説明

誘電正接評価方法

【課題】被測定基板を特定の形状に加工する等の工程を必要とせず、しかも必要とする周波数帯域における誘電正接の値を簡便に評価可能にする。
【解決手段】被測定基板30の表面にコプレーナ線路を形成する第1ステップと、Sパラメータを求める第2ステップと、Sパラメータからコプレーナ線路の減衰定数αmを求める第3ステップと、コプレーナ線路の等価回路に基づいてコプレーナ線路の減衰定数αcを求める第4ステップと、減衰定数αmと減衰定数αcとの差を最小とする誘電正接の値を、被測定基板の誘電正接の値であると評価する第5ステップとを具える誘電正接評価方法である。Sパラメータを求めるための小信号特性評価装置は、ネットワークアナライザ24、被測定基板搭載ステージ28、プローブヘッド32−1及び32−2を具えている。被測定基板は、被測定基板搭載ステージに設置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、誘電正接の評価に関し、特に半絶縁性半導体基板の誘電正接評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロ波周波数帯域あるいはミリ波周波数帯域で動作する、半絶縁性半導体基板を利用したモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC: Monolithic Microwave Integrated Circuit)を構成するには、トランジスタ、ミキサー等の能動素子及びフィルタ、キャパシタあるいは抵抗間を接続するための伝送線路が必要となる。
【0003】
伝送線路として、具体的には、マイクロストリップ線路、ストリップ線路、あるいはコプレーナ線路が利用される。周波数が10GHz以上の高い周波数帯域の信号がこれらの伝送線路を流れる際、これら線路が形成されている半絶縁性半導体基板への信号の漏れ、すなわち誘電損失が発生する。
【0004】
この誘電損失が発生する原因は、伝送線路を信号が伝播することによりこの信号のエネルギーの一部が熱に変換され、信号の強度が減衰することに起因する。MMIC等の性能は、上述の誘電損失の大きさに強く影響される。従って、MMIC等を設計するに当たっては、この伝送線路において発生する誘電損失の大きさを正確に把握しておく必要がある。
【0005】
誘電損失の大きさを表すパラメータの一つとして誘電正接(dissipation factor)が知られている。誘電正接の値は、シェーリングブリッジ(Schering bridge)回路を利用することによって測定できることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平6−3391号公報(特許第3233456号公報)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、シェーリングブリッジ回路を利用する、従来の誘電正接の値の測定方法においては、測定対象である結晶基板(被測定基板)を、測定装置の都合に合わせた形状に加工する必要があった。すなわち、誘電正接の値を測定するために、円形であって厚さが数百μmの半導体結晶基板を、上述の測定装置の都合に合わせた形状に加工することは可能ではあるが、多くの時間とコストを要する点が解決すべき課題であった。
【0007】
すなわち、測定に利用するシェーリングブリッジ回路には標準試料がセットされている。シェーリングブリッジ回路の誘電正接の測定対象である被測定試料は、その形状が標準試料と同一であることが要請される。そして、一般に標準試料にはバルク型の結晶が用いられているので、誘電正接の測定のために、被測定基板の製造に利用されたバルク結晶を取り寄せて、標準試料と同形にこのバルク結晶を加工する必要がある。結晶基板を購入するに際して、この結晶基板が切り出されたバルク結晶も合わせて購入することは、一般に困難なことである。
【0008】
また、誘電正接の値は、電磁波の周波数に依存する。一般に、半導体結晶基板を製造メーカから購入するに際して、必ずしも、必要とする周波数帯域の誘電正接の値が測定されて提供されるとは限らない。
【0009】
この発明者らは、半導体結晶基板に実際に伝送線路を形成して、この伝送線路に10GHzの電磁波を伝送させ、この半導体結晶基板の製造メーカの添付した誘電正接の値から想定されるより大きな誘電損失が生じていることを確認している。
【0010】
従って、この発明の目的は、被測定基板を特定の形状に加工する等の工程を必要とせず、しかも必要とする周波数帯域における誘電正接の値を簡便に評価することが可能である誘電正接評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明の発明者は、被測定基板にコプレーナ線路を形成して、このコプレーナ線路の信号線の両端を第1及び第2ポートとして必要とする周波数帯域におけるS行列を求め、このS行列の成分の一つであるSパラメータs21からコプレーナ線路の減衰定数αmが求められることに着目した。一方、コプレーナ線路の等価回路に基づく解析をすることによってもこのコプレーナ線路の必要とする周波数帯域における減衰定数αcが求められることに着目した。そして、S行列の成分から求めた減衰定数αmと、コプレーナ線路の等価回路に基づく解析をすることによって求めた減衰定数αcとの差を最小とする誘電正接の値を、被測定基板の誘電正接の値であるとする評価を行えば、従来のシェーリングブリッジ回路による方法において求められた被測定試料の加工をすることなく、必要とする周波数帯域における誘電正接の値として合理的な値が求まると確信した。
【0012】
上述の理念に基づくこの発明の要旨によれば、以下の構成の誘電正接評価方法が提供される。
【0013】
この発明の誘電正接評価方法は、次の第1から第5ステップを含んで構成される。第1ステップは、被測定基板の表面に、信号線路と、この信号線路を挟んで信号線路の両側に配置される接地導体とを具えるコプレーナ線路を形成するステップである。
【0014】
第2ステップは、信号線路の両端をそれぞれ第1及び第2ポートとし、第1ポートに入力信号を入力して、第1ポートから出力される反射信号及び第2ポートから出力される透過信号を観測することによって、第1ポートに入力された入力信号に対する反射係数及び透過係数を求めそれぞれをS行列のs11及びs21成分とし、かつ第2ポートに入力信号を入力して、第2ポートから出力される反射信号及び第1ポートから出力される透過信号を観測することによって、第2ポートに入力された入力信号に対する反射係数及び透過係数を求めそれぞれをS行列のs22及びs12成分として、コプレーナ線路のS行列を確定するステップである。
【0015】
第3ステップは、このS行列のs21成分から、コプレーナ線路の減衰定数αmを求めるステップである。
【0016】
第4ステップは、コプレーナ線路の等価回路に基づいて、コプレーナ線路の減衰定数αcを求めるステップである。
【0017】
第5ステップは、減衰定数αmと減衰定数αcとの差を最小とする誘電正接の値を、被測定基板の誘電正接の値であると評価するステップである。
【0018】
第3ステップにおいて、減衰定数αmは、次式(a)によって求めることが可能である。
αm=−20・[{log(|s21|)}/H] (a)
ここで、Hは、コプレーナ線路の構成要素である信号線路の長さであり、対数は10を底とする常用対数である。式(a)で与えられる減衰定数αmは、dB/mを単位とした値である。
【0019】
また、第4ステップにおいて、減衰定数αcは次式(b)によって求めることが可能である。
【0020】
【数2】

