説明

超電導線材およびその製造方法

【課題】酸化物超電導線材の配向性を向上させることができる超電導線材およびその製造方法の提供。
【解決手段】金属基材10表面の表面粗さRaの値が10nm以下とされて、少なくとも中間層15側となる基材10表面にはニッケル層10aが備えられ、ニッケル層の表面粗さRaの値が基材の表面粗さの値より低く設定されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導線材およびその製造方法に関し、酸化物超電導体の配向性を向上する技術に用いて好適なものである。
【背景技術】
【0002】
実用的な超電導導体として酸化物超電導体を使用するためには、基材上に、結晶配向性の良好な酸化物超電導体の薄膜を成膜する必要がある。一般には、金属基材そのものが多結晶であり、その結晶構造も酸化物超電導体と大きく異なるために、金属基材上に結晶配向性の良好な酸化物超電導体の薄膜を直接成膜することは難しい。そこで、表面を平滑にしたテープ状の金属基材上に、IBAD(Ion-Beam-Assisted Deposition)法によって結晶配向性の良い中間層を形成し、その後、キャップ層と、Y系酸化物超電導体(YBaCu7−X)の酸化物超電導層とを積層形成することが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
前記構造においてキャップ層の結晶面内配向性が高い方が、更にその上に成膜される酸化物超電導層も高い結晶配向性となり、この酸化物超電導層の結晶面内配向性が高くなる程、臨界電流値等の超電導特性が優れた酸化物超電導線材を得ることができる。
【0004】
IBAD法は、テープ状の金属基材をその長手方向に走行するための走行系と、その表面が金属基材の表面に対して斜めに向いて対峙されたターゲットと、このターゲットにイオンを照射するスパッタビーム照射装置と、金属基材の表面に対して斜め方向からイオン(希ガスイオンと酸素イオンの混合イオン)を照射するイオン源とを有する中間層形成装置によって金属基材上に中間層を形成する。この際、スパッタビーム照射装置からターゲットにイオンが照射され、ターゲットの構成粒子が叩き出されるか蒸発されて基材上に堆積する。これと同時に、イオン源から、希ガスイオンと酸素イオンとの混合イオンを放射し、金属基材の表面に対して所定の入射角度(θ)で照射する。
【0005】
このように、金属基材の表面に、ターゲットの構成粒子を堆積させつつ、所定の入射角度でイオン照射を行うことにより、形成されるスパッタ膜の特定の結晶軸がイオンの入射方向に固定され、結晶のc軸が金属基板の表面に対して垂直方向に配向するとともに、a軸およびb軸が面内において一定方向に配向する。このため、IBAD法によって金属基材上に形成された中間層は、高い面内配向度を有する。
【0006】
一方、キャップ層は、このように面内結晶軸が配向した中間層表面に成膜されることによってエピタキシャル成長し、その後、横方向に粒成長して、結晶粒が面内方向に自己配向し得る材料、例えばCeO等によって構成される。キャップ層は、このように自己配向していることにより、中間層よりも更に高い面内配向度を得ることができる。従って、金属基材上に、このような中間層およびキャップ層を介して酸化物超電導層を成膜すると、面内配向度の高いキャップ層の結晶配向に整合するように酸化物超電導層がエピタキシャル成長するため、面内配向性に優れ、臨界電流密度の大きな超電導特性の優れた酸化物超電導層を得ることができる。
【0007】
前記構造の酸化物超電導線材において、中間層およびキャップ層は、酸化物超電導層の結晶配向性を整え、成膜時の加熱処理に伴う元素の不要拡散を抑制するとともに、基材と酸化物超電導層の中間の膨張係数を有して熱ストレスを緩和するなどの複合的な効果を得るための層であって、これらの層を順に積層することで始めて単結晶に近い結晶配向性であって、超電導特性の優れた酸化物超電導層を得ることができる。
【0008】
上述のような単結晶に近い結晶配向性のキャップ層と酸化物超電導層を成長させる必要があるため、成膜の土台となる基材の表面は凹凸の少ない平滑な面とする必要がある。
また、基材は、圧延(冷間・熱間)によって金属テープ線材に成形加工されるが、得られたテープ線材は加工時の圧延痕や傷、格子欠陥が表面に残存しておりこれらを除去して平滑化しないと目的の機能性薄膜が得られない。
超電導線材の場合、基材に酸化物超電導体を形成するため基材表面をナノメートルオーダーで平坦かつ平滑に研磨しておくことが重要である。また基材として使用される金属は高強度、耐酸化性、耐熱性、非磁性(低磁性)であることが必要である。
酸化物超電導導体の基材表面を平滑化するための技術として、濃リン酸または濃硫酸などの電解液中に、被研磨材を陽極として浸漬し、電解液に配置された陰極との間に直流電流を流して、電気化学的に被研磨材の表面を研磨する電解研磨により基材の表面粗さRaを9nm以下に研磨するとの記載が特許文献2にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−71359号公報
