説明

車両の乗員保護装置

【課題】 緊急時と通常時とにおいてそれぞれ適正なシートの動作速度を得ることができる車両の乗員保護装置を提供する。
【解決手段】 衝突を予知するための衝突予知手段と、衝突予備動作として、衝突予知手段からの出力に基づいてシートの各部を所定の目標姿勢にするように所定の動作機構を動作させるシート作動手段と、シート作動手段の動作制御を行う制御手段とを備え、シート作動手段によるシートの動作速度を、衝突が予知された緊急時における第1速度と、衝突が予知されていない通常時における、第1速度より低速の第2速度とに設定可能な車両の乗員保護装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衝突を予知するための衝突予知手段を備えた車両の乗員保護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に自動車等の車両には、衝突・横転・転覆等の緊急時の乗員の安全を確保するために、乗員を保護・拘束するシートベルトやエアバッグなどの安全装置が装備されている。しかし、実際に乗員が着座している座席のスライド位置やリクライニングなどの座席姿勢は、衝突時にこれら安全装置が最も効果を発揮する状態であるとは限らない。そこで、衝突時には座席姿勢など、車両の状態をより安全性の高いものとすることが求められている。
【0003】
安全装置である乗員保護装置を備えた車両のシートはプリクラッシュシートと呼ばれている。
例えば、車両の衝突の可能性を予知した際にシートベルトのプリテンショナを作動させ、シートベルトの張力を増加させて乗員をシートに拘束することにより保護する構成を備えるものにおいて、シートバックが過度に倒伏している場合等には、シートベルトの張力を増加させても良好な乗員保護効果を得ることができない。このため、乗員を適切に保護するために、衝突予知時にシートバックの傾斜角度を検出し、その傾斜角度が所定の範囲以外にあるときには、シートバックを所定の範囲内に変位させる車両の乗員保護装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、車両の衝突が予測された緊急時にシート等を乗員の保護に適した位置に動作させる場合、車両の衝突予測時から実際の衝突までの時間が非常に短い場合があることから、シート等を乗員の保護に適した位置まで高速で動作させる必要がある。これに関して、車両用シートにおいて緊急時用の火薬を内蔵するアクチュエータを設ける構成が知られている(例えば特許文献2)。これにより、緊急時に内蔵火薬の点火によりワイヤを引き込むようにアクチュエータを動作させることにより、シートを高速に適正位置に変位させることが可能となる。
【0005】
【特許文献1】特開平11−334437号公報(第2頁、第1図等参照)
【特許文献2】特開平10−309967号公報(段落0013等参照)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
シート作動手段において、シートを高速で動作可能な構成とするにあたり、特許文献2の車両シートのように火薬を利用する技術は、複数回の利用が困難である。そのため、シート作動手段は、繰り返し使用可能で、かつ、作動速度が高速であるモータやソレノイド等のアクチュエータを適用することが望まれる。
【0007】
しかし、この場合、車両の衝突予測時以外の通常時にもシートを高速で動作させることになる。一般に、乗員が各個人に最適なシート位置を設定しようとするときの通常時のシート速度は、乗員が不快に感じない程度の比較的遅い速度が望まれる。しかし、この通常時のシート速度が速まると乗員が不快に感じるだけでなく、シート位置の微調整が困難になるという問題点があった。
【0008】
また、衝突後の車両の横転・転覆等によって乗員の車外放出等を防止するため、衝突に備えて車両の状態を最適な状態に制御しようとするとき、シート・シートベルト・窓・サンルーフなどの複数の作動部位を同時に動かす必要が生じる。そして、通常、これらはそれぞれ別のモータなどのアクチュエータで駆動されるため、複数のモータが一時期に集中して駆動されることとなる。
このように、衝突が予知されて一度に複数のモータが駆動されると、各モータに流れる突入電流が重なり、各モータに電力を供給する配線にも瞬間的な大電流が流れる。その結果、配線抵抗やバッテリーの供給能力の不足による電圧降下が生じ、モータのトルク低下などを招いて、緊急時に必要なシートの動作速度が得られない。そのため、衝突時の乗員の安全を確保するために必要な動作を迅速にできなくなるという問題点があった。
【0009】
