説明

観測信号処理装置

【課題】観測装置と物標の間に相対速度がある場合にも、良好なコヒーレント積分を行うことのできる観測信号処理装置を提供する。
【解決手段】パルス信号を探査信号として送出し、物標で反射された反射信号と、パルス信号を遅延させた遅延変調パルス信号に基づいて、観測値を得、観測値をコヒーレント積分して積分値を出力する装置であって、観測領域に応じた積分出力の要求プロセスゲインを格納するメモリ、物標の概算相対速度を格納するメモリ、相対速度不確かさを格納するメモリ、要求プロセスゲイン、コヒーレント積分回数を演算決定する手段、コヒーレント積分回数分のパルス信号を送信アンテナから送出する手段、パルス信号の反射波を観測値として蓄積する手段、位相補正量を演算する手段、観測値について位相重み付きコヒーレント積分をコヒーレント積分回数分行って、要求プロセスゲインを満足させた積分出力を出力する手段から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶、車両、航空機などに搭載される、ソナー、レーダなど、パルス信号を送出して物標からの当該パルス信号の反射信号を補足することで物標を検出することの出来る物標観測装置に適用するに好適な、観測信号処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の物標観測装置においては、例えば、非特許文献1に示すように、物標からの反射信号から得られる観測値を加算平均することで、信号雑音比(SNR)を改善する、コヒーレント積分と言われる手法がよく知られている。
【0003】
即ち、観測値が独立同一分布の場合、観測値をNUMCI回加算平均すると、中心極限定理から、加算平均後の出力値のSNRはNUMCI倍になるという、統計的性質を利用した信号処理である。この場合、入力信号と出力信号のSNR比である、プロセスゲインは、
プロセスゲイン
=(出力SNR)/(入力SNR)
で、NUMCI倍となる。

【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Rader Systems Analysis andDesign Using MATLAB® SecondEdition 4.4.1〜4.4.2: Bassem R. Mahafza 2005刊 Chapman & Hall/CRC Taylor& Francis Group ISBN-10: 1-58448-532-7 ISBN-13: 978-1-58488-532-0
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この手法は、観測装置と物標の間の相対速度が0の場合には、良好な結果をもたらすが、観測装置と物標の間に相対速度がある場合には、物標からの反射波に対して、コヒーレント積分を行うと、相対速度の影響により、信号成分の劣化が生じ、プロセスゲインが静止物標の場合に比べ劣化する不都合がある。
【0006】
そこで、本発明は、反射波に対してコヒーレント積分を行う際に、観測装置と物標の間に相対速度が有る場合でも、良好なコヒーレント積分を行うことの出来る観測信号処理装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の観点は、観測すべき領域に対して、1探査当たり複数回の搬送波(CW)で変調されたパルス信号を探査信号(TX)として送信アンテナ(16)から、前記領域に対して順次送出し、前記探査信号の一部が前記物標でそれぞれ反射され受信アンテナ(22)で複数の反射信号(RX)として補足され、該補足された反射信号と前記搬送波で変調されたパルス信号を遅延させた遅延変調パルス信号(LOI、LOQ)に基づいて相関検波することで、前記1探査当たり複数の観測値(x)を得、前記観測値は、前記物標との相対距離の情報を位相に含み、物標との相対距離と物標の反射断面積の情報を振幅に含むものであり、該得られた観測値をコヒーレント積分することで、前記1探査当たり、所定のコヒーレント積分値を積分出力として外部に対して出力することの出来る観測信号処理装置(1)であって、該観測信号処理装置は、
前記観測すべき領域に存在する前記物標を探査するために必要な前記領域に応じた前記積分出力のプロセスゲインを要求プロセスゲイン(PGreq)として格納する第1のメモリ(12)、
前記探査すべき物標についての概算相対速度(V)を格納する第2のメモリ(12)、
前記概算相対速度(V)に対する誤差マージンである相対速度不確かさ(ΔV)を格納する第3のメモリ(12)、
前記観測すべき領域に応じた前記要求プロセスゲイン、前記探査すべき物標についての概算相対速度(V)及び該相対速度に対する前記相対速度不確かさ(ΔV)を前記第1乃至弟3のメモリから読み出し、それらの値から前記要求プロセスゲイン(PGreq)を満足する、前記コヒーレント積分する際のコヒーレント積分回数(NUMCI)を演算決定するコヒーレント積分回数決定手段(18)、
前記決定されたコヒーレント積分回数分の前記パルス信号を前記探査信号として前記送信アンテナ(16)から送出する探査信号送出手段(7,14,15)、
前記送出された前記コヒーレント積分回数(NUMCI)分の前記パルス信号の反射波を前記反射信号として前記受信アンテナ(22)で補足し、前記観測値(X(0)〜X(NUMCI−1))として蓄積する観測データメモリ手段(5,6)、
前記物標の前記概算相対速度(V)を前記第2のメモリ手段(12)から読み出して、該読み出された概算相対速度(V)に基づいて位相補正量(φ)を演算する位相補正量演算手段(10)、
前記演算された位相補正量(φ)に基づいて、前記コヒーレント積分回数(NUMCI)分の観測値について位相重み付きコヒーレント積分を前記コヒーレント積分回数(NUMCI)分行って、前記要求プロセスゲイン(PGreq)を満足させた前記積分出力(y)を外部に出力する、位相重み付きコヒーレント積分手段(11)、
から構成される。
【0008】
本発明の第2の観点は、前記観測すべき領域は、前記観測信号処理装置と前記観測すべき領域までの距離に応じて複数、設定されていること、
を特徴として構成される。
【0009】
本発明の第3の観点は、前記コヒーレント積分回数決定手段は、(1)式
【数1】

