説明

試料を質量分析するための方法およびシステム

試料を分析するシステムおよび方法を記載する。本システムは、各々別個の検出領域で検出される複数のイオンビームを形成するイオンソースおよび偏向器を含む。検出システムは、検出領域から得られる情報を使用して試料を分析する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、飛行時間型質量分析器を使用する試料の分析に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
質量分析法は、試料中の分析物を同定するための強力な方法である。応用は多く、炭水化物、核酸、およびステロイドなどの生体分子の同定、タンパク質およびサッカライドなどのバイオポリマーの配列決定、薬剤が生体にどのように使用されるかの判定、法医学的な分析の実施、環境汚染物質の分析、ならびに地球化学および考古学における標本の年齢および起源の判定が挙げられる。
【0003】
質量分析法では、試料の一部を気相分析物イオンに変換する。分析物イオンは、典型的には、質量対電荷(m/z)比にしたがって質量分析器において分離され、次いで検出器によって回収される。次いで検出システムが、記録されたこの情報を処理して、分析物の同定および定量に使用することができる質量スペクトルを形成することができる。
【0004】
飛行時間型(TOF)質量分析器は、質量分析器内で形成される電場において、イオンは質量対電荷比にしたがって異なる速度を獲得するということを利用している。軽いイオンは、質量が大きいイオンより先に検出器に到達する。時間-デジタル変換器(time-to-digital converter)またはトランジェントレコーダーを使用してイオンフラックスを記録する。伝播経路を通過するイオンの飛行時間を測定することによって、イオンの質量を測定することができる。
【0005】
イオンを質量分析器に導入するためのいくつかの方法が存在する。例えば、エレクトロスプレーイオン化(ESI)は、質量分析のための連続的なイオンソースを提供する。準連続イオンソースを形成する別のイオン化方法は、衝突冷却を用いるマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)であり、これは「直交型MALDI」と呼ばれる場合もある。直交型MALDIでは、分析物は固体マトリックスに包埋され、次いでレーザーが照射されて、分析物イオン流を形成し、中性ガスと衝突して冷却され、次いで検出され、分析されうる。
【0006】
ESIおよび直交型MALDI TOFシステムでは、試料の一部がイオン化されて、イオンの方向性ソースビームを形成する。本質的にパルス化されているTOF質量分析器に連続イオンソースを接続するために、例えば(Guilhaus et al., Mass Spectrom. Rev. 19, 65-107 (2000))(非特許文献1)に記載されているように直交注入方法を使用する。一連の静電パルスがソースビームに作用して、分析物イオンパケットのビームを形成し、次いで当業者に公知の飛行時間型方法により検出され、分析される。パルスは、ソースビームの方向にほぼ直角であり、検出器方向にイオンパケットを放出する力をイオンに発揮する。
【0007】
パルスのタイミングは重要である。パルス間に待ち時間をとり、イオンのパケットが互いに妨害しないようにしなければならない。従って、一連のパルス化および待ちが、十分な数のパケットが試料から放出されるまで継続する。検出器はパケットを検出し、飛行時間型分析を実施して試料の組成を識別することができる。
【0008】
パルス間の待ち時間は、パケットが検出部位において互いに妨害しない程度に十分に長くなければならない。特に、待ち時間は、後続パケットの軽くて速いイオンが先行パケットの重くて遅いイオンを追い越してパケットの重複を生じない程度に十分長くなければならない。この理由のために、従来のパルス-アンド-ウェイト(pulse and wait)法では、任意のオーバーラップまたは「クロストーク」が生じてオーバーラップが疑似質量スペクトルを生じる前に、先行パケットの最も重いイオンが確実に検出器に到達するようにイオンパケットの放出のタイミングを合わせている。従って、パケット間の期間は比較的長い。
【0009】
分析時間が長くなる以外に、パルス間の待ち時間が長いと試料の無駄にもなる。特に、ESIおよび直交型MALDIでは、イオンの形成は(疑似)連続的である。従って、これら2つの方法によるイオンの形成はパルス間で本質的に絶え間がない。待ち時間中にパルス化されないイオンは、検出器に到達しないので、検出されない。結果として、パルス化されないイオンは無駄にされる。試験対象の試料が供給不足であるかまたは高価である場合には、試料物質の無駄は重大な問題になることがある。
