説明

複合材料およびその製造方法

【課題】 基材上に炭素薄膜を形成する際の熱処理による膜厚の減少が抑制された複合材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 基材表面に、ポリアクリロニトリル系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を形成し、該高密度高分子膜を熱処理して炭素薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、該基材の表面を被覆する炭素薄膜とからなる複合材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素は、高い耐熱性を持ち、電気や熱を良く伝え、しかも薬品等に侵されにくい性質を有している。これらの炭素の性質を利用するために、これまで多くの炭素材料が作られている。
炭素材料の1つとして、基材上に炭素薄膜を設けた複合材料がある。かかる複合材料は、電気伝導性の良さ等から電極材料として使用することが知られている。また、たとえばフィルム状のものが各種機械材料やゴルフシャフト等スポーツ器具の補強材として使用されている。
従来、炭素薄膜の形成においては、繊維状の炭素材料をエポキシ系接着剤等のバインダーで二次元的に接着させ、見かけ上フィルム化することがなされている。
また、電極材料として使用されている炭素薄膜の多くは活性炭をポリテトラフルオロエチレン等のバインダーとともに賦形したものである。
しかし、このような炭素薄膜は、集電極との間の接触抵抗が高く高損失となる。そのため、接触抵抗の低い炭素薄膜が期待されている。
【0003】
特許文献1には、ニッケル繊維等の金属材料の表面でアクリロニトリル(以下「AN」と称す。)、メタクリロニトリル(以下「MAN」と称す。)等のニトリル基含有ビニル単量体の電解重合を行うことにより、金属表面に、ポリアクリロニトリル(以下「PAN」と称す。)系重合体の高分子膜を形成し、該高分子膜の熱処理を行うことで、金属表面に炭素薄膜を形成して炭素薄膜/金属複合材料を調製する方法が記載されている。
この炭素薄膜/金属複合材料は、金属材料がその基本骨格を構築しているため、内部抵抗の極めて小さい材料となっている。
【0004】
上記方法で用いられている、電解重合により基材表面に高分子膜を形成する方法は、基材表面に様々な機能を付与する表面改質方法の一つで、古くから検討が行われている。たとえば非特許文献1では、基材表面にANをグラフト重合する方法が検討されている。
また、基材表面に高分子膜を形成する方法として、たとえば非特許文献2では、基材表面にSH基を導入して、該SH基にラジカル重合によりPANを導入する方法が検討されている。
【特許文献1】特開2000−345371号公報
【非特許文献1】Chemical Physics Letters,アメリカ,Elsevir Science,1982,91,6,p506−510
【非特許文献2】Chinese Chemical Letters,中国,Chinese Chemical Society,2003,14,1,p47−50
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記のような高分子膜を形成する方法により得られる高分子膜を熱処理して得られる複合材料においては、特に、PAN系重合体を使用する場合に、熱処理の際に膜厚が大きく減少する問題がある。
すなわち、本発明の目的は、基材上に炭素薄膜を形成する際の熱処理による膜厚の減少が抑制された複合材料およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、上記のような高分子膜を形成する方法においては、重合反応の制御が難しく、重合体の分子量や分子量分布の制御が困難であり、得られる高分子膜の密度の制御が困難であり、このことが膜厚が大きく減少する原因の一つでありことを見出し、該知見に基づきさらに検討を行った結果、基材表面上に、特定の高いレベルにある密度でPAN系重合体がグラフトした高密度高分子膜を形成し、該高密度高分子膜を熱処理して炭素薄膜を形成することにより上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明の複合材料の製造方法は、基材と、該基材の表面を被覆する炭素薄膜とからなる複合材料の製造方法であって、前記基材表面に、PAN系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を形成し、該高密度高分子膜を熱処理して炭素薄膜を形成することを特徴とする。