【特許文献2】特開2007−280710号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような基材となる金属テープとして、非磁性金属であるハステロイ(登録商標)などのNi基合金が使用されている。
金属基板の表面平滑化方法のひとつとして、電解研磨があげられるが,高温強度を高めたハステロイはNi基Mo系化合物が分散しており、電解研磨によりNiを溶出してもMo等の添加元素を含む化合物は残存するため、Ni基合金表面にそれらが存在した場合には、結果的に表面平滑性が向上せず、かえって平坦度が低下するという問題がある。あるいは、電解研磨によりNiを溶出した場合、Ni基の溶出によりMo等の化合物が欠落することによりNi基合金表面に凹部ができてしまい、その結果、電界研磨前よりも表面平滑性が低下してしまい、上記の従来技術ではNi基合金の基材表面をナノメートルオーダーで平坦かつ平滑に研磨することができないという問題があった。
【0011】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたものであり、結晶配向に影響を与える基材表面状態を改善し、臨界電流密度が高い高性能な酸化物超電導導体を提供可能とし超電導線材の製造における歩留まりの向上を図るために、中間層の下地表面の平滑性を向上し、酸化物超電導線材の配向性を向上させることができる超電導線材の製造方法および超電導線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明の超電導線材は、金属基材上に、イオンビームアシスト法により形成された結晶配向性が整えられてなる中間層と、該中間層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられたキャップ層と、該キャップ層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられた酸化物超電導層とが少なくとも設けられてなる超電導線材であって、
前記金属基材表面の表面粗さRaの値が10nm以下とされて、少なくとも前記中間層側となる前記金属基材表面にはニッケル層が備えられ、
前記ニッケル層の表面粗さRaの値が前記金属基材の表面粗さの値より低く設定されてなることにより上記課題を解決した。
本発明は、前記ニッケル層の表面粗さRaの値が0.1〜5nmであることが可能である。
前記ニッケル層の厚さは0.001〜0.1μmであることが可能である。
本発明の超電導線材の製造方法は、金属基材上に、イオンビームアシスト法により形成され結晶配向性が整えられてなる中間層と、該中間層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられたキャップ層と、該キャップ層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられた酸化物超電導層とが少なくとも設けられてなる超電導線材の製造方法であって、
前記金属基材上の表面粗さRaの値を10nm以下にする工程と、
前記金属基材上にめっきによりニッケル層を形成する工程と、
前記ニッケル層を研磨してその表面粗さRaの値を0.1〜5nmの範囲にするニッケル層研磨工程と、
を有することにより上記課題を解決した。
本発明の前記金属基材上にめっきによりニッケル層を形成する工程において、めっきされたニッケル層の厚さが1〜10μmの範囲とされることができる。
本発明は、前記金属基材の磁性を低下する磁性低下熱処理として400〜1200℃の処理温度とされる磁性低下熱処理工程を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の超電導線材は、金属基材上にニッケル層を形成しているので、電解研磨処理を行うに際して表面粗さ向上を阻害していたモリブデン等の添加元素化合物粒子の影響を排除することが可能となり、中間層の下地となる基材表面を凹凸の少ない平坦活かつ平滑な面とすることができ、その上にイオンビームアシスト法による結晶配向性の優れた中間層と、より結晶配向性の優れたキャップ層を形成でき、この上に高い結晶配向性の酸化物超電導層を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る超電導線材の一例を示す概略構成図。
【図2】同超電導線材を製造するための成膜装置の一例を示す概略構成図。
【図3】本発明に係る超電導線材の製造方法を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る超電導線材およびその製造方法について説明する。
図1は、本発明に係る超電導線材の一例を模式的に示す概略斜視図である。