【0010】
【非特許文献1】Guilhaus et al., Mass Spectrom. Rev. 19, 65-107 (2000)
【発明の開示】
【0011】
発明の概要
本発明は、イオンに作用する静電パルス間のかなりの待ち時間を不要とすることによって上記の試料の無駄に対処しようとするものである。本発明の方法によると、分岐して異なる経路を伝播する複数のビームが形成される。この分岐により、複数のビームの各々が検出領域において妨害しないことが確実となる。
【0012】
特に、試料を分析するための方法およびシステムが記載されている。本システムは、分析物イオンのビームを形成するための試料由来のイオンソースを含む。本システムは、ビームを偏向して、互いから分岐して異なる経路を伝播する少なくとも第1のビームおよび第2のビームを形成する偏向器をさらに含む。第1の検出領域が第1のビームを検出し、第2の検出領域が第2のビームを検出する。本システムは、検出された第1および第2のビームに基づいて試料を分析するための分析器も含む。
【0013】
発明の詳細な説明
図1は、本発明の一態様により、試料12を分析するための質量分析システム10を示す。システム10は、分析物イオン14を形成するイオンソース13、イオンビーム形成装置16、加速器18、偏向器20、第1の検出領域22、第2の検出領域24、および記録システム25を含む。
【0014】
イオンソース13は試料からイオンを形成する。例えば、イオンソース13は、当業者に公知のESIまたは直交型MALDIイオナイザーを含んでもよい。試料12由来のイオンソース13からの分析物イオン14はイオンビーム形成装置16によって処理されて、分析物イオンのソースビーム26を形成する。イオンビーム形成装置16は、コリメーター17、イオン光学電極(示していない)、四重極イオンガイド(示していない)、マスフィルター(示していない)などのイオンフィルター、および衝突セル(示していない)などのいくつかの要素を含んでもよい。
【0015】
加速器18は、図1に示すようにソースビーム26が直角に押されるように垂直な力をソースビーム26のイオンに発揮する電場パルスでソースビーム26をパルス化する。電場パルスは、TOF質量分析器の流動空間内で偏向器20方向にイオンパケットを飛ばす。特に、加速器18は、パケットを含む分析物イオン28のビームを飛ばす。
【0016】
偏向器20は、ビーム28を偏向して、互いから分岐して異なる経路を伝播する少なくとも第1のビーム30および第2のビーム32を形成する。第1の検出領域22は第1のビーム30を検出し、第2の検出領域24は第2のビーム32を検出する。
【0017】
第1の検出領域22および第2の検出領域24は、一方の検出領域に到達する分析物イオンが他方を妨害しないように、空間的に分離されている。例えば、第1の検出領域22および第2の検出領域24は、1つの検出器の異なるセグメント(例えば、陽極)であってもよい。または、第1の検出領域22は第1の検出器であってもよく、第2の検出領域24は別個の第2の検出器であってもよい。
【0018】
記録システム25は、当業者に公知のような、検出された第1および第2のビームに基づいて試料を分析するためのソフトウェアおよび/またはハードウェアを含む。記録システム25は、例えば、第1の検出領域22および第2の検出領域24への分析物イオンの到着に対応するシグナルを測定して処理するための時間-デジタル変換器またはトランジェントレコーダを含んでもよい。イオンの到着時間は、TOF質量分析器の流動空間にイオンを飛ばす加速器18の電場パルスと同期化された開始シグナルに対して測定される。
【0019】
2つの別個のビーム30および32は2つの異なる検出領域22および24において検出されるので、第1のビーム30および第2のビーム32が検出される期間は、誤りのある結果を生じないで重複しうる。一方、1つのビームを検出するために1つの検出領域だけを含む従来の飛行時間型分析器では、第1のパルスから形成される第1のイオンパケットは、先に考察したように偽の質量スペクトルを生じる可能性がある重複期間を回避するために、第2のパケットが検出される前にまず検出される。このような重複エラーまたは「クロストーク」は、図5Bを参照して以下にさらに詳細に記載されている。実際、このような重複がないようにするために、これらの従来の分析器ではイオンパケットを飛ばすパルス間には比較的長い時間が経過する。イオンが連続的に試料12から形成されると、従来のシステムにおいては待ち時間にイオンが形成されて検出されず、分析物が無駄になる。
【0020】
