超伝導トンネル型ミキサ
【課題】 広帯域性かつ低雑音性に優れた超伝導トンネル型ミキサチップを提供する。
【解決手段】 本発明は、2個のシングルスロットアンテナの出力を同位相で合成する同相給電型ツインスロットアンテナと、その出力に接続された整合トランスと、さらにその出力に接続された並列型多接合素子とから構成する。並列型他接合素子は、電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造の複数個の超伝導トンネル型接合素子を、インダクタンスを介して接続する。整合トランスは、複数段の整合トランスにより構成して、複数段構造の各々の部分の長さ及び幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御して、周波数に応じて、並列型多接合素子のインピーダンスを変換する。
【解決手段】 本発明は、2個のシングルスロットアンテナの出力を同位相で合成する同相給電型ツインスロットアンテナと、その出力に接続された整合トランスと、さらにその出力に接続された並列型多接合素子とから構成する。並列型他接合素子は、電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造の複数個の超伝導トンネル型接合素子を、インダクタンスを介して接続する。整合トランスは、複数段の整合トランスにより構成して、複数段構造の各々の部分の長さ及び幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御して、周波数に応じて、並列型多接合素子のインピーダンスを変換する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導トンネル型ミキサに関し、特に、並列型超伝導トンネル多接合素子と同相給電型ツインスロットアンテナを備えるテラヘルツ波用低雑音の広帯域ミキサに関する。
【背景技術】
【0002】
電磁波の周波数と電力の高精度計測法として、未知周波数と基準信号源からの既知周波数との差周波信号を生成し、その周波数と電力を測定するヘテロダイン法が知られており、マイクロ波やミリ波帯の電子計測器や分光計に使われている。
【0003】
図1は、テラヘルツ帯ヘテロダイン受信器の構成を示す図であり、図において、fSは信号周波数(テラヘルツ帯)、fLは局部発振波(周波数基準波)の周波数(テラヘルツ帯)、fIFは出力周波数(マイクロ波帯)をそれぞれ示している。ヘテロダイン受信器を100 GHz以上1 THz以下の周波数領域の電磁波(以下、テラヘルツ波と称す)に対して構成すると、図1のようになる。すなわち、周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波がビームスプリッタと呼ばれる光学素子で混合され、ミキサチップ上にあるアンテナに入射された後、ミキサ素子へ導かれる。
【0004】
ミキサ素子では、両者の差周波fIF成分が作られ、テラヘルツ波を遮断するフィルタを経て出力増幅器に致る。出力波の周波数fIFをマイクロ波帯に設定すれば、テラヘルツ信号スペクトルがマイクロ波帯出力スペクトルに忠実にコピーされるので、スペクトルアナライザ等の市販マイクロ波帯計測器による高精度な周波数・電力の解析が可能となる。ヘテロダイン受信器の周波数分解能は、局部発振器の発振周波数ゆらぎと、出力信号処理系の分解能で制限され、最小検出電力(受信器雑音温度)は、アンテナの次段に配置される能動デバイス(図1の場合にはミキサ素子)の雑音温度で制限される。したがって、テラヘルツ波用ヘテロダイン受信器においては、低雑音のミキサ素子が強く要求される。
【0005】
図2は、代表的なテラヘルツ帯ミキサの受信器雑音温度の周波数依存性を示す図である。図において、Nb-SISは電極材料にニオブを用いた超伝導トンネル型ミキサ、NbN-SISは電極材料に窒化ニオブを用いた接合素子による超伝導トンネル型ミキサ、Hybrid-SISは接合素子電極にニオブ、同調回路電極に他の材料を用いた超伝導トンネル型ミキサ、hはプランク定数、fは周波数、kBはボルツマン定数、300 K, 20 K, 4 Kはミキサ素子の動作温度(絶対温度で記述)をそれぞれ示している。超伝導トンネル型ミキサは、テラヘルツ波領域で動作するショットキーダイオード等のミキサ素子の中で、最も低雑音性に優れており、電波天文観測や地球大気中微量分子濃度計測に使われている。
【0006】
図3は、超伝導トンネル接合素子の(a)構造と(b)電気的等価回路を示す図である。図において、Vdcは接合素子のバイアス電圧、Idcは接合素子のバイアス電流、RJは接合素子のトンネル抵抗、CJは接合素子のキャパシタンスをそれぞれ示している。ミキサチップの心臓部である超伝導トンネル型接合素子(以下、接合素子と呼ぶ)は、極めて薄い(約1 nm)電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造をとる(図3(a))。よって、接合素子の電気的等価回路は、トンネル抵抗RJとキャパシタンスCJとの並列接続で表される(図3(b))。周波数fのテラヘルツ波に対しては、通常1/RJ<<2πf CJ が成り立つため、CJをインピーダンス的に打ち消しアンテナとの結合効率向上を図るための同調回路(インダクタンス成分)をミキサチップ上に備えている。
【0007】
図4は、二接合型ミキサを示す図であり、(a)等価回路 (b)トンネルバリアが厚い時と薄い時の、アンテナ-接合素子間の電力伝達効率(感度)の周波数依存性の模式図を示している。VSは接合素子から見たアンテナ起電力、RSは接合素子から見たアンテナインピーダンス、RJは接合素子のトンネル抵抗、CJは接合素子のキャパシタンス、LTは同調回路のインダクタンス、fCは中心周波数、δfは周波数帯域をそれぞれ示している。二接合型ミキサの周波数帯域は、図4(a)に示す2個のCJと同調インダクタンスから成る直列共振回路の帯域で制限される。超伝導トンネル型ミキサの広帯域化を図る方法として2つが提案されている。1つは、二接合型ミキサにおいて、トンネルバリアの更なる極薄化により接合素子の遮断周波数1/(2πCJRJ)を上げる方法(図4(b))、他の1つは、接合素子とインダクタンスから成る共振回路の個数をN -1個(但し、Nはミキサを構成する接合素子の個数)に増やし、共振周波数を近接した周波数帯域内にN -1個作り出すことにより広帯域化を図る多接合型ミキサである。図5は、多接合型ミキサを示す図であり、(a)等価回路 (b) アンテナ-接合素子間の電力伝達効率(感度)の周波数依存性の模式図である。図において、fC1, fC2, fC3は個別共振回路の中心周波数、δfはN-1個の共振回路トータルの周波数帯域を示している。図5に示す並列型多接合素子は、図4に示す二接合素子の持つ「極めて薄いトンネルバリアを持つ接合素子作製の困難性」を避ける方法として優れている反面、以下に述べように、多くのアンテナよりもはるかに低いインピーダンスを持つゆえに、アンテナとの間の結合効率を稼げる周波数幅が、一般的に狭くならざるを得ないという欠点があった。
