説明

規制薬物判別装置、規制薬物判別方法および規制薬物判別プログラム

【課題】試料が規制薬物であるか否かを精度良く判断すること。
【解決手段】検査対象試料(T)の測定スペクトルを既知スペクトルと比較して類似度(S)を算出する類似度算出手段(C3)と、最も類似度(S)の高い最高類似度(S1)の既知試料が規制薬物であり、且つ、最高類似度(S1)が最高判別類似度(H1)以上であり、且つ、最高類似度(H1)とは異なる種類の既知試料の中で類似度(S)が最も高い異種類最高類似度(S2)と最高類似度(H1)との差である類似度差分(Sa)が類似度差分判別値(H2)以上である場合に、検査対象試料(T)が規制薬物であると判別する規制薬物判別手段(C8)と、を備えた規制薬物判別装置(1)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料が規制薬物であるか否かを判別する規制薬物判別装置、規制薬物判別方法および規制薬物判別プログラムに関し、特に、試料に照射された赤外光等の検査光の反射光をスペクトル分析して試料が規制薬物であるか否かを判別する規制薬物判別装置、規制薬物判別方法および規制薬物判別プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
麻薬や覚せい剤のような薬物の流通は法的に規制されており、違法な流通を阻止するために、疑わしい薬物があった場合に、その薬物が規制薬物であるか否かを、その場で、速やか且つ正確に判別することが求められている。
疑わしい薬物について現場で試験を行う方法として、呈色試薬を使用した呈色試験が知られている。呈色試験は、簡便且つ安価に行うことができるという利点がある。
このほかにも、薬物を検査する方法として、下記の従来技術が知られている。
【0003】
非特許文献1には、胃腸薬等の市販の医薬品やMDMA(3,4-Methylenedioxymethamphetamine)等の規制薬物等の近赤外反射スペクトルを予め検出してライブラリ化(データベース化)しておき、近赤外反射装置を使用して、錠剤型の試料のスペクトルを検出してライブラリのデータと比較することで、規制薬物の簡易識別を行う技術が記載されている。
【0004】
【非特許文献1】神ちひろ、外2名,「近赤外拡散反射装置を用いた不正薬物の簡易識別方法の提案」,第11回学術集会プログラム,日本法科学技術学会,平成17年11月,p85
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
(従来技術の問題点)
前記呈色試薬を使用する従来技術では、規制薬物と類似の化学構造を有する規制対象外の物質にも反応する恐れが高いという問題がある。また、試験に供する薬物の量や濃度が多すぎると呈色の色調が変化する可能性があり、薬物の量や濃度が所定の範囲内でないと検出が困難であるという問題もある。特に、錠剤型の試料では、錠剤にどの程度の濃度で規制薬物の成分が含まれているかが容易には判断できず、試験に供する薬物の量が判断しにくいという問題がある。さらに、例えば、MDMAの試験に使用されるマルキス試薬は、濃硫酸にホルマリンが少量添加された試薬であり、取り扱いには十分に注意する必要があり、安全性に問題がある。
【0006】
また、前記非特許文献1記載の技術では、近赤外反射光のスペクトルを利用して分析を行っているが、錠剤型の試料を検出する場合、錠剤型の試料には、規制薬物の成分の外に、規制薬物の量や濃度、体内で溶けたり吸収されたりする時間等を適度に調整するために増量剤や賦形剤、滑沢剤等が添加されることが多く、これらの添加量のバランスによって、検出されるスペクトルが大きく異なる問題がある。添加された賦形剤等の種類や量の組み合わせはほぼ無限にあり、これらのスペクトルを全てライブラリとして記憶することは困難であり、スペクトルの比較だけで規制薬物を識別することは非常に困難であるという問題がある。
特に、MDMA(3,4-Methylenedioxymethamphetamine)では、塩酸塩が主流であるが、リン酸塩も流通しており、塩酸塩も無水物とは限らず、水和物となっていることが多い。この場合、測定されるこれらのスペクトルは互いに異なるという問題があり、スペクトルの比較だけでは、特定、同定が困難であるという問題がある。また、MDA(3,4-Methylenedioxyamphetamine)の塩酸塩では、飽和水蒸気下に12時間程度放置すると異なる結晶形となり、スペクトルが変化するという問題もある。
【0007】
本発明は、前述の事情に鑑み、試料が規制薬物であるか否かを精度良く判断することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記技術的課題を解決するために、請求項1記載の発明の規制薬物判別装置は、
検査対象試料に照射された検査光の反射光を検出する検出器と、
前記検出器で検出された反射光の測定スペクトルを分析するスペクトル分析手段と、
成分が既知の既知試料毎に、予め測定されたスペクトルである既知スペクトルを記憶する既知スペクトル記憶手段と、
前記検査対象試料の前記測定スペクトルを、前記既知スペクトル記憶手段に記憶された既知スペクトルと比較して類似度を算出する類似度算出手段と、
前記各既知スペクトルに対する類似度の中で最も類似度の高い最高類似度が、予め設定された最高判別類似度以上か否かを判別する最高類似度判別手段と、
前記最高類似度と、前記最高類似度の試料の種類とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度と、の差である類似度差分が予め設定された類似度差分判別値以上か否かを判別する類似度差分判別手段と、
前記最高類似度の既知試料が規制薬物であり、且つ、前記最高類似度が前記最高判別類似度以上であり、且つ、前記類似度差分が前記類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する規制薬物判別手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の規制薬物判別装置において、
赤外光としての前記検査光と、反射した前記赤外光を検出する前記検出器と、前記検出器で検出された反射光をフーリエ変換赤外分光法で分析するスペクトル分析手段と、を有するフーリエ変換赤外分光装置、
を備えたことを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の規制薬物判別装置において、
