説明

被検体情報取得装置

【課題】被検体情報取得装置で超音波を用いて変位を測定するために合成開口法を用いる際の精度を向上させる。
【解決手段】被検体に弾性波を送信し、反射波を受信する装置であって、弾性波と電気信号とを変換可能な素子を少なくとも1方向に複数配列して備える送受信器と、素子に電気信号を入力して弾性波を送信させる素子制御手段と、素子が受信する反射波を検出する検出手段とを有し、素子に入力される電気信号は、複数の素子間において符号化された符号化パルス信号であり、検出手段は、反射波を復号化するとともに、2箇所を焦点とした双曲線および楕円を軸とした両軸の交点について復号化された反射波を合成する合成開口処理を異なる時点で行い、被検体の少なくとも2方向における変位を取得する被検体情報取得装置を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波を用いた被検体情報取得装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波診断装置は、組織内の音響インピーダンス分布を反映した反射波から生体内組織の構造を映像化する超音波断層像(B−mode像)を表示するだけでなく、血流や組織の運動などを可視化する機能を有していることが一般的である。
【0003】
さらに最近では超音波により組織部分の硬さを推定して組織診断へ利用することが行われ始めている。体表から静的な圧力を加える、比較的低周波数の超音波により加振を与える、などの手法によって生じる組織内部の歪みを超音波によって計測し、この歪みの大小から組織の硬さを推定する。このような歪みは、超音波によって計測した各点での変位分布を各点間の距離で除することで算出される。
【0004】
上記のような組織の運動や組織部分の硬さを算出する際には、超音波によって計測した変位を用いることが多く、近年の超音波診断装置では超音波による変位計測が重要な技術課題となっている。
【0005】
特許文献1には、実効的に双曲線−楕円上に配列したサンプル点でフォーカスしたエコー信号列を用いて変位計測を行う超音波診断装置が開示されている。また、実効的に双曲線−楕円上に配列したサンプル点にフォーカスするために合成開口法を用いる場合、信号SN比を向上させることを目的として仮想波源を設定し複数の素子で送信を行う手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2010/053156号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、変位を測定するために仮想波源を設定し複数の素子で送信を行う場合、合成開口法にとって最適な送信条件ではない場合が存在する。
【0008】
合成開口法を用いる場合、送信波は球面波に近いほど得られる空間分解能が向上する。また、超音波の送受信器(探触子)の素子が配列された面に垂直な方向に対して角度の大きい方向の観察が可能で、例えば2次元断面内の画像化においては円柱状の波面を形成することが好ましい。つまり超音波診断装置において、合成開口法を用いる場合、そのSN比の低下さえ問わなければ、最適な送信方法は1素子だけで送信する手法である。
【0009】
しかしながら、仮想波源を用いて送信を行う場合、複数素子を用いて送信するため、1素子で送信する場合と比較して理想的な球面波もしくは円柱状の波面を形成することが困難である。そのため、高いSN比の維持と合成開口法にとって最適な送信条件とを両立することには限界があった。
【0010】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、被検体情報取得装置で超音波を用いて変位を測定するために合成開口法を用いる際の精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の構成を採用する。すなわち、被検体に弾性波を送信し、該送信された弾性波の被検体での反射波を受信して該被検体の情報を取得する被検体情報取得装置であって、弾性波と電気信号とを変換可能な素子を少なくとも1方向に複数配列して備える送受信器と、前記素子に電気信号を入力し、前記素子から前記被検体に弾性波を送信させる素子制御手段と、前記素子が受信する前記送信された弾性波の前記被検体での反射波を検出する検出手段と、を有し、前記素子制御手段が前記素子に入力する電気信号は、前記複数の素子間において符号化された符号化パルス信号であり、前記検出手段は、前記反射波を復号化するとともに、複数の素子が配列された前記1方向における2箇所を焦点とした双曲線に沿った方向と該2箇所を焦点とする楕円に沿った方向とを軸とし、該両軸の交点箇所または該交点に対応する箇所について前記復号化された反射波を合成する合成開口処理を異なる時点において行い、該異なる時点での合成開口処理結果に基づき、前記被検体の少なくとも2方向における変位を取得することを特徴とする被検体情報取得装置である。
【0012】
本発明はまた、以下の構成を採用する。すなわち、被検体に弾性波を送信し、該送信された弾性波の被検体での反射波を受信して該被検体の情報を取得する被検体情報取得装置であって、弾性波と電気信号とを変換可能な素子を複数配列して備える送受信器と、前記素子に電気信号を入力し、前記素子から前記被検体に弾性波を送信させる素子制御手段と、前記素子が受信する前記送信された弾性波の前記被検体での反射波を検出する検出手段と、を有し、前記素子制御手段が前記素子に入力する電気信号は、前記複数の素子間において符号化された符号化パルス信号であり、前記検出手段は、前記反射波を復号化するとともに、前記復号された反射波を合成する合成開口処理を異なる時点において行い、該異なる時点での合成開口処理結果に基づき、前記被検体の少なくとも2方向における変位を取得することを特徴とする被検体情報取得装置である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、被検体情報取得装置で超音波を用いて変位を測定するために合成開口法を用いる際の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】被検体情報取得装置のシステム概要を示す図。