また、本発明の複合材料は、基材と、該基材の表面を被覆する炭素薄膜とからなる複合材料であって、前記炭素薄膜が、PAN系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を熱処理してなるものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、基材上に炭素薄膜を形成する際の熱処理による膜厚の減少が抑制された複合材料およびその製造方法が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の複合材料の製造方法は、基材表面に、PAN系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を形成し、該高密度高分子膜を熱処理して炭素薄膜を形成することを特徴とする。
また、本発明の複合材料は、基材と、該基材の表面を被覆する炭素薄膜とからなる複合材料であって、前記炭素薄膜が、PAN系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を熱処理してなるものであることを特徴とするものであり、本発明の複合材料の製造方法により製造されるものである。
【0009】
[高密度高分子膜の形成]
本発明の製造方法においては、まず、基材表面にPAN系重合体を高いグラフト密度(0.1分子/nm以上)でグラフトして高密度高分子膜を形成する必要がある。
高密度高分子膜の形成は、基材表面に重合開始剤を高密度に固定し、該基材表面上で、少なくともニトリル基含有ビニル単量体を含む単量体の重合(グラフト重合)を行うことが好ましい。これにより、グラフト密度0.1分子/nm以上の高密度高分子膜を形成できるとともに、基材表面にグラフトするPAN系重合体の分子量や分子量分布を制御できる。
【0010】
(基材)
基材は、その表面に重合開始剤を固定することが可能なものであれば特に制限されず、たとえば重合開始剤の種類、製品(複合材料)の目的や用途に応じて各種の基材を使用できる。
基材の形状としては特に制限されず、平板状、繊維状、微粒子状、その他の形状であってもよい。これらの中でも、製膜性の点で、平板状、繊維状または微粒子状であることが好ましく、特に平板状であることが好ましい。
また、基材の材質としては、導体、半導体、絶縁体、磁性体の何れでもよい。例えば、シリコン、チタン(Ti)、白金(Pt)、鉄、ステンレス、ニッケル、アルミニウム、銀、亜鉛、コバルト、リチウム等の金属、これらの金属を用いた合金、アクリル樹脂やオレフィン樹脂等の合成樹脂やセルロース等の天然由来高分子等の有機物質などが挙げられる。
これらの中でも、溶剤で基材が膨潤することなく均一なグラフト重合が可能であることから、基材の材質が金属であることが好ましい。基材表面への重合開始剤の固定し易さの観点から述べると、たとえば重合開始剤としてシリルクロライド基を含む重合開始剤を使用する場合は、基材の材質がシリコンであることが好ましい。また、本発明の複合材料を電極材料として使用する場合は、導電性を考慮して、TiやPtなどが好適に使用できる。
たとえば基材として平板状のシリコン(シリコン基板)を用いる場合、シリコン基板としては特に制限されず、面方向やドーピングの有無など用途に応じて適宜選択することが可能である。
【0011】
(重合開始剤)
重合開始剤は、基材表面に高密度で固定でき、かつAN等の単量体をグラフト重合できるものであれば特に制限されない。特に、リビング重合の重合開始剤基として知られている基を有する化合物が好適に使用できる。また、重合開始剤を基材表面に固定する為に、基材表面と結合可能な基も併せて有する化合物が好ましい。重合開始剤と基材表面との結合は、イオン結合、共有結合、配位結合、水素結合の何れでもよく、基材の種類によって任意に選択すればよい。
重合開始剤として、より具体的には、たとえば重合方法として後述する原子移動ラジカル重合法(ATRP)を用いる場合では、一般に、ハロゲン化アルキル基もしくはハロゲン化スルホニル基を有する化合物を重合開始剤として使用している。ハロゲン化アルキル基としては、たとえば、クロロメチルフェニル基、ブロモフェニルメチル基、クロロエチルフェニル基等が挙げられる。ハロゲン化スルホニル基としては、たとえば、クロロスルホニルメチル基、クロロスルホニルエチル基等が挙げられる。
また、重合開始剤をシリコン基板に結合する場合は、重合開始剤としては、たとえば、トリクロロシリル基、ジクロロメチルシリル基、モノクロロジメチルシリル基、トリメトキシシリル基等を有することが好ましい。
したがって、たとえばシリコン基板に重合開始剤を固定してATRPを行う場合は、上述の双方の基を有する化合物が好ましい。そのような重合開始剤の具体例としては、2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリクロロシラン、2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0012】
本発明においては、重合開始剤を基材表面に高密度に固定する必要がある。重合開始剤を基材表面に固定する方法としては、たとえば、重合開始剤を溶剤に溶解して重合開始剤溶液を調製し、該重合開始剤溶液中に基材を浸漬し、静置する方法が挙げられる。