【0021】
ここで、R0、L0、G0、C0、はそれぞれ、信号線路の単位長あたりの抵抗、インダクタンス、コンダクタンス、キャパシタンスの値であり、ωは角周波数の値であり、周波数fによってω=2πfの関係で与えられる。また、被測定基板とコプレーナ線路とによって形成される抵抗成分の周波数fの交流信号に対するコンダクタンス値Gsは、被測定基板とコプレーナ線路とによって形成される抵抗成分の直流に対する値G0と誘電正接の値tanδとから次式(c)で与えられる関係にある。
Gs=G0 + 2πf・εr・Ca・tanδ (c)
ここで、εrは被測定基板の比誘電率、Caは、コプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域によって形成されるキャパシタンスの値である。
【0022】
以後、誘電正接の値tanδという代わりに、単に、誘電正接の値、あるいはtanδの値ということもある。
【発明の効果】
【0023】
この発明の誘電正接評価方法によれば、S行列のs21成分からコプレーナ線路の減衰定数αmを求める第3ステップと、コプレーナ線路の等価回路に基づいてコプレーナ線路の減衰定数αcを求める第4ステップとを具えており、第5ステップにおいて、減衰定数αmと減衰定数αcとの差を最小とする誘電正接の値が求められる。従って、上述のS行列のs21成分から求めた減衰定数αmと、コプレーナ線路の等価回路に基づいて解析することによって求めた減衰定数αcとの差を最小にする誘電正接の値を、被測定基板の誘電正接の値であると評価することができる。
【0024】
従って、MMICの設計に必要とされる周波数を、S行列を求めるための測定及び等価回路を用いた解析において設定することによって、必要とする周波数帯域における誘電正接の値を簡便に評価をすることが可能となる。
【0025】
また、被測定基板の表面にコプレーナ線路を形成することは、被測定基板を、測定装置の都合に合わせた形状に加工することに比べはるかに容易であり、低コストで実現が可能である。
【0026】
上述したように、この発明によれば、被測定基板に対して、従来のシェーリングブリッジ回路を用いて誘電正接の値の測定において求められた、標準試料と同一の形状にバルク結晶を加工することを何ら必要とせず、しかも必要とする周波数帯域における誘電正接の値を簡便に評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図を参照して、この発明の実施の形態につき説明する。なお、実験データを示す図を除く各図は、この発明に係る一構成例を示す。また、図2(A)及び(B)、図3(A)、図4、及び図5(A)及び(B)は、この発明が理解できる程度に各構成要素の形状、大きさ、及び配置関係を概略的に示しているに過ぎず、この発明を図示例に限定するものではない。
【0028】
なお、以下の説明において、抵抗RとはRで示す抵抗器(単に抵抗ということもある。)そのものを指し示すと共に、この抵抗値がRであることも意味するものとする。同様にキャパシタCとは、Cで示すキャパシタそのものを指すと共に、このキャパシタのキャパシタンスがCであることも意味するものとする。また、コイルLとはLで示すコイルそのものを指し示すと共に、このコイルのインダクタンスがLであることも意味するものとする。以後の説明で使われるR0、L0、G0、C0等でそれぞれ示される、抵抗、インダクタンス、コンダクタンス、キャパシタンス等についても同様である。
【0029】
<シェーリングブリッジ回路を利用する誘電正接の測定>
この発明の実施形態の説明の便宜のため、まず、特許文献1に開示されている従来のシェーリングブリッジ回路を利用する誘電正接の測定について図1(A)及び(B)を参照して説明する。図1(A)はシェーリングブリッジ回路の概略的構成図であり、図1(B)はシェーリングブリッジ回路の4箇所の抵抗素子と容量素子の双方又はいずれか一方を具える構成部分をZ1、Z2、Zx及びZsと、インピーダンスで表示して示す図である。
【0030】
図1(A)に示すシェーリングブリッジ回路は、可変抵抗R1及び被測定物16が直列接続された回路部分と、標準物14及びキャパシタンスが既知であるキャパシタCsが直列接続された回路部分とが並列接続されて構成された回路である。また微小電流を計測する検流計12が、可変抵抗R1と被測定物16との間の点hと、標準物14とキャパシタCsとの間の点kとの間を結んで挿入されている。
【0031】
また、シェーリングブリッジ回路は、既知の可変抵抗R1及び被測定物16が直列接続された回路部分及び標準物14及びキャパシタCsが直列接続された回路部分のそれぞれに交流信号を印加するための交流信号源10が接続されている。
【0032】
被測定物16の等価回路は、キャパシタCX及び抵抗Rxの直列接続として表してある。また、標準物14の等価回路は、可変キャパシタC2及び可変抵抗R2の並列接続として表してある。抵抗R2及びキャパシタCsの値は既知であるものとする。
【0033】
検流計12がゼロの値となるように、可変キャパシタC2のキャパシタンス及び可変抵抗R2の抵抗値を調整することによって、シェーリングブリッジ回路の平衡状態が実現される。シェーリングブリッジ回路の平衡状態は、以下に説明する平衡条件が満たされることによって実現するので、この平衡条件から被測定物16のキャパシタCX及び抵抗Rxによるインピーダンスが求められる。
【0034】
シェーリングブリッジ回路の平衡状態の説明の便宜のために、シェーリングブリッジ回路の4箇所の構成部分のインピーダンスZ1、Z2、Z及びZを用いて表現し直す。このようにして示したのが図1(B)である。ここでは、可変抵抗R1、標準物14、被測定物16及びキャパシタCsのそれぞれのインピーダンスが、Z1、Z2、Z及びZであるとしてある。
【0035】
シェーリングブリッジ回路の平衡状態は、次式(1)によって表される
【0036】
【数3】

【0037】
4箇所の構成部分のインピーダンスZ1、Z2、Z及びZのそれぞれと、可変抵抗R1、標準物14、被測定物16及びキャパシタCsのそれぞれを構成する抵抗値等の値との関係は、次式(2-1)〜(2-4)で与えられる。ここで、jは虚数単位である。
【0038】
【数4】

