説明

超音波ドプラ診断装置

【課題】クラッタ成分に比して血流成分の信号値の影響が無視できなくなる状況であっても、実質臓器の動き量に関わらず、クラッタ成分を十分に且つ確実に除去し、速度が非常に低い血流も同時に検出する。
【解決手段】超音波ドプラ診断装置は、前処理手段45jによって時系列的に変動の大きい信号成分を事前に除去したドプラ信号を用いてクラッタ成分の除去に関する情報を決める決定手段を有し、その情報に基づき前記ドプラ信号から前記クラッタ成分を除去して得られたドプラ信号を用いて被検体の断面の血流情報を抽出し、前記決定手段は前記前処理手段により処理されたドプラ信号に含まれるクラッタ成分の瞬時的な位相変化量を推定する位相推定手段を備え、クラッタ成分除去手段45c〜d,45g,45iは位相推定手段45a〜bにより推定された位相変化量に基づきドプラ信号の各ドプラデータの位相を補正する位相補正手段45cを備えるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波ドプラ法を利用して生体内の血流の動態情報を得る超音波ドプライメージングに係り、とくに、運動している心筋などの臓器が反射したエコー成分(クラッタ成分)を除去して血流情報の検出精度や描出能を向上させた超音波ドプラ診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波ドプラ法は、超音波信号のドプラ効果を利用して、被検体内の主として血流動態の情報を体外から非観血的に得る手法で、これを実施する超音波診断装置は、今や目覚ましい進歩を遂げている。
【0003】
この超音波診断装置の一つのタイプとして、Bモードのイメージング法のほかに、血流情報を得るための、カラードプラ断層法を実施するCFM(カラーフローマッピング)モードおよびパルスドプラ法を実施するPWモードのイメージング機能を備えた超音波ドプラ診断装置が知られている。CFMモードのイメージングは、レーダ分野で使用されているMTI(移動目標指示装置)の技術を利用したもので、断層面の2次元の血流速度分布像を得ることができる。またPWモードのイメージングによれば、断層面の1点における血流情報を得ることができる。
【0004】
超音波プローブを介して超音波信号を生体内に送信したことによって得られる生体からの反射エコーは、超音波プローブで受信される。このプローブから出力される受信信号は受信回路に送られる。受信回路では、受信信号が受信チャンネル毎に増幅され、フォーカスのための遅延時間が与えられて加算される。
【0005】
Bモードの処理系では、受信回路により整相加算された出力信号を対数増幅器で対数的に増幅し、包絡線検波し、さらにデジタル信号に変換される。このデジタル量のエコー信号は表示系の画像メモリに保持される。
【0006】
また、CFMモードの処理系では、受信回路からのエコー信号が直交位相検波器で直交位相検波される。つまり、エコー信号は、超音波周波数とほぼ同一の周波数を有し且つ互いに90度の位相差がある2つの基準信号との間で乗算され、これらの乗算出力はLPFで高周波成分がそれぞれ除去され、実数部および虚数部に対応させた2チャンネルのベースバンドのドプラ信号として抽出される。このベースバンドのドプラ信号はチャンネル毎にA/D変換器によりデジタル信号に変換された後、バッファメモリに一旦、各別に格納される。
【0007】
このCFMモードの場合、同一走査線方向に複数N回(例えば16回)の超音波パルスの送受信が繰り返される。このため、1枚の画像を再構成するのに必要なデジタル量のドプラデータは、図1に示す如く、実数部および虚数部の信号それぞれについて、第1の次元、第2の次元、および第3の次元から成る3次元データとなり、これがMTIフィルタのバッファメモリに格納される。第1の次元は各走査線数(番号)を表わし、第2の次元は各走査線に沿った深さ方向のピクセル数(番号)を表わし、および第3の次元は各ピクセルについて送受信の繰返しにより得られるドプラデータの数(番号)を表わす。
【0008】
このため、走査断面の同一ピクセル位置に着目すると、N回の超音波パルスの送受信により受信エコーが時系列的に得られ、その受信エコーに基づいて直交位相検波されたデジタルデータが第3の次元の方向に順次並べられたものである。この第3の次元の方向に見た時のドプラデータの振幅の変化速度がドプラ偏移周波数の大小、すなわち物体の移動速度の大小に対応する。
【0009】
このようにしてMTIフィルタのバッファメモリ内に形成された3次元のデジタルデータ(ドプラ信号)は、各ピクセル位置における第3の次元の方向のデータ列毎に、そのクラッタ成分が除去される。このフィルタリング原理は以下のようである。
【0010】
受信エコーには、血球のようにある程度以上の速度で移動する移動体からのエコー信号と、実質臓器のようなあまり動かない組織からのエコー信号(クラッタ成分という)とが混在している。一般的には、信号強度についてはクラッタ成分の方が血流からのエコー信号よりも大きい(通常、40dB〜80dB程度大きい)。しかし、移動速度については血流からのエコー信号の方がクラッタ成分よりも大きい。つまり、実質臓器のようにあまり動かない物体からの反射信号は、送受信を繰り返しても受信エコーの基準信号に対する位相はあまり変化しないので、上記N個のデジタルデータ列の振幅はあまり変化せず、DC付近の周波数しか持たない。これに対し、血球のようにある程度の速度で移動している物体からの反射信号は、送受信を繰り返す度に、基準信号に対する位相が大きく変わるため、上記N個のデジタルデータ列の振幅変化は速く、その周波数が高い。そこで、MTIフィルタのフィルタ回路をハイパスフィルタとして構成し、その遮断周波数をクラッタ成分を除去可能な値に設定しておく。これにより、検波されたドプラ信号からクラッタ成分が除去され、血流からのエコー信号が抽出される。
【0011】
このエコー信号は、その後、血流の運動状態(血流速度、パワー、分散など)の推定処理に付され、その推定情報が表示系の画像メモリに格納される。これにより、Bモードの処理系により得られた白黒の背景像に2次元の速度分布カラー像が重畳されてモニタにカラー表示される。
【0012】
一方、PWモードの処理系は、一般的には、CFMモードの処理系内の直交位相検波回路で得た実数部および虚数部に対応させた2チャンネルのベースバンド信号を利用する。具体的には、レンジゲート回路により、各ベースバンド信号から所望の深度に対応する時間区間の信号のみ抽出し、この抽出信号を積分してS/N比を向上させる。この積分信号をさらにハイパスフィルタに通してクラッタ成分を除去し、血流成分を検出する。この血流成分信号はデジタル量に変換された後、例えばFFT処理を行う演算回路での血流情報の推定に付される。この結果、断面上の所望位置の血流パワースペクトルが演算される。このパワースペクトルデータは表示系の画像メモリに送られ、ここでの表示準備を介してモニタに実時間の血流速度のスペクトラム像として表示される。
【特許文献1】特開平9−193966号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このようにMTIフィルタはクラッタ成分の除去に用いられているが、実質臓器は実際には様々な原因により微妙に動いている又は動くことがあるため、そのようなクラッタ成分と特に低速度の血流からのエコー信号とを明確に分別することができず、従来のMTIフィルタの場合、必ずしも満足のいくほど、クラッタ成分を的確且つ十分に除去できていないという問題がある。
【0014】
実質臓器は、(1)心臓の拍動(とくに、心臓内の血流を診る場合に問題となる)、(2)心臓の拍動により揺すられて発生する、その周辺臓器の動き、(3)被検者の呼吸に因る動き(体動)、および、(4)操作者の手振れによる動き、などにより動いている、または、動くことがある。
【0015】
このため、MTIフィルタの遮断周波数を図2(a)のように低く設定すると、クラッタ成分を十分に除去しきれず、検波信号にクラッタ成分が残ってしまう(同図の斜線部A参照)。この場合、血流の運動情報として診ている筈の画像にクラッタ成分が一体に入り込んでしまっているから、血流の運動情報の精度に欠け、誤診を招くなどの恐れがあった。
【0016】
反対に、図2(b)に示す如く、MTIフィルタの遮断周波数を高く設定すると、クラッタ成分は的確に除去できるが、同時に血流からのエコー信号もその一部または大半が除去されてしまう(同図斜線部B参照)。とくに、運動速度の低い血流は画面から消えてしまうような事態も起こり、到底、診断の目的を達成することはできない。
【0017】
このようにクラッタ成分の除去と血流からのエコー信号の抽出とに対する遮断特性の要求は相反するものがある。加えて、血流速度は診断部位、個人差に応じても変わる。このため、MTIフィルタの遮断周波数はどうしても妥協的な値に設定して置かざるを得ないことから、従来ではどうしてもクラッタ成分の低減効果を十分に得ることが難しいと同時に、低速度で運動する血流の検出能の低い状態を受容せざるを得ないという問題があった。
【0018】
この問題を解決して血流描出能を向上させることを意図して、本発明者らは、特開平9−193966号公報(特願平8−26085号)に記載の超音波診断装置(以下、「先願提案の装置」と呼ぶ)を既に提案している。この装置は、実質臓器の動き量に関わらずクラッタ成分を十分に除去することができ、かつ、速度の非常に低い血流も同時に検出できることを目的としている。この目的を達成させるため、この先願提案の装置は、概略的には、画像のピクセル毎に、以下の3つの処理を行うことを特徴とする。
【0019】
[1]まず、クラッタ成分を成すデータ間の瞬時的な位相変化を推定し、その瞬時的な位相変化量に応じてドプラ信号の位相変化を補正する。
[2]また、[1]項記載の補正処理の後で、クラッタ成分に対応する一定値を減算する。
[3]さらに、[1]項または[2]項の処理を行う回路の後段に、ハイパスフィルタを備えるとともに、そのフィルタリング特性を、[2]項の一定値減算後の出力信号の特徴に応じて制御する。
【0020】
説明を分かり易くするため、空間上のある一点(ピクセル)のN個のデジタルデータ列(必要に応じて「ドプラ信号」と呼ぶ)に着目して、[1]〜[3]項の処理の概要を説明する。
【0021】
このドプラ信号はN個の離散的なドプラデータから成るが、実質臓器からのドプラ成分(クラッタ成分)と血流からのドプラ成分(血流成分)とに分けて以下のように記述することができる。
[数1]
Zi=A・exp{j・(φi+φ0)}+a・exp{j・(ψi+ψ0)}
……(1)
この式中、第1項はクラッタ成分を示し、第2項は血流成分を示す。添字iはデータ列中のデータの番号(0〜N−1)を意味する。φ0、ψ0はそれぞれ最初のデータによる初期位相、φi、ψiはそれぞれi番目のデータの0番目(最初)のデータに対する位相差を表す。A,aはそれぞれ振幅成分を表している。
【0022】
上記[1],[2]項にあっては、ドプラ信号に含まれているクラッタ成分を除去するため、ドプラ信号Zi(i=0,1,2,…,N−1)に対し、以下のように位相補正操作と一定値減算を組み合わせた処理を行う。
[数2]
Zi・exp{−j・(φi)}−A・exp{j・(φ0)}
=a・exp[j・{(ψi−φi)+φ0}] ……(2)
【0023】
この処理を実行することで、理想的な場合には、クラッタ成分が除去され、血流成分のみを得ることができる。
【0024】
式(2)に示す理想的な処理を行うには、クラッタ成分の位相項φiをより正確に推定する必要がある。そこで、この「先願提案の装置」にあっては、クラッタ成分の瞬時的な位相変化量を捕らえるために、データ数N個の全観察期間での平均位相変化量ではなく、例えば以下の式(3)に示すように、微小時間区間(時間幅は2k+1)での平均位相変化量を算出する。この例の場合、N個のデータ列の端部において、平均する微小区間幅を徐々に狭めていき、かかる端部においても位相変化量を推定できるようにしている。
【数3】

【0025】