重合開始剤溶液中の重合開始剤の濃度は、0.1wt%以上であることが好ましく、
0.5〜10.0wt%がより好ましい。重合開始剤の濃度を高くすることにより、基材表面に固定される重合開始剤の密度を高くすることができる。
【0013】
(単量体)
本発明において、PAN系重合体とは、ニトリル基含有ビニル単量体を主成分として重合して得られる(共)重合体である。
単量体としては、ニトリル基含有ビニル単量体を含んでいればよく、ニトリル基含有ビニル単量体のみであっても、ニトリル基含有ビニル単量体以外の他の重合性単量体を含んでいてもよい。
ニトリル基含有ビニル単量体としては、AN、MAN等が挙げられ、特にANが好ましい。ニトリル基含有ビニル単量体は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
他の重合性単量体としては、ニトリル基含有ビニル単量体と重合可能なものであれば特に制限はない。その具体例としては、スチレン、p−メチルスチレン、クロロメチルスチレン、α−メチルスチレン等のスチレン誘導体;アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸等のカルボキシル基含有ビニル単量体;無水マレイン酸、無水イタコン酸等の酸無水基含有ビニル単量体;アクリルアミド、メタクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド等のアミド基含有ビニル単量体;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸3−ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸グリシジル、(メタ)アクリル酸N,N−ジメチルアミノエチル、(メタ)アクリル酸N,N−ジエチルアミノエチル、(メタ)アクリル酸N−t−ブチルアミノエチル等のエステル基含有ビニル単量体などが挙げられる。なお、「(メタ)アクリル」とは「アクリル」または「メタクリル」を意味する。これら他の重合性単量体は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0014】
(重合方法)
グラフト重合法としては、リビング重合法が好ましい。リビング重合法とは、狭義には分子末端が常に活性を持ち続けている重合法であり、リビングアニオン重合法(Szwarcら、1956年、Nature)、リビングカチオン重合法(東村ら、1984年、Macromolecules)等がある。広義には、末端が活性−不活性の平衡状態にありながら重合が進行する擬リビング重合法も含まれ、擬リビング重合法としては、リビングラジカル重合法がある。本発明において「リビング重合法」は、リビングラジカル重合法等の擬リビング重合法も含む広義のリビング重合法を示すものである。
リビングラジカル重合法としては、主に下記の3種の方法が知られている。
・ニトロキシラジカルを使用する方法(以下「NMP」と称す;たとえば特開昭60−89452号公報参照)
・原子移動ラジカル重合法(以下「ATRP」と称す;たとえば特表平10−509475号公報参照)
・可逆的付加解裂連鎖移動法(以下「RAFT」と称す;たとえば国際公開第98/01478号パンフレット参照)
本発明においては、リビング重合法のなかでも、重合開始剤の汎用度、適用可能なモノマーの種類の多さ、重合温度等の点からリビングラジカル重合法が好ましく、中でもATRPがより好ましい。
【0015】
重合は、無溶媒で行うこともできるし、各種の溶媒中で行うこともできる。好ましい溶媒としては、特にPAN系重合体の溶解性の点から、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。
重合溶媒の使用量は特に限定されないが、単量体の仕込み量100質量部に対して0〜2000質量部の範囲内が好ましく、10〜1000質量部の範囲内がより好ましい。これら各範囲の上限値は、重合速度低下の抑制、重合制御の点で意義がある。
【0016】
重合には触媒を使用することが好ましい。触媒の種類は、従来より知られる各種のものの中から、重合法に応じて適宜選択すればよい。たとえば、重合法としてATRPを用いる場合は、Cu、Cu2+、Fe、Fe2+、Fe3+、Ru2+、Ru3+等の金属を含む金属触媒を使用できる。
分子量や分子量分布の高度な制御を達成する為には、特にCuを含む1価の銅化合物が好ましい。その具体例としては、CuCl、CuBr、CuO等が挙げられる。
触媒の使用量は、重合開始剤1モルに対して、通常0.01〜100モル、好ましくは0.1〜50モル、更に好ましくは0.1〜10モルである。
【0017】
