説明

赤外線遮蔽膜

【課題】積層数及び総膜厚を減少させながら、特に長波長の赤外光を大幅に遮蔽することができ、さらには成膜時の屈折率変動に対しても分光特性を安定化させるとともに、可視光の分光透過率のリップルを減少させた赤外線遮蔽膜を提供する。
【解決方法】透明な赤外線吸収膜と誘電体膜とが交互に積層されてなる交互多層膜部分と、この交互多層膜部分に隣接するようにして設けられた、少なくとも2種以上の誘電体膜が交互に積層してなる誘電体多層膜部分とから赤外線遮蔽膜を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不要な赤外線、すなわち赤外波長域の光を遮蔽する赤外線遮蔽膜に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタルスチルカメラなどの撮像装置では、CCDやCMOSなどの固体撮像素子を用いて被写体を撮像している。これらの固体撮像素子は可視域から1100nm付近の近赤外域に亘る分光感度を有している。したがって、そのままでは良好な色再現性を得ることができないので、赤外波長域の光(以下、「赤外光」という場合がある)を遮蔽するフィルタを用いて人の通常の視感度に補正することが必要である。したがって、撮像レンズから固体撮像素子までの光路中には赤外線反射膜が設けられている。
【0003】
このような用途に用いられる赤外線反射膜は、可視域の波長の透過率が高いことが要求され、このような観点から、高屈折率材料層と低屈折率材料層とを複数積層した誘電体多層膜が用いられている。また、誘電体多層膜の高屈折率材料層又は低屈折率材料層の内、少なくとも1層を透明導電性材料層としたものなども用いられている。後者の場合においては、可視光の透過率を高く維持した上で、不要な紫外波長域の光(以下、「紫外光」という場合がある)及び赤外光をシャープに反射しながら、透明導電材料層により赤外光を吸収することができる(例えば、特許文献1〜5参照)。
【特許文献1】特開2000−221322号
【特許文献2】特開昭57−58109号
【特許文献3】特開平8−249914号
【特許文献4】特開2006−36560号
【特許文献5】特開2006−71851号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年のデジタルスチルカメラにおける固体撮像素子の高画素数化、低照度下での撮影を可能とする高感度化、ビデオカメラにおけるハイビジョンテレビ対応、産業用カメラでの高精細化・高速度撮影に対応する高感度化などの固体撮像素子の高性能化により、前記固体撮像素子は1100nmを超える長波長域、さらには1200nmを超える長波長域の赤外光をまで感受してしまう傾向にある。かかる観点より、従来に比較して前述のような1100nmを超える長波長域の赤外光を効果的に遮蔽するような赤外線遮蔽膜の開発が求められている。
【0005】
他方、固体撮像素子の高画素数化・高感度化は、撮像素子用視感度補正フィルタを含む撮像光学系の微小異物まで像として認識してしまう傾向がある。したがって、極めて小さな異物であっても存在しないことが好ましい。しかしながら、上述したような長波長領域の赤外光を遮蔽するために、上述したような従来の誘電体多層膜を用いた場合は、その積層数を増大させる必要があり、その結果総膜厚が増大し、成膜時に前記誘電体多層膜に付着する異物のサイズが大きくなる可能性が増大するようになる。
【0006】
なお、成膜時に誘電体多層膜に付着する異物のサイズは、総膜厚に比例して大きくなる。成膜工程において、成膜の前段階の排気、ガス導入時の真空チャンバ内に気体の流動があるとき、異物の核となる微小ダストが被成膜体に付着する。そして、この微小ダスト上に膜が堆積することで成長し異物を形成する。このため、総膜厚が多いほど、異物のサイズは大きくなる。
【0007】
この結果、このような誘電体多層膜に付着した異物は、異物として認識される可能性が高くなり、目的とする画像中に前記異物に起因した不要な画像が含まれるようになる可能性が増大する。
【0008】