【0008】
ミキサチップ上に搭載可能な「薄膜アンテナ」(集積回路技術により金属薄膜を用いてチップ上に作製される微小平面アンテナの総称)のうち、周波数に独立なインピーダンスを呈するゆえに一般的に広帯域向きとされるスパイラルアンテナやログペリアンテナ等の、いわゆる「自己補対型」アンテナは、並列型多接合素子とのインピーダンス比が10倍以上ある。また、アンテナは一般に、特定方向の電界成分を持つ電磁波のみを検出する(この方向と電磁波の進行方向の成す面を「偏波面」と呼ぶ)が、自己補対型アンテナの偏波面は周波数に依存する。これに対し、局部発振波の偏波面は、一般的に周波数に独立である。よって、ミキサチップと局部発振器との広帯域にわたる高効率結合のためには、両者の異なる偏波面を周波数毎に適合させる機構が別途必要になり、構造上複雑かつ高価になる。また、周波数に依存しない特定偏波面のみを持つ信号波を受信したいという用途があるが、偏波面が周波数に依存するアンテナでは、この要求を満たすことは困難である。以上2つの理由から、自己補対型アンテナは、並列型多接合素子が持つ広帯域性のポテンシャルを活かせないという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、並列型多接合素子やテラヘルツ波信号源・局部発振器との高効率結合を広帯域にわたり確保できる薄膜アンテナ方式を選ぶとともに、アンテナと並列型多接合素子との間にインピーダンス整合用トランスを挿入し、それらの最適化を図ることにより、広帯域性かつ低雑音性に優れた超伝導トンネル型ミキサチップを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の超伝導トンネル型ミキサは、光学素子で混合された周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波を入射して、両者の差周波fIF成分を出力する。2個のシングルスロットアンテナの出力を同位相で合成する同相給電型ツインスロットアンテナと、前記ツインスロットアンテナの出力に接続された整合トランスと、前記整合トランスの出力に接続された並列型多接合素子とから構成し、前記並列型他接合素子は、電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造の複数個の超伝導トンネル型接合素子を、インダクタンスを介して接続し、前記整合トランスは、複数段の整合トランスにより構成して、複数段構造の各々の部分の長さ及び幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御して、周波数に応じて、前記並列型多接合素子のインピーダンスを変換する。
【0011】
また、前記並列型多接合素子の出力部には、入力テラヘルツ波の漏れを抑制するフィルタを設ける。前記2個のシングルスロットアンテナは半波長程度離れた位置に配置して、その2個のスロットアンテナ端子から等距離の地点において両者の出力を同位相で合成する。前記整合トランスは、マイクロストリップ線路構造により構成する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、並列型多接合素子やテラヘルツ波信号源・局部発振器との高効率結合を広帯域にわたり確保できるだけでなく、アンテナと並列型多接合素子との間にインピーダンス整合用トランスを挿入し、それらの最適化を図ることにより、広帯域性かつ低雑音性に優れた効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、例示に基づき本発明を説明する。図6は、本発明の広帯域仕様の超伝導トンネル型ミキサを、1チップ上に集積化した状態で示すミキサチップ中心部の図である。図示の超伝導トンネル型ミキサは、同相給電型ツインスロットアンテナと、その出力に接続された整合トランスと、さらにその出力に接続された並列型多接合素子から構成される。図6の例は、並列接続の接合素子数を8、ツインスロットアンテナのスロット長を中心周波数350 GHzに対応する300 μm、整合トランスの段数を3とした。また、接合素子の出力部には、入力テラヘルツ波の出力部への漏れを抑制する2段のフィルタ(図示省略)を設けている。
【0014】
図示の超伝導トンネル型ミキサは、図1のミキサチップに対応する。すなわち、図1に示すようにして、ビームスプリッタと呼ばれる光学素子で混合された周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波が、図6に示す同相給電型ツインスロットアンテナに入射された後、整合トランスを介して、並列型多接合素子へ導かれる。並列型多接合素子では、両者の差周波fIF成分が作られ、テラヘルツ波を遮断するフィルタを経て後段に位置する出力増幅器に致る。並列型多接合素子は、図5を参照して説明したような構成を有している。
【0015】
(A.ツインスロットアンテナ)
以下、図示の構成について、さらに説明する。まず、本発明で用いるツインスロットアンテナに先立ち、シングルスロットアンテナを説明する。図7は、シングルスロットアンテナの(a)平面構造、及び(b)断面構造を示す図である。シングルスロットアンテナは、ミキサチップを作製するための基板上のグランド電極の一部にあけられた長方形の穴(スロット)と、スロット上に這わせた電界検出用ストリップ電極から構成される。図7において、左右方向の電界成分を持つ電磁波がアンテナに入射すると、プラス・マイナスの端子間に電圧が生じる。
【0016】
図8は、半波長程度離れた位置に置かれた2個のシングルスロットアンテナから成るツインスロットアンテナを示す図であり、(a)は同相給電型を、(b)は逆相給電型を示している。本発明は、後述するように、同相給電型を用いる。ツインスロットアンテナは、2個配置したスロット間の干渉効果により、シングルスロットアンテナよりも鋭い指向性を有する。