図1に示す超電導線材Aは、テープ状の基材10の上に、ニッケル層10a、拡散防止層11、ベッド層12、中間層15、キャップ層16、酸化物超電導層17および安定化層(導電層)18をこの順に積層し構成されている。この実施形態の超電導線材Aは、ニッケル層10aの表面粗さRaが基材10の表面粗さRaに比べて小さく設定されている。基材10とニッケル層10aの表面粗さRaの具体例については後に詳述する。なお、超電導線材Aにおいてベッド層12は略することもできる。
【0016】
本実施形態の超電導線材Aに適用できる基材(金属基材)10は、通常の超電導線材の基材として使用でき、高強度であれば良く、長尺のケーブルとするためにテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、銀、白金、ステンレス鋼、銅、ハステロイ等のニッケル合金等の各種金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの等が挙げられる。各種耐熱性の金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。なかでも、市販品であれば、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。基材10の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmである。基材10の表面粗さRaの値が10nm以下となるよう設定されている。
【0017】
ニッケル層10aは、後述する電解研磨による表面荒れ防止用とされて、少なくとも酸化物超電導層17等の他の層を形成する基材10の表面に設けられ、その厚さが0.001μmから0.1μm程度とされ、その表面粗さRaの値が0.1〜5nmの範囲となるよう設定されている。
【0018】
ベッド層12は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層12は、必要に応じて配され、例えば、イットリア(Y)などの希土類酸化物のうち、組成式(α2x(β(1−x)で示される、Er、CeO、Dy、Er、Eu、Ho、La等を例示することができるとともに、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。
【0019】
拡散防止層11は、基材10およびニッケル層10aの構成元素拡散を防止する目的で形成されたもので、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al)、GZO(GdZr)等、あるいは希土類金属酸化物等から構成される。
【0020】
このように基材10および/またはニッケル層10aとベッド層12との間に拡散防止層11を介在させることにより、後述する中間層15やキャップ層16および酸化物超電導層17等の他の層を形成する際に、必然的に加熱されたり、熱処理される結果として熱履歴を受ける場合に、基材10およびニッケル層10aの構成元素の一部がベッド層12を介して酸化物超電導層17側に拡散することを抑制するためであり、拡散防止層とベッド層12の2層構造とすることで、基材10側からの元素拡散を効果的に抑制することができる。基材10およびニッケル層10aとベッド層12との間に拡散防止層を介在させる場合の例としては、拡散防止層11としてAl、ベッド層12としてYを用いる組み合わせを例示することができる。
【0021】
中間層15は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層される酸化物超電導層17の結晶配向性を制御するために2軸配向する物質から選択される。中間層15の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、AlO3、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物を例示することができる。
【0022】
キャップ層16は、中間層15の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層16は、前記金属酸化物層からなる中間層15よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層16の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層の材質がCeOである場合、キャップ層16は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
【0023】