【図2】符号列信号を生成する処理を示すフローチャート。
【図3】符号列信号による素子の動作を示す図。
【図4】受信した信号に対する処理を示すフローチャート。
【図5】双曲線と楕円を用いた変調を示す図。
【図6】複数の素子に符号列信号を適用した様子を示す図。
【図7】変位算出の結果の例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に図面を参照しつつ、本発明の好適な実施の形態を説明する。ただし、以下に記載されている構成部品の寸法、材質、形状及びそれらの相対配置などは、発明が適用される装置の構成や各種条件により適宜変更されるべきものであり、この発明の範囲を以下の記載に限定する趣旨のものではない。
【0016】
以下の記載においては、本発明の被検体情報取得装置の例として、超音波診断装置について説明する。本発明の超音波診断装置は、被検体に超音波を送信し、被検体内部で反射した超音波(エコー波)を受信して、被検体情報を画像データとして取得する超音波エコー技術を利用した装置である。被検体としては例えば、人や動物等の生体の一部や、生体を模した材料を使用できる。取得される被検体情報は、被検体内部の組織の音響インピーダンスの違いを反映した情報である。本発明でいう超音波とは、一種の弾性波であり、音
波、超音波、音響波などとも呼ばれる。
【0017】
<実施例1>
図1は本発明による被検体情報取得装置のシステム概要を示す図である。本図を用いて本発明の装置の信号の流れと各ブロックの役割を述べ、その後、それぞれの処理について詳細に述べる。
【0018】
(システム概要と信号の流れ)
システム制御部001からの制御信号に従って、符号制御ブロック002は符号列信号を発生させて送信回路系005へ入力する。送信回路系005では入力された符号列信号に従って電圧波形を持つ電気信号を生成する。この電圧波形は複数の超音波変換素子003によって超音波(弾性波)に変換され、探触子(送受信器)004から被検体000内部へと送信される。超音波送信の場面において、システム制御部は、本発明の素子制御手段に相当する。
【0019】
被検体000内部で反射された超音波(反射波)は、複数の超音波変換素子003によって検出され、複数の電圧信号(電気信号)に変換され、受信信号として受信回路系006に入力される。なお、超音波変換素子は、超音波(弾性波)と電気信号を変換可能であればどのようなものでも良い。アポダイゼーション処理を行うために、本発明における超音波の送受信器として、かかる超音波変換素子が少なくとも1方向に複数配列されたものを用いる。
受信回路系006では複数の電圧信号を増幅し、複数のデジタル信号に変換する。受信回路系006から出力されたデジタル信号は復号合成ブロック007に入力される。
【0020】
復号合成ブロック007では、入力された複数のデジタル信号と、符号制御ブロック002から入力された符号列信号に関する情報と、システム制御部から入力された位置情報と変調情報とを用いて復号処理及び合成開口処理を行う。後述する通常アポダイゼーションの結果を第一の合成開口信号として画像生成ブロック008へ、変調アポダイゼーションの結果を第二の合成開口信号として変位算出ブロック009へと出力する。
【0021】
画像生成ブロック008では入力された第一の合成開口信号を元に包絡線を算出し包絡線データとして画像処理ブロック010へと出力する。なお、画像生成ブロック008では、入力された第一の合成開口信号に対してバンドパスフィルタをかけるなどの各種処理を必要に応じて行ってもよい。
【0022】
変位算出ブロック009では異なる時点で取得された受信信号を用いて算出された複数の第二の合成開口信号を用いて変位を算出し、変位情報データとして画像処理ブロック010へと出力する。復号合成ブロックと変位算出ブロックが、本発明における検出手段に相当する。
【0023】
画像処理ブロック010では入力された包絡線データに対して強度調整や各種フィルタ処理を行い、組織の音響インピーダンスの違いを反映した分布情報として、インピーダンス輝度データ(いわゆるB−mode像)を画像表示系011に出力する。さらに画像処理ブロック010は入力された変位情報データを用いて、変位情報輝度データとして画像表示系011に出力する。
【0024】
画像表示系011は入力された変位情報輝度データならびにインピーダンス輝度データを、システム制御部001からの指示に従い表示する。表示方法は、変位情報輝度データ及びインピーダンス輝度データを重畳して表示しても良いし、並べて表示してもよい。もちろん、夫々の輝度データのみを表示してもよい。表示モードは、システム制御部001
からの指示によって変更可能である。
【0025】
なお変位算出ブロック009は変位を算出するだけでなく、さらにその変位を用いて歪み分布を算出することも可能であり、その歪み分布を歪み情報データとして画像処理ブロック010へ出力、さらに画像表示系011において表示してもよい。
以上が、本発明による被検体情報取得装置の基本的な構成ならびに信号の流れである。
【0026】
(符号列信号により制御された超音波送信)
次に符号制御ブロック002ならびに送信回路系005の動作について述べる。
符号制御ブロック002では送信に用いる素子数に適した符号列信号を生成する。図2のフローチャートを用いて符号列信号の生成について説明する。
【0027】
まず、Golay符号の組{a(i)}、{b(i)}(i=1,・・・,2)を準備する(ステップS201)。ここでGolay符号の組はそれぞれの符号列a(i)、b(i)の自己相関数Aj、Bjが以下の式(1)、式(2)を満たす符号列の組であり、2は符号列の長さを示す。
【数1】

