説明

赤外吸収スペクトル分析用サンプル並びにその作成方法及び作成装置

【課題】 微小サンプルを赤外吸収スペクトル分析する際に赤外吸収ピークを鮮明に得ることが可能で紛失のおそれの少ない赤外吸収スペクトル分析用サンプルを提供する。
【解決手段】 分析対象物を含む試料1を、赤外吸収スペクトル分析に使用される波長範囲において邪魔になる吸収ピークを持たない窓材2の表面に形成された0.8μm以上の深さの凹部5内に配置する(a)。窓材2より表面エネルギーの低い材料で構成されている下層部7からなる押圧面を持つ押圧部材6の押圧面を窓材2の表面に圧接することにより試料1を凹部5の深さに対応した厚みに圧延し、これにより、試料1の表面が凹部5の周囲における窓材2の表面と共通の面内にあるようにする(b,c)。その後、押圧部材6を除去することで、圧延された試料1を窓材2の凹部5内に配置した形態で得る(d)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外吸収スペクトル分析用のサンプル並びにその作成方法及び作成装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、赤外吸収スペクトル分析法(Infrared absorption spectrometry:IR法)としては、まず、分析対象物を含むサンプルを作成する。そして、該サンプルに対して赤外線を照射し、その際に分散型分光器を用いて波長を連続的に変化させながら赤外線照射を行って赤外線吸収スペクトルを得る。こうして、分析対象物の分子構造を解析し定性分析または定量分析する。最近では、赤外吸収スペクトル分析法として、測定した干渉スペクトルをフーリエ変換して通常の赤外吸収スペクトルを得るFT−IR法が広く使用されている。このFT−IR法は、従来の分散型分光器を用いた赤外吸収スペクトル分析法に比べ、測定時間が短い、感度が高い、波数精度が高いなどの利点がある。特に、顕微FT−IR法は、表面分析や欠陥箇所などの局所分析に有効で微量・微小サンプルでのスペクトル測定が可能であることから、有力な分析手法となっている。
【0003】
顕微FT−IR法においては、着色され或いは厚みが数μm以上あることで赤外光が透過しにくい分析対象物もしくは凹凸のある分析対象物などのスペクトル測定が難しい分析対象物は、赤外吸収スペクトル分析するために前処理即ちサンプル作成処理が施される。また、ベース物質に包埋された分析対象物などは、まず拡大鏡下でピンセット、ナイフ及びニードル等のうちの少なくとも1つを用いてベース物質より微小物を取り出すことでサンプルを得る前処理が施される。或いは、市販の工業用マイクロマニピュレーターシステムを用いて数μmレベルの微小物をサンプリングする前処理が施される。
【0004】
赤外吸収スペクトル分析用のサンプルの作成法として、従来、次の3つの手法が広く知られている。即ち、
(1)分析対象物を単純に鏡面板間で加圧して薄くすることでサンプルを得る単純加圧法である。
【0005】
(2)固体(粉体)の分析対象物と臭化カリウム微粉末とを混合して透明なディスク状のサンプルを得るKBr法である。そして、
(3)ダイヤモンド圧縮セルで分析対象物を両側から挟みこむことでサンプルを得、サンプルに圧力をかけたまま測定する方法である。これらについては、特開平7−234179[特許文献1]、特開平8−178841[特許文献2]及び特開2004−163422[特許文献3]にて言及されている。
【特許文献1】特開平7−234179号公報
【特許文献2】特開平8−178841号公報
【特許文献3】特開2004−163422号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記の従来のサンプル作成方法には以下のような解決すべき課題があった。
【0007】
まず、上述した従来の単純加圧法では、上記特許文献1に図4を参照して説明されているように、分析対象物の試料を一旦一対の鏡面板で挟んで加圧することでサンプルを得る。そして、これを目視下で鏡面板上から窓材上に移動させ、該窓材上に載置した状態で赤外吸収スペクトル分析に供する。この窓材は、赤外吸収スペクトル分析に使用される波長範囲に吸収ピークを全くもたないかあるいは邪魔にならない波長域にしか吸収ピークを持たない物質からなるものであり、且つ光透過性を有するものである。この単純加圧法では、目視によって加圧操作の終点を判定しているため、サンプルの大きさは百μm〜mm程度のオーダーが必要である。このように、単純加圧法では、大きさが数μm〜二十数μm程度、例えば3μm〜23μm程度、特に5μm〜15μm程度の微小なサンプルを良好に作成することが困難である。しかも、このような微小なサンプルは作成したとしても鏡面板上から窓材上へと移動させる過程で紛失し易い。