このキャップ層16としてのCeO層は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが望ましい。PLD法によるCeO層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeO層の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましく、500nm以上であれば更に好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、500〜1000nmとすることが好ましい。
【0024】
酸化物超電導層17は公知のもので良く、具体的には、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のものを例示できる。この酸化物超電導層17として、Y123(YBaCu7−X)又はGd123(GdBaCu7−X)などを例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、BiSrCan−1Cu4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層17の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
酸化物超電導層17は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;熱塗布分解法(MOD法)等で積層することができ、なかでも生産性の観点から、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)、PLD法又はCVD法を用いることが好ましい。
このMOD法は、金属有機酸塩を塗布後熱分解させるもので、金属成分の有機化合物を均一に溶解した溶液を基材上に塗布した後、これを加熱して熱分解させることにより基材上に薄膜を形成する方法であり、真空プロセスを必要とせず、低コストで高速成膜が可能であるため長尺のテープ状酸化物超電導導体の製造に適している。
【0025】
ここで前述のように、良好な配向性を有するキャップ層16上に酸化物超電導層17を形成すると、このキャップ層16上に積層される酸化物超電導層17もキャップ層16の配向性に整合するように結晶化する。よってキャップ層16上に形成された酸化物超電導層17は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層17を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材10の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材10の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している。従って得られた酸化物超電導層17は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材10の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流密度が得られる。
【0026】
酸化物超電導層17の上に積層されている安定化層18はAgなどの良電導性かつ酸化物超電導層17と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる層として形成され、必要に応じて更にCuなどの良電導性金属材料の層を複合した積層構造として、酸化物超電導層17が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、酸化物超電導層17の電流が転流するバイパスとして機能することが可能とされる。
【0027】
そしてこれら積層体の全周を覆って図示しないポリイミドなどの絶縁材料のテープを巻き回してなる絶縁層が形成され絶縁被覆付きの酸化物超電導線材とすることができる。
【0028】
図3は、本発明に係る超電導線材の製造方法の一例を示すフローチャートである。
本実施形態の超電導線材Aの製造方法は、図3に示すように、基材準備工程S01と、ニッケル層形成工程S02と、ニッケル層表面粗さ設定工程S03と、拡4防止層形成工程S04と、ベッド層形成工程S05と、中間層形成工程S06と、キャップ層形成工程S07と、酸化物超電導層形成工程S08と、安定化層形成工程S09と、を有するものとされる。
【0029】
図3に示す基材準備工程S01においては、上述したように、基材10として、Ni基にMo,Cr,W,Co等を添加した耐熱合金としてのハステロイに代表されるNi耐熱基板を準備するが、この際、圧延(冷間・熱間)加工等により所望の寸法・形状の線材とするとともに、同時に、表面平坦化および圧延時の圧延痕や傷,格子欠陥をできるだけ除去しておくことが好ましい。このため、複数回の圧延加工や機械研磨等によってその表面をできるだけ平滑にしておく。
【0030】
