説明

赤外線カット膜が形成された透明物品

【課題】耐摩耗性に優れるとともに赤外線吸収能を向上させたシリカ系膜を有する透明物品を提供する。
【解決手段】透明基体と、その表面に形成された有機物および無機物を含む赤外線カット膜とを含み、赤外線カット膜が無機物としてシリカを含んでこれを主成分とし、赤外線カット膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、赤外線カット膜が基体から剥離せず、さらにインジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物の少なくとも一方と、マンガン化合物とを含む、透明物品とする。マンガン化合物は、酸化マンガンを含むとよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線カット膜が形成された透明物品に関する。特に、耐摩耗性とともに赤外線吸収能に優れた赤外線カット膜が形成された透明物品に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス材料は一般に硬質であり、基体を被覆する膜の形態でも利用される。しかし、ガラス質の膜(シリカ系膜)を得ようとすると、熔融法では高温処理が必要になるため、基体および膜を構成する材料が制限される。
【0003】
ゾルゲル法は、金属の有機または無機化合物の溶液を出発原料とし、溶液中の化合物の加水分解反応および重縮合反応によって、溶液を金属の酸化物または水酸化物の微粒子が溶解したゾルとし、さらにゲル化させて固化し、このゲルを必要に応じて加熱して酸化物固体を得る方法である。
【0004】
ゾルゲル法は、低温での成膜を可能とするため、有機物や、熱劣化を回避した状態で無機物を含有した、シリカ系膜を提供するものとして注目されている。熱劣化しやすい無機物は、インジウムスズ酸化物(ITO)やアンチモンスズ酸化物(ATO)に代表される赤外線カットオフ成分が例示できる。
【0005】
ゾルゲル法により形成したシリカ系膜は、熔融法により得たガラス質の膜と比較すると、機械的強度、特に耐摩耗性に劣るという問題があった。近年、本発明者は、ゾルゲル法の改良により、耐摩耗性に優れたシリカ系膜を形成できることを見出し、国際公開第2005/095298号パンフレットにおいて、これを利用した赤外線カットガラスを提案した。
【特許文献1】国際公開第2005/095298号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
国際公開第2005/095298号パンフレットに開示されているような従来のシリカ系膜は、熔融法により得たガラス板に匹敵する程に優れた耐摩耗性を有するものの、その赤外線吸収能に関しては、未だ改善できる余地が残されている。
【0007】
本発明は、優れた耐摩耗性を確保しつつ、赤外線吸収能をさらに向上させたシリカ系膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、シリカ系膜に、ITOやATOとともにマンガン化合物を含有させることにより、膜の赤外線吸収能をさらに向上できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
本発明は、透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含む、赤外線カット膜が形成された透明物品であって、前記赤外線カット膜が、有機物および無機物を含む有機無機複合膜であり、前記有機無機複合膜が前記無機物としてシリカを含み、前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、前記有機無機複合膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記有機無機複合膜が前記透明基体から剥離せず、前記有機無機複合膜が、さらに、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物の少なくとも一方と、マンガン化合物とを含む、赤外線カット膜が形成された透明物品を提供する。
【0010】
本明細書において、主成分とは、含有率が最も高い成分をいう。JIS R 3212によるテーバー摩耗試験は、市販のテーバー摩耗試験機を用いて実施できる。この試験は、上記JISに規定されているとおり、500g重の荷重を印加しながら行う、回転数1000回の摩耗試験である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、耐摩耗性に優れるとともに、高い赤外線吸収能を有する有機無機複合膜を形成できる。この有機無機複合膜は、熔融法により得たガラス板に匹敵する程に優れた耐摩耗性が確保されている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の透明物品は、例えば、以下の製造方法により得ることができる。