試料評価装置及び試料評価方法
【課題】試料評価装置及び試料評価方法において、酸化金属膜の組成変動を簡単に測定すること。
【解決手段】走査型非線形誘電率顕微鏡10の探針14aにより酸化金属膜35の評価領域Fを走査することにより、評価領域Fの非線形誘電率を示す出力信号S0を走査型非線形誘電率顕微鏡10から取得するステップと、酸化金属膜35の特定の構成元素の組成ずれXと出力信号S0との関係を表すテーブルTBを参照することにより、取得した出力信号S0に対応する組成ずれXを求めるステップとを有する試料評価方法による。
【解決手段】走査型非線形誘電率顕微鏡10の探針14aにより酸化金属膜35の評価領域Fを走査することにより、評価領域Fの非線形誘電率を示す出力信号S0を走査型非線形誘電率顕微鏡10から取得するステップと、酸化金属膜35の特定の構成元素の組成ずれXと出力信号S0との関係を表すテーブルTBを参照することにより、取得した出力信号S0に対応する組成ずれXを求めるステップとを有する試料評価方法による。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料評価装置及び試料評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタン等の酸化金属膜は様々な電子デバイスにおいて使用されている。例えば、ReRAM(Resistance Random Access Memory)では、上部電極と下部電極との間に抵抗膜として酸化金属膜が形成される。その酸化金属膜は、電圧の印加によって抵抗値が変わるという性質を有しており、その抵抗値を「0」又は「1」の情報に対応させることによりReRAMのメモリセルに情報を記憶することができる。
【0003】
酸化金属膜の抵抗値が変化する原因については様々な研究がなされており、膜の組成変動が抵抗変化の一因であるとの見解もあるが、組成変動を測定するのは困難であるため、組成変動に伴う酸化金属膜の抵抗変化については十分な知見がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2008/114421号パンフレット
【特許文献2】特開2008−232827号公報
【特許文献3】特開2010−272790号公報
【特許文献4】特開2011−53154号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
試料評価装置及び試料評価方法において、酸化金属膜の組成変動を簡単に測定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下の開示の一観点によれば、走査型非線形誘電率顕微鏡の探針により酸化金属膜の評価領域を走査することにより、前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を前記走査型非線形誘電率顕微鏡から取得するステップと、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれと前記出力信号との関係を表すテーブルを参照することにより、取得した前記出力信号に対応する前記組成ずれを求めるステップとを有する試料評価方法が提供される。
【0007】
また、その開示の他の観点によれば、酸化金属膜を備えた試料を載せる試料台と、前記試料の表面に近接する探針と、前記探針の横に設けられ、前記試料の表面に対向する電極と、前記電極と前記試料台との間に交番電圧を印加する電源と、一端が前記電極に電気的に接続され、かつ、他端が前記探針に電気的に接続されて、前記探針と協働して共振器を形成するインダクタと、前記共振器から出力される共振信号を復調して復調信号を出力する復調器と、前記復調信号のうち、前記交番電圧の周波数の整数倍の周波数に同期した成分を抽出して出力信号として出力するロックインアンプと、前記出力信号と、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれとの関係を表すテーブルを格納した記憶部とを有する試料評価装置が提供される。
【発明の効果】
【0008】
以下の開示によれば、酸化金属膜の非線形誘電率を示す走査型非線形誘電率顕微鏡の出力信号と当該酸化金属膜における特定の構成元素の組成ずれとを予めテーブル化しておくので、そのテーブルを用いて組成ずれを簡単に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、ReRAMの一つのメモリセルの断面図である。
【図2】図2(a)、(b)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測して得られた像である。
【図3】図3(a)〜(e)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測し、その観測結果をグラフで三次元的に表した図である。
【図4】図4は、本実施形態に係る試料評価装置の構成図である。
【図5】図5は、本実施形態で使用する試料の側面付近の拡大断面図である。
【図6】図6は、三次の非線形誘電率の値を示す出力信号と、酸化金属膜における酸素元素の組成ずれとの関係を示すテーブルを模式的に表す図である。
【図7】図7は、本実施形態にけるテーブルの作成方法を示すフローチャートである。
【図8】図8は、本実施形態で使用する薄膜試料の断面図である。
【図9】図9は、本実施形態に係る試料評価方法のフローチャートである。
【図10】図10は、本実施形態において、AFMにより得られた試料の表面の画像の一例である。
【図11】図11は、本実施形態において、評価領域における試料の出力信号の強度を画像化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本実施形態について説明する前に、基礎となる予備的事項について説明する。
【0011】
酸化金属膜の用途は様々であるが、その用途の一つにReRAMのセルにおける抵抗膜がある。
【0012】
図1は、ReRAMの一つのメモリセルの断面図である。
【0013】
メモリセル1は、下部電極2、抵抗膜3、及び上部電極4を有しており、抵抗膜3として酸化チタン(TiO2)、酸化ニッケル(NiO)、酸化タングステン(WO3)、酸化銅(CuO)、及び酸化タンタル(Ta2O5)のいずれかを材料とする酸化金属膜が形成される。
【0014】
そして、下部電極2と上部電極4との間に電圧を印加すると、酸素元素の組成比が周囲よりもずれたフィラメント3aが抵抗膜3を貫通する形で形成され、そのフィラメント3aの界面での局所的な酸化還元反応が原因で抵抗膜3の抵抗値が変化するといわれる。
【0015】
抵抗膜3の抵抗値の変化は、抵抗膜3を流れる電流値を可視化することで観測することができる。そのように電流値を可視化する装置としてc-AFM(Conductive Atomic Force Microscope)装置がある。
【0016】
図2(a)、(b)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測して得られた像である。なお、図2(a)と図2(b)とでは、酸化銅膜にその上下から印加する電圧の値が異なる。また、これらの図においては、電流値の大きな領域を白色で表し、電流値の小さな領域を黒色で表している。
【0017】
図2(a)、(b)を比較して理解されるように、酸化銅膜に印加する電圧を変えることにより電流が流れる領域が変わり、これにより酸化銅膜の全体の抵抗を変化させることができる。
【0018】
図3(a)〜(e)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測し、その観測結果をグラフで三次元的に表した図である。
【0019】
これらの図において、縦軸と横軸は酸化銅膜の面内に設定された任意の座標系であり、グラフの高さが電流の大きさを表す。また、これらの図の各々においては酸化銅膜に印加する電圧の大きさを変えており、図3(a)、図3(b)、・・・の順に電圧を高くしていき、図3(e)において最も電圧を高くしている。
【0020】
図3(a)〜(e)から理解されるように、酸化銅膜に印加する電圧を大きくしていくにつれて膜中で電流が流れる部位が増える。
【0021】
このように、c-AFM装置においては、酸化銅膜等の酸化金属膜を流れる電流値を可視化することにより、その酸化金属膜の局所的な電流値の変化を捉えることができる。
【0022】
しかし、c-AFM装置は、電流値を可視化するのみであり、その電流値の変化が酸化金属膜の組成ずれに起因したものかどうかについての知見をユーザに与えることはできない。
【0023】
以下に、本実施形態について説明する。
【0024】
図4は、本実施形態に係る試料評価装置の構成図である。
【0025】
この試料評価装置10は、走査型非線形誘電率顕微鏡(SNDM: Scanning Nonlinear Dielectric Microscopy)装置であって、筐体11、試料台12、リング電極13、探針14a、電源23、及び評価部29を備える。
【0026】
