説明

計測装置を調整するシンプレックスの最適化方法

【課題】実質的な計器ノイズおよび/またはドリフトの存在下で最適化に要する時間を最小限にするために取るステップを含む、分析機器の操作用パラメータ(例えば、質量分析計のレンズ電圧)の最適化方法を提供する。
【解決手段】最適化方法は、初期設定の計器パラメータセット(ベクトル)と最新の最適パラメータとの間の最良点を選択し、パラメータ空間において、選択された最良点で開始シンプレックスを構築し、シンプレックスを進行させて最適パラメータベクトルを求めることを含む。最良のシンプレックスの点を定期的に再測定し、結果の読み込みを使用して前の測定値を置換および/または平均化する。アルゴリズムの収束速度はシンプレックスの収縮を徐々に減少させて調節してもよい。本発明の方法は、全て整数のパラメータ値を用いて機能し、機器範囲外のパラメータ値を認識し、関連する制御用コンピュータではなく機器自身の制御下で機能する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析機器の操作用パラメータの最適化方法に関し、特に、シンプレックスアルゴリズムを用いた、質量分析計の操作用パラメータを最適化するシステムおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計は概して、イオン源と分析部との間に配置された複数のイオンレンズおよびガイドを備えている。一般的な設計では、エレクトロスプレーイオン化(ESI)や大気圧化学イオン化(APCI)などの大気圧イオン化方法を用いて帯電液滴をイオン化室で生成する。当該液滴は脱溶媒和され、真空室への気体の流れを制限する孔を介して真空室に移動する。イオンは1つ以上の電気力学的イオンガイド構造および開口部を経由して、質量分析器に案内される。質量分析計の信号品質は一般に、複数の分析計操作用パラメータ(イオン源と分析部との間に位置するレンズ要素に印加する電圧群など)に依存する。
【0003】
レンズ電圧などの計器パラメータを最適化するための手法がいくつか提案されている。一般的な手法では、各パラメータを順次、最適化する。例えば、第1レンズ電圧以外の電圧をすべて固定し、第1レンズ電圧の局所極大値を取得するまで、第1レンズ電圧範囲の測定を行う。このプロセスを他のレンズに対して繰り返し、さらにレンズ一式に対して繰り返す。このような手法は、最適なパラメータセットを見つけるために比較的多くの測定回数を必要とすることがある。
【0004】
別の最適化手法はシンプレックス系アルゴリズム(以下、簡略化のためシンプレックスアルゴリズムと称する)に基づいている。2次元パラメータ空間では、シンプレックスアルゴリズムは三角形で示され、山腹を上方に反転させて頂点を求める。この例の場合、X座標およびY座標は計器パラメータを示し、高さは最適化すべき計器性能指数を表す。このアルゴリズムは、三角形の最悪(最下)点を破棄し、例えば破棄した点を残りの2点に対して反射することで新しい点を選択する。そして、頂点を得るまでこのプロセスを繰り返す。一般に、三角形または多次元空間におけるその同等物をシンプレックスと呼ぶ。
【0005】
質量分析計のパラメータ最適化方法について記載している文献として、下記非特許文献1ないし5が挙げられる。
計器の性能に著しく影響を及ぼすノイズや計器のドリフトの存在下では、質量分析計のパラメータの最適化は特に困難になりうる。
【非特許文献1】Anal.Chem.、61巻330〜334頁(1989)、Elling外著、“Computer-Controlled Simplex Optimization on a Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance Mass Spectrometer”
【非特許文献2】Nuclear Instruments & Methods in Physics Research、セクションA、484巻660〜667頁(2002)、Mas外著、“99Tc Atom Counting by Quadrupole ICP-MS. Optimisation of the Instrumental Response”
【非特許文献3】Spectrochimica Acta 47B(8)、1001〜1012頁(1992)、Evans外著、“Optimization Strategies for the Reduction of Non-Spectroscopic Interferences in Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry”