(ただし、PGreq:要求プロセスゲイン、V:概算相対速度、ΔV:相対速度不確かさ、PRI:パルス送信間隔、V:光速度、ω:搬送波の角周波数)に基づいて前記コヒーレント積分回数を決定すること、
を特徴として構成される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、要求プロセスゲイン、探査すべき物標についての概算相対速度(V)及び該相対速度に対する誤差マージンである相対速度不確かさ(ΔV)から要求プロセスゲイン(PGreq)を満足するコヒーレント積分回数(NUMCI)を演算決定すると共に、物標の概算相対速度(V)に基づいて位相補正量(φ)を演算し、演算された位相補正量(φ)に基づいて、観測値についてコヒーレント積分回数(NUMCI)分の位相重み付きコヒーレント積分を行って、要求プロセスゲイン(PGreq)を満足させた積分出力(y)を外部に出力するので、観測装置と物標の間に相対速度が有る場合でも、物標との間の相対速度を考慮した形で、要求されたプロセスゲインを持ったコヒーレント積分を行うことが出来る。
【0011】
なお、括弧内の番号等は、図面における対応する要素を示す便宜的なものであり、従って、本記述は図面上の記載に限定拘束されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による観測信号処理装置の一例を示すブロック図。
【図2】観測装置の一例を示すブロック図。
【図3】本発明と従来手法における、コヒーレント積分回数とプロセスゲインの関係の一例を示す図。
【図4】本発明による要求プロセスゲインを考慮したコヒーレント積分回数に基づく積分手法と従来のコヒーレント積分手法のプロセスゲインの比較を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面に基づき、本発明の実施例を説明する。
【0014】
ソナーやレーダを構成する観測信号処理装置1は、図1に示すように、主制御部2を有しており、主制御部2にはバス線3を介して観測装置5、観測データメモリ6,観測制御装置7,観測プログラムメモリ9、位相補正量演算部10,図示しない物標検出部などに接続された位相補正重み付きコヒーレント積分部11、パラメータメモリ12及び、積分回数決定部18などが接続している。観測信号処理装置1は、図1に示す以外にも、多くの構成要素が接続しているが、図1では、本発明に関連する部分のみを図示し、それ以外の部分の図示を省略している。
【0015】
また、観測装置5は、図2に示すように、遅延器13を有しており、遅延器13にはパルス列発生器14及びミキサ17が接続している。パルス列発生器14には、発信アンテナ16に接続されたミキサ15が接続され、更に、ミキサ15には、ミキサ17に接続された搬送波発信器19が接続している。ミキサ17には、90゜位相遅延器20及び、受信アンテナ22に接続されたミキサ21が接続しており、ミキサ21には、ローパスフィルタ23を介してA/D変換器25が接続している。
【0016】
図1に示す観測信号処理装置1は、実際にはコンピュータが、図示しないメモリに格納された所定の制御プログラムなどを読み出して、実行することで、図示しないCPUやメモリが、マルチタスクにより時分割的に動作し、図1に示す各ブロックに示された機能を実行してゆくこととなる。しかし、観測信号処理装置1を、各ブロックに対応したハードウエアで構成することも可能であり、また各ブロックを各ブロックに分散的に設けられたCPU又はMPUにより制御するように構成することも可能である。
【0017】
観測信号処理装置1は以上のような構成を有するので、主制御部2は、物標の観測に際しては、観測プログラムメモリ9に格納された観測プログラムOPRを読み出して、この読み出された観測プログラムOPRに基づいて、物標の観測作業を実行するように、観測制御装置7に対して指令する。