また、上記のような高性能化した撮像装置が民生用に広く用いられた場合、その低コスト化が要求されるが、前述のように積層数及び総膜厚が増大した誘電体多層膜からなる赤外線反射膜を用いた場合は、生産性及び歩留まりの低下から前記撮像装置のコスト増となる問題がある。
【0009】
さらに、誘電体多層膜と透明導電材料層とを用いた赤外線反射膜の場合、前記透明導電材料層により長波長域の赤外光は遮蔽できるものの、前記透明導電材料層を単層で用いると成膜時の屈折率変動に対して分光特性が安定せず、赤外光の分光透過率が増大してしまう恐れがある。また、可視光の分光透過率のリップルが大きくなるという問題がある。
【0010】
本発明の目的は、上記の事情に基づいてなされたものであり、積層数及び総膜厚を減少させながら、特に長波長の赤外光を大幅に遮蔽することができ、さらには成膜時の屈折率変動に対しても分光特性を安定化させるとともに、可視光の分光透過率のリップルを減少させた赤外線遮蔽膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、
透明な赤外線吸収膜と誘電体膜とが交互に積層されてなる交互多層膜部分と、
前記交互多層膜部分に隣接するようにして設けられた、少なくとも2種以上の誘電体膜が交互に積層してなる誘電体多層膜部分と、
を具えることを特徴とする、赤外線遮蔽膜に関する。
【0012】
本発明の赤外線遮蔽膜は、従来のような誘電体多層膜部分に加えて交互多層膜部分を有している。そして、前記交互多層膜部分中には、透明な赤外線吸収膜と誘電体膜とが交互に積層されている。したがって、前記交互多層膜部分中では、前記赤外線吸収膜が、赤外線吸収作用を有することに加え、その透明性に起因して誘電体膜よりも屈折率の高い高屈折率材料層として機能し、前記交互多層膜部分全体として、赤外光に対して高い反射作用を有するようになる。
【0013】
このように、本発明の赤外線遮蔽膜では、上記誘電体多層膜部分は従来のように赤外光の反射の効果しか有さないが、前記交互多層膜部分は赤外光の吸収及び反射という両方の効果を有する。したがって、前記交互多層膜部分を上記誘電体多層膜部分に対して隣接して設けることにより、同様の赤外光反射効果を有する場合においても、前記誘電体多層膜部分の厚さを大幅に低減することができ、結果として、前記赤外線遮蔽膜の全体の厚さを低減することができる。
【0014】
この結果、赤外線遮蔽膜の全体の厚さが増大したり、積層数が増大したりすることに起因した生産性及び歩留まりの低下によるコスト増という問題を回避することができる。
【0015】
なお、本発明でいう「透明」とは、可視光域(380nm〜780nm)の分光透過率が45%以上を示す場合を意味する。本発明で用いる赤外線吸収膜の可視光域の分光透過率がこれより低いと、得られる赤外線遮蔽膜の可視光域の分光透過率も低くなり、特にフィルタ用途としては好ましくない。
【0016】
また、本発明の一態様においては、前記交互多層膜部分は、前記赤外線吸収膜を2層以上有するように構成することができる。赤外線吸収膜を単層となるように構成した場合は、長波長域の赤外光は遮蔽できるものの、成膜時の屈折率変動に対して分光特性が安定せず、赤外光の分光透過率が増大したり、可視光の透過率リップルが生じたりしてしまう恐れがある。
【0017】
しかしながら、本態様のように、上記赤外線吸収膜を2層以上とすることにより、結果的に前記赤外線吸収膜を含む交互多層膜部分の積層数を細分化し、これらの細分化した層の膜厚や屈折率を調整することで屈折率変動に対する分光特性が安定する。よって、成膜方法などに起因して赤外線遮蔽膜の屈折率が初期の仕様に対して変動したとしても、分光特性の変化は少なく、赤外光の分光透過率の増大が抑制される。
【0018】
また、同様に赤外線吸収膜を2層以上とすることにより、結果的に前記赤外線吸収膜を含む交互多層膜部分の積層数を細分化し、その増加した層の膜厚や屈折率を調整することで赤外線遮蔽膜の分光特性が安定化することにより、可視光の透過率リップルの発生を抑制することができる。
【0019】