【0017】
図9は、シリコン基板上に作製したツインスロットアンテナインピーダンスの周波数依存性の計算値を示すグラフであり、縦軸は、2個のスロットのうちの1個あたりの値を示している。スロット長さ300μm、スロット幅6μm、スロット間隔150μm、基板の比誘電率11.7の条件を用いた。
【0018】
ツインスロットアンテナは、インピーダンスこそ周波数依存性を持つ(図9)が、並列型多接合素子やテラヘルツ波信号源・局部発振器との広帯域結合に適した下記性質を有する。
・スロットの幾何学的形状により定まる偏波面を持ち、それが周波数に依らず一定である。
・全放射電力のうちの殆どが主ビームに含まれ、しかもその割合が周波数に対してほぼ独立である。したがって、信号波や局部発振波との結合光学系については、主ビーム伝播のみを考慮した設計を行えば良い。
・接合素子との結合効率低下の原因となるアンテナインピーダンス虚数部の大きさが、実数部(放射抵抗)以下に抑えられる周波数帯が比較的広い(図9)。このため、虚数部を打ち消すための整合回路が効果的に働くとともに、その広帯域化設計も比較的易しい。
・放射抵抗が小さく、かつその値はスロット幅による調整が可能である。例えば、シリコン基板上に作製されたツインスロットアンテナの1波長共振時(図9において350 GHz付近の周波数)の放射抵抗は、電磁界解析計算によると、スロット幅15μmに対して25オームであるが、スロット幅を1.5μmに狭めると9オームにまで下がる。この値は、シリコン基板上の自己補対型アンテナの放射抵抗75オームのわずか1/8であるとともに、8並列接合素子の典型的抵抗値4オームのわずか2倍に過ぎない。
【0019】
(B. 同相給電型ツインスロットアンテナ)
図8に示すように、ツインスロットアンテナでは、負荷(接合素子)との結線方法が2通り考えられる。1つは2個のスロットアンテナ端子から等距離の地点において両者の出力を同位相で合成し、負荷(接合素子)に導く同相給電型(図8(a))、他の1つは、2個のスロットアンテナ端子からの逆位相の出力を、負荷(接合素子)のプラス、マイナス端子に各々加える逆相給電型(図8(b))である。以上述べた構成のため、同相給電型ツインスロットアンテナの入力インピーダンスは、逆相給電型ツインスロットアンテナの値の1/4となり、並列型多接合素子等の低インピーダンス負荷との整合に適する。
【0020】
(C. 整合トランス)
図10は、マイクロストリップ線路構造による3段整合トランスを示す図であり、(a)は上から見た図を、(b)は断面構造を示している。図10において、L1, L2, L3は各段の長さを、W1, W2, W3は各段の幅を示している。並列型多接合素子と同相給電型ツインスロットアンテナは、ともに周波数に依存するインピーダンスを持ち、それらの間には相関はない。それゆえ、これら2要素を直結しただけでは、両者間の高い結合は、特定周波数において得られたとしても、広帯域にわたっては得られない。これを改善するため、両者間に、多接合素子や薄膜アンテナと同一工程で作製可能なマイクロストリップ線路構造による多段(複数段)の整合トランス(図10に3段の場合を示す)を挿入する。図示したように、マイクロストリップ線路構造の整合トランスの各段は、絶縁層の両側に超伝導電極を配置して構成する。このトランスは、周波数に応じて、並列型多接合素子のインピーダンスを変換する働きをするが、多段構造の各々の部分の長さ・幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御できる特徴を有する。したがって、トランスの幾何学的寸法の最適化により、与えられた周波数帯全域において、並列型多接合素子と同相給電型ツインスロットアンテナとの高い結合効率を実現できる。
【実施例1】
【0021】
図6に示すように1チップ上に集積化した広帯域仕様の超伝導トンネル型ミキサを設計・試作した。図11は、アンテナからトランスを介した8並列型接合素子へのテラヘルツ信号電力伝達効率の周波数依存性に関する計算値(実線)と実験値(丸印)を示す図である。両者の良い一致が得られていることから、設計指針の妥当性が証明されるとともに、本発明のミキサの電力伝達効率が、ミキサパラメータの設計値からのずれの影響を受けにくい利点を持つことが示唆される。また、実験的に231-444 GHz帯、すなわち63 %もの比帯域(中心周波数で規格化した帯域幅)にわたり、-2.5 dB以上の高い結合効率が得られた。従来、学術論文上で報告されている数100 GHz帯での超伝導トンネル型ミキサの比帯域の最大値は約60 %である。よって、本発明のミキサは、世界トップクラスの比帯域性を実証したと言える。また、数値計算によると、トランスの更なる最適化により、比帯域を75 %以上に上げることも可能と見込まれる。
【0022】
図12は、試作した8並列接合型ミキサに関する、受信器雑音温度ならびにアンテナから8並列型接合素子への電力伝達率の逆数の周波数依存性の実験値を示す図である。右縦軸のKは、菱形印(出力増幅器雑音とビームスプリッタ透過率を補正した受信器雑音温度)に、アンテナ-接合素子間の結合度の逆数をフィットさせるための係数である。図中、丸印は測定値、四角印が出力増幅器の寄与雑音を差し引いた値、菱形印が更にビームスプリッタの透過率を補正した値であり、受信器雑音温度を左縦軸に記す。
【0023】
このように、出力増幅器の寄与雑音や光学部品の透過率を補正することにより、これらの持つ周波数特性の影響を差し引き、本発明によるミキサチップそのものの周波数依存性と本質的性能(雑音温度)を求めることができる。比較のため、アンテナ-接合素子結合度実測値(図11縦軸に相当)の逆数を太線で示し、その値を右縦軸に記すとともに、量子雑音限界の10、20、40倍の値を細線で示す。フィッティングのための係数Kの値を適当に選ぶことにより、太線と菱形印はよく一致することから、本発明によるミキサチップそのものの周波数依存性は、アンテナ-接合素子間の電力伝達効率の周波数特性により決定されることがわかる。したがって、アンテナ-接合素子間の電力伝達効率の周波数特性の改善に注力した本発明が、ミキサの広帯域化をもたらしたと言える。
【0024】
これらの結果を総合すると、本発明によるミキサチップは、230-450 GHz帯にわたり500 K以下、量子雑音限界の20倍以下の受信器雑音温度を示すことが実証された。
【実施例2】
【0025】