【0028】
次に、さらにこれらの符号列に直交するGolay符号の組を、式(3)のように生成する。(ステップS202)これは、式(4)で表される要素の組み合わせである。
【数2】

【0029】
ここで、互いに直交なGolay符号から構成される、式(5)のような行列Gを作成する。(ステップS203)
【数3】

【0030】
必要な符号の組み合わせ数になるように、Hadamard行列とのクロネッカー積を求め、式(6)のように符号列信号Gを生成する。(ステップS204)
【数4】

【0031】
なお、Hadamard行列は以下の式(7)、式(8)によって算出できる。
【数5】

【0032】
例として4つの素子に対し符号列信号を用いてどのように動作するかについて、図3を用いて説明する。図中には、各素子に入力される信号の電圧波形が模式的に示されている。
符号制御ブロック002は先述した手法によって式(9)のような符号列信号(ここではG)を生成する。Gは、N=0のときの符号列信号である。符号列信号は、本発明の符号化パルス信号に相当する。
【数6】

【0033】
符号制御ブロック002から送信された符号列信号は送信回路系005に入力される。送信回路系005は、4つの素子301、素子302、素子303、素子304へ、符号列信号の各列に対応した電圧波形を送信する。
【0034】
まず、送信回路系005は、符号列信号の1列目に並んだ(1,1,1,1)を用いてそれぞれの素子に同位相(例えばこの位相を0度の位相とする)の電圧波形を送信する(図3(a))。
次に符号列信号の2列目に並んだ(1,−1,1,−1)に従って、素子301に位相0度、素子302に位相180度、素子303に位相0度、素子304に位相180度の電圧波形を送信する(図3(b))。
さらに符号列信号の3列目に並んだ(1,1,−1,−1)に従って、素子301に位相0度、素子302に位相0度、素子303に位相180度、素子304に位相180度の電圧波形を送信する(図3(c))。
最後に符号列信号の4列目に並んだ(1,−1,−1,1)に従って、素子301に位相0度、素子302に位相180度、素子303に位相180度、素子304に位相0度の電圧波形を送信する(図3(d))。
なお図中で黒い素子は位相180度の電圧波形を入力されていることを示している。それぞれの送信ごとに、被検体内部で超音波が反射して反射波が発生し、超音波変換素子003で受信されてアナログの電気信号(受信信号)に変換される。
【0035】
(受信信号の復号処理)
次に受信回路系006ならびに復号合成ブロック007について述べる。
受信回路系006は、それぞれの送信ごとに複数の超音波変換素子003で受信された電圧信号を増幅し、複数のデジタル信号に変換する。受信回路系006から出力されたデジタル信号は復号合成ブロック007に入力される。
【0036】
図4を用いて復号合成ブロック007の動作について述べる。
復号合成ブロック007では入力された複数のデジタル信号をメモリに保存する(ステ
ップS401)。所定回数の送信が終了した時点で復号処理を行う(ステップS402)。
ここで復号化された式(10)の信号RTx,Rx(t)は、Tx番目の素子で送信しRx番目の素子で受信したデジタル信号である。このとき、gijは符号列信号の(i,j)要素、rij(t)はi番目の素子がj回目の送信時に受信したデジタル信号である。
【数7】