この製造方法は、透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含み、前記赤外線カット膜が、有機物および無機物を含む有機無機複合膜であり、前記有機無機複合膜が前記無機物としてシリカを含み、前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、前記有機無機複合膜が、さらに、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物の少なくとも一方と、マンガン化合物とを含み、前記有機物が親水性有機ポリマーを含む、赤外線カット膜が形成された透明物品の製造方法であって、前記透明基体の表面に前記有機無機複合膜の形成溶液を塗布する塗布工程と、前記透明基体に塗布された形成溶液から当該形成溶液に含まれる液体成分を除去する除去工程と、を含み、前記形成溶液が、シリコンアルコキシド、強酸、水、有機溶媒、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物の少なくとも一方ならびにマンガン化合物を含み、前記形成溶液が、前記強酸の少なくとも一部として、または前記強酸とは別の成分として、親水性有機ポリマーをさらに含み、前記シリコンアルコキシドの濃度が、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超え、前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して0.001〜0.2mol/kgの範囲にあり、前記水のモル数が、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍以上であり、前記塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、前記形成溶液を前記透明基体に塗布し、前記除去工程では、前記透明基体を400℃以下の温度に保持しながら、前記透明基体に塗布された形成溶液に含まれる液体成分を除去する、赤外線カット膜が形成された透明物品の製造方法である。
【0013】
上記の製造方法によれば、形成溶液の一度の塗布により、例えば膜厚が250nmを超える程度に厚く、しかも耐摩耗性に優れるとともに高い赤外線吸収能を有する膜を形成することができる。
【0014】
以下、まずゾルゲルプロセスについて説明する。
【0015】
シリコンアルコキシドを出発原料とするゾルゲル法の場合、膜のコーティング液(以下、形成溶液と呼ぶ)に含まれるシリコンアルコキシドは、形成溶液中において、水と触媒との存在の下、加水分解反応および縮重合反応を経て、シロキサン結合を介したオリゴマーとなる。これに伴って、形成溶液はゾル状態となる。
【0016】
ゾル状態となった形成溶液を基体に塗布すると、形成溶液からは、水や、アルコールに代表される有機溶媒が揮発する。この乾燥工程において、オリゴマーは濃縮され、縮重合反応が進行して分子量が大きくなり、やがて溶液は流動性を失う。こうして、基体上に半固形状のゲルからなる膜が形成される。ゲル化の直後は、シロキサン結合のネットワークの隙間に、有機溶媒や水が満たされた状態にある。ゲルから水や溶媒が揮発すると、シロキサンポリマーが収縮し、膜が硬化する。
【0017】
従来のゾルゲル法により得たゲルでは、有機溶媒や水が除去された後に残された隙間は、400℃程度までの熱処理を行っても、完全に埋まることはなく細孔として残存していた。細孔が残ると、膜の耐摩耗性は十分に高くはならない。このため、従来は、硬質な膜を得るために、さらに高温、例えば500℃以上での熱処理を必要としていた。
【0018】
ゾルゲル法によるシリカ系膜の熱処理における、反応と温度との関係についてさらに詳しく述べる。約100〜150℃の熱処理では、形成溶液に含まれている溶媒や水が蒸発する。約250〜400℃の熱処理では、原料に有機材料が含まれていると、その有機材料が分解し、蒸発する。400℃を超える温度で熱処理すると、通常、膜には有機材料が残らない。約500℃以上の熱処理では、ゲル骨格の収縮が起こり、膜が緻密になる。
【0019】
上記のとおり、通常のゾルゲル反応では、ゲル化の直後には、形成されたネットワークの隙間に有機溶媒や水が満たされている。この隙間の大きさは、溶液中でのシリコンアルコキシドの重合の形態に依存することが知られている。
【0020】
重合の形態は、溶液のpHによって大きく変化する。酸性の液中では、シリコンアルコキシドのオリゴマーは直鎖状に成長しやすい。このような液を基体に塗布すると、直鎖状のオリゴマーが折り重なって網目状組織を形成し、得られる膜は比較的隙間の小さい緻密な膜となる。しかし、直鎖状のポリマーが折り重なった状態で固化されるため、ミクロ構造は強固ではなく、隙間から溶媒や水が揮発する際にクラックが入りやすい。
【0021】
一方、アルカリ性の液中では、球状のオリゴマーが成長しやすい。このような液を基体に塗布すると、球状のオリゴマーが互いにつながった構造を形成し、比較的大きな隙間を有する膜となる。この隙間は、球状のオリゴマーが結合し成長して形成されるため、隙間から溶媒や水が揮発する際にクラックは入りにくい。
【0022】
本発明者は、比較的緻密な膜ができる酸性領域で、強酸の濃度、水分量などを適切に調整すると、ある条件下では、厚膜としても緻密でクラックのない膜を形成できるという知見を見出し、さらにこの知見を発展させることにより、本発明を完成した。
【0023】
シラノールの等電点は2であることが知られている。これは、形成溶液のpHが2であると、液中においてシラノールが最も安定に存在できる、ということを示している。つまり、加水分解されたシリコンアルコキシドが溶液中に多量に存在する場合においても、溶液のpHが2程度であれば、縮重合反応によりオリゴマーが形成される確率が非常に低くなる。この結果、加水分解されたシリコンアルコキシドが、モノマーまたは低重合の状態で、形成溶液中に存在しやすくなる。
