説明

複層摺動部材

【課題】グリースなどの潤滑油剤の介在下での摺動では従来の複層摺動部材と同等の摩擦摩耗特性を発揮し、乾燥摩擦条件下での摺動においてもスティックスリップを生じることなく優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材を提供すること。
【解決手段】複層摺動部材は、鋼板からなる裏金1と、該裏金1の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層2と、該多孔質金属焼結層2の孔隙に充填されかつ表面に被覆された合成樹脂組成物からなる滑り層3とを具備しており、合成樹脂組成物は、11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対し、リン酸塩1〜15重量部と四ふっ化エチレン樹脂5〜30重量部とが配合されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、裏金と該裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と該多孔質金属焼結層の孔隙に充填されかつ表面に被覆された合成樹脂組成物のすべり層とからなる複層摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特公昭31−2452号公報
【特許文献2】特公昭61−52322号公報
【特許文献3】実公平01−27495号公報
【特許文献4】特開2006−56205号公報
【0003】
鋼板からなる裏金と該裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と該多孔質金属焼結層の孔隙及び表面に充填被覆された合成樹脂層とからなる複層摺動部材(特許文献1及び特許文献2所載)は、該合成樹脂層を内側にして捲回して形成された円筒軸受ブッシュ、所謂巻きブッシュの形態で、あるいは摺動板の形態で各種機械装置における軸を円滑に支承する支持手段として広く使用されている。
【0004】
裏金上に一体化された多孔質金属焼結層の孔隙を充填しかつ表面に被覆される合成樹脂としては、四ふっ化エチレン樹脂あるいはポリアセタール樹脂が主として使用されており、これらは乾燥摩擦条件下において、またグリースなどの潤滑油剤の介在下において優れた低摩擦性を発揮するものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これら複層摺動部材を往復摺動用途、例えば自動車のラックピニオン式舵取装置におけるラックガイド(特許文献3所載)に適用した場合、四ふっ化エチレン樹脂を主体とする合成樹脂組成物からなる滑り層を具備した複層摺動部材では、荷重(面圧)が100kgf/cmを超える荷重条件下での使用においては耐摩耗性が著しく低下し、またポリアセタール樹脂を主体とする合成樹脂組成物からなる滑り層を具備した複層摺動部材では、荷重(面圧)が150kgf/cmを超える荷重条件下での使用においては耐摩耗性が著しく低下するという欠点がある。
【0006】
上述した欠点を解決するべく本発明者は、滑り層を形成する合成樹脂組成物が少なくとも11ナイロン又は12ナイロンを含む複層摺動部材を提案した(特許文献4所載)。この複層摺動部材は、荷重(面圧)が150kgf/cmを超える高荷重条件下での使用においても優れた耐摩耗性を発揮する。
【0007】
しかしながら、この複層摺動部材は、グリースなどの潤滑油剤の介在下においては優れた耐摩耗性を発揮する反面、乾燥摩擦条件下での使用においては耐摩耗性が損なわれ、また静止摩擦係数と動摩擦係数との差が大きく、往々にしてスティックスリップ(付着−滑り)を生じ、スティックスリップに起因する異常摩擦音を発生するという新たな問題が生じる。