前記測定スペクトルが前記既知スペクトルに完全に一致する場合に前記類似度を100として、類似度を0から100の値で算出する前記類似度算出手段と、
前記類似値判別閾値として87.5を使用して判別を行う前記最高類似値判別手段と、
前記類似度差分判別閾値として5を使用して判別を行う前記類似度差分判別手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0011】
前記技術的課題を解決するために、請求項4記載の発明の規制薬物判別方法は、
検査対象試料に照射された検査光の反射光の測定スペクトルを分析するスペクトル分析ステップと、
成分が既知の既知試料毎に予め測定されたスペクトルである既知スペクトルと、前記検査対象試料の前記測定スペクトルとを比較して類似度を算出する類似度算出ステップと、
前記各既知スペクトルに対する類似度の中で最も類似度の高い最高類似度の既知試料が規制薬物であり、且つ、前記最高類似度が予め設定された最高判別類似度以上であり、且つ、前記最高類似度の試料の種類とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度と前記最高類似度との差である類似度差分が予め設定された類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する規制薬物判別ステップと、
を実行することを特徴とする。
【0012】
前記技術的課題を解決するために、請求項5記載の発明の規制薬物判別プログラムは、
コンピュータを、
成分が既知の既知試料毎に予め測定されたスペクトルである既知スペクトルと、検査対象試料に照射された検査光の反射光の測定スペクトルとを比較して類似度を算出する類似度算出手段、
前記各既知スペクトルに対する類似度の中で最も類似度の高い最高類似度の既知試料が規制薬物であり、且つ、前記最高類似度が予め設定された最高判別類似度以上であり、且つ、前記最高類似度の試料の種類とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度と前記最高類似度との差である類似度差分が予め設定された類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する規制薬物判別手段、
として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1記載の発明によれば、検査対象試料の測定スペクトルと既知試料の既知スペクトルとを比較して、最高類似度が最高判別類似度以上であるだけでなく、類似度差分が類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別するため、試料が規制薬物であるか否かを精度良く判断することができる。
請求項2記載の発明によれば、フーリエ変換赤外分光法でスペクトル分析をすることができる。
請求項3記載の発明によれば、類似値判別閾値として87.5と、類似度差分判別閾値として5を使用して判別を行うため、規制薬物である押収薬物を精度良く判別することができる。
【0014】
請求項4記載の発明によれば、検査対象試料の測定スペクトルと既知試料の既知スペクトルとを比較して、最高類似度が最高判別類似度以上であるだけでなく、類似度差分が類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別するため、試料が規制薬物であるか否かを精度良く判断することができる。
請求項5記載の発明によれば、検査対象試料の測定スペクトルと既知試料の既知スペクトルとを比較して、最高類似度が最高判別類似度以上であるだけでなく、類似度差分が類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別するため、試料が規制薬物であるか否かを精度良く判断することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態を説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
なお、以後の説明の理解を容易にするために、図面において、前後方向をX軸方向、左右方向をY軸方向、上下方向をZ軸方向とし、矢印X,−X,Y,−Y,Z,−Zで示す方向または示す側をそれぞれ、前方、後方、右方、左方、上方、下方、または、前側、後側、右側、左側、上側、下側とする。
また、図中、「○」の中に「・」が記載されたものは紙面の裏から表に向かう矢印を意味し、「○」の中に「×」が記載されたものは紙面の表から裏に向かう矢印を意味するものとする。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0016】
図1は本発明の実施例1の規制薬物判別装置の全体説明図である。
図2は図1の規制薬物判別装置の要部説明図であり、図2Aは試料保持部分の要部拡大説明図、図2Bは試料検出方法の概略説明図である。
図1において、実施例1の規制薬物判別装置1は、ケース2を有する。ケース2は、ヒンジ2aを中心に開閉可能に構成されており、ケース2の外表面には、ケース2を閉じた状態で規制薬物判別装置1を手で把持して搬送するために把持部2bが支持されている。前記ケース2の内部には、装置本体3が収容されている。前記装置本体3の左側には、規制薬物判別装置1の操作時に各種画像が表示されたり判別結果が表示される表示部4と、入力を行うための入力部6とが設けられている。なお、実施例1では、表示部4はいわゆるタッチパネルにより構成されており、入力部としての機能も有しており、指や棒状の指示部材(いわゆる、スタイラスペン)を接触させることで操作可能に構成されている。なお、規制薬物判別装置1の内部には、図示しないマイクロコンピュータが内蔵されており、前記表示部4の表示や後述する赤外光の照射や検出等を制御している。
図1、図2において、装置本体3の右側には、検査対象試料Tを装着する試料ホルダ部7が設けられている。前記試料ホルダ部7は、検査光照射部7aに検査対象試料Tを押圧した状態で保持する加圧部材8が設けられている。
【0017】