【0024】
pHが2程度の領域では、シリコンアルコキシドは、1分子当たり1個のアルコキシル基が加水分解され、シラノールとなった状態で安定化される。例えば、テトラアルコキシシランには4つのアルコキシル基があるが、そのうちの1つのアルコキシル基が加水分解され、シラノールとなった状態で安定化されるのである。
【0025】
形成溶液に、強酸を添加し、強酸のプロトンが完全に解離したとしたときのプロトンの質量モル濃度(以下、単に「プロトン濃度」と称することがある)で、0.001〜0.2mol/kg、好ましくは0.001〜0.1mol/kg程度となるようにすると、溶液のpHは3〜1程度となる。この範囲にpHを調整すると、形成溶液中で、シリコンアルコキシドがモノマーまたは低重合のシラノールとして安定して存在できる。
【0026】
形成溶液は、水および有機溶媒の混合溶媒を含み、必要に応じて他の溶媒を添加することが可能であるが、そのような混合溶媒の場合にも、強酸を用い、かつ強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度を上記の範囲となるようにすることで、pH2前後の液とすることができる。
【0027】
プロトンの質量モル濃度の計算に当たっては、使用する酸の水中での酸解離指数が、4以上のプロトンを考慮する必要はない。例えば、弱酸である酢酸の水中での酸解離指数は4.8であるから、形成溶液に酢酸を含ませた場合にも、酢酸のプロトンは上記のプロトン濃度には含めない。
【0028】
また例えば、リン酸の解離段は3段であり、一分子に付き3つのプロトンが解離する可能性がある。しかし、1段目の解離指数は2.15であり強酸とみなせるが、2段目の解離指数は7.2であり、3段目の解離指数はさらに大きい値となる。したがって、強酸からの解離を前提とする上記のプロトン濃度は、リン酸1分子からは、1個のプロトンしか解離しないものとして計算すればよい。1個のプロトンが解離した後のリン酸は強酸ではなく、2段目以降のプロトンの解離を考慮する必要はない。本件明細書において、強酸とは、具体的には、水中での酸解離指数が4未満のプロトンを有する酸をいう。
【0029】
なお、プロトン濃度を強酸のプロトンが完全に解離したとしたときの濃度として規定する理由は、有機溶媒と水との混合液中では、強酸の解離度を正確に求めることが困難であるためである。
【0030】
このように形成溶液のpHを1〜3程度に保ち、これを基体表面に塗布して乾燥させると、低重合状態にあるシリコンアルコキシドが密に充填されるため、細孔が小さく、かなり緻密な膜が得られる。
【0031】
この膜は緻密ではあるが、シリコンアルコキシドの加水分解が不十分であることに起因して、200〜300℃での低温度域での加熱では、ある硬度以上にはならない。そこで、シリコンアルコキシドの加水分解が、形成溶液の塗布後において容易に進行するように、水を、シリコンアルコキシドに対して過剰に添加するとよい。加水分解が進行しやすい状態とすると、高温に加熱しなくても膜が硬くなる。具体的には、シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数に対し、加水分解に必要とされる最大のモル数、すなわち4倍以上のモル数の水を添加しておくとよい。水の添加量の上限は例えば20倍とすることができる。
【0032】
形成溶液の乾燥時には、溶媒の揮発と並行して水も蒸発する。これを考慮すると、水のモル数は、シリコン原子の総モル数に対し、4倍を超える程度、例えば5〜20倍とすることが好ましい。
【0033】
なお、シリコンアルコキシドでは、1つのシリコン原子について最大4つのアルコキシル基が結合しうる。アルコキシル基の数が少ないアルコキシドでは、加水分解に必要な水のモル数は少なくなる。また、4つのアルコキシル基がシリコン原子に結合したテトラアルコキシシランであっても、その重合体(例えば、コルコート製「エチルシリケート40」などとして市販されている)では、加水分解に必要な水の総モル数は、シリコン原子の4倍よりも少ない(重合体のSiのモル数をnとすると(n≧2)、化学量論的に加水分解に必要な水のモル数は、(2n+2)モルとなる)。重合度の高いアルコキシシラン原料を使うほど、加水分解に必要な水のモル数は少なくなる。したがって、現実には、シリコンアルコキシドの加水分解に必要な水のモル数は、シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍を下回ることもあるが、過剰な水の添加がむしろ好ましいことを考慮し、形成溶液には、シリコン原子の総モル数の4倍以上、好ましくは4倍を超える、さらに好ましくは5倍以上のモル数の水を含有させるとよい。
【0034】
化学量論的に加水分解に必要なモル数を超える水を添加すると、乾燥工程における水の蒸発に伴う毛管収縮が大きく、シリコンアルコキシドの拡散および濃縮が起こりやすくなり、加水分解および縮重合反応が促進される。溶媒の揮発および水の蒸発に伴って、塗布された形成溶液のpHが上記の範囲から変動することも、加水分解が促進される要因の一つとなる。こうして、緻密な膜を形成し、かつ加水分解および縮重合反応を十分に進行させると、硬質の膜が形成される。その結果、低温の熱処理により、耐摩耗性に優れた膜を得ることができる。
【0035】
