説明

複合材料、機能材料、複合材料の製造方法及び複合材料薄膜の製造方法

【課題】
汎用性の広い複合材料などを提供する。
【解決手段】
本発明の第1の側面は、陽イオン種、有機高分子及び陰イオン種を混合によって一体的に組み合わせることで形成され、アモルファス構造であることを特徴とする複合材料にある。
本構成によれば、有機高分子の様々な特質を生かしつつ汎用性の高い複合材料がシンプルな方法で得られる。
本発明の第2の側面は、カルシウムイオン、有機高分子及び陰イオン種を混合によって一体的に組み合わせることで形成され、アモルファス構造であることを特徴とする複合材料にある。
本構成によれば、安定した複合材料がシンプルな方法で得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合材料、機能材料、複合材料の製造方法及び複合材料薄膜の製造方法、特に、アモルファスに関する。
【背景技術】
【0002】
生物が無機物(鉱物)を主要成分とする貝殻や真珠・骨や歯を作り出すことをバイオミネラリゼーションという。バイオミネラルは、生物が、自分たちを守るため、あるいは堅い構造を維持するために、無機物と有機物を巧みにハイブリッド化・組織化させているところに特徴がある。このバイオミネラルの構造や機能は、材料科学者にとって大変に魅力的である。それは、(1)現在の科学技術をもってしてもバイオミネラルに見られるような精密・高機能のハイブリッド構造は容易に作れず、それが(2)カルシウム、リン、シリカなどのありふれた素材から、(3)常温常圧という省エネルギーの条件で作られているためである。この秘密は、結晶化を制御するタンパク質・ペプチド・多糖などの有機高分子にある。官能基を豊富に有するこれらの有機高分子が無機結晶の結晶化を制御すると同時に、無機結晶と一体化したハイブリッド構造となりその機能発現に貢献するという優れたプロセスがここでは働いている。
【0003】
一方、プラスチックやガラスは、その透明性と安定性を兼ね備えた材料として、光学材料をはじめとした幅広い分野において利用されている汎用性の高い人工の材料である。しかしながら、これらの材料の作製からリサイクルに至る一連のプロセスにおいて、高い操作温度や複雑な工程・設備を必要としている。上述のように、生物は炭酸カルシウムやリン酸カルシウムのような無機化合物と生体分子を用いて、常温・常圧付近で貝殻や骨などのバイオミネラルをつくっている。工業的に、このような自然界に豊富に存在する安価な資源を活用し、温和なプロセスからプラスチックやガラスの代替となりうる材料を作製できれば、地球にやさしい低コストである新素材を実現できる可能性がある。また、近年の環境問題で取り上げられる炭酸ガスを、炭酸塩として有効に活用することで炭酸ガス濃度の低減に貢献できる可能性も持ち合わせている。
【0004】
しかしながら、アモルファス炭酸カルシウムやリン酸カルシウムを長期に安定化させることなどの点で技術的な困難性があり、材料としての応用やプラスチックやガラスのように汎用性の高い材料を実現することは困難であった。例えば、クエン酸水溶液に生石灰を加えた石灰乳を調製し、この石灰乳に炭酸ガスを導通することによって、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体が析出することが発表されているが、この複合体は水中で所定の速度で崩壊する(特許文献1参照)。また、無機イオンや高分子の添加によりアモルファス炭酸カルシウムを作製する試みもいくつか報告はされているが、いずれも安定に存在させることや、材料としての応用を検討している例はこれまでに無い(非特許文献2参照)。
【0005】
【非特許文献1】バイオミネラリゼーションに倣いそれを超えるナノ・マイクロハイブリッド材料加藤隆史 化学と工業、60、516 (2007)
【非特許文献2】L. Addadi, S. Raz, S. Weiner, Adv. Mater. 2003, 15, 959-970
【特許文献1】特開2007-191453
【特許文献2】特開2001-314497
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述の背景技術に鑑みてなされたものであり、汎用性の広い複合材料などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明によれば、上述の目的を達成するために、特許請求の範囲に記載のとおりの構成を採用している。以下、この発明を詳細に説明する。
【0008】
本発明の第1の側面は、