【0018】
これを受けて観測制御装置7は、観測プログラムOPRに基づいて、これから観測すべき物標が存在するであろう領域、即ち物標を探査すべき領域を指定する領域信号DSを観測装置5の遅延器13及びA/D変換器25に対して出力する。この領域は、例えば、送信アンテナ16(及び受信アンテナ22)から探査すべき物標までの距離を指定することで指定する。同時に、観測制御装置7は、観測装置5のパルス列発生器14に対して、測定用パルス信号を発生させるトリガーとなるトリガー信号TRを適宜なタイミングで出力する。
【0019】
観測装置5では、搬送波発信器19が所定周波数の搬送波CWを発生させてミキサ15,17に出力する。ミキサ15では、搬送波発信器19から出力された搬送波CWと、パルス列発生器14から、トリガー信号TRによって発生させられたパルス信号PLをミキシングして、搬送波CWで変調されたパルス信号PLが含まれた探査信号TXを生成し、送信アンテナ16から射出する。送信アンテナ16から射出された探査信号TXは、物標で反射され、その一部が反射信号RXとして受信アンテナ22に補足され、ミキサ21に入力される。
【0020】
一方、遅延器13では、観測制御装置7から入力された領域信号DSに示された、物標を探査すべき距離に応じた時間だけ、パルス列発生器14から出力されるパルス信号PLに対して対して遅延をかけ、遅延パルス信号DPLを生成してミキサ17に出力する。ミキサ17では、搬送波発信器19から出力された搬送波CWと遅延パルス信号DPLをミキシングして、搬送波CWで変調された領域遅延信号LOIとして、ミキサ21及び位相変換器20に出力する。
【0021】
位相変換器20は、入力された領域遅延信号LOIの位相を90°ずらせた直交領域遅延信号LOQを生成して、ミキサ21に出力する。ここで、便宜上、位相の90°異なる、信号LOIとLOQを区別するために、信号LOIを「I相」、信号LOQを「Q相」と称する。ミキサ21では、受信アンテナ22に補足された反射信号RXに対して、物標を探査すべき領域、即ち距離に応じた時間だけ遅延された遅延変調パルス信号である領域遅延信号LOI及び直交領域遅延信号LOQをそれぞれミキシングして相関検波することで、I相混合信号MXI及びQ相混合信号MXQを生成して、ローパスフィルタ23を介してA/D変換器25に出力する。A/D変換器25では、それぞれI相混合信号MXI及びQ相混合信号MXQを、領域信号DS、即ち物標を探査すべき距離に応じて遅延させたタイミングでデジタル変換して、I相のサンプル出力Ispl及びQ相のサンプル出力Qsplを得る。
【0022】
こうして得られたI相のサンプル出力Ispl及びQ相のサンプル出力Qsplは、観測制御装置7により観測データメモリ6内に、観測された反射信号RX毎に、x=Ispl+j・Qsplとして格納される。なお、物標の探査に際して、所定の領域に対する1回の探査で観測制御装置7からのトリガー信号TRによりパルス列発生器14を介して該領域(物標)に向けて射出されるべきパルス信号PLの数、従って受信すべき、当該領域に存在する物標からの反射信号RXの数は、当該領域で求められる処理信号のプロセスゲインにより決定され、これは、位相補正重み付きコヒーレント積分部11から出力されるコヒーレント積分値のプロセスゲインに対応する。通常、この値は、位相補正重み付きコヒーレント積分部11が処理するコヒーレント積分回数NUMCIと対応している。
【0023】
なお、ある領域に関して、該領域に存在する物標を探査するために必要な受信信号のプロセスゲイン、即ち観測信号処理装置1が後段の信号処理のために位相補正重み付きコヒーレント積分部11より出力する積分出力yのプロセスゲインは、信号処理装置1(又は、該信号処理装置1が搭載された移動体)と探査(観測)すべき領域までの距離に応じて設定された複数の領域について、実験的に定められた値がパラメータメモリ12内に、探査すべき領域に対応する形で、要求プロセスゲインPGreqとして距離別に格納されている。従って、観測制御装置7は、探査すべき領域が観測プログラムOPRにより主制御部2を介して指定されると、直ちに指定された領域の探査に求められる観測信号処理装置1の積分出力yにおいて要求される要求プロセスゲインPGreqをパラメータメモリ12から読み出すことが出来る。
