説明

複数種の細胞からなるパターンの作製法

【課題】基板上に段階的に異なる種類の細胞を配置することにより、基板表面に複数種の細胞からなるパターンを構築する方法を提供する。
【解決手段】細胞非接着性の性質を保持したアルブミンフィルム層を有する基板において、基板上の所望の領域を細胞非接着性から接着性へと変換する工程と細胞を播種する工程を繰り返すことで、異なる種類の細胞を同一の基板上に順次配置していき、複数種の細胞から成るより複雑な細胞のパターンを構築した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上に段階的に異なる種類の細胞を配置することにより、基板表面に複数種の細胞からなるパターンを構築する方法、そのための装置、及びその方法で得られた細胞パターンを表面に有する基板に関する。
【背景技術】
【0002】
複数種の細胞を基板上の望みの位置に配置する技術の応用分野として、擬似生体組織の構築、薬物や環境ホルモンの迅速なスクリーニングにおいて有用である細胞アレイの作製、多種の細胞間における細胞間相互作用の解析に用いる研究用ツールの作製などが考えられ、より複雑で緻密な多種類の細胞から成るパターンを基板上に構築し得る技術が求められている。
基板上の望みの位置に細胞を配置する方法としては、基板上にあらかじめ望みのパターンで細胞接着領域と非接着領域を準備しておき、その基板上に播種した細胞が細胞接着領域に接着することで配置するのが一般的である。基板上にあらかじめ望みのパターンで細胞接着・非接着領域を準備する方法として、マイクロコンタクトプリンティング法(非特許文献1)やアルカンチオールの自己組織化単分子膜とUV照射による光酸化を組み合わせた方法(非特許文献2)など既に数多くの方法が報告されている。
しかしながら、これらの方法においては、基板上にあらかじめ準備した細胞接着・非接着領域が固定されたものであるので、基板上に1種類目の細胞を播種して細胞接着領域に細胞を配置後、更に、元々は細胞非接着性であった領域を接着性に変換し、別の種の細胞を播種してこの新たに作製した接着領域に配置するといった段階的な手順で、異なる種類の細胞を同一の基板上に望みのパターンで配置していくことができない。細胞非接着性領域に接着領域を作製しながら、順次、異なる種類の細胞を同一基板上に配置していくことができれば、複数種の細胞から成る複雑な細胞のパターンニングを行なえるが、既に基板上に存在している配置した細胞にダメージを与えることなく、元々は細胞非接着性であった領域を接着性へと変換する必要があるので様々な制約が生じる。
【0003】
近年、これらの制約を乗り越えて、光や酸化などをうまく利用し、基板上に細胞が存在する状態においても、その基板上の元々は細胞非接着性であった領域の望みの部分を接着性へと変換し得る幾つかの方法が提案されている。
非特許文献3においては、基板上に1種類目の細胞を配置後、酸化処理により変化する官能基を末端に有する単分子膜を利用することにより、元々は細胞非接着性であった領域を細胞接着性に変換し、2種類目の細胞を同一の基板上に配置することに成功している。また、特許文献1においては、光分解性保護基を有するシランカップリング剤を利用して、光照射により特定の領域を細胞非接着性から細胞接着性へと変換している。光による変換操作は、基板上に存在している細胞にダメージを与える心配がなく、光照射による細胞接着性への変換と細胞の播種を繰り返すことにより、異なる種類の細胞を同一の基板上に順次配置していくことが可能である。しかしながら、これらの方法においては、手順の煩雑さ、酸化処理に応答する特殊な単分子膜や光照射のための光源などが必要となるなどの問題がある。
特許文献2においては、細胞非接着性の性質を有する血清アルブミンを基板上に吸着させることにより細胞非接着領域を作製し、マイクロ電極を用いて活性酸化種を作り出して、その作用により基板上の特定の領域を細胞接着性へと変換している。マイクロ電極による細胞接着性への変換と細胞の播種を繰り返すことにより、異なる種類の細胞を同一の基板上に順次配置していくことが可能である。しかしながら、この方法においては、アルブミンを単に基板に物理吸着させているだけなので、用いる基板はアルブミンがよく吸着するものに限定され、またタンパク質の吸着交換によるアルブミンの脱離の問題もある。更に、変換のためにマイクロ電極が必要であることや手順の煩雑さなども問題として挙げられる。