陽イオン種、有機高分子及び陰イオン種を混合によって一体的に組み合わせることで形成され、
前記陽イオン種と前記陰イオン種とで形成される化合物はアモルファス構造であることを特徴とする複合材料
にある。
【0009】
本構成によれば、有機高分子の様々な特質を生かしつつ汎用性の高い複合材料がシンプルな方法で得られる。
【0010】
本発明の第2の側面は、
カルシウムイオン、有機高分子及び陰イオン種を混合によって一体的に組み合わせることで形成され、
アモルファス構造であることを特徴とする複合材料
にある。
【0011】
本構成によれば、安定した複合材料がシンプルな方法で得られる。
【0012】
本発明の第3の側面は、
炭酸カルシウムを包含することを特徴とする上述の複合材料
にある。
【0013】
本構成によれば、汎用性の高い複合材料を低コストで得ることが可能となる。
【0014】
本発明の第4の側面は、
リン酸カルシウムを包含することを特徴とする上述の複合材料
にある。
【0015】
本構成によれば、汎用性の高い複合材料を低コストで得ることが可能となる。
【0016】
本発明の第5の側面は、
前記有機高分子はポリアクリル酸であることを特徴とする上述の複合材料
にある。
【0017】
本構成によれば、可視領域においてほぼ透明な複合材料を得ることが可能となる。
【0018】
本発明の第6の側面は、
ゲストとなる材料をさらに包含する上述の複合材料
にある。
【0019】
本構成によれば、機能分子のモデルとして有機色素や貴金属コロイドなどのゲストを取り込むことでさらに高機能な複合材料を得ることができる。
【0020】
本発明の第7の側面は、
コロイドであることを特徴とする上述の複合材料
にある。
【0021】
本構成によれば、スピンコートなどによって薄膜を形成できる複合材料を得ることが可能となる。
【0022】
本発明の第8の側面は、
陽イオン種及び有機高分子を含む第1溶液と、陰イオン種を含む第2溶液とを混合し、アモルファス構造である複合材料を製造することを特徴とする複合材料の製造方法
にある。
【0023】
本構成によれば、有機高分子の様々な特質を生かしつつ汎用性の高い複合材料が簡易な方法で得られる。
【0024】
本発明の第9の側面は、
カルシウムイオン及び有機高分子を含む第1溶液と、炭酸イオンを含む第2溶液とを混合し、アモルファス構造である複合材料を製造することを特徴とする複合材料の製造方法
にある。
【0025】
本構成によれば、安定した複合材料がシンプルな方法で得られる。
【0026】
本発明の第10の側面は、
カルシウムイオン及び有機高分子を含む第1溶液と、リン酸イオンを含む第2溶液とを混合し、アモルファス構造である複合材料を製造することを特徴とする複合材料の製造方法
にある。
【0027】
本構成によれば、汎用性の高い複合材料を低コストで得ることが可能となる。
【0028】
本発明の第11の側面は、
カルシウムイオン及び有機高分子を含む第1溶液と、炭酸イオン又はリン酸イオンを含む第2溶液とを混合し、コロイド分散液を形成する工程と、
前記コロイド分散液を基板上に塗布し、アモルファス構造である複合材料を有する薄膜を形成する工程と
を備える複合材料薄膜の製造方法
にある。
【0029】
本構成によれば、汎用性の高い複合材料の薄膜をシンプルな方法で得ることが可能となる。
【0030】
なお、本明細書中では、複合材料とは、2つ以上の異なる材料物質を混合によって一体的に組み合わせたものをいう。高分子とは、多数の原子が結合してできる分子であり、例えば、平均分子量が1000以上、さらに好ましくは10000以上のものをいう。アモルファスとされるものには、X線や電子線などに対して明確な回折を示さない結晶構造を持たないものと結晶性の低いものを含む。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、汎用性の広い複合材料などが得られる。
【0032】
本発明のさらに他の目的、特徴又は利点は、後述する本発明の実施の形態や添付する図面に基づく詳細な説明によって明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0034】
[概要]
【0035】
図1は、バルク状態のアモルファス炭酸カルシウム/ポリアクリル酸ナノハイブリッド材料の写真である。図2は、ガラス基板上への薄膜コーティングしたアモルファス炭酸カルシウム/ポリアクリル酸(ACC(amorphous calcium carbonate)/PAA(poly(acrylic acid)))ナノハイブリッド材料の外観写真(a)とその薄膜断面を斜め上方より見た模式図(b)と操作型電子顕微鏡写真(c)である。
