説明

複合プレキャスト床版および床版補修工法

【課題】長期にわたって耐久性を発揮するプレキャスト床版、およびそれを用いた効率的な床版補修工法を提供する。
【解決手段】γC2Sを含有するセメント硬化体を炭酸化処理してなる炭酸化セメント系部材と、炭酸化処理されていないコンクリート部材とを接合したスラブからなり、当該スラブの少なくとも一方の広面が前記炭酸化セメント系部材の表面で構成される複合プレキャスト床版。
コンクリート構造物床版の上面劣化箇所を含む部分をはつり、前記はつり取った部分に替えて上記複合プレキャスト床版をその炭酸化セメント系部材が上表面になるように設置する床版の補修工法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、桟橋、道路橋床版、鉄道橋床版をはじめとするコンクリート床版の構成部材に適したプレキャスト床版、およびそれを用いた床版の補修工法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コンクリート床版の補修工法としては、表面被覆工法、断面修復工法などがある。また、特に劣化が著しい場合には既設床版を撤去して新たな床版を構築する場合もある。
【0003】
表面被覆工法では、表面被覆層が紫外線によって劣化したり水蒸気の上昇によって剥離、膨れなどを起こしたりする問題がある。また、一般に表面が滑りやすくなるという欠点もある。
断面修復工法では、養生日数を必要とするため当該コンクリート構造物を供用しながらの補修ができない。また、無収縮モルタルなどの補修材料のコストが高くつくという問題がある。
既設床版を撤去し新たな床版を構築する方法では、床版の撤去に多大なコストを要し、また、いわゆる「現場打ち」でコンクリートを打設する場合には養生日数を必要とするので当該コンクリート構造物を供用しながらの補修は困難である。さらに、海上大気中にある桟橋や高所にある橋脚などでは、足場の設置に大きなコストがかかることや、作業空間の制約されることなど、施工性の面で問題が多い。
【0004】
そこで、プレキャストコンクリートからなる床版(以下「プレキャスト床版」という)を用いて新たな床版を構築する工法が採られることもある(特許文献1、2)。この場合、上記の各問題点に比較的対処しやすい。
【0005】
【特許文献1】特開平6−146220号公報
【特許文献2】特開平7−268808号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、床版の劣化した箇所に新たな床版を単に構築しても、以前と同じ原因で経時劣化が進み、同様の補修を繰り返す必要に迫られる。このことはプレキャスト床版を用いる工法においても同じである。度重なる補修は交通遮断等による社会的損失を招き、好ましくない。したがって、補修後の床版には、当該床版が曝される環境に長期間耐えうる耐久性を付与することが望まれる。特に、塩分に曝される桟橋や凍結防止剤が散布される道路では塩害に対する耐久性を付与することが重要である。融雪剤を用いる寒冷地では凍結融解に対する耐久性も必要になる。また、風雨に曝される多くの床版では酸性雨による劣化も考慮する必要がある。
【0007】
本発明は、特に塩分や酸に対して優れた耐久性を発揮しうるプレキャスト床版を提供するとともに、それを用いた効率的な補修工法を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは詳細な研究の結果、前記目的は、強制的に炭酸化処理した高耐久部材を一部にもつ複合プレキャスト床版によって効果的に達成できることを見出した。
【0009】
すなわち本発明では、γC2Sを含有するセメント硬化体を炭酸化処理してなる炭酸化セメント系部材と、炭酸化処理されていないコンクリート部材とを接合したスラブからなり、当該スラブの少なくとも一方の広面が前記炭酸化セメント系部材の表面で構成される複合プレキャスト床版が提供される。ここで、セメント系部材にはモルタルおよびコンクリートが含まれる。広面とは、スラブの厚さ方向に垂直な表面である。
【0010】