【0039】
式(2-1)〜(2-4)で与えられる関係を式(1)に代入して整理することによって次式(3)が得られる。
【0040】
【数5】

【0041】
式(3)の両辺の実部と虚部が互いに等しいことから、次式(4-1)及び(4-2)が得られ、抵抗Rx及びキャパシタCXが求められる。
【0042】
【数6】

【0043】
一方、被測定物16のインピーダンスZxの実部をZrとし虚部をZiする、すなわち、Zx=Zr+jZiとすると、誘電正接の値tanδは次式(5)で与えられる。
【0044】
【数7】

【0045】
式(2-3)を変形すると、次式(6)となる。
【0046】
【数8】

【0047】
ここで、Zr=Rx、Zi=-(1/ωCx)であるから、誘電正接の値tanδは次式(7)で与えられる。
【0048】
【数7】

【0049】
誘電正接の値tanδは、式(7)で与えられるように測定に用いた入力信号の角周波数ωに依存する値である。半絶縁性基板の購入に当たっては、当該基板の誘電正接の値tanδが仕様の一つとして提示される。しかしながら、どの値の周波数に対する誘電正接の値であるのか不明である場合がある。また、MMIC等の構成素材として半絶縁性基板を利用する場合、この基板に対する製造メーカから提供される誘電正接の値が、実際に使用されるGHz帯域の周波数帯域の周波数から大きく外れた1 MHz帯の周波数における値であったりする場合が多い。
【0050】
そこで、半絶縁性基板を利用して構成されるMMICに使われる実際のコプレーナ線路の、MMIC設計上必要とされる周波数帯域における誘電正接の値tanδを簡便に測定する方法が、以下に述べるこの発明の実施の形態の誘電正接評価方法である。
【0051】
<この発明の実施の形態の誘電正接評価方法>
この発明の実施の形態の誘電正接評価方法は、上述したように、第1から第5ステップを含んで構成される。以下、この発明の実施の形態の誘電正接評価方法における第1から第5ステップごとに、各ステップの具体的な内容を各ステップを実現するための装置と合わせて順次説明する。
【0052】
図2(A)及び(B)を参照して、第1及び第2ステップについて説明する。図2(A)は、被測定基板表面に形成されたコプレーナ線路の概略的パターンを示す図である。なお、図2(A)中、構成要素にハッチングを施してあるが、このハッチングは断面を表示すのではなく、各構成要素の領域を強調して示してあるに過ぎない。図2(B)は、S行列を求めるための小信号特性評価装置の概略を模式的に示す図である。
【0053】
コプレーナ線路のパターンは、図2(A)に示すように、被測定基板30の表面に、ストリップ線路である信号線路20と、信号線路20を中心に挟んで信号線路20の両側に接地導体22-1及び22-2とが配置されている。信号線路20の両端は、第1ポートP1と第2ポートP2である電極パッドが形成されている。また、接地導体22-1及び22-2の両端にもそれぞれ、接地電位に設定するため電極パッドQが形成されている。図2(A)に示す構成例では、好ましくは、信号線路20及びこれに対向する接地導体22-1及び22-2のそれぞれの対向辺は互いに平行となっている。また、信号線路20の対向辺と各接地導体22-1及び22-2の対向辺との間の両間隔も好ましくは同一である。また、信号線路20の長手方向中心に対して左右対称なパターン形状として形成してある。
【0054】
図2(B)に示すS行列を求めるための小信号特性評価装置は、ネットワークアナライザ24、パーソナルコンピュータ26、被測定基板搭載ステージ28、及びネットワークアナライザ24に接続されたプローブヘッド32-1及び32-2を具えている。コプレーナ線路パターンが表面に形成された被測定基板30は、被測定基板搭載ステージ28に設置される。
【0055】
接地導体22-1及び22-2の両端の電極パッドQ、第1ポートP1及び第2ポートP2は、従来周知のコプレーナ形状を有するプローブヘッド32-1及び32-2を介して、ケーブルを通じてネットワークアナライザ24に接続されている。コプレーナ型のプローブヘッド32-1及び32-2は、上述の信号線路20の両端の電極パッドP1及びP2、それと接地電位に設定するため電極パッドQに、同時に接触可能である形状に形成されている。すなわち、この構成例では、コプレーナ型のプローブヘッド32-1は、図2(A)中の信号線路20の左端側の電極パッドP1及び接地導体に形成された左端側の両電極パッドQに同時に接触可能である形状に形成されている。一方、コプレーナ型のプローブヘッド32-2は、図2(A)中の信号線路20の右端側の電極パッドP2及び接地導体に形成された右端側の両電極パッドQに同時に接触可能である形状に形成されている。
【0056】
このプローブヘッド32-1及び32-2としては、例えば、カスケードマイクロテック社が提供しているエアコプレーナプローブヘッドを適宜利用することが可能である。また、ネットワークアナライザ24には、アジレント・テクノロジー株式会社やアンリツ株式会社等から提供されている、測定周波数帯域に応じた形式のネットワークアナライザを適宜利用することが可能である。
【0057】
高周波数帯域における小信号特性を示す指標として、Sパラメータを行列要素とするS行列が利用されている。Sパラメータは、入力信号に対する、透過出力電気信号及び反射出力電力成分の比として表現されるパラメータであるため、高周波数帯域においても、測定することが可能なパラメータである。S行列は次式(8)によって定義される2行2列の行列である。
【0058】
【数10】