この方法を用いると、厚くても耐摩耗性に優れたシリカ系膜を得ることができる。厚い膜を得るためには、シリコンアルコキシドの濃度が比較的高くなるように、例えばシリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子を、SiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超えるように、形成溶液を調製するとよい。シリコンアルコキシドの濃度は、3質量%を超えて30質量%以下の範囲にあることが望ましく、3質量%を超えて13質量%未満の範囲にあることが好ましく、3質量%を超えて9質量%以下の範囲にあることがより好ましい。形成溶液におけるシリコンアルコキシドの濃度が高すぎると、基体から剥離するようなクラックが膜中に発生することがある。
【0036】
シリコンアルコキシドとしては、テトラエトキシシラン、テトラエトキシシランの多量体(Sinn-1(OC252n+2)であるエチルシリケート(例えば、コルコート製のエチルシリケート40、エチルシリケート48)、テトラメトキシシラン、テトラメトキシシランの多量体(Sinn-1(OCH32n+2)であるメチルシリケートなどを用いるとよい。
【0037】
エトキシシランは、メトキシシランと比べて、エトキシ基の分子の大きさがメトキシ基のそれと比べると嵩高いため、SiO結合への水による攻撃が阻害されやすい。そのため、速い反応性を必要とする場合にはメトキシシラン、それより遅い反応性を必要とする場合にはエトキシシランを用いるとよい。また、シリコンアルコキシドの多量体であるエチルシリケートやメチルシリケートは、単量体と比べて、1分子に存在するアルコキシル基が多いため疎水性が強く、SiO結合への水による攻撃がさらに阻害されやすいため、反応時間が長い。それゆえ、シリコンアルコキシドの多量体は、単量体と合わせて用いるとよい。反応時間を制御しやすくなるとともに、先に加水分解した単量体が親水化することで形成溶液を基体に塗布しやすくなる。人体への影響を減らす、さらには加水分解の反応性の制御を容易にする観点から、シリコンアルコキシドとしては、テトラエトキシシラン、またはテトラエトキシシランおよびその多量体を用いるとよい。反応性、すなわち極性を高めるために、メトキシ基またはエトキシ基の一部をブトキシ基に置換したアルコキシドを用いてもよい。
【0038】
シリコンアルコキシドおよびその重合体は、アルコキシル基が加水分解されたものを含んでもよい。なお、詳しくは後述するが、この方法では、3官能シラン(R’Si(OR)3)などの4官能シラン以外のシリコンアルコキシドを用いずとも、耐摩耗性に優れた有機無機複合膜を、クラックの発生を抑制しつつ、膜厚が250nmを超える程度に厚く形成することもできる。
【0039】
シリコンアルコキシドを加水分解させる温度は、水の凝固点を超える温度とするとよい。好ましくは5℃以上50℃以下、さらに好ましくは15℃以上40℃以下とする。分子や粒子は、低温になるほど、運動エネルギーが低下し、粒子同士がくっつき合う傾向(凝集傾向)が強くなる。水の凝固点以下では、シリカ分子が凝集するとともに、加水分解反応が進みにくくなる。加水分解の温度を上げれば、粒子の運動エネルギーが増大し、さらにお互いにぶつかり合うことでそのエネルギーが増すため、粒子は次第にばらばらになり、安定した分散状態が得られる。相互作用が弱いものが結合している場合は、温度を上げすぎると、結合が切れて不安定な状態となり、凝集体が生じる可能性がある。また、反応の制御が困難となる場合がある。
【0040】
形成溶液には、親水性有機ポリマーを添加するとよい。親水性有機ポリマーは、塗布した形成溶液に含まれる液体成分の蒸発に伴って、生じることのあるクラックの発生を抑制する。また、親水性有機ポリマーは、液中に生成したシリカ粒子の間に介在し、液体成分の蒸発に伴う膜収縮の影響を緩和する。このように、親水性有機ポリマーを添加すると、膜の過剰な硬化収縮を抑えることができるため、膜中の応力が緩和されると考えられる。親水性有機ポリマーは、膜の収縮を抑制しつつ、膜の耐摩耗性を保持する役割を果たすこととなる。
【0041】
この方法では、従来よりも低温で膜を加熱すれば足りるため、加熱後も親水性有機ポリマーは有機無機複合膜に残存する。このため、さらに厚膜化しても、親水性有機ポリマーが膜中に存在した状態で、耐摩耗性に優れた膜を得ることが可能となる。このように、有機無機複合膜は、有機物として親水性有機ポリマーを含んでいてもよい。
【0042】
親水性有機ポリマーは、予め形成溶液に添加しておくとよい。この形成溶液から形成した有機無機複合膜では、有機物と無機物とが分子レベルで複合化していると考えられる。親水性有機ポリマーは、通常、形成溶液の強酸とは別の成分として添加されるが、強酸として機能するポリマー、例えばリン酸エステル基を含むポリマー、を強酸の少なくとも一部として添加してもよい。
【0043】
種々の実験結果を参照すると、親水性有機ポリマーは、ゾルゲル反応によって形成されるシリカ粒子の成長を抑制し、膜の多孔質化を抑制しているようでもある。
【0044】
親水性有機ポリマーは、ポリオキシアルキレン基(ポリアルキレンオキシド構造)を含むもの、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエーテル系のポリマーなどを用いることができる。また、ポリビニルピロリドン系、ポリビニルカプロラクタム系のポリマーなどを用いることもできる。これらの親水性有機ポリマーは、単独で、または複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