なお、赤外光の分光透過率が増大するといわゆる「赤かぶり」現象(撮像像の暗部が赤っぽくなる)が生じるが、本態様においてはこのような「赤かぶり」現象を抑制することができる。また、可視光の透過率リップルが生じると撮影像の正確な色再現が不可能となるが、本態様では、このような可視光の透過率リップルを抑制することができるので、撮影像の正確な色再現を可能とすることができる。
【0020】
また、本願明細書でいう「屈折率変動」とは、成膜方法に起因するもので、以下の要因が挙げられる。誘電体膜等の成膜時において、成膜開始時は真空チャンバ内の残留ガスが多く、成膜中に残留ガスが徐々に減少していく。このため、残留ガスと導入ガスとの比が成膜中に変化する。また、成膜中、被成膜体はシーズヒータやランプヒータ(ハロゲンランプ等)などを単独もしくは組み合わせて加熱される。真空蒸着方法で、薄膜を形成する場合、蒸着源が加熱され、この輻射熱が被成膜体の温度や真空チャンバ内の雰囲気温度を変化させる。例えば、蒸着物質が酸化物の場合、被成膜体の温度が高くなると屈折率は高く変動する。その他、成膜速度の変化や導入ガス圧の変化、成膜中の成膜物質の化学的組成の変化(変質)も屈折率変動の要因となる。以上の成膜時の様々な変動要因により成膜方法による違いはあるものの、成膜時には数%程度の屈折率変動が起こることがある。
【0021】
また、本願明細書でいう「分光透過率のリップル」とは、赤外線遮蔽膜の分光透過率のばらつきをいう。撮像装置等に用いられる赤外線遮蔽膜は赤外光を確実に遮蔽し、且つ可視光の透過率が高いことが求められ、特に可視光域(380nm〜780nm)における透過率のばらつきが大きいと所期の分光特性が得られない。そのため、可視光の透過率のばらつきは限りなく少なく、分光透過率のグラフでは可視光域がフラットであることが求められる。
【0022】
さらに、本発明の一態様においては、前記赤外線吸収膜の1層当たりの膜厚を10nm〜200nmの範囲とすることができ、前記赤外線吸収膜が2層以上存在する場合は、その全体の厚さを500nm以下とすることができる。1層当たりの膜厚の上限を200nm及び2層以上の全体の厚さの上限を500nmとしたのは、それ以上の厚さでは可視光の透過率が減少し、例えば上述した撮像装置などに本発明の赤外線遮蔽膜を組み込んだ場合に、コントラストの高い像を得ることができなくなる場合があるためである。
【0023】
また、前記赤外線吸収膜の1層当たりの膜厚の下限を10nmとしたのは、前記赤外線吸収膜が実際に膜状に存在し、その赤外線吸収及び反射の機能を十分に発揮させるようにするためである。
【0024】
さらに、本発明の一態様においては、前記赤外線吸収膜の、波長1000nmにおける消衰係数を0.1以上とすることが好ましく、より好ましくは0.15以上、特に好ましくは0.2以上である。この消衰係数が0.1より小さくなると、赤外光の吸収性が小さくなり、所望の分光特性を得ることができなくなる場合がある。
【0025】
また、本発明の一態様においては、前記赤外線吸収膜は、インジウム、インジウム系複合酸化物、錫、錫系複合酸化物、亜鉛、及び亜鉛系複合酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことができる。この場合、前記赤外線吸収膜は上述した赤外光の吸収及び反射という効果をより発揮することができるようになり、その作用効果を増大させることができるようになる。
【0026】
さらに、本発明の一態様においては、前記交互多層膜部分及び前記誘電体多層膜部分は、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンビーム法、イオンプレーティング法、及びCVD法によって形成することができる。これによって、前記交互多層膜部分や前記誘電体多層膜部分などの積層数が比較的多い場合でも、各層の厚さを高精度に制御しながら、前記交互多層膜部分及び前記誘電体多層膜部分を比較的容易に形成することができる。また、スパッタリング法やイオンプレーティング法はいわゆるプラズマ雰囲気処理であるので、前記交互多層膜部分及び前記誘電体多層膜部分間、さらには基板などへの密着性を向上させることができる。また、イオンビーム法やCVD法では、緻密であり剥がれ難い前記交互多層膜部分及び前記誘電体多層膜部分を形成することができる。