触媒として金属触媒を用いる場合には、金属への配位原子を含む有機配位子を併用することが好ましい。金属への配位原子としては、たとえば、窒素原子、酸素原子、リン原子、硫黄原子等が挙げられる。中でも、窒素原子、リン原子が好ましい。
有機配位子の具体例としては、2,2’−ビピリジンおよびその誘導体、1,10−フェナントロリンおよびその誘導体、テトラメチルエチレンジアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、トリス(ジメチルアミノエチル)アミン、トリフェニルホスフィン、トリブチルホスフィン等が挙げられる。
有機配位子の使用量は、金属触媒1モルに対して、通常0.1〜10モル、好ましくは1〜5モルである。
金属触媒と有機配位子とは、別々に添加して重合系中で混合させてもよいし、予め混合して重合系中へ添加してもよい。特に、金属触媒として銅化合物を使用する場合は、前者の方法が好ましい。
【0018】
重合温度は特に制限されない。たとえば、ATRPを用いる場合は、通常−50℃〜200℃、好ましくは0℃〜150℃、更に好ましくは20℃〜130℃である。
【0019】
(PAN系重合体の分子量および分子量分布)
PAN系重合体の分子量(数平均分子量)は、500,000以下が好ましく、1000〜250,000がより好ましい。
分子量分布Mw/Mn(質量平均分子量/数平均分子量)は、1.5以下が好ましく、1.4以下がより好ましく、1.3以下がさらに好ましい。
特に、数平均分子量が500,000以下であり、かつ分子量分布が1.5以下であることが、得られる高分子膜の厚みムラ抑制の点で意義がある。
たとえば、重合法としてATRPを用いると、分子量分布が狭く制御でき、かつ開始剤とモノマーのモル比を調整することで任意の分子量のポリマーを得ることが可能となる。
【0020】
なお、一般に、基材表面にグラフトした重合体の分子量や分子量分布、組成等を直接測定することは困難であるが、たとえば溶媒中で重合を行った際に反応系中に同時に生成するフリー重合体が、基材表面にグラフトした重合体に等しいと考えられるので、フリー重合体についてそれらを測定すればよい。
フリー重合体は、重合終了後、従来知られる方法に従って、たとえば残存している単量体および/または溶媒の留去を行い、適当な溶媒中で再沈殿させ、沈殿したフリー重合体を濾過または遠心分離により分離し、洗浄および乾燥を行うことにより得ることができる。得られたフリー重合体は、従来知られる手法に従って、GPC、NMRスペクトル等により分析することができる。
【0021】
(グラフト密度)
このようにして形成される高密度高分子膜においては、PAN系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトしている。このような高いグラフト密度でPAN系重合体が基材表面にグラフトされた高分子膜を熱処理することにより、優れた特性の炭素薄膜を生成できる。
グラフト密度は、0.2分子/nm以上であることが好ましく、0.33分子/nm以上であることが特に好ましい。
グラフト密度の上限値としては、特に限定されない。ポリマーの排除体積効果等を考慮すると、4.0分子/nm以下であることが好ましい。
このグラフト密度(分子/nm)は、高密度PAN系重合体グラフト高分子膜の膜厚と、PAN系重合体の分子量および密度とから算定できる。具体的には、下記式(1)に従い、グラフト密度(分子/nm)が算出される。
式(1) グラフト密度(分子/nm)=
膜厚(nm)×重合体の密度(g/nm)×アボガドロ数/重合体の分子量
【0022】
高密度高分子膜の膜厚は、特に制限はなく、形成しようとする炭素薄膜の膜厚を考慮して適宜決定すればよい。
本発明においては、高密度高分子膜の膜厚を、PAN系重合体の分子量および分子量分布を調節することにより調節できる。たとえばPAN系重合体の分子量を大きくすることにより、高密度高分子膜の膜厚を大きくすることができる。また、PAN系重合体の分子量分布を狭くすることにより、高密度高分子膜の膜厚を大きくすることができる。
【0023】
[炭素薄膜の形成]
次いで、上述のようにして得られる高密度高分子膜を熱処理することにより炭素薄膜を形成して複合材料を得る。
熱処理条件としては、過剰な分解反応や酸化反応を防ぎ、安定な膜、さらにはグラファイト構造の良く発達した炭素薄膜を得るためには、たとえば、200〜300℃程度の熱処理(低温処理)を一回行ってニトリル基の環化反応を充分進行させた後、数百度以上の温度で再度熱処理(高温処理)を行うなど、段階的に温度を変えて行うことが好ましい。
上記低温処理の際の温度は、膜厚やポリマーの分子量にも依存するが、短時間で充分環化反応を進行させるためには、200℃以上が好ましく、さらには220℃以上が好ましい。また、急激な分解酸化反応を抑制する目的からは300℃以下が好ましく、さらには270℃以下が好ましい。低温処理の時間としては、3〜90分程度が好ましい。