このうち、筐体11は、減圧ポンプ11aに接続される。その減圧ポンプ11aを駆動することで筐体11内の雰囲気が減圧され、筐体11に収容されている試料台12、リング電極13、及び探針14aの各々を、大気中よりも酸素濃度が低減された雰囲気下に置くことができる。
【0027】
なお、減圧ポンプ11aの駆動は必須ではなく、筐体11内を大気と同一雰囲気にしてもよい。
【0028】
一方、試料台12は、セラミック等を材料とする絶縁体12aと導電性の金属ステージ12bとをこの順に設けてなり、金属ステージ12bの上に評価対象の試料30が載置される。
【0029】
その試料台12には、ステッピングモータ等の駆動部15が接続される。駆動部15は、評価部29から出力される駆動信号SDを受けて、水平方向と鉛直方向の各々の方向に所定の駆動量だけ試料台12を駆動する。
【0030】
また、探針14aは、導電性のカンチレバー14の先端に固定されており、試料30の表面に近接する。探針14aの材料は特に限定されない。本実施形態では、シリコン製の母材の表面を約60nmの厚さのロジウム膜でコーティングしてなる導電性の探針14aを使用する。そのような探針14aとしては、例えば、SII-NT社製のSi-DF-3R60がある。なお、これと同一の母材でロジウム膜の厚さが約100nmのSII-NT社製のSi-DF-3R100を探針14aとして用いてもよい。
【0031】
また、SII-NT社製のSi-DF-29R60、Si-DF-20R100、若しくはSi-DF-40R100、又はナノワールド社製のEFM50を探針14aとして用いてもよい。
【0032】
更に、カンチレバー14の剛性も特に限定されないが、本実施形態ではカンチレバー14のばね定数を約3N/mとする。
【0033】
そのカンチレバー14にはレーザ光源16で発生したレーザ光Lが照射される。レーザ光Lは、カンチレバー14の上面で反射した後、4分割フォトダイオード17に入射する。そして、4分割フォトダイオード17は、四分割された受光面のうちのいずれにレーザ光Lが入射したのかを示す受光信号SLを評価部29に出力する。
【0034】
一方、リング電極13は、探針14aの横にリング状に設けられており、試料30の表面と対向すると共に、接地電位に維持される。
【0035】
電源23は、互いに直列に接続された交流電源24と直流電源25とを有しており、試料台12とリング電極13との間に交番電圧Vを印加する。なお、直流電源24によりその交番電圧Vに直流電圧を重畳することもできる。
【0036】
前述の探針14aにはインダクタ18の一端が電気的に接続され、そのインダクタ18の他端はリング電極13に電気的に接続される。
【0037】
図4に示されるように、探針14aと試料30との間には容量Csが形成されるが、前述のインダクタ18はその容量Cs及び探針14aと協働してLC共振器27を形成する。また、接地電位に維持されているリング電極13は、LC共振器27のアースとして機能する。
【0038】
そのLC共振器27の共振周波数fは、インダクタ18のインダクタンスをLとしてf=(2π)-1・(LCs)-1/2で表されるため、容量Csの時間的な変化が共振周波数fの変化に変換され、当該共振周波数fで変動する共振信号S1がLC共振器27から出力される。
【0039】
その共振信号S1は、FM復調器21による復調で電圧値に変換され、復調信号S2としてロックインアンプ22に入力される。
【0040】
ロックインアンプ22には交番電圧Vが参照信号として入力される。そのロックインアンプ22は、復調信号S2のうち、交番電圧Vの角振動数ωpの整数倍の周波数(ωp、2ωp、3ωp、…)に同期した成分を抽出し、それを出力信号S0として評価部29に出力する。
【0041】
なお、角振動数ωpは交番電圧Vの周波数fp(=ωp/2π)に比例するので、復調信号S2のうち周波数fpの整数倍の周波数(fp、2fp、3fp、…)に同期した成分が出力信号S0として抽出されると言うこともできる。
【0042】
評価部29は、パーソナルコンピュータ等の計算機であって、演算部29aと記憶部29bとを備える。
【0043】
このうち、演算部29aとしてはCPU(Central Processing Unit)を採用し得る。また、記憶部29bは、例えばハードディスクであって、後述のテーブルTBが格納される。
【0044】
演算部29aは、駆動信号SDによって水平面内で試料台12を所定の駆動量だけ移動させつつ、4分割フォトダイオード17から出力された受光信号SLに基づいて、試料30の表面の凹凸を測定する。このような凹凸の測定方法は、原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscopy)の測定原理を用いたものであり、本実施形態に係る試料評価装置10はAFMを兼ねることができる。
【0045】
更に、その試料評価装置10によれば、リング状電極13と探針14aとの間隔が狭いため、容量Csの一端の電圧V1をリング状電極13によって直接検知することができ、かつ、当該電圧V1へのLC共振器27の浮遊容量や浮遊インダクタンスの寄与を低減できる。その結果、容量Csの極微な変化を捉えることができ、既存の手法である走査型容量顕微鏡(SCM: Scanning Capacitance Microscope)と比較して容量Csの変化を高感度に検知することができる。
【0046】
図5は、試料30の側面30e付近の拡大断面図である。
【0047】
試料30は、シリコン基板31の上に下地絶縁膜32、下部電極33、バッファ膜34、及び酸化金属膜35をこの順に形成してなる。
【0048】
試料30の厚さと材料は特に限定されない。本実施形態では下地絶縁膜32として酸化シリコン膜を約100nmの厚さに形成する。また、下部電極33として厚さが約100nmの白金膜を形成し、バッファ膜34として下部電極33と酸化金属膜35との格子整合を図る機能を有する厚さが約100nmのチタン膜を形成する。
【0049】
そして、酸化金属膜35は、前述の試料評価装置10における評価対象の膜であり、その膜の組成は一般式MOx(Mは金属元素)で表される。そのような酸化金属膜35として、本実施形態では厚さが100nm以下、例えば約50nmの酸化チタン(TiOx)膜を酸化金属膜35として形成する。
【0050】
酸化金属膜35の膜厚の上限を100nmとしたのは、これよりも厚いと酸化金属膜35の全体に交番電圧Vが印加され難くなるためである。
【0051】
なお、酸化チタン膜に代えて、酸化ニッケル膜、酸化タングステン膜、酸化銅膜、及び酸化タンタル膜のいずれかを酸化金属膜35として形成してもよい。
【0052】
また、試料30の側面30eはダイヤモンドペンで研磨されており、研磨により露出した下部電極33の側面と金属ステージ12bとが導電性ペースト36により電気的に接続される。
【0053】
試料30の平面形状は特に限定されないが、本実施形態では平面視で一辺の長さが約1cmの正方形となるように試料30を整形する。
【0054】
次に、その酸化金属膜35の評価方法の原理について説明する。
【0055】
前述の酸化金属膜35が一般式MOxで表される場合、膜中の酸素元素Oの組成比xは様々な要因で変動して化学量論的組成からずれ、そのずれによってReRAMの抵抗膜として使用できる程度に酸化金属膜35の抵抗値が変動する。
【0056】
よって、酸素元素の組成ずれを測定することは、ReRAM等の電子デバイスの開発にあたって酸化金属膜35についての新たな知見をもたらす可能性がある。
【0057】
そこで、本実施形態では以下のようにして酸化金属膜35における酸素の組成ずれを測定する。
【0058】
酸素の組成がずれると、酸化金属膜35の非線形誘電率も変動する。次の式(1)は、酸化金属膜35中の鉛直方向の電束密度D3を、酸化金属膜35中の鉛直方向の電界E3で展開した式である。
【0059】
【数1】
【0060】
式(1)において、ε(3)、ε(4)、ε(5)はそれぞれ三次、四次、又は五次の非線形誘電率と呼ばれる。また、PS3は、酸化金属膜35の鉛直方向の自発分極である。
【0061】
ここで、電源23から酸化金属膜35に印加される電界E3が次の式(2)で表されるとする。
【0062】
【数2】
【0063】
なお、式(2)において、ωpは電界E3の角振動数である。そして、tは時間であり、Epは電界の振幅である。
【0064】
また、電界E3が与えられていないときの酸化金属膜35の誘電率をCs0とし、電界E3が与えられたときの誘電率のCs0からの変化量をΔCs(=Cs−Cs0)とすると、次の式(3)が成立することが知られている。
【0065】
【数3】
【0066】
式(3)に示されるように、三次、四次、五次の非線形誘電率ε(3)、ε(4)、ε(5)は、それぞれcosωpt、cos2ωpt、cos3ωptの係数に現れる。よって、誘電率の変化率(ΔCs/Cs0)を測定し、その測定値から角振動数ωpの整数倍(1倍、2倍、3倍)の成分を抽出することにより、ε(3)、ε(4)、ε(5)を求めることができる。
【0067】
ロックインアンプ22(図4参照)から出力される出力信号S0は、容量Csの変化を反映しており、かつ、交番電圧Vの角振動数ωpの整数倍のωp、2ωp、3ωp、…うちから選択した一の値に同期した成分のみが含まれる。よって、この試料評価装置10においては、出力信号S0から前述の非線形誘電率ε(3)、ε(4)、ε(5)を求めることが可能となる。