図2Bにおいて、前記装置本体3の内部には、前記検査光照射部7aに対応して、ダイヤモンドATR(全反射減衰分光法:Attenuated Total Reflection)エレメント11、すなわち、ダイヤモンド製のATR結晶が配置されている。前記ダイヤモンドATRエレメント11の下方には、ZnSe製のフォーカシングクリスタル12が配置されている。前記フォーカシングクリスタル12の左側下方には、図示しない従来公知の赤外光源から出射されて干渉計で干渉光となった赤外光(検査光)13をフォーカシングクリスタル12に入射させる入射光学系14が配置されている。前記フォーカシングクリスタル12の右側下方には、フォーカシングクリスタル12に入射され、ダイヤモンドATRエレメント11を通過して検査対象試料Tで散乱反射した赤外光13を反射する反射光学系16と反射光学系16で反射された赤外光13を検出する検出器17が配置されている。また、前記検査光照射部7aの鉛直下方には、検査対象試料Tを観察する小型ビデオカメラが配置されている。
前記符号11〜17が付された部材および図示しない赤外光源、干渉計等により実施例1のフーリエ変換赤外分光装置(FT−IR装置(11〜17))が構成されている。なお、実施例1のFT−IR装置(11〜17)として、従来公知のFT−IR(フーリエ変換赤外分光法:Fourier Transform Infrared spectroscopy)の装置を使用可能であり、例えば、Smiths Detection 社製のHazmatIDを使用可能である。
【0018】
(制御部の説明)
図3は本発明の実施例1の規制薬物判別装置の制御部のブロック線図である。
図3において、前記規制薬物判別装置1の制御部(コントローラC)は、外部との信号の入出力および入出力信号レベルの調節等を行う入出力インタフェース、必要な処理を行うためのプログラムおよびデータ等が記憶されたROM(リードオンリーメモリ)、必要なデータを一時的に記憶するためのRAM(ランダムアクセスメモリ)、前記ROMに記憶されたプログラムに応じた処理を行う中央演算処理装置(CPU)、ならびにクロック発振器等を有するマイクロコンピュータにより構成されており、前記ROMに記憶されたプログラムを実行することにより種々の機能を実現することができる。
【0019】
(コントローラCに接続された制御要素)
前記コントローラCは、表示部4や、赤外光源および干渉計を含むFT−IR装置、その他の制御要素に接続されており、それらの作動制御信号を出力している。
前記表示部4は、規制薬物判別装置1の操作に応じた画像を表示する。
前記FT−IR装置(11〜17)は、赤外光を検査対象試料Tに照射して検出器17で検出する。
(コントローラCに接続された信号入力要素)
コントローラCには、表示部4や入力部6からの制御信号や検出器17からの検出信号が入力される。
【0020】
(コントローラCの機能)
前記コントローラCに記憶された規制薬物判別プログラムAP1は、前記各信号入力要素からの入力信号に応じた処理を実行して、前記各制御要素に制御信号を出力する機能を有している。
すなわち、コントローラCの規制薬物判別プログラムAP1は次の機能を有している。
【0021】
図4は実施例1の規制薬物判別装置で検出されたスペクトルの一例であり、図4Aは規制薬物Aのリン酸塩のスペクトル、図4Bは規制薬物Aの無水塩酸塩のスペクトル、図4Cは規制薬物Aの塩酸塩の水和物のスペクトルの説明図である。
C1:スペクトル分析手段(分光部)
スペクトル分析手段C1は、検出器17で検出された反射光13のスペクトルである測定スペクトルを分析する。実施例1のスペクトル分析手段C1は、従来公知のFT−IR法に基づいて、検出された信号を分光処理して、測定スペクトルの分析を行う。図4において、実施例1のスペクトル分析手段C1では、例えば、検査対象試料Tが規制薬物Aのリン酸塩の場合は、図4Aに示すようなスペクトルを検出する。また、検査対象試料Tが規制薬物Aの無水塩酸塩の場合は、図4Bに示すようなスペクトルを検出し、検査対象試料Tが規制薬物Aの塩酸塩の水和物の場合は、図4Cに示すようなスペクトルを検出する。
【0022】
図5は実施例1で使用した既知試料の一例の一覧表である。
C2:既知スペクトル記憶手段
既知スペクトル記憶手段C2は、成分が既知の錠剤型の既知試料毎に、予め測定されたスペクトルである既知スペクトルを記憶する。実施例1では、既知試料Tの一例として、主剤に賦形剤が添加されたものと、主剤に増量剤と賦形剤とが添加されたものを標準混合物(標本)として、前記規制薬物判別装置1で予め検出し、そのスペクトル(既知スペクトル)を記憶した。実施例1で使用した標準混合物は、主剤として、規制薬物であるMDMA(3,4-Methylenedioxymethamphetamine)の塩酸塩、MDMAのリン酸塩、MA(メタンフェタミン、Methamphetamine)の塩酸塩、MDA(3,4-Methylenedioxyamphetamine)の塩酸塩、MDEA(3,4-Methylenedioxyethylamphetamine)の塩酸塩、KET(ケタミン、Ketamine)の塩酸塩、PSE(プソイドエフェドリン、d-Pseudoephedrine)の塩酸塩、EPH(エフェドリン、l-Ephedrine)の塩酸塩と、規制薬物ではない一例としてCAF(無水カフェイン、Caffeine)を使用した。また、前記増量剤として、CAF、KET、PSE、賦形剤としてLAC(乳糖、ラクトース)、CEL(結晶セルロース)、SOR(D−ソルビトール)、MAN(D−マンニトール)、GLC(D−グルコース)、talc(タルク)、Starch(ポテトスターチ、でんぷん)およびこれらの混合賦形剤を使用した。
【0023】
実施例1では、図5に示すように主剤、増量剤、賦形剤を組み合わせた。なお、主剤+賦形剤の場合は(すなわち、増量剤が無しの場合は)、重量比で、1:9、2:8、4:6、6:4、8:2で混合したものを標準混合品として作成した。また、主剤+増量剤+賦形剤の場合は、重量比で、主剤がMAの場合は1:1:8、1:2:7、2:1:7、1:1:3、1:2:2で混合した既知試料Tそれぞれについてスペクトル(既知スペクトル)を測定した。また、主剤がMDMAの場合は1:1:3、1:2:2、2:1:2、2:2:1、3:1:1で混合し、主剤がPSE、EPHの場合は1:1:8、1:2:7、2:1:7、1:1:3で混合して標準混合品を作成した。