更に、この発明者らによる近年の報告によるとマイクロ電極を用いて作り出した活性酸化種の作用により細胞接着領域が作り出されるメカニズムは、当初予想されていたように活性酸化種によってアルブミンが変性し、変性アルブミン上に細胞が接着するのではなく、基板上に吸着していたアルブミンが剥がれて取れてしまい、下地の基板が露出し、その露出した基板上に細胞が接着するようになると報告されている(非特許文献4)。結局、細胞が接着するのは下地の基板であり、使用できる基板はかなり限定される。
【0004】
このように異なる種類の細胞を基板上に順次配置していく様々な方法が既に提案されているが、いずれも手順が煩雑であったり、特殊で大がかりな装置が必要となるなどの問題があり、また、細胞を配置するための基板自体が不安定で、長期に保存することが難しいなどの欠点もあった。そこで、誰でも簡便に行なえる簡便な手法で基板表面に複数種の細胞から成るパターンを設けることができ、かつ、安価にキット化できるような細胞のパターンを有する基板の提供が望まれていた。
【非特許文献1】Kane R. S. et. al. Biomaterials, 1999年、20巻、p.2363-2376.
【非特許文献2】Yamazoe H. et. al., J. Biosci. Bioeng., 2005年、100巻、p.292-296.
【非特許文献3】Yousaf M.N. et.al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2001年、98巻、p.5992-5996.
【非特許文献4】Nishizawa M et. al. Langmuir, 2005年、21巻、p.6966-6969.
【特許文献1】特開2006-6214号公報
【特許文献2】特開2005-21082号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細胞非接着性を保持した架橋アルブミンから成るフィルムの層を表面に有する基板を用いて、段階的に異なる種類の細胞を同一の基板上に望みのパターンで配置する方法、及びそのための装置を提供することを目的とする。
更に、本発明は、上記の方法により得られる複数種の細胞から成る細胞パターンを表面に有する基板、およびそれを利用した細胞に関する分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、本発明に先立ち、アルブミンをポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理後、水分保持可能な可塑剤を添加して基板表面に塗布することで、アルブミンが本来有する非細胞接着性を損なうことなく、水不溶性で透明なフィルムが得られること、及び当該アルブミンフィルムは、通常のタンパク変性処理を施すことにより、又は正電荷を有する高分子化合物溶液で処理することにより、当該処理領域のみに細胞接着性を付与できることを見出し、細胞非接着性を保持したアルブミンフィルム層を表面に設けた基板およびその作製方法、基板表面上のあらかじめ決められた位置に細胞を配置する方法、当該方法で得られた所望の細胞パターンを有する細胞デバイス及びそれを用いた解析に関する発明を完成して、出願している(特願2007-237025)。
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ね、本発明者らの上記知見をさらに発展させ、以下の発明を完成させることができた。
本発明の細胞非接着性基板は、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理を行なったアルブミンに水分保持可能な可塑剤を添加し、その溶液を基板上にキャストすることにより基板表面に細胞非接着性の性質を有するアルブミンフィルム層を形成させることで作製される。このアルブミンフィルムコーティング基板がUVなどの光照射やタンパク質変性剤などの特定の化学薬品溶液への曝露により細胞接着性へと変換できることに着目し、このアルブミンフィルムの細胞非接着性から接着性への変換工程と細胞の播種工程を繰り返すことで、異なる種類の細胞を同一の基板上に順次配置していき、複数種の細胞から成るより複雑な細胞のパターンを構築することが可能であるという知見を得た。
【0007】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
〔1〕 基板表面の所望の位置に細胞が配置された複数種の細胞から成る細胞パターンを設ける方法であって、以下の工程(a)〜(e)、又は工程(a)〜(f)を含む方法;