【0024】
要求プロセスゲインPGreqが観測制御装置7により読み出されると、観測制御装置7は、積分回数決定部18に対して、該読み出された要求プロセスゲインPGreqから、位相重み付きコヒーレント積分部11で行うべきコヒーレント積分回数NUMCI、従って、1回の探査で観測制御装置7からのトリガー信号TRによりパルス列発生器14を介して該領域(物標)に向けて射出されるべきパルス信号PLの数を演算するように指令する。
【0025】
積分回数決定部18は、これを受けて、パラメータメモリ12から検出(探査)すべき物標について予め設定された概算相対速度V及び概算相対速度Vに対応する相対速度不確かさΔVを読み出す。
【0026】
概算相対速度Vは、観測信号処理装置1と探査すべき物標との間の想定される相対速度であり、その値は、
1)探査の際に想定される物標との相対速度の領域の中心値、
2)観測信号処理装置1が搭載される車両などの動作モード(動作状態)、例えば、オートクルージングモード、プリクラッシュセーフティ、フロントコリジョンウオーニング、レーンチェンジオウオーニング等の動作モードに応じた適切な値、
3)探査すべき物標との間の距離に対応した値、
4)負の相対速度値(即ち、観測信号処理装置1が搭載された車両などの移動体に向かって進行してくる物標の持つ相対速度値)、
など、各種の決定要素に基づいて、パラメータメモリ12内に1)〜4)の各要素別にデフォルト値として格納されている。従って、積分回数決定部18は、観測プログラムOPRに基づいて、それら各種の決定要素1)〜4)のうち、現在の車両の状態など、現在の観測信号処理装置1の探査状態に対応した概算相対速度をパラメータメモリ12から読み出し、位相重み付きコヒーレント積分部11で行うべきコヒーレント積分回数NUMCIを決定するために使用する概算相対速度Vを決定する。なお、こうして決定された概算相対速度Vは、位相補正量演算部10にも出力され、後述する位相補正量φを演算決定するために使用される。
【0027】
また、相対速度不確かさΔVとは、概算相対速度Vに対する誤差マージンであり(ΔV≧0とする)、パラメータメモリ12内にデフォルト値として予め格納されている。相対速度不確かさΔVは、一定値をとる概算相対速度Vに対して、想定される物標の実際の相対速度に対するずれを補正するために設定された補正値であり、概算相対速度Vに対する変動幅として与えられる。これは例えば、想定される物標の相対速度Vが、−100〜−10kmhの場合、概算相対速度Vがある領域に対して−55kmhとしてパラメータメモリ12に設定されていた場合、積分回数決定部18は、相対速度不確かさΔVをパラメータメモリ12から読み出して、±50kmhと演算設定し、コヒーレント積分回数NUMCIを演算する際に、V+ΔVにより概算相対速度Vを補正して使用し、−105〜−5kmhの相対速度Vの物標に対応出来るように構成する。この際、検出すべき物標の相対速度Vが、V±ΔVの相対速度範囲に入るように概算相対速度V及び相対速度不確かさΔVを設定すると良い。なお、概算相対速度V及び相対速度不確かさΔVは、探査すべき物標及び観測すべき領域(距離)に応じてそれぞれ複数個、設定するように構成することも可能である。
【0028】
積分回数決定部18は、要求プロセスゲインPGreq、及び相対速度不確かさΔVから、式(1)を用いて、要求プロセスゲインPGreqを満足するコヒーレント積分回数NUMCIを求める。
【0029】
【数1】