親水性有機ポリマーの総濃度は、シリコンアルコキシドの濃度をSiO2濃度により表示した場合、当該SiO2に対して60質量%以下とすることが好ましく、40質量%以下とすることがより好ましい。残存量が多くなると、加熱硬化後の膜強度が低下してしまう場合があるからである。他方、親水性有機ポリマーの濃度が低すぎると、硬化時の収縮による膜応力を緩和することができずクラックが発生することがある。それゆえ、親水性有機ポリマーの総濃度は、上記SiO2に対して0.1質量%以上、特に5質量%以上、とすることが好ましい。
【0046】
本発明による有機無機複合膜は、親水性有機ポリマーに代表される有機物の含有量が、有機無機複合膜の総質量に対して0.1〜60%、好ましくは2〜60%、より好ましくは10〜40%の範囲にある。
【0047】
本発明による有機無機複合膜は、インジウムスズ酸化物(ITO)およびアンチモンスズ酸化物(ATO)の少なくとも一方を含み、さらにマンガン化合物を含んでいる。これにより、有機無機複合膜は、優れた赤外線吸収能を有することとなり、例えば波長1550nmにおける光線透過率が15%以下となる。マンガン化合物を添加すると、所定の赤外線吸収能を得るために必要なITOやATOの量が低下する。
【0048】
マンガン化合物は、膜中において、酸化マンガンや、塩化マンガン、硫酸マンガンに代表される無機物として存在しうる。マンガン化合物は、ITOやATOとの複合化合物として存在していてもよいし、酢酸マンガンやトリス(2,4−ペンタンジオネート)マンガン(III)に代表される有機物として存在していてもよい。
【0049】
有機無機複合膜の赤外線吸収能が向上する理由は、現段階では明らかではないが、マンガン化合物は、加熱によるITOやATOの酸化劣化を抑制する還元剤として寄与している可能性がある。また、ITOおよびATOは半導体材料であり、金属よりも3、4桁少ない自由電子を有することで、可視光線より長波長である赤外線を吸収できる。この自由電子の数が多くなれば吸収波長が短波長側にシフトし、少なくなれば長波長側にシフトする。このため、半導体材料として振る舞う酸化マンガンがITOやATOの電子密度の状態を変えることで、ITO等の赤外線吸収能を増強している可能性もある。有機無機複合膜において、マンガン化合物は、酸化マンガンを含むことが好ましい。
【0050】
以上のようなゾルゲル法の改善により、本発明によれば、JIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験を適用しても基体から剥離せず耐摩耗性に優れるとともに、優れた赤外線吸収能を有する有機無機複合膜が形成された物品が提供される。
【0051】
JIS R 3212によるテーバー摩耗試験は、市販のテーバー摩耗試験機を用いて実施できる。この試験は、上記JISに規定されているとおり、500g重の荷重を印加しながら行う、回転数1000回の摩耗試験である。
【0052】
有機無機複合膜の膜厚は、250nmを超え5μm以下であり、好ましくは300nmを超え5μm以下であり、さらに好ましくは500nm以上5μm以下であり、特に好ましくは1μm以上5μm以下である。有機無機複合膜の膜厚は4μm以下であってもよい。
【0053】
本発明によれば、テーバー摩耗試験の後に測定した、当該テーバー摩耗試験を適用した部分のヘイズ率を4%以下とすることもできる。これは、熔融法により得たシリカ系膜に相当する耐摩耗性である。
【0054】
形成溶液には、シリコンアルコキシド、強酸、水および有機溶媒に加えて、ITOおよびATOの少なくとも一方と、マンガン化合物とを添加しておくこととする。添加するマンガン化合物としては、形成溶液に可溶な化合物、例えば、塩化マンガン、酢酸マンガン、硫酸マンガン、トリス(2,4−ペンタンジオネート)マンガン(III)、ジ−i−プロポキシマンガン(II)などが好適である。形成溶液には、上記のとおり、親水性有機ポリマーをさらに添加しておくとよい。親水性有機ポリマーは、酸に対するITOやATOの凝集を抑制する分散剤としても機能する。特に、リン酸エステル基およびポリオキシアルキレン基を含むリン酸系界面活性剤は分散性に優れる。
【0055】
強酸としては、塩酸、硝酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸、硫酸、リン酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、シュウ酸を例示できる。強酸のうち、塩酸に代表される揮発性の酸は、加熱時に揮発することにより、硬化後の膜中に残存しないので、好ましく用いることができる。硬化後の膜中に酸が残ると、無機成分の結合が妨げられ、膜硬度が低下してしまうことがある。
【0056】
有機溶媒としては、メチルアルコール、エチルアルコール、1−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールなどの沸点が100℃以下のアルコールを例示できる。また、これらのアルコールとともに、当該アルコールおよび水と相溶性を有するような、沸点が100℃を超える有機溶媒(極性溶媒)を用いてもよい。
【0057】