(a)アルブミンをポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理後、水分保持可能な可塑剤を添加した架橋アルブミン溶液を基板表面に塗布し、細胞非接着性を保持したアルブミンフィルム層を表面に設けることで、基板表面を細胞非接着性にする工程、
(b)前記細胞非接着性基板表面の所望の領域を、細胞接着性へと変換処理する工程、
(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程、
(d)基板表面の、工程(c)で細胞が配置された領域以外の所望の領域を、さらに細胞接着性へと変換処理する工程、
(e)工程(d)で新たに設けられた細胞接着領域に、工程(c)で用いた細胞とは異種の細胞を配置する工程、
(f)工程(d)及び(e)を繰り返す工程。
〔2〕 工程(a)で用いられる前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであり、前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールである、前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 前記工程(b)及び工程(d)、又は両工程と共にそれらを繰り返す工程(f)で用いられる細胞接着性への変換処理方法が、それぞれ独立して、UV光照射処理、加熱変性処理、変換用溶液処理のいずれかもしくはこれらの組み合わせからなる、細胞接着性への変換処理方法である、前記〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕 前記変換用溶液が、架橋剤溶液、タンパク質の変性を促す溶液、有機溶媒、正電荷を有する高分子化合物溶液、またはそれらを組み合わせた混合溶液であることを特徴とする、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕 前記工程(d)、又は当該工程と共にそれを繰り返す工程(f)で用いられる細胞接着性への変換処理方法が、正電荷を有する高分子化合物の低濃度溶液処理であることを特徴とする、前記〔4〕に記載の方法。
〔6〕 前記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法に用いる装置又はキットであって、少なくとも細胞非接着性を有する基板表面の所望の領域を接着性へ変換する変換手段と、細胞接着性領域に細胞を配置する手段とを備えることを特徴とする、基板表面の所望の位置に所望の細胞が配置された細胞パターンを設けるための装置又はキット。
〔7〕 前記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法を用いて設けられた細胞パターンを表面に有する基板。
〔8〕 前記〔7〕に記載の基板を用いることを特徴とする、複数の細胞間における細胞間相互作用の解析方法。
〔9〕 前記〔7〕に記載の細胞基板を用いることを特徴とする、擬似生体組織の構築方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、基板上に所望のパターンで複数種の細胞を配置することができる。本発明の方法においては、特別な装置や高価な材料を必要とせず、手順も簡便であることからキットなどの形で製品化することも考えられ、細胞センサー、細胞アレイ、細胞間相互作用の解析用ツール、擬似生体組織などの細胞デバイスの作製に活用できる。
本発明に用いる細胞非接着性を有するアルブミンから成るフィルムは簡便、かつ、安価に作製することができ、化学薬品溶液の曝露やクリーンベンチに付属している殺菌灯によるUV照射などで容易に細胞接着性へと変換することができる。また、本発明で基板上に設けられたアルブミンフィルム層は、単なる吸着ではなくコーティングなので、どのような化学組成の基板にも適用可能であり、乾燥させることで長期保存も可能である。
なお、本発明の原料となる血清アルブミンは、生体由来のタンパク質であって、従来から細胞培養液中にも添加されることの多い物質であり、細胞に対する毒性などの心配も無
い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明における、典型的な実施態様の手順は、以下の通りである。
1.細胞非接着性を備えた基板の作製。