特に、セメント100質量部に対しγC2Sを8〜70質量部含む混練物のセメント硬化体を炭酸化処理してなる炭酸化セメント系部材を上層にもち、炭酸化処理されていない鉄筋コンクリートまたは繊維補強コンクリートの部材を下層にもつ2層構造のスラブからなり、前記上層の部材と下層の部材は凹凸面で接するとともにせん断キーを介して継手で接合されている複合プレキャスト床版が好適な対象となる。
【0011】
また、床版の補修工法として、既設コンクリート構造物床版の上面劣化箇所を含む部分をはつり、前記はつり取った部分に替えて上記の複合プレキャスト床版を設置する工法が提供される。ただし、複合プレキャスト床版を設置するに際して、その炭酸化セメント系部材の表面が上面側になるように設置することが肝要である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るプレキャスト床版は、γC2Sと二酸化炭素との反応を利用して緻密化させた炭酸化セメント系部材を有するので、その炭酸化セメント系部材の表面においてはCa分の溶出が顕著に抑制され、塩分や酸、さらにはスケーリング、凍結融解に対して優れた耐久性を発揮する。他方、一般的な鉄筋コンクリートや繊維補強コンクリートからなる部材を有するので、プレキャスト床版に必要な強度特性が確保される。しかも、その鉄筋コンクリート等からなる部材は炭酸化処理されていないので、炭酸化処理によるコンクリートの中性化によって内部の鉄筋が腐食される心配がない。したがって本発明の複合プレキャスト床版は、炭酸化セメント系部材を上面に配置することで長期にわたって塩分や酸などに対する優れた耐久性とプレキャスト床版に必要な強度特性とが維持され、床版材料として極めて好適である。
【0013】
このプレキャスト床版を新たな床版に用いる本発明の補修工法によれば、現場打ちの工法に比べ、作業性が向上し、足場を作るためのコストも軽減される。
また、このプレキャスト床版を新たに敷設した後は、早期にその床版上での作業が可能になるため、当該コンクリート構造物を供用しながらの補修が容易であり、交通遮断等のデメリットを最小限にとどめることができる。
【0014】
さらに、現場打ちの工法においては床版のコンクリートに炭酸化処理を施すことは多大なコストを要し、現実的には採用し難い。したがって、予め必要部位を炭酸化したプレキャスト床版を用いる本発明の補修工法は、現場打ちの工法では得られない優れた耐久性を実現するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
通常のセメントには、エーライト:3CaO・SiO2(組成式C3S)、ビーライト:2CaO・SiO2(組成式C2S)、アルミネート:3CaO・Al23(組成式C3A)、フェライト:4CaO・Al23・Fe23(組成式C4AF)等のセメント鉱物が含まれている。このうちビーライトは、ポルトランドセメントの主要鉱物成分の1つであり、水和熱や乾燥収縮を減少させ、また化学抵抗性を増大させる機能を有すると考えられている。
【0016】
ビーライトはCaOとSiO2を主成分とするダイカルシウムシリケートの1種であり、α型、α'型、β型およびγ型が存在し、それぞれ結晶構造や密度が異なる。このうちα型、α'型、β型は水と反応して水硬性を示す。ところがγ型は、水硬性を示さず、且つ二酸化炭素と反応するという特性を有する。本出願ではこのγ型のビーライトを「γC2S」と表記している。
【0017】
ポルトランドセメントをはじめとする通常のセメントには、γC2Sは基本的に含まれていない。なお、γC2Sには2CaO・SiO2の他、Al23、Fe23、MgO、Na2O、K2O、TiO2、MnO、ZnO、CuO等の酸化物が不純物として固溶している場合があるが、このような鉱物を固溶したγC2Sも本発明でいうγC2Sに含まれる。
【0018】
発明者らは種々検討の結果、γC2Sの含有量を増大させたセメント混練物を作ってこれを硬化させたとき、その硬化体は、炭酸ガス等による強制炭酸化処理によって表層部を顕著に緻密化できることを知見した。そして、その緻密化した表層部はCaの溶出抵抗が非常に高く、塩化物や酸の遮蔽効果にも優れることがわかってきた。
【0019】