上記極性溶媒の沸点は、100℃を超えて180℃以下の範囲にあることが好ましく、100℃を超えて140℃以下の範囲にあることがさらに好ましい。極性溶媒としては、イソブチルアルコール、1−ブタノール、ジアセトンアルコール、エチレングリコールモノエチルエーテル(エチルセロソルブ)、エチレングリコールモノメチルエーテル(メチルセロソルブ)、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、1−メトキシ−2−プロパノールなどに代表される、アルコールまたはエーテルを例示できる。場合によっては、ケトンを用いてもよい。
【0058】
水よりも沸点が低い有機溶媒を主溶媒として用いた場合、風乾時間が長くなると、風乾中に溶媒とともに水が蒸発し、有機無機複合膜中に空隙が形成されやすくなる。さらに、風乾した膜を加熱することで膜が収縮し、空隙を埋めようとする方向に力が働く。その結果、膜内に応力が集中し、クラックが発生しやすくなる。これを回避するため、沸点が100℃を超える有機溶媒を組み合わせて用いることが好ましい。風乾時間が短い場合には、沸点が低めである、イソブチルアルコール、1−ブタノールなどを用いることが好ましく、風乾時間が長くなる場合には沸点が高めである、エチルセロソルブ、メチルセロソルブなどを用いることが好ましい。
【0059】
沸点が180℃を超える有機溶媒を用いると、本発明の有機無機複合膜を形成するための低温度域での加熱では十分な耐摩耗性が得られない場合がある。この理由は明確ではないが、膜中に沸点が180℃を超える有機溶媒が存在すると、低温度域での加熱では、多量の溶媒が膜中に残存しやすく、水が効率よく加水分解重縮合に寄与できず、反応が十分に進行しない結果、膜中に空孔(ポア)が発生して緻密化が阻害されるためと考えられる。緻密化する目的でさらに高温で加熱すると、親水性有機ポリマーが分解して、急激な膜収縮および膜構造の再配列が起こり、クラックが発生することがある。
【0060】
塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、有機無機複合膜の形成溶液を基体上に塗布することが好ましい。相対湿度を40%未満に制御すると、雰囲気中の水分の過剰な吸い込みを防止でき、成膜後のシリカ系膜が緻密な構造体となるため、優れた耐摩耗性を確実に得ることができる。シリカ系膜の耐摩耗性を向上させる観点からは、相対湿度を30%以下に制御することがさらに好ましい。相対湿度の下限値は特に限定されないが、形成溶液の取り扱い性(塗布性)を高める観点からは、15%以上、さらには20%以上に制御することが好ましい。湿度が上記の範囲に制御された雰囲気下で形成溶液を塗布することは、良好な耐摩耗性を実現する上で重要である。
【0061】
除去工程では、基体上に塗布された形成溶液の液体成分、例えば水および有機溶媒が除去される。より詳しくは、水および有機溶媒の少なくとも一部、好ましくは実質的に全部が除去される。
【0062】
除去工程は、ITOまたはATOの熱劣化や、親水性有機ポリマーに代表される有機物の熱分解を回避する観点から、400℃以下、さらには300℃以下、特に250℃以下の温度で行うことが好ましい。温度の下限は、要求される膜の硬度に応じて適宜選択すればよい。例えば、100℃以上、さらには150℃以上、場合によっては180℃以上であってよい。ITOの赤外線吸収能は、250℃を超えた範囲での加熱で低下しやすくなる。有機無機複合膜は、200℃程度の加熱であっても十分に硬化させることができるため、ITOに代表される熱的に不安定な材料を、その機能低下を回避しつつ導入することができる。ITOやATOは、形成溶液中に親水性有機ポリマーを添加することにより、膜中に均一に分散させることが容易となる。ポリエーテル基を有するリン酸系界面活性剤は、特に分散性に優れている。形成溶液には、分散剤をさらに添加してもよく、必要に応じて界面活性剤をさらに添加してもよい。
【0063】
除去工程は、室温(25℃)下での風乾工程と、風乾工程に続いて行われる、室温よりも高温かつ400℃以下の雰囲気下、例えば100℃以上400℃以下、さらには250℃以下の雰囲気下での熱処理工程とにより行うとよい。風乾工程は、相対湿度が40%未満、さらには30%以下に制御した雰囲気下で行うことが好ましい。相対湿度を当該範囲に制御することにより、膜におけるクラックの発生をより確実に防止できる。相対湿度の下限値は特に限定されない。例えば15%、さらには20%であってよい。
【0064】
形成溶液中のシリコンアルコキシドの加水分解や重合状態は、上記のとおり、当該形成溶液のpHを調整したり、親水性有機ポリマーを添加したりすることにより制御すればよい。親水性有機ポリマーを添加すると、乾燥や加熱時に十分な膜収縮力が得られるように水分量を調整しつつ、過剰な膜収縮を抑制することが容易となる。これにより、有機無機複合膜の形成溶液を塗布する塗布工程と、塗布された当該形成溶液に含まれる液体成分を除去する除去工程と、をそれぞれ1回ずつ実施することにより、低温度域の熱処理によって、耐摩耗性および赤外線吸収能に優れるとともに、膜厚が250nmを超え5μm以下である程度に厚い有機無機複合膜を形成することができる。
【0065】