さらに、緊急時および通常時においては、シートにかかる負荷等によってもシートの動作速度が変化してしまう虞がある。例えば、シートにかかる負荷が予想される負荷より少ない場合、シート速度が速まることが考えられる。このとき、乗員はこのような速いシート速度を不快に感じ、特に緊急時においては乗員の身体に負担が増すという問題点があった。
【0010】
従って、本発明の目的は、緊急時と通常時とにおいてそれぞれ適正なシートの動作速度を得ることができる車両の乗員保護装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するための本発明に係る車両の乗員保護装置の第一特徴構成は、 衝突を予知するための衝突予知手段と、衝突予備動作として、前記衝突予知手段からの出力に基づいてシートの各部を所定の目標姿勢にするように所定の動作機構を動作させるシート作動手段と、前記シート作動手段の動作制御を行う制御手段とを備え、前記シート作動手段による前記シートの動作速度を、衝突が予知された緊急時における第1速度と、衝突が予知されていない通常時における、前記第1速度より低速の第2速度とに設定可能にしてある点にある。
【0012】
上記第一特徴構成によれば、衝突予知状態でない通常時においては、通常時で適度な速度である第2速度でシート作動手段を動作させることができる。
また、衝突予知状態となった緊急時には、シート作動手段を通常時よりも高速である第1速度で動作させることができる。従って、衝突を予知した時から衝突予想時刻までの短時間にシート作動手段の動作を完了させるように設定することが可能となる。
従って、本発明の第1特徴構成に記載の車両の乗員保護装置であれば、緊急時と通常時とにおいてそれぞれ適正なシートの動作速度を得ることができる。
【0013】
本発明に係る車両の乗員保護装置の第二特徴構成は、前記緊急時において、前記シート作動手段への実供給電圧値と前記シート作動手段の定常電圧値とが異なるとき、前記シート作動手段への実供給電圧値が前記シート作動手段の緊急時設定電圧値になるように、前記実供給電圧値と前記定常電圧値との差分に応じて制御設定値を変化させ、前記シートの動作速度が前記第1速度となるように制御する点にある。
【0014】
緊急時には、衝突に備えて車両の状態を最適な状態に制御しようとして、シート・シートベルト・窓・サンルーフなどの複数の作動部位を同時に動かす必要が生じる。その際、一度に複数のモータが駆動されると、配線抵抗やバッテリーの供給能力の不足による電圧降下が生じ、緊急時に必要なシートの動作速度が得られないことがある。
【0015】
しかし、本構成のように、シート作動手段の実供給電圧値とシート作動手段の定常電圧値との比較結果に基づき、シート作動手段への実供給電圧値を、シート作動手段の緊急時設定電圧値になるように、実供給電圧値と定常電圧値との差分に応じて制御設定値を変化させ、前記シートの動作速度が第1速度となるように制御することにより、上述した緊急時のバッテリーの電圧降下が発生したとしても、シート作動手段には、当該手段が迅速かつ十分な出力を得られる緊急時設定電圧が供給される状態でシートの動作を行うことができる。
【0016】
また、緊急時においてシート作動手段に供給される電圧は緊急時設定電圧値となるため、所望の第1速度を超えてシートが動作することがなく、乗員の身体に、想定される以上の負荷がかかるのを防止できる。
さらに、緊急時においてシート作動手段には緊急時設定電圧値を下回る電圧が供給されることは無いため、緊急時に必要なシートの動作速度を確実に得ることができ、衝突時の乗員の安全を確保するために必要な動作が迅速に行える。
【0017】
つまり、本発明の第二特徴構成に記載の車両の乗員保護装置であれば、緊急時には、迅速にシートを目標姿勢に変位させる必要があるため、シート作動手段への実供給電圧値を参照してシート作動手段への供給電圧を、当該手段が迅速にシートを目標姿勢に変位できるのに迅速かつ十分な出力を得られるように調節する。
これにより、緊急時においてそれぞれ適正なシートの動作速度を確実に得ることができる。
【0018】
本発明に係る車両の乗員保護装置の第三特徴構成は、前記通常時において、前記シート作動手段における実シート速度と前記第2速度とが異なるとき、前記実シート速度と前記第2速度との差分に応じて前記シート作動手段への実供給電圧値の制御設定値を変化させ、前記シートの動作速度が前記第2速度に近似するように制御する点にある。
【0019】
本構成のように、通常時には、実シート速度と第2速度との比較結果に基づき、シート作動手段への供給電圧値を、シート作動手段の通常時設定電圧値になるように制御設定値を変化させ、シートの動作速度が第2速度に近似するように制御することにより、シート作動手段には、当該手段が十分な出力を得られる通常時設定電圧が常に維持される。