例えば、MDMA・HCL(MDMA塩酸塩)の標準混合物としては、(1)主剤がMDMA・HCLで、増量剤が無し、賦形剤がLAC(MDMAHCL−LAC)のものについて、混合比が1:9〜8:2の5種類、(2)主剤がMDMA・HCLで、増量剤がCAF、賦形剤がLAC(MDMA・HCL−LAC−CAF)のものについて混合比が1:1:3〜3:1:1の5種類、(3)主剤がMDMA・HCLで、増量剤がKET、賦形剤がLAC(MDMA・HCL−LAC−KET)のものについて混合比が1:1:3〜3:1:1の5種類、(4)主剤がMDMA・HCLで、増量剤がPSE、賦形剤がLAC(MDMA・HCL−LAC−PSE)のものについて混合比が1:1:3〜3:1:1の5種類、(5)主剤がMDMA・HCLで、増量剤が無し、賦形剤がCEL(MDMA・HCL−CEL)のものについて、混合比が1:9〜8:2の5種類、…、となり、MDMA・HCLの標準混合物はMDMA・HCL無水物と水和物をあわせ200種類作成した。同様にして、他の主剤についても標準混合物を作成し、それぞれについてスペクトル(既知スペクトル)を測定し、記憶した。
【0024】
C3:類似度算出手段
類似度算出手段C3は、検査対象試料Tの前記測定スペクトルを、前記既知スペクトル記憶手段C2に記憶された既知スペクトルと比較して類似度(スコア)Sを算出する。実施例1の類似度算出手段C3は、前記測定スペクトルが前記既知スペクトルに完全に一致する場合に前記類似度を100として、類似度(スコア)Sを0から100の値で算出する。なお、測定スペクトルと既知スペクトルを比較して類似度を算出するアルゴリズムは従来公知であり、種々のアルゴリズムを採用可能である。なお、類似度Sは、スペクトルの全波長域を対象として比較、判別しても良いし、規制薬物の識別がし易い特定の波長域のみのスペクトル強度を抽出して比較、判別することも可能である。
C4:最高類似度判別手段
最高類似度判別手段C4は、予め設定された最高判別類似度H1を記憶する最高判別類似度記憶手段C4Aを有し、前記各既知スペクトルに対する類似度Sの中で最も類似度の高い最高類似度S1が最高判別類似度H1以上であるか否かを判別する。
【0025】
C4A:最高判別類似度記憶手段
最高判別類似度記憶手段C4Aは、予め設定された最高判別類似度H1を記憶する。実施例1では、前記最高判別類似度H1として、H1=87.5を記憶している。
C5:異種類最高類似度判別手段
異種類最高類似度判別手段C5は、前記類似度算出手段C3で算出された類似度(スコア)Sを参照して、最高類似度S1の試料の種類(実施例では、主剤の種類)とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段C3により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度S2を判別する(検索する)。例えば、最高類似度S1の試料がMDMAの場合に、MDMA以外(例えば、MAやMDA、MDEA、KET等)で類似度Sが最も大きな異種類最高類似度S2を検索する。具体的には、類似度Sの第1位がMDMAの塩酸塩で、第2位がMAの塩酸塩の場合には、MAの塩酸塩の類似度Sが異種類最高類似度S2となる。一方、類似度Sの第1位がMDMAの塩酸塩で、第2位がMDMAのリン酸塩で、第3位がMAの塩酸塩の場合には、第2位が第1位と同じMDMAであるため、第3位のMAの塩酸塩の類似度Sが異種類最高類似度S2となる。
【0026】
C6:類似度差分算出手段
類似度差分算出手段C6は、最高類似度S1と、異種類最高類似度S2と、の差である類似度差分Sa(=S1−S2)を算出する。
C7:類似度差分判別手段
類似度差分判別手段C7は、類似度差分判別値H2を記憶する類似度差分判別値記憶手段C7Aを有し、類似度差分Saが類似度差分判別値H2以上か否かを判別する。
C7A:類似度差分判別値記憶手段
類似度差分判別値記憶手段C7Aは、類似度差分判別値H2を記憶する。実施例1では、前記類似度差分判別値H2は、H2=5に設定されている。
【0027】
C8:規制薬物判別手段
規制薬物判別手段C8は、最高類似度S1の既知試料Tが規制薬物であり、且つ、最高類似度S1が前記最高判別類似度H1以上であり、且つ、前記類似度差分Saが前記類似度差分判別値H2以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する。実施例1では、検査対象試料Tが規制薬物であると判別された場合には、判別結果として、「positive(陽性)」と出力し、検査対象試料Tが規制薬物ではないと判別された場合には、判別結果として、「negative(陰性)」と出力する。
C9:判別結果表示手段
判別結果表示手段C9は、規制薬物判別手段C8で判別された判別結果を、表示部4に表示する。
【0028】
(実施例1のフローチャートの説明)
図6は本発明の実施例1の規制薬物判別装置における規制薬物判別処理のフローチャートである。
図6のフローチャートの各ST(ステップ)の処理は、前記コントローラCのROMに記憶された規制薬物判別プログラムAP1に従って行われる。また、この処理はコントローラCの他の各種処理と並行して実行される。
図6に示す規制薬物判別処理は規制薬物判別プログラムAP1の起動により開始される。
【0029】
図6のST1において、入力部6により検査対象試料Tの判別開始の入力がされたか否かを判別する。イエス(Y)の場合はST2に進み、ノー(N)の場合はST1を繰り返す。
ST2において、FT−IT装置(11〜17)を作動させて、被検査対象試料Tのスペクトルの測定、分析を行うスペクトル分析処理を実行する。そして、ST3に進む。
ST3において、スペクトル分析処理で測定された測定スペクトルと、全ての既知試料の既知スペクトルとを比較して、既知試料に対する類似度Sを算出する類似度算出処理を実行する。そして、ST4に進む。
ST4において、算出された類似度Sの中で最高の最高類似度S1を示す既知試料、すなわち、検査対象試料Tが該当する可能性が最も高い第1候補の既知試料の主剤が規制薬物であるか否かを判別する。イエス(Y)の場合はST5に進み、ノー(N)の場合はST10に進む。
【0030】
ST5において、第1候補の類似度(スコア)Sである最高類似度S1は、最高判別類似度H1以上であるか否かを判別する。イエス(Y)の場合はST6に進み、ノー(N)の場合はST10に進む。
ST6において、前記第1候補とは異なる種類で、類似度(スコア)Sが最高の異種類最高類似度S2を示す既知試料である異種類類似候補を検索する。そして、ST7に進む。
ST7において、類似度差分Sa(=最高類似度S1−異種類最高類似度S2)を演算する。そして、ST8に進む。
【0031】
ST8において、類似度差分Saが、類似度差分判別値H2以上であるか否かを判別する。イエス(Y)の場合はST9に進み、ノー(N)の場合はST10に進む。
ST9において、検査対象試料Tの判別結果として陽性「positive」を出力し、表示部4に表示する。そして、ST1に戻る。