このようにして推定されたデータ列中の各データ間での瞬時的な位相補正量θiを用いて、次式(4)によりクラッタ成分除去のための操作を行う。
[数4]
Zi・exp{−j(θ+θ+……+θi−1)}−Aexp{j(φ0)}
……(4)
【0026】
図3(b),(c)に上記クラッタ成分除去操作の結果の一例を虚数I成分(または実数Q成分)を示す。同図(b)は瞬時的な位相変化を補正する位相補正のみを行った場合を示し、I成分のデータ列の波形がほぼ一定値になっている。また同図(c)は、同図(b)の波形からクラッタ成分に相当する一定値(最初のデータの振幅値)を引いた結果波形であり、これにより、クラッタ成分がほぼ除去されている。
【0027】
なお、式(4)中、第2項で表される一定値減算はクラッタ成分を除去する目的で実施されているが、前記特徴[3]のように、後段でハイパスフィルタ処理を実施する構成の場合、一定値減算は必ずしも必要ではない。しかし、後述するように、ハイパスフィルタの遮断特性をドプラ信号の性質に応じて変化させる場合、そのドプラ信号の性質を把握する情報として式(4)の一定値減算を含む処理結果を用いるようにしている。
【0028】
図3(c)はクラッタ成分が完全に除去され、クラッタ成分よりも周波数が高い血流からのドプラ信号のみが残っている理想的な状態を例示している。しかし、クラッタ成分の瞬時的な位相変化量を近傍の数データのみを用いて推定したとしても、推定精度には限界があり、式(4)に示す処理だけでは完全にクラッタ成分を除去することは不可能である。
【0029】
そこで、この先願提案の装置では、式(4)の処理によって除去しきれなかったクラッタ成分をハイパスフィルタでさらに低減するように構成している。つまり、このハイパスフィルタの特性を、一定値減算後のドプラ信号の特性に応じて変化させる。具体的には、図4に例示したように、信号のパワー値が大きいほど、式(4)に基づくクラッタ成分の除去が十分でなかったと判断して、ハイパスフィルタの遮断周波数を高くしたり、図5に示す如く、信号パワー値の増大に応じて、遮断周波数だけでなく、フィルタの次数を上げ、減衰特性がより急峻になるように制御する。
【0030】
また、血流が形成するドプラ信号(血流成分)は式(2)に示す如く、クラッタ成分の位相変化量φiだけ位相シフトを受ける。この位相シフト後の位相値をそのまま用いれば、クラッタ成分に対する相対的な血流速度を得ることができる。しかしながら、通常のCFM処理で提供される血流速度は超音波プローブに対する相対速度であり、真の血流速度ではない。真の血流速度は、血流の実質臓器に対する相対速度であるとする方が自然である。この観点からすれば、この先願提案の装置において上述の如く得られる血流速度の方が真の血流速度であると言える。
【0031】
しかしながら、先願提案の装置では、従来の慣習に従い、超音波プローブに対する血流速度を得たい場合、式(4)で用いられている位相補正量を符号反転して次式のように処理することも可能にしている。
Si・exp{+j(θ+θ+……+θi−1)} ……(5)
ここで、Siはハスパスフィルタ通過後のドプラ信号を示す。
【0032】
この操作を行うことにより、血流の超音波プローブに対する相対速度を得ることができる。
【0033】
このように先願提案の装置は、クラッタ成分を除去して血流の描出能を向上させること等に、ある程度の効果を発揮するが、とくに、最近の多様化した診断法や診断部位まで十分にカバーしたイメージング法にはなっておらず、未解決の問題があった。この未解決の問題は以下のようなものである。
【0034】
[未解決の問題(A]
上述した先願提案の装置は、クラッタ成分の信号値は血流成分に比べて非常に大きく、A(クラッタ成分の信号値)>>a(血流成分の信号値)であることを前提とし、式(3)に示すように、式(1)のドプラ信号Ziそのものを用いて第1項のクラッタ成分を推定しようとしている。この前提は生体内の、心腔などを除いた殆どの部分で成立すると考えられるが、心腔内のように、超音波の送受信ビーム幅に比べて十分に大きな血管系の場合には、一概に、A>>aとは言えない。
【0035】
さらに、近年盛んに研究されている超音波造影剤を生体に注入するコントラストエコグラフィの場合、血流からの散乱成分が増強され、血流からのドプラ信号(血流成分)の信号値aが相対的に大きくなる。この場合、血流成分の影響を無視できなくなる。すなわち、本来は、クラッタ成分のみを反映した位相変化量θiを求めたいのに対し、この造影剤注入の場合には、位相変化量θiに対する血流成分の影響が大きくなり、推定される位相差θiの誤差が増大する。この結果、位相補正操作が理想的な状態ではなくなり、クラッタ成分の除去効果が半減してしまう。極端な例としては、仮にA<<aとなるケースが発生したとすると、かかる位相補正操作はクラッタ成分ではなく、血流成分を除去するように効いてしまい、所期の目的は到底達成し得ないことになる。
【0036】
かかる事態を打開するため、先願提案の装置には、式(3)などで得られた位相補正量θiに対し、ドプラ信号のパワー値に応じて次式(6)に示す修正を加える対策が提案されている。
[数6]
θi・k(p)i ……(6)
ここで、pは入力したドプラ信号のパワー値である。
【0037】
この式中の係数k(p)iが修正処理の内容であり、図6にその一例を示す。血管外のようにクラッタ成分が非常に大きい部位では位相補正量を変えないが、血管の内部に入り、入力ドプラ信号が小さくなるにしたがって、位相補正量に掛ける係数を小さくしていくものである。これにより、図7に示す血管中心のように、クラッタ成分が小さく、位相補正量が血流速度に大きく影響される場合には、係数k(p)iを小さくして位相補正があまり大きくならないように抑制するというものである。
【0038】
しかしながら、この係数k(p)iの乗算が効くのは、血流成分のパワーの絶対値がそれほど大きくはないということが前提となっている。すなわち、造影剤が投与されて血流成分が増強される事態を想定していない。このような増強状態の場合、係数k(p)iの値が大きくなり、血流成分の影響を大きく受けたθiが出力されるため、クラッタ成分の除去効果が低減してしまう。造影剤による増強効果が非常に大きい場合、クラッタ成分ではなく、その反対の血流成分を除去するように処理される恐れも有り得る。
【0039】
さらに、先願提案の装置の場合、一定値減算後の信号パワー値が大きいほど、式(4)の処理後に残存しているクラッタ成分が大きいと判断し、ハイパスフィルタの遮断特性を急峻に制御するようにしている。そして、かかる判断基準の信号パワー値は、信号に含まれるクラッタ成分が支配的であることを前提としている。そこで、上述と同様に、造影剤が投与されて血流成分が増強された場合を想定すると、血流成分が増強されるほど、信号のパワー値が大きくなり、ハイパスフィルタはより多くの成分を除去するように動作する。したがって、血流成分も除去されてしまうという矛盾が生じる。
【0040】
[未解決の問題(B]
また、ハイパスフィルタの遮断周波数に関わる未解決の問題がある。先願提案の装置では、式(4)の処理を実施した後に残存するクラッタ成分が大きい場合のクラッタ除去手段として、ハイパスフィルタを用い、その遮断周波数が高くなるように制御するとしている。
【0041】
しかしながら、腹部血流のように比較的遅い血流を観察するときに、小さな速度レンジを用いると、心臓や呼吸の影響などに因り残存クラッタ成分が比較的大きな速度を有する事態が発生することがある。その場合、クラッタ成分を低減させるには、ハイパスフィルタの遮断周波数を非常に大きな値に設定する必要がある。一方、診断部位によっては、クラッタ成分が殆ど変動せず、小さな値の遮断周波数で済む場合もある。つまり、同一画像であっても、ハイパスフィルタに要求される遮断周波数の値が大きく異なるという状況が発生し得る。
【0042】
ハイパスフィルタを通過した後のドプラ信号を自己相関処理して得られる平均速度値は、このハイパスフィルタの遮断周波数が大きくなるほど増大する傾向がある。このため、平均速度を観察するときに、同一画像内においてクラッタ成分の大小に依存する速度ムラを生じる恐れがある。この影響を軽減するには、ハイパスフィルタの遮断周波数の可変範囲を狭め、とくに、遮断周波数の上限値を下げることが望ましい。しかし、そのように設定すると、速度の大きな残存クラッタに対する除去効果が制限されてしまうという状況があった。
【0043】
[未解決の問題(C]
さらに、クラッタ成分の大小の判断に関する未解決の問題がある。前述した先願提案の装置の場合、式(4)の処理を行った後に残存するクラッタ成分の程度を判断する指標として、一定値減算後の信号のパワー値を用いている。
【0044】
しかし、この信号パワー値は生体の減衰特性および生体内の構造物の分布などに応じて変わり、常に一様な値を取るとは限らない。例えば、肝臓のように比較的大きな領域において一様な臓器を観察する場合であっても、深部ほど、生体減衰の影響に因って平均的なパワー値は小さくなる傾向がある。したがって、単にパワーの絶対値を基準にしてクラッタ成分の大小を判断すると、浅い部位と深い部位とでは、常に、浅い部位のクラッタ成分の方が深い部位よりも相対的に多くなるように誤判断される恐れがあった。
【0045】
[未解決の問題(D]
さらに、CFMモードとPWモードの血流速度のずれに関する未解決の問題がある。先願提案の装置で実施するCFMモードのイメージングの場合、血流からのドプラ信号は式(2)に示すように、クラッタ成分の位相変化量φiだけ位相シフトを受ける。この位相シフト後の位相値をそのまま用いれば、従来の慣習に拠る超音波プローブに対する血流速度ではなく、クラッタ成分に対する相対的な血流速度がCFMモードとして与えられる。
【0046】
これに対し、血流情報を提供する従来の超音波診断装置の主流は、前述したように、CFMモードとPWモードの両機構を有するタイプである。
【0047】
したがって、腹部血流のように血流速度が遅いことに因り、クラッタ成分の速度の影響を無視できなくなるような場合、先願提案の装置におけるCFMモードの元に供される血流速度は、従来のPWモード(従来の慣習に従うPWモードを用いる限りにおいて)の元に供される血流速度に対してクラッタ成分の速度分だけ誤差を生じてしまうという不都合がある。
【0048】
このように、前述した先願提案の装置によっても種々の未解決の問題があるので、本発明は、前述した従来のMTIフィルタが有する問題を解決することは勿論のこと、上述した先願提案の装置の未解決も問題も解決することを、その目的とする。
【0049】
具体的には、本発明は、クラッタ成分と低速度の血流からのエコー成分とを確実かつ精細に分別できるようにすることで、動きのある実質臓器からのクラッタ成分を確実に除去し、かつ非常に低速度の血流も見逃すことなく検出し、高検出能の2次元分布の血流像を生成できる超音波ドプラ診断装置を提供することを前提とし、とくに、以下の目的を達成するものである。
【0050】
本発明の第1の目的は、超音波の送受信ビーム幅に比べて十分に大きな心腔内などの血管系を撮像する場合、生体に造影剤が注入された血管系を撮像する場合など、クラッタ成分に比して血流成分の信号値の影響が無視できなくなるような撮影状況であっても、実質臓器の動き量に関わらず、クラッタ成分を十分に且つ確実に除去することができ、一方、速度が非常に低い血流も同時に検出することができるようにすることである。
【0051】
本発明の第2の目的は、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去の処理の後に残存するクラッタ成分が大きい場合でも、ハイパスフィルタの遮断周波数をむやみに高くしないで、速度の大きな残存クラッタ成分を確実に低減させることができるようにすることである。
【0052】
本発明の第3の目的は、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去処理の後に残存するクラッタ成分の大小を判断する信号の特徴量が、生体減衰などの影響によりクラッタ成分のパワー値が一様に分布しない場合であっても、クラッタ成分の大小を確実に反映した同成分の大小判断を行うことができ、確実且つ高精度なクラッタ除去効果を得ることである。