[応用展開]
超伝導トンネル型ミキサの動作には、絶対温度4 K程度の極低温環境が必要となり、実験室レベルでは液体ヘリウムを冷媒とした容器内、実応用レベルでは冷媒循環型の機械式冷凍機を備えた装置に組み込んで用いられる。本発明による広帯域ミキサは、単一素子のカバーする周波数帯を広くとれるため、ある一定の周波数帯域のテラヘルツ波受信に必要な周波数バンド数低減の効果が期待できる。これにより、ミキサ・出力増幅器・信号処理回路・入力テラヘルツ波結合用光学部品等の受信器構成要素数を減らすことができる。また、極低温環境下での発熱量と室温からの熱侵入(輻射・伝熱)量が同時に低減されるため、超小型・超低電力の冷凍機利用が可能となる。これら2点の改善により、テラヘルツ波受信器システムの構成を簡略化し、その重量・体積を減らすことができる。
【0026】
本発明による広帯域仕様テラヘルツ帯超伝導トンネル型ミキサの応用として下記が考えられる。
1)電波天文観測用分光計
2)微量ガス分子濃度の遠隔計測用分光計
3)汎用型高精度周波数解析装置
【0027】
1)に関しては、従来より超伝導トンネル型ミキサが広く使われており、観測周波数の帯域拡大もしくは受信器システム小型化・簡略化・低消費電力化の効果がある。
【0028】
2)に関しては、従来、大気中のオゾン層破壊分子濃度を、人工衛星や航空機等の飛翔体から観測することが提案され、日本においてもその実現に向けたプロジェクトが推進されている。飛翔体への搭載機器には、重量と体積の点で厳しい制限が課されているため、受信器システム小型化・簡略化・低消費電力化の効果は大きい。また、最近、災害現場にて発生する有害ガスの遠隔分光センシングをテラヘルツ波により行う構想が考えられている。このような応用においては、高感度性と災害現場への可搬性を兼ね備えた受信器が必須である。本発明のミキサはこの応用にうってつけである。
【0029】
3)に関しては、これまで、テラヘルツ波の周波数領域において、汎用型高精度周波数解析装置は殆ど存在しなかった。その理由は、この周波数帯が、マイクロ波・ミリ波領域から高周波化を図る電波技術と、赤外光から長波長化を図る光技術の挟間にあって、これまで発振器、検出器、信号伝送路等の要素素子の開発が著しく遅れていたことにあった。しかし、この周波数領域では、さまざまな分子の回転・振動や、分子間相互作用による吸収スペクトルが見つかっており、未知物質同定の手段として使えることがわかってきた。このため、高い周波数分解能を持つ汎用型分光器の実現が望まれている。また、無線通信の高速化・大容量化が近年進んできているが、更なる大容量化のためには無線の搬送波周波数を上げざるを得ず、このため、近い将来、100 GHz以上のテラヘルツ波を無線通信の搬送波として利用することが計画されており、(株)日本電信電話は、その実験に成功した。このようなテラヘルツ波無線通信の実現には、無線用送・受信機や、それに使われる発振素子・フィルタ等電子デバイスの研究開発において、高精度な周波数スペクトル解析が必須である。しかも、搬送波に用いる周波数帯のみならず、その高調波や分数調波における余計なスペクトルの抑制効果を評価するためには、広帯域のスペクトル解析が要求される。しかし、マイクロ波・ミリ波領域で広く用いられるスペクトルアナライザやネットワークアナライザ等の高精度かつ汎用型の電子計測機器のうち、テラヘルツ波領域で使えるものはきわめて少なく、利用できる物に関しても、低感度かつ狭帯域のユニットをいちいち機械的に交換することを余儀なくされ、広帯域にわたる電子的周波数同調性は持ち合わせていない。本発明のミキサは、高感度性・広帯域性・冷却機等周辺機器の小型・簡略性の観点から、上記用途への適合性はきわめて高い。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】テラヘルツ帯ヘテロダイン受信器の構成を示す図である。
【図2】テラヘルツ帯ミキサの受信器雑音温度の周波数依存性を示す図である。
【図3】超伝導トンネル接合素子の(a)構造と(b)電気的等価回路を示す図である。
【図4】二接合型ミキサを示す図である。
【図5】多接合型ミキサを示す図である。
【図6】本発明の広帯域仕様の超伝導トンネル型ミキサを、1チップ上に集積化した状態で示すミキサチップ中心部の図である。
【図7】シングルスロットアンテナを示す図である。
【図8】半波長程度離れた位置に置かれた2個のシングルスロットアンテナから成るツインスロットアンテナを示す図である。
【図9】ツインスロットアンテナインピーダンスの周波数依存性の計算値を示すグラフである。
【図10】マイクロストリップ線路構造による3段整合トランスを示す図である。
【図11】アンテナからトランスを介した8並列型接合素子へのテラヘルツ信号電力伝達効率の周波数依存性に関する計算値(実線)と実験値(丸印)を示す図である。
【図12】試作した8並列接合型ミキサに関する、受信器雑音温度ならびにアンテナから8並列型接合素子への電力伝達率の逆数の周波数依存性の実験値を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導トンネル型ミキサに関し、特に、並列型超伝導トンネル多接合素子と同相給電型ツインスロットアンテナを備えるテラヘルツ波用低雑音の広帯域ミキサに関する。
【背景技術】
【0002】
電磁波の周波数と電力の高精度計測法として、未知周波数と基準信号源からの既知周波数との差周波信号を生成し、その周波数と電力を測定するヘテロダイン法が知られており、マイクロ波やミリ波帯の電子計測器や分光計に使われている。
【0003】
図1は、テラヘルツ帯ヘテロダイン受信器の構成を示す図であり、図において、fSは信号周波数(テラヘルツ帯)、fLは局部発振波(周波数基準波)の周波数(テラヘルツ帯)、fIFは出力周波数(マイクロ波帯)をそれぞれ示している。ヘテロダイン受信器を100 GHz以上1 THz以下の周波数領域の電磁波(以下、テラヘルツ波と称す)に対して構成すると、図1のようになる。すなわち、周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波がビームスプリッタと呼ばれる光学素子で混合され、ミキサチップ上にあるアンテナに入射された後、ミキサ素子へ導かれる。
【0004】