図に示すような、透明かつ安定なアモルファス炭酸カルシウム/ポリアクリル酸ハイブリッド材料が得られた。大気中に数ヶ月静置した後も透明性を維持しており、結晶への転移などの変化は起こらなかった。同様の構造体は、炭酸カルシウムをリン酸カルシウムとした場合にも作製が可能である。また、機能分子のモデルとして有機色素や貴金属コロイドなどをハイブリッド中に透明性を維持したまま均一に取り込むこと、基材への透明薄膜のコーティングが可能であることを見出した。
【0036】
[合成方法]
【0037】
図3は、合成方法の概要を示す図である。図に示すように、まず、0-100mMのPAAおよび100mMのカルシウムイオンを含む水溶液と、100mMの炭酸イオンを含む水溶液を別々に作製した。次に、これらの水溶液を等体積で混合し、数時間静置した後に沈殿生成物を遠心分離によって洗浄および回収した。回収した沈殿物を室温・大気圧下で乾燥させることで、透明のアモルファス状炭酸カルシウム/ポリアクリル酸複合体が得られた。これら一連の実験操作は、全て室温・大気圧下で行った。なお、この複合体は、ガラスに比べ、強度に優れ、軽量であり、材質は飴細工のような印象を与えるものであった。なお、この複合体は常温・常圧下で加工することができ、その加工性はガラスよりも優れていることも判明している。
【0038】
以下、合成方法の変形例などについて説明する。
【0039】
PAAの濃度範囲は、100mM以上であれば、複合体として有機成分が多く含まれ、200mMまでぐらいが適切でないかと考える。200mM以上の濃度とすると、プラスチックの物性に近づいてしまう可能性がある。
【0040】
PAA(平均分子量 2000、濃度はCH2C(COOH)Hのアクリル酸モノマー単位で換算して表記。)を主体として説明したが、PAAの代わりに、ポリグルタミン酸、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールでの実験も行った。その結果、透明な物質と思われるものが得られたのはPAAを使用した場合であった。
【0041】
また、PAAに対してさらにポリグルタミン酸、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコールを加えた場合、PAAに対してそれぞれ50モル%、20モル%以上100モル%以下、10モル%以上100 モル%以下となるように添加した場合にも、透明かつアモルファスな材料を保ったまま得られた。PAAの分子量を変化(2000から250000)させた場合やまたこれら分子量の異なるPAAを混合した場合にも、同様の透明・アモルファス複合体の固体が得られた。
【0042】
上述の手法では、カルシウムイオンとして塩化カルシウムを用いて合成したが、100mM程度の溶液ができる溶解度を持っていれば、CaXのXにあたる部分は他のものでも構わない。その例としては、リン酸を挙げることができる。80mM以上であれば同様の透明・アモルファス固体が得られるが、70 mMになると、固体ではなく白濁したコロイド分散液となる。このコロイドを利用することで薄膜材料が得られることになる。なお、70mM以下であっても、収量に変動があるとは言え50mM以上であればコロイドが得られることが判明している。
【0043】
また、上述の手法では、カルシウム(A+)と炭酸(X-)の組み合わせを採用したが、カルシウム以外にもバリウム・鉄・コバルトのように水に溶け、高分子が配位して相互作用しうる陽イオン種(A+)であれば、アルカリ・アルカリ土類・遷移金属イオンなどの他のものでも使用できると予想される。炭酸に関しても同様に、リン酸、硫酸、タングステン酸、モリブデン酸、水酸化物、硫化物イオンなど、やはり水に溶けるような陰イオン種(X-)であれば他のものでもよいと予想される。組み合わせ例としては、リン酸カルシウムのみであります。今後、硫酸カルシウム(セッコウ)、タングステン酸カルシウム(蛍光体)、シュウ酸カルシウム(バイオミネラル)、硫化亜鉛(蛍光体)、硫化カドミウム(蛍光体)、水酸化コバルト(電極材料)、リン酸鉄リチウム(電極材料)などを挙げることができる。生成物AXの溶解度が溶解度積で示されるような、難溶性塩であることが、アモルファス構造の複合体を誘導することに重要と考えている。組み合わせによっては、極めて有用な電極材料・光機能材料などの機能材料としても機能することも考えられる。例としては、リン酸鉄化合物の場合は電極、タングステン酸塩の場合は蛍光体を挙げることができる。
【0044】
