説明

誘導加熱炉

【課題】グラファイト製坩堝、Pt、Ir等の高融点金属製坩堝を用いた場合に特有の諸問題を解消した誘導加熱炉を提供する。
【解決手段】グラファイト製坩堝を取り巻く誘導コイルにより該坩堝内の材料を加熱溶解し融体として保持する誘導加熱炉において、
高融点および高電気伝導度を有し、強磁性体でも反強磁性体でもない金属または金属化合物の(1)薄膜、(2)厚膜、(3)リング状、または(4)メッシュを、該グラファイト製坩堝の外表面に付着させまたは外表面に近接設置したことを特徴とする誘導加熱炉。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラファイト製坩堝を取り巻く誘導コイルにより該坩堝内の材料を加熱溶解し融体として保持する誘導加熱炉に関する。
【背景技術】
【0002】
電子デバイス等に用いる酸化物結晶等は、現在ほとんどの場合、Si単結晶やGaAs単結晶等と同様にCz(チョクラルスキー)法を用いて製造される。酸化物融体は、半導体融体と異なり電気伝導度が小さいので、誘導加熱法が用いられることが多い。その際、酸化物融体に働くローレンツ力は小さいと考えられている。坩堝の材質には、高電気伝導度、高熱伝導度、低比透磁率、高融点、酸化物融体との反応性が無いこと、などの要請から、グラファイトおよびPt、Ir等の高融点金属が用いられている。
【0003】
従来の誘導加熱炉には下記の点で問題1)〜3)があった。
【0004】
1)誘導加熱の効率からは高周波が望ましいが、高周波は表皮効果が顕著になり坩堝表面付近のみで発熱する。そのため誘導加熱用の周波数が低く限定される。
【0005】
2)半導体融体の場合、誘導加熱により融体蒸発面が変形し、半導体結晶品質に影響を及ぼす。
【0006】
3)酸化物半導体融体の場合でも、坩堝材質によりそれぞれ下記の問題がある。
【0007】
3-1)坩堝材質がグラファイトの場合、加熱温度が一様になりにくい。
【0008】
3-2)坩堝材質がPtの場合、高温では表皮効果により坩堝自体が融解する。
【0009】
3-3)Ir等の高融点金属は加工自体が困難な上、高温で機械的強度の低下(特許文献1参照)等の問題が発生する。
【0010】
このように、従来は、坩堝材質毎に一長一短があり、上記の問題はいずれも各材質に固有の性質に基づくものであるため、解消することができなかった。
【0011】
特許文献2には、外側面をシート状の白金で被覆したグラファイト製坩堝が開示されているが、誘導加熱炉として用いることは全く示唆されておらず、誘導加熱炉として特有の上記諸問題については何ら配慮されていない。
【0012】
特許文献3には、誘導溶融坩堝の誘導加熱コイルの内側のコイルセメントの内周にオーステナイト系ステンレス鋼などの、高融点で非磁性の金属シール材と絶縁場を重ねた合板を巻き回すことが開示され、特許文献4には、坩堝の外周に非磁性のステンレス鋼箔を巻き回すことが開示されている。しかし、いずれも坩堝は一般の耐火物を用いたものであり、グラファイト坩堝やPt、Ir等の高融点金属を用いた場合に特有の上記諸問題については何ら示唆がない。
【0013】
【特許文献1】特開平1−219179号公報
【特許文献2】特開2003−286095号公報
【特許文献3】特開平8−303965号公報
【特許文献4】特開平9−303970号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、グラファイト製坩堝、Pt、Ir等の高融点金属製坩堝を用いた場合に特有の諸問題を解消した誘導加熱炉を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、グラファイト製坩堝を取り巻く誘導コイルにより該坩堝内の材料を加熱溶解し融体として保持する誘導加熱炉において、
高融点および高電気伝導度を有し、強磁性体でも反強磁性体でもない金属または金属化合物の(1)薄膜、(2)厚膜、(3)リング状、または(4)メッシュを、該グラファイト製坩堝の外表面に付着させまたは外表面に近接設置したことを特徴とする誘導加熱炉が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の誘導加熱炉は、グラファイト製坩堝とその外表面に付着または近接配置した金属または金属化合物との組合せにより、各材質の長所短所を互いに補い合わせて、個々の材質単独の場合に不可避であった従来の諸問題を解消した。
【0017】
その効果は、特に高融点である酸化物半導体結晶製造用に用いる場合に顕著である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
前記従来の諸問題が発生する理由は下記のとおりである。
【0019】
1〕高周波が望ましい理由
1-1〕エネルギー効率から高周波が望ましい理由
周波数は磁界の変化速度に直結し、誘導電流値を介して発熱量と下記の関係にある。
【0020】
誘導電流値∝磁界の変化速度×1/抵抗値…式(1)