【0037】
ここで復号処理について、先述した4素子の送信を例として、より詳細に説明を行う。
符号列信号を用いて4回送信された超音波が被検体内部から反射して戻ってきた受信波形によるデジタル信号がrij(t)である。ここでiは受信した素子を表し(i=1が素子301、i=2が素子302、i=3が素子303、i=4が素子304)、jは何回目の送信に対する受信信号であるか(ここではj=1,2,3,4)を意味する。この複数のデジタル信号rij(t)に対して、符号列信号Gを用いて復号化を行う。
【0038】
例えば符号列信号の1行目に並んだ(1,1,1,1)を用いて1番目の素子(素子301)で送信し、1番目の素子(素子301)で受信した信号R1,1(t)は式(11)のように表される。
【数8】

【0039】
この時、2番目の素子(素子302)で送信され、被検体内部で反射して戻ってきた受信波形がどのようになっているのかを述べる。2番目の素子からの超音波は(1,−1,1,−1)に従って送信されている。先述した(1,1,1,1)を用いて復号化した場合、1×1+1×(−1)+1×1+1×(−1)=0となり、送信した超音波が復号化によって0となる。同様に3番目の素子から送信された超音波、4番目の素子から送信された超音波も復号化によって0となる。
つまり、上記のように符号列信号を用いて復号化を行うことで、1番目の素子から送信した超音波の反射波だけを抽出することが出来る。
【0040】
ここまでの処理の結果をまとめる。符号列信号に従って4つの素子から同時に超音波を送信し、その受信波形を復号化することで、それぞれの素子から送信した超音波の反射波だけを抽出している。これは複数の素子間において符号化された信号を用いることで、反射波を受信後に分離していることになる。復号化した結果、それぞれの素子から送信し、全ての素子で受信した信号(この例では16種類)を個別に得ることが出来る。さらに復号化したことによって、4回送受信を繰り返したのと同じSN比を実現している。言い換えれば、1素子ずつの送信を実施した場合には、同等のSN比を全ての素子について得るために合計16回の送信を行う必要があるところ、本発明では4回の送信で実現している。
したがって本発明によれば、合成開口法に適した1素子ずつの送信を実施した場合と同等の信号を、同じ送信回数で、よりSN比を高く得ることができる。
【0041】
なお、ここではN=0の符号列信号を例にして説明したが、Nは正の整数のいずれでも良く、その場合はさらにSN比向上の効果が得られる。
【0042】
(合成開口処理)
さらに復号合成ブロック007の動作について説明を続ける。
復号化によって得られた復号化された信号RTx,Rx(t)を用いて、合成開口処理を行う(ステップS403)。合成開口処理においては、共通する2箇所を焦点とする双曲線群および楕円群の交点をサンプリング点とする。言い換えると、超音波変換素子が配列された1方向における2箇所を焦点とする双曲線に沿った方向と、同じ焦点を持つ楕円に沿った方向とに両軸を取り、その両軸の交点箇所をサンプリング点とする。そして、それらの交点箇所に送受信フォーカスをかけたデータを合成する。
【0043】
ここでの双曲線群は、2焦点からの超音波パルスの到達時間の差が実質的に同一となるように選ばれた曲線または直線の集合である。この双曲線群内の隣接する該曲線または直線間では、該2焦点からの超音波パルスの到達時間の差の値が、使用超音波波長のm分の1だけ異なる。楕円群は、該2焦点からの超音波パルスの到達時間の和が実質的に同一となるように選ばれた曲線の集合である。この楕円群内の隣接する曲線間では、該2焦点からの超音波パルスの到達時間の和の値が、使用超音波の波長のn分の1だけ異なる。なお、m、nはそれぞれ整数であり、後に述べる変位測定精度の向上のために4以上となることが好ましい。
【0044】
このようにして定められたサンプリング点は隣接するサンプリング点に対して、双曲線方向、楕円方向共に各々一定の位相差で配列されている。そのため、後に述べる変位測定の際に、位相間隔が揃ったデータとして扱うことが可能で、計算手順が簡略化できる。
このような等間隔の位相差を有するサンプリング点の配置方法の一例を示す。
下式(12)は双曲線インデックスi、楕円インデックスj(i=0,±1,±2,・・・、j=1,2,3,・・・)に対する各点の座標xij,yijを示すものである。
【数9】