ST10において、検査対象試料Tの判別結果として陰性「negative」を出力し、表示部4に表示する。そして、ST1に戻る。
【0032】
(実施例1の作用)
前記構成を備えた実施例1の規制薬物判別装置1では、検査対象試料TをFT−IR装置でスペクトル分析して得られたスペクトルから、類似度Sを計算し、次の条件(1)〜(3)を全て満足する場合に、陽性と判断し、それ以外は陰性と判断する。
(1)最高類似度S1が規制薬物(ST4参照)。
(2)最高類似度S1が最高判別類似度H1以上(ST5参照)。
(3)類似度Sが次に高い異なる種類の既知試料の類似度S2との類似度差分Saが類似度差分判別値H2以上(ST8参照)。
したがって、検査対象試料Tについて、規制薬物である第1候補と類似度が非常に高く(最高判別類似度H1以上)、また、次に可能性がある第2候補の類似度S2と第1候補の類似度S1との差が大きい、すなわち、第2候補のスペクトルの検査対象試料Tの測定スペクトルに対する類似度S2が第1候補の類似度S1に比べて十分小さい場合に、検査対象試料Tが第1候補の規制薬物であると判別している。
【0033】
したがって、例えば、最高類似度S1が最高判別類似度H1よりも小さい場合、すなわち、最も可能性の高い第1候補でも、スペクトルの類似度があまり高くない場合には、陰性であると判別する。また、例えば、第1候補の類似度S1と、第2候補の類似度S2との差分が大きくない場合、すなわち、第1候補も第2候補も類似度がほとんど同じ場合には、第1候補の可能性も第2候補の可能性もあるため、陽性と判断しない。
この結果、錠剤型の検査対象試料Tに対して、赤外分光法を使用して得られたスペクトルを利用し、最高類似度S1のみを使用する場合に比べて、誤判定する可能性を低減することができ、精度良く判断することができる。したがって、規制薬物以外の試料を規制薬物と判断する誤認を低減することもできる。
また、実施例1の規制薬物判別装置1は、ケース2を閉じて把持部2bを把持することで容易に持ち運ぶことができる。したがって、疑わしい薬物がある現場に規制薬物判別装置1を容易に持ち込むことができ、その場で疑わしい薬物が規制薬物か否か判別することができる。
【0034】
(第1実験例)
図7は実施例1の規制薬物判別装置での判別について、第1実験例の実験結果の説明図である。
実施例1の規制薬物判別装置1を使用して、薬物の判別実験を行った。
(実験例1)
実験例1では、主剤としてMDMA・HCL(MDMA塩酸塩)を使用し、増量剤を添加せず(none)、賦形剤を添加した試料を使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて44個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は90.5、類似度差分Saの最小値が8.1であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
(実験例2)
実験例2では、主剤としてMDMA・HCL(MDMA塩酸塩)を使用し、増量剤としてCAFを添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は94.7、類似度差分Saの最小値が7.6であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
【0035】
(実験例3)
実験例3では、主剤としてMDMA・HCL(MDMA塩酸塩)を使用し、増量剤としてKET・HCL(KET塩酸塩)を添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は94.3、類似度差分Saの最小値が14.6であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
(実験例4)
実験例4では、主剤としてMDMA・HCL(MDMA塩酸塩)を使用し、増量剤としてPSE・HCL(PSE塩酸塩)を添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、MDMA・HCLを含有しない試料のスペクトルが最高類似度を示した1例を除き、最高類似度S1の最小値は93.1、類似度差分Saの最小値が5.6であった。したがって、1件を除き、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、1件を除いて誤判定は発生しなかった。MDMA・HCLを含有しない試料のスペクトルが最高類似度を示した1例に関しても規制薬物(positive)ではなく、非規制薬物(negative)であると誤判定(False)されたため、非規制薬物を規制薬物と誤判定、誤認することは防止されている。
【0036】
(実験例5)
実験例5では、主剤としてMDMAリン酸塩を使用し、増量剤を添加せず、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は86.2、類似度差分Saの最小値が10.6であった。なお、最高類似度S1が87.5を下回った試料Tは1件のみで、最高類似度S1が次に小さい試料TはS1=88.7であった。したがって、1件を除いて最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、1件を除いて誤判定は発生しなかった。また、最高類似度S1が87.5を下回った試料Tについても、規制薬物(positive)ではなく、非規制薬物(negative)であると誤判定(False)されたため、非規制薬物を規制薬物と誤判定、誤認することは防止されている。
【0037】
(実験例6)
実験例6では、主剤としてMDA・HCLを使用し、増量剤を添加せず、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて20個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は97.3、類似度差分Saの最小値が15.7であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
(実験例7)
実験例7では、主剤としてMA・HCLを使用し、増量剤を添加せず、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は95.8、類似度差分Saの最小値が14.6であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