【0027】
さらに、本発明の一態様においては、前記誘電体多層膜は紫外波長域の光を反射し、紫外線遮蔽機能を有してもよい。これにより、撮像光学系において、不要な紫外線が撮像素子に到達せず、近紫外線色収差に起因する輪郭ぼけや迷光紫外線などによる撮影画像の乱れを低減することができる。
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように、本発明によれば、積層数及び総膜厚を減少させながら、特に長波長の赤外光を大幅に遮蔽することができ、さらには成膜時の屈折率変動に対しても分光特性を安定化させるとともに、可視光の分光透過率のリップルを減少させた赤外線遮蔽膜を提供することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明のその他の特徴及び利点などに関し、発明を実施するための最良の形態に基づいて詳細に説明する。
【0030】
図1は、本発明の赤外線遮蔽膜の一例を概略的に示す構成図である。図1に示す赤外線遮蔽膜10は、交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13を含んで構成され、例えばガラス基板11上において、順次交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13が積層されてなる。
【0031】
交互多層膜部分12は、赤外線吸収膜121と誘電体膜122とが交互に積層されている。なお、本態様では、赤外線吸収膜121及び誘電体膜122を2層交互に積層しているが、積層数はそれぞれ単層とすることもできるし、3層以上とすることもできる。また、単層の赤外線吸収膜121を誘電体膜122で挟み込むようにして構成することもできる。
【0032】
但し、赤外線吸収膜121を2層以上とすることにより、交互多層膜部分12の積層数を細分化し、たとえ赤外線吸収膜121自体が成膜方法などに起因してその屈折率変動が生じたとしても、交互多層膜部分12の全体で見た場合は、赤外線吸収膜121の屈折率変動をキャンセルするように作用する。したがって、このような赤外線吸収膜の屈折率変動に起因した上記赤外光の分光透過率の増大が抑制される。
【0033】
また、同様に赤外線吸収膜を2層以上とすることにより、結果的に前記赤外線吸収膜を含む交互多層膜部分の積層数が細分化し、その増加した層が分光特性の安定化に寄与することにより、可視光の透過率リップルの発生を抑制することができる。
【0034】
赤外線吸収膜121は以下に説明するように、単体では赤外光の吸収機能を、誘電体膜と組み合わさることで反射機能を奏するものであり、かかる機能を考慮した場合、インジウム、インジウム系複合酸化物、錫、錫系複合酸化物、亜鉛、及び亜鉛系複合酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1つから構成されることが好ましい。具体的には、InやITO(酸化インジウム錫)、Sn、ZnO、AZO(酸化アルミニウム亜鉛)、GZO(GaドープのZnO)などを例示することができる。但し、その他の酸化物などについても、上記赤外光の吸収及び反射の機能を有する限りその使用を妨げるものではない。
【0035】
また、誘電体膜122は、所定の誘電体、例えば酸化珪素や酸化チタンなどの酸化物から構成することができる。但し、酸化チタンなどは酸化珪素に比較して一般に屈折率が高いので、赤外線吸収膜121としてITOなどを使用する場合は、誘電体膜122として酸化珪素などの比較的屈折率の低いものから構成することが好ましい。これによって、交互多層膜部分12の全体として、赤外光に対して高い反射機能を奏するようになる。
【0036】
また、赤外線吸収膜121は1層当たり10nm〜200nmの厚さに設定することができる。1層当たりの膜厚の上限を200nmとすることにより、可視光の透過率減少を抑制することができ、図1に示す赤外線遮蔽膜10を例えば撮像装置などに組み込んだ場合に、コントラストの高い像を得ることができるようになる。なお、赤外線吸収膜121の1層当たりの膜厚を10nm以上とするのは、赤外線吸収膜121が実際に膜状に存在し、その赤外線吸収及び反射の機能を十分に発揮させるようにするためである。