また、高温処理の際の温度は500℃以上が好ましい。500℃に満たない場合は、グラファイト構造の発達が不充分で充分な導電性が得られないおそれがある。高温処理の際の温度の上限値としては、基材の融点等以下であることが前提となるが、1200℃以下が好ましく、1100℃以下がより好ましい。高温処理の時間としては昇降温時間も含めて1〜24時間程度が好ましい。
【0024】
炭素薄膜の膜厚は、特に制限はない。例えば導電材料として用いる場合には、1nm以上であることが好ましく、炭素薄膜の膜厚は、上述したように、高密度高分子膜の膜厚を調節することにより調節できる。
【0025】
炭素薄膜は、熱処理後において、ESCA測定による複合基材中の炭素原子の存在割合が、5%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましい。これにより、導電性が高まり、導電材料として使用できる。
【0026】
上記高密度高分子膜の熱処理により形成される炭素薄膜は、熱処理後の膜厚減少が抑制されたものである。これは、PAN系重合体を高密度にグラフトさせることにより、PAN系重合体の分子鎖の一端が基材と化学的に結合しているため、基材表面上で高度な配向状態を形成しており、そのため、熱処理の際に炭素化が制限場で進行することになるためと推測される。
また、このような炭素薄膜は、熱処理後の炭素の存在割合が高く、そのため、本発明の複合材料は、電極材料として使用すると、電極基板と炭素薄膜との接触抵抗を低く抑えることができ、電池・キャパシタの大容量化が期待できる。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明の実施例を示す。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
下記の実施例および比較例においては、基材表面にPAN系重合体をグラフトさせる際に、その重合系中でフリーの重合も併せて進行させて、得られたフリー重合体が、基板表面にグラフトしたPAN系重合体と同様の構造を有するものとして数平均分子量および分子量分布を測定した。
また、下記の実施例および比較例において解析に用いた条件は下記のとおりである。
H−NMR解析(500MHz−NMR使用)]
溶媒:DMSO−d6
標準試料:テトラメチルシラン(0.0ppm)
試料濃度:0.05g/ml
測定温度:50℃
積算回数:1024回
開始剤基に起因するシグナル強度を基本値として、それぞれの強度比より組成比および分子量を算出した。
[SPM観察]
装置:SPI3800/SPA400(エスアイナノテクノロジーズ社製)
AFMモード
スキャナー:150μm
カンチレバー:AF−01
測定範囲:500nm□
たわみ量:−0.97
ピンセットで炭素薄膜を一部削り取り、炭素薄膜断面を観察し、膜厚を求めた。
[ESCA解析]
装置:ESCALAB 220iXL(VG社製)
X線源:単色化Al kα線、200W
レンズモード:LargeXLモード
Pass Energy 100eV(wide scan)、20eV(narrowscan)
【0028】
<実施例1>
2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリクロロシランのCHCl溶液1.0mL(濃度:1wt%)と、脱水トルエン10mLとからなる溶液Pを調製した。この溶液Pにシリコン基板を浸漬し、一晩遮光静置することにより、表面にATRP開始剤を高密度に固定したシリコン基板を得た。
次に、アクリロニトリル2.0gと、エチレンカーボネート4.0gと、2,2’−ビピリジン17.6mgと、2−ブロモプロピオニトリル5.0mgとからなる溶液Qを、容量10mLのシュレンク管内で調製した。この溶液Q中に、先に得た、表面にATRP開始剤を固定したシリコン基板を浸漬し、シュレンク管の出入り口側を二方コックで蓋をして、真空ラインに接続した。次いで、液体窒素を用いてガラスアンプル中の溶液Qを凍結させた。溶液Qが凍結したのを確認した後、二方コックを開いて、溶液Qの凍結物を真空ポンプを使用して0.13kPaで15分間脱気した。その後、二方コックを閉めて、この二方コック付きシュレンク管を真空ラインから外した。そして、この凍結させたシュレンク管を室温の流水に曝し、ガラスアンプル中の溶液Qを解凍した。
以上の凍結から解凍までの作業を更に2回(合計で3回)繰り返して行った。ただし、3回目の作業では、ガラスアンプル中の溶液Qを解凍することなく窒素を導入し、臭化銅(I)5.4mgを投入し、次いで、溶液Qを解凍し、窒素中70℃で4時間重合を行うことにより、シリコン基板上に、PAN系重合体がグラフトしてなる高分子膜(PAN層)を形成した。
【0029】
NMR解析により、溶液Q中に生成したPAN系重合体(フリー重合体)の数平均分子量を求め、またGPC解析によりその分子量分布を求めた。分子量および分子量分布について、GPCおよびNMRにより解析を行った。