【0068】
しかも、前述したように、走査型非線形誘電率顕微鏡を利用した試料評価装置10では容量Csの変化を極めて高感度に検出することができるため、非線形誘電率ε(3)、ε(4)、ε(5)の値を高精度に測定することができる。
【0069】
図6は、三次の非線形誘電率ε(3)の値を示す出力信号S0と、酸化金属膜35における酸素元素の組成ずれXとの関係を示すテーブルTBを模式的に表すである。なお、本実施形態における組成ずれXとは、評価対象の酸化金属膜35における酸素元素の実際の組成比と、その酸化金属膜35における酸素元素の化学量論的組成との差を言う。例えば、実際の酸化金属膜35がMOxで表され、酸化金属膜35が化学量論的組成にMOx0で表される場合は、組成ずれXはx−x0となる。
【0070】
また、このテーブルTBは、酸化金属膜35として酸化チタン膜を形成したときに実際に得られたものである。
【0071】
図6に示すように、組成ずれXが異なれば出力信号S0の値も異なる。よって、予めテーブルTBを作成しておけば、そのテーブルTBから出力信号S0の値に対応する組成ずれXを簡単に求めることができる。
【0072】
このように、本実施形態では、試料評価装置10の出力信号S0を利用することで、酸化金属膜35における酸素元素の組成ずれXを簡便かつ短時間に測定することができる。
【0073】
次に、前述の原理に基づいた本実施形態に係る試料評価方法について説明する。
【0074】
まず、テーブルTBの作成方法について説明する。
【0075】
図7は、テーブルTBの作成方法を示すフローチャートである。
【0076】
最初のステップP1では複数個の薄膜試料SP1〜SP8を作製する。
【0077】
図8は、薄膜試料SP1〜SP8の断面図である。
【0078】
各薄膜試料SP1〜SP8は、シリコン基板41の上に下地絶縁膜42、下部電極43、及び酸化金属膜44をこの順に形成してなる。
【0079】
このうち、下地絶縁膜42としては厚さが約100nmの酸化シリコン膜を形成し、下部電極43としては厚さが約100nmの白金膜を形成する。
【0080】
また、酸化金属膜44は、評価対象の試料30における酸化金属膜35(図5参照)と同一種類の材料からなる薄膜であり、例えば酸化金属膜35が酸化チタン膜の場合は酸化金属膜44として酸化チタン膜を形成する。
【0081】
その酸化チタン膜は、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをスパッタガスとするDCスパッタ法により成膜され、その成膜後に酸化チタン膜に対してアニールが行われる。
【0082】
本実施形態では、アニール時の加熱温度又は加熱時間を変えることにより、複数個の薄膜試料SP1〜SP8の各々における酸素元素の組成比を意図的に変える。なお、そのアニールの加熱温度は、400℃前後の温度範囲で薄膜試料SP1〜SP8ごとに変えられる。また、アニールの加熱時間は、1時間程度であり薄膜試料SP1〜SP8ごとに変えられる。
【0083】
次に、図7のステップP2に移る。
【0084】
ステップP2では、ラザフォード後方散乱分光法により、複数個の薄膜試料SP1〜SP8の各々の酸化金属膜44について酸素元素の組成ずれXを測定する。
【0085】
続いて、ステップP3に移り、前述の評価装置10を用いて、複数個の薄膜試料SP1〜SP8の各々の酸化金属膜44の三次の非線形誘電率ε(3)を示す出力信号S0を取得する。なお、本ステップは、各薄膜試料SP1〜SP8における酸素の組成比が変動するのを防止するため、減圧ポンプ11a(図4参照)を駆動せずに、筐体11内を大気にして行うのが好ましい。
【0086】
次に、ステップP4に移り、複数個の薄膜試料SP1〜SP8のうち、同一の薄膜試料における組成ずれXと出力信号S0とを対にすることにより、図6に示したようなテーブルTBを作成する。
【0087】
なお、図6の曲線で示すように、組成ずれXと出力信号S0との対を近似する検量線Qを求め、その検量線QをテーブルTBとしてもよい。
【0088】
その後に、ステップP5に移り、評価装置10の記憶部29bにテーブルTBを格納する。
【0089】
以上により、テーブルTBを作成するための基本ステップが終了する。
【0090】
次に、そのテーブルTBを用いた試料評価方法について説明する。
【0091】
図9は、本実施形態に係る試料評価方法のフローチャートである。本実施形態では、試料評価装置10(図4参照)として、SII-NT社製のAFMであるE-Sweepを使用する。
【0092】
最初のステップP11では、評価対象の試料30の表面の凹凸を把握するため、評価装置10をAFMとして使用し、当該表面の凹凸を可視化する。
【0093】
図10は、本ステップにより得られた画像の一例である。
【0094】
本実施形態では、試料30の表面において、長辺の長さが5μmで短辺の長さが2.5μmの評価領域Fの凹凸を把握する。
【0095】
なお、AFMにおける測定方法は、探針14a(図4参照)と試料30との接触状態に応じてコンタクトモード、タッピングモード、及びノンコンタクトモードに大別される。本実施形態では、試料30の表面に探針14aを接触させるコンタクトモードにより評価領域Fの凹凸を把握する。コンタクトモードは、カンチレバー14の撓み量が一定となるように試料台12の昇降量を調節しながら試料台12を水平方向に駆動する方法であり、前述の各モードのうちで最も汎用性が高い方法である。
【0096】
なお、本ステップは必須ではなく、場合によっては省略してもよい。
【0097】
次に、ステップP12に移り、探針14aと試料30との間に約7V程度の直流電圧を印加しながら、評価領域Fの内側の一部領域PR(図10参照)を探針14aにより走査する。探針14aに直流電圧を印加するには、電源23(図4参照)のうち、交流電源24をオフ状態にして、直流電源25をオン状態にすればよい。
【0098】
このように直流電圧を印加することで、電圧の印加前と比較して一部領域PRにおける酸素元素の組成比がずれ、一部領域PRとその外側の評価領域Fとの間において酸素元素の組成比に明確な違いを出すことができる。
【0099】
一部領域PRの大きさは特に限定されないが、本実施形態では評価領域Fと比較して各辺の長さが1/2となるように、長辺の長さが2.5μmで短辺の長さが1.25μmの矩形状に一部領域PRを設定する。
【0100】
なお、本ステップを行うときの筐体11(図4参照)内の雰囲気も特に限定されず、減圧ポンプ11aを駆動して筐体11を減圧してもよいし、減圧ポンプ11aを駆動せずに筐体11内を大気にしてもよい。
【0101】
このように筐体11内を減圧にするか否かによって、試料30が置かれる雰囲気の酸素濃度を大気中における酸素濃度よりも低減したり、大気中における酸素濃度と同一にしたりすることができる。
【0102】
そのため、筐体11内の酸素濃度を適宜変えることで、直流電圧の印加で引き起こされる酸素元素の組成ずれが、雰囲気中の酸素濃度の相違によってどのような影響を受けるかについての知見を得ることができる。
【0103】
更に、本ステップも必須ではなく、場合によっては省略してもよい。
【0104】
続いて、ステップP13に移り、試料評価装置10(図4参照)の探針14aにより、酸化金属膜35の評価領域Fを走査することにより、その走査線上に設定された256個の評価点における三次の非線形誘電率ε(3)を示す出力信号S0を取得する。
【0105】
ステップP12と同様に本ステップにおける筐体11内の雰囲気は限定されず、本ステップを減圧下で行ってもよいし、大気中で行っても良い。
【0106】
図11は、評価領域Fにおけるその出力信号S0の強度を画像化した図である。なお、この例では、出力信号S0の強度が強い部位を薄い色で表し、強度が弱い部位を濃い色で表している。
【0107】
次に、ステップP14に移り、演算部29aがテーブルTBを参照することにより、256個の評価点の各々の出力信号S0に対応する組成ずれXを求める。
【0108】
組成ずれXの求め方はこれに限定されない。例えば、一部領域PR内において出力信号S0のヒストグラムを作成し、そのヒストグラムにおいて頻度が最も多い出力信号S0の強度一部領域PRにおける代表値としてもよい。同様に、一部領域PRの外側の評価領域Fにおいて出力信号S0のヒストグラムを作成し、そのヒストグラムにおいて頻度が最も多い出力信号S0の強度を評価領域Fにおける代表値としてもよい。
【0109】
図11の像を取得するのに使用した試料30では、一部領域PRにおける出力信号S0の代表値は約775Hz/Vとなり、評価領域Fにおける出力信号S0の代表値は約20Hz/Vとなった。
【0110】
図6のテーブルTBによれば、775Hz/Vの出力信号S0に対応する酸素元素のずれ量Xは+0.042であるから、一部領域PRにおいては酸化金属膜35の酸素元素の組成比が化学量論的組成から増加していることになる。
【0111】