従って、通常時に所望されるシート速度が得られるため、例えば乗員が不快に感じるほど速いシート速度でシートを変位させるのを防止できる。また、シート速度が速過ぎて位置の微調整が困難になることも防止できる。
【0020】
つまり、本発明の第三特徴構成に記載の車両の乗員保護装置であれば、通常時には、シート速度を目標速度に設定する必要があるため、実シート速度を参照してシート作動手段への供給電圧を調節する。
これにより、通常時においてそれぞれ適正なシートの動作速度を確実に得ることができる。
【0021】
また、仮にシートにかかる負荷が変動する場合であっても、シート作動手段への供給電圧を、当該手段が十分な出力を得られるように調節することにより、適切なシート速度を得ることが期待される。
【0022】
本発明に係る車両の乗員保護装置の第四特徴構成は、前記通常時における前記シートの作動状態を記憶しておき、この記憶された作動状態に基づいて、前記緊急時における前記シート作動手段に係る制御設定値を設定する点にある。
【0023】
「通常時におけるシートの作動状態を記憶」とは、例えば、シート作動手段への電圧供給状態、つまり、PWM回路によるデューティー制御が行われている状態におけるデューティー比を記憶すること等が挙げられる。そして、この通常時におけるデューティー比を記憶して緊急時におけるシート作動手段に係る制御設定値を設定する。
【0024】
このとき、バッテリーの実出力電圧が低下している場合等において、記憶されたデューティー比を、制御設定値を決定する際の調整係数として利用できる。これにより、バッテリーの電力不足分を補う制御を行うことができる。
【0025】
従って、本発明の第四特徴構成に記載の車両の乗員保護装置であれば、緊急時においてバッテリーの実出力電圧が所定の値で無いときであっても、記憶された通常時のデューティー比に基づいて調整された制御設定値によりシート作動手段への供給電圧を決定できるため、より確実に緊急時に必要なシートの動作を実行できる。
【0026】
本発明に係る車両の乗員保護装置の第五特徴構成は、前記緊急時における前記シート作動手段の動作制御を、供給する電圧のデューティー制御で行う点にある。
【0027】
緊急時にシート作動手段への動作制御を行う場合、例えば前記制御設定値を変化させてシート作動手段への供給電圧を所望の設定電圧値にする。このとき、本構成であれば、この制御設定値に基づき、パルス幅のデューティーサイクルを変化させることにより、前記供給電圧を所望の設定電圧値にする制御が行える。
【0028】
従って、上記第五特徴構成によれば、シート作動手段の動作制御を、パルス幅のデューティーサイクルが変化する公知のPWM回路等を適用できるため、シート作動手段の動作制御を容易に行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下に、本発明に係る車両の乗員保護装置を自動車のシートに適用した実施形態について図面に基づいて説明する。図1は本実施形態に係る車両の乗員保護装置の制御ブロック図、図2は本実施形態に係る乗員保護装置のシート1を示す図である。尚、本実施形態では、シート1は、運転者が乗車する運転席を例示しているが、これに限らず、助手席側のシート等にも適用可能である。
【0030】
本実施形態における乗員保護装置は、車両の衝突を予知したとき等の緊急時に、シート等を乗員の保護に適した位置に動作させる、所謂プリクラッシュシートである。ここで、「緊急時」とは、車両の衝突・横転・転覆等が予知された状態を指す。以下に、車両の衝突が予知されたときにおいて、本発明の乗員保護装置がシート1を、リクライニング、スライド及びバーチカルに駆動させる場合ついて説明するが、シート1の駆動状態はこれらに限られるものではない。
【0031】
図1〜2に示したように、本実施形態に係るシート1は、シートバック2、シートクッション3、及びヘッドレスト4を備えている。シートバック2は、所定の支点5を介してシートクッション3に取り付けられており、リクライニング機構6により傾斜角度が変更可能である。シートクッション3は、スライドレール7を介して車両の床面8に取り付けられており、シートスライド機構9により前後方向にスライド動作可能である。また、シートクッション2の前部には、フロントバーチカル機構10が設けられており、座面前部の上下方向の突出量を変更可能である。
【0032】
リクライニング機構6は、制御部11からの制御信号に従って動作するリクライニングモータ12によりシートバック2の傾斜角度を変更動作させる。