ただし、ωは搬送波CWの角周波数、PRI:パルス送信間隔、V:光速。
【0030】
積分回数決定部18により、要求プロセスゲインPGreqを満足するコヒーレント積分回数NUMCIが、概算相対速度V及び相対速度不確かさΔVに基づいて求められたところで、当該求められたコヒーレント積分回数NUMCIを、1回の探査で観測制御装置7からのトリガー信号TRによりパルス列発生器14を介して該領域(物標)に向けて射出されるべきパルス信号PLの数として、観測制御装置7に出力する。
【0031】
観測制御装置7は、上述したように、積分回数決定部18から出力されたコヒーレント積分回数に基づいて、1回の探査で送信アンテナ16から射出すべきパルス信号PLの数(=コヒーレント積分回数NUMCI)を決定し、観測装置5のパルス列発生器14、送信アンテナ16などを介して、当該コヒーレント積分回数NUMCI分のパルス信号PLを物標を探査すべき領域に、探査信号TXとして送出する。
【0032】
探査すべき領域に物標が存在した場合には、該物標で探査信号TXの一部が反射され、反射信号RXとして受信アンテナ22に受信される。受信アンテナ22では、探査信号を構成する、パルス信号PLの数と等しい、コヒーレント積分回数NUMCI分の反射信号RXが補足される。
【0033】
観測データメモリ6内に、1回の探査分の反射信号RXの観測値、即ち、少なくとも積分回数決定部18で演算決定されたコヒーレント積分回数NUMCI分の反射信号RXの観測値X(0)〜X(NUMCI−1)が蓄積された時点で、主制御部2は、観測プログラムOPRに基づいて位相補正重み付きコヒーレント積分部11に対して、当該観測値X(0)〜X(NUMCI−1)をコヒーレント積分するように指令する。
【0034】
観測データメモリ6に格納される、1回の探査分の観測値が、前述した要求プロセスゲインPGreqを満足するコヒーレント積分回数NUMCIに対応するNUMCI回であるとすると、NUMCI個のサンプルが観測値として得ることが出来る。即ち、
i=0回目のサンプルのモデルを、(2)、(3)式で表す。
【0035】
【数2】