図2は図1の加速器18を示す。加速器は、パルス発生器34、プレート40、リングを含む加速カラム42、第1の電極グリッド44、第2の電極グリッド46、および第3の電極グリッド48を含む。
【0021】
パルス発生器34は、ソースビーム26をそれぞれ「押して」および「引いて」、イオンパケットのビーム28を形成する電場パルス36および38を形成する。従って、イオンが正に荷電される場合には、プレート40に適用されるパルス36は、-y(下)方向を指す電場パルスを形成する。第1の電極グリッド44はグラウンド電位を維持している。第2の電極グリッド46に適用されるパルス38は、プレート40に適用されるパルス36によって形成されるものと同じ方向の電場を形成する。従って、プレート40に適用されるパルス36はイオンを「押す」が、第2の電極グリッド46に適用されるパルス38はイオンを「引っ張る」。リングの加速カラム42は、-y(下向き)方向の定電場要素の影響下で第3の電極グリッド48および偏向器20方向にイオンを誘導し加速する。
【0022】
上記の説明は、正に荷電したイオンが、(ほぼ)グラウンド電位から、通常数キロボルトのオーダーの大きい負電位まで加速される場合をいう。しかし、正に荷電したイオンが大きい正電位からグラウンドまたはゼロ電位まで加速される別の構成が存在する。この場合には、プレート40ならびに第1および第2の電極グリッド44、46は高い正電位に浮遊されるが、第3の電極グリッド48は地面に接続されている。両方の構成が実際に使用され、各構成の決定因子の1つは、TOF質量分析器のどの部分が地面から便利に隔離されうるかに依存する。
【0023】
図3は図1の偏向器20を示す。偏向器20は、その間の電位差が種々である第1の偏向器電極52および第2の偏向器電極54を含む。第1の偏向器電極52および第2の偏向器電極54によって正、負、およびゼロ偏向状態が形成されうる。特に、第1の電極52が正で、第2の電極54が負である場合には、正の状態が存在する。次いで、正イオンは+x(右)方向に偏向される。第1の電極52が負で、第2の電極54が正である場合には、負の状態が存在する。次いで、正イオンは-x(左)方向に偏向される。両方の電極52および54がゼロ電位である場合には、ゼロ偏向状態が存在する。結果として、偏向器20がこの偏向状態である場合には、イオンは偏向を経験しない。
【0024】
偏向器20がビーム28を偏向して、第1および第2のビーム30および32を形成する方法はいくつか存在する。第1および第2のビーム30および32は、正の偏向状態および負の偏向状態の間を交互して、図1に示すように、元の経路から右に偏向される第1のビーム30および元の経路から左に偏向される第2のビーム32を生ずることによって形成されうる。一態様において、一方の電極の電圧は+2V〜-2Vの間を行き来し、他方では第1の電極と位相反転している-2V〜+2Vの間を行き来する。
【0025】
または、第1および第2のビーム30および32は、正の偏向状態およびゼロ偏向状態の間を交互し、元の経路から右に偏向される第1のビーム30および偏向されない第2のビーム32を生ずることによって形成されうる。または、第1および第2のビーム30および32は、負の偏向状態およびゼロ偏向状態の間を交互し、元の経路から左に偏向される第1のビーム30および偏向されない第2のビーム32を生ずることによって形成されうる。第1のビーム30が偏向されない他の可能性も存在する。
【0026】
図4A〜Dは、どのように加速器18および偏向器20および記録システム25が組み合わさって作動して、第1および第2のビーム30および32を形成し、分析するのかを図示するタイミング図を示す。図4Aは、パルス発生器34によって形成される「押す」パルスのプロット60を時間の関数として示す。一態様において、これらのパルスの周波数は12 kHzである。図4Bは、第1の偏向器電極52と第2の偏向器電極54の間の電圧差のプロット62を時間の関数として示す。電圧差は、負および正の偏向状態の間を6 kHzの周波数で交互する。図4Cは、第1の検出領域22に到達するイオンの記録と同期する「開始」シグナルのプロット64を時間の関数として示す。図4Dは、第1の検出領域22で記録されるイオンの質量スペクトル66を示す。ビーム28は2つのビーム32および34に偏向されるので、パルス発生器によって押されるイオンの半分だけが第1の検出領域22に到達し、質量スペクトル66に記録される。結果として、プロット64の周波数はプロット60の周波数の1/2、すなわち6 kHzである。図4Eは、第2の検出領域24に到達するイオンの記録と同期する開始シグナルのプロット68を時間の関数として示す。図4Fは、第2の検出領域24に記録されるイオンの質量スペクトル69を示す。記録システム25は、第1および第2の検出領域22および24によって獲得されるシグナル情報を合わせて、例えば(任意のシフトについて補正後に)質量スペクトル66および69を加算することによって、試料を分析する。