炭酸イオンの濃度を上げても変化があまり無いかと思われる。ただし、濃度を下げることでポリマー/陽イオンの配位構造が多くなり、陰イオン種の含有量が少ない複合体になってしまうと考えられる。
【0045】
カルシウム/PAAの溶液に炭酸原料を直接溶解させても、同様の物質が得られることが予想できる。例えば、二酸化炭素ガスの導入などがその手法である。
【0046】
2つの水溶液の混合比を変化させた場合にも、PAAや炭酸イオンの濃度をそれぞれ変化させる場合と同様の結果になると考えられる。
【0047】
上述の手法における静置時間は、1時間以上2時間以下としていた。静置時間を変化させた場合には、0時間から2週間程度までは同様に透明・アモルファス固体が得られる。2週間以降静置した場合は、溶液中にさらされることで、一部結晶への転移がおこってしまい、アモルファスではなくなる場合があることが判明している。
【0048】
沈殿物の回収方法は、遠心分離でなくとも、沈殿物が回収できれば他の方法でもよい。
上述の手法では、反応時の操作環境は、室温・大気圧下であった。ただし、溶媒である水に変化が無ければ、60 ℃程度であれば最初から結晶が析出してしまう可能性もあるが、10℃以上90℃以下程度の範囲内で同様の構造が得られると考えられる。
【0049】
乾燥は、真空乾燥によって行うと、生成物がやや白濁する。なるべく急激に水を飛ばすことなく、大気圧下の穏やかな環境で行うことが望ましい。
【0050】
また、凍結乾燥を行うと、多孔質状の白色粉末が得られることがわかっている。
【0051】
[評価方法]
【0052】
得られた生成物の形状は、光学顕微鏡・電解放出型走査型電子顕微鏡(FESEM)、アモルファス状態の解析は、粉末X線回折(XRD)、赤外線吸収スペクトル(FT-IR)、ラマン分光、熱重量・示差熱分析(TG-DTA)から行った。また、色素などの機能分子の導入及びその特性は、紫外可視吸収および透過率スペクトル(UV/Vis)、蛍光スペクトルによって解析を行った。
【0053】
なお、通常結晶であるかアモルファスであるか結晶性を評価するためにはXRDを用いるが、炭酸カルシウムに関しては、先行研究より、FT-IRやラマン分光を用いてもその結晶構造に関する解析が可能であることが報告されている。
【0054】
表1は、炭酸カルシウムの結晶性とFT-IRスペクトルのピークとの関係を示す表である。
【0055】
【表1】

【0056】
[バルク状アモルファスナノ複合体の構造]
【0057】
図4(a)は、マクロな外観の写真である。図に示すように、破片は、薄い直方体板状のものが多いが、特に決まった形を持つわけではない。図4(b)は光学顕微鏡写真である。また、図4(c)は、偏光顕微鏡写真である。偏光顕微鏡写真が暗視野になることから結晶ではないことが示唆される。図4(d)は、バルク状の複合体の紫外・可視光の透過率スペクトルである。バルク状複合体を石英ガラスに塗布して測定、紫外・可視領域で光の散乱による透過率の低下はあるものの、特徴的な吸収ピークは存在しない。図4(e)は、XRDスペクトルである。図に示すとおり、ピークが存在しないことから結晶ではないことがわかる。図4(f)は、FT-IRスペクトルである。下記の非特許文献よりアモルファス炭酸カルシウム(ACC)に特有なスペクトルを示していることがわかる(矢印A〜C)。
【0058】
【非特許文献3】Y. Politi, T. Arad, E. Klein, S. Weiner, L. Addadi, Science 2004, 306, 1161-1164
【0059】
図4(g)は、ラマンスペクトルである。FT-IRの場合と同様に、ACCに特有なスペクトルを示している。図4(h)は、熱重量・示差熱分析のチャートである。温度上昇に伴う重量減少(左軸)より、CaCO3、ポリアクリル酸(PAA)、水の割合を見積もることができ、CaCO3:PAA:water=57:25:18(重量比)、=30:18:52(モル比)となる。
【0060】
[バルク状アモルファスナノ複合体のかたち]
【0061】
図5(a)及び図5(b)は、走査型電子顕微鏡の写真である。マイクロメートルおよびサブマイクロメートルスケールにおいて平滑であり、粒子などが存在しないことがわかる。図5(c)は、透過型電子顕微鏡写真である。また、図5(d)は、暗視野イメージング(白い部分が試料)である。ナノメートルスケールでの観察から、2nm〜3nm程度の粒子が集まって構成されていることがわかる。図5(e) は、高分解能像である。結晶格子の縞模様は観察できない。
【0062】
