説明

質量分析装置

【課題】
リニアイオントラップからイオンを一部ずつパルス排出して飛行時間測定を行う質量分析装置において、リニアイオントラップに蓄積された全イオンの排出に要する時間を短縮し、高感度な質量分析技術を提供する。
【解決手段】
リニアイオントラップに蓄積されたイオンを少量ずつパルス排出し、排出されたイオンパルスが飛行時間型質量分析部の直交加速部4に到達した時点において、直交加速部4に加速電圧パルスを印加して飛行時間測定する構成を有する質量分析装置において、イオンのパルス排出を繰り返す間、リニアイオントラップを構成する入口側レンズ電極1の電位を徐々に上昇させてリニアイオントラップ内部のポテンシャル井戸の底辺部の長さを短縮することにより、リニアイオントラップ内部のイオン密度を維持する。これにより、リニアイオントラップに蓄積されたイオンの質量分析時間が短縮されるため、イオン利用率が向上し、その結果、質量分析装置の検出感度が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リニアイオントラップと飛行時間型質量分析計を結合した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
米国特許第5,117,107号には、直交加速式の飛行時間型質量分析計が開示されている。イオンは、イオン源において連続的に生成され、イオンガイドを通過して飛行時間型質量分析計に導入される。飛行時間型質量分析計内部の直交加速部において、イオン流の進行方向に対して直交する方向に電場加速し、連続イオン流の一部を切り取って飛行時間測定が行われる。
【0003】
イオンガイドとしては、通常、不活性ガスを導入した四重極(または、多重極)イオンガイドが用いられる。イオンガイドに入射したイオンは、ガスとの衝突冷却によって冷却され、イオンガイドの中心軸付近に収束する。この効果により、飛行時間型質量分析計に導入されるイオンビームの拡がりが抑制される。その結果、飛行時間のばらつきが抑制されて質量分解能の向上に寄与する。一方、ガスとの衝突冷却により、イオンガイドの軸方向の運動エネルギーは、室温程度(0.1eV程度)まで低下する。加速部に入射するイオンの運動エネルギーは、イオンガイドの電圧(通常数V)と加速部を構成する電極の電位(通常0V)との電位差によって決まり、数eVである。イオンガイド内部での運動エネルギー拡がりは0.1eV程度であるため、加速部に入射するイオンの運動エネルギーは、ほぼ均一である。また、加速部に入射するイオンの運動エネルギーは、質量には依存しない。このため、直交加速部において電場加速されたイオンは、質量に拠らず一定の角度で飛行し、検出器に到達する。
【0004】
加速部における電場加速は、一定周期で繰り返し行われる。質量スペクトルのS/N比を向上する目的で、通常は適当な回数分だけ積算し、1つの質量スペクトルを生成する。電場加速の繰返し周期は、加速部に存在する最も重いイオンの飛行時間を越える値に設定される。なぜならば、電場加速の周期を最も重いイオンの飛行時間よりも短い値に設定した場合、最も重いイオンが検出器に到達する前に次回の電場加速が行われるため、軽いイオンが重いイオンを追い越してしまう可能性が生じるからである。このように直交加速部における電場加速の繰返し周期には下限がある。この下限によって、イオンの利用率、従って検出感度が制約される。イオンの利用率は、質量対電荷比の平方根に依存し、典型的な装置構成の場合、1000amuの質量対電荷比においてイオン利用率は20%程度である。
【0005】
米国特許第6,020,586号には、直交加速式の飛行時間型質量分析計のイオン利用率を向上し、結果的に検出感度を向上する技術が開示されている。イオンガイド出口にレンズ電極を配置し、そのレンズ電極に印加する電圧(以下、レンズ電圧)をイオンガイドに印加されるバイアス電圧(以下、イオンガイド電圧)より高く設定しておくことにより、イオンガイド出口からのイオンの流出を停止することができる。レンズ電圧を一定時間だけイオンガイド電圧よりも低い値に設定することにより、イオンガイドに保持されたイオンの一部をパルス状に排出することができる。排出されたイオンパルスが飛行時間型質量分析計内の加速部に到達した時点で、加速部に電圧パルスを印加してイオンパルスを電場加速し、検出器に到達するまでのイオンの飛行時間を測定する。このとき、排出されたイオンが加速部に到達するまでの時間はイオンの質量に依存する。そのため加速部に到達するまでの間にイオンはその質量対電荷比の違いによって空間的に分散する。そのため全質量範囲のイオンを一度に分析することは困難である。しかしながら、特定の質量範囲のイオンについては、ほぼ100%のイオン利用率で質量分析できる。
【0006】
米国特許第6,507,019号には、リニアイオントラップと飛行時間型質量分析計が結合された質量分析計が開示されている。リニアイオントラップはイオンガイドである四重極ロッドとその両端のレンズ電極とで構成される。両端のレンズ電極の電圧をイオンガイド(四重極ロッド)電圧よりも高く設定することにより、イオントラップ内部にイオンを保持しておくことができる。イオントラップ内部でイオンを解離し、生成されるフラグメントイオンをイオントラップ内部に保持しておくことが可能である。イオントラップからフラグメントイオンの一部をパルス排出して飛行時間測定部に導入し、特定の質量範囲のイオンが加速部に到達した時点で電場加速し、検出器に到達するまでの飛行時間が測定される。
【0007】
米国特許出願公開第2004/0026612号には、リニアイオントラップを構成するイオンガイド部を実質的に複数に分割し、各部の電極電圧を変化させることにより、イオンガイド内部のイオンの空間分布を制御する技術が開示されている。この技術を用いてイオントラップからイオンをパルス排出し、排出されたイオンパルスが飛行時間型質量分析計の加速部に到達した時点で加速パルスを印加して飛行時間測定することにより、飛行時間型質量分析部におけるイオン利用率を向上できることが述べられている。
【0008】