【0008】
また、上述した従来のKBr法では、臭化カリウム微粉末に分析対象物を混合してよくすりつぶした後、錠剤成形器にてプレスしながら錠剤を作る。このため、微小サンプル作成の場合には作成工程におけるサンプルの認識が困難となる。また、臭化カリウム自身が水に溶解するため水分を含んだサンプルには適用できない。
【0009】
これに関連して、上記特許文献1には、微小固体分析対象物からなるサンプルを窓材であるKBr板と一体化させて加圧処理を行うことによりサンプルの紛失を防ぎ、最適な厚みの赤外吸収スペクトル分析用サンプルを作成する方法が開示されている。しかしながら、この方法にもいくつかの難点がある。まず第1に、窓材2枚でサンプルを挟み打錠することで包埋するため、サンプルが圧延されて薄くなり、スペクトルのピーク強度が包埋する前と比べて小さくなる。また、拡大鏡等を用いて圧延過程を観察できないため、必要以上にサンプルを薄くしてしまうおそれがある。第2に、包埋することによってコントラストが低くなるため、包埋後のサンプルは非常に見難くなってしまい、またサンプルが傾いた状態で包埋された場合にはサンプルの一部でしか焦点が合わず更に見難くなってしまう。KBrのくもりなどによっても観察像は影響を受けるので、大きさが数μm〜二十数μm程度の微小サンプルや白色または透明性を有するサンプルなどは圧延処理後のサンプル確認が困難である。
【0010】
また、上述した従来のダイヤモンド圧縮セルを用いた方法は、圧延処理を拡大鏡下で見ながら行えるため、微小サンプルの圧延方法として有効である。しかし、この手法においては、図9に示したように、ダイヤモンドセル103,104とサンプル101との屈折率の違いによって、その界面で入射赤外光114の多重反射が起きる。つまり、サンプル101としての一般的な有機物の屈折率は1.5前後であるのに対して、ダイヤモンドセル103,104の屈折率は2.4である。この屈折率の相違によって、その界面で入射赤外光114の多重反射が起き、透過光115と多重反射した光116との互いに位相の異なる光が混合するため、干渉縞が発生してしまい、スペクトル妨害を起こすおそれがある。例えば、図7は15μm角の微小サンプルA(サンプルAは、固体の有機材料からなる)をダイヤモンドセルで加圧したまま赤外吸収スペクトル分析を行って得られたデータである。そして、これでは、多重反射による干渉縞が発生していることがわかる。ここで、縦軸は赤外吸収スペクトルの吸光度(A)、横軸は波長の逆数である波数(cm−1)である。
【0011】
このような干渉縞発生によるスペクトル妨害を回避するために、図10に示したように、圧延処理後に一方のダイヤモンドセル103を剥離して、他方のダイヤモンドセル104のみによりサンプル101を保持して赤外吸収スペクトル分析を行う方法がある。これによると、上記のダイヤモンドセル103及びダイヤモンドセル104とサンプル101との界面で発生する多重反射は抑制される。しかし、ダイヤモンドセル103の剥離の際にダイヤモンドセル103,104同士の横ずれ等により微小サンプルが摩擦を受けて減少もしくは紛失してしまうおそれがある。また、剥離時に微小サンプルがダイヤモンドセル103及びダイヤモンドセル104の双方に付着することで分離してしまうことによりサンプル量が減少し、スペクトル感度が著しく低下してしまう。あるいは市販のダイヤモンド圧縮セルは圧縮力を制限する機能を有していないため、過度の圧縮によって微小サンプルが1μmよりかなり薄くなってしまいスペクトル感度が著しく低下してしまう。例えば、図6は上記の微小サンプルAのダイヤモンド圧縮セルによる圧縮前の状態の赤外吸収スペクトル分析データである。また、図8は上記の微小サンプルAの圧延処理及び一方のダイヤモンドセルの剥離処理の後の状態の赤外吸収スペクトル分析データである。図8のデータの場合は、図6のものと比較すると、圧延処理によりサンプルが必要以上に薄くなり、且つ剥離処理によりサンプル量が減少したことから、スペクトルのS/Nが劣化している。
【0012】
そこで、本発明は、微小サンプルを赤外吸収スペクトル分析する際に微弱な赤外吸収ピークを鮮明に得ることが可能で紛失のおそれの少ない赤外吸収スペクトル分析用サンプル、その作成方法及び作成装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によれば、上記の目的を達成するために、
分析対象物の赤外吸収スペクトル分析を行う際の測定に使用されるサンプルであって、
前記分析対象物を含む試料は、窓材の表面に形成された0.8μm以上の深さの凹部内に配置されており、前記試料の表面は外気に露出しており且つ前記凹部の周囲における前記窓材の表面と共通の面内にあることを特徴とする赤外吸収スペクトル分析用サンプル、
