離」をかけたものなので、小さくなる。ここで感度とは、単位変位量当たりの出力電圧である。上記距離の比は例えば0.5で、感度は0.5倍になる。これは例えば0.03 mgfとこの種の段差計では非常に小さい力で、変形しやすい試料を測定する際でも針がとびにくくするための設計であり、感度よりも針とび抑制を優先している。
【0010】
しかし、実際に多く使われる力の範囲は数mgfから10mgfと大きく、その場合は、探針はとびにくいので、支点と探針の間の距離を小さくしてもよいと考えられる。また、「触針式段差計の感度」と「探針のとびにくさ」は相反する関係であるが、触針式段差計の感度が同じでも針とびが小さくなる構造設計にもすべきである。
【0011】
そこで、本発明の解決課題は、1mgf以上の実用的な力の領域で、針とびがないまま、段差計の感度と変位分解能をできるだけ向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の第1の発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、支持体の他端に探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計の性能改善方法において、
Fを探針に加える力、Iを支点回りの慣性モーメント、rを支点−探針間の距離、zを探針の先端の変位、tを時間としたときに成り立つ、探針の先端の運動方程式
F = I/rz/dt
に基づき、探針に加える力に応じて支点−探針間の距離rを決め、
支点と探針の先端とを結ぶ線を水平より45度傾け、探針の先端を下げること
を特徴としている。
【0013】
また、本発明の第2の発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、支持体の他端に探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計において、
Fを探針に加える力、Iを支点回りの慣性モーメント、rを支点−探針間の距離、zを探針の先端の変位、tを時間としたときに成り立つ、探針の先端の運動方程式
F = I/rz/dt
に基づき、探針に加える力に応じて支点−探針間の距離rを決めて、支点−探針間の距離と支点−変位センサ間の距離の比を大きく設定し、
支点と探針の先端とを結ぶ線を水平より45度傾け、探針の先端が支点より下方に位置するように構成したこと
を特徴としている。
【0014】
探針に加える力Fに関して、例えば、探針に加える力Fとして従来の16倍の力が用いられる場合には、支点−探針間の距離rは1/4倍にしてもよい(Iは変らないとしている)。そのとき上記運動方程式が変らない(両辺が16倍になるだけで、dz/dtは変らない)ので、探針の先端の運動z(t)は変らない。つまり、「探針のとびにくさ」、「針とびの大きさ」は変らない。具体的な例として、F=0.1mgfで用いるとすると、r=40mmとした段差計では、F=1.6mgfと大きくしてもよいならr=10mmとしても「針のとびにくさ」は同じである。そして、この場合rが1/4倍なので段差計としての感度は4倍になる。
【0015】
また、支点と探針の先端とを結ぶ線を水平より45度傾けることに関して、支点−探針間の水平距離が同じなら、幾何学的考察から「支点と探針の先端を結ぶ線が水平の場合」と感度は同じである。しかし、支点からの探針の先端までの距離はルート2倍大きく、探針の先端の運動方程式をこの2つの場合について比べると、探針のとびの大きさがルート2の逆数の0.707倍になることが分かる。従って、段差計の感度が同じでも針とびが0.707倍に小さくなる。力が同じ場合に針とびの大きさが0.707倍になるのであって、とびの大きさが同じになる力は0.707倍と小さくて済むことが分かる。すなわち、力Fは0.707倍でよいことになり、先の例(『F=0.1mgf、r=40mm』⇒『F=1.6mgf、r=10mm、上記の結ぶ線が水平』)で、上記の線を水平から45度にすると、針とびに関して、力Fは16倍×0.707=11.3倍であり、水平距離を1/4倍にした分を相殺できる。従って『F=1.1mgf、水平距離10mm、45度』で「探針のとびにくさ」は先の例『F=1.6mgf、r=10mm、水平』と同じになる。そしてまた、支点と探針の先端を結ぶ線を水平より45度傾け、探針の先端を下げた場合には、走査時に段差部で探針が上昇する際に、探針が走査の進行方向とは逆方向に後退しながら上昇する。従って、その上昇速度は小さくなる。つまりz方向の初速度が小さくなる。これにより針とびの高さ、とびの時間が小さくなる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、実用的な力の範囲1mgf以上で、感度の大きい段差計を提供することができ、また、感度が同じままで針とびが小さくなる「支点と探針の配置」により、感度が従来の4倍で針とびがない段差計が提供できる。感度向上により変位雑音が低下し、実際の計測で雑音の「ピーク−ピーク」が0.16nmと原子レベルにまで小さくなり、変位分解能が向上する。従って、差動トランスを変位センサに用い、ごく簡単な構造の安価な段差計において、原子レベルの高い変位分解能が得られ、従来は雑音に埋もれて見えなかった表面形状を測定することができるようになる。
【0017】
実用的な探針の力の範囲である1mgf以上において、試料の段差部での探針のとびを起こさずに、感度を向上させ、変位分解能を0.16nmまで向上させることができる。また、支点−探針間の距離と支点−センサ間の距離の比を大きくすることにより、段差計としての感度を向上させることができる。さらに、支点と探針の先端を結ぶ線を水平より45度傾け、探針先を下げることにより、感度の向上率を落とさないまま、「探針がとばないための力」を0.707倍に低減させることができ、これにより、弱い力でも針とびを抑制できるようになると共に、段差部での探針の先端の垂直方向の上昇速度が小さくなり、針とびの大きさが抑制できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の方法を実施している触針式段差計の構成を概略図。
【図2】図1における触針式段差計の要部を下から見た概略線図。
【図3】図1における触針式段差計のホルダー部分の構成を示すA−B線に沿った拡大部分断面図。
【図4】図1における触針式段差計のホルダー部分を下から見た図。
【図5】図1における触針式段差計の支点部の構造を示す拡大断面図。
【図6】探針、支点、変位センサコアの配置例を示す図。
【図7】探針、支点、変位センサコアの別の配置例を示す図。
【図8】探針が下にある場合の探針、支点、変位センサコアの配置例を示す図。
【図9】探針が下にある場合の探針、支点、変位センサコアの別の配置例を示す図。
【図10】探針の配置と、支点を中心とした探針の動きを表わす線図。
【図11】試料を走査しないときの変位雑音の測定例を示すグラフ。
【図12】変位雑音を繰り返して測定した例を示す図。
【図13】センサ出力の電圧雑音密度の測定例を示すグラフ。
【図14】測定可能範囲を16bitで分割した離散値に測定データを丸め込んだ例を示すグラフ。
【図15】試料の段差部を0.1mgfで走査した例を示すグラフ。
【図16】試料の段差部を2.1mgfで走査した例を示すグラフ。
【図17】試料上の同じ場所を1.6mgfで3回連続して走査した例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図1に示す触針式段差計の構造例において、探針の先端に加える力をF、探針の先端のz方向位置をz、支点の回りの慣性モーメントをI、支点から探針の先端までの距離をrとして、支点の回りの運動方程式を変形すると次式が得られる(例えば特許文献1参照)。