【非特許文献4】International Journal of Mass Spectrometry and Ion Processes、84巻255〜269頁(1988)、Vertes外著、“Non-Linear Optimization of Cylindrical Electrostatic Lenses”
【非特許文献5】Analytica Chimica Acta、285巻23〜31頁(1994)、Ford外著、“Simplex Optimization of the Plasma Parameters and Ion Optics of an Inductively Coupled Mass Spectrometer with Pure Argon and Doped Argon Plasmas, using a Multi-Element Figure of Merit”
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
実質的な計器ノイズおよび/またはドリフトの存在下で最適化に要する時間を最小限にするために取るステップを含む、分析機器の操作用パラメータ(例えば、質量分析計のレンズ電圧)の最適化方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面によれば、質量分析方法は、初期設定の質量分析計設定(構成)パラメータベクトルと、最新の最適質量分析計設定パラメータベクトルとを評価するために質量分析測定を行うステップと、初期設定の質量分析計設定パラメータベクトルと、最新の最適質量分析計設定パラメータベクトルとのうちの1つを開始パラメータベクトルとして選択するステップと、パラメータ空間において開始パラメータベクトルに近位の開始シンプレックスを構築するステップと、更新された最適質量分析計設定パラメータベクトルを生成するために、開始シンプレックスを用いてシンプレックスの最適化を行うステップとを含むことを特徴とする。
【0008】
別の局面によれば、質量分析方法は、質量分析計設定パラメータベクトル群からなるシンプレックスを進行させるステップと、シンプレックスの最良点のサブセットを定期的に再測定するステップとを含むことを特徴とする。
別の局面によれば、質量分析方法は、N次元パラメータ空間(N>1)の標本分布を構築するステップであって、中心と中心の周辺に配置された複数の外点とを含むと共に、複数の外点は、N個のパラメータ軸の各々に対して、中心の対辺に軸座標を有する少なくとも2個の点を含むステップと、中心と複数の外点の少なくとも1つのサブセットとからN+1個の点の実質的に非縮退のサブセットを選択することにより開始シンプレックスを構築するステップと、最適な質量分析計設定パラメータベクトルを生成するために開始シンプレックスを進行させるステップとを含むことを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の上記局面および利点は、後述の詳細な説明を読み、図面を参照することで、さらに理解されるであろう。
以下の記述において、一式の要素は1つ以上の要素を含む。したがって、1つの要素に対する言及はすべて、1つ以上の要素を包含すると理解されたい。特に明記しない限り、記載の電気的または機械的接続は、直接接続または中間構造を介する間接接続である。また、特に指定しない限り、シンプレックス法またはアルゴリズムは、パラメータ点(ベクトル)の劣っているサブセットを、対象の測定基準によって測定しながら、パラメータ点の新しいサブセットと置き換える再帰的方法である。超立方体という用語は、正方形、正六面体、高次元の超立方体を含み、直平行六面体という用語は、例えば長方形や長方形の箱などの不等辺の直平行六面体だけでなく、超立方体(例えば、正方形、正六面体)を含む。
【0010】
以下の説明は、本発明の実施形態を例示するものであり、必ずしも限定のために示すものではない。
図1は、本発明のいくつかの実施形態にかかる例示的な質量分析計20および関連した制御/最適化ユニット50の模式図である。図1に示すように、質量分析計20は、複数の室(チャンバ)および関連のポンプと、ガイド(案内)構成部品と、分析構成部品とを備えている。イオン化室(源(ソース))22は対象となるイオンを生成するために使用される。イオンは、とりわけエレクトロスプレーイオン化(ESI)や大気圧化学イオン化(APCI)などの大気圧イオン化方法を用いて生成してもよい。イオン化室22は、真空室24への気体の流れを制限する孔(オリフィス)32を介して入口真空室24に接続されている。孔32はイオン化室22および真空室24を接続する細長い管によって区画される。ガイド(案内)真空室26はスキマーコーン36に区画された開口部を介して第1真空室24に流体的に接続されている。ガイド真空室26は電気力学的なイオンガイド構造(ガイド)40を取り囲み、イオンガイド構造40は、スキマーコーン36の出口側から、一連のレンズ構造44a〜44dによって区画された一連の開口部へと、対象となるイオンを選択的に誘導(ガイド)する。分析室30は、模式的に46で示す、質量分析器およびイオン検出器を有する。