前述のように、一部領域PRの酸化金属膜35に対しては、ステップP12で予め直流電圧が印加されている。このことから、酸化金属膜35に直流電圧を印加すると、酸素の組成比が化学量論的組成よりも増え、酸化金属膜35が酸素過剰状態となることが明らかとなった。
【0112】
酸化金属膜35は、酸素の組成比が化学量論的組成よりも増えるとp型半導体となり、酸素の組成比が化学量論的組成よりも減るとn型半導体となることが知られている。よって、前述の結果より、酸化金属膜35に直流電圧を印加すると、酸化金属膜35がp型半導体化するという新たな知見が得られた。
【0113】
以上により、本実施形態に係る試料評価方法の基本ステップを終了する。
【0114】
上記した本実施形態によれば、評価領域Fの三次の非線形誘電率ε(3)を示す出力信号S0を取得し、その出力信号S0に対応する酸素元素の組成ずれXをテーブルTB(図6参照)から読み取ることで、簡単に組成ずれXを測定することができる。
【0115】
また、評価領域Fは、長辺の長さが5μmで短辺の長さが2.5μmの微小な矩形領域であり、このような微量領域の組成ずれXを定量化してマッピングする技術は存在しないため、本実施形態に係る試料評価方法は今後のデバイス開発に大いに資すると期待できる。
【0116】
以上、本実施形態について詳細に説明したが、本実施形態はこれに限定されない。例えば、上記では酸化金属膜35の非線形誘電率として三次の非線形誘電率ε(3)を採用したが、これに代えて四次又は五次の非線形誘電率ε(4)、ε(5)を採用してもよい。
【0117】
以上説明した各実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
【0118】
(付記1) 走査型非線形誘電率顕微鏡の探針により酸化金属膜の評価領域を走査することにより、前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を前記走査型非線形誘電率顕微鏡から取得するステップと、
前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれと前記出力信号との関係を表すテーブルを参照することにより、取得した前記出力信号に対応する前記組成ずれを求めるステップと、
を有することを特徴とする試料評価方法。
【0119】
(付記2) 前記組成ずれは、前記酸化金属膜の化学量論的組成を基準にした前記構成元素の組成比のずれ量であることを特徴とする付記1に記載の試料評価方法。
【0120】
(付記3) 前記酸化金属膜と同一種類の材料の薄膜を備え、かつ、該薄膜における前記特定の構成元素の組成比が互いに異なる複数個の薄膜試料を作製するステップと、
ラザフォード後方散乱分光法により、複数個の前記薄膜試料の各々について前記構成元素の組成ずれを測定するステップと、
走査型非線形誘電率顕微鏡により、複数個の前記薄膜試料の各々の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップと、
同一の前記薄膜試料における前記組成ずれと前記出力信号とを対にすることにより、前記テーブルを作成するステップとを更に有することを特徴とする付記1又は付記2に記載の試料評価方法。
【0121】
(付記4) 複数個の薄膜試料の各々は、前記酸化金属膜と同一種類の材料の前記薄膜をスパッタ法により形成し、酸素含有雰囲気中で該薄膜の各々をアニールすることにより作製され、
前記薄膜試料ごとに前記アニール時の加熱温度又は加熱時間を変えることにより、複数個の前記薄膜試料の各々における前記特定の構成元素の組成比を変えることを特徴とする付記1乃至付記3のいずれかに記載の試料評価方法。
【0122】
(付記5) 前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップの前に、前記探針と前記試料との間に直流電圧を印加しながら、前記評価領域の内側の一部領域を前記探針により走査するステップを更に有することを特徴とする付記1乃至付記4のいずれかに記載の試料評価方法。
【0123】
(付記6) 前記一部領域を前記探針により走査するステップは、前記探針と前記試料とが置かれる雰囲気中の酸素濃度を大気中における酸素濃度よりも低減した状態で行われることを特徴とする付記5に記載の試料評価方法。
【0124】
(付記7) 前記非線形誘電率は、三次、四次、又は五次の非線形誘電率であることを特徴とする付記1乃至付記5のいずれか1に記載の試料評価方法。
【0125】
(付記8) 酸化金属膜を備えた試料を載せる試料台と、
前記試料の表面に近接する探針と、
前記探針の横に設けられ、前記試料の表面に対向する電極と、
前記電極と前記試料台との間に交番電圧を印加する電源と、
一端が前記電極に電気的に接続され、かつ、他端が前記探針に電気的に接続されて、前記探針と協働して共振器を形成するインダクタと、
前記共振器から出力される共振信号を復調して復調信号を出力する復調器と、
前記復調信号のうち、前記交番電圧の周波数の整数倍の周波数に同期した成分を抽出して出力信号として出力するロックインアンプと、
前記出力信号と、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれとの関係を表すテーブルを格納した記憶部と、
を有することを特徴とする試料評価装置。
【0126】
(付記9) 前記組成ずれは、前記酸化金属膜の化学量論的組成を基準にした前記構成元素の組成比のずれ量であることを特徴とする付記8に記載の試料評価装置。
【0127】
(付記10) 前記出力信号に対応する前記組成ずれを前記テーブルから求める評価部を更に有することを特徴とする付記8又は付記9に記載の試料評価装置。
【符号の説明】
【0128】
1…メモリセル、2…下部電極、3…抵抗膜、3a…フィラメント、4…上部電極、10…試料評価装置、11…筐体、11a…減圧ポンプ、12…試料台、12a…絶縁体、12b金属ステージ、13…リング電極、14…カンチレバー、14a…探針、15…駆動部、16…レーザ光源、17…4分割フォトダイオード、18…インダクタ、24…交流電源、25…直流電源、23…電源、24…交流電源、25…直流電源、27…LC共振器、29…評価部、30…試料、31、41…シリコン基板、32、42…下地絶縁膜、33、43…下部電極、34…バッファ膜、35、44…酸化金属膜、36…導電性ペースト、SP1〜SP8…薄膜試料。
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料評価装置及び試料評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタン等の酸化金属膜は様々な電子デバイスにおいて使用されている。例えば、ReRAM(Resistance Random Access Memory)では、上部電極と下部電極との間に抵抗膜として酸化金属膜が形成される。その酸化金属膜は、電圧の印加によって抵抗値が変わるという性質を有しており、その抵抗値を「0」又は「1」の情報に対応させることによりReRAMのメモリセルに情報を記憶することができる。
【0003】
酸化金属膜の抵抗値が変化する原因については様々な研究がなされており、膜の組成変動が抵抗変化の一因であるとの見解もあるが、組成変動を測定するのは困難であるため、組成変動に伴う酸化金属膜の抵抗変化については十分な知見がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2008/114421号パンフレット
【特許文献2】特開2008−232827号公報
【特許文献3】特開2010−272790号公報
【特許文献4】特開2011−53154号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
試料評価装置及び試料評価方法において、酸化金属膜の組成変動を簡単に測定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下の開示の一観点によれば、走査型非線形誘電率顕微鏡の探針により酸化金属膜の評価領域を走査することにより、前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を前記走査型非線形誘電率顕微鏡から取得するステップと、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれと前記出力信号との関係を表すテーブルを参照することにより、取得した前記出力信号に対応する前記組成ずれを求めるステップとを有する試料評価方法が提供される。
【0007】
また、その開示の他の観点によれば、酸化金属膜を備えた試料を載せる試料台と、前記試料の表面に近接する探針と、前記探針の横に設けられ、前記試料の表面に対向する電極と、前記電極と前記試料台との間に交番電圧を印加する電源と、一端が前記電極に電気的に接続され、かつ、他端が前記探針に電気的に接続されて、前記探針と協働して共振器を形成するインダクタと、前記共振器から出力される共振信号を復調して復調信号を出力する復調器と、前記復調信号のうち、前記交番電圧の周波数の整数倍の周波数に同期した成分を抽出して出力信号として出力するロックインアンプと、前記出力信号と、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれとの関係を表すテーブルを格納した記憶部とを有する試料評価装置が提供される。