【0059】
ここで、a1、a2は入力信号の電力を与える縦ベクトル成分であり、及びb1、b2は出力信号の電力を与える縦ベクトル成分である。
【0060】
信号線路の両端をそれぞれ第1及び第2ポートとした場合、第1ポートに入力信号a1を入力して、第1ポートから出力される反射信号b1及び第2ポートから出力される透過信号b2を観測することによって、第1ポートに入力された入力信号a1に対する反射係数及び透過係数を求めそれぞれをS行列のs11及びs21成分とする。そして、第2ポートに入力信号a2を入力して、第2ポートから出力される反射信号b2及び第1ポートから出力される透過信号b1を観測することによって、第2ポートに入力された入力信号a2に対する反射係数及び透過係数を求めそれぞれをS行列のs22及びs12成分とすることにより、コプレーナ線路のS行列が確定される。
【0061】
すなわち、S行列の行列要素s11やs22は、第1ポートP1あるいは第2ポートP2側で観測される反射係数である。一方、S行列の行列要素s12やs21は、第1ポートP1から第2ポートP2への透過係数、あるいは第2ポートP2から第1ポートP1への透過係数である。
【0062】
図2(A)に示したコプレーナ線路の場合には、第1ポートP1と第2ポートP2とに対して、そのパターン形状が左右対称の形をしているから、測定誤差、あるいは外部環境の擾乱による影響を除けば、s11=s22、かつs12=s21となるはずである。外部環境の擾乱とは、温度変化あるいは雑音等を指す。
【0063】
ここで、用いる小信号(入力信号)の周波数帯域を必要とする周波数帯域に設定して、誘電正接の被測定基板に対するS行列を決定するSパラメータの計測を実行する。
【0064】
図3(A)及び(B)を参照して、コプレーナ線路の等価回路について説明する。図3(A)は、被測定基板34に形成されたコプレーナ線路の、被測定基板34の表面に垂直であり、かつ信号線路の長さ方向に対しても垂直な平面による切り口断面を示す図である。図3(B)はコプレーナ線路の等価回路を示す図である。
【0065】
図3(A)に示すように、被測定基板34の表面に信号線路36-2と、この信号線路36-2を挟んで両側に接地導体36-1及び36-3が形成されている。コプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域を領域40と示してある。領域40は、実際は空気に満たされた領域であるが、誘電率に関して真空領域と空気が満たされた領域とでは差異がほとんどないので、領域40は誘電率に関する限り真空として扱うことができる。従って、後述するコプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域によって形成されるキャパシタンスの値であるCaは、コプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の周囲の真空領域によって形成されるキャパシタンスの値であるということができる。
【0066】
このようなコプレーナ線路は、例えば、被測定基板34の表面にAuあるいはその他の任意好適な金属薄膜を真空蒸着あるいはメッキ法等の方法で、好ましくは均一な厚みに形成した後、フォトリソグラフィー及びエッチング等の周知の方法によって形成可能である。
【0067】
図3(A)に示す断面形状を有するコプレーナ線路を形成するステップが、この発明の実施の形態の誘電正接評価方法の第1ステップである。また、以上説明した、Sパラメータの計測を実行するステップが第2ステップである。
【0068】
図3(B)に示すL及びRは、それぞれ信号線路36-2の単位長さ当たりのインダクタンスと抵抗である。Cs及びGsはそれぞれ被測定基板34とコプレーナ線路とによって形成される単位長さ当たりのキャパシタンス成分の値、及びコンダクタンスであり、誘電損失に関するパラメータである。また、Caは被測定基板34の表面上方の空気とコプレーナ線路とによって形成される単位長さ当たりのキャパシタンス成分である。被測定基板34の比誘電率をεr、真空の誘電率をε0、真空中の光速をc0とする。また、長さの単位はメートルであり、単位長さとは、ここでは1 mを意味する。
【0069】
図3(B)に示すようなコプレーナ線路においては、抵抗あるいはキャパシタ等の素子は部品として搭載されているわけではないが、これらの素子が配置されているものとみなして必要な解析が行われる。
【0070】
信号線路36-2及び接地導体36-1及び36-3を構成する、薄膜材料の抵抗率と薄膜の厚さ等のサイズから、抵抗Rの値を算出することが可能である。すなわち、薄膜材料であるAuあるいはその他の任意好適な金属の導体金属の抵抗率をρ、信号線路36-2の幅をw、薄膜の厚さをdとすると、信号線路36-2の単位長さ(1 m)当たりの抵抗Rの値は、次式(9)で与えられる。
【0071】
【数11】

【0072】
また、表皮効果の影響が現れる周波数帯域のS行列を求める場合には、以下の手順に従って抵抗Rの値を算出する。表皮効果とは、高周波信号が導体金属薄膜等の導体線を流れる時、電流密度が導体線の表面で高く、表面から離れると低くなる現象のことである。すなわち、周波数が高くなるほど電流が表面へ集中するという効果である表皮効果によって、周波数が高くなるほど導体線の交流抵抗値は、見かけ上大きくなる。
【0073】
電磁場の強度が導体金属薄膜表面における値の1/e(eは自然対数の底の値である。)倍の値まで減衰する距離Δを表皮厚さ(skin depth)といい、次式(10)で与えられる。
【0074】
【数12】

【0075】
ここで、σは導体金属のコンダクタンス、μは導体金属の透磁率であり通常は真空の透磁率μ0に等しい。
【0076】
いま、信号線路36-2の幅wと薄膜の厚さdとの関係が、w>dであると仮定する。この幅wは、信号線路36-2の延在方向に直行し、かつ被測定基板34の表面に平行な方向にとった長さであり、厚さdは、被測定基板34の表面に直交する方向の長さである。一般に導体金属薄膜を真空蒸着法あるいはメッキ法で形成するので、その厚さdは数μm程度であり、一方信号線路36-2の幅wは少なくとも10μm程度に形成される。したがって、上述の仮定w>dは十分に成り立っている。
【0077】
表皮効果が顕著に発現するのは、距離Δがd/2以下となる角周波数ωにおいてである。このときの周波数fは、式(10)において、Δ=d/2、ω=2πfの関係を代入して、次式(11)で与えられる。
【0078】
【数13】

【0079】
図4を参照して表皮効果を考慮した抵抗値を求める。図4は抵抗値を算出するための金属直方体モデルを示す斜視図である。この金属直方体モデルは、高さがd(m)、幅がw(m)、長さが1 mの金属の直方体である。この金属の直方体を、信号が伝播する導体線とみなすことができる。すなわち、後述する金属薄膜、好ましくはAu薄膜、で形成される信号線路の一部と見なすことができる。
【0080】
表面からの距離x〜(x+dx)の範囲の領域での微小コンダクタンスdσは、図4に斜線を施して示してある領域の面積がdx×2{(w-2x)+(d-2x)}であるから、次式(12)で与えられる。
【0081】
【数14】