【0011】
質量分析計20の操作中に、イオンガイド40やレンズ構造44a〜44dなどのレンズ/ガイド構成要素に電圧群を印可する。いくつかの実施形態では、電圧群は2〜6個の電圧値またはそれより大きい数の電圧値を有していてもよい。また、別の実施形態では、46で示す質量分析器の操作において、一式の補充波パラメータを使用してもよい。補充波パラメータには、質量分析器に使用する追加波形の振幅および位相が含まれる。制御/最適化ユニット50は、質量分析計20に接続され、その質量分析計20のレンズ構成要素40,44a〜44dに印可する電圧を制御し、分析器/検出器46から測定データを受け取る。受け取ったデータには、任意の質量または質量範囲のイオンの信号強度が含まれている。いくつかの実施形態では、質量または質量範囲はレンズ電圧最適化プロセスの測定基準になる。他の実施形態では、信号対雑音(S/N)比などの測定基準を、レンズ電圧の最適化に使用してもよい。また、別の実施形態では、計器の分解能と質量安定度とを示す受信した信号に基づいて、補充波パラメータの最適化を行ってもよい。以下、レンズ電圧の最適化に着目して説明するが、記載するステップを他の計器パラメータを最適化するために使用してもよい。
【0012】
いくつかの実施形態では、制御/最適化ユニット50は、後述するステップを実行するためにプログラミングした汎用コンピュータを備えている。別の実施形態では、制御/最適化ユニット50は、専用ハードウェアを備えていてもよく、かつ/または質量分析計20の一部として設けられてもよい。他の実施形態では、制御/最適化ユニット50は質量分析計20の制御下で、多数のシンプレックスパラメータの最適化ステップを実行する。詳細には、質量分析計20は任意のパラメータセット(ベクトル)の測定を行い、その測定結果を制御/最適化ユニット50に提供し、制御/最適化ユニット50に対して新たに評価するパラメータセット(ベクトル)を示すように要求する。つまり、検証用関数呼び出しがプロセスが収束したかエラーが発生したことを示すまで、質量分析計20のソフトウェアが制御/最適化ユニット50のソフトウェアに対して関数呼び出しを行い、評価すべき新しい点を要求する。いくつかの実施形態では、制御/最適化ユニット50は質量分析計20の操作を制御し、質量分析計20による測定の実行を要求する。
【0013】
図2は、本発明のいくつかの実施形態における、質量分析計20と連動して制御/最適化ユニット50が実行する一連のステップ100を示す。ステップ104において、制御/最適化ユニット50は、続くシンプレックス最適化プロセスのために開始点を選択する。開始点は一式のパラメータ値(例えば、レンズ電圧値)であり、パラメータ値はN次元空間のベクトル(点)とみなされ、Nは最適化すべきパラメータ値の組合せの数である。開始点を質量分析計20によって選択し、初期設定(デフォルト)の計器パラメータセットおよび最新の最適パラメータセットの測定を行う。そして、より優れた対象となる測定基準(例えば信号強度)を提供するパラメータセットをシンプレックスの開始点として選択する。最新の最適パラメータセットは、対象となるパラメータ用に実行した最新の最適化プロセスの結果である。
【0014】
図3Aおよび図3Bは、2個のパラメータv1およびv2によって規定された2次元パラメータ空間の例示的な計器初期設定点204および例示的な最新の最適点208を模式的に示す。曲線200a〜200bは、例えば信号強度などの、対象の計器測定基準レベルが徐々に高くなっていることを表している。例えば、対象の計器測定基準が点208に対して高いと評価されると、点208が続くシンプレックス最適化プロセスのための開始点として選択される。
【0015】
ステップ108(図2)において、制御/最適化ユニット50は、選択した開始点を中心にして開始シンプレックスを構築する。いくつかの実施形態では、開始シンプレックスは選択した開始点を中心としたN次元超立方体(ハイパーキューブ)により構築される。まず、超立方体の全ての角で測定を行い、最良の角を識別する。そして、最良の角、最良の角に近接する全ての角、および超立方体の中心点から選択した最良のN+1個の点を含むように開始シンプレックスを選択する。図3Aに示すように、例示的な2次元配置では、(塗りつぶした丸で示す)開始シンプレックス216は、点208と点208を中心にした正方形212の角とを用いて構築される。最良の角が点218であれば、開始シンプレックス216は、点218、中心点208、および角点218に近接する2つの角から選択した最良の3個の点を含むように選択される。