2.前記細胞非接着性基板の所望の領域をUV照射、または、変換用溶液への曝露により細胞接着性へと変換。
3.1種類目の細胞を基板上に配置。
4.配置された細胞を備える基板の所望の細胞非接着領域を細胞接着性へと変換。
5.新たに作り出した細胞接着領域に2種類目の細胞を配置。
6.4と5を繰り返すことにより、同一の基板上に複数種の細胞から成る細胞パターンを作製。
【0010】
本発明において用いる、細胞非接着性を保持したアルブミンフィルム層を有する細胞非接着性基板は、アルブミン溶液に対して、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤を添加して架橋処理した後に、水分保持可能な可塑剤を添加して基板表面にキャストすることで基板表面に形成させることができる。
ここで用いられる基板としては、アルブミンと架橋剤の反応液をキャストできる平面状表面を有する支持体をいう。基板材料としては、平滑な表面をもつよう成型され得る固体材料であればいずれでもよく、例えば、ガラス、石英、プラスチックなどが挙げられるがそれらに限定されない。また、その形状としては、平面上表面があればよく、平板上に限定されることなく、細胞培養用に広く普及しているシャーレやプレートのようなものであってもよい。
本発明において「アルブミン」とは、血清アルブミンを意味する。また、血清アルブミンは血清中のみならず、肺、心臓、腸、皮膚、筋肉や涙、汗、唾液、胃液、腹水などにも存在する事が知られており、血清由来のアルブミンに限定されない。
【0011】
本発明に用いられる架橋剤は、架橋反応後に親水性が付与される架橋剤のうちでも、特に複数のエポキシ基を有する架橋剤であるポリエポキシ化合物からなる架橋剤であり、たとえば、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル等を用いることができる。中でも、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(n=1〜8)、すなわちエチレングリコール繰り返し単位(n)が1〜8である場合のポリエチレングリコールジグリシジルエーテルが好ましい。nが増大するほど疎水的になるため、nが9以上の場合は、水分保持用の可塑剤を添加してもなお脆く、良好なしなやかさを保持したフィルムは作製できなかった。
また、本発明における可塑剤としては、水分保持可能なものであれば何でもよいが、親水性に優れたものが望ましい。特に、グリセリン、糖類、ポリエチレングリコールなどの高分子化合物等が好ましい。
【0012】
本発明においては、細胞非接着性の性質を有する基板表面のアルブミンフィルム層を細胞接着性へと変換しているが、その変換方法としては、UV光などの光照射、加熱処理などの通常のタンパク変性処理や、タンパク変性剤などのアルブミンフィルムを細胞接着性へと変換し得る化学薬品溶液への曝露などがある。ここで、用いる化学薬品溶液としては、細胞非接着性を有するアルブミンフィルムを細胞接着性へと変換し得るものであればどのようなものでもよく、例えば、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒドなどの架橋剤溶液、グアニジン塩酸塩、尿素などのタンパク質の変性を促す溶液、ジメチルスルホキシドなどの有機溶媒の他、正電荷を有する高分子化合物溶液などが挙げられ、それらを組み合わせた混合溶液として用いることもできる。ここで、正電荷を有する高分子化合物としては、合成物や天然物のほか、正電荷を有する官能基を、共有結合を介して導入したり、イオン結合を介して正電荷を担持させるなどの手段により正電荷を付加したタンパク質、多糖類、脂質、合成ポリマーなど、正電荷を有していればどのような物質でもよい。典型的には、ポリエチレンイミン、ポリオルニチン、ポリリジン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミンなどが挙げられる。
【0013】
本発明において、化学薬品溶液を基板表面のアルブミンフィルム層に暴露する際には、ピペット等を用いて手作業でもでき、また基板表面を部分的にシールすることで1部のみを細胞非接着性に変換することもできるが、インクジェット噴射機を用いることで効率的に、より複雑な細胞接着性領域パターンが形成できる。なお、このインクジェット噴射機を用いる細胞固定化基板の製造方法については、本出願と同日付けで特許出願している。
【0014】