発熱量(ジュール熱)=(誘導電流値)×抵抗値…式(2)
したがって、周波数(磁界の変化速度)が高いと、被加熱物の単位面積に供給される単位時間当たりのエネルギーが大きくなるので、高速・高温加熱が可能になる。
【0021】
反対に周波数が低いと、加熱速度と、熱伝導・輻射による放熱速度とが近づくので、低速・低温加熱しかできない。
【0022】
1-2〕誘導加熱炉を電気回路と考えた場合に高周波が望ましい点について
LC共振回路を形成し、回路定数から考えて高周波の方が損失が少ない。
【0023】
1-3〕表皮効果について
誘導電流の坩堝表面からの進入深さ=〔2/(コイル電流の周波数×透磁率×電気伝導度)〕1/2…式(3)
つまり誘導加熱周波数が高いほど、誘導電流の進入深さは小さくなり、加熱が表面に集中する。表皮効果を低減するには、下記の手段A)〜E)が考えられる。
【0024】
まず、式(3)から下記A)〜C)がある。
【0025】
A)コイル電流の周波数を下げる。
【0026】
B)透磁率を下げる。
【0027】
C)電気伝導度を下げる(抵抗値を上げる)。
【0028】
更に、伝熱の観点から下記D)、E)がある。
【0029】
D)坩堝の熱伝導度を下げる。
【0030】
E)坩堝表面の放熱性を上げる。
【0031】
2〕半導体融体蒸発面が変形する理由
半導体融体は電気伝導度が高く誘導磁場により発生する誘導電流は酸化物融体に比べてかなり大きい。この誘導電流と誘導磁場により半導体融体にローレンツ力が発生する。このローレンツ力の大きさが坩堝内で一様ではなく融体の部位により異なるため、融体蒸発面の変形として現れる。
【0032】
3〕グラファイト製坩堝で誘導加熱すると温度が一様になりにくい理由
3-1〕切削加工で坩堝を作製するので、表面形状、クラックの等の加工に起因する形状の不均一が発生し易い。
【0033】
3-2〕通常はグラファイトの純度があまり高くないものが用いられるので、不純物の偏析等による物性の不均一が発生し易い。
【0034】
4〕Pt製坩堝で誘導加熱すると高温で表皮効果により融解する理由
Ptは融点近傍温度で電気伝導度が急激に減少し、表皮効果が顕著になる。
【0035】
5〕Ir等の高融点金属の加工困難性と高温機械強度低下の理由
5-1〕加工困難性
Ir等の高融点金属は硬くて脆いため。
【0036】
5-2〕高温機械強度の低下
高温で結晶粒が粗大化するため。
【0037】
図1を参照して、本発明による誘導加熱炉の望ましい実施形態を説明する。
【0038】
図示した誘導加熱炉100は、例えば酸化物半導体の単結晶をチョクラルスキー法により成長させるための単結晶製造用である。図中でハッチングを施した部位は全てグラファイト製である。炉100は、グラファイト製坩堝102を取り巻く環状の誘導コイル104により坩堝102内の材料(例えば酸化物半導体材料)を加熱融解して融体106(この例では酸化物融体)として保持する。
【0039】
坩堝102は、グラファイト製基台108上に固定され、上部がグラファイト製炉蓋110で閉じられている。坩堝102と基台108との間に介在するグラファイト製のフランジ112が張り出しており、フランジ112の外縁から上方へ延在する筒状のグラファイト製輻射熱吸収体114が坩堝102から炉蓋110までを両者合計高さの全体に亘って取り巻いている。
【0040】
炉蓋110の中央の開口を貫通して上下に延在するグラファイト製ホルダー116の下端に、単結晶の成長起点となる種結晶(酸化物半導体種結晶)118が保持され、融体106中に浸漬されている。
【0041】
環状の誘導コイル104と筒状の輻射熱吸収体114との間に介在する二重の石英管120の間隙Sに冷却水を環流させることにより、コイル104の過熱を防止している。
【0042】
二重石英管120で囲まれた空間内にはAr等の不活性ガスGを流して、高温下においてグラファイト製の各部位の酸化を防止している。
【0043】
以上の構造は従来からチョクラルスキー法による単結晶成長炉として公知である。
【0044】
これに対して本発明の特徴は、グラファイト製の坩堝102と炉蓋110の全体に亘って外側面に付着したPt、Ir等の高融点金属の膜130を設けたことである。これらの高融点金属は高電気伝導度を有し、強磁性でも反強磁性でもなく磁力線が容易に透過できる。
【0045】
膜130は、薄膜、厚膜、リングのいずれかの形態を取る。これらの膜形態は下記のように定義する。
【0046】
「薄膜」とは前記式(3)で定義される「誘導電流の坩堝表面からの進入深さ」より厚さが小さく、かつ、それ自体では構造的に自立しない膜である。
【0047】
「厚膜」とは該式(3)で定義される「誘導電流の坩堝表面からの進入深さ」と同等以上の厚さを有し、かつ、それ自体では構造的に自立しない膜である。
【0048】
「リング」とは上記式(3)で定義される「誘導電流の坩堝表面からの進入深さ」より厚さが非常に大きく、かつ、それ自体では構造的に自立する膜である。したがって「リング」の場合には、図示したように膜130は外表面に付着せずに外表面に近接配置されていてもよい。