【0008】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、グリースなどの潤滑油剤の介在下での摺動では特許文献4に記載された複層摺動部材と同等の摩擦摩耗特性を発揮し、乾燥摩擦条件下での摺動においてもスティックスリップを生じることなく優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の複層摺動部材は、鋼板からなる裏金と、該裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と、該多孔質金属焼結層の孔隙に充填されかつ表面に被覆された合成樹脂組成物からなる滑り層とを具備しており、合成樹脂組成物は、11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対し、リン酸塩1〜15重量部と四ふっ化エチレン樹脂5〜30重量部とが配合されてなることを特徴とする。
【0010】
本発明の複層摺動部材においては、主成分をなす11ナイロン又は12ナイロンに対し、所定量の割合でリン酸塩及び四ふっ化エチレン樹脂を配合した合成樹脂組成物からなる滑り層は、静止摩擦係数と動摩擦係数との差が小さく、グリースなどの潤滑油剤の介在下及び乾燥摩擦条件下での摺動において優れた摩擦摩耗特性を発揮し、スティックスリップを生じることなく当該スティックスリップに起因する異常摩擦音の発生もない。
【0011】
本発明の複層摺動部材において、合成樹脂組成物に追加成分として、脂肪酸アミドを5重量部以下の割合で配合してもよい。
【0012】
脂肪酸アミドは、滑剤としての役割を果たし、合成樹脂組成物中の四ふっ化エチレン樹脂と協同して滑り層の低摩擦性に寄与する。また、脂肪酸アミドは、合成樹脂組成物を多孔質焼結金属層の孔隙に充填しかつ表面に被覆する際の合成樹脂組成物の展延性を助長する役割を果たす。
【0013】
また、本発明の複層摺動部材において、合成樹脂組成物に追加成分として黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン及び窒化ホウ素の固体潤滑剤の群から選択される少なくとも一つを5重量部以下の割合で配合してもよい。これら固体潤滑剤は、滑り層の耐摩耗性を向上させる効果を発揮する。
【0014】
本発明の複層摺動部材は、そのままの形態で、摺動板、すべり板として又は滑り層を内側にして円筒状に捲回した形態で、所謂巻きブッシュとして適用される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、静止摩擦係数と動摩擦係数との差が小さく、グリースなどの潤滑油剤の介在下及び乾燥摩擦条件下での摺動において優れた摩擦摩耗特性を発揮し、スティックスリップを生じることなく当該スティックスリップに起因する異常摩擦音の発生のない複層摺動部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の複層摺動部材について詳細に説明する。
【0017】
本発明の複層摺動部材は、鋼板からなる裏金と、該裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と、該多孔質金属焼結層の孔隙に充填されかつ表面に被覆された合成樹脂組成物からなる滑り層とを具備しており、合成樹脂組成物は、11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対し、リン酸塩1〜15重量部と四ふっ化エチレン樹脂5〜30重量部とが配合されてなる。
【0018】
斯かる複層摺動部材において、合成樹脂組成物の主成分をなす11ナイロン又は12ナイロンは、他のナイロン樹脂に比べて吸水率が小さく、粉体塗装性に優れるという特徴を有する。具体的には、アトフィナ・ジャパン社製の11ナイロン「リルサン(商品名)」、ダイセル・デグサ社製の12ナイロン「ダイアミド(商品名)」等が挙げられる。
【0019】
合成樹脂組成物中のリン酸塩として、第二リン酸塩、第三リン酸塩、ピロリン酸及びメタリン酸の金属塩の群のうちのいずれか一つから選択される金属塩及びこれらの混合物を好ましい例として挙げることができる。中でも、ピロリン酸及びメタリン酸の金属塩が好ましい。金属としては、アルカリ金属及びアルカリ土類金属が好ましく、とくにリチウム(Li)、カルシウム(Ca)及びマグネシウム(Mg)が好ましい。具体的には、第三リン酸リチウム(LiPO)、第三リン酸カルシウム〔Ca(PO〕、リン酸水素カルシウム〔CaHPO・2HO〕又は無水物(CaHPO)、リン酸水素マグネシウム(MgHPO・3HO)又は無水物(MgHPO)、ピロリン酸リチウム(Li)、ピロリン酸カルシウム(Ca)、ピロリン酸マグネシウム(Mg)、メタリン酸リチウム(LiPO)、メタリン酸カルシウム〔Ca(PO〕及びメタリン酸マグネシウム〔Mg(PO〕などが例示される。