本発明において、異なる種類の細胞を同一の基板上に段階的に配置する際には、既に基板上に細胞が存在する状態において細胞非接着領域を接着性へと変換する必要がある。この場合においては、使用可能な化学薬品溶液は細胞を傷害しないものに限定され、例えば、ポリオルニチン、ポリエチレンイミン、ポリリジン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミンなどの正電荷を有する高分子化合物の低濃度溶液を用いることが好ましい。ここで、低濃度溶液とは、例えばポリエチレンイミン(数平均分子量;6万、重量平均分子量;75万)の場合であれば1×10-2%から1×10-4%であり、他のポリマーにおいてもこれと同程度の電荷量を有する濃度が最適であると考えられる。
細胞を基板上の所望の位置に配置するためには、細胞非接着性を有するアルブミンフィルムの特定の領域のみを接着性に変換する必要がある。UV照射など光によって変換する場合には、特定の部分のみ光が通過するようにデザインされたマスクを介して光照射を行なうなどの方法で照射部を限定することにより、特定の領域のみを細胞接着性に変換できる。また、特定の領域を化学薬品溶液の曝露によって細胞接着性に変換する場合には、細胞非接着性の性質を保持しておきたい領域にシリコンゴムなどの密着性のよいものを吸着させ液との接触を防ぐ工夫をしておくことで特定の領域のみが液に曝露され、その領域を細胞接着性へと変換することができる。その際、インクジェット噴射機を用いることで効率的に、より複雑な細胞接着性領域パターンが形成できるばかりでなく、所望の位置に所望の量を的確に噴霧することも可能である。
上記の変換方法を用いて、細胞非接着性を有する基板の特定の領域のみを細胞接着性に変換し、1種類目の細胞を配置する。その後、別の領域を細胞接着性に変換し、2種類目の細胞を配置する。以後、この操作を繰り返すことにより、異なる種類の細胞を段階的に基板に配置していくことで、複数種の細胞から成る細胞のパターンを同一基板上に作製することができる。
【0015】
本発明における「細胞」としては、典型的には付着性の株化された哺乳動物細胞、癌細胞、または、神経、内皮、皮膚、肺、筋肉、腎臓、肝臓、腸など由来の初代培養細胞などが用いられるが、哺乳類の細胞以外も用いることができ、その生物種は問わない。例えば、昆虫細胞、植物細胞などであってもよく、細菌、酵母などの微生物細胞であってもよい。また、遺伝子導入した組み換え体細胞なども使用することができる。
細胞を基板上に配置するために、細胞を基板上に播種する方法としては、手作業であってもよく、また、機械等の装置を用いて播種してもよい。
本発明において基板上の望みの位置に細胞を配置するとは、基板上の所望の位置に自由に特定の細胞を接着させることができることを意味し、複数の細胞のスポットを一定の領域内に整列させて固定化した細胞アレイを提供することも含まれる。
【実施例】
【0016】
以下に、実施例を挙げて説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0017】
(実施例1)
ポリエチレンイミンなど、正電荷を有する高分子化合物の高濃度溶液は、一般に細胞を障害することが知られている。細胞にダメージを与えないためには、可能な限り低濃度溶液を用いることが望ましい。そこで、当実施例においては、ポリエチレンイミンを例として用い、細胞非接着性アルブミンフィルムを接着性に変換するために必要な最小濃度の検討を行なった。
ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)とエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)をそれぞれ3%と215 mMの濃度で20mlのpH 7.4のリン酸緩衝液(PBS)に溶解し、24時間、室温にて攪拌する事により架橋反応を行った。室温にて透析を行う事により未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルを除き、可塑剤としてグリセリンを143μl加えた後、PBSを用いて溶液量を30mlにメスアップした。このようにして作製した混合溶液をろ過滅菌後、細胞培養用のDishに加えてクリーンベンチ内にて一晩風乾することにより、Dish上に細胞非接着性を有するアルブミンフィルムを形成させた。