ミキサ素子では、両者の差周波fIF成分が作られ、テラヘルツ波を遮断するフィルタを経て出力増幅器に致る。出力波の周波数fIFをマイクロ波帯に設定すれば、テラヘルツ信号スペクトルがマイクロ波帯出力スペクトルに忠実にコピーされるので、スペクトルアナライザ等の市販マイクロ波帯計測器による高精度な周波数・電力の解析が可能となる。ヘテロダイン受信器の周波数分解能は、局部発振器の発振周波数ゆらぎと、出力信号処理系の分解能で制限され、最小検出電力(受信器雑音温度)は、アンテナの次段に配置される能動デバイス(図1の場合にはミキサ素子)の雑音温度で制限される。したがって、テラヘルツ波用ヘテロダイン受信器においては、低雑音のミキサ素子が強く要求される。
【0005】
図2は、代表的なテラヘルツ帯ミキサの受信器雑音温度の周波数依存性を示す図である。図において、Nb-SISは電極材料にニオブを用いた超伝導トンネル型ミキサ、NbN-SISは電極材料に窒化ニオブを用いた接合素子による超伝導トンネル型ミキサ、Hybrid-SISは接合素子電極にニオブ、同調回路電極に他の材料を用いた超伝導トンネル型ミキサ、hはプランク定数、fは周波数、kBはボルツマン定数、300 K, 20 K, 4 Kはミキサ素子の動作温度(絶対温度で記述)をそれぞれ示している。超伝導トンネル型ミキサは、テラヘルツ波領域で動作するショットキーダイオード等のミキサ素子の中で、最も低雑音性に優れており、電波天文観測や地球大気中微量分子濃度計測に使われている。
【0006】
図3は、超伝導トンネル接合素子の(a)構造と(b)電気的等価回路を示す図である。図において、Vdcは接合素子のバイアス電圧、Idcは接合素子のバイアス電流、RJは接合素子のトンネル抵抗、CJは接合素子のキャパシタンスをそれぞれ示している。ミキサチップの心臓部である超伝導トンネル型接合素子(以下、接合素子と呼ぶ)は、極めて薄い(約1 nm)電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造をとる(図3(a))。よって、接合素子の電気的等価回路は、トンネル抵抗RJとキャパシタンスCJとの並列接続で表される(図3(b))。周波数fのテラヘルツ波に対しては、通常1/RJ<<2πf CJ が成り立つため、CJをインピーダンス的に打ち消しアンテナとの結合効率向上を図るための同調回路(インダクタンス成分)をミキサチップ上に備えている。
【0007】
図4は、二接合型ミキサを示す図であり、(a)等価回路 (b)トンネルバリアが厚い時と薄い時の、アンテナ-接合素子間の電力伝達効率(感度)の周波数依存性の模式図を示している。VSは接合素子から見たアンテナ起電力、RSは接合素子から見たアンテナインピーダンス、RJは接合素子のトンネル抵抗、CJは接合素子のキャパシタンス、LTは同調回路のインダクタンス、fCは中心周波数、δfは周波数帯域をそれぞれ示している。二接合型ミキサの周波数帯域は、図4(a)に示す2個のCJと同調インダクタンスから成る直列共振回路の帯域で制限される。超伝導トンネル型ミキサの広帯域化を図る方法として2つが提案されている。1つは、二接合型ミキサにおいて、トンネルバリアの更なる極薄化により接合素子の遮断周波数1/(2πCJRJ)を上げる方法(図4(b))、他の1つは、接合素子とインダクタンスから成る共振回路の個数をN -1個(但し、Nはミキサを構成する接合素子の個数)に増やし、共振周波数を近接した周波数帯域内にN -1個作り出すことにより広帯域化を図る多接合型ミキサである。図5は、多接合型ミキサを示す図であり、(a)等価回路 (b) アンテナ-接合素子間の電力伝達効率(感度)の周波数依存性の模式図である。図において、fC1, fC2, fC3は個別共振回路の中心周波数、δfはN-1個の共振回路トータルの周波数帯域を示している。図5に示す並列型多接合素子は、図4に示す二接合素子の持つ「極めて薄いトンネルバリアを持つ接合素子作製の困難性」を避ける方法として優れている反面、以下に述べように、多くのアンテナよりもはるかに低いインピーダンスを持つゆえに、アンテナとの間の結合効率を稼げる周波数幅が、一般的に狭くならざるを得ないという欠点があった。
【0008】
ミキサチップ上に搭載可能な「薄膜アンテナ」(集積回路技術により金属薄膜を用いてチップ上に作製される微小平面アンテナの総称)のうち、周波数に独立なインピーダンスを呈するゆえに一般的に広帯域向きとされるスパイラルアンテナやログペリアンテナ等の、いわゆる「自己補対型」アンテナは、並列型多接合素子とのインピーダンス比が10倍以上ある。また、アンテナは一般に、特定方向の電界成分を持つ電磁波のみを検出する(この方向と電磁波の進行方向の成す面を「偏波面」と呼ぶ)が、自己補対型アンテナの偏波面は周波数に依存する。これに対し、局部発振波の偏波面は、一般的に周波数に独立である。よって、ミキサチップと局部発振器との広帯域にわたる高効率結合のためには、両者の異なる偏波面を周波数毎に適合させる機構が別途必要になり、構造上複雑かつ高価になる。また、周波数に依存しない特定偏波面のみを持つ信号波を受信したいという用途があるが、偏波面が周波数に依存するアンテナでは、この要求を満たすことは困難である。以上2つの理由から、自己補対型アンテナは、並列型多接合素子が持つ広帯域性のポテンシャルを活かせないという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、並列型多接合素子やテラヘルツ波信号源・局部発振器との高効率結合を広帯域にわたり確保できる薄膜アンテナ方式を選ぶとともに、アンテナと並列型多接合素子との間にインピーダンス整合用トランスを挿入し、それらの最適化を図ることにより、広帯域性かつ低雑音性に優れた超伝導トンネル型ミキサチップを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の超伝導トンネル型ミキサは、光学素子で混合された周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波を入射して、両者の差周波fIF成分を出力する。2個のシングルスロットアンテナの出力を同位相で合成する同相給電型ツインスロットアンテナと、前記ツインスロットアンテナの出力に接続された整合トランスと、前記整合トランスの出力に接続された並列型多接合素子とから構成し、前記並列型他接合素子は、電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造の複数個の超伝導トンネル型接合素子を、インダクタンスを介して接続し、前記整合トランスは、複数段の整合トランスにより構成して、複数段構造の各々の部分の長さ及び幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御して、周波数に応じて、前記並列型多接合素子のインピーダンスを変換する。