が提供される。
【0014】
本発明の一態様においては、前記窓材は光透過性を有する。本発明の一態様においては、前記窓材はダイヤモンドからなる。
【0015】
また、本発明によれば、上記の目的を達成するために、
分析対象物の赤外吸収スペクトル分析を行う際の測定に使用されるサンプルを作成する方法であって、
前記分析対象物を含む試料を窓材の表面に形成された0.8μm以上の深さの凹部内に配置し、
前記窓材より表面エネルギーの低い材料で構成されている押圧面を持つ押圧部材の前記押圧面を前記窓材の表面に圧接することにより前記試料を前記凹部の深さに対応した厚みに圧延し、これにより前記試料の表面が前記凹部の周囲における前記窓材の表面と共通の面内にあるようにし、
しかる後に前記押圧部材を除去することで、圧延された前記試料を前記窓材の凹部内に配置した形態で得る、
ことを特徴とする、赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成方法、
が提供される。
【0016】
また、本発明によれば、上記の目的を達成するために、
分析対象物の赤外吸収スペクトル分析を行う際の測定に使用されるサンプルを作成する装置であって、
前記分析対象物を含む試料を配置するための、表面に0.8μm以上の深さの凹部が形成されている窓材と、
該窓材の表面に圧接され且つ前記窓材より表面エネルギーの低い材料で構成されている押圧面を持つ押圧部材と、
を備えることを特徴とする、赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成装置、
が提供される。
【0017】
本発明の一態様においては、前記作成装置は、更に、前記窓材を支持する台座を備えており、該台座に支持された前記窓材の周囲において前記台座と前記押圧部材との間に反発付勢力を与える付勢部材を備える。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、窓材よりも表面エネルギーの低い材料で構成されている押圧部材押圧面を窓材の表面に圧接することにより窓材凹部内に配置された試料を窓材凹部の深さに対応した厚みに圧延することができる。これにより、圧延された試料をその表面が外気に露出し且つ凹部の周囲における窓材表面と共通の面内にあり且つ窓材で支持された形態で得ることができる。よって、大きさが数μm〜二十数μm程度の微小な赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成時における紛失を防ぎ且つ0.8μmより薄くなりすぎないようにして最適な厚みに調整したサンプルを作成することができる。こうして、微小物分析時の微弱な赤外吸収スペクトルピークのS/Nを良好にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら、本発明の赤外吸収スペクトル分析用サンプル並びにその作成方法及び作成装置の実施の形態を説明する。
【0020】
図1は本発明の赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成方法の一実施形態を示す模式的工程断面図であり、図2はその模式的工程斜視図である。
【0021】
図1(a)において、符号1は、赤外吸収スペクトル分析の対象物例えば固体有機物を含む試料を示す。この試料1は、分析対象物が塑性変形可能である場合には分析対象物そのものからなるものであってもよい。或いは、分析対象物が塑性変形可能でない場合をも含めて分析対象物を粉末状にしたもの、更にはそれを赤外吸収スペクトル分析に使用される波長範囲に邪魔になる吸収ピークを持たない適宜のバインダーと混合したものであってもよい。
【0022】
図1(a)において、符号2は、光透過性を有する窓材を示す。このような窓材2の材質としては、例えば、赤外吸収スペクトル分析に使用される波長範囲に邪魔になる吸収ピークを持たないダイヤモンドを使用することができる。ダイヤモンドからなる窓材2は、十分な剛性及び耐久性を有し、水分の影響を受けないという利点があり、また、光透過性を持つので、これを通してサンプル作成中及び作成後の試料1の目視観察が容易になるという利点がある。ダイヤモンドは天然もしくは人工のものから適宜選択可能である。窓材2は、円板形状をなしており、その上下両表面が水平になるように位置している。窓材2の上表面には、深さ0.8μm以上の凹部5が形成されている。該凹部5の深さの上限は、大きさ数μm〜二十数μm程度の微小なサンプルである。容易に良好な赤外吸収スペクトルを得ることのできるサンプルを作成するという観点からは、深さの上限は、例えば2μm、好ましくは1.5μm、更に好ましくは1.2μmである。