このアルブミンフィルムコーティングDish上に様々な濃度(0.01、0.1、1、10、または、100μg/ml)のポリエチレンイミン溶液(SIGMA社製、数平均分子量;60 kDa、カタログ番号;P3143)を加え6時間インキュベーションした。PBSにより洗浄後、10μg/mlのフィブロネクチン(Invitrogen社製)を含有した培地を加えて37℃において一晩インキュベーションを行った。この種々の濃度のポリエチレンイミンで処理されたDish上にマウス由来神経芽細胞腫Neuro-2a細胞、または、マウス繊維芽細胞株L929細胞を播種した。37℃において5時間インキュベーションを行った後、接着した細胞を回収し、細胞の接着率を算出した。結果を図1に示す。Neuro-2a細胞とL929細胞は、同じような傾向を示し大差は見られなかった。10μg/ml以上の濃度のポリエチレンイミン溶液に曝露したアルブミンフィルムは細胞接着性に変換されたが、1μg/ml以下の濃度では、細胞接着はほとんど見られず細胞非接着性のままだった。このことより、今回使用したSIGMA社製のポリエチレンイミンにおいてはアルブミンフィルムの有する細胞非接着性を接着性に変換するために必要なポリエチレンイミンの最小濃度は10μg/mlであると考えられる。
【0018】
(実施例2)
さらに、ポリエチレンイミンなどの正電荷を有する高分子化合物による細胞障害を回避するためには、細胞への高分子化合物溶液の曝露時間も極力短い方が望ましい。そこで、当実施例においては、ポリエチレンイミンを例として用い、細胞非接着性を有するアルブミンフィルムを接着性に変換するために最低限必要な曝露時間を検討した。実施例1と同様の方法でアルブミンフィルムコーティングDishを作製し、このDish上に10μg/mlのポリエチレンイミン溶液を加え1、3、5、10、または、15分インキュベーションした。PBSにより洗浄後、10μg/mlのフィブロネクチンを含有した培地を加えて37℃において一晩インキュベーションを行った。この種々の曝露時間、ポリエチレンイミンで処理されたDish上にマウス由来神経芽細胞腫Neuro-2a細胞、または、マウス繊維芽細胞株L929細胞を播種した。37℃において5時間インキュベーションを行った後、接着した細胞を回収し、細胞の接着率を算出した。結果を図2に示す。Neuro-2a細胞の方が、L929細胞に比べ若干接着性が高いものの、同じような傾向を示した。曝露時間が5分までは細胞接着率の上昇が見られたがそれ以降は一定であり、曝露時間は5分で十分であることが分かった。
【0019】
(実施例3)
ポリエチレンイミンなどの正電荷を有する高分子化合物による細胞への傷害、ならびに細胞種による障害性の違いを調べるために、繊維芽細胞由来のL929細胞と、神経細胞由来のNeuro-2a細胞について、ポリエチレンイミンを例として濃度を変えて生存率を調べ細胞障害性の検討を行なった。
培養基材からトリプシン処理により回収したNeuro-2a細胞、または、L929細胞の細胞懸濁液を細胞培養用培地、10μg/mlポリエチレンイミン含有細胞培養用培地、または、1mg/mlポリエチレンイミン含有細胞培養用培地を用いて調整し、5分、または、30分間インキュベーションした。この後、トリパンブルー溶液(ナカライ社製)を添加して、死細胞のみを染色し、正細胞数と死細胞数の数をカウントすることにより細胞生存率を算出した。結果を図3に示す。培養時間に関係なく、細胞培養用培地中にて培養した細胞はほぼ100%の生存率であったが、1mg/mlの高濃度のポリエチレンイミン中にて培養した細胞は全て死滅していた。10μg/mlのポリエチレンイミン溶液を用いた場合には、5分間の培養であればNeuro-2a細胞、L929細胞、共にほぼ100%生存していた。また、30分間の培養においては、L929細胞は高い生存率を示したが、Neuro-2a細胞では約半数が死んでおり、細胞種により違いが見られた。このことより、実施例1と2により設定した最適なポリエチレンイミンの条件(濃度;10μg/ml、曝露時間;5分)において、細胞へのダメージが無いことが分かった。
以上のことから、本実験に使用したポリエチレンイミンの場合では、どのような種類の細胞に対しても、1μg/ml〜10μg/mlの濃度で暴露時間1〜30分の範囲内であれば、細胞が充分生存した状態で細胞非接着性を有するアルブミンフィルムを細胞接着性に変換できると考えられ、とりわけ10μg/mlの濃度で暴露時間3〜5分の範囲内であれば、細胞へのダメージはほとんど無視でき、十分な細胞非接着性から接着性への変換が達成できることがわかった。正電荷を有する高分子による細胞障害性、ならびに、アルブミンフィルムの細胞非接着性から接着性への変換能は、その電荷数に依存して増加すると考えられることより、他の正電荷を有する高分子溶液を用いた場合においても、本結果が一定の規準となり、同程度の正電荷を有するのであれば同様のことがいえる。