【0082】
このdσをxについて0〜d/2まで積分してその逆数をとれば、次式(13)で与えられるように、この導体線の抵抗Rが求まる。
【0083】
【数15】

【0084】
以上説明した計算結果をまとめると、以下のとおり式(14-1)及び式(14-2)として表すことができる。
【0085】
【数16】

【0086】
上述の式(14-1)及び式(14-2)において、周波数fの値が4/(πμσd2)の前後において抵抗値Rの値は不連続となる。しかしながら、実際の導体線においては、周波数fの値の全てに対して抵抗値Rが式(14-2)で与えられるものとして扱っても、特段の問題は生じない。
【0087】
被測定基板34とコプレーナ線路とによって形成される単位長さ当たりのキャパシタンス成分の値Cs、及びコンダクタンスの値Gsは、等角写像法によって求めることができる(例えば、論文:C.P.Wen, "Coplanar Waveguide: A Surface Strip Transmission Line Suitable for Nonreciprocal Gyromagnetic Device Applications", IEEE Transactions on Microwave Theory and Techniques, vol.MTT-17, No.12, pp.1087-1090 (1969)を参照)。
【0088】
図5(A)及び(B)を参照して、キャパシタンス成分の値Cs、及びコンダクタンスの値Gsを導出する。図5(A)は、被測定基板34に形成されたコプレーナ線路の、被測定基板34の表面に垂直であり、かつ信号線路の長さ方向に対しても垂直な平面による切り口断面を示す図である。図5(B)は、等角写像によって得られる被測定基板34に形成されたコプレーナ線路の写像を示す図である。
【0089】
図5(A)の紙面内において、信号線路36-2の幅方向の線対称中心を原点Oとし、被測定基板34の表面上であって、信号線路36-2の幅方向にx軸、このx軸と被測定基板とに垂直にy軸を取る。信号線路36-2の両端のx座標を-a1及びa1とすると、信号線路36-2の幅wは2a1で与えられる。また、接地導体36-1及び36-3の信号線路36-2に対する側の端のx座標をそれぞれ-b1及びb1とすれば、信号線路36-2から接地導体36-1及び36-3までのそれぞれの距離gは、b1-a1で与えられる。
【0090】
被測定基板34は、y軸の負の方向に半無限大の大きさを有しているものとする。C.P.Wenの上述の論文によれば、図5(A)に示す被測定基板34に形成されたコプレーナ線路を等角写像することによって、図5(B)に示す写像が得られる。すなわち図5(B)に示す写像において、誘電体である半無限大の被測定基板34が、等角写像を表す複素平面上での4点(-a+jb)、(a+jb)、(-a)、(a)を頂点とする長方形で囲まれた図形として写像される。
【0091】
図5(A)及び図5(B)においては、写像の前後の位置の対応関係を分かり易くするために、被測定基板34の表面とコプレーナ線路を構成する接地導体36-1及び36-3との界面を、それぞれD及びEを付して誇張して示してある。また、被測定基板34の表面とコプレーナ線路を構成する信号線路36-2との界面をFを付して誇張して示してある。
【0092】
写像前の信号線路36-2、接地導体36-1及び36-3のそれぞれは、写像後は図5(B)に示すように、等角写像を表す複素平面上で(-a+jb)、(a+jb)、(-a)及び(a)で与えられる4点を頂点とする長方形を構成する4辺にそれぞれ写像される。信号線路36-2から接地導体36-1及び36-3までのそれぞれの距離gは、写像によって、距離bに変換され、等角写像を表す複素平面上での長方形の上下の辺の長さは2aとなる。
【0093】
このように写像することによって、コプレーナ線路を構成する導体部分と、被測定基板と、コプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域とによって形成されるキャパシタの容量が計算可能となる。ここで、コプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域とは、図3(A)に示す領域40を意味する。
【0094】
写像後のa及びbの具体的な値は得られないが、上述のC.P.Wenの論文に開示された公式を用いれば、aとbとの比(a/b)を得ることができる。比(a/b)の値の求め方は後述するが、この比(a/b)の値を用いて、コプレーナ線路を構成する導体部分と被測定基板とによって形成されるキャパシタンス成分の値Cs、及びコプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域によって形成されるキャパシタンスの値Caは、それぞれ次式(15-1)及び(15-2)で与えられる。
【0095】
【数17】

【0096】
ここで、εrは被測定基板34の比誘電率、ε0は真空の誘電率である。
【0097】
次に、信号線路36-2のインダクタンスLを求める。コプレーナ線路を一体と見なす系全体のキャパシタンスCは、Cs+Caで与えられる。すなわち、C=Cs+Caである。
【0098】
コプレーナ線路を伝播する電磁波の位相速度vpは、次式(16)で与えられる。
【0099】
【数18】

【0100】
従って、コプレーナ線路を一体と見なす系全体の特性インピーダンスZ0は、次式(17)で与えられる。
【0101】
【数19】

【0102】
無線通信システムにおいては、特性インピーダンスは50Ωに設定される場合が多いので、式(17)で与えられる特性インピーダンスの値が50Ωとなるよう設定するのがよい。
【0103】
以上説明した内容を整理すると、信号線路36-2のインダクタンスLの値は、次式(18)で与えられる。
【0104】
【数20】