米国特許第6,111,250号には、四重極イオンガイドの内部に軸方向に電位勾配を形成するための装置構成が開示されている。
【0009】
【特許文献1】米国特許第5,117,107号
【特許文献2】米国特許第6,020,586号
【特許文献3】米国特許第6,507,019号
【特許文献4】米国特許出願公開第2004/0026612号
【特許文献5】米国特許第6,111,250号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来技術の特許文献1に開示された直交加速式の飛行時間型質量分析計においては、イオンの利用率は、質量対電荷比の平方根に依存し、典型的な装置構成では1000amuにおいて20%程度である。
【0011】
また、特許文献2に開示された直交加速式の飛行時間型質量分析計においては、イオンガイドの出口端に電極を配置してその電圧を切り替えることにより、イオンガイドからイオンをパルス排出し、排出されたイオンパルスが直交加速部に到達した時点で加速電圧パルスを印加して飛行時間測定する。その結果、特定の質量範囲のイオンについては、その質量に拠らず100%に近いイオン利用率を実現できると見込まれる。しかし、単位時間あたりにイオンガイドに流入するイオン量とイオンガイドから排出されるイオン量とは必ずしも一致しない。そのため、イオンガイドが飽和するか、あるいは検出系が飽和する。その結果、いずれの場合においても検出感度を損失する。検出系が飽和する場合には、質量スペクトルの質量精度が低下する。特許文献5に開示されたイオンガイドを用いると、イオンガイド内部のイオンの流速を変えられるが、単位時間あたりにイオンガイドに流入するイオン量とイオンガイドから排出されるイオン量とを一致させる具体的方法は開示されていない。
【0012】
また、特許文献3に記載された質量分析装置では、リニアイオントラップにイオンを蓄積した後、蓄積されたイオンの排出動作と保持動作とを繰り返し、1回の排出動作ごとに1回の飛行時間測定が行われる。排出動作を繰り返す間は、リニアイオントラップへのイオンの流入は停止される。そのため、排出されるイオン量を制御しやすい利点がある。この方法では、イオントラップの出口付近のイオンがパルス排出されるが、保持動作中にはイオンの熱運動によってイオンの空間分布が均一化する。したがって、イオントラップに蓄積された全イオンの排出を完了するためには、膨大な時間を要する。これにより、質量分析装置全体のイオンの利用率(Duty Cycle)が制約される。
【0013】
そこで、本発明の目的は、リニアイオントラップからイオンを一部ずつパルス排出して飛行時間測定を行う質量分析装置において、リニアイオントラップに蓄積された全イオンの排出に要する時間を短縮し、高感度な質量分析技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、本発明の質量分析装置では、リニアイオントラップを1つのイオンガイド(例えば、四重極ロッド)とその両端に配置したレンズ電極とで構成する。イオントラップにイオンを注入した後、2枚のレンズ電極の電位をイオンガイドの電位より高い値(保持電位)に設定することにより、イオントラップ内部にイオンが保持される。イオンを排出する場合には、出口側レンズ電極の電位をイオンガイドの電位よりも低い値(排出電位)に設定する。排出電位(排出動作)と保持電位(保持動作)とを交互に繰り返すことにより、イオンガイドに注入されたイオンを一部ずつパルス排出する。排出されたイオンパルスが飛行時間型質量分析計の加速部に到達する毎に、加速パルスを印加して飛行時間を測定する。
【0015】
このとき、前述したように、イオンを保持している期間にイオンガイド内部のイオン分布が均一化するために、排出動作と保持動作を繰り返す間にイオンパルスのイオン量は次第に減少する。また、イオンガイドに注入された全イオンの排出を完了するためには、無限の時間を要する。
【0016】
本発明では、イオンガイドにイオンを注入した後、イオン排出とイオン保持とを繰り返し行う間において、イオン保持期間における入口側レンズ電極とイオンガイドとの電位差が上昇する方向に各電極の電位を走査する。入口側レンズ電極とイオンガイドとの電位差が増すと、イオンガイド内部への電場の回り込みが大きくなるため、イオンガイド内部のポテンシャル井戸の底辺部の長さが縮小する。その結果、イオンガイド内部でのイオンの空間分布が狭くなり、イオン密度が上昇する。排出されるイオンパルスのイオン量が排出毎にほぼ均一となるように入口側レンズ電極とイオンガイドとの電位差を走査する。これにより、リニアイオントラップに蓄積された全イオンの排出に要する時間を短縮することが可能となる。
【0017】
従来法の場合には、イオントラップに注入された全イオンの排出を完了するには無限の時間を要する。そこで、現実にはある時点で残存するイオンを排除し、次回のイオン注入動作を開始する。このとき、イオントラップに注入された全イオンのうち、残存するイオンを排除する時点までに排出されたイオンの比率をrとすると、イオン利用率Dは、次式で与えられる。
【0018】
D=r×Tin/(Tin+Tej) (1)
ここで、Tinはイオントラップへのイオン注入時間、Tejはイオンの注入を開始してから次回のイオン注入を開始するまでの間の時間であり、その間にイオンの排出が行われる。イオン注入時間Tinは、イオントラップの容量とイオントラップに流入するイオン量によって決まる。イオン流量は試料に依存するため、任意に設定できない。従って、イオン注入時間Tinを長くするにはイオントラップの容量を大きくする必要がある。リニアイオントラップの容量は、イオントラップの長さに依存し、長さを伸ばすほど容量が増す。しかし、イオントラップの長さを伸ばすほど排出時間Tejが長くなるため、Dはあまり向上しない。
【0019】