【0020】
これらリン酸塩は、それ自体黒鉛などの固体潤滑剤のような潤滑性を示す物質ではないが、合成樹脂組成物に配合されることにより、滑り層と相手材との摺動において、相手材表面(摺動摩擦面)への該合成樹脂組成物の潤滑被膜の造膜性を助長する効果を発揮する。これらリン酸塩は、合成樹脂組成物に対し少量、例えば1重量部配合することにより、相手材表面への合成樹脂組成物の潤滑被膜の造膜性を助長する効果が現れ始め、15重量部まで当該効果は維持される。しかしながら、15重量部を超えて配合すると、相手材表面への潤滑被膜の造膜量が多くなりすぎ、却って耐摩耗性を低下させる虞がある。したがって、リン酸塩の配合量は、主成分をなす11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対して1〜15重量部、好ましくは3〜7重量部が適当である。
【0021】
合成樹脂組成物中の四ふっ化エチレン樹脂(以下「PTFE」と略称する。)としては、モールディングパウダー(以下「高分子量PTFE」と略称する。)と、放射線照射などにより高分子量PTFEに比べて分子量を低下させた、粉砕し易くまた分散性がよい、主に添加材料として使用されるPTFE(以下「低分子量PTFE」と略称する。)が使用できる。高分子量PTFEとしては、三井デュポンフロロケミカル社製の「テフロン(登録商標)7−J」、「テフロン(登録商標)7A−J」、「テフロン(登録商標)70−J」等、ダイキン工業社製の「ポリフロンM−12(商品名)」等、旭硝子社製の「フルオンG163(商品名)」、「フルオンG190(商品名)」等が挙げられる。
【0022】
低分子量PTFEとしては、三井デュポンフロロケミカル社製の「TLP−10F(商品名)」等、ダイキン工業社製の「ルブロンL−5(商品名)」等、旭硝子社製の「フルオンL150J(商品名)」、「フルオンL169J(商品名)」等、喜多村社製の「KTL−8N(商品名)」等が挙げられる。
【0023】
本発明においては、上記高分子量PTFE及び低分子量PTFEのいずれも使用することができるが、低分子量PTFEの方が好ましい。これらPTFEは、合成樹脂組成物からなるすべり層に低摩擦性を付与し、静止摩擦係数と動摩擦係数との差を極力小さくする役割を果たす。PTFEの配合量は、主成分をなす11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対して5〜30重量部、好ましくは10〜20重量部が適当である。配合量が5重量部未満では、滑り層に低摩擦性を付与し難く、また30重量部を超えて配合すると、合成樹脂組成物の展延性を悪化させ、滑り層の形成を困難にする。
【0024】
本発明においては、上記したリン酸塩と四ふっ化エチレン樹脂と残部11ナイロン又は12ナイロンとからなる合成樹脂組成物に対し、追加成分として脂肪酸アミドを配合してもよい。
【0025】
脂肪酸アミドは、前記PTFEと協同して滑り層に低摩擦性を付与する滑剤として作用すると共に、合成樹脂組成物の多孔質金属焼結層への充填被覆時の展延性を助長する作用を発揮する。脂肪酸アミドの具体例としては、エチレンビスエルカ酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド等が挙げられ、中でもエチレンビスステアリン酸アミドが好ましい。脂肪酸アミドの配合量は、主成分をなす11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対して5重量部以下、好ましくは0.5〜4重量部が適当である。
【0026】
本発明においては、合成樹脂組成物に対し、さらに黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン及び窒化ホウ素の固体潤滑剤の群から選択される少なくとも一つを配合してもよい。この固体潤滑剤の配合量は、主成分をなす11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対して5重量部以下、好ましくは0.5〜3重量部が適当である。これら固体潤滑剤は、合成樹脂組成物からなる滑り層の耐摩耗性を向上させる効果を発揮する。配合量が0.5重量部未満では、滑り層の耐摩耗性の向上に効果が期待できず、また5重量部を超えて配合すると滑り層の強度を損ない、却って耐摩耗性を低下させる。