【発明の効果】
【0008】
以下の開示によれば、酸化金属膜の非線形誘電率を示す走査型非線形誘電率顕微鏡の出力信号と当該酸化金属膜における特定の構成元素の組成ずれとを予めテーブル化しておくので、そのテーブルを用いて組成ずれを簡単に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、ReRAMの一つのメモリセルの断面図である。
【図2】図2(a)、(b)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測して得られた像である。
【図3】図3(a)〜(e)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測し、その観測結果をグラフで三次元的に表した図である。
【図4】図4は、本実施形態に係る試料評価装置の構成図である。
【図5】図5は、本実施形態で使用する試料の側面付近の拡大断面図である。
【図6】図6は、三次の非線形誘電率の値を示す出力信号と、酸化金属膜における酸素元素の組成ずれとの関係を示すテーブルを模式的に表す図である。
【図7】図7は、本実施形態にけるテーブルの作成方法を示すフローチャートである。
【図8】図8は、本実施形態で使用する薄膜試料の断面図である。
【図9】図9は、本実施形態に係る試料評価方法のフローチャートである。
【図10】図10は、本実施形態において、AFMにより得られた試料の表面の画像の一例である。
【図11】図11は、本実施形態において、評価領域における試料の出力信号の強度を画像化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本実施形態について説明する前に、基礎となる予備的事項について説明する。
【0011】
酸化金属膜の用途は様々であるが、その用途の一つにReRAMのセルにおける抵抗膜がある。
【0012】
図1は、ReRAMの一つのメモリセルの断面図である。
【0013】
メモリセル1は、下部電極2、抵抗膜3、及び上部電極4を有しており、抵抗膜3として酸化チタン(TiO2)、酸化ニッケル(NiO)、酸化タングステン(WO3)、酸化銅(CuO)、及び酸化タンタル(Ta2O5)のいずれかを材料とする酸化金属膜が形成される。
【0014】
そして、下部電極2と上部電極4との間に電圧を印加すると、酸素元素の組成比が周囲よりもずれたフィラメント3aが抵抗膜3を貫通する形で形成され、そのフィラメント3aの界面での局所的な酸化還元反応が原因で抵抗膜3の抵抗値が変化するといわれる。
【0015】
抵抗膜3の抵抗値の変化は、抵抗膜3を流れる電流値を可視化することで観測することができる。そのように電流値を可視化する装置としてc-AFM(Conductive Atomic Force Microscope)装置がある。
【0016】
図2(a)、(b)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測して得られた像である。なお、図2(a)と図2(b)とでは、酸化銅膜にその上下から印加する電圧の値が異なる。また、これらの図においては、電流値の大きな領域を白色で表し、電流値の小さな領域を黒色で表している。
【0017】
図2(a)、(b)を比較して理解されるように、酸化銅膜に印加する電圧を変えることにより電流が流れる領域が変わり、これにより酸化銅膜の全体の抵抗を変化させることができる。
【0018】
図3(a)〜(e)は、c-AFM装置によって酸化銅膜を流れる電流値を観測し、その観測結果をグラフで三次元的に表した図である。
【0019】
これらの図において、縦軸と横軸は酸化銅膜の面内に設定された任意の座標系であり、グラフの高さが電流の大きさを表す。また、これらの図の各々においては酸化銅膜に印加する電圧の大きさを変えており、図3(a)、図3(b)、・・・の順に電圧を高くしていき、図3(e)において最も電圧を高くしている。
【0020】
図3(a)〜(e)から理解されるように、酸化銅膜に印加する電圧を大きくしていくにつれて膜中で電流が流れる部位が増える。
【0021】
このように、c-AFM装置においては、酸化銅膜等の酸化金属膜を流れる電流値を可視化することにより、その酸化金属膜の局所的な電流値の変化を捉えることができる。
【0022】
しかし、c-AFM装置は、電流値を可視化するのみであり、その電流値の変化が酸化金属膜の組成ずれに起因したものかどうかについての知見をユーザに与えることはできない。
【0023】
以下に、本実施形態について説明する。
【0024】
図4は、本実施形態に係る試料評価装置の構成図である。
【0025】
この試料評価装置10は、走査型非線形誘電率顕微鏡(SNDM: Scanning Nonlinear Dielectric Microscopy)装置であって、筐体11、試料台12、リング電極13、探針14a、電源23、及び評価部29を備える。
【0026】
このうち、筐体11は、減圧ポンプ11aに接続される。その減圧ポンプ11aを駆動することで筐体11内の雰囲気が減圧され、筐体11に収容されている試料台12、リング電極13、及び探針14aの各々を、大気中よりも酸素濃度が低減された雰囲気下に置くことができる。
【0027】
なお、減圧ポンプ11aの駆動は必須ではなく、筐体11内を大気と同一雰囲気にしてもよい。
【0028】
一方、試料台12は、セラミック等を材料とする絶縁体12aと導電性の金属ステージ12bとをこの順に設けてなり、金属ステージ12bの上に評価対象の試料30が載置される。
【0029】
その試料台12には、ステッピングモータ等の駆動部15が接続される。駆動部15は、評価部29から出力される駆動信号SDを受けて、水平方向と鉛直方向の各々の方向に所定の駆動量だけ試料台12を駆動する。
【0030】
また、探針14aは、導電性のカンチレバー14の先端に固定されており、試料30の表面に近接する。探針14aの材料は特に限定されない。本実施形態では、シリコン製の母材の表面を約60nmの厚さのロジウム膜でコーティングしてなる導電性の探針14aを使用する。そのような探針14aとしては、例えば、SII-NT社製のSi-DF-3R60がある。なお、これと同一の母材でロジウム膜の厚さが約100nmのSII-NT社製のSi-DF-3R100を探針14aとして用いてもよい。
【0031】
また、SII-NT社製のSi-DF-29R60、Si-DF-20R100、若しくはSi-DF-40R100、又はナノワールド社製のEFM50を探針14aとして用いてもよい。
【0032】
更に、カンチレバー14の剛性も特に限定されないが、本実施形態ではカンチレバー14のばね定数を約3N/mとする。
【0033】
そのカンチレバー14にはレーザ光源16で発生したレーザ光Lが照射される。レーザ光Lは、カンチレバー14の上面で反射した後、4分割フォトダイオード17に入射する。そして、4分割フォトダイオード17は、四分割された受光面のうちのいずれにレーザ光Lが入射したのかを示す受光信号SLを評価部29に出力する。
【0034】
一方、リング電極13は、探針14aの横にリング状に設けられており、試料30の表面と対向すると共に、接地電位に維持される。
【0035】
電源23は、互いに直列に接続された交流電源24と直流電源25とを有しており、試料台12とリング電極13との間に交番電圧Vを印加する。なお、直流電源24によりその交番電圧Vに直流電圧を重畳することもできる。
【0036】
前述の探針14aにはインダクタ18の一端が電気的に接続され、そのインダクタ18の他端はリング電極13に電気的に接続される。
【0037】
図4に示されるように、探針14aと試料30との間には容量Csが形成されるが、前述のインダクタ18はその容量Cs及び探針14aと協働してLC共振器27を形成する。また、接地電位に維持されているリング電極13は、LC共振器27のアースとして機能する。
【0038】
そのLC共振器27の共振周波数fは、インダクタ18のインダクタンスをLとしてf=(2π)-1・(LCs)-1/2で表されるため、容量Csの時間的な変化が共振周波数fの変化に変換され、当該共振周波数fで変動する共振信号S1がLC共振器27から出力される。
【0039】
その共振信号S1は、FM復調器21による復調で電圧値に変換され、復調信号S2としてロックインアンプ22に入力される。
【0040】
ロックインアンプ22には交番電圧Vが参照信号として入力される。そのロックインアンプ22は、復調信号S2のうち、交番電圧Vの角振動数ωpの整数倍の周波数(ωp、2ωp、3ωp、…)に同期した成分を抽出し、それを出力信号S0として評価部29に出力する。
【0041】
なお、角振動数ωpは交番電圧Vの周波数fp(=ωp/2π)に比例するので、復調信号S2のうち周波数fpの整数倍の周波数(fp、2fp、3fp、…)に同期した成分が出力信号S0として抽出されると言うこともできる。
【0042】