本発明は、Tejを短縮し、かつrを最大値である1に近づけることにより、従来法に比べてイオン利用率Dが向上し、結果的に検出感度を向上せしめる効果を有する。本発明のイオン利用率と従来法のイオン利用率との比εDは、実験条件により異なる。例えば、イオン注入時間Tinを10ms、イオン排出動作の繰り返し周期を0.1ms、各排出動作における排出率(イオントラップに残存したイオンのうち1回の排出動作で排出されるイオン数の割合)を1%とする。このとき、従来法ではr=0.6−0.7の場合にイオン利用率が最大値(34%)となる。一方、本発明のイオン利用率は50%である。従って、本発明のイオン利用率と従来法のイオン利用率との比εDは1.5となる。すなわち、従来のパルス排出方式に比べて1.5倍に高感度化することがわかる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、リニアイオントラップからイオンを一部ずつパルス排出して飛行時間測定を行う質量分析装置において、リニアイオントラップに蓄積された全イオンの排出に要する時間を短縮し、高感度な質量分析技術を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施例について、図面を参照して詳述する。
【0022】
以下の説明は、全て正イオンを分析する場合に関するものである。負イオンの分析は、以下の説明における電位の極性を全て反転させることにより実現される。
【0023】
(実施例1)
図1に、本発明の質量分析装置の構成例を示す。試料溶液は、直接、あるいは液体クロマトグラフやキャピラリー電気泳動装置などの分離装置を介した後、イオン源に一定の流量で導入される。
【0024】
図1の(a)に示すように、イオン源101で生成された試料イオンは、サンプリングオリフィスを通って真空槽内に入る。排気手段102、103により排気された真空槽内において、イオンはイオンガイド5を通過してリニアイオントラップに入射する。リニアイオントラップは、四重極イオンガイド2とその両端に配置された入口側レンズ電極1と出口側レンズ電極3とで構成される。四重極イオンガイド2は4本の平行ロッドで構成され、各ロッドは1個の円周上に等間隔に配置される。4本のロッドには、同一の直流電圧(バイアス電圧)が印加される。4本のロッドのうち対向するいずれか1組のロッドには、同一の交流電圧(RF電圧)が直流電圧に加算されて印加される。リニアイオントラップ内部空間には、ガス供給手段105によりヘリウムや窒素などの不活性ガスが導入される。イオントラップに入射したイオンは、ガスとの衝突により運動エネルギーを失いながらイオンガイドの中心軸付近に収束する。レンズ電極の電圧は、四重極イオンガイド2のバイアス電圧よりも数V程度高い電位(捕捉電位)に設定される。これにより、イオンガイドの軸方向にポテンシャル井戸が形成され、その結果、イオンはイオントラップ内部に捕捉される。
【0025】
ゲート電極6は、イオン源101とイオントラップとの中間部に配置される。一定時間イオントラップにイオンを蓄積した後に、ゲート電極6の電圧を切替えることによってイオントラップへのイオンの流入が停止される。イオントラップへのイオンの流入を停止した後、イオントラップに捕捉されたイオンの質量分析を行う。あるいは、イオントラップに捕捉されたイオンのうち特定のイオンのみを選択して解離した後に、生成されるフラグメントイオンの質量分析が行われる。
【0026】
イオンの選択と解離は、次のようにして行われる。四重極イオンガイド2の4本のロッドのうち、対向するいずれか1組のロッドに交流電圧(補助交流電圧)を印加すると、その周波数に対応した質量対電荷比を有するイオンを径方向に振動させることが可能である。補助交流電圧の振幅をある程度以上に設定すると、その周波数に対応する質量対電荷比のイオンはイオントラップから排除される。排除したい質量範囲に対応する周波数領域の補助交流電圧を印加することにより、特定の質量対電荷比のイオンのみを選択してイオントラップ内部に残すことができる。次に、選択したイオンの質量対電荷比に対応する周波数の補助交流電圧を印加し、イオントラップ内部で空間的に振動させる。イオンはガスとの衝突により解離し、フラグメントイオンが生成される。フラグメントイオンは、そのままイオントラップ内部に捕捉される。
【0027】
イオントラップに捕捉されたイオンの質量分析は、排気手段104により排気された飛行時間型質量分析部において行われる。イオントラップの出口側レンズ電極3の電圧V3を四重極イオンガイド2のバイアス電圧(5V程度)V5よりも低い排出電位(通常0V)に切替えると、イオントラップ出口付近に存在するイオンから徐々に排出される。排出されたイオンは収束レンズ系7を通り、飛行時間型質量分析部の直交加速部4に入射する。直交加速部4に加速電圧パルスを印加することにより、直交加速部内部に存在するイオンを加速して検出器8までの飛行時間を測定する。飛行時間がイオンの質量対電荷比に依存するため、質量スペクトルが取得される。検出器8からの信号は、ADC/TDC(Analog-to-Digital Converter/Time-to-Digital Converter)106にてサンプリングされ、メモリ手段107に保存される。なお、制御装置100は、各電極の電源11〜16、ADC/TDC106を制御する。
【0028】
イオントラップからイオンを排出する方式として、2種類の方式を選択できる。ひとつは連続排出方式である。連続排出方式では、イオントラップに捕捉されたイオンの排出がほぼ終了するまでの間、イオントラップの出口側レンズ電極3は排出電位に維持される。イオントラップ2の出口側レンズ電極3を捕捉電位に戻した後、次回のイオン蓄積を開始するまでの間に、約1msの間イオン捕捉用のRF電圧の印加を停止する。これにより、イオントラップ2にわずかに残存したイオンはイオントラップ2から排除される。連続排出方式では、イオンは連続流として直交加速部4に導入される。直交加速部4では、一定の周期で加速電圧パルスを印加してイオン流の一部ずつを切り取って質量分析する。このとき、加速電圧パルスの合間に直交加速部4を通り抜けてしまうイオンは分析に利用することができない。イオントラップから排出されるイオンの運動エネルギーは一定であるため、イオンの速度は質量対電荷比の小さいものほど速い。従って、質量対電荷比の小さいイオンほどイオンの利用率(Duty Cycle)が低い。イオン利用率は、質量対電荷比の平方根に比例する。飛行距離が2m、直交加速部の長さが40mm程度の典型的な飛行時間型質量分析部の場合、イオン利用率は、1000amuの質量対電荷比において約20%である。