【0016】
N次元超立方体の側面は、計器パラメータ値における期待される変化量の最大範囲の一部(例えば、期待される変化量の10%〜80%、さらに詳細には期待される変化量の30〜50%)になるように選択してもよい。計器の中には、電圧の期待される変化量が、一部のレンズに対して何十ボルト程度になり、他のレンズに対しては数ボルト程度になるものがある。また、電圧の期待される変化量が何百ボルト程度になる計器もある。いくつかの実施形態では、開始シンプレックスをN次元直平行六面体を用いて構築する。N次元直平行六面体は、2次元では長方形であり、3次元では直方体(長方形の箱)である。ここで使用する直平行六面体という用語は不等辺の直平行六面体だけでなく、超立方体(例えば、正方形、正六面体)を含む。簡略化のために、以下、超立方体に着目して説明するが、記述する手法はN次元直平行六面体にも適用できる。
【0017】
上述のN次元直平行六面体手法は、N次元パラメータ空間において直角を形成する必要がない他の外部標本分布に適用してもよい。そのような標本分布の例として、直角を必要としないN次元平行六面体や、準球面体のN次元分布が挙げられる。標本分布の中心(例えば、超立方体の中心)に対して、各パラメータ軸に沿って両方向を標本化するため、標本分布点は、どのパラメータ軸に対しても、標本分布は軸座標が標本分布中心の対辺にある少なくとも2個の点を有するように選択される。そして、開始シンプレックスを、分布の中心、最良の外点、および最良の外点に直接隣接する点群から選択したN+1個の点を含むように選択する。
【0018】
分布の中心と最良の外点とを結んだN次元の線に沿って測定しながら、開始シンプレックスを、中心、最良の外点、および分布の中心に対して最良の外点と同じ側に位置する点のサブセットから選択してもよい。さらに一般的には、開始シンプレックスを、中心、および外点の少なくとも1つのサブセット(例えば、全ての外点、または外点のサブセット)から選択してもよい。サブセットとは上述の、たとえば同じ側にある点、最良の外点の隣接点などの1つであってもよい。同じ側の点や、全ての外点のうちさらに包括的なサブセットから開始シンプレックスを選択する手法では、開始シンプレックスは自動的に非縮退(非退化)していなくてもよい。したがって、このような選択手法を用いる場合、連動して開始シンプレックスの実質的な非縮退性をテストしてもよい。実質的な非縮退性のテストでは、開始シンプレックスによって包囲される多次元(ハイパーボリューム)が、外点によって包囲される多次元の少なくともいくつかの所定の部分であることが要求されてもよい。暫定的な開始シンプレックスが縮退に近いか、まさに縮退している場合、暫定シンプレックスの頂点のうち1つ以上の頂点を置換して、非縮退の開始シンプレックスを生成してもよい。
【0019】
制御/最適化ユニット50および質量分析計20を用いて、シンプレックスを進行させる(図2のステップ110)。シンプレックスの進行には、いくつかの技法が含まれる。例えば、正反射(2次元ではシンプレックスの三角形を反転させる)、収縮(2次元では最悪点を他の2点に近づける)、反射および収縮(2次元では三角形を反転させて、反転した頂点を回動線に近づける)、反射および膨張(2次元では三角形を反転させて、反転した頂点を回動線から遠ざける)、最良まで収縮(2次元では最良点を保持し、残りの2点を最良点に近い新しい平行線にスライドさせる)などである。たとえば、いくつかの実施形態では、アルゴリズムは最初に正反射を試みる。新しい点が破棄した点より劣る場合、アルゴリズムは収縮を評価する。収縮した点が破棄した点より良い場合、その収縮点を保持し、悪い場合は、アルゴリズムは最良まで収縮する。正反射が破棄した点より閾値を超える分だけ良い場合、アルゴリズムは反射および膨張を評価する。当業者であれば十分認識できるように、他のシンプレックス進行手法も本発明の方法における使用に適している。
【0020】