評価部29は、パーソナルコンピュータ等の計算機であって、演算部29aと記憶部29bとを備える。
【0043】
このうち、演算部29aとしてはCPU(Central Processing Unit)を採用し得る。また、記憶部29bは、例えばハードディスクであって、後述のテーブルTBが格納される。
【0044】
演算部29aは、駆動信号SDによって水平面内で試料台12を所定の駆動量だけ移動させつつ、4分割フォトダイオード17から出力された受光信号SLに基づいて、試料30の表面の凹凸を測定する。このような凹凸の測定方法は、原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscopy)の測定原理を用いたものであり、本実施形態に係る試料評価装置10はAFMを兼ねることができる。
【0045】
更に、その試料評価装置10によれば、リング状電極13と探針14aとの間隔が狭いため、容量Csの一端の電圧V1をリング状電極13によって直接検知することができ、かつ、当該電圧V1へのLC共振器27の浮遊容量や浮遊インダクタンスの寄与を低減できる。その結果、容量Csの極微な変化を捉えることができ、既存の手法である走査型容量顕微鏡(SCM: Scanning Capacitance Microscope)と比較して容量Csの変化を高感度に検知することができる。
【0046】
図5は、試料30の側面30e付近の拡大断面図である。
【0047】
試料30は、シリコン基板31の上に下地絶縁膜32、下部電極33、バッファ膜34、及び酸化金属膜35をこの順に形成してなる。
【0048】
試料30の厚さと材料は特に限定されない。本実施形態では下地絶縁膜32として酸化シリコン膜を約100nmの厚さに形成する。また、下部電極33として厚さが約100nmの白金膜を形成し、バッファ膜34として下部電極33と酸化金属膜35との格子整合を図る機能を有する厚さが約100nmのチタン膜を形成する。
【0049】
そして、酸化金属膜35は、前述の試料評価装置10における評価対象の膜であり、その膜の組成は一般式MOx(Mは金属元素)で表される。そのような酸化金属膜35として、本実施形態では厚さが100nm以下、例えば約50nmの酸化チタン(TiOx)膜を酸化金属膜35として形成する。
【0050】
酸化金属膜35の膜厚の上限を100nmとしたのは、これよりも厚いと酸化金属膜35の全体に交番電圧Vが印加され難くなるためである。
【0051】
なお、酸化チタン膜に代えて、酸化ニッケル膜、酸化タングステン膜、酸化銅膜、及び酸化タンタル膜のいずれかを酸化金属膜35として形成してもよい。
【0052】
また、試料30の側面30eはダイヤモンドペンで研磨されており、研磨により露出した下部電極33の側面と金属ステージ12bとが導電性ペースト36により電気的に接続される。
【0053】
試料30の平面形状は特に限定されないが、本実施形態では平面視で一辺の長さが約1cmの正方形となるように試料30を整形する。
【0054】
次に、その酸化金属膜35の評価方法の原理について説明する。
【0055】
前述の酸化金属膜35が一般式MOxで表される場合、膜中の酸素元素Oの組成比xは様々な要因で変動して化学量論的組成からずれ、そのずれによってReRAMの抵抗膜として使用できる程度に酸化金属膜35の抵抗値が変動する。
【0056】
よって、酸素元素の組成ずれを測定することは、ReRAM等の電子デバイスの開発にあたって酸化金属膜35についての新たな知見をもたらす可能性がある。
【0057】
そこで、本実施形態では以下のようにして酸化金属膜35における酸素の組成ずれを測定する。
【0058】
酸素の組成がずれると、酸化金属膜35の非線形誘電率も変動する。次の式(1)は、酸化金属膜35中の鉛直方向の電束密度D3を、酸化金属膜35中の鉛直方向の電界E3で展開した式である。
【0059】
【数1】
【0060】
式(1)において、ε(3)、ε(4)、ε(5)はそれぞれ三次、四次、又は五次の非線形誘電率と呼ばれる。また、PS3は、酸化金属膜35の鉛直方向の自発分極である。
【0061】
ここで、電源23から酸化金属膜35に印加される電界E3が次の式(2)で表されるとする。
【0062】
【数2】
【0063】
なお、式(2)において、ωpは電界E3の角振動数である。そして、tは時間であり、Epは電界の振幅である。
【0064】
また、電界E3が与えられていないときの酸化金属膜35の誘電率をCs0とし、電界E3が与えられたときの誘電率のCs0からの変化量をΔCs(=Cs−Cs0)とすると、次の式(3)が成立することが知られている。
【0065】
【数3】
【0066】
式(3)に示されるように、三次、四次、五次の非線形誘電率ε(3)、ε(4)、ε(5)は、それぞれcosωpt、cos2ωpt、cos3ωptの係数に現れる。よって、誘電率の変化率(ΔCs/Cs0)を測定し、その測定値から角振動数ωpの整数倍(1倍、2倍、3倍)の成分を抽出することにより、ε(3)、ε(4)、ε(5)を求めることができる。
【0067】
ロックインアンプ22(図4参照)から出力される出力信号S0は、容量Csの変化を反映しており、かつ、交番電圧Vの角振動数ωpの整数倍のωp、2ωp、3ωp、…うちから選択した一の値に同期した成分のみが含まれる。よって、この試料評価装置10においては、出力信号S0から前述の非線形誘電率ε(3)、ε(4)、ε(5)を求めることが可能となる。
【0068】
しかも、前述したように、走査型非線形誘電率顕微鏡を利用した試料評価装置10では容量Csの変化を極めて高感度に検出することができるため、非線形誘電率ε(3)、ε(4)、ε(5)の値を高精度に測定することができる。
【0069】
図6は、三次の非線形誘電率ε(3)の値を示す出力信号S0と、酸化金属膜35における酸素元素の組成ずれXとの関係を示すテーブルTBを模式的に表すである。なお、本実施形態における組成ずれXとは、評価対象の酸化金属膜35における酸素元素の実際の組成比と、その酸化金属膜35における酸素元素の化学量論的組成との差を言う。例えば、実際の酸化金属膜35がMOxで表され、酸化金属膜35が化学量論的組成にMOx0で表される場合は、組成ずれXはx−x0となる。
【0070】
また、このテーブルTBは、酸化金属膜35として酸化チタン膜を形成したときに実際に得られたものである。
【0071】
図6に示すように、組成ずれXが異なれば出力信号S0の値も異なる。よって、予めテーブルTBを作成しておけば、そのテーブルTBから出力信号S0の値に対応する組成ずれXを簡単に求めることができる。
【0072】
このように、本実施形態では、試料評価装置10の出力信号S0を利用することで、酸化金属膜35における酸素元素の組成ずれXを簡便かつ短時間に測定することができる。
【0073】
次に、前述の原理に基づいた本実施形態に係る試料評価方法について説明する。
【0074】
まず、テーブルTBの作成方法について説明する。
【0075】
図7は、テーブルTBの作成方法を示すフローチャートである。
【0076】
最初のステップP1では複数個の薄膜試料SP1〜SP8を作製する。
【0077】
図8は、薄膜試料SP1〜SP8の断面図である。
【0078】
各薄膜試料SP1〜SP8は、シリコン基板41の上に下地絶縁膜42、下部電極43、及び酸化金属膜44をこの順に形成してなる。
【0079】
このうち、下地絶縁膜42としては厚さが約100nmの酸化シリコン膜を形成し、下部電極43としては厚さが約100nmの白金膜を形成する。
【0080】
また、酸化金属膜44は、評価対象の試料30における酸化金属膜35(図5参照)と同一種類の材料からなる薄膜であり、例えば酸化金属膜35が酸化チタン膜の場合は酸化金属膜44として酸化チタン膜を形成する。
【0081】
その酸化チタン膜は、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをスパッタガスとするDCスパッタ法により成膜され、その成膜後に酸化チタン膜に対してアニールが行われる。
【0082】
本実施形態では、アニール時の加熱温度又は加熱時間を変えることにより、複数個の薄膜試料SP1〜SP8の各々における酸素元素の組成比を意図的に変える。なお、そのアニールの加熱温度は、400℃前後の温度範囲で薄膜試料SP1〜SP8ごとに変えられる。また、アニールの加熱時間は、1時間程度であり薄膜試料SP1〜SP8ごとに変えられる。
【0083】
次に、図7のステップP2に移る。
【0084】
ステップP2では、ラザフォード後方散乱分光法により、複数個の薄膜試料SP1〜SP8の各々の酸化金属膜44について酸素元素の組成ずれXを測定する。
【0085】
続いて、ステップP3に移り、前述の評価装置10を用いて、複数個の薄膜試料SP1〜SP8の各々の酸化金属膜44の三次の非線形誘電率ε(3)を示す出力信号S0を取得する。なお、本ステップは、各薄膜試料SP1〜SP8における酸素の組成比が変動するのを防止するため、減圧ポンプ11a(図4参照)を駆動せずに、筐体11内を大気にして行うのが好ましい。
【0086】