即ち、該凹部5の深さは、例えば0.8μm〜2μmであり、好ましくは0.8μm〜1.5μm、更に好ましくは0.8μm〜1.2μmであり、特に1μmである。該凹部5の底面は水平面内に位置する平面である。凹部5の平面形状(窓材2の両表面に対して垂直な方向に見た時の形状)は、典型的には円形であるが、これに限定されるものではなく、楕円形、正方形、長方形、五角形以上の多角形などの形状が可能である。凹部5の径即ち平面寸法は、数μm〜二十数μm程度、例えば3μm〜23μm程度、特に5μm〜15μm程度である。ここで、平面寸法は該平面内の最長の径を指すものとする。凹部の寸法を以上のようにすることで、微小な試料1を用いて、以下に説明するようにして良好なサンプルを作成することができる。窓材2の凹部5の加工方法としては、例えばダイヤモンドツールによりミリング加工をする方法や、ダイヤモンド砥粒により段差加工をする方法や、レーザ加工方法やイオンビーム加工方法等の中から選択できる。特に、所望の位置に微細な凹部5を形成するには、イオンビーム加工方法が好ましい。
【0023】
尚、本発明においては、窓材2の凹部5の縦断面形状は、図1に示されような矩形状に限定されることはなく、例えば、図3及び図4に示されるような円弧形状等の曲線形状であってもよい。図3では凹部5は窓材2の上表面の全体にわたって形成されており、図4では複数の凹部5が窓材2の上表面に形成されている。
【0024】
図1(a)において、符号9は窓材2を支持する台座を示す。該台座9は、リング形状をなしており、窓材2の外周面及び下面外周部を支持する支持段部9’を有する。台座9の上表面は支持される窓材2の上表面と同一の平面内にある。台座9には、それにより支持された窓材2の径方向外方にて後述の押圧部材6に対して上向きに反発付勢力を与えることが可能な付勢部材8が付設されている。即ち、付勢部材8は台座9と押圧部材6との間に反発付勢力を与えるものである。付勢部材8は、例えば上下方向に圧縮されるバネからなる。
【0025】
図1(a)において、符号6は押圧部材を示す。該押圧部材6の下面は、窓材2の上表面に圧接される押圧面とされており、該押圧面は窓材2より表面エネルギーの低い材料で構成されている。即ち、押圧部材6の押圧面を形成する下層部7は、窓材2より表面エネルギーの低い材料(以下において、便宜上「撥水性材料」という)からなる。撥水性材料としては、例えば、フッ素樹脂系の化合物が好ましく用いられる。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、具体的にはポリフロンTFE(ダイキン工業社製)やTeflon TFE(Du Pont社製)などが挙げられる。さらには、その他のフッ素原子を含有する樹脂、例えば、フッ素化エポキシ樹脂、フッ素化ポリイミド樹脂、フッ素化ポリアミド樹脂、フッ素化アクリル樹脂、フッ素化ポリウレタン樹脂、フッ素化シロキサン樹脂およびそれらの変性樹脂なども挙げられる。一方、シリコン原子を含む撥水処理剤やシリコーン系樹脂を用いてもよい。また、圧延処理を拡大鏡下で観察しながら行うために、押圧部材6として透明性を有する材質例えばポリエチレンテレフタレート(PET)やポリスチレンなどからなるものを使用し、下層部7として押圧部材6の下表面に撥水化(表面エネルギー低減化)処理を施したものを使用しても良い。撥水化処理方法としては、撥水性材料をスプレーで塗布する方法や、真空蒸着やプラズマ重合により表面に撥水性材料粒子を付着させ撥水化するという方法を選択することができる。また、下層部7の材質としては、主鎖に環状構造を有する透明フッ素樹脂、具体的にはサイトップ(旭ガラス社製)なども挙げられる。
【0026】
また、図2(a)に示されるように、台座9はベース板10に固定されている。ベース板10には、台座9の周囲において環状の窪み部分が形成されており、この窪み部分に上下方向の3つのガイド柱11が固定されている。また、このベース板10には、ガイド柱11の固定されている環状窪み部分に面するように、雌ねじ10’が形成されている。
【0027】
一方、図2(d),(e)に示されているように、この装置には、押圧力発生部材12が備えられている。この押圧力発生部材12は、上記ベース板の雌ねじ10’に適合する雄ねじ121’が下端部に形成されている操作筒121と、該操作筒121内に収容され該操作筒内に配置されている押圧体122とからなる。該押圧体122には、上記ガイド柱11に適合する上下方向の孔122’が形成されている。これにより、押圧体122は、ガイド柱11にガイドされて上下方向に移動可能とされており、その下面が上記押圧部材6の上面に当接する。また、押圧体122は、操作筒121に対して、上下方向移動が可能であるが上向き移動が制限されるように係止されている。そして、操作筒121の雄ねじ121’をベース板10の雌ねじ10’に適合させてねじ込む。これにより操作筒121を下向きに移動させる際に、操作筒121から押圧体122へと下向きの押圧力が伝達され、この押圧体122を介する押圧力が押圧部材6へと伝達されるようになっている。