【数3】

また、i=1回目のサンプルのモデルを、(4)、(5)式で表す。
【0036】
【数4】

【数5】

同様に、i=k回目のサンプルのモデルを、(6)、(7)式で表す。
【0037】
【数6】

【数7】

即ち、各観測値(サンプル)は、物標との相対距離の情報を位相に含み、物標の相対距離と物標の反射断面積の情報を振幅に含むこととなる。
【0038】
次に、得られたNUMCI回分のサンプル(観測値)を、積分回数決定部18で決定されたコヒーレント積分回数NUMCIだけコヒーレント積分するのであるが、その際、位相補正重み付きコヒーレント積分部11は、位相補正量演算部10に対して、観測値をコヒーレント積分する際の位相補正量を決定するように要求する。これを受けて、位相補正量演算部10は、式(8)に基づいて位相補正量φを演算決定する。
【0039】
【数8】

概算相対速度Vから位相補正量演算部10により式(8)で位相補正量φが決定されたところで、位相補正重み付きコヒーレント積分部11は、1回の探査分として得られたNUMCI個の観測値を式(9)に示すようにコヒーレント積分回数NUMCI分だけコヒーレント積分する。
【0040】
【数9】

これにより、コヒーレント積分出力yは、位相補正量φにより重み付けられ、しかも要求プロセスゲインPGreqを満足するコヒーレント積分回数NUMCIで積分される。
【0041】
このとき、(2)〜(7)式のサンプル値のモデルに基づけば、yの信号成分ysは式(10)のように、yのノイズ成分は式(11)のようになる。
【0042】
【数10】