【0029】
もう一つの方式は、パルス排出方式である。パルス排出方式では、イオントラップに捕捉したイオンの排出が終了するまでの間、出口側レンズ電極3を排出動作をさせるための排出電位と保持動作をさせるための保持電位とに交互に切替える。これにより、イオントラップに捕捉されたイオンは、少量ずつパルス状に排出される。排出されたイオンが直交加速部4に到達した時点で加速電圧パルスが印加される。排出電位を印加する時間幅は、排出されたイオンパルスの幅が直交加速部4の実効長よりも短くなるように設定される。これにより、排出されたイオンを全て質量分析に利用することが可能である。すなわち、100%のイオン利用率が実現される。前述したように、飛行距離が2m、直交加速部の長さが40mm程度の典型的な飛行時間型質量分析部の場合、1000amuの質量対電荷比におけるイオン利用率は、連続排出方式の5倍に向上する。排出されたイオンが直交加速部4に到達するまでの飛行時間はイオンの質量対電荷比に依存する。そのため、連続排出方式に比べて、1度の飛行時間測定により分析可能な質量範囲が狭いという制約がある。しかし、分析したい質量範囲が狭い場合や特定の分子あるいはフラグメントの検出を目的とする場合に有効である。
【0030】
本発明では、イオントラップに捕捉したイオンをパルス排出する過程において、入口側レンズ電極1の電位を徐々に上昇させる。図1の(b)に、各電極に印加する直流電位のシーケンスの第1の例を示す。イオンガイド5の電圧V5と四重極イオンガイド2の電圧V2は一定であり、それぞれ30V程度と6V程度である。ゲート電極6の電圧V6を電圧601(50V程度)から電圧602(15V程度)に切替えてイオントラップへのイオンの蓄積を開始する。このとき、入口側レンズ電極1の電圧V1は電圧111(12V)程度である。また、出口側レンズ電極3の電圧V3は電圧301(12V程度)である。一定のイオン蓄積時間T1の後、ゲート電極6の電圧V6を電圧601に切替えてイオントラップへのイオンの導入を停止する。
【0031】
次に、時間T2の間、必要に応じてイオンの選択と解離を行う。その後、時間T3の間にイオンのパルス排出を行う。出口側レンズ電極3の電圧V3を時間T4の間だけ電圧302に設定してパルス排出する。これを一定の時間間隔T5で複数回繰り返す。繰り返しの回数は装置構成に依存し、10から1000回程度であるが、簡略化のために、図には4回の場合を例示した。パルス排出動作毎に入口側レンズ電極1の電圧V1を電圧112、電圧113、電圧114へと上昇させる。最後(4回目)のパルス排出後に、入口側レンズ電極1の電圧V1を電圧111に戻して1サイクルが完了する。
【0032】
図2は、パルス排出方式における排出イオン量の時間依存性の計算例である。従来のパルス排出方式では、排出動作を繰り返す毎にイオントラップ内部のイオン量が低下する一方で、イオントラップ内部のポテンシャル井戸の形状は変化しないためにイオンの占有空間は一定である。そのため、排出動作を繰り返す毎にイオントラップ内部のイオン密度が低下する。排出されるイオンパルスの幅は一定であるため、排出動作を繰り返す毎に、排出されるイオン量が低下する。そのため、イオントラップに蓄積された全てのイオンを排出するためには、理論上は無限の時間を要する。現実には、ある程度の回数だけ排出動作を繰り返した後に、捕捉用のRF電圧の振幅を0V程度まで下げてイオントラップ内部に残存するイオンを排除し、次のイオン蓄積動作を開始する。本発明のパルス排出方式では、パルス排出動作の毎に入口側レンズ電極の電位を上昇させることにより、イオントラップ内部のポテンシャル井戸の底辺を徐々に短縮する。ポテンシャル井戸の底辺が短縮することによりイオントラップ内部のイオン密度が上昇するため、1回の排出動作あたりの排出イオン量が増加する。その結果、従来方式よりも短時間に全イオンの排出が完了し、装置全体のDuty Cycleが向上する。
【0033】
図2の例では、従来のパルス排出方式の場合には、各排出動作における排出率(イオントラップに残存したイオンのうち1回の排出動作で排出されるイオン数の割合)は1%であるとした。これに対して、本発明のパルス排出方式では、1回の排出あたりのイオン量は初回の排出量と同一であるとした。イオン利用率は、先述の式(1)で計算される。
【0034】
イオン注入時間Tinが10ms、イオン排出動作の繰り返し周期が0.1msである典型的な測定条件においては、従来のパルス排出方式ではr=0.6−0.7の場合にイオン利用率が最大(34%)となる。一方、本発明の場合には、rは1であるため、イオン利用率は50%である。従って、本発明のイオン利用率と従来方式のイオン利用率との比εDは1.5である。すなわち、本発明のパルス排出方式を用いると、従来のパルス排出方式に比べて1.5倍に高感度化する。
【0035】
図3は、本発明のパルス排出方式において各電極に印加する直流電位のシーケンスの第2の例を示す。この例では、まず、従来のパルス排出方式によって質量スペクトルを取得する。この質量スペクトルのピーク強度からイオントラップに蓄積されたイオン量を算出する。算出されたイオン量に基づいて、本発明のパルス排出方式における出口側レンズ電極3の電圧値V3を最適化する。次に、本発明のパルス排出方式を実行する。
【0036】
イオンガイドの電圧と四重極イオンガイドの電圧は図示していない。これらは一定であり、それぞれ30V程度と6V程度である。ゲート電極6の電圧V6を電圧601(50V程度)から電圧602(15V程度)に切替えてイオントラップへのイオンの蓄積を開始する。このとき、入口側レンズ電極1の電圧V1は電圧111(12V)程度である。また、出口側レンズ電極3の電圧V3は電圧301(12V程度)である。一定のイオン蓄積時間T1の後、ゲート電極6の電圧V6を電圧601に切替えてイオントラップへのイオンの導入を停止する。