【0053】
本発明の第4の目的は、クラッタ成分に対する相対的な血流速度を提供する超音波ドプラ診断装置であって、CFMモードとPWモードの両方の機構から提供される血流速度のずれを排除することである。
【課題を解決するための手段】
【0054】
A(1):第1の目的を達成する手段
上記問題点(A)は、ドプラ信号全体に含まれる血流からのドプラ成分(血流成分)がクラッタからのドプラ成分(クラッタ成分)に比べて無視できなくなるときに生じる。そこで、ドプラ信号全体に含まれる血流成分の影響を確実に除去する手段を構築し、この手段を用いて前記式(3)による瞬時的な位相変化量θiを推定し、さらに式(4)によって瞬時的な位相変化量θiに基づく位相補正およびクラッタ除去の処理を行い、この後に、残存クラッタ成分の大小の程度を判定する。
【0055】
血流成分とクラッタ成分との平均速度に着目すると、その違いは一般的には、
クラッタ成分<血流成分
である。CFM法やPW法は、この速度差を利用してハイパスフィルタによりドプラ信号全体からクラッタ成分を除去し、血流成分を抽出しようとしている。
【0056】
[位相変化量の推定に関する改善]
この速度差から分かるように、クラッタ成分に起因したドプラ信号の位相変化量はさほど大きな値にはならないと仮定することは妥当である。そこで、図8に例示するように、位相変化量の推定値(すなわち位相補正量)θiに予め上限値θmaxを設定し、式(3)で推定される推定値θiがその上限値θmax以上になるときは、血流成分の影響が大きいと判断し、その上限値θmaxでその出力をクリップする。
【0057】
このクリップ処理によって、例えば図9(b),(c)に例示するように、位相変化量の推定値θiに対する血流成分の影響が大きい場合であって、その推定値θiが理想値θclから大きくずれる場合でも、実際の推定値θact=+φmaxに抑制されるから、理想値θclとのずれ量を低減し、許容される範囲内の適宜な量に止めることができる。
【0058】
また、これに代えて、ドプラ信号にローパスフィルタによる前処理を施すことにより、ドプラ信号に含まれる血流成分を確実に除去して、クラッタ成分のみの移動変化量を確実に推定することもできる。図10(a)〜(c)に模式的に示すように、このローパスフィルタの通過帯域をクラッタ成分に合わせることで効果的に機能する。
【0059】
このローパスフィルタの通過帯域をクラッタ成分のみに合わせようとして、その遮断特性を急峻にすると、一般的には、通過帯域の位相特性の平坦性が崩れ易くなる。これは、瞬時的な位相変化量を用いて位相補正を行うことを基礎する本発明にとって、位相変化量の推定の正確性を確保する上で好ましくない。つまり、ローパスフィルタを用いる場合であっても、フィルタの遮断特性の急峻性に自ずと一定の制限がある。
【0060】
そこで、状況に応じて、このローパスフィルタと前述したクリップ処理とを併用することが好ましい。例えば図10(d)に示すように、造影剤投与下での大血管の如く、血流成分がクラッタ成分に比べて非常に大きくなる特定の状況下ではとくに、そのような併用を位相推定時の安全弁として機能させることが望ましい。
【0061】
さらに、このローパスフィルタのフィルタリング処理は、前記式(6)に基づく信号パワー値に応じた位相補正θiの修正処理を、その修正処理が元来意図したように機能させるという働きもする。つまり、血流成分がローパスフィルタによって幾分とも除去されていれば、かかる修正処理に用いるパワー値はクラッタ成分をより強く反映するものになるからである。
【0062】
また、信号パワー値に基づく位相補正量の修正処理をローパスフィルタによるフィルタリング処理と併用すれば、以下に述べるように、ローパスフィルタの性能上の限界を補完する点で有効である。
【0063】
ローパスフィルタの遮断周波数はクラッタ成分をカバーし得る最小の設定であることが望ましい。しかし、図11(b)に示すように、心臓を観察する場合、クラッタとなる心筋や弁が比較的速い速度成分を呈するので、遮断周波数をあまり小さい値に設定することができない。同様に、位相補正量の上限値も腹部血流のときの設定値のように小さくはできない。このため、同図(c)に示すように速い血流成分のときには問題はない。反対に、同図(a)に示すように遅い血流成分とのきには、この血流成分がローパスフィルタを通過するので、ローパスフィルタや位相補正量(位相変化量の推定値)の上限値対策がなされたとしても、そのような血流成分はクラッタ成分と見做され、フィルタを通過する。信号パワー値に着目すると、造影剤投与下といった特定の状況ではない、ごく一般的な状況下では血流成分のパワー値はそれほど大きくはなく、パワー値に基づく位相補正量の修正が機能し得る。したがって、パワー値に基づく位相補正量の修正を併用することで、同図(a)に示すように血流成分の速度が遅い場合であっても、ローパスフィルタを通過することはなくなる。このように、ローパスフィルタとパワー値による位相補正量の修正処理とを併用すれば、互いのデメリットを補完し合い、メリットを生かしながら、低速度の血流成分を確実に検出できるようになる。
【0064】
以上のように、問題点(A)は「位相補正量を制限すること」、または、「ローパスフィルタを用いること」を採用することにより大幅に改善されるし、またそれらを併用することにより、血流測定の対象範囲が著しく拡大する。また、「ローパスフィルタを用いること」と「パワー値に基づく位相補正量の修正」とを併用することでも問題点(A)は大幅に改善される。さらに、それら三者を併用することでも改善される。
【0065】
[残存クラッタ成分の判定の改善]
本発明においては、前記式(4)に基づくドプラ信号の位相補正およびクラッタ成分の除去後に残存クラッタ成分の量がどの位であるかについての判定は、上述したと同様に、平均速度の違いを利用して改善される。前処理として、ドプラ信号をローパスフィルタでフィルタリングし、ドプラ信号に含まれる血流成分を除去する。この後で、クラッタ成分に対応させた一定値を減算し、この減算の結果信号を判断してクラッタ成分の残存パワー値を算出する。
【0066】
B(1):第2の目的を達成する手段
問題点(B)は、比較的速い速度成分のクラッタ成分を除去するために行う、ハイパスフィルタの遮断特性の調整だけでは限界があることに起因している。そこで、本発明では、ドプラ信号のゲインを調整する手段とハイパスフィルタの遮断特性の調整とを併用してクラッタ成分を除去するようにする。
【0067】
ゲイン調整には、ハイパスフィルタのフィルタリング特性の制御と同様に、クラッタ成分に対応させた一定値を減算した後の、クラッタ成分の残量をより正確に反映したパワー値を用いるのが望ましい。
【0068】
図12にハイパスフィルタの遮断周波数およびドプラ信号のゲインの制御例を示す。残存クラッタ成分の判断の元としている信号は一定値減算後の信号である。そこで、同図に示す如く、この一定値減算後の信号のパワーが大きいときは、その信号に含まれている成分は実質的にクラッタ成分のみであると考えてもよいから、ゲインを下げてクラッタ成分を徐々に除去する。また、この信号パワー値が大きくなると、ハイパスフィルタの遮断周波数を徐々に上げる。遮断周波数およびゲイン共に、信号パワー値が低い領域および高い領域では一定に保持する。
【0069】
一定値減算後のパワー値があるしきい値を越えた場合、単純にブランクすることで、このようなクラッタを表示させないようにすることも可能であるが、そのようにすると、画像上に不連続点が目立つことがあるため、好ましくない。そこで、図12に示すように、信号パワー値の中間領域で、ゲインを連続的に変えることにより、かかる不連続性を軽減することができる。
【0070】
また、「パワーモード」と呼ばれることが多い、CFMモードにおける血流成分のパワーを表示するモードを用いて血流の存在診断を行う場合、判断基準としている一定値減算後の信号パワーが十分にクラッタ成分のみを反映しておらず、血流成分のゲインを下げるように動作するケースがあったとしても、画像上にはある程度の血流が表示されることから、血流情報はブランク処理に比較して多くなり、より有効である。
【0071】
このようにハイパスフィルタの遮断周波数の制御のみならず、ドプラ信号(血流成分)に対する信号のゲイン調整とを併用することで、その遮断周波数をそれほど高くしなくても、クラッタ成分を十分に除去することができる。
【0072】
C(1):第3の目的を達成する手段
問題点(C)は、一定値減算後の信号パワーの絶対値が生体部位の違いによって変化することに因る。そこで、本発明では、一定値減算後の信号パワーの絶対値に関して、生体の部位に拠る違いを吸収する対策を施した。
【0073】
具体的には、一定値減算後の信号パワー値を位相補正前の信号パワー値で補正するようにし、これにより、生体の部位に拠る違いの影響を緩和するようにした。位相補正前の信号パワー値は、クラッタ成分本来のパワーに直接由来してしており、減衰の少ない生体浅部では比較的大きく、反対に、減衰の多い生体深部では小さい目の値をとる。式(4)によって一定値を減算した後の信号パワー値(残存クラッタ成分に対応する)を位相補正前の信号パワー値で規格化すれば、生体部位の違いに起因した信号パワー絶対値の違いが相殺される。
【0074】
この規格化の好適な一例は、以下のように式(7)で定義する特徴量sPowを用いることである。cdsPowは一定値減算後の信号パワーを、inPowは位相補正前の信号パワーをそれぞれ示すこととすると、
[数7]
sPow=(cdsPow)β/inPow ……(7)
この式中、βは残存クラッタ成分の量を反映した一定値減算後の信号パワーの重みを示す。
【0075】
各信号のパワー値は、各ピクセル位置におけるN個のドプラデータ列Ziの少なくとも1個のデータを用いて定義される。かかる式として、例えばN個のドプラデータの平均値を意味する以下の式(8)を用いることができる。
【数8】

【0076】
D(1):第4の目的を達成する手段
さらに、問題点(D)は、演算し表示する速度の定義がCFMモードとPWモードとの間で異なることに起因している。そこで、本発明では、クラッタ成分に対する血流の相対速度、および、従来の慣習に従うプローブに対する血流の相対速度という2種類の速度を定義をCFMモードとPWモードとの間で一致させるように構成する。とくに、CFMモードおよびPWモードを実現する両回路それぞれが、クラッタ成分に対する血流の相対速度を得るための位相補正の手段を備えるようにすることが好適な一態様である。
【0077】
上述した問題点解決の原理を踏まえて、本発明は具体的には以下のように構成することを特徴とする。
【0078】
本発明に係る超音波ドプラ診断装置は、その一つの態様として、被検体内の断面に沿って超音波信号を各走査線方向に複数回ずつ送信するとともに当該被検体から反射されてくる超音波エコー信号を受信する送受信手段と、前記超音波エコー信号に基づき前記各走査線方向それぞれの同一の空間位置から反射されてきた複数の時系列のドプラデータから成るドプラ信号をその空間位置毎に得るドプラ信号抽出手段と、前記ドプラ信号から時系列的に変動の大きい信号成分を事前に除去する前処理手段と、この前処理手段によって信号成分が除去された前記ドプラ信号を用いて前記臓器が前記超音波信号を反射したことに伴うクラッタ成分の除去に関する情報を決める決定手段と、前記情報に基づき前記ドプラ信号から前記クラッタ成分を除去するクラッタ成分除去手段と、このクラッタ成分除去手段の除去によって得られた前記ドプラ信号を用いて前記断面の血流情報を抽出する血流情報抽出手段と、を有し、前記決定手段は前記前処理手段により処理された前記ドプラ信号に含まれる前記クラッタ成分の瞬時的な位相変化量を推定する位相推定手段を備え、前記クラッタ成分除去手段は前記位相推定手段により推定された位相変化量に基づき前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を補正する位相補正手段を備えることを一つの重要構成とする。