【0028】
以下、作成工程を説明する。
【0029】
先ず、図1(a)及び図2(a)に示されるように、台座9の支持段部9’により窓材2を支持し、該窓材2の凹部5内に試料1を置く。
【0030】
次に、図1(a),(b)及び図2(b),(c)に示されるように、窓材2の上方に押圧部材6をガイド柱11に沿って上下方向に移動可能なように配置する。
【0031】
次に、図2(d),(e)に示されるように、孔122’をガイド柱11に適合させて押圧体122を取り付け、更に、雄ねじ121’をベース板10の雌ねじ10’に適合させることで操作筒121をベース板10に取り付ける。そして、ベース板10の雌ねじ10’に対して雄ねじ121’をねじ込むことで操作筒121を下方へと移動させる。これにより操作筒121に係止された押圧体122を下向きに押すこと(ハンドプレス)で、該押圧体122により押圧部材6を下向きに押し、その下層部7により形成される押圧面を窓材2の上表面に圧接する。こうして、試料1は、図1(b),(c)に示されるように、凹部5内で圧延せしめられて、該凹部5の深さに対応した厚みとされる。この圧延後の試料1の平面形状は、凹部5と同等の形状またはその一部(特に凹部5の隅部に対応する部分)が欠落した形状である。従って、圧延後の試料1の径即ち平面寸法は、数μm〜二十数μm程度、例えば3μm〜23μm程度、特に5μm〜15μm程度である。
【0032】
この圧接の際には、付勢部材8が圧縮されることで生ぜしめられる反発力が押圧部材6ひいては押圧体122及び操作筒121に作用する。よって、ハンドプレス力の一部が付勢部材8により吸収され、このため押圧部材6の窓材2ヘの圧接が緩やかに行われ、圧接時の窓材2の上表面に対する押圧部材6の押圧面の横ずれの発生が抑制される。かくして、圧延処理に際して試料1が上記横ずれに基づき過度の摩擦力を受け減少もしくは紛失することが防止される。
【0033】
しかる後に、図1(d)及び図2(f)に示されるように、押圧体122及び操作筒121からなる押圧力発生部材12を除去し、更に押圧部材6をも除去する。押圧部材6の押圧面を構成する下層部7が窓材2よりも表面エネルギーの低い材料で構成されているので、試料1は、専ら窓材2の凹部5の内面への付着状態を維持し、押圧部材6に付着することはない。
【0034】
以上により、窓材2の表面に形成された凹部5内に試料1が配置され、該試料の表面が外気に露出しており且つ凹部5の周囲における窓材2の上表面と共通の面(水平面)内にある赤外吸収スペクトル分析用サンプルが得られる。
【0035】
ところで、顕微FT−IR法は、微小領域の測定が可能であるが、光の回折限界などから最小測定領域(空間分解能)は、10〜15μm、検出限界は50pg程度である。そのため、サンプルの大きさが数μm〜二十数μm程度もしくはそれより小さい場合には、鮮明なスペクトルピークを得るためにはその厚みに細心の注意を要する。例えば、試料を圧延した場合における分析に必要な微小サンプルの厚みは、装置の検出限界を50pgとし、サンプルの密度を1g/cmとし、圧延後のサンプルの直径を10μmとし、該サンプルの厚みをxμmとした場合、以下のようになる。
【0036】
サンプル体積V=78.5x[μm
即ち、
サンプル重量W=78.5x×10−12[g]
ここで、赤外吸収スペクトル検出感度:50×10−12[g]より、
78.5x×10−12[g]>50×10−12[g]
が検出可能条件となり、これから
x>0.64[μm
となる。即ち、圧延後の微小サンプルの厚みは、0.64μmより大きいことが必要となる。これより薄くなると、上記図8に示したようにスペクトルのS/Nの悪化につながる。
【0037】
図5に、上記の微小サンプルAのものと同等な試料を用いて上記図1及び図2に関し説明した本発明実施形態に従って作成された厚み1μmで平面寸法15μm角のサンプルを用いて得られた赤外吸収スペクトル分析データを示す。
【0038】
尚、このサンプルの作成に際しては、窓材2としてダイヤモンドからなるものを用意した。集束イオンビーム(Focused Ion Beam)法によって、ダイヤモンド製窓材2の上表面にフォーカスされたイオンビームを走査させて所望の位置に平面寸法15μm角の正方形状で深さ1μmの凹部5を形成した。試料1を窓材2の凹部5内に配置する際には、工業用マイクロサンプリングを行う工業用マイクロマニピュレーターシステム(島津製作所社製のMMS−77)を用いた。押圧部材下層部7の撥水性材料としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を用いた。
