説明

誘導性負荷制御装置

【課題】磁気飽和する誘導性負荷の,原点からの傾きであるインダクタンスと接線の傾きであるインダクタンスを,テーブルを増やすことなく同時に得る。
【解決手段】誘導性負荷の電流Iに対する磁束鎖交数φの特性において,電流I1の時の磁束鎖交数をφ1とするときの原点からの傾きであるLs1=φ1/I1を電流I1での静的インダクタンスとし,電流I1時の前記特性の電流に対する磁束鎖交数の傾きLa1=dφ/dI・(I1)を電流I1での動的インダクタンスとし,I=0時の動的インダクタンスLa0に対する各電流での静的インダクタンスの変化率の2乗にLa0を乗じることで各電流での動的インダクタンスの近似値を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電動機のような誘導性負荷を制御する装置に関するもので,制御に誘導性負荷のインダクタンスを使用する場合であって磁気飽和による誘導性負荷のインダクタンス変動を考慮することに関するものである。
【背景技術】
【0002】
誘導性負荷の一例として永久磁石形同期電動機を制御する装置に関する従来技術を図2に示し,以下はこの図に基づいて説明する。
永久磁石形同期電動機17は,電力変換器15により電力を供給される。回転座標変換器19は,電流センサ16が検出した永久磁石形同期電動機17の入力電流を2相情報に変換したのちに,永久磁石形同期電動機17の回転子位置を検出する回転子位置センサ18の出力に基づいて回転座標変換して,前記回転子と同期して回転するdq座標からみた電流情報のId,Iqに変換して出力する。トルク分電流指令演算器9は,永久磁石形同期電動機17のd軸インダクタンスLdsとq軸インダクタンスLqsを用いて入力したトルク指令Tc通りのトルクを永久磁石形同期電動機17が出力するようなq軸電流指令Iqcを求めて出力する。d軸電流指令IdcとそのフィードバックであるIdとの差を加減算器10で求めて,比例積分増幅器12で増幅してd軸電圧指令として静止座標変換器14へ出力する。同様にq軸電流指令IqcとそのフィードバックであるIqとの差を加減算器1qで求めて,比例積分増幅器13で増幅してq軸電圧指令として静止座標変換器14へ出力する。比例積分増幅器12及び13では,増幅ゲインをそれぞれ入力したLds,Lqsに比例させた値としている。静止座標変換器14は,入力したd軸電圧指令とq軸電圧指令とを,永久磁石形同期電動機17の回転子位置を検出する回転子位置センサ18の出力に基づいて,静止座標からみた電圧指令に変換する。電力変換器15は,静止座標変換器14の出力した電圧指令通りの電圧を永久磁石形同期電動機17に印加する。
【0003】
永久磁石形同期電動機17は,例えば図3のような磁気特性を有している。図3の横軸は磁気回路巻線電流Iであり,縦軸は磁気回路巻線の磁束鎖交数φである。例えば磁気回路巻線電流IがI1の時の磁束鎖交数φがφ1ならばインダクタンスは原点からの傾きであるLs1=φ1/I1で表される。これを電流I1での静的インダクタンスと呼ぶこととする。一方,電流I1時の該特性の電流に対する磁束鎖交数の傾きLa1=dφ/dI・(I1)を電流I1での動的インダクタンスと呼ぶこととする。磁気飽和特性により,電流Iによって,静的インダクタンスも動的インダクタンスも変化することとなる。このことは,永久磁石形同期電動機17のd軸の静的インダクタンスLdsやq軸の静的インダクタンスLqsも同様であり,それぞれd軸電流Idやq軸電流Iqに依存して変化することとなる。ここでLdsやLqsを静的インダクタンスとしたのは,電動機のトルクが磁束と電流との積で表され,磁束が静的インダクタンスと電流との積で表され,LdsやLqsがトルク分電流指令演算器9で使用されるからである。もし,トルク分電流指令演算器9で使用されるインダクタンスとして動的インダクタンスを用いると,永久磁石形同期電動機17の出力トルクはトルク指令Tc通りとならなくなる。
【0004】
従って,トルク分電流指令演算器9において使用される,永久磁石形同期電動機17のd軸静的インダクタンスLdsとq軸静的インダクタンスLqsは,それぞれIdやIqに応じて変化させる必要が生じる。
【0005】