基材10の表面粗さRaを制御する方法としては、基材10表面を研磨加工により研磨する際、例えばアルミナ(Al)粒子の粒径として平均粒径3μmの研磨粒子を用いて研磨することにより、基材10の表面粗さRaを9nmとすることができ、アルミナ(Al)粒子の粒径として平均粒径1μmの研磨粒子を用いて研磨することにより、基材10の表面粗さRaを7nmとすることができる。
また、基材10表面を研磨加工により研磨する際、ダイヤモンド砥粒の粒径として平均粒径2μmの研磨粒子を用いて研磨することにより、基材の表面粗さRaを6.5nmとすることができ、ダイヤモンド砥粒の平均粒径を0.5μmとすることにより基材の表面粗さを2nmとすることができる。
【0031】
なお、圧延等により得られた基材10の表面粗さRaが10nm以下である場合には、基材準備工程S01における研磨加工処理は省略することができる。
【0032】
本実施形態において、基材10の平均表面粗さRa(JIS B0601)は、10nm以下であることが好ましい。基材10の平均表面粗さRaが10nmを超えると、後述のニッケル層10aを積層しても得られる酸化物超電導層17の臨界電流密度向上効果が十分に得られなくなり、従来のハステロイなどのMoを含む合金からなる金属基材に電解研磨を施した場合と同様の臨界電流密度となる。
【0033】
図3に示すニッケル層形成工程S02においては、基材10の酸化物超電導層17を形成する面に、一般的な湿式のNiめっきによりニッケル層1aを積層する。ニッケル層10aは、他にスパッタなどの乾式めっきによって成膜することも可能である。また、ニッケル層10aは、基材10の全面に形成することもできる。
めっきによって形成されたニッケル層10aの厚さは、0.01μm〜100μm、好ましくは1〜10μm程度に設定される。めっきされたニッケル層10aの厚さを上記範囲の下限以下とした場合には、後の電解研磨ですべてが溶出して表面粗さ改善の効果が得られない可能性があり、また、上記範囲の上限以上とした場合には,電解研磨で平滑化した後のニッケル層10aが厚すぎるため低磁性が得られないため好ましくない。
【0034】
図3に示すニッケル層表面粗さ設定工程S03においては、一般的なニッケル電解研磨液である硫酸、リン酸等を主成分とする混合液を使用する電解研磨により、ニッケル層10aの厚さが0.001μm〜0.1μm程度、その表面粗さRaが、0.1〜5nmの範囲となるよう設定される。このニッケル層10aはMoなどの添加元素を含まないため、これら添加元素による表面粗さRa値減少が阻害されることがなく、上記範囲の値に設定することが可能となる。
【0035】
図3に示す拡散防止層形成工程S04においては、結晶性は問われないので、ニッケル層10a上に拡散防止層11が通常のスパッタ法等の成膜法により形成される。この際、拡散防止層11の厚さは、例えば10〜400nmとなるように設定される。拡散防止層12の厚さが10nm未満となると、基材10の構成元素の拡散を十分に防止できなくなる虞がある。一方、拡散防止層11の厚さが400nmを超えると、拡散防止層11の内部応力が増大し、これにより、他の層を含めて全体が基材10および/またはニッケル層10aから剥離しやすくなる虞がある。
【0036】
図3に示すベッド層形成工程S05においては、このベッド層12が例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜200nmとされる。
【0037】
図3に示す中間層形成工程S06においては、中間層15をスパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、イオンビームアシスト蒸着法(以下、IBAD法と略記する)、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;熱塗布分解法(MOD法);溶射等、酸化物薄膜形成の際に公知の方法により積層できる。中間層15をイオンビームアシスト蒸着法(IBAD法)により良好な結晶配向性(例えば結晶配向度15゜以下)で成膜する。これにより、その上に形成するキャップ層16の結晶配向性を良好な値(例えば結晶配向度5゜前後)とすることができ、これによりキャップ層16の上に成膜する酸化物超電導層17の結晶配向性を良好なものとして優れた超電導特性を発揮できるようにすることができる。
中間層15の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、5〜300nmの範囲とすることができる。
【0038】
IBAD法とは、蒸着時に、下地の蒸着面に対して所定の角度でイオンビームを照射することにより、結晶軸を配向させる方法である。通常は、イオンビームとして、アルゴン(Ar)イオンビームを使用する。例えば、GdZr、MgO又はZrO−Y(YSZ)からなる中間層15は、IBAD法における結晶配向度を表す指標であるΔΦ(FWHM:半値全幅)の値を小さくできるため、特に好適である。