【0027】
プロット60のパルスは一連のパケットを形成し、1つおきのパルスはプロット62の負の電圧差によって左に偏向され、残りはプロット62の正の電圧差によって右に偏向される。一方の方向に偏向されるパケットは他方の方向に偏向されるパケットを妨害しないので、パルス化周波数(pulsing frequency)は、偏向されない場合の大きさの2倍である。従って、本発明の原理により、プロット66および69のシグナル情報を合わせることによって感度が向上し、分析が迅速化する。周波数を2倍にすることにより、試料12から形成されるイオンがより多く検出されうるので、無駄も少なくなる。
【0028】
図5Aおよび5Bは、Applied Biosystems/MDS SCIEX製のQSTAR(登録商標)などの従来の飛行時間型質量分析器を使用して得られる質量スペクトルを示し、図5Cは、第1の検出領域22によって受信されるシグナルから得られる質量スペクトルを示す。第2の検出領域24によって得られる質量スペクトルも実質的に同一であると思われる。
【0029】
特に、CsTFHA(トリデカフルオロヘプタン酸のセシウム塩)試料の質量スペクトル(強度対飛行時間のプロット)を示す。図5Aは、従来の「パルス-アンド-ウェイト」法に対応するパルス化周波数6 kHzの従来の飛行時間型質量分析器を用いて得られる質量スペクトルである。図5Bは、同じ従来の質量分析器を用いるが、パルス化周波数12 kHzで得られる質量スペクトルである。わかるように、図5Bには、図5Aには見られない数多くのさらなるスペクトル線が存在する。これらのさらなる線は、パルス間の検出期間が重複してクロストークを生じることにより出現する。図5Bのスペクトルを得るために使用されるパルス化周波数12 kHzは大きすぎる。
【0030】
図5Cは、パルス化周波数12 kHzおよび図1のシステム10を用いて得られる同じ化合物の質量スペクトルである。図5Aと図5Cを比較することによってわかるように、本発明のシステムにおける重複またはクロストークの減少のために、図5Bにおいて見られる種類のさらなるスペクトル線は存在しないようである。従って、本発明のシステムを使用することによって、クロストークを生じずに、従来の周波数の2倍でサンプリングする機会が得られる。
【0031】
図1のシステム10はいくつかの点において変更しうる。例えば、当業者に公知であるように、第1および第2のビーム30および32を反射するためにリフレクター(静電ミラー)を使用しないという点においてシステム10は直線状である。一形態において、リフレクターをシステム10に導入してもよい。また、ビーム28は2つよりも多いビームに偏向されてもよい。最後に、偏向器20は加速器20の手前に配置されてもよい。
【0032】
図6Aおよび6Bは、これらの形態を組み込んだ本発明の別の態様において試料12を分析するための質量分析システム70の俯瞰図および側面図を示す。この態様では、ソースビーム26は3つのイオンビームに偏向され、3つの検出領域を使用する。また、加速器は偏向器の後方に位置される。
【0033】
質量分析システム70は、分析物イオン14を形成するイオンソース13、イオンビーム形成装置16、偏向器72、加速器74、リフレクター(静電ミラー)76、検出モジュール83の第1の検出領域78、第2の検出領域80、第3の検出領域82、および記録システム85を含む。
【0034】
イオンソース13は試料12からイオン14を形成する。例えば、イオンソース13としては、当業者に公知であるように、エレクトロスプレーイオナイザー、大気圧化学イオナイザー、大気圧フォトイオナイザーなどの大気圧イオナイザー、または直交型MALDIイオナイザーなどのMALDIイオナイザーを挙げることができる。試料12由来のイオンソース13からの分析物イオン14は、イオンビーム形成装置16によって処理されて、分析物イオンのソースビーム26を形成する。イオンビーム形成装置16は、コリメーター17、イオン光学電極(示していない)、四重極イオンガイド(示していない)、マスフィルター(示していない)などのイオンフィルター、および衝突セル(示していない)などのいくつかの要素を含んでもよい。
【0035】
偏向器72は、ビーム28を偏向して、互いから分岐して異なる経路を伝播する第1のビーム84、第2のビーム86、および第3のビーム88を形成する。第1の検出領域78は第1のビーム84を検出し、第2の検出領域80は第2のビーム86を検出し、第3の検出領域82は第3のビーム88を検出する。
【0036】