そこで,前もってd軸静的インダクタンス変化率テーブル81やq軸静的インダクタンス変化率テーブル82を準備しておく。d軸静的インダクタンス変化率テーブル81は,Id=0時のd軸動的インダクタンスである基本d軸インダクタンスLd0に対する各電流でのd軸静的インダクタンスの比率で表される変化率がテーブル化されており,入力のIdに応じたd軸静的変化率βdsを出力する。q軸静的インダクタンス変化率テーブル82も同様に,Iq=0時のq軸動的インダクタンスである基本q軸インダクタンスLq0に対する各電流でのq軸静的インダクタンスの比率で表される変化率がテーブル化されており,入力のIqに応じたq軸静的変化率βqsを出力する。従って,それぞれ乗算器4や6で,各軸変化率βds,βqsと,各軸基本インダクタンスLd0,Lq0とを乗じて得られたLdsとLqsは,それぞれIdやIqに応じた各軸の静的インダクタンスとなる。これによって,磁気飽和によってインダクタンスが変動しても正確なトルク制御が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−111499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
誘導性負荷の電流制御における誤差増幅器の増幅ゲインは安定性を確保するため該誘導性負荷のインダクタンスに比例させるのが一般的である。電流制御のための電流誤差増幅器である図2の比例積分増幅器12および13においても同様に,それぞれd軸静的インダクタンスLdsとq軸静的インダクタンスLqsに比例した増幅ゲインとしている。
【0008】
しかし,電流誤差を増幅して電圧指令を得るための増幅ゲインとしては,動的インダクタンスに比例させるべきであるため,このままの構成では磁気飽和が顕著な大電流域では,静的インダクタンスの方が動的インダクタンスより大きくなるため等価的に増幅ゲインが大きくなりすぎて不安定になる恐れがある。
【0009】
この問題を解決するために,動的インダクタンスの変化率テーブルを新たに準備してIdやIqに応じた動的インダクタンスを求めて,比例積分増幅器12および13に入力させる方法が考えられるが,テーブルの為の膨大なメモリを準備する必要が生じる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明によれば、誘導性負荷に電力を供給する装置であって,前記誘導性負荷の電流Iに対する磁束鎖交数φの特性において,電流I1の時の磁束鎖交数をφ1とするときの原点からの傾きであるLs1=φ1/I1を電流I1での静的インダクタンスとし,電流I1時の前記特性の電流に対する磁束鎖交数の傾きLa1=dφ/dI・(I1)を電流I1での動的インダクタンスとし,I=0時の動的インダクタンスLa0に対する各電流での静的インダクタンスの変化率の2乗にLa0を乗じることで各電流での動的インダクタンスの近似値を求めて使用することを特徴とする誘導性負荷制御装置。
【0011】
本発明は、誘導性負荷の電流Iに対する磁束鎖交数φの特性において,I=0時の動的インダクタンスLa0に対する各電流での静的インダクタンスの変化率の2乗にLa0を乗じることで各電流での動的インダクタンスの近似値を求めて使用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明では,新たな動的インダクタンス変化率テーブルを準備することなく,静的インダクタンス変化率から簡単な計算で動的インダクタンス変化率を得ることができ,電流に応じた静的インダクタンスと動的インダクタンスを同時に得ることが可能となる。従って,例えば誘導性負荷として電動機に適用した場合は,トルク制御用パラメータに静的インダクタンスを用い,電流制御用パラメータに動的インダクタンスを用いることで,高精度なトルク制御と安定な電流制御が同時に実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の構成を示した説明図である。
【図2】永久磁石形同期電動機の従来の制御を示した説明図である。
【図3】磁気飽和特性の一例を表した図である。
【図4】動的インダクタンス変化率と本発明の動的インダクタンス変化率を表した図である。
【図5】永久磁石形同期電動機の制御に本発明を適用した説明図である。(実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に本発明の構成を示す。静的インダクタンス変化率テーブル1は,誘導性負荷の磁気特性に応じて,前もってIx=0時の動的インダクタンスである基本インダクタンスLa0に対する各電流での静的インダクタンスの比率で表される変化率がテーブル化されており,入力のIxに応じた静的変化率βsを出力する。乗算器2は,静的変化率βsの2乗を計算して近似動的変化率βazとして出力する。乗算器3は,基本インダクタンスLa0と近似動的変化率βazとの積を求めて,動的インダクタンスの近似値Laxとして出力する。