【0027】
次に、鋼板からなる裏金の表面に一体的に形成された多孔質金属焼結層の孔隙及び表面に上述した成分組成からなる合成樹脂組成物を充填被覆してなる滑り層を具備した複層摺動部材の製造方法について説明する。
【0028】
裏金としては、一般構造用圧延鋼板が使用される。鋼板は、コイル状に巻いてフープ材として提供される連続条片を使用することが好ましいが、必ずしも連続条片に限られず、適当な長さに切断した条片を使用することもできる。これらの条片は、必要に応じて銅メッキあるいは錫メッキ等を施して耐蝕性を向上させたものであってもよい。この鋼板からなる裏金の厚さは、0.5〜1.0mmである。
【0029】
該裏金の表面に一体的に形成される多孔質金属焼結層を形成する金属粉末は、その金属自体、摩擦摩耗特性に優れた青銅、鉛青銅あるいはリン青銅などの、概ね100メッシュの篩を通過する銅合金粉末が用いられるが、目的に応じては銅合金以外の、例えばアルミニウム合金、鉄などの粉末も使用し得る。この金属粉末の粒子形態は、塊状、球状又は不規則形状のものを使用し得る。この多孔質金属焼結層は、合金粉末同士及び前記鋼板の条片と強固に結合されていて、一定の厚さと必要とする多孔度とを備えていなければならない。この多孔質金属焼結層の厚さは、概ね0.15〜0.40mm、就中0.2〜0.3mmであることが好ましく、多孔度は、概ね10容積%以上、就中15〜40容積%であることが推奨される。
【0030】
滑り層には、11ナイロン又は12ナイロンの粉末と前記リン酸塩及び四ふっ化エチレン樹脂との混合物からなる合成樹脂組成物、あるいはこれらにさらに前記脂肪酸アミド及び/又は固体潤滑剤を配合した混合物からなる合成樹脂組成物が使用される。
【0031】
本発明の複層摺動部材は、以下の(a)〜(b)の工程を経て製造される。
【0032】
(a)鋼板からなる裏金上に一体的に形成された多孔質金属焼結層上に合成樹脂組成物を散布供給し、レベラーにて合成樹脂組成物の厚さを一様な厚さに調整する。(b)上記(a)工程で処理された裏金を11ナイロン(融点187℃)又は12ナイロン(融点177℃)の融点以上の220℃の温度に加熱された加熱炉内に6分間保持し、ついで80℃の温度に加熱された一対のヒートローラ間に通して該合成樹脂組成物を多孔質金属焼結層の孔隙に充填し、寸法調整を行うと共に該多孔質金属焼結層の表面に被覆してすべり層を形成し所望の複層摺動部材とする。
【0033】
上記(a)〜(b)工程を経て得られた複層摺動部材において、多孔質金属焼結層の厚さは0.23〜0.25mm、合成樹脂組成物からなる滑り層の厚さは0.05〜0.30mmとされる。このようにして得られた複層摺動部材は、適宜の大きさに切断されて平板状態で滑り板として、また丸曲げされて円筒状の巻きブッシュとして使用される。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
実施例1〜4
11ナイロンとしてアトフィナ・ジャパン社製の「リルサン(商品名)」を、12ナイロンとしてダイセル・デグサ社製の「ダイアミド(商品名)」をそれぞれ使用し、11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対し、リン酸塩として第三リン酸カルシウム、ピロリン酸カルシウム及びメタリン酸マグネシウムのうちの少なくとも一つを3〜5重量部と、PTFEとして旭硝子社製の「フルオンL150J(商品名)」及び喜多村社製の「KTL−8N(商品名)」のいずれか一方を10〜15重量部とを配合し、これらをヘンシェルミキサー内に供給し、撹拌混合して合成樹脂組成物の混合粉末を得た。
【0036】
このようにして得た合成樹脂組成物の混合粉末を金属薄板からなる裏金(厚さ0.50mm)上に一体的に形成された多孔質金属(青銅)焼結層(厚さ0.24mm)上に散布供給し、レベラーにて合成樹脂組成物の厚さを一様な厚さに調整した。斯かる裏金を220℃の温度に加熱された加熱炉内に6分間保持し、ついで80℃の温度に加熱された一対のヒートローラ間に通して該合成樹脂組成物を多孔質金属焼結層の孔隙に充填し、寸法調整を行うと共に該多孔質金属焼結層の表面に合成樹脂組成物を被覆して滑り層(厚さ0.23mm)を形成し、複層摺動部材を得た。