【0011】
また、前記並列型多接合素子の出力部には、入力テラヘルツ波の漏れを抑制するフィルタを設ける。前記2個のシングルスロットアンテナは半波長程度離れた位置に配置して、その2個のスロットアンテナ端子から等距離の地点において両者の出力を同位相で合成する。前記整合トランスは、マイクロストリップ線路構造により構成する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、並列型多接合素子やテラヘルツ波信号源・局部発振器との高効率結合を広帯域にわたり確保できるだけでなく、アンテナと並列型多接合素子との間にインピーダンス整合用トランスを挿入し、それらの最適化を図ることにより、広帯域性かつ低雑音性に優れた効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、例示に基づき本発明を説明する。図6は、本発明の広帯域仕様の超伝導トンネル型ミキサを、1チップ上に集積化した状態で示すミキサチップ中心部の図である。図示の超伝導トンネル型ミキサは、同相給電型ツインスロットアンテナと、その出力に接続された整合トランスと、さらにその出力に接続された並列型多接合素子から構成される。図6の例は、並列接続の接合素子数を8、ツインスロットアンテナのスロット長を中心周波数350 GHzに対応する300 μm、整合トランスの段数を3とした。また、接合素子の出力部には、入力テラヘルツ波の出力部への漏れを抑制する2段のフィルタ(図示省略)を設けている。
【0014】
図示の超伝導トンネル型ミキサは、図1のミキサチップに対応する。すなわち、図1に示すようにして、ビームスプリッタと呼ばれる光学素子で混合された周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波が、図6に示す同相給電型ツインスロットアンテナに入射された後、整合トランスを介して、並列型多接合素子へ導かれる。並列型多接合素子では、両者の差周波fIF成分が作られ、テラヘルツ波を遮断するフィルタを経て後段に位置する出力増幅器に致る。並列型多接合素子は、図5を参照して説明したような構成を有している。
【0015】
(A.ツインスロットアンテナ)
以下、図示の構成について、さらに説明する。まず、本発明で用いるツインスロットアンテナに先立ち、シングルスロットアンテナを説明する。図7は、シングルスロットアンテナの(a)平面構造、及び(b)断面構造を示す図である。シングルスロットアンテナは、ミキサチップを作製するための基板上のグランド電極の一部にあけられた長方形の穴(スロット)と、スロット上に這わせた電界検出用ストリップ電極から構成される。図7において、左右方向の電界成分を持つ電磁波がアンテナに入射すると、プラス・マイナスの端子間に電圧が生じる。
【0016】
図8は、半波長程度離れた位置に置かれた2個のシングルスロットアンテナから成るツインスロットアンテナを示す図であり、(a)は同相給電型を、(b)は逆相給電型を示している。本発明は、後述するように、同相給電型を用いる。ツインスロットアンテナは、2個配置したスロット間の干渉効果により、シングルスロットアンテナよりも鋭い指向性を有する。
【0017】
図9は、シリコン基板上に作製したツインスロットアンテナインピーダンスの周波数依存性の計算値を示すグラフであり、縦軸は、2個のスロットのうちの1個あたりの値を示している。スロット長さ300μm、スロット幅6μm、スロット間隔150μm、基板の比誘電率11.7の条件を用いた。
【0018】
ツインスロットアンテナは、インピーダンスこそ周波数依存性を持つ(図9)が、並列型多接合素子やテラヘルツ波信号源・局部発振器との広帯域結合に適した下記性質を有する。
・スロットの幾何学的形状により定まる偏波面を持ち、それが周波数に依らず一定である。
・全放射電力のうちの殆どが主ビームに含まれ、しかもその割合が周波数に対してほぼ独立である。したがって、信号波や局部発振波との結合光学系については、主ビーム伝播のみを考慮した設計を行えば良い。
・接合素子との結合効率低下の原因となるアンテナインピーダンス虚数部の大きさが、実数部(放射抵抗)以下に抑えられる周波数帯が比較的広い(図9)。このため、虚数部を打ち消すための整合回路が効果的に働くとともに、その広帯域化設計も比較的易しい。
・放射抵抗が小さく、かつその値はスロット幅による調整が可能である。例えば、シリコン基板上に作製されたツインスロットアンテナの1波長共振時(図9において350 GHz付近の周波数)の放射抵抗は、電磁界解析計算によると、スロット幅15μmに対して25オームであるが、スロット幅を1.5μmに狭めると9オームにまで下がる。この値は、シリコン基板上の自己補対型アンテナの放射抵抗75オームのわずか1/8であるとともに、8並列接合素子の典型的抵抗値4オームのわずか2倍に過ぎない。
【0019】
(B. 同相給電型ツインスロットアンテナ)
図8に示すように、ツインスロットアンテナでは、負荷(接合素子)との結線方法が2通り考えられる。1つは2個のスロットアンテナ端子から等距離の地点において両者の出力を同位相で合成し、負荷(接合素子)に導く同相給電型(図8(a))、他の1つは、2個のスロットアンテナ端子からの逆位相の出力を、負荷(接合素子)のプラス、マイナス端子に各々加える逆相給電型(図8(b))である。以上述べた構成のため、同相給電型ツインスロットアンテナの入力インピーダンスは、逆相給電型ツインスロットアンテナの値の1/4となり、並列型多接合素子等の低インピーダンス負荷との整合に適する。
【0020】
(C. 整合トランス)