加速器74は、電場パルスで1度に1つづつ、3つのビーム84、86、および88を交互にパルス化する。電場パルスは、イオンパケットをリフレクター76方向(図6Aの平面から離れる方向)に飛ばす。特に、加速器74は、パケットを含む分析物イオン28のビームを飛ばす。
【0037】
リフレクター76は、ビーム内のイオンが空間的に拡散して、検出器への到着時間の広がりが生じることがあることによって生じる分解能の損失を補償する助けとなる。この拡散を補償するために、リフレクター76は、当業者に公知であるように、運動エネルギーが大きいイオンを、運動エネルギーが低いイオンより装置76の奥に透過させ、従ってそこに長く滞在させて、拡散を減少させる。
【0038】
検出モジュール83は、例えば、径50 mmの円形ミクロチャネルプレート(MCP)と、14mm×27mm陽極検出器、12mm×27mm陽極検出器、および14mm×27mm陽極検出器を有し、各陽極検出器が3つの検出領域78、80、および82の1つに対応する3陽極検出器とを含んでもよい。他の適当な寸法も使用することができる。
【0039】
記録システム85は、当業者に公知であるような、検出された第1、第2、および第3のビーム84、86、および88に基づいて試料を分析するためのソフトウェアおよび/またはハードウェアを含む。記録システム25は、例えば、第1の検出領域78、第2の検出領域80、および第3の検出領域82への分析物イオンの到着に対応するシグナルを測定し、処理するための時間-デジタル変換器またはトランジェントレコーダーを含んでもよい。
【0040】
分析物イオンの第1のビーム84、第2のビーム86、および第3のビーム88はソースビーム26から形成される。偏向器74は、その間の電位差Vが変わりうる第1の偏向器電極75および第2の偏向器電極77を含む。これらの電極75および77は、上記の3つの偏向状態を形成して、ソースビーム26を偏向することができる。電極75および77間の電圧V対時間を示すプロット79を図6Aに示す。周期的なプロット54の一部分だけを示す;示す部分は、対応するイオンパケットが飛ばされるとき規則的な間隔で反復される。3つの偏向状態をプロット79に示す。特に、極性は正からゼロ、負に変化し、正に戻る。
【0041】
こうして、電極75および77間の電圧は最初は負であり、正のイオンを大きい電位の電極から小さい電位の電極に偏向して第1のビーム84を形成する。次に、電極75および77間の電圧はゼロであり、イオンの偏向を生じず、偏向されない第2のビーム86を生ずる。最後に、電極間の電圧は正であり、正のイオンを第1のビーム84の方向と反対の方向に偏向して第3のビーム88を形成する。一般に、これらのビームは任意の順で形成されうる。
【0042】
種々の電圧差が形成されて、任意の数の偏向状態および対応するビームを形成しうることが理解されるべきである。従って、4つ以上のビームが検出される他の態様は本発明の原理に矛盾しない。
【0043】
図1および6Aおよび6Bに示す態様からわかるように、偏向器は加速器の手前または後方に配置されてもよい。両方の場合において、偏向器、加速器、および検出領域間の相対的な距離に関する制限がある。特に、n個のビームが形成される場合(例えば、図6Aにおいてn=3)、偏向器と加速器間の距離はL/n(ここで、Lは図6Aに対応するTOFの軸に垂直な平面において測定される加速器と検出領域の中心間の距離である)未満であるべきである。これは、1つだけのビームが一度に加速器によって押し出されること(偏向器が加速器の手前にある場合)、または1つの加速器パルスによって押し出されるイオンだけが1つの特定のビームに偏向されること(偏向器が加速器の後方の流動空間に配置される場合)を確実にするために必要である。n>2では、L/nが小さくなり、偏向器を図6Aの面から移動させて加速器の後方に位置させることが容易になるので、偏向器を加速器の後方に配置する方が容易である。加速器に対する偏向器の位置の選択はいくつかの他の要因によって決定される場合がある:
1.特定のイオン加速方法(上記に考察したように、グラウンドから高電圧まで、または反対の極の高電圧からグラウンドまで)に応じて、装置の接地部分に偏向器を位置させる方が実用的である場合がある。
2.加速器の手前の偏向器によって偏向されているイオンビーム84および88は、偏向されてないイオンビーム86に対して傾斜している。一方、偏向が加速器の後方で生じる場合には、偏向されたビームは互いにおよび偏向されていないビームに平行である。
3.TOF分析器の流動空間内の偏向は、TOFの方向におけるイオンパケットの拡散により質量分解能に有害に影響することが公知である。
【0044】