ここでcは音速、Tはサンプリング間隔、fはプローブの中心からアポダイゼーションのピーク(後述する)までの距離である。
【0045】
これにより得られる信号はx−y平面から楕円−双曲線平面に座標変換したものとなる。図5はその座標変化の概念を説明する図である。
図5(a)はアポダイゼーションのピークP1、P2から連続的に超音波を発生し、それらが干渉した際の様子を表している。このような干渉が起きているx−y平面において、先述した座標xij,yijのデータを取得し、双曲線インデックスiを横軸に、楕円インデックスjを縦軸にしてプロットすると、図5(b)のように位相間隔が揃ったデータが得られることが分かる。さらに、直交している2軸(横軸(双曲線インデックス軸)と縦軸(楕円インデックス軸))にそれぞれ独立に変調がかかっているため、各々の軸の波の成分に分離して変位推定を行うことで変位推定の処理規模を抑制することも可能である。
【0046】
この合成開口処理を行う際に、一般的な超音波装置で行われている通常アポダイゼーシ
ョンと、変位を測定するための変調アポダイゼーションの2種類のアポダイゼーションを用いる。ここでいうアポダイゼーションとは送信や受信の際に複数の素子に対して与える重みであり、通常アポダイゼーションとしては、ガウシアン、ハミング、ハニングなどを用いることが可能である。
【0047】
ここで変位を測定するための変調アポダイゼーションについて説明する。
複数の素子で超音波を送信する際には、送信に用いた複数の素子に与えた重み(アポダイゼーション)のフーリエ変換が、焦点付近における超音波送受信方向に対して垂直な方向の音圧分布となる。逆に、焦点付近で超音波送受信方向に対して垂直な方向に正弦波状の変調を生じさせたいときは、その変調の逆フーリエ変換のアポダイゼーションを与えれば良い。
【0048】
例えば、送信時にはw(x)、受信時にはw(x)の変調アポダイゼーションを用いることで変調が可能である。それぞれ式(13)、式(14)で表す。
【数10】

ここで、x=yλf、σ=(yλ√2)/σ、yは焦点を形成する深さ、λは超音波の波長、fは焦点付近での変調の周波数、σは焦点付近で変調された正弦波のガウス包絡線のFWHM(半値幅)である。
【0049】
なお、変調アポダイゼーションのかけ方はこれに限らない。例えば、送受信の内いずれか一方で用いる複数の素子によって形成される開口の中に2箇所の副開口を仮想的に形成し、それらの副開口から可干渉性を有する超音波を送信もしくは受信処理しても、同様に変調を生じさせることが可能である。言い換えれば2つのピークを有する重みを用いることで、変調アポダイゼーションが可能となる。
【0050】
通常アポダイゼーション(ステップS404)によって得られた信号は第一の合成開口信号として画像生成ブロック008へ(ステップS405)出力される。変調アポダイゼーション(ステップS406)で得られた信号は第二の合成開口信号として変位算出ブロック009へ(ステップS407)と出力される。
なお、通常アポダイゼーションを用いて合成開口する場合は、共通する2焦点を有する双曲線群、楕円群の交点をサンプリング点とせず、プローブ開口から直線的に進む直線上にサンプリング点を設定しても良い。
【0051】
(変位の算出)
次に変位算出ブロック009での動作について述べる。
変位算出ブロック009には、異なる時点で取得された受信信号を用いて算出された合成開口処理結果である、複数の第二の合成開口信号が入力される。
【0052】
ここでは複数の第二の合成開口信号、すなわち異なる時点での合成開口処理結果間から変位を算出する方法を説明する。
例として双曲線インデックス軸と楕円インデックス軸とにそれぞれ独立にIQ信号を求め変位を算出する方法に関して述べる。
双曲線インデックス軸上の位置をu、楕円インデックス軸上の位置をvとした時、入力された第二の合成開口信号は以下の式(15)のようにモデル化出来る。
【数11】