【0105】
ここで、キャパシタンス成分の値Csは、誘電損失に係わるパラメータである。結晶基板の供給メーカからは、結晶基板についての、直流信号に対するコンダクタンスσ0あるいは低効率ρ0が提供される。上述のC.P.Wenの論文で開示されている等角写像法によって、結晶基板に形成されるコプレーナ線路の直流信号に対するコンダクタンスG0が求められ、G0=σ0×(a/b)で与えられる。また、被測定基板34とコプレーナ線路とによって形成される単位長さ当たりのコンダクタンスの値Gsは、各周波数ω依存性があり、その直流成分に依存する項をG0とし、各周波数ωの交流成分に依存する項をGd(ω)とすれば、Gs(ω)=G0+ Gd(ω)で与えられる。
【0106】
誘電正接の値tanδは、寄生抵抗が存在しない場合のキャパシタに流れる電流をICとし、寄生抵抗に流れる電流をIrとしたとき、Ir/ICで定義され、交流電圧をEとすれば、Ir=E・GdでありIC=E/(1/ωCs)であるから、コプレーナ線路を構成する導体部分と被測定基板とによって形成されるキャパシタンス成分の値をCsとし、交流に対するコンダクタンスをGdとしたとき、tanδ=Ir/IC=Gd/(ωCs)に等しい。Csは、式(15-1)及び式(15-2)の関係から、Cs=εr・Caであるから、tanδ=Gd/(ωCs)=Gd/(ωεr・Ca)となる。従って、Gd=(ω・εr・Ca) tanδが得られる。
【0107】
すなわち、交流成分に依存する項Gdは、コプレーナ線路を構成する導体部分及び被測定基板の双方以外の領域40によって形成されるキャパシタンスの値をCaとして、ω・εr・Ca・tanδで与えられる。ここで、εrは被測定基板34の比誘電率である。また、ω=2πfであるから、誘電損失がある場合の交流に対するコンダクタンスGdは2πf・εr・Ca・tanδで与えられる。従って、コンダクタンスの値Gs=G0+ Gd(ω)は、次式(19)で与えられる。式(19)が請求項の式(c)に対応する。
【0108】
Gs=G0 +2πf・εr・Ca・tanδ (19)
【0109】
次に、図6を参照して、基本的な分布定数回路として平面上に平行に配置された2本の平行導体線を考える。図6は、平面上に平行に配置された2本の平行導体線からなる分布定数回路の等価回路を示す図である。分布定数回路においては、抵抗あるいはキャパシタ等の素子は部品として搭載されているわけではないが、これらの素子が配置されているものとみなして必要な解析が行われる。
【0110】
図6において、平行導体線の長さ方向に沿った方向にx軸が設定されている。
【0111】
図6に示す等価回路の単位長(1 m)当たりの抵抗、インダクタンス、コンダクタンス及びキャパシタンスを、それぞれR0、L0、G0及びC0とする。図6に示す分布定数回路の微小区間に対してキルヒホッフの法則を適用する。
【0112】
x軸上での点xにおける電圧、電流をそれぞれV、Iとして、点(x+dx)における電圧、電流をそれぞれ(V+dV)、(I+dI)とすると、電圧及び電流に対して、次式(20-1)および式(20-2)がそれぞれ成立する。
【0113】
【数21】

【0114】
式(20-1)及び式(20-2)を整理して、次式(21-1)及び式(21-2)が得られる。
【0115】
【数22】

【0116】
電圧V、電流Iに対してそれぞれ、V=V(x)・exp(jωt)、I=I(x)・exp(jωt)として、式(21-1)及び式(21-2)に代入して、次式(22-1)及び(22-2)が得られる。
【0117】
【数23】

【0118】
式(22-1)及び(22-2)をxで微分すると、次式(23-1)及び(23-2)が得られる。
【0119】
【数24】

【0120】
式(23-1)及び(23-2)に式(22-1)及び(22-2)を代入すると、次式(24-1)及び(24-2)が得られる。
【0121】
【数25】

【0122】
式(24-1)及び(24-2)で与えられる微分方程式の解V(x)及びI(x)は、それぞれ次式(25-1)及び(25-2)で与えられる。
【0123】
【数26】

【0124】
ここで、A及びBの値は境界条件によって確定する積分定数であり、W及びγは、それぞれ次式(26-1)及び(26-2)で与えられる。
【0125】
【数27】

【0126】
ここで、γは伝播係数と呼ばれ、γの実数部α及び虚数部βは、それぞれ減衰定数及び位相定数と呼ばれる。
【0127】
γの実数部αについては、次式(27)で与えられる。式(27)が請求項の式(b)に対応する。
【0128】
【数28】

【0129】
この発明の構成要素であるコプレーナ線路に対するγの実数部αは、式(27)のR0およびL0に、それぞれ式(14-2)及び式(18)で与えられるR及びLを代入することによって求められる。また、この発明の対象であるコプレーナ線路のコンダクタンスG0及びキャパシタンスC0については、図3を参照して説明したG、Cs及びCaが関っている。
【0130】
被測定基板34とコプレーナ線路とによって形成される抵抗成分の周波数fの交流信号に対するコンダクタンス値Gsは、コンダクタンスG0から式(19)によって求めることができる。キャパシタンスC0についてはC0=Ca+Csであるから、上述した式(15-1)及び(15-2)を用いて求めることができる。
【0131】
式(27)で与えられるγの実数部αの値は、Np/m(ネーパー/m)で表される値であるので、dB/mで表すためには、20/ln(10)を乗ずればよい。すなわち、1 Np/mは、ほぼ8.686dB/mである。ここで、ln(10)は10の自然対数の値である。
【0132】
以上説明した様に、コプレーナ線路の等価回路に基づいてコプレーナ線路の減衰定数αcを求めることが可能である。すなわち、この発明の誘電正接評価方法の第4ステップが実現される。
【0133】
しかしながら、これまでの計算による解析によっては、誘電正接の値tanδを、周波数依存性を含めて正確に求めることはできない。
【0134】
一方、既に説明したように、S行列のs21成分は第2ポートから第1ポートへの透過係数と解釈されるので、これをdB/m単位に換算すれば、減衰定数αmの値となる。すなわち、減衰定数αmは、次式(28)で与えられる。この式(28)が請求項における式(a)に対応する。
【0135】
【数29】