また、シートスライド機構9は、制御部11からの制御信号に従って動作するシートスライドモータ13によりシートクッション3を前後方向にスライド動作させる。これによりシート1全体も前後方向にスライド動作される。
さらに、フロントバーチカル機構10は、制御部11からの制御信号に従って動作するバーチカルモータ14によりシートクッション3の座面前部を上下方向に動作させる。
従って、本実施形態においては、リクライニング機構6、シートスライド機構9及びフロントバーチカル機構10が本発明の「所定の動作機構15」を構成し、これらを駆動するリクライニングモータ12、シートスライドモータ13、及びバーチカルモータ14が、本発明の「シート作動手段16」を構成する。
【0033】
リクライニング機構6には、シートバック2の傾斜角度を検知するリクライニング角度検知装置17が設けられている。シートスライド機構9には、シート1の前後方向のスライド位置を検知するスライド位置検知装置18が設けられている。フロントバーチカル機構10には、シートクッション3の座面前部の上下方向の突出量を検知する突出量検知装置19が設けられている。
これらのリクライニング角度検知装置17、スライド位置検知装置18及び突出量検知装置19としては、例えば、ポテンショメータやロータリエンコーダ等の角度計測機器、或いは、リニアポテンショメータやリニアエンコーダ等の側長機器等を用いることができる。
【0034】
また、シート1は、リクライニング機構6、シートスライド機構9、及びフロントバーチカル機構10を、乗員が任意の位置に動作させるために操作可能に設けられた操作スイッチ20を備えている。図1では、操作スイッチ20は一つの箱で示されているが、各機構にそれぞれ対応するスイッチを設けると好適である。そして、乗員により操作スイッチ20が操作されると、その操作量や操作時間等に応じた操作信号が、操作スイッチ20からの動作指示として制御部11に入力される。制御部11は、この操作信号に基づいてリクライニングモータ12、シートスライドモータ13、及びバーチカルモータ14に対して駆動制御信号を出力し、リクライニング機構6、シートスライド機構9、及びフロントバーチカル機構10をそれぞれ動作させる。
【0035】
更に、本実施形態に係る乗員保護装置は、衝突予知センサ21と車両安定制御システム22とを備えている。
【0036】
衝突予知センサ21は、例えば、車両の周囲に存在する障害物を検出するミリ波レーダや画像認識装置等を利用して構成される。そして、この衝突予知センサ21からの出力信号は制御部11に入力される。
そして、制御部11においては、衝突予知センサ21からの出力信号に基づいて、障害物までの距離や相対速度等の情報が演算されるとともに、それらの情報に基づいて一定の判断条件の下に車両が衝突する可能性が判断される。
【0037】
一方、車両安定制御システム22は、車両の前輪や後輪の横滑りをセンサ等により検知し、各車輪のブレーキやエンジンの出力を制御することにより車両の安定性を確保するためのシステムである。この車両安定制御システム22が動作したときは車両の衝突の可能性があると判断できることから、ここでは、車両安定制御システム22からその動作状態に応じて制御部11に対して信号が出力される構成としている。
そして、制御部11においては、この車両安定制御システム22からの出力信号に基づいて、一定の判断条件の下に車両が衝突する可能性が判断される。
【0038】
従って、本実施形態においては、これらの衝突予知センサ21と車両安定制御システム22、及びこれらの出力信号に基づいて車両の衝突の可能性を判断する制御部11が、本発明の「衝突予知手段23」を構成する。
【0039】
そして、制御部11は、上記の衝突予知センサ21及び車両安定制御システム22の一方又は双方からの出力に基づいて、一定以上の確率で衝突を回避できないと判断したときに衝突予知状態となる。
また、このとき制御部11は、衝突予知センサ21及び車両安定制御システム22の一方又は双方からの出力に基づいて車両が衝突すると予想される衝突予想時刻の演算も行う。この衝突予想時刻は、例えば、衝突予知センサ21からの出力信号に基づいて演算される障害物までの距離や相対速度等の情報に基づいて演算される。
そして、制御部11は、上記のように衝突予知状態となったときには、リクライニングモータ12、シートスライドモータ13、及びバーチカルモータ14といったシート作動手段16に対して駆動制御信号を出力し、リクライニング機構6、シートスライド機構9、及びフロントバーチカル機構10といった所定の動作機構15をそれぞれ動作させる。この際、リクライニング機構6、シートスライド機構9、及びフロントバーチカル機構10が、それぞれ衝突予想時刻まで動作を完了するように動作させる必要がある。