【0037】
次に、時間T2の間、必要に応じてイオンの選択と解離を行う。その後、時間T6の間に、従来のパルス排出方式によるイオンのパルス排出を行う。従って、この間では、入口側レンズ電極1の電圧V1は電圧101に維持される。イオンのパルス排出は、出口側レンズ電極3の電圧V3を時間T4の間だけ電圧302に設定することにより実現される。イオンのパルス排出を一定の時間間隔T5で複数回(n回)繰り返す。こうして得られるn回の質量スペクトルは全て加算され、1つの質量スペクトルが生成される。この質量スペクトルから検出器に到達したイオン量が算出される。イオントラップに蓄積された全イオン量のうちn回のパルス排出によって排出される全イオン量の割合は、予備実験により算出される。この割合と質量スペクトルから算出されるイオン量から、イオントラップに蓄積されたイオン量が算出される。
【0038】
こうして得られたイオン量に基づき、各回のパルス排出によって検器に到達するイオン量が一定かつ検出器の飽和値に達しない範囲で最大となるように、各回のパルス排出毎の入口側レンズ電極の電圧値を決定する。この例では、初回のパルス排出の前に入口側レンズ電圧1の電圧V1を電圧111から電圧112に切替える。その後、パルス排出動作毎に入口側レンズ電極1の電圧V1を電圧113、電圧114、電圧115へと上昇させる。最後(4回目)のパルス排出後に、入口側レンズ電極1の電圧V1を電圧111に戻して1サイクルが完了する。図では簡略化のために、排出動作の繰り返し回数を4回としたが、実際には10から1000回程度である。通常はこのサイクルが0.1から1秒程度の間、あるいは10から100回程度繰り返される。この間の質量スペクトルは全て加算されて1つの質量スペクトルが生成され、記録媒体に保存される。
【0039】
図4は、図3のシーケンスの効果を説明する図である。この図は、分析対象とするイオン種が比較的少量であり、従来のパルス排出方式において排出イオン量が最大となる初回の排出動作においても検出器に到達するイオン量が検出系の飽和値を大きく下回る場合を示している。本発明の図1(b)に示す第1のパルス排出シーケンスを用いると、パルス排出毎の排出イオン量は一定であるが、従来のパルス排出方式における初回のパルス排出時の排出イオン量と同程度である。これに対して、本発明の図3に示す第2のパルス排出シーケンスを適用すれば、パルス排出毎の排出イオン量を増加させることができる。その結果、イオントラップに蓄積された全イオンの排出に要する時間をさらに短縮できる。その効果は、イオン量と検出系の飽和値に依存する。例えば、イオントラップに蓄積されたイオン量が1000個であり、検出系の飽和レベルが200個程度の場合(8ビットADCを使用する場合)を想定する。イオン注入時間Tinが10ms、イオン排出動作の繰り返し周期が0.1msである典型的な測定条件においては、従来のパルス排出方式ではr=0.6−0.7の場合にイオン利用率が最大(約34%)となる。一方、本発明の図4に示すパルス排出シーケンスの場合には、rが20であるためイオン利用率は95%である。従って、本発明のイオン利用率と従来方式のイオン利用率との比εDは、2.8である。すなわち、従来のパルス排出方式に比べて2.8倍に高感度化する。
【0040】
図3のパルス排出シーケンスを適用する場合において、分析対象とするイオンが複数存在する場合や分析可能な質量範囲内の全イオンを分析したい場合がある。そのような場合には、従来のパルス排出方式により取得される質量スペクトルの中で最大強度のイオンを選択し、質量スペクトルからそのイオン量を算出する。こうして得られたイオン量に基づき、各回のパルス排出によって検器に到達する選択されたイオンのイオン量が一定かつ検出器の飽和値に達しない範囲で最大となるように、各回のパルス排出毎の入口側レンズ電極の電圧値を決定する。
【0041】
図5は、分析対象とするイオンが複数存在する場合や分析可能な質量範囲内の全イオンを分析したい場合における、図3のシーケンスの効果を説明する図である。この図では、イオンaおよびイオンbの2種類のイオン種が観測される場合が示されている。また、従来の排出方式において初回のパルス排出により検出されるイオン量は、イオンaおよびイオンbのいずれも検出系の飽和値よりも少ない場合について示されている。本発明のパルス排出方式において、イオンaとイオンbのうちイオン量の多いイオンaの排出イオン量が検出器の飽和を生じない限りにおいて最大となるようにパルス排出時の入口側レンズ電極の電圧値が決定される。
【0042】
これにより、イオンaおよびイオンbのいずれのイオンについても検出系が飽和しない範囲においてイオン利用率が最大化される。この場合のイオン利用率の向上率は、イオン量の多いイオンaのイオン量と検出系の飽和値に依存する。例えば、イオントラップに蓄積されたイオンaのイオン量が1000個であり、検出系の飽和レベルが200個程度の場合(8ビットADCを使用する場合)を想定する。イオン注入時間Tinが10ms、イオン排出動作の繰り返し周期が0.1msである典型的な測定条件において、従来のパルス排出方式ではr=0.6−0.7の場合にイオン利用率が最大(約34%)となる。一方、本発明の図3のパルス排出シーケンスの場合には、rが20であるためイオン利用率は95%である。従って、本発明のイオン利用率と従来方式のイオン利用率との比εDは2.8である。すなわち、従来のパルス排出方式に比べて2.8倍に高感度化する。イオンbのイオン利用率はイオンaと同じであり、従って感度向上率もイオンaと同じである。
【0043】