【数11】

信号成分ysは、式(12)に示すように、整理される。
【0043】
【数12】

従って、│ys│は、式(13)に示すものとなる。
【0044】
【数13】

n(k)を、式(14)のような複素白色ガウス性雑音と仮定する。
【0045】
【数14】

このとき、yのノイズ成分は中心極限定理より、式(15)に示すものとなる。
【0046】
【数15】

以上の式を変形すると、yのSNRは式(16)に示すものとなる。
【0047】
【数16】

従って、上式より、コヒーレント積分出力yのプロセスゲインPGは、式(17)で示すものとなる。
【0048】
【数17】

こうして得られたコヒーレント積分出力yは、図1示すように、位相補正重み付きコヒーレント積分部11より、外部に出力され、図示しない公知の物標検出手段などで、解析演算され、物標の速度、位置などが求められる。また、そのプロセスゲインも、積分回数決定部18で決定された、要求プロセスゲインPGreqを満足するコヒーレント積分回数NUMCI分だけのコヒーレント積分が観測値に対して行われているので、積分出力yは要求プロセスゲインPGreqを満足した形で外部に出力される。これにより、後段の信号処理を精度良く行うことが出来る。
【0049】
以下に、観測値に対して概算相対速度Vに基づいて求められた位相補正量φによる重み付けを行って所定回数のコヒーレント積分を行った場合と、単純に観測値をコヒーレント積分した場合について、比較した例を、図3に示す。ここでは、ω=2π×24×10[rad/s]、PRI=500[ns]とした。なお、図3に示す例は、(8)式で示す概算相対速度Vに基づいて求められた位相補正量φによる重み付けを行ってコヒーレント積分をした場合の、有用性を示すものであるので、コヒーレント積分回数は可変値として計算しており、要求プロセスゲインを満足する所定のコヒーレント積分回数としては扱っていない。
【0050】
図3の場合、相対速度が−100km/hで移動してくる(観測信号処理装置1に向かって100km/hで移動してくる)物標について、観測値を単純にコヒーレント積分した場合、「単純CI:−100kmhの物標」に示すように、コヒーレント積分回数が200回程度以上になると、急速にプロセスゲインが低下してくる。しかし、図3に示すように、例えば概算相対速度Vを−55kmhに設定して、同様に、相対速度が−100km/hで移動してくる(観測信号処理装置1に向かって100km/hで移動してくる)物標について、位相補正量φによる重み付けを行ってコヒーレント積分を行った場合、「提案手法:−100kmh物標、V_0=−55kmh」で示すように、コヒーレント積分回数が200回以上となっても、プロセスゲインの低下は観測されず、全回数範囲に渡り上昇傾向のみを示した。
【0051】
ここで、重要な点は、図3の例に示すように、概算相対速度Vが、実際の観測すべき物標の相対速度とかなり相違した形で設定されていたとしても、得られるコヒーレント積分結果は、概算相対速度Vによる位相補正量φによって重み付けを行ってコヒーレント積分を行った方が、明らかに高いプロセスゲインを得られるといることである。
【0052】
従って、仮に、観測信号処理装置1から遠ざかる物標及び観測信号処理装置1に対して近づいてくる物標を想定し、それら物標について、それぞれ正負の異なる(3つ以上の概算相対速度Vでも可能)概算相対速度V(3つ以上の概算相対速度Vでも可能)をパラメータメモリ12に設定しておき、位相補正量演算部10で観測すべき同一の物標に対して、該パラメータメモリ12から複数の概算相対速度Vを読み出し、それら読み出された複数の概算相対速度Vについての位相補正量を当該同一の物標に関してそれぞれ演算する。
【0053】
そして、位相補正重み付きコヒーレント積分部11で、観測データメモリ6に蓄積された1回の探査を構成するコヒーレント積分回数NUMCI回の観測値(サンプル)について、それら位相補正量による重み付けをしたコヒーレント積分を、各位相補正量についてそれぞれ行う。位相補正重み付きコヒーレント積分部11は、得られたコヒーレント積分出力のうち、絶対値の大きな方のコヒーレント積分出力を位相補正重み付きコヒーレント積分部11の出力yとして、外部に出力するようにすると、観測すべき物標に応じた適当な位相補正量でコヒーレント積分を行うことが可能となり、観測信号処理装置1が搭載された車両、艦船などに対して相対速度を持った物標の反射波をコヒーレント積分する際にも、高いSNRのコヒーレント積分値を得ることが可能となる。
【0054】
更に、コヒーレント積分出力yに、所定の要求プロセスゲインPGreqが要求された場合、例えば、図4に示すように、物標の想定される相対速度が−100kmh〜−10kmhであって、要求プロセスゲインPGreqが23dBであった場合を考えてみる。本発明に基づいて式(1)から、要求プロセスゲインPGreqの23dBを満たすコヒーレント積分回数NUMCIが243回となったとする。従来の手法では、コヒーレント積分回数NUMCIは観測領域に応じて観測プログラムOPRにより設定された固定値であり、仮にこの場合には、200回だったとする。
【0055】
この場合、概算相対速度Vによる位相補正量φによって重み付けを行ってコヒーレント積分を、要求プロセスゲインPGreqを満たすコヒーレント積分回数NUMCI回だけ、即ち243回行った場合は、物標の相対速度が−100kmh〜−10kmhの全速度範囲で、コヒーレント積分出力yは、要求プロセスゲインPGreqの23dBを満たす利得を得られたが、単に所定の回数(200回)のコヒーレント積分出力を行った場合には、殆どの速度範囲で要求プロセスゲインPGreqを満たすコヒーレント積分出力yを得ることは出来なかった。
【0056】
これにより、要求プロセスゲインPGreqを満足させるために、概算相対速度V及び相対速度不確かさΔVを考慮した形でコヒーレント積分回数NUMCIを演算決定し、当該回数だけ位相重み付きコヒーレント積分を行うことの有用性が確かめられた。
【0057】
次に、前述の要求プロセスゲインPGreqを満足させるためのコヒーレント積分回数数NUMCIを求める(1)式について、その根拠を説明する。
【0058】
即ち、コヒーレント積分出力yのプロセスゲインPGを示す(17)式に基づき、プロセスゲインPGが|V−V|≦ΔVの任意の相対速度Vに対して、要求プロセスゲインPGreqを満たすコヒーレント積分回数NUMCIを求める。
|V−V|≦ΔVの仮定から、プロセスゲインPGは、(18)式で表される。
【0059】
【数18】

簡単のため、Δφを(1)式のただし書きに示すように定義すると、プロセスゲインPGは、(19)式で表される。
【0060】
【数19】

(19)式の右辺が要求プロセスゲインPGreq以上であれば良いので、(20)式を満足するコヒーレント積分回数NUMCIを求めればよい。
【0061】
【数20】

(20)式右部より、(21)式が導出される。
【0062】
【数21】

(1)式のΔφ及び(21)式より、コヒーレント積分回数NUMCIを求め、求められたコヒーレント積分回数NUMCIによりコヒーレント積分を行うと、PG≧PGreqとなる。なお、Δφに関しては、V≫|V|であるから、
【0063】
【数22】