【0040】
このように、本実施形態の乗員保護装置は、衝突を予知するための衝突予知手段23を設け、衝突予知手段23により衝突予知状態であると判断されたときには、衝突予備動作として、衝突予知手段23からの出力に基づいてシート1の各部を所定の目標姿勢にするように所定の動作機構15を動作させるシート作動手段16と、シート作動手段16の動作制御を行う制御部11とを備えた構成となっている。
【0041】
ここで、制御部11は、シート作動手段16によるシート1の動作速度を、衝突が予知された緊急時における第1速度と、衝突が予知されていない通常時における第2速度とに設定してある。
ここで、第2速度は、緊急時の第1速度より遅い速度を設定する。
【0042】
これにより、衝突予知状態でない通常時においては、通常時で適度な速度である第2速度でシート作動手段16(リクライニングモータ12、シートスライドモータ13及びバーチカルモータ14)を動作させることができる。
また、衝突予知状態となった緊急時には、シート作動手段16を通常時の第2速度よりも高速である第1速度で動作させることができる。従って、衝突を予知した時から衝突予想時刻までの短時間にシート作動手段16の動作を完了させることが可能となる。
以上より、緊急時と通常時とにおいてそれぞれ適正なシートの動作速度を得ることができる。
【0043】
緊急時におけるシート作動手段16の動作制御は、デューティー制御、或いはリニア制御等で行う。
例えば、動作制御を供給する電圧のデューティー制御で行う場合は、パルス幅のデューティーサイクルが変化するPWM回路を適用する。
つまり、バッテリー27からシート作動手段16へ電圧を供給する際、バッテリーの定常出力電圧を制御してシート作動手段16の設定電圧値になるように電圧供給を行う。このとき、シート作動手段への電圧供給は、バッテリーの定常出力電圧値に対して制御設定値を参照する過程を経て決定される。このシート作動手段への供給電圧の決定を、PWM回路を用いて行う。
【0044】
ここで、シート作動手段16の設定電圧値とは、本実施例では、上述したリクライニングモータ12、シートスライドモータ13、及びバーチカルモータ14でそれぞれ設定される電圧値のことを指し、例えば通常時および緊急時のそれぞれにおいて電圧値を設定することが可能である。例えば、バッテリー27の定常出力電圧値が24Vであるとき、シートスライドモータ13の通常時設定電圧値は12V、緊急時設定電圧値は20Vと設定するものとする。
このとき、例えば、緊急時にシート作動手段16に電圧を供給するとき、バッテリー27の定常出力電圧値である24Vに対して第1制御設定値(20/24=0.83)を参照し、20V(24*0.83)の電圧をシート作動手段16に供給する。
【0045】
このように、このシート作動手段16への供給電圧の決定を公知の回路を利用して行えるため、シート作動手段16の動作制御を容易に行える。以下、シート作動手段16への供給電圧制御はPWM回路を用いて行うものとする。
【0046】
次に、本実施形態に係る乗員保護装置の動作制御について図3に示すフローチャートを用いて詳細に説明する。
【0047】
まず、制御部11は、乗員がシート1を任意の位置に動作させるために操作スイッチ20を操作したか否かを判断する(ステップ#01)。そして、乗員が操作スイッチ20をオン操作したことが認識された場合(ステップ#01:YES)、衝突予知状態でない通常時であると判断してシート速度を通常時のシート速度(第2速度)で駆動させる制御を行う。この「通常時シート速度制御」については後述する。
【0048】
一方、乗員が操作スイッチ20を操作したことが認識されない場合(ステップ#01:NO)、衝突予知センサ21及び車両安定制御システム22の一方又は双方からの出力に基づいて衝突の可能性について判断する(ステップ#02)。そして、衝突予知状態となった場合(ステップ#02:YES)、衝突の有無を検出する(ステップ#03)。
【0049】
衝突が発生しておらず、一定以上の確率で衝突を回避できないと判断したとき(ステップ#03:NO)、衝突予備動作として、シート1の各部を所定の目標姿勢にする制御を行う。このとき、シート速度を緊急時のシート速度(第1速度)で駆動させる制御を行う。この「緊急時シート速度制御」については後述する。
【0050】
また、衝突が検出されたとき(ステップ#03:YES)、シート1を不用意に動作してシートベルト等によって乗員の身体への負担が増すことが想定されるため、シート1を目標姿勢にする制御は行わない。
【0051】
(緊急時シート速度制御)