【0015】
以下では,静的変化率の2乗で動的変化率の近似値が得られることを説明する。図3に示される磁気特性を式1のような指数関数で表せるとする。すると基本インダクタンスLa0は式2となり,静的変化率βsは式3となり,近似動的変化率βazは式4となり,La0に対する各電流での動的インダクタンスの比率で表される動的変化率βaは式5となる。
【0016】
φ=φ0・(1−exp(−I/I0))・・・式1
La0=φ0/I0・・・式2
βs=(1−exp(−K))/K・・・式3
βaz=βs・βs・・・式4
βa=exp(−K)・・・式5
【0017】
ここで,K=I/I0であり,exp()は自然対数の底を底とする指数関数を表している。式4や式5の指数関数をテーラー展開して書きなおすと,それぞれ式6と式7となり,両者が近い値となることが分かる。
【0018】
βaz=1−K+7/12・K・K−1/4・K・K・K+・・・・・・・・・式6
βa=1−K+1/2・K・K−1/6・K・K・K+・・・・・・・・・・・式7
【0019】
これを図で表したのが図4であり,破線のβazが実線のβaを近似できていることが分かる。
【実施例1】
【0020】
図5は、永久磁石形同期電動機の制御に本発明を適用した説明図であり,本発明の1実施例をこの図に基づいて説明する。なお図2と同一部分の説明は省略する。
【0021】
d軸静的インダクタンス変化率テーブル81は,入力のIdに応じたd軸静的変化率βdsを出力し,それと基本d軸インダクタンスLd0との積を乗算器4で求めて,Idに応じたd軸静的インダクタンスLdsを得る。またLdsとβdsとの積を乗算器5で求めることで,Lda=Ld0・βds・βdsであるd軸動的インダクタンスの近似値を得ることができる。q軸側でも同様にq軸静的インダクタンスLqsとq軸動的インダクタンスの近似値Lqaが得られる。LdsとLqsは図2と同様にトルク分電流指令演算器9で使用されて,高精度なトルク制御が実現できる。一方Lda,Lqaはそれぞれ比例積分増幅器12,13で使用され,安定な電流制御が実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0022】
実施例で示したように誘導性負荷として電動機を適用した場合は,磁気飽和特性を考慮したテーブルを磁気回路当たり1つ用意するだけで高精度のトルク制御と安定した電流制御が同時に実現できる。
【符号の説明】
【0023】
17・・・・・永久磁石形同期電動機
18・・・・・回転子位置センサ
16・・・・・電流センサ
15・・・・・電力変換器
14・・・・・静止座標変換器
19・・・・・回転座標変換器
12,13・・比例積分増幅器
10,11・・加減算器
9・・・・・・トルク分電流指令演算器
2,3,4,5,6,7・・乗算器
81・・・・・d軸静的インダクタンス変化率テーブル
82・・・・・q軸静的インダクタンス変化率テーブル
1・・・・・・静的インダクタンス変化率テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導性負荷に電力を供給する装置であって,前記誘導性負荷の電流Iに対する磁束鎖交数φの特性において,電流I1の時の磁束鎖交数をφ1とするときの原点からの傾きであるLs1=φ1/I1を電流I1での静的インダクタンスとし,電流I1時の前記特性の電流に対する磁束鎖交数の傾きLa1=dφ/dI・(I1)を電流I1での動的インダクタンスとし,I=0時の動的インダクタンスLa0に対する各電流での静的インダクタンスの変化率の2乗にLa0を乗じることで各電流での動的インダクタンスの近似値を求めて使用することを特徴とする誘導性負荷制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−70526(P2012−70526A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212920(P2010−212920)
【出願日】平成22年9月23日(2010.9.23)
【出願人】(000003115)東洋電機製造株式会社 (380)
【Fターム(参考)】