【0079】
この構成に対して、前記血流情報抽出手段によって抽出された前記血流情報を視覚化する視覚化手段を備えることができる。
【0080】
好適には、前記前処理手段はローパスフィルタであって、このローパスフィルタは、時系列的に変動の大きい前記信号成分を除去する周波数帯域として、前記断面を通過する血流からの反射超音波成分を除去する周波数帯域に設定してある。
【0081】
また好適には、前記クラッタ成分除去手段は、前記位相補正手段により位相補正された前記ドプラ信号の各ドプラデータから、例えば前記クラッタ成分に相当する一定値を減算する減算手段を備えることもできる。また、前記位相推定手段は、前記ドプラ信号を形成するドプラデータ列の内の位相補正を行うドプラデータを含めた当該ドプラデータ列の内の一部のドプラデータを用いて前記瞬時的な位相変化量を推定する手段に形成してもよい。さらに、前記位相推定手段は、前記瞬時的な位相変化量を前記ドプラ信号のパワーに応じて修正する修正手段を有することもできる。さらに、前記位相推定手段は、前記位相変化量の絶対値を所定値でクリップするクリップ処理手段を有することもできる。
【0082】
一例として、前記クラッタ成分除去手段は、前記減算手段により一定値が減算された前記ドプラ信号をハイパスフィルタリングするハイパスフィルタを備えることができる。この場合、好適には、前記決定手段は、前記前処理手段により処理された前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を前記瞬時的な位相変化量を用いて補正する別の位相補正手段と、この位相補正されたドプラ信号の各ドプラデータから一定値を減算する別の一定値減算手段と、この一定値減算前後の前記ドプラ信号を用いて前記ハイパスフィルタの特性を制御する制御手段とを備えることである。さらに、この構成において、前記制御手段は、前記前処理手段により処理された前記ドプラ信号のパワー値を演算する第1の演算手段と、前記別の一定値減算手段により一定値減算された前記ドプラ信号のパワー値を演算する第2の演算手段と、前記第1および第2の演算手段により演算された両パワー値から前記ハイパスフィルタの特性を決めるデータを演算する第3の演算手段と、前記データにしたがって前記ハイパスフィルタの特性を設定する設定手段とを備えるようにしてもよい。例えば、前記第3の演算手段は、前記第1の演算手段により演算された前記ドプラ信号のパワー値inPowと前記第2の演算手段により演算された前記ドプラ信号のパワー値cdsPowとのパワー比「cdsPow/inPow」を前記データとして演算する手段として構成できる。また、前記設定手段は、前記パワー比に応じて前記ハイパスフィルタの遮断周波数または次数の少なくとも一方を設定する手段が好ましい。前記設定手段は、さらに前記パワー比が高くなると前記遮断周波数を高めの一定値に保持する手段であるとしてもよい。
【0083】
好ましい例として、前記クラッタ成分除去手段は、一定値減算された前記ドプラ信号を可変ゲインで増幅する増幅手段を備えることができる。さらに好ましくは、前記第3の演算手段により演算されたパワー比に基づき前記可変ゲインを可変設定するゲイン設定手段を備えることである。前記ゲイン設定手段は、例えば前記パワー比が高くなると前記可変ゲインを低めの一定値に保持する手段である。
【0084】
好ましくは、前記決定手段は前記位相推定手段により推定された前記瞬時的な位相変化量を位相反転させる位相反転手段を備え、前記クラッタ成分除去手段はこの位相反転させた位相変化量の分だけ一定値減算された前記ドプラ信号の位相を戻す位相キャンセル手段を備える。
【0085】
一例として、前記主要構成において、前記血流情報抽出手段は、前記ドプラ信号を用いて前記血流の流速を分析する分析手段を複数系統備え、この各系統の分析手段は互いに同一意義な相対的な血流速度情報を分析する手段であることも好ましい。この場合、例えば、前記複数系統の分析手段は、前記血流のCFMモードの信号処理を行う分析手段と、前記血流のPWモードの信号処理を行う分析手段とを備えることができる。
【0086】
本発明に係る超音波ドプラ診断装置は、別の態様として、被検体内の断面に沿って超音波信号を各走査線方向に複数回ずつ送信するとともに当該被検体から反射されてくる超音波エコー信号を受信する送受信手段と、前記超音波エコー信号に基づき前記各走査線方向それぞれの同一の空間位置から反射されてきた複数の時系列のドプラデータから成るドプラ信号をその空間位置毎に得るドプラ信号抽出手段と、前記ドプラ信号を用いて前記臓器が前記超音波信号を反射したことに伴うクラッタ成分の除去に関する情報を決める決定手段と、前記情報に基づいて前記ドプラ信号から前記クラッタ成分を除去するハイパスフィルタと当該ドプラ信号をゲイン処理する回路とを含むクラッタ成分除去手段と、このクラッタ成分除去手段の除去によって得られた前記ドプラ信号を用いて前記断面の血流情報を抽出する血流情報抽出手段と、前記血流情報抽出手段によって抽出された前記血流情報を視覚化する視覚化手段とを有し、前記決定手段は前記ドプラ信号に含まれる前記クラッタ成分の瞬時的な位相変化量を推定する位相推定手段を備え、前記クラッタ成分除去手段は位相推定手段により推定された位相変化量に基づき前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を補正する位相補正手段を備えることを別の主要構成とする。
【0087】
前記位相推定手段は、前記ドプラ信号を形成するドプラデータ列のうち、微小時間区間に含まれるドプラデータを用いて前記瞬時的な位相変化量を推定することができる。一例として、前記位相推定手段は、前記位相変化量の絶対値を所定値でクリップするクリップ処理手段を有する。また、前記クラッタ成分除去手段は、前記位相補正手段により位相補正された前記ドプラ信号の各ドプラデータから、例えば前記クラッタ成分に相当する一定値を減算する減算手段を備えることができる。さらに、前記決定手段は、前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を前記瞬時的な位相変化量を用いて補正する別の位相補正手段と、この位相補正されたドプラ信号の各ドプラデータから一定値を減算する別の一定値減算手段と、この一定値減算前後の前記ドプラ信号のパワー値を用いて前記ハイパスフィルタおよびゲイン処理回路の特性を制御する制御手段とを備えるようにしてもよい。
【0088】
前記別の主要構成に対して、例えば、前記血流情報抽出手段は、前記ドプラ信号を用いて前記血流の流速を分析する分析手段を複数系統備え、この各系統の分析手段は互いに同一意義な相対的な血流速度情報を分析する手段であることも好ましい。
【発明の効果】
【0089】
本発明に係る超音波ドプラ診断装置によれば、相対的に速度の大きな血流成分(血流からのドプラ信号成分)を除去したことにより実質的にクラッタ成分のみとなったドプラ信号のデータ間の瞬時的な位相変化量を逐次補正することで、大血管系や造影剤が投与された血管系の場合のように血流成分の影響が通常よりも大きくなる場合でも、ドプラ信号からクラッタ成分のみを確実に且つ十分に除去することができる。これにより、表示する血流情報にクラッタ成分の影響が現れるという好ましくない事態を確実に防止し、血流の検出能、表示能を向上させ、高精度の血流情報を装置使用者に提供することができる。
【0090】
とくに、実質臓器の動き量に関わらず、クラッタ成分を確実に除去することができ、また、速度が非常に低い血流も確実に検出することができる。
【0091】
また、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去の処理の後に残存するクラッタ成分が大きい場合でも、ハイパスフィルタの遮断周波数をむやみに高くしないで、速度の大きな残存クラッタ成分を確実に低減させることができる。
【0092】
さらに、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去処理の後に残存するクラッタ成分の大小を判断する信号の特徴量が、生体減衰などの影響によりクラッタ成分のパワー値が一様に分布しない場合であっても、クラッタ成分の大小を確実に反映した同成分の大小判断を行うことができ、確実且つ高精度なクラッタ除去効果を得ることができる。
【0093】
さらにまた、CFMモードとPWモードの両方の処理系から提供される血流速度の意義のずれを排除し、共に、クラッタ成分に対する相対的な血流速度、または、プローブに対する相対的な血流速度を提供することができ、装置使用者の無用な混乱を回避し、利便性を与えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0094】
以下、本発明の実施形態を添付図面を参照して説明する。
【0095】
[第1の実施形態]
第1の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置を図13〜図19に基づき説明する。
【0096】
図13に示す超音波ドプラ診断装置は、超音波信号と電気信号の間で双方向に信号変換可能な超音波プローブ1と、この超音波プローブ1に接続された送信系回路2および受信・処理系回路3とを備える。
【0097】
超音波プローブ1は、その先端に配置されたアレイ型圧電振動子を備える。アレイ型振動子は複数の圧電素子を並列に配置し、その配置方向を走査方向としたもので、複数の圧電素子それぞれが送受信の各チャンネルを形成する。
【0098】
送信系回路2は、基準レートパルスを発生するパルス発生器11と、このパルス発生器11から出力された基準レートパルスをチャンネル毎に遅延して駆動パルスを発生させる送信回路12とを備える。送信回路12から出力されたチャンネル毎の駆動パルスは、超音波プローブ1の複数の振動子のそれぞれに供給される。駆動パルスの送信遅延時間は各チャンネル毎に制御され、レート周波数毎に繰返し供給される。駆動パルスの供給に応答して各振動子から超音波パルスが出射される。この超音波パルスは被検体内を伝搬しながら、制御された送信遅延時間により送信ビームを形成し、音響インピーダンスの異なる境界面でその一部が反射してエコー信号になる。戻ってきたエコー信号の一部または全部は振動子で受信され、対応する電気信号に変換される。
【0099】
一方、受信・処理系回路3は、超音波プローブ1に接続された受信回路21のほか、この受信回路21の出力側に置かれたBモード処理回路22、CFMモード処理回路23、および表示回路24を備える。受信回路21は、プローブ1の振動子に接続されたチャンネル毎のプリアンプと、このプリアンプのそれぞれに接続された遅延回路と、その遅延回路の遅延出力を加算する加算器とを備える。このため、プローブ1により受信されたエコー信号は、その対応する電気量のアナログ信号が受信回路21に取り込まれ、チャンネル毎に増幅された後、受信フォーカスのために遅延制御され、加算される。これにより、受信遅延時間の制御に応じて決まるフォーカス点を有する受信ビームが演算上で形成され、所望の指向性が得られる。
【0100】
受信回路21の出力端は、Bモード処理回路22およびCFMモード処理回路23に分岐して接続されている。Bモード処理回路22はBモードの白黒の断層像データを作成を担うもので、図示しない対数増幅器、包絡線検波器、およびA/D変換器を備えている。このため、受信回路21で整相加算されたエコー信号は対数増幅器で対数的に増幅され、その増幅信号の包絡線が包絡線検波器で検波され、さらにA/D変換器でデジタル信号に変換された表示系回路24にBモード画像信号として送られる。
【0101】
表示系回路24は、Bモード用、CFM用のフレームメモリおよび書込み/読出し制御回路を備えたデジタルスキャンコンバータ(DSC)31、ピクセルのカラー付与処理を行うカラー処理器32、D/A変換器33、および表示用のTVモニタ34を備える。Bモード処理回路22から出力されたデジタル量の包絡線検波信号は、DSC31のBモード用フレームメモリに書き込まれる。