【0038】
(実験例8)
実験例8では、主剤としてMA・HCLを使用し、増量剤としてCAFを添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は96.8、類似度差分Saの最小値が8.9であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
(実験例9)
実験例9では、主剤としてMA・HCLを使用し、増量剤としてKET・HCLを添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は95.7、類似度差分Saの最小値が15.7であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
【0039】
(実験例10)
実験例10では、主剤としてMA・HCLを使用し、増量剤としてPSE・HCLを添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は94.1、類似度差分Saの最小値が0.4であった。なお、実験例10では、類似度差分Saが5を下回った試料Tは、2件あり、類似度差分Saの最小値が0.4であり、次に類似度差分Saが小さいものが1.6、その次に類似度差分Saが小さいものが5.5であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、2件を除いて類似度差分判別値H2=5以上であるため、2件を除いて誤判定は発生しなかった。また、類似度差分Saが5を下回った2件についても、規制薬物(positive)ではなく、非規制薬物(negative)であると誤判定(False)されたため、非規制薬物を規制薬物と誤判定、誤認することは防止されている。
【0040】
(実験例11)
実験例11では、主剤としてKET・HCLを使用し、増量剤を添加せず、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて6個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は96.6、類似度差分Saの最小値が14.7であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
【0041】
(実験例12)
実験例12では、主剤としてPSE・HCLを使用し、増量剤を添加せず、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて6個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は96.7、類似度差分Saの最小値が4.2であった。なお、実験例12では、類似度差分Saが5を下回った試料Tは、1件あり、次に類似度差分Saが小さいものが6.8であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、1件を除いて類似度差分判別値H2=5以上であるため、1件を除いて誤判定は発生しなかった。また、類似度差分Saが5を下回った1件についても、規制薬物(positive)ではなく、非規制薬物(negative)であると誤判定(False)されたため、非規制薬物を規制薬物と誤判定、誤認することは防止されている。
【0042】
(実験例13)
実験例13では、主剤としてPSE・HCLを使用し、増量剤としてCAFを添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は96.2、類似度差分Saの最小値が7.2であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
(実験例14)
実験例14では、主剤としてEPH・HCLを使用し、増量剤を添加せず、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて6個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は97.6、類似度差分Saの最小値が11.6であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
(実験例15)
実験例15では、主剤としてEPH・HCLを使用し、増量剤としてCAFを添加し、賦形剤を添加した試料Tを使用した。標本数nとして主剤の含有率が20%以下で混合比を替えて12個の錠剤型の試料Tのスペクトル分析を行った結果、最高類似度S1の最小値は95.8、類似度差分Saの最小値が5.9であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
【0043】
図8は実施例1の第1実験例の続きの実験例の説明図である。
(実験例16)
実験例16では、非規制薬物を含有する例として、賦形剤のみを含有する試料Tを標本数nとして11個作成して類似度を検出したが、最高類似度S1が最大でも82.8であったため、非規制薬物を規制薬物と誤判定することはなかった。
(実験例17)
実験例17では、40%以下のCAFを含有する非規制薬物の試料Tを、標本数nとして6個作成したが、最高類似度S1となる第1候補がCAFであったため、非規制薬物を規制薬物と誤判定することはなかった。なお、このとき、類似度差分Saは、2.7〜5.8であった。
【0044】
(実験例18)
実験例18では、医薬品の錠剤(鼻炎治療薬)について実験を行った。PSEが10%を超えて含有される製剤(PSEの単剤や合剤)は規制されており、規制薬物であるPSE製剤について5件測定を行い、このうち3件は、最高類似度S1が95.3〜96.9であり、類似度差分Saが5.4〜6.7であり、陽性(positive)という正しい(True)判定がされた。残りの2件については、最高類似度S1が80未満であり、陰性(negative)という誤った(False)判定がされたが、非規制薬物を規制薬物と誤判定していない。
(実験例19)
実験例19では、非規制薬物であるCAFの単剤について実験を行った。CAF単剤について3件測定を行い、このうち2件は、最高類似度S1が88.9〜92.1であり、類似度差分Saが4.8〜6.3であり、最高類似度S1がCAFであったため、陰性(negative)という正しい(true)判定(True negative)がされた。残りの1件については、最高類似度S1が81であり、陰性(negative)という結果的には正しい判定がされた。