次に、ステップP4に移り、複数個の薄膜試料SP1〜SP8のうち、同一の薄膜試料における組成ずれXと出力信号S0とを対にすることにより、図6に示したようなテーブルTBを作成する。
【0087】
なお、図6の曲線で示すように、組成ずれXと出力信号S0との対を近似する検量線Qを求め、その検量線QをテーブルTBとしてもよい。
【0088】
その後に、ステップP5に移り、評価装置10の記憶部29bにテーブルTBを格納する。
【0089】
以上により、テーブルTBを作成するための基本ステップが終了する。
【0090】
次に、そのテーブルTBを用いた試料評価方法について説明する。
【0091】
図9は、本実施形態に係る試料評価方法のフローチャートである。本実施形態では、試料評価装置10(図4参照)として、SII-NT社製のAFMであるE-Sweepを使用する。
【0092】
最初のステップP11では、評価対象の試料30の表面の凹凸を把握するため、評価装置10をAFMとして使用し、当該表面の凹凸を可視化する。
【0093】
図10は、本ステップにより得られた画像の一例である。
【0094】
本実施形態では、試料30の表面において、長辺の長さが5μmで短辺の長さが2.5μmの評価領域Fの凹凸を把握する。
【0095】
なお、AFMにおける測定方法は、探針14a(図4参照)と試料30との接触状態に応じてコンタクトモード、タッピングモード、及びノンコンタクトモードに大別される。本実施形態では、試料30の表面に探針14aを接触させるコンタクトモードにより評価領域Fの凹凸を把握する。コンタクトモードは、カンチレバー14の撓み量が一定となるように試料台12の昇降量を調節しながら試料台12を水平方向に駆動する方法であり、前述の各モードのうちで最も汎用性が高い方法である。
【0096】
なお、本ステップは必須ではなく、場合によっては省略してもよい。
【0097】
次に、ステップP12に移り、探針14aと試料30との間に約7V程度の直流電圧を印加しながら、評価領域Fの内側の一部領域PR(図10参照)を探針14aにより走査する。探針14aに直流電圧を印加するには、電源23(図4参照)のうち、交流電源24をオフ状態にして、直流電源25をオン状態にすればよい。
【0098】
このように直流電圧を印加することで、電圧の印加前と比較して一部領域PRにおける酸素元素の組成比がずれ、一部領域PRとその外側の評価領域Fとの間において酸素元素の組成比に明確な違いを出すことができる。
【0099】
一部領域PRの大きさは特に限定されないが、本実施形態では評価領域Fと比較して各辺の長さが1/2となるように、長辺の長さが2.5μmで短辺の長さが1.25μmの矩形状に一部領域PRを設定する。
【0100】
なお、本ステップを行うときの筐体11(図4参照)内の雰囲気も特に限定されず、減圧ポンプ11aを駆動して筐体11を減圧してもよいし、減圧ポンプ11aを駆動せずに筐体11内を大気にしてもよい。
【0101】
このように筐体11内を減圧にするか否かによって、試料30が置かれる雰囲気の酸素濃度を大気中における酸素濃度よりも低減したり、大気中における酸素濃度と同一にしたりすることができる。
【0102】
そのため、筐体11内の酸素濃度を適宜変えることで、直流電圧の印加で引き起こされる酸素元素の組成ずれが、雰囲気中の酸素濃度の相違によってどのような影響を受けるかについての知見を得ることができる。
【0103】
更に、本ステップも必須ではなく、場合によっては省略してもよい。
【0104】
続いて、ステップP13に移り、試料評価装置10(図4参照)の探針14aにより、酸化金属膜35の評価領域Fを走査することにより、その走査線上に設定された256個の評価点における三次の非線形誘電率ε(3)を示す出力信号S0を取得する。
【0105】
ステップP12と同様に本ステップにおける筐体11内の雰囲気は限定されず、本ステップを減圧下で行ってもよいし、大気中で行っても良い。
【0106】
図11は、評価領域Fにおけるその出力信号S0の強度を画像化した図である。なお、この例では、出力信号S0の強度が強い部位を薄い色で表し、強度が弱い部位を濃い色で表している。
【0107】
次に、ステップP14に移り、演算部29aがテーブルTBを参照することにより、256個の評価点の各々の出力信号S0に対応する組成ずれXを求める。
【0108】
組成ずれXの求め方はこれに限定されない。例えば、一部領域PR内において出力信号S0のヒストグラムを作成し、そのヒストグラムにおいて頻度が最も多い出力信号S0の強度一部領域PRにおける代表値としてもよい。同様に、一部領域PRの外側の評価領域Fにおいて出力信号S0のヒストグラムを作成し、そのヒストグラムにおいて頻度が最も多い出力信号S0の強度を評価領域Fにおける代表値としてもよい。
【0109】
図11の像を取得するのに使用した試料30では、一部領域PRにおける出力信号S0の代表値は約775Hz/Vとなり、評価領域Fにおける出力信号S0の代表値は約20Hz/Vとなった。
【0110】
図6のテーブルTBによれば、775Hz/Vの出力信号S0に対応する酸素元素のずれ量Xは+0.042であるから、一部領域PRにおいては酸化金属膜35の酸素元素の組成比が化学量論的組成から増加していることになる。
【0111】
前述のように、一部領域PRの酸化金属膜35に対しては、ステップP12で予め直流電圧が印加されている。このことから、酸化金属膜35に直流電圧を印加すると、酸素の組成比が化学量論的組成よりも増え、酸化金属膜35が酸素過剰状態となることが明らかとなった。
【0112】
酸化金属膜35は、酸素の組成比が化学量論的組成よりも増えるとp型半導体となり、酸素の組成比が化学量論的組成よりも減るとn型半導体となることが知られている。よって、前述の結果より、酸化金属膜35に直流電圧を印加すると、酸化金属膜35がp型半導体化するという新たな知見が得られた。
【0113】
以上により、本実施形態に係る試料評価方法の基本ステップを終了する。
【0114】
上記した本実施形態によれば、評価領域Fの三次の非線形誘電率ε(3)を示す出力信号S0を取得し、その出力信号S0に対応する酸素元素の組成ずれXをテーブルTB(図6参照)から読み取ることで、簡単に組成ずれXを測定することができる。
【0115】
また、評価領域Fは、長辺の長さが5μmで短辺の長さが2.5μmの微小な矩形領域であり、このような微量領域の組成ずれXを定量化してマッピングする技術は存在しないため、本実施形態に係る試料評価方法は今後のデバイス開発に大いに資すると期待できる。
【0116】
以上、本実施形態について詳細に説明したが、本実施形態はこれに限定されない。例えば、上記では酸化金属膜35の非線形誘電率として三次の非線形誘電率ε(3)を採用したが、これに代えて四次又は五次の非線形誘電率ε(4)、ε(5)を採用してもよい。
【0117】
以上説明した各実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
【0118】
(付記1) 走査型非線形誘電率顕微鏡の探針により酸化金属膜の評価領域を走査することにより、前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を前記走査型非線形誘電率顕微鏡から取得するステップと、
前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれと前記出力信号との関係を表すテーブルを参照することにより、取得した前記出力信号に対応する前記組成ずれを求めるステップと、
を有することを特徴とする試料評価方法。
【0119】
(付記2) 前記組成ずれは、前記酸化金属膜の化学量論的組成を基準にした前記構成元素の組成比のずれ量であることを特徴とする付記1に記載の試料評価方法。
【0120】
(付記3) 前記酸化金属膜と同一種類の材料の薄膜を備え、かつ、該薄膜における前記特定の構成元素の組成比が互いに異なる複数個の薄膜試料を作製するステップと、
ラザフォード後方散乱分光法により、複数個の前記薄膜試料の各々について前記構成元素の組成ずれを測定するステップと、
走査型非線形誘電率顕微鏡により、複数個の前記薄膜試料の各々の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップと、
同一の前記薄膜試料における前記組成ずれと前記出力信号とを対にすることにより、前記テーブルを作成するステップとを更に有することを特徴とする付記1又は付記2に記載の試料評価方法。
【0121】
(付記4) 複数個の薄膜試料の各々は、前記酸化金属膜と同一種類の材料の前記薄膜をスパッタ法により形成し、酸素含有雰囲気中で該薄膜の各々をアニールすることにより作製され、
前記薄膜試料ごとに前記アニール時の加熱温度又は加熱時間を変えることにより、複数個の前記薄膜試料の各々における前記特定の構成元素の組成比を変えることを特徴とする付記1乃至付記3のいずれかに記載の試料評価方法。
【0122】
(付記5) 前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップの前に、前記探針と前記試料との間に直流電圧を印加しながら、前記評価領域の内側の一部領域を前記探針により走査するステップを更に有することを特徴とする付記1乃至付記4のいずれかに記載の試料評価方法。