F=I/rz/dt (1)

これは、力Fが働く、質量がI/r の質点の運動とみなすことができる。探針がとんでいる間は、力発生コイルで一定の力が発生しているので、一定の重力場での質点の自由落下運動と同じとみなすことができ、Fが一定ならdz/dtも一定になる。このような場合、探針の先端のz方向の初速(探針の先端が試料表面から離れるときの速さ)をvとし、支点で支えられた可動部分の重心が支点に近いと仮定すると、とびの到達高さh、探針の先端がとんでいる時間(すなわち探針の先端が試料表面を離れた後、再び同じ高さの表面に戻るまでの時間)2tはそれぞれ次式で表わされる。

h=Iv / 2 r F (2)

2t=2 I v / r F (3)
【0020】
つまり、rが大きいほど針とびは小さい。しかし、図6から分かるように支点−探針間の距離が大きい(図中の数字は長さの比を表わす)と、探針の変位zの変化が小さくなって変位センサコアに伝わるので、段差計としての感度が低下する。0.03mgfまでの小さい力での測定を想定した設計では、rは例えば40mm、支点−変位センサコア間の距離は20mmである(Iは小さい方が、針とびが小さいので、変位センサコアは支点に近い方が針とびに関してはよい)。従って、段差計としての感度は、変位センサの感度の半分になっている。これは感度よりも針とび抑制を優先した設計のためである。
【0021】
実用的な力である約1mgf以上での測定のみを想定するなら、式(1)‐(3)から分かるように、Fが大きい分、rを小さくできる。Iが変化しないとすると、rFが一定なら針とびの大きさは変らない。従って、r ∝ F−0.5の関係からrを決定できる。例えば、Fが16倍ならrは1/4倍でよいことになる(図7)。
【0022】
支点の回りの慣性モーメントIが同じなら、「F=0.1mgf、r=40mm」と「F=1.6mgf、r=10mm」とは、針とびに関しては同じである。そして、段差計としての感度は4倍になる。
【0023】
試料の段差部で探針がとばないために必要な力Fに関しては、上記のr=40mmの段差計についてI/r=0.114gで、探針の先端の曲率半径2.5μmの場合、針がとばないために必要な力は走査速度100μm/sで0.1mgf程度(段差に依存して0.08mgfから0.18mgf)である。走査速度が半分の50μm/sでは、力Fはその1/4で済む。
【0024】
この段差計において、支点から探針の先端までの距離rを1/4の10mmにするに設定した場合、上記の力Fを16倍にすれば針とびが起きない。つまり、1.6mgf程度以上なら針とびが起きない。これは、実際によく使われる実用的な力の範囲である。
【0025】
式(1)に基づいた以上の考察により、実用的な力の範囲1.6mgf程度以上で針とびが起きず、感度が従来の4倍となる段差計が設計できる。
【0026】
実際の段差計では、半導体素子用シリコンウエハーや液晶ディスプレイ用ガラス基板などの平坦で広範囲な試料上の、任意の場所で測定できるように、図8及び図9に示すように、探針15は段差計部品のうちで最も下に位置し、図8及び図9の段差計部品を納めて探針15の先端のみが下に突き出た箱型のセンサヘッドが試料上を動く。代わりにセンサヘッドは固定して試料が動くようにしてもよい。従って、支点と探針を結ぶ線は図8及び図9に示すように水平から傾く。図8に示す構造では、支点−探針間の水平距離が40mmであり、図9に示す構造では、水平距離が10mmである例である。図8中の数字2、4及び図9の中の数字1、2は長さの比を表わしている。
【0027】
図8では、「支点‐探針間の水平距離」は、「支点‐探針の先端間の距離r」の0.97倍で、後述のΔzはΔlの0.97倍であり、ΔzとΔlはほぼ等しいので、探針15の運動は「支点と探針15を結ぶ線」が水平の場合とほぼ同じである。
【0028】
図10には支点の回りの探針の動きを示す。探針の先端が点A、B、Cにある場合をそれぞれ考える。θを回転角として探針先の、支点回りの運動方程式は次式で与えられる(θとFは図10で時計回りを正として)。

r F=I dθ/dt (4)

lを接線上の変位として、Δθ=Δl/rより
F=I/rl/dt (5)

探針の先端が点Aでは Δl=Δzより
F=I/rz/dt (6)

探針の先端が点Bでは Δl=1.414 Δzより
F=1.414 I/rz/dt (7)

探針の先端が点Cでは、Iは同じとして、支点までの距離がr、そこでの力がFのときは
F=I/rz/dt
=r/1.414より
F=2I/rz/dt (8)