本発明の上記の態様は例示的なものであり、限定するものでも網羅的なものでもない。例えば、検出のために2つまたは3つのイオンビームを形成するシステムが強調されているが、さらに多くのビームを形成し検出することができる他のシステムは本発明の原理に矛盾しない。また、図1の直線状のシステム10は、上記のようにイオンの特定の拡散を最小にするためにリフレクターを含むように修飾することができる。このような場合には、リフレクターは、好適に配置されている検出モジュールに2つのビームを反射するであろう。逆に、システム70は、リフレクターを除去し、検出モジュール83の位置を適当に変更することによって直線状のシステムに変換しうる。本発明の範囲は特許請求の範囲によってのみ限定されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0045】
本発明をさらによく理解するため、およびどのように本発明を実施することができるかをさらに明らかに示すために、ここで例として以下の図面を参照する。
【図1】本発明の教示内容により試料を分析するためのシステムを示す。
【図2】図1の加速器を示す。
【図3】図1の偏向器を示す。
【図4A−F】図1の加速器、偏向器、および2つの検出領域が組み合わさってどのように作動するかを図示するタイミング図を示す。
【図5A】パルス化周波数(pulsing frequency)6 kHzで従来の質量分析器を使用して得られる質量スペクトルを示す。
【図5B】パルス化周波数12 kHzで従来の質量分析器を使用して得られる質量スペクトルを示す。
【図5C】パルス化周波数12 kHzで本発明のシステムを使用して得られる質量スペクトルを示す。
【図6A−B】本発明の教示内容により試料を分析するためのシステムの別の態様の2つの斜視図を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料から分析物イオンのビームを形成する段階;
電場でビームを偏向させて、互いから分岐して異なる経路を伝播する少なくとも第1のビームおよび第2のビームを形成する段階;
第1の検出領域において分析物イオンの第1のビームを検出する段階;
第2の検出領域において分析物イオンの偏向された第2のビームを検出する段階;および
検出された第1および第2のビームに基づいて試料の質量分析を実施する段階
を含む、試料を分析する方法。
【請求項2】
試料から分析物イオンのビームを形成する段階が、エレクトロスプレーイオン化源、大気圧化学イオン化源、または大気圧光イオン化源から選択されるイオンソースを使用する段階を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
分析物をマトリックスに包埋して、分析のための試料を作製する段階をさらに含む、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
分析物イオンのビームを形成する段階が、衝突冷却(直交型MALDI)を用いるマトリックス支援レーザー脱離/イオン化を使用する段階を含む、請求項3記載の方法。
【請求項5】
分析物イオンのビームを形成する段階が、偏向する段階の前に、
試料から分析物イオンを形成する段階;
分析物イオンを集束してソースビーム(source beam)を形成する段階;および
ソースビームを電場パルスでパルス化し、パケットを含む分析物イオンのビームを作成する段階
を含む、請求項1〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
分析物イオンのビームを形成する段階が、偏向する段階の前に、
試料から分析物イオンを形成する段階;および
分析物イオンを集束して分析物イオンのビームを形成する段階を含む、請求項1〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
偏向する段階の後で、第1および第2のビームを電場パルスでパルス化する段階をさらに含む、請求項6記載の方法。
【請求項8】
分析物イオンのビームを偏向する段階が、
分析物イオンのビームの第1の部分を偏向して第1のビームを形成する段階を含み、分析物イオンのビームの未偏向の第2の部分が第2のビームを形成する、
請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
分析物イオンのビームを偏向する段階が、
分析物イオンのビームの第1の部分を偏向して第1のビームを形成する段階;および
分析物イオンのビームの第2の部分を偏向して第2のビームを形成する段階
を含む、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
質量分析を実施する段階が試料の質量スペクトルを作製する段階を含む、請求項1〜9のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