図5 (f)及び図5(g)は、ナノスケールでの複合構造のモデル図である。水を含むACCのナノ粒子(2nm〜3 nm)にPAAが相互作用することで複合構造を作っていると推定される。
【0063】
なお、本実施形態において通常不安定なアモルファスの安定化に成功した原因のひとつとして、これまで報告例が無いほどの多量のPAAと水が、結晶への転移を抑制しているものと考えられる。また、通常の実験レベルの10倍程度という、カルシウムと炭酸の濃度が極端に高いことも原因の一つとして挙げられる。
【0064】
[形成条件と構造−ポリアクリル酸濃度の影響]
【0065】
図6(a)は、PAA濃度変化にともなう結晶構造の変化を示すXRDパターンである。図6(b)は、PAA濃度変化にともなう結晶構造の変化を示すFT-IRスペクトルである。0、20 mMのスペクトルに記入してあるCおよびVはそれぞれ、結晶形のカルサイトおよびバテライトを示す。いずれの場合にも、 [Ca2+]=100 mM、[CO32-]= 100 mMと条件を固定し、PAA濃度を0から100 mMまで変化させ、複合体を得た。
【0066】
ここでは、結晶性を、XRDとFT-IRスペクトルから検討する。XRD を考察すると、40 mMからピークが現れていないことから、ほぼアモルファス状態になっていることが推定できる。また、FT-IR を考察すると、0, 20, 40 mMにおいては結晶由来の吸収P, Rが現れているが、60 mM以上ではアモルファス由来の吸収Q, Sのみとなる。つまり、0, 20 mMにおいては、XRDからも明らかにピークが観察できるが、40 mMにした場合にXRDのピークは見えなくなる一方、FT-IRスペクトルから、40 mMのときにはわずかに結晶由来の713 cm-1および874 cm-1のピークが残っていることがわかる。このことより、PAA濃度が40 mM以上の場合にはほぼアモルファスであり、少なくともPAA濃度が60 mM以上であれば完全にアモルファスになると考えられる。
【0067】
[色素・金属ナノ微粒子の導入など]
【0068】
いずれの場合にも、原料溶液に予め色素やナノ微粒子を分散させておくことで、生成物への導入が可能であった。所定濃度の水溶性色素(ローダミンBおよびルテニウムトリスビピリジン錯体)を用意し、そこにCa2+/PAAを溶解させて前駆溶液とし、CO32-水溶液を添加した。一方、ナノ微粒子(粒子径5nmの金)は分散安定剤(クエン酸)によって分散させ、水に溶けない分子(ピレン)は界面活性剤(ステアリルトリメチルアンモニウムブロミド)と供に水中に溶解させ、その後CO32-を溶解させた前駆溶液を作製し、そこにCa2+水溶液を添加した。これらを、出発の前駆溶液として用い、その他の実験手順は上述の手法と同様であった。
【0069】
なお、どちらの前駆溶液に色素などを予め溶解させておくかに関しては、Ca2+とCO32-の混合前に沈殿が生成しない方を選択するほうが望ましい。導入することができる材料は、水に溶けるものであれば低分子から高分子まで可能であり、水に溶けない分子は界面活性剤とともに、ナノ粒子やナノチューブ、ワイヤー、シートなどの形状を持つ無機もしくは有機ナノ材料は分散安定剤などとともに水中への安定な分散が実現できれば、均一な導入が可能である。これらのゲストとなる材料は、水中に凝集せずに分散していれば、生成物のアモルファス物質内に凝集することなく導入することが可能である。
【0070】
図面を参照しながら、バルク状アモルファスナノ複合体への機能材料の導入例について説明する。
【0071】
図7(a)は、機能材料導入前の外観である。図7(b)及び図7(c)は、水溶性色素ローダミンBおよびルテニウムトリスビピリジン錯体(略称:RBおよびRU)導入後の外観(上段)および紫外線照射による蛍光発光の外観(下段)である。図7(d)は、界面活性剤によって可溶化された疎水性有機分子ピレン(PY)の導入後(上段)および紫外線照射による蛍光発光の様子(下段)である。図7(e)は、金ナノ粒子導入後の外観である。表面プラズモン共鳴により呈色する。図7(f)は、RB, RUを導入したアモルファスナノ複合体の紫外可視吸収スペクトルである。図7(g)は、RB, RUを導入したアモルファスナノ複合体の蛍光スペクトルである。ピーク位置が水溶液中のスペクトルとほぼ同じことから、アモルファスナノ複合体内に凝集することなく均一に分散していることが示唆される。図7(h)は、PYを導入したアモルファスナノ複合体の蛍光スペクトルである。RB、RUと同様に凝集することなく均一に分散していることが示唆される。図7(i)は、金ナノ粒子を導入した試料のFETEMによる暗視野イメージングである。濃い白い点が金ナノ粒子であり、均一に分散していることを示している。