また、シリコン基板上に形成されたPAN層の膜厚を、ジメチルホルムアミド(DMF)で充分に洗浄した後、エリプソメーター(J.A.Woollam社製)を用いたエリプソメトリー法およびSPM観察により測定した。
これらの結果を表1に示す。なお、PANの密度は1.19g/nmとした。
【0030】
得られたPAN層に対し、250℃で5分間の熱処理を行い、次いで、窒素雰囲気下にて1000℃で1時間の熱処理を行い、基材上に炭素薄膜が形成された複合材料を得た。
得られた複合材料における炭素薄膜の膜厚はSPM観察により測定した。その結果を表1に示す。
また、熱処理前後におけるサンプル表面の元素分析をESCA解析より行った。その結果を表2に示す。
【0031】
<実施例2>
溶液Qの代わりに、アクリロニトリル2.0gと、エチレンカーボネート4.0gと、2,2’−ビピリジン88mgと、2−ブロモプロピオニトリル25mgとからなる溶液Rを用い、かつ臭化銅(I)の使用量を27mgとしたこと以外は実施例1と同様にしてシリコン基板上にPAN層を形成し、その評価を行った。その結果を表1に示す。
得られたPAN層を、実施例1と同様に熱処理して複合材料を得て、同様の評価を行った。その結果を表1、2に示す。
【0032】
<比較例1>
溶液Pの代わりに、メルカプトプロピルトリメトキシシラン1.0gと、塩酸0.3mLと、イソプロパノール50mLとからなる溶液Sを使用し、これにシリコン基板を浸漬し、60℃で5時間攪拌することにより、表面に、ラジカル連鎖移動能を有する−SH基を高密度に固定したシリコン基板を得た。
次いで、溶液Qを容量10mLのシュレンク管内で調製し、この溶液Q中に、先に得た表面に−SH基を固定したシリコン基板を浸漬した以外は実施例1と同様にして重合を行うことによりPAN層を形成し、その評価を行った。その結果を表1に示す。
得られたPAN層を、実施例1と同様に熱処理して複合材料を得て、同様の評価を行った。その結果を表1、2に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
上記結果に示すように、実施例1,2においては、グラフト密度が0.1分子/nm以上のPAN層が形成されていた。また、フリー重合体の数平均分子量にほぼ比例した膜厚のPAN層および炭素薄膜が形成されており、炭素薄膜とした際の膜厚の減少も抑制されていた。さらに、炭素薄膜のESCA解析の結果から、熱処理後の炭素の存在割合が高く、このことから、電極基板と炭素薄膜との接触抵抗が低く抑えられていることが期待される。
一方、比較例1では、フリー重合体の数平均分子量や分子量分布が実施例1とほぼ同等であったのにもかかわらず、PAN層のグラフト密度が0.1分子/nm未満であり、PAN層の膜厚が非常に薄く、また、炭素薄膜とした際に膜厚がPAN層の1/10未満に減少した。また、炭素薄膜のESCA解析の結果から、熱処理によって炭素の存在割合が大幅に低下していた。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の複合材料は、燃料電池、二次電池、電気二重層キャパシター、スーパーキャパシター等の電極材料等のエネルギー関連、並びに、イオン吸着および有害ガス分解吸脱着材、脱臭、排水処理、浄水、医療用浄化、空気(水)清浄用フィルター等、環境浄化関連の技術分野において有用に利用できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面を被覆する炭素薄膜とからなる複合材料の製造方法であって、
前記基材表面に、ポリアクリロニトリル系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を形成し、該高密度高分子膜を熱処理して炭素薄膜を形成することを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項2】
前記基材表面に重合開始剤を固定し、該基材表面上で、少なくともニトリル基含有ビニル単量体を含む単量体の重合を行うことにより前記高密度高分子膜を形成する請求項1記載の複合材料の製造方法。
【請求項3】
前記ポリアクリロニトリル系重合体のグラフトをリビング重合法により行う請求項1または2記載の複合材料の製造方法。
【請求項4】
基材と、該基材の表面を被覆する炭素薄膜とからなる複合材料であって、前記炭素薄膜が、ポリアクリロニトリル系重合体が0.1分子/nm以上のグラフト密度でグラフトした高密度高分子膜を熱処理してなるものであることを特徴とする複合材料。


【公開番号】特開2006−182603(P2006−182603A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−378255(P2004−378255)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】