【0102】
一方、CFM処理回路23は、血流動態を観測するCFMモードの画像データの作成を担う回路群であり、その入力側は、受信回路21から出力されたエコー信号を実数部Q,虚数部Iに対応して2系統で入力するように分岐されている。実数部Qおよび虚数部Iの信号系毎に、ミキサ41A(41B)、LPF42A(42B)、およびA/D変換器43A(43B)をこの順に備える。CFM処理回路23はさらに、A/D変換器43A、43Bからの実数部および虚数部の処理信号を一旦格納するバッファメモリ44A,44B、この格納信号に基づいてフィルタリング処理を行うMTIフィルタ部45、およびこのフィルタ部出力に基づいて血流動態に関する各種の演算を行う演算回路46を備える。CFM処理回路23はさらに、参照用の基準信号を発振する基準発振器47と、この基準信号に正確に90度の位相差を与えてミキサ41A,41Bにそれぞれ供給する位相器48とを備える。基準発信器47と送信系回路2のパルス発生器21とは互いに同期して駆動する。基準信号は超音波信号と略同一の周波数を有する。
【0103】
このため、受信回路21から出力されたエコー信号は、実数部、虚数部の信号系それぞれにおいて、ミキサ41A(41B)により基準信号との間で乗算された後、LPF42A(42B)によりその高周波成分が除去されて、ベース帯域の信号となる。すなわち、エコー信号はその実数部、虚数部毎に、ミキサ41A(41B)およびLPF42A(42B)による位相検波(直交位相検波)がなされ、基準信号からの位相差を反映したベース帯域のドプラ信号として抽出される。このドプラ信号はその実数部、虚数部毎に、A/D変換器43A(43B)によりデジタルデータに変換され、バッファメモリ44A(44B)に一旦格納される。
【0104】
MTIフィルタ部45は、バッファメモリ44A,44Bに個別に格納されているドプラデータ群を用いて心臓壁などで反射してきた不要なエコー信号を除去するために介挿してある。このMTIフィルタ部45の処理は、本発明に係るフィルタリングを達成するものである。その具体的な構成は図14に示すようであり、その処理については後述する。MTIフィルタ部45により、実質臓器からのドプラ成分(クラッタ成分)が全体のドプラ信号から確実かつ精度良く除去され、残りの殆どが血流からのドプラ成分(血流成分)となって抽出される。
【0105】
MTIフィルタ部45でフィルタリングされた実数部、虚数部のドプラデータはそれぞれ演算回路46に送られる。演算回路46は、実数部、虚数部のドプラデータを用いて血流の動態情報を推定する、例えば自己相関器およびこの相関結果を用いる平均速度演算器、分散演算器、パワー演算器を有しており、血流の平均速度、速度分布の分散、血流からの反射信号のパワーなどの情報が推定演算される。この演算結果はCFMモード画像データとしてDSC31のCFM用フレームメモリに一旦格納される。
【0106】
DSC31では、Bモード用フレームメモリおよびCFMモード用フレームメモリに格納された画像データが各別に標準TV方式で読み出される。さらに、この読出しと並行して、両フレームメモリの共通画素同士の一方が択一的に選択され、Bモード画像(背景像)にCFMモード画像が重畳された1フレームの画像データが形成される。この画像データはカラー処理器32でカラー付与処理が施された後、D/A変換器により所定タイミング毎にアナログ信号に変換され、TVモニタ34に表示される。この結果、白黒のBモード像を背景に血流速度の2次元カラー像が表示される。
【0107】
続いて、上述のMTIフィルタ部45の構成および動作の説明を中心に、本実施形態を動作を説明する。
【0108】
CFMモードの画像を作るには、同一の走査線方向への超音波パルスの送受信がN回(例えば16回)繰り返される。この送受信1回毎に得られるエコー信号に基づいて、バッファメモリ44A,44Bに直交位相検波されたドプラデータがそれぞれ格納される。このため、バッファメモリ44A,44Bのそれぞれに格納されるベース帯域のデジタルのドプラデータは、前述した図1に示す如く、3次元になる。つまり、第1の次元は各走査線数(番号)1〜Lを表わし、第2の次元は各走査線に沿った深さ方向のピクセル数(番号)1〜Mを表わし、および第3の次元は各ピクセルについて送受信の繰返しにより得られるドプラデータの数(番号)1〜Nを表わす。ドプラデータの数を以下、「データ数」という。CFMモードでは、各ピクセルで時系列に得られたN個のドプラデータ(図1の斜線部分参照)を独立に処理して各ピクセル毎の血流の動態情報を得る。
【0109】
このため、MTIフィルタ部45には、図17に示すように、バッファメモリ44A,44Bから実数部Q、虚数部Iのデジタル量のドプラ信号Zi(i=0〜N−1)が走査面の各位置毎に供給される。図17における縦軸方向は振幅値に相当する。
【0110】
このMTIフィルタ部45の動作上の特徴は、前述した先願提案の装置の特徴に基礎を置くもので、以下の4項目に集約される。
【0111】
(1):隣接するドプラデータ間でのクラッタ成分の瞬時的な位相変化を推定し、その推定量に応じてドプラ信号全体の位相変化を補正する(すなわち、クラッタ成分の瞬時的な位相変化を打ち消す)。なお、本発明での「瞬時的」の用語はN個のドプラデータの観測時間よりも短いことを意味している。
【0112】
この補正処理は、とくに、
(1a):位相変化量の推定値に一定の上限値を設定する、
(1b):ドプラ信号にローパスフィルタリングの前処理を施す、
(1c):位相補正量を信号パワー値を用いて修正する、
ことを、(1a)若しくは(1b)単独で、(1a)および(1b)の組み合わせで、(1b)および(1c)の組み合わせで、または(1a),(1b),(1c)の組み合わせで実施する点に特徴がある。
【0113】
(2):上記(1)の補正処理を行った後で、クラッタ成分に対応すると考えられる一定振幅値を減算してクラッタ成分を除去する。
【0114】
(3):上記(1)または(2)の処理後に、ハイパスフィルタリングを行ってクラッタ成分を除去する。そのフィルタリングの特性を上記(2)の処理による出力信号の特徴に応じて変化させる。
【0115】
このクラッタ成分の除去処理において、とくに、
(3a):上記(1)項の位相補正処理および上記(2)項の一定値減算処理と、ハイパスフィルタの遮断周波数制御と、ドプラ信号のゲイン処理とを併用することに特徴を有する一方で、
(3b):ドプラ信号にローパスフィルタリングの前処理を施し、その後に、一定値減算後の信号パワー値を算出して残存クラッタ成分の量の程度を判断すること、および、
(3c):一定値減算後の信号パワー値を位相補正前の信号パワー値で補正する 点に特徴がある。
【0116】
(4):必要に応じて上記(1)項の処理に伴う位相変化の影響を打ち消して、従来から使用されてきている速度概念に合わせた血流速度情報を得る。
【0117】
この場合、とくに、
(4a):上記(1)項による位相補正量を用いた位相補正処理をCFMモードおよびPWモードの両方で実施することに特徴を有する。
【0118】
以下の説明では、説明を分かり易くするため、走査断面上のある1点(ピクセル)からのドプラ信号を形成する上記N個のデジタル量のドプラデータ列について説明する(図1の斜線部分参照)。残りの点それぞれのN個のドプラデータ列についても同一の処理が実施されるものとする。
【0119】
上記の各種の特徴を実現するため、MTIフィルタ部45はその入力側に図14に示す如く、実数部、虚数部それぞれのドプラ信号Ziは2系統に分けられる。一方の系統は、主に臓器からの信号成分(クラッタ成分)を除去する手段の系であり、もう一方の系統は、その信号成分の除去手段の除去特性を決定するための系である。
【0120】
上記一方の系としては、実数部、虚数部それぞれのドプラ信号Ziを入力する複素乗算器45cを備え、その出力側に一定値減算器45d、ハイパスフィルタ(HPF)45g、および複素乗算器45iをこの順に備える。
【0121】
もう一方の系としては、実数部、虚数部それぞれのドプラ信号Ziを入力するローパスフィルタ(LPF)45jを備え、その出力側に複素乗算器45k,一定値減算器45l、クラッタ情報検出器45e、およびフィルタ特性設定器45fをこの順に備える。さらに、ゲイン設定器45nがクラッタ情報検出器45eの出力側とアンプ45mの間に介挿されている。フィルタ特性設定器45fの設定出力は位相反転器45hおよびHPF45gに出力される。また、ローパスフィルタ45jの出力側にクラッタ位相変化量推定器45a、乗算信号発生器45b、位相反転器45h、およびアンプ45mを備える。乗算信号発生器45bで発生した乗算信号は、複素乗算器45cおよび45k、ならびに位相反転器45hに供給される構成を採る。
【0122】
まず、このLPF45j側の回路で構成される特性決定手段の系からその構成および動作を説明する。
【0123】
MTIフィルタ部45に入力した実数部および虚数部それぞれのドプラ信号Ziは、LPF45jに入力する。これにより、各ドプラ信号Ziに含まれている変動の大きな血流成分がLPF45jにより前処理として除去される。
【0124】
この前処理を経た実数部および虚数部それぞれのドプラ信号Ziはクラッタ位相変化量推定器45aに入力する。このクラッタ位相変化量推定器45aは、図15に示す如く、その入力側に複素乗算器45a−1を備え、この複素乗算器の出力側に微小区間加算器45a−2、変換器45a−3、位相修正器45a−4、およびクリップ処理器45a−5をこの順に備えるとともに、これらと並行して加算平均演算器45a−6を備える。クリップ処理器45a−5にはまたクリップ値発生器45a−7が接続されている。
【0125】
複素乗算器45a−1は、入力する実数部Re[Zi]および虚数部Im[Zi]のドプラ信号から、
[数9]
[C1]i=Zi+1・Zi
の共役演算を行ってC1の実数部Rおよび虚数部Iを求めるとともに、
[数10]
[C0]i=Z・Z
の共役演算を行ってパワーPを求める。
【0126】
微小区間加算器45a−2は、i番目とi+1番目のデータ間の処理に対し、その近傍の微小区間分のC1値の実数部Rおよび虚数部Iを夫々加算してC1値の実数部R^および虚数部I^を求める。変換器45a−3はC1値の実数部R^および虚数部I^を用いて
[数11]
θ=tan−1(I^/R^)
の位相角θへの変換を行う。この位相角θは瞬時的な位相変化量として位相修正器45a−4に送られる。
【0127】
一方、複素乗算器45−1で演算したパワーPは加算平均演算器45a−6に送られ、そのN個データ分が例えば式(8)に基づき加算・平均される。この加算平均されたパワー値inPowは位相修正器45a−4に送られる。この位相修正器45a−4では、前述した図6と同様に表わされる図16に従って、ドプラ信号のパワー値inPowの変化に応じて、前記式(6)に示す如く、係数kp(i)を変化させ、瞬時的な位相変化量φを修正する。
【0128】
このドプラ信号のパワー値による修正を受けた瞬時的な位相変化量′はクリップ処理器45a−5に送られる。この処理器45a−5には、クリップ値発生器45a−7から、前述した図8に示すように、位相変化量のクリップ値(しきい値)がθmax、−θmaxが与えられている。このため、クリップ処理器45a−5は、残存パワー値による修正を行った後の瞬時的な位相変化量θiがクリップ値を越えるときは、その位相変化量θiがクリップ値に抑えられる。
【0129】
このようにして、クラッタ位相変化量推定器45aにより、実質的にクラッタ成分のみの位相変化を反映した瞬時的な位相変化量θiが推定され、この変化量は乗算信号発生器45bに送られる。また、この推定器45aにより演算されたパワー値inPowはクラッタ情報検出器45eに送られる。
【0130】
乗算信号発生器45bは、今回サンプリング時に送られてきた位相変化量および前回サンプリングまでに送られてきている位相変化量から、