となる。式(7)と式(8)の比較から、点Bでは点Cより0.707倍の力で同じzの加速度が得られる。よって、針とびを抑える効果としては、点Bでは点Cに比べ0.707倍の弱い力で同じ効果を持つことが分かる。
【0029】
試料表面の高さの変化Δzに対する回転角度、或いはΔlの幾何学的考察から、感度は点Bと点Cで等しいことが分かる。試料表面の高さの変化に伴う、探針の先端のz方向の変化は点Bでも点Cでも当然同じである。つまり、感度は等しいまま、0.707倍の弱い力で針とびを抑えられるので、点Bの方が点Cよりも有利である。なお、点Bでは45度傾いて力が試料にかかるが、特に問題はない。
【0030】
以上のことから図9に示す支点と探針15の配置では、図7に示すものに比べて、感度は同じままで、0.707倍の弱い力でも、同じだけの針とび抑制効果がある。先の考察においては、図7では1.6mgf以上で針とびが起きないとしたが、この配置なら1.6mgf×0.707=1.1mgf以上で針とびが起きない。
【0031】
センサヘッドを図10の右方向へ走査する場合に、探針の先端が試料の段差部の下段から上段へ上がるときを考えると、探針の先端は点Bでは、点Aや点Cに比べて図10の左側に動きながらzが増すので、試料の段差部での上昇完了までの時間が長くなる。よってΔz/Δtが小さくなり、上昇速度が小さくなる。それによりz方向の初速度が小さくなり、式(2)、(3)から分かるように針とびは小さくなる。このように「支点と探針を結ぶ線」を水平から例えば45度下げると、探針が段差を上昇する時のz方向の初速度を小さくして、針とびを小さくする効果がある。
【0032】
探針が段差を上昇する際には走査方向と逆に探針が動くので、測定データの段差部での立ち上がりが少し鈍くなるが、例えば1μmの段差なら立ち上がりに要する走査距離が1μm長くなるだけなので、実用上は特に問題はない。
【0033】
図9に示す配置で測定した変位雑音の例を図11に示す。支点‐探針間の水平距離は10mmであり、支点‐変位センサコア間の距離は20mmであり、また支点と探針を結ぶ線は水平から45度である。探針を試料上に下ろし、探針に加える力が1.7mgfで、走査はせず静止状態で探針の変位zを1msごとに4秒間測定した結果である。差動トランスの1次電圧は5kHzで、デジタルシグナルプロセッサ(DSP)を用いて構成したデジタルロックインアンプにより2次電圧を測定して変位センサコアの変位を計測し、探針先の変位を算出している。測定データには遮断周波数fc=15Hzの低域通過フィルターLPF(有限インパルス応答FIR、次数90次、ブラックマン窓関数使用)がかけられている。
【0034】
探針の感度は図8の構成に比べて3.93倍に増大した。それにより変位雑音も1/4程度(詳細は後述する)に減少し、図11に示す例のように雑音の「ピーク‐ピーク」は0.2nmを下回り非常に小さくなった。図11には、測定データに含まれる0.5Hz以下のうねり相当も合わせて示す。このようなうねり相当分を除去した後の1秒間での「ピーク‐ピーク」を、6秒ごとに100回余り測定した結果を図12に示す。これは探針に加える力が0.18mgfでの測定結果であり、平均値は0.163nmであり、1秒間でのデータの標準偏差は0.034nmであり、2秒間での算術平均粗さRa相当は0.028nmといずれも非常に小さい値であった。なお、探針に加える力が0.85mgfでは、上記の1秒間での「ピーク‐ピーク」は0.162nmであり、また探針に加える力が1.50mgfでは、上記の1秒間での「ピーク‐ピーク」は0.160nmであった。
【0035】
図8の構成では、雑音の1秒間での「ピーク‐ピーク」は0.62nmであったが、0.62nm/3.93=0.158nmであるので、感度増大の効果がほぼそのまま変位雑音の減少として表れていることが分かる。