【0072】
以上の結果は、これらのゲストとなる材料が均一にアモルファスナノ複合体内に導入されていることを示している。
【0073】
[薄膜の作製]
【0074】
上述の合成条件において、[Ca2+]=70mMにすることで、コロイド分散液が得られた。この分散液をガラス基板上へスピンコートし、純水で洗浄することで基板上へ透明なアモルファスナノ複合体の薄膜が得られた。
【0075】
なお、ここでは、ガラス基板を使用したが、基板の材料を特に限定する必要は無い。フレキシブルなポリマーフィルムへのコーティングも可能である。さらに、大面積化もできると考えられ、これらの点は、実用化を考えると極めて大きい利点である。
純水で洗浄したのは、合成上、塩化カルシウムと炭酸ナトリウムを使用しているため、乾燥時に対イオンによってNaClができてしまうからである。
【0076】
上述のゲストとなる材料の導入と、この薄膜コーティングの技術を組み合わせることも可能である。
【0077】
図面を参照しながら、アモルファスナノ複合体の薄膜コーティング例について説明する。
【0078】
図8(a)は、[Ca2+]=70mMのときに得られるコロイド分散液の外観である。レーザーポインターの光を散乱することから、ナノ粒子が生成していることが示唆される。図8(b)は、コロイド分散液をスピンコートすることによってガラス基板上に作製した薄膜である。図8 (c)及び(d)は、得られた薄膜を上から撮ったFESEM写真である。マイクロメートルスケール、サブマイクロメートルスケールでクラックが無く平滑な膜であることがわかる。図8(e)は、断面のFESEM写真である。膜厚が約200 nm程度であった。図8(f)は、薄膜のラマンスペクトルである。図1と同様にアモルファス炭酸カルシウムに由来する特徴的なピークが観察できる。図8(g)は、得られた薄膜の透過率スペクトルである。クラックが無いため光を散乱せず、紫外・可視領域にわたってほぼ透明であることがわかる。
【0079】
[安定性の評価]
【0080】
図9は、本実施形態の複合材料のアモルファス構造の安定性について熱安定性と長期安定性についての評価を行った際の図である。
【0081】
熱安定性は、所定温度まで昇温の後1時間保持し、長期安定性は所定時間室温で静置し、FT-IRスペクトルや偏光顕微鏡写真によってアモルファス状態であるかを評価した。図に示すように、熱安定性に関しては、ポリアクリル酸の熱分解にともなって、500℃で結晶性の炭酸カルシウムとなるが、400℃程度まではアモルファス構造を維持していることがわかった。また、長期安定性に関しては、三ヶ月経過後もアモルファス構造であることもわかった。
【0082】
[好ましい数値範囲]
【0083】
上述の手法によって、下記のように、好ましい数値範囲が判明した。
【0084】
[1]バルク構造形成の場合 Ca2+濃度を80mM以上とするとアモルファス複合体(バルク)が形成する。さらには、より安定かつ透明なアモルファス複合体を得るためには、Ca2+濃度を100mM以上とすることが好ましい。また、PAA濃度を40mM以上とするとアモルファス複合体(バルク)が形成する。さらには、ごく微量の結晶質の混入を避けて完全にアモルファスの構造を得るためには、PAA濃度を、60 mM以上とすることが好ましい。
【0085】
[2]薄膜構造形成の場合 Ca2+濃度を50mM以上とするとアモルファス複合体コロイドが形成する。さらには、緻密でクラックの無い均質な膜を得るため、Ca2+濃度を70 mM以上80 mM以下とすることが好ましい。
【0086】
[3]色素濃度など 水に色素分子が溶解する濃度範囲であれば、色素濃度はいくらでもよいと考えられる。実際には0.01mM以上5 mM以下の濃度で試した。コロイドなども凝集せずに均一な分散が実現できていれば、どんな固形分率でもよいと考えられる。
【0087】
[まとめ]
【0088】
上述の実施形態によれば、特殊な装置や設備ならびに温度や圧力などの制御を必要とせずに、低コストの溶液系のワンポット合成からプラスチックやガラスのような透明で安定な材料を得ることができる。また、このハイブリッド材料に種々の機能分子を導入することで、そのホスト・ゲストの組み合わせによって所望の電磁気・光学・力学特性などを付与した機能材料を得ることも期待できる。さらに、基材へのコーティングなどによって、紫外・可視光に対してほぼ透明かつ安定な薄膜材料としての可能性も期待される。
【0089】