本発明による有機無機複合膜は、上述のように、比較的低温の熱処理で、熔融法により得たガラス板に匹敵する程度に優れた耐摩耗性を有している。この有機無機複合膜を、自動車用あるいは建築用の窓ガラスに適用しても、十分実用に耐える。しかし、厚さが0.1mm以下であるフィルム、特に樹脂フィルムを、有機無機複合膜を形成する基体に用いると、基体自体の強度が十分でなく容易に変形するために、有機無機複合膜の耐摩耗性が低下する。これを考慮し、本発明では、厚さが0.1mmを超える基体を用いることが望ましい。また、厚さが0.3mm以上、さらには0.4mm以上、特に0.5mm以上の基体を用いることが好ましい。場合によっては2mm以上、さらには3mm以上であってよい。基体の厚さの上限値は特に限定されないが、例えば20mm、さらには10mmであってよい。
【0066】
有機無機複合膜は、透明基体の表面に形成することとする。透明基体は、ガラスに代表される無機物の基板を用いることが好ましい。有機無機複合膜と基体との密着性が一層向上するためである。また、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、環状ポリオレフィン、ポリメチルペンテン、ナイロンなどの樹脂基板を用いることもできる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
【0068】
(実施例1)
エチルアルコール(片山化学製)4.07gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)2.26g、純水2.48g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.01g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.06g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製:ソルスパース41000)0.09g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.01gを加えて20℃で4時間撹拌した後、さらに、ITO微粒子分散液(三菱マテリアル製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液)0.63gを添加し、1分間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、塩化マンガンを含有する液0.75gを添加した後、20℃で30分間撹拌することにより形成溶液を得た。塩化マンガンを含有する液は、塩化マンガン4水和物(関東化学製)とエタノール(関東化学製)とを、全量が10gとなるように7:18の割合で混合し、4時間撹拌することにより調製した。この例では、塩化マンガンの少なくとも一部が、形成されるシリカ系膜において酸化マンガンとして存在することとなる。
【0069】
次に、この形成溶液を、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm、厚さ:3.1mm)上に、相対湿度30%、室温下でフローコート法にて塗布した。そのまま室温で約5分間風乾した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入して18分間加熱し、その後冷却することにより、ガラス基板上にシリカ系膜を形成した。得られたシリカ系膜は、1100nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。
【0070】
膜の赤外線吸収能について、分光光度計(島津製作所製UV3100PC)を用いて調べたところ、波長1550nmにおける光線透過率が14.3%であった。
【0071】
膜の硬さを、JIS R 3212に準拠した摩耗試験によって評価した。具体的には、市販のテーバー摩耗試験機(TABER INDUSTRIES社製 5150 ABRASER)を用い、500gの荷重で1000回摩耗を行い、摩耗試験前後のヘイズ率の測定を行った。その結果、テーバー試験によっても膜は剥離せず、また、テーバー試験後のヘイズ率は2.4%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していることがわかった。当該シリカ系膜付きガラス板は、自動車用あるいは建築用の窓ガラスとしても、十分に実用性を有している。なお、自動車用の窓ガラスでは、テーバー試験後のヘイズ率は4%以下が求められている。
【0072】
(比較例1)
比較例1は、塩化マンガンを添加せずに形成溶液を得たこと以外は、実施例1と同様にして膜を形成した例である。
【0073】
得られたシリカ系膜は、1100nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー試験後のヘイズ率は0.3%であり、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。しかし、波長1550nmにおける光線透過率は19.7%であり、実施例1と比べると赤外線吸収能が劣っていた。
【0074】
(実施例2)
実施例2は、実施例1と比べて、ITOの添加量を20質量%程度減少させた形成溶液を調製したこと以外は、実施例1と同様にして膜を形成した例である。