【0037】
なお、図1に示す構成のように赤外線吸収膜121を2層以上とする場合は、上記同様の理由から、その全体の厚さを500nm以下とする。
【0038】
また、赤外線吸収膜121の、波長1000nmにおける消衰係数は0.1以上とすることが好ましい。この消衰係数が0.1より小さくなると、赤外光の吸収性が小さくなり、所望の分光特性を得ることができなくなる場合がある。上記ITOなどは、この要求を満足するものであるので、かかる観点からも本例、すなわち本発明において好ましく用いることができる。
【0039】
なお、消衰係数とは次のような物理的意義を有するものである。物質が光を吸収する場合に、その光の強度はI=I−αXなる関係式に従って減衰する。ここで、αは単位長さ当たりの減衰を示す吸収係数であり、Xは前記物質中を進行した前記光の距離を表す。光がある厚さの物質を透過した時の吸収量(光学濃度)は、OD=−log(I/I)と定義される。したがって、これら2つの式を比較すると、前記物質の厚さがLの場合に、ODとαとはα=2.303×OD/Lなる関係を満たすことになる。
【0040】
ところで、αは上述したように吸収係数であるから、単位長さ当たりの吸収量を表すことになる。一方、光と物質との相互作用を理論的に扱う場合には、光の電磁場の振動1回当たりの吸収量の方が基準となる。このため、物質の光の吸収を定義する量として消衰係数kが定義されている。
【0041】
一方、吸収係数αと消衰係数kとの間には、k=α×λ/4πという関係があることが知られている。但し、λは真空中での光の波長を示す。これより、ある波長領域で光学濃度が一定の試料があったとすると、吸収係数には波長依存性がないが、消衰係数は長波長ほど大きくなる。消衰係数は、層の各波長における吸収割合を示す数値であり、屈折率の虚数部分にあたる。具体的には、分光器で測定した透過、反射スペクトルにCauchyの式を適用することにより算出できる。また、光学異方性のない基材(珪素、ポリカーボネート、ガラスなど)上へ形成した薄膜を、エリプソメトリ(偏光解析法)を用いることによっても算出することができる。
【0042】
また、誘電体多層膜部分13は、従来のように、異なる2種の材料層、すなわち低屈折率材料層131及び高屈折率材料層132が交互に積層されたものであり、赤外線反射膜として機能する。したがって、各材料層を構成する誘電体は従来同様の公知のものを用いることができる。例えば、酸化珪素や酸化チタンなどを用いることができる。この場合、酸化珪素が低屈折率材料層であり、酸化チタンが高屈折率材料層である。また、誘電体多層膜13は、紫外波長域の光を反射する紫外線遮蔽機能を有していてもよい。
【0043】
なお、交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13中には、各層の屈折率を調整する目的で添加剤を含有させることもできる。このような添加剤としては、SiO、Al、CeO、FeO、HfO、In、MgF、Nb、SnO、Ta、TiO、Y、ZnO、ZrO、NiO、ITO、ATO、MgOなどを挙げることができる。
【0044】
なお、上記添加剤を含有させることによる屈折率の増減は、前記添加剤の種類と添加すべき層の材料組成とに起因する。例えば、層の屈折率よりも小さい屈折率の添加剤を含有させた場合は、前記層全体の屈折率は低下するが、層の屈折率よりも大きい屈折率の添加剤を含有させた場合は、前記層全体の屈折率が増大する。
【0045】
このような添加剤を含有させることによって層の屈折率は変化するようになるが、その際の屈折率変化は、例えば誘電体多層膜部分13中における低屈折率材料層131及び高屈折率材料層132間の屈折率差が増大するようにする。すなわち、前記添加剤は、低屈折率材料層131及び高屈折率材料層132間の屈折率差が増大するようにして添加する。
【0046】