【0136】
ここで、Hはコプレーナ線路を形成する信号線路の両端の間隔(第1ポートから第2ポート間の間隔)であり、すなわち伝送線路の長さである。このように、S行列のs21成分から式(28)によって減衰定数αmを求めるステップが第3ステップである。
【0137】
上述の第3ステップと、第4ステップとは実行順序が逆であってもよい。すなわち、第4ステップを先に実行し次に第3ステップを実行してもよく、また第3ステップを先に実行し次に第4ステップを実行してもよい。
【0138】
第3及び第4ステップによって、それぞれ減衰定数αm及び減衰定数αcが求められるので、減衰定数αmと減衰定数αcとの差を最小とする誘電正接の値を、被測定基板の誘電正接の値であると評価する第5ステップが実行可能となる。
【0139】
減衰定数αmは、図2(B)に示したS行列を求めるための小信号特性評価装置によってS行列を求める計測を行い、式(28)を用いることで求めることが可能である。図2(B)に示したように、S行列を確定するSパラメータはネットワークアナライザ24によって計測されて求められ、その結果がパーソナルコンピュータ26に送られる。
【0140】
Sパラメータを計測するネットワークアナライザ24には同軸ケーブルを介してコプレーナ型のプローブヘッド32-1及び32-2が取り付けられている。
【0141】
プローブヘッド32-1及び32-2は、それぞれポジショナーによって、伝送線路20の両端の電極パッドP1及びP2に正確に接触される。ネットワークアナライザ24によって取得されたSパラメータに関するデータは、GPIB(General Purpose Interface Bus)等のケーブルを通じてパーソナルコンピュータ26に送られ、パーソナルコンピュータ26において、式(28)に従って、減衰定数αmの値が計算されてパーソナルコンピュータ26の表示画面に出力される。
【0142】
図2(B)に示すS行列を求めるための小信号特性評価装置は、パーソナルコンピュータ26を具えているが、このパーソナルコンピュータ26は、S行列の行列要素を取り込み、減衰定数αmの値を求めるために利用されるに過ぎず、この発明の必須構成要素ではない。すなわち、減衰定数αmの値は、S行列のs21成分の値の絶対値をとりその常用対数を求めて、信号線路の長さHで除して、20倍して負の符号を与えれば求めることができるので、この一連の演算処理に、必ずしもパーソナルコンピュータ26を利用する必要はない。従って、減衰定数αmの値を求める計算処理は、その処理の効率を勘案して、電卓あるいは筆算等、適宜その手法を選択すればよい。
【0143】
一方、上述したように、被測定基板に係る比誘電率等のパラメータ及び、この被測定基板に形成したコプレーナ線路に係る信号線路幅等の寸法パラメータ及び信号線路等を構成する金属薄膜の物性定数等必要なパラメータを与えることによって、減衰定数αcの値を解析的に求める。この減衰定数αcの値を求める計算処理は、上述したαcに関する計算プログラムを作成することによって、コンピュータ計算処理とすることが可能である。また、この減衰定数αcの値を求める計算処理においても、減衰定数αmの値を求める計算処理の場合と同様、必ずしもパーソナルコンピュータ26を利用する必要はない。
【0144】
減衰定数αcの値を解析的に求める計算過程において、式(19)に含まれる誘電正接の値tanδを順次増減操作することによって、上述のSパラメータから求められる減衰定数αmと減衰定数αcの値との差が最小となる、誘電正接の値tanδを確定することが可能である。このようにして第5ステップを終了する。第5ステップの終了時に求まった誘電正接の値tanδが、この発明の誘電正接評価方法によって求められる誘電正接の値である。
【0145】
誘電正接の値tanδを確定する第5ステップにおいても、その処理の効率を勘案して、適宜その手法を選択すればよく、必ずしもパーソナルコンピュータ26を利用する必要はない。
【0146】
被測定基板として半絶縁性InP基板(住友電工社製)とサファイア基板(京セラ製)を用いて、Sパラメータから求められる減衰定数αmと、解析的な計算によって求められる減衰定数αcの値とを比較する実験を行った。この実験では、コプレーナ線路を形成する信号線路の全長を1570μmとした。
【0147】
図7を参照して、半絶縁性InP基板を用いた減衰定数αmと減衰定数αcとの比較実験の結果を説明する。図7は、交流信号の周波数に対する減衰定数αmの値及び減衰定数αcの値を示す図である。図7の横軸は交流信号の周波数をGHz単位で目盛って示してあり、縦軸は減衰定数の値をdB/m単位で目盛って示してある。
【0148】
図7において、黒い四角形によって、Sパラメータから求めた減衰定数αmの値をプロットしてある。破線によってtanδの値を0.007と設定することで得られる減衰定数αcの値を示し、実線によってtanδの値を0.04と設定することで得られる減衰定数αcの値を示す。tanδの値を0.04と設定することによって、Sパラメータから求めた減衰定数αmの値に近い値が得られることが示されている。従って、この発明の誘電正接評価方法によって誘電正接の値tanδが0.04であると求められた。ちなみに、tanδの値として設定した0.007という値は、一般的にこれまで半絶縁性結晶基板の供給業界で採用されてきた値である。
【0149】
次に、図8を参照して、サファイア基板を用いた減衰定数αmと減衰定数αcとの比較実験の結果を説明する。図8は、交流信号の周波数に対する減衰定数αmの値及び減衰定数αcの値を示す図である。図8の横軸は交流信号の周波数をGHz単位で目盛って示してあり、縦軸は減衰定数の値をdB/m単位で目盛って示してある。
【0150】
図8において、黒い四角形によって、Sパラメータから求めた減衰定数αmの値をプロットしてある。破線によってtanδの値を0.0001と設定することで得られる減衰定数αcの値を示し、実線によってtanδの値を0.03と設定することで得られる減衰定数αcの値を示す。tanδの値を0.03と設定することによって、Sパラメータから求めた減衰定数αmの値に近い値が得られることが示されている。従って、この発明の誘電正接評価方法によって誘電正接の値tanδが0.03であると求められた。ちなみに、tanδの値として設定した0.0001という値は、サファイア基板の提供メーカが、交流信号の周波数が1 MHzである場合の誘電正接の値であるとして示している値である(URL:http://www.kyocera.co.jp/prdct/fc/product/pdf/tankessho.pdfを参照)。測定の周波数帯域によって、得られる誘電正接の値が大きく異なることが分かる。
【0151】
次に、図9を参照して、半絶縁性InP基板を用いて、このInP基板表面にp-HEMT(pseudomorphic-High Electron Mobility Transistor)を形成するためのエピタキシャル成長膜が形成されている場合といない場合とにおいて、誘電正接の値tanδが影響を受けるか否かを検証した実験結果について説明する。図9は、半絶縁性InP基板表面に600 nm厚のp-HEMTを形成するためのエピタキシャル成長層が形成されている場合の減衰定数、及び何も形成されていない場合の減衰定数を示す図である。図9の横軸は交流信号の周波数をGHz単位で目盛って示してあり、縦軸は減衰定数の値をdB/m単位で目盛って示してある。
【0152】
InP基板表面に600 nm厚のp-HEMTを形成するためのエピタキシャル成長層が形成されている場合の減衰定数は、このエピタキシャル成長膜の表面に、コプレーナ線路との絶縁を確保するために200 nm厚のSiN膜を成長した後に、コプレーナ線路を形成してS行列を求める計測を実行することによって求めた。
【0153】
図9において、白い四角形によって半絶縁性InP基板表面に厚さが600 nmのエピタキシャル成長層が形成されている場合の減衰定数をプロットしてある。また、黒い四角形によって半絶縁性InP基板表面に何も形成されていない場合の減衰定数をプロットしてある。
【0154】
図9に示すように、半絶縁性InP基板表面にエピタキシャル成長層が形成されている場合の誘電正接の値tanδと、何も形成されていない場合の誘電正接の値tanδとの間の有意な差異は存在しない。すなわち、被測定基板表面に、何らかの素子を形成するためのエピタキシャル成長層が存在するか否かによっては、このエピタキシャル成長層が、被測定基板の厚みと比較して無視できる程度に十分薄ければ、すなわち、このエピタキシャル成長層の厚みが、被測定基板の厚みの数パーセント以下であれば、誘電正接の値tanδには有意な差異は生じないことが分かる。
【0155】
<Cs及びCaの導出>
式(15-1)及び(15-2)を導出する際に、写像後のa及びbの具体的な値は得られないがaとbとの比(a/b)を得ることができる、と説明した。ここで、a/bの値求め方についてC.P.Wenの上述の論文に従って説明する。
【0156】
図5(A)に示すように、2a1は信号線路の幅であり、2b1は接地導体間の間隔である。y軸の負の方向に半無限大の大きさを有する、誘電率εrである被測定基板の、x−y平面の半平面(y軸から負の方向に向う半平面)Z1は、図5(B)の等角写像を表す複素平面であるZ面において4点(-a+jb)、(a+jb)、(-a)、(a)を頂点とする長方形で囲まれた図形として写像される。この写像の関係は、次式(29)で与えられる。ここで、Aは定数である。
【0157】
【数30】