図10は、マイクロストリップ線路構造による3段整合トランスを示す図であり、(a)は上から見た図を、(b)は断面構造を示している。図10において、L1, L2, L3は各段の長さを、W1, W2, W3は各段の幅を示している。並列型多接合素子と同相給電型ツインスロットアンテナは、ともに周波数に依存するインピーダンスを持ち、それらの間には相関はない。それゆえ、これら2要素を直結しただけでは、両者間の高い結合は、特定周波数において得られたとしても、広帯域にわたっては得られない。これを改善するため、両者間に、多接合素子や薄膜アンテナと同一工程で作製可能なマイクロストリップ線路構造による多段(複数段)の整合トランス(図10に3段の場合を示す)を挿入する。図示したように、マイクロストリップ線路構造の整合トランスの各段は、絶縁層の両側に超伝導電極を配置して構成する。このトランスは、周波数に応じて、並列型多接合素子のインピーダンスを変換する働きをするが、多段構造の各々の部分の長さ・幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御できる特徴を有する。したがって、トランスの幾何学的寸法の最適化により、与えられた周波数帯全域において、並列型多接合素子と同相給電型ツインスロットアンテナとの高い結合効率を実現できる。
【実施例1】
【0021】
図6に示すように1チップ上に集積化した広帯域仕様の超伝導トンネル型ミキサを設計・試作した。図11は、アンテナからトランスを介した8並列型接合素子へのテラヘルツ信号電力伝達効率の周波数依存性に関する計算値(実線)と実験値(丸印)を示す図である。両者の良い一致が得られていることから、設計指針の妥当性が証明されるとともに、本発明のミキサの電力伝達効率が、ミキサパラメータの設計値からのずれの影響を受けにくい利点を持つことが示唆される。また、実験的に231-444 GHz帯、すなわち63 %もの比帯域(中心周波数で規格化した帯域幅)にわたり、-2.5 dB以上の高い結合効率が得られた。従来、学術論文上で報告されている数100 GHz帯での超伝導トンネル型ミキサの比帯域の最大値は約60 %である。よって、本発明のミキサは、世界トップクラスの比帯域性を実証したと言える。また、数値計算によると、トランスの更なる最適化により、比帯域を75 %以上に上げることも可能と見込まれる。
【0022】
図12は、試作した8並列接合型ミキサに関する、受信器雑音温度ならびにアンテナから8並列型接合素子への電力伝達率の逆数の周波数依存性の実験値を示す図である。右縦軸のKは、菱形印(出力増幅器雑音とビームスプリッタ透過率を補正した受信器雑音温度)に、アンテナ-接合素子間の結合度の逆数をフィットさせるための係数である。図中、丸印は測定値、四角印が出力増幅器の寄与雑音を差し引いた値、菱形印が更にビームスプリッタの透過率を補正した値であり、受信器雑音温度を左縦軸に記す。
【0023】
このように、出力増幅器の寄与雑音や光学部品の透過率を補正することにより、これらの持つ周波数特性の影響を差し引き、本発明によるミキサチップそのものの周波数依存性と本質的性能(雑音温度)を求めることができる。比較のため、アンテナ-接合素子結合度実測値(図11縦軸に相当)の逆数を太線で示し、その値を右縦軸に記すとともに、量子雑音限界の10、20、40倍の値を細線で示す。フィッティングのための係数Kの値を適当に選ぶことにより、太線と菱形印はよく一致することから、本発明によるミキサチップそのものの周波数依存性は、アンテナ-接合素子間の電力伝達効率の周波数特性により決定されることがわかる。したがって、アンテナ-接合素子間の電力伝達効率の周波数特性の改善に注力した本発明が、ミキサの広帯域化をもたらしたと言える。
【0024】
これらの結果を総合すると、本発明によるミキサチップは、230-450 GHz帯にわたり500 K以下、量子雑音限界の20倍以下の受信器雑音温度を示すことが実証された。
【実施例2】
【0025】
[応用展開]
超伝導トンネル型ミキサの動作には、絶対温度4 K程度の極低温環境が必要となり、実験室レベルでは液体ヘリウムを冷媒とした容器内、実応用レベルでは冷媒循環型の機械式冷凍機を備えた装置に組み込んで用いられる。本発明による広帯域ミキサは、単一素子のカバーする周波数帯を広くとれるため、ある一定の周波数帯域のテラヘルツ波受信に必要な周波数バンド数低減の効果が期待できる。これにより、ミキサ・出力増幅器・信号処理回路・入力テラヘルツ波結合用光学部品等の受信器構成要素数を減らすことができる。また、極低温環境下での発熱量と室温からの熱侵入(輻射・伝熱)量が同時に低減されるため、超小型・超低電力の冷凍機利用が可能となる。これら2点の改善により、テラヘルツ波受信器システムの構成を簡略化し、その重量・体積を減らすことができる。
【0026】
本発明による広帯域仕様テラヘルツ帯超伝導トンネル型ミキサの応用として下記が考えられる。
1)電波天文観測用分光計
2)微量ガス分子濃度の遠隔計測用分光計
3)汎用型高精度周波数解析装置
【0027】
1)に関しては、従来より超伝導トンネル型ミキサが広く使われており、観測周波数の帯域拡大もしくは受信器システム小型化・簡略化・低消費電力化の効果がある。
【0028】
2)に関しては、従来、大気中のオゾン層破壊分子濃度を、人工衛星や航空機等の飛翔体から観測することが提案され、日本においてもその実現に向けたプロジェクトが推進されている。飛翔体への搭載機器には、重量と体積の点で厳しい制限が課されているため、受信器システム小型化・簡略化・低消費電力化の効果は大きい。また、最近、災害現場にて発生する有害ガスの遠隔分光センシングをテラヘルツ波により行う構想が考えられている。このような応用においては、高感度性と災害現場への可搬性を兼ね備えた受信器が必須である。本発明のミキサはこの応用にうってつけである。
【0029】
3)に関しては、これまで、テラヘルツ波の周波数領域において、汎用型高精度周波数解析装置は殆ど存在しなかった。その理由は、この周波数帯が、マイクロ波・ミリ波領域から高周波化を図る電波技術と、赤外光から長波長化を図る光技術の挟間にあって、これまで発振器、検出器、信号伝送路等の要素素子の開発が著しく遅れていたことにあった。しかし、この周波数領域では、さまざまな分子の回転・振動や、分子間相互作用による吸収スペクトルが見つかっており、未知物質同定の手段として使えることがわかってきた。このため、高い周波数分解能を持つ汎用型分光器の実現が望まれている。また、無線通信の高速化・大容量化が近年進んできているが、更なる大容量化のためには無線の搬送波周波数を上げざるを得ず、このため、近い将来、100 GHz以上のテラヘルツ波を無線通信の搬送波として利用することが計画されており、(株)日本電信電話は、その実験に成功した。このようなテラヘルツ波無線通信の実現には、無線用送・受信機や、それに使われる発振素子・フィルタ等電子デバイスの研究開発において、高精度な周波数スペクトル解析が必須である。しかも、搬送波に用いる周波数帯のみならず、その高調波や分数調波における余計なスペクトルの抑制効果を評価するためには、広帯域のスペクトル解析が要求される。しかし、マイクロ波・ミリ波領域で広く用いられるスペクトルアナライザやネットワークアナライザ等の高精度かつ汎用型の電子計測機器のうち、テラヘルツ波領域で使えるものはきわめて少なく、利用できる物に関しても、低感度かつ狭帯域のユニットをいちいち機械的に交換することを余儀なくされ、広帯域にわたる電子的周波数同調性は持ち合わせていない。本発明のミキサは、高感度性・広帯域性・冷却機等周辺機器の小型・簡略性の観点から、上記用途への適合性はきわめて高い。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】テラヘルツ帯ヘテロダイン受信器の構成を示す図である。