【0037】
図1は、このようにして得られた複層摺動部材を示す断面図であり、図中、符号1は鋼板からなる裏金、2は多孔質金属焼結層、3は多孔質金属焼結層2の孔隙及び表面に充填被覆された合成樹脂組成物からなる滑り層である。寸法調整の終了した複層摺動部材を切断し一辺が30mmの方形状試験片を得た。
【0038】
実施例5〜8
11ナイロン(前記実施例と同じ)又は12ナイロン(前記実施例と同じ)100重量部に対し、リン酸塩として第三リン酸カルシウム、ピロリン酸カルシウム及びメタリン酸マグネシウムの少なくとも一つを3〜5重量部と、PTFEとして旭硝子社製の「フルオンL150J(商品名)」及び喜多村社製の「KTL−8N(商品名)」のいずれか一方を10〜15重量部と、脂肪酸アミドとしてエチレンビスステアリン酸アミド4重量部、又は固体潤滑剤として黒鉛及び二硫化モリブデンのいずれか一方を1重量部とを配合し、これらをヘンシェルミキサー内に供給し、撹拌混合して合成樹脂組成物の混合粉末を得た。以下、前記実施例と同様の方法で一辺が30mmの方形状試験片を得た。
【0039】
比較例1〜2
11ナイロン(前記実施例と同じ)100重量部に対し、リン酸塩としてピロリン酸カルシウム5重量部を配合した合成樹脂組成物、及び固体潤滑剤として黒鉛1重量部を配合した合成樹脂組成物のそれぞれをヘンシェルミキサー内に供給し、撹拌混合して合成樹脂組成物の混合粉末を得た。以下、前記実施例と同様の方法で一辺が30mmの方形状試験片を得た。
【0040】
比較例3〜4
PTFEとしてダイキン工業社製のファインパウダー用高分子量PTFE〔ポリフロンF201(商品名)〕を使用し、PTFE100重量部に対し、鉛43重量部を配合した合成樹脂組成物、及び上記と同じPTFE100重量部に対し、リン酸塩としてピロリン酸カルシウム10重量部と鉛29重量部とを配合した合成樹脂組成物をそれぞれ準備し、これら合成樹脂組成物をヘンシェルミキサー内に供給して撹拌混合し、得られた混合粉末100重量部に対し石油系溶剤20重量部を配合し、PTFEの室温転移点以下の温度(15℃)で混合し、湿潤性を有する合成樹脂組成物を得た。
【0041】
得られた合成樹脂組成物をそれぞれ金属薄板からなる鋼裏金(厚さ0.50mm)上に形成された多孔質金属(青銅)焼結層(厚さ0.24mm)上に散布供給し、合成樹脂組成物の滑り層の厚さが0.23mmとなるようにローラで圧延して焼結層の孔隙および表面に合成樹脂組成物を充填被覆した複層板を得た。得られた複層板を200℃の温度に加熱した熱風乾燥炉中に5分間保持して溶剤を除去した後、乾燥した合成樹脂組成物からなる滑り層をローラによって加圧力400kgf/cmにて圧延し、焼結層上に被覆された合成樹脂組成物の滑り層の厚さを0.10mmとした。
【0042】
上記した実施例1〜8及び比較例1〜4で作製した方形状の試験片について、摩擦摩耗特性を次の試験方法により評価した。
【0043】
(1)往復動摺動試験I
表1に記載の条件で静止摩擦係数、動摩擦係数及び摩耗量を測定した。摩耗量については、試験時間〔20時間〕終了後の滑り層の寸法変化量で示した。
【0044】
(表1)
滑り速度 3m/min
荷重 300kgf
試験時間 20時間
潤滑 無潤滑(ドライ)
相手材材質 高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)
相手材の表面粗さ Ra(算術平均粗さ)0.1
【0045】
(2)往復動摺動試験II
表2に記載の条件で静止摩擦係数、動摩擦係数及び摩耗量を測定した。摩耗量については、試験時間〔20時間〕終了後の滑り層の寸法変化量で示した。
【0046】
(表2)
滑り速度 3m/min
荷重 500kgf
試験時間 20時間
潤滑 試験前に摺動面に鉱油系グリース〔協同油脂社製の「ワンルーバー MO(商品名)」〕を塗布
相手材材質 高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)
相手材の表面粗さ Ra(算術平均粗さ)0.3
【0047】
(3)スラスト試験
表3に記載の条件で摩擦係数及び摩耗量を測定した。摩擦係数については、試験を開始してから1時間経過後、試験終了までの安定時の摩擦係数を示し、摩耗量については、試験時間終了後の滑り層の寸法変化量で示した。