【0045】
(実験例20)
実験例20では、実験例18,19以外の医薬品錠剤(風邪薬等)について36件の実験を行ったが、全て最高類似度S1が80未満であったため、陰性であるという正しい判定がされた。
(実験例21)
実験例21では、実際に警察で押収された錠剤を使用して実験を行った。押収錠剤は、MDA・HCLが2個と、MDMA・HCLが20個あり、MDMA・HCLは、MDMAの単剤が15個、MDMAとMDAの合剤(MDMA>MDA)が1個、MDMAにCAFが添加された錠剤が1個、MDMAにKETが添加された錠剤が1個、MDMAにKETとCAFが添加された錠剤が2個であった。このとき、最高類似度S1の最小値は87.9であり、類似度差分Saの最小値は5.3であった。したがって、最小値でも最高判別類似度H1=87.5以上且つ、類似度差分判別値H2=5以上であるため、誤判定は発生しなかった。
【0046】
図9は実施例1の第1実験例の実験結果をまとめた図である。
図9において、第1実験例では、総標本数n=285に対して、誤判定(False)がされたのは7件であり、97%以上の精度で規制薬物を判別することができる。また、誤判定(False)されたものでも、全てが規制薬物を非規制薬物であると判別した場合(False negative)であり、非規制薬物を規制薬物と誤判定(False positive)はなかった。
よって、規制薬物判別装置1により、規制薬物か否かを精度良く判別することができると共に、非規制薬物を規制薬物であると誤認することが防止され、誤認逮捕を減らすことができる。
【0047】
(第2実験例)
図10は実施例1の第2実験例の実験結果の説明図であり、図10Aは最高判別類似度を変化させた場合の実験結果の説明図、図10Bは類似度差分判別値を変化させた場合の実験結果の説明図である。
図10において、最高判別類似度H1と類似度差分判別値H2を変化させた場合に、規制薬物の判別結果がどのように変化するかについて実験を行った。実験結果を図10に示す。
図10Aにおいて、実験データとして、229件の陽性の試料について、類似度差分判別値H2を考慮せず、最高判別類似度H1を変化させて、実施例1の規制薬物判別装置1で判別をした。最高判別類似度H1が87.5の場合は、正しい陽性判定(True positive)が225件で、誤った陰性判定(False negative)が4件であった。最高判別類似度H1を85とすると、正しい陽性判定(True positive)が226件で、誤った陰性判定(False negative)が3件であった。最高判別類似度H1を90とすると、正しい陽性判定(True positive)が223件で、誤った陰性判定(False negative)が6件であった。
【0048】
図10Bにおいて、最高判別類似度H1を考慮せずに、類似度差分判別値H2を変化させて、同じ229件の陽性の試料について判別を行うと、類似度差分判別値H2が5の場合は、正しい陽性判定(True positive)が223件で、誤った陰性判定(False negative)が6件であった。類似度差分判別値H2を3とすると、正しい陽性判定(True positive)が224件で、誤った陰性判定(False negative)が5件であった。類似度差分判別値H2を7とすると、正しい陽性判定(True positive)が214件で、誤った陰性判定(False negative)が15件であった。
なお、図10A、図10Bのいずれの場合においても、規制薬物を含有していない試料について56件測定を行ったが、全てについて、正しい陰性判定(True negative)であった。
【0049】
前記最高判別類似度H1を大きくすると、類似度が高くないと規制薬物と判別されにくくなるため、非規制薬物を規制薬物と判別しにくくなるが、同時に規制薬物を非規制薬物と判別しやすくなる。逆に、最高判別類似度H1を小さくすると、非規制薬物を規制薬物と判別する恐れが高くなる。
また、前記類似度差分判別値H2を大きくすると、第2候補と第1候補との類似度の差分が大きくないと陽性と判別されないため、非規制薬物を規制薬物と判別しにくくなるが、同時に規制薬物を非規制薬物と判別しやすくなる。逆に、類似度差分判別値H2を小さくすると、非規制薬物を規制薬物と判別する恐れが高くなる。
よって、前記最高判別類似度H1および類似度差分判別値H2は、非規制薬物を規制薬物と判別する恐れを減らすためには、できるだけ大きな値を取ることが望ましいが、陽性の試料を陰性と判断しやすくなる恐れもある。実施例1では、実験例21の結果に基づいて、実際に押収された押収薬物の最高類似度S1の最小値が87.9であり、類似度差分Saの最小値が5.3であることを考慮して、最高判別類似度H1を87.5、類似度差分判別値H2を5とした。なお、対象とする試料や、FT−IR装置のスペクトルの測定精度等に応じて、適宜変更可能である。
【0050】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)〜(H04)を下記に例示する。
(H01)前記実施例において、スペクトル分析を行う方法として、FT−IR法とATR法を併用する規制薬物判別装置1を使用したが、この方法に限定されず、錠剤型の試料のスペクトルを検出可能な任意の方法(赤外分光法、ラマン分光法等)を採用可能である。
(H02)前記実施例において、規制薬物判別装置1を携帯、携行可能に構成することが望ましいが、実験室等に固定した固定式の構成とすることも可能である。
【0051】
(H03)前記実施例において、類似度Sは0〜100で数値化する場合を例示したが、これに限定されず、数値範囲や数値範囲の刻み幅を任意に変更したり、あるいは、類似度がマイナスの値とすることも可能である。
(H04)本発明は、増量剤や賦形剤等が添加された錠剤型の試料に対して好適に使用可能であるが、錠剤型以外の形態、粉状や顆粒状等の形態の試料に対しても適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は本発明の実施例1の規制薬物判別装置の全体説明図である。
【図2】図2は図1の規制薬物判別装置の要部説明図であり、図2Aは試料保持部分の要部拡大説明図、図2Bは試料検出方法の概略説明図である。
【図3】図3は本発明の実施例1の規制薬物判別装置の制御部のブロック線図である。