すなわち、上述の実施形態によれば、光学・コーティング・装飾などの材料に用いることが可能な、有機高分子とアモルファス炭酸塩(又はリン酸塩)等とによって構成される安定で透明な新しい有機無機ナノハイブリッド材料、プラスチックやガラスに代わり得る安価で汎用性の高い新素材、明確な粒界を持たず光散乱などの影響を受けない新たな材料、紫外・可視光に対しほぼ透明、かつ、常温・常圧下において極めて安定な、有機高分子とアモルファス炭酸塩(又はリン酸塩)等によって構成されるナノハイブリッド材料、上述の材料を用いた機能分子のホスト材料や各種基材へのコーティング剤などが実現される。
【0090】
[その他の実施形態]
【0091】
本実施形態の材料は汎用性が高く、上述したもの以外にも様々な用途が考えられる。例としては、光学材料、器、窓、レンズ、鏡、光ファイバー、ブラウン管、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイなどの各種ディスプレイ、蛍光灯、白熱電球、時計、玩具、装飾品、各種日用品、包装材料、ボトル、電子機器、家電製品、家具、小型機械、コンパクトディスクなどのメディア、船舶、自動車などの内装、農業用フィルム、浴槽、タンク、建築材料、繊維原料などを挙げることができる。また、絶縁、封止、接着、接続用端子、各種センサー、光触媒、電子部品材料、導電膜、透明導電膜などに適用することも考えられる。さらに、フラットパネルディスプレイ、太陽電池、タッチパネルなどの透明電極へ適用が考えられる。また、反射防止膜に用いられる電磁波の遮蔽、静電気により埃がつかないようにするフィルム、熱遮断膜、熱線反射膜、紫外線反射膜へ適用も考えられる。多層膜を作製し、帯電防止膜などとしても適用できる。
【0092】
炭酸カルシウムなどは生体適合性に優れるため、生体材料に適用することも考えられる。また、水に溶解しない機能分子や材料であっても、界面活性剤とともに取り込むことができるため、それらの材料や分子の特性を生かした材料とすることもできる。
【0093】
さらに具体的な用途として、色素増感太陽電池の電極、ディスプレイパネル、有機ELパネル、発光素子、発光ダイオード(LED)、白色LEDや青色レーザの透明電極、面発光レーザの透明電極、照明装置、通信装置、特定の波長の光(例えば、青色光だけ)を通すというアプリケーションも考えられる。透過率は可視光全領域で90%以上となることが望ましいが、長波長の赤色領域をカットし、青色のみ透過することも可能である。透過率が90%以上になるのは必須ではなく、アプリケーションによって、又は、抵抗率と透過率の兼ね合いによって、材料を選択すればよい。また、RBやRUなどの色素や希土類イオンを取り込むことにより、透明性と着色や発光特性を兼ね備えた複合材料にすることも可能である。
【0094】
さらに詳しくは、用途として次のものを挙げることもできる。液晶ディスプレイ(LCD: Liquid Crystal Display)における透明導電膜、カラーフィルタ部における透明導電性膜、EL(EL: Electro Luminescence)ディスプレイにおける透明導電性膜、プラズマディスプレイ(PDP)における透明導電膜、PDP光学フィルタ、電磁波遮蔽のための透明導電膜、近赤外線遮蔽のための透明導電膜、表面反射防止のための透明導電膜、色再現性の向上のための透明導電膜、破損対策のための透明導電膜、光学フィルタ、タッチパネル、抵抗膜式タッチパネル、電磁誘導式タッチパネル、超音波式タッチパネル、光学式タッチパネル、静電容量式タッチパネル、携帯情報端末向け抵抗膜式タッチパネル、ディスプレイと一体化したタッチパネル(インナータッチパネル)、太陽電池、アモルファスシリコン(a-Si)系太陽電池、微結晶Si薄膜太陽電池、CIGS太陽電池、色素増感太陽電池(DSC)、電子部品の静電気対策用透明導電材料、帯電防止用透明導電材、調光材料、調光ミラー、発熱体(面ヒーター、電熱膜)、電磁波遮蔽膜、紫外線遮断材料(UVカットフィルター)。
【0095】
[権利解釈など]
【0096】
以上、特定の実施形態を参照しながら、本発明について説明してきた。しかしながら、本発明の要旨を逸脱しない範囲で当業者が実施形態の修正又は代用を成し得ることは自明である。すなわち、例示という形態で本発明を開示してきたのであり、本明細書の記載内容を限定的に解釈するべきではない。本発明の要旨を判断するためには、冒頭に記載した特許請求の範囲の欄を参酌すべきである。
【0097】