エチルアルコール(片山化学製)4.71gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)2.43g、純水1.66g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.01g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.07g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製:ソルスパース41000)0.11g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.01gを加えて20℃で4時間撹拌した後、さらに、ITO微粒子分散液(三菱マテリアル製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液)0.50gを添加し、1分間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、塩化マンガンを含有する液0.50gを添加した後、20℃で30分間撹拌することにより形成溶液を得た。塩化マンガンを含有する液は、塩化マンガン4水和物(関東化学製)とエタノール(関東化学製)とを、全量が10gとなるように7:18の割合で混合し、4時間撹拌することにより調製した。この例においても、塩化マンガンの少なくとも一部が、形成されるシリカ系膜において酸化マンガンとして存在することとなる。
【0075】
得られたシリカ系膜は、1000nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。膜の赤外線吸収能について、分光光度計(島津製作所製UV3100PC)を用いて調べたところ、波長1550nmにおける光線透過率が18.5%であった。また、テーバー試験後のヘイズ率は2.6%であり、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。このように、この膜は、比較例1と比べて、ITOの含有量が単位面積当たり20質量%程度も少ないながらも、赤外線吸収能に優れていた。
【0076】
(比較例2)
比較例2は、実施例1において調製した混合溶液に、塩化マンガンに代えて、塩化ランタンを含有する液0.75gを添加した後、20℃で30分間撹拌することにより形成溶液を得たこと以外は、実施例1と同様にして膜を形成した例である。
【0077】
塩化ランタンを含有する液は、塩化ランタン7水和物(関東化学製)とエタノール(関東化学製)とを、全量が10gとなるように17:58の割合で混合し、4時間撹拌することにより調製した。この例では、塩化ランタンの少なくとも一部が、形成されるシリカ系膜において酸化ランタンとして存在することとなる。
【0078】
この形成溶液を用いて得られたシリカ系膜は、1100nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー試験後のヘイズ率は3.2%であり、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。しかし、波長1550nmにおける光線透過率は16.2%であり、比較例1と比べると赤外線吸収能を向上できたものの、実施例1に匹敵するほどには向上できなかった。
【0079】
実施例1において膜の赤外線吸収能を比較例2よりも向上できた理由は、現段階では明らかではないが、本発明者は、酸化ランタンが、膜の屈折率を変えてその赤外線スペクトルを変化させるように作用するのに対し、酸化マンガンが、ITOの電子密度の状態を変えて、ITOが有する赤外線吸収能を増強させるように作用することで、膜の赤外線吸収能がさらに向上したのではないかと考えている。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、耐摩耗性に優れるとともに、高い赤外線吸収能を有するシリカ系膜が形成された透明物品を提供するものとして、赤外線カット性能が要求される各分野において多大な利用価値を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含む、赤外線カット膜が形成された透明物品であって、
前記赤外線カット膜が、有機物および無機物を含む有機無機複合膜であり、
前記有機無機複合膜が前記無機物としてシリカを含み、
前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、
前記有機無機複合膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記有機無機複合膜が前記透明基体から剥離せず、
前記有機無機複合膜が、さらに、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物の少なくとも一方と、マンガン化合物とを含む、
赤外線カット膜が形成された透明物品。
【請求項2】
前記マンガン化合物が酸化マンガンを含む請求項1に記載の透明物品。
【請求項3】
波長1550nmにおける光線透過率が15%以下である請求項1に記載の透明物品。
【請求項4】
前記有機無機複合膜が前記有機物として親水性有機ポリマーを含む請求項1に記載の透明物品。

【公開番号】特開2007−320780(P2007−320780A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−149791(P2006−149791)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】