このような構成の赤外線遮蔽膜10に対して、例えば図1に矢印で示すその厚さ方向に、例えば自然光などの光が入射した場合、交互多層膜部分12中では、赤外線吸収膜121が、赤外線吸収作用を有することに加え、誘電体膜122と積層することで、赤外光に対して高い反射作用を有するようになる。すなわち、誘電体多層膜部分13は従来のように赤外光の反射の効果しか有さないが、交互多層膜部分12は赤外光の吸収及び反射という両方の効果を有する。
【0047】
したがって、図1に示すように、交互多層膜部分12を誘電体多層膜部分13に対して隣接して設けることにより、同様の赤外光反射効果を有する場合においても、誘電体多層膜部分13の厚さを大幅に低減することができ、結果として、赤外線遮蔽膜10の全体の厚さを低減することができる。この結果、赤外線遮蔽膜10の全体の厚さが増大したり、積層数が増大したりすることに起因した生産性及び歩留まりの低下によるコスト増という問題を回避することができる。
【0048】
なお、交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13は、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンビーム法、イオンプレーティング法、及びCVD法によって形成することができる。これによって、交互多層膜部分12や誘電体多層膜部分13などの積層数が比較的多い場合でも、各層の厚さを高精度に制御しながら、交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13を比較的容易に形成することができる。また、スパッタリング法やイオンプレーティング法はいわゆるプラズマ雰囲気処理であるので、交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13の基板11への密着性を向上させることができる。
【0049】
また、図1に示す構成では、ガラス基板11上に交互多層膜部分12及び誘電体多層膜部分13の順に形成しているが、その形成順序を逆転することもできる。すなわち、誘電体多層膜部分13及び交互多層膜部分12の順に形成することもできる。このように、赤外線吸収膜121を含む交互多層膜部分12を基板の外側に配置することで、赤外線吸収膜121が導電性を有する場合は、赤外線遮蔽膜10の表面抵抗値を下げることができる。この赤外線遮蔽膜10の赤外線吸収膜121を接地電位に接続した状態で撮像光学系に設けることで、赤外線遮蔽膜10が帯電防止機能を備え、赤外線遮蔽膜表面への塵の付着を抑制することができる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は当然に以下の内容に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1)
本実施例では、図1に示す構成の赤外線遮蔽膜を作製した。なお、交互多層膜部分は、赤外線吸収膜としてITO膜(波長1000nmにおける消衰係数:0.2)を用い、誘電体膜として酸化珪素(SiO)膜を用いた。また、誘電体多層膜部分は、高屈折率材料層として酸化チタン(TiO)膜を用い、低屈折率材料層として酸化珪素(SiO)膜を用いた。また、それぞれの層はスパッタリング法により形成した。なお、具体的な構成態様(積層数及び順序、並びに各層の厚さ、総膜厚)は表1に示した。さらに、このような赤外線遮蔽膜の分光特性を図2に示した。
【0052】
【表1】

【0053】
(実施例2)
本実施例でも、図1に示すような構成の赤外線遮蔽膜を作製したが、交互多層膜部分と誘電体多層膜部分の積層順序を逆転させた。なお、赤外線吸収膜としてITO膜(波長1000nmにおける消衰係数:0.2)を用い、誘電体膜として酸化珪素(SiO)膜を用いた。また、誘電体多層膜部分は、高屈折率材料層として酸化チタン(TiO)膜を用い、低屈折率材料層として酸化珪素(SiO)膜を用いた。また、それぞれの層はスパッタリング法により形成した。なお、具体的な構成態様(積層数及び順序、並びに各層の厚さ、総膜厚)は表2に示した。さらに、このような赤外線遮蔽膜の分光特性を図3に示した。