シート1は、緊急時には、シートベルトやエアバッグ等の安全装置により乗員を適正に保護することができるシート位置である「目標姿勢」に迅速に設定することが望まれる。
ここで、シート1の各部(所定の動作機構15)の目標姿勢は以下のようにして設定される。
【0052】
リクライニング機構6の場合、リクライニング角度が設定範囲内か否かについて判断する。この判断は、リクライニング角度検知装置17からの出力に基づいて制御部11において行う。ここで、リクライニング角度の設定範囲は、衝突時における乗員の保護に適したリクライニング角度の範囲に基づいて設定する。
【0053】
また、シートスライド機構9の場合、シート1の前後方向の位置が設定範囲内か否かについて判断する。この判断は、スライド位置検知装置18からの出力に基づいて制御部11において行う。ここで、シート1の前後方向の位置の設定範囲は、衝突時における乗員の保護に適したシート位置の範囲に基づいて設定する。
【0054】
さらに、フロントバーチカル機構10の場合、シートクッション3の座面前部の上下方向の突出量が設定範囲内か否かについて判断する。この判断は、突出量検知装置19からの出力に基づいて制御部11において行う。ここで、シートクッション3の座面前部の上下方向の突出量の設定範囲は、衝突時における乗員の保護に適したシート位置の範囲に基づいて設定する。
【0055】
第1速度への制御は、図4に示したように、まず、事前にシート1が目標姿勢にあるかを判断する(ステップ#04)。
【0056】
シート1が目標姿勢の設定範囲外のとき(ステップ#04:NO)、シート1を目標姿勢に変位させる際のシート速度を緊急時のシート速度(第1速度)で駆動させる制御を行う。
【0057】
第1速度を得るには、まず、バッテリー27から得られたシート作動手段16への実際の供給電圧値(実供給電圧値)とシート作動手段16で通常使用される定常電圧値とが異なるとき、シート作動手段16への実供給電圧値を、シート作動手段16の緊急時設定電圧値になるように、実供給電圧値と定常電圧値との差分に応じて制御設定値を変化させ、シート1の動作速度が前記第1速度となるように制御を行う。
【0058】
つまり、バッテリー27から得られたシート作動手段16への実供給電圧値がシート作動手段16で通常使用される定常電圧値より大きいとき(ステップ#05−1:YES)、シート作動手段16への供給電圧を、シート作動手段16の緊急時設定電圧値になるように、実供給電圧値と定常電圧値との差分に応じて制御設定値を減少させる制御をPWM回路にて行う。このとき、PWM回路ではデューティー比はダウンする制御が行われる。
例えば、シート作動手段16で通常使用される定常電圧値が24Vで、シート作動手段16への実供給電圧値が25Vであるとき、第2制御設定値(20/25=0.8)を参照して20Vの電圧をシート作動手段16に供給する。つまり、実供給電圧値と定常電圧値とが等しい場合の第1制御設定値(20/24=0.83)に比べて、制御設定値を0.83から0.8に減少させる制御を行っている。
【0059】
ここで、シート作動手段16への実供給電圧値(25V)がシート作動手段16で通常使用される定常電圧値(24V)より大きいとき、第2制御設定値(0.8)を参照すべきところを、制御設定値を減少させることなく、仮に第1制御設定値(0.83)を参照した場合、シート作動手段16に供給される電圧は20.8V(25*0.83)となる(図6参照)。しかし、本構成により、第2制御設定値(0.8)を参照してシート作動手段16の供給電圧が緊急時設定電圧値(20V)になるように制御しているため、結果的に供給電圧は降圧していることとなる。
【0060】
従って、緊急時においてシート作動手段16に供給される電圧は緊急時設定電圧値となるため、所望の第1速度を超えてシートが動作することがなく、乗員の身体に、想定される以上の負荷がかかるのを防止できる。
【0061】
一方、実供給電圧値が定常電圧値より小さいとき(ステップ#05−2:YES)、シート作動手段16への供給電圧を、シート作動手段16の緊急時設定電圧値になるように、実供給電圧値と定常電圧値との差分に応じて制御設定値を増加させる制御をPWM回路にて行う。このとき、PWM回路ではデューティー比はアップする制御が行われる。
【0062】
例えば、シート作動手段16で通常使用される定常電圧値が24Vで、シート作動手段16への実供給電圧値が23Vであるとき、第3制御設定値(20/23=0.86)を参照して20Vの電圧をシート作動手段16に供給する。つまり、実供給電圧値と定常電圧値とが等しい場合の制御設定値(20/24=0.83)に比べて、制御設定値を0.83から0.86に増加させる制御を行っている。