【0020】
(実施例4)
実施例1と同様の方法で架橋アルブミン溶液を作製し、この溶液をガラス基板上に加えてクリーンベンチ内にて一晩風乾することにより、ガラス基板上に細胞非接着性を有するアルブミンフィルムを形成させた。このアルブミンフィルムコーティングガラス基板上に一辺2 mmの正方形の穴が開いたステンレス板(ステンレス板の厚み;0.5 mm)を被せ、クリーンベンチに付属している殺菌灯(東芝殺菌ランプGL15、波長;254 nm、15W)を5時間照射して特定の部分にのみUV光を照射し、その領域を細胞接着性へと変換した。その後、ステンレス板をはずし、全面にマウス由来神経芽細胞腫Neuro-2a細胞を播種し、細胞培養下において3時間の培養を行ったところ、UV光が照射された部分にのみ細胞の接着が見られた(図4a参照)。このNeuro-2aが接着している基板を10μg/mlのポリエチレンイミン溶液(SIGMA社製)に曝露し、37℃において15分間インキュベーションした。PBSにより洗浄後、10μg/mlのフィブロネクチン(Invitrogen社製)を含有した培地を加えて37℃において3時間のインキュベーションを行った。この基板上に2種類目の細胞としてマウス繊維芽細胞株L929細胞を播種した。培養1時間後にPBSでよく洗浄し、接着していない細胞を除いた。元々は、細胞非接着領域であったNeuro-2aの接着が見られなかった領域は接着性に変換されているので、L929の良好な接着が観察された(図4b参照)。培養3時間後にパラホルムアルデヒドで固定して神経細胞マーカーであるTuJ1で免疫染色を行なった結果、神経細胞株であるNeuro-2a細胞のみが茶褐色に染色され、パターンを可視化することができた(図4c参照)。このように、2種類の細胞を段階的に配置することにより、同一の基板上に異なる種類の細胞からなるパターンを構築できた。
【0021】
(参考例1)
ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)とエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)をそれぞれ3%と215 mMの濃度で20mlのpH 7.4のリン酸緩衝液(PBS)に溶解し、24時間、室温にて攪拌する事により架橋反応を行った。室温にて透析を行う事により未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルを除き、可塑剤としてグリセリンを143μl加えた後、PBSを用いて溶液量を30mlにメスアップした。
このようにして作製した混合溶液をろ過滅菌後、ガラス基板上に加えてクリーンベンチ内にて一晩風乾することにより、ガラス基板上にフィルムを形成させた。このアルブミンフィルムコーティングガラス基板上にインクジェットプリンター(商品名;PIXUS iP4300、キヤノン社製)のインクタンクに100μg/mlのポリエチレンイミン溶液(SIGMA社製)を充填した改造型プリンターを用いて8フォントの大きさで「AIST」の文字をポリエチレンイミン溶液の液滴で印刷した。PBSで3回洗浄した後、マウス繊維芽細胞株L929を4.8×105 cells/cm2の濃度で基板全面に播種した。37℃、5%CO2の条件にて6時間培養後において、図5に示すように、ポリエチレンイミン溶液を滴下した部分のみに細胞接着が見られ、基板上の望みの位置に細胞を配置することができ、細胞で文字を描くことができた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明においては、段階的に異なる種類の細胞を望みのパターンで基板上に配置することで、複数種の細胞から成るより高度な細胞のパターンを作製することができる。この複数種の細胞から成るパターンの作製法を用いれば、薬物や環境ホルモンのスクリーニングにおいて強力なツールとなる細胞アレイの作製も可能である。また、異なる種類の細胞の共培養による細胞間相互作用の解析の研究やより実際の組織に近い複数の細胞で緻密に構成された擬似生体組織の構築においても有用なツールと成り得る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】アルブミンフィルムの細胞接着性の変換においてポリエチレンイミン濃度が及ぼす影響:(実施例1)