【0054】
【表2】

【0055】
(比較例)
本比較例では、図1に示す構成の赤外線遮蔽膜において、交互多層膜部分を有せず、誘電体多層膜部分のみからなる従来の構成の赤外線遮蔽膜を作製した。なお、高屈折率材料層として酸化チタン(TiO)膜を用い、低屈折率材料層として酸化珪素(SiO)膜を用いた。また、それぞれの層はスパッタリング法により形成した。なお、具体的な構成態様(積層数及び順序、並びに各層の厚さ、総膜厚)は表3に示した。さらに、このような赤外線遮蔽膜の分光特性を図4に示した。
【0056】
【表3】

【0057】
以上、実施例及び比較例から明らかなように、本発明に従って得た実施例の赤外線遮蔽膜においては、その全体の積層数及び総膜厚が比較例で得た従来の赤外線遮蔽膜に比較して減少しているにも拘らず、特に1100nm以上の赤外光の領域の遮蔽効果が優れていることが分かる。
【0058】
したがって、交互多層膜部分を誘電体多層膜部分に対して隣接して設けることにより、特に1100nm以上の赤外光に対して優れた遮蔽効果を奏するとともに、前記誘電体多層膜部分の厚さを大幅に低減することができ、結果として、赤外線遮蔽膜の全体の厚さを低減することができる。この結果、前記赤外線遮蔽膜の生産性及び歩留まりの低下によるコスト増という問題を回避することができることが分かる。
【0059】
(実施例3)
本実施例では、実施例1に示す構成の赤外線遮蔽膜の交互多層膜部分における赤外線吸収膜を2層から1層に変更した。具体的には、表1の膜構成において基板から2番目のSiO膜(誘電体膜)を成膜しないことで、ITO膜を1層とした。但し、ITO膜の膜厚は、実施例1の2層の膜厚を合計したものと同じである。
【0060】
赤外線吸収膜が2層の場合(実施例1)と1層の場合(実施例3)の屈折率変動に対する分光透過率の安定性及び可視域のリップルの発生を確認するため、各実施例の分光透過率を調べた。図5は、実施例1の赤外線遮蔽膜について、屈折率変動が起こった場合の分光透過率であり、太線は屈折率変動がない場合を、2本の細線は屈折率変動がある場合(+4%、−4%)をそれぞれ示すグラフである。図6は実施例3の赤外線遮蔽膜について、図5と同様に屈折率変動がない場合及び屈折率変動がある場合(+4%、−4%)の分光透過率を示すグラフである。
【0061】
図5及び図6から明らかなように、図5(実施例1)に示す構成の赤外線遮蔽膜では、可視域(380nm〜780nm)における分光透過率はほぼフラットでありばらつきは少なく、リップルは抑制されている。これに対し、図6(実施例3)に示す構成の赤外線遮蔽膜では、可視域の分光透過率のばらつきが大きく(特に、600nm〜650nm)、リップルが発生している。
【0062】
(実施例4)
本実施例では、実施例3における分光透過率の可視域のリップルを抑制するため、実施例3と同様の膜構成で膜厚のみを調整した。図7は実施例4の赤外線遮蔽膜について、図5及び図6と同様に屈折率変動がない場合及び屈折率変動がある場合(+4%、−4%)の分光透過率を示すグラフである。
【0063】
図5、図6及び図7から明らかなように、図7(実施例4)示す赤外線遮蔽膜では、図5(実施例1)と同程度に分光透過率の可視域のリップルが抑制されている。しかし、図5(実施例1)及び図6(実施例3)に示す赤外線遮蔽膜では、屈折率変動がある場合の波長800nm〜1100nmの赤外光領域での最大透過率が約10%以下であるのに対し、図7(実施例4)の構成の赤外線遮蔽膜では、屈折率変動がある場合の波長800nm〜1100nmの赤外光領域での最大透過率が約20%以上にまで増大していることが分かる。
【0064】
これらより、赤外線遮蔽膜の赤外線吸収膜が1層の場合、長波長域の赤外線遮蔽効果を有するものの、赤外線遮蔽膜の成膜時の屈折率変動に対する分光透過率の安定化及び分光透過率の可視域のリップル抑制という効果を同時に得ることはできない。これに対して、実施例1のように赤外線遮蔽膜の赤外線吸収膜を2層以上に細分化することで、これら両方の効果が得られる。
【0065】