【図4】図4は実施例1の規制薬物判別装置で検出されたスペクトルの一例であり、図4Aは規制薬物Aのリン酸塩のスペクトル、図4Bは規制薬物Aの無水塩酸塩のスペクトル、図4Cは規制薬物Aの塩酸塩の水和物のスペクトルの説明図である。
【図5】図5は実施例1で使用した既知試料の一例の一覧表である。
【図6】図6は本発明の実施例1の規制薬物判別装置における規制薬物判別処理のフローチャートである。
【図7】図7は実施例1の規制薬物判別装置での判別について、第1実験例の実験結果の説明図である。
【図8】図8は実施例1の第1実験例の続きの実験例の説明図である。
【図9】図9は実施例1の第1実験例の実験結果をまとめた図である。
【図10】図10は実施例1の第2実験例の実験結果の説明図であり、図10Aは最高判別類似度を変化させた場合の実験結果の説明図、図10Bは類似度差分判別値を変化させた場合の実験結果の説明図である。
【符号の説明】
【0053】
1…規制薬物判別装置、2…ケース、2a…ヒンジ、2b…把持部、3…装置本体、4…表示部、6…入力部、7a…検査光照射部、7…試料ホルダ部、8…加圧部材、11…ダイヤモンドATRエレメント、11〜17…フーリエ変換赤外分光装置、12…フォーカシングクリスタル、13…赤外光、14…入射光学系、16…反射光学系、17…検出器、AP1…規制薬物判別プログラム、C…コントローラ、C1…スペクトル分析手段、C2…既知スペクトル記憶手段、C3…類似度算出手段、C4…最高類似度判別手段、C4A…最高判別類似度記憶手段、C5…異種類最高類似度判別手段、C6…類似度差分算出手段、C7…類似度差分判別手段、C7A…類似度差分判別値記憶手段、C8…規制薬物判別手段、C9…判別結果表示手段、H1…最高判別類似度、H2…類似度差分判別値、n…標本数、S…類似度、S1…最高類似度、S2…異種類最高類似度、Sa…類似度差分、T…被検査対象試料。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象試料に照射された検査光の反射光を検出する検出器と、
前記検出器で検出された反射光の測定スペクトルを分析するスペクトル分析手段と、
成分が既知の既知試料毎に、予め測定されたスペクトルである既知スペクトルを記憶する既知スペクトル記憶手段と、
前記検査対象試料の前記測定スペクトルを、前記既知スペクトル記憶手段に記憶された既知スペクトルと比較して類似度を算出する類似度算出手段と、
前記各既知スペクトルに対する類似度の中で最も類似度の高い最高類似度が、予め設定された最高判別類似度以上か否かを判別する最高類似度判別手段と、
前記最高類似度と、前記最高類似度の試料の種類とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度と、の差である類似度差分が予め設定された類似度差分判別値以上か否かを判別する類似度差分判別手段と、
前記最高類似度の既知試料が規制薬物であり、且つ、前記最高類似度が前記最高判別類似度以上であり、且つ、前記類似度差分が前記類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する規制薬物判別手段と、
を備えたことを特徴とする規制薬物判別装置。
【請求項2】
赤外光としての前記検査光と、反射した前記赤外光を検出する前記検出器と、前記検出器で検出された反射光をフーリエ変換赤外分光法で分析するスペクトル分析手段と、を有するフーリエ変換赤外分光装置、
を備えたことを特徴とする請求項1に記載の規制薬物判別装置。
【請求項3】
前記測定スペクトルが前記既知スペクトルに完全に一致する場合に前記類似度を100として、類似度を0から100の値で算出する前記類似度算出手段と、
前記類似値判別閾値として87.5を使用して判別を行う前記最高類似値判別手段と、
前記類似度差分判別閾値として5を使用して判別を行う前記類似度差分判別手段と、
を備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の規制薬物判別装置。
【請求項4】
検査対象試料に照射された検査光の反射光の測定スペクトルを分析するスペクトル分析ステップと、
成分が既知の既知試料毎に予め測定されたスペクトルである既知スペクトルと、前記検査対象試料の前記測定スペクトルとを比較して類似度を算出する類似度算出ステップと、
前記各既知スペクトルに対する類似度の中で最も類似度の高い最高類似度の既知試料が規制薬物であり、且つ、前記最高類似度が予め設定された最高判別類似度以上であり、且つ、前記最高類似度の試料の種類とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度と前記最高類似度との差である類似度差分が予め設定された類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する規制薬物判別ステップと、
を実行することを特徴とする規制薬物判別方法。
【請求項5】
コンピュータを、
成分が既知の既知試料毎に予め測定されたスペクトルである既知スペクトルと、検査対象試料に照射された検査光の反射光の測定スペクトルとを比較して類似度を算出する類似度算出手段、
前記各既知スペクトルに対する類似度の中で最も類似度の高い最高類似度の既知試料が規制薬物であり、且つ、前記最高類似度が予め設定された最高判別類似度以上であり、且つ、前記最高類似度の試料の種類とは異なる種類の既知試料の中で前記類似度算出手段により算出された類似度が最も高い異種類最高類似度と前記最高類似度との差である類似度差分が予め設定された類似度差分判別値以上である場合に、前記検査対象試料が規制薬物であると判別する規制薬物判別手段、
として機能させるための規制薬物判別プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−298460(P2008−298460A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−141959(P2007−141959)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年6月8日〜9日 日本法中毒学会主催の「日本法中毒学会 第26年会」に文書をもって発表
【出願人】(592083915)警察庁科学警察研究所長 (23)
【出願人】(593230855)株式会社エス・テイ・ジャパン (13)
【出願人】(000214043)蝶理株式会社 (14)
【Fターム(参考)】