図3Bは開始シンプレックス216(図3A)を進行させて生成した複数のパラメータベクトルを示す。シンプレックス216の最悪点208を破棄し、点208をシンプレックスの他の点218,点230間の線に対して反射させて、シンプレックス224を生成する。最新の最悪点230を破棄し、反射および収縮によって新規のシンプレックスパラメータベクトル232を生成する。続くステップで、最新の最悪点220を破棄し、さらなる反射および収縮によって新しいベクトル236を生成する。後述するように、ベクトル236の生成に使用する収縮は、ベクトル232の生成に使用する収縮に比して厳密ではない。シンプレックスの収束条件が満たされると、プロセスは終了し(ステップ120)、ベクトル236を最適な設定(構成)パラメータベクトルとして選択する。ベクトル236によって定義された設定パラメータセットは、サンプルに対して行う続く質量分析測定に使用される。
【0021】
シンプレックスの進行には、質量分析計20を使用して、最良シンプレックス点または最良点のサブセット用の性能指数(例えば、信号強度)を頻繁に再測定することが含まれる(ステップ112)。例えば、シンプレックスが進行する毎に、またはシンプレックスの最良点が変わる毎に再測定を行ってもよい。いくつかの実施形態では、2個以上のシンプレックス点を再測定してもよい。再測定された点群には、最良点、または、点のうち最悪シンプレックス点を含まないもののサブセットが含まれていてもよい。
【0022】
ステップ116で、再測定の結果を用いて、前の測定結果を置換または平均化する。計器ノイズを主に考慮する場合は、置換ではなく平均化を、計器ドリフトを主に考慮する場合は、平均化ではなく置換を行ってもよい。
ステップ118で、最適パラメータ領域が近づくと起きるであろうシンプレックスの収縮を徐々に減少させて、アルゴリズムの収束速度を調整する。いくつかの実施形態では、シンプレックスの大きさ(例えば、シンプレックス点の中心からのN次元の平均距離)が閾値未満に減少したとき、またはシンプレックスの全ての点における応答値がその平均の規定の比率内にあるとき、最適化プロセスを終了する(ステップ120)。例えば、レンズ調整の最適化では、シンプレックスにわたるレンズ電圧変化の合計が1ボルト未満のとき、プロセスを停止してもよい。また、ある一定の回数を繰り返してからプロセスを停止するように設定してもよい。収束速度の調整ステップ118は最小サイズの閾値が近づくにつれて、シンプレックス収縮を徐々に減らす。例えば、最初に50%の収縮を用いた場合、シンプレックスのサイズが最小サイズの閾値に近づくにつれて、シンプレックスの収縮を40%,30%,20%,10%に徐々に減らしていく。調整した収束速度によって、シンプレックスが計器ノイズの存在下であまりに急速終了することを防ぐことができる。
【0023】
いくつかの実施形態では、制御/最適化ユニット50はあらゆる最適化パラメータを浮動小数点変数ではなく整数値に制限する。質量分析計の中には、制御に整数値のみを採用するものがある。パラメータ値を整数に制限する場合、制御/最適化ユニット50は縮退シンプレックス(例えば、2次元における三角形の代わりに線)を生成しないように構成されていてもよい。
【0024】
いくつかの実施形態では、制御/最適化ユニット50には、質量分析計20が許容する最適化パラメータ範囲の記憶されたデータが含まれている。したがって、制御/最適化ユニット50は、範囲外のパラメータ値になるであろう実行中のシンプレックス進行については、質量分析計20に測定を要求し応答としてエラーを受け取ることなく、先制的に再処理する。
【0025】
前述した好適なシステムおよび方法は、実質的な計器ノイズおよび/またはドリフトの存在下で質量分析計のパラメータを最適化するのに要する時間を大幅に削減できる。質量分析計のレンズ電圧の最適化に要する時間は一般に、最適化すべき電圧数などの複数の因子によって決まる。場合によっては、特に、数多くの電圧を最適化する場合、従来の順次走査式最適化技術であれば、許容できる最適パラメータセットを求めるために、例えば20〜30分の長い時間がかかる可能性がある。このような最適化プロセスは、何百もの分析計読み取りを用いて許容できる最適値群に達する。
【0026】
最適化プロセスは、時間に依存した測定結果をもたらすノイズおよび/またはドリフトがある状態では、特に困難になりうる。ESIなどのイオン化技術の中には、本質的にシステムに大きなノイズスパイクを発生させるものがある。場合によっては、気泡が完全に誤った信号値を生成する。質量分析計のノイズレベルが有効な信号の10%以上であることは珍しくない。2次元パラメータ空間の例では、そのようなノイズは、反転するシンプレックスの三角形が登る傾斜の変動または波紋とみなされる可能性がある。変動は傾斜方向を一時的に逆転させ、三角形を山頂から引き離すほど大きくなりうる。このような変動はパラメータ空間地形の平坦部で特に顕著であり有害であることがある。通常、質量分析計のパラメータ空間は、比較的平坦な広い領域と、計器の極大点を中心とした比較的小さな急勾配の山とを含んでいる。従来のシンプレックス最適化技術については、多くの場合、ノイズおよび/またはドリフトのレベルによってアルゴリズムが有効時間内に収束できないか、計器の極大点に全く収束できないことが確認された。