以上、本発明を上記具体例に基づいて詳細に説明したが、本発明は上記具体例に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない限りにおいてあらゆる変形や変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の赤外線遮蔽膜の一例を概略的に示す構成図である。
【図2】本発明の赤外線遮蔽膜の一例(実施例1)における分光特性を示すグラフである。
【図3】同じく、本発明の赤外線遮蔽膜の一例(実施例2)における分光特性を示すグラフである。
【図4】従来の赤外線遮蔽膜の一例における分光特性を示すグラフである。
【図5】本発明の赤外線遮蔽膜の一例(実施例1)における分光透過率を示すグラフである。
【図6】同じく、本発明の赤外線遮蔽膜の一例(実施例3)における分光透過率を示すグラフである。
【図7】同じく、本発明の赤外線遮蔽膜の一例(実施例4)における分光透過率を示すグラフである。
【符号の説明】
【0067】
10 赤外線遮蔽膜
11 (ガラス)基板
12 交互多層膜部分
13 誘電体多層膜部分
121 赤外線吸収膜
122 誘電体膜
131 高屈折率材料層
132 低屈折率材料層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な赤外線吸収膜と誘電体膜とが交互に積層されてなる交互多層膜部分と、
前記交互多層膜部分に隣接するようにして設けられた、少なくとも2種以上の誘電体膜が交互に積層してなる誘電体多層膜部分と、
を具えることを特徴とする、赤外線遮蔽膜。
【請求項2】
前記交互多層膜部分は、前記赤外線吸収膜を2層以上有することを特徴とする、請求項1に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項3】
前記赤外線吸収膜の1層当たりの膜厚が10nm〜200nmの範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項4】
前記赤外線吸収膜の1層当たりの膜厚が10nm〜200nmの範囲であることを特徴とする、請求項2に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項5】
前記赤外線吸収膜の全体の厚さが500nm以下であることを特徴とする、請求項4に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項6】
前記赤外線吸収膜の、波長1000nmにおける消衰係数が0.1以上であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項7】
前記赤外線吸収膜は、インジウム、インジウム系複合酸化物、錫、錫系複合酸化物、亜鉛、及び亜鉛系複合酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項8】
前記交互多層膜部分及び前記誘電体多層膜部分は、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンビーム法、イオンプレーティング法、及びCVD法からなる群より選ばれる少なくとも1つの方法によって形成されることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一に記載の赤外線遮蔽膜。
【請求項9】
前記誘電体多層膜は紫外波長域の光を反射し、紫外線遮蔽機能を有することを特徴とする、請求項1〜8のいずれか一に記載の赤外線遮蔽膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−70825(P2008−70825A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−251867(P2006−251867)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(000158208)AGCテクノグラス株式会社 (81)
【出願人】(000231475)日本真空光学株式会社 (9)
【Fターム(参考)】