図6は、本実施例の質量分析装置のイオントラップ部の第2の構成例を示す。イオントラップは、四重極イオンガイド2とその両端に配置された入口側レンズ電極1と出口側レンズ電極31とで構成される。四重極イオンガイド2は、同軸上に直列に配置された複数の四重極イオンガイド31〜37で構成される。各四重極イオンガイドには、電源17および電源18のうちいずれか一方からイオン捕捉用のRF電圧とバイアス電圧が供給される。電源17と電源18との切替えは、それぞれスイッチを切替えることにより実現される。電源17および電源18から供給されるRF電圧の周波数、振幅および位相はそれぞれ同一である。電源18から供給されるバイアス電圧V18(例えば、12V)は、電源17から供給されるバイアス電圧V17(例えば、6V)よりも高い。
【0044】
イオントラップにイオンを蓄積する間は、四重極イオンガイド31〜37には電源17から電圧が供給される。このとき、入口側レンズ電極1の電圧V1と出口側レンズ電極3の電圧V2は、電源17から供給されるバイアス電圧V17よりも数V高い。図7(b)に、イオントラップからイオンをパルス排出する過程におけるイオントラップ各部の電位の変化を示した。四重極イオンガイド31〜37のバイアス電圧は、入口側に近い四重極イオンガイドから順に電圧V17から電圧V18に切替えられる。イオンのパルス排出は、一定の周期で出口側レンズ電極3の電圧を電圧Vtと電圧Vrとに交互に切替えることにより行われる。これにより、イオントラップからイオンをパルス排出する間、イオントラップ内部のイオン密度がほぼ一定となるようにイオントラップ内部のポテンシャル井戸の底辺を徐々に短縮することが可能である。この構成のイオントラップを用いる利点は、図1の構成のイオントラップに比べて低い電圧値でポテンシャル井戸の底辺の長さを制御できることである。
【0045】
図7は、図6の構成のイオントラップと同様の効果を実現するための別の構成のイオントラップを示し、図7の右側の図は、A−A断面図を示す。このイオントラップは、四重極イオンガイド2とその両端に配置された入口側レンズ電極1と出口側レンズ電極3、およびバイアス電極41〜47とで構成される。バイアス電極41〜47はそれぞれ、四重極イオンガイドを構成する4本のロッドの隣接する2本のロッド間に配置された4個の電極で構成される。各バイアス電極には電源17および電源18のうちいずれか一方からバイアス電圧が供給される。電源17と電源18との切替えは、それぞれスイッチを切替えることにより実現される。電源18から供給されるバイアス電圧V18(例えば、12V)は電源17から供給されるバイアス電圧V17(例えば、6V)よりも高い。
【0046】
イオントラップにイオンを蓄積する間は、バイアス電極41〜47には電源17から電圧が供給される。このとき、入口側レンズ電極1の電圧V1と出口側レンズ電極3の電圧V3は、電源17から供給されるバイアス電圧V17よりも数V高い。イオントラップからイオンをパルス排出する過程において、バイアス電極41〜47のバイアス電圧は、入口側に近いバイアス電極から順に電圧V17から電圧V18に切替えられる。イオンのパルス排出は、一定の周期で出口側レンズ電極の電圧を電圧Vtと電圧Vrとに交互に切替えることにより行われる。これにより、イオントラップからイオンをパルス排出する間、イオントラップ内部のイオン密度がほぼ一定となるようにイオントラップ内部のポテンシャル井戸の底辺を徐々に短縮することが可能である。
【0047】
(実施例2)
図8に、本発明を利用する別構成の質量分析装置を示す。試料溶液は、直接、あるいは液体クロマトグラフやキャピラリー電気泳動装置などの分離装置を介した後、イオン源に一定の流量で導入される。
【0048】
イオン源101で生成された試料イオンは、サンプリングオリフィスを通って真空槽内に入る。排気手段102、103により排気された真空槽内において、イオンは三次元イオントラップ9に入射する。三次元イオントラップ9は、リング電極とその両側に配置されたエンドキャップ電極とで構成される。リング電極には交流電圧(RF電圧)が直流電圧に加算されて印加される。エンドキャップ電極には直流電圧が印加される。三次元イオントラップの内部空間には、ガス供給手段105によりヘリウムや窒素などの不活性ガスが導入される。三次元イオントラップ9に入射したイオンは、ガスとの衝突により運動エネルギーを失いながらイオントラップの中心部付近に収束する。
【0049】
ゲート電極6は、イオン源101と三次元イオントラップ9との中間部に配置される。一定時間、三次元イオントラップ9にイオンを蓄積した後に、ゲート電極6の電圧を切替えることによって三次元イオントラップ9へのイオンの流入が停止される。三次元イオントラップ9へのイオンの流入を停止した後、必要に応じて、三次元イオントラップ9に捕捉されたイオンのうち特定のイオンのみを選択して解離する。
【0050】
イオンの選択と解離は、次のようにして行われる。2個のエンドキャップ電極間に交流電圧(補助交流電圧)を印加すると、その周波数に対応した質量対電荷比を有するイオンを三次元イオントラップの中心軸方向に振動させることが可能である。補助交流電圧の振幅をある程度以上に設定すると、その周波数に対応する質量対電荷比のイオンは三次元イオントラップから排除される。排除したい質量範囲に対応する周波数領域の補助交流電圧を印加することにより、特定の質量対電荷比のイオンのみを選択してイオントラップ内部に残すことができる。次に、選択したイオンの質量対電荷比に対応する周波数の補助交流電圧を印加し、イオントラップ内部で空間的に振動させる。イオンはガスとの衝突により解離し、フラグメントイオンが生成される。フラグメントイオンはそのままイオントラップ内部に捕捉される。
【0051】
三次元イオントラップ9に捕捉されたイオンは、次のようにしてリニアイオントラップに移送される。リング電極へのRF電圧の印加を停止すると同時かあるいはその直後にエンドキャップ電極およびリング電極の直流電圧を変化させて三次元イオントラップ内部に加速電場を形成する。これにより三次元イオントラップに捕捉されたイオンを一斉に排出してリニアイオントラップに導入する。
【0052】