[数12]
exp{−j(θ+θ+……+θi−1)} ……(9)
複素数信号を発生させる。この信号は、共に位相補正を担っている複素乗算器45cおよび45k、ならびに位相反転器45hに出力される。
【0131】
このため、特性決定側の複素乗算器45k(およびクラッタ成分除去側の複素乗算器45c)において、入力するドプラ信号Ziとの間で、
[数13]
Zi・exp{−j(θ+θ+……+θi−1)} ……(10)
の複素乗算が行われる。この位相補正(複素乗算)によって、ドプラ信号Ziが瞬時的な位相変化量に基づき実数部、虚数部毎に補正される。このため、例えば図17(a)で示す形態で入力したドプラ信号Ziの内、変動の大きな血流成分が入力段のLPF45jで事前に除去され、複素乗算器45kで位相補正されて同図(d)に示す如く変換される。このLPF45jによる血流成分の事前除去によって、LPF45jを使用しない場合に比較して、位相補正後のドプラ信号の波形はよりフラットになり、ほぼDC成分のみとなる。この補正波形は、位相変化量の推定精度が高いほどフラットになる。
【0132】
このようにLPF処理され、さらに位相補正されたドプラ信号Ziは実数部、虚数部毎に一定値減算器45lに送られる。この一定値減算器45dにて、式(4)第2項で示される一定値減算が行われる。これにより、クラッタ成分の瞬時的な位相変化をキャンセルしたドプラ信号から、一例として、その最初の位相φの振幅値「A・exp{j・φ}」をクラッタ成分の振幅値として見做して一律に減算する。このクラッタ成分除去を行った信号波形は図17(d)から同図(e)のようになる。つまり、波形の振幅値がほぼ十分に零付近まで下がり、クラッタ成分が良好に除去される。
【0133】
この一定値減算器45lにより処理されたほぼ直流成分のドプラ信号は、その実数部、虚数部毎に、クラッタ情報検出器45eに送られ、残存しているかもしれないクラッタ成分の程度を表す特徴量が算出される。
【0134】
このクラッタ情報検出器45eは、図18に示す如く、その入力側から順に、複素乗算器45e−1、加算平均演算器45e−2、特徴量変換テーブル45e−3、および空間平均演算器45e−4を備える。この内、複素演算器45e−1および加算平均演算器45e−2は、前述した式(8)に拠る演算を行うもので、複素演算器45e−1は
[数14]
[C0]i=Zi・Zi
の演算を行い、加算平均演算器45e−2はその複素乗算値をi=0〜N−1まで加算平均して一定値減算後のパワー値cdsPowを演算する。
【0135】
特徴量変換テーブル45e−3には、この一定値減算後のパワー値cdsPowおよび前述した一定値減算前のパワー値(入力パワー値)inPowが与えられる。このため、この変換テーブル45e−3は両方のパワー値cdsPow、inPowから前述した式(7)で定義した特徴量sPowを演算する。これにより、生体の構造に起因したパワー信号の絶対値の違いの影響がキャンセルされる。
【0136】
このクラッタ情報検出器45eではさらに、空間平均演算器45w−4により、求めた特徴量sPowの空間的な平均処理が施される。これにより、この特徴量がスペックルと呼ばれる超音波干渉のために空間的に不安定な値を取ることもなくなる。空間平均演算器45e−4は設置することが望ましい。このように演算された特徴量sPowはフィルタ特性設定器45fおよびゲイン設定器45nに入力される。
【0137】
フィルタ特性設定器45fでは、特徴量sPowに応じた、ハイパスフィルタ45gの特性が例えば図12に示すように設定される。仮にクラッタ成分の変化量が少ないとすると、式(4)の処理によってクラッタ成分は十分に低減するので、この特徴量sPowの値は小さくなり、反対にクラッタ成分の変化が大きいときは、特徴量sPowの値は大きくなる。したがって、この特徴量sPowの値が小さいときは、後述するハイパスフィルタ45gの遮断周波数が低くなるように設定する。このように低く設定しても、クラッタ成分をハイパスフィルタにより十分に低減される。反対に、特徴量sPowが大きいときは、ハイパスフィルタ45gの遮断周波数が高くなるように設定する。
【0138】
また、これに並行して、ゲイン設定器45nでは、一例として挙げてある図12に示すように、信号ゲインが設定される。特徴量sPowが大きくなる場合、ドプラ信号に含まれているクラッタ成分としての、高速な成分のパワーが大きいことから、血流成分が含まれていたとしてもハイパスフィルタのみによる除去は困難と考えられる。したがって、このような状況下では図12に示すようにゲインを小さくしてクラッタ成分を除去するようにする。
【0139】
一方、位相反転器45hは、乗算信号発生器45bが発生した、式(9)に示す乗算信号の位相を反転し、ゲイン可変アンプ45mに印加する。ゲイン可変アンプ45mは、位相反転された乗算信号(式(9)参照)の振幅を、ゲイン設定器45nで設定されたゲインで増幅して、複素乗算器45iに与える。
【0140】
次いで、クラッタ成分を除去する系について説明する。複素乗算器45cにおいて、入力するドプラ信号Ziとの間で、前記式(10)に基づく複素乗算が行われる。このため、位相補正手段としての複素乗算器45cは、この位相補正(複素乗算)によって、ドプラ信号Ziを瞬時的な位相変化量に基づき実数部、虚数部毎に補正し、例えば図17(a)で示す形態で入力したドプラ信号Ziを同図(b)に示す如く変換する。
【0141】
つまり、MTIフィルタ部45に入力するドプラ信号の虚数部信号が例えば図17(a)のようになっているとする。この波形は、大きい振幅かつ低速度で変化するクラッタ成分のドプラ偏移成分に、図では表され難いが小振幅で変化する血流のドプラ偏移成分が重畳した状態となっている。この波形について、クラッタ成分の瞬時的な位相変化量による位相補正を行った信号波形は同図(b)のように、クラッタ成分に起因した大振幅かつ低周波の波形うねり分が無くなり、その殆どは血流が受けているドプラ偏移に対応した変動のみを有する、略一定値振幅の波形となる。
【0142】
この位相補正されたドプラ信号は、実数部、虚数部毎に、一定値減算器45dにて、式(4)第2項で示される一定値減算が行われる。これにより、クラッタ成分の瞬時的な位相変化をキャンセルしたドプラ信号からその最初の位相φ0時の振幅値「A・exp{j・φ}」をクラッタ成分の振幅値として見做して一律に減算する。このクラッタ成分除去を行った信号波形は図17(b)から同図(c)のようになる。つまり、波形の振幅値がほぼ零付近まで下がり、クラッタ成分が良好に除去される。
【0143】
なお、一定減算器45dにより除去する一定値は、ドプラ信号のN個のデータの中の任意の値に設定してもよいし、また、そのN個のドプラデータの平均値に設定してもよい。
【0144】
この一定値減算後のドプラ信号Ziは、その実数部、虚数部毎に、ハイパスフィルタ45gに供給される。このハイパスフィルタフィルタ45gの基本構成は、FIR型でも、またIIR型でもよい。図19にIIR型で構成した例を示す。このフィルタ45gの少なくとも次数および遮断周波数は、フィルタ特性設定器45fで設定した値に自動的に設定されている。このため、ドプラ信号Ziの高周波成分のみが通過し、クラッタ成分は除去される。
【0145】
このハイパスフィルタ45gでクラッタ成分が除去されたドプラ信号は、その実数部、虚数部毎に、式(5)に示す複素乗算が実行される。これにより、複素乗算器45kにより補正された位相量と同量で逆の位相がドプラ信号に与えられ、超音波プローブに対するドプラ信号に変換される。このとき、複素乗算する信号の振幅値は特徴量sPowに応じてゲイン設定器45nにより設定される。なお、この位相反転処理は、組織に対する血流速度を推定し表示する場合は実行する必要がない。
【0146】
MTIフィルタ部45でこのように処理されたドプラ信号は演算回路46に送られ、血流速度、ドプラ信号のパワー、速度分布の分散などの血流情報が演算される。これらの情報は前述したように、TVモニタ34で適宜な態様で表示される。
【0147】
本実施形態のMTIフィルタ部45は以上のように構成され動作するので、その効果は以下のようになる。
【0148】
クラッタ成分が心拍や呼吸などの影響により動いていても、クラッタ成分を確実かつ精度良く除去でき、殆ど血流からのドプラ信号のみを効果的に抽出できる。とくに、観測時間よりも短い、瞬時毎に位相変化量を求めてクラッタ成分の位相変化をその都度補正(キャンセル)しているので、観測時間全体で1つの位相補正量を使って位相補正する場合に比べて著しく位相補正精度が向上する。これにより、殆ど一定振幅値のクラッタ成分(これには未だ血流からのドプラ信号が重畳している)を抽出することができ、その後に実行するクラッタ成分除去のための一定値減算の処理が従来よりも極めて有効となる。
【0149】
とくに、超音波の送受信ビーム幅に比べて十分に大きな心腔内などの血管系を撮像する場合、生体に造影剤が注入された場合など、クラッタ成分に比して血流成分の信号値の影響が無視できなくなるような撮影状況であっても、前処理用のローパスフィルタ、位相変化量推定値のクリップ処理、およびドプラ信号のパワー値に基づく位相変化量推定値の修正処理の寄与によって、実質臓器の動き量に関わらず、クラッタ成分を十分に且つ確実に除去することができる。
【0150】
つまり、クラッタ成分と低速度の血流からのエコー成分とを確実にかつ精細に分別でき、動きのある実質臓器からのクラッタ成分を確実に除去し、かつ非常に低速度の血流も見逃すことなく検出して、高検出能の2次元分布の血流像を生成できる。したがって、診断能および信頼性の高いた血流情報を提供できる。
【0151】
また、そのような除去処理を行っても未だ残存するクラッタ成分がある場合は、ハイパスフィルタにより確実に除去される。しかも、ハイパスフィルタの遮断特性は、ローパスフィルタで前処理した後のドプラ信号を使用して、クラッタ成分に対応させた一定値減算前後のパワー比に応じてアダプティブに制御されるとともに、そのパワー比を用いてドプラ信号のゲインも並行してアダプティブに制御される。これにより、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去の処理の後に残存するクラッタ成分が大きい場合でも、ハイパスフィルタの遮断周波数をむやみに高くしないで、速度の大きな残存クラッタ成分を確実に低減させることができる。
【0152】
さらに、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去処理の後に残存するクラッタ成分の大小を判断する信号の特徴量が、生体減衰などの影響によりクラッタ成分のパワー値が一様に分布しない場合であっても、クラッタ成分の大小を確実に反映した同成分の大小判断を行うことができ、確実且つ高精度なクラッタ除去効果を得ることができる。
【0153】
なお、この実施形態にあっては、信号ゲインを変更する手段として、複素乗算器45iに与える複素数信号の振幅をゲインで可変する方式を採用しているが、このほかにも、例えばハイパスフィルタに与える係数のゲインを変更するようにしてもよいし、また、ドプラ信号系に乗算器やROMを挿入してゲインを与える構成であってもよい。
【0154】
なおまた、上述した実施形態において、i)位相変化量の推定値に上限を設定するクリップ処理、ii)ローパスフィルタによる前処理、および、iii)ドプラ信号のパワー値inPowに基づく位相変化量の推定値の修正処理とを同時に実施する構成としたが、本発明では、i)またはii)の処理のみを単独で実施してもよいし、i)とii)とを組み合わせた処理、または、ii)とiii)とを組み合わせた処理を単独で実施するようにしてもよい。
【0155】
[第2の実施形態]
続いて、本発明の第2の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置を図20に基づき説明する。なお、これ以降の実施形態において、前述した第1の実施形態のものと同一または同等の構成要素には同一符号を付し、その説明を省略する。