γC2Sを富化したセメント硬化体が炭酸ガス等で緻密化するメカニズムについては未解明な部分も多いが、以下のように考えられる。すなわち、通常のセメント硬化体が炭酸化(中性化)する場合には、セメントの水和反応によって生じたCa(OH)2が炭酸ガス等と反応してCaCO3になるのであるが、セメント硬化体中にγC2Sが多量に存在すると、γC2Sが水和反応せずに直接炭酸ガス等と反応して多量のCaCO3とSiO2を生成する。さらにセメントの水和反応で生じたCa(OH)2も炭酸ガス等と反応してCaCO3になる。このため、通常のセメント硬化体に比べ早期に多量の反応生成物が生じ、これがセメント硬化体内の空隙を埋めて緻密化すると推察される。
【0020】
このような緻密化の効果を十分に得るには、セメント100質量部に対して8〜70質量部好ましくは20〜50質量部のγC2Sを含むセメント混練物を硬化させ、その後、強制炭酸化養生を行うことが望ましい。これにより炭酸化領域の空隙率が減少し、Caの溶出が抑えられるとともに塩害、スケーリング、凍結融解に対する抵抗力が顕著に向上する。このことは、本出願人らによる特願2004−375549に開示されている。
【実施例】
【0021】
〔複合プレキャスト床版〕
図1に本発明の複合プレキャスト床版の断面構造を模式的に例示する。図1において、複合プレキャスト床版1は、予め強制炭酸化処理が施された炭酸化セメント系部材2と、強制炭酸化処理が施されていない鉄筋コンクリート部材4から構成されている。炭酸化セメント系部材2と鉄筋コンクリート部材4は界面5を挟んで接しており、接合部にはせん断キー6を設けてある。界面5は両部材の付着性を高め、水等の侵入を避けるために凹凸形状になっている。一般的な桟橋、道路橋、鉄道橋の床版に使用する場合、この複合プレキャスト床版1の形状は厚さが100〜250mm程度のスラブとすることができ、例えば長さ4000×幅2000×厚さ200(mm)のスラブとする。床版として敷設した際に床版背面への水等の侵入を防ぐため、このスラブにはアンカー設置等のための貫通した孔は設けていない。
【0022】
炭酸化セメント系部材2は、複合プレキャスト床版1の上面側を構成しており、塩分や酸に対する床版の耐久性向上を担っている。炭酸化セメント系部材2の厚さは、せん断キー6を設ける箇所の近傍でせん断キーの形状に合わせた厚さを確保する必要があるが、それ以外の場所では、平均厚さ10mm以上を確保することが望ましく、一般的には平均厚さ20〜50mm程度とすればよい。例えば板厚200mmのスラブにおいて、せん断キー6の周囲で厚さ83mmとし、それ以外の部分で平均厚さ30mmとする。
【0023】
この炭酸化セメント系部材2は、予め以下のような方法で製造する。まず、前述のようにセメント100質量部に対しγC2Sを8〜70質量%好ましくは20〜50質量%の範囲で含むセメント混練物を作る。γC2S以外の混和材としてフライアッシュやシリカフューム等が使用できる。具体的には例えば、低熱ポルトランドセメント、γC2S、フライアッシュおよびシリカフュームをそれぞれ45:35:20:5の質量割合で混合し、水粉体比30%、s/aが46%となるような混練物を得る。次いで、この混練物を用いて所定形状のコンクリート硬化体を作る。そして、1日水中養生を行った後、硬化体を例えば10体積%CO2、30℃、60%R.H.の雰囲気に7日間曝す炭酸化養生を行うことで強制炭酸化処理が施される。
【0024】
炭酸化セメント系部材2を製造した後、一般的な鉄筋コンクリートを炭酸化セメント系部材2の界面5となるほうの面上に打設し、鉄筋コンクリート部材4を構築する。鉄筋コンクリートに代えて繊維補強コンクリートを打設してもよい。炭酸化セメント系部材2と鉄筋コンクリート部材4の接合には、非腐食性を考慮して高強度なセラミックス継手を用いる。ただし用途によっては鋼製継手を使用しても構わない。接合部にはせん断キー6を設けることが望ましい。また、複合プレキャスト床版1には現場での設置作業を考慮して吊り具を設けておく。
このようにして、塩分等に対する優れた耐久性と床版に必要な強度特性とを兼ね備えた2層構造の複合プレキャスト床版が得られる。
【0025】
〔床版補修工法〕
上記の複合プレキャスト床版を用いた床版補修工法を例示する。