【0036】
通常のシリコン基板やガラス基板上の薄膜プロセスでの段差を測るための触針式段差計では、上記のような雑音の1秒間での「ピーク‐ピーク」は1〜2nm程度なので、図11及び図12の測定結果は通常よりも1桁程度、変位雑音が小さいと言える。従って、変位分解能は1桁程度高い。
【0037】
図13には、図9の配置構成を用いて探針を試料上に下ろした静止状態で、プリアンプへの入力換算の電圧雑音密度を測定した結果を示す(パワースペクトル密度PSDのルートで、ハニング窓使用)。変位センサの出力電圧の雑音密度である。f=15HzのLPFの手前の測定データからの換算であるが、230Hz分の移動平均処理がなされたデータに関するものである。変位センサと計測器の間のプリアンプには入力換算電圧雑音密度1nV/Hz0.5 の計装アンプを用いている。2次コイルの抵抗の熱雑音や変位センサコアのバルクハウゼン雑音が主な雑音源である。電圧雑音密度の大きさは、変位センサ単体の場合と同程度であり、「支点‐変位センサコア間の距離」/「支点‐探針間の距離」の比で感度が増して、その逆数で変位雑音が低減していることが分かる。
【0038】
図14は、図11と同様に針を下ろした静止状態での針先変位の時間変化であるが、測定可能範囲を16bit(65536)で分割して、測定データをその離散値に丸め込み、RS‐232CでコンピュータPCへ転送した例を示す。この例では、測定可能範囲が‐833.8nmから+833.8nmを16bitで分割し、0.0254nmごとの離散値になっている。なお、このような単に表示上の分解能でしかない「離散値の間隔」を分解能と呼ぶ場合があるが、それは変位測定装置の測定性能を表わしておらず、本来の変位分解能ではない。
【0039】
図15には針がとぶ例を示す。図9の配置構成を用いて、探針に加える力0.1mgf、約2μmの段差試料を100μm/sで走査した測定結果を示す。前述のように、この探針の配置及び慣性モーメントIの値、そしてその走査速度では1mgfより小さいと、針がとぶことが計算から分かっている。そのとばないための力よりも、1桁小さい力なので、針が大きくとんでいる。
【0040】
図16には、同じ段差を2.1mgfで測定した結果を示す。1.4mgfでも同様の結果であり、針はとばなかった。つまり、前述の考察のとおりの結果が、実際の測定で確認された。
【0041】
実用的に多く使われる1mgf以上の力の範囲では、針とびがなく、感度が従来の4倍であり、変位分解能(雑音の1秒間でのピーク−ピーク)が0.16nmと原子レベルの段差計が製作できた。
【0042】
図17には、図9の配置構成を用いて、探針に加える力1.6mgfで、試料上の同じ場所を3回、71μm/sで走査した測定結果を示す。LPFはf=15Hzでベッセル特性1次で処理している。1回目の測定データからその最小二乗回帰曲線4次多項式を引いたのが太線で、2回目の測定データから同じ多項式を引き定数を加えたのが細線、3回目の測定データから同じ多項式を引き別の定数を加えたのが点線である。
【0043】
測定結果の再現性を調べるために、測定値から上記の一定値を引いた。図17の縦軸の値が一致するように上記の定数を決めている。図17から定数分は別として0.1〜0.2nm程度の範囲で測定結果が再現していることが分かる。このことから0.1〜0.2nm程度の原子レベルの変位分解能でz方向の表面形状が測定できることが確認できた。
【符号の説明】
【0044】
1:第1の支持部材
2:支点用針取付け部材
3 :支点用針
4 :支点受け部材
5 :変位センサ
6 :コア
7 :コイル
8 :針圧発生装置
9 :コア
10:針圧発生装置8のコイル
15:探針