【0156】
この実施形態に係る超音波ドプラ診断装置は、その構成をより簡略化したものである。具体的には、図20に示すMTIフィルタ部45の如く、第1の実施形態においてクラッタ成分を除去する系に挿入していた一定値減算器(図14参照)を外し、複素乗算器45cとハイパスフィルタ45gとを直接接続したものである。
【0157】
このように構成を簡略できるケースは、前記式(4)で示されるクラッタ低減処理の内、第2項の一定値減算処理が不要になる場合である。図17(d)で示したように、式(4)の第1項に相当する位相補正処理だけでドプラデータ列がほぼフラットな信号になる場合、位相補正後にハイパスフィルタ45gを設けて前述したフィルタリング処理を行う構成のときには、かかる一定値減算器は必ずしも必要ではない。これにより、MTIフィルタ部45の構成をより簡単化することができる。
【0158】
[第3の実施形態]
本発明の第3の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置を図21に基づき説明する。
【0159】
この超音波ドプラ診断装置は、前述した各種の問題点の内、とくに問題点(B),(C)に着目し、これらの問題点の解決を重視したものである。これは、生体に超音波造影剤が投与さえるコントラストエコグラフィが実施されない場合、たとえ大血管系であっても、血流成分のパワー値が極端に大きくなることは少ないと考えられる。そのような場合、図21に示すクラッタ位相変化量45aに搭載する入力パワー値に基づく位相変化量推定値の修正の回路や、位相変化量推定値のクリップ処理の回路だけでも、血流成分の影響除去は相当な程度まで有効である。
【0160】
そこで、同図のMTIフィルタ部45に示すように、入力側の前処理用LPFを外すとともに、位相補正用の複素乗算器45cとクラッタ成分除去用の一定値減算器45dとを共用する構成を採る。これにより、MTIフィルタ部の構成が前述の実施形態のものよりも簡単化される。当然に、この簡素化したフィルタ構成によっても、前述した問題点(B),(C)は解決される。
【0161】
[第4の実施形態]
本発明の第4の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置を図22に基づき説明する。
【0162】
この超音波ドプラ診断装置は、MTIフィルタ部の簡略化した回路構成を維持しながら、第3の実施形態の装置よりは、造影剤に対する性能を向上を目指したことに特徴がある。具体的には、図22に示す如く、クラッタ成分を除去する系に挿入した複素乗算器45cの出力側から、一定値減算器45dに対する並列回路を引き出し、この回路にLPF45oと一定値減算器45pとをこの順に介挿する。一定値減算器45pの出力側は、前述したクラッタ情報検出器45eの入力に接続する。
【0163】
このように構成した理由は以下のようである。クラッタ成分の位相変化量のみを推定するには、クラッタ位相変化量推定器45aに設けた、入力パワー値に基づく位相変化量の修正処理や、この位相変化量の上限値クリップ処理だけでもある程度有効に機能する。そこで、一定値減算後に残存するクラッタ成分の程度を表す特徴量演算の前処理用のLPF45oを、クラッタ情報検出器45eの前段に挿入し、このLPF出力を一定値減算器45pを介してクラッタ情報検出器45eに入力させる。これにより、LPF45oにより血流成分の影響が除去された特徴量であるパワー比sPowがクラッタ情報検出器45eで演算される。この演算においては、式(7)で示したβ値を大きくして、入力パワー値inPowの重みを軽減させたパワー比sPowを用いるのが好適である。
【0164】
一定値減算処理は物理的にはハイパスフィルタと等価であるので、このLPF45oとその後の一定値減算器45pとはバンドパスフィルタ(BPF)に置換してもよい。それにより回路構成を簡単にでき、好適な別の実施形態となる。
【0165】
なお、上述した第3、第4の実施形態のそれぞれにおいて、第2の実施形態で説明したように、クラッタ成分を除去する系の一定値減算器45dを外す構成も可能である。
【0166】
[第5の実施形態]
本発明の第5の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置を図23、24に基づき説明する。
【0167】
この超音波ドプラ診断装置は、前述した問題点(D)を解決し、CFMモードとPWモードとにおいて意義的に整合性のある血流速度情報を得ることを目的とする。
【0168】
この目的を達成するため、この超音波ドプラ装置は図23、24に示す如く、位相補正手段をCFMモードおよびPWモードの両回路で共有する構成を採る。具体的には、図24に示すように、MTIフィルタ部45内の、クラッタ成分に対して相対的な血流速度を得る複素乗算器45cの入力側および出力側からそれぞれリード線を引き出し、切換スイッチ45qに接続する。この切換スイッチ45qは、その実数部、虚数部の信号経路毎に、切換経路を複素乗算器45cの入力側および出力側との間で択一的に切換可能な電子スイッチであり、例えば図示しないコントローラからの切換信号に応じて切り換えられる。なお、MTIフィルタ部45は第2の実施形態で説明した構成と同一のものを挙げたが、これは第1、第3、または第4の実施形態で採用した回路構成であってもよい。
【0169】
切換スイッチ45qの実数部、虚数部の切換出力端は、夫々、図23に示す如く、PW処理系の回路に接続されている。このPW処理系の回路には、実数部、虚数部のチャンネル毎に、レンジゲート61A,61B、積分器62A,62B、HPF63A,63B、およびA/D変換器64A,64Bを備え、この変換器の後段にPWモードでの血流情報演算用の演算回路65を備える。これらの回路の動作は従来周知のものと同様である。演算回路65で演算された血流情報は表示系のDSC31に送られ、TVモニタ34に表示される。
【0170】
この回路構成において、クラッタ成分に対して相対的な血流速度を得るPW処理を行いたいときは、切換スイッチ45qのスイッチ経路を複素乗算器45cの「出力側」に切り換えさせる。あるいは、従来の慣習に合わせるため、超音波プローブに対する相対的な血流速度を得るPW処理を行いたいときは、切換スイッチ45qのスイッチ経路を複素乗算器45cの「入力側」に切り換えさせる。これにより、PWモード処理系には、位相補正後または位相補正前のドプラ信号を選択することができ、クラッタ成分に相対的な血流速度またはプローブに相対的な血流速度を択一的に演算することができる。
【0171】
これにより、切換スイッチ45qを「入力側」に切り換えて、CFMモードとPWモードの両方とも、従来の慣習通りに超音波プローブに相対的な血流情報を演算し表示でき、相対速度の意義上の整合性を採ることができる。また、位相反転器45hを用いないMTIフィルタ部を構成した場合、切換スイッチを「出力側」に切り換えて、CFMモードとPWモードの両方とも、クラッタ成分に相対的な血流速度を得て、相対速度の意義上の整合性を採ることができる。
【0172】
本発明は以上説明した実施形態の構成に限定されるものではなく、当業者にとっては、請求項に記載の発明の要旨を逸脱しない範囲内で、さらに種々の変形が可能であり、それらの変形例も本発明に含まれることは勿論である。
【0173】
以上説明したように、本発明に係る超音波ドプラ診断装置によれば、相対的に速度の大きな血流成分(血流からのドプラ信号成分)を除去したことにより実質的にクラッタ成分のみとなったドプラ信号のデータ間の瞬時的な位相変化量を逐次補正すること、および/または、その後段のハイパスフィルタの遮断特性を同様にクラッタ成分のみとなったドプラ信号の性質に応じてアダプティブに変化させることで、大血管系や造影剤が投与された血管系の場合のように血流成分の影響が通常よりも大きくなる場合でも、ドプラ信号からクラッタ成分のみを確実に且つ十分に除去することができる。これにより、表示する血流情報にクラッタ成分の影響が現れるという好ましくない事態を確実に防止し、血流の検出能、表示能を向上させ、高精度の血流情報を装置使用者に提供することができる。
【0174】
とくに、実質臓器の動き量に関わらず、クラッタ成分を確実に除去することができ、また、速度が非常に低い血流も確実に検出することができる。
【0175】
また、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去の処理の後に残存するクラッタ成分が大きい場合でも、ハイパスフィルタの遮断周波数をむやみに高くしないで、速度の大きな残存クラッタ成分を確実に低減させることができる。
【0176】
さらに、瞬時的な位相補正量を用いた位相補正およびクラッタ除去処理の後に残存するクラッタ成分の大小を判断する信号の特徴量が、生体減衰などの影響によりクラッタ成分のパワー値が一様に分布しない場合であっても、クラッタ成分の大小を確実に反映した同成分の大小判断を行うことができ、確実且つ高精度なクラッタ除去効果を得ることができる。
【0177】
さらにまた、CFMモードとPWモードの両方の処理系から提供される血流速度の意義のずれを排除し、共に、クラッタ成分に対する相対的な血流速度、または、プローブに対する相対的な血流速度を提供することができ、装置使用者の無用な混乱を回避し、利便性を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0178】
【図1】CFMモードおよびPWモード時に得られる同一位置への複数回送受信に伴うエコーデータの組を模式的に示す説明図。
【図2】従来のMTIフィルタの遮断特性の不都合を説明する図。
【図3】先願提案の装置の動作を説明するためのドプラデータ列(ドプラ信号)の離散的な波形図。
【図4】先願提案の装置におけるハイパスフィルタの遮断周波数の制御例を示す図。
【図5】先願提案の装置におけるハイパスフィルタの減衰量の制御例を示す図。
【図6】血管が太い場合のクラッタ成分の影響を回避する1つの対処に関わる、信号パワー値と位相変化量修正のための係数との関係図。
【図7】血管が太い場合のクラッタ成分の血管空間へのにじみ説明する図。
【図8】位相変化量の推定値θiの推定上限値の設定を説明する図。
【図9】先願提案の装置に拠る位相変化量の推定値θiの変化を血流の態様毎に示すスペクトラム模式図。
【図10】本発明に係るローパスフィルタによる前処理を行ったときの、位相変化量の推定値θiの変化を血流の態様毎に示すスペクトラム模式図。
【図11】本発明に係るローパスフィルタによる前処理動作を診断部位毎に説明するスペクトラム模式図。
【図12】本発明に係る、ハイパスフィルタの遮断周波数およびドプラ信号に対するゲインの制御例をそれぞれ示す図。
【図13】本発明の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置の概略ブロック図。
【図14】第1の実施形態に係るMTIフィルタ部のブロック図。
【図15】クラッタ位相変化量推定器の構成例を示すブロック図。
【図16】ドプラ信号の入力パワー値と位相変化量の修正のための係数との関係の一例を説明するグラフ。
【図17】実施例の装置の動作を説明するためのドプラデータ列(ドプラ信号)の離散的な波形図。
【図18】クラッタ情報検出器の構成例を示すブロック図。
【図19】ハイパスフィルタの構成例を示す図。
【図20】第2の実施形態に係るMTIフィルタ部のブロック図。
【図21】第3の実施形態に係るMTIフィルタ部のブロック図。
【図22】第4の実施形態に係るMTIフィルタ部のブロック図。
【図23】第5の実施形態に係る超音波ドプラ診断装置のブロック図。
【図24】第5の実施形態に係るMTIフィルタ部のブロック図。
【符号の説明】
【0179】
1 超音波プローブ(送受信手段)
2 送信系回路(送受信手段)
3 受信・処理系回路
21 受信回路(送受信手段)
24 表示回路(視覚化手段)
41A,41B ミキサ(ドプラ信号抽出手段)
42A,42B LPF(ドプラ信号抽出手段)