(22)式に示す簡略式も考えられる。なお、簡略式の場合、概算相対速度Vの正負に拘わらず同じ式が使用出来る。(21)式及び後述する(25)式でcosを取るため。
【0064】
以上により、要求プロセスゲインPGreqを満足させるためのコヒーレント積分回数数NUMCIを求める(1)式について、その根拠が説明された。
【符号の説明】
【0065】
1……観測信号処理装置
5……観測装置
6……観測データメモリ手段(観測データメモリ)
10……位相補正量演算手段(位相補正量演算部)
7……探査信号送出手段(観測制御装置)
11……位相重み付きコヒーレント積分手段(位相重み付きコヒーレント積分部)
12……第1のメモリ、第2のメモリ、第3のメモリ(パラメータメモリ)
14……探査信号送出手段(パルス列発生器)
15……探査信号送出手段(ミキサ)
16……送信アンテナ
18……コヒーレント積分回数決定手段(積分回数決定部)
22……受信アンテナ
CW……搬送波
PGreq……要求プロセスゲイン
LOI……遅延変調パルス信号(領域遅延信号)
LOQ……遅延変調パルス信号(直交領域遅延信号)
NUMCI……コヒーレント積分回数
RX……反射信号
TX……探査信号
……概算相対速度
ΔV……相対速度不確かさ
x……観測値
y……積分出力
φ……位相補正量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
観測すべき領域に対して、1探査当たり複数回の搬送波で変調されたパルス信号を探査信号として送信アンテナから、前記領域に対して順次送出し、前記探査信号の一部が前記物標でそれぞれ反射され受信アンテナで複数の反射信号として補足され、該補足された反射信号と前記搬送波で変調されたパルス信号を遅延させた遅延変調パルス信号に基づいて相関検波することで、前記1探査当たり複数の観測値を得、前記観測値は、前記物標との相対距離の情報を位相に含み、物標との相対距離と物標の反射断面積の情報を振幅に含むものであり、該得られた観測値をコヒーレント積分することで、前記1探査当たり、所定のコヒーレント積分値を積分出力として外部に対して出力することの出来る観測信号処理装置であって、該観測信号処理装置は、
前記観測すべき領域に存在する前記物標を探査するために必要な前記領域に応じた前記積分出力のプロセスゲインを要求プロセスゲインとして格納する第1のメモリ、
前記探査すべき物標についての概算相対速度を格納する第2のメモリ、
前記概算相対速度に対する誤差マージンを、相対速度不確かさとして格納する第3のメモリ、
前記観測すべき領域に応じた前記要求プロセスゲイン、前記探査すべき物標についての概算相対速度及び該相対速度に対する前記相対速度不確かさを前記第1乃至弟3のメモリから読み出し、それらの値から前記要求プロセスゲインを満足する、前記コヒーレント積分する際のコヒーレント積分回数を演算決定するコヒーレント積分回数決定手段、
前記決定されたコヒーレント積分回数分の前記パルス信号を前記探査信号として前記送信アンテナから送出する探査信号送出手段、
前記送出された前記コヒーレント積分回数分の前記パルス信号の反射波を前記反射信号として前記受信アンテナで補足し、前記観測値として蓄積する観測データメモリ手段、
前記物標の前記概算相対速度を前記第2のメモリ手段から読み出して、該読み出された概算相対速度に基づいて位相補正量を演算する位相補正量演算手段、
前記演算された位相補正量に基づいて、前記コヒーレント積分回数分の観測値について位相重み付きコヒーレント積分を前記コヒーレント積分回数分行って、前記要求プロセスゲインを満足させた前記積分出力を外部に出力する、位相重み付きコヒーレント積分手段、
から構成されることを特徴とする、観測信号処理装置。
【請求項2】
前記観測すべき領域は、前記観測信号処理装置と前記観測すべき領域までの距離に応じて複数、設定されていること、
を特徴として構成される、請求項1記載の観測信号処理装置。
【請求項3】
前記コヒーレント積分回数決定手段は、(1)式
【数1】

(ただし、PGreq:要求プロセスゲイン、V:概算相対速度、ΔV:相対速度不確かさ、PRI:パルス送信間隔、V:光速度、ω:搬送波の角周波数)に基づいて前記コヒーレント積分回数を決定すること、
を特徴として構成される、請求項1記載の観測信号処理装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−133404(P2011−133404A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−294285(P2009−294285)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(502324066)株式会社デンソーアイティーラボラトリ (332)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】