【0039】
図2に示す如く中間層15を製造する場合のイオンビームアシストスパッタ装置20は、テープ状の基材などが配置される成膜領域21に面するようにターゲット22が配置され、このターゲット22に対して斜め方向に対向するようにスパッタイオンソース源23が配置されるとともに、成膜領域21の法線に対し所定の角度で(例えば45゜など)斜め方向から対向するようにアシストイオンソース源25を配置し構成される。
この例のイオンビームアシストスパッタ装置20は、真空チャンバに収容される形態で設けられる成膜装置であり、テープ状の基材27が対向配置された第1のロール28と第2のロール29とに複数回往復巻回されて成膜領域21を往復走行される構造などを例示することができる。
この実施形態において適用されるイオンソース源23、25は、容器30の内部に、引出電極31とフィラメント32とArガス等の導入管33とを備えて構成され、容器30の先端からイオンをビーム状に平行に照射できるものである。
【0040】
本実施形態で用いる真空チャンバは、外部と成膜空間とを仕切る容器であり、気密性を有するとともに、内部が高真空状態とされるため耐圧性を有するものとされる。この真空チャンバには、真空チャンバ内にキャリアガスおよび反応ガスを導入するガス供給手段と、真空チャンバ内のガスを排気する排気手段が接続されているが、図ではこれら供給手段と排気手段を略し、各装置の配置関係のみを示している。
ここで用いるターゲット12とは、前述した材料の中間層15を形成する場合に見合った組成のターゲットとすることができる。
図2に示す構造のイオンビームアシストスパッタ装置20を用いることでIBAD法を実現し、目的の中間層15を成膜することができる。
【0041】
図3に示すキャップ層形成工程S07においては、PLD法(パルスレーザ蒸着法)により、例えばCeOからなるキャップ層16が500〜1000nmの厚さとして成膜される。
【0042】
図3に示す酸化物超電導層形成工程S08においては、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;熱塗布分解法(MOD法)等、なかでも生産性の観点から、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)、PLD法又はCVD法により酸化物超電導層17が成膜される。
【0043】
図3に示す安定化層形成工程S09においては、Agなどの良電導性かつ酸化物超電導層17と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる安定化層18が形成される。
【0044】
本実施形態の超電導線材Aの製造方法においては、拡散防止層形成工程S04と、ベッド層形成工程S05と、中間層形成工程S06と、キャップ層形成工程S07と、酸化物超電導層形成工程S08と、安定化層形成工程S09とのうちから選択される1以上の工程において、少なくとも、ニッケル層10a付近が400〜1200℃の温度範囲に加熱される熱処理を有するものとされ、これにより、ニッケル層10aと基材10との間で拡散を生じさせてこれらの磁性を低下する磁性低下熱処理工程に相当する熱処理工程とすることができる。なお、拡散防止層形成工程S04と、ベッド層形成工程S05と、中間層形成工程S06と、キャップ層形成工程S07と、酸化物超電導層形成工程S08と、安定化層形成工程S09との処理条件がいずれもこの条件に当てはまらない場合には、これらの工程以外に、別途ニッケル層10a付近が400〜1200℃の温度範囲に加熱される磁性低下熱処理工程として熱処理を施すことができる。
【0045】
熱処理時間は上述した各膜の特性を維持するための条件に準ずるが、この熱処理により、ニッケル層10aの厚さは減少する。さらにまた、ハステロイ基材10の添加元素が拡散防止層側の表面に存在しない状態であれば、ニッケル層10aが可能な限り薄いことが望ましく、実用的には酸化物超電導層形成工程S08後におけるニッケル層10a厚さは0.001μmから0.1μm程度が望ましい。また、安定化層形成工程S09後におけるニッケル層10a厚さは0.1nm程度、すなわち、実質的に基材10とニッケル層10aとの区別が付かない状態とすることも可能である。
【0046】
本実施形態の超電導線材Aにおいては、基材10上にニッケル層10aを設けてこの表面粗さを設定することで、基材10の強度を維持しつつ,電解研磨による表面平滑化が可能となる。また、基材10上のニッケル層10aは磁性体であるが,平滑化後に磁性低下熱処理工程を施すことによりニッケル層10aのNiがハステロイ基材10へと熱拡散し、またハステロイ基板10に含まれる金属元素がニッケル層10a中に熱拡散することにより全体としては低磁性の基材10を得ることができる。
【0047】