リニアイオントラップは、四重極イオンガイド2とその両端に配置された入口側レンズ電極1と出口側レンズ電極3とで構成される。4本のロッドには同一の直流電圧(バイアス電圧)が印加される。4本のロッドのうち対向するいずれか1組のロッドには、同一の交流電圧(RF電圧)が直流電圧に加算されて印加される。イオントラップ内部空間にはヘリウムや窒素などの不活性ガスが導入される。イオントラップに入射したイオンは、ガスとの衝突により運動エネルギーを失いながらイオンガイドの中心軸付近に収束する。レンズ電極の電圧は、四重極イオンガイドのバイアス電圧よりも数V程度高い電位(捕捉電位)に設定される。これにより、イオンガイドの軸方向にポテンシャル井戸が形成され、その結果、イオンはイオントラップ内部に捕捉される。
【0053】
四重極イオンガイド2を構成する4本のロッド間の距離は、入口側ほど大きく、出口側ほど短い。四重極イオンガイドの役割の一つは、捕捉されたイオンをイオンガイドの中心軸付近に収束させることである。収束性が高いほど飛行時間型質量分析部における質量分解能が向上する。すなわち、出口側のロッド間距離は、飛行時間型質量分析部の質量分解能に影響するため、自由度が少ない。入口側のロッド間距離は、出口側のロッド間距離に比べて自由度が高い。従って、入口側のロッド間距離を出口側のロッド間距離よりも大きくすることが可能である。レンズ電極と四重極イオンガイド間の電場がイオンガイド内部に侵入する深さは、四重極イオンガイドを構成する4本のロッド間距離が大きいほど深い。従って、本構成のイオントラップを用いると、平行ロッドを用いるイオントラップに比べて、より低い電圧でポテンシャル井戸の底辺の長さを制御できる。
【0054】
リニアイオントラップに捕捉されたイオンをパルス排出して質量分析する場合のイオントラップおよび飛行時間型質量分析部の動作方法は、図1の構成におけるリニアイオントラップおよび飛行時間型質量分析部の動作方法と同じである。
【0055】
三次元イオントラップに捕捉されたイオンの質量範囲が、リニアイオントラップ−飛行時間型質量分析部の質量窓(分析許容範囲)を越える場合、一部の質量範囲のイオンのみしか分析できない。あるいは、複数回のパルス排出を行う間に、リニアイオントラップからイオンをパルス排出してから直交加速部に加速電圧パルスを印加するまでの遅延時間を変化させることにより、分析可能な質量範囲を拡大できるが、イオン利用率が犠牲となる。
【0056】
図9は、この問題を解決するための本実施例の質量分析装置の動作方法の一例を示す。分析したい質量範囲がリニアイオントラップ-飛行時間型質量分析部の質量窓を越える場合、分析したい質量範囲を複数に分割する。このとき、分割された複数の質量範囲がそれぞれリニアイオントラップ-飛行時間型質量分析部の質量窓を超えないように分割する。
【0057】
図9は、第一の質量範囲と第二の質量範囲の2つの質量範囲に分割した場合を示す。三次元イオントラップに捕捉されたイオンのうち、第一の質量範囲のイオンのみを三次元イオントラップから排出してリニアイオントラップに移送し、リニアイオントラップの内部に捕捉する。次に、本発明のパルス排出方法を用いて、リニアイオントラップに補足されたイオンをパルス排出して質量分析する。その後、第二の質量範囲のイオンのみを三次元イオントラップから排出してリニアイオントラップに移送して捕捉し、本発明のパルス排出方式を用いて、リニアイオントラップに補足されたイオンをパルス排出して質量分析する。
【0058】
分析対象とするイオンが複数存在し、それらがリニアイオントラップ−飛行時間型質量分析部の質量窓を超える範囲に分布している場合がある。この場合には第一のイオンを三次元イオントラップからリニアイオントラップに移送して質量分析した後に、第二のイオンを三次元イオントラップからリニアイオントラップに移送して質量分析するという手順を繰り返す。
【0059】
三次元イオントラップに捕捉されたイオンのうち、一部の質量範囲のイオンのみを排出することは、公知の技術(参照文献:例えば、米国特許出願公開第2003/0222214号)を応用して、次のようにして実現される。エンドキャップ電極とリング電極にそれぞれ適当な直流電圧を印加して三次元イオントラップ内部にイオンの入口側から出口側に向かって降下する電場を形成する。このとき、質量対電荷比の大きいイオンほど出口側に偏移する。次に、リング電極に供給されるRF電圧の振幅を徐々に下げることにより、イオンの偏移はさらに大きくなり、質量対電荷比の大きいイオンから順に排出される。RF電圧の振幅をある値まで下げた後にその値に固定すると、残存するイオンはイオントラップ内部に捕捉され続ける。排出されたイオンの質量分析が完了した後に、RF電圧の振幅をある値までさらに下げることにより、残存したイオンの質量範囲のうち一部のみが排出される。
【0060】
三次元イオントラップへのイオン蓄積時間が10ms、イオンの選択と解離に要する時間が10ms、質量範囲の分割数または分析対象とするイオンの種類が5、1つの質量範囲または1種類のイオンを三次元イオントラップからリニアイオントラップへイオンを移送し、移送されたイオンの質量分析が完了するまでの時間が10msの場合におけるイオン利用率は、
10ms/(10ms+10ms+10ms×5)×100=14%
である。
【0061】
これに対して、本発明による方法を用いない場合、すなわち三次元イオントラップから全イオンをリニアイオントラップに移送して質量分析する操作を5回繰り返す場合のイオン利用率は、
10ms/((10ms+10ms+10ms)×5)×100=6.7%
である。従って、本発明による方法を用いることにより、イオン利用率が約2倍に向上する。
【0062】
以上詳述したように、本発明によれば、リニアイオントラップからイオンを一部ずつパルス排出して飛行時間測定を行う質量分析装置において、リニアイオントラップに蓄積された全イオンの排出に要する時間を短縮し、高感度な質量分析技術を実現できる。特に、タンパクなどの構造解析に利用される質量分析装置に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の第1の実施例になる質量分析装置の構成を説明する図。
【図2】リニアイオントラップからパルス排出されるイオン量の時間依存性を説明する図。