【0063】
ここで、シート作動手段16への実供給電圧値(23V)がシート作動手段16で通常使用される定常電圧値(24V)より小さいとき、第3制御設定値(0.86)を参照すべきところを、制御設定値を増加させることなく、仮に第1制御設定値(0.83)を参照した場合、シート作動手段16に供給される電圧は19.1V(23*0.83)となる(図6参照)。しかし、本構成により、第3制御設定値(0.86)を参照してシート作動手段16の供給電圧が緊急時設定電圧値(20V)になるように制御しているため、結果的に供給電圧は昇圧していることとなる。
【0064】
従って、緊急時においてシート作動手段16には緊急時設定電圧値を下回る電圧が供給されることは無いため、緊急時に必要なシートの動作速度を確実に得ることができ、衝突時の乗員の安全を確保するために必要な動作が迅速に行える。
【0065】
また、緊急時には、衝突に備えて車両の状態を最適な状態に制御しようとして、シート・シートベルト・窓・サンルーフなどの複数の作動部位を同時に動かす必要が生じる。その際、一度に複数のモータが駆動されると、バッテリー27の供給能力の不足による電圧降下が生じ、緊急時に必要なシートの動作速度が得られないことがある。
しかし、本構成のように、バッテリー27から得られたシート作動手段16への実供給電圧値とシート作動手段16で通常使用される定常電圧値との比較結果に基づき、シート作動手段16への実供給電圧値を、シート作動手段16の緊急時設定電圧値になるように、実供給電圧値と定常電圧値との差分に応じて制御設定値を変化させ、シート1の動作速度が第1速度となるように制御することにより、上述した緊急時のバッテリー27の電圧降下が発生したとしても、シート作動手段16には、当該手段が迅速かつ十分な出力を得られる緊急時設定電圧が供給される状態でシート1の動作を行うことができる。つまり、緊急時に所望されるシート速度が得られるようにシート作動手段16への電圧の出力が最適になるように調節されるため、緊急時に必要なシート1の動作が確実に完了することが期待される。従って、本構成により、衝突時の乗員の安全を確保するために必要な動作を迅速かつ確実に行うことができる。
【0066】
(通常時シート速度制御)
操作スイッチ20がオン操作され、乗員がシート1を任意の位置に動作させる場合、乗員が不快に感じない程度の比較的遅いシート速度(第2速度)でシート位置を変位させる。
【0067】
乗員が操作スイッチ20をオン操作すると、所定の動作機構15が動作する。このときのシート作動時における現実のシート速度を実シート速度とする。
そして、図5に示したように、実シート速度と第2速度とを比較する(ステップ#06)。そして、シート作動手段16における実シート速度と第2速度とが異なるとき、シート作動手段16への供給電圧値がシート作動手段16の通常時設定電圧値になるように、実シート速度と第2速度との差分に応じて制御設定値を変化させ、シート1の動作速度が第2速度に近似するように制御を行う。
【0068】
つまり、実シート速度が第2速度より大きいとき(ステップ#06−1:YES)、シート作動手段16への供給電圧を、シート作動手段16の通常時設定電圧値になるように、実シート速度と第2速度との差分に応じて制御設定値を変化させ、実シート速度が第2速度より小さいとき(ステップ#06−2:YES)シート作動手段16への供給電圧を、シート作動手段16の通常時設定電圧値になるように、実シート速度と第2速度との差分に応じて制御設定値を変化させる。
【0069】
つまり、実シート速度A、B(図6参照)と第2速度との比較結果に基づき、シート作動手段16への供給電圧を、シート作動手段16の通常時設定電圧値になるように制御設定値を制御することにより、シート作動手段16には、当該手段が十分な出力を得られる通常時設定電圧が常に維持される。つまり、通常時に所望されるシート速度が得られるようにシート作動手段16への出力が最適になるように調節されるため、例えば乗員が不快に感じるほど速いシート速度でシート1を変位させるのを防止できる。また、シート速度が速過ぎて位置の微調整が困難になることも防止できる。
【0070】
尚、通常時は、実シート速度と第2速度との比較結果に基づき、シート作動手段16への供給電圧を通常時設定電圧値になるように制御するだけでなく、通常時設定電圧値を参照せず、単に、実シート速度と第2速度とを比較して制御設定値を変化させることで第2速度に近似するように制御することも可能である。
【0071】
〔別実施の形態〕
上述した実施形態において、通常時におけるシートの作動状態を記憶しておき、この記憶された作動状態に基づいて、緊急時におけるシート作動手段16に係る制御設定値を設定することが可能である。