【図2】ポリエチレンイミンへの曝露時間がアルブミンフィルムの細胞接着性の変換に及ぼす影響:(実施例2)
【図3】ポリエチレンイミン溶液の細胞障害性の検討:(実施例3)
【図4】2種類の細胞を同一の基板上に所望のパターンで段階的に配置できることを示す:(実施例4)
【図5】(参考図)ポリエチレンイミン溶液を滴下した部分のみに細胞が接着し、細胞で文字が描けていることを示す:(参考例1)スケールバー;500μm

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板表面の所望の位置に細胞が配置された複数種の細胞から成る細胞パターンを設ける方法であって、以下の工程(a)〜(e)、又は工程(a)〜(f)を含む方法;
(a)アルブミンをポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理後、水分保持可能な可塑剤を添加した架橋アルブミン溶液を基板表面に塗布し、細胞非接着性を保持したアルブミンフィルム層を表面に設けることで、基板表面を細胞非接着性にする工程、
(b)前記細胞非接着性基板表面の所望の領域を、細胞接着性へと変換処理する工程、
(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程、
(d)基板表面の、工程(c)で細胞が配置された領域以外の所望の領域を、さらに細胞接着性へと変換処理する工程、
(e)工程(d)で新たに設けられた細胞接着領域に、工程(c)で用いた細胞とは異種の細胞を配置する工程、
(f)工程(d)及び(e)を繰り返す工程。
【請求項2】
工程(a)で用いられる前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであり、前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(b)及び工程(d)、又は両工程と共にそれらを繰り返す工程(f)で用いられる細胞接着性への変換処理方法が、それぞれ独立して、UV光照射処理、加熱変性処理、変換用溶液処理のいずれかもしくはこれらの組み合わせからなる、細胞接着性への変換処理方法である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記変換用溶液が、架橋剤溶液、タンパク質の変性を促す溶液、有機溶媒、正電荷を有する高分子化合物溶液、またはそれらを組み合わせた混合溶液であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記工程(d)、又は当該工程と共にそれを繰り返す工程(f)で用いられる細胞接着性への変換処理方法が、正電荷を有する高分子化合物の低濃度溶液処理であることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法に用いる装置又はキットであって、少なくとも細胞非接着性を有する基板表面の所望の領域を接着性へ変換する変換手段と、細胞接着性領域に細胞を配置する手段とを備えることを特徴とする、基板表面の所望の位置に所望の細胞が配置された細胞パターンを設けるための装置又はキット。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法を用いて設けられた細胞パターンを表面に有する基板。
【請求項8】
請求項7に記載の基板を用いることを特徴とする、複数の細胞間における細胞間相互作用の解析方法。
【請求項9】
請求項7に記載の細胞基板を用いることを特徴とする、擬似生体組織の構築方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−131241(P2009−131241A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−165634(P2008−165634)
【出願日】平成20年6月25日(2008.6.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年7月23日 社団法人 高分子学会発行の「第36回医用高分子シンポジウム 講演要旨集」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】