【0123】
(付記6) 前記一部領域を前記探針により走査するステップは、前記探針と前記試料とが置かれる雰囲気中の酸素濃度を大気中における酸素濃度よりも低減した状態で行われることを特徴とする付記5に記載の試料評価方法。
【0124】
(付記7) 前記非線形誘電率は、三次、四次、又は五次の非線形誘電率であることを特徴とする付記1乃至付記5のいずれか1に記載の試料評価方法。
【0125】
(付記8) 酸化金属膜を備えた試料を載せる試料台と、
前記試料の表面に近接する探針と、
前記探針の横に設けられ、前記試料の表面に対向する電極と、
前記電極と前記試料台との間に交番電圧を印加する電源と、
一端が前記電極に電気的に接続され、かつ、他端が前記探針に電気的に接続されて、前記探針と協働して共振器を形成するインダクタと、
前記共振器から出力される共振信号を復調して復調信号を出力する復調器と、
前記復調信号のうち、前記交番電圧の周波数の整数倍の周波数に同期した成分を抽出して出力信号として出力するロックインアンプと、
前記出力信号と、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれとの関係を表すテーブルを格納した記憶部と、
を有することを特徴とする試料評価装置。
【0126】
(付記9) 前記組成ずれは、前記酸化金属膜の化学量論的組成を基準にした前記構成元素の組成比のずれ量であることを特徴とする付記8に記載の試料評価装置。
【0127】
(付記10) 前記出力信号に対応する前記組成ずれを前記テーブルから求める評価部を更に有することを特徴とする付記8又は付記9に記載の試料評価装置。
【符号の説明】
【0128】
1…メモリセル、2…下部電極、3…抵抗膜、3a…フィラメント、4…上部電極、10…試料評価装置、11…筐体、11a…減圧ポンプ、12…試料台、12a…絶縁体、12b金属ステージ、13…リング電極、14…カンチレバー、14a…探針、15…駆動部、16…レーザ光源、17…4分割フォトダイオード、18…インダクタ、24…交流電源、25…直流電源、23…電源、24…交流電源、25…直流電源、27…LC共振器、29…評価部、30…試料、31、41…シリコン基板、32、42…下地絶縁膜、33、43…下部電極、34…バッファ膜、35、44…酸化金属膜、36…導電性ペースト、SP1〜SP8…薄膜試料。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
走査型非線形誘電率顕微鏡の探針により酸化金属膜の評価領域を走査することにより、前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を前記走査型非線形誘電率顕微鏡から取得するステップと、
前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれと前記出力信号との関係を表すテーブルを参照することにより、取得した前記出力信号に対応する前記組成ずれを求めるステップと、
を有することを特徴とする試料評価方法。
【請求項2】
前記酸化金属膜と同一種類の材料の薄膜を備え、かつ、該薄膜における前記特定の構成元素の組成比が互いに異なる複数個の薄膜試料を作製するステップと、
ラザフォード後方散乱分光法により、複数個の前記薄膜試料の各々について前記構成元素の組成ずれを測定するステップと、
走査型非線形誘電率顕微鏡により、複数個の前記薄膜試料の各々の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップと、
同一の前記薄膜試料における前記組成ずれと前記出力信号とを対にすることにより、前記テーブルを作成するステップとを更に有することを特徴とする請求項1に記載の試料評価方法。
【請求項3】
複数個の薄膜試料の各々は、前記酸化金属膜と同一種類の材料の前記薄膜をスパッタ法により形成し、酸素含有雰囲気中で該薄膜の各々をアニールすることにより作製され、
前記薄膜試料ごとに前記アニール時の加熱温度又は加熱時間を変えることにより、複数個の前記薄膜試料の各々における前記特定の構成元素の組成比を変えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の試料評価方法。
【請求項4】
前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップの前に、前記探針と前記試料との間に直流電圧を印加しながら、前記評価領域の内側の一部領域を前記探針により走査するステップを更に有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の試料評価方法。
【請求項5】
酸化金属膜を備えた試料を載せる試料台と、
前記試料の表面に近接する探針と、
前記探針の横に設けられ、前記試料の表面に対向する電極と、
前記電極と前記試料台との間に交番電圧を印加する電源と、
一端が前記電極に電気的に接続され、かつ、他端が前記探針に電気的に接続されて、前記探針と協働して共振器を形成するインダクタと、
前記共振器から出力される共振信号を復調して復調信号を出力する復調器と、
前記復調信号のうち、前記交番電圧の周波数の整数倍の周波数に同期した成分を抽出して出力信号として出力するロックインアンプと、
前記出力信号と、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれとの関係を表すテーブルを格納した記憶部と、
を有することを特徴とする試料評価装置。
【請求項1】
走査型非線形誘電率顕微鏡の探針により酸化金属膜の評価領域を走査することにより、前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を前記走査型非線形誘電率顕微鏡から取得するステップと、
前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれと前記出力信号との関係を表すテーブルを参照することにより、取得した前記出力信号に対応する前記組成ずれを求めるステップと、
を有することを特徴とする試料評価方法。
【請求項2】
前記酸化金属膜と同一種類の材料の薄膜を備え、かつ、該薄膜における前記特定の構成元素の組成比が互いに異なる複数個の薄膜試料を作製するステップと、
ラザフォード後方散乱分光法により、複数個の前記薄膜試料の各々について前記構成元素の組成ずれを測定するステップと、
走査型非線形誘電率顕微鏡により、複数個の前記薄膜試料の各々の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップと、
同一の前記薄膜試料における前記組成ずれと前記出力信号とを対にすることにより、前記テーブルを作成するステップとを更に有することを特徴とする請求項1に記載の試料評価方法。
【請求項3】
複数個の薄膜試料の各々は、前記酸化金属膜と同一種類の材料の前記薄膜をスパッタ法により形成し、酸素含有雰囲気中で該薄膜の各々をアニールすることにより作製され、
前記薄膜試料ごとに前記アニール時の加熱温度又は加熱時間を変えることにより、複数個の前記薄膜試料の各々における前記特定の構成元素の組成比を変えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の試料評価方法。
【請求項4】
前記評価領域の非線形誘電率を示す出力信号を取得するステップの前に、前記探針と前記試料との間に直流電圧を印加しながら、前記評価領域の内側の一部領域を前記探針により走査するステップを更に有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の試料評価方法。
【請求項5】
酸化金属膜を備えた試料を載せる試料台と、
前記試料の表面に近接する探針と、
前記探針の横に設けられ、前記試料の表面に対向する電極と、
前記電極と前記試料台との間に交番電圧を印加する電源と、
一端が前記電極に電気的に接続され、かつ、他端が前記探針に電気的に接続されて、前記探針と協働して共振器を形成するインダクタと、
前記共振器から出力される共振信号を復調して復調信号を出力する復調器と、
前記復調信号のうち、前記交番電圧の周波数の整数倍の周波数に同期した成分を抽出して出力信号として出力するロックインアンプと、
前記出力信号と、前記酸化金属膜の特定の構成元素の組成ずれとの関係を表すテーブルを格納した記憶部と、
を有することを特徴とする試料評価装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2013−108871(P2013−108871A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−254827(P2011−254827)
【出願日】平成23年11月22日(2011.11.22)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月22日(2011.11.22)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]