【0072】
ここで、「通常時におけるシートの作動状態を記憶」とは、シート作動手段16への電圧供給状態、或いは、実シート速度と第2速度との比、等を記憶することを指す。以下に、シート作動手段16への電圧供給状態を記憶するときについて詳述する。
【0073】
つまり、シート作動手段16への電圧供給状態については、例えば、PWM回路によるデューティー制御が行われている状態におけるデューティー比を記憶して、記憶されたデューティー比を緊急時におけるシート作動手段16への電圧供給状態の決定に利用する。
【0074】
つまり、例えばバッテリー27の実出力電圧が低下している場合、通常時のシート作動手段16への電圧供給状態(デューティー比)を記憶しておく。このとき、バッテリー27の実出力電圧が低下しているため、記憶されたデューティー比は、通常のデューティー比よりも高い値となっている。
そして、衝突予知状態となったときには、シート作動手段16への供給電圧値を、シート作動手段16の緊急時設定電圧値になるように制御設定値を変化させるが、このとき、記憶されたデューティー比を、制御設定値を決定する際の調整係数として利用することにより、バッテリー27の電力不足分を補う制御を行うことができる。
そのため、緊急時においてバッテリー27の実出力電圧が低下した状態でシート1を目標姿勢に変位させる途中で、更なるバッテリー27電力の低下が想定される場合であっても、記憶されたデューティー比に基づいて調整された制御設定値によりシート作動手段16への供給電圧を決定できるため、より確実に緊急時に必要なシート1の動作を実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明の実施形態に係る乗員保護装置の制御ブロック図
【図2】本発明の実施形態に係る乗員保護装置の駆動対象であるシートを示す図
【図3】本発明の実施形態に係る乗員保護装置によるシートの動作制御を示すフローチャート
【図4】緊急時シート速度制御における動作制御を示すフローチャート
【図5】通常時シート速度制御における動作制御を示すフローチャート
【図6】シート動作手段への供給電圧とシート速度との関係を示した図
【符号の説明】
【0076】
1 シート
11 制御手段
15 所定の動作機構
16 シート作動手段
23 衝突予知手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
衝突を予知するための衝突予知手段と、
衝突予備動作として、前記衝突予知手段からの出力に基づいてシートの各部を所定の目標姿勢にするように所定の動作機構を動作させるシート作動手段と、前記シート作動手段の動作制御を行う制御手段とを備え、
前記シート作動手段による前記シートの動作速度を、
衝突が予知された緊急時における第1速度と、衝突が予知されていない通常時における、前記第1速度より低速の第2速度とに設定可能な車両の乗員保護装置。
【請求項2】
前記緊急時において、
前記シート作動手段への実供給電圧値と前記シート作動手段の定常電圧値とが異なるとき、前記シート作動手段への実供給電圧値が前記シート作動手段の緊急時設定電圧値になるように、前記実供給電圧値と前記定常電圧値との差分に応じて制御設定値を変化させ、前記シートの動作速度が前記第1速度となるように制御する請求項1に記載の車両の乗員保護装置。
【請求項3】
前記通常時において、
前記シート作動手段における実シート速度と前記第2速度とが異なるとき、前記実シート速度と前記第2速度との差分に応じて前記シート作動手段への実供給電圧値の制御設定値を変化させ、前記シートの動作速度が前記第2速度に近似するように制御する請求項1又は2に記載の車両の乗員保護装置。
【請求項4】
前記通常時における前記シートの作動状態を記憶しておき、この記憶された作動状態に基づいて、前記緊急時における前記シート作動手段に係る制御設定値を設定する請求項1〜3の何れか一項に記載の車両の乗員保護装置。
【請求項5】
前記緊急時における前記シート作動手段の動作制御を、供給する電圧のデューティー制御で行う請求項1〜4の何れか一項に記載の車両の乗員保護装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−8026(P2006−8026A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190349(P2004−190349)
【出願日】平成16年6月28日(2004.6.28)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】