【0027】
計器の初期設定点と最新の最適点の両方を評価することで、パラメータ空間地形の平坦部においてシンプレックスの最適化プロセスが費やす時間を削減できる。計器レンズは経時的に汚れたり他の仕方で変化し、多くの場合、最新の最適点がシンプレックス最適化プロセスの好適な開始点になる。他方、例えば、レンズを掃除したり、部品を取替えたり、計器を修理したりした場合、計器パラメータが著しく再設定(リセット)されてもよい。そのような場合、計器の初期設定のパラメータベクトルは、最新の最適点に比して非常に良好な開始点を提供する。ノイズはパラメータ空間地形の平坦部の進行を特に困難にするため、パラメータ空間地形の急勾配部から開始することは、高レベルのノイズの存在下で特に有益である。
【0028】
最良のシンプレックス点または最良点のサブセットを定期的に再測定することは、特にパラメータ空間地形の平坦部において、ノイズおよび/またはドリフトの影響を軽減することにも役立つ。計器の応答はパラメータ最適化プロセスの間に経時的にドリフトすることがあり、相当なノイズを受けることがある。その結果、プロセスの早期に生成された比較的良好な測定値が固定(ロック)され、アルゴリズムが真の極大点に収束することを妨ぐ。再測定値を平均化することで、ノイズおよびドリフトの影響を軽減する。ドリフトの影響は、再測定値で置換することでも軽減される。再測定のステップは比較的少ないオーバーヘッドですみ、誤った読み取りが局所的なピークとして固定されることを防ぐ。
【0029】
収束条件を調整してシンプレックスが小さくなるにつれてその収縮を減少させることは、パラメータ空間地形のうち計器の最適点にさらに近い急勾配部におけるノイズの影響を緩和するのに特に有益である。
前述の実施形態は、本発明の範囲を逸脱することなく種々の変更が可能である。例えば、レンズの位置合わせを必要とする機器などの他の分析機器に、前述の調整方法を適用してもよい。したがって、本発明の範囲は、添付の特許請求の範囲およびその法的な均等物によって決定されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明のいくつかの実施形態にかかる例示的な質量分析装置の模式図である。
【図2】本発明のいくつかの実施形態にかかるシンプレックスの最適化方法において実行される一連のステップを示す図である。
【図3A】本発明のいくつかの実施形態にかかる例示的な2次元シンプレックスの開始構造を示す図である。
【図3B】本発明のいくつかの実施形態にかかる、図3Aの構造を進行させることによって生成した例示的なシンプレックスの構造を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
初期設定の質量分析計設定パラメータベクトルと、最新の最適質量分析計設定パラメータベクトルとを評価するために質量分析測定を行うステップと、
前記初期設定の質量分析計設定パラメータベクトルと、前記最新の最適質量分析計設定パラメータベクトルのうちの1つを、開始パラメータベクトルとして選択するステップと、
パラメータ空間において前記開始パラメータベクトルに近位の開始シンプレックスを構築するステップと、
更新された最適質量分析計設定パラメータベクトルを生成するために、前記開始シンプレックスを用いて、シンプレックスの最適化を行うステップとを含むことを特徴とする、質量分析方法。
【請求項2】
前記更新された最適質量分析計設定パラメータベクトルを用いて、サンプルの質量分析測定を行うステップをさらに含むことを特徴とする、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項3】
前記最適質量分析計設定パラメータベクトルは、複数の質量分析計レンズ電圧を含むことを特徴とする、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項4】
前記最適質量分析計設定パラメータベクトルは、複数の質量分析器波形パラメータを含むことを特徴とする、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項5】
前記シンプレックスの最適化を行うステップは、進行中のシンプレックスの最良点のサブセットを定期的に再測定するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項6】
前記シンプレックスの最適化を行うステップは、前記最良点のサブセットの元の測定結果と、前記最良点のサブセットの再測定結果とを平均化するステップを含むことを特徴とする、請求項5に記載の質量分析方法。