【0158】
式(29)をZ1で積分することによって次式(30)が得られる。
【0159】
【数31】

【0160】
求めるa/bの値は次式(31)で与えられる。
【0161】
【数32】

【0162】
ここで、k=a1/b1、k'=(1-k2)1/2であり、K(k)は第1種完全楕円積分である。また、K'(k)=K(k')の関係がある。
【図面の簡単な説明】
【0163】
【図1】シェーリングブリッジ回路を利用する誘電正接の測定方法の説明に供する図であり、(A)はシェーリングブリッジ回路の概略的構成図、(B)はシェーリングブリッジ回路の4箇所の構成部分のインピーダンスを示す図である。
【図2】第1及び第2ステップについての説明に供する図であり、(A)は被測定基板表面に形成されたコプレーナ線路の概略的パターンを示す図、(B)はS行列を求めるための小信号特性評価装置の概略を模式的に示す図である。
【図3】コプレーナ線路の等価回路についての説明に供する図であり、(A)は、コプレーナ線路の被測定基板の表面に垂直であり、かつ信号線路の長さ方向に対しても垂直な平面による切り口断面を示す図であり、(B)はコプレーナ線路の等価回路を示す図である。
【図4】表皮効果を考慮した抵抗値を算出するための金属直方体モデルを示す斜視図である。
【図5】キャパシタンス成分の値Cs、及びコンダクタンスの値Gsの導出の説明に供する図であり、(A)は被測定基板に形成されたコプレーナ線路の口断面を示す図であり、(B)は等角写像によって得られる被測定基板に形成されたコプレーナ線路の写像を示す図である。
【図6】平面上に平行に配置された2本の平行導体線からなる分布定数回路の等価回路を示す図である。
【図7】半絶縁性InP基板の、交流信号の周波数に対する減衰定数αmの値及び減衰定数αcの値を示す図である。
【図8】サファイア基板の、交流信号の周波数に対する減衰定数αmの値及び減衰定数αcの値を示す図である。
【図9】半絶縁性InP基板表面に600 nm厚のエピタキシャル成長膜が形成されている場合の減衰定数、及び何も形成されていない場合の減衰定数を示す図である。
【符号の説明】
【0164】
10:交流信号源
12:検流計
14:標準物
16:被測定物
20、36-2:信号線路
22-1、22-2、36-1、36-3:接地導体
24:ネットワークアナライザ
26:パーソナルコンピュータ
28:被測定基板搭載ステージ
30、34:被測定基板
32-1、32-2:プローブヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定基板の表面に、信号線路と、該信号線路を挟んで該信号線路の両側に配置される接地導体とを具えるコプレーナ線路を形成する第1ステップと、
前記信号線路の両端をそれぞれ第1及び第2ポートとし、該第1ポートに入力信号を入力して、該第1ポートから出力される反射信号及び前記第2ポートから出力される透過信号を観測することによって、該第1ポートに入力された入力信号に対する反射係数及び透過係数を求めそれぞれをS行列のs11及びs21成分とし、かつ前記第2ポートに入力信号を入力して、該第2ポートから出力される反射信号及び前記第1ポートから出力される透過信号を観測することによって、該第2ポートに入力された入力信号に対する反射係数及び透過係数を求めそれぞれをS行列のs22及びs12成分として、前記コプレーナ線路のS行列を確定する第2ステップと、
該S行列の前記s21成分から、前記コプレーナ線路の減衰定数αmを求める第3ステップと、
前記コプレーナ線路の等価回路に基づいて、前記コプレーナ線路の減衰定数αcを求める第4ステップと、
前記減衰定数αmと前記減衰定数αcとの差を最小とする誘電正接の値を、前記被測定基板の誘電正接の値であると評価する第5ステップと、
を含むことを特徴とする誘電正接評価方法。
【請求項2】
前記第3ステップにおいて、前記減衰定数αmを次式(a)によって求めることを特徴とする請求項1に記載の誘電正接評価方法。
αm=−20・[{log(|s21|)}/H] (a)
ここで、Hは、前記信号線路の長さであり、及び対数は10を底とする常用対数である。
【請求項3】
前記第4ステップにおいて、前記減衰定数αcを次式(b)によって求めることを特徴とする請求項1に記載の誘電正接評価方法。
【数1】

ここで、R0、L0、G0及びC0、はそれぞれ、前記信号線路の単位長あたりの抵抗、インダクタンス、コンダクタンス及びキャパシタンスの値であり、かつωは角周波数の値であって、周波数fによってω=2πfの関係で与えられる。また、前記被測定基板と前記コプレーナ線路とによって形成される抵抗成分の周波数fの交流信号に対するコンダクタンス値Gsは、前記被測定基板と前記コプレーナ線路とによって形成される抵抗成分の直流に対する値G0と誘電正接の値tanδとから次式(c)で与えられる関係にある。
Gs=G0 + 2πf・εr・Ca・tanδ (c)
ここで、εrは前記被測定基板の比誘電率、Caは前記コプレーナ線路を構成する導体部分及び前記被測定基板の双方以外の領域によって形成されるキャパシタンスの値である。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−174951(P2009−174951A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−12703(P2008−12703)
【出願日】平成20年1月23日(2008.1.23)
【出願人】(000000295)沖電気工業株式会社 (6,645)
【Fターム(参考)】