以上、本発明の超電導線材およびその製造方法について説明したが、上記実施形態において、超電導線材を構成する各部は一例であって、基材10またはニッケル層10a表面粗さの設定に関する部分において本発明の範囲を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【0048】
本発明は、前記ニッケル層上に、前記ベッド層を介して前記中間層を形成することができる。
本発明は、前記ニッケル層上に、前記拡散防止層と前記ベッド層を介して前記中間層を形成することができる。
本発明は、Ni合金の基材とYのベッド層とMgOの中間層とRE−123系酸化物超電導層(REBaCu7−X:REは希土類元素)として超電導線材を製造する際に適用することができる。
前記金属基材がNiとW,Mo,Co,Cr,Fe,V,Cu,Si,Mn,Cからなる群から選ばれた少なくともひとつの添加元素との合金である金属基板とされることができる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
幅10mm、厚さ0.1mmのテープ状のハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)製の基材を機械研磨によってその表面粗さRaの値が10nm以下とし、この基材の片面に湿式めっき法により厚さ1〜10μmのニッケル層を形成した複合基板を複数得た。その後、リン酸、硫酸系の雷解液を用いてニッケル層の表面を雷解研磨した。この電解研磨は、リン酸と硫酸を主成分とする混合液を電解液として用い、参照電極を銀−塩化銀として、1.2V以上の電位を印加する条件とした。
電解研磨後のニッケル層の厚さはおよそ1nm〜100nmであった。電解研磨によって得られたニッケル層の表面粗さRaを測定した。その結果を表に示す。
また比較として、ニッケル層を形成しない基材表面の表面粗さRaの電解研磨前後での値を測定した。
【0050】
【表1】

【0051】
以上の結果からニッケル層の存在により表面粗さが向上していることがわかる。
【符号の説明】
【0052】
A…超電導線材、10…基材、10a…ニッケル層、12…ベッド層、15…中間層、16…キャップ層、17…酸化物超電導層(超電導層)、18…安定化層、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材上に、イオンビームアシスト法により形成された結晶配向性が整えられてなる中間層と、該中間層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられたキャップ層と、該キャップ層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられた酸化物超電導層とが少なくとも設けられてなる超電導線材であって、
前記金属基材表面の表面粗さRaの値が10nm以下とされて、少なくとも前記中間層側となる前記金属基材表面にはニッケル層が備えられ、
前記ニッケル層の表面粗さRaの値が前記金属基材の表面粗さの値より低く設定されてなることを特徴とする超電導線材。
【請求項2】
前記ニッケル層の表面粗さRaの値が0.1〜5nmであることを特徴とする請求項1記載の超電導線材。
【請求項3】
前記ニッケル層の厚さは0.001〜0.1μmであることを特徴とする請求項1または2に記載の超電導線材。
【請求項4】
金属基材上に、イオンビームアシスト法により形成され結晶配向性が整えられてなる中間層と、該中間層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられたキャップ層と、該キャップ層の結晶配向性の影響を受けて結晶配向性が整えられた酸化物超電導層とが少なくとも設けられてなる超電導線材の製造方法であって、
前記金属基材上の表面粗さRaの値を10nm以下にする工程と、
前記金属基材上にめっきによりニッケル層を形成する工程と、
前記ニッケル層を研磨してその表面粗さRaの値を0.1〜5nmの範囲にするニッケル層研磨工程と、
を有することを特徴とする超電導線材の製造方法。
【請求項5】
前記金属基材上にめっきによりニッケル層を形成する工程において、めっきされたニッケル層の厚さが1〜10μmの範囲とされることを特徴とする請求項4記載の超電導線材の製造方法。
【請求項6】
前記金属基材の磁性を低下する磁性低下熱処理として400〜1200℃の処理温度とされる磁性低下熱処理工程を有することを特徴とする請求項4または5に記載の超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−18829(P2012−18829A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155727(P2010−155727)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】