【請求項7】
前記シンプレックスの最適化を行うステップは、前記最良点のサブセットの元の測定結果を、前記最良点のサブセットの再測定結果に置換するステップを含むことを特徴とする、請求項5に記載の質量分析方法。
【請求項8】
前記最良点のサブセットはシンプレックスの最良点からなることを特徴とする、請求項5に記載の質量分析方法。
【請求項9】
前記シンプレックスの最適化を行うステップは、前記シンプレックスの最適化に使用するシンプレックスの大きさの収縮率を減少させることで、前記シンプレックスの最適化の収束速度を調整するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項10】
質量分析計設定パラメータベクトル群を含むシンプレックスを進行させるステップと、
前記シンプレックスの最良点のサブセットを定期的に再測定するステップとを含むことを特徴とする、質量分析方法。
【請求項11】
前記シンプレックスを進行させるステップは、前記最良点のサブセットの元の測定結果と、前記最良点のサブセットの再測定結果とを平均化するステップを含むことを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項12】
前記シンプレックスを進行させるステップは、前記最良点のサブセットの元の測定結果を、前記最良点のサブセットの再測定結果に置換するステップを含むことを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項13】
前記最良点のサブセットは、シンプレックスの最良点からなることを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項14】
前記シンプレックスを進行させて生成した最適な質量分析計設定パラメータベクトルを用いて、サンプルの質量分析測定を行うステップをさらに含むことを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項15】
前記シンプレックスを進行させるステップは、前記シンプレックスの大きさのシンプレックス収縮率を減少させることで、収束速度を調整するステップを含むことを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項16】
前記質量分析計設定パラメータベクトルの各々は、複数の質量分析計レンズ電圧を含むことを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項17】
前記質量分析計設定パラメータベクトルの各々は、複数の質量分析器波形パラメータを含むことを特徴とする、請求項10に記載の質量分析方法。
【請求項18】
N>1であるN次元パラメータ空間の標本分布を構築するステップであって、前記標本分布は、中心と前記中心の周辺に配置された複数の外点とを含み、前記複数の外点は、N個のパラメータ軸の各々に対して、前記中心の対辺に軸座標を有する少なくとも2個の点を含む、ステップと、
前記中心と、前記複数の外点の少なくとも1つのサブセットとから、N+1個の点の実質的に非縮退であるサブセットを選択することにより、開始シンプレックスを構築するステップと、
最適な質量分析計設定パラメータベクトルを生成するために、前記開始シンプレックスを進行させるステップとを含むことを特徴とする、質量分析方法。
【請求項19】
前記開始シンプレックスを構築するステップは、前記N+1個の点の実質的に非縮退であるサブセットを、前記中心、最良の外点、および前記最良の外点の隣接点群から選択するステップを含むことを特徴とする、請求項18に記載の質量分析方法。
【請求項20】
前記標本分布は、N次元直平行六面体を含み、
前記最良の外点の前記隣接点群は、最良の角に隣接する角群を含むことを特徴とする、請求項19に記載の質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【公表番号】特表2009−512161(P2009−512161A)
【公表日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−535607(P2008−535607)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【国際出願番号】PCT/US2006/039442
【国際公開番号】WO2007/047216
【国際公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】