【図2】テラヘルツ帯ミキサの受信器雑音温度の周波数依存性を示す図である。
【図3】超伝導トンネル接合素子の(a)構造と(b)電気的等価回路を示す図である。
【図4】二接合型ミキサを示す図である。
【図5】多接合型ミキサを示す図である。
【図6】本発明の広帯域仕様の超伝導トンネル型ミキサを、1チップ上に集積化した状態で示すミキサチップ中心部の図である。
【図7】シングルスロットアンテナを示す図である。
【図8】半波長程度離れた位置に置かれた2個のシングルスロットアンテナから成るツインスロットアンテナを示す図である。
【図9】ツインスロットアンテナインピーダンスの周波数依存性の計算値を示すグラフである。
【図10】マイクロストリップ線路構造による3段整合トランスを示す図である。
【図11】アンテナからトランスを介した8並列型接合素子へのテラヘルツ信号電力伝達効率の周波数依存性に関する計算値(実線)と実験値(丸印)を示す図である。
【図12】試作した8並列接合型ミキサに関する、受信器雑音温度ならびにアンテナから8並列型接合素子への電力伝達率の逆数の周波数依存性の実験値を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学素子で混合された周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波を入射して、両者の差周波fIF成分を出力する超伝導トンネル型ミキサにおいて、
2個のシングルスロットアンテナの出力を同位相で合成する同相給電型ツインスロットアンテナと、前記ツインスロットアンテナの出力に接続された整合トランスと、前記整合トランスの出力に接続された並列型多接合素子とから構成し、
前記並列型多接合素子は、電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造の複数個の超伝導トンネル型接合素子を、インダクタンスを介して接続し、
前記整合トランスは、複数段の整合トランスにより構成して、複数段構造の各々の部分の長さ及び幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御して、周波数に応じて、前記並列型多接合素子のインピーダンスを変換することから成る超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項2】
前記並列型多接合素子の出力部には、入力テラヘルツ波の漏れを抑制するフィルタを設けた請求項1に記載の超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項3】
前記2個のシングルスロットアンテナは半波長程度離れた位置に配置して、その2個のスロットアンテナ端子から等距離の地点において両者の出力を同位相で合成する請求項1に記載の超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項4】
前記整合トランスは、マイクロストリップ線路構造により構成した請求項1に記載の超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項1】
光学素子で混合された周波数fSのテラヘルツ信号波と、周波数基準源となる局部発振器からの周波数fLのテラヘルツ波を入射して、両者の差周波fIF成分を出力する超伝導トンネル型ミキサにおいて、
2個のシングルスロットアンテナの出力を同位相で合成する同相給電型ツインスロットアンテナと、前記ツインスロットアンテナの出力に接続された整合トランスと、前記整合トランスの出力に接続された並列型多接合素子とから構成し、
前記並列型多接合素子は、電子のトンネルバリアを2つの超伝導体でサンドイッチ状に挟んだ構造の複数個の超伝導トンネル型接合素子を、インダクタンスを介して接続し、
前記整合トランスは、複数段の整合トランスにより構成して、複数段構造の各々の部分の長さ及び幅を調整することにより、インピーダンス変換比の周波数依存性を制御して、周波数に応じて、前記並列型多接合素子のインピーダンスを変換することから成る超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項2】
前記並列型多接合素子の出力部には、入力テラヘルツ波の漏れを抑制するフィルタを設けた請求項1に記載の超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項3】
前記2個のシングルスロットアンテナは半波長程度離れた位置に配置して、その2個のスロットアンテナ端子から等距離の地点において両者の出力を同位相で合成する請求項1に記載の超伝導トンネル型ミキサ。
【請求項4】
前記整合トランスは、マイクロストリップ線路構造により構成した請求項1に記載の超伝導トンネル型ミキサ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−177835(P2008−177835A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9068(P2007−9068)
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度独立行政法人情報通信研究機構「ICTによる安全・安心を実現するためのテラヘルツ波技術の研究開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度独立行政法人情報通信研究機構「ICTによる安全・安心を実現するためのテラヘルツ波技術の研究開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]