Aは第二の合成開口信号の包絡線、f、fはそれぞれ双曲線インデックス軸、楕円インデックス軸方向の変調周波数、φ、φはそれぞれ双曲線インデックス軸、楕円インデックス軸方向の位相を表す。
【0053】
ここで、双曲線インデックス軸方向の波のIQ信号I(u,v)、Q(u,v)、楕円インデックス軸方向の波のIQ信号I(u,v)、Q(u,v)は、以下の式(16)〜式(19)で算出できる。
【数12】

【0054】
ここで、II(u,v),IQ(u,v),QI(u,v),QQ(u,v)は、以下の式(20)〜式(23)で表される。
【数13】

LPFはカットオフ周波数をfおよびfとするローパスフィルタを意味する。
【0055】
このとき包絡線A(u,v)と双曲線インデックス軸方向の位相φ、楕円インデックス軸方向の位相φは以下の式(24)〜式(26)で求められる。
【数14】

【0056】
異なるタイミングで得られた第二の合成開口信号それぞれの位相をφu1、φu2、φv1、φv2とする。このとき、双曲線インデックス軸方向の変位δ、楕円インデックス軸方向の変位δという2方向での変位は、以下の式(27)、式(28)で算出できる。
【数15】

ここでλ、λはそれぞれ双曲線インデックス軸方向、楕円インデックス軸方向での波長である。
【0057】
このようにして必要な観察範囲内の変位分布を算出可能である。このように第二の合成開口信号のIQデータを用いて変位を算出できるのは、サンプリングされた点が双曲線方向、楕円方向共に各々一定の位相差で配列されている効果であり、計算規模の低減に寄与する。また、符号列信号を用いたSN比の高い信号に対して変位算出処理を行うため、より高い変位推定精度を実現することが出来る。
【0058】
(変位算出の変形例1)
上記の例では、双曲線インデックス軸方向、楕円インデックス軸方向に分離したIQ信号を用いる手法について述べたが、複数の波形信号から位相情報や変位情報を抽出する手法を用いても構わない。
【0059】
例えば、以下のような手法でも変位を算出することが出来る。
異なる時間で取得した第二の合成開口信号の包絡線を求め、それらの包絡線の相互相関によって大まかな変位(δ’,δ’)を推定する。大まかな変位分を補正した後、さらに複素相関によって位相差(φ’,φ’)を算出する。さらに別途注目位置での瞬時周波数(f,f)を推定する。
【0060】
双曲線インデックス軸方向の変位δ、楕円インデックス軸方向の変位δは以下の式(29)、式(30)で算出できる。ここでcは音速である。
【数16】

【0061】
この手法では瞬時周波数を推定し、その推定結果を用いることにより、観察領域内の双曲線群や楕円群のずれによる周波数の変化に対しても安定して変位を求めることが可能である。さらにその瞬時周波数を推定することによって精度向上の効果も得られる。
なお、この手法では観測個所ごとに瞬時周波数を推定するため双曲線群と楕円群との交点でサンプルされた信号を用いなくとも、横方向の変位が測定可能である。その場合であっても、符号化送受信によるSN比向上の効果を得ることが可能である。
【0062】
(変位算出の変形例2)
また、さらに以下のような手法でも変位を算出することが出来る。
異なる時間で取得した第二の合成開口信号の包絡線を求め、それらの包絡線の相互相関によって大まかな変位(δ’,δ’)を推定する。大まかな変位を補正した第二の合成開口信号をそれぞれs(u,v)、s(u,v)として、任意のずれ量Δu、Δvを与えて複素相関の偏角R(Δu,Δv:u,v)を算出する。これを式(31)に示す。
【数17】