【0049】
更に上記の膜130はメッシュ状になっていることが望ましい。「メッシュ状」とは、膜を厚さ方向に貫通する多数の穴が存在し、最小の大きさの穴の最大間隔が、印加する高周波の波長以下であり、線材等で構成された網目構造を有することを言う。
【0050】
膜130は上記の形態のいずれの場合にも、必要な温度分布を得られるように平滑であることが望ましい。
【0051】
本発明は上記の構成を採用したことにより、下記の効果を奏する。
【0052】
(1)まず、坩堝102(炉蓋110を含む)をグラファイト製としたことにより、下記の作用効果1)〜4)が得られる。
【0053】
1-1)表皮効果を発生しにくくする。
【0054】
1-2)印加する高周波の周波数上限を上にずらすことができるので、エネルギー効率を高められる。
【0055】
1-3)印加する高周波の周波数上限を上にずらすことができるので、回路損失を低減できる。
【0056】
1-4)Pt、Ir等の高融点金属に比べて遥かに加工が容易であり、製造コストを低減できる。
【0057】
(2)グラファイト製坩堝の外表面に付着させまたは近接配置させてPt、Ir等の高融点金属の膜を配設した構成を採用したことにより、(A)薄膜、(B)厚膜、(C)リング、(D)メッシュ状の各配設形態に応じて、下記の効果を奏する。
【0058】
2-1)形態A、Dの場合
表皮効果が非常に発生し難い。
【0059】
2-2)形態A、Bの場合
形状起因の誘導加熱の不均一性を低減できる。
【0060】
2-3)形態Cの場合:特に、付着ではなく近接配置の形態の場合
高温熱伝達の主要因となる輻射を抑制でき、エネルギー効率を高められる。
【0061】
2-4)形態Cの場合:特に、付着ではなく近接配置の形態の場合
高温熱伝達の主要因となる輻射を抑制でき、輻射熱吸収体114等を省略電極、構造が簡素化できる。
【0062】
2-5)形態Dの場合:メッシュ状の効果
メッシュの網目構造自体で高周波をトラップして渦電流により熱に変換する。厚さ方向の形態は特に限定しない。穴の近傍では磁束密度が一様にならないので表皮効果が起き難い。ただし網目構造なので、グラファイト坩堝からの輻射熱は抑制できない。
【0063】
2-6)形態A〜Dの全て
坩堝102自体がグラファイト製なので、膜130に高温で多結晶体の結晶粒粗大化が発生しても、坩堝102自体の機械的強度には影響はなく、坩堝材質の結晶粒界から不純物が融体106へ混入する等の問題(特許文献1参照)は構造上起き得ない。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば、グラファイト製坩堝、Pt、Ir等の高融点金属製坩堝を用いた場合に特有の諸問題を解消した誘導加熱炉が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の望ましい実施形態による誘導加熱炉の構造を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0066】
100 本発明の誘導加熱炉
102 グラファイト製坩堝
104 誘導コイル
106 融体(酸化物融体)
108 グラファイト製基台
110 グラファイト製炉蓋
112 グラファイト製フランジ
114 グラファイト製輻射熱吸収体
116 グラファイト製ホルダー
118 種結晶(酸化物半導体種結晶)
120 二重石英管
130 Pt、Ir等の高融点金属の膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラファイト製坩堝を取り巻く誘導コイルにより該坩堝内の材料を加熱溶解し融体として保持する誘導加熱炉において、
高融点および高電気伝導度を有し、強磁性体でも反強磁性体でもない金属または金属化合物の(1)薄膜、(2)厚膜、(3)リング状、または(4)メッシュを、該グラファイト製坩堝の外表面に付着させまたは外表面に近接設置したことを特徴とする誘導加熱炉。
【請求項2】
請求項1において、上記金属がPtまたはIrであることを特徴とする誘導溶解炉。
【請求項3】
請求項1または2において、上記金属化合物がPtまたはIrの化合物であることを特徴とする誘導加熱炉。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか1項において、酸化物半導体結晶製造用であることを特徴とする誘導溶解炉。

【図1】
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【公開番号】特開2008−53008(P2008−53008A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−226927(P2006−226927)
【出願日】平成18年8月23日(2006.8.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】