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、支持体の他端に探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計の性能改善方法において、
Fを探針に加える力、Iを支点回りの慣性モーメント、rを支点−探針間の距離、zを探針の先端の変位、tを時間としたときに成り立つ、探針の先端の運動方程式
F = I/rz/dt
に基づき、探針に加える力に応じて支点−探針間の距離rを決め、
支点と探針の先端とを結ぶ線を水平より45度傾け、探針の先端を下げること
を特徴とする表面形状測定用触針式段差計の性能改善方法。
【請求項2】
探針に加える力Fを1mgf以上と大きく設定し、支点−探針間の距離rを短くすることを特徴とする請求項1記載の表面形状測定用触針式段差計の性能改善方法。
【請求項3】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、支持体の他端に探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計において、
Fを探針に加える力、Iを支点回りの慣性モーメント、rを支点−探針間の距離、zを探針の先端の変位、tを時間としたときに成り立つ、探針の先端の運動方程式
F = I/rz/dt
に基づき、探針に加える力に応じて支点−探針間の距離rを決めて、支点−探針間の距離と支点−変位センサ間の距離の比を大きく設定し、
支点と探針の先端とを結ぶ線を水平より45度傾け、探針の先端が支点より下方に位置するように構成したこと
を特徴とする表面形状測定用触針式段差計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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