【図3】リニアイオントラップのパルス排出方式の動作シーケンスの第2の例を説明する図。
【図4】図3のパルス排出方式によりパルス排出されるイオン量の時間依存性を説明する概念図。
【図5】複数のイオン種を分析対象とする場合において図3のパルス排出方式によりパルス排出されるイオン量の時間依存性を説明する概念図。
【図6】本発明の質量分析計に適用可能なリニアイオントラップの構成例を説明する図。
【図7】本発明の質量分析計に適用可能なリニアイオントラップの別の構成例を説明する図。
【図8】本発明の第2の実施例になる質量分析装置の構成を説明する図。
【図9】本発明の第2の実施例になる質量分析装置の動作方法の一例を説明する図。
【符号の説明】
【0064】
1…入口側レンズ電極、2…四重極イオンガイド、3…出口側レンズ電極、4…直交加速部、5…イオンガイド、6…ゲート電極、7…収束レンズ系、8…検出器、9…三次元イオントラップ、11〜20…電源、31〜37…イオンガイド、41〜47…電極、100…制御装置、101、102、104…排気手段、105…ガス供給手段、106…ADC/TDC、107…メモリ手段、111〜115、301、302、601、602…電圧。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源と、複数の電極よりなるイオンガイドとその両端に配置した入口側、出口側レンズ電極とで構成されるリニアイオントラップと、飛行時間型質量分析部と、前記イオン源で生成されたイオンを前記リニアイオントラップに蓄積した後、蓄積されたイオンを一部ずつ繰り返しパルス排出せしめ、パルス排出されたイオンを前記飛行時間型質量分析部に導入して質量分析するための制御装置とを有し、前記制御装置は、前記リニアイオントラップに蓄積されたイオンの排出動作と保持動作を繰り返す間、前記リニアイオントラップ内部の軸方向のポテンシャル井戸の底辺部が徐々に短縮されるように、前記リニアイオントラップを構成する電極の電圧を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御装置は、前記リニアイオントラップに蓄積されたイオンの排出動作と保持動作を繰り返す間、各回のパルス排出動作によって排出されるイオン量がほぼ一定値となるように、前記リニアイオントラップを構成する電極の電圧を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置において、前記一定値が予め設定された設定値に一致するように前記リニアイオントラップを構成する電極の電圧を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の質量分析装置において、前記制御装置は、前記リニアイオントラップに蓄積されたイオンの一部または全部を質量分析し、得られる質量スペクトルから前記リニアイオントラップに蓄積されたイオン量を算出して、算出されたイオン量に基づき前記リニアイオントラップを構成する電極の電圧を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御装置は、前記リニアイオントラップに蓄積されたイオンの排出動作と保持動作を繰り返す間、イオンの保持期間における前記入口側レンズ電極と前記イオンガイドとの電位差が拡大する方向に、前記入口側レンズ電極と前記イオンガイドとの電位差を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記制御装置は、前記リニアイオントラップに蓄積されたイオンの排出動作と保持動作を繰り返す間、その繰り返し周期に同期して、イオンの保持期間における前記入口側レンズ電極と前記イオンガイドとの電位差が拡大する方向に、前記入口側レンズ電極と前記イオンガイドとの電位差を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオン源と前記リニアイオントラップとの中間部に別のイオントラップを備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項7に記載の質量分析装置において、前記別のイオントラップは、リング電極とその両端に配置したエンドキャップ電極とで構成される三次元イオントラップであり、前記制御装置は、前記三次元イオントラップにイオンを蓄積した後、前記三次元イオントラップから一部のイオンのみを排出して前記リニアイオントラップに蓄積することを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項7に記載の質量分析装置において、前記別のイオントラップは、リング電極とその両端に配置したエンドキャップ電極とで構成される三次元イオントラップであり、前記制御装置は、前記三次元イオントラップにイオンを蓄積した後、前記三次元イオントラップから第一の質量範囲のイオンのみを排出して前記リニアイオントラップに蓄積し、蓄積されたイオンを質量分析した後、前記三次元イオントラップから第二の質量範囲のイオンを排出して前記リニアイオントラップに蓄積し、蓄積されたイオンを質量分析することを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
請求項9に記載の質量分析装置において、前記第一の質量範囲と前記第二の質量範囲が隣接するか、または一部分が重なることを特徴とする質量分析装置
【請求項11】
請求項7に記載の質量分析装置であって、前記リニアイオントラップを構成するイオンガイドの内部空間は、出口端よりも入口端のほうが広いことを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−73390(P2006−73390A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−256455(P2004−256455)
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】