分析物イオンのビームを形成するための試料由来のイオンソース;
電場でビームを偏向して、互いから分岐して異なる経路を伝播する少なくとも第1のビームおよび第2のビームを形成するための偏向器;
第1のビームを検出するための第1の検出領域;
第2のビームを検出するための第2の検出領域;および
検出された第1および第2のビームに基づいて試料を分析するための分析器
を含む、試料を分析するためのシステム。
【請求項12】
分析物イオンのビームを形成するためのエレクトロスプレーイオン化源、大気圧化学イオン化源、または大気圧光イオン化源から選択されるイオンソースをさらに含む、請求項11記載のシステム。
【請求項13】
試料を調製するためのマトリックスをさらに含む、請求項11または12記載のシステム。
【請求項14】
分析物イオンのビームを形成するための衝突冷却(直交型MALDI)装置を用いるマトリックス支援レーザー脱離/イオン化をさらに含む、請求項13記載のシステム。
【請求項15】
イオンソースから分析物イオンを集束して、分析物イオンのソースビームを形成するイオンビーム形成装置;および
偏向器による偏向前に、電場パルスでソースビームをパルス化して、パケットを含む分析物イオンのビームを発生させるパルス発生器
をさらに含む、請求項11〜14のいずれか一項記載のシステム。
【請求項16】
イオンソースからの分析物イオンをフィルタリングするためのマスフィルターおよび分析物イオンをフラグメント化してソースビームを形成する衝突セルを有するイオンビーム形成システムをさらに含む、請求項11〜14のいずれか一項記載のシステム。
【請求項17】
偏向器による偏向後に、電場パルスで第1および第2のビームをパルス化するためのパルス発生器をさらに含む、請求項16記載のシステム。
【請求項18】
偏向器が、分析物イオンのビームの第1の部分を偏向して第1のビームを形成するように適合されており、分析物イオンのビームの未偏向の第2の部分が第2のビームを形成する、請求項11〜17のいずれか一項記載のシステム。
【請求項19】
偏向器が、分析物イオンのビームの第1の部分を偏向して第1のビームを形成し、分析物イオンのビームの第2の部分を偏向して第2のビームを形成するように適合されている、請求項11〜17のいずれか一項記載のシステム。
【請求項20】
質量分析器が、試料の質量スペクトルを形成することができる、請求項11〜19のいずれか一項記載のシステム。
【請求項21】
試料から分析物イオンのビームを形成する段階;
ビームを偏向して、互いから分岐して異なる経路を伝播する少なくとも第1のビームおよび第2のビームを形成する段階;
第1の検出領域において分析物イオンの第1のビームを検出する段階;
第2の検出領域において分析物イオンの偏向された第2のビームを検出する段階;および
検出された第1および第2のビームに基づいて試料の質量分析を実施する段階
を含む、飛行時間型質量分析器で試料を分析する方法。
【請求項22】
ビームを偏向する段階の前に分析物イオンのビームを直角にパルス化する段階をさらに含む、請求項21記載の試料を分析する方法。
【請求項23】
ビームを偏向する段階の後に、ビームを直角にパルス化する段階をさらに含む、請求項21記載の試料を分析する方法。
【請求項24】
分析物イオンのビームを形成するための試料由来のイオンソース;
電場でビームを偏向して、互いから分岐して異なる経路を伝播する少なくとも第1のビームおよび第2のビームを形成する偏向器;
第1のビームを検出するための第1の検出領域;
第2のビームを検出するための第2の検出領域;および
検出された第1および第2のビームに基づいて試料を分析するための飛行時間型分析器
を含む、飛行時間型質量分析器で試料を分析するためのシステム。
【請求項25】
ビームをパルス化するための加速器をさらに含む、請求項24記載の試料を分析するためのシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2007−526458(P2007−526458A)
【公表日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−501076(P2007−501076)
【出願日】平成17年2月18日(2005.2.18)
【国際出願番号】PCT/CA2005/000216
【国際公開番号】WO2005/085830
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【出願人】(505377197)エムディーエス インコーポレイテッド ドゥーイング ビジネス スルー イッツ エムディーエス サイエックス ディヴィジョン (12)
【Fターム(参考)】