【0063】
この複素相関の偏角R(Δu,Δv:u,v)は、変位(δ’+Δu,δ’+Δv)が真の変位と一致した時に0になる。局所的には偏角が一次関数で変化すると近似して、偏角R(Δu,Δv:u,v)が0付近の値を取る複数の(Δu,Δv)で線形補間を行い、確からしい変位を算出する。
【0064】
この手法では変位そのものを推定するため、観察領域内の双曲線群や楕円群のずれによる周波数の変化に対しても安定して変位を求めることが可能であり、変位推定の精度向上の効果が期待できる。なお、この手法では観測個所ごとに変位そのものを推定するため、双曲線群と楕円群との交点でサンプルされた信号を用いなくとも、横方向の変位が測定可能であり、その場合であっても符号化送受信によるSN比向上の効果を得ることが可能である。
【0065】
(歪みの算出)
次にこの変位データ(δ,δ)を用いて歪み分布を求める手法について述べる。
変位データを楕円−双曲線平面からx−y平面に座標変換し、変位ベクトルとして算出する。この変位ベクトルをそれぞれx方向、y方向に微分することで歪み分布を算出することが出来る。なお、楕円−双曲線平面内での歪み分布を先に算出し、その後x−y平面に座標変換しても同様の結果が得られる。
【0066】
なお、歪み分布を算出する際には微分処理を実施するため空間周波数の高いノイズが発
生する可能性がある。このノイズを低減するために、画像処理ブロック010において、算出した歪み分布に対して空間的なローパスフィルタを適用するなどの視認性向上を目的とした処理を行っても良い。
【0067】
ここまでに述べたように、本発明によれば符号列信号を用いることで合成開口法に適した1素子毎の送信を実施した場合と同等の信号を、よりSN比を高く得ることができる。さらに、そのSN比の高い信号を用いて変位推定するため、より変位推定精度の高い被検体情報処理装置を得ることが出来る。
【0068】
図7(a)は本発明を用いて推定した歪み分布を示す図である。寒天内に周辺よりも硬さの硬い直径9mmの内包物(図中点線で囲まれた領域)を設置し、図示しない探触子(図面上側に接触している)に対して垂直な方向(図面右方向)から0.5%程度の圧縮を加える。圧縮を加える前後での変位を本発明によって算出し、横方向の歪み分布を算出する。図7(a)はこの歪み分布をグレイスケールによって示している。
【0069】
図7(b)は図7(a)中の2箇所(2直線上。y=29.5mm、38.0mm)における横方向の歪み分布をプロットしたものである。y=29.5mmと記された直線上の横方向の歪み分布は実線で、y=38.0mmと記された直線上の横方向の歪み分布は点線で示している。点線で示したy=38.0mmの直線上における横方向の歪み分布はほぼ−0.5%で一定しており、横方向から0.5%程度で圧縮されている状態を計測出来ている。また、実線で示したy=29.5mmの直線上における横方向の歪み分布においては、中央付近に歪みの小さい領域(−0.2%程度)が存在しており、内包物が周辺の寒天よりも硬いことが計測出来ていることが分かる。
【0070】
<実施例2>
符号列信号に対して位相を変化させた電圧波形を出力する際には、必ずしも一つの符号に対して電圧波形は1波長分である必要はない。すなわち、位相を変化させた電圧波形が、複数の波長分の長さを有していても良い。
【0071】
このように複数の波長分の長さを有している電圧波形を用いた場合、1波長分の電圧波形を用いた場合に比べて、さらにSN比の向上ならびに変位推定の精度向上の効果が得られる。
なお、電圧波形の長さが長くなるに従って、変位推定の空間分解能が低下するため、先述した空間的なローパスフィルタによって決定される空間分解能以下もしくは同等程度までに電圧波形の長さを抑えることが望ましい。
【0072】
<実施例3>
符号列信号のそれぞれの値を1素子ずつに適用するのではなく複数の素子に対して適用することも可能である。
【0073】
図6を用いて符号列信号のそれぞれの値を複数の素子に対して適用した例を示す。符号列信号は先述した例と同様のものを用いる。
このとき、送受信器の素子は図示したようにグループ化されている。素子601から素子603は素子グループA(621)、素子604から素子606は素子グループB(622)、素子607から素子609は素子グループC(623)、素子610から素子612は素子グループD(624)である。
【0074】
符号制御ブロック002から送信された符号列信号は送信回路系005に入力される。送信回路系005では12個の素子601から素子612へ電圧波形の送信を行う。
まず、符号列信号の1列目に並んだ(1,1,1,1)を用いて、素子グループA、素
子グループB、素子グループC、素子グループDに同位相(例えばこの位相を0度の位相とする)の電圧波形を送信する。