【0048】
(表3)
滑り速度 5m/min
荷重(面圧) 19.6MPa(200kgf/cm
試験時間 20時間
潤滑 無潤滑(ドライ)
相手材材質 機械構造用炭素鋼(S45C)
相手材の表面粗さ Ra(算術平均粗さ)0.15
【0049】
上記した往復動摺動試験I及びII並びにスラスト試験の結果を表4〜表6に示す。
【0050】
【表4】





【0051】
【表5】









【0052】
【表6】

注)表6中の*印は、試験開始後1時間で摩擦係数が0.4を超えたため、その時点で試験を中止した。
【0053】
以上の試験結果から、実施例1〜8からなる複層摺動部材は、往復動摺動試験における静止摩擦係数と動摩擦係数との差が非常に小さく、試験時間を通して安定した摺動を示し、スティックスリップを生じることがなく、スティックスリップに起因する異常摩擦音の発生も観察されなかった。一方、比較例1〜4の複層摺動部材は、全ての試験条件において、摩耗量が大きい値を示し、特に比較例3の複層摺動部材は、スラスト試験において、試験開始後1時間で摩擦係数が0.4を超え試験を中止したため摩耗量の測定はできなかった。
【0054】
以上のように、本発明の複層摺動部材は、グリースなどの潤滑油剤の介在下及び乾燥摩擦条件下での摺動においてもスティックスリップを生じることがなく、スティックスリップに起因する異常摩擦音の発生のない優れた摩擦摩耗特性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の好ましい一例の複層摺動部材の断面図である。
【符号の説明】
【0056】
1 裏金
2 多孔質金属焼結層
3 滑り層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板からなる裏金と、該裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と、該多孔質金属焼結層の孔隙に充填されかつ表面に被覆された合成樹脂組成物からなる滑り層とを具備した複層摺動部材であって、合成樹脂組成物は、11ナイロン又は12ナイロン100重量部に対し、リン酸塩1〜15重量部と四ふっ化エチレン樹脂5〜30重量部とが配合されてなる複層摺動部材。
【請求項2】
リン酸塩は、第二リン酸、第三リン酸、ピロリン酸及びメタリン酸の金属塩の群のうちの少なくとも一つから選択される請求項1に記載の複層摺動部材。
【請求項3】
リン酸塩が、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸水素マグネシウム、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム及びメタリン酸マグネシウムのうちのいずれか一つから選択される請求項1又は2に記載の複層摺動部材。
【請求項4】
合成樹脂組成物に、追加成分として、脂肪酸アミドが5重量部以下配合されている請求項1から3のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【請求項5】
脂肪酸アミドは、エチレンビスエルカ酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミドのうちのいずれか一つから選択される請求項4に記載の複層摺動部材。
【請求項6】
合成樹脂組成物に、追加成分として、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン及び窒化ホウ素の固体潤滑剤の群から選択される少なくとも一つが5重量部以下配合されている請求項1から5のいずれか一項に記載の複層摺動部材。

【図1】
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【公開番号】特開2009−8132(P2009−8132A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−168287(P2007−168287)
【出願日】平成19年6月26日(2007.6.26)
【出願人】(000103644)オイレス工業株式会社 (384)
【Fターム(参考)】