43A,43B A/D変換器(ドプラ信号抽出手段)
44A,44B バッファメモリ(ドプラ信号抽出手段)
45 MTIフィルタ部
46 演算回路(血流情報抽出手段)
47 基準発信器
48 位相器
45a クラッタ位相変化量推定器(決定手段/位相推定手段)
45b 乗算信号発生器(決定手段/位相推定手段)
45c 複素乗算器(クラッタ成分除去手段/位相補正手段)
45i 複素乗算器(クラッタ成分除去手段)
45d 一定値減算器(クラッタ成分除去手段/減算手段)
45e クラッタ情報検出器(決定手段)
45f フィルタ特性設定器(決定手段)
45g HPF(クラッタ成分除去手段)
45h 位相反転器(決定手段)
45j LPF(前処理手段)
45k 複素乗算器(決定手段)
45l 一定値減算器(決定手段)
45m ゲイン可変アンプ(決定手段)
45n ゲイン設定器(決定手段)
45a−1 複素乗算器
45a−2 微小区間加算器
45a−3 変換器
45a−4 位相修正器
45a−5 クリップ処理器
45a−6 加算平均演算器
45a−7 クリップ値発生器
45e−1 複素乗算器
45e−2 加算平均演算器
45e−3 特徴量交換テーブル
45e−4 空間平均演算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体内の断面に沿って超音波信号を各走査線方向に複数回ずつ送信するとともに当該被検体から反射されてくる超音波エコー信号を受信する送受信手段と、
前記超音波エコー信号に基づき前記各走査線方向それぞれの同一の空間位置から反射されてきた複数の時系列のドプラデータから成るドプラ信号をその空間位置毎に得るドプラ信号抽出手段と、
前記ドプラ信号から時系列的に変動の大きい信号成分を事前に除去する前処理手段と、
この前処理手段によって信号成分が除去された前記ドプラ信号を用いて前記臓器が前記超音波信号を反射したことに伴うクラッタ成分の除去に関する情報を決める決定手段と、
前記情報に基づき前記ドプラ信号から前記クラッタ成分を除去するクラッタ成分除去手段と、このクラッタ成分除去手段の除去によって得られた前記ドプラ信号を用いて前記断面の血流情報を抽出する血流情報抽出手段と、を有し、
前記決定手段は前記前処理手段により処理された前記ドプラ信号に含まれる前記クラッタ成分の瞬時的な位相変化量を推定する位相推定手段を備え、
前記クラッタ成分除去手段は前記位相推定手段により推定された位相変化量に基づき前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を補正する位相補正手段を備えることを特徴とする超音波ドプラ診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の発明において、
前記血流情報抽出手段によって抽出された前記血流情報を視覚化する視覚化手段を備えた超音波ドプラ診断装置。
【請求項3】
請求項1に記載の発明において、
前記前処理手段はローパスフィルタであって、このローパスフィルタは、時系列的に変動の大きい前記信号成分を除去する周波数帯域として、前記断面を通過する血流からの反射超音波成分を除去する周波数帯域に設定してある超音波ドプラ診断装置。
【請求項4】
請求項1に記載の発明において、
前記クラッタ成分除去手段は、前記位相補正手段により位相補正された前記ドプラ信号の各ドプラデータから一定値を減算する減算手段を備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項5】
請求項4に記載の発明において、
前記一定値は前記クラッタ成分に相当する値に設定されている超音波ドプラ診断装置。
【請求項6】
請求項1に記載の発明において、
前記位相推定手段は、前記ドプラ信号を形成するドプラデータ列の内の位相補正を行うドプラデータを含めた当該ドプラデータ列の内の一部のドプラデータを用いて前記瞬時的な位相変化量を推定する手段である超音波ドプラ診断装置。
【請求項7】
請求項1に記載の発明において、
前記位相推定手段は、前記瞬時的な位相変化量を前記ドプラ信号のパワーに応じて修正する修正手段を有する超音波ドプラ診断装置。
【請求項8】
請求項1に記載の発明において、
前記位相推定手段は、前記位相変化量の絶対値を所定値でクリップするクリップ処理手段を有する超音波ドプラ診断装置。
【請求項9】
請求項4に記載の発明において、
前記クラッタ成分除去手段は、前記減算手段により一定値が減算された前記ドプラ信号をハイパスフィルタリングするハイパスフィルタを備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項10】
請求項9に記載の発明において、
前記決定手段は、前記前処理手段により処理された前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を前記瞬時的な位相変化量を用いて補正する別の位相補正手段と、この位相補正されたドプラ信号の各ドプラデータから一定値を減算する別の一定値減算手段と、この一定値減算前後の前記ドプラ信号を用いて前記ハイパスフィルタの特性を制御する制御手段とを備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項11】
請求項10に記載の発明において、
前記制御手段は、前記前処理手段により処理された前記ドプラ信号のパワー値を演算する第1の演算手段と、前記別の一定値減算手段により一定値減算された前記ドプラ信号のパワー値を演算する第2の演算手段と、前記第1および第2の演算手段により演算された両パワー値から前記ハイパスフィルタの特性を決めるデータを演算する第3の演算手段と、前記データにしたがって前記ハイパスフィルタの特性を設定する設定手段とを備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項12】
請求項11に記載の発明において、
前記第3の演算手段は、前記第1の演算手段により演算された前記ドプラ信号のパワー値inPowと前記第2の演算手段により演算された前記ドプラ信号のパワー値cdsPowとのパワー比「cdsPow/inPow」を前記データとして演算する手段である超音波ドプラ診断装置。
【請求項13】
前記請求項12に記載の発明において、
前記設定手段は、前記パワー比に応じて前記ハイパスフィルタの遮断周波数または次数の少なくとも一方を設定する手段である超音波ドプラ診断装置。
【請求項14】
前記請求項3に記載の発明において、
前記設定手段は、前記パワー比が高くなると前記遮断周波数を高めの一定値に保持する手段である超音波ドプラ診断装置。
【請求項15】
請求項12に記載の発明において、
前記クラッタ成分除去手段は、一定値減算された前記ドプラ信号を可変ゲインで増幅する増幅手段を備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項16】
請求項15に記載の発明において、
前記第3の演算手段により演算されたパワー比に基づき前記可変ゲインを可変設定するゲイン設定手段を備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項17】
請求項16に記載の発明において、
前記ゲイン設定手段は、前記パワー比が高くなると前記可変ゲインを低めの一定値に保持する手段である超音波ドプラ診断装置。
【請求項18】
請求項1に記載の発明において、
前記決定手段は前記位相推定手段により推定された前記瞬時的な位相変化量を位相反転させる位相反転手段を備え、前記クラッタ成分除去手段はこの位相反転させた位相変化量の分だけ一定値減算された前記ドプラ信号の位相を戻す位相キャンセル手段を備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項19】
請求項1に記載の発明において、
前記血流情報抽出手段は、前記ドプラ信号を用いて前記血流の流速を分析する分析手段を複数系統備え、この各系統の分析手段は互いに同一意義な相対的な血流速度情報を分析する手段である超音波ドプラ診断装置。
【請求項20】
請求項19に記載の発明において、
前記複数系統の分析手段は、前記血流のCFMモードの信号処理を行う分析手段と、前記血流のPWモードの信号処理を行う分析手段とを備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項21】
被検体内の断面に沿って超音波信号を各走査線方向に複数回ずつ送信するとともに当該被検体から反射されてくる超音波エコー信号を受信する送受信手段と、
前記超音波エコー信号に基づき前記各走査線方向それぞれの同一の空間位置から反射されてきた複数の時系列のドプラデータから成るドプラ信号をその空間位置毎に得るドプラ信号抽出手段と、
前記ドプラ信号を用いて前記臓器が前記超音波信号を反射したことに伴うクラッタ成分の除去に関する情報を決める決定手段と、
前記情報に基づいて前記ドプラ信号から前記クラッタ成分を除去するハイパスフィルタと当該ドプラ信号をゲイン処理する回路とを含むクラッタ成分除去手段と、
このクラッタ成分除去手段の除去によって得られた前記ドプラ信号を用いて前記断面の血流情報を抽出する血流情報抽出手段と、
前記血流情報抽出手段によって抽出された前記血流情報を視覚化する視覚化手段とを有し、
前記決定手段は前記ドプラ信号に含まれる前記クラッタ成分の瞬時的な位相変化量を推定する位相推定手段を備え、
前記クラッタ成分除去手段は位相推定手段により推定された位相変化量に基づき前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を補正する位相補正手段を備えることを特徴とする超音波ドプラ診断装置。
【請求項22】
請求項1または21に記載の発明において、
前記位相推定手段は、前記ドプラ信号を形成するドプラデータ列のうち、微小時間区間に含まれるドプラデータを用いて前記瞬時的な位相変化量を推定する超音波ドプラ診断装置。
【請求項23】
請求項21に記載の発明において、
前記位相推定手段は、前記位相変化量の絶対値を所定値でクリップするクリップ処理手段を有する超音波ドプラ診断装置。
【請求項24】
請求項21に記載の発明において、
前記クラッタ成分除去手段は、前記位相補正手段により位相補正された前記ドプラ信号の各ドプラデータから一定値を減算する減算手段を備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項25】
請求項21に記載の発明において、
前記一定値は前記クラッタ成分に相当する値に設定されている超音波ドプラ診断装置。
【請求項26】
請求項21に記載の発明において、
前記決定手段は、前記ドプラ信号の各ドプラデータの位相を前記瞬時的な位相変化量を用いて補正する別の位相補正手段と、この位相補正されたドプラ信号の各ドプラデータから一定値を減算する別の一定値減算手段と、この一定値減算前後の前記ドプラ信号のパワー値を用いて前記ハイパスフィルタおよびゲイン処理回路の特性を制御する制御手段とを備える超音波ドプラ診断装置。
【請求項27】
請求項21に記載の発明において、
前記血流情報抽出手段は、前記ドプラ信号を用いて前記血流の流速を分析する分析手段を複数系統備え、この各系統の分析手段は互いに同一意義な相対的な血流速度情報を分析する手段である超音波ドプラ診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【公開番号】特開2008−149153(P2008−149153A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−792(P2008−792)
【出願日】平成20年1月7日(2008.1.7)
【分割の表示】特願平10−78138の分割
【原出願日】平成10年3月25日(1998.3.25)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】