次に符号列信号の2列目に並んだ(1,−1,1,−1)に従って、素子グループAに位相0度、素子グループBに位相180度、素子グループCに位相0度、素子グループDに位相180度の電圧波形を送信する。
【0075】
このように、符号列信号のそれぞれの値を複数の素子(ここでは3素子)ごとに適用し、超音波を被検体に送信する。さらに被検体内部で反射された超音波を受信し、復号化を行う。復号化した結果は先述した1素子毎の送信を行った場合と同等の信号とは異なり、素子グループA、素子グループB、素子グループC、素子グループDでそれぞれ送信した信号が分離される。
これらの復号化された信号を用いて合成開口処理を行うステップ以降は先述した内容と同等のため説明を省略する。
【0076】
このように複数の素子に対して同じ符号列信号を用いて送信を行うことで、送受信に用いる素子数よりも送受信回数を減らすことが可能であり、より高速にデータを取得することが出来る。そのため、より変化の早い変位や歪みを安定に精度良く測定することが可能になる。
【0077】
なお、符号列信号のそれぞれの値が適用された複数の素子(例えば素子グループA)は、仮想的に波源を送受信器(探触子)の内部や被検体内に設定することで、より球面波もしくは円柱状の波面を形成することが可能である。これにより、複数の素子を同時に送信する場合と比較してさらに合成開口による空間分解能を向上させ、変位測定の精度を向上させることが可能である。
【0078】
なお、上記実施形態1で説明した、変位計測の変形例1、2においては、上記の通り、変位計測の測定誤差を抑える、信号レベルを向上させるという点でより好ましい例である。ただし、これらの例において、計測の測定誤差を抑えるという点においては、必ずしも符号化パルスを用いなくても良い。つまり、送信パルスが符号化されたパルスではない場合においても、変位計測の測定誤差を抑えるという効果を奏するものである。
【符号の説明】
【0079】
001:システム制御部,002:符号制御ブロック,003:超音波変換素子,007:復号合成ブロック,008:画像生成ブロック,009:変位算出ブロック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体に弾性波を送信し、該送信された弾性波の被検体での反射波を受信して該被検体の情報を取得する被検体情報取得装置であって、
弾性波と電気信号とを変換可能な素子を少なくとも1方向に複数配列して備える送受信器と、
前記素子に電気信号を入力し、前記素子から前記被検体に弾性波を送信させる素子制御手段と、
前記素子が受信する前記送信された弾性波の前記被検体での反射波を検出する検出手段と、を有し、
前記素子制御手段が前記素子に入力する電気信号は、前記複数の素子間において符号化された符号化パルス信号であり、
前記検出手段は、前記反射波を復号化するとともに、複数の素子が配列された前記1方向における2箇所を焦点とした双曲線に沿った方向と該2箇所を焦点とする楕円に沿った方向とを軸とし、該両軸の交点箇所または該交点に対応する箇所について前記復号化された反射波を合成する合成開口処理を異なる時点において行い、該異なる時点での合成開口処理結果に基づき、前記被検体の少なくとも2方向における変位を取得する
ことを特徴とする被検体情報取得装置。
【請求項2】
前記変位の取得が、前記交点箇所または交点に対応した箇所における前記合成開口処理結果の瞬時周波数の推定結果に基づいて行われる
ことを特徴とする請求項1に記載の被検体情報取得装置。
【請求項3】
前記変位の取得が、前記交点箇所または交点に対応した箇所における前記異なる時点での合成開口処理結果間の複素相関の偏角に基づいて行われる
ことを特徴とする請求項1に記載の被検体情報取得装置。
【請求項4】
前記符号化パルス信号が、複数の素子毎に符号化されている
ことを特徴とする請求項1に記載の被検体情報取得装置。
【請求項5】
被検体に弾性波を送信し、該送信された弾性波の被検体での反射波を受信して該被検体の情報を取得する被検体情報取得装置であって、
弾性波と電気信号とを変換可能な素子を複数配列して備える送受信器と、
前記素子に電気信号を入力し、前記素子から前記被検体に弾性波を送信させる素子制御手段と、
前記素子が受信する前記送信された弾性波の前記被検体での反射波を検出する検出手段と、を有し、
前記素子制御手段が前記素子に入力する電気信号は、前記複数の素子間において符号化された符号化パルス信号であり、
前記検出手段は、前記反射波を復号化するとともに、前記復号された反射波を合成する合成開口処理を異なる時点において行い、該異なる時点での合成開口処理結果に基づき、前記被検体の少なくとも2方向における変位を取得する
ことを特徴とする被検体情報取得装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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