【0039】
図5のデータの場合は、図6のものと比較すると、微小サンプルを用いた分析の際の微弱な赤外吸収スペクトルピークのS/Nが十分に向上したことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成方法の一実施形態を示す模式的工程断面図である。
【図2】本発明の赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成方法の一実施形態を示す模式的工程斜視図である。
【図3】窓材の凹部の断面形状の例を示す模式的断面図である。
【図4】窓材の凹部の断面形状の例を示す模式的断面図である。
【図5】本発明方法により作成されたサンプルを用いて得られた赤外吸収スペクトル分析データである。
【図6】本発明以外の方法により作成されたサンプルを用いて得られた赤外吸収スペクトル分析データである。
【図7】本発明以外の方法により作成されたサンプルを用いて得られた赤外吸収スペクトル分析データである。
【図8】本発明以外の方法により作成されたサンプルを用いて得られた赤外吸収スペクトル分析データである。
【図9】2つのダイヤモンドセルとそれにより挟持されたサンプルとの界面での光多重反射の説明図である。
【図10】1つのダイヤモンドセルとサンプルとの界面での光反射の説明図である。
【符号の説明】
【0041】
1 試料
2 窓材
5 窓材凹部
6 押圧部材
7 押圧部材下層部
8 付勢部材
9 台座
9’ 支持段部
10 ベース板
10’ 雌ねじ
11 ガイド柱
12 押圧力発生部材
121 操作筒
121’ 雄ねじ
122 押圧体
122’ 上下方向孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析対象物の赤外吸収スペクトル分析を行う際の測定に使用されるサンプルであって、
前記分析対象物を含む試料は、窓材の表面に形成された0.8μm以上の深さの凹部内に配置されており、前記試料の表面は外気に露出しており且つ前記凹部の周囲における前記窓材の表面と共通の面内にあることを特徴とする赤外吸収スペクトル分析用サンプル。
【請求項2】
前記窓材は光透過性を有することを特徴とする、請求項1に記載の赤外吸収スペクトル分析用サンプル。
【請求項3】
前記窓材はダイヤモンドからなることを特徴とする、請求項2に記載の赤外吸収スペクトル分析用サンプル。
【請求項4】
分析対象物の赤外吸収スペクトル分析を行う際の測定に使用されるサンプルを作成する方法であって、
前記分析対象物を含む試料を窓材の表面に形成された0.8μm以上の深さの凹部内に配置し、
前記窓材より表面エネルギーの低い材料で構成されている押圧面を持つ押圧部材の前記押圧面を前記窓材の表面に圧接することにより前記試料を前記凹部の深さに対応した厚みに圧延し、これにより前記試料の表面が前記凹部の周囲における前記窓材の表面と共通の面内にあるようにし、
しかる後に前記押圧部材を除去することで、圧延された前記試料を前記窓材の凹部内に配置した形態で得る、
ことを特徴とする、赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成方法。
【請求項5】
分析対象物の赤外吸収スペクトル分析を行う際の測定に使用されるサンプルを作成する装置であって、
前記分析対象物を含む試料を配置するための、表面に0.8μm以上の深さの凹部が形成されている窓材と、
該窓材の表面に圧接され且つ前記窓材より表面エネルギーの低い材料で構成されている押圧面を持つ押圧部材と、
を備えることを特徴とする、赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成装置。
【請求項6】
更に、前記窓材を支持する台座を備えており、該台座に支持された前記窓材の周囲において前記台座と前記押圧部材との間に反発付勢力を与える付勢部材を備えることを特徴とする、請求項5に記載の赤外吸収スペクトル分析用サンプルの作成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−10351(P2007−10351A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−188456(P2005−188456)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】