図2に本発明の床版補修工法を適用している道路橋を模式的に示す。この道路橋は、橋脚11、梁12、既設床版13を主体としたコンクリート構造物であり、図2に示される既設床版13は既に上面の劣化箇所を含む部分をはつり取ってある。そのはつり作業は、ツインヘッダー、ウオータージェット等により行うことができ、手ばつりを行ってもよい。はつり厚さは、既設床版の厚さ、上面の劣化状況、構造耐力などに応じて決定されるが、一般的には100〜200mm程度が最適となる。
【0026】
上面をはつり取った既設床版13上に不陸調整治具14を設置する。不陸調整治具14の設置位置は、橋脚11の上部位置と、必要に応じて梁12の上部位置とする。前記複合プレキャスト床版1をフォークリフトまたはクレーンなどを用いて不陸調整治具14上に並べて設置する。その際、炭酸化セメント系部材2が上面になるようにする。隣り合う複合プレキャスト床版1同士は鋼材等による連結は行わず、不陸調整治具14により水準を合わせて独立させたまま設置することが可能である。複合プレキャスト床版1同士を連結する場合は耐腐食性のセラミックス継手等を用いる。
【0027】
設置した複合プレキャスト床版1と既設床版13との隙間は、充填材で埋める。具体的には例えば複合プレキャスト床版1と既設床版13との間隔を30mmとし、この隙間を蒸気噴霧により湿潤させたのち、複合プレキャスト床版1同士の目地から水頭圧のみによって充填材を自己充填させる。充填材としては、収縮して空隙が生じることを防止するために、無機系無収縮モルタル、または高流動モルタルと膨張材を併用したものを使用する。複合プレキャスト床版1同士の目地は、目地材にて充填する。
充填材の硬化後には、敷設した複合プレキャスト床版1の上で次のプレキャスト床版の設置作業を実施することが可能である。
このようにして効率的に床版の補修が実施でき、その後長期にわたって優れた耐久性が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の複合プレキャスト床版の構造を模式的に示した断面図。
【図2】本発明の複合プレキャスト床版を用いた床版補修工法を適用している道路橋を模式的に示した側面図。
【符号の説明】
【0029】
1 複合プレキャスト床版
2 炭酸化セメント系部材
3 鉄筋
4 鉄筋コンクリート部材
5 界面
6 せん断キー
11 橋脚
12 梁
13 既設床版
14 不陸調整治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
γC2Sを含有するセメント硬化体を炭酸化処理してなる炭酸化セメント系部材と、炭酸化処理されていないコンクリート部材とを接合したスラブからなり、当該スラブの少なくとも一方の広面が前記炭酸化セメント系部材の表面で構成される複合プレキャスト床版。
【請求項2】
セメント100質量部に対しγC2Sを8〜70質量部含む混練物のセメント硬化体を炭酸化処理してなる炭酸化セメント系部材を上層にもち、炭酸化処理されていない鉄筋コンクリートまたは繊維補強コンクリートの部材を下層にもつ2層構造のスラブからなり、前記上層と下層は凹凸面で接するとともにせん断キーを介して継手で接合されている複合プレキャスト床版。
【請求項3】
コンクリート構造物床版の上面劣化箇所を含む部分をはつり、前記はつり取った部分に替えて請求項1または2に記載の複合プレキャスト床版をその炭酸化セメント系部材が上表面になるように設置する床版の補修工法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−348465(P2006−348465A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−171851(P2005−171851)
【出願日】平成17年6月13日(2005.6.13)
【出願人】(000001373)鹿島建設株式会社 (1,387)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【出願人】(000198307)石川島建材工業株式会社 (139)
【Fターム(参考)】