また、この発明の説明用の実施形態が上述の目的を達成することは明らかであるが、多くの変更や他の実施例を当業者が行うことができることも理解されるところである。特許請求の範囲、明細書、図面及び説明用の各実施形態のエレメント又はコンポーネントを他の1つまたは組み合わせとともに採用してもよい。特許請求の範囲は、かかる変更や他の実施形態をも範囲に含むことを意図されており、これらは、この発明の技術思想および技術的範囲に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】バルク状態のアモルファス炭酸カルシウム/ポリアクリル酸ナノハイブリッド材料の写真である。
【図2】ガラス基板上への薄膜コーティングしたアモルファス炭酸カルシウム/ポリアクリル酸(ACC(amorphous calcium carbonate)/PAA(poly(acrylic acid)))ナノハイブリッド材料の外観写真などである。
【図3】合成方法の概要を示す図である。
【図4】バルク状アモルファスナノ複合体のマクロな外観の写真などである。
【図5】走査型電子顕微鏡の写真などである。
【図6】PAA濃度変化にともなう結晶構造の変化を示すXRDパターンなどである。
【図7】機能材料導入前の外観などである。
【図8】コロイド分散液の外観などである。
【図9】本実施形態の複合材料のアモルファス構造の安定性について熱安定性と長期安定性についての評価を行った際の図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン種、有機高分子及び陰イオン種を混合によって一体的に組み合わせることで形成され、
アモルファス構造であることを特徴とする複合材料。
【請求項2】
カルシウムイオン、有機高分子及び陰イオン種を混合によって一体的に組み合わせることで形成され、
アモルファス構造であることを特徴とする複合材料。
【請求項3】
炭酸カルシウムを包含することを特徴とする請求項2記載の複合材料。
【請求項4】
リン酸カルシウムを包含することを特徴とする請求項2記載の複合材料。
【請求項5】
前記有機高分子はポリアクリル酸であることを特徴とする請求項3又は4記載の複合材料。
【請求項6】
ゲストとなる材料をさらに包含することを特徴とする請求項2記載の複合材料。
【請求項7】
コロイドであることを特徴とする請求項2記載の複合材料。
【請求項8】
請求項1から請求項7までのいずれかに記載された複合材料によって形成された機能材料。
【請求項9】
陽イオン種及び有機高分子を含む第1溶液と、陰イオン種を含む第2溶液とを混合し、アモルファス構造である複合材料を製造することを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項10】
カルシウムイオン及び有機高分子を含む第1溶液と、炭酸イオンを含む第2溶液とを混合し、アモルファス構造である複合材料を製造することを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項11】
カルシウムイオン及び有機高分子を含む第1溶液と、リン酸イオンを含む第2溶液とを混合し、アモルファス構造である複合材料を製造することを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項12】
前記有機高分子はポリアクリル酸であり、前記第1溶液中のポリアクリル酸の濃度は40mM以上であることを特徴とする請求項10記載の複合材料の製造方法。
【請求項13】
前記有機高分子はポリアクリル酸であり、前記第1溶液中のポリアクリル酸の濃度は60mM以上であることを特徴とする請求項10記載の複合材料の製造方法。
【請求項14】
前記有機高分子はポリアクリル酸であり、前記第1溶液中のポリアクリル酸の濃度は60mM以上であり、前記第1溶液中のカルシウムイオンの濃度は80mM以上であることを特徴とする請求項10記載の複合材料の製造方法。
【請求項15】
前記第1溶液中のカルシウムイオンの濃度は50mM以上であることを特徴とする請求項10記載の複合材料の製造方法。
【請求項16】
カルシウムイオン及び有機高分子を含む第1溶液と、炭酸イオン又はリン酸イオンを含む第2溶液とを混合し、コロイド分散液を形成する工程と、
前記コロイド分散液を基板上に塗布し、アモルファス構造である複合材料を有する薄膜を形成する工程と
を備える複合材料薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−62445(P2009−62445A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−230851(P2007−230851)
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】